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No.20613の一覧
[0] 学園黙示録 in 『追跡者(ネメシス)』[宿木](2010/09/12 16:55)
[1] 第二話 『Escape from the “Tyrant”』[宿木](2010/07/26 11:17)
[2] 第三話 『Running of the “Tyrant”』[宿木](2010/07/28 23:53)
[3] 第四話 『Democracy and the “Tyrant”』[宿木](2010/09/14 22:37)
[4] 第五話 『Street of the “Tyrant”』[宿木](2010/09/14 23:43)
[5] 第六話 『In the night of the “Tyrant”』[宿木](2010/11/12 22:06)
[6] 第七話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 1/2』[宿木](2010/11/16 01:18)
[7] 第八話 『Dead night and the luck of “Tyrant” 2/2』[宿木](2010/11/21 17:48)
[8] 第九話 『“Tyrant” in the Wonder land』[宿木](2010/11/25 12:32)
[9] 第十話 『The “Tyrant” way home』[宿木](2011/02/07 00:58)
[10] 第十一話 『Does father know the “Tyrant”?』[宿木](2011/08/07 16:44)
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[20613] 第九話 『“Tyrant” in the Wonder land』
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:075d6c34 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/25 12:32
 ずるり、と引き摺る様に脚を動かしながら、ゆっくりと動く影が有る。光に照らされ、一瞬だけ露わになるその姿は、無残な姿で動く怪物だ。その身から流れる体液は、全身を染め上げ、傷口を塞ぐと同時に、周囲に腐臭を撒き散らしている。生ける屍の如き凄惨な状態だった。
 しかし、体を気にする事無く、そう言えば、と『彼』は未だ闇に包まれる街の中、ふと思った。

 (シャシン……)

 大事に仕舞っておいた写真は、一体、何処に行ったのだろう?

 人目を避ける為に、姿を隠したままの『彼』は、ぼんやりとそんな事を思う。

 お姉ちゃんから渡された写真は、財布の様な、厚手の皮の間に挟まれていた。かなり重かった。カードや小銭や紙幣は既に僅かな原型が見えるだけだ。財布が何から出来ているのかは分からなかったが、自分が持ち運んでも大丈夫そうだと、そう思っていた。
 だから、大切に、胸元に仕舞って置いたのだ。

 (……有ル?)

 熱さから逃れる為に川に飛び込んだり、やっと見つけた相手からは銃撃と火焔と電撃を受けたり、と受難続きの『彼』であるが、それでも目的は忘れていない。あの写真が大事な物だとは知っている。
 いや、写真だけでは無い。あの時。

 『これを渡せば、多分、解ってくれるから』

 掠れながらも、苦しげにお姉ちゃんは告げていた、気がする。写真もそうだけれども、写真以外にも――――写真を一枚では無く、入れ物と一緒に入れた理由が、何か有るのだろうか。

 ごそり、と腕を動かして探ると、感触が有る。喰い込み具合からして、火傷や傷が再生する時に癒着して、そのまま体内に潜り込んでいるらしい。

 にちゃ、と治癒しかけの皮膚ごと剥いで、再度、引っ張り出す。




 確かに其処には、写真の入れ物が有った。
 そして、その中にはしっかりと写真が保存されていた。




 もう片方。あの死んだ少女の写真は無い。器の片隅に、その残骸らしい燃え尽きた紙が見えるだけだ。しかし、お姉ちゃんから託された写真は、その器ごと保存されていた。

 そう。
 アレだけの目に有っていながらも、彼の持っていた、お姉ちゃんから預かった方の写真は、燃え尽きていなかったのだ。

 幾ら財布の様な、厚みのある、高級そうな小さな革製の御開に仕舞われていると言ったとしても――――今、尚も、朽ち果てずに残っていたのだ。
 万全に、完全に無事、では無い。黒く焦げ、煤に塗れている。溶けた粒子が表面を覆い、まるで爆撃後の残骸の様だ。しかし。

 (良かっ、タ)

 その“中身”は、何とか支障が無い状態だった。
 御開の写真も、まだ普通に判別が出来る状態に成っている。




 それが、普通は有り得ない現象であるという感覚は、彼の中には無い。






 学園黙示録 in 『追跡者(ネメシス)』

 第九話 『“Tyrant” in the Wonder land』





 東の空が白み、地獄に再度太陽が昇っていく。季節も、天気も、自然も、人間以外の全ての動きは普段と変わらない。日頃と同じく流れる河川もまた然り。

 そんな御別川の中州に停車している一台の車が有った。

 高機動多用途装輪車両(HMMWV)。最高時速120キロ以上、6,2L水冷V型八気筒ディーゼルエンジンを搭載した、カスタマイズ性能に優れた汎用軍備車両。アメリカ始め、世界各国で使用される大ヒット四輪車。通称をハンヴィーだ。

 その助手席で座る男性が居る。年齢は30代だろうか。前髪に生えた若白髪を綺麗に整えた、中々の伊達男だ。仕事の出来る家族思いのお父さん、という雰囲気を持っている。

 彼の名は、希里章。数日前までは新聞社に勤めていた会社員だったが、既に職は無い。言うべきする点は、このハンヴィーの中で、唯一の成人男性であると言う部分だろうか。
 最も、自分が一番頼りに成る、とは断言できないのだが。

