SIDE 一方通行
その翌日。
やっかましい目覚まし時計を叩いて停止させたら、威力が強すぎてブッ壊してしまった。
音反射で寝るのは気分が良いのだが、流石にミサカが飯を作ってくれるようになってからはそれをしたことはない。
自分が言うのもなんだが、失礼だろう。
目覚まし時計はこれが最初ではないので応急処置で何度も修理していたのだが、流石に3日連続でブッ壊れるのはそろそろ寿命かね。
だましだまし使っているつもりだったのだが……今日の内に買いに行くか。
目覚ましなしだと夕方まで寝てる時あるからな、俺。
低血圧な頭を無理矢理に覚醒させながら、俺は布団からのそのそと出る。
床に置いてあるティッシュ箱を蹴り飛ばし、寝室の襖を開けてリビングに出ると、
いつも通り我が物顔したミサカがキッチンで朝食を作っていた。
「良いお目覚めで、とミサカはニヤリと笑ってみます」
「……それが『おはよう』って意味だってことがわかるのは俺くれェだろォな」
1ミリとも笑っていない相変わらずのミサカを見ていると、昨日のことがなかったように思えてくるから不思議だ。
俺は半分寝た頭で顔を洗って、冷たい水で更なる意識の覚醒を試みる。
そして一旦天井を見て、大きくため息をついた。
下を向いてもう一度ため息をつく。
なんというか、昨日はミサカに甘すぎたかと思うのだ。
泣かれたらもう混乱してしまうと言うか、結局はミサカの機嫌を損なわせずにいさせることしかできなかった。
それは正しいと言っている俺もいて、甘すぎると言っている俺もいる。
いつの間に俺はミサカの保護者に―――今更か。
開き直るか、敢えて突き放すか、それも悩む所。
……なんで10代なのに同じ年代の少女の教育に悩まなきゃならんのだ。
むしろそれは教育者に任せて―――ダメだ、ネギを参考にしてもらっちゃ困る。
タカミチならまだ安心だが今はネギだ、とてもじゃないが任せられない。
流石にミサカもそれはわかるだろうが、万が一という事もある。
そうやって段々と保護者の思考に陥っていくのだが、俺はその時気づいていなかった。
そこで3分くらい不毛な思考のループに陥った後、もう一度だけ顔を洗ってさっぱりする。
今日も一日無駄なエネルギーを浪費してくるか、と振り向くと、
そこにはミサカが立っていた。
「…………そこで何突っ立ってンだよ」
正直かなり驚いたが……良く見ると右手にクソ熱そうなオタマを持っている。
それを振り上げていたことから何をしようとしていたのかは想像がつくが。
ミサカは無表情のままオタマを下ろし、こちらをじっと睨みあげてくる。
「なンだよ」
「……朝食ができました、とミサカは何度も呼んだのに返事をしないアクセラレータにむくれてみます」
「あァ、そォか。悪かったな」
正直まったく聞こえなかった。
考え事にふけりすぎるのも考えものだな。
眠くて投げやりな返答になってしまったが……それが真面目に謝っていない風にとらえられてしまったらしく、テーブルに座っても不機嫌そのものである。
だが、不機嫌そうにしている辺り一応前日のショックは失せているようだ。
帰ってきたときも様子がおかしかったからな……いつも通りの様子に戻ってくれて一安心だ。
いつも通り会話もなく朝食を食べていると、ふと昨日の事を思い出す。
「そういやァ、昨日、超がここに来たンだが」
俺が言うと、ミサカはじろりと俺を見た。
「超さんが何か、とミサカは尋ねます」
「すまなかった、だとよ。後で謝罪はするらしい」
「…………」
俺の言葉には何も答えず、ミサカはそのまま白米をかきこんだ。
超の事を出すと空気が変わる辺り、一日で割り切れるようなもんではないらしい。
このタイミングで言うのは間違いだったかとも思うが、昨日はすぐにミサカは帰ってしまったのだ、言うタイミングを逃してしまっていたのだ。
