第七話 魔女狩り
マオが仲間になってから数日後、エトランジュはマオが気にかかったのでルルーシュとは別に彼とは定期的に連絡を取っていた。
彼自身自ら自分とリンクを繋いで欲しいと言ってきたことに驚いたが、エトランジュは嬉しくなって喜んで彼にギアスをかけたのだ。
マオはあの後、ルルーシュの依頼通り軍人の集まる場所にアルカディアと出かけては情報収集にあたっていた。
さすがに上に知られたくないお喋りをするだけあって監視カメラもないので、この二人にとってブリタニアの軍人用クラブは情報の狩り場となり果てた。
“自分達を認知されなくなるギアス”と“心を読むギアス”・・・この二人のギアスの組み合わせは抜群で、ただ軍人が集まるクラブにこっそり侵入するだけで面白いように情報が集まっていく。
そしてヴィレッタ・ヌゥについては彼女が例のオレンジ事件で信用を失い閑職に回された純血派の人間だったため、彼女が行方不明だと騒がれたのは昨日今日のことらしい。
しかも彼女自身の評判は悪くなかったが、所属していた派閥を気にして真面目に捜索する者がいないせいで、目下行方不明のままだということが判明しただけだった。
それを聞いたルルーシュは舌打ちしたが、とりあえずは己の正体がブリタニアに知られていないことが解ったので一安心である。
だがマオはよほどエトランジュが気に入ったのか、それとは別に彼女のためにとある情報を知って嬉々として教えてくれたのだ。
《エディ、エディ!いい情報見つけたから教えてあげる!》
いつもは母親にその日あったことを報告する幼い子供のようなマオがそう言ってきたため、エトランジュは少し驚いたが嬉しそうに言った。
《まあ、それはありがとうございます。でも、あまり無理はしないで下さいね》
《大丈夫大丈夫!アルのギアスと僕のギアスがあれば、これくらい全然だよ》
初めて他人と行う共同作業にマオは新鮮味を感じたようで、アルカディアが辟易するほどの頻度で情報召集を行っていた。
アルカディアも自分よりはるかに研究知識に富むラクシャータがイリスアーゲートの調整や改造を請け負ってくれているため、マオと組む情報収集が一番役に立つと解っている。
《あのさあ、中華の後押しで例の日本の元政治家がホクリクに攻めて来るみたいなんだけど》
《ああ、確かC.Cさんが中華に行った際に報告のあった・・・でも、それは黒の騎士団が折を見て止める予定と聞いておりますが》
《その動きはコーネリアも察してて、イシカワに極秘で向かうらしいよ。
細かい動きは随時こっちで調べておくから、うまくすればそいつを倒せるんじゃないかなあ?》
《それは本当ですか?!解りました、すぐにゼロと相談します》
これが事実なら、好都合だ。極秘なら護衛も密度が濃くても人数が少ないものだろうから、この合間を縫えば何とかコーネリアを討てるかもしれない。
《マオ、それなら先に私に教えてよ・・・》
《だって、僕が報告したかったんだもん。いいじゃんどうせ同じことなんだから》
どうやらアルカディアには教えず、真っ先にエトランジュに言いたかったことらしい。
全く子供なマオにエトランジュはクスクスと笑ったが、アルカディアは大きく溜息を吐く。
《はいはい、でも情報は一分一秒を争って伝えないといけないから、その辺は気をつけてね》
《僕だってそれくらいの区別はつくよ、アル。失礼だなー》
《まあ、お二人とも仲がよろしいですね。マオさん、アルカディア従姉様はとてもお口が悪いですけど、悪気のある方ではないのです。
あまり、お気になさらないで下さいな》
エトランジュの言葉にアルカディアも笑ったが、マオは少し不思議そうな顔である。
《うん、それは解ってる・・・心配しないで。ちゃんとやるから》
《気をつけて下さいね・・・では、私はゼロと協議に入りますので》
エトランジュがリンクを切ると、アルカディアは忌々しげに呟いた。
「私達の家族を殺し、私達の国を奪って蹂躙した、あのブリタニアンロールがっ・・・!」
そしてその先駆者であるブリタニアの魔女、コーネリア・リ・ブリタニア。
あの女とあの女の父親だけは、絶対に許さない。
「行くわよ、マオ。あの女に関する情報は、出来る限り集めておくの」
「はーい、今日は例の士官クラブだっけ?コーネリアの腹心のダールトンとその義理の息子達がよく使うっていう」
「ダールトン本人が来るようだから、確実な情報が手に入るわ。
ふふ、伯父さんの予知能力とマオの心を読む能力、そして私の姿を認知させなくするギアスのコンボは大したものね」