 静かに息を吐いて、彼は今日……いや、もう昨日か。昨晩の光景を思い出した。

 『助けてくれて、本当に有難う』

 その荷台で、深々と頭を下げたのは、もう六時間以上も前の事だ。屋根や運転席も含め、人数的にはかなり窮屈だが、それでも頭を下げた。

 周りには、高校生の集団がいた。何れも私立藤美学園の制服に身を包んだ若い青年達。男子が二人。女子が三人。運転席に座っているのが教師だろうか。各々に護身用の武器を持っている。彼らが、あの地獄から一時とはいえ、助けてくれたのだ。
 自分と娘を救ってくれた事に、心から感謝した。

 『――――気にしないでください。その……俺達が、好きでやった事です』

 そう言って、口下手では有った物の、代表して答えたのは、小室孝という青年だったか。この六人の中でのリーダー格なのだろう。今は体を横にして眠っている。左腕には宮本麗という美少女が、その身を絡ませていた。若いとは言い事だ、と少し微笑み、回想をする。

 『――――特に。助けた理由が有った訳じゃないんです。……あそこで見捨てる事は可能でした。見捨てる方が賢いと理解してた、位です。でも、それをしたくなかった』

 彼はそう語った。
 語尾が、段々と小さくなって行ったのは、言っている内容が酷いと自覚をしていたからだろう。けれども、本心を語っているのは間違いが無かった。生来の気質として、嘘を付けない体質なのかもしれない。

 『あそこで手を出さなかったら、俺は――――本当に、自分達だけの事しか考えられなくなってしまう。それは嫌だった。自分の命が大事だ、ってことは間違いない。でも、人の為に動けるっていう実感を捨てる事が、嫌でした。だから助けた理由は有りません。信じて貰えないかも、しれませんが』

 『いや。……信じるよ。無理に変な理由を言われるより、遥かに安心出来る』

 そう。変な理由よりも、遥かに人間味のある理由だった。利益や損得では無い、かといって上辺だけの仮面でもない、理屈の無い理由。
 これでも職業柄、人間に会う機会は多かったのだ。人を見る目は有ると自負している。

 若いからか。まだ、自分に自信が持てないのだろう。それでも、選択肢と共に歩む姿には、感心した。

 『損な性格だ、って。よく言われないかい?』

 『――――言われます。付き合いが悪い、とか。空気が読めない、とかも』

 少し困った様に、けれど小さく笑いながら頷いた姿が有ったからこそ――自分は彼らを信じてみる事にしたのだろう。少なくとも、狂気に浸っている訳でもなければ、暴徒化している訳でもない。少々“活動的”ではあるが、無暗な乱暴狼藉を犯す程に倫理観を壊している訳でもない。何より……。

 「――――ん」

 スウスウ、と。静かに、小室と宮本の間で眠る娘を見る。手狭では有るが、暖かいのだろう。小さな娘が安心して休めているらしい。

 幼子は人間の本質を見抜く。小学二年生の娘が信頼していると言う事は――まあ断定は出来ないが、それでもいきなり車から投げ出すような人間ではないだろうし、殺される心配もないだろう。
 だから、普通に提案も飲めた。

 『希里さん。すいませんが、協力して下さい。河川の中州でエンジンを切って、交代で休みながら見張ります。水の中だと自由に動けないようですし、昨日からの増水で水の量も多いので、危険は其れほど無いでしょう』

 ハンヴィーの中にあったクロスボウも、使って下さい、と手渡された。

 『これを武器として貴方に渡すのが、信頼の証拠です』

 上手い方法だった。休息中、自分や娘に何かが有れば、これで抵抗が出来る。しかし、自分が何か不審な動きをすれば、常に起きている彼らの内の二人が、此方に銃を向けるのだ。
 そして。実際に、そんな出来事が発生するという心配は――――正直に言おう。していない。我ながら気楽だと思うが、あの怪物から自分を救ってくれた、そんな経験で、不安と懸念が払拭されている。

 (そう、つまり。運が良かった)

 偶然と幸運のお陰だ、と思う。自分達親子は信頼出来る学生を見つけ、彼らが純粋に助けようと思った相手が、自分達だった。唯それだけの話なのだ。
 今現在。時刻は、午前四時を回った所だ。二時間程起きて、静かに周囲の様子を伺っているが特に何もない。上で見張っている女子二人も、何も言ってこない。

 ハンヴィーの上で見張っている女性二人が、毒島冴子と高城沙耶。

 前者は、女子剣道高校総体の優勝者。地域で話題に成った侍少女。

 後者の高城は――――此方も、聞き覚えのある名前だ。彼は海外出張や国際関係が主として働いていたから、曖昧にしか覚えてはいないが、確か『憂国一心会』という、床主を基盤とする右翼団体のトップが、そんな名前では無かったか。まずは一番近い彼女の家に向かう、とも語っていた。

 無論、家が無事かどうかも……定かではないのだろう。だが、覚悟をした上で、家族の無事を確認しに行こうとしている。その気持ちは良く分かる。自分も、同じ様に行動するに決まっているのだから。

 今日一日を、生き延びられるかは解らない。しかし、少なくとも――――こうして安心して休息が取れる事は、有り難い。
 少なくとも、死ぬまでの時間は、もう少し伸ばせそうだった。




     ●




 太陽が昇る数刻前。己が原因で廃墟と化した御別橋の下に、身を隠す『彼』が居る。

 (……ココナラ、良シ)

 彼の認識では、ふう、と。傍から聞けば、ゴフウ、と。獣の唸り声の如く息を吐きだし、その身を休める。再生と修復、回復まで多少の時間を有するのだ。流石に上手く体が動かない。

