第四十四話 光差す未来への道
合衆国日本の黒の騎士団本部にあるエトランジュの部屋で、アルフォンスからとんでもない報告を受け取ったマグヌスファミリアの一同がある者は焦り、ある者は怒り、そしてどう対処すべきかと考えていた。
そこにはルルーシュとC.Cも同席しており、連絡が取れなくなったアルフォンスの身を案じている。
そして当のエトランジュはアルフォンスがシュナイゼルに捕まったというだけでも倒れたいほどなのに自分とシュナイゼルとの結婚という考えもしていなかった事態に脅え、アドリスの横で青ざめていた。
「エドワーディン王女がコードを通じてさえ会話が出来なくなっていると言っていたが、どういうことか解るか?C.C」
「コードを通じての交信は、双方の意識がある時にしか行えない。
おそらく何らかの手段で意識を奪っているんだろう」
かつてアーニャに憑依していたマリアンヌも、自分の意識が表に出ている時にしか話をしていなかった。
自分がクロヴィスに閉じ込められていた時も、殆ど意識を奪われていたせいで交信が出来ず、C.Cがどんな状況にあったかを知らないマリアンヌは彼女を自分達の手元に戻すことが出来なかったのである。
もし把握していたら、シャルルがクロヴィスに対して引き渡しを要求していたはずだからだ。
ルルーシュの問いにC.Cがそう答えると、アルフォンスの母であるエリザベスの顔から血の気が引いた。
「なんてこと・・・!アル・・・!!」
「私も新宿事変の後コードを通じてルルーシュがアッシュフォードにいることも、どんな状況にあったかも調べられた。
こちらでどんな状況にあるか、少しは把握出来る」
せめてもの慰めのC.Cの言葉に、エドワーディンは頷いた。
「お母さん、アルは生きてる。牢に閉じ込められてるけど、最新の医療機器でアドリス叔父さん以上の手厚い看護を受けられてるみたい。
まさかこの状況をあの時みたいに何年も続ける気はないんでしょ?大丈夫よ」
エドワーディンが必死で悲しみ憤る母をたしなめると、ルルーシュは頷いた。
「当たり前です、最長でも三ヶ月以内には事態を打開しなくてはなりません。
シュナイゼルもエトランジュとの結婚が視野に入っているのなら、こちらの心証を悪くしないためにも必死で彼の安全を確保するはずです。それに人質というものは無事だからこそ価値があるもの。
彼を眠らせたのは、おそらく情報をこちらに伝えさせないためだと思われます。ギアスのことを知り、情報伝達タイプのギアスがあることを予測したのではと・・・」
「なるほど、理に適った推測です。ではアルの言うとおり、先にエトランジュとの政略結婚を回避する方に重点を置きましょう。
この子までがシュナイゼルの手に落ちたら、これまでの苦労が無に帰してしまいます」
アドリスが不愉快そうに吐き捨てると、ルルーシュも忌々しげに同意した。
エトランジュが何故平和の象徴として祭り上げられたかというと、それはルルーシュと会う前は地道に世界各国を回って連携してブリタニアを打倒しようと説き、超合集国連合成立後は国民の仇であるコーネリアの妹が皇帝の合衆国ブリタニアを認めるなどの功績を収めたからだ。
シュナイゼルの言う通り、エトランジュが支持する陣営が平和への道に繋がるというイメージは本人の望まないところで出来上がっており、いわばあの男はエトランジュがこれまで積み上げてきた信用を使って己の計画を発動しようと言うのである。
「ですが実際にその計画が発動されてしまえば、エディは自身の保身と引き換えに世界を売ったと糾弾され、その信用が一気になくなってしまいます。
信用は積み上げるのは難しい割に、なくしてしまうのは笑ってしまうほど簡単ですからね」
だがそれを阻止するのは難しいと言わざるを得なかった。
一番いいのはすぐにエトランジュが誰かと結婚することだが、王族、貴族の結婚は恋愛であろうと政略であろうと、手続きというものが必要である。