伯父は既にアルカディアがダールトンから情報を得る様子を予知してくれており、確実に彼が士官クラブにいることは解っていた。
ただ細かい予知までは出来なかったので、予知通りアルカディアがマオとともに士官クラブに潜入しなくては詳しい情報は手に入らないのである。
自分の腹心から己の情報が流れ出たと知ったら、あの魔女はどんな顔をするのだろう。
アルカディアは暗い笑みを浮かべて、マオを連れて租界へと出て行くのだった。
一方、エトランジュからの報告を聞いたゼロことルルーシュはキョウトからの紹介で四聖剣と呼ばれる藤堂の腹心達から、囚われの身となった藤堂を救出して欲しいと依頼され、それを受けて準備を進めていたところだった。
《コーネリアがイシカワへ・・・てっきり藤堂の処刑を見届けるものと思っていたが》
《こういう言い方も失礼ですが、奇跡の藤堂と言われていてもテロリストの処刑より、中華との戦闘の方に重きを置いたのではないでしょうか?》
《そのようですね・・・しかし、それは確かにチャンスです。
私達が藤堂を救出するためにチョウフ基地にいるところへ、別動隊がまさか来るとは思わないだろうし》
《じきにマオさんが詳しい情報をダールトンの記憶を読んで持ってきてくれるそうです。
それを元に、作戦をお考え頂けないでしょうか?》
《そうですね、情報次第では可能でしょう。しかし、マオもずいぶんと貴女に懐いたものだ》
感心したようなルルーシュの言葉に、エトランジュは嬉しそうに笑った。
《私はただマオさんの話を聞いて、私の話を聞いて貰っただけなのです。いずれはマオさんも、誰とでも普通にお話しできるようになると思いますよ》
《だといいですね。それはそうと藤堂の処刑まで日がないので、急がなければなりません。だたちに準備を始めましょう》
《間に合うでしょうか・・・》
話を聞いた時は手放しで喜んだが、考えてみれば急な話である。
いきなりコーネリアを討つ準備と策をと言われても、いかなルルーシュでも困ることだとエトランジュはしゅんとなったが彼は不敵に笑みを浮かべた。
「私を誰だとお思いですか、エトランジュ様。私はゼロ、奇跡を起こす男ですよ」
アルカディアが聞いたらこのかっこつけめ、とでも言いそうな台詞を傲岸に言い放ったルルーシュは、早くもパソコンで現在得られた情報を元に仮の作戦案を考えていく。
《ゼロ!従姉様とマオさんから連絡です。とてもよい手土産があるとのことです》
まめにアルカディア達と連絡を取っていたエトランジュがそう言うと、ルルーシュは二人と繋ぐように言ったのでエトランジュは即座にルルーシュと二人の間にリンクを繋ぐ。
《早かったですね、アルカディア王女、マオ》
《ええ、超朗報があるのよ。コーネリアがイシカワに向かうルートと護衛の陣容なんだけど》
《ほう、それはそれは・・・・ぜひ詳しくお伺いしたい》
アルカディアは実に楽しそうに、マオから聞いた情報を整理してルルーシュに伝えていく。
《とりあえずカナザワまで行くようなんだけど、サイタマとグンマを通っていくみたいなの。
だから私としては迎え撃つとしたらトウキョウから遠いグンマあたりかなって思ってるんだけど・・・・》
どうやら溺愛する妹・ユーフェミアがトウキョウで公務をするため置いて行くらしく、護衛のためにダールトン率いるグラストンナイツの半分以上がトウキョウに残るらしい。
《相変わらずだな、コーネリアも・・・》
以前と変わらぬ同母妹への溺愛ぶりに、自分も人のことは言えないか、と苦笑しながら作戦案を練っていく。
《―――という作戦でどうだろうか、エトランジュ様》
《はい、解りましたゼロ。では、これがイリスアーゲートの初陣となるのですね》
ラクシャータに依頼していたイリスアーゲートの改造が済んだため、その性能を試すいい機会だと言われてアルカディアはニヤリと笑った。
《ふふ、連中もさぞびっくりするでしょうねえ。自国の旧型のナイトメアが、まさかあんなものに化けるなんて思ってもいないだろうから》
《では、可及的速やかに作戦準備に入ります。今からなら、黒の騎士団以外のレジスタンスの方にコーネリアを討つために協力をと言えば了承して下さるかもしれませんし》
《くれぐれもお気をつけて頂きたい。コーネリアを討ち漏らしたとしても、貴方を失うことに比べれば大した事態ではありません》
今回の件はしょせん棚ぼたであるため、成功すれば儲けもの程度だというゼロに、エトランジュは頷いた。
《では、行って参ります。ゼロも、藤堂中佐の救出が成功するようお祈りしております》
こうしてルルーシュとの通信を切ると、エトランジュ達はキョウト六家に紹介状を要請すると、それを持ってサイタマとグンマに基地を持つレジスタンスの元へと慌ただしく出発していったのだった。
