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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 48話 未来予定図
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:5ca1dc80 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/26 22:48
 季節はアンスールの月に差し掛かり、夏もいよいよ本番か、といったところ。

 無遠慮に照りつける厳しい日差しを、街路に植えられた碧色のカーテンが和らげる。
 開けっぴろげの窓から入る木漏れ日は、汗かきのグラスを透過して、年季の入った作業台のようなテーブルに三角形のプリズムを作っていた。

 そのテーブル囲むように座るのは、個性的な三人の娘達。

 一番背丈の小さな娘は、手を耳に当て、瞳を閉じている。こうしていると、街≪コミューン≫の中を流れる運河のさらさらとした水音が涼しげで、少しだけ火照った躰が冷める気がするのだ。

 一番豊かな胸を持つ娘は、もう完全に温くなってしまったオレンジ・ジュースを、カラカラの喉にちびりちびりと流し込んでいる。

 一番長く美しい髪をした娘は、貼り替えたばかりなのだろう、真白なクロスの壁に掛けられた機械時計とにらめっこをしている。

「ケルンのアリア様とお連れの方。お待たせ致しました、こちらへどうぞ」

 とある商社の、ワイン蔵を改装したという開放的な倉庫兼待合室。

 彼女らが来訪してから二刻ほど経っただろうか。
 ようやく待ちぼうけていた三人娘、アリア達へと、見習い坊主の声がかかる。

 アリアは軽く笑みながら会釈を交わし、その対面に座していたロッテは、やっとか、と大きく伸びをしながら立ち上がる。
 その隣で〝エレノア〟は、うつら、うつらと金色の頭を上下させて舟を漕いでいた。

「たわけ、寝るな」
「ふがっ?」

 幸せそうな寝顔にイラッと来たのか、ロッテはエレノアの後頭部を平手で小突く。
 鼻ちょうちんが割れ、エレノアはきょろきょろと辺りを見回す。
 その様子を見て、見習い小僧がくす、と微笑ましいものをみるような笑いを漏らした。

「恥をかかせないで頂戴ね?」

 アリアが寝ぼけ眼を擦るエレノアに冷たく言い放つと、彼女は「だって」と頬を膨らませる。
 一瞬、その柔らかそうな頬を抓りあげてやろうか、などと考えたアリアだが、これだけ待たされてはね、という気持ちを差し引きし、苦い笑いを零すだけに留めた。



「いや、ほんっとうに、申し訳ない。何分、この時期はたてこむものでねぇ」

 ボールのような体型の、おそらく、買取担当の駐在員という三十路男が、ハンケチで汗ばんだ顔を拭きながら頭を下げる。
 アリアはお気になさらず、と口では言うが、嘘を付け、と心の内で悪態を吐く。

「というわけで、時間も押していまして。さっそくですが、本日はどんなモノをお持ち頂けたので?」
「ロッテ、目録を」
 
 形式的な挨拶もそこそこに、男はさくさくと話を進める。
 アリアはロッテから丸められた羊皮紙を受け取ると、それをそのまま男に渡す。目録とは、荷の品名や数量が羅列された書付のことである。

「ほう、ゲルマニアから、トリステイン経由で此方に。これは珍しい」
「ええ、彼の国に少しばかりの伝手がありましたので、それを頼りに。私共のような若輩が、最初から冒険や賭け事の如き商売をするというのは、些か躊躇われまして」
「はっは、商売は手堅くが一番ですからな、最初にお知り合いを頼るのは賢明な選択でしょう。なるほど、扱っている商品も長いスパンで売れ筋のモノばかり。これは中々に聡いお方のようだ」

 アリアの受け答えに男は満足したようで、上機嫌に笑いながら世辞を言う。
 対して、アリアは上品に口元を押さえて微笑むのみ。

 そのやり取りに、ロッテは不満そうに首をかしげる。

 確かにスカロンの伝手は多少の頼りにはしていたけれども。
 しかし、トリステインへ舵を取ったのは、ある意味賭け事に近いモノだったはずで、断じて〝手堅い〟商いを狙ったモノなどではない。
 結果だけを見れば、トリステインでの商売はおおよそ2カ月弱という短期間で、中々の利益(約400エキュー)を産んだが、途中までは赤を出してもおかしくない状態だったし、利益を出したのは半分、運みたいなモノだ。
 断じて、堅実とか確実、なんて言葉が似合うような旅路ではなかったぞ、とロッテは思ったのである。

「そうですなぁ……。この、レース地の品をいくらか。それと、ガラス製品、これはいい。この時期にぴたりな品です。全て買取しましょう。あとは、蜂蜜を少々いただきましょうかね」

 アリア達の馬車に乗り込んで、手元の目録と合わせて品定めをする丸い男。

「ヒルスマブランドの家具、それにエルヴィスブランドのバッグなどは如何でしょう? どれも疵一つ、歪み一つない一級品ですし、生産元の鑑定書も付けておりますが」
「はぁ、いえ、この手の高級品は、このような田舎町よりも、大都市でお売りになった方が良いかと、はは」

 アリアが他の品も、と控えめに売り込んでみるが、丸男は意見を変える気はないらしい。
 彼が選んだ商品は、自身が売れ筋と評した商品の中でも特に確実に、すぐに売れそうなモノだけ。

「さしでがましい申し出でしたわね、失礼致しました」
「若い方はそれぐらい積極的でないとね。して、これらの品の支払はどんなモノをお望みですかな?」
「メインで麻織物と麻糸、お供として寒色系の染料を。それと、今からの時期、農村では夏のお祭りが立て続けにありますでしょう? なので、シャンパンとオリーブ、豚や鶏などにも換えていただきたいのですが」
「ふむ、農村めぐり、となるとオルレアン方面ですかな。しかし、豚と鶏、ですか?」
「不躾ながら、外見を拝見させて頂いた際には、敷地内に畜舎があるようにお見受けしましたが」
「いや、家畜の類も取り扱ってはおりますよ。ただ、旅商人の方がナマモノを扱うというのは……」
「それについては、この娘の【固定化】がありますので。取引のあと、肉屋ででもオロして貰う事にします」
「ふぇっ?!」

 突然名指しされ、びっくりとしたように跳ねるエレノア。
 彼女の加入によって手に入った系統魔法という道具は、使い方によっては、アリア達の大きな武器になりえる、かもしれない。

「ほお、御一行の中にメイジ様がいらっしゃるとは……。安全対策もばっちりですな。しかし、【固定化】をあまり多用というのは」
「ありがとうございます。お客様にお出しする時は、きちんと【固定化】を外してからの御提供に致しますわ」

 丸男のそんなの常識でしょ、という余計な忠告にも、アリアは素直に頷く。

 一方、ロッテは先程よりも更に渋い顔になる。
何となく気に入らないのだ、この丸男とアリアの、歯に衣を三枚くらい重ねたようなやり取りが。

「わかりました、では各商品の詳しい取引量と価格については、計量の後、詰めるということで。では、さっそく計量に入りましょう」
「そういえば、計量人はどうするのじゃ?」

 二段飛ばしで商談を進めようとする丸男に、ロッテが待ったをかける。

 例のごとく、余所の商人が地元商社と取引する場合には、地元組合から派遣された計量人が外来商人に付き添い、計量に立ち会うのが一般的なのだ。
 しかし、街に入って最初に寄ったとある組合からは、計量人が派遣されることもなく、この商社へ行きなさい、という指示と許可書を貰っただけであった。

「おぉ! そういえば、ゲルマニアの方には馴染みのないコトでしたな」
「む? いや、妾は」
「此国では、相互の信頼が第一、ということで、組合が我々の取引の内容に踏み込む事はあまりないんですな。ですから、計量は各商家の裁量に任せるのが一般的でして」
「しかし信頼といってもじゃな、此方からしても、其方からしても、初見の取引なワケじゃろ?」
「いえいえ、この道二十年の私にはわかります。貴女様方が信頼に値する御仁であるということが」

 訝しげなロッテの言を遮って、丸い顔を破顔させて言う男。
 そういう事ではないじゃろ、と納得のいかないロッテは更に突っかかろうとするが、口を開きかけたところで、アリアの「まぁ、うれしい」という声に制される。
 話が良く分からないエレノアは、アリアとロッテの顔を交互に見やり、困ったような顔をした。

