第四十六話 先行く者
合衆国日本、黒の騎士団本部。
幕僚長の藤堂は、戦死した仲間達を祀っている神棚を前に静かに立っていた。
「よりによって、四聖剣の中でも年若い朝比奈が犠牲になろうとは・・・」
「先陣切って、基地に飛び込もうとしてたからな・・・あの兵器さえなきゃ、基地へ一番乗りの手柄を立てられたってのに」
仙波の力なき声に、卜部が悔しそうに応じた。
数多くの仲間が一瞬にして死亡した兵器を前に、皆は動揺を隠せなかった。
だが藤堂や星刻は上に立つ者としてそれを表にせず、ゼロの策がある、と言い聞かせてあえて堂々と振る舞っている。
「藤堂中佐、ゼロの策は何とかなりそうですか?」
千葉が尋ねると、藤堂は無表情に答えた。
「何しろあれほどの兵器だ、一朝一夕でどうにかなるまい。
だが聞くところによれば、おそらくナイトメアに搭載してフレイヤとかいう兵器にぶつける形になるらしいから、俺達がそれを使用することになるだろう。
だがそれを作るのは我々の専門外のことだ、完成出来ると信じて待て。
・・・そして朝比奈の仇を取るんだ」
「中佐・・・!承知しました」
朝比奈の信号が返ってこず、遺体すら消し去ったあの忌まわしい兵器。
数多くの仲間達が、死んだと言う証拠すらもあの光に呑まれて消えた。
「当然ですな。中佐、その時にはぜひこの仙波に先鋒をお命じ下され」
、
もしかしたら死ぬかもしれぬ役目、老残の自分がやろうではないかと言う仙波に、卜部が無理無理、と手を振りながら口を出した。
「何言ってんですかもういい年してんですから、仙波大尉は引っ込んで、俺に任せて下さいよ」
「何を言う、若造には任せておけんわ!おぬしこそ下がっておれ」
まだ決まったわけでもないのに言い合う二人に、千葉もエーギル戦以来一度も見せる事のなかった笑みをゆるく浮かべた。
「頼もしいですね藤堂中佐。朝比奈の無念、必ず私達が晴らしましょう」
「・・・ああ、そうだな」
「中佐・・・?」
何故か歯切れの悪い様子の上官を、千葉は不審そうに見つめた。
(現時点でも、ゼロの蜃気楼と紅月の紅蓮かスザク君のランスロットがあれば、破ることは可能・・・そのシステムの簡略化が進められている。
しかし、それが出来てもやはり万全を期すなら、あの三人が前線に投入される可能性が高い。
・・・第九世代タイプのナイトメア、あれを操れるほどになれさえすれば、俺が)
「千葉の言うとおりだ。そのためにも、鍛錬を怠っている暇はない。
いいか、失敗すれば俺達も朝比奈の二の舞だ。しかし、それでも誰かがやらねばならんのだ。
世界中を混乱に陥れる兵器を、野放しには出来ん。朝比奈の犠牲を無駄にしてはならん」
藤堂は自らを鼓舞するように言うと、カレンダーを見つめた。
「休戦期限は一カ月だが、気は抜けん!これから仕事をローテーションで回し、加えて特別トレーニングのメニューを組んで行う!
休むべき時は休み、それ以外はすべて己の能力を限界まで・・・いや、それを突破して自らを高めるぞ!!」
「「「承知!!」」」
藤堂の檄に三人は敬礼をして応じ、藤堂と共にトレーニングルームへと向かうのだった。
「杉山あ・・・お前が死ぬなんてよぉ・・・」
「南、泣くなよ!俺だって悔しいけど、泣いたってどうしようもねえ!
あのふざけた兵器をどうにかする方法はあるって、ゼロが言ってただろ!」
黒の騎士団の幹部達の部屋で、南が情けなく泣いているのを玉城が叱咤する。
「けど、俺らには詳細知らされてねえじゃねえか!ただのハッタリかも」
「ゼロがハッタリなんかかましたこと・・・あるかもしれねえけど!
