一代で莫大な財産を築きあげ、国家にも多大な利益をもたらした私は、ゲルマニア、いやハルケギニアの商人でその名を知らぬ者はモグリと言われるほどの大商人となっていた。
そんなある日、私は皇帝アルブレヒト3世からの呼び出しを受け、首都ウィンドボナの皇宮へと参上したのだ──
そして私が今立っているのは、皇帝や宰相、ゲルマニアの中枢を担う高級官僚達が勢揃いした謁見室。
その内装は御伽噺に出てくる王子様のお城のように煌びやかだ。
なんてキレイなセカイなのだろう。
「この度、皇帝閣下から直々の召喚を承りまして、馳せ参じましたアリアと申します。閣下におかれましては、ますます……」
私は皇帝の前で膝をつき、恭しく頭を下げて口上を述べる。
「あれが大商人のアリア女史か」
「さすがというか、貫録が違いますな」
「いや、それよりも美しい。商いの女神とはよく言ったものだ」
宮廷雀達は、私が口上を述べているのにも関わらず、声をひそめてそんな話をしている。
鬱陶しいわね……。聞こえてるっての。
ま、いつも言われる事だからもう慣れたけどね。
口上を述べ終えると、金ぴかに飾り立てた大躯の皇帝は玉座から立ちあがってこちらへ向かってきた。
「大商人アリアよ。よくぞ来てくれたな」
皇帝は私の肩に、ぽん、と手を置いて、親しげに笑いかける。
私もついにここまで来たのね……。
「いえ、とんでもございません。私のような者を、このような絢爛な宮殿にご招待して頂けるとは光栄の極みでございます」
「謙遜するな。そなたの数々の功績、まさしく貴き者に相応しい」
ふ、ふふ。もっとよ、もっと褒め讃えてもいいのよ?
私はにやけたくなる衝動を必死で抑えて、さも意外であるという態度を取り繕う。
「それはもしや」
「うむ、そなたをゲルマニアの貴族として任命する。これからは国のため、民のためにその手腕を振るってくれ。期待している」
皇帝は深く頷きながら、力強い口調でそう言った。
駄目だ、もう表情が保てない。にやけた顔を誤魔化すために頭を下げて謝辞を述べる。
「はっ、ありがたき幸せ。私でお役に立てる事があれば、いつでもお申しつけくださるよう」
「ほぅ、良い心掛けだ。では早速やってもらいたい事があるのだが」
「は、何でございましょう?」
コホン、と咳払いする皇帝。
“いつでも”というのは建前のつもりだったのだが、すぐに頼みたい事があるらしい。
ふぅ、やれやれ。貴族というのも楽じゃないわね。
「倉庫に毛皮が山積みになってたろ」
「はぃ?」
その聞き覚えがある言葉に、私は驚いて顔を上げた。
「朝までにあれを全部日陰干し」
「えぇ?!」
皇帝はいつの間にかカシミールにすり替わっていた。
「な、なんで?」
私は訳がわからず混乱し、後ずさる。
皇宮の謁見室に居たはずの私は、いつの間にか商店の倉庫に立っていた。
宰相や、高官達が居たはずの場所には積み上げられた大量の毛皮達が……。
「うわわぁ?」
驚愕の声を上げる私。
それもそのはず。なんと、毛皮達はわらわらと自分で動きだしたのだ!
「ひぃっ」
まるでよく訓練された兵隊のような動きで、毛皮達は私を取り囲むように陣形を組んでいく。
私が逃げる事もできずに、口をポカンと開けて腰を抜かしていると、毛皮達が次々と言葉を発し始める。
「商品なんだから乱暴に扱うなよ」
「皺ができないようにきちんと伸ばせよ」
「ほらほら、朝まで時間がないぞ?」
「できなかったらあの吸血鬼に殺されるんじゃない?」
「賤民から商人になろうなんて無理に決まってるし」
粘ちっこく、厭らしく、腹立たしく私を攻め立てながら、毛皮達は除々に近づく。
そして獣臭い毛皮達は私に覆いかぶさろうと……。
*
「来るなぁっ!」
「うがっ?」
ゴチ、と鈍い音がして、頭に強烈な痛みが走る。
「いっつぅ……あれ」
ふと見ると、ロッテがしかめっ面で額をさすっていた。どうやら頭と頭がぶつかったらしい。
それよりもここは何処だ、と辺りを見回すが、薄暗くてよく分からない。
あまり質の良くない、硬いベッドの上にいる事は確かなのだが。
「……どうなってるの?」
「うなされていると思ったら、突然跳ね起きをおってからに……」
うなされていた?
