最終話 帰る場所
「いたか?皇帝シャルルを、何としても確保しろ!!」
「自害してる皇族達の死体に、混じってるってことないか?
もしかしたら、どっかの隠し通路から逃げたってことも考えられる」
「もしそうなら、この広いブリタニア大陸中を探すのか?面倒だな」
シャルルの行方を血眼になって探している黒の騎士団員が苛立っていると、ルルーシュが向かったのはかつて己が住んでいた宮・アリエス宮だった。
ルルーシュは蜃気楼から降りると、ゼロ番隊に包囲させてからジェレミアを連れて懐かしき生家へと足を踏み入れる。
「よく戻ったな、ルルーシュよ」
「・・・やはり、ここだったか」
ぽつりとそれだけを呟いたルルーシュをホールで出迎えたのは、豪華な皇帝服をまとった全ての不幸の元凶となった男だった。
母マリアンヌが無残な死を遂げた曲線を描いた階段の上で悠然と立つ男を、ルルーシュは冷たい目で見上げた。
そんな視線を笑みを浮かべて受け止めたシャルルは、笑みを浮かべて言った。
「元気だったか?」
「・・・・?」
突然何を言い出すのか、と眉をひそめたルルーシュやジェレミアに構わず、シャルルはさらに言った。
「ナナリーの目が見えるようになったらしいな。歩けるようになったのか?
昔から運動神経がよかったから、もう車椅子は必要ないのか?」
ごく普通にしばらく会っていない子供の様子を気にする父親のように振る舞うシャルルに、ルルーシュは苛立ったように言った。
「それを、お前が尋ねていい立場だとでも思っているのか?」
ふざけているのか、と吐き捨てるルルーシュに、シャルルは淡々とそうだな、と応じ、そしてまた話題を変えた。
そしてゆっくりと、階段を降りていく。
「懐かしいな。このアリエス宮は後宮の一番隅にあることから、身分の低い妃、もしくは寵愛のない后妃が住むと思われておる。
だが、この宮の地下にはギアスの遺跡が眠っておるゆえに、この宮に住む后妃はそれを守る役目を持つ。
わしが幼い頃は、わしの母の一族が管理しておった」
「・・・・」
「母が暗殺された時、一族らも同様だったゆえに、生き延びたのは当時のコード継承者のみだった。
母を失ったあの日、力を望んだわしと兄さんの前に現れて、ギアスを授けた」
『力が欲しいか?』
その言葉に縋り、力を得てそして皇帝となった。
あの日から、もう気がつけば何十年も過ぎて、そして今全てを失った。
V.Vのギアスが暴走して、それを止めるためにコードを継承した。
ギアスを使い続ければ暴走すると知っていたのに、自分を守るためにギアスを使い続け、そして不老不死となった兄が哀れでならず、だから兄に逆らうことが出来なかった。
「兄さんがマリアンヌを想っておったのも知っていた。
マリアンヌもそうだった・・・だから兄さんが暴走しても、恨むことはなかった」
ラグナロクの接続という計画で結ばれた仲間達。
V.Vの寂しさゆえの暴走がなければ、確かに互いに繋がっていたがゆえに、その延長線上のように全てに理解を求めた。
「自分を理解してほしかった。兄さんを、マリアンヌを理解してほしかっただけだった。
あの悲劇が起こって、お前を日本に送ってからはなおそう思った」
『お前は生きていない』・・・そう言われて、絶望を瞳に宿らせた息子。
それを宣告したのは自分でありながら、だからこそこの計画を成就させるのだとなお己に誓った。
ああ、何て滑稽な笑劇。
それが全てから見放されることになるとも知らず、ただもう考えることからすら逃げた。
「・・・お前の身に起こったことは、既に知っているさ。俺も、エトランジュも、アドリス様もな。
確かにそれだけなら、皆同情した。子供の頃のお前達になら、それに手を差し伸べて力を貸しただろうさ。
だが、自分が不幸だからと言って他人を不幸にした時点で、その手はもう届けられることはない。届けられるはずがない」
親に見捨てられたルルーシュ達を助けてくれたように、もしもあの時親を殺された彼らにマグヌスファミリアの王族達が会っていたら、どれほど小さな力しかなくとも助けようとしてくれただろう。
だが、そうはならなかった。
ただ遺跡を持っていると言うだけで、理不尽に国を蹂躙した。
そんな身勝手な兄弟を助けるほど、彼らは人間が出来てはいない。
「お前達はな、もう理解されていたんだよ。
自分達の過去が不幸であることを免罪符に、他人を不幸にしてそれでも己が哀れだと自分を愛する人間だということをな。
理解されれば許しが得られると思ったのか?そんなはずはないだろう。
俺達も理由があって、大勢の人を殺した。どんな理由があっても、人殺しは人殺しだ。
殺した相手やその遺族からは死ぬまで恨まれて、許されることはない」
頭では自分達が悪いのだ、と理解しても、それでも身内を殺されたことを恨むだろう。
ブリタニア皇族に命令されただけ、何も殺さなくても説得すれば、とそう思い続ける人間達によって、ルルーシュやエトランジュ達は一生涯恨まれる。
自分の大事な人間が殺されることに納得できる人間など、そうはいないものだ。
「お前のしたことが正当化される理由など、どこにもない。許される理由もない。
そしてお前のしたことの結果の責任を取るのは、お前じゃない。
やると決めたとはいえ、そのとばっちりを食ったユフィや俺達だ」
息子が告げたのは、黄昏の間で言われたことと同じだった。
あのときは拒絶した真実が、今己を取り巻いていることを、シャルルは理解していた。
階段を降りたシャルルは、仮面を外した息子に、シャルルは小さな声で言った。
「・・・すまん」
「・・・・」
「すまん、すまん・・・すまん・・・ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミア・・・!」
もう取り返しがつかない失敗の責任を、これから先の人生をかけて取ることになった子供達。
自分一人が死ぬだけではとうてい償いきれないほどの、負の遺産。
それを受け継ぐのを恐れ、死を選んだ子供もいた。
そうではない者達も、自分の教育方針のせいで犯してしまった罪の罰を受ける。
何もかも、己のせいだった。
「すまん・・・本当に、すまなかった・・・!」
心から、シャルルはようやく己の過ちを認め、謝罪する。
けれどもう、それさえも意味のないものになっている。
だから自分に出来たことは、戦いを早期に終わらせるために皇族達の連携を崩し、勝ち目のない戦いを続ける自分から逃れるために、臣下達にユーフェミアに従う道を選ばせるくらいだった。
「気付くのが遅いんだよ・・・このクソ親父が」
ルルーシュは呆れたように突き放したが、シャルルは驚いた。
八年前、自分が捨てたあの日から、自分をどんな形であれ父とは呼ばなかったルルーシュが、自分を今何と言ったのか。
「ドロテア・エルンストから、お前を見限った話を聞いた。
・・・お前は本当にバカだな」
ペンドラゴン城壁戦後、ジノは捕虜用の牢に放り込まれたが、ドロテアはゼロことルルーシュの前に連行された。
理由はもちろん、投降した理由とゼロの正体を知った経緯、そしてマリアンヌの事件をどう知ったかを聞くためである。
ドロテアはゼロの正体を知ってるらしい、と星刻や藤堂達は驚いたが、ならばルルーシュに任せると言って、宮殿制圧の準備を引き受けてくれた。
ゼロの部屋に連行されたドロテアが見たのは、仮面を外したルルーシュとユーフェミア、戻ってきていたスザクとカレンの姿である。
『・・・お初にお目にかかります、ルルーシュ様』
自ら跪くドロテアを、ルルーシュが手を振って制止したので、ドロテアは直立不動の姿勢になった。
『・・・いろいろ聞きたいことがある。まず、何故、あの男の元を離れた?』
