第五十話 アイギスの盾
ブリタニア大陸における日付変更まで、残り三時間を切った。
黒の騎士団は既に駐屯基地を出立し、開戦準備を整えながらエーギル海域を進んでいく。
黒の騎士団、およびEU軍から名乗りを上げてくれた者達を選抜して構成された、アンチフレイヤシステムを作動させるプログラマー達を守るための部隊。
フレイヤに近づかねばならならず、さらにシュナイゼルがその役割に気づけば狙い撃ちにされる危険が高いため、今回の戦いでもっとも死に近い部隊である。
そうと知りながらもあえて志願してくれた者達の中には、ブリタニア人の兵士も数多くいた。
何せ今現在、恐怖の代名詞となったフレイヤが向けられているのは、彼らの祖国の首都なのである。何としてもそれを無効にして、フレイヤを消し去りたいと思うのも無理からぬことだった。
そしてそのブリタニア人グループをまとめているのは、元ブリタニア侯爵にして将軍・アンドレアス・ダールトンだった。
プログラマーの護衛部隊の志願者を募った時、彼はしばらく考えたのち、ユーフェミアとルルーシュにその部隊に加えてほしいと志願した。
彼らの義理の息子である元グラストンナイツからも多く志願者が出、ルルーシュはそれを認めたのである。
仙波の部隊に配属された彼らは、先の会見でシュナイゼルが本当にフレイヤを首都ペンドラゴンに向けていることを知り、居てもたってもいられなくなったのだろう。
そこに残っている家族や友人達の安否が気になっているのか、甲板でブリタニア大陸の方向を見つめている。
「ダールトン将軍、シュナイゼル殿下はいったい何をお考えになっているのか・・・」
「・・・解らん。だが、何をお考えになっているにせよ、あの行為は正当化されるものではない。
お前達、よく覚えておけ。主君に忠節を尽くすのは当然だが、その主君の行為が全て正しいとは限らない。間違いだと思えば、それを諌めるのも忠義だということを」
自分は間違っていることを間違いだとすら解らなかった愚か者だが、同じ過ちを繰り返すなと、ダールトンは言った。
自らの過ちは、自ら正してこそ反省の意を伝えられるものだ。
新たなブリタニアのため、ダールトンはこの命を投げ打つ覚悟でいた。
(私が死んでも、ユーフェミア様にはルルーシュ様がおられるし枢木もいる。
姫様が生きておられたら、きっと同じことをなさったはずだ)
ダールトンはそう呟くと、同じ決意を胸に秘めた同胞達と共にブリタニア大陸の方角を見つめていた。
黒の騎士団旗艦、斑鳩。
その一室にて、ナイトメアの最終調整を行っていたセシルが入室した。
「ナイトメアの調整、終了しました。全て、問題ありません。
特に今回の作戦の要となるアイギス、幾度も念を入れて調べ上げました」
セシルの報告にルルーシュが頷くと、藤堂も続けて報告する。
「各部隊の準備も問題ない。仙波と卜部の部隊も、落ち着いて母艦にいる」
アイギスとは、ギリシア神話の知恵の女神アテナが持つ盾の名前だ。
英語ではイージスと発音されているが、黒の騎士団ではこう呼ばれている。
全ての知恵を集め、フレイヤから人類を守るナイトメアという意味を込めて、アンチフレイヤを搭載したナイトメアにつけられたのだ。
「そうか・・・」
総力戦となったこの戦闘には、星刻もいる。
何が何でも成功させるため、アンチフレイヤシステムを投げつけるスピードが速い者は全てここに集まっていた。
カレンも搭乗しており、控えとして参加することが決まっている。
「最初の攻撃は意地でも止めなくてはならないから、私と枢木がやる。
二番目は星刻と元ハッカーのユン、そして同じく絶対に失敗が許されない最後は、プログラマーのカークディクソン、そしてカレンだ」
あらゆるシュミレーションの末、一番効率がいい組み合わせを行ったと言うルルーシュに、カレンが少々ふてくされたが最終的には納得した。
と言うのも一番目も必ず成功しなくてはならないのだが一番危険が大きく、次に来る二番目が失敗した時のための控えとしてのペアなので、危険が少ないのである。
「フレイヤを止めたら、私と枢木は部隊を率いてダモクレスに突入する。
私達がダモクレスに部隊が突入したら、ダモクレスの外からフレイヤが来ることを想定して、星刻とカレンはそのまま外で指揮と戦闘を行って貰いたい」
「解った、任せろ。お前達の速さと正確さなら、最初は成功するだろう。
そうすれば他の二人も委縮すまい」
星刻の言葉に、スザクも同意した。
「やれるさ、絶対。みんなの期待を背負ってるんだ、失敗するわけにはいかない」
「あーあ、ほんとは私がやりたかったのに。これで失敗なんてしたら、本当に許さないからね」
「カレン、何で君はそうつっかかるんだい・・・?」
何かルルーシュとペアを組むたび、スザクに不機嫌な調子で辛辣になるので、スザクは辟易していた。
おまけに周囲の皆はその理由を知っているらしく、助け船を出してくれない。
それなのにぽんと肩を叩いて慰めてはくれると言う、ますます訳の解らない状況に陥っていた。
「別に、つっかかってないわよ。ただ、心配してるだけ!ゼロが成功しても、あんたが失敗したら終わるんだから」
「大丈夫だよ、ル・・・じゃなくて、ゼロと僕が組めば出来ないことなんて・・・ぐはっ!」
カレンがいきなりスザクの顎を張り飛ばしたので、その台詞は強制的に終了した。
「あんたがそれ言ったら、あやしいでしょ!ほんっと空気読めないわね!」
「それもそうだな。少しは場所を考えろ、枢木」
親友にあっさり見捨てられたスザクは、顎を抑えて呻いた。
ここにいるのは全てゼロの正体を知っている者ばかりなので、スザクの台詞を怪しむ者はいないのだが、卜部などは『ほんと空気読めよな・・・違う意味で』と枢木に少し同情していた。
と、そこへ通信機の音が鳴ったので星刻がモニターを操作すると、エトランジュと天子、神楽耶とユーフェミアが現れた。
「忙しいと思ったのだけど、陣中見舞いに参りました。あの、星刻、今は大丈夫?」
「はい、ただいま全ての準備を終えたところです。ご心配なきよう」
天子の心配そうな声に、星刻は笑顔で答えた。
それに安堵した天子は、超合集国の状況を伝えた。
「今みんなでね、一生懸命勝利の祈願をしているの。
私も天帝八十八陵で、おじい様やお父様達にお願いしてきたわ。星刻達をお守り下さいって」
「天子様、ありがとうございます。この星刻、ご期待には必ずお応えいたします」
「今、日本でも神社やお寺はまるで初詣のような行列が出来ておりますわ。
特に枢木神社が凄くて・・・ほら」
神楽耶がそう言って別のモニターのほうに繋がせた映像には、まぎれもない自分の生家である枢木神社が映っている。