あぁ、なんだあれは夢だったのか。それにしても欲望丸出しな夢だったな……。
「あと、言いにくいんじゃがの」
「何よ?」
「お主、クサイぞ」
「ちょっと。さすがに言っていい事と悪い事が、って、う、ホントだ……」
“仮にも”乙女にクサイとは何事か、とカチンと来たのだが、ふと自分の身体から獣の臭いがする事に気付く。
毛皮の臭いが体に移ってしまったのか。
臭いだけでなく、感触の方も汗でべとべとしていて、これはさすがに気持ち悪い。
水浴びするか風呂に入りたい……。
「あ!」
そこで私はハッとして、思わず声を上げた。
「そうだ、試験!」
私は試験中だった事を思い出し、がば、と慌ててベッドから飛び出す。
ヤバイ、非常にヤバイ。
寝ている場合じゃなかった。まだ課題は終わっていなかったはずなのだ。
「ま、落ち着け。試験は合格だそうじゃ。あの店主、明日の朝から店に来るように、と言っておったぞ」
狼狽していた私に、予想外の言葉が掛けられる。
「合格?」
「うむ。大体、ここはあの商店の従業員寮じゃし」
ロッテは親指で部屋の壁を指して言う。
「本当に?」
「本当じゃ」
「というか、それなら何故貴女がここにいるの?」
「……お主、集合場所も決めずにさっさと行ってしまったじゃろう」
そう言えば。別行動なのに集合場所も決めてなかったし、時間も曖昧だったか。
本当に就職先が決まったのなら、私としてはロッテとお別れでも良いんだけど。
ま、そういうわけにもいかないか。
「それで今日になって、あの店主を訪ねたらお主がここに居ると聞いてな」
「今日になって、ってもしかしてずっと寝てたわけ?私は」
窓から見える外の景色は真っ暗。
作業中に意識が飛んでから、私は丸一日眠りこけていたらしい。
しかし寝ている間に合格していたとは、何とも間抜けな話だ。それもロッテから結果を聞かされる事になるとは。
「はぁ、そっか。ま、何とか雇ってもらえることにはなったわけね」
私は安堵の溜息を漏らして言う。
課された作業はまだ終わっていなかったはずだが、“東方”の算術が効いたのかもね。
これで晴れて賤民から平民に戻る事ができたということだ。
平民といっても所詮は商店の見習いだから、貧民には変わりないかもしれないが。
何にせよ、これで成り上がりの階段一段目には足を掛けられたのかな?
こうして寝床もゲットできたわけだし。
……ん?寝床と言えば。
「そう言えば貴女は此処に住めるのかしら。カシミールさんに聞いていなかったわ」
「姉という事なら、家賃さえ払えば住んでもいいと言っておったぞ」
「家賃、か。いくらか聞いてる?」
「一人につき月2エキューだそうじゃ。ま、造りはボロいが家賃は安いからの、上等じゃろう。丁度二人部屋なのも都合が良い」
ロッテは部屋をぐるっと見回して言う。
月2エキュー……。それって安い、のか?
