第五十二話 すべてに正義を
ブリタニア国境戦の後、黒の騎士団は破竹の勢いでブリタニア大陸へ上陸した。
海岸沿いの基地はすぐに制圧され、わずか三日で二つの州が落ちた。
と言うのも、ペンドラゴンにシュナイゼルがフレイヤを向けていた事実が判明したため、州知事が降伏したからである。
なぜこうもあっさり負けるのだ、と皇族達は戦慄したが、ルルーシュにしてみれば至極当然の結果だった。
まず、ブリタニアの同盟国家がブリタニア国境戦後に、フレイヤ開発を理由に次々に同盟を破棄した。
エーギル基地を壊滅してすぐに破棄しなかったあたり、彼らの日和見主義が見て取れる。
だがブリタニア人以外は劣等人種、と公言している国家と付き合っている理由は、一重に利益があるからこそだ。逆に言えば、利益がなくなればそれまでの関係なのである。
これにより物資の輸送が途絶え、ブリタニアは国内の物資だけでこれからの戦いを乗り切らねばならなくなった。
ただシュナイゼルが超合集国との和平の際、彼らに対する賠償のために集めていた物資があった。それは有能な彼が、下からの反発が起こらぬようにうまくバランスを取って集めたものだ。
全て集めきった訳ではないのでそれだけでは足りず、不足分を短時間で補うには一番簡単な方法・・・すなわち、平民からの搾取を行った。結果、国内にはさらに反発が広がることになる。
フレイヤと搾取による不安と反発を抱え、ブリタニアは既に内部からぼろぼろなのだ。
こんな国に負けるとしたらそれは相当な阿呆だ、とルルーシュは思ったし、それは桐原達も同じだろう。
結果、負けを悟ったブリタニア州知事があっさり降伏したと言うわけである。
さらに黒の騎士団の進攻ルートとは別にEU軍も来ており、こちらも州を一つ占領することに成功している。
合流してきたユーフェミアが占領した州の統治を務め、今のところは目立った騒ぎはない。
そして今、ブリタニア最大の面積を誇る湖があり、ブリタニア有数の観光地として 有名な都市であるヴィヴィアン州を奪取した黒の騎士団は、さらに帝都ペンドラゴンに向けて進軍した。
ペンドラゴンの隣にあるペリノア州。
そこは首都ペンドラゴンを守る、最後の砦である。
ペンドラゴンにあるのは頭脳機関である総軍務庁しか存在しないため、この州の陥落はブリタニアの完全敗北を意味していた。
「私は神聖ブリタニア帝国第五皇子、マティアス・グ・ブリタニアである!
黒の騎士団に告ぐ!ペンドラゴンに向かいたくば、我々を倒して行くがいい!」
「そうさせて貰います」
ペリノア基地から聞こえてくるマティアスに、陣頭に立つスザクはそう応じると、ルルーシュの『やれ、スザク』の一言で、彼は基地へと突撃した。
続けてカレンも、上空から紅蓮聖天八極式の八枚羽をはばたかせた。
ここまでの作戦は至極単純で、まず藤堂や四聖剣が基地へを道を開き、そこをスザクとカレンが通って基地を破壊する、というものだ。
戦力の大半を結集しているこの戦いには、皇族・貴族も数多く参戦していた。
だからこそだろうか、この戦闘は戦いとは呼べないほどお粗末なものだった。
何しろ帝位に目がくらんだ者達が先走ってくるだけで、連携など微塵もないのだ。連携を欠いた部隊に負けるほど、黒の騎士団は無能ではない。
闘争心だけは見上げたものだが、戦う目的が“ブリタニアを守る”ではなく“皇帝位を得る”にすり替わってしまった彼らを、スザクは嫌悪していた。
「こんな、意味のない戦い・・・早く終わらせるべきなのに!何故、戦うんだ!!」
ランスロット・アルビオンは、まっしぐらに指令室に向かって突撃した。
無駄な犠牲を出さないためには、短期決戦が一番であることを、スザクは既に知っている。
だがこの基地にいる者達は外とは違い統率がよく取れており、これまでとは様子が違っている。
マティアスも少しは骨があるようだとルルーシュは思ったが、それでもこの基地内だけが連携を取れているだけで、外部の戦闘は酷いものだ。
と、そこへ淡いピンク色をしたナイトメアが飛来し、小型ミサイルを撃ち放ちながら高らかに名乗りを上げた。
「私は神聖ブリタニア帝国、第13皇女、オルウェン・ガル・ブリタニア!
ここから先は、通さない!!」
「13皇女・・・?確かシャルル皇帝の娘は、六人しかいなかったはずじゃ・・・」
ナナリーが末っ子、と聞いていたスザクがミサイルをかわしつつ首をかしげると、オルウェンは律儀にも少しだけ答えてくれた。
「ブリタニアにおいて、皇女は皇帝の娘だけではないのよ。私の父は、シャルル陛下の父君の弟にあたるの」
現皇帝たるシャルルからすれば、父方の従妹というわけである。
皇帝になれなかったブリタニア皇子は、皇籍を剥奪されない限りは皇族の身分のままだ。いわば皇族の分家扱いである。
そして皇帝の子供、皇帝の兄弟、皇帝の兄弟の子供、としての順で席次が決まる。
今回の場合、皇帝の娘であるナナリーが六番目だが、死んだことになっているので五人。
現皇帝の姉妹は全てこの世におらず、先帝の姉妹がその次の序列になり、そしてその子供が・・・というわけだ。
ちなみに継承権は、血筋も重要だが自身の功績も考慮されており、彼女の継承権は二十五位になる。
「もう既に、神聖ブリタニア帝国は世界に望まれていません!