そして藤堂の処刑当日にして、コーネリアがイシカワへと出発する当日。
エトランジュ達はキョウト六家の紹介で知り合った二つのレジスタンス組織のメンバーと共に、グンマとナガノの県境でコーネリアを迎撃する準備を終了し、後はブリタニアが来るのを待つばかりとなっていた。
見た目から初めはブリタニア人かと疑われたのだが、相手が自分達と同じブリタニアに蹂躙され国を奪われたマグヌスファミリアの人間でありキョウトの客人、さらにはあの黒の騎士団のゼロによるコーネリアを討つ秘策があると知ると、話を聞いてくれた。
彼らもあの奇跡の藤堂が処刑されることは知っていたがどうにもならないと歯噛みしていたが、黒の騎士団が救出すると聞いて安堵の息が漏れた。しかもゼロはそれすらも利用して、コーネリアを討つと言う。
『いつも引き連れているグラストンナイツが半分というのも、滅多にない好機なのです。
でも、あいにくと黒の騎士団や他の協力組織も藤堂中佐を救出する方を優先しているため、どうしても人手が足りません。
お願いします、手を貸して頂けませんか?』
キョウトからの命令、しかもあのコーネリアを討つためならと、彼らは協力してくれた。
というのも、先のシンジュクゲットーやサイタマゲットーで家族を殺された者達が数多く在籍しており、特にここグンマはサイタマの隣にあるため、避難してきたサイタマ県民が多かったのだ。
コーネリアがトウキョウを出発したとの連絡があってから数時間後、伝令が報告した。
「エトランジュ様、コーネリア部隊を確認!現在うちのレジスタンスリーダーの加藤が、作戦通りトンネルを封鎖して退路を遮断!
そのままナイトメア数体でコーネリアを囲い込みます!」
「解りました。では皆様、ご武運をお祈りいたします」
エトランジュはコーネリアが使う県道の一つの近くにある街で総指揮を務めている。
ルルーシュは同時刻藤堂救出を行っているため、彼からの指示はなるべく仰がないようにしたいと言うと、彼は何通りもの作戦を用意してくれていた。
「ジークフリード将軍、お願いします」
「ええ、こういうことは地位の高い人間が言う方が重みがあるものですからな」
エトランジュには少々理解しがたいことだが、指示というのはより地位の高い者が行う方がどうしてか従うものであるらしい。
特に女王とか大将とか、そんな肩書を持っているとなおさらその効果が出るものなのだそうだ。
そのため、二度手間だが状況判断すら迅速に出来ないエトランジュの代わりにジークフリードがどの作戦が効果的かを判断し、それをエトランジュに教えて彼女が指示するという形式をとることになったのだ。
「では、まずは一番の作戦を指示して下さい」
「皆様、コーネリアがポイントBまで入ったら加藤さん達はいったん退却!別動隊の方々はポイントC地点まで誘導をお願いします」
「了解!」
今回、彼らの士気は異様なものがあった。それはおそらく、コーネリアによって無残に殺されたサイタマの民が多いせいだろう。
彼らは殺された家族、友人達の仇打ちとばかりに、怒りの焔を燃やしている。
そんな彼らがエトランジュの指示に従っているのも、彼女が今回の機会をもたらしたのもあるが、彼女もまた自分達と同じコーネリアによって家族を殺されたという共通点も大きい。
さらに彼女は復讐心というものを認めた上で、彼らに説いていた。
『貴方がたの怒りはよく解ります。ですが、それに任せて感情的に行動すれば討てるものも討てなくなります。
あのコーネリアはさすがに百戦錬磨の武人、感情で行動していると解ればどんな挑発的なことをしてくるのか解ったものではありません・・・サイタマがいい例です。
だからこそ、何を言われても無視して下さい。あの魔女の言葉には、私が応対します。
皆様は私のことなど気になさらず、お互いに連携して作戦の遂行のみをお考え頂きたいのです。
・・・・貴方がたを無為に死なせたくはありません』
年端のいかぬ少女に言われてしまっては、彼らとしても正論なだけに自制せざるを得ない。
彼らはほとんど無言になって、まずはコーネリアを作戦ポイントまで追い込んだ。
周囲にはグラストンナイツの他にも護衛隊がいたが、後発隊をトンネル内に閉じ込めたので二十人強のグラストンナイツと選任騎士のギルフォード、そしてコーネリアを相手するのみとなった。
「おのれ!!貴様らは何者だ!」
「はい、私達は貴女を殺しに参りました日本のレジスタンス組織の者です」
コーネリアの誰何に、エトランジュは冷静な声で応じた。