『・・・平民出の私がラウンズになったのは、マリアンヌ様のご推薦を受けたからです。
幾度も戦場で助けて下さったあの方の後任になれて、私は嬉しかった。
スリーの報告で貴方がゼロだと知った時も、イレヴンに殿下が殺されたと陛下が誤解なさっただけと説得すれば、殿下もゼロをやめて下さると思っておりました。
ですが、知ってしまったのです。マリアンヌ様を殺した真犯人は、陛下であると。
陛下は、それをお認めになりました』
『何だと?!どういうことだ!』
いきなり思いもかけぬことを言われたルルーシュは、驚愕した。
もちろん聞いていたルルーシュとユーフェミア、スザクとカレンも同じである。
『正確には陛下が指示を出したわけではなく、部下の暴走、ということのようですが。
例のギアス嚮団、あれの実験体にするために、マリアンヌ様を妃にして子供を産ませた、と陛下はおっしゃいました。
平民出の子供ならどう扱おうと問題はない、マリアンヌの子なら素晴らしい素質を持っているだろう、と』
『な、何ですって!それは事実ですか、エルンスト卿!』
ユーフェミアが叫ぶように問いかけると、ドロテアは頷いた。
『それに気づかれていた節もあったからちょうどいいと、あの事件をなかったことにしたそうです。
それで、いろいろ合点がいきました。マリアンヌ様のご遺体をシュナイゼル殿下が運び去ったのも、コーネリア殿下がいくら調べても何も解らなかったことも』
最高権力者たる皇帝本人が隠ぺいしていたのなら、誰がどう調べても解るはずはない。
ゼロがルルーシュだと知った日、皇帝に上奏したドロテアだがそれに関してはこちらで処理すると言われ、ドロテアはルルーシュの誤解を解くにはどうすれば、と考えていた。
そんなある日、シュナイゼルによるクーデターが勃発し、驚いたドロテアは皇帝を保護するために宮殿内を探して回ったが、見つからなかった。
その後ビスマルクから連絡が入り、シャルルは無事なので帝都で潜伏するようにとの指示が出たことに安堵した。
だがそれも束の間、何とペンドラゴンにフレイヤが向けられていると宮殿に残していた部下から聞いて、彼女はシャルルに指示を請おうとしたが何故か出来なくなった。
不安の中どうすることも出来ずにいると、ルルーシュが見事フレイヤを無効化し、シュナイゼルを捕縛してくれたことにさすがはマリアンヌ様の御子、とドロテアは安堵した。
シャルルからの帰還指示で無事も判明したところで、宮殿に戻りシャルルにルルーシュとの講和は出来ないのかと尋ねた時、その真相を知らされたのだと言う。
『それがどうしたというのだ、エルンストよ。
おぬしはわしに忠誠を誓った身、よもやその程度のことで揺らぐ薄い忠義で、その地位についたわけではあるまい?』
『あれほど陛下に尽くしたマリアンヌ様を、あのように扱うなど・・・!
ナナリー様をお庇いになって亡くなったマリアンヌ様を思うと、涙が止まりませんでした。
真相を知って、どうして陛下に忠誠を尽くせるでしょう』
『我が父ながら、何とおぞましい・・・!』
ユーフェミアの嫌悪を実体化した台詞に、カレンとスザクも口を押さえた。
ルルーシュから聞いたアリエスの真相とほぼ合致しているため、マリアンヌがシャルルの妃になった背景がそうなのだと、信じたようだ。
我が父親ながら、ここまで信用のない男が情けなくなる。
『私はマリアンヌ様の忘れ形見である貴方を、お守りしたい。
未だ貴方はブリタニアから隠れている身ですが、このことを私が発表すれば、貴方がご生存を隠していた理由に皆納得するでしょう。
貴方様がゼロであることを隠すのはやむをえぬと思いますが、いつまでもルルーシュ様が陰に隠れていくわけには・・・』
ドロテアの台詞に、ユーフェミアは確かにとルルーシュに視線を送った。
ルルーシュ・ランペルージとして生きていくにせよ、彼が世に出ればいずれ素性がバレる可能性が高い。
そうなればその悲劇性やマリアンヌの遺児ということで、またいらぬいざこざに巻き込まれるだろうことは、予想がつく。
しかし、ここでドロテアが先ほどの話を公表すれば、ルルーシュが生存していたにも関わらずにそれを隠していた理由、二度とブリタニアに戻らないことにも皆納得するだろう。
ルルーシュとナナリーはブリタニア皇族を取り巻く鎖に絡まれることなく、自由に生きる事が出来る。
自分が殺した子供達に、再び陽の当たる人生を返そう。
・・・それがシャルルに出来る、精いっぱいの償いだった。
シャルルは、もう理解を人に求める事は諦めていた。
神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアは、世界を一つにするという大義分のもと、臣下の諫言を力で封じ、子供達を争わせ、能力のある女を無理やり妃にして産ませた子供を道具として扱った非道な皇帝として、歴史に記される。
子供達にさえ父とは認められず、ナナリーもユーフェミアも自分に対して恨み事しか言わない一生を送るのだろう。
だが、それでいい。
自分のように無関係な人間ではなく、正当な相手に感情をぶつけるだけなのだ。
何一つとして間違ってはいない。
愛した女との息子が、バカだと罵りながらもほんの少しだけ理解を示してくれた。
だから、それでいい。
「お前が手を下す必要は、ない。わしの始末は、わしがつけよう」
言葉は、もう必要なかった。
だからルルーシュは仮面を被ると、無言でホールからジェレミアと共に歩き去る。
「ルルーシュ様、シャルル帝を拘束なさらないので?」
「やるべきことを知っているのなら、その必要はない」
それを聞いたシャルルは笑みを浮かべて息子を見送ると再び階段を上り、庭を見渡せるバルコニーへと足を進めた。
「ゼロ、どうしました?あのバカ皇帝は見つからなかったのですか?」
アリエス宮の前に到着していたカレンが紅蓮の中から問いかけると、ルルーシュはちらっとアリエス宮に視線をやって答えた。
「どうも部屋の一室に立て籠っているようでな。
今からナイトメアで突入しようと思っている」
「じゃあ僕とカレンが行くよ。皇帝を押さえないことには、戦いが終わらない」
同じく到着していたスザクがランスロットを二階から突入させようとした刹那、ジェレミアが叫んだ。
「ゼロ、あれを!!」
「・・・シャルル」
ジェレミアが指した先には、マントを翻して立つシャルルがいた。
まっすぐにルルーシュを見つめた後、やがて大きな剣を掲げて叫んだ。
「このブリタニアは、幾多の戦いを経て進化を遂げた!
勝者こそが正義!弱いことは罪なのだ。
ゆえに、敗者には死を!それが我がブリタニアの掟!!
それから逃れるは、何人も叶わぬこと!!」
「ふざけんな!!死ねこの野郎!!」
「降りてこい!負けたお前が偉そうに言える立場か!!」
アリエス宮を囲んでいる黒の騎士団員の罵声の上空で、VTOLからディートハルトがビデオを構えているのが、シャルルの視界に映った。
(おあつらえ向きだな。これで、終わる)
「この世はしょせん、戦いの連続よ!
わしの死も、ブリタニアの進化の礎に過ぎぬ!!
敗者とならぬよう、ゼロよ、せいぜい気をつける事だな」
「戦いを起こさなければ、勝者も敗者もない!
戦いを制するより、戦いを起こさないようにすることこそが、我々の役目だ!!」
「そのとおりだ!」
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」
シャルルはその光景を見降ろしてにやりと笑みを浮かべると、手にしていた剣の先を、己の胸元に向ける。
自殺を図っているのだと解ったスザクが止めようとランスロットの操縦桿を動かそうとした刹那、ルルーシュが小さく首を横に振るのが見えた。
(あれは、“やめろ”の合図・・・ルルーシュ?)
