第四十五話 灰色の求婚
エーギル基地が消滅してから五日後、待ってはいたが来てほしくなかったシュナイゼルから、通信による会談が申し込まれた。
国境付近までアヴァロンで来たシュナイゼルの副官、カノン・マルディーニが使者として訪れたという報告に、ルルーシュとアドリスは、軽く頷き合った。
この会談の件は、既にシュナイゼルが情報を流したため、全世界の知るところとなっている。
ブリタニアが全世界放送で流しているテレビ番組やネットでのニュースで、『神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアが合衆国日本に会談を申し込む』というニュースが流され、日本でもマスコミ関係者が固唾を飲んで黒の騎士団本部の前で半楕円形の陣を築いている。
「予想通りだな。ではアドリス様」
「お任せ下さい。一カ月は稼いでみせましょう。
大丈夫ですよエディ。あのような男に貴女が相手をする必要はありません。
カノン・マルディーニに挨拶したらすぐに引き上げなさい。いいですね」
にっこりと娘に微笑みかけたアドリスに言われたエトランジュは、EU代表としてカノンを出迎えるべく待機していた黒の騎士団本部の入り口で、何度も深呼吸を始めた。
その横には同じように緊張した面持ちのユーフェミアがおり、背後にスザクがいる。
しばらく後、黒の騎士団の基地に十人程度の護衛を連れて小型艇で降り立ったカノンは、その後用意されたリムジンで黒の騎士団本部へと到着した。
ジークフリードを初めとする大量の護衛に囲まれ、桐原、ユーフェミア、ゼロと共に黒の騎士団本部で出迎えたエトランジュの姿を見た彼は、内心で笑みを浮かべた。
シュナイゼルの腹心の自分が赴けば彼のギアスの餌食とするため、エトランジュが来るだろうとの予測は、見事に当たっていた。
(シュナイゼル殿下のおっしゃったとおり、自白か読心のギアスを持つと予想される秘書とともにエトランジュ女王がいるわね。
では邪魔が入らないうちに始めてしまいましょう)
カノンがゆっくりとリムジンから降りると、穏やかに出迎えたエトランジュ達に挨拶した。
「お出迎えありがとうございます、桐原議長閣下。
このたびの急な会談の申し込みを、快く受け入れて下さったことに感謝いたします」
「・・・此度の件と今後についてお話があると言われては、受け入れるしかありますまい。
まずは僭越ながら超合集国代表として私が、黒の騎士団CEOのゼロ、EUからはエトランジュ女王陛下がお話を伺わせて頂くこととなりました」
「結構です。私はシュナイゼル殿下との今回の会談がこの先恒久の平和を築くための、実りあるものとなることを確信しております」
エトランジュがEU代表となったのは、引き連れているマオを使ってカノンの心を読み、シュナイゼルが何を考えているのかを知って会談を有利に進めようとする心積もりである。
シュナイゼルから予防策を与えられていると思い込んでいるカノンは、平気でエトランジュやマオの前に立って挨拶していた。
カノンが自らがはめているコンタクトのことを思い返していると、目を合わせる必要のないギアスを持っているマオが、エトランジュのギアスを通じて全てを暴露していた。
《ねールル、シュナイゼルはギアスについてはある程度把握してるっぽいよ。
でもちょっと誤解してて、眼を合わせる必要があるって思ってるみたい。
で、それを防ぐ方法が例のコンタクトで量産しまくって、部下に配布してる》
《なるほどな・・・ではこの男にギアスをかけることは出来ないというわけか。
つくづくこういう先手は手際良く打つ男だ》
シャルルが行った策を見事に自身の策に変えてしまったシュナイゼルに、ルルーシュは忌々しげに舌打ちした。
《僕が持っているギアス内容も、ほぼ当たってる。
でも範囲型だとは気付かれてないのが救いかな。どうする?》
《ではその誤解を信じさせてやろう。
今からエトランジュ様は急病と偽って退場するが、マオ、お前はアドリス様の手伝いをするように命じられたとでも言って、アドリス様と同行しろ。俺も隙を見て、ギアスをかけて失敗したと見せかけておく》
《オッケー、それでたまに悔しそうな顔とかして心が読めないふりをしとくよ。
ここまでギアスについて見事に予測したのは凄いけど、なんか間抜けだなあこいつ》
ゼロがルルーシュであることといい、ギアスのことといい、シュナイゼルは肝心なことを味方であるはずの家族から教えて貰えていなかった。
これまで起こった経緯から、導き出した結論がほぼ正しいものであったのは大したものだが、目を合わせなくても使えるギアスがあることは、データがなかったがゆえに予測出来なかったのである。
《まあ、シュナイゼルはもし万が一にもこいつが操られていると判断したら切り捨てるつもりっぽいし、本人もそれを解ってるけど・・・こいつもけっこう変わった感性してるよなあ・・・》
鞭で殴られて忠誠を誓ったと言う経緯が解らないとマオは思ったが、世の中痛い目に遭わされて喜ぶ人間がいるからなとC.Cに言われ、世界にはいろんな人間がいるのだなと改めて思い知っていた。
《・・・それはそうとエディ、シュナイゼルはこの男を通じて今からエディにプロポーズするつもりみたい。
妨害が入る前にって思ってるよ。エディが僕を残して引き上げるつもりなのも読んでるみたいで》
シュナイゼルはマオが使い物にならないとなると、エトランジュがカノンの相手をする理由がないことから、理由をつけて退室することを予測していた。
だから彼女がどこかに行かないうちに、求婚してしまえと命じてあったらしいと、マオが報告した。
《シュナイゼルが会談を申し込んでるのは既に知れ渡ってて、マスコミ関係者もいる・・・それが狙いで情報を流したんだ。
信頼する部下を使者に立てて、ブリタニアとの間で婚姻による絆を作りに来たってアピールのためみたい。
初めは本人が来る予定だったけど、シャルルが行方不明でラウンズが二人いないことから、ブリタニアから離れることが出来なかったからだね。
大勢の前でプロポーズすることで、返事を明確にさせるって狙いもあるようだよ》
非常に不愉快そうではあるが落ち着いているマオに、ルルーシュもそうかと頷いた。
《だが既に手は打ってある。エトランジュ様、例のことを理由にそれはお断り下さい。よろしいですね?》
《はい、ゼロ》
エトランジュが了承すると、ちょうどエトランジュの前にいたカノンがエトランジュに挨拶した。
「初めて御意を得ます、エトランジュ女王陛下。私はシュナイゼル殿下の副官をしております、カノン・マルディーニと申します」
優雅な物腰で礼を取った彼がゆっくりと身を起こした時、胸から何かを床に落とした。
身体検査は充分に行っとはいえ何を、と護衛の者達が警戒してエトランジュを庇おうと思わず飛び出たが、コツンと音を立てたそれは小さいが豪華な皮張りの箱だった。
「リングケース?」
誰がどう見てもリングケースのそれに、シュナイゼルがエトランジュに政略結婚を申し入れるつもりだと知っている一同のほとんどが、それが婚約指輪だと気付いた。
カノンはあら、とわざとらしくそれを拾い上げると、エトランジュに向かって言った。
「シュナイゼル殿下からの大事なお預かり物ですのに、申し訳ありません」
「はあ・・・私に謝罪されても困るのですが・・・」
エトランジュが困惑すると、その反応に一同は違和感を覚えた。
カノンも同じだったが、気を取り直して続ける。
「いえ、これは貴女様にお渡しするようにと、シュナイゼル殿下から仰せつかったものですので。
後でお渡ししようと思っていたのですが」
その言葉に、取材陣が大きくざわめき始めた。
「こ、これはブリタニア側が和平をということだろうか?」
「エトランジュ女王とシュナイゼル宰相との婚姻が成れば、それも不可能ではない」
「いやしかしこの状況では・・・それに何やら兵器を造ったと言う情報があるし・・」
取材そっちのけで議論が始まりそうな雰囲気だったが、ディートハルトなどはその手があったかと納得し、この手にどう対応するのかとゼロのほうに注視している。
(何の行動も起こさないということは、すでに予測してエトランジュ女王に対応策を与えていると見るべきだろうな。
現に皆落ち着いているし・・・この件はすぐに収まりそうだ)
つまらんとディートハルトは思ったが、ここで一同の予想外の事が起きた。
何とエトランジュが一度首を傾げた後、カノンが差し出した指輪を受け取ったのである。
「解りました。シュナイゼル宰相閣下によろしくお伝えください」
この行動にルルーシュはもちろんマオもテレビを通して見ていたアドリスも仰天した。
もちろんユーフェミアとカレンとスザクも、神楽耶もである。
「ど、どうしてエトランジュ様は指輪を受け取ったの?