声音を変えていないので、響く少女の声にコーネリアは眉根を寄せて肉薄するレジスタンスのナイトメアを打ち払いながら叫ぶ。
「馬鹿正直なことだ・・・だが、その程度の人数と装備で、我らに勝てると思うな!」
「誤解なさらないほうがよろしいかと。私達は貴方がたを討ちに来たのではなく、貴女を討ちにきたのですよ、コーネリア・リ・ブリタニア」
エトランジュはそう言うと、別の通信機で指示する。
「コーネリアがポイントCに到達しました。作戦開始!」
エトランジュの言葉で隠れていたクライスが操縦する新生イリスアーゲートが現われて戦場と化した道路を走りだした。
「あれは・・・はは、第五世代のナイトメアではないか。あの程度で・・・」
憐みすら込めて笑うグラストンナイツ達だが、これはアルカディアが考案した機能をラクシャータが作り上げた、見かけは旧型、中身は最新型のナイトメアだ。
イリスアーゲートは作戦ポイントまで素早く移動すると、手にしていた球体をコーネリア達がいる場所にボーリングのように投げ転がしていく。
その球体が素早く道路内を転がっていくと、中から透明な液体が流れ出た。
またたく間にコーネリアはむろん、レジスタンス達のナイトメアの足下に油が広がっていく。
「それは租界からゲットーへと放置された廃棄物の油です。
古くてべとべとしていますが、火をつければ燃えるので銃のご使用はお控えになった方がいいと思います。
あと、移動の際にもくれぐれもご注意を」
「しょせん子供だましだ!重火器が使えなくとも、貴様らを葬ることなど造作もない!
貴様らもまた、逃げることも攻めることも出来ぬではないか」
コーネリアはふんと嘲笑したが、次の瞬間目を見開く。
「な、これは?!」
なんと目の前にいたナイトメアの搭乗者達は、次々と脱出ポットに乗って退却していったのだ。逃げたか、と思う間もなく、次に飛んで来たのは火炎瓶だった。
道路はすぐさま火の海と化し、コーネリアは慌てず冷静に消火を命じようとしたが、それではコーネリアを護衛出来ない。
「後発部隊がいれば、違ったのですが・・・連中、次々と油入りの玉を投げてきます!」
イリスアーゲート以外にも、二体のナイトメアが同じ油入りの玉を投げていく。
下に油がある上、卑劣にもナイトメアの腕の部分をめがけて油まみれにして来るので重火器をうかつに使うことが出来ないのだ。
「奴ら、白兵戦では届かない位置から攻撃してきます!卑劣な、恥を知れ!」
ギルフォードがそう叫んだが、エトランジュは至極冷静な声で言った。
「そうですか?私達は何の武器を持たない一般人を殺傷する事よりはるかに恥を知った行為であると考えておりますので」
「・・・・」
「その行為に比べれば、私達は貴方がたに何をしようとも罪悪は感じないのです。
コーネリアのブリタニア軍に遠くから油をかけて火をつけましたと世界に宣伝しても、何ら恥じることはありませんよ」
武器を持たない一般国民を虐殺した軍と、人数と装備で劣るからと遠くから火をつけた軍、どちらが非難に値するのだろう。
そう言いきったエトランジュに、レジスタンス組織からは同調の声が上がる。
「そうだ、そうだ!俺達の家族を、お前達は殺して回ったんだ!」
「僕の姉さんも父さんもだ!友達も殺された!」
「このブリキ野郎!人の姿をした悪魔め!」
「皆様、冷静に!作戦を続行してください、手を休めないで!」
エトランジュの指示に瞬く間に罵声は止み、再び油と火炎瓶攻勢が始まる。
「く・・・やむを得ん、一時退避だ!いったん退いて、態勢を立て直す!」
この状態では蒸し焼きになるのが落ちだ。
しかし、連中のナイトメアは放棄したものを除いては5体もないと読んだコーネリアは一度退避し、その後トンネルからいったん抜けて別ルートからくる後発部隊と合流して連中を叩くべきだと判断したのだ。
テロを警戒してすぐにナイトメアに搭乗出来るようにしていたため、彼らのほとんどはナイトメアに乗っていた。
しかし、それが仇となり油のせいでナイトメアを動かすことはむろん、降りて逃げることが出来ない彼らは脱出装置を作動させていく。
「う、うわあ!?」
ブリタニアの軍から悲鳴が上がった。脱出装置を作動させて空へと舞い上がったポットがどこからともなく飛んできた弾に当たり、ロストしていったからだ。
それに気づかず脱出装置を作動した軍人達も、そのうち二名が犠牲となった。
「五名がロスト、七名が脱出成功ですか・・・コーネリアはまだ逃げないようですね」
「くっ・・・どこからだ?!どこから・・・」
「姫様、あの奥からです・・・あの道路の上から!」