 丸男はそれを是と受け取ったか、そそくさとまっさらなレース生地を馬車から運び出し、作業台に乗せる。
 すると、呼ばれるまでもなく、見習いの小僧が一人駆けつけ、アリア達に軽く頭を下げた後、円筒状にぐるぐると巻かれた生地を手際よく台の上で伸ばし、生地の状態をチェックし始める。
 〝検反〟と呼ばれる作業。生地のキズ、パターンの欠損、汚れ、粗などを探し、使い物にならない部分を除外しつつ、その寸を採っていく。地味な仕事だが、織物、編物を扱う商社にとっては重要な作業の一つである。

「あら、こちらでは、織物の単位はパルモ単位なんです?」

 アリアは薄らと笑みを作ったままで、目を細めて言う。視線の先は見習いの持つ物差し。

 パルモ単位、とはロマリア由来の手のひらを基準とした長さと面積の単位。
 その上位の単位をブラチョ(腕の長さ)、カンナ(ブラチョの3と1/2倍)とされている。

「ええ、まあ。弊社の経営者が、元々はロマリアの出でございまして」
「そうですか……。あの、出来れば、ですが、サント単位でお願いしたいのですが。私共の都合で申し訳ありませんが、サント単位で購入したものをパルモ単位にしてしまうと少々計算の扱いが面倒で」
「おや……。ロマリア系の商社なんかでは、此方の単位を使う機会も少なくないでしょうから、扱いには慣れておいた方がいいですよ。ま、今回はサント単位でお測りしましょうか」
「はい、お手数おかけして申し訳ありません」

 押しつけがましい丸男にも、アリアはぺこりと頭を下げる。

 丸男が見習いに何事かをささやくと、見習いは一度奥へ引っ込み、また別の物差しをもってきて、検反作業をやり直す。
 その様子を見て、アリアは「重ねがさね申し訳ありません」ともう一度頭を下げた。



 そんなやり取りの後は、特筆するべきやり取りもなく、淡々と計量が進んでいく。
 丸男が提示した交換価額の見積もりも至極真っ当なもので、アリアは二つ返事でそれを了承した。

 取引は滞りなくスムーズに進み、トリステイン産のモノばかりだった馬車の荷は、店の見習い達によってその半分ほどをガリア産のモノとテキパキと入れ替えられ、彼女らはこの街での商いを終えたのだった。

 エレノアが生きた豚や鶏が運ばれてくるのを見て、かなりヒイていた事は記しておこう。
 
 

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「ったく、初っ端からご挨拶だこと……」

 商社を出て一分。
二頭の若駒の手綱を引いて歩く私は、精神的な疲れを感じつつ、盛大に溜息を吐く。
 あまりに無理をして笑顔を作っていたものだから、もう、顔の筋肉が引き攣ってしまいそうだ。

「どうしたのよ? さっきまではニコニコペコペコしていたくせに」

 私の呟きに対し、後ろからぴょこぴょこと付いてきていたエレノアが疑問を浮かべる。
 
 ちなみに、彼女の名前は、この旅の中では、エレノア、で通す事にした。
 エレオノール・ド・ラ・ヴァリエールでもなく、エレノア・ド・マイヤールでもなく、〝ただの〟エレノアだ。

 ここはもうヴァリエール家の力も届かない(多分)ガリアだし、エレオノール、という名は貴族でも平民でも、ガリアやトリステインではそこまで珍しくはない。だから、本名を呼んでも、そう問題はないだろうけれど。
 まあ、気分的なものね。公爵令乗のエレオノールサマではなく、エレノア、という個人として接するための儀式的な渾名、といったところかしら。
 
「ガリアの商売人は、優雅で上品な商いの仕方を好むのよ。彼らから見れば弱小の立場である遍歴商人に関しては、そこに謙虚である、という要素も加わるし。私だって好きでニヤニヤとしてるわけじゃ」
「あ、ちょっと待って」

 侮蔑的なニュアンスを含む物言いに、少しだけカチンと来て言い返そうとすると、エレノアはそれを手で制して、ごそごそ、と懐を漁り、羊皮紙の束とペンを持ちだした。

 これらの筆記具は「せっかく旅をするのだから、この機会に外国の事や、市井の事についても知りたいわ」と彼女が言い出したので、私が与えたものだ。
 知的好奇心が旺盛なのだろう。生まれが生まれならば、商人に向いていたのかもしれないわね。

「ご挨拶、というのは散々っぱら、待たされた事についてか? あれは妾も腹が立ったのう」
「それもあるわね。今の時期、この街の商社がそこまで忙しいわけがないのよ。丁度、〝春の大市〟の片づけも終わって、一段落ついているはずだしね。御近所のトロイは今、〝夏の大市〟の真っ最中で、酷く忙しいでしょうけど」

 話が中断されたところで、今度は荷台のヘリに腰かけていたロッテが話しかけてくる。
 そう、丸男の『忙しい』というのは、只のリップ・サービスであり、現実は応対を後回しにされたにすぎない。

「ま、でも、ガリアの商店は何処でも、新参者の相手は後回しって、有名な話だしね」
「ふむぅ……。我が祖国ながら、何とも腹立たしい話じゃ」
「不確実な商売を嫌う、古くからの得意先を大事にする、それがガリア商人の気質らしいわ。ややトリステイン商人のソレと似ている、かしら」

 そこで一度区切りを入れると、トリステインなぞと比べるな、とロッテはしかめっつらをする。
 エレノアはそれに反論することもなく、ただ忙しなく手を動かしている。勉強熱心なことで。こうなると、私も話のし甲斐があるというものだ。

「でも、ガリアとトリステインでは決定的に違う点がいくつかあるわ」
「ほぅ?」
「豊かすぎる資源、各地域に根付いた確たる産業、経済大国であるロマリアとゲルマニアに挟まれているという地理的有利、ハルゲキニア一の魔法先進国であること、そして黙っていても各国商人が飛び込んでくる富裕な市場。このガリアにはギャンブルなどしなくとも、儲かる土壌が形成されているということ。特に、この一大交易地域、シャンパーニュではね」

 両手を広げ、古き良き街並みを見渡すようにして言う。

 此処はガリア北部、バール=シュル=オーブ。

 オルレアンから少し東、カルカソンヌから結構西。
 シャンパーニュ大伯爵が治めるシャンパーニュ地方に存在する四つの都市の一つであり、ひどく長大な歴史を持つ商業都市である。
 その歴史はゲルマニアのケルンやアウグスブルグなどよりも古く、それこそ云千年前に遡る、といわれている。

 この街の土着産業としては、麻織物と麻製品の製造、シャンパンの製造、などが盛んであるが、実はそこはあまり重要ではない。

「ん? それもある、ってことは、本当に気に食わないのは別の理由?」
「えぇ。モノサシのトリックってやつね」
「何それ?」
「パルモ単位ってのは超曖昧な単位でさ。今じゃ本家のロマリアでもあまり使われていないのよ。たとえば、ヴェネツィア単位じゃ1パルモが6と1/2サントだけど、ジェノヴァ単位じゃ7と1./4サントだし、トスカーナ単位では約10サント。地域によって長さがまるで違ってしまうの。そして、他国じゃ普通、パルモなんて単位は良く知られていない。知っていても、どこか一つの地域の長さだけとか、ね」
「つまり、どういうこと?」
「ロマリアならともかく、他国でその単位を言いだすってのは、寸法をチョロまかすのに良くつかわれる手ってこと」

 しかも、この街の東隣にある都市こそ、万国共通の商業単位・トロイ衡の発祥地である、トロイの街。
 あの商社が本当にロマリア系商人の興した社であったとしても、ロマリアのマイナー単位を、このシャンパーニュ地方で持ちだす事はあまりにも不自然だ。

 ただ、ガリアでは組合が商人同士の取引にあまりうるさく関与してこない、というのは、この街の組合の対応を見ても、本当なのかも。
 これはガリア商人の多くが、己の見識に絶対の自信を持っている証拠だろうね。すなわち、騙す事はあっても、騙される事はない、という。