スザクが眉をひそめると、ルルーシュは黙ってバルコニーを見上げた。
ルルーシュの意図が見えないまま、スザクがランスロットを動かせずにいると、シャルルは剣を己の心臓へと大きく突き刺した。
驚愕の声が上がり、ルルーシュが驚いたような声で指示する。
「ゼロ番隊、部屋に突入しろ!
枢木は、空からあの男を捕獲!」
「「了解!!」」
カレン率いるゼロ番隊がアリエス宮に続々と突入していく中、やっと指示を得たスザクがランスロットをゆっくり浮かび上がらせると、胸に剣を突き立てたまま、シャルルはバルコニーの柵へ捕まり、ルルーシュを見た。
「ふはは・・・ふはははは・・・!!」
「・・・・」
「ふははは、ふはははは!!」
狂ったように笑うシャルルを、外を囲んでいる黒の騎士団員は化け物でも見るかのように見上げている。
そしてシャルルは最後の力で、己の胸に突き刺さった剣を引き抜いた。
赤い血が噴きあがり、再び悲鳴のような声が騎士団員の間に溢れかえる中、シャルルの身体がバルコニーの上に倒れ込んだ。
雲一つない青空を見上げ、口から血を流したシャルルの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
何一つとして望むものが得られなかった人生。
後悔ばかりが最後に残り、大切なものはすべて自ら失った。
シャルルを生きて捕縛すれば、死刑が確定したところで国是主義の皇族・貴族達に奪還を図られ、面倒なことになるだろう。
かといって裁判なしでゼロが殺すという事態になれば、ゼロは正義の味方と言う仮面を被った私刑執行者との誹りを受け、超合集国連合の面子を潰したと思われかねない。
ゼロの目の前で自殺をしても、ゼロが殺したのではないかとの疑惑が付きまとう。これから先、ゼロの正体が白日の元に晒されることがあれば、なおさらだ。
ゆえに誰の目にも明らかな形で、シャルルは己の命を絶つことにしたのだ。
ルルーシュは、意図を知って呆れただろう。
自分が最後にしたことすら、感謝はしていない。
それでも息子は、理解してくれた。
だから最後の仕事を、自分に任せてくれたのだ。
ああ、なんて自分にはもったいなくらい、優しい息子なのだろうか。
『このクソ親父が』
(ああ、そうだな。本当に、そのとおりだ)
本当に自分は駄目親父で、クソ親父だった。
息子の声が聞こえる。
「全ての争乱の元凶であるシャルル・ジ・ブリタニアは死んだ!!
戦いは終わりだ!!繰り返す、戦争は、今この時を持って終わったのだ!!」
そうだ、終わった。
・・・もう、戦わなくていい。
どうか、幸せに。
自分がそう願う資格など、とうにないけれど。
最後にそう思って、シャルルは目を閉じた。
後世、差別帝・争乱帝と呼ばれることになる神聖ブリタニア帝国第九十八代皇帝にして最後の皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
彼の望みは、“全てから理解されて”、“自分に”優しい世界だった。
そのために世界を混乱に陥れ、戦争の種をばらまいて育てた男。
ゆえに誰からも望まれず、世界から弾き出され、子供達からも見捨てられた。
身勝手で独り善がりでも、それでも我が子に愛情を持っていたことを誰にも伝えないままで、最愛の妃から生まれた息子だけが、知る事実となろうとも。
それでも最後に、ひとかけらの理解と優しさを与えられ、彼は死んだ。
ここに、神聖ブリタニア帝国の歴史は終わり、新たなブリタニア皇室が始まる。
その初代皇帝は、慈愛帝・共存帝と呼ばれる、ユーフェミア・リ・ブリタニアである。
ゼロによるシャルル自害の報と戦争終結宣言により、ブリタニア戦は終わった。
戦後処理も、星刻と藤堂らと共に、滞りなく進められた。
ユーフェミアは世界に向けて、ブリタニア大陸の領土は分割せず、このまま合衆国ブリタニアとして治める事を告げ、超合集国もそれを認めた。
ただし、これまでのブリタニアが行ってきた差別国是による損害賠償は、超合集国もある程度の支援は行うが、主体は合衆国ブリタニアが支払うことも明言した。
捕えられた皇族達は、未だ残る皇族崇拝主義者達による奪還を恐れ、超合集国連合本部である蓬莱島に送られ、それぞればらばらに軟禁されることとなった。
そして随時それまでの行いによる裁判が行われ、処分が下されることになる。
年少の皇族に関しては、ユーフェミアが監視を含めた教育を行うことを条件に引き取りたいと申し出たので、いずれそれが認められることになるだろう。
生き残ったラウンズであるジノ・ヴァインベルグは、未成年であることが幸いして、数年の懲役が課せられるくらいで釈放するというのが、現在まとまっている裁決である。
ドロテア・エルンストは、投降したうえに桐原や藤堂など、ゼロの正体を知る者にシャルルとの確執の理由を話したため、彼女に関してはもはや危険はないとの認識が上層部にはあった。
ルルーシュの件は彼がようやく社会復帰出来るのなら公表すべきだ、という意見もあったが、まだゴタゴタしているのでルルーシュがアッシュフォードを卒業するまで待ってほしいと言ったため、延期することになった。
よってそれまでは黒の騎士団本部で条件付きの軟禁をすることで、一応の決着をつけた。事実を公表した後は、彼女はルルーシュの傍に行きたいと言っているという。
EU連合軍も賠償などについては戦後処理の後で、という決議を行い、EUへ戻っていった。
ただエトランジュ達だけはまだ超合集国との話し合いのため、日本に残留している。
マグヌスファミリアを占領していたブリタニア人達は、すでににイギリスに投降しており、マグヌスファミリアに戻れる準備をしてくれているそうだ。
コミニュティにいるマグヌスファミリアの面々も、帰国準備を嬉々として整えている。
その報を聞いたエトランジュは喜び、リハビリに励んでいるアルフォンスに伝えに行った。
「アル従兄様、二日後にイギリスのコミニュティの家族は、マグヌスファミリアに戻ることが出来るそうです」
「やっとか・・・でも僕らはまだ戻れそうにないね。話し合いが進んでないから」
おおまかなことは事前から決めていたとはいえ、EUに対する賠償についてはまだまとまっていない部分が多く、エトランジュ達も話し合いにいろいろ苦労している。
マグヌスファミリアは遠いので、話し合いの場に行くのにも一苦労するせいで、戻るタイミングがつかみづらい。
「大丈夫です、皆様が私達を気遣って下さって、戻ってもいいとおっしゃって下さいました。
リハビリに必要な道具も下さるとのことなので、アル従兄様もご一緒に戻れます」
嬉しそうなエトランジュの笑顔に、アルフォンスはそれは朗報だと笑みを浮かべる。
だがその後、エトランジュは口を閉じてアルフォンスがリハビリでダンベルを上げるのを、ただ見つめている。
ダンベルが上がる音が響くだけで重い沈黙の中、アルフィンスが不意に尋ねた。
「・・・あのさ、エディ。一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「・・・はい。アル従兄様」
アルフォンスは意を決したものの、一度大きく深呼吸をしてから、エトランジュに向かって言った。
「単刀直入に聞くよ。僕との結婚について、どう思ってた?」
エトランジュはアルフォンスの質問を予想していたのか、驚きもせず数秒黙った後、やがて軽く目を閉じて開き、その問いに答えた。
「私はアル従兄様となら、幸せな家庭が築けると確信しました。穏やかに一生を楽しく暮らしていけると、知っていました。
ですから、アル従兄様との結婚はとても嬉しかった」
ルルーシュとの結婚話が出たときの不満はない、という感情は、マイナスはないが、同時にプラスもない。
エトランジュにとってルルーシュとの結婚は、あくまでも必要に迫られて受けるべき事柄だったのが、この一語に表れている。
対してアルフォンスの場合、彼の意向をまず気にして、この婚姻における自国の利益については殆ど口に出さなかった。
そしてエドワーディンが『アルはエディが好きよ』とバラした時、エトランジュは顔を真っ赤にしていた。
さらに、“いい家庭を作れると思う”という予想ではなく、必ず幸せになれると言う確信を、彼女は持っていた。
「だって、家族ですから。アル従兄様のことなら、私はよく知っています」
「・・・そうか、そうだよね。家族だから、解るよね」
エトランジュがこの世に生まれた時から、ずっと一緒だった。
手を繋いで眠った。一緒に学校にも行った。
戦争が始まってからは、離れる必要がない限りはずっと傍にいた。
だからこそ、知っていたのだ。これから先の一生を共にしても、幸せになれるということを、誰よりもエトランジュ自身が。
「・・・ありがとう、エディ」
「あの・・・アル従兄様、私は」
ダンベルを下げたアルフォンスは俯き、そのまま顔を上げない。
エトランジュは戸惑ったが、しばらくしてアルフォンスは言った。
「いいんだ。そう言ってくれたら、僕はもう何も悩む必要ないから」
そう言いながら顔を上げたアルフォンスの顔は、先ほどとは違い、晴れ晴れとしていた。
と、そこへエトランジュが言いにくそうに告げた。
「アル従兄様、私はこれからフランス大使と会議へ向かわなくてはならないのです。
申し訳ありませんが、お話は夜に」
「ああ、いいよ、解った。じゃあ、またあとで」
エトランジュがぺこりと会釈をして退室すると、アルフォンスはダンベルを持ちあげ、呟いた。
「今日のノルマ、達成っと」
何事もなかったかのようにアルフォンスはダンベルを片づけると、携帯電話を取り出してクライスにかけた。
「あ、クラ?ちょっと聞きたいことがあるから、時間ある?