 『彼』が此処まで、体を休める理由は二つあった。

 一つ目。それは、高城沙耶のトラップの効果だ。銃傷やダメージ自体は大きくないが、何より相手の策略の狙いが、見事に的中していた。即ち、高熱や高圧電流による筋繊維や神経へのダメージだ。
 生物の肉体を構成する蛋白質は、多少の差は有れど高熱で組織が崩れてしまう。人間が風邪を引いた時に出る熱が、最高でも42、43度程度で、それ以上に上昇しないのはその為だ。『彼』の肉体は、無論、そんなちゃちな温度で支障を受ける事はないが、エマルジョン爆薬の最高燃焼温度は数百度を超える。流石に熱い。

 電流もそうだ。脳からの電気信号で体を動かす以上、例えダメージは少なくとも、その身に電流を流しこめば何処かで被害が出る。RPGで例えるならば、状態異常・火傷&麻痺と言った所だった。体力に問題が無くとも回復までに時間が必要になったと言う事である。

 (……痛クハ、無イ、ケド)

 そう、苦痛は無い。
 しかし、例え状態異常が治っても、回復時間は必要不可欠だったのだろう。

 二つ目。これは、より『彼』の現在の状態に関わる事だが――――今の『彼』は、人間形態に戻っている。

 昨晩、途中から意識が曖昧になっている。朧気な状態で暴れていた事実を、半分程度しか記憶に留めていないのだ。肉体が勝手に暴走した、と言う表現が正しいのだろう。

 致命傷を負った時に肉体が強制的に暴走し、絶大なる回復能力と運動能力を抱えた状態に変態する。その再生能力たるや、昨晩の戦いを顧みれば十二分に把握出来る。そして、命の危機が去った後に、狂気から解放された上で体が元に戻る。実に都合の良い肉体だった。

 ただしその分、体力は使う。死の淵から蘇るエネルギーは尋常ではないのだ。

 こうして大橋の下で、ゆっくりと休息を取る理由も其処に有った。
 『餌』は十分に摂取してある。『彼』の歩いて来た道路の道沿いには、無数の屍が積み重なっているのが、その証明。あとは、時間を懸けて己の体を修復し、再度に動けるようになるまで、この場でじっとしていれば良い。

 (ソレニ、シテモ)

 緩慢に、後頭部を橋脚に寄り掛からせながら『彼』は思った。
 このままじっとしているのは、少し時間の無駄だろうか。休める事に全力を尽くす、それ自体は文句の無い行為だが――――。

 (鞠川サン、ハ。……川ノ、上?)

 水で嗅覚が上手く働かない。しかし、直前までの匂いを探索するに――あの後、自分から離れて車を河へと乗り入れ、溯上していったのではないだろうか。『彼』の居る辺りから、ぷっつりと匂いが途切れている。空気の中から感じ取ることも不可能ではない、が……。

 (自分、一人ハ、少シ)

 追うのが、大変だと思った。回復してから追い掛けるにしても、このまま追い懸ければ、多分、昨夜の二の舞になってしまうだろう。

 己が、あの先生や、その仲間に嫌われている事は学習した。考えてみれば初対面だった。しっかりと初めましてと挨拶をして、これこれこんな理由で話が有るのですが、と接触しないと失礼だろう。

 お姉ちゃんも、――――いや、お姉ちゃんだったか? 定かではない。が、兎に角。昔、誰かに「礼儀は大切にしなさい」と教えられた。

 健全なコミュニケーションの為には、まず、理解される所から始めないといけないのだ。

 (頑張ロウ……)

 自分が轢かれた時、一緒に死んでしまったあの少女は、理解してくれたのだ。同じ様にやれば、多分、大丈夫だ。

 実際はここまで理性的ではないが、こんな感じの流れで、前向きに考える事にした。言いかえれば、歩けるようになって二日目の夜。三日目の朝に成って、やっと『彼』は学習したのである。

 紳士的に動けば、相手も様子を見るだろう、と。

 最も、己の“容姿”が最大の障害である事は「全く」「微塵も」「欠片も」認識が無かったのだが。

 (……ドウ、シヨウ?)

 『彼』は。
 ここにきて、自分一人では色々と難しい、という事実を認識していた。
 小さく呟き、視界の大半を占める橋の下部と、今尚も暗闇に覆われた空を見上げた、その時だ。

 ふと『彼』の耳に飛び込んで来た声が有った。
 犬の鳴き声。それも、かなり若い子犬と呼んでも遜色ない、声だった。
 声の出所は、すぐ傍で――――。

 「……ソウ、ダ」

 ふと、一つの考えを、思いついた。
 何故かは知らないが、多分“それ”は、出来ると思った。

 四足歩行に変化可能ならば――――同じ同胞として、統率が可能なのではないかと、思ったのだ。




     ●




 現状、地球上で、世界情勢に危機を募らせていた生物は、人間だけだったと言っても良い。

 野生動物は何時もとなんら変化の無い弱肉強食の生活を送っていたし、元々人間社会に関わりなく生きていた昆虫を初めとする各種生命体は、例え屍山血河が築かれようと、同じ様に過ごしている。

 個体数・約七十億。数としては確かに多いかもしれないが、地球上で過去、幾度と無く繰り返されてきた大量絶滅を顧みても、決して珍しい数ではなかったのだろう。星からしてみれば、所詮、太陽の周りを何回か大きく回っている間に片が付く。

