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No.20306の一覧
[0] 【世界観クロス:Cthulhu神話TRPG】蜘蛛の糸の繋がる先は【完結】[へびさんマン](2013/05/04 16:34)
[1] 蜘蛛の糸の繋がる先は 1.死をくぐり抜けてなお残るもの[へびさんマン](2012/12/25 21:19)
[2] 蜘蛛の糸の繋がる先は 2.王道に勝る近道なし[へびさんマン](2010/09/26 14:00)
[3] 蜘蛛の糸の繋がる先は 3.命の尊さを実感しながらジェノサイド[へびさんマン](2012/12/25 21:22)
[4] 蜘蛛の糸の繋がる先は 4.著作権はまだ存在しない[へびさんマン](2012/12/25 21:24)
[5]   外伝1.ご先祖様の日記[へびさんマン](2010/10/05 19:07)
[6] 蜘蛛の糸の繋がる先は 5.レベルアップは唐突に[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[7] 蜘蛛の糸の繋がる先は 6.召喚執行中 家畜化進行中[へびさんマン](2012/12/30 23:40)
[8] 蜘蛛の糸の繋がる先は 7.肉林と人面樹[へびさんマン](2012/12/30 23:41)
[9] 蜘蛛の糸の繋がる先は 8.弱肉強食テュラリルラ[へびさんマン](2012/12/30 23:42)
[10] 蜘蛛の糸の繋がる先は 9.イニシエーション[へびさんマン](2012/12/30 23:45)
[11] 蜘蛛の糸の繋がる先は 10.因縁はまるでダンゴムシのように[へびさんマン](2010/10/06 19:06)
[12]   外伝2.知り合いの知り合いって誰だろう[へびさんマン](2010/10/05 18:54)
[13] 蜘蛛の糸の繋がる先は 11.魔法学院とは言うものの[へびさんマン](2010/10/09 09:20)
[14] 蜘蛛の糸の繋がる先は 12.ぐはあん ふたぐん しゃっど-める[へびさんマン](2010/11/01 14:42)
[15] 蜘蛛の糸の繋がる先は 13.呪いの侵食[へびさんマン](2010/10/13 20:54)
[16] 蜘蛛の糸の繋がる先は 14.命短し、奔走せよ[へびさんマン](2010/10/16 00:08)
[17]   外伝3.『聖地下都市・シャンリット』探訪記 ~『取り残された人面樹』の噂~[へびさんマン](2010/08/15 00:03)
[18]   外伝4.アルビオンはセヴァーンにてリアルラックが尽きるの事[へびさんマン](2010/08/20 00:22)
[19] 蜘蛛の糸の繋がる先は 15.宇宙に逃げれば良い[へびさんマン](2011/08/16 06:40)
[20] 蜘蛛の糸の繋がる先は 16.時を翔ける種族[へびさんマン](2010/10/21 21:36)
[21] 蜘蛛の糸の繋がる先は 17.植民地に支えられる帝国[へびさんマン](2010/10/25 14:07)
[22] 蜘蛛の糸の繋がる先は 18.シャンリット防衛戦・前編[へびさんマン](2010/10/26 22:58)
[23] 蜘蛛の糸の繋がる先は 19.シャンリット防衛戦・後編[へびさんマン](2010/10/30 18:36)
[24]   外伝5.ガリアとトリステインを分かつ虹[へびさんマン](2010/10/30 18:59)
[25]   外伝6.ビヤーキーは急に止まれない[へびさんマン](2010/11/02 17:37)
[26] 蜘蛛の糸の繋がる先は 20.私立ミスカトニック学院[へびさんマン](2010/11/03 15:43)
[27] 蜘蛛の糸の繋がる先は 21.バイオハザード[へびさんマン](2010/11/09 20:21)
[28] 蜘蛛の糸の繋がる先は 22.異端認定(第一部最終話)[へびさんマン](2010/11/16 22:50)
[29]    第一部終了時点の用語・人物などの覚書[へびさんマン](2010/11/16 17:24)
[30]   外伝7.シャンリットの七不思議 その1『グールズ・サバト』[へびさんマン](2010/11/09 19:58)
[31]   外伝7.シャンリットの七不思議 その2『大図書館の開かずの扉』[へびさんマン](2010/09/29 12:29)
[32]   外伝7.シャンリットの七不思議 その3『エリザの歌声』[へびさんマン](2010/11/13 20:58)
[33]   外伝7.シャンリットの七不思議 その4『特務機関“蜘蛛の糸”』[へびさんマン](2010/11/23 00:24)
[34]   外伝7.シャンリットの七不思議 その5『朽ち果てた部屋』[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[35]   外伝7.シャンリットの七不思議 その6『消える留年生』[へびさんマン](2010/12/09 19:59)
[36]   外伝7.シャンリットの七不思議 その7『千年教師長』[へびさんマン](2010/12/12 23:48)
[37]    外伝7の各話に登場する神性などのまとめ[へびさんマン](2011/08/16 06:41)
[38]   【再掲】嘘予告1&2[へびさんマン](2011/05/04 14:27)
[39] 蜘蛛の巣から逃れる為に 1.召喚(ゼロ魔原作時間軸編開始)[へびさんマン](2011/01/19 19:33)
[40] 蜘蛛の巣から逃れる為に 2.使い魔[へびさんマン](2011/01/19 19:32)
[41] 蜘蛛の巣から逃れる為に 3.魔法[へびさんマン](2011/01/19 19:34)
[42] 蜘蛛の巣から逃れる為に 4.嫉妬[へびさんマン](2014/01/23 21:27)
[43] 蜘蛛の巣から逃れる為に 5.跳梁[へびさんマン](2014/01/27 17:06)
[44] 蜘蛛の巣から逃れる為に 6.本分[へびさんマン](2011/01/19 19:56)
[45] 蜘蛛の巣から逃れる為に 7.始末[へびさんマン](2011/01/23 20:36)
[46] 蜘蛛の巣から逃れる為に 8.夢[へびさんマン](2011/01/28 18:35)
[47] 蜘蛛の巣から逃れる為に 9.訓練[へびさんマン](2011/02/01 21:25)
[48] 蜘蛛の巣から逃れる為に 10.王都[へびさんマン](2011/02/05 13:59)
[49] 蜘蛛の巣から逃れる為に 11.地下水路[へびさんマン](2011/02/08 21:18)
[50] 蜘蛛の巣から逃れる為に 12.アラクネーと翼蛇[へびさんマン](2011/02/11 10:59)
[51]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(12話まで)[へびさんマン](2011/02/18 22:50)
[52] 蜘蛛の巣から逃れる為に 13.嵐の前[へびさんマン](2011/02/13 22:53)
[53]  外伝8.グラーキの黙示録[へびさんマン](2011/02/18 23:36)
[54] 蜘蛛の巣から逃れる為に 14.黒山羊さん[へびさんマン](2011/02/21 18:33)
[55] 蜘蛛の巣から逃れる為に 15.王子様[へびさんマン](2011/02/26 18:27)
[56] 蜘蛛の巣から逃れる為に 16.会議[へびさんマン](2011/03/02 19:28)
[57] 蜘蛛の巣から逃れる為に 17.ニューカッスル(※残酷表現注意)[へびさんマン](2011/03/08 00:20)
[58]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(13~17話)[へびさんマン](2011/03/22 08:17)
[59] 蜘蛛の巣から逃れる為に 18.タルブ[へびさんマン](2011/04/19 19:39)
[60] 蜘蛛の巣から逃れる為に 19.Crystallizer[へびさんマン](2011/04/08 19:26)
[61] 蜘蛛の巣から逃れる為に 20.桜吹雪[へびさんマン](2011/04/19 20:18)
[62] 蜘蛛の巣から逃れる為に 21.時の流れ[へびさんマン](2011/04/27 08:04)
[63] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤[へびさんマン](2011/05/04 16:58)
[64] 蜘蛛の巣から逃れる為に 23.幕間[へびさんマン](2011/05/10 21:26)
[65]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(18~23話)[へびさんマン](2011/05/10 21:21)
[66] 蜘蛛の巣から逃れる為に 24.陽動[へびさんマン](2011/05/22 22:31)
[67]  外伝9.ダングルテールの虐殺[へびさんマン](2011/06/12 19:47)
[68] 蜘蛛の巣から逃れる為に 25.水鉄砲[へびさんマン](2011/06/23 12:44)
[69] 蜘蛛の巣から逃れる為に 26.梔(クチナシ)[へびさんマン](2011/07/11 20:47)
[70] 蜘蛛の巣から逃れる為に 27.白炎と灰塵(前編)[へびさんマン](2011/08/06 10:14)
[71] 蜘蛛の巣から逃れる為に 28.白炎と灰塵(後編)[へびさんマン](2011/08/15 20:35)
[72]  外伝.10_1 ヴァリエール家の人々(1.烈風カリン)[へびさんマン](2011/10/15 08:20)
[73]  外伝.10_2 ヴァリエール家の人々(2.カリンと蜘蛛とルイズ)[へびさんマン](2011/10/26 03:46)
[74]  外伝.10_3 ヴァリエール家の人々(3.公爵、エレオノールとカトレア)[へびさんマン](2011/11/05 12:24)
[75] 蜘蛛の巣から逃れる為に 29.アルビオンの失墜[へびさんマン](2011/12/07 20:51)
[76]   クトゥルフ神話用語解説・後書きなど(24~29話)[へびさんマン](2011/12/07 20:54)
[77] 蜘蛛の巣から逃れる為に 30.傍迷惑[へびさんマン](2011/12/27 21:26)
[78] 蜘蛛の巣から逃れる為に 31.蠢く者たち[へびさんマン](2012/01/29 21:37)
[79]  外伝.11 六千年前の真実[へびさんマン](2012/05/05 18:13)
[80] 蜘蛛の巣から逃れる為に 32.開戦前夜[へびさんマン](2012/03/25 11:57)
[81] 蜘蛛の巣から逃れる為に 33.開戦の狼煙[へびさんマン](2012/05/08 00:30)
[82] 蜘蛛の巣から逃れる為に 34.混ざって渾沌[へびさんマン](2012/09/07 21:20)
[83] 蜘蛛の巣から逃れる為に 35.裏返るアルビオン、動き出す虚無たち[へびさんマン](2013/03/11 18:39)
[84] 蜘蛛の巣から逃れる為に 36.目覚めよ英霊、輝け虚無の光[へびさんマン](2014/03/22 18:50)
[85] 蜘蛛の巣から逃れる為に 37.退散の呪文[へびさんマン](2013/04/30 13:58)
[86] 蜘蛛の巣から逃れる為に 38.神話の終わり (最終話)[へびさんマン](2013/05/04 16:24)
[87]  あとがきと、登場人物のその後など[へびさんマン](2013/05/04 16:38)
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[20306] 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤
Name: へびさんマン◆29ccac37 ID:b87f4725 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/04 16:58
 ロンディニウムの天気は今日もいつも通り、晴れのち曇りのち雨で慢性的に霧の中だ。
 そして彼、トリステインの魔法衛士隊隊長で、単独潜入任務中のジャン=ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵の気分も、ロンディニウムの空同様に、曰く言いがたいものだった。
 まあ、こんな天気では気が滅入るのも仕方ない。