うっさいな、お前経験者だろ。だから聞くんだよ」
聞きたいことの内容を告げたクライスからはなにやら喚かれたが、綺麗にスルーして今から行くと告げるアルフォンスだった。
エトランジュが会議から戻って来た後、風呂から出たエトランジュは自室で髪を梳かしていた。
ツインベッドがある部屋にはかつてナナリーと咲世子がいたが、今は二人ともランペルージ宅へ戻っており、ルルーシュの帰りを心待ちにしている。
と、そこへノックが十回、鳴らされた。
それを聞いたエトランジュは驚き、鍵を外してドアを開けると、そこにいたのはアルフォンスだった。
「アル従兄様」
「鍵、ちゃんとかけてるんだね。いいことだよ」
マグヌスファミリアには鍵をかける習慣がなかったが、ルーマニアでの事件以降、彼女は何があっても部屋に鍵をかけるようになった。
だが同時に自室のスペアキーをアルフォンスに渡しているので、何もノックなどしなくても彼は部屋に入ることが出来る。
「・・・どうぞ、お入り下さい」
エトランジュはおずおずと、アルフォンスを部屋に招き入れた。
アルフォンスは小さく笑うと、うん、とだけ答えて二人はリビングではなく、寝室へと足を進めた。
二人はしばらく黙って突っ立っていたが、やがてどちらともなく、ベッドのふちへと腰かけた。
そして、アルフォンスが思い切ったように言った。
「あの、さ、昼間の続きなんだけど」
「はい」
「正直、エディが政治的な意味合いしか持たない結婚、と考えていたら、と思うと、怖かったんだけどね。
君がああ言ってくれるのなら、僕はこの結婚が、どうしようもなく嬉しいんだ。だって、絶対実らない恋だって思ってたから」
恋を自覚して、どれほど悩んだことだろう。
実らないと解っている恋に悩んで、それに気づいてくれたルチアに相談した時も、誰にも告げてはならないと言われてそれを押さえこんだ。
だが、まさかエトランジュを守る形で叶うことになろうとは全く想像しておらず、エトランジュがどう思っていたのかと聞くことすら忘れ、ひたすら悩んだ。
「君から僕をどう思っていたのか、知るのも怖かったよ。家族としては愛されているのは承知だけど、こんな事情だしね・・・」
「アル従兄様、私はエド従姉様からずっとアル従兄様が私を好きでいて下さったと聞いた時は、驚きました。
でも、嬉しかったんです。本当です」
「うん、聞いた。だからさ、僕は考えて、結論出したよ。
もういっそ開き直ってしまおうってね」
どうせ結婚は白紙に出来ないし、エトランジュがまた政略絡みの結婚に巻き込まれるのも酷いし、何よりエトランジュが納得しているのなら、自分に不都合なことは何もない。
愛した女性と結婚して、子供を作って、幸せにする。
ありきたりだけれど、なんて幸せな一生だろうか。
「だから、最初から手順を踏むことにした。
マグヌスファミリアの求婚にのっとって、最初から」
マグヌスファミリアでは、相手の部屋を夜に訪れ、ノックを十回する。
相手がドアを開けて己を招き入れて朝まで共にいれば、その求婚を受け入れたことになるのだ。
アルフォンスの意図を、エトランジュは既に知っていた。
そしてアルフォンスも、エトランジュがドアを開けることが解っていただろう。
エトランジュがゆっくりと、アルフォンスに手を差し出した。
アルフォンスは少し驚いて、そしてその手を取った。
「いろいろややこしい状況だったけど、これだけは本当。
僕は君が大好きだ。結婚して下さい」
「はい、アルフォンス。どうか末長く、よろしくお願いします」
従兄様とは、もう呼ばなかった。
アルフォンスは顔を真っ赤にして頷いた。
そして、夜が明けるまで、二人の手は離れることはなかった。
翌朝、朝食の席で手を繋いで現れたエトランジュとアルフォンスを見て、クライスはようやくか、とガッツポーズをした。
車椅子のアドリスだけはやや複雑そうな顔だったが、文句を言える立場ではないのでただ黙っている。
「おはようございます、お父様」
「おはよう、エディ。今日は会議は午後からですから、無理せず休んでいてもいいですからね。
アルも、たまにはリハビリを休憩しても構わないのでは?」
かろうじて絞り出した台詞にエトランジュは頷き、どこか後ろめたさを感じた動作で椅子に座る。
そしてアドリスはエトランジュの隣に座って朝食をあれこれ取り分けて娘に勧める甥にして婿を、じーっと睨みつけた。
まあそんな事だろうと予想していたアルフォンスは綺麗にスルーして、一言義父に尋ねた。
「あのさー、お義父さん。マグヌスファミリアに戻ったらさ、叔父さんの部屋を別にしなきゃいけないんだけど、どこの部屋にする?」
「・・・え?」
アドリスは鳩が豆鉄砲を食らったような、間抜けな反応を返した。
そしてぐるぐると、質問内容を考え込む。
「お義父さん、と呼んでおいて叔父さんって、何かのイジメですか?」
「ただお義父さん呼びに慣れていないがゆえの間違い」
「何故娘と同じ部屋の私が、追い出されるのでしょうか?」
「エディが僕と結婚したから、夫婦同室になるのが当然。
加えてお義父さんは病の身なので、看護できる部屋に移るべきだと思う」
どう聞いても正論です、本当にありがとうございました。
別にアルフォンスも、アドリスに意地悪をしたかったわけではない。
実際看護が必要な人間を、城の最上階の部屋に住まわせるなんてことはあらゆる意味で面倒しかない。
まして今の己の状況で、娘と同室=娘に完全看護をさせることと同意である。
「・・・一階の日当たりのいい部屋なら、どこでもいいです。
あの部屋はもう、アルとエディの部屋だ。好きにしなさい」
かろうじてそう答えたアドリスに、エトランジュはありがとうございますと喜んだ。
(喜ぶのか・・・そうですか・・・ええ、いいんですよ貴方が幸せならそれで)
こんな形で親離れとは、とアドリスは嬉しいのか悲しいのか解らなくなった。
そんな父親の心情を察したわけではないが、エトランジュが言った。
「でも、たまには一緒にお休みしたいので、お部屋に行ってもいいですか?」
「もちろんですよエディ!いつでも、毎日でも全然構いませんからね!!」
心で泣いていたアドリスだが、エトランジュのたまには一緒に発言で一気にテンションは上がった。
「毎日って、新婚早々に家庭内別居?」
アルフォンスが呆れるが、アドリスは聞こえないふりをした。
(父親と言うのは、娘の婿なんてどれほど立派でも気に入らないんですよ・・・)
たとえそれが、己が勧めた相手であろうとも。
誇りに思っている甥であろうとも!!
