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No.19087の一覧
[0] G線上のアリア aria walks on the glory road【平民オリ主立志モノ?】[キナコ公国](2012/05/27 01:57)
[1] 1話 貧民から見たセカイ[キナコ公国](2011/07/23 02:05)
[2] 2話 就職戦線異常アリ[キナコ公国](2010/10/15 22:25)
[3] 3話 これが私のご主人サマ?[キナコ公国](2010/10/15 22:27)
[4] 4話 EU・TO・PIAにようこそ![キナコ公国](2011/07/23 02:07)
[5] 5話 スキマカゼ (前)[キナコ公国](2010/06/01 19:45)
[6] 6話 スキマカゼ (後)[キナコ公国](2010/06/03 18:10)
[7] 7話 私の8日間戦争[キナコ公国](2011/07/23 02:08)
[8] 8話 dance in the dark[キナコ公国](2010/06/20 23:23)
[9] 9話 意志ある所に道を開こう[キナコ公国](2010/06/23 17:58)
[10] 1~2章幕間 インベーダー・ゲーム[キナコ公国](2010/06/21 00:09)
[11] 10話 万里の道も基礎工事から[キナコ公国](2011/07/23 02:09)
[12] 11話 牛は嘶き、馬は吼え[キナコ公国](2010/10/02 17:32)
[13] 12話 チビとテストと商売人[キナコ公国](2010/10/02 17:33)
[14] 13話 first impressionから始まる私の見習いヒストリー[キナコ公国](2010/07/09 18:34)
[15] 14話 交易のススメ[キナコ公国](2010/10/23 01:57)
[16] 15話 カクシゴト(前)[キナコ公国](2011/07/23 02:10)
[17] 16話 カクシゴト(後)[キナコ公国](2011/07/23 02:11)
[18] 17話 晴れ、時々大雪[キナコ公国](2011/07/23 02:12)
[19] 18話 踊る捜査線[キナコ公国](2010/07/29 21:09)
[20] 19話 紅白吸血鬼合戦[キナコ公国](2011/07/23 02:13)
[21] 20話 true tears (前)[キナコ公国](2010/08/11 00:37)
[22] 21話 true tears (後)[キナコ公国](2010/08/13 13:41)
[23] 22話 幼女、襲来[キナコ公国](2010/10/02 17:36)
[24] 23話 明日のために[キナコ公国](2010/09/20 20:24)
[25] 24話 私と父子の事情 (前)[キナコ公国](2011/05/14 18:18)
[26] 25話 私と父子の事情 (後)[キナコ公国](2010/09/15 10:56)
[27] 26話 人の心と秋の空[キナコ公国](2010/09/23 19:14)
[28] 27話 金色の罠[キナコ公国](2010/10/22 23:52)
[29] 28話 only my bow-gun[キナコ公国](2010/10/07 07:44)
[30] 29話 双月に願いを[キナコ公国](2010/10/18 23:33)
[31] 2~3章幕間 みんなのアリア (前)[キナコ公国](2010/10/31 15:52)
[32] 2~3章幕間 みんなのアリア (後)[キナコ公国](2010/11/13 22:54)
[33] 30話 目指すべきモノ[キナコ公国](2011/07/09 20:05)
[34] 31話 彼氏(予定)と彼女(未定)の事情[キナコ公国](2011/03/26 09:25)
[35] 32話 レディの条件[キナコ公国](2011/04/01 22:18)
[36] 33話 raspberry heart (前)[キナコ公国](2011/04/27 13:21)
[37] 34話 raspberry heart (後)[キナコ公国](2011/05/10 17:37)
[38] 35話 彼女の二つ名は[キナコ公国](2011/05/04 14:13)
[39] 36話 鋼の錬金魔術師[キナコ公国](2011/05/13 20:27)
[40] 37話 正しい魔法具の見分け方[キナコ公国](2011/05/24 00:13)
[41] 38話 blessing in disguise[キナコ公国](2011/06/07 18:14)
[42] 38.5話 ゲルマニアの休日[キナコ公国](2011/07/20 00:33)
[43] 39話 隣国の中心で哀を叫ぶ [キナコ公国](2011/07/01 18:59)
[44] 40話 ヒネクレモノとキライナモノ[キナコ公国](2011/07/09 18:03)
[45] 41話 ドキッ! 嘘吐きだらけの決闘大会! ~ペロリもあるよ![キナコ公国](2011/07/20 22:09)
[46] 42話 羽ばたきの始まり[キナコ公国](2012/02/10 19:00)
[47] 43話 Just went our separate ways (前)[キナコ公国](2012/02/24 19:29)
[48] 44話 Just went our separate ways (後)[キナコ公国](2012/03/12 19:19)
[49] 45話 クライシス・オブ・パーティ[キナコ公国](2012/03/31 02:00)
[50] 46話 令嬢×元令嬢[キナコ公国](2012/04/17 17:56)
[51] 47話 旅路に昇る陽が眩しくて[キナコ公国](2012/05/02 18:32)
[52] 48話 未来予定図[キナコ公国](2012/05/26 22:48)
[53] 設定(人物・単位系・地名 最新話終了時)※ネタバレ有 全部読んでから開く事をお薦めします[キナコ公国](2012/05/26 22:40)
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[19087] 36話 鋼の錬金魔術師
Name: キナコ公国◆deed4a0b ID:56d7cea6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/13 20:27

「よし、全て引き取ろう。買い値は…………このくらいでどうかね?」

 髭を蓄えた初老の旦那が、さも難しそうな顔をして算盤≪アッパゴ≫をぱちりと弾いてみせた。

 それを提示された栗毛の少女は、ふ、と柔らかな笑みを浮かべる。その隣で腕を組むブロンドの少女は小首を傾げた。
 あまり似てはいないが、二人で遍歴の旅をしている事から省みて、おそらくは姉妹か何かなのだろう。

「おぉ、そうかそうか! それはよかった! では支払いは現金がいいかね? 便利な小切手? それとも何かの品と交換するかい?」

 少女の表情を肯定の意にとった旦那は内心ほくそ笑みながら、手をすり、矢継ぎ早に問うた。

「いえ、今回はご縁がなかったようです。またの機会があれば、その時はよろしくお願いいたしますわ。では、ごきげんよう」

 栗毛の少女は素敵な笑顔のままでぴしゃりと言い切る。そのままくるりと踵を返す。ふわりと舞ったドレス。ほのかなフレグランスの香りが鼻腔をくすぐる。
 ブロンドの少女は慌てたようにそれに倣う。大きな馬車がゆらりと動き出した。