「いやあ、全くお互い大変だね。ジャン=ジャック。こんな気色の悪い瘴気のような霧に覆われた街を歩かなくてはならないなんて」

 そしてワルド子爵の気分を更に複雑なものにしているのは、隣で陽気に話す月眼のロマリア神官である。
 教皇の右腕、ジュリオ・チェザーレ。
 かつての大王ジュリオ・チェザーレと同じ名前だが、きっと間違い無く偽名だろう。

 ふざけた男だ、とワルドは思う。

 グリフォン隊などを始めとする空飛ぶ幻獣乗りたちには、ドラゴンライダー・ジュリオの名前の方が良く知られている。
 メイジでもないのにあらゆる幻獣を乗りこなす凄腕の騎士だという噂だ。
 実際、彼が愛竜である風竜アズーロを操る姿は見事の一言に尽きた。

 そしてジュリオはロマリアの誘蛾灯でもある。
 何につけても目立つ彼を狙う他国の工作員は後を絶たないが、彼を狙った者の痕跡は絶たれてしまう。
 闇から闇に、ケモノの腹の中へと処理されたのだ。

 目立つ容姿を生かして、囮の任務をこなす彼には、その美貌と裏腹に物騒な二つ名が様々ある。

 曰く――聖堂騎士(パラディン)・ジュリオ。
 曰く――ドラゴンライダー・ジュリオ。
 曰く――殺し屋・ジュリオ。
 曰く――薔薇の棘・ジュリオ。首切り判事・ジュリオ。天使の塵(エンジェルダスト)・ジュリオ。獣使い(ビーストテイマー)・ジュリオ。死神の笛・ジュリオ。

 そして、ヴィンダールヴ・ジュリオ。
 教皇の右腕――神の右手。
 死神の笛――始祖神の笛。

 眉唾であるが、ジュリオの奇跡じみたケモノの扱いようは、いっそ伝説の始祖の使い魔と言われたほうが納得が行く。

「まったくアルビオンは食事はマズイし、酒といえばエールしかないし。あとはシードルくらいか」
「貴様は坊主だろうが。酒なんて飲んでいいのか?」
「ワインは始祖の血だよ。適度な酒は精神の箍を外し、信徒を恍惚の高みに持っていく手助けをしてくれるのさ。まあ、今の僕は一時的に還俗を許されているから、そんな屁理屈を捏ねなくてもエールもシードルも飲み放題さ」

 女の子は可愛いけど性格がキツイ娘が多いねー、など言う生臭坊主。
 ワルドはうんざりした溜息と共に、トレードマークの羽帽子を目深にかぶり直す。
 視界の端に彼らを尾け狙うアルビオンの工作員らしきものを見つけたからだ。

 何故トリステインからの潜入工作員であるワルド子爵と、ロマリアの密偵ジュリオがロンディニウムの雑踏で並んで歩いているのか。
 その説明をする前に、軽く現在の――トリステイン女王アンリエッタ即位後の国際情勢をおさらいしておこう。


◆◇◆


 先ずはトリステイン。
 魅了王の再来とも言われる女王アンリエッタが即位し、その魅惑の美貌でゲルマニアを併合した。
 先日トリステイン領空で拿捕されて亡命した元アルビオン王太子ウェールズ・テューダーを婚約者としたことを発表している。
 広大な辺境の開発と、国内の新統治機構の設立や対アルビオンステュアート朝の軍拡と、大忙しな国である。
 旧ゲルマニア地域の制度も柔軟に取り込み、平民でも能力のあるものは取り立てられるようにするということだが、その改革はまだ始まったばかりだ。
 ゲルマニアを組み込んだ連邦国家として生まれ変わりつつあるトリステインは、かつての栄光が戻ったかのようであった。
 流石は英雄王の孫だ、とアンリエッタを評する声も多い。

 次にガリア。
 三年前の星慧王ジョゼフの即位以来、魔法技術研究に力を入れている大国である。
 ジョゼフの即位の際に、王位を巡って王弟であるオルレアン公爵とひと騒動あったとされている。
 それ以降は特に混乱らしき混乱もなく、よく統治されている。
 大国故にあまり極端な態度は表さない日和見国家でもある。
 伝統第一主義だったトリステインが変貌しつつある今、良くも悪くも旧来の伝統を色濃く残す国だ。

 ロマリア。
 多くの都市国家が連合する宗教国家。
 宗教庁を頂点とする枠組みが敷かれている。
 平民が宗教家として名声を得ることが出来る国でもあるが、六千年の澱が溜まって組織の風通しは非常に悪い。
 新教皇ヴィットーリオの指揮のもと、改革が断行されている。
 各国各地に寺院を持っており、実際の権力以上に世俗に対する影響力は大きい。
 市井で囁かれる噂によれば、ロマリア宗教庁の極秘計画『方舟計画』なるものがあるというが……。
 ブリミル教を守護するという立場上、異教徒(クルデンホルフの蜘蛛神教など)を目の敵にしており、異端審問の権限を持つ聖堂騎士は各国で怖れられている。

 クルデンホルフ大公国。
 ハルケギニア経済界の黒幕。
 千年患う蒐集癖。学術都市。そして異教徒を山ほど抱える異端都市。
 あらゆる面で無節操さが鼻につくが、領土的野心はない模様。
 千年前から異教徒ウード・ド・シャンリットがもたらした異端知識をもとにして独自の発展を遂げており、その技術は他国を大きく引き離している。
 天空研究塔『イエール=ザレム』などの巨大建造物や各種資料を取り揃えた博物館や図書館、無双の竜騎士団『ルフト・フゥラー・リッター』などを擁する。
 クルデンホルフはアンリエッタ即位後もいつも通り――つまり各国へ必要以上の干渉はせず、情報収集に務めるのみである。

 最後に、現在ワルドが潜入している天空魔大陸アルビオン。
 つい先日、数年前からの内乱を経てテューダー朝が滅び、元王弟モード大公がチャールズ・ステュアートⅠ世として新王朝ステュアート朝を興した。

 そしてここからが問題なのだが、ステュアート朝の財政は逼迫しており、その彼らが取った手段というのが『教会に納められる寺院税(十分の一税)』の着服であった。
 ロマリア宗教庁はこれを教権に対する重大な挑戦と捉え、再三にわたり態度を改めるように警告してきた。
 それに対してスチュアート朝は、アルビオン内の寺院の聖職者を血祭りに上げることで返答。
 更には国王を頂点とするアルビオン国教会の設立を宣言した。

「旧来のブリミル教は腐敗した! 決定的に腐敗した! 天空大陸に住まう我らが、何故大地の、ロマリアの秩序に従わねばならぬのか!?」

 国王チャールズ・スチュアートはロンディニウムの宮殿で、集まる民衆に向かってそう宣言した。
 その場には、民衆にまぎれてワルド子爵も潜入していた。
 広場に面したテラスには、見目麗しい国王夫妻と、その一粒種のティファニア王女。