でも、結果は出してきた奴だ。今回だってきっとやってくれるさ!
藤堂中佐とか、星刻さんとかも落ち着いてる、きっと打開策があるんだよ!」
ゼロを全面的に信頼している玉城の言に、南は叫んだ。
「だったら何で、俺らには何も伝えてくれねえんだよ!」
「あんたねえ、少しは考えなさいよ!シュナイゼルに情報が漏れないよう、徹底した情報封鎖がされてるって、聞いたでしょ。
幹部でもそう迂闊に詳しいこと、言えるわけないじゃない」
井上が呆れたように答えると、南は納得せずに井上を睨んだ。
「俺達は黒の騎士団結成以来の幹部だぞ!何であいつらにだけ・・・・」
「違うわ、南、私達と中佐達は違う。
私達は素人上がりのレジスタンス、でも中佐達はプロの軍人よ?
本当なら、今世界中から軍人が集められて成り立っている黒の騎士団にはいらないの。
ただ私達が望んだから、居場所を与えられただけ。プロと素人の違いなんて、今さら語るまでもないわ」
詳しい戦略、布陣など一から十まで説明を受けなければ解らない自分達と、概要だけで理解出来る生粋の軍人である藤堂達、頼りにすべきはどちらか、子供でも解る。
ましてやこのようなプロでも手に負えない兵器を前に、所詮は場数を踏んだだけの民間人出身の自分達に、何をやれというのか。
「私達が最初からゼロを支えてきた自負はあるわ。でも、だからと言ってプロと並べられる能力を得たわけじゃない。
扇さんを見なさい、いつまでもそのあたりを理解していなかったから、あんな事態を引き起こしたんじゃない!」
「うっ・・・」
扇はいつまでも民間人として、日本人としてのみの目的に囚われ、結果愛した女の言に惑わされ、正常な判断力を失い、自らの分を忘れて暴走した。
「仲間の仇を討ちたいのは、みんな同じよ!でも、だからと言って自分に出来ると思いこんで、特権を主張するのはやめてちょうだい。
ゼロが出来ると判断してくれたら、向こうから指示があるわ。今までだってそうじゃない。
だいたい南、あんた中佐や星刻さんと同格に張り合える自信あるの?」
「・・・あるわけねえだろ!」
扇と同レベル、と言われていささか落ち着きを取り戻した南は、力なく椅子に座りなおした。
「何かしてないと、怖いというのは解る。だが、こんな時こそ冷静になるべきだろ。
今必死で桐原公や神楽耶様、エトランジュ様も動いてる。迷惑を掛けるのはやめよう」
吉田の言にああ、と南が応じ、そして部屋に沈黙が落ちた。
「あー、もう心気くせーな!」
やがてその沈黙に耐え切れなくなった玉城が、コーヒーメーカーを動かして人数分のコーヒーを淹れ始めた。
「おらよ、とにかくこれでも飲もうぜ。酒は禁止されてっからな」
本当ならヤケ酒でも煽りたいところだが、何が起こるか解らない状況で飲む気が起こらず、せめてものウサ晴らしであった。
「ああ、サンキュー。お、けっこう美味いじゃん」
「本当だ、あんたこんな特技あったのねえ。カクテルだけかと思ってた」
吉田と井上が感心すると、玉城はまあな、と鼻をこする。
「学生時代は喫茶店でバイトしてたからな、これくらいはお手のもんよ」
「ふーん・・・じゃああんた、戦争が終わったら喫茶店かバーでも開くの?」
「そうだなー、それも悪くねえかもな。
役職欲しいって思ってたけど、やっぱ地位に見合うだけの能力がねえとやべえってのは、扇を見て解ったから」
扇のやらかしたことは確かにいろいろまずかったが、正直自分でも美人に引っ掛からない自信がないなーと思った。
だからスパイを異常に警戒し、情報流出を阻もうとする状況に納得して、ゼロから詳細を聞いていないことに文句を言わなかったのである。