「……いってきます、とミサカは出発します」
「あァ、行って来い」
それから一言もしゃべることなく、ミサカはカバンを持って出ていった。
助けになりたいと思わない、というのは嘘だが、ここは口出ししなくて正解だった、と思う。
人は悩まなければ成長しない。
悩まないと惰性で生きてきた人間は、外見は成長しても内面は成長していないと思うのだ。
経験する事は成長に繋がるからな。
ちょっと心苦しいが、帰ってきたときのミサカの様子が良いことを期待するとしよう。
俺は珍しく飲み忘れていた朝のコーヒーを飲むために、冷蔵庫に向かった。
SIDE 超鈴音
気になって眠れなかったと言うつもりはない。
だが、精神的に少し気が重くなっているのは確かなようだ。
ハカセには少し気を遣わせてしまった。
すまなく思う。
隣のハカセはまだ気を遣っているのか、私にあまり話しかけてはくれない。
それに感謝しながら、私は存分に思考することにする。
昨日も振り返ってみたのだが、やはり私の意見は浅はかだったとしか言いようがなかった。
アクセラレータの様子を観察すればするほど彼が人間離れしていることがわかって、いつしか彼は人間じゃないことを普通だと思っていたのだ。
どんな物理攻撃だって効かない。
乱暴な言葉遣いで全部をうやむやにしてしまう妙な話術。
いつも上から目線なのに、何故かそれがしっくりと来てしまう感覚。
それらすべてが今まで出会ってきた人間と違っていて……人間じゃない、というよりは何らかの観察対象として見ていたのかもしれない。
彼の行動全てが新鮮だった。
だから私の研究者としての何かを刺激されたのかもしれない。
それをミサカさんに指摘されることでようやく自覚するなんて……思いこみが激しいのも考えものだ。
たまには他人の意見を取り入れることも考えなければならない。
それを痛感させられる瞬間だった。
中学校の校舎の中に入り、上履きに履きかえる。
チラリとミサカさんの上履きを確認し、まだ来ていないことにホッとする。
そんな小心者の自分に気づいてため息をつきながら、私は教室に向かった。
階段がいつになく重く感じる。
自分が悪いと認識してしまうと途端に足が重くなるのはなぜだろう。
今までこんな事はなかったのに。
最後の一段を登りきると、何やら言い知れぬ達成感があった。
それから教室に向かう。
ドアを開けて、チラリと全部を見回してから自分の席に座る。
その私の様子が変わっていることに気づいたのか、サツキが近付いてきた。
「いつもよりも元気がないようですけど……何かあったんですか?」
大ありだ。
即座にそう言いたい所ではあったが、ここでは人目が多すぎる。
私は頷いておきながら、とりあえずここでは話せない事を目線で伝えた。
一瞬私の目が朝倉さんや早乙女さん辺りにいったことに気づいたのだろう、サツキは笑って自分の席に戻っていった。
しばらくすると、予鈴が鳴った。
登校五分前の合図だ。
まあ、普通の生徒ならひとつ前の電車に乗ってくるだろうが、この2-Aは私を含めてそこそこ異常だ。
現に今でも半分近くの生徒が来ていない。
かくいう私もその一人ではあるが、慣れてしまえばそんなものだ。
それを証明するようにゾロゾロといつもの感じで部屋に入ってくるクラスメイト達。
その中にはミサカさんの姿もあった。
茶々丸、エヴァンジェリンと話をしているらしく、あのアクセラレータ譲りの毒舌にまたエヴァンジェリンはからかわれているらしい。
エヴァンジェリンは机にカバンを叩きつけて鼻息荒く退室していき、何故かそれを見て茶々丸とミサカさんが今さっきの軽口についての論争を繰り広げている。
会話を聞くと、
「ですからエヴァンジェリンさんのあの赤面パターンは絶対にBパターンなのです、とミサカは絶対的確信の下に主張します」