そしてそこには確かに初詣もかくやといわんばかりの人々が集まっており、以前に足を運んだ時には荒れ果てて見る影もなかったのに、今は美しく掃き清められていた。
「今、テレビで放送されている映像なんです。
あ、ほらミレイさんがインタビューをしていらっしゃいますわ」
黒の騎士団広報部が行っている取材で、インタビュアーに抜擢されたミレイがマイクを片手に鈴を鳴らして手を合わせている人間を見つめていた。
祈っているからだろう、それが終わるまでインタビューを止めるつもりのようだ。
「枢木首相、どうぞ御子息をお守り下さい」
着物を着た老婦人の祈りの声に、スザクは思わず身体を震わせた。
事情を知っている何人かも心中複雑であったが、何も知らない人間から見れば至極まっとうな祈りである。
ミレイもスザク君はきっとお父さんが守って下さいますと受け合い、周囲もうんうんと頷いている。
(・・・ちょっとタイミングがまずかったですわね)
事情を知っている神楽耶はスザクを励ますつもりでやったことが裏目に出たかと、内心後悔した。
だがスザクは予想に反して、笑顔を浮かべた。
「ありがとう、神楽耶。やる気がもっと出たよ」
「スザク・・・それなら結構ですわ」
スザクが父親を殺したことを知らない天子と星刻が、日本では立派な行いをして亡くなった方は神様になるそうだから、きっとスザクを守ってくれるだろうと笑っている。
と、そこへミレイが笑顔で語った。
「あの忌まわしい兵器を阻止すべく、黒の騎士団の活躍を期待している声が上がっています。
勝利を願うべくおまじないをしていると、アッシュフォード学園を現在休学中の兄妹から聞きました。なんでも、神社でやるのが一番効果的らしいと」
「・・・休学中の兄妹って、もしかしてナナリー達のことかな?」
「たぶん、ね。そういえば、折り紙とかも咲世子さんから習ったって言ってたし」
スザクの推測にカレンも同意すると、神社でやるおまじないがあったっけと首を傾げながらジュースを飲もうと、コップを手に資する。
「夜中にやるおまじないだそうで、二人でやろうと近くの神社まで来たところ、他にも怖いほど真剣に同じおまじないをなさっていた方がいたそうです。
藁人形を使うおまじないと聞いたのですが、枢木神社でも行っているのでしょうか?」
本当は枢木神社でやりたがっていたんですと聞いた瞬間、スザクとカレンは盛大にジュースを吹き出し、藤堂達は凍りついた。神楽耶もなんですのそれ?!と内心で叫んで仰天している。
全く解っていない日本人以外の全員は、目を丸くしてその反応に首を傾げた。
「どうしたの、神楽耶?何だか汗が出ているけど、お部屋の中が暑いのならエアコンの温度を下げたほうが・・・」
「いえ、いえ、大丈夫ですわ天子様。何でもありません」
天子の心配げな声に首を振りつつ、神楽耶は先ほどから黙っているルルーシュに視線をやると彼は大きくため息をついた。
「まったく、余計なことを教えてくれたな、咲世子さんも」
「そ、そうだね・・・まあ、その、うん・・・」
スザクがどうフォローしようかと戸惑っていると、ルルーシュはエトランジュに向かって言った。
「気持ちは嬉しいが、夜中に二人で出掛けるのは危ないからやめるように、お伝え頂けませんか?
じきに戦闘開始ですので、申し訳ありませんが時間がありませんので」
「ああ、それは確かにそうですね。解りました、必ずお伝えしておきます」
そこかよ、と日本人達のメンバーは突っ込んだが、そのおまじないの内容を知らないルルーシュ、同じく何も知らないエトランジュの対応はごく普通であろう。
そして枢木神社では、ああ、なるほどね、そりゃ俺も効くもんならやりたいわと非常に納得した様子だったが、事実を言うべきかどうか悩んでいる者が大半である。表情からしてそれがよく解った。
スザクが慌ててカレンの腕を引っ張ると、小声で囁いた。
「どうする?これ言っちゃった方がいい?」
「わ、私に聞かないでよ!あのナナリーちゃんとロロが、他人を呪ってますなんてすっごく言いづらい・・・」
咲世子があの行為をどう教えたのかは知らないが、明らかにナナリーは誤解している確率が高い。
ルルーシュはルルーシュで、『そう言えば咲世子さん、強力なおまじないだとかで、長い釘と藁人形をナナリーに渡していたな。釘は危ないから驚いて取り上げたが』などと言っている。
「・・・・」
「・・・・」
日本人達は、それぞれ視線を交差させる。
彼らには思考を繋ぐギアスなどなかったが、それでも彼らはそれだけで一つの結論を導き出せた。
スザクでさえ、今回ばかりは空気を読んだ。
「うん、そうだね。夜中に外に出るのは危ないし、五寸釘も長いから手に刺さったりしたら大変だしやめたほうがいいね!」
「他にもやってくれる人がいるみたいだし、いいんじゃないの?」
「いやあ中佐、伝統って結構受け継がれてるもんなんですね~」
「そうだな、卜部・・・気持ちは解らんでもないからな」
この際何でもいいから心の安定を図りたいのか、究極にアナログな呪いに走りたい気持ちは藤堂も理解は出来る。
この戦いが終わるまでは、真実は口に出すまい。
言葉に出さずともそう意見を一致させた一同は、同じく現地でもそう考えたらしき日本人達が、モニター内でお茶を濁そうとしているのが見えた。
「そうですか、他の人に見られてはいけないというおまじないはよくありますね。
では取材は差し控える事にしましょう。
世界中で、黒の騎士団の勝利を祈念しております。以上、ミレイ・アッシュフォードがお伝えいたしました!」
「おまじない、か。ナナリーとロロのおまじないなら、効きそうだな」
この兄バカめ、とカレンは内心で思ったが、口には出さない。
先ほどまで緊張状態だった室内だが、ふと見れば、どことなく力が抜けてしまっていた。
「・・・そうね、案外効くものなのかも」
その意味を悟ったのだろう、藤堂と仙波、卜部の顔にも小さな笑みが浮かんでいる。
「では藤堂中佐、わしらもそろそろそれぞれの母艦へ移らねば」
「そうだな。では任せる」
「「承知!!」」
卜部と仙波が司令室から立ち去ると、エトランジュ達が言った。
「それでは皆様、ご武運をお祈りいたします」
「ゼロ様の勝利を、わたくしどもは確信しております。どうぞご存分に」
「私は星刻達を信じてる」
「スザク・・・この戦い、必ず生きて戻って来なさい。
あのような兵器に負けるなど、あってはならないこと。
貴方の帰りを、皆で待っています」
「イエス、ユア マジェスティ!!」
スザクが敬礼すると、別れの挨拶を残してモニターからエトランジュ達の姿が消えた。
ルルーシュはパネルを操作すると、全軍に向かって告げた。
「休戦終了時間まで、残り二時間を切った!