 おもむろに、王妃と王女が耳を隠していた白いヴェールを脱ぎ、髪を掻き上げてその耳をあらわにする。
 その美貌の母娘の耳は、尖っていた。

 エルフだ。人類の天敵だ。
 広場にざわめきが広がる。

「案ずるな! 確かに、我が妻と娘はエルフである! しかし! しかしだ! 信仰は血に左右されない! 我が妻と娘は、アルビオン国教会(プロテスタント)に改宗した! 我らの同胞となった!」

 寧ろ、チャールズ・スチュアートはこの為にプロテスタントを興したのだった。
 愛する妻と娘を陽のあたる場所に、何ら後暗いところ無く導くためだけに。
 その為だけに、兄王を弑逆し、甥を追放し、アルビオン全土を内乱に巻き込んだのだった。

「アルビオンは、種族に拘らない! 血に拘らない! 我らをこの天空大地に縛り付けるのは、ただ信仰のみ! 私は知っている。諸君も知っている。このアルビオンには、人智の及ばぬ人ならざる者たちが住まうことを。その者たちに告げる。今まで日陰で生きてきたものよ。今こそ、この空への愛を、信仰を、我らと共にせよ!」

 アルビオン国教会(プロテスタント)の中心教義は、天空信仰。
 天は高く、貴い。
 空は青く、貴い。
 故に、天空に暮らす我々もまた、貴い。

 全天空は、アルビオンを守護するものである。
 空は太古から我々と共にある。
 空は我らの無敵の城壁であり、何よりも深い堀である。
 我々は、空に守られている。
 天空を崇拝せよ。
 宙に浮かぶ大地を信仰せよ。

「天空は、常に我々と共にある! 空を讃えよ! 風を讃えよ! 雲を讃えよ! 私はこの天空大陸の王として、天空の最高祭司として、ここにアルビオン国教会の発足を、天空教の発足を宣言する!! 天空大地万歳! アルビオン万歳!! すべての空に住む者に栄光あれ!!」

 その瞬間であった。
 チャールズの手がピンと伸ばされて、天の一点を指差す。
 すると常に霧に覆われているロンディニウムの空が――。

「見よ! 蒼天も我々を祝福している!!」

 轟、
 と立っていられないほどの突風が吹きつけ、一瞬で雲と霧を払い、ロンディニウムの空を、チャールズが指す一点を中心として、見る見るうちに灰色から蒼空色に塗り替えた。
 その場に居るアルビオン国民たちは、あっけに取られていたが、やがて我を取り戻す。

――アルビオン万歳!!

 最初に言い始めたのは誰だか分からない。
 しかしその熱狂のうねりは徐々に広場を呑みこんでいく。

――アルビオン万歳!!
――プロテスタント万歳!!
――空の民万歳!!
――天空教万歳!!

 その熱狂の中、ワルド子爵は無言でテラスの一部を睨みつけていた。

 ワルド子爵の視線の先に居るのは、赤い女。
 赤い、紅い、緋い女。
 血塗られた舌(Bloody Tounge)を思わせる、不吉な赤色。

 その赤い女は、国王夫妻の後ろに控えていた。
 国王夫妻の後ろには、スチュアート朝の重要人物たちが控えている。
 その内の一人だ。

 後ろに控えているのは、例えば、ギョロギョロとした目の不気味な聖職者であるオリヴァー・クロムウェル。
 ティファニア王女の婚約者だという、女性的な見た目のカミーユ・ドルレアン。
 その父親で実質的にスチュアート朝を牛耳るようになったシャルル・ドルレアン。

 ――事前調査では、シャルル・ドルレアンには一人娘しか居なかったはずなのだが……。
 であるならば、あのカミーユ・ドルレアンは一体何処から出てきたのだ?
 それとも、シャルルの娘であるシャルロットとそっくり同じ顔を持つカミーユは、実はシャルロットなのか……。

 だがそれらの重要人物が有象無象に見えるくらいに、赤い女の存在感は強烈であった。
 紅い宝石と緋色の――火色の服、そして、ガリア王家に近しいものを表す、赤とは対極の鮮やかな青い髪。
 シャルルやカミーユ(シャルロット?)と同じ色の青い髪が、赤一色のドレスに映える。

 ワルドは悟る。

(間違いない。アレが、あの赤い女が、元凶だ)

 一連のアルビオンの動乱。
 おそらく、その全てが、あの赤い女の掌の上だ。
 理屈ではなく直感で、ワルドはそれを悟った。
 一流の風の術者としての、空気を読む感覚が、その洞察を助けたのかも知れない。
 だが、それはこの場では不幸なことだった。

 赤い女が、広場を見回す。

 そして。
 ワルドと。
 目が、合った。

(――っ!?)

 一瞬でワルドの精神が、赤い女の魅惑の魔眼に絡め取られる。
 アンリエッタ女王などとは比べものにならない。
 本当の、正真正銘人外の、魅惑の魔眼。

 ワルドは視界が狭まるような錯覚を覚えた。
 全てがあの赤い、紅い、アカい女に惹きつけられていく。
 自分の価値観が書き変わっていく。
 ジャン=ジャック・フランシス・ド・ワルドという存在の根幹が侵される。

 キモチワルイ。
 キモチワルイ。
 キモチワルイ。

 キモチ――イイ?



「大丈夫かい?」


 その時、不意に肩を叩かれ、ジャン=ジャック・フランシス・ド・ワルドは、我を取り戻す。

「……っ!? あ、ああ、大丈夫だ。感謝する」

 後ろから肩を叩かれたらしい。
 ワルドは礼を言いながら後ろを振り向く。
 ワルドの後ろに立っていたのは、美貌の月眼神官であった。

 テラスの上の赤い女は既に興味を亡くしたのかワルドから目を逸らしていた。

「礼を言われるほどじゃあないさ。トリステイン魔法衛士隊グリフォン隊隊長の、ジャン=ジャック・フランシス・ド・ワルド殿」

 何故それを知っている?
 ワルドが口に出しかけた疑問が声になる前に、目の前の月眼の神官が口を開く。

「まあ、積もる話はちょっと場所を変えてしようか。……ここは異教徒共が多すぎる。全く、殺意を抑えるのが大変だ」



 その後広場を離れ、適当なコーヒーハウスに席を取って、ワルドと月眼の神官は話し始める。

「僕の名前は、ジュリオ・チェザーレ」
「……フザケているのか?」

 じろりとワルドがジュリオを睨む。
 幾ら何でもあからさまな偽名だ。
 ジュリオ・チェザーレとは、昔の大王で、今時そんな名前をつける誇大妄想家は居ない。
 名前負けするのが落ちだからだ。

「フザケてなんて無いさ。一応はコレが本名だよ。孤児だったから、実際にチェザーレ家の出というわけではないけど」
「……まさか、ドラゴンライダー・ジュリオ?」
「ああ、ソッチの方が有名なのかな? そうだよ」

 ジュリオはあっさり肯定する。
 幻獣乗りの間では有名な話だ。
 ロマリアの神官に、矢鱈と幻獣の扱いが上手い奴が居る、というのは。
 ワルドも小耳に挟んだことがある程度だが、そんな話を聞いたことがある。
 その神官が、神官のくせに不吉な月眼だとも噂になっていた。

「で、そのジュリオが何の用だ」
「んー、端的に言うとアレだね。同盟を結ばないかい?」

 ジュリオの提案は、ロマリアの“密偵”と、トリステインの工作員たるワルドで同盟――最低でも相互不干渉条約を結ばないかということ。
 アルビオン国教会(プロテスタント)を発足させたアルビオンは、ロマリアから見れば目障りなことこの上なく、極力無駄を省いていきたいとのことである。
 他国の秘密工作組織と小競り合いをしている余裕はないのだ。

「まあ、僕の主人は、アルビオンなんかどーでもいいんだけどね。昔からの老人がたがさ、ガタガタと五月蝿くて。せめてアルビオンに幾分か嫌がらせ程度はしないと言い訳も立たない、というわけさ」

 ジュリオは肩を竦めて見せる。
 ジュリオの主人、とは、恐らくは教皇聖エイジス32世のことだろう。
 老人がた、というのは、旧来の権力者たちであろうか。

「正直、こんな天空魔大陸に関わっている余裕は無いんだけどね。『生命』の発動の鍵である第四の使い魔(リーヴスラシル)をクルデンホルフから解放しなくちゃならないし、邪教徒邪神が犇めくアルビオンなんて藪をつついて蛇を出す真似なんてしたくない……。いや、スチュアート朝の連中が藪をつつく前に、奴らプロテスタントを根絶やしにすることも考えなくちゃならないのかな……?」
「何をぶつぶつと訳の分からないことを……」
「分からなくていいのさ。君に分かるように言うのなら、こういうことさ――」