せっかく例の策でシュナイゼルとの結婚話をぶち壊すって話になってたのに・・・!」
小声でカレンがユーフェミアの耳元で囁くと、ユーフェミアもしばらくの間考え込み、ふと思った。
(そう言えばエトランジュ様。さっきマルディーニ伯が指輪を落としたことを謝罪した時、自分に謝られては困るって不思議がってらしたわ。
でもシュナイゼル兄様が結婚を申し込みに来ることは、ルルーシュがちゃんと予測していたのだから・・・まさか!)
あることを思い出したユーフェミアは、はっとなって背後にいたスザクとカレンに向かって小声で言った。
「エトランジュ様は相手に指輪を贈ることがプロポーズで、それを受け取ることを了承した行為だとご存じないのでは・・・?」
「え・・・そんな、まさか・・・!あの人に限って当たり前のことを知らないなんて」
「待ってスザク・・・神根島でクライスさんが言ってたよね?
『マグヌスファミリアでは仕事の邪魔になるから、指輪を贈る習慣がない』って」
あの会話をした時、エトランジュは別行動を取っていたからその場にいなかった。
あんなどうでもいい会話を主に報告する必要が、どこにあるだろうか。
世界の常識が、各国すべての共通の常識だとは限らない。
日本だって江戸時代が終わるまで結婚を申し込むのに指輪が必要だったわけではないし、今でもその国独自の求婚や結納の方法があるものだ。
現にエトランジュは、今でもリングケースを見て何か仕掛けられてはいないだろうかと警戒するような視線を向けるばかりで、どう見ても結婚を申し込まれた人間の態度には見えなかった。
プロポーズは断われと指示しただけで、どの行為が求婚かについて教えていなかったというミスにいち早く気付いたマオが茫然となり、エトランジュに言った。
《エディ、早くそれ返さないとまずいよ!!》
《え・・・これにはやはり仕掛けがあるのですか?》
あながち外れではないが根本的に間違っているエトランジュの返答に、ルルーシュが教えてやった。
《一般的に指輪を相手に送るのは求婚行為に当たり、それを受け取れば了承したことになるのです。
早くそれを突き返してください!》
一方、エトランジュの反応から彼女が求婚という行為について知らなかったことに気付いたカノンは、少し驚いた後に内心でさすがはシュナイゼル殿下と笑みを浮かべた。
(マスコミの前で指輪を落とし、その流れでエトランジュ女王に指輪を渡せと命じられた時は何故かと思ったけれど・・・そういうことだったのね)
シュナイゼルはマグヌスファミリアが婚姻時に指輪を贈るという一般的な風習がないことを、エリザベスなどの既婚者が指輪をしていないことで予想していた。
もしもエトランジュが一般的な求婚方法を知らないままでいた場合、贈り物を正当な理由なく受け取り拒否するのは無礼だからと、全て受け取っていた彼女が拒む可能性が低いと考えたのである。
知っていたとしてもマスコミの前で求婚をすれば、シュナイゼルがエトランジュと結婚の意志があり、今から行われる会談でも平和を望むというアピールになるので、全く無駄にならない。
マオはその記憶を読んではいたが、シュナイゼルが念のためカノンに意図まで教えていなかったせいで、ルルーシュもマオもシュナイゼルの狙いが“偶然を装って公衆の面前で自然にプロポーズすること”にあると読んだのが失敗だったのだ。
マオはギアスをコントロール出来ているがゆえに、まさかエトランジュが年頃の少女ならまず誰でも知っているプロポーズの一般的な手段を知らなかったことが、読めなかったのである。
《ど、どうしましょう・・・すぐにこれお返しすればいいのですか?》
何だかとてもそんな雰囲気ではないような、とエトランジュが取材陣の爆発的なフラッシュに視線を送り、ルルーシュもどう対処すべきかと考えを巡らせた。
「エトランジュ様、それはシュナイゼル宰相とのご結婚を視野に入れるとのお考えでしょうか?!」
「ブリタニアとの戦争も、それで決着すべきだと?」
「エトランジュ様!」
エトランジュがプロポーズと知らずに指輪を受け取ったのだと気付いた取材陣が何人かいたが、普通知っているはずのことなので知らなかったのだとすら考えない大多数の記者の声が響き渡る。
それをモニターを通して見ていた星刻は、指輪を贈ることについての意味をブリタニアから婚約指輪を贈られるまで知らなかった天子を思い出し、香凛に尋ねた。
「エトランジュ様は政略結婚の政変の時、コンテナの中にいらっしゃったな」
「はい、コンテナ内部では外の様子は音声しか伝わっておりませんでしたから・・・祭壇の上に指輪があったなどお気づきではなかったと思います」
実際はギアスで視覚を繋いでいたが、あの場にいた全員は祭壇ではなく天子やシュナイゼルなどのほうに注意を向けていたし、視界に入ってもそれどころな状況ではなかった。
さらに言えばその当時エトランジュは、EUの末席にいる名前すらろくに知れ渡っていない小国の女王だった。
EU内部で結束を強めるための王族貴族による政略結婚が行われていたが、招待状すら届いていないことも多く、結婚式を目の当たりにしたことが一度もなかったのである。
日本解放後では逆にEU議員の子供の結婚式にでも招待を受ける身分となったが、多忙のため申し訳なさげに断わりを入れていた。
おまけに通常は皇族・王族の婚姻は本人ではなく一族に向けて申し入れるもので、事実天子に対する求婚は、政府機関を通して行われているという事実があった。もちろんそれは、EU内で行われていた政略結婚も同様だ。
だからエトランジュは、王族・皇族・貴族の結婚の申し込みはそのようにして行うものであると認識していた。
よって指輪が結婚式で使われるがゆえに、それを贈ることが求婚に繋がることだとは想像出来ず、指輪なんて使わないから貰っても、どうしていきなり贈り物を?・・・というような考えしか浮かばなかったのである。
そして贈り物は受け取るのが礼儀という常識に基づいて、杓子定義に受け取ってしまったというわけだ。
どうしよう、とエトランジュが途方に暮れていると、いきなり黒の騎士団本部の自動ドアが開き、中からエリザベスに車椅子を全力で押させてやって来たアドリスが現れた。
「お父様!!」