降伏して下さい・・・これ以上無駄に人が死んで、何の意味があるんです?!」
「裏切り者のユーフェミアのイレヴン上がりの騎士が、皇女たる私に向かって意見をするなど!」
オルウェンはサザーランドを改造したSZ REVOで猛攻するも、ランスロットの敵ではない。軽々と避けられ、一撃を与えられた。
「は、速い・・・!」
オルウェンは戦慄したが、イレヴンごときに弱みは見せられぬと、再度バーストショットの照準を合わせ直す。
「無駄です・・・もう、決着はついてる」
スザクは悲しそうにそう宣言すると、メーザーバイブレーションソードで砲台を叩き壊し、さらに機体を壁に叩きつけて動きを封じた。
「なんで・・・何でよ!やっと皇帝になれるチャンスなのに・・・こんなところでっ・・・!」
苦しげに呻くオルウェンを、スザクは無言で見つめていた。
皇帝を名乗ったユーフェミア。そして彼女を守る騎士にして、黒の騎士団の赤いナイトメアと並んで、ゼロにも重用されている男を倒し、そしてゼロを討つ。
せめてラウンズすら倒した男をこの手で討ち果たせば、大きな手柄になる。皇帝になれなくても、大きく近い地位を得る事が出来ると思った。
皇位継承権が十位以下の皇族など、誰も顧みる事はない。ただ政略の駒として扱われ、皇宮でただ飾り物として扱われるだけだ。
その運命から逃れたくて同じような立場の皇族と結婚して、子供が生まれた。
自分のようなみじめな思いをさせたくない。必ず陽の目を見せてやると決めて出陣したのに、こうも無様に負けるとは。
「私は・・・皇帝に・・・あんな小娘が皇帝を、このブリタニアを統べるなんて認めない!」
なおもスザクを倒そうとあがくオルウェンを憐れみながら、スザクはメーザーバイブレーションソードでとどめを刺した。
「そんな・・・おのれ・・・ユーフェミアああああああ!!」
皇帝の娘、それも有力な貴族から生まれてぬくぬくと育った小娘の騎士に負けた。
何もしなくとも自分よりも高い皇位継承権を持っていたユーフェミアは、オルウェンにとって軍人として高い功績を作っていたコーネリアよりも、憎い存在だったのだ。
爆発するSZ REVOを黙って見送ったスザクは瞠目し、そして踵を返して管制室へと向かうのだった。
一方、上空から基地を破壊して司令室を目指していたカレンの前に現れたのは、グロースター最終型に乗り込んだマティアスだった。
「ゼロの騎士、カレン・シュタットフェルトだな」
「カレン・紅月・シュタットフェルトだ!」
即座に修正したカレンに、マティアスはナイトメア用大型ランスを構え直した。
「もうここまで来たら、黒の騎士団の勝利だ!降伏しろ!!」
「そう言われて、そうですかと受け入れるわけにはいかない。
ゼロの騎士なら相手に不足なし、全力で相手をしよう」
「マティアス殿下に続けえ!!!」
マティアスがカレンに切りかかると同時に、彼の周囲にいた騎士達もカレンに向かって攻撃を開始した。
だがカレンはすぐに輻射波動で一掃し、あっという間にマティアスと一対一の状態にしてしまう。
「・・・見事だ」
素直に称賛しつつも、なおも攻撃の意志を失わないマティアスはナイトメア用大型ランスを構え直し、凄まじい速さでヘビーラッシュを繰り返した。
「そんなの、スザクに比べたらただの猫パンチだわ!」
カレンはそう言いながら軽々と避け、ナイトメア用大型ランスを掴んで一気に破壊しようとした。
「・・・甘いな」
マティアスはそう呟くと突然カレンから距離を取り、ナイトメア用大型ランスを地面に突き刺した。
「な・・・・?」
いきなり何を、と思ったカレンだが、次の瞬間床が大きくひび割れ、中から紅い液体が充満している強化ガラスの箱が見えた。
「・・・流体サクラダイト!!」
「私と共に散ってくれ、ゼロの騎士よ」
まさかの自爆にカレンは驚愕したが、まだ爆発はしていない。
マティアスは当初からそのつもりだったのか、淡々としていた。
「あんた、バカ?ここで私とあんたが死んだって、結局黒の騎士団の勝利は変わらないの。
何の意味もないことを、どうしてやるのかしら。これだからブリタニアは!」
「・・・意味はある。私が最後まで戦い続け、ゼロの騎士を倒すことにはな」
「・・・どういう意味よ」
カレンが怪訝な表情で問いかけると、冥土の土産のつもりだろうか、マティアスは存外素直に答えてくれた。
「もはやブリタニアの敗北は確定している。制海権を奪われ、フレイヤは無効、 皇族達の連携は崩れ去り、同盟国は全て去った。
これで勝てると思える者は、バカを通り越した痴呆だ」
「・・・・」
「だが、それでもここで私達が負けを認めれば、これまで戦ってきた兵士、負担に耐えてきた国民達の立場はどうなる?