と内心叫んでいたアドリスだが、娘に嫌われるのが嫌なので全力で本心を隠した。
ラグナレクの接続が成っていたら、彼は確実に娘に嫌われる人生まっしぐらになるところである。
「でも、アドリス、私は孫の顔が早く見たいわ。
エドも病気が治らないとはいえ、やっと表立って生活出来るようになったのだから、クラ君と一緒に頑張って貰わないと」
エリザベスの発言にクライスとエドワーディンが赤くなり、エトランジュも同じ表情になった。
「孫・・・・孫・・・」
アドリスがその単語を幾度か繰り返した。
『おじーちゃま☆』
エトランジュに激似の孫娘の姿を思い浮かべ、そして宣言した。
「私、孫の顔を見るまでは死ねません。
ぜひエディに似た、いいですねエディに似た可愛い子供をよろしくお願いしますよ!」
「隔世遺伝で、お義父さんに似た子が生まれることもあり得るんじゃない?」
アルフォンスの地味に痛い反撃に、リビングが静まり返った。
エトランジュだけが、まあ素敵、と無邪気に頷いている。
「エディに似た子が生まれることを、ちょっと神社で祈ってくるわ」
「せめてアル、アルに似れば大丈夫だろ。オレも行くよ、お義母さん」
エリザベスが神頼みしかないと思ったらしく、さしあたって日本の神に祈ることにしたらしい。義理息子のクライスも、妻の代わりに付き添うよと真剣である。
「ははは、いい家族を持って幸せですねえ私は」
実際自分でも自分に似た子供というのがどんなものかよく解っているので、アドリスも複雑ではあったが否定出来なかった。
「???何だかよく解りませんが、アルと頑張りますね。
では、マグヌスファミリアへ戻る準備を始めましょう」
エトランジュが首をかしげながらもそうまとめ、一同は笑いながら頷いた。
そう、やっと帰れるのだ。
求めていたあの懐かしき故郷へと。
そう思うと、一同はただお互いに笑い合い、戻ったら何をしようかと話し合うのだった。
「C.C、お前はどうするんだ?これから」
ブリタニアから日本へ戻る前日、ルルーシュがピザをぱくつくC.Cに尋ねると、彼女はもう決めていたのかすぐに答えた。
「私はマグヌスファミリアの連中と一緒に行く。ギアス嚮団はそこに行くことになっているからな。
私はもう離れないと、嚮団員と約束した」
「・・・そうか」
「なんだ、寂しいのか?」
くすっと馬鹿にしたように笑うC.Cに、ルルーシュはムキになった。
「そんなわけないだろう!お前こそ、あそこに住んで大丈夫なのか?
今のようなぐうたら生活など、死刑もので許されない国なんだぞ」
「何、私は家事は出来るし、昔は農業の手伝いをさせられていたこともある。
マグヌスファミリアに住むのが、私にとってもいい選択だ」
「そうか・・・ならいい」
ルルーシュはC.Cがきちんと考えた末の結論ならば問題はないと、椅子に腰かける。
「だが、あそこに行く前にピザのレシピを教えろ。
あそこでピザを食べるには、自分で作るしかないと言われたからな」
「・・・解った、後でネットで調べて印刷してやる。好きなだけ持っていけ」
何だかんだで甘いルルーシュに、C.Cはクスクスと笑った。
「マオも連れて行く。あいつ、ガールフレンドが出来たんだ。
エヴァンセリンといったか?最近二人で絵を描いたり、楽しそうにしているんだ。
あの人間嫌いだったマオがだぞ・・・本当に、変われば変わるんだな、人間は」
始めは『ただの友達だよ!僕はC.Cが一番!』と言っていたのに、いつの間にやらエヴァンセリンと行動する方が多くなっていった。
今もエトランジュの絵を描くから相談すると言って、エヴァンセリンの部屋に行った。
相手の部屋に赴いて朝まで一緒にいたらそれはプロポーズになるらしいが、さてマオは知っているのだろうか。
「もうギアスもコードもない。戦争も終わった。
本当に・・・終わったんだな」
C.Cがまだ実感出来ないのか、鏡を覗き込んだ。
もう浮かび上がることのない、赤い鳥の紋様。
「・・・シャルルの遺骸は、どうなったんだ?」
藪から棒に尋ねたC.Cにルルーシュは少し驚いたが、別に隠すことでもなかったのであっさり答えた。
「今は皇宮内の礼拝所に安置されている。いずれはどこぞの墓に葬るつもりだ。
今回の戦いで死んだ皇族達の共同墓地でも作って、そこにと言う形にしようかと思っている」
「そうか・・・」
C.Cは鏡を閉じると、ぽつりと呟いた。
「シャルルの顔、穏やかだったな。
・・・まるでシスターのようだ」
「シスター?・・・お前の記憶にあった、あの女か」
ナリタでC.Cの精神に接触した時、額にコードを宿したシスターの映像があったことを思い出したルルーシュに、C.Cは頷いた。
「私を拾って育ててくれたんだ・・・ギアスを与えてな。
そして私のギアスが暴走した時、コードを押しつけて・・・そして死んだんだ。
これから死ぬと言うのに、とても穏やかで。何があったのかは知らないが、よほど生きることが苦痛だったんだろう」
「・・・・」
「終わりを望んだのは、私も同じだ。だが、今死ぬとなったらあんな顔は出来そうにない」
今は生きることが、こんなにも楽しいから。
だから、今は生きたい。出来る限り精いっぱいに手を伸ばして、その先にある手を握って。
自分が望んだ“普通の人生”が手に入るとは思わなかったから、自らの終わりを望んだのだけれど。
でもそれが手に入ったのは、まぎれもなく魔王になり損ねた自分の最後の契約者が約束を守ろうとしたからだ。
「ルルーシュ・・・ありがとう」
C.Cから聞く初めての礼の言葉に、ルルーシュは目を見開くほど驚いた。
「何だ、その顔は。私が礼を言うのが、そんなにおかしいか?」
「ああ、まさかお前から聞くことになるとは思わなかった」
「失礼だな。私だって礼を言うことくらいはあるぞ・・・百年に一度くらいは、たぶん」
そっぽを向くC.Cに、ルルーシュは肩をすくめた。
そして、言った。
「俺もお前には感謝している。だからもう、お前はお前の人生を歩め。
俺も、ルルーシュ・ランペルージとして、これからを生きていく。
ありがとう、――――」
自分の本名を呼ばれたC.Cは、その響きを聞いて目を閉じる。
「随分ましになったな。優しさが増えているし、素直さと労りの心も。
発音もよくなったし・・・何より暖かみがある」
「わがままな女だ」
上から目線の評に、C.Cは不敵に笑った。
「そうとも、私はC.Cだったからな」
C.Cはそう返すと、ルルーシュのベッドの中に潜り込む。
ルルーシュがその意味を知るのは、C.Cがマグヌスファミリアの戸籍に、自身の本名を記したと知った時だった。
イレギュラーがいくつかあったものの、あらかじめ決められていた通りに処理が進められていく中、ゼロが日本に戻ることが出来たのは、ペンドラゴン陥落から一カ月も経った頃だった。
政治的にはゼロは超合集国連合の下という位置づけなので、水面下での調整にかかりきりだったが、やっとめどがついたのだ。
そしてさらに一週間ほど経ち、後は黒の騎士団のみに専念するようにとのお達しが、桐原から出た。
すると藤堂と星刻が、もうそろそろ学校へ戻るようにと勧められ、考えた末にルルーシュはその言葉に甘えることにした。