全ての団員達は、速やかに戦闘準備に入れ!」
途端に全軍が、今まで以上にあわただしくなる。
ブリタニアとの国境間近まで来た時、進軍は止まった。
そこからブリタニア大陸に近い位置で、レーダーは既にあのフレイヤを搭載した悪魔の要塞と呼ぶべき城、ダモクレスを捕捉している。
そしてとうとうブリタニアの時計の長針が、夜中の十二時を通過する。
ルルーシュは通信回路を開き、一斉に世界に向けて演説を始めた。
「帝国宰相シュナイゼルは、自国首都にさえその刃を向け、己の歪んだ理想へ世界を導こうとしている!
ブリタニアは確かに差別国是を掲げ、多くの国々を植民地として奪い、そこに住む人間達に数字をつけて差別してきた。だがしかし、全てのブリタニア人がそうであったわけではないことは、ユーフェミア皇帝やそれに賛同する者達が既に証明した!
殆どの国民達は、ただ上から抑えつけられ、間違った道を歩かざるを得なかったのだ。
我が聡明なる騎士団員よ、敵国に住むといえど、咎なき人間を見捨てる事は、正義に適うだろうか?!」
「違う!俺達はただ平和のために戦っている!復讐のためではない!」
「何も知らない国民を巻き込む宰相なんざ、誰もいらねえよ!」
「悪夢の兵器、フレイヤを消し去れ!」
周囲はゼロコールとともに、打倒シュナイゼル、消えされフレイヤと叫ぶ声とであふれ返った。
「まさしくそのとおりだ!ゆえに我々は超合集国の命を受け、フレイヤなる大量破壊殺戮兵器を世界に向けようとするブリタニアに対し、開戦する!
打ち砕くのだ、フレイヤを、ダモクレスを、そしてシュナイゼルを!勝利は、我ら黒の騎士団にあり!!」
「ゼロ、ゼロ、ゼロ!!」
「よっしゃ、絶対やってやるよ!!行くぞ、野郎ども!!」
「おおおお!!」
士気を高揚させた黒の騎士団達は、次々にナイトメアに乗り込んだ。
そして数多くの母艦と斑鳩、そしてナイトメア部隊は、ブリタニアの国境を越えた。
黒の騎士団、国境を超える。
ダモクレスいたシュナイゼルは、その報告を自室でカノンから間を置かずして受け取っていた。
「シュナイゼル殿下、黒の騎士団がブリタニアの国境を超えました。いかがなさいますか?」
「ブリタニア宮殿ではまだ父上が見つかっていないから、そう遠くへはいけないからね。
もう少し引きつけてから戦闘に入るとしよう。そうだな・・・ちょうど夜明け、そのあたりで迎撃準備に入ろう」
「夜明けといえば、あと五時間ですね。承知いたしました」
戦闘状態に入っている頃だが、緊張時間はそう長く続かない。
夜明けになればそれもピークに達している頃なので、古典的だが迎撃にはベストな時間と言えよう。
シュナイゼルはダモクレスで、各方面に手早く指示を出した。
形式的な皇帝であるオデュッセウスはそれに対して何も言わず、ただ自室で死んだように椅子に座っている。
(ゼロ・・・頼む。シュナイゼルを止めてくれ・・・!)
自分の部下が数名、ユーフェミアの元に行った。
自分が出来る限りの範囲で手に入れたダモクレスの情報を持って行かせたが、役に立っているだろうか。
そう祈りながら、オデュッセウスはただ窓の外を眺めていた。
何事もなく夜が明け、朝焼けが黒の騎士団を照らすと同時に、レーダーを見ていたオペレーターが叫ぶように報告した。
「ダモクレス要塞、捕捉しました!!」
「やはり夜明けに来たか・・・では、始めるとしよう。
行け、我が黒の騎士団!!」
「承知!!」
ルルーシュが手を振ると、まず藤堂と千葉が率いるナイトメア部隊が斑鳩から飛び立った。
そしてブリタニア大陸近くにあるナイトメア部隊と交戦を始め、たちまちにしてそれらを撃墜していく。
「思った通り、数が少ないな。やはり、フレイヤでカタをつけるつもりのようだ」
フレイヤ有効範囲に来た瞬間、こちらに向かって撃つつもりだろう。
だが、そうはさせない。
「ダモクレスのスピードは、巨大な分かなり遅いというのは本当だったな。
では、行くとしよう・・・やれるな、スザク」
それぞれの愛機に向かっていく途中、ルルーシュがスザクに向かって言うと、スザクは頷いた。
「もちろんだよ、ルルーシュ。僕と君が組んで、出来なかったことなんてないだろ?」
「そのとおりだ。行くぞ!」
「うん!」
二人は互いに手を握ると、それぞれのナイトメアに搭乗した。
まずはスザクが、六枚羽を輝かせて踊り出た。
「ランスロットを確認しました。枢木 スザクです」
「ほう、あれが・・・ロイドは随分と張り切って改造したようだね」
ランスロット・アルビオンは瞬く間に敵ナイトメア部隊を壊滅させ、まっしぐらにダモクレスに向かって突撃していく。
続けて蜃気楼が、大部隊を率いて猛スピードでダモクレスに肉薄する。
「なるほど、フレイヤを撃つ前に、スピードとパワーで迅速に攻略しようと言うつもりかな」
あれほどのパワーを持ったフレイヤだ、エネルギー反応がないうちに、突撃するしかないと思ったのだろう。
次々と母艦からナイトメア部隊が出撃して、ダモクレスを囲むように陣を敷きつつあった。
「あれは中華の、最新型ナイトメア・・・黎 星刻までもが出撃か。
だが残念だが甘いよ、ルルーシュ。最初の一撃は、既にエネルギーを装填済みだ」
撃つにはエネルギーを貯めてから十分ほどの時間が必要だが、ここに来るまでにもう準備は終えてあった。