 しかし、人間以外にも、被害を被った生物がいた。彼らの手で育てられ、あるいは支配された生物達。それは、飼育される家畜であり、動物園の動物であり、そしてペットだ。

 今はまだ、世界崩壊から二日が経過し、三日目に入る所だから良い。
 しかし、これが一週間、一月と続けば、間違いなく家畜は全滅し、動物園の獣とペットは、餓死か逃亡のどちらかを選択する事と成るだろう。家から出られず干乾びるか、あるいは得物を求めて街中を彷徨うかだ。何れにせよ、生者を追い詰める事は間違いが無かった。

 自由に行動出来る獣は、其れだけで脅威となる。
 何も『彼』のような化物では無くても良い。
 《奴ら》に襲われない生物――――それだけで、メリットは余り有るのだ。




 午前三時。
 声が響いた。

 その声は、背筋を凍らせる咆哮であり、何処か人間が恐れる鳴声だった。怪物の冥府の底から響く様な声とは違った、別の意味で恐ろしい声だった。
 原初。人間がまだ今ほどに文明が発達していなかった頃から、脅威と見做していた声。

 遠く遠く、高く低く、朗々と悠々と。
 崩壊した町の夜に響く声は――狼の如き、“遠吠え”だった。

 ざわり、と。
 空気が、揺らぐ。

 騒ぎを聞き付けた生存者が跳び起き、異常を感じて僅かな隙間から様子を覗き見た程の、騒ぎだった。

 声に重なる様に、何処からか響く鳴き声は、犬の物。
 周囲数キロの範囲内の、飼い犬が、野良犬が、一斉に――――鳴く。
 始まりの声に応える様に、応じる様に、顎を上げて。
 伝播する鳴声は、重なり、波の様に押し寄せ、返されては響いて行く。
 山に隠れ住む野良犬から、床主動物園の狐や狼まで。
 まるで、何か大きな意志か、支配者に鬨の声を上げるかのように。

 応酬は、数分もの間、只管に続き――――そして日が昇った時、太陽が二つの事象を露わにした。




 一つ。昨晩の遠吠えの発生地点は、御別橋の架橋が中心だった事。

 一つ。その御別橋を中心とした、半径一キロ以内の野生動物が――――それこそ、人間と《奴ら》以外のあらゆる生物が、命辛々何かから逃げるかのように、姿を消した事だった。




     ●




 ハンヴィーの屋根の上から、周囲の様子を眺める。

 「うわ、……すっごいわね。流石に」

 高城沙耶は、朝日に照らされた車の様子を見て、声を上げた。

 《奴ら》の群れを思い切り轢いて、その上を乗り越え、しかも結構な時間を走り抜けたからだろう。どす黒い血を初め、車体にはベッタリと河に入るまでの逃走劇の痕跡が残っていた。

 ボンネットから、ナンバープレートと正面ライトを通り、車体下まで。河で現れたお陰か汚れ自体は酷くないが、公道を走っていれば職務質問は免れない程、一目で分かる血の色だ。

 「ああ。……酷いな」

 隣に座る毒島冴子が同意した。彼女が見ている景色は、車体では無く、河の様子だった。
 河の――――ハンヴィーの周りには、水没した死体が漂いながら下流へ流されて行く光景が有る。エンジン音に惹かれた亡者も多かったようだが、此処は河の中腹。中洲の上。昨晩からの雨で増水したお陰で流れは速く、成人男性の腰辺りまで水位が高まっている。

 エンジン音に誘き寄せられるのは良い物の、そのまま行動不能へ陥り、そして溺れる様に漂って行くばかり。水中では自在に動けない《奴ら》の特性も相まって、この中州は一種の聖域となっていた。

 「下流は地獄だろう、多分な」

 「そうね」

 二人には容易に想像が可能だった。河に落とされ、あるいは間抜けにも立ち入り、流された死体の山。それが湾内に所狭しと犇めき合っているのだ。船舶の設泊や海洋生物にも支障が出ているだろう。
 上流へ向かって昇る方向で進路を取った彼女達の考えは、正しかった。

 「――――さて。眼を閉じてても仕方ないわ。皆を起こして先に進みましょ。もう少し上流までは、十分に行けるでしょうし」

 「ああ。……所で、高城。君は犬が好きか?」

 「は? 何よいきなり」

 唐突過ぎる彼女の質問に、状況を呑み込めず、思わず素のままで返す。

 何故、犬。どうして犬? 何か気に成る事でも有ったのか? 余りにも場違いな言葉に、動きが止まり、ついつい呆けてしまい、再度稼働するまでに数分の時間を有した位である。

 「犬? 犬ってアレ? 動物の」

 「そうだが」

 「いや。私は別に、特に犬が好き、って訳じゃないけど……。それが如何したの?」

 「いや。……丁度、右の岸辺を、一匹の犬が走っているのでな」

 え? と思って目線を向けると、確かに其処には一匹の子犬が走っている。吼えてもいない。小柄な体格と良い、まだ暁闇と言っても良い時間帯だと言うのに、良く気が付いた物だ。
 首輪が付いている所を見ると飼い犬。しかし、リードは既に無く、手綱を握るべき人間も見えない。主が死んで、そのまま何処かに逃げ出している、と言う事で良いのだろうか?

