かつて俺を殺したことのある竜。
それは俺になった。
なぜなら俺の 希少技能は罪と罰 。
殺した奴の体を奪い取る技だからだ。
第十八話
「GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
ただただ貪る。貪る。
殺せ、喰らえ、破壊しろ。
本能が刺激される。ただそれ以外は考えるな。
ただ喰らうことのみを考えろ、それ以外考えるな。
喰らうために殺せ、喰らうために壊せ、ただただ喰らうのみ。
我は暴食の化身フェンリール・ドラゴン。ゆえに喰らうのみ。
死の恐怖が今まで眠っていた本能を発揮させる。
ただただこの恐怖から、この迫ってくる『死』から逃れるためのみに、『本能』がこの身を包みこむ。
だから殺せ。あの男を殺せ。
俺を殺そうとするあの男を喰らい殺せ。
俺の腹を満たせ、俺の満足いくまで喰い殺せ。
そんな本能が俺を覆っていく。
ああ、いいだろうとも。喰らってやる。
今のこの身は、【フェンリール・ドラゴン】なのだから。
「グッ、なんなのだ!? このドラゴンは!」
「GUAAAAAAAAAAAAAA!!」
問答無用で食い散らかしてやる!
俺を怒らせたことを後悔させてやる!!
ただただ俺の牙で死んでいけ!
俺は完全にこの時、暴走していた。
暴走していた。
既にオージンのその心はオージンのものではなくなっていた。
ただその身を本能に任せた一体の獣に過ぎない。
だがその獣の竜は戦いの素人で、人を殺すことに禁忌を感じるただの人間よりも遥かに、ただ殺すことが正義、ただ喰らいことのみが正義。
そんな獣である以上、戦うことすら本能である竜である以上。
たとえその実力が衰えたとしても、オージンよりも脅威になるのは間違いなかった。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「くっ、しま――」
干将・莫耶など問答無用。
その鱗はあらゆるものを弾き飛ばす鉄壁の鎧。
寧ろ干将・莫耶程度ならばその鱗の鎧の前に効きなどしない。
そしてその身を喰らうことのみを考える。
目の前の紅い外套を纏いし男を殺し、その腹に収めることのみを考える。
それだけでいい。ただの獣はそれを考えるだけでいい。
獣の王にして獣の竜、あくなき全てを喰らい尽く竜、フェンリール・ドラゴンなのだから。
先ほどの十二個の、六セットの干将・莫耶による壊れた幻想 を耐えきったのはただ単純な話だ。
ただオージンの本性であるフェンリール・ドラゴンの鱗と、そしてグングニールのその容量の大半をバリアジャケットに注ぎ込んだ結果だ。
大抵のものを弾き飛ばすほど強力な竜鱗の鎧の上に、膨大な情報量の詰まったバリアジャケット。
たとえ十二個の壊れた幻想 相手だろうとも耐えきれるのは必至だ。
だからこそ耐えきれた。
だが本人の心自体が耐えきれなかっただけ。本人が死んでしまうと、自覚してしまっただけ。
だからこうして本人の理性が眠っている。オージンの理性は奥底に追いやられた。
あるのはフェンリール・ドラゴンの本能のみ。
ただ相手を喰らい尽くすだけの本能。
だが――
「なるほど。それがお前のチートというわけか。
膨大な魔力と、そしてその体。お前のチートは 竜化魔法だな」
だが勝手に勘違いしてしまうエミヤ風の男。
寧ろその反対だ。
本性がドラゴンで、今まで人の姿を魔法で保ってきただけだ。
だがあの一瞬の奇襲は失敗してしまった。
戦いのプロともいうべきこの男は、既に突然に現れたフェンリール・ドラゴンの奇襲ともいうべき一撃は失敗に終わってしまう。
ここからは冷静にこの男は動けてしまう。
だからこそこの男は純粋にただ戦い殺すことのみにその身を働かせる。
「だがな、獣如きが、この俺に勝てると思うなよ。
この身は覚悟を背負って生きているのだからな!」
そして投影する。
相手が魔獣だというのなら尚更簡単だ。
英霊の宝具の中に、魔獣を屠るためのものだなんていくらでもある。
それ以上に相手はドラゴン。ドラゴンを殺すための武器だなんて幾らでもある。