ぱあっと顔を輝かせつつ父に縋りつくような視線を送ったエトランジュに、アドリスはよしよしと安心させるように笑みを浮かべた。
「はじめましてマルディーニ伯爵。突然に失礼いたします。
私はエトランジュの父・アドリス・エドガー・ポンティキュラスと申します」
「はじめまして、アドリス前国王陛下。
このたび我が主君の申し込みをエトランジュ女王陛下がお受け下さったことに感謝を・・・」
さりげなくエトランジュがシュナイゼルの求婚を受け入れたと言うことにしてしまおうとする言葉尻に気付いたアドリスは、丁寧な口調で遮った。
「申し訳ありませんがそれは誤解です、マルディーニ伯爵、記者の方々。
先ほどこの子が指輪を受け取ったのは普通のお土産だと勘違いしたからで、求婚だなどと微塵も思わなかったからなのですよ」
え、そんな苦しい言い訳通用するの?!と記者達は目が点になった。
だが実際指輪を受け取る前後のエトランジュの反応がおかしかったし、今もアドリスの発言に幾度も頷いている。
「マグヌスファミリアでは、求婚は直接本人が相手にその意思を告げることで成り立つものです。
もちろん王族の結婚はその限りではないことは知っていますが、それとても政府機関を通じて行うものだと私が教えましたからね。
一般的な求婚については教えていなかった私の落ち度です」
無知な娘にしてしまい申し訳ないと、アドリスは、さらに続けた。
「自分の結婚は自分の国のために行うものだと思いつめている娘に、幸せな結婚とは何か、どのようにして祝福された式を行うかなどロマンティックなことを言うのが忍びず・・・それが今回の誤解を招く事態になるとは露とも思いませんでした。
ですから迅速に誤解は解かねばと、こうして参上させて頂いた次第です。申し訳ありませんでした」
あくまでの己のミスであり、それとても既に大人の思考を持って国のために頑張る娘のためだったのだと語るアドリスに、記者達はそれ以上追及できずに静まり返る。
それをテレビ画面を通して見ていたシュナイゼルは、なるほどこの手で来たかとアドリスの手腕に感心していた。
一般常識を知らないのかとエトランジュに対して非難が集まることを防ぐために矛先を自分に向けつつ、さらにその先を少女らしい夢を見ることすら出来ぬ戦乱の世の中が悪いのだという世論に向ける。
「ご存じないのも仕方ありませぬな、常識などその国によって違うもの。
我が国でも、伝統ある挙式に指輪を使うことはありませぬゆえ」
「そのとおりですわ。私も普通の方々が知っていることでも、知らずにいたことがどれほどあったことでしょう。
誤解を迅速に解かれたアドリス様はさすがですわ」
桐原がフォローを行うと、ユーフェミアもそれに習って言った。
そしてカノンが何かを言う前に、アドリスは以前から用意していたこの政略結婚策を防ぐ策を投下した。
「何よりもエトランジュは先日、極秘で身内のみの式を挙げて挙式しております。
そう、この子は既に結婚しているのですよ」
「・・・・!!」
まさか既に結婚しているとはどういうことかと、カノンは驚いた。テレビを見ていたシュナイゼルも、まさかと眼を見開く。
シュナイゼルはこの策を防ぐためにエトランジュが誰かと結婚する可能性は、もちろん考えていた。
だが王族や貴族との結婚の場合、申し入れを行いそれを受け付けて発表までにそれなりに時間がかかる。
エトランジュ自身に好意を抱いた者や彼女のネームバリューを望む者など様々だったが、幾多の求婚を公に、あるいは暗に受けていた。
だがそれゆえに水面下での争いが多く、何とかして彼女から好意を得て求婚を受け入れて貰おうと画策している段階である。
その中から選ぶにしても何故自分ではないのかと揉める種になるので、急いで結婚したくとも有形無形に妨害が来ることは目に見えている。
少し背中を押すだけで騒ぎを拡大することくらい、シュナイゼルには朝飯前だ。
ではそれ以外の者となると、相手は非常に限られてくる。
まずはゼロことルルーシュだが、これはあらゆる意味で論外だ。
EUがまず認めないし、超合集国連合もEUにゼロを渡すのを渋る可能性が高いからだ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして今名乗りを上げても、ゼロの正体を暴露してやれば結果は同じだ。
中華でもまだまだ人材不足の今、彼女に釣り合いそうな、たとえば黎 星刻などを出すのは困るだろう。
ではマグヌスファミリアの国内からはどうかとなると、あの国は王族以外に政治能力などを持っている人間はいなかった。
以前の名も知らぬ小国の女王ならともかく、的確に彼女をサポートできる人材でなければ今のエトランジュの伴侶は務まらない。
そしてあの国は、直系同士の結婚は認められていない。
(いったい誰だ?時間があれば結婚という防止策は使えるが、たった五日かそこらで結婚までいくとは考え難い。
そもそも今の今まで情報を遮断出来るような相手がいるとは・・・)
「それは・・・おめでたいお話ですわね。いずこのお方と?」
記者団もそれは聞いていないとざわめきだすと、アドリスは満面の笑みを浮かべた、
「まだ戦争状態だからと、身内のみの式で終わらせていたのです。
ですが一部の方には結婚したことをお知らせしましたし、エーギル戦であのようなことがなければ同時に発表する予定だったのですが、こうなったからには仕方ありません。この場を借りて発表させて頂きましょう」
アドリスは本来ならエトランジュが行うはずの結婚発表を、記者達に向かって朗々たる声で告げた。
「我が娘、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスは、このたび我が姉の長男であるアルフォンス・エリック・ポンティキュラスと結婚いたしました。
アルフォンスは皆様ご存じのとおり優秀で信頼できる男性であり、このように誇れる婿を得たことは私としても大変嬉しく思います」
「あ、アルフォンス王子と?!エトランジュ様の従兄王子の?!」
「従兄妹同士の結婚・・・!」
記者達が驚いて、フラッシュをアドリスとエトランジュに向けて吹きつける。
「従兄妹同士って、神楽耶様も解消したとはいえ母方の従兄の枢木と婚約してたんだろ?