最後まで戦っていたら勝てたかもしれない、そう思って、戦争が終わってもまたブリタニア復活を夢見て戦う者が現れるだろう」
「・・・あ」
八年前、日本がブリタニアに負けた時、枢木 ゲンブの死により早期に降伏した。
最後まで抗戦していたら、奇跡の藤堂がブリタニアを倒していたとそう考えて、七年もの間抵抗し続けた日本解放戦線を、カレンは思い出していた。
「だから我々は、最後まで戦わねばならない。それでなお敗北すれば、国民達も 敗北を受け入れ、勝者たるゼロを、ひいてはユーフェミアを受け入れることが出来る。
敗者は勝者に従う・・・これは私達が自ら定めたことなのだから」
「・・・あんた」
「私は皇族だ。国民の最善のために動く義務がある。
第五皇子であるマティアスは、ゼロの騎士を討ててもゼロは討てなかった。
せめてもの慰めとして、国民達に語り継がれる・・・それでいい」
皇族の義務を、その誇りとともに全うする。
その覚悟で、彼はここにいたのだと、カレンは悟った。
「・・・ユーフェミア皇帝以外に、理解出来る皇族に初めて会ったわ」
「ユーフェミアか・・・正直あそこまで変わるとは、皆驚いたものだが。
そういうわけだ、私と共に、ブリタニアの礎になれ」
「全力で断るわ」
カレンはそう答えるや、ナイトメア用大型ランスを再度突き刺して流体サクラダイトを爆発させようとするマティアスに、猛スピードで近づいた。
そして驚く間もなくナイトメア用大型ランスをつかんだ。
「最後まで戦って、負けを受け入れる、か・・・解らないでもないわ。
でも、もうみんな戦いにはうんざりしてるの。早く終わらせたいと思ってる。
そこを考えて貰うことは、出来ないかしら?」
「一理あるかもしれない。けれど、落とし所というものは必要だ。
シュナイゼル兄上のフレイヤが原因で、ブリタニア皇族の権威もガタ落ちだ。
国民からの冷たい視線に、私は耐えられない。
それに、今さら皇族の枠の外で生きることなど出来はしない」
「・・・・」
「私を哀れと思うなら、このまま殺せ。
神聖ブリタニア帝国第五皇子は、最後まで戦った・・・そして負けた。そう、伝えてくれ」
自害は出来なかった。
あくまでも戦いの中で死なねばならなかった。
ブリタニアの国民の慰めとなるに必要な事実を、どうか。
「ゼロ、どうしますか?」
考えあぐねたカレンがルルーシュに相談すると、ルルーシュからの返事は望み通りにしてやれ、というものだった。
「了解しました、ゼロ」
カレンは大きく溜息をつくと、つかんでいたナイトメア用大型ランスに輻射波動を流した
グロースターは途端に機体が歪みだし、そしてそれは大きく爆発した。
「・・・ペリノア基地総司令、マティアス・グ・ブリタニアを倒しました、ゼロ」
「ご苦労だった。では残党処理をしつつ、こちらへ戻れ」
「了解」
完全勝利のはずなのに、そんな実感などわかぬまま、カレンは自らが破壊したグロースター最終型に視線を送った。
(まともな人ほど、おかしな思考の家族の巻き添え食うんだなあ・・・)
ある意味ヤケを起こしていたとも見えるマティアスに、カレンは同情した。
けれど、生きていたとしても実際問題として皇族の扱いは慎重に行わねばならないことは、カレンも解っている。
その最たる例はとばっちり代表のオデュッセウスで、彼は死刑になるほどのことはしていないが、かといってどのように扱うかで、連日会議が行われている。
明らかに死刑が妥当だというシュナイゼルのほうが、むしろ面倒がないのである。
カレンが基地から飛び立つと、この時点でマティアスの敗北が確定したため、ブリタニア軍は降伏した。
ペリノア基地、陥落。
次の進軍目標は、最終目的地である帝都ペンドラゴン。
ペンドラゴン進攻戦におけるブリタニア軍総司令官は、すでに皆知っていた。
ナイトオブワンにしてラウンズの長、ビスマルク・ヴァルトシュタインである。
「ペリノア基地が、黒の騎士団によって陥落しました!
まさか、ここまで早く・・・!」
近衛兵の震える報告を、玉座に座っているシャルルは黙って聞いていた。
そしてそうか、ならば次はビスマルクの出番だな、とだけ呟き、近衛兵を下がらせる。
「陛下・・・」
「案ずるな、ビスマルクよ。もう決まっておったことだ」
「はい・・・」
そして誰もいない広間で、今後について話し合う。
「・・・では、そのように」
「うむ、頼んだぞ」
全て打ち合わせが終わると、シャルルは忠実な騎士に向かい、無駄とは解っていたが念のために尋ねた。
「・・・ビスマルクよ、それでいいのか?