ギルフォードが指した先の道路上には、無表情で立っているアルカディアが立っていた。
彼女の役目は2基の大砲を作り、それを脱出ポットとナイトメアから降りてくる軍人めがけて撃つことである。
「ち、さすがに連弾撃つのは難しいわね・・・」
残念そうにひとりごちるアルカディアは、忌々しそうに大砲を調整する。
脱出装置を作動させるのが止まったのを見て、エトランジュが淡々とした声で言う。
「あの大砲は博物館で展示されていた百年近く前のものを、弾はボーリングの玉を改造したものなんですよ、コーネリア。
そしてこの場に撒いた油は、租界からゲットーへと捨てられてくる廃棄物から持ってきました。
貴方がたのうち誰が、こんなもので人が殺せると思ったことでしょうね?」
「・・・・」
「人を殺すのに一番必要なものがここにあるから、こんなものでも人は殺せるのです。
成功するかどうかは別にして、石ころ一つあれば人は殺せる・・・ご存知でしたか?」
エトランジュは目を瞑ると、静かな・・・それでいて力強い言葉で続ける。
「殺すという意志・・・それさえあれば、たとえ銃を奪われようと、剣を奪われようと、火を奪われようと・・・モノと名のつく全てが奪われようと、人を殺すことが出来る」
ここにいるブリタニア軍以外の人間には、コーネリアを殺すという断固たる意志が存在する。そのために集い、力を合わせて行動しているのだ。
「私は貴方がたに、93人の家族を奪われました。この場にいる全員の方が、家族、友人、恋人を奪われました。
だから、貴女を殺すという意志が生まれたのです」
・・・貴方がたの主張は人は生まれも育ちも能力も違いがあり、差がある、平等ではない・・・でしたね」
「その通りだ!間違いなどない!」
「はい、認めましょう。それは全くの事実だと」
意外にもブリタニアの主張が正しいことを認めたエトランジュに、レジスタンス達はむろん、コーネリア達も驚いた。
「原始の真理は強者が弱者を食らっていたのも間違いはないです・・・でも、それって動物の真理ですよ?」
「なん・・・だと・・・」
「この世界が出来た日から人間が存在していたと、ブリタニアでは教えているのですか?
長い年月をかけて猿が人間に進化したなど、今時幼児でも知っていることですよ」
この地球が出来た時にはまだ生き物がいなくて、単細胞から長い長い年月をかけて命が生まれた。
そして更なる年月をかけて生まれたのが、ヒトだ。
あらゆる生物の中で他に真似の出来ない特長を持つ人間だ。
「ブリタニアの主張は私にはこう聞こえます。
『親は子供より頭がよく力があり、仕事をして養っている。だから子供が親に従うのは当然のことであり、子供が親の気に障ることをすれば死ぬまで殴っても構わないのだ』と」
「それは極論だ!」
「でも、親は子供より頭がよくて力があり、仕事をして子供を養っていますよ。間違ったことを言いましたでしょうか?
・・・言っていることが正しくても、やっていることが間違っていたら何の意味もないのです。
それに比べたら、言っていることが厳しくてもやっていることが正しい方がよほどましだと私は思います。
そう、日本語でそれを“つんでれ”というのです!」
(何かそれ違くね?!)
エトランジュは大真面目な声で言いきったが、そんな細かいことを指摘するどころではなかったので、空気を読んで誰も深く追及はしない。
未だに解っていないコーネリアのために、エトランジュは教えてやる。
ブリタニアが掲げる法則“弱肉強食”の他にも、法則があるのだと。
「“やったらやり返される”のですよ、コーネリア。“因果応報”と呼ぶそうですが、聞いたことがおありでしょうか?」
それとも。
「聞いた事はあっても、自分達には当てはまらないとでも考えていたのなら、それは貴女にとって大変残念なことに間違いです。
私達は今貴女に対してやり返しているわけですが、またブリタニア軍からの報復があることくらい解ってやっているのです」
「その通りだ!ここで逃げたとしても、地の果てまでも追って貴様らを殲滅させてくれる!!
そこまで解っていて我らに喧嘩を売るとは、この愚か者どもが!」
コーネリアの叫びに応じたのはエトランジュではなく、大砲で照準を合わせていたアルカディアだった。
「私達の世界で喧嘩を売るって言うのは、“何もしていない人間に勝負を仕掛ける”って意味なの。
あんたらは自分が何もしてないと思ってるのか、それともあんたの持ってる辞書の意味が違うのか、どっち?」
「ナンバーズごときが、えらそうに!」
「あんたらにとってはナンバーズな私達だけど、それが何か?