「私は僅かに違和感を感じましたが……むしろあれはC-3パターンなのではないでしょうか? 過去のデータに照合してもBとは符号しません」
「むう……茶々丸さんのデータがあるのならばそちらの方が確実ではありますが……後でパソコン室に行きましょう、とミサカは検証するための場を勝手に借りようと試みます」
「ネギ先生に頼めばだいたい許可されるでしょう。許可が降りなければ私の培ったピッキング技術を駆使するまでです」
……何をやっているんだか茶々丸は。
アクセラレータに影響され始めてから異様にミサカさんと同調しているのは知っていたが、私の知らぬ間に変な方向に成長しているようだ。
これはこれで面白いとハカセが絶叫していたが、私は不安なそれを隠しきれない。
茶々丸が毒されすぎてミサカさん化してしまえば……うーむ、何やら十分あり得そうな事態だから笑えない。
一人で頬をひきつらせていると、
「お、朝からどーしたアルか、超? 変な顔アルヨ?」
古がやってきた。
相変わらず悩みもなさそうな顔だが、なんとなくその顔を見ていると楽になってくる。
色々考える私とは真逆の存在だからだろうか。
「昨日見ていた笑えないバラエティ番組を思い出してしまってネ。いやいや、あれは笑えなかったヨ」
古と軽く挨拶した後、前方、教卓前では鳴滝双子が騒ぎまくっているのが見える。
ホント、そんな元気が私にも欲しいヨ。
妙に老けた思考でそんなことを考えていると、チャイムが鳴る。
待ちうけていたかのように、突然ガララと引き戸が開いた。
「皆さん、おはようございまーす!」
ネギ坊主だ。
古や鳴滝双子と同じく、見ていて悪い気にはならないのはおそらく彼の持つカリスマという奴なのだろう。
その純粋な内面や標準を容易く超えている容姿も関係していると思うが。
先生とは到底思えない坊主ではあるが、やっぱりその性格や容姿は和む要素ではある。
この辺りは計画と割り切っている感が否めない。
やはり私の敵になりうる存在だとしても、その時はその時、今は今、と割り切るのが私らしい。
……しかし、とHRを始めるネギ坊主を見ていて思う。
私もこういう風に育てばネギ坊主のような性格になっていたのだろうか。
ある程度まで暗い所を知ってしまった私は、もうネギ坊主のような場所には戻れないことを自覚している。
ちょっと、眩しい。
そんな風に感じてしまった。
おそらく、ナーバスになっていることが原因だろうが。
私は誰にも気づかれないように小さくため息をついた後、さっさとHRを終わらせたネギ坊主の授業を受けるのだった。
昼休み。
後ろにミサカさんがいることがこれほどの重圧になるとは思わなかった。
さっさと謝ってしまいたかったが、色々と辺りに知られてもらっても困るので、どう切り出そうか迷っていた。
それに、ちょくちょく視線を感じることからミサカさんも私の事を気にしているのがわかる。
それが怒りの視線に感じるのは、おそらく私の被害妄想だろう。
1時限、2時限と経過していくごとに衰弱した表情になる私を見てもう我慢できなくなったのだろう、サツキが強引に私の腕を掴んで教室から連れ出していった。
それを見たハカセ、そして茶々丸もついてくる。
「サツキさん、ハカセ、どうしたのですか?」
「超さんがミサカさんに何かを聞こうとして失敗したらしいの。それでこんな感じに」
そう言って私の頬を引っ張るハカセ。
何の抵抗もなく伸びる頬を見て、茶々丸は首をかしげていた。
こんな感じ、と言われても具体的に言われないと茶々丸はわからないのだろう。
やがてサツキが引っ張ってきたのは屋上だった。
ちょっと前に壊れたのか、壁に比べてやけに新しいドアとちょうつがいを見て、ふとそう思う。
眩しい太陽の光の先には、先客がいた。
「……ん? なんだ、お前たちか」