「お偉いさんっての、やっぱ俺には向いてねえわ。
失敗するのが罪、なんだろ?なのに、次々に面倒ばっかじゃん。俺、マジ無理」
「・・・だよな。悪い、俺も頭に血が上ってた。今は冷静に、ゼロからの指示を待つ」
南は玉城が淹れたコーヒーを飲みながらリモコンでテレビをつけると、そこにはエトランジュとアルフォンスの結婚、シュナイゼルからの求婚などで騒いでいた。
しかしそれよりも、エーギル戦で使用された兵器について見識者達が議論しており、やはり皆そのことが気になって仕方ないだろう、とため息をつく。
「せめてアルフォンス様がいてくれたらよ、ぱーっと結婚祝いでもやってこんな雰囲気吹き飛ばせるのによぉ」
「こんな状況では不謹慎だ、と言われるだろうから駄目だろう・・・気持ちは解るが」
玉城の案を吉田が力なく否定すると、エトランジュが神経性胃炎を発症したという情報が流れ、無理もないとばかりに皆沈黙する。
「・・・なんか身体にいいもん、差し入れしようぜ。確か北海道から、大量にメロンが来てたよな。
食うのもいいけど、ジュースにでもすっか?」
「玉城にしてはいい案ね。この際だし、みんなにも配りましょう」
幹部がすることではない気がするが、何かしていないと落ち着かない。
一同は井上に同意して、コーヒーを一気に飲み干すとテレビを消し、部屋を出るのだった。
黒の騎士団、ナイトメアシミュレーションルーム。
そこでは現在、蜃気楼、紅蓮聖天八極式、ランスロット・アルビオンを使用した、アンチフレイヤシステムのシミュレーションが行われていた。
現時点でニーナが組み立てたウラン理論を、アンチフレイヤシステムに応用した場合、どの程度まで出来るかを試していたのである。
「十九秒とコンマ四秒・・・十回中八回成功、か」
「私の紅蓮は九回よ!勝ったわね」
得意げにシミュレーションルームから出てきたカレンに、スザクは苦笑した。
ちなみに情報流出を避けるため、ここにいるのはルルーシュとカレンとスザクだけである。
「いざという時、これならいけるとは言えるレベルだが・・・戦場では不確定な要素が来るのが常。
それを思うと、シミュレーションで百%ではないというのは不安だな。何せ、コンマレベルでの仕事だ」
難しい顔でキーボードを叩くルルーシュの言葉に、重い沈黙が下りる。
「ナイトメアの改良は出来るかな?」
「むろんロイドやラクシャータも、それを考えている。
しかし、これ以上の性能のアップは難しいそうだ。
藤堂達は身体能力を上げて、第九世代レベルのものを扱えるようにと特訓を重ねているから、斬月や暁の改良は出来るが」
スザクは既に限界までに性能が上がった愛機を見上げ、肩をすくめた。
「ルルーシュは十九秒のほうは失敗なし・・・あんた、ほんとに人間?」
カレンがノーミスで合計二十回のシミュレーションを成功させたルルーシュを見つめると、彼は何でもないことのように言った。
「揺れもない室内での予測可能なシミュレーションだから、まだ簡単だ。
だが、もしイレギュラーが起これば、解らない」
「シュナイゼル、か・・・確かに何をしでかすか読めないよね」
「っていうか、訳わかんない思考しかしないじゃない、ブリタニア皇族・・・エトランジュ様、今シュナイゼルの名前を聞いただけで、びくってなってるわよ。
考えじゃなくて感性がもう普通とは根本的に違うんだから、仕方ないわよ」
さもあらん、とルルーシュはカレンの言を肯定し、続けて行うシミュレーションの内容を言った。
「よし、次はどのくらいの時間があれば百%になれるかシミュレートする。
お前達の感触なら、あと何秒あれば確実に成功出来そうだ?」
「そうだね、せめて一秒あればってところかな?」