珍しいっちゃあ珍しいけど、別にいいんじゃね」
テレビを見ていた玉城が呟くと、何人かがあの二人ならお似合いだよねと同意した。
「従兄妹同士は仲のいい夫婦になるってどっかで聞いたことあるし、実際あのお二人も凄い仲がよかったからおめでたいことだわ」
政略よりも素晴らしい結婚だろうと井上の台詞に、アルフォンスが無事に発見されたらお祝いの品をみんなで選ぼうと、先ほどの緊張が和らいだ雰囲気になった。
しかし次のカノンの台詞に、その空気が凍りつく。
「失礼ながら、マグヌスファミリアでは従兄妹同士のご結婚は禁止されていると聞き及んでおります。それなのになぜ?」
そう、マグヌスファミリアでは直系同士の結婚は認められていない。
このことは一部では知れ渡っており、ディートハルトも目を見開いてこれは面白くなりそうだと、カメラをアドリスに向けている。
「このたびマグヌスファミリアは、外国より多くの方を新たな家族として迎え入れることとなりました。
ほとんどが各家庭の養子として入るのですが、形式的に直系同士の結婚は禁止するとなると今はともかく、あとあと恋心が芽生えて結婚を考えることもあり得るかと思いましてね。
そう言った事態になって騒ぐより、きっかけのある今こそ法律を変更するほうがいいということで、このたび法律を改正することになったのです。
従兄妹同士で恋仲になっている方もおりましたので、“当人、もしくは当人の父母が外国から来た場合に限り、従兄妹のみ直系同士の結婚を認める”ことにいたしました」
明らかに後付けの理由以外の何ものでもなかったが、新しい血をより広く広めるための処置だと言われてしまえば、しょせん部外者のカノンがそれはおかしいと言える立場ではない。
「国民投票の結果、全員から承認を得ることが出来ました。
そしてエトランジュの母、私の妻のランファーは中華とイタリアのハーフです。
幸い二人はこの戦争中に絆を深め、この法律改正に伴って新たな家族を作っていきたいとの申し出に、家族達は皆喜んでいます」
「・・・これがマグヌスファミリアが打った策か。想像すら出来なかったよ」
シュナイゼルがテレビモニターを見ながら無表情ではあったがやられたと、かの国でしか出来ない奇策に驚いた。
通常、法律改正と言えばそれこそ政略結婚以上に時間と手間がかかる。
国民全員に説明を行い、了承を得てそれから施行となると、最低でも数ヶ月を要するのが普通だろう。
それは専制国家であるブリタニアでも同じことだ。
ところが、マグヌスファミリアでは事情が異なる。
成人した国民の数が千五百人程度だから話を通すのがすぐに終わるし、もともと王族が持つ権限が国内に限れば大きく、余裕がないがゆえにことが決まればさっさと施行するのが彼らの常なのだ。
現にエトランジュが即位したときも王族の一存で決定し、すぐに彼女が王になったことからも解る。
解りやすく言えば学校で、『先生達の会議で明日から学校の掃除を生徒達がすることになりましたー』という状況のようなものだ。
マグヌスファミリアほど血族の血が濃くない世界では従兄妹婚が認められていることが多い事実、そしてエトランジュの母ランファーは外国人だ。
他国と同じ条件を満たしているのだから、エトランジュとアルフォンスが結婚しても問題はないのだ、との説明に国民は納得した。
そして家族の結束が強い彼らは、エトランジュを守るためにその法律改正を受け入れ、既に彼女が結婚していたと言う事実をでっち上げることに同意したというわけだ。
国民全員の口裏合わせが出来るのは、世界広しと言えどもこの国だけであろう。
従兄妹同士の結婚は、彼らにとってはインセスト・タブーに触れる結婚だ。
だが海外ではそれを認めている国が多いから、マグヌスファミリアが従兄妹同士の結婚を認めたとなっても、『へー、マグヌスファミリアって従兄妹同士の結婚駄目だったんだ』で終わるのがほとんどだろう。
現に玉城などがまんまその反応で、なんだ法律変わってんじゃんあーびっくりした、と笑っている。
これがたとえば同性同士、兄妹同士の結婚だったならいくらなんでも、と唸っただろうが、人間は自分の常識に当てはまるならとやかく言ったりはしないものだ。
(世界的に反発を買いづらい法律改正、国民の了承を得やすい状況、何より家族を守ることに重点を置く国民性・・・こんな特殊な国は他にないからな。
インセスト・タブーに触れる結婚をすることになったエトランジュには気の毒だが、アルフォンスとずっと一緒にいられるのなら嬉しいと言っていたのが、せめてもの慰めか・・・)
ルルーシュは仮面の下から父親の背後で、フラッシュに目をしかめているエトランジュを見つめた。
感覚というのはなかなか変えられないから真面目な彼女のこと、是の返事を返した後もさぞ悩んだことだろう。
アルフォンスにはまったく話を通していないのだからなおさらだったが、彼の母であるエリザベスが賛同し、姉たるエドワーディンが弟の恋心を暴露したせいで、多少は気が楽になっているのが救いである。
つい先日にEUには法律改正をした旨は、国民からの了承を得た後に告げてある。
その報告が遅れたのは多忙過ぎて忘れていましたとアインが頭を下げ、エトランジュが口頭注意処分をしたということで決着がついていた。
今フレイヤという名前らしき殺戮兵器のことで皆頭がいっぱいだったから、その件については誰も追求せずわずか五秒で話が済んだ。
今頃マグヌスファミリアの意図を悟って、複雑な気分でいることだろう。
現在大会議室にいる各国議員達には、天子や神楽耶があの二人が結婚していたのは事実だ、自分達もささやかな宴に参加させて頂きましたと証言した。
結婚が超合集国やEUの許可が必要なわけではありませんわよね、と神楽耶に言われてしまえば、もちろんです、めでたいことだと型どおりの発言しか出来なかった。
アドリスはエトランジュからリングケースを受け取ると、あくまでも通信による会談とはいえカノンに向かって差し出した。
「そういうわけですので、申し訳ありませんがその指輪はお受け取り出来ません。
シュナイゼル宰相閣下にそうお伝え下さい」
「そうですか、残念ですが仕方ありません。承知いたしました」
現在アルフォンスは表向きには行方不明だが、それはまだ公になっていない。
もしこのことをカノンが言い出せばどうして御存じなのですかと追求され、今自分達が保護していますと言えば返すように要求されるだろう。
かといって殺して自分達が保護した時には既に・・・と公表しても疑念は向けられるし、何より彼が生きていることを彼らが知っているかもしれない以上、安易に命を奪うわけにはいかない。
さらにたとえアルフォンスの死が確定したところで、喪に服すという名目で求婚を拒否する理由になる。
「いらぬ誤解を招いてしまい、申し訳ありません。
では改めてこちらへご案内いたしましょう」
「おお、そうですなアドリス様。ではカノン・マルディーニ伯はどうぞ本部へ」
何事もなかったかのように桐原がカノンを先導すると、ユーフェミアとエトランジュもそれに続いた。
《なんとか逃げ切れてよかったね・・・マジ焦った》
《申し訳ありませんでした!私、次からはどんなささいなことでも相談してから行動することにします》
マオの安堵の溜息に、普通の手土産だと思ったんです、とひたすら謝罪するエトランジュを一同は気にするなと慰めはしたものの、そのほうがいいと同意した。
《さっそく先手を打とうとしてきましたからね、用心に越したことはありません。
ではエトランジュ様は別室へ》
《はい・・・》
ルルーシュに言われたエトランジュは応接室にカノンを通して退室し、エトランジュに言われたからとマオが紅茶を持って彼の接待を始めた。