 「……確かに犬だけど。――――アレが、如何したの?」

 「いや。――――昨晩も、あの犬を見た気がしてな」

 まあ、別に気にする事の無い、それだけの話だ、と彼女は語り、静かに立ち上がるとハンヴィーの中へ声を懸ける。不安定な足元だが、微塵も揺らがない。昨夜、一番に怪物へ向かって行った事も含め、彼女より戦闘能力に長ける人間も、この状況下ではそうもいないだろう。

 そんな事を考えていると、高城の代わりに、彼女が動いた。ハンヴィーの中に居た彼らを呼んだのだ。

 「さて――――皆。朝だぞ。起きたまえ」

 元々皆、余り眠りは深く無かったのだろう。この状況下では無理も無い。逆にいえば、“眠れない”と言う事より遥かに適応能力が高い証拠でも有る。まあ、熟睡できる平野コータの精神構造は、感心を通り越して呆れるが。
 凛とした彼女の声に、直ぐに、全員が眼を覚ます。

 「あー。……朝か。起きるか。……――――って麗! 近い、近いぞ!」

 眼を空け、身を起こそうと腕を付いた先。小室孝は偶然にも隣で眠っていた宮本麗に接触してしまったらしい。朝っぱらからお熱い事だ。手が何処に触れたのかは見えないが、慌てぶりを見るに、多分胸だろう。狭いとはいえ、隣り合って眠った時点で、慌てるも何もないと思うのだが。
 そもそも、宮本が小室に惹かれている事は、周囲の承知の所だし。

 「……パパ?」

 「ああ。お早う、ありす。……少しは休めたかい?」

 二人の間から身を起こした少女・希里ありすは、助手席の父親に手招きされ、そのまま前に進む。

 ハンヴィーの収容人数は、成人男性六人分。軍事車両故に積載重量は余裕だが、スペース的には余裕も無い。運転席に一人。助手席に一人と半分。屋根の上に一、二人。荷台に三人と荷物で、やっと全員を運搬出来るのだ。言い換えれば、これ以上を積む事は出来ないのである。他を助ける余裕はなかった。

 「先生。運転出来ます?」

 「ん~。……頑張るわあ」

 小室の隣。なるべく身を縮める様に、銃を抱きながら眠っていた平野は、早々と眼を覚まして手を動かし始めている。器用に銃の確認をし、窓から様子を伺い、運転席で眠っていた鞠川静香に訊ねる。

 「無理なら言って下さい。――――希里さん。運転できますよね?」

 「ああ。友人の従軍カメラマンから、一通りにレクチャーを受けた程度だがね」

 「十分です。――――あ、それと先輩。周囲に《奴ら》の姿は?」

 「見える範囲では無いな。――――このように」

 ダン、と軽く屋根を踏み、鈍い音を立てるが、その音を聞いて動く者の反応も無い。
 死体は流されて行くだけだし、中州まで到達出来る亡者もいない。増水がこのまま続くのならば、此処にもう少し留まっても良い程だ。水位が保たれるのは精々が今日までなので、今の内に動くしかない、と既に知っているが。

 「――――少なくとも、僅かならば音を立てても大丈夫そうだ。長い時間は無理だろうがな。何か考えが有るのか?」

 「ええ。勿論」

 彼は、静かに告げる。
 人間にとって重要な、大切な要件だ。

 「朝御飯を食べましょう」




 恐怖に震え怯えながらでも食事が出来る者と、そうでない者の間には明確な差が存在する、と言う。言いかえるのならば、怖がりながらも生を見据えて行動出来る者と、怯える事しか出来ない者の差、という事実を証明しているのだろう。

 彼らの場合は、完膚なきに前者だった。

 本日の朝食、と決められた中から食料を引っ張り出し、分配する。そろそろ危なそうな品が多かった。一日目にコンビニで確保したパンを中心に、パック入りの野菜ジュース。希里親子の分は当然ながら足りなかったが、予備から捻りだす。後でもう一回、荷物整理が必要だろうか。

 しかし、平等に食事を取る。

 バケツで河から水を汲み、半分に切ったペットボトルに、炭と砂利と砂を層にして敷き詰め、上から注ぐ。それだけで飲み水としては不安だが、タオルを濡らして顔を拭くには十分だった。

 無論、音を極力殺している為、余り活発に動く事は出来ない。しかし、強張ったままの体を伸ばし、外の空気を吸い、そして流氷の如き死体で現実を確認する。
 それだけで、随分と頭の働きは違うのだ。

 「あ~。……鬱になるな、この光景」

 「そうだね。一生、お目に掛かりたくない光景では有ったよ」

 それが不可能だ、と言う事は既に十分に理解出来ている。唯の軽口に過ぎないし、互いに過去形だった。正直、動揺も少ないのだ。この先、生きて居る限りは、まず逃れられない景色だろう。

 希里親子も、理解しているのだろう。本来は子供に見せる景色では無い。しかし、章氏は、ありすにしっかりと見せて、言い聞かせていた。

 正しい選択だ、と思う。泣いても喚いても解決しないのだ。大人がいる時は頼れば良い。それは、あのくらい小さな子供の持つ特権だ。けれど、いざという時に、泣いているだけでは何の意味も無い。

 その考えが酷である事は、自分達で良く分かっている。
 それでも、望まなければならないのが、今の世界だった。




 エンジンを駆動させても、音に惹かれる《奴ら》はいなかった。

 これを、幸いと見るか、それとも嵐の前と見るかは、人それぞれだろう。しかし、河を昇っている今は、どちらにせよ、束の間の安息である事に違いはない。全員、いざという時の覚悟は出来ていた。

 河を道として徐々に郊外へと向かって行く車の上から、土手の上を眺める。
 視界の中、果たして生者の家は、どれ程に存在するのか、と思いながら、一つの細い橋の下を通り過ぎた時だ。