「私も万全を期すなら、一秒あれば確実よ」
「一秒か・・・約三倍。難しいところだな。
せめてニーナの研究が、それくらい進めば・・・」
ルルーシュが各ナイトメアのシミュレーション表を開いたので二人が覗き込むと、藤堂が十回中一回、星刻が十回中五回成功という、何とも言えない結果だった。
「星刻は身体のほうはほぼ完治しているが、お前達ほど無理が出来る身体でもないからな。
やはりお前達のうちどちらかに、先陣に立って貰うのがベストだろうな」
「あんたと組むなら、当然親衛隊長の私よ!成績だって私の方がいいんだから!」
カレンが嬉々として主張すると、スザクがきっぱりと言った。
「いや、それは僕の仕事だよカレン。譲る気はない」
「スザク・・・そうだな、お前に頼もうと俺も思っていた」
まさかルルーシュまでもスザクをパートナーにと同意したことにカレンはショックを受け、スザクの首を絞める勢いで問い詰めた。
「何であんたが決めるのよ!ルルーシュもルルーシュよ、私はあんたの!」
「君には君を大事にしている父親がいるだろう!
これ以上シュタットフェルトさんに、心配を掛けてどうするんだ!」
「・・・!!そ、それは・・・」
スザクの叱責にふとルルーシュを見ると、彼がスザクを選んだのも同じ理由だったのだろう。黙ってカレンを見つめていた。
「エーギル戦の後、戻ってきた君の姿を見て、泣くほど安堵していたじゃないか。
僕で成功させたら、成績では君の方が上だったんだ、シュタットフェルトさんだって安心する。だから、僕がやるよ」
必ず成功させてみせるとスザクがまっすぐにカレンを見据えると、それでもルルーシュと組んでこの難行を成功させたい彼女の様子を見て取って、ルルーシュが言った。
「シュタットフェルト氏も、君を戦線から外して貰いたいと幾度か言われている。
それでも君を外すことは出来ないし、エースの君を失うのは、俺としても避けたい。
今回はスザクの控えとして残ってくれないか」
『カレン・・・!よかった無事で!
まさかあんな兵器があるとは思わなかった。よかった・・・!』
幾度もよかった、を繰り返し、以降はどこか体に不具合はないか、あったら軍務を休ませて貰おうと、紅蓮のパイロットを止める方向に持っていきたがる父。
親としては至極当然のことで、無理もないと周囲はむしろ同情的だ。
「・・・解ったわ、もしこの状況のままなら、あんたに任せてあげる。
絶対失敗するんじゃないわよ!」
父を持ち出されては折れるしかなくなったカレンは、渋々納得した。
「大丈夫だよカレン。僕とルルーシュが揃って、出来なかったことなんてないさ」
スザクがそう言った瞬間、カレンは思い切りスザクの頭を殴った。
「いきなりなにするのさ、カレン!」
「大きな口叩くなっての!あんたほんとムカつくわ!!」
「理不尽だ!」
まことにもっともなスザクの叫びに、ルルーシュは話はまとまったので我関せずとばかりにキーボードを叩いている。
と、そこへ通信機が鳴り響いた。
「シミュレーション中にすみません、エトランジュです。
報告があるのですが、よろしいですか?」
「ああ、構いません」
ルルーシュが天の助けとばかりに受話器を取ると、カレンもスザクを解放して報告に聞き入った。
「報告があるとはなんです?エトランジュ様」
「実は先ほど、ブリタニア本国から三人の官僚の方が亡命して来られたのです。
北周りで中華経由で日本に来たそうで、シュナイゼルの計画に賛同出来ないと、そうおっしゃっておいでで・・・」
何しろ絶対安全なのはわずか二、三千人程度の、地球規模での恐怖政治なのだ。