当然国民達にも知らせる必要があり、秘密裏に事を進められないのだ。
シュナイゼルも当然それを予測し妨害にかかるであろうことは明白なこともあり、その手は使えそうにない。
「だったら、うちの国民の誰かは?それならすぐに・・・!」
エリザベスが提案するが、アドリスは首を横に振った。
「・・・エディの夫ともなれば、外国の人間とのお付き合いや政務能力が必要になる。
王族以外にそんな教育を受けている子は、残念ながら・・・いません」
ルチアが教師として赴任してからマグヌスファミリアは皆英語こそ話せるし以前よりは学力も上がってきたものの、世界で通じるレベルかといわれるとそうではない。
アルフォンスや他の直系が外国で教育を受けるレベルまでになったのは己の努力によるものであり、それは王族の仕事であるという概念で勉学に専念出来たからこそだ。
「政務が出来るのは王族だけ・・・でも直系同士の婚姻はマグヌスファミリアでは認められていない以上、その手は使えないというわけね。ならゼロとは?」
「それを超合集国連合やEUに認めさせるための時間が必要になります。
もっとも使えない手段といえるでしょう」
「だったらどうするの?!みすみすエディをシュナイゼルのところにやるの?!」
「そんなつもりが私にあると思うんですか、リジー姉さん。
今考えているところです・・・ゼロも同じです。少し黙っていてください」
息子が己の身を危険にさらして聞き出せた情報を無駄にするつもりかと怒鳴るエリザベスに、アドリスはしばらく考え込んだ。
ルルーシュも同じく優秀な頭脳をフル回転させ、ある方法を提案してみた。
「王族の誰かを養子に出して、その上でエトランジュと結婚させるというのは駄目ですか?
従兄妹同士の結婚なら外国で認められているのはよくあることと説明すれば・・・」
「マグヌスファミリアで直系同士の結婚が許されていないのは、血族同士の血が強められてよくない事態を引き起こすのを防ぐためです。
経験的に血が強いほどあまり健康とは言えない子供が生まれる例が多いと知られていましたから、マグヌスファミリアは形式より実際を重んじるので養子に出される先が納得するかどうか・・・ん?待って下さい。そうか・・・それなら・・・」
アドリスは自分で口にするうちに妙案を思いついたのか、一度自分の中で整理し、そして提案した。
「一つ、方法があります。少々厳しいですが、二つの条件をクリアすればエディを嫁にやらずに済みます」
そう前置きしてその方法を語ると一族達は驚いて顔を見合わせ、代表してアインが叫ぶ。
「ちょっと待て!そんな無茶をやるのか?!
それにそれが認められたとしても、バレればいろいろ面倒だぞ!」
「うちの国なら隠ぺい工作にさほど面倒はありません。
家族を裏切る者が我がマグヌスファミリアにいるとでも?アイン兄さん」
「それは・・・確かに。私としてもエディの相手が彼なら安心だし適任だと思う。だが・・・」
アインがちらりと自分の結婚相手を決められかけているエトランジュに視線を移すと、彼女は以外にも落ち着いた様子である。
「エディはそれでいいのか?お前には悩ませることになると思うが・・・アドリスもエディの心情を考えて・・・」
「考えた末で彼を推薦しました。他に策は残念ながらありません」
時間があれば別だが、アインもシュナイゼルが早々に手を打つと解っていたため、今すぐに打てる手段だと理解した。
そして一斉にエトランジュに視線を向けると、彼女はしばらくの間考え込み、いくつかの質問を一族に投げかけ、答えを聞いて驚き顔を赤くし、最後に静かに頷いた。
「解りました。私はその結婚に同意いたします。
神楽耶様や天子様にも伝え、ご協力して頂きたいと思います」
「エディ・・・」
「いいんです、お父様。ですから、そんな顔をなさらないで下さいな」