ただ残念なことに一基しかまだ砲台がなく、二台目を造っている途中に黒の騎士団は休戦条約の延長を認めず進攻してきたため、一度でカタをつけたいと思っていた。
「蜃気楼に狙いを定めるんだ。ゼロさえ討てば後は烏合の衆、どうとでも料理出来る」
「イエス、ユア ハイネス」
淡々とその命令を受諾した兵士達が、ルルーシュが操る蜃気楼に照準を合わせる。
一撃で決めるため、シュナイゼルはモニターで幾度となく確認した後、手にしていたフレイヤのスイッチ、ダモクレスの鍵を、ためらいなく押した。
途端にすさまじいエネルギーの塊が、ダモクレスの砲台から発射される。
「来たぞ、フレイヤだ!!」
騎士団員の、悲鳴のような報告に、動揺が走った。
だが、藤堂がひるまずに叫んだ。
「うろたえるな!信じるのだ、ゼロが起こす奇跡を!!」
「陣を崩すな!フレイヤを止め次第、全軍突入する!」
星刻の指示に、騎士団達はもはや逃げぬと、そのままそこへとどまった。
「必ず成功させてみせる。この一手で、何としても!!」
ルルーシュは見事に無駄のない動きで、キーボードを踊るように操作していく。
そして十秒も経たずにプログラムを打ち込むと、それをスザクへと渡した。
「ルルーシュ!」
「行け、スザク!!」
「うおおおおおお!!」
スザクはルルーシュから渡されたアンチフレイヤシステムを見事に受け取ると、白く赤く光る禍々しい兵器へと投げつけた。
シュナイゼルは蜃気楼からランスロット・アルビオンへ渡された物の正体に眉をひそめたが、次の瞬間に己が放ったフレイヤが、ゆっくりと停止するのを見て目を見開いた。
世界中の力を結集して生み出した、アンチフレイヤシステム。
ニーナが考案し、名だたる科学者達が改良し、そしてナイトメアパイロット達によってその力を発揮する。
数多くの人々の力と願いが込められた、その殺戮を止めるシステムの名は。
「アイギスの盾・・・発動成功!!」
「やった・・・・やったのか?!」
「やった、ゼロがやったぞ!!!うおおおお!!」
ルルーシュの作戦成功の声に、黒の騎士団から歓声が上がった。
ルルーシュとともに出撃した井上は、涙ぐみながら呟いた。
「・・・杉山、見てる?仇はゼロが・・・みんなが取ってくれたわよ」
そして対照的に茫然となるダモクレスの兵士達は、指示を求めるようにシュナイゼルを見た。
「・・・そんなオモチャを、この短期間に用意するとは」
エーギル海域戦で、フレイヤの被害を減らしたアルフォンスはこちらの手の中にあったが、どうやら彼のほかにもウランを考えていた者がいた、ということか。
もちろんそれは考えないでもなかったが、それでもこの短期間にフレイヤを止める手段を考えるとは、想像していなかったのである。
「今だ、飛びこめ!!全軍、ダモクレスに向かって突撃!
世界を混乱に陥れる元凶、シュナイゼルを捕えるのだ!!」
星刻の命令に、黒の騎士団のナイトメア部隊は次々にダモクレスに向かって突撃していった。
ダモクレスの外にはナイトメア部隊はいても大した数ではなかったため、あっという間に蹴散らされていく。
「十分だ、次のフレイヤ装填まで、時間を稼いでくれ」
「イエス、ユア ハイネス」
さすがにまさかあのフレイヤが防がれるとはと驚愕したカノンだが、シュナイゼルの指示に従ってサクラダイトの爆弾を撃ち放つ。
だが蜃気楼のバリアに無効化され、あるいはランスロット・アルビオンに同等のエネルギー波で相殺され、効果は少なかった。
スザクとルルーシュが、凄まじい速さでダモクレスの内部に突撃した。
「α3に敵侵入!」
オペレーターの報告に、シュナイゼルはやれやれと肩をすくめた。
「たいしたものだね、ルルーシュ。私に最後の策を使わせるとは」
まさか、あれほどあっけなくここまで来るとは計算外もはなはだしいが、それでも最後に勝てればそれで構わないのだ。
「このダモクレスは、ルルーシュ達を捕らえた檻となった。
私達が脱出した後、このダモクレスそのものをフレイヤで消去しよう。立派な棺だ、喜んでくれるだろうか、ルルーシュは」
脱出準備を命じながらうそぶくシュナイゼルに、カノンは言った。
「しかし、フレイヤはこれで全て撃ち尽くすことになりますが」
「ダモクレスもフレイヤも、しょせんは機械。また作ればいいよ」
フレイヤをダモクレス内で造る工場を造るために余力を割かれ、新たなフレイヤ弾頭を造るにも何しろカンボジアのトロモ機関が拠点だったため、ブリタニアで製造施設を造る間がなかったのだ。
「しかし、トロモ機関にそこまでの余力はありません。ローゼンバーグも・・・」
「ゼロすら消せるような兵器となれば、様々な組織が喜んでフレイヤを造ってくれるだろう」
「それは、テロリズムにつながりませんか?それをオデュッセウス殿・・・いえ、陛下がお認めになるとは思えません」
カノンの意見にそうだろうねとシュナイゼルは頷くが、とうにオデュッセウスの理想から離れた行いをしているので、今さらだと無視した。
それでも形式的な皇帝なので、見捨てるわけにはいかないと、彼を連れてくるように部下に命じるのだった。
一方、黒の騎士団がシュナイゼルを探せと叫びながら、ダモクレス内を制圧にかかっていた。
内部の兵士達が応戦するも、黒の騎士団のナイトメア部隊にあっという間に戦闘不能にさせられていく。
「シュナイゼルは管制室か、もしくは脱出艇にいるはずだ!