三人のうち一人は、オデュッセウスがダモクレスに移ってからもペンドラゴンに残っていた彼の臣下の一人で、もう一人はエリア16、すなわちマグヌスファミリアで副総督をしていた女性、最後は主義者の男だった。
「ダモクレス要塞のデータの一部を持ってきたそうで、専門家の方に分析を依頼しておきました。
私やマオさんがお話を伺った限りでは、嘘をおっしゃっている様子はありませんでしたが・・・」
つまりマオのギアスを使って心を読んだ限りでは、彼らが本気でブリタニアを見限っているのは事実だということだ。
しかしエトランジュの台詞の続きを、ルルーシュは察した。
「ダモクレスの偽のデータを渡してあえて放逐する、という策を使った危険がある、ということですね」
「はい・・・お父様もそれを危険視しておいでで・・・」
油断も隙もない手を打って来るシュナイゼルに、一同は静まり返った。
とにかく情報を持ってきた亡命者にゼロが会わないわけにはいかないと、ルルーシュは立ちあがった。
「その三人に会って、じかに話を聞くとしよう」
「今、ユーフェミア皇帝が詳しく事情を聞いておいでです。第四会議室です」
シミュレーションをいったん中断した一同は、ルルーシュがゼロの扮装をした後、第四会議室へと向かう。
そこにはエトランジュとユーフェミアと共にジェレミアとダールトンがおり、アドリスも車椅子に座ってマオが困ったように立っている。
そしてユーフェミアに縋りつくように、三人の男女が訴えている。
「ブリタニアの民をお救い下さい、ユーフェミア様!もはや貴女様しか・・・!」
「あ、あのような兵器、認めるわけには・・・お願いします!」
「我らだけが逃げ出した罪は、いかようにも償いますから・・・どうか・・・!」
床に這いつくばって懇願する彼らに、ルルーシュが声をかけた。
「お待たせして申し訳ない、亡命者の方々。
概要は既にエトランジュ様から伺ったが、今一度あなた方からお聞きしたい」
「ゼロ・・・!ああ・・・」
神聖ブリタニア帝国臣民の敵、とされているゼロを見て、一瞬三人は震えた。
だがそれでもブリタニア人でも差別せぬと言っていた彼に、ユーフェミアも彼に庇護されている。
もはやその手に縋りつくしか、ブリタニアを恐怖から救うことは出来ないと、彼らは知っていた。
「い、今ペンドラゴンは完全に、シュナイゼル殿下の支配下にあります。
よりにもよってあの方は、自分の命令に従わねば、フレイヤをペンドラゴンに投下すると、そうおっしゃって・・・!」
「・・・やはりか。それで、そのことは国民にも知らされているのかな?」
「いいえ、それは混乱を招くだけですから、公表はされておりません。
ですが、主な皇族や貴族達は、ペンドラゴンから動くことを禁じられ、今各植民地に対する賠償に向けて動いています。
皇族、貴族の特権の廃止などは、公表されていました。ですが、それに従わぬとする者もいて・・・」
やはり長年に渡って染みついた差別国是に特権意識に染まっている者からすれば、突然それを取り上げられることは空気を奪われるに等しいことなのだろう。
フレイヤがペンドラゴンに向けられていることなど知らぬ末端の皇族や貴族が反発しだし、今懸命にそれらを抑え、処罰しているのだという。
「まさか事実を公表するわけにはいきませんものね。
ペンドラゴンが危険だと知られれば、皆が我先に脱出しようと騒ぎ、交通機関がマヒして玉突き事故などが多発しかねません。
かといって何も知らぬ者が反乱を起こせば、フレイヤが反乱の首謀者の領地に落ちる・・・」
ユーフェミアが力なく地獄の未来図を語ると、亡命者達はそれを防いでほしいと訴えた。
「何も知らぬ国民を巻き添えにする政策など、断じて認められません!