「……え? あ、ちょ」

 予想外の出来事に、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして間抜けな声をあげる旦那。

 しかし少女達はそれを意に介すことなく、小さく寂れた商社を後にするのだった。







 びゅぅ、と吹いた不躾な風によって、小一時間かけて整えた栗色の髪が乱される。
 私はくりくりと乱れ髪の毛先をいじると、宙空に向かって小さく「ばかやろぅ」と悪態をついた。

 そんな憎らしい風によって運ばれてくるのは、街に染みついた独特の臭い。
 街に面した海から漂う潮の香り。溶鉱炉と火床からもくもくと吐き出される煙の臭い。鉄独特の血錆の臭い。そして男達の汗の臭い。

 耳に響くのはとんてんかん、と鉄を打つ音。
 職人≪マイスター≫通りの四方八方から聞こえてくるその音は、やかましくもどこか人の心をも打つ頼もしさがある。
 
 高台からみても視界に収まりきらないほど広大な街並みは、同じ大都市でも瀟洒なケルンの街並みとは違い、雑多で飾り気など全くない。
 この商人≪ヘンドラー≫通りに立ち並ぶいくつかの商社の建物すら、実用と耐久だけを考えて建てられたのであろう、なんとも無粋な見た目をしていた。
 また、富裕層が管理する大きな工場と、親方衆が管理する小さな工場は、その区画を分けることなく乱雑に並んでいるために、まるで子供が作ったつぎはぎの工作をみているような気分にもなってしまう。



 それらの要素が混じり合い、玩具箱をひっくり返したような特有の雰囲気を持ったこの街こそ、ゲルマニア北部三大都市の一つ、大工業都市ハノーファーである。
 
 

「なあ」

 この街のメインストリートである職人通りと比べれば、随分と手狭な商人通り。
ゆっくりと走る馬車を案内するように先を歩く小男が、不意にこちらを振り返って声を掛けてきた。
 
「何でしょう?」

 純白のペンシルライン(ドレスの種類)を身に纏った私は、生意気な笑みで小男に問う。

 その隣で濃青のロングトルソーを見事に着こなすロッテは、ハノーファーの街並みが珍しいのか、きょろきょろと辺りを見回し、時折子供のような歓声をあげていた。田舎者に見られるので、少しは自重してほしい。

「今ので4件目なんだけどよ、あんたら、本当に取引する気があるのかい?」
「もちろん。この街で一旦、全ての商品を入れ替える予定ですから。ただし、納得のいく取引が成立すればの話ですけどね」
「やれやれ、あんたらに振り回されるこっちの身にもなってくれよ。買値が提示されたや否や、有無を言わせず踵を返しやがって」
「あら、でしたらさっさとまともな商社に案内して下さることね。荷の6%も入市税を納めさせて頂いたのですから、それに見合った働きをお願いしますわ」
「あぁ? 俺が真面目にやってないってのか?」

 明らかな非難の声に、目を剥いて反論にもならない反論をする小男。

 彼の正体はゲルマニア北部全土に広がる商業組合≪アルテ≫、ハノーファー工業商会組合の計量人である。
 計量人とは、余所から来た商人達に対して取引する商社を紹介し、そこで適正な取引が行われるようにと、モノとカネの計量を任された組合の職員の事。
 もっとも、そのお題目は建前であり、実際には余所者が“勝手に”生産者から直にモノを仕入れたり、卸売商である商社を飛び越して小売店にモノを売り込んだりしないようにするための監視役としての意味合いが強い。

 そして、どの商社を紹介するのかは、特別なコネクションがない限りは計量人の裁量に委ねられるのである。
 もっとも、彼らとて紹介された商社で絶対に取引しろ、なんて強権を持っているわけではない。
 さきほど私がやったように「この商社はパス」とダメ出しをすれば、また他の商社を紹介するという寸法だ。

「さぁ、どうでしょうか。ただ、新米相手だからといって、人の足元を見るような商売をする相手とは取引する気は鼠の毛先ほどもございませんの。取引はいつでも公正な等価交換、これが基本だと思いません?」
「けぇ、可愛くない娘だ」
「それで結構。商人は金に魂を売り渡した悪魔ですから。可愛らしくても仕方がありません」
 
 笑顔を崩さずにそう言ってやると、小男は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
 その様子を見ていたロッテが愉快そうにコロコロと笑った。



 とはいえ、旅を始めたばかりの新米商人が軽くみられるのは仕方ないと言えば仕方ない。
 売り手と買い手、両者の力関係により取引の公正さが歪められるのはよくある事だから。

 しかし、工業が中心の街とはいえ、ゲルマニア北部最大の都市であるこのハノーファーにはかなりの数の商社があるわけで、わざわざ人を軽く見るような相手と取引する必要は全くない。
 それに、今まで紹介された商社は、どれもいまいちな、はっきり言うと名前を聞いた事もないような、吹けば飛ぶほど小さな商社であった。
 こういった商社が悪いというわけではないけれど……。正直なところ、大きく有名な商社ほど、行商人の足元を見るような真似はしない事も確か。
 巨大な商社ほど、少額の取引で不誠実な事をして社全体の信用に傷を付けるような真似はしないからだ。
 行商人を敵に回すと後が怖いからね。噂を各地にばらまく的な意味で。

 ちなみにさっきのように商社がこちらの足元を見てきたり、買い取りを渋った場合、とっとと諦めて、違う商社に当たる方が吉。下手な交渉をしても、あまり事態は好転しない事が多い。
 なぜかというと、商社がそういった行動を取るという事は、既にこちらがナメられているという事を示しているからである。その状態で必死な交渉をしたところで、さらにナメられてしまう公算が高い。
 「頼む、買ってくれ!」という態度を相手に見せてしまったらアウト。相手が弱みを見せたら、手を差し伸べるのではなく、傷口をぐりぐりと抉るのが商売人なのだ。

 ナメられたらオシマイというのは、何もマフィアの世界に限った事ではないという事ね。



「しかし独立したての新米のクセに、よくそれだけの荷を運んで来たよな」

 これ以上愚痴を零しても無駄だと悟ったのか、小男が話題を変える。
ちょっと言い過ぎたか、と反省していたのだけれど、この男、割と図太いらしい。

「実力、ってやつですかね」

 私は自慢気にふっ、と髪を掻きあげる。無駄な謙遜なんてしませんよ。

 ケルンを出立して一週間とちょっと。

 馬車の荷台は、オルベの他、ハノーファーへの道すがら立ち寄った4つの農村で仕入れた農産物やその加工品で一杯になっていた。
 立ち寄った全ての村で、オルベのような大成功! というワケにはいかなかったけれど、農村向けに仕入れていた商品のほとんどが作物やその加工品に化けている事を考えれば、かなりの成功といえるだろう。滑り出しとしてはかなり上等なスタートだ。