 トサ、と屋根の上に落ちて来た者が有った。

 当たり前の話だが、橋の下を通る時は最大限の注意を払っている。上から欄干を乗り越え、ハンヴィーへやって来る《奴ら》が居ないとも限らないからだ。だから、その音に、全員が一瞬、得物を構え。

 「あ、違う! 皆、落ち着いて!」

 屋根の上の宮本麗の言葉に、冷静になる。
 太陽を背に、格好良く橋の上から跳んだのは、亡者では無い。




 一匹の、子犬だった。




 突然の、しかし可愛らしい侵入者に、アリスを初め、一同が盛り上がる。そして、小室孝が気が付いた。

 「ん? お前。……それ」

 あん! と元気良く叫んだ子犬の口から、何かが零れ落ちる。
 賢いこの子犬は、何かを、大事そうに咥えていたのだ。

 「何を、持ってんだ?」

 ハンヴィーの荷台に転がった其れを、彼は拾い上げ、そして。
 目の前に見る“有り得ない筈の物”に、表情を凍らせた。




 「……写真入れ、いや、財布と――――“手紙”……?」




     ●




 偶然、という定義は良く分からない。けれども、良い事なんだ、という事は、なんとなく分かる。

 僕が痺れて動けなくなって、けれども死ぬ危険は減ったからだろう。ぼんやりとした意識が戻った時には、僕は元の体で倒れている格好だった。体を起こすのにも、歩くのにも、大変だった。

 何処へ行こう、と思った僕は、一つの匂いを捉えた。
 それは、南、と書かれた、鞠川さんが居た家の中から漂っていた――お姉ちゃんの、薫りだった。

 (ドウシ、テ……)

 どうして、お姉ちゃんの匂いが、この家からするのだろう?

 不思議に思った僕は、何処かに隠れる前に、家の中を見回る事にした。

 玄関も、壁も、屋根も、窓も、壊れてしまっていて、つまりそれだけ、この建物で大きな戦いが有ったという事なのだろう。ついつい僕も、加減が分からなくて壊してしまった。南さん(で、良いのかな?)に、もしも会えたら、部屋を壊して御免なさい、と謝らなければいけない。

 痺れた脚では歩きにくかったけれど、頑張って僕は、建物の中を確認していった。

 電気は使えなくなっていた。少し考えて、ええと、と思い出す。確か、家の電気は、電信柱を通って、流れているのだ。そして電信柱は、何時間か前に折られてしまった。なるほど、だから使えないのか。

 迷惑だなあ、と、先生と一緒に居た――――学校で一回見た、お兄ちゃんや、お姉ちゃんを思い出す。僕は何歳なのか、はっきり分からないけど、多分、僕より大きいことは確か、だろう。
 こーきょーの物は大切にしないといけません、と教わらなかったのだろうか。

 階段を上って、途中で一回転んで脛を打ってしまったけれど、泣かないで二階へ行く。お姉ちゃんの匂いは、二階から漂っていたからだ。

 大きな穴が開いた壁を見ながら中に入ると、機械が並んでいる。白い世界では見た事の無い物がたくさんだ。ええと――――テレビと、音楽を聞く機械は、分かった。「冷ぞうこ」とかも、戸を空けてみて分かった。僕の知識では、もっと大きかったけれど、きっと小さな「冷ぞうこ」も出来たんだろう。

 科学の進歩、という奴かもしれない。
 そうやって、ぐるぐると部屋の中を回っていると、床の上で、僕は見つけたのだ。




 それは、お姉ちゃんの匂いがする、一枚の手紙だった。




 多分、誰かが読んでいる時に、うっかり落としてしまったのかもしれない。
 漢字が多かったから、中身を全部読めなかった。でも、僕は分かったのだ。

 お姉ちゃんは、あの白い世界。病院の深い世界から助ける前に、この部屋に来て、お友達に手紙を残して行った。
 そして、死んだ人が動くという「緊急事態(よめない。きんきゅう、……?、かな?)」を使って、僕を助けようとした。けれども、その途中で、失敗してしまったのだ。
 そして、死ぬ前に、お姉ちゃんは、僕に、鞠川先生に会う様に、伝えたのだろう。

 (ア、レ……?)

 どうして? と思った。

 お姉ちゃんの言葉の通り、動く事は、やれる。

 でも、どうしてかな、と思った。“何が分からないのか”が“分からない”けれど、頭の中に、消えない謎がある。雲みたいにふわふわした、形が見えない、謎が出た。

 お姉ちゃんは、弟の僕を助けに来てくれた。
 命を落とす前に、僕に「友達の鞠川先生に会え」って言った。
 厚い財布のような、入れ物に入った写真を見せて、これを見せれば良いよ、と言った。

 お姉ちゃんが、僕に言いたかった事は、つまりそう言う事だ。

 (何、ダロウ……?)

 何か、変な気がした。
 違和感、と言う表現は、こんな時に使うのだと思う。
 しかし悲しい事に、考えても分からない。

 時計の針が、だんだんと遅い時間になっていた。子供は早寝早起き、と昔――多分、お母さんか、誰かに言われた。眠くないけれど、何か疲れている。何処かで休もう、と思った。

 仕方が無いから、僕は手紙を持ったまま、南さんの家を出て、ゆっくりと身を隠す所を探す事に、決めた。そして橋の下に、隠れたのだ。




 (……動カナイ)

 全く動けない、訳ではない。しかし、回復まで時間が懸かる。河を昇っている鞠川静香を追うには、少し苦しかった。そこで『彼』は思ったのだ。

 (……手伝ッテ、貰オウ)

 自分で動けないのならば、誰かに動いて貰えば良い。
 実に論理的な思考だが、生憎、この場で『彼』を助けてくれそうな人間はいなかった。
 其処で、思ったのだ。

 (エエト。……ワンワン、カナ?)