ユーフェミア様、どうかお助け下さい!」
「ゼロ・・・わ、私達が各植民地で行ってきたことを恨むのは解ります。
ですが、本当に穏やかに暮らしてきただけの国民が大勢いるのです。償いは我々貴族が何としてもいたしますから、お力を貸して頂きたい!」
何とかしてダモクレスの設計図の一部を手に入れた、活用して頂きたいと懇願する彼らに、確かに嘘の色はない。
「我ら黒の騎士団は、正義の味方である!無辜の民の殺戮を甘んじて見過ごすなど、我々の正義が許さない!
必ずシュナイゼルを止める事を約束しよう!!」
ルルーシュがマントを翻して叫ぶと、アドリスが言った。
「あなた方のもたらした情報に、感謝します。
ですが、現在私達は以前に大規模なスパイ網を摘発し、こちらに間違った情報を持ち込まれるなどの被害がありました。
そのため、あなた方が持ってきた情報の裏付けを取らせて頂きます。
また、申し訳ありませんが先の理由からスパイの警戒が強くなっているので、お三方をしばらく部屋に軟禁させて頂きたい。
これは混乱を避けるためと、何よりあなた方を守るための処置です」
「・・・承知しました」
ここに来る途中、思い切りあからさまなひそひそ話と冷たい視線に晒されてきたので、やはりブリタニア人は冷遇されているのだろうと、覚悟していた。
むしろ軟禁されるくらいで済むのなら、御の字であろう。
(もしかしたら、この機にブリタニアなど滅びてしまえばいいと思われているかもしれないなあ・・・)
自嘲するようにそう思った亡命者の一人の心の声を、マオがエトランジュに伝えた。
エトランジュは誤解を解いておかねばと、慌てて三人に謝罪する。
「せっかくの情報をもたらして下さった方に、本当に申し訳ありません。
でも、本当にみんなシュナイゼルを警戒していて・・・ですが決してブリタニア人全員を嫌い、恐れているわけではないのです。
ブリタニア大陸に住む方々を、フレイヤからお助けすることに全力を尽くします。
私達はブリタニア国民に差別や殺戮をやめてほしいだけで、死んでほしいわけではないということだけでも、信じて下さい」
「・・・はい」
「私はかつてブリタニア植民地を回った折、ご自分が捕まりながらもブリタニアは間違っていると主張した方や、エリア民の方を庇護する方を多く見て参りました。
皇族や味方に向かって間違っていると指摘することが、時として敵を倒すよりも勇気を必要することだと、少しは解るつもりです。
ブリタニア大陸でもそれを貫く方々がいることに、私は感謝します。
あなた方は間違いなく、合衆国ブリタニアの英雄です」
ブリタニアに限らず、自国での常識を間違っていると訴える事は、狂人だと誹りを受けるケースが圧倒的に多い。
過去天動説が常識とされていた時代、地動説を唱えた学者がどれほどの不遇を囲ったことか。
亡命者達は、自分が滅ぼした国の女王から英雄とまで言われたことに驚き、自分達の訴えが聞き届けられたことに安堵し、ようやく肩の力を抜く。
「ありがとうございます・・・感謝します」
幾度もそれを繰り返した亡命者達は、ゆるゆるとダールトンやジェレミアに視線を向けると、言いづらそうに告げた。
「・・・この亡命にはダールトン侯やジェレミア辺境伯の縁者も、と思い調べました。
ジェレミア辺境伯の妹君はご無事ですが、ゴッドバルド家の爵位剥奪後に伴って学院を転校され、他学校の寮に・・・。
フレイヤのことを話し、亡命に同行してジェレミア卿に話を通して貰いたいと言ったのですが、ブリタニア貴族として危険から自分だけ逃げる真似は出来ないと伝えるよう、頼まれました。
それから、兄を信じている、と」
「リリーシャ・・・その覚悟、見事である」
あえて危険な首都に残り、爵位を剥奪されてもなお貴族としての誇りを貫く妹を、ジェレミアは心から誇りに思った。
「ただ、こちらは悪い知らせです。お二方のご親戚やダールトン侯爵のご養子のうち、戦闘時のエーギル基地にいた者すべて、死亡確認が取れました。