だが――
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
フェンリール・ドラゴンはあまりにも速すぎた。
ただ疾く、ただ強く、ただ堅く、ただただフェンリール・ドラゴンの存在は圧倒たらしめる。
もともとフェンリール・ドラゴンは魔法を使うタイプの魔獣ではない。
いや、寧ろ魔法なんて使わない。
ただこの肉体のみで、ただこの力強さのみで、ただ身体の堅さのみで、ただその脚力の凄まじさのみで。
ただ疾く動け、ただ力強く破壊し、ただ堅く攻撃を弾き――
それだけで魔法を使うための魔獣を圧倒し、魔法を使わぬ身にしてAAランク認定にまでされた魔竜。
それも魔法が使えないからという理由だけでAAランクに落とされた程度。
実際のその強さは、遥か強く。
「GOAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「なんて、速さだ!」
投影する暇すら与えず、ただただ牙で、爪で、その体で、ただただひたすらに砕き、潰し、捻り、抉る。
ただひたすらに殺すことのみを。
殺し、誅し、劉し、葬し、殱し、 滅し、 剿し、戕 し、煞 し、戮 す。
ただ、それだけだ。
「な、めるなぁぁ!!」
だが遂に彼は見つけてしまった。
投影するチャンスを、ただ弱く構成も甘い投影だとしても、その投影は――
投影するに最適なものを彼は選んだ。
「貪り喰らう、神織りし荒縄 !!」
それはかつてラグナレクにおいての最強の巨人を縛りあげし荒縄。
その伝説により、その宝具に込められた神秘はあらゆる魔獣を縛りあげる究極の荒縄。
そしてフェンリール・ドラゴンは竜であると同時、魔獣でもある。
ラグナレク最強の巨人にして世界を呑み込む巨狼フェンリル、それすらも縛り上げる荒縄だ。
ならばフェンリール・ドラゴンにとって最悪の縄であるのは明白。
縛り上げられ、身動きがとれない。
だが構成が甘かったためか、すぐにでも引きちぎられようとする。
完全な 貪り喰らう、神織りし荒縄ならば、フェンリール・ドラゴンたる身であるオージンが引きちぎれるわけがない。
だがその一瞬で十分。
たった一瞬だけしかその身を封じられなくとも、それだけの時間があれば、エミヤ風の男にとっては十分な時間。
オージンに対して最適な宝具を投影することなど十分に可能。
そして放たれるは――
「栄光と破滅の魔剣 」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッッッッッッッッ!!」
竜を殺害するための究極の竜滅の剣。
名を太陽剣グラム。
その剣は栄光を齎し、同時に破滅を齎す。
祝福と呪いを同時に呼び寄せる魔剣。
ただ竜を滅ぼすための究極の剣。
それは簡単に、ドラゴンの肉体を、バターのように容易く――斬った。
「AAAAAAAAAAAAAAAああああああああああああああああああ!!」
フェンリール・ドラゴンの左腕は、肘から先なんて骨の感触もないくらいあっさりと斬られた。
まるで鋏で紙を斬るかのようにあっさりと。
竜を殺すための剣によって、斬られたフェンリール・ドラゴンは、左腕を失った。
そして――
Side-Ordin
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛イッ――――
なんで痛い、痛い!?
俺の意識が戻ってきた。フェンリール・ドラゴンの本能が、激痛のせいで吹き飛んで、俺の理性が戻ってきた。
でも俺が戻ってきた時にはあまりにも痛くて痛くて考えることすらも億劫で。
なんでこんなことに、なんでこんなことに。
左腕からどんどん血が流れ出てくる。竜血が流れ出ている。
竜の血には魔力、神秘が宿っているというけど、それが本当ならどうなるのか?
そんなことを考えている場合ではなく、ああ、痛い痛い痛い痛い。
「お父さん!!」
「キュクーー!」
キャロとフリードも声が響いてくる。
それでも痛くて、それが理解できない。誰の声――でも!