 ならば、他の生き物に助けて貰おう、と、

 動物と話をする事は出来ない。人間ならば常識とも言うべき知識である。

 しかし、人間の望む意志を伝え、その意志を組み取って動かす事は出来る。実際、調教師という職業も存在するのだ。賢い野生動物は、主人や仲間、群れの統率者という事実を認識すれば、例え相手が人間でも従順になる。

 無論、生態系的に困難な生物も多い。高度な知性を持つ生物で、役に立つと言えば、類人猿や犬だろう。フェロモンを操れれば、昆虫を支配出来たかもしれないが、今の『彼』に知識は無く、不可能だった。

 兎に角――――『彼』は思ったのだ。




 部屋に落とされていた鞠川先生へ手紙と、『渡しなさい』と言われた写真。

 二つを、目の前の子犬に届けて貰おう、と。

 子供ゆえの、無邪気な発想は、しかし実行が可能だった。




     ●




 「……何だよ、これ」

 思わずそんな声が出てしまった。首輪に、その辺で拾ったゴミっぽい紐で結えられ、その上で子犬に咥えられていた代物を見る。随分と粗雑な結び方だ。途中で落とさなかったのは、この犬が咥えていたからに他ならないだろう。

 品物は二つ。

 一つは、南リカの家に置いてきてしまった手紙。鞠川先生宛だったが、高城沙耶らが読んで、そのまま返しそびれ、怪物の襲撃と共に失ってしまった物だ。
 もう一つは、厚手の、財布の様な、良く分からない物。真っ黒に焦げた表面を持つ謎のアイテム。小銭や紙幣を見るに、財布だったのだろうが……。少なくとも、小室には良く分からない。

 しかし、何故二つがセットなのだろう? まさか誰かが犬に運ばせた、とでもいうのか。

 (……んな馬鹿な)

 直ぐに否定をする。誰が何のために、そんな事をするというのだ。

 仮に―――― 一番、理性的に考えるのならば、手紙の匂いを辿って自分達を追って来たこの子犬が、途中で謎の財布を咥えた、と言う事だ。いや、それでも無理が有るか。しっかり首輪に結ばれていたし。
 思考が堂々巡りに陥ってしまったのは、小室だけでは無かった。

 子犬。
 写真。
 手紙。

 これを繋ぐ鍵は、一体、何なんだろうか? と全員が考える形に成る。別に些細な事だったのだが、河を遡るのは車と鞠川静香の仕事だったし、今の見張りは宮本麗だ。ハンヴィーの荷台で各々が思案に耽ったのも無理はないだろう。

 そんな時だ。

 「あ、……ちょっと貸して」

 高城が口を挟む。その顔色は、もしかして、という色に覆われていた。
 渡された財布(らしき物)を上下左右に眺め、空に透かせながら何かを確認する。

 「これ、……うん。そうね。間違い無い。……皮にセラミック粒子配合と――――中は炭素繊維? おまけに、耐水耐電か。しかも、細工加工済み……無駄に金が懸かってるわね」

 ぶつぶつ、と何かを呟いている。要所要所に聞こえる単語が、不吉だった。
 取りあえず、真っ当な品で無い事は分かるが。

 「あの、高城さん……」

 「何?」

 そこまで確認して、おずおずと懸けられた平野の声に引き戻される。周囲を置いてきぼりにした事を思い出したのだろう。疑問を瞳に浮かべた全員の視線を向けられ、赤くなりつつも、軽く謝った。

 「何か不審な点が? これを知ってるのか?」

 一同を代表して声に出した毒島冴子に、応じる。

 「御免。思い出した。――――ええとね。……不審な点、って訳じゃないけど」

 高城は財布を手に取り。




 「コレ。財布に見えるけど、……財布としても使えるけれど、本来の用途は財布じゃないのよ」




 そんな事を言った。

 「……と、言うと?」

 続けて放たれた言葉も、やはり全員を代表した剣士のもの。
 見張りの宮本麗や、運転席の鞠川静香も、話を聞いている。

 「写真でカモフラージュされてるけれど。――――裏に、秘密の収納スペースがあるの。縦横三センチ四方。厚さは五ミリ前後、かしらね。知らないと、まず大人でも気が付けないわ」

 昔、ウチのママが子供向けの御土産として、似た様な品をブルガリアの博物館で買って来たわ、と話す。子供向けの品だが、多分、今も高城家本邸の何処かに仕舞われているだろう。

 「すっごく単純に言うと――――こっそり何か“小さな物”を持ち運ぶ為の道具なのよ。子供っぽく言うと……スパイ的な意味で」

 スパイ的な意味、と言っても所謂、産業スパイや、国家公務員的な意味だ。過去と違い、昨今のスパイは――――要するに、情報の泥棒と言い代えても良い。情報化社会に適応した工作員だ。
 当たり前だが、入手した情報を手に入れ、それを持ち帰るまでがスパイの仕事である。それと無く対立の社会組織に入り込み、機密情報を入手する。それを流す。大事なのは、データの海に存在する情報を手に入れる方法と、流す方法だ。

 詳しい事は省くが、つまり“そう言う仕事”の為の道具だ、と彼女は語る。
 秘密裏に仕舞われる物は、大体がICの類なのだそうだ。

 「……ただこれは、趣味の為、自前で金払うには過ぎた代物ね。耐火耐熱耐水耐電対衝撃、と五拍子揃った高級品。専門職人に個人注文したレベル。一応、既存の科学技術で十分に実用可能な品物だけど――本気で、一個人が手に入れようと思ったら、云十万は軽く必要かしら?」

