タイムリミットまで あと8日。
朝食の席に向かうため、私はいつも通りの時間帯に自室を後にした。
輝いているように見えた屋敷の光景は、今は色褪せて、虚飾に満ちたものにしかみえない。
よくよく見てみれば、ただの古ぼけた木造屋敷である。まあ、それなりに広く、趣味の悪い装飾はなされているが。
食堂へ向かう途中、1階の廊下で私に気付いたカヤがパタパタと走り寄ってきた。彼女は開口一番、私に謝りを入れる。
「昨日はごめんなさい、言い過ぎた!」
「……大丈夫、こっちが悪かったんだから」
カヤの様子は普段に戻っていた。一瞬、やはり昨夜の事は間違いだったのでは、などと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
恐らく、昨晩、私が無断で部屋の外に出ていた事はリーゼロッテに筒抜けだろう。
ただ、私が拘束されていない事を考えると、執事室での会話を盗み聞いていた事まではバレていないのだと思う。
よって、私が余計な疑念を抱かぬよう、昨日の態度を取り繕っておけ、とリーゼロッテか老執事ライヒアルト辺りがカヤに命じた、というように考えるのが妥当ではないだろうか。
謝り続けるカヤをいなし食堂のドアを開けると、穏やかな微笑みをたたえたリーゼロッテが待ち構えていた。
私はその表情をみて吐き気を催したが、表情には出さないように努めた。
「アリア?どうしたんだ。顔色がよくないぞ」
「いえ、問題ありません。昨夜は少し夜更かししてしまって。ご心配おかけして申し訳ありません、リーゼロッテ様」
「それはいかんな。睡眠はしっかりとらなければ」
少し強い口調で私に言い聞かせるリーゼロッテ。虫酢が走る。睡眠をとらなければ、味が落ちる、か?
しかし、私があちらの企みに気付いている事を悟らせてはいけない。この場で全てが終わってしまう。
そう、飽くまで私は何も知らない無邪気で哀れな子羊でなければならないのだ。
「はい、以後気をつけます!」
ペコリと元気に頭を下げる私を見て満足気なリーゼロッテ。心の中では馬鹿な小娘と嘲っているのだろう。
確かに昨日まではその通りだったのだけれども。
あまり味のしない朝食を食べ終わった後、私はいつものように庭園には出ることはしなかった。
「今日は少し寝不足みたいだから部屋で大人しくしてる」
「そっか。何かあったら呼んでね?」
「ええ、ありがとう」
私は心配そうな表情を貼りつかせたカヤにそう断ってから、今日一日は策を練るために自室に引きこもる事にした。
*
「ああ、もう。あれもだめ、それもだめ。結局この手しかないか……この部屋の配置を活かして……」
自室に引きこもって半日、窓から見える空は赤く染まっていた。
半日かけて私が考え付いた中で最も有力なのが、屋敷に火を放ち、その混乱に乗じて逃げ出す事。
名付けて火事場泥棒作戦である。我ながら情けないがその程度しか実用できそうな案は考え付かなかった。
とりあえず、これをメインに策を展開していきたい。それと併用したいのがトンネル掘って大脱走作戦である。
これ自体は穴を掘って地下通路を作りそこから脱走という、荒唐無稽なものである。
一体何カ月かかるんだ、しかも一人で……。とすぐにこの案は不採用となったわけだが、この案の地面を掘るという発想自体は使えるのだ。
常に監視の目がある昼に脱走するのは不可能。