「おいおい、妾のフォローのおかげじゃろ? 最後に立ち寄った村ではお主のせいで偉い目にあったではないか」

 聞き捨てならぬ、とばかりにロッテはこちらを責めるようにじとり、と睨む。

「うっ、それは……」

 私はばつが悪そうに縮こまった。

 彼女の言うとおり、2日前に逗留した農村であまり商品の売れ行きが良くなかったのは私が原因だったのだ。

 いや、正確に言うと、“毒殺姫”が。

 名乗りを終えるまでの食いつきはむしろ良かった。すでに品薄になってしまっていた荷台を眺め、「もう少し農村向けの品を仕入れとけばよかった」と思ったほど。

 しかし、私が“アリア”と名乗った途端。
 
 大人達は十字を切り、子供達は泣き喚いた。私も泣いた。ロッテは咳き込むほどに笑っていた。

 ハノーファーやケルンにまでは、その噂は届いていないけれど、ゲルマニア北西部の広い地域で“毒殺姫”の名が広まっているらしい。

 本当に、何とかしなくちゃなぁ。
 一応は行く先々の村で誤解を解こうと、ロッテと共に弁明はしておいたし、「これ以上噂を広めないように」とお願いはしておいたけれど……。人の口に戸は立てられないというからねぇ。どうしたものか。

「……ま、とにかく早めに取引を決めてくれよな。次からはお望み通り、“まともな”トコにつれていくからさ」
「ほぅ、今まではわざと“まともではない”所へ案内しておったというわけか?」
「新米の扱いなんて大概そんなもんだぜ」
「こやつ……! 開き直りおってからに」

 意地の悪い笑みを浮かべる小男。ロッテの口の橋がヒクついた。

「やれやれ、そんなコトだろうとは思いましたけど……。それにしても、どうして急に心を入れ替えたんですか?」
「これ以上連れまわしても時間の無駄だろ? 残業はしない主義なんでね」
「なるほど。てっきり私に惚れでもしたのかと」
「は、あいにくと餓鬼は趣味じゃなくてな」
「ふ、私も中年のオジサマは趣味ではないので安心しました」

 私は小男に内心で軽い怒りを感じつつも、おどけた様子で冗句を返す。
 でも、自分で撒いた種なんだから、残業くらいは覚悟してもらわないといけないわねぇ。うふふ……。



 結局、私達が全ての荷を捌ききったのは、実に12もの商社を回ってからだった。







「と、不届きな計量人に、ちょっとした意趣返しをさせてもらったというワケです」
「くく、最後には涙目で『もう勘弁してくれぇ』などと懇願しておったのぅ、あの小男」

 カンカン、と鉄の合わさる音が鳴り響く赤レンガの工房。
 その工房内部を歩きながら、私とロッテは面白おかしく昼間の顛末を語る。

 時は既に宵の口。

 この街の組合を訪れた時には、ちゅちゅんとスズメが鳴いていたのに、今ではかぁ、とカラスが鳴いている。

「はっは。そりゃ、自業自得ってぇやつだな」

 私達の前を行く、岩のような顔と体をした壮年の男が豪快に笑う。

 彼こそがベネディクト。私がハノーファーを訪れる目的となった工房の経営者である。



 さて、商社での取引を済ませた私達は、お役御免となった小男と別れ、当初の予定通り、ハノーファーでも有数の金物工場であるベネディクト工房へとやってきていた。
 何度も言うが、私とベネディクトのように、取引する双方が個人的なつながりを持っている場合、組合に許可さえ取れば、例外的に生産現場からでも仕入を行う事が出来る。
 
 そして現在は工房の見学をさせてもらっているところ。
 折角の機会なので、これから扱う商品を生産している現場を見させてもらう事にしたの。

 農具や包丁などの刃物を鍛造で生産しているこの工場(こうば)では、何人かの職人達が汗だくになりながら、各々が、火造り、成形、焼き入れ、焼き戻し、仕上げ、という工程を黙々とこなしていた。たまに怒鳴り声があがるのは商店と変わらないな、うん。

 また、その中には、普通の職人達に混じって、杖を持って作業に従事する職工≪マイスター≫メイジと呼ばれる者も少なからず居た。

 職工メイジとは、魔法をもって工業に従事するメイジの総称。
 貴族だからといって、その全てが親の跡目を継ぐわけでないし、官吏の職だってその席は限られている。
 では、そこから溢れたメイジ達やその子孫はどこへいくのか? その答えの一つがこの職工メイジ。

 国によっては貴族の割合が1割近いハルケギニアにおいて、こういった市井の仕事につくメイジは割と多い。
 こと職工メイジにおいては、平民職人とほとんど変わらない扱い(腕にもよるが、給金は平民職人にちょっとした手当が付く程度だし、平民職人によって顎で使われる事もある)、となっているにも関わらずだ。

 一部の上流貴族は別として、もはや貴族という称号だけでは食っていけないのが現実なのかもしれない。



「しっかし随分と古臭い建物よの。まさか崩れてきやせんじゃろうな」

 ロッテはうず高く積まれたレンガの壁を見上げ、なんとも無礼な事を言う。

 ベネディクト工房はいくつかの小工場を後から連結させたような造りになっていて、それらを全て合わせれば富裕商人層が経営する大工場にもヒケを取らない規模を誇っていた。
 そしてその小工場ごとに生産しているモノが違うらしく、縫針や針金のような細かな物から、鍋、包丁、錠前、拍車、蹄鉄、農具、刀剣、はては銃器までをも生産しているとか。

 しかし、彼女の言うとおり、増築と改築を繰り返したその姿はイビツであり、内壁や天井にはヤニのような、煤のような汚れがいたるところにこびりついていて、あまり綺麗な建物とは言えなかった。