私の給金はいくらなのだろう。
明日、商店に行けば詳しい説明があるのだろうか。というか、何を生業にしている店なのかも聞いていないんだよね。大方交易関係だとは思うけど……。
「ところで貴女の仕事はどうなったの?」
「う」
思い出したように切り出した私の問いに、ロッテの身体がびくり、と跳ねた。
あ~。やっぱりか。しかし素の状態だと、本当、分かりやすい吸血鬼だわ。
「駄目だったのね……」
「仕方なかろう。碌な仕事がないんじゃもの」
ロッテはそっぽを向いて気まずそうに言う。一応、仕事は探していたらしい。
ま、露店のオバちゃんも一緒だったし、怠けられなかったのだろう。
「仕事自体はあるの?」
「あるにはあったが、どれもキツそうじゃし。ほら、妾はデリケートじゃから……」
もじもじと指いじりをしながら言うロッテ。どこらへんが繊細なのか聞きたい。
そもそも、仕事なんてどれもキツイと思うんだけど。楽な仕事があったら教えてほしいっての。
「……家賃分くらいは働いて欲しいなぁ」
「えぇい、分かっておる!うるさいぞ!元はと言えば……」
私がじとりと半眼で睨んで言うと、ロッテは声を荒げて文句を言う。
逆切れって。あんたは子供かい。
「怒らない、怒らない。今度一緒に仕事探しにいきましょう。私からもカシミールさんあたりに聞いてみるから」
「ふん……」
私の提案にも、不貞腐れた態度で返すロッテ。
本当、面度臭いな、この姉は……。
「ま、私は水浴びしてくるから。その間に機嫌を直しといてよ」
「おぉ、そうしろ。上から下まできちんと洗う事じゃな。部屋が臭くてたまらんからの」
「はいはい、ご迷惑おかけして申し訳ありませんね」
とまあこんな言い合いをしながら、私とロッテの新生活のスタートとなった夜は更けて行った。
*
そして翌朝。
私は東から顔を出したばかりの太陽の光を背に受け、欠伸を噛み殺しながら、カシミール商店へ向かって出発した。
朝に来いと言われても、いつ頃かわからないので、とりあえず私は日の出と同時に寮を後にしたのだ。
初日から遅刻してはまずいしね。
多分早すぎるだろうけど、開いていなければ門の外で待っていればいいだろう。
新しいコミュニティに入る時は、第一印象が大事。
そこで印象が悪いとなると、後々までそのイメージが響いてしまう。
やる気がある新人、というところを見せなくてはね。
ロッテの方は今日も仕事探し(の予定)だ。
彼女の容姿は確かに優れているが、それを武器にして職探しをすると、どうしても性風俗というか、ソッチ関係の仕事になってしまうようだ。
確かに、私もそっち系の肉体労働はご遠慮願いたいものである。まぁ、酒場で働くとかはいいけど、売春系はちょっとね。
そして容姿に関係ない仕事といえば、あまり人がやりたくないような仕事、つまり貧民や賤民が生業としているような、掃除人(拾い屋)、ポーター(荷物持ち)、その他、単純肉体労働の作業員くらいしかないという。
これらの仕事は、他の職業と比べても、3K(危険かどうかはわからないが)な仕事である上に、身入りも非常に少ない。
年収にして60エキュー程度(つまり月給は5エキュー前後という事になる)しか稼げないそうだ。
誰でもできるような仕事は安いという事だろう。
ま、確かにロッテにも沢山稼いで貰った方がいいだろうし、昨日言った通り、カシミールにいい仕事がないか聞いてみるか。
ロッテは読み書きが出来るんだし、顔の広そうなカシミールならば何かいい仕事を知っているかもしれないからね。
さて、私が商店に着くと、すでに坊主頭の少年が店の前で箒をかけていた。
あちゃ、私が一番乗りじゃなかったのか。
「おはようございます!今日からこちらでお世話になる事になったアリアといいます」
元気に声を張り上げて頭を下げる。
新人は元気が一番、ってよく言うしね。
「あれ?お前、昨日の」
「はい」
坊主頭は怪訝な顔で、じろじろと私を観察する。
こいつ、やっぱり失礼な奴……。
「世話になる、ってもしかしてここの見習いって事?」
「はい、そうです」
嫌なヤツだが、ここで怒ってはいけない。笑顔、笑顔。
「おいおい、まじかよ。親方もこんなのを雇うなんて、目が曇ったんじゃ……」
坊主頭は、私が雇われたのがよほど信じられないのか、頭を抱えて嘆きの言葉を口にする。
さすがにちょぉっと、ムカついてきちゃったかな……。
「誰の目が曇ってるって?」
私がぷるぷると震えだした握りこぶしを必死に抑えていると、坊主頭の後ろから重低音の声がした。
「あっ、親方……。いや、その、それは言葉のアヤというか」
「この馬鹿たれ。お前もまだ見習いをはじめてから1年も経ってねェだろ。仲良くしやがれ」
しまった、という顔をしながら言い訳する坊主頭に、カシミールの拳骨が落ちた。
「あだっ、すいませぇん」
もんどり打って情けない声を出して謝る坊主頭。
ふっふ、いい気味。
「それじゃ、お前らも中に入れ。皆にコイツの紹介をしなきゃいけねェからな」
カシミールは私の頭に、ゴツい手を置いて指示を出した。
って、聞き逃せない事が。
「え、皆って。もう皆さん出勤しているんですか?私が一番乗りかと思っていたんですが……」
「あぁ、店の掃除やら何やらの作業があるからな。正規の駐在員はもう少し遅いが……。見習いは日の出前に仕事を始めてるぞ。ま、初日だから大目に見るが、明日からは遅刻しないようにな」
そう言ってカシミールは店の中に入っていく。
「け、いきなり遅刻とはね」
坊主頭は殴られた腹いせのように捨てゼリフを残してカシミールの後に続いた。
まぁ、それを言った後、また拳骨を貰っていたけど……。
しかし、日の出前だって?