お前ならばルルーシュの・・・」
「いいえ、私は陛下・・・シャルル様の騎士です。貴方以外の誰にも、膝はつきませぬ」
主君の台詞を遮ると言う、普段ならしない不敬行為をしながらも、ビスマルクはきっぱりと宣言した。
「お供いたします・・・最期まで」
「そうか・・・」
ラグナロクの接続は、兄と二人だけの秘密だった。
そこへ自分達を守ると現れたのが、ビスマルクだった。
結婚もせず、子供も作らず、ただひたすらシャルルのために尽くした。
シャルルは忠実なる臣下のために良縁を彼に勧めたことがあったが、計画が優先だと断られたほどだった。
「ビスマルクよ」
「はい、陛下」
「終わりが見えると言うのは、これほど安らぐものなのだな」
自らが目指したゴールではない。
だが、それでも見え始めた終わりが、もうすぐ来る。
穏やかな表情でシャルルは呟き、そして玉座の上で目を閉じた。
「ゼロ、いよいよですね」
ペンドラゴン城壁の外に置かれた、G1ベース。
ブリタニア大陸の統制に当たっていたユーフェミアが、合流したのである。
「・・・シャルル皇帝のあの放送、何か裏があるのではと思って慎重に調べましたが、何も起こりませんでしたわね。
あれに呆れた方々が、こぞって降伏する始末です」
大きく肩をすくめるユーフェミアは、ずっとモニターを通してペンドラゴン城壁を見ているルルーシュに気がついた。
「ゼロ、どうかなさいましたか?」
「あ、ああ、何でもありませんユーフェミア皇帝。
何か企んではいたが、結局はそれが使えなくなった、というのも考えられますね。
いつだって計画は完璧なものですが、それが遂行できるかどうかは別問題です」
「なるほど、そうですわね。では、ゼロ・・・」
「ええ、ペンドラゴンをこれより攻め落とします。
降伏勧告はいたしますが、おそらく応じないでしょうから」
ユーフェミアは頷くと、ルルーシュに促されてマイクを手にしてペンドラゴンの城壁前で陣を築いているブリタニア軍に向かい、透き通る声で言った。
「ブリタニア軍の皆様、私は合衆国ブリタニア皇帝、ユーフェミアです!
ブリタニアは間違った国是のもとで人々に悲しみを強い、恨みを買ってきました。
そしてついには、フレイヤと言う恐ろしい兵器を生み出すと言う間違った結果になっていました。
それを貴方がたは、正しい進化であると思うのですか?」
自国の首都に向けられていた大量殺戮兵器、フレイヤ。
その威力を自軍の基地の喪失と言う形で思い知っていたブリタニア軍兵士は戦慄したが、もはやそれはどこにもない。
「私は平和な世界のもと、皆で笑い合っている光景が見たい。
そのためには、まず間違いを正さなくてはなりません。人々に戦いと悲しみを強いて、それを進化と呼ぶ皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアを私は許さない。
どうか、道を開けてください!!」
「それは出来ませんな。ユーフェミア皇女殿下」
そう応じてきたのは、ブリタニアの通信機からだった。
その声には聞きおぼえがある。
「ナイトオブワン、か」
どうやら自ら前線指揮を執っているらしいビスマルクに、ルルーシュは言った。
「降伏するつもりはない、と言うことだな、ビスマルク・ヴァルトシュタイン」
「無論だ。小細工などない、我々の全身全霊をもってお相手させて頂こう」
「そうか・・・では私も容赦はしない。
我が黒の騎士団よ、我々は長きに渡る戦いの末、シャルル・ジ・ブリタニアまで、あと一歩のところまで来た!!
世界の争乱の元凶を、今こそ倒すべき時!全軍、進め!!」
「「「うおおおお!!!」」」」
ルルーシュの檄に黒の騎士団は士気を上げ、次々にナイトメアに乗って戦場へと飛び出していく。
「藤堂 鏡志朗、まかり通る!!」
藤堂が四聖剣と共に飛び込み、戦闘が始まった。
戦力は拮抗していたが、士気は明らかに黒の騎士団が高い。
度重なる戦勝もあるが、幾度となく愚行としか思えぬ行為を繰り返してきたブリタニアに対し、怒りを燃え上がらせているからだ。
対してブリタニア軍は、シュナイゼルによってペンドラゴンがフレイヤの脅威に晒されていた上、その間皇帝は何もしていなかったという事実に、皇帝に対する不信の種がそこかしこに芽生えていた。
加えてこの戦いを制した者に皇帝位を譲るという宣言の結果、皇位に目がくらんだ者達によって皇族達が口を出したがり、それは軍の指揮系統を著しく狂わせる結果となった。
軍人からしたらたまったものではなく、種は見事に水をまかれて育っている。
それでも祖国を他国に蹂躙されるわけにはいかぬと、彼らも必死に応戦に入った。
ラウンズの若きナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグは、その筆頭である。
エーギル基地がシュナイゼルによって消滅させられた後、ペンドラゴンとも連絡が途絶えた彼は、すぐさまペンドラゴンへ戻った。
しかしシュナイゼルによってあっけなく捕えられ、シュナイゼルの管轄下にある牢へと閉じ込められた。
ダモクレス陥落後にドロテアによって救出され、事の次第を聞いたジノは青ざめたものだ。
だがその後皇帝から黒の騎士団を迎え撃つよう命じられ、ジノはこれまでの汚名を返上すべく、こうして戦場に立ったのである。
「ブリタニアの地は、私が守る!」
「あ、あいつまだ生きてたんだ」
すっかり忘れていた、と無情に応じたのは、先陣を切っていたカレンだった。
「カレン・シュタットフェルト・・・」
「一応聞くけど、あんたが守りたいのは何?ブリタニアの名前?国民?それとも皇帝?どれなの?」
何を守るためにそこにいるのかというカレンの問いに、ジノは答えた。
「私が守るべきは、神聖ブリタニア帝国のすべてだ!