エトランジュは柔らかな笑みを浮かべて父を慰めると、椅子から立ち上がる。
「ではこの件を神楽耶様と天子様にお伝えして参ります。
ルルーシュ様、申し訳ありませんがご同行願えますか?」
「解りました。私も全面的に協力いたしましょう。
そちらの根回しが出来れば、海外からの大した批判は受けないと思います。
マグヌスファミリアでしか出来ない奇策ですから、シュナイゼルも妨害は出来まい」
ルルーシュはこんな形で思いもよらぬ人物とこのような形で結婚することになったエトランジュに大きく同情しながら、彼女と共に部屋を出るのだった。
工業特区により日本最大の工業都市となった、阪神。
そこにある大きな研究施設は現在、政府により借り上げられて関係者以外立ち入り禁止区域になっていた。
「うっひょー、見なよラクシャータ。オックスフォード理工学部教授に、ミラノ工科大学の研究者が団体でお越しだ」
「凄いメンバーだ。これほど有名な科学者が一堂に集まるなんて、百年に一度あるかないかじゃないかい?」
研究発表や有名な賞の授与式以外で、様々な分野に渡る世界中の科学者が一つの目的のために集まるというのは、おそらく世界でも初めてではないだろうか。
写真でしか見たことがないような研究者を遠目からロイドは見つめ、その横でラクシャータが来客表を見て言った。
「でも来るのを拒否した連中もいるらしいね。
ダイヤモンド輸出国として有名な国の王は科学者としても著名なんだけど、大量破壊兵器が生み出されたっていう状況下で国王が国を空けるわけにはいかないって・・・」
その国王の異母兄も科学者であり、彼の姿は見えるがそれが限界だったのだろう。
「ああ、何か凄いロボット造ったって聞いたことある。会ってみたかったけど、事情が事情だから仕方ないよね。
あ、でもその国から来たシバイタロカ博士って誰?聞いたことないけど」
「あたしも知らないね。でも国王の身元保証書持ってたよ」
やたら美形なSPと共に入って来た小柄な博士はあちこちを見渡していたが、やがて自国の国王の異母兄と何やら話しながら大会議室へと入って行った。
「元は軍需製造会社だったけど、今の社長になってアミューズメント・ゲーム産業に転換した日本の会社の社長が来てたね。
何でも凄い発明家でもあるらしくて、ゼロが直々にスカウトしたって話だよ」
何だかやたら偉そうなところとか奇抜なファッションとか似てたね~とロイドは笑い、その社長が持って来た白い竜の画像が立体的に浮かび上がる装置を興味深げにいじった。
「とりあえず出来る限りの知識人をかたっぱしから集めたようだね。
全員集まり次第、この施設はあのニーナお嬢ちゃんが考えたウラン暴走防止理論を完成させるまで情報漏えいを防ぐために封鎖。
あの腹黒皇子があんな爆弾をもう一度使う前に、完成させないと」
さすがにラクシャータもあの兵器には眉をひそめ、錚々たるメンバーを前にして脅えているニーナの傍にセシルをつけて精神衛生に当たって貰っている。
専門ではないと言っている場合ではないため、ラクシャータやロイドらも召集を受けていた。
おそらくその装置をナイトメア等に搭載するので、それ専用のナイトメアを造ることになるからである。
「ニーナ君のこの十九秒とコンマ四秒だけど・・・これなら今の蜃気楼でシステムを構築、そしてランスロットか君の紅蓮でぶつければ何とか出来るんじゃないかい?」
「理論上はそうだけど、思いっきりぎりぎりの綱渡りじゃないか。
最悪完成できなきゃ渡って貰うしかないけど、出来る限り綱の強度は強めておきたいところだね」
「他のメンバーにも使えるんなら、二度、三度撃たれても安心だしね。
とりあえずこの理論を前提に、僕らはナイトメアの反応速度を高めてドルイドシステムを簡易的に扱えるようにしておこう。
アルフォンス王子がいてくれたらなあ、システム構築にはまだ安心出来たんだけど」