 ジュリオは区切って、その赤青の月眼でワルドを覗き込む。

「――例えば、荒ぶる北風の神イタクァをアルビオンの連中が『神降ろし』して、そこら中がウェンディゴで溢れる前に、プロテスタント(天空教徒)連中を皆殺しにしなきゃならない、のさ」
「イタクァ? ウェンディゴ? 何のことだ?」
「おや、分からないのかい? 君の母が取り憑かれたモノさ」

 母。
 ワルドは、幼い日のことを瞬時に走馬灯のように思い出す。
 思い出したくもない、しかしジャン=ジャックの根幹を形作る出来事を。

 凍てつく魔風を纏って変貌した母。
 “いあ、いあ、いたくぁ。”母の衣を纏った化物の口から呪言が漏れる。
 大きく開いた顎、立ち並ぶ鋭い歯列、獣臭、血と氷の匂い。
 “あい、あい、はすたー。”化物が叫ぶ。
 倒れ伏した父、広がる血、肉を引きちぎる音、にちゃにちゃした咀嚼音。
 父だった死体(モノ)を喰らう、母。
 仲の良かった両親が何故。そう疑問に思う暇もなく、母の服を纏った、まるで人間を縦に引き伸ばしたように手足が異様に長い異形が、鋭く長い爪を振りかざして幼いジャン=ジャックに迫る。
 ああ、そりゃあ若い方が肉は柔らかいからなあ。何処か遠くでそう思いながら、ジャン=ジャックは咄嗟に抜杖。
 風メイジゆえの身のこなしの素早さを褒めてくれた父は、もう居ない。
 後の『閃光』の二つ名の片鱗を見せ始めていた才気溢れるメイジ、ジャン=ジャックは、閃光が瞬くほどの時間で瞬時に詠唱。
 唱えるのは、つい先日父から習った『エア・ニードル』の魔法。
 “いあ、はすたー。いあ、いたくぁ。いあ、つぁーる。いあ、ろいがー。”邪言を喚き散らして向かい来る四肢が長い異形の、母だったモノの胸を一突き。
 突いた胸から、凍てつくように冷たい血が流れる。餓えた氷の獣。そんな感想が浮かぶ。
 「メメント・モリ」と異形の口から正気を取り戻したらしき母の声が漏れる。そして「燃やして、ジャン=ジャック」とも。
 あとは母の今際の言葉に従って館に火をつけ、事故として隠蔽し、爵位を継いで、ヴァリエール公爵の後ろ盾のもとで魔法衛士隊に入り――そして、今に至る。

「君の母親が変貌したあれが、ウェンディゴさ。北風の眷属だ。餓えた氷の獣。アルビオンの高地にはそいつらの集落もあるそうだよ。トリステインでは――ダングルテールに居たんだったかな。もっとも、20年前に絶滅させられているそうだけれど」
「何故、知っている。俺の母のことを」

 証拠は全て燃やしたはずである。
 ワルドの父と母の遺体とともに、館ごと。
 全ては業火の彼方に消えたはずだ。

「ロマリアの耳はウサギの耳より長くて、よく聞こえるのさ」

 ジュリオは両手を頭に添えてウサギの真似をしておどけて答える。
 マトモに答えるつもりはないのだろう。
 ワルドは顔をしかめて、目の前に置かれたコーヒーを飲み干す。

「ふん。まあ良い。確かに俺の母のような異形が溢れることになれば、ハルケギニアはお終いだ。吸血鬼どころの騒ぎではない」
「吸血鬼なんて生易しい部類さ。それで、同盟の件は了承してもらえるかな?」
「……いいだろう。足は引っ張るなよ」
「そちらこそ」

 こうして異国アルビオンの地にて、ロマリアの密偵ジュリオとトリステインの工作員ジャン=ジャックとの同盟が成ったのだった。


◆◇◆


 回想はここまで。
 視点は再び、アルビオンの雑踏を歩く二人の男に戻る。
 霧に覆われたロンディニウムの街を、人波をすり抜けるようにして、ジュリオとワルドが歩く。

「ジュリオ」
「ああ、分かってる」

 ジュリオとワルドはお互いに目配せして、大通りから折れて路地裏に入る。

 そしてそれを追う人影が幾つか。
 そのうちの一人は路地の入口に張り付き、一般人が入ってこないように見張っている。
 上空から見れば、二人が入った路地の出口の方にも行く手を塞ぐように人員が動いているのが見えただろう。

 路地の両側から追い詰められるジュリオとワルド。
 だが彼らの顔に焦りはない。
 この程度、危機のうちにも入らないのだろう。

「ジャン=ジャック。“天使の塵(エンジェルダスト)”を使うよ」
「――っ。了解だ」

 ジュリオの言葉に、ワルドは一瞬驚き、反応が遅れる。
 そして遂に、ジュリオとジャン=ジャックは、アルビオンの諜報員に捕捉される。
 包囲は完了していた。

「ジュリオ・チェザーレとジャン=ジャック・ド・ワルドだな?」

 アルビオンの人員のうち、リーダーらしき人物が前に出て二人に確認する。
 だがジュリオもジャン=ジャックもそれには答えない。
 問うた方も返答など期待していなかったのだろう。

「死んでもらう。アルビオン国教会(プロテスタント)の名の下に」
「く、く、く、く、くくく」
「何が可笑しい」

 こらえきれずに、といった様子でジュリオが笑う。
 ワルド子爵は羽帽子を目深にかぶっていて表情が伺えない。
 アルビオン人たちは当惑する。
 しかしアルビオン人のリーダーは気にせずに命令を下す。

「何を笑ってるか知らんが、貴様らは終わりだ! やれっ!!」
「はっはっはっはっはっ!」

 アルビオン人たちが杖を構え、詠唱を始める。
 どうやらアルビオンの手勢はメイジだったらしい。
 しかしいよいよ詠唱を終えようというところで、彼らは気付く。
 路地の隙間から現れて壁を走り回る小さな影たちに。

「誰が、誰を、包囲しただってぇ!? 異教徒どもめ!!」

 ジュリオが嘲るように叫ぶ。

「な、鼠が!?」

 壁や路地を埋め尽くす影は鼠だった。
 だが湧き上がる生理的な嫌悪感を抑えて、リーダーが部下に命令を下す。

「たかが鼠に何が出来る!? 撃てぇ!!」

 リーダーの合図で、アルビオン人たちが杖の先に灯った魔法の光を解放する。
 前後から数本の『魔法の矢(マジックアロー)』が、二人に殺到する。
 『マジックアロー』は上方にも広がっており空を飛んでも、狭い路地では逃げ場はない。

「『風盾(エアシールド)』!!」
「何!?」

 しかしワルド子爵が唱えた風の魔法が、それら全ての魔法の矢を逸らす。
 渦巻くように二人を包んだスクウェアクラスの強烈な風が、マジックアローに干渉したのだ。
 マジックアローといえども、全く物理的干渉を受けないわけではない。物理干渉できなければ、標的さえすり抜けてしまうからだ。
 通常の弓矢よりは風の影響を受けにくいが、それならば通常よりも強い風を起こせば良いだけだ。
 その程度、トリステイン屈指の術者であるワルド子爵には造作も無い。

「この程度のひょろひょろした『魔法の矢』で俺の『エアシールド』を抜けるとは思わないことだ」
「波状攻撃を掛けろ! 銃も使え! 消耗させるんだ! 向こうのメイジはワルドだけだぞ!」

 確かにワルド子爵の風の魔法は強力だ。
 だが竜巻の隔壁を維持する間は、ワルド子爵は別の魔法を唱えることが出来ない。
 竜巻に守られているジュリオも、竜巻が檻となってしまって攻撃をすることが出来ない。

 いや、果たしてそうか?

「いやいや、僕を忘れてもらっちゃ困るよ。ああでも、風の神を崇拝する程度の空っぽの脳みそじゃあ仕方ないのかな。さあネズミたちよ、神罰を!」

 ジュリオがいつの間にか取り出していた警棒のような物を振るう。
 その警棒のような物には、幾つもの穴が空いていた。
 中空になっているようで、ジュリオが複雑にそして優雅にその穴空き鉄棒を振るうたびに、風を切る音が微かに変化する。

 フルートのような、金管楽器らしき警棒が音を立てる。
 死神の笛、というジュリオの大層な二つ名の由来となる武器である。
 手首を捻り、複雑な軌道でジュリオは“死神の笛”をまるで指揮者がタクトを振るように振り回す。

 その穴空き鉄棒が奏でる音を聞いて、周囲に集まっていたネズミたちが動き始める。
 もはやその数は、十や二十ではなく、百かあるいは千匹近く集まっているかも知れない。
 路地裏は鼠の毛色の絨毯になってしまったかのようだった。

「う、あ。び、ビーストテイマー・ジュリオ……!」 「死神の笛……!」
「その通り。この笛があれば、ケモノを操るのはお手のものさ」
「だが、たかがネズミに何が出来るというのだ!? こんなモノ、踏みつぶして終いだっ!」
「それはどうかな?」