そしてそれを司る皇帝を、お守りする。それがラウンズだ!!」
「あの疫病神の皇帝を守るの?じゃあ間違いなく私の敵ね!主君と一緒に、滅びろ!!」
カレンはそう叫ぶと、トリスタン・ディバイダーに向かって猛攻する。
「我らラウンズは、シャルル陛下に忠誠を誓った身だ!
ユーフェミア皇女殿下の皇位簒奪など、認められない!!」
オープンチャンネルだったのでその会話が聞こえていたユーフェミアは、大きく溜息をついた。
「あんな地位は、壊す価値はあっても奪う価値などないでしょう。
神聖ブリタニア皇帝位は、九十八代で終わるのです」
「まったくだ。九十九代皇帝など、負の遺産の象徴だからな」
借金を好んで背負いたがる者好きは、そうはいない。
だが愚か者の目には、シャルルがぶら下げている地位が黄金色に見えているらしく、目の色を変えて手にしようとしている。
それが既に、禿げた金メッキであるとも知らずに。
ルルーシュ達にしてみれば、笑えない喜劇でしかなかった。
「スリーはカレンに任せて、スザク、お前が宮殿への道を開け!
ジェレミア、お前はペンドラゴンに詳しいだろう。スザクをサポートしろ」
「かしこまりました、ゼロ」
総指揮をとるため、ルルーシュはまだ出撃する予定ではない。
ルルーシュの命を受けたジェレミアは、一礼して司令室を出て行った。
しばらくしてランスロットが出撃し、間をおいてその後をジークフリードが追った。
「オールハイル、ブリタニア!!」
「どけ、邪魔だあ!」
「黒の騎士団を入れるな!ペンドラゴンが落ちれば、ブリタニアは終わりだ!」
怒号と騒音が響き渡る中、まっしぐらにペンドラゴン城壁にやってきたのは、スザクとジェレミアだった。
彼らの進攻を阻もうと、ナイトメア部隊が襲ってきたが、藤堂達に引きつけて貰ったり、あるいは自力で倒して門まで来たのである。
そしてこの門を守るのは、ラウンズの長であるビスマルクと、ナイトオブフォーのドロテアだった。
ギャラハッドとベティウェアが、戦闘態勢で門の前に立ちはだかる。
「ここから先は、何人たりとも通さぬ」
「その門、我が主君の命により開かせて頂こう」
ジェレミアも戦闘態勢を取ると、スザクは自分が、と進みでる。
だが、それはジェレミアが制した。
「いや、彼は私に相手をさせて貰おう。枢木卿は、あちらを頼む」
ジェレミアの言にスザクが視線を右にやると、ベティウェアが剣を構える。
「解りました、ジェレミア卿」
スザクがメーザーバイブレーションソードを構えてベティウェアに切りかかると、ドロテアは空を飛び、空中戦を挑んだ。
「ま、待て!逃がさない!」
突然戦陣を離れるかのように、いきなり上空へ飛んだベティウエアに驚いて反応が遅れがスザクだが、慌てて彼女の後を追う。
一方、その空中ではカレンとジノが切り結んでいた。
「あんた、本当邪魔なのよ!いいからどけ!!」
「私は帝国貴族として、ラウンズとして、その使命を全うするだけだ!」
「皇帝、貴族、ラウンズって、あんたってそればかりね!
あんた達の目にはそれしか映っていないから、あんな非道なことが平然と出来るのよ!!」
むかつくわ、とカレンはジノのキャリバーンをつかんだ。
「う、動かない・・・・!」
「シュナイゼルがしたことも、皇帝がその兵器を放置したことにも、目をそらして!!
あんた達みたいなのがいるから、ユーフェミア皇帝みたいにまともな人達が、やらなくていい苦労を背負い込むことになるのよ!」
(くっ・・・!こうなったら、エネルギーを最大に通してあのナイトメアの腕を壊す・・・!)