そんなアホな。農民時代ですらそこまで早い事はなかったのに……。
がっくりと肩を落としながら店の中に入ると、1階の倉庫内では、3人程の若い男が、なにやら羊皮紙とペンを持って作業している。
どうやら品数を数えたり、秤を使って計量をしているようだ。帳簿との合わせか何かだろうか。
「よし、一旦作業ヤメ!」
カシミールがぱんぱん、と手を叩いてそう言うと、3人はすぐに手を止めてこちらを振り向いた。
「今日は新入りを紹介する。お前らも自己紹介してやれ」
カシミールは私の背中を押して、前へと突き出す。
遅刻はしてしまったが、ここできちんと挨拶だけはしておかないと。
「はじめまして、トリステイン出身のアリアと申します。若輩者ですが、よろしくお願いします!」
お願いします、と同時に最敬礼すると、一番年長っぽい優しげな顔の青年がぱちぱちと拍手をしてくれた。
おぉ、この人はいい人っぽい。
私の挨拶が終わると、年長の青年は他の見習い達に目配せするが、隣の二人組は無表情に佇み、坊主頭は腕を組んで不機嫌そうにして口を噤んでいる。
青年はふぅ、と諦めたように息を吐くと、その雰囲気を打破するかのように明るい調子で喋り始めた。
「えぇと、じゃあ僕から。見習いのリーダーをさせてもらっているエンリコといいます。歳は17歳で、ここに務めて4年ってところかな。わからない事があったら何でも聞いてくれて構わないから。よろしくね」
そう言って爽やかな笑みをこちらに向けるエンリコ青年。
その容姿はなかなかの色男だ。
錆色の髪を後ろで纏めており、一歩間違えれば女と見間違えてしまいそうな顔立ちをしている。
この人がリーダーなら安心か、な。
「ほら、次は君達でしょ」
「……ギーナ」
「……ゴーロ」
エンリコが隣でぼぅっと佇んでいたノッポの二人組を小突いて発言を促すと、ぼそぼそと名前だけを呟いた。
なんか暗そうな人達だなぁ……。
カシミールもその無愛想な様子を見て、頭痛がするように額を抑える。
注意しないところを見ると、そういう性格だと思って諦めているのか?
というか、この二人。顔も体型もそっくりだ。
揃ってひょろりとした長身に浅黒い肌、切れ長の目。
「ごめんね、この二人はあまり喋るのが得意じゃないんだ。見ての通り双子の兄弟、歳は14歳。見習い歴2年ってところかな。無口だけど悪い人達じゃないから安心してね」
エンリコが喋るのが苦手らしい二人に代わって紹介すると、双子は揃って小さく頷く。
よろしく、という意味の頷きなのだろうか。
でも口下手って商人としてまずいんじゃ……。沈黙は金なりとは言うけれども。
貴族の間では忌み嫌われるという双子だが、平民の間では、双子だからといってどちらかを殺したり、幽閉したりすることはない。
オンの農村にも双子の兄弟、姉妹は普通に存在していた。
貴族の双子嫌いは、その社会的地位や財産の相続問題から発生したものであると思われる。
つまり後継ぎ候補が双子だった場合、将来相続を行う時、争いの火種となる可能性が高いのではないか。
見た目も能力も似通っている者が多い上、先に堕ちたのが兄なのか、それとも後に堕ちた方か、それすらも人によって解釈が異なるのだから、争いが起きるのは必然といっても過言ではないだろう。
爵位持ちの貴族だった場合は特に、家を継げるか継げないかで、その貴族の人生は大きく変わってしまうのだから。
家を継げなかった者は、自分自身で叙勲でもされない限り、爵位も領地も無い下級貴族となってしまうのだ(それでも平民の平均年収の5倍近い年収を得る職には就けるのだけれど)。
だからといって土地を割って兄弟に分け与える事は、常識のある貴族ならば絶対にしないだろう。