 パス、とくぐもった破裂音が路地に響く。
 それはアルビオンの手勢の銃撃の音――ではない。
 銃声らしき破裂音がしたのは、壁の上……ネズミの群れの中からであった。

 思わずアルビオンの人員が振り向く。

 そこには、内側から裂けたネズミの皮があった。
 同時に鼻を刺す悪臭。
 思わず鼻を覆うが、もう遅い。

「ガハッ、臭っ、臭い!? というか、臭すぎて痛いっ!!」

 そうやって刺客たちが咳き込んで蹲る間にも、ネズミたちは近づいて来る。
 その体を不気味に風船のようにふくらませながら、よたよたと。
 まるでヘドロが詰まった泡が波となって押し寄せてくるような嫌悪感を煽る光景。

 やがて体力の限界に達したのか、一人の刺客の足元に辿り着いた膨れネズミが、こてりと倒れる。

 そして炸裂。
 パスッ、という音と共に、膨れ上がったネズミの内側から猛烈な臭気が弾け出る。
 アンモニア臭と卵の腐った臭いと糞の匂いを何倍も強烈にした、殺人的な臭い。

「うわっ!? 臭っ、げほっ」

 その臭気に思わず刺客の男が後ずさるが、そこにもまた膨れネズミが。

「しまっ――、バランスが!?」

 思わず膨れネズミを踏みつけた男が、バランスを崩す。
 そして哀れな刺客は、膨れネズミの海へと身を投げた。
 直後に響く、気の抜けるような、いや正に気の抜けた音。

 刺客の男の下敷きになったネズミたちは、風船のように膨らんで破れたその身体から、糞尿を煮詰めたような臭気を開放。

「が、あ、は――」

 倒れた男の動きが止まる。
 死んだのだ。

 だが他のアルビオンの刺客は、それを気にしている余裕はない。
 何れも、この耐え難い肥溜めの底よりも臭い空間で、臭気に溺れそうになっていた。
 そこに淡々と、風の結界の中の安全圏で高みの見物を決め込む涼やかな男の美声がする。

「ビーストテイマー……確かに僕の能力はそういう一面もある。だけれど、それだけでもない。――そうそう、動物の体には、多くの細菌が息づいていて、消化を助けている。細菌のうちの幾つかは、おならの臭いの元になる毒ガス物質を作り出す。それら腸内の細菌に身体が侵されないように動物の体は抵抗力を発揮している。――じゃあ、その動物の抵抗力を弱めてやって、細菌の増殖力を強化してやったら? ……即席毒ガス爆弾の出来上がりさ」

 最低限移動に必要な臓器と筋肉のみを残して、他の全ての臓器を、活性化させた細菌や自己消化酵素によってアンモニアや硫化水素などの毒ガスへと変換。
 ネズミたちは内臓を溶かされて発生したガスによってパンパンに膨れ上がりながらも、最期の力を振り絞って、ヴィンダールヴが命じた標的へと近づく。
 そして全身をフグのように膨らませて毒ガス爆弾へと変貌したネズミたちは、標的の足元で炸裂。

「ふん、良い気味だ。天空教の糞袋どもめ、糞の臭いに包まれて死んでしまえ……。ふ、ふ、っはははははははは!!」

 異教徒どもめ。ひゅるり、と“死神の笛”を振って、ジュリオが言い捨てる。
 彼の顔は影になって見えないが、その声だけでも酷薄さが伝わってくる。

「風の神(ハスター)! 風の神(イタクァ)! 風の神(ツァール)! 風の神(ロイガー)! 良いだろう、風の神(骨無し)どもめ、ブリミル教(我ら)の神罰の味を噛締めるが良い」

 炸裂したネズミの死体は、悪臭と共に致死の毒ガスを撒き散らす。
 不抜けた炸裂音が連鎖する。

「風よ(ウィンデ)」
「が、ぐ、ふ――」 「げほっ、がはっ」 「うぐぅぁ――」

 更にその毒ガスを、風の術者であるワルドが的確に相手の口や鼻に導く。
 刺客たちは毒ガスの釜の底で溺れて行く。
 路地の入口を見張っていた者たちの口元にも、ワルドが操る毒の風は運ばれ、命を奪う。

「……これで全部死んだか」

 動くものが居なくなったのを確認して、ワルドが呟く。
 残されたのは刺客たち死体と、一面を覆う弾けたネズミの亡骸たち。
 ワルドは風の魔法で路地の空気を新鮮なものと入れ替える。

「いやあ、ジャン=ジャック、毎度ご苦労をかけるね」
「そう思うなら、こんな腐敗ガス爆弾など使うな」
「腐敗ガス爆弾だなんてロマンの無い言い方をするなよ。ここはロマンチックに“天使の塵(エンジェルダスト)”と呼んでくれよ」
「“天使の糞”の間違いだろうが」

 彼らが軽口を叩く間にも、路地裏の死体や腐肉には、ヴィンダールヴの能力によって集められた蠅や百足や死出虫がたかり、食い散らしていく。
 眼や鼻を蛆が出入りし、死体を基礎とした生態系が急速に形成されていく。
 死体を分解する細菌もヴィンダールヴの能力によって活性化され、迅速に死体たちは土に還っていく。

「……キノコ栽培に便利そうな能力だな」

 死体があった場所には既に白骨と毛皮と、それを苗床にする茸くらいしか残っていない。
 さらにその茸を目当てにしたゴキブリやダンゴムシが集まり、あっという間にそれを食べていく。
 ジュリオは残った白骨を靴裏でグリグリと踏み砕きながら返事をする。

「まあね。ロマリア特産の(まじっく)マッシュルームとかの品種改良や、ワイン酵母の選定にも協力しているよ。これでも僕はその道では権威なのさ」
「マッシュルームの頭にぼそっと“マジック”って付けただろ!? 風メイジの耳の良さ舐めるなよ。……おい、まさかトリスタニア城下で出回ってるという噂の薬(ヤク)の出処は――」

 ゲルマニアをトリステインが併呑したあとには、各地のブリミル教会が強力にトリステイン・ゲルマニア地区の治安回復や民心安堵に協力した。
 ロマリアとしては、成り上がりと揶揄されていたゲルマニアではなく、始祖正統のトリステインを支援するのは当然の行動だとも言える。
 だがその一方でトリステイン内でロマリアの勢力のこれまで以上の侵食を許したのも確か。

 そして体制の激変による不安が広まる中で、民衆にディテクトマジックにも反応しない、怪しげな常習性のある薬が出回っているという噂がある。
 トリステインに居るワルド子爵の本体(アルビオンで作戦行動中なのは『偏在』の分身体である)は、直接はその摘発作戦に関与しては居ないが、近く大規模摘発作戦が行われるようだとは聞いていた。
 しかしロマリアが大々的に絡んでいるならば、どこか上からの命令で摘発作戦は潰されてしまうだろう。

「まあ、そこは詮索無用さ。でもその薬(ヤク)というのもそこまで大したものではないと思うよ。ちょっとアンリエッタ女王の魅了に掛かりやすくなるくらいのものなんじゃないかな?」

 そうなのだった。
 薬自体が齎す幸福感よりも、薬が導く「アンリエッタ女王を見たい。尽くしたい」という欲求が問題であった。
 さらに女王崇拝により齎される恍惚感と幸福感をも、その薬は助長し、中毒にさせるのだ。
 言うならばアンリエッタ崇拝をキーとして人工的な宗教恍惚を手軽に導く麻薬なのだ。

「トリステインは、ロマリアの実験場ではないぞ……!」
「言いがかりさ。ロマリアは全ブリミル教徒の“幸福”を常に祈っているよ。異教徒どもには容赦しないがね」
「このっ……!」

 飄々と風の精(ヴィンド・アールヴ)のようにジュリオが嘯く。
 思わずワルドは、ロマリアの密偵との同盟条約のことも忘れて掴みかかろうとするが、その手は空を切った。
 だがそれはジュリオが回避したからではなかった。

「あれ?」

 突如何の前触れもなくジュリオの足元に、銀色の穴が空いたのだった。
 まるで『サモン・サーヴァント』のゲートのようなその穴は、あっという間にジュリオを引きずり込む。

「ぅゎあ~れ~~!?」

 間抜けな声を残して消え去るジュリオを、ワルドは呆然と見送るしかなかった。

「……今の穴は、一体……?」


◆◇◆




 蜘蛛の巣から逃れる為に 22.赤い、紅い、朱い、アカイ……




◆◇◆


 何処とも知れない黒い部屋に、大きな重厚そうな円卓が置かれている。
 如何にも悪巧みが行われていそうな、黒幕たちに相応しい部屋。
 その席についているのは、四人の人間。
 その内の二人の後ろには、お付きの者らしき人間がひとりずつ立っている。

「ぅゎあ~れ~~!? ……っと?」
「任務中すみませんね、ジュリオ」
「あれ、教皇様……。とするとここは、いつもの会議室ですか」

 訂正。
 もう一人、席についた若い男の後ろに、虚空から銀のゲートを通って、月眼の神官が落ちてきた。
 ジュリオが落ちてきた場所の前の席に座るのは、彼の主人である教皇聖エイジス32世、ヴィットーリオ・セレヴァレである。