「ん~、と……?」
「こほん。貴女が一番有名なヴェネツィア単位しか知らないとしましょう。生地を1000パルモ分(31と1/4カンナ)くれ、といわれたら65メイル分か、と思ってしまうわよね?」
「そうね」
「でも、モノサシがトスカーナ単位のパルモならば、100メイル分になってしまう。1パルモが2スゥといわれたら、貴女は65メイル分で20エキューか、こりゃあいい、とおもうかもしれない。でも、実際は100メイル分を20エキューで買い取られてしまう、ということね。ま、さすがにそこまで長さの違いがあれば、目算でおかしいのがわかってしまうけれども、相手が無知なら少々のちょろまかしは可能でしょう」
「じゃ、じゃあ、あいつ、〝私達〟を騙そうとしたってこと?!」

 そこまで説明してようやく、エレノアが憤慨したように言う。
 ここでアンタ達、じゃなくて私達、と言うか。順応性いいな、君。

「騙すってより、試すって感じかもしれないけれど。私が突っ込みを入れなければ、こちらを軽く見た商売をするつもりだったんでしょう。ただ、その後の取引については至極真っ当だったから、テストはパスってとこ? どちらにしても、あまり気分のいいものじゃないけれど、ね」

 もう少し補足しておくと、あそこで「それは何処の地域のパルモ単位で、サントに直すといくらですか?」などと問い詰める事もできたが、それはちょっとうがった解釈をすれば、相手を疑っているようにも取られてしまう。なので、こちらの不勉強ということにして、あの場をさらりと流したのだ。
 もっとも、それでもなお、妙な取引をするつもりであれば、その時は店換えをするつもりだったが。

 しっかし、ガリアに入って最初の取引でこれだもんなぁ。やはり、この国での商売もまた、一筋縄ではいかない、ということか。

「なるほどの。で、今はこれ、どこに向かっておるのじゃ? どうにも来た道を戻っておるような気がするのじゃが」
「気がする、じゃなくて戻っているんだもの。さっきの組合に」
「はぁ? どうしてまた?」
「そうね、そろそろ、直でこの街に来たワケと、今後の事についても話しておくかしら」

 パール=シュル=オーブは、ヴェル=エル街道沿いのトリステイン国境からは、それなりに離れたところにある街である。
 途中には王家の直轄地であるオルレアンの肥沃な農村地帯や、同じシャンパーニュ四都市の一つ、プロヴァンの街もあった。

 しかし、私はそれらを素通りして、何よりも先に、この街に来る事を選んだのだった。
 そして、そのルートを選んだ理由をまだ彼女らには明かしていない。

「あ、そうじゃった! 妾がプロヴァンの薔薇キャンディは格別、と言っておるのに無視しよってからに! 納得いかぬ理由であれば、お主の夕餉は抜きにするからの!」
「そうよ! そうよ!」
 
 ロッテがこちらを責めるように言うと、エレノアがそれに便乗する。

 スクウェアメイジと偽ったからか、盗賊相手に無双したからかどうかは知らないが、あれからエレノアはロッテ贔屓なのよね。
 メイジのランクってのはそれほど重要な事柄のかねぇ、と旅のリーダーであるはずの私は少しジェラシーを覚えてしまう。

「はいはい。まず、この街に来たのはね。シンプルに言うと、未来のためよ」
「なんじゃそりゃ」
「来年の〝春の大市〟に出店するためってこと。この街をこれから回っていく予定ルートの、出発点であり、到着点でもある、ということにしたかったのよね」

 このシャンパーニュにある四都市の目玉。

 それが、各都市持ち回りの年中歳市(非課税市)だ。

 春はこのパール=シュル=オーブ、夏はトロイ、秋はプロヴァン、冬はラニーで。
 これらの歳市を総称して、〝シャンパーニュの大市〟と呼ぶ。
 教会の庇護を受けた大商人の支配するロマリア商業圏と、都市間同盟(現在でいうゲルマニア五大アルテ)という強力な組合組織によって統制されていたゲルマニア商業圏が、二つの大運河に囲まれた中間地点であるガリアのシャンパーニュで接触交易を始めたのがそのはじまり。
 現在では、ロマリア商人のもたらす香料、染料、砂糖、絹織物、ガラス製品、陶磁器、美術品、服飾、宗教関連の品々と、ゲルマニアからもたらされる、綿、毛織物、毛皮、蝋、蜜、ニシン、木材、小麦、卑金属類、刃物、織機、その他工業製品など、また、地元ガリアの品も、当然ながら大量に取引される大国際市場となっている。

 地理的な幸運だけでなく、かつての大領主シャンパーニュ伯が、この市場を保護するため努力したのもまた、この市場が大きくなった理由であろう。
彼は領地にある全ての都市の入市税を無税にしたり、新規に出店、進出しようとする地元商人に対して、最初の五年間(外国商人に対しては一年間)は税を大幅に緩和したりして、新規の商人の呼び込みを行ったのだ。
さらに、現在の規模からすれば発展途上だった市場に目を付けたガリア王家が、一見シャンパーニュ伯にとっては有利な条件、つまり侯爵位相当の領地への領地換えを申し出てきたことに対して、彼はきっぱりとそれを断り、さらに王家へ多額の金銭を収め、永劫にこの都市群をシャンパーニュ家の、及び現在の領民のものであるということを認めさせたのである。

おそらく、その時王家が管理することになっていれば、これほどまで市場が発展することはなかっただろう。

「ぬ。どうして来年の市のために、今ここに来る必要があるのじゃ?」
「大市に飛び入り参加は不可。市の開かれる一月前までに、各都市の組合に事前登録する必要がある、という話よ。それで、もう一回、組合に向かっているというわけ」
「ならば、最初に登録しておけばよかったではないか。二度手間じゃぞ、これでは」
「いや、あの時は担当者がいない、とか言われたのよ。じゃあ、先ずは取引を済ませよう、と思っただけ」

 昔は飛び入りばかりの市だったのだが、現在ではあまりに多い参加者に、飛び入りは不可となり、事前に予約を入れておかねばならないことになっている。

「この街で春の大市が開かれるのは、来年のティールの月の第一日。今から大体、八か月先の話ね。それまでに、ここをスタートとして、ガリア西部、ロマリアと踏破して、ガリア東部を回って、再びこの街へ。つまり反時計回りで、ガリアとロマリアを踏破する予定よ」
「ふむ。あっちへ行ったりこっちへ行ったりよりは、わかりやすくて良いかもな」
「でしょう? ……で、エレノア」
「なによ?」
「目的が無事果たせたとして。貴女を家に送り届けるのはそのあとになるとおもうけれど、いいかしら?」

 駄目だとはいわないだろうけれども。一応ね。

「八か月、いや、九か月、か……。勝手に家を出といてなんだけど、大丈夫かしら」
「居場所や何をしているかは言わずとも、〝私は大丈夫、心配しないで〟くらいの手紙は書いてみたら? そのくらいの費用は出すわよ」
「そ、そうね」

 もちろん、郵便代も、後でちゃんと経費としてヴァリエール家に請求するけどね。
 私としちゃ、エレノア個人のコトはともかく、ヴァリエール家がいくら騒ぎになろうが知ったこっちゃないが。

 いや、むしろおそれ、慌てふためくがよい! 先祖がケルンに攻め入った報いよ! そして懸賞金をもっと、もっとあげるのだ! くふはははっ!
 