言っていることに間違いでもあったのなら説明してよ、頭いいんでしょ?言い負かしたら証明出来るわよ」
オープンチャンネルで馬鹿にしたかのように問いかけるアルカディアだが、コーネリアからの返答はない。
「その定義に沿うなら、喧嘩を売られたのは私達の方なのです。
私達が何をしました?サイタマの方々が貴女に何をしました?
日本人の方がブリタニア人に対して何をしたのでしょうか?」
静かに問いかけるエトランジュの言葉に、コーネリアはやっと口で言い負かせられるものを見つけたらしい。
「日本人がブリタニア人に何をした、だと?!貴様らは我が弟妹を殺したではないか!!」
「クロヴィスのことなら、シンジュクの件での自業自得かと」
「違う!いや、それもそうだが、その前に殺したのだ!留学していた幼い我が末の弟妹のルルーシュとナナリーを!!
私はイレヴンだけは許さん!我らに逆らうなら、徹底的に殲滅するまでだ!!」
その名前にエトランジュはぱちぱちと瞬きした。
(ゼロの本名ですよね・・・でも、あれって人質として無理やり日本に送られて、開戦理由のために父帝から殺されかけたと聞いているのですが)
しかも堂々と皇帝本人がちょうどいい取引材料だと明言して放り出し、誰もそれを止めなかったとルルーシュが憤っていた。
そう、兄弟の誰一人として、自分を助けはしなかったのだと。
「あー、あの十歳かそこらの皇子と皇女が留学したとは聞いてるよ。普通あり得ないと思ったもんだけど」
加藤が回線でエトランジュに教えると、エトランジュも同感だ。どこの世界に十歳になったばかりの少年と目と足が不自由な少女を留学させる親がいるのだろう。
ああ、ブリタニア皇帝がそうだったのだ。
「・・・ゼロが聞いたら怒り狂うか、笑いだすかのどっちかだろうねえ」
ぽつりと思わずアルカディアが呟いたが、しっかりコーネリアに聞こえていたらしい。
「何だと・・・何がおかしい?!」
「さあ?・・・どうしてでしょうね。考えてみるのも一興かと」
エトランジュは何とか冷たい声音でごまかすと、次の作戦準備が終わったことを知らせる通信が入った。
「エトランジュ様、作戦準備終了です。ご指示を!」
「解りました・・・ではコーネリア、そろそろ刻限ですのでお話はこれまでです・・・皆様、コーネリアに向かって撃ち方始め!」
エトランジュの号令が下った瞬間、四方八方からコーネリアめがけて弾が飛んできた。
ナイトメアからすれば小さなボーリングの弾だが、執拗にコーネリアのみを狙って正確に飛んでくる。
彼女達が用意した大砲は、威力もそれほどではない上に移動に手間のかかるものだった。現代のものとは異なり、照準も一回合わせるとなかなか切り替えられるものではない。
そこで彼女達はいったんコーネリア達を身動きが取れないようにした上で、正確に照準を合わせて一斉に撃つという手段を取ることにした。
呑気にコーネリアと会話をしていたのは、そのための時間稼ぎだったのだ。
「撃て撃て!狙うはコーネリアだけだ!雑魚には構うな!」
「大した威力ではなくても、続ければ必ずダメージを負う!コクピット部分を狙え!
動けないように足も同時に撃つんだ!!」
アルカディアが使っているだけではない大砲に、コーネリアの軍は慌てた。だがそこはさすがに歴戦の軍人である。この大砲の照準がそう簡単に切り替えられないことにすぐに気づいた。
「姫様、あいつらの大砲は照準を合わせるのに手間がかかるようです!
これまで話していたのはその時間稼ぎでしょう・・・何とかその場から数歩でいい、動いて下さい!」
「げ・・・すぐにバレた」
通信傍受機から内容を知ったアルカディアは焦った。あと2、3分程度はバレないと思ったのに、何とも勘のいいことだ。
ギルフォードの助言にコーネリアはなるほどと納得し、油まみれでもそれくらいは可能だと動かそうとしたその刹那。
「させるかああ!!!」
そう叫んでコーネリアの足にしがみついたのは、白兵戦でコーネリアに斬られ、もう止まっていたはずのナイトメアだった。
「こんなこともあろうかと思って、やられたふりをしていたのよコーネリア!!