エヴァンジェリンだった。
彼女は手すりに両手を預けながら、ダルそうにプリンを食べている。
いかにも『あーーー』という言葉が似合う感じのダラけっぷりだ。
真祖としてどうの、というのはおそらく封印されて15年も経っているからそこらへんの思考はマヒしていると思うので、指摘しないでおく。
しても無意味だし。
彼女はちらりと私たちを見回してから、その口元に僅かな笑みを浮かべる。
「超包子のメンバーがほぼ揃っているじゃないか。何か悪だくみでもするのか?」
「今日は真剣なお話なんです」
「……なんだ、つまらん」
サツキが答えるともう興味をなくしたようで、プリンを食べていただろうプラスチックのスプーンを口で揺らしていた。
その光景をガン見で録画している茶々丸を見て、そういえばいつも録画してるけどそのメモリーは一体どこに保存しているんだろう、と開発者の私もちょっと不思議に思った。
プラグの外部との互換性はあったはずだが……まあ、深く考えてはいけない所だと言うのはわかった。
これも変な方向に特化してしまった茶々丸の個性と言うものなのだろう。
「それはそうと、超さん。いい加減話してもらいますよ。あの時は結構参ってるようでしたからあまり尋ねませんでしたけど……ミサカさんと何があったんですか?」
ハカセが詰め寄ってきたので……まあ、そう言われずとも話すつもりだったが。
私はまず、単独でミサカさんに『交渉』に向かった。
前のようにアクセラレータさんの気迫にやられたハカセを見たくなかったからだ。
そのため、ほぼ独自でミサカさんの事も調べ上げたことも話した。
「ミサカさんについてのこと、そういえば超に聞かれた事がありました」
茶々丸も覚えていたようだ。
そこでミサカさんについて調べては見たのだが、これがまた私並みかそれ以上に怪しい人物だと言う事がわかった。
いや、まあ、アクセラレータも相当怪しいのだが、彼の場合この一年間でかなり麻帆良に貢献し、学園長からも信用がおかれているから怪しい人物とはもう思えないでいた。
ミサカさんについてわかっていることは、まず素性が不透明すぎることだ。
完全に学園長が何らかの処置を取ったと言う事が明らかだった。
それはアクセラレータを調べた時と状況が一緒だったので、おそらくアクセラレータと同じ、何らかの事故か何かで麻帆良にやってきたことがわかる。
「ミサカさんが事故で麻帆良に……アクセラレータさんの来訪についても唐突でしたし、何か裏があるんでしょうか?」
「その辺りはわからないネ。あの学園長が約束を破るとは思えないし……アクセラレータとミサカさんが私たちの障害になるかどうかは疑問だが」
彼らの性格的に考えて、素直に学園長に味方するとはとても思えない。
それに二人とは既に条約を結んでいる。
これを破ってくるのであれば、自分は汚いと宣言しているようなものだ。
意地と意地のぶつかり合いに姑息な手段はただ汚いだけ。
あの二人がその程度であるとはとても思えないが、一つの可能性としてそう考える。
さて、話を戻そう。
更に調べていくと、どうもミサカさんはアクセラレータと同じ、正体不明の能力を扱うとかいう情報に行きついた。
とはいっても魔法先生の間の噂話のようなものであり、信憑性は薄い。
「それについてですが、超―――」
「茶々丸、それ以上言うな」
何かを話そうとした茶々丸を、その背後から口止めするエヴァンジェリン。
茶々丸は口を閉じて私とエヴァンジェリンの方を交互に見てオロオロし始めた。
私はエヴァンジェリンの方を見る。
「……何か知っているのカ、エヴァンジェリン」
「というより、一方ミサカの能力については把握している。茶々丸も、それに桜咲刹那もな」
「なっ……刹那さんも? となると、高音さんと佐倉さんも……」
「ああ、無論知っている」