「しかしな、今から予約を入れるほどに価値があるのか、この街の市は。いや、随分デカイ規模の市だとは知ってはおるがの」
「もちろん、あるわ。特に、来年春の歳市は、何年に一度かの大チャンス、通称、〝祭市〟なのよ!」
「祭市?」
「来年、王族皇族が招かれるラグドリアンの園遊会が開かれるのは知っている?」
「うむ」「当然」

 私の確認に、ロッテとエレノアは揃って頷く。

 ガリアとトリステインの国境にある、ラグドリアン湖。
 そこを舞台として、各国の王族皇族がまねかれて行われる、大規模なパーティーのようなもの。
 それが開かれる年度は不定期で、国際的に大きな慶事があった年の年度締め前、つまりティールの月の序盤に催されるのが通例だ。
 慶事というのは、たとえば、新教皇の誕生(これが今年の園遊会が開かれる理由。穏健派の教皇、らしい)、ゲルマニアを除く四大国の建国年度の節目、各国王家皇家に嫡男が誕生したなどなど。

「その余興のようなもので、その年の春市の開きには、王族皇族も視察というか、観光というか、そういう名目で顔を出すらしいのよ。なんで、市もより華やかで盛大なものになるらしいわ」
「え、それ、本当?! ヘンリー王殿下やマリアンヌ王妃殿下も来るのかしら?!」
「多分ね。ま、ぶっちゃけ、それ自体は私達にはまるで関係ないのだけれど。でも、その分客はいつもより大勢集まるということ。私としちゃ、ここで、仕上げの荒稼ぎといきたいわけ!」
「仕上げ、か。それまでに妾らの商いが続いておれば、いいのう?」

 不吉なことを言わないでくれたまえ。
 私とて、自信はあっても、確信はないんだから、さ。



ж



 と、言うわけで、再びパール=シュル=オーブの北門ちかくの組合へと舞い戻ってきたわけだけれども。

「また、か……」

 組合事務所が入っている、オレンジ色のレンガ建物の向かい側にある、オープン・テラス式カフェ。

 おかわり自由という、アイス・ティーももう五杯目。
 さすがに腹の具合も店員の目も厳しくなってきたところで、ロッテは草臥れたように、テーブルへ顔を突っ伏した。

 そう、私達は本日二度目の待ちぼうけを喰らっていたのだ。

 なんでも、〝まだ〟担当者がきていない、だそうで。
もう、とっくにお昼を回っているのだけどね。来てないワケがないだろ、っていう。

 しかも、組合の事務所はかなり手狭で、丸男の商社のように、待合室がないという。
 『どこで待てば?』と受付の姉ちゃんに問えば、『外のカフェでどうぞ。担当が来次第、そちらに向かわせます』などと言ってくれたわけだ。

 しかしね……。この飲み放題のアイス・ティー、三人で30スゥ、は自腹なわけでさ。

 何? そういう商法なの、これ?

「商人って、意外と暇なのね。逆に疲れちゃうわよ、これじゃ。それにこの紅茶、泥水みたいな味しかしないのだけど」
「紅茶の味についてはノーコメント。でも、これじゃ前者は否定出来ないわね……。さすがに対応悪すぎでしょうよ、マジで」

 エレノアが肩を竦めて呆れたように言い、私もそれに倣う。
 ゲルマニアは当然として、トリステインでもここまで露骨におざなりな扱いはされなかったんだけどなぁ。

 罵声や皮肉なんかを直接的に浴びせられているわけじゃないけれど、彼らの行動の端々に、私らを馬鹿にしているような態度が見受けられるのだ。

 むきぃ……っ!

「ガリア人は陰険、っていうけどさ、やっぱりそうなのかもねぇ?」
「やっぱり、トリステインが一番ってことよね」「おい、妾は陰気者などではないぞ、たわけ」

 一番はゲルマニアに決まっているじゃない。何を言っているのかしら、この子は。
 ロッテの方は、ガリア人っていうか、人じゃないよね、まず。



「ちょっと、そこのお嬢さん方」

 そうやって私が憤慨していると、後ろからぽんぽん、と肩を叩かれる。
 いきなりの無礼な呼びかけに眉を顰めて振り向くと、これといった特徴のない顔の青年が困ったような表情で立っていた。

 げっ……。

「も、もしかして、組合の?」
「えぇ、対応の悪い組合の、陰険な男でさ」

 青年は意地の悪そうな半笑いで答える。

 うぎゃあ。やはり、聞かれてしまっていたか。

「はっ、自虐などしておる場合か。どれだけ人を待たせるんじゃ」
「いや、まったく、おっしゃる通り。すいませんね、随分とお時間を取らせてしまったようで」

 待たされる事によほど苛ついていたのだろう、ロッテは開口一番、青年にインネンを付ける。

 ま、どうせ聞かれてしまったのならば、この程度、文句を付けても変わらないか。
 組合側の対応がひどいのは事実だし、あまりに謙りすぎても、今度は卑屈に見えて、軽んじられるかもしれない。

 そこいらの匙加減が難しいところなのよ。
 どこぞの商家が、国別・地域別の応対マニュアルでも作ってくれないかしら。

「おほん。まあ、それは一旦置いて。早速歳市の話に移りたいのですが?」
「あぁ、市の申し込み……ですね?」

 青年が確認を取るようにこちらへ視線を向けたので、私はそれに無言で頷く。
 すると彼は、私達の着いている四人掛けテーブルの、空いていた椅子にどかり、と腰かけ、手に提げた鞄をゴソゴソ、と掻きまわし始めた。

 彼の身につける安物だろう麻のチュニックにはほつれが目立ち、ラム革の靴は泥で汚れている。小汚い無精ひげを生やしているのも、商売人のする格好としちゃ落第だ。

「少々お待ち下さいね。えぇ、と、確かこの辺に……」

 何となく鞄の中身を覗き見ると、ひどく大量の書類が入っているのが見えた。
 青年はその中から何枚かを抜き出し、テーブルの上へと並べていく。

 おかしな男ね。

 組合の受付には、こちらの用件は歳市の申し込み、と伝えてあるのだから、それに関するモノだけを持ってくればよかったのではないだろうか。
 
「では、まず、こちらを見ていただきたい」

 書類の七並べが終わり、青年が指差すのは、この街、パール=シュル=オーブの簡略的な地図らしきもの。
 黒色のインクで描かれた見取り図の上に、朱色のインクで、A≪ア≫、B≪ベ≫、C≪セ≫、D≪デ≫と区分けされている。

「ねぇねぇ、この区切りは、なに?」
「市の露店ブースの等級分けでさ。Aの区域は、この街のメインストリートであるガウル大通りの中でもさらにメイン。最も脚光を浴びる、花形の区域。等級が、B、C、と落ちるにしたがって、モノは売れにくくなるでしょう。等級がDともなると、あまり商売には向かない区域、となっていまして」
「へえ、同じ街でも、モノが売れる場所とか、売れない場所っていうのがあるの?」
「そりゃ勿論、貧民窟の近くや、袋小路繋がりの路地じゃあ、モノは売れませんや。それに、同じ場所で同じようなモノを売っても、周りの店の動向や、客足の多寡、天候の違いなんかによって、その年その年で売上は大分変わってくるんでさ。しかし、これまでの統計からいって、等級の高い区域が相対的に売れるのは確実、と言いきれますがね」
「ふぅん、結構、奥が深いものなのね~」

 青年の説明に、エレノアは感心したかのように、いや、事実感心しているのだろう、しきりに首を縦に振っている。
 が、私とロッテの表情は曇りがち。青年の言っている当たり前の常識の中に、胡散臭いモノがいくつも混じり込んでいたからだ。

「……で? ショバの決め方は? くじでの抽選かしら?」
「いえ、そこは商人としての実績と格を重視して、こちらの独断で決めさせていただいているのですが」
「実績と、格、ねぇ?」
「いい加減だな、と? ええ、その通りでさ。つまり、それは建前でしてね。実際は、もっと明確な判断基準がありまして」
「はあ」
「商人の価値を決定付ける物、といえば、やはりその最たる物は」
「つまり、金銭、口利き料を納めろ、と?」
 
 次に続く青年の言葉を予測して代弁し、にこり、と笑いかける。
 青年は一瞬たじろぐが、気を取り直したように座り直し、なおも饒舌に喋り出した。
 
「え、えぇ、簡単に言うと、そういう事です。や、これは別に不正というわけではなく、この辺りでは昔からの慣習のようなもので。当然、その額の大きい方から、優位な条件を与え、ウッ?!」
「黙れ」

 所謂、ノド輪。
 聞いてもいない事をぺらぺらと喋る青年の首根っこを捕まえ、短く命令を下す。

 鬱陶しい男って、嫌いなのよね、私。

「あ、アンタ、何してんのよ?!」

 傍から見れば、ひどく理不尽に見えるだろう私の暴力。
 案の定、エレノアは慌ててその暴挙を止めようと、私の腕に絡みつく。

「こいつ、サギよ」
「えっ?」

 行動の理由を述べると、エレノアはきょとんとした顔をして固まった。
 それを横目に、私は青年改め詐欺師に向き直り、ぎりぎり、とさらにその首を絞めつけていく。

「随分と舐めた真似してくれるじゃない? 女だから楽な相手だ、とでも思ったかしら? ……殺すわよ」
「ぐ、ぎっ、わ、わるかった、や、やめで、く、れ」

 眉を釣り上げ凄んでやると、詐欺師の男はごくあっさりと己の正体をゲロった。

 ふふん、私の胆力も、中々のものになってきたかしら?