「こら、失礼でしょうが」

 とはいえ、その感想を正直に口に出すのはいかがなものかと思うのですよ。

「はっはは! その通りだから仕方ねぇ! ま、ギーナとゴーロのヤツが返ってきたら、最初の仕事として天井の張り替えでもやらせるさ」
「そういえば、無事に二人とも、工房の後を継ぐことが決まったんですよね~。おめでとうございます」
「おう。これも嬢ちゃんのおかげだな」
「いえ、私よりも親方のおかげかな? ギーナさんを見習い頭に抜擢した事で、大分あの二人も変わりましたから。前ほど兄弟ベッタリじゃなくなったというか……」
 
 あの二人ももう16歳だし、そろそろ兄離れ、弟離れをする時なんだろう。

「あぁ、そうそう。嬢ちゃんのおかげでいえば、そろそろあのクロスボウ、実用化できねえかと思っているんだが……」
「う~ん、実用化にはもう少しってトコロじゃないですか? 確かに威力はあがりましたけど、連射した時の反動が強くなりすぎていますし。あれでは照準を定めるのはおろか、まともに前に飛ばすのが難しいかと」
「むぅ。しかし嬢ちゃんは使いこなしているんだろう?」
「私は、まぁ……ベテランですから?」

 首を傾げて言う私に、ベネディクトは懐疑的な視線を向ける。
 確かに私用の武器としてはほぼ完成しているといってもいいのだが、実際アレ、常人が使ったら肩がぶっ壊れますよ? 割とマジで。

「おい、お主ら。世間話もいいが本分を忘れるなよ? というか、妾を退け者にするな!」

 置いてけぼりになっていたロッテが口を尖らして、無駄話を中断させる。
 本音が出てるぞ、このさびしんがりめ。

「おっとと、こりゃ悪かった」
「では、姉さんもこう言ってますし、そろそろ本分の商談に移りましょうか?」
「ふむ。確か、欲しいのは農具類だったよな?」
「えぇ、それと、鍋、包丁、裁縫用の針なんかも欲しいですね。辺境の農村だと質のいいものは中々手に入りませんし……。絶対売れると思うんですよ、金属加工がお粗末なトリステインでは特に」

 そう言って、私はにぃ、と打算的な笑みを漏らす。

 そう、ハノーファーでの取引を終わらせれば、いよいよゲルマニアを抜けて国外、トリステインに入るつもりなのだ。
 ルートとしては、ゲルマニアの北西側からトリステインの北東部へと抜けるメルヘン街道を通って、スカロンのいる首都トリスタニアに向かいつつ、街道沿いの辺境農村を渡り歩く。
 その後は、スカロンのコネを頼ってアストン伯領を回って、ガリア側の交易都市シュルピスへ──な~んて考えてはいるけど、とりあえず今はトリスタニアに向かう事くらいまでしか確定はしていない。
 見通しはおおまかに、というやつだ。旅路というのは、モノの売れ具合やら、現地の情勢なんかによって変化してくるので、行商人があまり細かい予定を立てても仕方ない。
 もちろん、何を商いたいのか、誰をターゲットにしたいのか、くらいは考えているけどね。

 南側の主街道を使わずに、わざわざ寂れ気味のメルヘン街道を使うのは、距離的に近いという理由もあるが……。
 一番の理由としては、反ゲルマニア感情の強いであろう地域──つまり、トリステインの公爵家にして、ツェルプストー家の仇敵であるヴァリエール家──その領地を避けるためである。

 そういう地域で商いをしても、あまりモノが売れるとは思えないし、何よりとっても危険なかほりがします。

1.ケルンから来ました~、みなさんよろしくね!
2.領主様、ゲルマニアの狗めが領内に紛れこんだようですぞ?
3.ほう貴様がツェルプストーの手先か。死ねィッ!
4.きゃ~、やめて~! がし、ぼか! 私は死んだ。

 なんて事になったら目も当てられないからね。

 私もヴァリエールに対してあまりいい感情は持っていないし。

 何故って? そりゃあ私がケルンの民だからである。

 ツェルプストーとヴァリエールは何度も小競り合いをしているが、戦争をする以上どちらにも多少の被害は出ているわけで。
 遠い過去にはケルンまでヴァリエールの軍隊が攻めてきた事もあったらしいのだ。勿論、逆にツェルプストーがヴァリエール領を蹂躙したこともあるらしいが……。
 まったく、女を取られたくらいで戦争とかどんだけよ。そんな狭量だから女に愛想を尽かされるんだってぇの。悔しかったら自分の魅力で取り返してみなさいな、ってね。

「トリステインねぇ……。あそこはあんまり景気がよくねぇと聞くけどな。その証拠にゲルマニアの商社もあんまり進出してないだろう、あの国は」
「だからこそ、じゃろ? ライバルがいないということはチャンスなのじゃ」
「そういうもんかねぇ? 情報に敏感な商社が見切りをつけるってことは、ビジネスチャンスがねぇってことじゃないのかい?」
「む、むぅ……。そっ、そういう考えもあるのか?」

 自信満々に答えておいて、ベネディクトに突っ込まれると、困った顔で私に振るロッテ。

「う~ん、私はチャンスがある方に賭けたいですね。商社と遍歴商人では提供できるモノもサービスも違いますし。何より、あの国に商社が進出しにくいのは、国策のせいもありますからね。めちゃくちゃ商業に関する税が高いんですよ、あそこ。その点、遍歴商人には入市税くらいしか関係ありませんし」
「うむ、妾もそれが言いたかった。代弁、大義であったぞ」

 ま、ロッテの単純理論もあながち間違いではないんだけどね。
 ニッチをターゲットにするのは行商人の行動としてはなかなかに正しい。彼女なりにきちんと商売について考えているのだろう。
 
「ふむ、なるほどな。若造の浅い考えかと思ったが、中々どうして、それなりに考えているみたいだな」
「へへ、伊達に親方に鍛えられていませんよ~っと」

 ベネディクトの不器用な褒め言葉に、私は得意気にそう返した。



「で、一端の行商人さん達は、今回の取引について特別な希望はあるか? なければ予算に合わせてこちらで適当に見繕うが?」
「そうですねぇ。針や鍋なんかはお任せしてもいいですか?」
「わかった。包丁や農具については?」
「えぇと、シュペー卿は刀剣だけじゃなくて、その手も造っているんでしたよね?」

 確認の意味を込めて問う。

「誰じゃ、そのシュポーというのは?」
「……シュペーね。この工房に所属する有名な職工メイジよ」

 答えが返ってくる前に、ロッテが割り込む。
 彼がどれくらい有名かといえば、ゲルマニアだけでなく、隣国にもその名が通っているほどの職工メイジである。

「確かに、あのクソじ……シュペーは刃物ならば何でもござれだが……。誤解がないように言っておくぞ。ウチでは≪錬金≫で造ったようなガラクタは一切扱っていないからな」
「知ってますよ、そんなこと。シュペー卿も、変てこな異名を付けられたもんですねぇ」