それに、私は何故か拳を握りしめたくなった。
悔しいのだろうか、私は。
今挙がった名前はアクセラレータの家に通う人々。
魔法関係者ばかりだから私は近づきづらかったが、それが裏目に出たか……。
私は頭を振る。
「どうやら、後れを取ったようダナ」
「かなり差をつけられているぞ? あの場にいなかったことはお前にとってかなり不幸だったな」
「……『魔法を自力で知るかもしれない』のブラックリストに載っている私が高音さん達に接触するのは非常に難しいことダ。匙加減を間違えれば色々と台無しになるヨ」
「それくらいのリスクがなければ知識を掴めんだろう? 貴様みたいな立場の者はな」
「まったくヨ」
当然、エヴァンジェリンはミサカさんの能力について教えてくれないだろう。
その方がこちらにとって有難い。
下手にエヴァンジェリンの助けを借りてしまっては、絶対中立が崩れてしまうからだ。
「ミサカさんのことを調べて、そしてどうしたんですか?」
「ああ、そうだったネ」
サツキに問われ、私は説明を続ける。
ミサカさんの能力については私は保留とし、むしろ私はミサカさんの実力よりもバックにアクセラレータがいる、ということを最重視した。
アクセラレータの実力は底が知れない。
高畑先生はまだいい、対処法が思いつくからだ。
まだ既存のそれだ。
だが、アクセラレータは思いつかない。
過去のデータを解析しても、既存の魔法学などとは全く違うデタラメな力に、私は不覚にも見惚れてしまったくらいだ。
そのデタラメな力を振りかざし、真正面から私に向き合って押し潰せる、と私は確信していた。
だからこそ、アクセラレータを絶対に敵に回してはならない。
そしてこれはわかっていることだが、アクセラレータはあれで親しくなった人間には甘いところを見せる。
そしてそういう類の人間は総じて親しい者に手を出されると過剰に反応して相手をブッ潰そうと考える。
私だってハカセやサツキがやられれば復讐を考える。
それと同じだ。
だから、私はアクセラレータを敵に回さないためにミサカさんを味方に取り込もうとしたのだ。
「そして、失敗した」
「それがわかんないんですよねー。私たちに黙ってミサカさんに交渉しにいったのは目を瞑ることにしても、超さんがそういう交渉に失敗するとは思えません。アクセラレータさんですら最後にはちゃんと中立の立場に立たせることができたのに」
「いや、そう言う意味では成功したネ。ミサカさんはアクセラレータと同じく中立の立場になってもらうことにしたヨ」
「え? じゃあなんで失敗なんですか?」
不思議そうに聞き返してくるハカセに、私はつらつらと語り始めた。
自分は、安易だったと。
私はアクセラレータについての情報を、ミサカさんに求めてしまったのだ。
アクセラレータという存在を観察対象として見るがあまり、いつの間にか人間という個人として見ていなかったこと。
彼は、私にとって理想の『強者』だった。
彼はそれこそ完璧超人であり、圧倒的な強者としていつまでも上に君臨できる、そんな『強者』だと思っていた。
他人を救って、その過程で強くなる勇者じゃない。
限りなく自己を見据え、鍛錬し、いつまでも最強を目指すその志。
そして自分の理論に反するものはあくまでも叩き潰して全面否定する。
邪魔する者はすべてなぎ倒して突き進む。
エヴァンジェリンの別荘で加速的に強くなっていく彼を見ていると、私はそんな彼に弱みなんてないんじゃないかと思った。
いや、思いこんでいた。
実際にミサカさんは、真正面からそれを否定してきた。
言葉にはしなかったが、その発露する感情や表情から、その否定は存分に伝わってきていた。
「ミサカさんは……アクセラレータの人間性を主張していた気がするネ。私がアクセラレータが傷つくことは考えられないなんて言ったことでアクセラレータには人間性がないと言われたと思ったのだろう。実際、その通りヨ」