「失せなさい」

 必死でもがく男に、肥溜めに沸いたウジ虫をみるような侮蔑的な視線を向けた後、ノド輪を決めていた手を離して吐き捨てるように言う。

「ちっ、畜生っ!」

 手を離すと同時に、詐欺師は此方へ向けて手提げ鞄の中身をぶちまける。
 安物インクの臭いがする紙吹雪がはらはらと宙を舞う。
 カフェの店員が吃驚して、持っていた盆を取り落とす。
 がしゃん、と陶器の割れる音がした。どよ、と周囲でざわめきが起こる。

 その騒ぎに紛れるようにして、詐欺師は陽の下に引きづりだされた地虫のごとく退散していった。

 あとに残ったのは、道端に散らばった紙吹雪の残骸。ったく、退場の仕方まで迷惑な野郎である。
 


 私は、はぁ、と虚しく息を吐き、席を立つ。



「ど、どうしてわかったの?」
 
 仕方なし、そこら中に散乱してしまった紙クズを集めていると、エレノアが詐欺師の消えていった路地を見つめながら問う。

 いや、手伝いなさいよ、雑用。

「まず、このような目立つ場所で賄賂の話をするのはおかしいじゃろ。そういう事は、いくら慣習化しておるといっても、日影でコソコソとやるものぞ」

 座ったままで六杯目の紅茶を啜っていたロッテがエレノアの問いに答える。だからあんたも手伝えと。

「目立つ……?」

 ロッテに言われて、エレノアが辺りを見渡す。
 
 周囲では、カフェの店員、客、通行人など、幾人かが、何ごとだ、とこちらの様子をチラチラと伺っている。

「みっ、見世物じゃないわよ!」

 ようやく己が好奇の視線に晒されている事に気付いたエレノアは、顔を真っ赤にして周囲に怒鳴り散らす。恥の上塗りだからやめなさいって。

「それに、もし彼奴の言うように、良い陣地を取るのはカネの多寡次第、というなら、払おうがはらうまいが、妾らの取れる陣地はどちらにせよ、変わらんしの」
「なんで?」
「……少しは頭を使わぬか。妾達のような、行商人、それも新米ごときが払える賄賂の額などタカが知れている。常識で考えれば、ベテランの商人連中の渡す賄賂の額に太刀打ち出来ぬのは明白じゃ。結局のところ、妾らに宛がわれるのは最低クラスの陣地にしかならんということよ」

 歳市には、行商人の他、小売商も参加してくるし、普段は商人にしかモノを売らない商社もまた、この時ばかりは、例外的に参加してくるのだ。
 一介の行商人が、定住商である彼らと同じ土俵で争う事は少々無理がある。

 ま、私達だけにワイロの話を持ち出した、というならまだ理解るけど。
 そんな口ぶりじゃあなかったしね。何せ、慣習化しているらしいもの。

「ま、それもあるけどさ。決定的だったのは、あいつが、ショバの決め方について、大嘘を吐いた事ね」
「ほぅ? 何故わかる?」
「一応さ、シャンパーニュの市に参加するために、この街に来るのは、ケルンを出る前から決めていたことだから、市の事は人づてにだけど、それなりには調べてあるのよ。それによれば、この市のショバ取りは、完全に先着順。しかも、商社と行商人のショバは別物で、被る事もないはずだから(これは何処の市でもそうだけれど)、その区分けがないあの地図もインチキだと判断したのよ。私が『くじ引き?』なんて問うたのは、ただのカマカケだったというわけ」
「なんと。妾はてっきり、市に参加する、などいうのは、ガリアに入ってからの思い付きじゃと思っておったわ」
「んなわけないでしょ!? 私がそこまで阿呆にみえる?! どういうルートを通るか、季節や地域によってどんなモノを商うか、そのくらいはあらかじめ考えてあるの!」
「だって、のう。トリステインでの行程なぞ、完っ璧に場当たりだったではないか。当初はスカロンの伝手を頼って、西側の農村にまで手を伸ばす気だったんじゃろ?」
「それは、その……。いっ、色々とあったけれど! ここからはちゃんと、予定通りに、行くわよ、多分!」

 そこを付かれると頭が痛い。トリスタニアの一件以来、どう考えても流れと勢いに身を任せ過ぎていたのである。
 ここは国も変わったところで、びしっ、とフンドシを締めなおさなければならないだろう。ご利用は計画的に、というアレだ。

 ま、計画が狂ったのは悪いことだけではないのだけれど、ね。

「大体さ、小道具もお粗末過ぎよ。身だしなみはひどいし、身分証明の一つも無しに、組合の者、と名乗られてもね」
「それはそうじゃの。そういえば、この場合、公証人というのはいらんのか?」
「ん~、微妙なところ。登録したという証は欲しいところだけれど、金銭の貸し借りや財産の贈与、分配などではないし、公証人を必要とするほどの重大な契約証、とするのはちょっと無理かも。もしどうしても公証人を付けろ、というなら、こちらがその費用を負担しなければならないでしょうね」
「ふむ、なるほどな」
「しかし、随分と程度のひくい詐欺だわよ。あんなのに引っかかるヤツなんているのかしら」
「ま、おらんじゃろうな」
「……そ、そうよね! い、い居るわけないわよね!」
「……」「……」

 私とロッテが同じ見解に至ったところで、挙動不審にどもりながら同意を示すエレノア。

 そういえば、居たわよね、それも割とすごく身近に。



 私とロッテは、能面のような顔をして、乾いた笑いを零した、その時。



「見事な手際だな、新米にしては、だが」

 スタンディングオベーションをしながら、こちらに近寄ってくる三十路くらいの男。

「……?」
「こちらが遅れてしまったせいで、迷惑を掛けてしまったようだな。謝りはしないが、怒らないでほしい」

 先程の男とは打って変わって、立派な身なりである。
 チャコールの外衣≪コタッルディ≫を着込み、足元には牛革のブーツ、手元にも牛革のバッグ。男としては長めの髪を、ポマードでオールバックにビシリと決めている。

 その風貌は商家の若旦那を地でいった感じで、出来る男、といった雰囲気を醸し出している。口ぶりからすれば、彼がホンモノの担当者、だろうか?

「アンタもサギじゃないでしょうねっ!?」
「さぁ、どうだろう?」
「ばっ、馬鹿にしているの?!」
「はは、不謹慎だったか。申し遅れた、私は、バール=シュル=オーブ第一同業組合に属する毛織物商、モンタンという。商売の傍ら、組合の事務も兼任している。どうぞ、よろしく」

 金切り声で突っかかるエレノアを軽くいなし、組合員証を提示しながら、自己紹介をする男。
 組合組織の極端に発達したゲルマニアでは、組合の委員会に雇われた専業の職員、というのが多いけれど、他国では組合構成員である商人が、その役割を兼業していることが多いのだ。

 躊躇もなく差しだされた右手を握り返してやると、男は不敵に笑んだ。

 うぅん。組合員証はホンモノっぽいし、物腰がやや横柄なあたり、地元商人のそれよね。

 それに、彼は、私が詐欺師を手荒く追っ払ったところを見ている。猜疑心のアンテナがビンビンに立っているところに、二匹目の泥鰌がわざわざ声を掛けては来ないだろう、多分。

「これはどうも、ご丁寧に。ケルンの遍歴商、アリアです」
「思っていたよりもなお若いな。ケルンといえば、ツェルプストー商会が有名だが。やはり、君もその関係で?」
「いいえ、彼の商社と直の関係はありません。私は、フッガー商会の系列店で修業をさせてもらいましたので」
「おぉ。フッガー商会といえば、私の社で扱っている羊毛の仕入れ先じゃないか」
「それはまた奇遇な。この出会いもまた、始祖の思し召しなのかもしれませんね」