 ベネディクトが何故そんな事を言いだしたのか、といえば、彼の異名のせいだろう。

 国外において彼は、“ゲルマニアの錬金魔術師”、もしくは“鋼の錬金術師”と呼ばれている、らしい。
 なんだか国から特権を与えられていそうな響きだが、別段そんなことはないし、≪錬金≫によってモノを生産しているわけではない。



 そもそも、職工メイジというのは、平民職工と同様の鍛冶作業をこなす傍らで、風、もしくは火の魔法で火床の火力を一定に調整したり、重い材料を≪レビテーション≫で運んだり……、そういった補助作業を行うだけの存在なのだ。効率的には劣るが、その程度の事は魔法を使えない者でも出来る。だからこそ給金が平民とあまりかわらない。

 一見すると有用そうな≪錬金≫と、≪固定化≫という土の魔法は、工業においては、実はあまりつかえない魔法なのだ。

 まずは、≪錬金≫。
 ≪錬金≫で造られた工業製品(実際、製品というのもおこがましいのだが)はすべからく“紛い物”の烙印をおされ、商品価値など一切ない。
 ≪錬金≫という魔法が活躍する場といえば、農地の土壌改良とか、防波堤をつくるだとか、そういう建設土木や農林業の場であって、工業生産を目的としては使われないのだ。

 ≪錬金≫で生みだされた材料というのは、“術者のイメージ”という実に曖昧なモノによるせいなのか、多種多様な混合物が任意に混ざってしまう、という。
 なので、実用品としては、均一性がなさすぎるし、何より脆弱な事が多い。装飾品としては見苦しく、また一目でニセモノと判るほどにわざとらしい(メイジなんかだと素人でも一発で分かってしまう)。
 『僕』のセカイでも人工ダイヤモンドは天然ダイヤモンドと比べればゴミのような価格であるはずで、つまりはそれと同じ事なのだろう。まぁ、実用性がない分、≪錬金≫で造られたモノは、人工ダイヤモンドよりはるかに劣るんだけどね……。

 逆に言うと、≪錬金≫が得意な土メイジは土建業などでは相当な優遇を受ける。 それこそ平民の給金の4倍、5倍以上は当たり前の世界だ。
 そういう理由で、色々と引く手数多である土メイジは、よほどの変わり者しか職工にならない。また、水メイジも医療関係をはじめとして、職工よりもはるかに儲かる職種が多く存在するために、結局、職工になるのは、あまり他に需要がない火や風のメイジが多いらしい。
 
 次に≪固定化≫。
 この魔法は確かにとてもとても有用である、ただし使う側(消費者)にとっては。
 しかし生産者側からみると、実に厄介極まりない存在だ。モノが売れる構造を考えればわかる事。
 ≪固定化≫がかかる、という事は、本来なら何年か経てば交換しなければならないモノでも、“半永久的に壊れない”という事になってしまう。

 そうするとどうだろう?

 そう、一度購入されたモノは“半永久的に需要が発生しない”事になってしまう。
 これでは経済が停滞してしまう。モノはいつか壊れてくれなければ困るのだ。
 なので、市場に売り出される際に≪固定化≫をかける事は、一部のモノを除いて、ほとんどの職工組合によって禁止されている。

 つまり、≪固定化≫をかけたきゃ、購入後に消費者の方でどうぞご勝手に、という事だ。結果、固定化の依頼料との兼ね合いによって(あまりお安くはない)、よほど大切なモノでないならば≪固定化≫はかけない、というのが普通の感性になっている。



 と、いうことでベネディクトが言いたいのは、シュペー卿とは極めて腕のいい、ネームバリューのある、“ただの職人”という事なんじゃないだろうか。
 “卿”なんてつくから偉そうに聞こえるのけれど、実際は流れ者の職工メイジであり、貴族かどうかすら怪しいと聞いているし。
 
 以上の点から、彼の異名としては、“錬金魔術師≪アルケミスト≫”よりも、“鍛冶師≪ブラックスミス≫”、の方が合っているのではないか、と思うのだがどうだろう。
 
 閑話休題。

 まぁ、とにかくその高名なシュペー卿が、何年か前からこの工房に籍を置いているというのだ。
 折角、ある種のブランドを抱えている工房と取引をするのだから、これは是非ともソレを仕入なければ嘘だろう。

「そういえば、そのシュペー卿は何処に? 出来れば一度お会いしてみたいのですが」
「……今日は、休みだな」
「あらら、それは残念」
「いや、丁度よかったぜ」
「は?」
「いや……何でもない、気にすんな」
「はぁ」

 気にするな、といわれると、余計気になるのは人間のサガだろうか。
 シュペー卿の名が出てから、若干ベネディクトのテンションが下降したように感じるのも気になる。

「それより、シュペーが打ったモンは、他より大分高いんだがいいのか?」
「高いというのはどれくらいですか?」
「そうだな……。シュペーの代名詞でもある刀剣を例をあげるなら、通常、鍛造式の大剣は卸値で、一本20エキュー前後だが……」
「まあ、そのくらいですよね」

 小売価格にして、鋳造式で15~30エキュー、鍛造式で30~60エキュー。これが大剣の相場だ。
 そもそも剣というものは平民の衛兵や傭兵が使うモノなので、これ以上の値段になったって余程のモノでなければ売れはしない。だって、平民の平均年収は120エキュー程度なのだから。
 
「で、シュペーの打ったモノになると、出来にもよるが、大体卸値で60エキュー前後になっている」
「3倍じゃと?! いくらなんでもそれはボッタクリじゃろ?」
「まぁ、それは一から十までが完全にシュペーのハンドメイドの場合な。ネームバリューの上にそれだけ時間も掛かっているから仕方がねえよ」
「むぅ……。何か騙されている気がするぞ……」

 疑わしげな表情でベネディクトを睨むロッテ。
 正直、私も驚いた。まさか卸値からして3倍もするとは……。せいぜい5割増しとかその程度かと思っていたんだけどなあ。

「あの、包丁や農具でも3倍するんですか?」
「まあ、3倍とは言わんが、倍はするわな」
「う~ん……」
「ウチには他にも腕のいい職人はいるし、余程の拘りでもないなら他のモノで十分だとおもうぞ」