絶対放さない・・・ここから一歩だって、動かせてやるもんですか!!」
「文江さん?!」
エトランジュは驚いた。確かそのナイトメアに搭乗していたのは、サイタマの虐殺から避難していた田中 文江だった。そしてその近くのナイトメアに乗っているのはその夫の田中 光一だ。
「よし、やったぞ文江!このまま抑えつけろ!!」
「あなた!」
すっかり止まっていたと思い込んで油断していたコーネリアは、半壊状態とはいえ二体のナイトメアに抑えつけられて身動きが取れない。
「くっ、このイレヴンが・・・!!」
「もう放さんぞコーネリア!みんな、俺達に構わず撃て!この魔女を仕留める最大のチャンスだぞ!!」
「で、ですが・・・それではお二人が!」
光一の叫びにエトランジュが躊躇するが、文江が笑って言った。
「いいんですよ、エトランジュ様。私達、こうするって決めてましたから・・・この作戦を聞いたあの日から」
あの日、エトランジュ達が来て作戦内容を話して決行すると決まったあの日、この夫婦は自ら一番危険な“コーネリアを作戦ポイントまで囲い込む”役目を引き受けた。
一番危険な事だったが田中夫妻はもと軍人で、ナイトメアの扱いにはある程度慣れていたから、むしろ適任だとなったのだ。
「お前のせいで、私達の息子が死んだのよ!必ず殺してやる!!」
「貴様・・・サイタマの人間か!」
コーネリアの問いに、田中夫妻はギリギリとあらん限りの力を振り絞ってコーネリアを拘束することで答えた。
さすがにコーネリアの一撃をくらって五体満足とはいかず、骨があちこち折れていたがそんなことは気にならない。ただ殺意だけが夫妻を突き動かしていた。
「あれはゼロを誘き出すための作戦だ・・・恨むならブリタニアに楯ついたゼロを恨むべきだろう!」
ギルフォードが主君に駆け寄ろうとナイトメアを動かしながら叫んだが、アルカディアが容赦なく大砲をギルフォードのグロースターの足に撃ちこみ、救助を阻止する。
「つくづくブリタニア貴族って訳の分からない思考をするのねえ。
ゼロが別にサイタマの住民が死ねばいいと思ってブリタニアに刃向ったわけじゃないし、ゼロがあんたらにサイタマの人間を殺せって命じたわけでもないでしょうに」
「同感です・・・貴方がたが勝手にゼロを誘き出すためにサイタマの人間を殺して回ったのでしょう?貴方がたが自分のご意志で、明確に選んで」
そう、それをやると決めて実行したのはブリタニア軍。
反逆者が現れれば、巻き込まれる民のことなどどうでもよいと考えて武器を持たない者達を殺して回った。
そうすることで反逆者への見せしめにしようと考えたのだろうが、それは支配者の考え違いだ。
もちろんゼロを恨む者はいるだろう。しかし、ブリタニアを恨む人間は、それの何百倍もいるのだ。
「貴方がたに問いましょう。
貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』と。
・・・そう言われたら、貴方が恨むのは友人ですか、それとも・・・殴った人物ですか?」
「・・・・!」
「お答え下さい・・・どっちですか!その程度のことすら答えられませんか!!」
エトランジュはとうとう叫んだ。ああ、この人達とは駄目だ、話が出来ない。
事ここに至っても、何が悪いかすら理解していないのだ。
「もう結構です。田中さん、こんな方々のために命を捨てることはありません。退却を!」
「いいえ、俺達はこんな奴らのために死ぬのではありません・・・仲間のために、日本のために死ぬのです」
光一は穏やかな声で言った。そして、文江も。
「あの子が大きくなって、貴女のような女の子をお嫁さんに迎えて、また新しく家族を作っていけるのなら・・・ブリタニアの支配でもまだ我慢できたのに」
「文江さん・・・」
「ゼロのせいだと恨んだ日もありましたけど、一番悪いのは何もしていないのにただ私達を囮にして殺したのはコーネリアです。
ゼロだってそうなると思ってやったわけではないのですから・・・悪いのはあの女なのです・・・ああ、どうしてよりによって私と夫が揃って仕事だったあの日に!!」
田中夫婦はもと軍人だった。あの戦争では辛くも生き残り、階級も低かったから戦犯とならなかったけれど職を失った。
当時生まれたばかりの息子がいたから、共働きだった。そうしなければとても一家三人、暮らしていけなかったから。
それでも幸せだった。貧乏でも、三人一緒なら暮らしていける。そう、家族一緒なら。
「でも、息子はもういない。お前が永遠に連れ去って逝ってしまった!まだたったの八歳だったのに!!」
『お父さん、お母さん、行ってらっしゃい。俺、留守番して待ってる』
それが最後の言葉になるなんて、思ってもみなかった。