ならば夜しかないのだが、夜は鍵が閉められるので、ドアから外には出れない。庭園から窓を監視されているので、窓を割っての脱走もダメ。
ではどうするか。横が駄目なら縦しかない。
この屋敷の壁面は煉瓦と漆喰で固めており、とてもではないが破壊する事はできない。しかし、上下の天井と床は、基礎の木組みの上に細長い床板を何枚も渡して床面を作り、その上にタイルが張られているだけなのだ。
これは以前、老執事ライヒアルトに屋敷の建築様式を尋ねた時に得た知識。その時はこんな事になるとは思わず、単なる世間話のネタの一つとして何となく聞いただけだったのだが。
ライヒアルトは「変わった事に興味がありますな」と怪訝な顔をしていたが、今思うとこれは本当にファインプレイだった。
まあ、そういう構造なので、タイルを剥がして、その下にある床板を部分的にでも破壊してしまえば、床に穴を開けて逃走経路を作ることができる。
私の体格ならタイル一枚分でも外すことができれば通る事ができるはず。勿論素手では無理なので道具は必要だろうが。
床に空ける穴の先にある部屋、つまり自室の真下に位置している部屋は倉庫部屋だ。
この配置はいい。とてもいい。すごくいい。
倉庫部屋は作戦の鍵となる部屋だ。
その理由としてまず挙げられるのは、誰も使用していない部屋である事。
これが、誰かの寝室だったりしたら、穴を開けても即バレして終了だからである。
二つ目として、物品が多く保管されている事があげられる。
つまり、脱走のための武器となりえるものが存在している可能性が高い部屋であるという事だ。
そして三つ目。倉庫部屋には荷物搬入用なのか普段は使われていない勝手口が存在する。
この勝手口さえ開けば、廊下に出て正面玄関に向かったり、窓をぶち割って大きな音を立てる危険を冒す必要性がなくなる。最短の逃げ道が確保できるのだ。
火を付けずに、静かに倉庫部屋の勝手口から逃げ出すという事も考えた。しかしこれだけでは弱いと感じた。
その場合逃げた事に気付かれたら屋敷の人間全員の注意がこちらに向かってしまう。
つまり誰も私がいなくなった事を気にもかけないような状況、非常事態を作りださねば、逃げられる気がしないのだ。
150エキューで買った貧民娘と、屋敷の非常事態なら屋敷の方を優先するはず。はず…………。
そんなわけで、今日から床板を剥がす作業を開始する。
その位置はもしこの部屋に立ち入られても、気付かれにくいベッドの下の部分にすることにした。
やはり、自室で隠し事をするならベッドの下と相場が決まっている。
「ふぬぅうううう」
晩餐をかきこんだ後、床板と格闘する私。その顔はゆでダコのように真っ赤になっていた。
とりあえず、道具は自室にあった金属製の靴ベラを使用。タイルは簡単に外せたのだが、底にある床板が手強い。
思ったより薄く、しかも古いために朽ちかけているのは幸運だが、それでもかなり頑丈だ。
「あっ」
折れた。
靴ベラの方がな!
「くぅ、まさか屋敷全体に固定化の魔法でもかかってたりして……」
なんてことを呟いてみたけれど、そんなことはなさそうだ。固定化が掛っているのに床板が朽ちかけているわけもない。
「まずは道具を確保しないとどうしようもない……そう、バールのようなものを……」
そんなことをブツブツと言いながら、ベッドにダイブする私。いや現実逃避してるわけじゃないですよ?