カノンの正面に回ったり幾度も視線を合わせたりした後、忌々しげに失礼しましたーと挨拶して出て行った。
心理誘導が得意なだけあって、予想外の事態さえ起こらなければ多少の演技は出来るのだ。
そしてエトランジュの部屋に戻りながら、カノンから聞いた情報を皆に伝えた。
《ちょっと怪しまれたけど、僕扇の逮捕の時あからさまに悔しそうな顔ちゃってたから、わざとらしいほうがいいもんねこの場合。
ふーん、あのフレイヤって兵器、まだ製造工場が出来てないのか》
ニーナが言っていたが、威力にもよるが爆弾として造る場合、アッシュフォード学園の設備程度でも可能らしい。
ただ本格的なものとなると当然安全性、耐久性に優れた設備が必要で、何発も永続的に造らなくてはならない工場となると、やはりそれなりの規模が必要だ。
黒の騎士団が驚異的なスピードで進軍したせいで、設備が整っていないにも関わらずダモクレス計画を発動したのだ。
《現在ダモクレスにあるフレイヤは2発。
あとブリタニア国内にあるシュナイゼル直轄下の研究所に2つあって、それもダモクレスに配備する準備してる。
どうやらまだ大量製造設備を造る段階だったみたい》
爆弾に限らず物を大量生産する場合、ラインを組んだり材料を確保したりする工程を組む必要がある。
フレイヤはダモクレスが完成する少し前に傘下の科学者が生み出したばかりで、シュナイゼルが計画に使おうと視野に入れて間もない兵器だった。
ダモクレス内部に工場を造るスペースを開けたところで、シャルルからカンボジアから移すようにとの命が来たのである。
あれほど恐ろしい兵器をダモクレス内部で造るとなれば、万が一の暴発などを防ぐためにも安全性・耐久性に優れたものでなければ己の首が締まる。
どう考えてもその製造基地を完成させるには、それなりに時間がかかる。
いくらシュナイゼルが早くやれと命じても、無理なものは無理なのだ。
《予定では最速で二カ月、だってさ。エーギル戦で使わせたのも、フレイヤの威力を思い知らせて、黒の騎士団の進軍を止めて時間稼ぐつもりだったんだよ。
あとシャルル捕まえられなかったけど、ラウンズのスリーを捕えて監禁中》
《あの男、シュナイゼルがクーデターを起こした時にV.Vとビスマルクと共に逃げたからな。
シュナイゼルもあの場所は盲点だろう》
《あー、そうなんだよねえ。またあの計画諦めてないらしいけど、ほっといていいの?》
《忌々しいが、こっちが先だ。ビスマルクが達成人になっていないし、まだ余裕がある。
フレイヤを持っているシュナイゼルから、目を放すわけにはいかない》
ルルーシュはロクなことしかしない父と異母兄に舌打ちし、シャルルが行方をくらましたがゆえにシュナイゼルも計画が若干狂ってうかつに動けないらしいなと考え込んだ。
《老害も甚だしいがあれでも皇帝で、信奉者が多い男だからな・・・あの男もギアスを持っていると仮定しているだろうから、自分が留守の間に主導権を奪われては困ると考えたんだろう。
ペンドラゴン内の皇族は既にシュナイゼルが抑えているから、連中の暴走は心配せずに済みそうか》
《それからもう一つ・・・あいつ、コードを手に入れてエディと自分に宿して、半永久的にダモクレスで例の計画を続けるつもりみたいだよ》
「・・・おや、それはまた大層な計画を立てたものですね」
エトランジュがひぃ、と脅えた声を発し、マオの報告をエリザベス経由で聞いて物凄い低温でぼそっと呟いたアドリスに一同は息を呑んだ。
「大丈夫ですよエディ、コードは私達が所有しているのです。
あの男にギアスを与えなければそれで済むこと、問題ありませんよ」
エトランジュの頭を撫でながらそう言い聞かせたアドリスは、ルルーシュに向かって言った。
「ではもう少し短く期間を見積もって、一か月半ほど以内にアンチウラン理論が完成するよう祈るしかありませんね。
停戦期間はとりあえず一カ月をめどにもぎ取りましょう」
「そうですねアドリス様。あちらも時間稼ぎをもくろんでいる以上、その方向で話を推し進めるはすです、
互いに条件を出し合い、その末に・・・という形に持っていきたいでしょうから」
「それはこちらも同じことですからね・・・実にバカバカしい茶番劇だ」
シュナイゼルは黒の騎士団がフレイヤ対策のために時間稼ぎをしたがることは解っているが、同時に自分がダモクレスにフレイヤを準備するための時間がほしい。
だからといって相手の要求を安易に飲むと言うのは侮られる恐れがあるので、その意図を悟られまいとするだろう。
利害一致が目に見えていても簡単に相手の要求を飲まない、というのは外交の常識である。
「では打ち合わせ通り私が出ます。ゼロはあくまでもオブサーバーとして出席して、事の成り行きを見て頂きたい」
「解っております。黒の騎士団はあくまでも超合集国の下にいる組織、が建前ですからね。
軍に関すること以外での発言は控えるべきです。では大会議室へ向かいましょう」
いくら超合集国の提唱者であり、英雄のゼロとはいえ、政治に軍人を介入させないと言うのは近代国家の常識である。
事実上はゼロが仕切っているのは公然の事実だが、それでも表向きはゼロは桐原の下にいなくてならないのである。
桐原はそのあたりをよくわきまえており、ゼロの意見が必要な場合には自分から水を向けるようにしてくれていた。
ルルーシュは情報を一通り整理してアドリスと話をまとめると、隣室に赴き椅子に座り込んで沈黙しているユーフェミアに向かって言った。
「ユフィ、これからアドリス様がシュナイゼルと交渉し、停戦条約を結ぶ。
俺達も向こうも時間稼ぐ必要があるから、特に心配はない。
ただ、アドリス様も少々苛立っておいでだから、厳しいことを口にするかもしれないが・・・」
「もちろんよルルーシュ。あれだけのことをされても私達のことを気遣って下さるほど優しいアドリス様ですが、さすがにあれでは暴言の百や二百、言いたくなるのが当然です」
殺されるのが自分なだけだったら、例の兵器を向けられても言いたいことが富士山の百倍ほどはあると、ユーフェミアは思った。
「・・・行くぞ、ユフィ。俺達には俺達の戦いがある」
「ええ、ニーナも頑張ってくれているもの。私が逃げては彼女に合わせる顔がありません」
ルルーシュがそう言ってマントを翻すと、ユーフェミアは気丈に顔を上げてスザクを連れ、ルルーシュの後についてシュナイゼルとの通信が行われる大会議室へ歩き出した。
黒の騎士団本部・大会議室。
そこにカノンがダモクレスへの専用回線を繋げるIDとパスワードを入力すると、巨大モニターにシュナイゼルのいたましげな表情が映し出された。
「このたびは急な会談の申し込みを快く引き受けて下さり、まことにありがとうござます。神聖ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアです」
「久方ぶりの会談ですな。超合集国代表、桐原 泰三です」
桐原が挨拶をすると通信画面からEU議会長が、そして各国代表が力のない声で挨拶を続けた。
「初めてお目にかかりますシュナイゼル宰相閣下。
マグヌスファミリア国王補佐、アドリス・エドガー・ポンティキュラスです」
「はじめましてアドリス閣下。失礼ながらエトランジュ女王陛下は?」
「先ほど急に体調を崩しまして、今は自室で安静にさせております。
今この日本にいて彼女の代わりが務まるのは私しかおりませんので、出席させて頂きました」
「それはそれは、お見舞いを申し上げます。
先ほどテレビで拝見させて頂いた折にはお元気そうにしておいででしたが、ご無理をなさってカノンを迎えて下さったことに感謝します」
「ではさっそく・・・シュナイゼル閣下、このたびの会談を申し込まれた理由を伺いたい」
お決まりのやり取りの後、桐原のゆっくりとした問いかけに、シュナイゼルは静かに答えた。