「これで全員ね、一人余計なのが居るけれど。では、第四回虚無会議ー、かーいーさーいー」

 ようやく全員が揃ったということだろう。がらんがらん、と円卓に座る七人のうちの一人の少女がベルを鳴らす。
 ピンクブロンドの少女の後ろには、魔刀を佩き翼蛇を首に巻いた戦士。
 夢の国の魔女ルイズ・フランソワーズと、その従僕サイト(with翼蛇エキドナ&魔刀デルフリンガー)であった。

 彼女の席の前には、古ぼけた本と古風なオルゴールが置いてある。
 それこそ、始祖ブリミルが遺した秘宝、『始祖の祈祷書』と『始祖のオルゴール』である。
 虚無遣いが魔法の力に覚醒するために必要なキーアイテムだ。

「それで。トリステインの虚無よ。今回は何の用だ?」

 青い髪の偉丈夫が、片手に持った紙片――招待状をひらひらとさせながらルイズに尋ねる。
 彼はガリアの星慧王と名高いジョゼフⅠ世である。
 彼の背後には、彼の女官にして使い魔にして愛人シェフィールドが控えている。
 前回の虚無会議の際に千年蜘蛛教師長ウードに後れを取った反省から、彼女はその身にコレでもかと魔道具を纏っていた。

 ジョゼフが持つ招待状は、ルイズがこの虚無会議の開催を知らせるために直接ジョゼフとヴィットーリオに送りつけた物である。

「招待状にも書いたし、前回の最後に確認したでしょう? 新しい秘宝を介して、新呪文が出ないかどうか、その確認会よ」

 ルイズは自分の目の前の『祈祷書』と『オルゴール』をジョゼフとヴィットーリオの前へと滑らせる。

「あとは昨今のアルビオン情勢についても、確認したいですね」

 ヴィットーリオが、目の前に滑らせられた『始祖のオルゴール』を手に取りつつ発言する。
 彼の後ろには、つい先程ゲートから落ちてきた月眼の神官ジュリオが控えている。
 ヴィットーリオの指には赤く輝く『火のルビー』。
 二十年前に一度国外に持ち出されたものの、その後紆余曲折経てロマリアに舞い戻った始祖の指輪の一つである。

 『指輪』と『秘宝』と『担い手』が揃ったときに、虚無の力は解放される。

 ヴィットーリオが『火のルビー』と『始祖のオルゴール』を手に取ると、光が溢れる。
 その向かいでは、ジョゼフが『土のルビー』を嵌めた手で『始祖の祈祷書』を開いており、そちらからも光が零れる。

「くふふ、何か新しい呪文が出るといいなぁ。現代の虚無遣いたちよ」

 そしてその様子を目を細めて楽しそうに見ている、少女――いや幼女が一人。
 ルイズの対面に座る彼女は、銀糸のような長い繊細な髪をした、年の頃9歳くらいの可憐な幼女だ。
 何処と無く顔立ちが、クルデンホルフ公女のベアトリスに似ている気がしなくもない。

 だが、一番目をひくのは、彼女の顔立ちや髪の美しさではない。
 銀髪の幼女は、その体型が異常であった。
 いや、異常というのは語弊がある。
 哺乳類の雌にとってみれば自然な、ありふれた体型――即ち、妊娠体型なのであった。

「お呼びじゃないのよ、千年教師長。大体、その姿は何? ボテ腹幼女とか、トチ狂ったの?」

 ルイズが柳眉を逆立てて嫌悪も露に、招かれざる客――幼女形態の千年教師長ウード・ド・シャンリットを睨む。

「くふふ。なに姿形など私にとっては至極無意味なものだ。こんなモノはお遊び、余興だよ。Y染色体を抜いて、X染色体を二重化した培養体なのだが、時間の都合で発育が不完全でね」
「それがなんで臨月みたいな腹してんのよ? 馬鹿なの? 死ねよ」
「虚無遣いのグレゴレオ・レプリカを“格納”しなくちゃならんからなあ。成人男性型なら胸の中にでも“格納”できるのだが、この体型だと他に仕舞える場所がなくてなー」

 中を開いて見てみるかい? などと言って、ウード・ド・シャンリット(妊婦幼女形態)がちらりと上着をめくって腹を見せる。

「アンタの真っ黒な腹の中なんか見たくもないわよ。つーか出て行け」
「ツレナイことを言うなよ、ルイズ・フランソワーズ」
「実力行使に出るわよ。『爆発(エクスプロージョン)』乱舞でクォーク以下に分解してやるわ」
「それを見越しての、この幼女形態なのだよ。私が死んでも代わりは居るもの、ってね。グレゴリオ・レプリカ内蔵の妊婦幼女型端末は、108式まであるぞ」
「……ここで滅ぼしても無駄ってこと? アンタを殺し尽くすには、端末を一網打尽にするために、魂を冒す強力な毒でも用意しなきゃならないのかしらね」
「多分ねー。アストラル体に作用する概念毒じゃないと効かないんじゃないかねー。ま、頑張んなさいなー」
「言われなくとも。見てなさい、直ぐに駆逐してやるわ」

 お前ら本当は仲が良いんじゃないのか? という感じの遣り取りをウードとルイズが繰り広げている間に、虚無の封印解放による輝きは収まっていた。
 ルイズがヴィットーリオとジョゼフに視線を向けるが、二人とも首を横に振る。
 ヴィットーリオとジョゼフは途中で互いの秘宝を交換して新呪文が出ないか試してみたようだが、どうやら新呪文は出なかったらしい。

「あらあら残念じゃのー。まあシャンリットが千年かけてグレゴリオ・レプリカを虱潰しにあらゆる状況に晒して呪文を蒐集してきたんだし、もう大抵の虚無の呪文は網羅してるんじゃないかねー」

 大して残念そうでもなさそうに、グレゴリオ・レプリカを胎内に納めたウード(ボテ腹幼女)が呟く。
 第一次聖戦で鹵獲された虚無遣いグレゴリオは、蜘蛛商会によって複製され、考えられる限りのあらゆる極限状況に晒されて、新呪文が出ないかどうか試されてきたのだった。
 飢餓、渇き、不眠、痛み、麻酔なし生体解剖、薬物漬け、呪文による人ならざる者への変容、脳電極刺し、水魔法による記憶改竄、人格分裂エトセトラエトセトラ。
 そして魂を捕獲・分割・統合する呪文によって、それらの実験結果はグレゴリオ・レプリカの魂に刻まれていった。
 グレゴリオ・レプリカたちに植えつけられた魂は、死を以てしても解放されない苦行に疲れ果てた、血涙を流し怨嗟の叫びを上げるグレゴリオ・オリジナルの断片なのだ。

「それでも、正攻法で呪文を覚える価値はあるわ」
「正攻法、ねぇ?」
「何が言いたいの、千年教師長」
「くふふ。じゃあ始祖ブリミルは、どうやって呪文を覚えたんだろうと思ってね。始祖の秘宝たちに込められた呪文は、全て彼が開発したものなわけだけれど」

 確かにオリジナルとなった呪文は、何時どうやって開発されたのだろうか。

「それは神からの啓示でしょう。オラクル。託宣。閃き。何とでも言えるでしょうが、ブリミルが天才だったのは間違いないでしょうね」

 ヴィットーリオがウードの言葉に答える。

「神、ねえ。じゃあ、その神ってのは何なんだろうねー」
「……それは」
「時空と魂を統べる系統――虚無。世界の始まりからある力。世界を終わらせる力。しかもブリミルは神の子供だと言うじゃないか。それだけの力を持っていて、しかも人間から上り詰めた祭司に力を与えるだけではなく、もっと直接的に神子(みこ)を成すことが出来る神――。くふふ。私はそんな外なる神(アウターゴッド)に心当たりがあるのだけれど」

 ヴィットーリオは黙る。
 バトンタッチするように、ジョゼフが話し出す。

「全にして一なるモノ、ヨグ=ソトース。確か前回の会議に乱入してきた時も、貴様はそんな事を言っておったな。『虚無の力は邪神ヨグ=ソトースに連なるものだ』と」
「くふふ。何、これも仮説に過ぎない。恐らくそうであるというだけだ。ただ単に、シャンリットではそういう仮説のもとで、新しい虚無の呪文を開発しようとしているだけ」
「虚無の新呪文の開発、だと?」
「それなりに成果を挙げているのだよ? 『サモン・サーヴァント』の構成要素である超次元級の広域精密探査術式の抜き出しだとかね」

 ちょっと得意気に胸を張るウード。
 その中身が千年級の蒐集狂だと知らなければ、銀髪の幼女が胸を張っている様子は可愛らしいものだ。
 だが中身を知っている者からしてみれば、趣味の悪い人形劇のように思えてならない。

「それは結構。結構なことね、千年教師長。学術都市の自慢話はもういいから、お帰り願えないかしら?」
「うん?」

 出口はあちらです、とルイズが『世界扉』を詠唱して、ウードの足元にゲートを開く。
 ウードはそのままボッシュート。
 銀髪幼女が落下して姿を消す。

「――さて、五月蝿い人外も居なくなったところで、新呪文の話題はお終い。次はアルビオンを含めた国際情勢についてよ」
「アルビオンなぁー。あぁ、シャルル。今お前は何をしているのだ?」

