俺は魔力の欠片もない凡人だった。
最初から凡人だったならきっと諦めもついただろう。
魔導師なんてなろうとも思わなかっただろう。
ただそれだけ。
でも俺は凡人ではなくなった。
チート性能を持った人間、いうなれば天才とでも言うべき人物にでもなったのだろう。
俺の希少技能≪神域の魔力≫はそれだけ凄まじい。
俺は無才で、そして天才だ。
だから凡人の気持ちなんて分かるわけがない。
凡人としている時は最初から諦め、
才能を得ても俺は恐怖心が先立ち、有効に使うこともできず、
そんな俺は努力する凡才とはまるで違う、まるで弱い。
だから俺にはどんな言葉をかけるべきかも分からない。
だからかけるべき言葉なんて、俺にはなかった。
第五十五話
1人、ある隊舎の外、ある少女は訓練をしていた。
誰よりもずっと長く長く、まるで自分を虐めているかのような、そんな無茶な訓練だ。
自分のことを全く労わっていない、そんな訓練をしている。
彼女の名はティアナ・ランスター。
フォワード隊のセンターがードのティアナである。
一体いつ頃からこれだけの訓練をしているのだろうか。
彼女には誰よりも強い劣等感がある。
だから彼女は必死になっているのだ。
自らの劣等感に押し潰されてしまわないように。
だから必死になって頑張っている。
それは多分無茶なんだと言われるような内容であっても。
本人はそれに気付かない。たとえ気付いても止める気にはならないだろう。
それくらい彼女の劣等感は深いのだから。
「はぁぁぁ!」
クロスミラージュを振るう、撃つ。
そしてスフィアを輝かせる。
そんな単純なことの繰り返し。
だがそれでもそれは確実に成果が上がるだろう。
だがそのような単純なことの繰り返しでも成果が上がるのと同時、確実に疲れはたまる。
その疲れは決して容認できるものではない。
彼女にとってその疲れは任務に邪魔なものとなる。
だが彼女はそれに気付かない。
気付かぬままに訓練を続ける。
だからこそ彼女は余計に危ういのだ。
そうやって銃を振るっていると――
「それだけやっていると体に負担がかかるよ」
「!!」
Side-Tiana
突然声をかけられて吃驚してしまう。
草陰から現れたのは男の人。
ああ、知っている。
この人は管理局が誇る最強のエースの1人、≪管理局最強の魔導師≫の名を持っている魔導師。
藤村修吾一等空尉。
誰よりも才能に恵まれている人。
私はこの人の才能に嫉妬してしまう。
どうしてこの人にはこれだけ才能があるのに、
私には才能がないのだろう。
そう嫉妬してしまうくらいに。
「それだけ必死になるのは分かるけども、
自分の身体は大事にしなきゃ」
この人は私を心配してくれる。
でも、それでも――
「それでも私は頑張らなきゃいけないんです」
それくらい頑張らなきゃ、才能のある人たちには追い付かない。
必死になって頑張らないと、
才能がないからこそ、努力しなければいけない。
無茶と思えるような訓練でもしなきゃいけない。
そうでないと凡人である私は才能のある人たちに追いつくどころか、置いていかれる!
だから私は藤村一等空尉の忠告を無視して訓練に戻る。
それくらいしないと私は皆に置いていかれるから。
スバル、エリオ、ヨモギ。
彼女らは才能の塊、とはいいすぎかもしれないが、私よりずっと才能がある。
だから私が置いていかれないようにするには、私が足手まといにならないようにするためには、
多少無茶と思えるようなことでもしなくちゃいけない。
だから私は必死になって訓練する。
忠告を無視するように。
「大丈夫。僕は君の気持が分かるから。
でも必死になって練習するのもいいけど、休養することも大事なんだよ」
分かる? 私の気持ちが?
そんなの分かるわけがないじゃないか。
ふざけるな、私はそう言いたい気分になってきた。
だから私はこの人を無視するように訓練を続ける。
たとえ私が凡人なのだとしても、ランスターの弾丸は何者をも貫ける。
それを私が証明するために。
私はティアナ・ランスター。
最後のランスターの弾丸だ!