「単刀直入に申し上げましょう。
このたび我が神聖ブリタニア帝国は、第九十八代皇帝・シャルル・ジ・ブリタニアを廃位し、我が異母兄であり皇太子であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアが第九十九代皇帝として即位致しました。
先代が行った覇権主義による植民地政策が過ちであることをここに認め、全ての国を解放し正当なる賠償を行うことを、ここに明言させて頂きたい」
「なんと?!」
「ク、クーデターを起こしたのか?!」
ざわめく議員達を背後を無視して、桐原は慎重に尋ねた。
「その申し込みは我々としては歓迎すべきこと。
しかし貴国が先日行われたエーギル海域の戦闘にて、あのような暴挙に及んだ理由をお聞かせ願いたい」
和平を願っているのなら何故黒の騎士団にあれほどまでの被害を与えたのかという当然の疑問に、シュナイゼルは悲しげな表情を作った。
「この件についてもさらにお詫びするしかありませんね。
私どもが開発したあの兵器、名をフレイヤというのですが、実は今後我がブリタニアが一切の侵略行為を行わないことを証明すべく、エーギル基地を破壊するために設置したものだったのです。
しかしこちらがオデュッセウス兄上を即位させる手はずを終える前に黒の騎士団が来てしまい、私の部下ではないので意図を知らせていなかったベイ中将が勝手に使用したのです。
あれほどの威力だとは私も予想外で、結果として多くの臣民の命を奪い、黒の騎士団に多大なる被害を与えてしまったことに慙愧の念に堪えません」
いくら広大な基地といえど、破壊するつもりなら普通に爆弾を内部に仕掛けるなり、ナイトメア数体で暴れ回るなりすれば充分である。
何故わざわざ新兵器を造って破壊するんだ、とルルーシュ、アドリス、桐原の三人は思った。
言っている張本人もそれは解っている。ただ彼はこの場を収め、フレイヤ製造設備が出来上がるまでの時間を稼げればそれでいいのだ。
だから彼は、真面目な顔で続ける。
「このたび神聖ブリタニア帝国は皇族・貴族が持っている免税権を廃止し、皇室財産の四割を国庫に返納し、賠償に充てる予定です。
加えて皇族・貴族に対し適正な税を適用すれば、時間は少々かかりますが各国に対する賠償を行えると考えています」
シュナイゼルはダモクレス計画の一部として、ブリタニアが行ってきた非道な行為に賠償を行う意志はあり、それは確かに平等で適正なものではあった。
だがそれもフレイヤを持っている時点で、武力を背景にした脅しに取られてしまうものだ。
いくら正しいものであろうと、それを呑まねばフレイヤで脅すつもりなのだから当然である。
こちらには賠償の意志があることをアピールするシュナイゼルに、議員達はそれなら和平を行うべきでは、と囁き合う。
だが何名かがそれでもあのフレイヤというらしい兵器を背に、『これがこちらが考える適正な賠償です』の一言で済ませられる危険があると考え、安易な結論は出すべきではないと意見する者が相次いでいることが、それを証明している。
血まみれで銃を構えた人間に札束を差し出され、『どうぞこれをお受け取りください』と言われているようなものであろう。
賛成だ、反対だ、と意見が交換されている中で、桐原が静かに口を開いた。
「一つ伺いたい。シャルル・ジ・ブリタニアは、どのようにするおつもりか?
戦争の最大責任者であると考えておるが」
「彼はラウンズらとともに、首都ペンドラゴンより姿を消しました。
現在全力で捜索に当たっており、発見した暁にはすみやかにそちらへお送りします。
今までが今までですから、不信を抱かれるのは至極もっともなことなのですが」
「シャルル・ジ・ブリタニアがいる以上、ブリタニアの今後について我々としても懸念が残りますな。
こちらとしては、安易に混乱を長引かせるような事態は避けたい。敵国といえども、戦火をむやみに一般市民に広げたくはありませぬゆえ」
「お気づかい感謝いたします。しかしこれは我がブリタニアの業、必ずや戦争の責任の所在を明らかにし、罪を償わせるべきであると考えます。
ですがこちらの不手際があった以上、超合集国連合とEU連合それぞれに二万ブリタニアドルをお支払いいたしましょう」
(カノンによれば、あの男を捕まえてこちらに投げ与えることで信用を積む予定だったらしいが、それが出来なくなったからな。
仕方なく金で時間稼ぎをするつもりか)
これまで戦争を煽って来た張本人を差し出すのは、邪魔者を排除し、誠意を示し時間を稼ぐのにうってつけだ。
シャルルの臣下の矛先をこちらに向けることも出来、一石二鳥である。
だがさすがのシュナイゼルも、一代でブリタニアを大国に育て上げたシャルルとそれを支えたビスマルクを出し抜くのは困難だったとみえる。
一見下手に出て謝罪の意志が明白であり、和平を望んでいると見えるシュナイゼルの態度だが、もしそれを受け入れなければフレイヤを撃つと、言葉にしなくても桐原やルルーシュには聞こえていた。
言葉なき脅しが聞こえている者は他にもおり、フレイヤ対策に向けて全力で動いているがまだ完成していないと聞いているせいで、ここは一度彼の要求を受け入れ時間を稼ごうと考えている。
ダモクレス計画は、戦争をしようとする国や平和を乱そうとする国に、フレイヤを落とすとうものだ。
しかし製造設備が完成しなくては、衛星軌道上からフレイヤを落とすことは出来ない。
よってどうしても衛星軌道上にダモクレスを配備しなくてはならないのだが、逆にいえば地上にいる分には、ダモクレス自体はさして脅威ではない。
今はシャルルが捕縛出来ず、フレイヤ製造工場の整備に加え、既得権益の廃止による皇族・貴族らの反発を抑えるため、シュナイゼルはペンドラゴンからダモクレスを動かすことが出来ないのである。
それでもダモクレスにはまだ二発のフレイヤがあり、ペンドラゴンから動けないにしても、それを国境に配備して撃たせれば、黒の騎士団の進攻は防げるのだ。
(あくまでも厄介なのはフレイヤだ。
あれさえ無効化してしまえば、シュナイゼルがフレイヤを手土産に他国に逃げようとしても誰も受け入れまい)
既に対処法が出来ている兵器を欲しがる国はいない。
あのような大量破壊兵器を生み出すような人間は世界の敵だと宣伝しておけば、世界から弾き出されることを恐れ、むしろ彼を捕えて恩を売る方を選ぶだろう。
「黒の騎士団が受けた被害が大きく、こちらもそれから立ち直る時間が必要なのも事実・・・休戦条約を結ぶのはやむなしでしょうな。
問題は期間ですが、こちらは半月を提案する」
まずは短めに提案する桐原に、予想どおりだなとシュナイゼルは口の端を上げた。
「黒の騎士団がここまで早く、ブリタニア国境まで来るとは想定外でした。
ゆえにこちらも無駄に戦火が広まるのを防ぐために計画を発動したので、皇族・貴族にまだ充分な説明と説得を行えておりません。
合衆国ブリタニア建国時にユーフェミア皇帝が言ったとおり、信用とはして貰うものではなく積み重ねていくものでしょう。もう少しその信用を積むための時間を頂きたい」
同時刻、神聖ブリタニア帝国首都ペンドラゴンでは、不気味な沈黙が宮殿を支配していた。
シュナイゼルからの一方的な既得権益の廃止と皇室財産の返納、超合集国とEUとの和平に反対していた皇族・貴族達は、上空に浮かぶ要塞を恐ろしげに見上げている。
『どうして、シュナイゼル兄様・・・あの兵器と要塞で黒の騎士団なんかやっちゃえば、それでいいじゃない!』
シュナイゼルがクーデターを起こし、オデュッセウスを即位させたあの日、カリーヌが理解出来ないとそう訴えた。
『カリーヌの言うとおりよ、シュナイゼル。どうしてわたくし達が、そこまでしなくてはなりませんの?