銃弾の中を駆け抜けて家に戻ってみると、そこにいたのは壊されたドアと血の海に沈む息子の姿。
「あの子は・・・留守番しているんです。俺達が戻って来るのを待ってる」
「一人で寂しがっているでしょうから・・・早く逝ってあげなくちゃ」
「・・・田中さん」
エトランジュは目をギュッとつむった。待っている。来るはずの両親をずっとずっと。
(私も待っている・・・お父様を、あの日からずっと)
エトランジュは目を見開き、全員に命じた。
「皆様、田中さんの犠牲を無駄にしてはなりません!一斉に攻撃して下さい!!」
「エトランジュ様・・・・!」
ジークフリードが何かを言いかけたがやめ、その代わりに周囲のレジスタンス達の攻撃が苛烈さを増す。
「へっ、甘いだけのお姫様じゃねえようだな・・・聞いたか、撃て!あの魔女を燃やせ!」
「やれやれ!!田中達を思いやるなら、何としてもあの女を討て!!」
「皆さん・・・ありがとう。コーネリアああああぁっぁあ!!」
田中夫妻は渾身の力を込めて、死すとも放さじとコーネリアのグロースターにしがみつく。
コーネリアも渾身の力を込めて振り切ろうとするが、死を覚悟・・・いや、むしろ死を望んでいる彼らの最期の力は振りほどけない。
「くっ、貴様ら・・・・!」
「グラストンナイツの足止めは任せなさい!動いたら私が撃つ!コーネリアだけを狙え!」
アルカディアはコーネリアを助けようとするナイトメアの足めがけて大砲を撃ち、動けないようにしてしまう。
そしてそれ以外の面々はイリスアーゲートが次々に弾をセットしていく大砲から、容赦なく田中夫妻もろともコーネリアに撃ち放っていく。
田中夫妻のナイトメアが少しずつ壊れていくのが見えたから、限界はある。しかし、それ以上に降りそそぐ弾丸に最新型のグロースターも耐えきれるか解らなかった。
轟音、怒号、炎が燃える音が響き渡って、どれくらいが経過しただろうか。
数時間とも思えるほどだったが、実際には一時間も経っていない。
「・・・タイムアップですね」
エトランジュの予知と加えてトウキョウから援軍が出立したとの情報を受けて、エトランジュは断念した。
「皆さん、残念ながら時間切れです。援軍が来ては我らに勝ち目はありません・・・引き上げて下さい!」
「ち、まだ一時間も経ってねえってのに・・・!仕方ない、退却するぞ!」
重ねての加藤の指示に、全員舌打ちしながらも退却していく。
残された大砲は、なんとイリスアーゲートが持ち上げた。
「最後の置き土産だ・・・これで逝ってこいや、コーネリア!!」
クライスはそう叫ぶと、大砲を思い切りコーネリアに向けてぶん投げた。
「姫様!!」
ギルフォードが最初の大砲を何とか庇って自ら直撃を受けたが、大砲は一つだけではない。二つ、三つと容赦なくコーネリアに投げ落された。
「ギルフォード!!ぐはっ!!!」
コーネリアはあまりの衝撃にのけぞり、背中と腕に猛烈な痛みを感じたが叫びを一度上げただけで、それ以上の声は抑え込んだ。
これ以上ナンバーズごときに・・・しかも自分の弟妹を殺したイレヴンに、弱みなど見せてなるものか。
コーネリアは歯を食い縛って屈辱と痛みに耐えていたが、笑い声がオープンチャンネルから聞こえてくる。
「くすくす・・・ざまあ・・・みやがれ・・・」
コーネリアの叫びを聞きつけた文江は、自身も血まみれになりながらも笑った。
ああ、何て心地のいい悲鳴だろう。可愛い息子を奪った人間の苦痛の声が、こんなにも耳に心地いい。
「あなた・・・聞こえる?コーネリアの声・・・もう、先に逝っちゃったのね」
夫からの返答はない。息子が待ちきれなくて、妻を置いて逝ったようだ。
「あんたがこの場から生き延びても・・・まだまだいるんだからね・・・おぼえて・・・と・・・いいわ・・・」
コーネリアに恨みを言い残し、文江は目を閉じた。
「まだまだいる、か・・・そんなことは解っている」
軍人として生きると決めた日から、コーネリアは恨みと憎悪の中で生きることになると解っていた。
自分はきっと、皇帝にはなれない。なるとしたら、兄達のうちの誰かだろうと。
そうなれば新たな皇帝の元、自分の地位を確立しておかねば優しすぎて弱い妹はどうなる。
末の弟妹のように政治の道具にされて、殺されてしまう・・・それを防ぐためにも、コーネリアは何としてでも己の地位を確かなものにして、妹を守る盾としたかったのだ。
「今さらだ・・・私は負けんぞ・・・!」
コーネリアはそう決意したが、体が動かせない。遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたが、それに反応する力もない。
燃える炎の音が、自分の意識をかき乱していた。