スザク、俺は脱出艇に向かう。お前は管制室を抑え、オデュウッセウスの身柄を見つけたら確保してくれ」
「了解。じゃあシュナイゼルは任せたよ」
スザクとルルーシュはそう会話を交わすと、それぞれ部隊を率いて二手に分かれた。
ルルーシュはジェレミアを始めとするゼロ番隊、スザクは管制室を抑えるための部隊で、井上や南がいる。
まっしぐらに管制室に向かったスザクは、やたらゆっくりした足取りの一団を見つけ、それの中心にいるのがオデュッセウスだと解ると慌てて止まった。
「オデュッセウス殿下・・・ですよね?!」
丁重に連行されている途中だったオデュッセウスは、その声を聞いてようやく黒の騎士団が来てくれたのだと安堵の笑みを浮かべた。
「黒の騎士団・・・ようやく来てくれたのだね・・・」
「よかった、ユフィが心配してたんだ。
ル・・・ゼロ、オデュッセウス殿下を見つけたよ!」
通信でスザクがルルーシュに報告すると、即座に身柄確保の指令が飛んだので、あっという間にオデュッセウス達は取り囲まれた。
歩兵部隊ごときがナイトメア、しかもランスロット・アルビオンに勝てるはずはない。
しかもオデュッセウスが、笑顔すら浮かべて降伏命令を出した。
「降伏する、これ以上の戦いは私の望むところではない。
私はどんな罰をも受けよう。だからシュナイゼルを・・・!」
「解っています。貴方が黒の騎士団にもたらしてくれた情報に、ゼロはとても感謝していました」
「そうか、よかった・・・そうだ、急いで言わなければならないことがある。
アルフォンス王子は、シュナイゼルが確保している。今は医療階層の一室に、監禁されているはずだ。
亡命する部下に伝えたかったんだが、ダモクレスの内部データで精いっぱいで余裕がなくて・・・」
「アルフォンスさんが?!解りました、至急助けに向かいます」
今、次々にダモクレスに黒の騎士団とEU軍が突入しており、ジークフリードとクライスも来ているはずだ。
井上が通信を入れて報告すると、クライスがすぐに行くと返してきた。
「ではオデュッセウス殿下、僕達と一緒に来て頂きます」
スザクの言葉にようやく重圧から解放されたオデュッセウスは頷き、先ほどとは違って力ある足取りで、管制室へと向かうのだった。
「セブンス・シークエンス。フレイヤ目標位置を、ダモクレス本体に変更」
脱出準備を手際よく進めていたシュナイゼルは、形式的とはいえ自分が担ぎあげた皇帝・オデュッセウスの捕縛の報告を受けて、やれやれと肩をすくめた。
オデュッセウスは優先的に確保する必要はないから、おそらくはたまたま見つけたのだろう。
既に彼がルルーシュの手に落ちてしまったのなら、無理をして助けるほどの価値がないので見捨てる事にした。
「では急ぐとしよう。あのフレイヤを無効にするおもちゃは、ゼロでしか使えない代物だ。
彼がダモクレスにいる間に、カタをつける」
フレイヤを無効にする時の映像を見直したシュナイゼルは、相当の短時間でシステムを打ち込み、さらにはそれを瞬きするような時間で投げつけるなどの神業を要すると、看破していた。
だからこそルルーシュをダモクレスに閉じ込めた今が、好機なのである。
「まもなく発進します。ハルトグレン卿との邂逅ポイントは・・・」
オペレーターの報告を聞き流しながら脱出艇に入った時、そこにいたのは黒いマントを翻し、仮面を被ったゼロ・・・ルルーシュだった。
背後には黒の騎士団のナイトメアが数体と、ジェレミア・ゴッドバルドと歩兵が十数名、銃を構えている。
「待っていたよ、シュナイゼル」
「・・・そうか、チェックメイトをかけられたのは私か」
シュナイゼルの護衛兵士達が黒の騎士団を抑えつけようと銃を構えるも、シュナイゼルはそれを制し、悠然と近くの椅子に腰かけた。
「なるほどね。教えてほしい。なぜ私の策が解ったんだい?」
「策ではない。私が読んだのは貴方の本質だ」
「本質?」
「貴方には勝つ気がない」
ルルーシュの答えに、シュナイゼルは何も答えなかった。
ルルーシュもそれを初めから期待せず、さらに続ける。
「朱禁城事変、超合集国との会談、ペンドラゴンでのクーデター、貴方は常に負けないところでゲームをしている」
「だから、私がダモクレスを放棄すると?」
「その通りだ。貴方の目的は、世界に平和をもたらすことにある、と言った。
そして貴方には勝つ気がない。それを踏まえれば、導き出せた答えだ」
そう言いながら、ルルーシュはポケットからチェスの駒を取りだした。
白と黒のキングが、近くの卓上に置かれて睨みあう。
「一つ、確認したい。貴方はダモクレスで、世界を握りたかったのか」
「違うよ。私はただ皆が望むことを・・・平和を創りたいだけだ」
「人の本質を無視した形の平和でも?」
「見解の相違だね」
シュナイゼルはそう応じると、テーブルの上の白のキングを指先でぱたりと倒し、また起き上がらせた。
「貴方は今日という日で、世界を固定しようと考えた。
だが、変化なき日常を生きているとは言わない。それはただの経験だ」
「しかし、その連なりを知識というだろう?