小さく、ため息をつく。
「そしてミサカさんは私にこう言った。『ただの好奇心でアクセラレータとミサカの間に踏み込まないでください。不愉快です』と。私は甘かった、としか言いようがない。ただでさえ、人の過去は誰にでも知られたくないようなものだと言うのに、私はいつのまにかそれを失念していた」
だから、私はミサカさんに謝らなければならない。
それに、迷惑をかけたアクセラレータにも。
そういうと、一泊の沈黙が訪れた。
シン、と静まりかえった屋上に、運動場からドッジボールでもやっているのか、生徒の喚き声が聞こえてくる。
それが非常に不愉快で、私は拳を握りしめた。
「……だったら、あんまり考えずに素直に謝っちゃえばいいんじゃないんですか?」
いきなり、ハカセがそう言った。
「結局、論点はアクセラレータさんの人間性についてなんですよね? そこについてモメているんだったら、超さんが自分の過ちを認めた時点で終わりだと思うんですけど……あとはすっぱり謝るだけなんじゃないんですか?」
そのあまりにもストレートな意見に唖然とし、待て待てと私はハカセの両肩を掴む。
「ちょっと心の整理の時間をくれないカ? 流石に昨日あんなに偉そうに語った手前、ちょっと言い出すのが恥ずかしいヨ……」
「ぬわぁに言ってるんですか! 言いだすのが恥ずかしいとかあなたらしくないですよ超さん!!」
「それだと私が恥じらいのない乙女だと言われてるみたいで嫌ネッ!!」
「ええいワガママを言わないでください! ああもうどうしてこんな簡単なことをさっさと実行しちゃわないんですか超さんらしくない!! 茶々丸、ほら、担いで!!」
「は? あー……超、失礼します」
「だーっ!? 茶々丸ゥーッ!? 裏切ったカ、生みの親を裏切るのカーッ!? ……いや冗談じゃなくマジで考える時間が欲しいのだが!? 流石にこのまま直行では私の繊細な心が持たないヨ!!」
「図太い心を持っていなきゃあんな計画を考えられるわけがないでしょうが!!」
茶々丸に担ぎあげられ、無駄な抵抗をしながらも教室へ連行されていく私。
ああっ、こんなことになるならもう少し茶々丸の出力を弱くしておくか制御装置を搭載すべきだった……それはそれでエヴァンジェリンにいちゃもんをつけられる気はするが……。
私は階段を下りる所まで運ばれ、扉の向こうでクスクス笑っているサツキとつまらなそうな顔をしているエヴァンジェリンの姿を最後に抵抗をやめ、大きくため息をついて項垂れた。
どうも、覚悟を決めなければならないらしい。
謝るって、異常に勇気がいることなんだ、と改めて思った。
そして、いつの間にか私はミサカさんの目の前にいる。
本当にもう少しだけでいいから心の準備と舞台を考えてはくれなかったものだろうか。
ハカセにそう言っても『今の超さんはグチグチ考えるだけだから絶対に今日謝るのは無理です!!』と豪語するので、もうしょうがない、と諦めるしかないのだろう。
ミサカさんは文庫本を読んでいたようだが、それはブックカバーで隠されて題名を見ることはできない。
パタン、とそれを閉じて、私を見上げてくる。
少々、細い目で。
「……何か用でしょうか、とミサカは尋ねます」
ちょっと、圧力がかかった。
その突き放すような言い方に心がズキリと痛む。
それに耐えて足を一歩踏み出しながら、私は宣言するように言った。
「昨日のは私が悪かった! すまない!!」
自分の中では後数通り謝り方を考えていたのだが、テンパった頭はこの回答しか導き出してくれなかった。
よりによって私らしくない、どストレートなものを。
その謝罪に驚いたのか、ミサカさんは目をパチパチさせた。