ジノがそう決意してレバーを操作した時、凄まじいエネルギーが紅蓮の腕に通るのが見えた。
「そんなに見たい物しか見たくないなら、今この場で退場しな!」
カレンはそう叫ぶと、輻射波動でキャリバーンを一瞬で溶かしてしまった。
「な、キャリバーンが・・・!」
しかしそれだけではなく、トリスタン・ディバイダーの腕も、赤く染まっていくのが見える。
「まさか・・・そんな・・・」
驚愕に目を見開いたジノだが、既にフロートシステムにも不備が生じている。
「あんた達の相手は、もううんざりなの。弾けろ、神聖ブリタニア帝国!!」
カレンの叫びと共に輻射波動が放たれ、トリスタン・ディバイダーは爆発した。
しかし脱出装置が働き、コクピットが宙を舞うのが見える。
「お疲れ様、カレン。ラウンズでも、もうナイトメアが使えないんじゃあ私達で充分よ。
ちゃんと捕縛しておくから、貴方はそのまま進軍しても大丈夫」
井上がそう通信機で申し出ると、カレンは礼を言ってラウンズがやられて驚愕しつつも、襲いかかって来るナイトメア部隊をなぎ払った。
「ありがとうございます!邪魔よ、あんたら!どけええ!!」
カレンはそう叫びながら、ジノのことなどすぐさま忘れて門に向かって突撃するのだった。
一方、戦陣からはるか上空にまで来たドロテアは、思っていたより早く追ってきたランスロット・アルビオンをここに誘い込むため、早くも疲れていた。
「・・・大したスピードだな、そのナイトメア」
「こんなところまで誘い込むとは、何を企んでいるんだ?」
スザクの問いに、ドロテアは剣こそ構えつつも攻撃することなく、ゆっくりと問いかけた。
「・・・ここならオープンチャンネルで会話をしても、誰にも聞こえないからな。
一つ、確認したいことがある。ユーフェミア皇女の騎士、枢木、だったな」
「・・・・」
「ゼロは、八年前に消えた、アリエスの宝。それは事実か?」
固有名詞こそ出さなかったが、解る者には解る問いだった。
疑問口調ではあったが、殆ど確信しているらしき彼女の問いに、スザクは独断では答える事が出来ず、ルルーシュに指示を乞う。
それを聞いたルルーシュは眉をひそめたが、答えずまず様子をうかがった。
しかし、その間こそが、ドロテアにとっては答えも同然だった。
「・・・ジノが純血派の女から、ゼロの正体を聞いたと言う報告の時、私もいた。
その時見せられた写真・・・あのお方によく似たお顔だった。
陛下にも確認した・・・それがどうした、とお認めになられた。
ここには私以外のブリタニア兵士が来ないよう、既に通達済みです。
事実なら、どうか御返事を!」
「・・・スザク、通信を繋げ。彼女の話を聞きたい」
「解った」
スザクが通信機器を操作すると、ルルーシュの声が繋がった。
「写真まで見られているなら、ごまかしようもないな。
どういうことか、話せ。何があった?」
「・・・私はドロテア・エルンスト。かつてマリアンヌ様の部隊にいた者です」
ルルーシュの肯定に、ドロテアはどこか懐かしそうに言った。
「・・・まさか、と今の今まで思っていましたが、やはり。
いきなりで信じて頂けないかもしれませんが、私はマリアンヌ様に一方ならぬ恩義があります。
あの方がラウンズを引退される時、私を後任の候補に挙げて下さったのも、あの方でした。貴方なら大丈夫だとおっしゃって下さった・・・」
「そうか、それで母の代わりにあの男を守るということか?」
「・・・つい先日までは、その覚悟でおりました。
ですが、もはやその必要はありません。投降します」
ドロテアはそう宣言すると、ナイトメア用の剣を自らしまい、機関を停止した。
「・・・え・・・あの、いいんですか?」
いきなりの成り行きにスザクは思わず瞬きしつつ確認すると、ドロテアは言った。
「陛下をずっとお守りして、戦場を駆け回ったあの方。
戦場でも、あの方にお助けして頂いたことが何度もある。そのマリアンヌ様が殺された事件の全容が、解りましたので」
意外な台詞にスザクは驚愕し、ルルーシュとユーフェミアも同じ表情になった。
「連れてこい、スザク!余計なことはこれ以上喋らないよう、徹底して見張れ」
「解った、すぐにそっちに連れていくよ。では申し訳ありませんラウンズの方。
余計なことは外部に漏れたくありませんので、これ以上の会話は」
「承知している。私もラウンズだ、マリアンヌ様の名にかけて、卑怯な真似はしない」
ドロテアはそう宣言すると、投降を明言しながらスザクの案内の元、G-1ベースへと向かうのだった。
「陛下御自らお名付けになられた、エクスカリバー!
受けてみよ、ジェレミア・ゴッドバルド!!」
「このジークフリードに、敗北は許されぬ!」
ジェレミアは神経接続装置により、驚異的なスピードを生み出すジークフリードで、ギャラハッドに肉薄する。
人型ではないジークフリードの動きはつかみづらく、ビスマルクは舌打ちした。
だがそれでもさすがに、ナイトオブワンである。
エクスカリバーでジークフリードの砲台に斬りつけた。
たった一撃だが、機関の一部が切り落とされて落下していく。
「ぐっ、さすがだな」
「エクスカリバーの一撃をくらってもその程度とは、そのナイトメアも大したものだ」
どうやら攻撃力はギャラバッドが上だが、防御力はジークフリードが上回っているようだ。
また、スピードも神経接続と言う手が使えるジェレミアが上だった。
「追いつくのがやっとか・・・!」
「このナイトメアは、神経を直接接続することで、自在に操れる。
我が主の宝物より賜った力だ!ナイトオブワンといえど、負けるわけにはいかぬ!」
ジェレミアの主君の宝といえば、ロロのことを知らないビスマルクには、それが誰を指しているか、すぐに解った。
「・・・そうか。それはよかった」
ビスマルクはナナリーがナイトメアの力を何らかの形で使用し、歩くようになったのだと悟り、戦闘中にも関わらず笑みを浮かべる。
ナナリーがどこまで回復したのか、その神経接続型のナイトメアにも乗れるのかと尋ねたかった。
互いに一進一退を繰り返し、門の周辺には誰も近付けずにいる。
(見事なものだ。ギアスがあったなら、使用しているほどだ。
もっとも、ギアスがあってもマリアンヌ様には勝てなかったが)
「閃光が遺した灯か。その恩恵に預かれるとは、羨ましい限りだ」
「・・・宮殿が狂気に満ちて以降、全てが不幸に向かって進んでいた。
忠義の名のもとに、それを止めなかった我ら貴族の罪は重い。
私はあの方の元で、贖罪の道を進むと決めた。
ヴァルトシュタイン卿、貴方はどうなのだ?!」
大型スラッシュハーケンを、エクスカリバーでなぎ払いながら、ビスマルクは答えた。
「私はシャルル陛下の騎士だ!それこそが我が誇り、私そのものだ!!