それに、変化なき日常を長年に渡って続けてきた国がある。そうすることで、平和を維持してきた国だ」
シュナイゼルはそう言って、懐から何やら小さな飾りを取りだした、
それを見て、ルルーシュは仮面の下で驚いた。
大きな鳥が、中央に描かれた家を大事そうにその羽根で優しく包み込んでいるその意匠は、マグヌスファミリアの国旗と同じだったから。
「マグヌスファミリア・・・素晴らしい国だ。
あの国ほど無駄がなく、効率的な国はないよ。私の理想に、一番近い国だ」
珍しく称賛するシュナイゼルに、ルルーシュはさらに驚いた。
「あの国がどんな生活をしてるか、知っているかい?」
「ある程度は、エトランジュ様から伺っている」
「なら君も解るだろう?世界をマグヌスファミリアのようにすれば、世界は平和になると言うことを」
マグヌスファミリアは、長年に渡って鎖国を続けてきた小国だ。
国民達は大人になると、それぞれ必ず何がしかの職に就く。
秋になり収穫の時期を迎えれば国民総出で畑を手伝い、農閑期になれば機織りや漁業、網を作る。
子供達は簡単な算数や読み書きを教わり、学校を卒業すると大人の仲間入りをしてその技術を継承する。
人口維持のために多産を奨励しており、同世代同士で結婚するほうが安定した人口層を築けることから、彼らは学校を出るとすぐに大きな屋敷に住み、直系家族を離れて共同生活を営む。
そして結婚する運びとなれば、その屋敷を出て家を貰い、新たな直系家族を作るのである。
王制についても、王が全ての決定権を持つ代わり、余裕がないから王がまともな仕事をせざるを得ない仕組みになっている。
おまけに『王様の決定はやだ』と言おうものなら、『じゃあ君がやりなさい』と返せばこの国民に限っては皆嫌がる。
というのも、王族と国民の生活水準は皆同じなので、他国のように飽食に明け暮れ、宝石で身を飾るということが出来るわけではないのである。
よって国王になれば責任ばかり背負わされ、特に得をすることがない。
余裕がないからこそ、失敗が許されない決断を強いられる運命なのだ。
そしてその重荷を軽くするため、この国には譲位制度が生まれた。
「だが、それはあくまでもマグヌスファミリアと言う特殊性に限ってのことだ。
人口が二千人だから、人々が互いに協力し合わなければ生きていけない環境だからこそ・・・」
「そのとおり。悲しいかな、人は多くいればそれだけ利便性が高い生き物だけど、同時にそれだけ諍いを生じる生き物だ。
多くまとまり過ぎた集団は、どれほど優秀な指導者がいてもまとめきるのは至難の技だ。
現在の世界人口は多すぎる。だから今、争いが絶えないのではないかと、私は思う」
「まさか、貴方が戦争をする国にフレイヤを落とす本当の目的は・・・!」
ルルーシュはフレイヤを使ってシュナイゼルが何を考えていたのか、その発言で全て悟った。
シュナイゼルは理解を受けて、いつものように穏やかな笑みを浮かべる。
「そう、戦争をしていることを口実にフレイヤを使って、人口を大幅に減らす。
もともと戦争は、管理するには手に余るほどの数の人間がいるのが原因だ。
一度数を減らしてしまえば、後はそれを調整維持すればいい・・・マグヌスファミリアのようにね」
休戦条約の延長に関しての会談の時、シュナイゼルは心から『世界をマグヌスファミリアのようにしたかった』と言っていた。
だがその真実の意味を知って、ルルーシュや黒の騎士団の間に戦慄が走る。
「人口が増えれば、また戦争が起こる。そしてそれをフレイヤで粛清する。
悲しいことだけど、一番効率がいい。ブリタニアを恐れて世界がまとまったように、今度は私を恐れることで、平和を促す」
淡々と恐怖の塊のような計画を語るシュナイゼルに、ルルーシュは呆れたように言った。
「なるほど、やはり貴方は優秀だよ。優秀すぎるがゆえに見えていない。
そう、皇帝シャルルは、昨日を求めた。貴方は今日を。
だが私は・・・私達は明日が欲しい」
「明日は今日より悪くなるかもしれない」
「いいや、よくなる。たとえどれだけ時間がかかろうと、人は幸せを求め続けるから」
「それが欲望に繋がるというのに?はっははは、愚かしさも極まったね。
それは感情に過ぎないよ。希望や夢という名の、当てのない虚構」
くすくすとおかしそうに笑うシュナイゼルを、ルルーシュは内心で憐れんだ。
彼には希望や夢がない。ただ皆が望むことを、効率的に叶えようとしているだけの人間だ。
だから人の感情を理解出来ない。今起こっている問題を解決することしか、見えていないのだ。
「それが皇族という記号で世界を見下してきた、貴方の限界だ。
私は何度も見てきた。不幸に抗う人を、未来を求める人を。皆が幸せを願い抗い続けた。
だからこそ、今私達はここにいる・・・恐怖の象徴であるフレイヤを破り、あのアンチフレイヤシステム、アイギスの盾をもって」
「ずいぶんと青いネーミングだね。それが君の見解か。
もういい、私を殺したまえ。ただし、君もフレイヤで消える。
軍事力の象徴であるゼロ、君がいない状況で、平和の象徴であるエトランジュ女王やユフィだけでこれからを乗り切れると思うのなら、好きにしたまえ」
組織の形と言うのは、いくつかある。一つは初期の黒の騎士団のように、能力とカリスマと象徴を一つにまとめた指導者を据えた組織。
これらは指導者がいる限り組織を強力かつ円滑に動かしていける利点があり、一番トラブルが少ないと言えるだろう。
だが、カリスマと人気と能力を同時に持った人間と言うのは、ごく稀にしかいない。
能力だけを持った人間のほうが圧倒的に多く、同時に人格者であると言うのはそうはいないものである。だからこそ、指導者が倒れればそれでおしまいという致命的な欠点がある。
人間である以上、どのような形であれ死は免れないからだ。
それを恐れて、過去の人間はコードで王を縛り付け、永遠に生きて貰おうと考えたのであるが。
もう一つは、カリスマと人気を持った指導者を据え、能力を持った人間がナンバー2として補佐する形だ。
実のところ、能力は低くとも人柄のいい人間、人柄は良くとも能力の低い人間ならば、それなりにいる。だからこの手の組織なら作りやすく、人材が補充しやすいから長く維持が可能なのである。
現在、黒の騎士団が前者、超合集国およびEUが後者の組織を形成している。
そして黒の騎士団が超合集国の下につくことで、うまくバランスを取っているのだ。