常は反発し合っている二人だが、あの兵器に関してはどうにかするべきとの意見は一致していた。
殺戮兵器を造り続けた科学者としての自覚はある自分達だが、それでも全てを無に帰すフレイヤだけは容認したくなかったのである。
「最終入場者を確認いたしました!これよりこの研究施設は、機密保持のため封鎖されます。
必要な物がございましたら、お気軽にスタッフにお申し付け下さいますようお願いします。食事や入浴などの準備は、先にお配りしたパンフレットの通りです!」
数多の言語でそう繰り返し放送が流れると、ラクシャータは来客表をファイルに戻して大会議室へと歩き出す。
「さあて、お嬢さんが頑張ってることだし、あたしらも行くよプリン伯爵」
「りょーかい。予算も設備も使い放題なんだし、思い切りやらせて貰うよ」
二人が大会議室に入室すると、その扉は小さな機械音を立てて閉じた。
それを見送った警備員は敬礼し、会議の行方が終わるまで静かにその扉の前に立つのだった。
さまざまな理由によりこの場に来ることが出来なかった者もいたが、それでもEU、超合集国連合から幾多の賞を授与され、研究者として名をはせた者達が集まった大会議室。
その壇上で、ラクシャータが常のおちゃらけた態度を封印して真面目な態度でエーギル海域で使用されたウラン原理の爆弾の説明を行っていた。
「この戦いに参加したアルフォンス・エリック・ポンティキュラスが脱出装置を働かせた後、こちらに送ってくれたデータです。
他にも斑鳩で取れたデータもあり、これにより判明した兵器の概要はある程度解りました。
まだ世界では発表されておりませんでしたが、研究をなさっていた方もいらっしゃることでしょう。ウラン理論によるものです」
「なんと・・・!恐れていたことを実行に移した愚か者がいたのか」
「わしなぞはあれは危険と思って、研究するのをやめたというに・・・!」
「ウランとはなんですか?ご説明を願いたい!」
ウランと聞いてそれを研究していた者からは恐れを口にする学者が出、知らぬ者は眉をひそめた。
そしてラクシャータがウランについて語り、それを爆弾に利用したのが今回ブリタニアのエーギル基地を消滅させ、黒の騎士団に大きく被害を与えた悪夢の兵器であると伝えるとざわめきが大会議室に広がった。
「この恐ろしい威力を持つ兵器をブリタニアが持ったことは脅威に値します。
また、これに眼をつけて世界中でこれが量産されてしまえば想像するのもおぞましい。
ゼロは我々にこの兵器を止める手段を完成させるよう、依頼されました。どうか諸氏のご協力をお願いしたい」
「それはもちろん、協力はさせて貰いたい。じゃが、まだブリタニアとは戦争中じゃろう?
一朝一夕ではとても間に合わんわい・・・わしとてそれが思い浮かばず、研究をやめたという経緯があるでな」
以前にウラン理論を研究していたがその危険性に恐れおののき中止したという博士に、ラクシャータは告げた。
「幸いこちらにそのウラン理論を考え、同時にその暴走を止める手段を考えていた学者がいます。
その理論は見事なもので、理論上は確かに可能なものでした」
「なんと・・・!ではわしらを何故ここへ?」
「理論上は、と申し上げましたとおり、実行に移すのが難しい代物なのです。
よって私達はその理論を使えるレベルまでに仕上げ、そしてそのシステムを造ることが役目なのです」
そう言ってラクシャータはパネルを操作し、モニターにアンチウランシステムと題された資料を映し出す。
「ほう・・・これは・・・」
「十九秒でシステムを手動で打ち込んで、コンマ四秒で爆弾に向けて投げつける?無理だろう」
「いや~、一応ゼロの蜃気楼がうちのエースパイロット達と組めば出来ると思うんです~。
でもそんな天才が必死で才能を結集させなきゃ使えないシステムなんて、ないも同然でしょ?