一年近く留守にしたアッシュフォード学園のクラブハウスへ戻ったルルーシュは、リヴァルとシャーリー、ミレイとロロとナナリーに、クラッカーで出迎えられた。
「待ってたわよ、ルルーシュ!」
「お帰り、ルルーシュ!!お前が戻って来るの、楽しみにしてたぜ!」
「待ってたよー!明日からまた一緒だね!」
「見てみて、兄さん!僕の制服!」
「お帰りなさいませお兄様!さあ、どうぞこちらへ」
熱烈な歓迎にルルーシュは恥ずかしくもあるがそれ以上に嬉しく、生徒会室へと久々に足を踏み入れた。
あちらこちらが飾りつけられていたが、変わっていない生徒会室。
ああ、だが使用していたパソコンが、新しい型に変わっている。
椅子と机が一つ増えていた。きっとロロのものだろう。
リヴァルがジュースの入ったグラスを一同に配ると、こほんと咳ばらいをした。
「では、改めまして・・・明日から生徒会長を務めることになる、ルルーシュ・ランペルージの復学を祝って・・・カンパーイ!!」
「かんぱーい!!」
カシャンとグラスが鳴らされ、パーティーが始まった。
「ニーナとスザクとカレンは、後から来るんだって?忙しいもんなあの三人も」
「式典や形式的に出る会議なんかは、身代わりをしてくれる咲世子さんにやって貰っているし、会議なんかも藤堂や星刻が多く出てくれるから、俺には暇が出来たが・・・。
あの三人は、そうもいかないからな」
ニーナは合衆国ブリタニアの英雄として有名になり、スザクはブリタニアと日本を守った騎士として祭り上げられてしまった上、まだ何かと旧ブリタニア派から狙われているニーナの護衛で忙しい。
カレンもブリタニアと日本を繋ぐ象徴として、連日取材攻めに遭っていた。
「そうよね、ブリタニアも賠償金とか、治安とか、やることが山積みだもん。
スザク君、処理が済んだらユーフェミア様と一緒にブリタニアへ行くんですって?」
ミレイが尋ねると、ルルーシュは頷いた。
「正式にブリタニア国籍も取ったからな・・・ユフィの騎士になったんだから、当然だ。
ラウンズ制が廃止されたから、皇帝の騎士はあいつ一人だしな」
護衛としての能力はスザクは文句なしだが、護衛隊を指揮する能力が皆無だったため、ユーフェミアの護衛隊を別に組織して、その長としてダールトンが任命された。
カレンを護衛隊に、との打診もあったが、彼女はアッシュフォードで中断していた学業を再開したいと申し出たので諦めた。
また、現在は暫定的に、シュタットフェルトが合衆国ブリタニアの外務大臣を務めている。
ちなみに大臣の空席がすべて埋まっていないため、いくつか兼務しているせいで相当の激務らしい。
母百合子も近々出所予定で、ようやく元の家族に戻れるとカレンは心待ちにしていた。
「まだまだ大変だけど、これからだよね」
もともと問題をずっと放置していたからなのだから、今苦労をするのは仕方ないと、シャーリーは俯いた。
「卒業したら、私も世界のために何か出来ないかなって思ってるの。
会長みたいに、黒の騎士団に入るのも考えたけど・・・」
「そういやルルーシュ、卒業したらどうするんだ?ゼロに専念するのか?」
リヴァルがふと気づいて問いかけると、ルルーシュはそのことか、とグラスを傾けながら言った。
「ゼロは遅くとも二年以内にはなくす予定だ。いつまでもゼロ頼みの騎士団でいて貰っては困るからな。
だから俺は、会社を立ち上げようと思っているんだ」
「会社を?どんな?」
シャーリーが尋ねると、ルルーシュは詳しいことは決めていないが、と前置きして構想を語る。
「まずは福祉関係の会社を作る。幸い仕事はコネがあるし、戦争後だから需要も高い。
ブリタニア人が率先して行うことは、イメージアップにもなる。利益は少ないだろうが、まずはそこから始めたいと思う」
「まあ、福祉の会社を?素敵ですお兄様!」
ナナリーが自分も手伝いたいと、目を輝かせた。
「私も福祉の仕事がしたくて、調べているんです。私、足が動かなくて目が見えない時期が長かったので、その経験を役に立てたくて・・・」
「ナナリー・・・!!」
何て優しい子なんだ、とルルーシュが感動していると、ロロも手伝うと対抗意識を燃やす。
「僕だって、兄さんの役に立てるよ!簿記検定の三級、取れたし!次は準二級目指すよ!」
「そうか、それは頼もしいな。学校を卒業したら、ぜひ頑張ってくれ」
ロロが嬉しそうに頷くと、シャーリーとリヴァルが言った。
「それ、私も手伝いたいな。いい?」
「俺も俺も!!俺車の免許取ったし、いずれ大型も取るって決めてるからな」
当面はシャーリーが事務で、リヴァルが営業とか、と話がはずむ。
と、そこへ慌てた足音と共に、遅れてきたカレン、スザク、ニーナがやって来た。
「あ、もう始まってるー!もー、取材が長引いて、うっとおしいったら!」
「確かに、同じこと何回も聞かれるのって辛いわよね・・・」
「遅くなってごめん!」
「ああ、思っていたより早かったな」
スザクが代表して謝ると、ルルーシュがグラスにジュースを入れて三人に勧めた。
礼を言ってグラスを受け取って三人が一息つくと、ニーナが残念そうに言った。
「ありがとう、ルルーシュ。ユフィ様も来たがったんだけど、明後日の戦争終了記念式典の準備で忙しくて・・・」
「スピーチがあるからな。時間が合わないのも仕方ない」
「式典が終わったら、ブリタニアにお戻りになるわ。私もスザクもお伴をするから、あまりみんなに会えなくなるわね」
寂しげなニーナに一同にはしんみりした雰囲気が漂うが、スザクが明るくその空気を壊した。
「大丈夫だよ、電話だってあるし、日本にユーフェミア様が来る機会もあるんだし。
みんなだって、ブリタニアに来ることがあるだろう?」
「それはそうだけど、そりゃあ会長がバザーで有名になって、俺達も少しはまあ名が知れ渡ったかもだけど・・・やっぱお前らほどじゃないしなあ」
ましてスザクとニーナが住むことになるのは、皇宮である。そうおいそれと入ることが出来る場所ではないと、リヴァルは及び腰である。
「ユーフェミア様だって、みんなのことは気にしてたしね。ルルーシュもいるんだし」
だから大丈夫、と能天気なスザクに、一同はお前変わらないなあ、と苦笑する。
「だが、それもまだ先だな。俺も会社設立に向けて、学業もあるから忙しい」
ゆっくりするということを知らないルルーシュが、これからもオーバーワークをするという宣言に一同は呆れ、カレンが代表して言った。
「あんた、まだ働くの?少しは休みなさいよ」
「黒の騎士団に比べたら、大した忙しさではないさ。
だが土地の確保や資金集め、やることは山積みだからな」
確かに黒の騎士団に比べたら、ギアスがないことを含めても苦労はないだろう。
しかし、比べていいものではない気もする。
「ルルーシュらしいよ。じゃあそんなルルーシュに、僕からのプレゼント」
そう言ってスザクが最初から渡すつもりだったのか、書類が入った袋をルルーシュに手渡した。
怪訝な顔でルルーシュが中身を取り出すと、出てきたのは土地の登記書だった。
「これは・・・枢木神社の土地の?」
「そう。日本が戻って、旧ブリタニアに徴収された土地は以前の持ち主に戻されたり、日本政府が買い取る形にしたりするっていうのは知ってるだろ?