他の誰が背こうとも、私だけはあの方のお傍にいる!
シャルル・ジ・ブリタニアの騎士の名は、私と共に!!」
ビスマルクは高らかに自身の存在意義を叫び、エクスカリバーでジークフリードの向かって切りかかる。
「この忠義、私も譲れぬ!オールハイル・・・」
ルルーシュの名前だけは心の中だけで告げ、ロングレンジリニアキャノンをギャラハッドに向けて撃ち放った。
ビスマルクは神経接続による正確な砲撃を避けもせず、エクスカリバーをただジークフリードに向けた。
エクスカリバーはジークフリードの機体の右半分を見事に斬り落とし、断面からはジェレミアの身体がはっきりと見える。
しかし、ロングレンジリニアキャノンを食らったギャラハッドも無事ではなく、機体全てがもはや機能停止になっていた。
「見事なり、ジェレミア・ゴッドバルド」
そう言いながらビスマルクはコクピットを開け、ジェレミアに向かって言った
「陛下は強い方だった。だが、ゆえに孤独な方だった」
だから、すべてに主を理解してほしかった。
唯一主君を愛し、理解してくれたのは兄であるV.V以外に、マリアンヌだけだったから。
自然にマリアンヌの子供であるルルーシュとナナリーも同じだと思い、あの悲劇を放置した。当たり前のように、理解してくれると思ったから。
必ず理解してくれるものだと、ビスマルクは信じた。
「私の人生に、悔いはない。ただ、心残りはある。
・・・マリアンヌ様も、あの方も、あのお二人を愛していた・・・それは真実だ。
それだけはどうか信じてほしかったと、お伝えしてくれ」
「・・・必ず」
ジェレミアが了承すると、ビスマルクは笑みを浮かべた。
「あの方を、独りで逝かせるつもりはない。私はあの方と、命運を共にする。
・・・先に、マリアンヌ様と共にお待ちしております。オールハイル・シャルル!!」
既に自ら脱出装置を外していたギャラハッドは、パイロットを逃がすことなくそのまま爆発の炎で包み込んだ。
「ナ、ナイトオブワンが・・・!」
「よっしゃあ!!ラウンズが全て落ちたぞ!!黒の騎士団の勝利だ!!」
驚愕するブリタニア兵とは逆に、黒の騎士団から歓声が上がる。
「ワンが、負けた?有り得ない!!」
地面に投げ出されたコクピットから引きずり出され、井上達に連行されていたジノの叫びに、同じように捕虜になったブリタニア兵士が叫ぶも、黒の騎士団の歓喜の声にかき消されていく。
だが城壁の門が開け放たれ、次々に黒の騎士団が突入していくのを見て、ジノはそれが事実であることを認めざるを得なかった。
ゼロが乗艦するG1ベースがペンドラゴンに入るのを見たジノは、ブリタニアが終わったことにただただ呆然とするのだった。
ペンドラゴンの城壁が破られた後は、もはや彼らを遮るものは何もなく、ブリタニア宮殿はあっと見る間に黒の騎士団に取り囲まれた。
空から、地上から迫りくる黒の騎士団を目にした皇族・貴族達は、玉座の前で悠然と座るシャルルに向かって言った。
「陛下、陛下!!黒の騎士団が・・・!」
「ビスマルクすら倒したか・・・これで真の勝者が決定したな」
シャルルはそう呟くと、内心で忠臣に向かって感謝の念を告げる。
(すまぬ、ビスマルク・・・)
自分のわがままに、随分長い間付き合わせてしまった。
そしてそれは、今もなお続いている。
「我がブリタニアは弱肉強食。敗者は勝者に従うのが、我が国の国是だ。
敗者の恥辱を受けたくなくば、せめて潔く散るがいい」
「そ、そんな・・・陛下!!」
「負ければどうなるか、常々言い聞かせてきたはず。
勝者はゼロだ。敗者は黙って従うしかあるまい」
突き放された皇子や皇女、貴族達は、絶望を顔に浮かべて床に座り込む。
それらを横目で見やりながら、シャルルは玉座の間を去った。
宮殿を包囲され、逃げ場のなくなった皇族、貴族に対し、ルルーシュはG1ベースから降伏勧告を発した。
「ブリタニア貴族、皇族達に勧告する!この宮殿は、我ら黒の騎士団が完全に包囲した!
これ以上の抗戦は、無意味である!武装を解除し、投降せよ!!」
ゼロの声に皇族・貴族達は青ざめ、あるいは様々な決意を秘めて、動き始めた。
第三皇女、エレイン・イ・ブリタニアを産んだコンスタンス妃は、学院から戻っていた娘に向かって言った。
「皇族が虜囚の辱めを受けるなど、あってはならぬこと。
この母と共に、陛下のお伴をなさい」
「お母様、我がブリタニアは世界でもっとも優秀な人種なのでしょう?