鍵はもう閉められているのだ。道具の確保は明日にするしかないのである。
ここですぐに寝てしまう程、私の神経は太くないので、火事場泥棒作戦を突き詰めて考えることにした。
火種としては、自室に備え付けてあるランプの火を使えばいい。
ただ単純に火を付けても燃え広がらない恐れが高い。事前に火の勢いを増す事のできる材料を確保しておきたい。
例えば油。石油由来のガソリンや灯油があればいいのだけど、それは存在しない。
なので、食用油か、油ではないがランプなどに使われている燃料用のアルコールという事になりそうだ。
これは倉庫部屋にある事を期待する。明日にでも倉庫部屋を調査せねばなるまい。
次に火付けの場所だ。これは上の自室から付けた方がいいだろう。火も煙も下から上にのぼるわけだから、上から先に火が出た方が気付かれにくい。
だがそれだけでは屋敷全体をパニックに陥れることはできないだろう。なので、上の出火が気付かれ次第、下の倉庫部屋に火を付けて脱出。これがベストだ。
最後に、作戦決行の時期。こればかりは作業の進み具合による。
企みの首謀者と思われるリーゼロッテがスヴェルの晩までは絶対に気付かれるな、と命令していたのだから、こちらのアクションに気付かれなければ、その時まで行動を起こさないだろう、と思いたい。信じたい。
勿論、できるだけ早い方がいいが、準備が不完全な状態での作戦決行は避けたい。ただでさえ成功する確率は低いのだから。
正直かなり不安だらけの作戦だが、仕方あるまい、何せ昨夜までは何もしていなかったのだから。
「はぁ、しかしこれって逃げられたとしても確実に極刑ね……」
思い出したように独りごちる私。
貴族の屋敷に火を付けるなど(本当に貴族かどうかは不明だが)、どう考えても斬首かそれ以上の刑だろう。
しかしやるしかないのだ。
その後追われる事になろうとも、今を生き抜かねばその後はない。
そこら辺の認識を誤魔化して、後腐れのないように上手くやろうなどと考えていたら、生涯地を這うどころか、天に召されてしまう。
「ふぁ……」
いつの間にか窓の外は白んでいる。昨日からほぼ一睡もしていなかった私は、目を閉じるとすぐに眠りに落ちていった。
*
翌日。私は床板を破壊する道具を確保するために、屋敷内を探索することにした。また、昨日考えた通り、倉庫部屋に必要な材料があるかどうかの調査もしなければならない。
問題は監視の目。
昼間はやはり常に監視されているように感じる。
現在、私は朝食を終えて屋敷内で考え事をしながらぶらついているわけだが、当然のようにカヤがぴたりと私に付いている他、多数の視線を感じる。
そもそも普通は使用人というものは朝から晩まで忙しいはずなのだ。手隙の時間などそれほどあるわけがない。にも関わらず、私の相手をさせているのは監視以外の何物でもない。
昼間の内に下手な動きはできない、という事だ。ならば……。
「かくれんぼでもして遊ぼっか」
少し考えた後、私は後ろに控えるカヤだけでなく、周囲にいる使用人にも聞こえるように大きな声で、こんな提案をした。
普通に屋敷をうろつき回って、道具探しなどしていたら疑われる可能性が大なので、戯れに乗じる事にしたのだ。
これならば、屋敷の中のどこにいても、怪しまれまい。もちろんリーゼロッテの私室を始めとして、立ち入れない場所も多いが。
ちなみに、かくれんぼはハルケギニアの子供の間でも割とポピュラーな遊びである、と思う。私の居た村での認識ではあるが。
「随分と楽しそうだな。私も混ぜてもらっていいかな?」
その声を聞きつけたのか、ふらりと現れたリーゼロッテが後ろから私の肩に手を置いた。
「…………っ」
「うん?」
「リーゼロッテ様が私と遊んで下さるなんて嬉しいっ」
「おっと。フフ、甘えん坊だなアリアは」
私は突然のその行動に心臓が鷲掴みにされたように硬直してしまったが、すぐにリーゼロッテに抱きついて感激の意を示し、不自然な間を空けてしまった事を誤魔化した。
リーゼロッテの体からはいつか嗅いだ事のある香りに混じって、微かに獣のような臭いがした。体に染み付いた血の臭いだろうか。
強い薔薇の香りがするフレグランスはこの臭いを誤魔化すためのものか。あぁ、気持ち悪い……。
それにしてもこんな子供の遊びに参加するだって?ただの気まぐれか?