 ガリアの青髭が遠い目になる。

「アンタさぁ、あの弟クンをどうにか止められないわけ?」
「止めてやりたいのは山々だが――」
「なら止めなさいよ」
「一方で、自由に暴れさせてやりたいとも思うのだ。シャルルはずっと俺と比べられて窮屈な思いをしてきたのだから」
「一国まるごと自由におもちゃにさせるとは、スケールの大きいお兄ちゃんだこと」

 何と言うか、処置無しという感じだ。
 兄馬鹿すぎる。
 ルイズはやれやれと肩を竦めて溜息をつく。

(いっそのことさっさとこの兄弟は殴り合いの喧嘩でもさせて収拾つけさせた方が良いのかしら? それも選択肢に入れておきましょう……)

 とはいえ、最早今に至っては、魔窟となったハヴィランド宮殿に『世界扉』を繋げることも難しい。
 アルビオンのステュアート朝は腕利きの魔術師でも抱えているのか、瘴気に溢れている人外魔境ロンディニウムのハヴィランド宮殿には、結界が敷かれているようなのだ。
 というか、あの霧の街の王宮にゲートを繋げるのすら悍ましい、汚らしい、狂気が伝染する。

「ロマリアはどう動くの? 天空教に改宗した連中を皆殺しにでもするの?」

 ルイズは矛先をヴィットーリオに向ける。

「……それはトリステインがやってくれるでしょう。妄執に取り憑かれたアンリエッタ女王が」
「つまり直接兵力を派遣はしない、と。……ロマリアはゲルマニア平定に裏から手を回したから、アルビオンを潰すのはトリステインに代わりにやってもらおうって腹積もりかしら」

 トリステインによる旧ゲルマニア地域平定には、ブリミル教会の協力な後押しがあったのだ。
 ……手段選ばずトリステインのゲルマニア併呑を支援し、宗教的恍惚を導く秘薬(ヤク)を実験的にばら蒔いたりとやりたい放題であった。

「ええ。実際、ロマリアが動かせる兵力は、天空教徒どもを皆殺しにするには足りませんし。ウェールズ王子を擁するトリステインが、ロマリアの代わりにやってくれるなら、それに越したことはありません」
「イザとなれば『聖戦』のお墨付きを与えることも吝かではありません、ってわけ?」
「その通りです。頭の固いロマリアの老人がたは色々言ってくるでしょうが、私としてはこんな穢れてしまった大地を離れる『方舟計画』を進めるほうが重要ですから」

 優先順位を間違えてはいけません、とヴィットーリオは静かに首を振る。

「それで、トリステインの虚無遣いたる貴女はどうするのですか? ルイズ・フランソワーズ」
「……そうねぇ。まだアルビオンの情勢が良く分かってないからなんとも言えないけれど――」

 ルイズは眼を閉じて、先日『始祖のオルゴール』を奪い取りにアルビオンのニューカッスルに出向いた際の出来事を思い出す。
 邪道外法で操られた狂風王ジェームズの、あの恐ろしくも酷い有様を。
 自分の意志を曲げられて、何か慮外の力に強制されて部下たちの爪を剥いで殺して回ったあの哀れな王様を。

「――許せないわね。絶対に。絶対によ。ジョゼフには悪いけれど、自分で手を下す気が無いなら、シャルルは私が滅ぼすわ」

 ルイズはそう言ってジョゼフを見る。

「仕方あるまい。もしそうなったなら、それもまた運命というわけだ」
「アンタのそれは、単なる逃げよ。弟クンとの決着を先延ばしにしているだけじゃない。それに巻き込まれる人間たちが哀れだとは思わないの?」
「ガリアの国民と領土に害がなければ、構わんよ。アルビオンの人民が憐れだとは思うが、それを許したのもまたアルビオンの人民だ。俺は責任を感じたりはしない。むしろ、シャルルの全力の智謀が見れて、嬉しくそして誇らしくすらある。“俺の弟は、一国をどうにかするだけの才覚があったのだ”とな。俺と比べて弟のことを見下していた大臣どもに自慢してやりたいくらいだ」
「歪んだ兄弟愛ね」
「自覚はしているつもりだ。まあ、ガリアに被害が及ぶようなら、遠慮呵責なしに叩き潰してやるがね。古今東西、兄より優れた弟など存在しないのだから」

 ジョゼフは暗く笑う。
 結局彼がアルビオン情勢に介入しないのは、“何時でも叩き潰せるから放置しても問題ない”という強者ゆえの傲慢のためだった。
 シャルルとの関係に決着をつけるも何も、ジョゼフの中では既に結論は出ているのだ。
 愚弟シャルルは身の程知らずで取るに足らない存在だと。そしてまた、その出来の悪さ故に愛しい、自分の無二の家族であると。

「アンタ、マトモじゃないわよ」

 ルイズが鼻白んだ様子で吐き捨てる。
 ジョゼフの後ろに控えているシェフィールドが暴言を吐いたルイズを睨む。
 シェフィールドの殺気に応じて、ルイズの後ろのサイトが、デルフリンガーの柄に手を掛ける。
 人を殺さんばかりのシェフィールドの視線を受けても、ルイズは余裕の表情だ。【夢のクリスタライザー】を手に入れたルイズに、恐いものはもはや無い。

「お前に言われたくないな。邪神根絶主義者のルイズ・フランソワーズ」
「そうです。せめてロマリアの『方舟計画』が発動するまでは、邪神たちを活性化させかねないことは謹んでもらいたいのですが」
「鬱屈王と宗教狂いに言われたくないわ」

 俄に会議室の空気が張り詰める。
 結局のところ、この三人の虚無遣いたちは、今のところ相互不干渉条約と情報共有をしているだけで、主義主張は全く違うのだ。
 敵ではないが、決して味方同士ではない。
 蛇と蛙と蛞蝓のような三竦み。



「ただいまー」

 その時不意に空中に銀色のゲートが開き、空気の読めない妊婦体型の幼女ウードが落ちてくると、ルイズの真正面の位置に再び着席した。

「くふふ。いきなり宇宙に転送するとは酷いじゃないかルイズ・フランソワーズ。お陰で残機が一つ減ってしまったよ」
「大人しく死んでなさいよ……」
「死という概念から遠ざかって久しいなぁ。死んだのは千二百年前にハルケギニアに生まれ変わる前と、ロマリアで殺されてカーボンナノチューブのコンピュータに精神を移して、その後は端末が実験の失敗で消滅したり、手違いで邪神の贄になったりばかりで……あれ、割と死んでるな」
「アンタの遍歴とかどうでもいいから」
「まあまあ、そう邪険にするな。折角良い物持ってきてやったんだから」

 そう言って、ウードは一冊の本をルイズの方に投げる。

「私の端末を殺せたことと、君の念願の【夢のクリスタライザー】を手に入れられたお祝いだ。受け取るといい」
「……アンタからのプレゼントなんて要らないわよ!」
「ふーん? それが【グラーキの黙示録第11巻】――【夢のクリスタライザー】の扱いについて記述したものだとしても?」
「うぇっ!? それホント!?」

 思わずウードの話題に食いついてしまったことに対して、ルイズは「しまった」という表情をする。素直で直情的過ぎる自分が恨めしい。
 ウードはそんな自己嫌悪するルイズの様子を見てニヤニヤ笑いつつ、嬉々として投げ渡した本――【グラーキの黙示録第11巻】の謂れについて解説する。
 銀髪の幼い少女が満面の笑みで語る。

「そうだとも! これは最近アルビオンで手に入れたレアな魔導書の写しでな。現在11巻まで存在するもののうちの一つだ。湖底の蛞蝓神グラーキのカルトが受け継いできたもので、今現在、語るもはばかられる大邪神イゴーロナクに関する最新刊が執筆中なのだよ。幸いなことにアトラナート商会は、アルビオンのステュアート朝への多大な援助と引き換えに、その稀覯な魔導書を独占する契約を結ぶことに成功したのだ。最新刊の執筆者はステュアート朝のオリバー・クロムウェルという男でな――」

 ウードのその様子は、正にコレクションを自慢する蒐集狂そのものであった。
 彼(今の形態は幼女だが)の本質は、千年前から何も変わっていない。
 知識欲の亡者。
 知りたがりが高じて異形となった蜘蛛の巫覡。
 少年老い易く学成り難し。ならば人外になって永遠の命を得れば良いじゃない。それを実行した男。

「……ま、まあ、この本は受け取ってあげるわ。役に立ちそうだし」
「ああ、役に立ててくれたまえ。そして立派に“私の敵に価する”まで成長してくれ。そして闘争をしようじゃないか。進化のための闘争を、競争を、狂騒を繰り広げよう、新たな知識を生み出すために。概念と概念をぶつけ合い、自我と自我を衝突させて、新たな概念を産み出そうじゃないか。これでも私は君たちに期待しているのだ」
「ふん、今に見てなさい。敵に塩を贈ったことを後悔させてやる」
「ああ、楽しみにしているよ。今代の虚無遣いたち」