 確かになぁ。どうせターゲットは主に農民なワケだし……。ある程度の質は妥協して量で勝負した方がいいのかも……。
 あぁ、でも、提供できる中で最高のモノを「これこそが私共の商品でございます!」って高らかに宣言してみたい。

「そうですね。とりあえず現物を見せて貰えますか? 決めるのは、それからにします」
「はは、そりゃそうだ。モノを見ずに判断はつかねぇわな。……うし、じゃあこっちだ」

 そう言って案内されたのは、工場脇に設えられた製品の保管場所。

 麻布のシートの下に、鍬、鋤、ピッチフォーク、鎌などの金属製の農具が大量に山積みにされている。
 この工房は金属加工が専門なので、農具といっても、脱穀器や揚水器などの大型のモノは扱っていないようだ(部品は造っているのかもしれないが、完成するのはここではないのだろう)。



「それで、一体、どれがシュペーとやらの作なんじゃ? 妾にはどれも同じモノに見えるのじゃが」
「あぁ、そ──」
「ここに纏められているのがそうですね?」

 ロッテの問いにベネディクトが答えかけたのを遮って、私はその一点を指し示す。

「あ、あぁ、よく一瞬でわかったな?」

 まあ、このくらいはね。ただ、問題は見た目ではなくてその中身だ。

「触ってみても? いや、ちょっと他と比べてみてもいいですか?」
「構わんが」
 
 ひょい、とシュペー作の鍬を一本、持ちあげる。
 “遥か昔に”農民をやっていた事もあって、農具に関する目利きには自信がある。

 刃を撫でる、コン、と叩く。柄と刃の接合部を確認する。目を離して全体のフォルムを観察する。ひゅん、と一振り、二振り、土を耕すかのように振りまわしてみる。

 次にシュペー以外の職人達が造った鍬を取って同じ動作を繰り返す。

 全ての動作を終えると、私は晴れ晴れとした顔で言ったのだ。



「……惚れました!」



 そう、惚れた。たったあれだけの動作で私にはわかってしまったのだ。

「うふふ……。くるい(ヒズミ)のなさ、刃の角度に厚みの絶妙な調整、柄の取り付け角度、重量のバランス、全てが一級! 完璧! エクセレント!」
「そ、そうかい」
「たかが鍬、されど鍬! 農作業を知りつくさなけばこの鍬は造れない! あぁ……何て素晴らしいモノに出会ってしまったのかしら! これなら通常の倍以上の値を付けたとしても、お釣りが来ちゃうわ! 決めました! これ買います!」

 恍惚の表情で鍬に頬擦りして言う私。

「…………大丈夫か?」
「気にするな。いつもの病気じゃ」

 ベネディクトの心配に、ロッテは死んだ魚のような目で答えた。

「コホン。その、あまりにシュペー卿の造ったモノの出来が良くてですね……。もちろん、他の方が造ったものも出来は良いのですが……。コレと比べては、ね」
「わかった。あ~、細かい取引の内訳については後回しにするとして……。他の現物も見てみるか?」
「えぇ、ぜひ──」

 ベネディクトの気遣いに、にこやかに同意を示そうとした時。

 私の体がぶわっ、と浮いた。

「え? えっ?」

 思わず足をばたつかせて間抜けな声をあげる。

 ≪浮遊魔法≫【レビテーション】? 職工メイジの悪戯か? いや、これは……。

 襟首を持たれて吊りあげられている?!

「誰に断って」
「え?」
「工場に入ってんだッ! このジャリ娘ッ!」

 背後から聞こえる渋い声。
 その主を確認しようとして、首を回そうとする。

 ブンっ! と体が宙を舞った。高速で流れていく景色。

 投げられたのだ。と理解した頃には、時、既に遅し。

 激突。

 がしゃんっ! と派手な音をさせて工場の隅に置かれたクズ鉄の山が崩れる。丸めた背中に衝撃が伝わる。

「かはっ」

 呼吸が一瞬の間止められた。わけがわからない。

 ぱらぱらと埃とゴミが舞い落ちる。かん、と頭に何かの破片が落ちてきた。痛い。

 騒然となる工場。痛む頭をさすりながら身を起こす。

「いっつ~……。一体何だって言うのよ……?」

 私が顔をあげると、そこには不機嫌そうに口をへの字に結んだ──白髪の巨人が仁王立ちしていた。







 デカい。

 ゆうに2メイルはある巨体。オールバックにした白髪。眉間に刻まれた深い皺。1サント程度に伸びた白い泥棒髭。
 顔に刻まれた無数の皺からすると、どう見ても老人なのだが、肉体は青年のようにがっちりと引き締まっている。
 その片手に収まっているドでかいスミスハンマーが、彼が職人であるという事を強く主張していた。

 というか、誰よこのジジイ?
 「誰に断って」ですって? そりゃあ、経営者のベネディクトに断ってですけど?
 どうして私がいきなり見ず知らずのジジイに投げ飛ばされなくてはいけないんだ?

 突然の出来事にどう対応したものか判断が付きかねていた私は、そんな事を考えながら、暫しの間ぼぅ、っと呆けていた。
 工場にいる職人達は唖然としてこちらの様子をを窺っているようだ。手も止まっているのか、さきほどまでうるさいくらいに響いていた鉄を打つ音すらも聞こえて来ない。

 重々しい沈黙が場を支配する。

「貴様、一体何のつもりじゃ」

 その沈黙を破ったのは、不快気に眉を寄せて腕を組むロッテだった。

 というか、少しはこっちを心配しろよ……。「その程度でくたばるような鍛え方はしておらん」ってこと?

「だからよ……」
「ぬ?」
「なんで女が工場に入ってやがるッ!」

 短く刈り込んだ白髪を逆立てて激昂してみせる2メイルの巨人。

「気でも触れておるのか、この──」

 ボッ!

 そんな風切り音とともに、何かを言いかけたロッテの体がゴミ人形のように吹き飛んだ。

 ノーモーションからの首を刈り取るラリアット。

「っ?!」

 あまりの不意打ちに、さしものロッテも声を出すことも出来なかったようだ。

 どんっ、という鈍い衝撃音。レンガの壁をぶち抜く姉。建物全体がぎしりと揺れた。この位置からは投げ出された彼女の足しか見えない。

 な、なな、何てことすんのよっ! アイツ相手に戦争でもやる気なのっ?!