 男の言葉に、歯の浮くような、しかし実はいい加減なセリフを返す。

 外国の商社事情に関しても、それなりの知識はあるようね。

 ま、彼がホンモノの担当者かどうか確認するには、彼を向かいの組合事務所に連れて行って、中の人間に確認させればいいだけなのだけれども。

 しかし、「この人、ホンモノの担当者ですか?」なんて言ってしまうのも、ねぇ?
 それでホンモノだったら、機嫌を損ねて大市の参加なんて許可しない~っ、とか、そうでなくても、最低最悪のショバを割り振られる、なんてイヤガラセもあり得る……かもしれないし。
 
 う~ん、どうしよ。

「ふぅむ、ま、あんな男が現れたばかりだ、今一、私が信用が出来ないのだろう?」
「あっ……。い、いや」
「よし、では、事務所の中に移動しないか? それならば君らも安心できるだろう。こちらとしても、疑われている、というのはあまり気分の良いものではないしな」
「ま、まま、まさか、疑ってなど。そっ、その必要はございません!」

 悩んでいたところで、こちらの心を見透かしたような男の申し出。
 殆ど反射的にそれを断ってしまう私。暗に、「お前は俺を疑っているな?」という問いだったからだ。

 ロッテが小声で、たわけ、と呟き、こちらを非難するような視線を送ってくる。

 い、いや! でも、詐欺師であるのなら、事務所に行こう、なんてスイサイダルな提案をするわけないじゃない。

 うん、問題ないわ。システムオールグリーンで、発車オーライよ。

「そうかね? ならば、ここで手続きをしてしまおうか。いやあ、正直、あの狭い事務所
の中の方が、外よりもずっと暑苦しくてね。私としても、此処で済ませられるならその方がいい、はは」
「おまけに汗の臭いがひどかったしのう」
「そうそう、まったく、換気くらいしてほしいものだよ。……お~い、店員、私にもアイス・ティーを頼む」

 男が流れるように注文を繰り出すと、それを待ち構えていたかのように、テーブルの上に四つ目のグラスが置かれる。
 男はヴァン・スゥ銀貨をカフェの給仕に放り、余りはチップだ、と太っ腹なセリフを吐き出した。

「おっと、失礼してもいいかね?」

 私がどうぞ、と言うと、男は先の詐欺師が座ったポジションにゆっくりと腰かける。
 続けて、牛革のバッグからクリップで纏められた冊子をするりと取り出し、それをこちらに手渡してきた。

 冊子には、〝おいでませ、バール=シュル=オーブへ〟というタイトルが付けられている。
 ぱらぱらとページを捲ると、細かい字でずらりと市と街の歴史と沿革、街の名スポット・店の案内、歳市の詳細や特徴、地図などがまとめられていた。
 市の、というより街全体のパンフレットのようなモノらしい。ページを何度も捲った痕があるから、多分これは、ここで閲覧するだけのモノね。

「この市への申し込みは先着順、と聞いたが、それ以外に参加する条件はないのかや? ほれ、商人としての格が、とか、実績が、とか」
「受付で経歴や素姓を聞かれたろう? そこで断られることがなければ、市に参加させても問題ない、と組合で判断した、ということだ。余程の事が無い限り、拒否されることはないがね。オールカマー、がこの市の趣旨の一つだからな」
「ほぅ。それは太っ腹な」

 今度はロッテがカマを掛けるが、男はそれには乗ってこない。
 モグリの商人や、怪しげな商売に手を出している者以外はオーケーということかな。

「しかし、それだけに余所にはない、色々な決まりごとがあるわけだ。他の国、街の歳市に参加したことは?」
「遍歴商としては、一度もありません。ただ、商社見習いとして、ゲルマニア国内の歳市に参加したことなら何度か」
「そうか。ならば、一般的に知られている市の決まりについては説明はいらないな。この大市独特の決まり事だけを説明しよう。それについて了承できない、というならば、大市への参加は許可出来ない。もっとも、この場で了承できない、などと言う者はおるまいがね」
「ですよね」
「ま、面倒で堅苦しいようだが、これをしておかないと、後々諍い、争いの火種になるケースが多くてな」

 困ったものだ、と男が短く嘆息する。

 祭りにケンカは付きもの、というが、実際、歳市ではショバ争いや商売の仕方を巡って、商人同士がドツキ合いになることも多い。
 シャンパーニュの大市ともなれば、その件数や規模も大きいのだろうね。

「一つ目は、大市の参加を許可したからといって、その全期間において露店が出せるわけではない、ということ。行商人なら一週間、商社であっても通常は一カ月、と期間が決まっているということだ」
「一週間? それって短いの?」
「短いわ、ね。普通は歳市の始まりから終わりまで、地元組合の許可さえ貰っておけば、自由に店を出せるモノなの」
「だが、仕方のない事なのだ。この大市には世界中から多数の商人が集まる。しかし、この街はその全てを同時に受け入れられるほど広くはない」
「ええ、もっともです。その点は問題ありません、了承します」

 人差し指を唇にやって、小首を傾げるエレノアに答えてやったあと、男の言葉に同意を返す。

 春市の期間はティールの月の初めから、ニューイの月まで、三カ月という長い期間に渡る。
 その中で、一人一人の商人が季節通じて場所を占有していたのでは、他に商売したい者が炙れて不満が出るし、たくさんの人を呼び込みたい運営側としては、常に目新しい店が立ち並んだ方が都合がよいということだろう。

 こちらとしても、そんなに長い期間を与えられても、売るモノに困ってしまいそう。一週間というのはちょいと短い気もするけれどね。

「よろしい。ちなみに、許可を貰っておいて、市に来なかった場合、シャンパーニュに存在する全組合のブラックリストに載り、今後この辺り一帯での商売は難しくなるので、日程には十分に気をつけることだ」
「う……。肝に銘じます」

 定住商人ならともかく、遍歴商人が姿を現さない場合、違約金なんかを取る事は難しいだろうからの処置か。
 一度リストに載ってしまえば、仮に行商人から定住商にクラスアップしてもそれは消えることはない。

 これは地味に痛いペナルティかもしれないわね。

「一週間、というが、準備や片づけの時間はどうするのじゃ?」
「来年のティールの月の第一日は虚無の曜日。よって、一週間の計算は、虚無の曜日の深夜12時から、翌虚無の曜日の同時刻、まで。露店の設置も、撤去もその時間内に行うこと。少しでも超過してしまえば、後の順に入っている者と争いになりえるので、絶対にやめてくれ」

 細かいなぁ。
 守れなかった場合は、来なかった場合と同じようなペナルティかな。

「大市では、どんなやり方で商売をしても良いでしょうか? あ、勿論、悪徳商法などという意味ではなくて。たとえば、オークション方式とか、叩き売り、抱き合わせ販売とか。まあ、細かい事をいえば、叩き売りってのは、ダッチ・オークションですけど」
「叩き売りやセット販売は個人の裁量で好きにやればいい。ただ、一般的な意味でのオークション(イングリッシュ・オークション)が行えるのは、タカラの市の二日間のみとなる」

 タカラの市? 聞いた事のない単語に、私達三人は揃って首を傾げる。
 1個、2個と数えられるモノを売るカズの市、織物や酒のように、長さや重さ、容積をはかって売るハカリの市というのは知っているのだけれど。

 ダッチ・オークションとは、公開の場所で行われる競り売りで、売り手が定めた最高価格から、売り手が徐々に値段を下げていき、買い手側が納得し、入札したところで落札となる。
 イングリッシュ・オークションとは、公開の場所で行われるのは同じだが、買い手が徐々に値段を上げていき、最終的に最高価格を提示した買い手に落札される。多くの人がオークションといわれて思い浮かべるのはこれだろう。

 他にも、買い手が提示額を知らされない封印入札方式、買い手と売り手が相互に値段を提示し合うダブルオークション、などなど、オークションには様々な種類があるが……、まあ、今は関係のないことだろう。

「タカラの市って? 何か、縁起のいい名前ね」
「一週間のうち、それぞれの日取りで市の種類を決めているのさ。それが二つ目の決まりごとだ。初日から三日目までは、カズの市。次の三日間は、ハカリの市。そして最後の二日間が、それぞれの商人が『これぞ!』と思う物を持ち寄ってオークションを行う、タカラの市となっている。この週間サイクルが、期間中繰り返し行われているわけだ。まあ、君らは行商人なので、1サイクルしか経験は出来ないだろうが」