それなのに、どうしてゼロに敗れたのですか?」
常に勝者であるはずの自分達が死ぬのはおかしいではないか、と母に尋ねるエレインに、コンスタンスは答える事が出来なかった。
だが敗者としてこれから恥辱に満ちた人生を娘に歩ませるなど、皇族出身で皇帝以外に跪いたことのない彼女には耐えられず、誇りある死こそが幸せだと信じた。
「いずれあの者らも、この行いを悔いる日が来るでしょう。
さあ、これをお飲みなさい」
母に促されるまま、毒の入ったグラスを手にしたエレインはそれを一息に飲み干した。
続けてコンスタンスも、同じようにグラスの毒を自らの体内へと注ぎ込む。
苦しまずに眠るようにしてその命を奪うその毒は、弱肉強食を国是としてきたブリタニア皇族が、敗者としてその地位を追われた者が使うものだった。
服用すると十分程度で強烈な睡魔が襲い、そしてそのまま死に至る。
コンスタンスはエレインと共に豪奢な天蓋つきのベッドに横たわると、娘を抱きしめた。
「お母様」
「可愛い貴方を、一人にはしません。さあ、眠りましょう」
この戦争中、凶報ばかりが来るようになってから随分、娘に怖い思いをさせてしまった。
だが、それももう終わる。
皇帝たるシャルルが負けを認めた今、もはや自分達に残された道は、これしかなかった。
母が久方ぶりに歌う子守唄に包まれてエレインは目を閉じ、そしてその目を開くことは二度となかった。
「エレイン異母姉様が、コンスタンス妃と心中ですって?!」
その報を始めに聞いたのは、カリーヌだった。
続けて同じように自ら命を絶った皇族、貴族の訃報が届き、カリーヌは茫然と異母姉・ギネヴィアに視線をやると、彼女はぎりぎりと唇を噛み締めた。
「ゼロ、ゼロさえいなければっ・・・!
ラウンズも何と情けない!陛下の御信任を受けた身でありながら、逆賊一人倒せないとは!!」
八つ当たりもはなはだしい怒声にカリーヌはさすがに辟易したが、諌めることが出来ず、途方に暮れる。
「ブランシャーヌ侯爵、ピッコル子爵、黒の騎士団に投降!
第三近衛部隊も、同じく投降した模様!」
「貴族の身でありながら、何と卑怯な!!これ以上の投降は許しませんよ!!
黒の騎士団に投降する動きがあれば、すべてその場で処分しておしまい!」
騎士の報告にギネヴィアが怒鳴るも、もう手遅れだろうと残された皇族達は思った。
何の手も打てないまま時間だけが過ぎ、とうとうゼロから最後通牒が下った。
「これより、黒の騎士団は皇宮へ突入する!
これが最後の勧告である!降伏する気のある者は、遠慮なく申し出てほしい!
我々は、これ以上の無駄な交戦を望まない!!」
「逆賊がっ・・・!テロリスト上がりの軍隊に、我がブリタニアは降伏などしない!」
ギネヴィアの言に、数名の皇子達が同調する。
しかし、解る者は解っていた。
もう、全てが終わっていると言うことを。
そして、皇宮の門が破壊される音が響き渡る。
それを聞いたカリーヌは、ただその場に立ち尽くすしか出来なかった。
その後は既にもはや戦闘と呼べるものではなく、その後は語るまでもなくあっけなかったとしかいいようのないものだった。
ギネヴィアは残った異母弟らと共に一度ペンドラゴンを出て改めて黒の騎士団に挑もうと隠し通路に向かったが、そこは既にユーフェミアによって抑えられており、彼女達は捕縛された。
宮殿に残っていたカリーヌも、母后ともども身柄を拘束された。
全てに決着をつけるため、蜃気楼に乗って八年ぶりにブリタニア宮殿へと踏み込んだルルーシュは、精いっぱいの虚勢で自分を睨むカリーヌを見つめた。
「ゼロ・・・!貴方のせいで、ブリタニアが・・・!」
「違いますね、間違っていますよカリーヌ皇女。
この事態は全て、貴方がたがしたことの結果だ・・・と言っても、今の貴女には解らないでしょうが」
「な、バカにするつもり?!テロリストのくせに!!」
事ここに至っても、ゼロはただのテロリストでしかないのだと盲目的に信じるカリーヌを、ルルーシュは憐れんだ。
これまでただ父母の言うことだからと国是を信じ、それだけでしかなかった異母妹。
だから、ルルーシュは言った。
「貴女はギネヴィアや兄皇子達とは違い、まだ責任を負わぬ皇女です。
ですから私は、貴女が成人するまで、世界を見る時間を差し上げましょう。
何が正しく、何が間違っているか、貴女が選ぶとよろしいでしょう」
「な、なんですって・・・!」
「それでなお、ブリタニア皇族が正しく、我々が間違っていると思うなら、私に対し反逆すればいい。それは貴女の自由だ。
ただし、これだけは言っておきます。何があろうと、自身の行動には結果が伴う。そしてその結果の責任は、常に己が背負わねばならない。
よくご覧になるといいでしょう。間違った行為の結果が、今目の前にあるのですから」
そう言い捨ててシャルルを探すべく、玉座の間から立ち去った蜃気楼を、カリーヌは屈辱だと言わんばかりの目で睨みつけて見送った。
そして彼女が連行される道すがら見たのは、皇族を守ろうとして抵抗した兵士達と自害した貴族達の死体、そして憎々しげな目で自分達を睨む黒の騎士団の団員だった。
生まれて初めて憎悪の視線に囲まれたカリーヌは脅えたが、精いっぱいの虚勢をもってそれから目をそらさず、凄まじい戦の音が響き渡る宮殿からG1ベースへと連行されたのだった。