殆どは日本が解放された後と、オレンジ事件の後に前線から一族の方は遠ざけられたのですが、十数名ほどはまだそこに勤務していたようで・・・」
その者達の名前を聞いた二人は、確かにエーギル基地にいたことを記憶しており、目を見開いた。
エーギル戦の際、裏切り者とされた縁者を長く留めはすまいと思っていたから助かっていると考えていたが、そう甘くなかったようだ。
「免職されたり、ペンドラゴンに異動になったので難を逃れた方々が、我々の亡命に協力して下さいました。
何かあれば力になると、伝言を頼まれております」
「・・・そうか。ご報告、感謝する」
エトランジュが三人の部屋を準備するよう、黒の騎士団の方々にお願いしてまいりますと部屋を出た。
さらにルルーシュがいくつかの質問をし、この三人がシュナイゼルの策かどうかはともかく、害意はないことを確認する。
そして三人が用意された部屋に引き揚げると、一同は再びそれぞれの仕事へと戻っていく。
ただダールトンとジェレミアだけは、身内の訃報に衝撃を受けていることを見て取ったユーフェミアとエトランジュの厚意により、その日は休日になった。
それでも二人とも休む気にはなれず、ジェレミアは自身の専用機であるジークフリードの調整室へと足を向け、特にやることもないダールトンも彼についてきた。一人になりたくなかったのだ。
ギアス嚮団から押収したジークフリードは、神経接続で動かせる唯一のナイトメアフレームである。
エトランジュの護衛のジークフリードと同じなので改名を、との意見も出たが、ありふれた名前だから別に構わないというマグヌスファミリアの一言で、この名が続いている。
「この機械化された身体だからこそ扱える、ナイトメアだ。
初のナイトメアとなるこれが迅速に実戦に投入出来るまでになったのは、光栄にもナナリー様のお陰なのだ」
「ナナリー様の?」
「そうだ。あの方が御足の手術をお受けになり、神経装置を埋めることで動かせるようになったことは存じていよう。
そしてその装置とナイトメアとを接続して動かす実験を、なさっておられたらしい。
マリアンヌ様ゆかりの、あのガニメデをお使いになってな」
日本解放後、ナナリーが黒の騎士団で手術を受けたことを知ったミレイの祖父は、ガニメデを黒の騎士団に寄付した。
旧型なので戦闘には使えないが、神経接続装置を埋めた少女のリハビリに使うと表向きに宣伝されたのだ。
「ロイドやラクシャータ女史などが改造したガニメデを、見事に操っておられる。
そのデータを、私の役に立てるのなら使ってほしいと、恐れ多くもおっしゃって下さった。
あの方のせいではないというのに、ご自分の父であるシャルル帝のせいなのだからと、心苦しく感じておいでなのだろう」
親の罪を子が償う道理はないというのに、ナナリーも家族の罪を自分がわずかでも償おうとしている。
それはユーフェミアも同じで、姉が人体実験と知りながらジェレミアを放置したことに、罪悪感を持っているようだった。
「私はな、ダールトン卿。ブリタニア皇族の方々をお怨みする筋はないと思っている。
間違っていることを間違っていると思うことすらせず、ただマリアンヌ様を守れなかった己の恥を隠すように、日本人に圧政を強いたのだ。
弱肉強食を認めていた以上、弱者となった私がこうなったのは必然だ」
「・・・私も、ブリタニアという国の外から見た祖国の姿に、随分と戸惑ったものだ。
そしてたまたまエーギル基地にいた、というだけで一瞬にして消えた兵士達を見て、ユーフェミア様やルルーシュ様が憂えたのはこの事態なのだと、ようやく理解した」
弱い、というだけで、ただそこにいた、というだけで、上にいる者達の指先一つで消されていく命。
かつては自分達が、その指先を持つ身分だった。
それがその指先の下にいる人間にとってどれほどの恐怖を伴うものであったか、全く解らなかった。知ろうとすらしなかった。