「このクソジジイっ! この娘達はお客さんだぞっ?! 何してやがるっ!」

 姉妹共々が吹き飛ばされた所で、ようやく休止状態になっていたベネディクトが再起動した。
 
「客…………だと? おい、ベネディクト。まさかあのアバズレとそこのジャリを工場にあげたのはお前さんか?」

 眉間に一層の皺を作って言う、白髪の巨人。
 アバズレ=ロッテ、ジャリ=私という事かい? 

「あぁ? それがどうしたよ」
「お前さんは経営者ではあるが……。同時に立派な職人だと思っていたんだがな。今の今までは」
「何が言いてえんだ」
「神聖な工場に女をあげるなんざ、職人のすることじゃねぇつってんだよ。女ってえのは堕落しかもたらさねえ。特に若い衆とっちゃ目に毒、魂にも毒だろうが」
「はっ、ジジイだけあって古臭い考えだな。今は女の職人だっている時代だ。てめぇの女嫌いを人様に押し付けてんじゃねえよ」
「随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか、ベネディクト」
「好き勝手やってんのはてめぇだろうが! 材料は使い放題! 休みは不定期! 納期は守らん! 挙げ句今度は客に向かって暴力だと? 文句があるならいつでも辞めやがれってんだ! 辞めた所でてめぇみたいな偏屈ジジイを引き取ってくれるような工房は他にないだろうがな。……というか、今日は休みのはずだったろう、シュペーさんよ」

 剣呑な雰囲気で胸倉をつかみ合う壮年の経営者と老年の職工メイジ。

 って、シュペー……? この傍若無人なジジイがシュペー卿?

 そんな馬鹿な。あんなに素晴らしいモノを創り出す職人がコレ? モノは創った人間の人となり映し出す鏡とは嘘だったのか……?

「何、仕事が中途だったんで、空いた時間で顔を出しただけだ。それより、あいつらが客ってことは……まさかアレで商人だとでも言う気か?」

 私とロッテの吹き飛んだ方を見まわしながら問うシュペー(?)。

「そうだ。西のケルンからわざわざこの工房を目当てに訪れたってえ、上客だぞ。それをてめえは……」
「カッカカカ」

 ベネディクトの返答に、何がおかしいのか、シュペーは突然に高笑いを始める。

「あんな童同然の小娘共を商人として認めるとは、ツェルプストーの小僧も落ちたもんだぜ」
「……余所の貴族の悪口はそこまでにしておけ。ったく、折角てめぇの造ったモノを気に行ってくれていたのによ。造り手がこれじゃあ、幻滅だわな」

 ベネディクトは頭痛がするように額に手をやって、首を横に振った。

「何? ワシが魂込めて造ったモンをこんな小娘共に売れるかッ! ふざけるんじゃねえ!」

 はぁ? アンタにそんな権限ないだろう! 何を言い出すのよこのジジイは!
 あ~、だんだんと腹が立ってきたわ……。

「誰に何を売るのかは俺が決めるんだよ、この唐変木!」
「落ち着いて考えろ、ベネディクト。こんなジャリとアバズレにモノの良し悪しなんてわかるわけがねえだろう?」
「あん?」
「つまりは、だ。頭からっぽのお嬢様が吟味もしねえでヴェネツィアブランドの服飾を褒めちぎるのと一緒だ。こいつらは“錬金魔術師”ってブランドに騒ぎたててるだけなんだよ。そんなモノの価値もわからないヤツらに、ワシの、いやウチの職人達が丹精こめて造り上げた製品を売らせるわけにはいかねぇだろうが。下手したらウチの信用にまで傷がつくぜ」

 へぇ……。
 シュペーって、鍛冶の他にも、人をムカつかせる事に関しても才能があるのね……。

「……この嬢ちゃん達は信用出来る筋の知り合いだ。昔から付き合いのある商人の弟子なんでな」
「ふん、そういう関係か。しかしお前、実際にこいつらの商いを見たことがあるのか?」
「それは…………ないが、な」
「ほれ、みろ! 大体、女なんぞを雇い入れるなんて、その知り合いの商人っつぅのも怪しいもんさ」

 私やロッテだけでなく、親方までも侮辱するとは……っ!

「このぉっ! もう、許さないッ……?!」

 文句を言ってやろうと立ち上がりかけた時。



 ブロンドの矢が工場を一閃した。



「Va te faire foutre!」
(くたばれッ!)



 見事なブロンドを山姥のように振り乱して疾走するのはロッテ。その表情は憤怒。瞳が紅く染まっている。
 公用語以前の古臭いガリア語を使うのは“とびっきりに”ブチギレている証拠だ。

「ふぐぉっ?!」

 敬老の精神など微塵もない強烈な足刀がシュペーをぐらつかせる。ばきり、と嫌な音が響いた。あ~、あれはアバラがイったね。

「Ne pas se laisser emporter,vieil homme.」
(調子に乗るなよ、このジジイめが)

 苦悶の表情を浮かべる巨体のシュペーを、動脈から噴き出す血のような紅い瞳で見据え、ぺっ、痰と吐き捨てるロッテ。

 ……というか、あんた、いくらなんでもブチギレすぎでしょう?

 いや、喧嘩を売ったのはシュペーの方だし、確かにムカつくけど!
見ず知らずの人物に有無を言わさずの敵対行動を取られたとはいえ、普段ならここまで怒り狂う事はないはず。だって、相手はメイジとはいえ“ただの人間”なのだから。
 猫にじゃれつかれて少し引っ掻かれたからといって、大人げなく怒り狂う人はあまりいないだろう。それと同じ事なのだ。
 そんな彼女がこれだけの敵愾心をむき出しにするということは……シュペーは敵対するに値する力量の持ち主という事なのか?

 そ、それより……。き、気付かれないでしょうね? ここには職工メイジとはいえ、メイジもいるのよ?

 とっ、とりあえずはこの悪鬼羅刹を鎮めなければ……。

「……なんだぁ? やる気か、このアバズレが。くっく、どれ、生意気な小娘をしつけ直してやるとするか」
「……Pourtant, êtes-tu jouer avec moi? tu veux mourir? Ce serviteur est!」
(この期に及んでまだ妾を舐めておるのか? 死んだな、下郎!)

 って、おいジジイ! 何でアンタまでやる気満々なのよ! いや、最初からこんなんだったわよね……。

 無謀にも手に持ったスミスハンマーを構えて挑発するシュペー。
 口を三日月の形にして、ニタァ、と牙をむき出しにするロッテ。

 一触即発。ぴくり、とでもどちらかが動けば、導火線を通り越して起爆する。

 そんな状態に工場にいる誰もが、ベネディクトすらも息を飲み、動けなくなっていた。



 ああ、もう!