世界に平和をと言うのなら、我がブリタニアに逆らう者達を滅ぼせばそれですむこと。
さあ、すぐに降伏するようにと超合集国やEUに通達なさい』
そのためのフレイヤだと信じて疑いもしない第一皇女のギネウィアが自身の騎士にそう命じたが、シュナイゼルは涼しげな表情で言った。
『人々はこれ以上の争いを望まない。また、これ以上の搾取を続ければどうせ搾取され続けるのならとばかりに暴発し、余計に戦火は広まるばかりだ。
これ以上の侵略・搾取は、平和のために望ましくない。
もしどうしてもというのなら、先にこのペンドラゴンにフレイヤを落とすしかなくなるね』
『な・・・!正気なのシュナイゼル!!』
『黒の騎士団にもこちらに攻め込まないよう説得するので、ここでごく普通の生活を営む分には問題はありませんよ姉上。
過剰に富を貯め込み、浪費を慎めばの話ですが。
隗より始めよ、ということわざが中華にありますから、ぜひご協力を願いましょう』
淡々とまず自国の首都から平和のための第一歩を進めようと語るシュナイゼルに、ギネウィアは目を見開いた。
カリーヌも何を言われたのか解らず立ち尽くし、他の皇子達もざわめいて言葉が出ない。
『オデュッセウス兄様、兄様が皇帝なのでしょう、シュナイゼル兄様を説得してやめて貰って!』
カリーヌが縋るように長兄に向かって訴えるも、シュナイゼルの横にいたオデュッセウスは力なく首を横に振った。
『無理だ、もう僕ではどうにもならないよ。
いいかい、絶対に黒の騎士団や超合集国連合、EUに対してフレイヤを盾にした交渉を行うことはやめるんだ。
もしもシュナイゼルの計画に反するまねをしたら、間違いなく本当にペンドラゴンがフレイヤでけし飛ぶことになる』
シュナイゼルは本気だ、と青ざめて真剣に語るオデュッセウスに、誰もが息を呑んだ。
『そう怖がることはないよカリーヌ。今までどおりの暮らしがしたいのなら、戦争をやめて無駄なことをせず、戦争で荒れた世界を再建すればいいだけだ。
それに協力してくれるのなら、私も故郷を滅ぼそうとは思わないよ。
・・・解ってくれるね?』
その後皇族・貴族達は、慌ててまだ解放されていない植民地の総督達に戦闘行為および勝手な交渉の禁止を通達し、互いに余計なことをしないよう監視し合う日々が始まった。
ブリタニアから亡命しようにも、今さら自分を受け入れてくれる国などない彼らは逃げる場所がなく、シュナイゼルの言うがまま動くしか残された道はなかった。
これまで他者を力によって抑えつけていた者達が、自分達の中で生まれていた異質な存在により抑えつけられることになるとは、何とも皮肉である。
そしてその恐怖による意志統一が図られているペンドラゴンでは、現在各植民地へ食糧支援を送る手配に追われていた。
ある程度のやりとりが済んだ頃を見計らったアドリスは、にっこりと期間の延長を申し出た。
「ならばひと月というのはいかがですか?