いや、一昨日の晩に出歩いた事で、少しこちらを疑っているのかもしれない。疑いを強める事のないように気をつけなければ。
結局、リーゼロッテや男爵の私室、鍵の置いてある執事室などには近づかない事を条件にかくれんぼをする事、つまりこの屋敷を探索する事は了承され、戯れが開始された。
ちなみにかくれんぼの鬼役はリーゼロッテがする事になった。適役すぎる……。
遊戯の開始と同時に、まず私が向かったのは件の倉庫部屋。
「こっちは小麦粉、この壺の中は……この臭いはハシバミの実からとった油か。……燃料用のアルコールは、これか。こっちは量が少ないな……」
部屋に入ってすぐ、倉庫部屋内の物色を始める。厨房の隣に位置しているだけあって、食品関係の物が多く保管されている。
大量の小麦粉があったので「粉塵爆発だッ!」とか叫んでいる自分の映像が頭をよぎったが、どう考えても実現性は薄いのですぐに没となった。
確かに小麦粉は粉塵爆発を起こしやすい粒子ではあるのだが、あれは空気中の粒子濃度が重要なのだ。高すぎても低すぎても爆発は起こらない。適当に小麦粉を屋敷内にばら撒いた所で成功する可能性は薄い。
というか、実際爆発が起こったとしても着火した自分が巻き込まれて死ぬ。
ともあれ、食用油と空きビンは大量にあるようなので、これに詰めて運べれば作戦に使う分の油は確保できそうだ。
倉庫部屋で手早く調査を済ませた私は、鬼に見つからない内に移動し、床板を破壊するための道具がありそうな部屋を回る事にした。
庭園にある物置小屋を覗いてみると、様々な種類の農具が存在していた。その全てが金属製の刃がついているものである。
ちょ、鉄製農具って。やはり木製農具を使用していた私の生まれた村は特殊、というか貧乏だったのか……。
「まあ、それは置いておいて……これは使えそうね」
この小屋に収められているのは、庭園の手入れ用の道具らしく、刈込み鋏、鋸、刃鎌、ピッチフォークなどが大型で使えそうだ。
これならば床板を破壊できそうだ。農具の取り扱いは慣れている。
私は一番応用が利きそうだな、と思いピッチフォークを手に取ってみる。鋸だとほとんど隙間なく敷かれている床板を破壊するには向いていないだろう。
「問題はこれをどうやって部屋に持ち込むか……」
そう、それが問題だ。衆人環視の中、無断でこんなものを持ち込むことはできまい。
誰かに許可を貰わなければならないが、その理由付けをするのは難しい。
「見つけたぞ、アリア」
「あら、見つかっちゃいました?」
私が考えに集中していた所に鬼畜、いやリーゼロッテが物置部屋のドアを開いて入ってきた。またもや不意を突かれたのだが、そう何度も硬直してはいられない。
「フフ、私の勝ちだな。……ん?なんだそれは?そんな物に興味があるのか?」
リーゼロッテは私が掴んでいたピッチフォークを指さして問う。
ここだ、ここでリーゼロッテを納得させれば、この道具を部屋に持ちこめる。アイディアを捻りだせ、ひり出せ、私の脳味噌!
「はい。私は農民出身なのでこのようなものが懐かしく感じられるのです。身近にあると何となく“安心”できるというか……」
眉を下げて悲しげな表情を作る。テーマは故郷に思いを馳せる少女。
「……ふむ、そんなものか。ではそれはアリアにあげよう。どうせあまり使っていないものだからな」
「へっ、いいのですか?」
肩すかしを喰らった気分だ。リーゼロッテは私が「欲しい」とおねだりする前にあっさり喰いついてきてくれた。
“安心”という言葉が効いたのか?それともそんなものを持ったところで何ができる、とタカを括っているのだろうか。流石『優しいリーゼロッテ様』は心が広い。
「ありがとうございます、大事にします!」
私は満面の笑顔を作って礼を言う。油断してくれて本当にありがとう、三流脚本家のリーゼロッテ様。
*
そんなこんなでピッチフォークを入手した私はその日の夜から本格的な作業を開始した。
倉庫部屋の中に必要なものが揃っている事は分かったので、自室と倉庫部屋の間を開通させてから夜間にじっくり運び出せばいい。
昼間に倉庫部屋から廊下を伝って部屋に運び込むのは無理がありすぎる。
ということで翌日以降の昼間の時間はなるべく疑いをかけられないように、いつも通りの行動を心がける事にした。