 ロッテが本気になって暴れたら、この工場は半壊、いえ、全壊してしまうわっ! シュペーや巻き添えを受けるであろう職人の命も危ない! そして何より賠償金と弁済金で私のサイフが危ない!



 そう、私のお金が危ない……っ! お金……っ! 金……っ! 金が……っ!



 …………やはり、ここは、私が止めるしかないようね! えぇい、とりあえずジジイ、あんたからよっ!



「そぉいっ!」

 背後からのジャンプ一番。掛け声とともに放つは、延髄を狙った回し蹴り。

「なっ……? ぐふぉっ!」

 のはずだったのだが、予想以上にシュペーの背が高い。狙いがそれた蹴りはターゲットの腰部を直撃する。
 老人にはたまらない箇所に危険な角度で決まったソレは、ぐきっ、という致命的な音とともにシュペーの巨体を陥落させた。

……ん? 間違えたかな?
 
「……っ! ようやった、アリア! 後は任せ──」
「あんたは、これでも喰って落ち着きなっ!」

 そこに喜色満面、チャンスとばかりに突っ込んできたロッテにはハシバミ爆弾改を。久しぶりの全力投擲だ。

「むぶっ?! ごふっ、かはっ」

 ぼふん、と刺激臭のする飛沫が飛び散る。ロッテはたまらず膝を折って悶絶した。
 ククク、起き上がれまい。私の毒は日々進化しているのだよ。



「落ち着きなさい、二人共っ! そこまでよっ!」

 そうやって二人の無法者をうずくまらせたところで調停に入る。

 茹った脳味噌を説得するのは無理なのだ。こういう時は、まず双方に頭を冷やしてもらわなきゃね。

「ぐっ……このジャリッ! 年寄りに向かってなんてことをしやがる!」
「くぅ……このたわけっ! 思いきり相手を間違えておるじゃろうが!」

 しかし、無様に地を這う彼らはいまだに怒気が消えないらしい。

 まったく、仕方ない人達だわ。

「ふぅ」

私は溜息を吐いて、シュペーの鍬を手に取った。ギラリと鋭い刃が光る。
ふふ、本当にいいモノね、これ。とても深くまで耕せそう。そう、とてもとても深く……。

「耕すわよ?」
 
 畑を慣らす要領で鍬を真上に構えた私は、出来の悪い子供に言い聞かせるように言う。
 逆光を受けた背中が暖かい。

「な、何をじゃ?」

 ロッテは何故かどもりながら問う。

「なに、貴方達の残念な頭の中身を、ちょっと、ね? ふふふ、一体、何が詰まっているのかしらねぇ、金勘定も出来ないこのクサレバカ共の頭の中には。…………あら、どうしたの、青い顔して? 大丈夫? あはは、安心してよ。ちょおっと、頭蓋を開いて、脳味噌をかき混ぜてみるだけだからぁ。ほら、耕してやれば、痩せた脳味噌も実りあるものになるかもしれないわよ? そうそう、よく人間を畑に喩えるじゃない? それって言い得て妙よね…………って聞いてる?」

 むぅ……人が質問に答えてやっているのに、なんなんだい、その態度は?
 ん? どうして二人とも奥歯をガタガタ言わせているのかな?

「わ、わかった。妾はもう十分に落ち着いておる。本当じゃぞ?」
「……うっ、うむ、思い返せばワシも少しやりすぎたかもしれんな。だから、とりあえず、その鍬は下ろそう、なっ?」
「そうじゃ、いい子じゃから、のぅ?」

 急に仲良しになったロッテとシュペーは、懺悔室の神父に許しを乞うかのように懇願した。

 …………まぁ、とにかく、やっと落ち着いてはくれたみたいね。
 私はやれやれ、と肩をすくめて、手に持った鍬を元の位置へと戻した。

 何故か工場中からほぅっ、という安堵の音が聞こえた気がする。
 

 
「ふぅ、危うく大惨事になるところだったわ……」

 一仕事終えた私は、火竜山脈の登頂に成功したかのように清々しい表情で汗を拭った。

「嬢ちゃんってよ……もしかして二重じ……いや、すまん」
 
 ベネディクトが何かを言いたそうにして、しかし途中で目を逸らす。

「え、何? なんですか? 途中でやめるとか気になるじゃないですか?」
「いや、いいんだ、本当に」
「ちょっと、ねぇ?!」
 
 すたすたと逃げるようにして私から遠ざかっていくベネディクト。
 心なしか、周りからぴりぴりと刺さるような視線が痛いんだけど……。



 あれ? なにこれ? なんで私が悪者みたいになってんの?



 な、納得いかない! ぜ~ったい納得いかない!





アリアのメモ書き その2

毒殺姫の商店(?)、ハノーファーにて。
(スゥ以下切り捨て。1エキュー未満は切り上げ)


評価       少し旅慣れた感じ
道程       ケルン→オルベ→ゲルマニア北西部→ハノーファー


今回の費用  売上原価(売れた分の仕入額、諸掛を含む) 568エキュー
(※1)   租税公課、組合費(入市税、関税、組合費とか) 入市税 40エキュー(手持ち商品相場の6%、小麦で納入) 西部→北部だと入市税が高い!
       通信費(郵便代とか) 手紙代(to フーゴ、スカロン)1エキュー
       旅費交通費 民家宿泊費×4 2エキュー 野宿はなるべくしたくない……。
       消耗品費・雑費 保存食補充 3エキュー

       計 612エキュー

今回の収益  売上 671エキュー


★今回の利益(=収益-費用) 59エキュー


資産    固定資産  乗物  ペルシュロン種馬×2
                中古大型幌馬車(固定化済み)
(その他、消耗品や生活雑貨などは再販が不可として費用に計上するものとする)
       商品   (ゲ)ハンブルグ産 毛織物(無地) △
            (ゲ)ハンブルグ産 木綿糸     △
            (ゲ)ハンブルグ産 木綿布     △ 全てを金属製品に、というのも危険かな~、とね。
            
             計・402エキュー(商品単価は最も新しく取得された時の評価基準、先入先出の原則にのっとる)

現金   550エキュー(小切手、期限到来後債利札など通貨代用証券を含む)
預金   なし
土地建物 なし
債権   なし
       

負債          なし

★資本(=資産-負債)   952エキュー
       
★目標達成率       952エキュー/30000エキュー(3,0%)





ハノーファー編後半へつづけ






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