公爵とかそういう上の上である貴族家の子息であれば、家を継げなくても、子爵という地位があるトリステインのような国もあるが、“たわけ者”という言葉がある通り、通常の貴族にとって、領地を割って兄弟姉妹に分け与える事は愚か者のする事なのだ。
だが、このような相続問題は平民に関してはあまり当てはまらない。
平民は土地を持たないし、爵位という公的な地位もないからだ。
平民の相続といえば、せいぜい貯めた財産や、商人ならば自分の店に関しての事程度で、何もそこまでして双子の片方を抹消する必要はないのだ。
「最後はお前だ。さっさとやって仕事に掛かるぞ」
私が双子についてあれこれ考えを巡らせていると、今度はカシミールが口を噤んでいた坊主頭を促した。
何故か理由はわからないが、私はこの坊主頭に嫌われているっぽい。
「……俺はフーゴ。へ、せいぜい迷惑を掛けないようにしろよな、ちんちくりん」
偉そうに腕を組みながら、すごい上から目線で言う坊主頭ことフーゴ。
それを見たカシミールはつかつかとフーゴへと歩み寄り、ごつ、と拳骨が落とされた。
「まったく、お前は何回言ったらわかるんだ」
「うぐ、すいませぇん!」
三度、同じ事をして殴られるとは。
学習能力のないヤツね……。
カシミールがフーゴに説教をし始めると、エンリコがこちらにやってきて、私に耳打ちした。
「見苦しい所を見せちゃったね。ただ、彼はプライドが凄く高いだけなんだ。あまり嫌わないであげてね」
エンリコはウィンクしながら、「頼むよ」と念を押す。
見習い同士の人間関係にも気を使うとは、リーダーというのも大変だ。
それにしてもプライド、ね。
まるで貴族みたい。エンリコには悪いけれど、正直、フーゴに関しては好きになれそうにはない。
ま、仕事に支障が出ない程度の付き合いにしておけばいいか。
「よし、見習いに関しては、全員覚えたな?」
「はい、何とか」
説教を終えたカシミールは、私に向き直って確認を取った。
この商店の見習いはこれで全部らしい。思ったよりは少ないかな?
「あとは経理と買付担当の正規駐在員が一人ずつと、連絡員が数人いるんだが……。ま、今はいねェし、後でもいいだろう。一緒に仕事するのはこの4人だからな。仲良くやれや」
「わかりました」
カシミールの言葉に私はコクコクと頷いて了解の意を示した。
他にもここで働いている人はいるらしいが、今は不在らしい。
駐在員ってさっきも言ってたけれど、従業員の事だろうか。それと連絡員っていうのも謎だ。あとでエンリコにでも聞いておこう。
「じゃ、エンリコ。早速コイツに仕事を教えてやってくれ。男だと思ってビシバシしごけよ」
「はは、わかりました」
カシミールはエンリコにそんな事を言いつける。
なんて余計な事を言うんだ、この人は。
「お、お手柔らかに」
「緊張しなくても大丈夫。とりあえず、帳簿と現物の合わせからやろうか」
「あ、はい。あの……その前にお聞きしたい事が」
私を引っ張っていこうとしたエンリコは、早速の質問に足を止めて、笑顔でこちらに振り返る。
「何だい?」
「この商店って一体何をしている所なんですか?」
私としては当然の質問だった。
のだが。
「…………は?」
振り向いたエンリコの表情は笑顔から引き攣った表情に変わっていた。
「えぇと、それってどういう……」
「あ、と。ご、ごめんなさい」
何かまずい事を言ったのだろうか。慌てて謝るが、場に何とも言えない空気が流れている。
あぁ、背中に嫌な汗が……。
「おい、本気かよ。ばっかじゃねぇ?」
フーゴがあきれ顔で私を見る。
「……すごいね」「……大物かも」
双子はぼそぼそと二人で喋りながら、不思議そうな顔で私を眺める。
「……」
そしてカシミールはあんぐりと口を開けて固まっていた。
私の第一印象によるイメージアップ作戦は、初日からの遅刻、そして後から冷静に考えれば、あり得ないこの発言によって、あえなく潰えてしまったのだった。
つづく