 言いたいことを言うだけ言って、ウードは再び虚無の『世界扉』のゲートを作り出す。
 コレクションを自慢して、敵に成り得る者に塩を贈り、満足したためだ。
 そして最後に、忠告を残していく。

「くふふ、ああ、そうだ。アルビオン情勢に介入するなら、早くすることだ」
「……何よ、忠告ってわけ?」
「その通り。シャッガイの昆虫のアザトース機関の技術や、大邪神イゴーロナクの神官たるオリバー・クロムウェル、天空魔大陸に眠る数々の邪神、天空教によるハスター崇拝、ハスターの妻たる地母神シュブ=ニグラス崇拝……今でも充分に碌でも無い状況だが、さらに細心の注意が必要だ」
「ホントに碌でもないわね」
「だから君たちも注意せよ。我々、蜘蛛の眷属も注意する」

 一呼吸おいて、全員に言い聞かせるように、ウードは忠告を口にする。

「カオティック“N”に注意せよ」

 怪訝そうな虚無の主従たち三組に向かってそれだけ言い残して、ウードはゲートの向こうに消えた。


◆◇◆


「全く、お父様は何を考えているのかしら」

 アルビオン王女ティファニアは、慣れ親しんだゴーツウッド村の粗末なベッドとは全く異なるふかふかのベッドの上に腰掛けていた。
 彼女が今考えていることは、久しぶりに会った父王から告げられた、彼女自身の婚約者――青い髪のカミーユ・ドルレアンのことだ。

「シャルロットは女の子なのに、カミーユだなんて男の子みたいな名前に偽ってまで私の婚約者にするとか、どういうことなの……」

 確かにティファニアと違ってシャルロットはお胸がぺったんこで男に間違うくらいだったが、公式に男として晒すだなんてあんまりな所業である。

(でも、カミーユなシャルロットも、ちょっとかっこ良かったかも……。なんちゃって。なんちゃって! きゃ~っ)

 中性的で妖しい魅力を放射していたカミーユ(シャルロット)の事を思い出して、ティファニアは枕を抱えてジタバタと無闇に広いベッドを転がる。
 カミーユは彼(彼女?)の母である真っ赤な衣装のオルレアン公爵夫人から、あの不思議な魅惑のオーラを受け継いでいるようであった。
 たとえ同性でも虜にするような魅力が、シャルロット・カミーユ・ドルレアンにはあった。

 ティファニアが転がることで折角の綺麗な衣装が型崩れしていくが、彼女はそんな事にはお構いなしである。
 大層な衣装なんて着たことがないので、その価値を分かっていないだけでもある。

「……まさか、本当に男の子になっちゃったってことはないよね」

 シャジャル母さんならそういう肉体変容の魔術も知っていそうである。
 なんでも故郷では地母神に仕える高名な神官だったらしいし。
 母のことを思っていたら、かつて暮らしていたゴーツウッドの愉快な仲間たちが懐かしくなってきた。

(ああ――あの逞しい触手ちゃんたちが懐かしい。ぬらぬらのにゅるにゅるの肌触りで、幼い私を持ち上げてあやしてくれた触手の群れ……。森の仲間達……。きちんと餌貰ってるかな、ひもじい思いしてないかな……)

 若干ホームシックになって枕を抱きしめるティファニア。
 体操座りになって枕を抱きしめると、彼女の大きな胸が行き場を無くして深い谷間を作る。
 少し涙目になって枕を抱えるティファニアは、まるで妖精のような儚さを感じさせる。



「ティファニア? 入って良い?」

 その時扉の外からノックと共にティファニアに呼び掛ける声がした。

「シャルロット!?」

 がば、とティファニアは顔を上げる。
 慌てて目元の涙を拭いて、軽く身だしなみを整える。
 シャルロットとティファニアは、両親同士の政治的な立場が近しいこともあって、オルレアン家が亡命して来て以来、仲良くつきあってきたのだった。
 ティファニアにとってシャルロットは幼なじみのような存在である。

 とはいえ、ここ最近は内乱中で治安が悪化したということで、ティファニアはゴーツウッド村に篭りっぱなしだったし、シャルロットの方も彼女の父であるシャルルに呼び出されていて中々会う機会がなかったのだ。
 久しぶりに再会したかと思えば、アルビオン国教会の発足に、ハーフエルフなのにも関わらずのティファニアの立太子、そしてシャルロット・カミーユとティファニアの婚約発表……。
 思えば、怒涛のイベント連続でシャルロットとしっかり話す機会は無かった。

「もしかして、邪魔しちゃったかな?」
「いえ、そんな事はないわ! さ、中に入って」

 ティファニアは笑顔を浮かべながら、シャルロット・カミーユを招き入れる。

「どうしたの? 急に」
「ん~、婚約者になったから、ちゃんと挨拶しとかないと、と思ってね」
「婚約者……。全くお父様たちは何を考えているのかしら? でも本当に良かったの? シャルロット」
「……? どういうことだい?」
「もう、喋り方までそんな男の子みたいにしちゃって……。私もシャルロットも女の子でしょう? それなのに婚約者だなんて、おかしいよ……」

 ああ、そんなことか。

 シャルロット・カミーユは、ティファニアを安心させるように微笑む。
 爽やかな笑みに、ティファニアの胸が思わず高鳴る。
 そんなティファニアの内心を知ってか知らずか、シャルロット・カミーユはそっとティファニアの手を取る。

「シャルロットじゃなくて、カミーユって呼んで欲しいな」
「もう、ふざけないで……」

 ティファニアは思わず赤面して顔を背ける。

「何も心配することはないよ、ティファニア。私は――いや、僕は嬉しいんだ」

 満面の笑みでシャルロット・カミーユは語る。

「何時まで経っても魔法が使えない僕が、漸く父様の役に立てるようになったんだ」

 魔法の使えない娘。
 それがかつてのシャルロットに押されていた烙印であった。
 貴族社会の落ち零れ。
 家督も継げない欠陥品。

「『せめて私が男だったなら』って、昔から思ってたんだ。騎士になったりフネ乗りになったり、もっと役に立てるのに……ってずっと思っていた。だから、男にもなれて、本当に嬉しいんだ」
「何を言ってるの? 『男に“も”』って、意味が分からないわ……」
「ふふふふふっ」

 妖しく笑って、シャルロット・カミーユは、ティファニアを抱き寄せる。

「あっ……」
「僕はもう、ただのシャルロットじゃないんだ。シャルロットにして、またカミーユでもある。――靭やかにして強か。どちらでもなく、どちらでもある」

 ベッドサイドに生けられた百合の花弁がはらりと落ちた。


◆◇◆


 ティファニアとシャルロット・カミーユが仲良くしている頃、同じくハヴィランド宮殿にて。

「我ながら、シャルロットを両性具有に肉体改造するというのは良いアイデアだったと思うよ!」
「ええ、貴方。流石ですわ」

 青い髪の優男と、赤い紅いアカイ女。
 ステュアート朝の影の主権者シャルル・ドルレアンと、その妻である赤い女だ。

「ここまで来れたのも、皆みんな君のお陰だよ、我が愛しの姫君。私の女王」
「そんな事ありませんわ。全ては貴方の才覚と努力のなせる業。もっと自信を持って下さいまし」
「いや、ガリアを追われた時にアルビオンに亡命する段取りをつけてくれたのは君だし、あのクロムウェルの奇異な才能を見出したのも君だ。君が居なければ、僕はどうなっていたことか……」

 青い男シャルルは、陶酔した瞳で妻である赤い女を見る。

「いえいえ、私はほんの少しだけ助言をしたに過ぎません。全ては貴方の功績ですわ。私は貴方がガリアだなんて古臭い国に納まる器じゃないと、常々昔から思っていましたの」
「そうだとも! 僕はガリアなんかに納まるつもりはない! 兄さんに負けて劣ってなんて居ないんだ!」

 妖しく艶やかに、赤い女が微笑む。
 朱い、紅い、アカイ、魅惑の赤の女王。

「その意気ですわ。きっと世界は――ハルケギニアは貴方にひれ伏すことになりましょう」


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当SSは名(状しがたい怪)作を目指しています。
アルビオンは天空教(ハスター崇拝および、その補助としてのシュブ=ニグラス崇拝)に転向したようです。
トリステインがゲルマニア併呑出来たのは、ブリミル教会の暗躍と、六千年続いた王家を途絶えさせるのがもったいないと思ったウードが融資したから。
ヴィンダールヴの能力は拡大解釈。ウード君が色々と知識を広めたせいで、微生物学も、知識階級には広まってると思ってください。
当作のシャルロットは虚無のスペアなので魔法が使えません。原作初期のルイズ以上にコンプレックスまみれだと思われ。
シャルルの妻は、原作で心を破壊されたのを受けて、当作でもマトモじゃなくなってます。ある意味一番可哀想なことになっているかも。

2011.05.04 初投稿


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