 要は、各自メインとなるお宝は週末に回せ、ということだわね。
 常に売っている品目を換え、さらにトリに大物を持ってこさせることで、市を継続的に盛り上げる、という狙いかしら。

「エレノア、忘れるといけないから、今の話、きちんとメモっておいてくれる?」
「なんで私が」
「『何でもする』のよね?」
「わ、わかったわよ! 【自動書記】」

 頬を膨らませるエレノアをそうやって窘めると、彼女は渋々と言った感じに魔法を唱える。テーブルの上に置いたまっさらな羊皮紙に、安物のペンが踊るようにインクを落としていく。
 彼女の魔法で動かしているあたり、まったく自動ではない気がするけれど、魔法を使えない私からみれば、随分と便利なものにみえる。

「なんと。これは驚いた。お嬢さん達はメイジか……?」
「……まぁの。それよりも、期間が一週間しかない、ということなら、市開きの週、ティールの月の第一週が一番良い時期じゃと思うのじゃが。そういう希望は通るのかえ?」

 目を丸くする男の問いをロッテは軽く流し、私も聞きたかった事を問う。彼女も大分共同経営者として板についてきたものだ。

 一週間という制限付きの商売。ならば、彼女の言うとおり、出来れば市開きの週に入るのが圧倒的に良いに決まっている。
 何せ、園遊会のVIPがこの街に降臨するのは、ティールの月の第一週のみだろうしね。

「……ん? あぁ、最後から二番目のページにある、書付を見てくれ」

 行商人がメイジ、というのはそんなに珍しかったのか、若干上の空のまま、男が指示を出す。
 エレノアがその指示に従い、テーブルに広げた冊子をめくる。その頁にあったのは、こんな図だ。



簡略地図(一部)

○:全期間空きあり
△:一部期間受付終了(ほぼ開市の時期は空いていない)
×:全期間受付終了



××△×××△△△△○××△△○×××××△△××△×
───――――――――――――――――――――――――ロシュ通り(行商人通り)
○△××△△××○△×××○××××××△×××○△△

× × × × × × × × × × × × △ × 
───────────────────────────ガウル大通り(商社通り)
× × × × △ × × × × × × × × × 

× × × × × × × × × × △ × × ×
───────────────────────────ジェント通り(小売通り)
△ × × × △ × × × × × × × × ×



 春の市は、三つの通りで行われるらしく、それぞれの通りで業種が分かれているらしい。
 商社、小売などの定住商の区域に関してはほとんど空いていないが、行商人のワクはまだ結構空きがあるみたいね。よしよし。
 
「定住商は、市の片づけが終わったと同時に──今年の片づけが終わったのは先週の頭だが、その時点で予約を入れていく者が多いから、今の時点ではほとんど空きが無い。しかし、行商人に限っては、期間が短いのと、来年も行商人をやっている、と思いたくない者が多いのか。割とまだ空きがある。これが一週間ずれ込んでいれば、わからなかったがね」

 説明お疲れ様。
 そこは計画がずれてナイスだった点の一つよね。
 トリステインをまともに回っていれば、この街にくるのは、一週間どころか、一月以上後の事だっただろうから。
 しかし、定住商はともかく、行商人でも、思ったより皆さん初動が早いのか……。半年前までに来れば余裕、とか甘く見ていた事をちょっと反省しなければ。

「では、地図の空きを踏まえた上で、日程と場所の希望はあるかね?」
「期間は勿論、ティーユの月の第一週。場所は、ロシュ通り、南の四十一で」
「ほう、即決だな」
「通りのど真ん中ってのに惹かれまして」
「…………よし、遍歴商アリア、ケルン交易商会組合所属、南、四十一、と。こちらにサインを頼む」

 私が間髪入れずに即答すると、彼はあらかじめ出店許可の旨が書かれた二枚の羊皮紙に、日時、場所と自分の名を書く。そしてその二枚ともを、テーブルを滑らせてこちらへと渡してくる。

 一枚が組合に保存しておくもの、もう一枚は私達の控え分、か。
 私とロッテはそれらに連名でサインをし、一枚を男に返した。

「そちらのお嬢さんのサインは?」
「必要ない。経営しておるのは妾とコレだけじゃからな」
「なによそれ。ちょっとカンジ悪いわよ」
「あら、貴女も資本金を出すなら仲間に入れてあげるわよ?」

 ぷぅ、と頬を膨らませる無一文のエレノアに意地の悪い事を言ってやると、彼女は、むぅ、と唸る。

「くく、なるほど。ま、その控えは失くさぬようにな。失くしてもこちらに本式はあるから、なんとかなることはなるが」
「余った腹の皮にでも縫い付けておきますわ」
「はは、そうしてくれ。……さて、大きな決まりごとはこのくらいだが。他にも瑣末な決まりごとはあるが、それはその冊子にも書いてあるし、市の前にも説明があるだろう。他に、もし、何か質問があれば受け付けるが?」
「一つだけ」
「何だね?」
「参加の費用は? 普通の歳市だと、運営管理費として、事前の一律払いか、事後の出来高払いか。どちらかの方式で、地元の組合か、もしくは領主様に支払うモノだと思っていましたが」
「お、おお! 私としたことが、すっかり忘れてしまっていた。遍歴商の参加費、出店許可料、といってもいいか、これは組合に対して、一律で前払い30エキューだ。……はぁ、やれやれ、あやうく私が肩代わりをしなければならないところだったよ」

 おいおい、忘れていたって。そりゃ、一番大事な事じゃあないのかい?

 でも、ま、お金のことが頭から抜けていたというのは、逆に安心だわね。
 一律30エキューというのも、市の規模を考えれば安い方だし。
 
 そんな風に考えながら、私はずた袋の財布を取り出し、テーブルにエキュー金貨タワーを積み上げる。
 何かと入用になるだろう、といつもより多く現金を仕入れておいたのだ。

 10階建ての塔を三つ建てたところで、男の方へずい、と差しだしてやると、男は慣れた様子で、金貨の枚数を手早く確認していく。

「ふむ、たしかに」

 その作業が終わると、男は三十枚の金貨をうやうやしく黒革の鞄にしまい、もう一度此方へ向けて右手を差し出した。

「では、来春を楽しみにしているよ。道中気を付けてな」
「はい、どうもありがとうございました」

 再びガッチリ握手を交わす、私と男。
 数秒して手がほどかれると、男はくるりと回れ右をして、悠然とした足取りで街へと戻っていく。
 毛織物商、と名乗っていたし、これからまた店の事務仕事でもあるのだろうか。掛け持ちというのは大変だね。





「さて、私達も行きましょう」

 男の背中が消えるのを見届けてから席を立ち、ロッテとエレノアを急かす。

「そうじゃの。そろそろ宿を探さんと、またぞろ野宿じゃからな」
「ねえ、久しぶりの街なんだし、お風呂付きの……」
「こら」「おい」
「なっ、何でもないわよ!」

 やはり、そう簡単にお嬢様気質は抜けないようね……。

 ま、狙いドンピシャの日程と場所が決まって気分がいいし、公衆浴場くらいは連れて行ってやろうか。



──などと、弛緩しきった思考に浸かっていると。



「お前さん達が、ケルン交易商会組合のアリアさん御一行かね?」
「へっ?」
 
 カフェを辞し、表通りへと出ようとしていた私達に、再び声がかかった。
 声の主は白髪の爺さん。麻のターバンに、麻のチュニック、パンツ、とかなりラフな格好の老人だ。

「こんな格好ですまんね。市の運営関係でちょこっとトロイまで出ていてな。まったく、今日は一日居らん、と言っておいたのに、お客さんを待たせよってからに」

 曲がった腰をさすりながら愚痴を漏らす爺さん。
 いや、ちょっとまて。

「は? いや、今、担当の方に許可は頂きましたけれど」
「うん? 何の許可だい?」
「ですから、来年の大市に参加する──」
「はて。遍歴商の受付窓口は、組合に儂だけやが」

 いやいやいや。

 何を言っているのさ、この爺さん?
 ボケているのかしら? まったく、徘徊しないようにちゃんと面倒みときなさいよ。
 
「……ご老人。参考までに聞くが、市の参加費というのは、今、支払わねばならぬか?」
「いんや? 申請の時に金など要りゃせんよ。商いの後、組合へ利益の一部を納めて頂くことにはなっておるがね」
「ちなみに、三十九と四分の一掛けることの百八十二と二分の一は?」
「七千百六十三と八分の一やが?」

 失礼ともいえるロッテの問いに、一秒のラグもなくさらりと答える爺さん。

 ぼ、ボケていない……だと? しかも、金は要らない、だと?