これからなにをするべきなのかは理解できた。
後はその通りに動けばいいだけ。早くこの激痛から逃れるために!!
「GAあ、あAAアアア嗚呼AAAあアA嗚呼AAAああアアアああAAあ!!」
魔法を唱える。グングニール、頼む、発動してくれ。
使うは変身魔法、人間への変身。
そして俺はオージンへと戻る。フェンリール・ドラゴンよりオージンの姿へと。
その身にあるのは左腕の人間と、切り離された竜の左腕。
そしてその手にあるのは――【竜酔酒の実】。
俺はそれを口に含み,ガリッと噛み砕いた。
「あ、ああ、ああ、ああ」
それと同時に痛みが引いていく。
【竜酔酒の実】は痛み止めにもなる。どうやら本当だったようだ。
痛みを消滅させると同時、俺はようやく酔いが回ってきたかのような感覚。
でもこのまま痛みを伴ったままいるわけにはいかなかった。
なにより俺の精神が耐えきれるわけがなかった。
血液がどんどんと流れ出ている。
止血をする時間もない。
一瞬で勝負を決めるしかない。
それしか、手段はなく。
一瞬で勝負を決めて、すぐにキャロに回復魔法をかけてもらうしか、『死』を逃れる術はない。
痛み止めで、魔法を使えるようにして、そして放つ。
「ドラゴン、バスター!」
「ふん、無駄だよ。言うただろう!」
エミヤ風の男はすぐにでも投影したばかりの 栄光と破滅の魔剣を破棄する。
そして破棄した魔力を使用して、新たな投影を開始する。
栄光と破滅を同時に齎す魔剣をかき消し、その手に生み出されるのはあらゆる魔を破る魔術殺しの槍。
とある槍兵の使っていた双槍が一つ。
「破魔の紅薔薇 」
かき消すのは己に当たる魔力の流れのみ。
それをただ紅き槍にてかき消すのみ。それだけでドラゴンバスターという、三十九のディバインバスターを防ぎ、避ける。
ああ、なんという強さか。
なんという戦いの巧さか。
ああ、敵わない。戦いともなればこの男には決して敵うまい。
それでも――
俺はそのドラゴンバスターの合間に、残った右腕でグングニールを大地に捨て、そしてポケットからある小さなものを取りだす。
そしてドラゴンバスターと同時に、その小さな三つのものを相手に向けて投げつけた。
それは自由自在に動き、そしてエミヤ風の男に襲い掛かる。
だがエミヤ風の男がそれに気付かぬわけもなく――
「戯け! このようなものに気付かぬ私と思ったか!」
そしてそれを、右手に投影したもので切り裂く。
「干将」
その手にあるのは白の陽剣、干将。
別に夫婦剣だからといって、莫耶と共に投影しなくてはならない、というルールなどはない。
ゆえに陰剣の莫耶は投影せず、陽剣の干将のみを投影し、投げつけたものを切り裂く。
それはあまりにも簡単に切り裂かれ――
切り裂いたものは、玩具、トラックの玩具だった。
「≪天から遣わす転生車輪」
次の瞬間、問答無用で、魔力の流れもなにも関係なく、予備動作もなく、妨害する暇もなく、ただこの地より消え、そしてエミヤ風の男はその地から消えた。
そして現れた先は――
「これで終わりだ」
俺のすぐ目の前、倒れた姿のエミヤ風の男。
なにが起こったのか理解できず、そして理解する暇も与えず、ただ呑み込ませる。
「スターライト」
そして俺の右腕にある方式は彼の高町なのはの一撃必殺、究極奥義。
その魔術式を丸写ししたもの。
そしてそれを神域の魔力 から 展開導入される膨大な魔力によって構成される。
もう、防御も回避も反撃も、なにもかもを許さず。
俺のすぐそばにまで召喚したエミヤ風の男を、問答無用に――――
「ブレイカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!」
翠の一筋の流星が、エミヤ風の男の総べてを呑み込んだ。