そんな彼女達を見捨てられるのかと笑うシュナイゼルに、ルルーシュは不愉快そうに言った。
「見くびるな、シュナイゼル。貴方には過去の、自分には何も出来ないと嘆くばかりのユーフェミアのままなのだろうが、彼女はもう既に私の手がなくとも、国を支えていける。
エトランジュ女王にも、既にアルフォンス王子・・・いや、アルフォンス大公を始めとする一族、EUの議員達もついている。
私がいなくとも、藤堂や星刻、四聖剣が、黒の騎士団を引っ張っていける。
もうすでに、力だけで事を進めるしか能のない私や貴方は不要なのだ」
「ほう、君がいなくてはあのアイギスの盾とやらは動かせないはずだ。
今フレイヤを消しても、他の国がまた造るだろう。兵器とはそうしたものだよ」
他国に出来たのなら自国もと、争って研究に励むと笑うシュナイゼルに、ルルーシュは仮面の下で笑った。
「なるほど、それを見破ったのはさすがだ。だが、やはり貴方は何も見えていない。
シュナイゼル、貴方には今度こそ負けて貰う」
「つまり、私を殺す・・・ということだね。
いいだろう、私達の命で、世界に平和を」
今自分達が死ねば、ブリタニアや超合集国連合、EUの戦闘力は大幅に激減する。
残った戦闘力では、ブリタニア大陸制圧が精いっぱいになり、それを超合集国が治める事になるだろう。
その後は他国との膠着状態を維持するのにかかりきりになるから、これで戦争は一時的にせよ終結するだろう。
永続的な平和にはならなかったが、かなり長い間の平和にはなる。
「既にダモクレスを撃つよう、命令は伝達済みだ。残念だったね、ルルーシュ」
「それは既に死んだ者の名だ。
それに、貴方の思う通りに事が運ぶかな?」
自信に満ちた末弟の声に、シュナイゼルが眉をひそめたその時、黒の騎士団のオペレーターが声を上げた。
「ゼロ、八時の方向よりアヴァロンを捕捉!フレイヤ反応を確認しました!」
「・・・来たか」
全く動じる様子もないルルーシュに、シュナイゼルは内心で眉をひそめた。
「最後に、貴方にお見せしよう。これが我々の力だ!!」
ルルーシュが手を挙げると、モニターに映し出されたのは今自分がいるダモクレスの映像だった。
そしてそこに肉薄する、アヴァロンの映像が別のモニターに映る。
「・・・まさか」
シュナイゼルはルルーシュの意図悟り、モニターを注視する。
「アヴァロンより、フレイヤを確認!ダモクレスに向けて発射されました!」
オペレーターが叫ぶが、そこに先ほどから空中で静止していた一部隊が一斉に肉薄しする。
そしてひときわ大きなナイトメアが飛び出すのが見えた。
「総員、隊列を崩すな!!アイギスに攻撃を加える者全てを、なぎ払え!!」
こちらの意図を悟ったのだろう、アヴァロンがあまりに露骨に守られているナイトメアに向かって攻撃してきたため、卜部率いる部隊がそれを阻止すべく突撃してきた。
アヴァロンを撃墜することは叶わなかったが、複数のサザーランドがその身を呈してアイギスを庇い、ロストしていく。
「オールハイル、ユーフェミア!!」
唯一、久々のグロースターに乗っていたダールトンはそう叫びながら、アイギスを守るためにスラッシュハーケンを連打し、攻撃の軌道を変えた。
それでも完全には変えることは出来ず、余波を食らった彼のグロースターの右腕が無残に爆破し、ナイトメア用大型ランスが海へ落下するが、彼自身は無事だった。
「やってやる・・・やってやる!私にだって出来る!
ゼロだけじゃないってこと、見せてやるんだ!!」
アイギスの中で、必死でキーボードを操作するユンの声に、ナイトメアを操縦するC.Cが言った。
「安心しろ、私が必ず星刻に繋げてやる」
一方、第三陣としてやはり近くに来ていたプログラマー・カークディクソンも、準備を整えていた。
「よし、ここまでなら打ちこめたぞ。失敗してもこれなら二秒で完成だ!
カレンさんの0.03秒の記録と合わせれば、彼女が失敗しても間に合う!」
「みんな・・・お願い・・・!」
カレンの祈るような声の後、第二陣のユンはとうとうアイギスの盾の打ち込みに成功した。
「C.Cさん、完成しましたああ!!」
「行くぞ、星刻!!」
「我が誓いの全てを、ここに込める!!」
C.Cが投げたアイギスの盾はすぐに星刻に手渡され、彼の操る神虎は驚異的なスピードでそれをダモクレスに向けて飛ぶフレイヤに向かって投げつけた。
「・・・やったか?!」
静止しないフレイヤに失敗か、と驚愕の声が響く。
だがやがてフレイヤは回転をゆっくりと止め、そしてそれは静かに止まった。
「やった・・・成功だ!
ゼロがいなくても、成功したぞ!!ざまあみろ!!」
歓喜の声が、戦場に響き渡る。
ルルーシュに止められるならまだしも、まさかそれ以外の人間が止めるなど想像していなかったシュナイゼルは、茫然となった。
「だから言っただろう?もう私がいなくても問題はないと。
さらに、もう一つご覧頂く」
ルルーシュがさらに合図を送ると、次にモニターに映し出されたのはエトランジュやユーフェミア、天子と神楽耶だった。
「皆様、突然放送に乱入したことをお詫び申し上げます。
ですが、どうしても世界の皆様にご覧頂きたいものがあり、こうして勝手ながら回線をお借りいたしました。
今、ご覧頂いた映像は、先日世界を騒がせた全てを無に帰す兵器・通称フレイヤを、見事黒の騎士団と、EU軍の連合部隊が無効にしてみせたものです。
一度目はゼロが無効にしましたが、先ほどの映像はゼロではなく、EUのプログラマーが行ったもので・・・」
エトランジュの告げた内容を聞いて、シュナイゼルは全ての敗北を悟った。
「・・・やられたね。私の負けだ」
ゼロと言う名は、世界ではもはやカリスマの代名詞と言える。
そのゼロでなければ無効化出来ない、というだけなら、まだ兵器として活用可能だった。
何しろ、凡人では動かしえないナイトメアを使っての無効化となれば、天才をほいほいと最前線に投入出来ないのだから、充分戦略兵器として有効なのだ。
だが今、ゼロでなくとも無効化出来ると公表された。
これではフレイヤは欠陥兵器であると世界に向けて伝えられたも同様で、シュナイゼルがこの場を切り抜けたところで、フレイヤは手土産にはならない。
何しろ世界の二大組織には、それを使い物にならなくする技術があるのだから、開発するだけ無駄というものだ。
それどころか、基地一つを丸ごと消すような兵器を生み出した人間として危険視され、そんな男と同一視されることを恐れて、超合集国に差し出して恩を売る方を選ぶだろう。