 まさか。

 いや、まさか。

 こ、この私が?

 このアリアが?

 商才の塊とまでいわれた(自称)このアリアがあっ?!

 そ、そんなワケ……!
 
「ど、どういう事じゃ? よもや、あやつもサ──」「もしかしなくても、騙さ──」
「お黙りっ!」

 あんたら、ナニを口走ろうとしてんのよ?!
 
「む、む~!」「んぐっう!?」

 ロッテとエレノアの口を片手ずつで乱暴に塞ぐと、両者から抗議の視線。

 抗議したいのはこっちよ!

 〝その言葉〟を口にしてしまう事は商人にとって、最大級の赤っ恥よ?!
 ド素人じゃあるまいし、口が裂けても言ってはいけないのよ、それだけは!

「……どうかしたんかね?」
「ほほほ、何でもありません。何てことありませんのよ? ただ、この暑さにやられたのでしょう、妙な事を口走っていたので、お見苦しくないように、と。本当に、どうってことありませんので、お気になさらず」
「そ、そうかね? んじゃ、早いとこ、組合へいこか? 一応、水枕くらいは出せると思うでな。お連れさんを休ませてやりなさい」
「えぇ、行きましょう、早く行きましょう、そうしましょう」

 ふ、ふふふ……。

 やってくれるじゃあないか。やぁれやれ、私も未熟なものだわ……。
 これは、フンドシを締め直すどころか、お尻の穴から締めないといけないかもしれないわね。

 老人の猫背をぐいぐいと押しながら、私は己に、少々下品な戒めの楔を打ち込んだのだった──



ж おまけ



「ほぉ、騙された~、とは言わないか。女の子だし、てっきりヒステリーでも起こすのかと思っていたよ」

 バール=シュル=オーブ第一同業組合の事務所の二階。
 締めきったカーテンの隙間から、一部始終を覗き見ていた中年の男が、感心したように言う。

 ちなみに、組合の事務手続きや事務作業は、全て一階部分で行われており、二階部分は、この部屋以外は、資料室や倉庫となっている。

「謂れのない性差別はやめてくれませんかね」
「ごめんごめん。男でもヒステリックなヒトはいるしね。失言だったか」

 男の言葉尻を捕まえて抗議をするのは、目つきの鋭い、若い女。

 男が腰かけているでっぷりとした椅子の前のデスクには、筆頭運営委員、と書かれた表札が出されている。
 それから推察するに、中年男はバール=シュル=オーブ第一同業組合の長、女はその秘書、といったところか。

「で、彼女らに関するキミの見立ては?」
「新人としては、かなり上出来だと思います。あの〝蚤の〟モンタンの話も、途中までは疑っていたようにみえましたし。しかし、上手いですよね、アイツ。金銭の要求最後の最後まで言い出さないってのがミソですよ。しかも、それ以外の説明はほぼ全て真実、というのだから、性質が悪い」
「ま、彼は追放されたとはいえ、元は本当にラニーの毛織物商で、組合職員だった男だからね。……あれ? 今のところ、彼に騙されなかった子って、いたっけ? いや、リピーターは別としてね」
「初見の商人は二十一名全滅ですね。というか、それ以前に。あのトーシロ丸出しの若サギに騙されたアホが結構いるんですが」

 女は手元の資料──大市に申し込んできた商人達のリスト──を眺めながら、見下すように言う。

「あぁ……、アレね。名前なんだっけ」
「すみません、わたしも覚えていません」
「だよね。アレに騙されているようじゃ、遅かれ早かれ身の破滅だろうな。さすがにそんなユメもキボーもないヒト達を大市に参加させたくはないよ」
「彼らには、騙されたままでお帰り頂きましたものね」

 この二人、どうにもあまり良い性格とは言えないらしい。

「取引を行った商社からの報告も踏まえると、百点中、七十点くらいかな」
「少し厳しいのでは? 新人であるという点も踏まえれば、八十点くらいはいくかと」
「そう?」
「遍歴の旅を飽きるほど続けているようなベテランより、未知数の新人にチャンスを上げた方が良いと思いますよ、わたしは」
「ふうん……。んじゃ、ま、可愛い秘書さんに免じて、彼女らの希望には出来るだけ沿う事にしようか」
「ええ、是非そうしてあげてください。女性の商人というのは稀少ですからね。応援してあげないと」
「それ、逆差別だよね」
「何か?」
「いや、何でも」

 女は鋭い目線を更に鋭くして中年男を黙らせると、リストに何やら書き込んでいく。



 所属 ケルン交易商会組合 遍歴商人
 氏名 アリア
    リーゼロッテ
 年齢 13歳
    年齢記入なし
 職歴 ケルン商社・カシミール商店 見習歴三年 遍歴 三カ月
    ケルン飲食店・蟲惑の妖精亭 従業歴三年 遍歴 三カ月
 備考 女 共同経営
 合否 ○
 待遇 先着順の原則に則り、先方の希望通りに、日程、場所を決めてよし



 ガリアの商人達は、アリアが想定していたよりも、ずっと強かなのかもしれなかった。





アリアのメモ書き ガリア編 その1

未来の大商店
(スゥ以下切り捨て。1エキュー未満は切り上げ)

評価       3カ国目突入、目指せハルケギニア制覇
道程       ケルン→オルベ→ゲルマニア北西部→ハノーファー→トリステイン北東部→トリスタニア→トリステイン中南部(バンシュ)→シュルピス→ガリア側国境付近→シャンパーニュ・バール=シュル=オーブ

今回の費用  売上原価 632エキュー
       消耗品費 食糧費(2週間分) 3エキュー
       加工賃  鶏と豚の加工代 2エキュー
       旅費交通費 宿代 素泊まり 1エキュー
       特別損失 詐欺損失 現金 30エキュー

今回の収益  売上 792エキュー

★今回の利益(=収益-費用) 139エキュー 国境で関税を取られなかったのはデカイが、サギに会っちゃ元も子もねぇ……

資産    固定資産  乗物
ペルシュロン種馬×2
中古大型幌馬車(固定化済み)
(その他、消耗品や生活雑貨などは再販が不可として費用に計上するものとする)
商品
(ト)バンシュ産 レース生地 ▲
            (ト)バンシュ産 レース地テーブルクロス ▲
            (ト)バンシュ産 レース地カーテン、ベッドシーツ ▲
            (ト)トリステイン中央部産 ブドウ酒(安物銘柄)
            (ト)レールダム産 ガラス食器 ▲完売
            (ト)アストン領産 高級ワイン 
            (ト)ブリュッセル産 彫刻家具(チェスト、スツール、食器棚)
            (ト)シュルピス産 高級瓶詰め蜂蜜 ▲
            (ト)エルヴィス・ヴィトンのハンドバッグ、旅行鞄など革製品 
            (ガ)肉類(固定化による防腐処理済み)△
            (ガ)シャンパーニュ・シャンパン △
            (ガ)オリーブ瓶詰め △
            (ガ)細葉大青(薄青系染料)△ ウォードという草から抽出される染料 インディゴの代用品 染料としては安い 
            (ガ)サップグリーン(緑系染料)△ ガリアクロウメの実から抽出される染料 染料としては安い
            (ガ)麻糸 △
            (ガ)麻織物 △

             計・1,498エキュー(商品単価は最も新しく取得された時の評価基準、先入先出の原則にのっとる)

現金   7エキュー(小切手、期限到来後債利札など通貨代用証券を含む)
 
有価証券(社債、公債) なし       
負債          なし

★資本(=資産-負債)  1,505エキュー

★目標達成率       1,505エキュー/30,000エキュー(5,00%) サギ以外は順調な滑り出し

★ユニーク品(お宝?)
①地下水 インテリジェンスナイフ 
②モット伯の紹介状 
③エレオノールの指揮棒 万年樹という魔法素材を使った最高級杖 推定150~200エキュー
④シャンパーニュ・春の市出店許可証(遍歴商人用) 一応狙い通り?









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