自室に何日も籠るのもまずいので、やはり作業はほとんど夜にしかできないのだが。
夜間の作業時は、音を最小限に抑えるように気を使う。大きな音を立てては、たちまち誰かが駆けつけてくるだろう。
作業の進行は遅れるが、作戦実行前にジ・エンドだけは避けなければならない。あまり力任せの行動が出来ない事にやきもきしながらの作業となった。
作業開始から3日目にしてようやく床板を取り除くことに成功する。
朽ちかけた床板を突いたり、揺すったり、削ったりしながら、やっとの事で破壊できた時の達成感はなかなかのものだった。
さらに、自室と倉庫部屋を行き来するために、自室のタンスに収納されていた丈夫そうな服を縄状に結び、昇降用のロープを作る。
使用する時はベッドの足にでも括りつければいいだろう。
「はぁ、まずは最初の難関クリア、か」
しかしここで安心できないのが辛いところ。まだクリアすべき課題は残っている。
作業開始から4日目。
この日は、倉庫部屋の大きな壺に入った食用油とアルコールを空きビンに詰めて必要な分だけ上の階に運び、タンスの中に貯蔵していった。
アルコールは量が少なかったので、屋敷を燃やすための材料としてばら撒くのではなく、燃えやすそうな生地にアルコールを染み込ませたもので瓶に蓋をして、火炎瓶もどきにすることにした。効果の方は使ってみない事にはわからないが。
爆発物でも作れればいいのだが、日用品からそれを作りだすような知識は『僕』の知識にはない。最低でもニトロ化に必要な濃硫酸と濃硝酸くらいはないと……。
あらかた油の運搬が終わった後は、他に武器になる物がないか、倉庫部屋の中を隅から隅まで漁ることにした。
「やっぱりもう使えそうなものはない、なあ。まあこれでも持っておくか……」
さして目ぼしいものを見つけられなかった私は、食器棚の中に入っていた小振りのナイフを2本、懐にしまい込んだ。
こんなものが役に立つとも思えないが、要するにお守り代わりである。刃物は魔を遠ざけるという迷信もあるしね。
作業開始から5日目、倉庫部屋の勝手口の構造を調べる。
4日目は油の運搬と武器漁りに夢中になっていて、危うくこの重要な確認を忘れるところだった。
これで執事室から鍵を持ってくる事が必要になったらかなり厳しい状況になる。
勝手口は、かなり古びた南京錠で内側から施錠されていた。錠の足(ツル)の一部が錆ついていて、かなり脆くなっていそうに見える。
屋敷の外部からの侵入者に対する安全意識は予想外に低いようだ。出入口の鍵が老朽化しているのに取り替えていないとは。
まあ、この屋敷に賊が押し入ったとしても、賊の方が餌食にされそうだけど。食物的な意味で。
この勝手口は、出入りの商人が搬入に来た時しか開くことはないはず。つまり、毎日点検することはないのではないか?ならば。
「これも壊そう」
ガツ、とピッチフォークの先を南京錠の錆びている部分にぶち当てると、カン、という高い金属音が鳴り響く。
「……っば」
予想外に響いた音に、思わず口に手を当てる。
慌ててベッドの足に括りつけたお手製ロープを伝って自室に戻ったが、しばらくしても誰も起き出した様子はなかった。
その後、もう一度下に降りて、金属音を殺すために毛布で南京錠を包みながら、昨日拾ったナイフを使って作業することにした。
この作業は夜通し続いた。脆くなっていそうな部分を重点的に攻めて、なんとか夜が明ける前に南京錠のツルの切断に成功する。
あとは作戦決行の時まで、鍵が壊れている事に誰も気付かない事を願うのみである。
とりあえずこれで予定していた全ての準備は終了。あとは実行に移すだけだ。
期日までは、あと2日。いやもう夜明け前なのであと1日か。
「決行は明日の夜中、しかないか。全くギリギリもいいところ」
期限ギリギリの準備完了になってしまったとはいえ、ここまで気付かれずに、かつ身動きが取れない状態になっていないのは運が大きく味方している。
まあリーゼロッテに買われること自体が大凶だったので、その反動でも来ているのかもしれない。
「あとは決行するだけ、か。まあ、それが一番の問題なのだけれど……」
そう言って、私は作戦決行前の最後の休息を取ることにした。これが最期の休息にならないように祈りながら。
つづくかな