その間にもそちらと和平交渉を行い、それを見てさらなる期間の延長を決める形にするのがよろしいかと存じますが」
「私もそう考えておりましたアドリス補佐。
必ずや諸悪の根源であるシャルル・ジ・ブリタニアをそちらにお送りし、罪を償わせたいと思います。
我々にかけられた疑惑のすべてを解明し、侵略し差別主義のもと人々を虐げていた罪を根源たる我が父が償うべきだと考えておりますので」
一カ月といえば短いのではと考えたが、折を見てさらに延長をと言うアドリスに議員達は賛成した。
ゼロも軽く頷いたので、彼らはほっと安堵する。
「では至急、国際中継でその旨を互いに発表いたしましょう。
この会談が平和への第一歩であると、私は思います。
とても実りあるものとなったことに、感謝します」
シュナイゼルがいつものロイヤルスマイルを浮かべると、車椅子に座るアドリスに視線を向けた。
「今回お会い出来る事を楽しみにしていましたが、エトランジュ女王陛下の御病気はいかがですか?」
「マルディーニ卿をお送りした後、急な腹痛に見舞われましてね・・・診断の結果は、ストレスによる胃炎とのことで」
これほど説得力のある病欠理由があろうか、と誰もが納得した。
(ストレス性胃炎による腹痛、か・・・アドリスの奴、内心かなり煮えくりかえっているだろうな)
フランス大使は怒りが頂点に達した時に浮かべる笑みを浮かべたアドリスの、エトランジュが欠席するから自分を出させるようにとの要請を震えながら認めた。
欠席理由として予定していたでっち上げの病だが、あながち嘘ではなくなったからである。
これ以上ない説得力のある病名に、事実己もそれに苦しめられている者もいるのであの若さで気の毒な、きっとあの求婚が決定打になったのだなと誰も疑っていない。
自分達だって出来る事なら倒れて、この重責から逃れたいと何度思ったことだろう。
幸い無事に、休戦条約が締結されたのが救いである。
「・・・そうですか、お大事になさって下さい。
遅れましたがエトランジュ女王陛下のご結婚、おめでとうございます。
私としてはこのような形で失恋したことを、大変残念に思いますが」
「世界は今大きく変わろうとしている時代です。
我がマグヌスファミリアも変化の時を迎え、それに合わせただけのこと。
信頼できる婿をあの子に娶せてやるのが、親の役目ですので」
能力が高く実績がありよく知っている人間を、女王たるエトランジュの夫に迎えようと考えていたと、アドリスは当然とばかりに言った。
「私もこの身体で、いつ妻の元に向かうか知れない身です。アルフォンスならば今まであの子を守ってくれたことですし、安心して委ねられますからね。
あの子もアルフォンスとならと喜んでいます」
身内だけの簡単なお披露目をしたというアドリスが懐から取り出したのは、中心にアルフォンスとエトランジュが並んで花びらを浴びせられ、アドリスを始めとするエドワーディンやクライスの家族、さらに天子や神楽耶、ユーフェミアに祝われている写真だった。
この写真は合成写真ではなく、このアルフォンスは双子の姉のエドワーディンである。
弟とは身長や肌の色、体格の差があるが、シークレットブーツや肩パット、ファンデーションなどでいくらでもごまかせる。
そしてエドワーディンに扮しているのは、咲世子だった。
顔を赤らめて微笑んでいるその姿からは、とても急な結婚に困惑している様子に見えず、皆心から祝っているようだ。
写真には写っていないが、目のふちが赤く彩られていたことを知るのは、ギアスを知る者のみが知る事実だったが。
「現在彼はあの戦闘で行方不明ですが、必ず戻って来ると信じて気丈に振る舞っています。
そんなあの子を家族一丸となって支えるのだと、我が国民達は一致団結してくれていますよ」
「それは羨ましいですね。こちらもエーギル海域で、行方不明者の捜索を行っているところです。
アルフォンス王子を発見したら、すぐにお知らせしましょう」
既に見つけて監禁しているくせにしゃあしゃあと言ってのけるシュナイゼルに、聞いている側としては大変イライラしていた。
だが実質はアルフォンスがシュナイゼルに捕まっていると言う証拠はなく、彼らがそれを知り得たのは決して表に出来ないギアスによるものである。
そのため、この発言によりアルフォンスがシュナイゼルの陣営にいても、エーギル海域で漂っていたところを保護したと言い繕えるのだ。
アルフォンスにはエトランジュの伴侶という付加価値がついたので、こちらに恩を売るカードの価値が上がったことになる。
この政略結婚は、アルフォンスの身を守るためでもあったのだ。
「よろしくお願いいたしますシュナイゼル宰相閣下。
では貴国が世界にとってよき方向へ変わることを、お祈り申し上げます」
「それはご期待下さって結構です。
それではまたお会いする日を楽しみにしております」
こうしてシュナイゼルからの通信が切られ、カノンを再び応接室へ送り返すと、一同から肩の力が抜ける音が響き渡る。
「・・・何とか休戦条約は結べましたな」
「あちらがあそこまで譲歩するとは・・・本当にブリタニアは和平を望んでいるのでは?」
「あのような兵器を生み出す平和など認められるものか!」
しかも戦の女神でもあるが豊穣を司るフレイヤの名前を冠するあたり、シュナイゼルの感性が黄昏時にあるとしか、とアドリスは思う。
「ゼロのご意見は?」
桐原が問いかけると、ルルーシュは一つ頷いて言った。
「シュナイゼルの発言どおりなら、シャルル皇帝は行方不明とのことだ。
これほどこちらに譲歩した条約をあの男が認めるとは考え難いから、ブリタニア国内がまだまだ不安定なのは間違いない。
だからあちらが攻め込んでくる可能性は低いだろう」
なるほど、と一同が納得したところで、ルルーシュは言った。
「お互いに時間が欲しいのは事実。
こちらも国民の不安を抑え、フレイヤ対策に全力を注ぎこむのがこの一カ月を有意義に過ごす道であると考える」
「承知した。ではゼロには黒の騎士団の軍備再編と、国境付近の警備の強化にあたって貰いたい」
「すぐに手配いたしましょう。
議員の皆様方、不安は確かにあるだろうが、だからこそ我々が揺らぐことなく繋がらねばならない!ご協力を願いたい」
ルルーシュのマントを翻しての言葉に、アドリスがにこやかに言った。
「一時の心の安定のために後で地獄に落ちると解っている糸に縋りつくがごとき愚行、誰もやりませんよゼロ。
それになんだかんだでシュナイゼルは、あのフレイヤを廃棄すると明言しませんでしたからね・・・それだけでも、本音が見え隠れするとは思いませんか?議員の方々」
シュナイゼルの発言を思い返した一同は、その指摘にはっと目を見開いた。
休戦条約のことばかりに気を取られていたが、あのような規模の兵器だとは思わなかったと言ったにも関わらず、それを破棄するとは一言も言っていないのである。
あの時あえてそれを指摘しなかったのは、こうすることでシュナイゼルに不信を抱かせ、ブリタニアが真実平和を望んでいるのではと錯覚するのを防ぐためだ。
多額の賠償金、クーデターを起こし廃位したとはいえそれでもかつての皇帝を差し出しなど、いかにも平和を望んでいそうな譲歩も、向こうの思惑あってのものだ。
いや、彼は彼なりに平和を望んではいるのだろう。
フレイヤという剣を人々の喉元に突きつけ、静寂を強いる歪な形での平和を。
(・・・だがそれは誰も望んでいない。
口が恐ろしくうまく、頭の切れる男だ。不信感を持たせて安易に口車に乗られないよう、気を配らなくては)
アドリスはそう決意すると、桐原に視線を送った。
その意図を悟った桐原は、重々しく告げる。
「休戦条約期間中は、各国は人心を安堵させることを最優先としよう。
アドリス様のご指摘通り、フレイヤ破棄の話が出なかった以上、真実和平を結ぶつもりだとはまだ断定出来ぬ」
と、そこへ秘書としてついている御吏に耳打ちされた天子が、小さく深呼吸してから言った。
「確かにそうですね桐原議長。私もあんな武器を持っている人が平和を語っても怖いだけです。
我が合衆国中華は、シュナイゼル宰相が個別に和平をと申し出ても、超合集国を通すようにお願いすることにします」
あらかじめ折を見てそう申し出るようにゼロから言われていた天子の発言に、フレイヤを擁するシュナイゼルと相対したくない議員達は一斉に首肯する。
「そうですな、それでこそ超合集国を造った意義があるというものです。
各々方もよろしいですな?」
こうして一カ月の休戦期間の間はフレイヤのことが徐々に世間に洩れてきたため、脅える国民達を安堵させ、国力を安定させることが決定された。
(幸いあの男が逃げたので、シュナイゼルはブリタニアから動けない。
カノンから必要な情報は取ったから、余計なことをされないうちにさっさと追い返すとしよう)
ルルーシュはそう考えると、藤堂達にカノンを国境まで送るように指示するのだった。