「それに君は自分のことを凡人だ、なんていうけど、君には立派な才能があるじゃないか」
あなたがそれを言うのか? 私はそう思った。
あなたほど才能に恵まれているのに、私に才能がある、と本当に思うのですか?
ならばそれはどんな冗談なのだろう。
私はそう思う。
だから無視して修練を続ける。
ただ基礎的な動きを繰り返すだけだ。
さすがの修吾さんも私の説得を諦めたのか、去っていく。
「くそっ。さすがにまだ攻略は早いか。
こうなったら模擬戦で傷ついた心を、ぶつぶつ」
なにかを呟いていたが、小さな呟きだったため、私には届かなかった。
そんなことよりも私は必死になって訓練をする。
私の、ランスターの弾丸は何者をも貫けることを証明するために。
Side-Ordin
俺は1人で散歩していた。
因みにファナムはもうとっくに眠っている。
さすがに今日の模擬戦で疲れたようだ。
キャロはヨモギの部屋に泊まりに行っているらしい。
友達同士一緒の布団で眠るそうだ。
俺もこのままファナムと一緒に眠ろうかと思ったが、すっかり目が冴えてしまった。
だから俺1人で散歩することにしたのだった。
隊舎の外の散歩、かぁ。
なんかさっき銀髪色の人を見かけた気がするけども、
まあこちらから見かけた程度なので気にしなくてもいいだろう。
あちらも俺に気付いてないし、俺もあちらが誰だったかなんて分からないから。
ちょっと歩いて、それから眠気を誘おう、と思っていた。
するとある森の中で光が見えた。
多数の光、一体なんなのだろう。
少し好奇心を覚えてそちらの方へと歩いていく。
するとそこでは1人の少女が訓練をしていた。
そう、彼女の名はティアナ・ランスター。
今日の挨拶にでも出ていた新人。
エリオやキャロたちと同じフォワードのメンバーだ。
どうしてこんなところでただ1人、訓練をしているのか。
知っている。
彼女は自らが凡才であることを嘆き、周りは自分を越える才能のある人ばかり。
エリートたちの中にいて、自分だけ唯一凡人である。
そう感じていることを。
そういうことだけは覚えていた。
そういった知識はまだ残っていたのだ。
ああ、確かに彼女は高町教導官から見れば凡人なのかもしれない。
それは彼女がそう思っていなくとも、他の人からはそう思えるくらいの差がある。
だが彼女とて才能はある。
かつての俺、十歳までの≪オージン・ギルマン≫としての俺ならば、
彼女のことを才能のある人と思って羨んでいただろう。
でもそんなことは彼女にとって慰めにもならない。
いくら説得したところで、彼女自身が納得しない限りは無意味なことだ。
そして偶然にも見かけてしまった。
それは多分無茶な訓練なのだろう。
そして止めた方がいい、とも思える。
それでも俺には止められない。止めることができない。
なぜならば俺には止めた方がいいのか、悪いのか、それもハッキリと分からないからだ。
俺的には今まで知識から止めた方がいい、というのだけは覚えている。
だからといってこの現実の世界にいるティアナにとって止めた方がいいのか、悪いのか、までは分からないのだ。
なによりも俺にはティアナを説得する術なんてない。
俺には才能などなく、だからすぐに諦めた。
ただ普通に過ごすだけの生活を選んだ。それだけ。
だから才能がないからといって必死に頑張る奴の気持ちを俺は知らない。
そして俺は一度死んで、そしてこの力を得た。
だが俺はこの力を有効活用するつもりもなく、戦うにしても才能に頼りっぱなしの戦い方。
ああ、俺には真実気持ちを理解することができない。
だからどう説得すればいいのかも分からない。
なによりこんな気持ちの奴に説得されたところで不愉快に思うだけだろう。
だからこそ俺は――
俺はこっそりとその場から抜け出す。
多分俺じゃどうしようもできない。
俺はファナムとキャロだけで精いっぱいだし、
なにをすればいいのかも分からない。
そういったことは高町教導官やヴィータ三等空尉、
彼女たちの仕事だ。
俺にはどうしようもできないし、
俺に人を導くだけの能力とてない。