そして今、ようやく彼らの恐怖がこの身に降りかかる。
「私のわがままで、息子達の立場が悪くなるのはすまないと思っていた。
だがまさか、そんなことさえ無関係に殺されるなど、想像していなかった。
味方に文字通り消されるなど、一体誰が想像したというのだ・・・」
「ダールトン卿・・・」
「・・・フレイヤ戦の時の部隊には私を加えて頂くよう、ルルーシュ様にお願いするつもりだ。
爵位を剥奪されたといえど私も貴族、その義務を全うし民をフレイヤの脅威から守らねばならん。
我らブリタニア人が陣頭に立ってこそ、新たなブリタニアの在り方を世界に示すことに繋がる」
そしてそれが、ユーフェミアを守ることになる。
ダールトンの最優先はユーフェミアだが、ブリタニアの民を守ることもまたその誇りが義務として己が身に課していた。
「間違っていることを間違っていると味方に指摘するのは、敵を倒すよりも勇気がいる事、か・・・。
姫様がいらしていたら、妹君としてあのお方がお止めして下さっただろうに・・・。
我らが口にする権利はないが、フレイヤやあの計画、シュナイゼル殿下をお諫めする者はいなかったのか・・・」
「そう、誰も皇族方のなさることをお諫めしなかった。
その結果がこれだ・・・我々がフレイヤの恐怖に晒されるのは自業自得だが、民を巻き添えにするわけにはいかぬ」
自らの死を持って諌めても無駄だと思ったからこそ、あの三人はユーフェミアに助けを求めたのだろう。
それでも、ブリタニア本国にもまだ祖国の間違いを正そうとする人間が、少なからずいたのだ。
そのためにも、フレイヤをペンドラゴンに投下するなどという事態は防がねばならない。
それがブリタニア貴族として、自分達がすべき役目だった。
ジェレミアは立ちあがると、小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、二つのコップに中身を注いだ。
「ブリタニアの新たなる明日のために・・・!」
「ジェレミア卿・・・そうだな」
二人はそれぞれグラスを持つと、それを高く掲げ、主君の名を叫んだ。
「オールハイル、ルルーシュ!」
「オールハイル、ユーフェミア!」
グラスが小さく音を立て、透明な液体が小さく揺れた。
三人の亡命者達の処置を終えた後、病室に戻ったアドリスはベッドに横たわり、目を閉じていた。
その横ではエリザベスが、何も言わずにリンゴをすり下ろしている。
いつもは時間があれば目を閉じているアドリスが、わずか三十分で目を開けたので、エリザベスは驚いた。
「どうしたの、アドリス?喉でも乾いたかしら?」
「・・・己の願望に乾いた連中が、どうやら突破口を見出したようです」
忌々しげなアドリスの言葉に、エリザベスは目を見開いた。
「まさか、こんな短期間に?あの連中!」
「その努力を別方向に活用すれば、普通に歴史に名を残せたでしょうに・・・シュナイゼルから逃げて、あの地下でこそこそ研究しているうちは、大丈夫と踏んでいたのですが、甘かったですね」
「でも、今からでも黄昏の間からあいつらを確保すれば・・・」
「ビスマルクと、もう一人のラウンズを相手にするのは、難しいですね。
それに、シュナイゼルにシャルル達がやろうとしていることに勘づかれてしまうのも厄介です。
あの男の目的の一つにコードがあると解った以上、仕方ありません」
アドリスが右手の手のひらに刻まれたコードを見つめると、静かな声で言った。
「アカーシャの剣を動かし、コードを消します。
コード・ギアス関係者を全て、ここに呼び集めて下さい」
エリザベスはでも、となおも難色を示したが、続けられた言葉に目を見張った。
「これ以上、あの子達に苦労を背負わせたくないでしょう?」
「・・・解ったわ。呼んできます」
エリザベスは泣きそうな顔で承諾すると、携帯電話でエトランジュに連絡するのだった。