「……まあ、そう真正面から謝られたらミサカも許すしかないのですが、とミサカは頬を掻きます」
ミサカさんはその言葉通り、どこか恥ずかしそうに頬を掻きながらそう言った。
「というか、昨日のはミサカもちょっと言い過ぎました、とミサカは少し反省します」
トントン、とミサカさんは指先で文庫本を叩きながら、ほんの少し視線をそらした。
……なんだ、ミサカさんも恥ずかしかったのか。
1時限からの目線の意味を理解した私は、なんとなく嬉しくなって、ミサカさんの手を握る。
「今日はお詫びに家で御馳走するヨ! 超包子出張ネ!」
それに応じて、ミサカさんの表情もちょっと柔らかくなる。
「アクセラレータの家になりますけどよろしいでしょうか、とミサカは確認を取ります」
「むしろドンと来て欲しいヨ。今回の件はアクセラレータにも迷惑をかけたから……これくらいのことはしたいネ」
「そういうことならこちらとしても歓迎します……ちょっと技術を盗みたいのですが、とミサカはボソボソ独り言を呟きます」
話してみれば、何のことない普通の女の子。
アクセラレータと同じような謎に包まれていただけに警戒していたが、別に内容自体は普通だったことに驚く自分がいて、それを叱咤する。
次からはそう言う偏見を持たずに話しかけられる努力をしよう。
仲良くなるのは良いことだ。
そう思いながら、私はチャイムが鳴るまでミサカさんと料理についてのことで話を弾ませていた。
SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
「……ワザと、ですね?」
騒がしい連中が消えたと思ったら、今度は四葉五月が私に話しかけてきた。
昼間は眠いから無視しようと思ったが、コイツが話しかけてくるのは珍しいので答えてやった。
「何がだ?」
すると、四葉五月はくすりと笑う。
「超さんに、桜咲さんがミサカさんの秘密を知っているとバラしたことです」
その言葉を聞いて、やはりコイツはぬるま湯の2-Aにしては認めるところがある、と思う。
つまり、大人なのだ。
私は四葉五月の言葉に口の端を上げた。
「お前には隠せんな。ま、その辺りはワザとだ」
「どうして、ですか?」
「簡単なことだ」
もたれかかっていた手すりから離れながら、私は四葉五月の背中を叩いた。
「―――その方が『色々』と面白いだろう?」
超鈴音のあの時の感情は嫉妬。
まぎれもない嫉妬だ。
となると、信じられない事ではあるが超鈴音も桜咲刹那と同じくアクセラレータに惹かれているということがわかる。
今回はそれがわかっただけでも十分に収穫だった。
なかなかどうして、こうも面白くなるものか。
この事実をアクセラレータが知ればどういう反応をするのか、想像するだけで面白い。
私の顔を見て、四葉五月は頬を膨らませた。
「面白がっちゃダメです。応援してあげないとダメですよ」
応援、ね。
私としては全然構わない―――むしろそっちの方が面白いのではないだろうか?
「……しかし、何だな」
「何がですか?」
「いや……私もこういうことを面白がると言う事は、やはりまだまだ若いと言う事だろうかと思ってな」
「十分若いと思いますよ? かわいいですし」
「かっ、かわいい言うな! あーっ、頭を撫でようとするんじゃないッ!!」
私は思いのほか強い四葉五月の腕力に逆らえず、バタバタ暴れながら頭を撫でられることしかできなかった。
くそう、真祖の力を取り戻した暁には……ッ!!
別にそれで四葉五月に何かをするわけでもないと言うのに、私は苦し紛れに心の中でそう叫んだ。
―――停電まで、残り一カ月。
~あとがき~
ミサカと超、仲直りの回。
いくら完璧超人でも欠点っていうのはあるだろうと思うと、苦手なのは人間関係かな、と思った結果こういう表現になりました。
ハカセとサツキの区別がつけづらいです……。