で、ここは僕が相続することになった」
「だが、ここはお前の・・・」
「僕はユフィについてブリタニアに行くから、もうそこに住むことはないと思う。
だから、君に任せたいと思ったんだ。あそこは、僕と君が出会った場所だから」
幼い頃に出会った、古い神社の土蔵で。
敵国の皇子として現れて、自分の場所を持って行ったとして殴りつけたのが始まり。
「受け取ってくれるかい?ルルーシュ」
「・・・いいだろう。だが、預かって管理するだけだ。たまには、戻って来い。
俺が卒業したら、管理人として住んでやる」
ルルーシュはぶっきらぼうに引き受けたが、内心はどれほど嬉しかったのか、ナナリーには解った。
「まあ、羨ましいです。私もスザクさんのお家に住みたい」
「ここは全寮制だから、長期休みになったらいくらでも住めばいい」
「桐原さんには、話を通しておいたよ。家も改修しておいてくれるってさ。
それから例の土蔵を、離れみたいにしてくれるって」
桐原さんも粋な計らいしてくれるよね、とスザクが笑う。
「さすがに、あのままの土蔵にはもう住めないもんね」
もう成長した自分達では、子供の頃のようにそこで寝泊まりは出来ない。
それを悟って、改めてあの日から流れた月日の長さを実感する。
「そうか・・・後で桐原に礼を言っておく。
・・・後は任せろ、スザク。そして、ユフィを頼んだぞ」
「任せてくれ、ルルーシュ。何があっても、僕が守るから」
そう、まだ戦いが終わった訳ではない。
これから先、世界をまとめるための戦い、戦争の爪痕を消し去る戦い、差別をなくす戦いが待っている。
何十年かかるかは解らないが、それでもやらなくてはならないのだ。
だが、大量に人が死ぬ戦いは、間違いなく終わった。
だから、今はその喜びを噛み締めよう。
「よーし、じゃあ今日は思い切りはしゃごうぜ!
俺達の戦いは、これからだ!!!」
リヴァルの叫びに一同は笑い、そしてシャンパンの栓が抜かれた。
後はもう、カラオケやらゲームやら、学生らしい楽しいパーティでクラブハウス内が盛り上がる。
・・・日常が、戻って来た。
楽しくて楽しくて、何よりも手放しがたい、極上の幸福。
やっとこの手に戻って来た幸せを、もう逃がさない。
そう決意したルルーシュを囲んで、そのパーティーは夜中まで続けられたのだった。
二日後、大戦終了記念式典が、富士にある日本経済特区のスタジアムにて行われた。
世界各国の首脳陣が揃い、来ることが出来なかった国の者も、モニターで参加している。
桐原が戦争の終結を改めて宣言し、今後の世界の連携で復興していくと表明し、さらにEUからも同じ宣言が出された。
そしていよいよ、ゼロの演説の番となり、式典は最高潮に盛り上がった。
紅蓮とランスロットが蜃気楼と共に広場へ舞い降り、中からパイロットであるカレンとスザク、そしてゼロが降りてくる。
ルルーシュが右手を上げるだけで、民衆達は静まり返った。
「ようやく、長きに渡る戦いが終わった。
まだまだ爪痕が残っているが、それでも争いの根源たるシャルル・ジ・ブリタニアを倒せたことは、喜ぶべきことだ。
しかし、我々にはまだ強大な敵がいる!復興と言う大きな敵だ!!」
戦争が終わればそれでおしまい、ではない。
おとぎ話のように、“勇者が魔王を倒しました、めでたしめでたし”では終わらないのが現実である。
これから先、戦争によって失われたものを埋めていくだけでも、大変な力が必要なのだ。
「そのためには、今一度我らは手を取り合い、立ち向かわなければならない!
だが、私はあいにくと戦争を終わりに導くしか能のない、乱世の人間だ。これから先諸君らの力には、ろくになれない。
ゆえに私はこれから先、君達の前に現れることは徐々になくなっていくだろう」
「そんな、ゼロは英雄です!!」
「貴方がいてくれたからこそ、ここまでこれたのに!」
ざわめく一同に、ルルーシュは手を挙げた。
「だが、案ずることはない!
既に新たなる希望が多くここにいることを、諸君らはもう知っているはずだ!
その希望は、小さくとも光り輝いている君達一人一人のことだ。
そしてその光を先導するのが、この世界の国々の長達だ!!」
しかしその長達は、ゼロが現れるまでロクな手も打てず、右往左往しているばかりだったではないか、と国民達の目は冷たい。
ゆえにゼロがいなくなったらどうすれば、と不安になる。
ざわめきが広がる中、ルルーシュが左手を上げると、途端にスモークが会場を満たした。
何事だ、とざわめく中、スモークが晴れた時に現れたのは、エトランジュ、ユーフェミア、神楽耶、天子だった。
この戦争の中でも、幼いといっていい年齢にも関わらず、国を治め導いた女王と女帝達だ。
彼女達は優雅に民衆達の前で一礼すると、彼女達はゆっくりと、交互に語り始めた。
「皆様、私達は今、今日と言う日を迎えられたことを、心から感謝しています」
「少し長い話になりますが、どうかお付き合い頂ければ幸いです」
「私達は今、今までにない歴史を迎えているのです」
「この一週間、世界は初めて・・・そう、この世界中で今、戦争が起こっていないのです。
世界のどこかで必ず規模の差があっても起こっていた戦争が、今はどこにもありません」
天子の嬉しそうな声に、集まっていた民衆達が顔を見合わせる。
世界のどこかで必ず起こっていた戦争は、今は起こっていない。
フレイヤが公表された時は、確かにシュナイゼルを恐れて戦争は止まった。
だがその脅威が除かれても、なおその状態が続いているとは思わなかったのだ。
「戦争によって起こる恐ろしい結果を、目の当たりにしたからでしょう。
相手を殺すことだけを考えて生まれた悪夢、死の豊穣をもたらすフレイヤ。
あれは戦争の最終形態で、その先には何ももたらすものはありません」
ユーフェミアの悲しげな言葉に、民衆は俯いた。
それに、神楽耶が続ける。
「私達は、どうしても失いたくないものがあり、そのために戦いました。
それは国であったり、家族であったり、誇りであったり、権力であったり。
・・・そのどれもがそれぞれにとっては大事なもので、血を流しても守りたいものでした」
「しかし、それによって取り返しのつかないものが、多く失われました。
それは命という、王族であろうと、貴族であろうと、国民の方々であろうとも、必ず一つしか持ち得ないものです。
数で決めるはたやすくとも、その人にとっては間違いなく一つしか有り得ないものです。私も多くの家族を失いました。もう二度と、あんな思いをしたくありません。
それは、皆さま方も同じだと思います」
エトランジュの言葉に同意して、民衆達が幾度も頷く。
天子が悲しげに笑う。
「だから、私達はこの戦争を最後にしたいと思いました。
二度とこんな怖いことが起こらないようにと、心から思ったのです。
だから、この戦争を“最後の戦争”と呼ぶことにしました」
最後だから、もう二度と起こらないように。
そんな祈りを込めて、つけた名前。
最後の戦争が起こって終わったのだから、武力による戦争は悪であるとの認識を広め、それを建前として戦争を防ぐ盾になればいい。
建前による戦争が起こるのではなく、建前で戦争が止まればいい。
人が死ぬ戦いは、もうまっぴらだ。
だから、エトランジュは言った。
「もう、最後の戦争は終わったのです。
人間が争うことは避けられないのかもしれません。ですがそれならばどうか、言葉による戦争を。
私達には、言葉と言う力がある。自分の意思を伝え、相手の意思を知る力が」