つまり、逃げ道は全て封じられたのだ。
もはやフレイヤは、全て撃ち尽くした。
あったとしても、まだ控えの部隊がいる以上、結果は同じだ。
「このフレイヤは、ウラン理論をもとにしたものだそうです。
超合集国連合とEUは、エネルギー源として使うことを考えていますが、安全性が確立されるまでは使用しないと言う条約を、締結いたしました。
このウランは非常に危険です。兵器として使うことの愚かさを、皆様にご理解頂きたく・・・」
「この恐ろしい兵器は、この映像の通り巨大な基地を丸ごと消してしまうものです。
これを新たに使おうとする国は、世界によって厳しく糾弾されることになるでしょう。
このような悪夢を生み出した責任を、シュナイゼル・エル・ブリタニアには必ず取って頂きます」
神楽耶の説明に次いで、ユーフェミアが厳しくシュナイゼルを罰することを宣言した。
「・・・ゼロ、君は私に何を望む?」
敗者が勝者に従うのは当然とばかり、シュナイゼルが尋ねると、ルルーシュは静かに答えた。
「私達に、降伏を。そして、その後はおとなしく国際裁判をお待ち下さい」
「いいだろう。通信を開いてくれたまえ」
淡々とその要求を聞き入れたシュナイゼルの前に、通信回路が開かれた。
シュナイゼルの降伏受諾が、オープンチャンネルで両軍に告げられた。
もともとダモクレスが主戦力だったブリタニア軍は、ダモクレスを抑えられ、さらにフレイヤを無効にされたことで戦意を喪失。
既に戦闘状態になっていなかったため、アヴァロンも機関を止め、名実ともに戦闘が終了した。
ガシャリと音を立てて手錠をかけられている間も、メイドに上着を着つけさせているかのように悠然としていたシュナイゼルは、ルルーシュに尋ねた。
「よくこんな短期間に、アイギスの盾とやらを作りだせたものだね。どんな手品を使ったんだい?」
フレイヤを形にして数発作るだけでも、半年以上かかった。
さらに製造工場はどんなに早くても三ヶ月はかかるという試算が出ていただけに、わずか一カ月でそれを無効化するシステムを開発するなど、想像していなかったのだ。
「別に、手品と言うほどではない。もともとウラン理論をエネルギー源として考えた学者がいて、それと合わせて安全弁となるシステムを考えていた。
それを、今回のフレイヤを無効化する形にするように、全世界の学者が死に物狂いで構築してくれただけのことだ」
「・・・なるほど」
必死でエトランジュ達が策はあるとゼロが言っていた、だから心配はないと言い続けていたことは、シュナイゼルも聞いていた。
だからゼロの動向ばかりに目を光らせていたが、ゼロもかなり頻繁に表舞台に出て演説などを行っていたため、意図が読めずにいた。
しかし、なんてことはない。ただ目を向けてすらいなかった者達が、ゼロのマントの陰で動いていただけだったのだ。
「たった一カ月で・・・有り得ないわ」
カノンが信じられないという様子で呟くと、ルルーシュはダモクレスのキーボードの前に座り、システムを調べながら言った。
「その学者を支え、皆それぞれの得意分野の知識を生かしてくれた。
そして超合集国、EUが資金と設備を最大限に整え、力になれるのならと医者やシェフなどが一カ月もの間、研究生活に付き合ってくれた。
ここに、私を介した要素などどこにもない。皆、自分の力で行ったことだ」
「・・・・」
「シュナイゼル、ここも貴方の失敗だ。貴方はこの戦いの間、何もかも全てに貴方の決定を必要とした」
ペンドラゴンの皇族・貴族を見張り、行方不明のシャルルの捜索、超合集国・EU連合との会談、ギアス対策など、彼にはやることが尽きなかった。
彼は確かに優秀だが、彼には仕え甲斐がないのか、はたまた本人が必要としなかったのかは不明だが、自身の直属の部下が非常に少なかったからだ。
「人は平等ではないとシャルルは言ったが、時間の流れは平等だ。
どれほど貴方の頭脳が優秀でも、全てを把握し、なおかつ事細かな指示を出していればどうしても遅れは否めない。
私には仲間がいた。だからこの一カ月、私はただフレイヤ対策にのみ全力を尽くせばよかった」
たった一人が何かもを背負う組織の限界、それはそのままシュナイゼルの限界でもあった。
効率を重視し、結果ばかりを求めるあまり、敗北を招いたという皮肉な結末。
(ギアスで何かしらの策を講じるとばかり思っていたが・・・そういえば、おかしいな。
何故ルルーシュは、ギアスを使わない?)
自分がしている特別製のコンタクトを外させ、支配下に置けば完璧なのに、ルルーシュはコンタクトにすら言及せず、ダモクレスのシステムを何やら改造している。
「これでいい。このダモクレスはこのまま、太陽へ廃棄する。全員、退避せよ!!」
システムを変え終わったルルーシュがダモクレス内の通信でそう告げると、ジークフリードから連絡が入った。
「ゼロ、十階の医療階にて、アルフォンス様を発見しました。
医者を捕まえて尋ねたところ、睡眠剤を点滴投与していたとのことです。
せいぜい筋肉が多少硬直している程度で、一カ月ほどのリハビリで完治するとのことですが・・・」
よっぽどギアスが怖かったのか、鍵付きの金属製のアイマスクをさせられて寝かされていたと苦々しい口調の報告に、すぐに脱出艇まで来るように伝える。
医者達はシュナイゼル殿下の命令で、と言い訳がましかった。
ただ万が一シュナイゼルが負けたら、エトランジュ女王の伴侶に危害を加えたとして恐ろしい事態になるとオデュッセウスに諭されため、医者達は眠らせるほかは大事に扱っていたらしい。
最新の医療機器に加え、常時看護師がついてのまめな体位変換や栄養剤など、相当な気の使いようだった。
(オデュッセウス兄上、いい仕事をしてくれた。エトランジュも、アルフォンスと結婚した甲斐があったと喜ぶだろう)
すぐにエトランジュに報告するように指示し、管制室にいたスザクがオデュッセウスを連れてやって来た。
晴れ晴れとした表情のオデュッセウスは、ユーフェミアに会えないだろうかとルルーシュに嘆願する。
脱出艇の行き先を斑鳩に変更し、そして一同は脱出艇へと乗り込んだ。
左右をジェレミアと南に抑えつけられたシュナイゼルは、それでもまるで散歩に向かうような足取りだった。
連行される間際に、シュナイゼルは卓上に置かれていた白のキングを指先でころりと倒した。
倒れた白のキングは卓上を転がり、そしてそれは床へと落ちていった。