 「……は、あ?」

 全員が唖然とする。そりゃそうだろう。目の前に、忘れ物と共に出現した財布は、なにやら訳有りの品。しかも、訳有りどころか劇薬のレベルだったのだ。手元に出現した品が、そんな特殊な物という事実に、固まるのも無理はない。

 というか、余りにも話が飛躍しすぎていた。

 犬。咥えて来た手紙。ここまではまだ良い。しかし、其処に付随した写真。送りつけた相手も、狙いも不明。しかして、写真と一緒に仕舞われていた物は、如何やら重要そうな品。

 関連性が、さっぱり見えてこない。
 この現状において、一体、どれ程に大切な情報だと言うのだ。

 「中身は、無事かしらね……?」

 全員の沈黙を受けたまま、彼女は気にする事無く、指を動かす。
 写真の裏に有る“何か”を探っているのだ。昔の玩具の感覚を思い出し、慎重に手を動かす。やがて高城沙耶は、静かに見えない隙間に指を入れ、内部の物を引っ張り出した。

 それは、銀色の見るからに危なそうな代物だった。




 全長は二センチも無いだろうか。横幅も一センチ弱。厚さは数ミリ。
 全体を金属らしき物質で覆われた小さな道具が、取り出された品物だった。




 「……それは?」

 一体、と尋ねた全員に、示す様に、

 「これはケースよ。保管用の頑丈な奴。二重の器にして、中の保管対象へ万全を期す、って訳。残念ながら。こっちの私は開け方は、知らないけど――――」

 「あ、僕分かります。それなら」

 「だと思ったわ」

 肩を竦め、彼女は平野へ銀色のケースを手渡した。彼ならば解錠の方法を知っているだろう。確認こそしていないが、大体は見当が付いている。所謂、特殊部隊や国家公務員が持つ品だ。アレは。
 軍事マニアの平野ならば、開封方法も知っているだろう。

 運転席の鞠川静香は振りむけないし、屋根の上の宮本麗は顔を下げられない。しかし、全員が手元へ意識を向けている事は間違い無かった。その中で、意外と器用な指使いで、ケースを。

 「――――開きました」

 平野が開封する。
 誰の持ち物かは置いておくとしても。犬に運ばせ、届けさせた品物だ。『本来の運び手』が事情を知っていたかどうかは別としても、あの写真と共に有る事で価値を生み出すモノな事は間違いが無い。

 ならば、その中に、一体、何が入っているのか?

 開いたケースには、絶縁体と電磁波防止機能が組みこまれている。当然の処置ね、と確認しながら、静かに彼女は『中身』を引っ張り出し、全員に見せた。




 「これ。PC用の半導体メモリね。多分、まだデータは無事よ? ――――誰の、どんな危険な情報が入っているのかしらね?」




 余りの展開に、やはり呆気に取られた皆が、再度、首を捻る。
 当たり前だが、場違いすぎる情報に――――誰もが困惑していた。

 全員が気を取り直し、兎に角、高城家に到着してから考えよう、と結論に落ち着く事と成るまで、約五分の時間が必要と成った。




 しかし、実は、この時。
 メモリを手に持ち、言いながら。

 高城沙耶は、その飛び抜けた頭脳によって一つの推論を導き始めていた。

 己れ以外の他の面々を置き去りにしたまま、思考が高速で流れ、仮説を組みたてていた。
 顔には出さない。否。出せなかった。それは、余りにも、有り得ない。同時に、認めたくない推測だったからだ。

 否定をしたかった。しかし、冷静に考えれば、否定できない、推論だった。
 メモリよりも遥かに重要な、これを運び届けた“相手”への、飛躍とも言える推測から導かれた結論だった。



 犬。連想されるのは昨晩の犬の鳴き声。

 写真に映る鞠川静香。繋がるのは写真の入った財布には、黒く焦げた“燃焼”の痕跡。

 手紙。中身は――――病院に家族を救いに行った、鞠川静香の親友であると言う、一人の女性の事。

 その他、幾つかの情報が、パズルのように組み合わさり、形を作る。

 此処まで揃えば、嫌でも連想されるのだ。

 (そうだとしたら……)

 もしも彼女の頭にふと過った、その仮定が正しいのだとすれば。
 余りにも、最悪的なまでに不幸な、その考えが的中しているのだとすれば。

 高城沙耶は、密かに思った。




 昨晩、自分達が接触した「あの怪物」は、もしかして。

 《奴ら》とは違う、確固たる意志と目的を、持っているのかもしれない、と。
















 主人公。平和的な異能・犬との意思疎通能力を習得。『追跡者(ネメシス)』が、ケルベロスを操れるようなもんだと思って下さい。序に、第一・第二・第三段階へのオート変態能力もゲットしました。

 主人公と小室達を繋いだジーク。少し学習した主人公。気が付き始めた一向。凄く裏の有りそうな“お姉ちゃん”こと故・棟形鏡と、二話から引っ張って、やっと回収できた写真(と同封されたメモリの秘密)の伏線。

 これで少しは、良い方向への進化と、その行く先が明るくなった…………なんて事は有りません。

 次回、紫藤先生の輝かしい活躍にご期待下さい。

 そろそろ小室達にも蝶々効果でダメージを与えよっかな……。


(11月24日・投稿)


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