かつて神は、人間が天にも届く塔を作ったことに怒り、それを破壊し言語を分割したという。
互いに協力すれば、神にさえ匹敵する力を得られるのが人間なのだろう。だから協力など出来ぬよう、言葉を奪った。
けれど、それでも伝える努力をしたのなら、それさえ克服出来てしまう。
言葉などあまり知らないような幼児達でも、きちんと意思の疎通が出来ているように。
伝えられる言葉があるのに、それを使わなかった兄弟がいた。
それによって、歴史の裏側で起こった悲劇。
「私達はそれにより、あのフレイヤを打ち破ることが出来ました。
だから、私達はこれからも話し合いたい。
理想かもしれないけれど、私達はだからこそ実現したい。
それを皆様にご理解してほしいと思い、こうしてこの決意を聞いて頂くことにしました」
ユーフェミアが一礼すると、エトランジュ、神楽耶、天子もそれに続く。
四人の少女達の、美しい理想論。
何を子供のような、とかつては一笑に伏しただろうその理想は、今自分達が求めていることと同じだった。
子供を失った親がいて、親を失った子供がいる。
夫を殺された妻がいて、妻を殺された夫がいる。
何も解らないまま撃たれ、灰になった兵士達も。
もう嫌だから、そのために話し合おう。
それだけのことだった。
どこからともなく、拍手が起こった。
小さなそれはやがて大きな音へと代わり、世界中へと放送されていた中でそれはさらに広まっていく。
綺麗事でも、実現させる努力をすれば叶う。
諦めればそれでおしまいだと、過去どれほど多くの人間が口にしたことか。
彼女達は、決して諦めなかった。
だからこそすべてが繋がり、今こうしてここにいる。
彼女達なら、信じられる。
なぜなら、現にそれを実現させたのだから。
「エトランジュ様、ユーフェミア様、神楽耶様、天子様、万歳!!」
「俺達は貴女達を支持する!!」
「どうかこのまま、平和な時代でありますように!!」
万雷の拍手の中、エトランジュ達は涙を流して再度一礼した。その手を互いに繋いで、ゆっくりと。
代表して、エトランジュが言った。
「皆様、ありがとうございます。
長々とお話にお付き合い頂いたことに、心からの感謝を。
・・・長い長い戦争は終わりました。これからはどうか、皆様の幸せをお祈りいたします。皆様、本当にお疲れさまでした」
そしてエトランジュは、自分が知る全ての言葉で繰り返した。
「みんなで仲良く、いつまでも。
・・・さあ、帰りましょう」
愛する者が待つ場所へ。
再び拍手が鳴り響く中、ゼロの姿がいつの間にか消えていたが、皆がそれに気づくのはエトランジュ達が会場から去った後のことだった。
エピローグ
マグヌスファミリア王国、女王夫妻の寝室。
窓を開けて涼しい風に当たっていたエトランジュは、背後からの声に振り向いた。
「ここにいたの?エディ」
「アル・・・何があったのですか?」
夫に呼ばれたエトランジュが顔を上げると、アルフォンスはふう、と溜息をついた。
「ラストニアがね、EUに復帰を求めてきてね・・・それで君にとりなしを頼んできた。
好んでブリタニアの属国になったんだから、と見捨てたいのがEUの本音なんだろうけど・・・」
見事に目論見が外れて転倒したラストニアは、現在大変荒れている。
正直EUとしては関わっていたくないところだが、ラストニアからすれば恥をしのんでEUからの援助を望みたいのだろう。
「解りました。ではラストニアの方のお話を、まず伺ってみます」
それが自分の役目ならと、エトランジュは立ち上がった。
「まったく、エディは妊娠してるのに。仕事押し付けるなっての」
「あら、でもこうしてマグヌスファミリアから出なくてもいいように、EUは世界に繋がる通信機器を手配して下さいました。
せめてその分は働かないと・・・」
全く人がいい、とアルフォンスは呆れる。エトランジュは話を必ず聞いてくれて、必要と判断したら上層部に話を通すと言うので、こうして会談や謁見を希望する人間がひっきりなしに来るのである。
最終決定こそ下せる立場にないが、それでも彼女の影響力は馬鹿に出来ないのだ。
「早いものだね・・・あれからもう一年か」
「はい・・・ルルーシュ様は無事にアッシュフォード学園を卒業されて、今は大学生をしながら会社を作るために動いておいでだとか」
「まったく、少しはゆっくりすればいいのに。そうそう、ミスター玉城だけど、あの人バーを出したんだってよ。
日本に来たらぜひ来てほしいって、メールが来てた」
今度日本に行ったら顔を出そうとアルフォンスが提案すると、エトランジュはもちろんですと楽しげだ。
カレンは医学部に進学した。リフレイン患者を治療する医者になるのだと、目標を掲げている。
ナナリーとロロも高校生になり、ナナリーは福祉大学の受験を決め、ロロは兄の秘書を目指して経済学部に入ろうかと悩んでいるらしい。
星刻は黒の騎士団総司令として多忙で、今は世界各地の復興を指示して回っている。
藤堂と四聖剣もそれに従って世界を飛び回る毎日で、今は日本にいない。
ただ千葉が最近藤堂といい雰囲気になったようだと、卜部が面白そうに報告してきた。
ユーフェミアとはブリタニアの復興や差別をなくす更生プログラムなどで多忙で、あまり話が出来ていない。
けれどブリタニア人の夫婦が日本人の赤ん坊を養子に取ったという話を、嬉しそうに報告してくれた。
何でも借金をしていた医者から、それを棒引きにする代わりと言うことのようだが、実の子供のように可愛がっていたと、ルルーシュから聞いたらしい。
神楽耶は復興した日本の学校に入学した。
アッシュフォード学園と姉妹校になり、生徒会にも入ってルルーシュ達ともよく会っていたようだ。
天子は先日、念願だった学校に通うことが決定した。
残念ながら一般の学校への入学は無理だったが天子たっての希望で、ごく普通の学校との交流を持つ機会を多くして貰ったと、嬉しそうだった。
星刻は毎朝、彼女の送り迎えをしているという。
「皆様、苦労していてもとても楽しそうですね。私も頑張らないと」
「あ、来週の旧ブリタニア皇族の裁判には、僕がエディの代理で出るから。
シュナイゼルは早々に死刑が確定したけど、オデュッセウスのほうはせめて気づまりのしないところで監視、ってぐらいにはしたいんだよね」
旧ブリタニア皇族は、先日シュナイゼルが大量殺戮破壊の作成と使用の罪で罪を問われ、死刑の判決が下された。
ギネヴィアは戦争時に逃亡を図り、総督時代のナンバーズの虐待、その他余罪が発覚したので、近々裁決が下る予定である。
エトランジュは同意しながらアルフォンスがプリントアウトしてくれたメールの束を大事そうに袋のしまうと、後ろを振り向いた。
そこには一枚の写真が壁にかけられていた。
小さく“Adris”と刻まれたポートレートの中、幼い頃の自分と両親が映った写真だった。
帰国後一カ月は小康状態が続いていたアドリスだが、娘に看取られてこの世を去った。
苦しまずに逝けたことが幸いだと、エトランジュは思った。
孫の顔は見せられなかったけれど、父アドリスは最期にこう言った。
『ちょっとランファーのところに行ってきます。
エディは最低でも貴方の孫の顔を見てから、こちらに来なさい・・・約束です』
はっきりとした口調でそう告げて、父は目を閉じてそのまま目を覚まさなかった。
「ではお父様、行って参ります」
写真に向かってそう告げたエトランジュは、夫と共に部屋を出ていく。
背後から、声が聞こえた気がした。
―――いってらっしゃい。
♪END♪