たった一度だけ止められても、二度三度撃たれちゃあ意味がないわけで・・・」
ロイドが飄々と笑うと、その通りなので科学者達は大きくため息をついた。
「解った、ではすぐにその理論を簡略化し、システムとして構築するよう全力を尽くそう。
とっかかりがあれば何とかなるやもしれんわい」
「見事な論文だ、ぜひこれを考えた科学者にお会いしたい。名前はなんと?」
希望が出たと科学者達がラクシャータに尋ねると、彼女は壇上下の隅でセシルと座っていたニーナを手招きした。
「おいで、ニーナお嬢ちゃん。理論を考えたあんたがいなけりゃ、話は進まない」
「ニーナ、行きましょう。大丈夫、私も一緒に行くから」
セシルが優しく手を取ると、ニーナはおずおずと立ち上がり壇上へと向かう。
現れたのがどう見ても十代の少女であることに皆一様に驚き、さらにざわめきが広がった。
「ご紹介いたします。合衆国ブリタニアの科学者、ニーナ・アインシュタインです」
「アインシュタイン?あのブリタニアの第三世代ナイトメアの開発者か」
祖父の名前を出されてぴくりと震えたニーナを庇い、ラクシャータは先ほどの口調を忘れて言った。
「祖父は祖父、孫娘は孫娘。この子はウラン理論をエネルギー炉として利用し、広く平和に役立てようとしたんだよ
ただあまりに危険なエネルギーであることも理解して、こうして暴走を止める手立てを考えた。それがこうして悪夢の兵器を止める手段とも成りえたんだ、そんな言い方はどうかと思うね」
厳しいラクシャータの台詞に科学者達は息をのみ、反論出来ずにごまかすように話題を元に戻した。
「そ、それはともかく、この理論を完成させるのが先ということですな」
「ふむ、この理論だがこのYの値に相対性理論をあてはめてみるというのはどうだ?
そうすればシステムの簡略化に繋がるのでは・・・」
「待て、ウランについてわしは専門外なんじゃ。今日一日あれば何とか理解出来る、少し時間をくれんかね?」
老年の科学者がそう要求すると、ウランについて全く知らない者が他にも何人かいたのでその提案は受け入れられ、各資料を受け取った科学者は一度各々の部屋に戻ることになった。
だがウランを研究していた者は時間が迫っているのだから進められるうちは進めようと考え、ただ立ち尽くしているニーナに話しかけてきた。
「ミス・アインシュタイン、貴女の論文は素晴らしい。このような状況下でなければゆっくり話し合いたいところだが、それはまた後日。
これからこの理論をシミュレーションしてみたいのだが」
「ウランではないがエネルギーの暴走防止システムについては、俺も考えていた。ぜひ貴女の意見を聞きたいし、参考になればなおいいと思う」
蟹に似た髪形をした青年科学者から資料を手渡され、有名な科学者に取り囲まれたニーナはひたすらおどおどするばかりだ。
ラクシャータやセシル、ロイドが緩衝役になってくれているが、考えたのは自分だからと質問や提案などが滝のように流れてくる。
幸い皆大人で、この年代の少女に世界の命運がかかったシステムの中心に収まると言うのがどれほどの重圧かは理解していたため、やがてそれは収まった。
やっと解放されたニーナがふらふらと大会議室を出て行くと、飛んできた声にニーナは驚いた。
「やっほー、ニーナ!お疲れ様」
「大変だったみたいだね。ね、疲れてるんでしょ?今からご飯食べに行こうよ」
「俺、ついさっきバイキングのコーナー見てきたけど、めっちゃうまそうだったぜ!
ルルからの差し入れケーキもあるから、後で食おう」
ここにいるはずのないミレイ、シャーリー、リヴァルのアッシュフォード生徒会の面々が笑顔で自分を迎えてくれたのを見て、ニーナは夢でも見ているのだろうかと瞬きした。
「ど、どうしてみんながここに?関係者以外立ち入り禁止じゃあ・・・」
「うん、ここじゃ何だから、こっちで。
不正入場じゃないわよ、ちゃんとほら、エトランジュ様の許可証貰ってるから」
エトランジュの署名と捺印が押された許可証が入ったIDカードを見せてミレイが笑うと、他の二人も同じようにIDを掲げた。
何が何だか分からない様子のニーナを連れてミレイ達がカフェテリアの一角に向かうと、適当にリヴァルとシャーリーが人数分の食事を持ってテーブルに置いた。
「サンキュー、二人とも。ほら、ニーナ食べよう!
ちゃんとお食事をしているでしょうかって、ユーフェミア様がご心配になってたわよ」
「ユーフェミア様が?ミレイちゃん、会ったの?」
気が進まなそうにフォークを持ってポテトに突き刺したニーナが尋ねると、ミレイは頷いた。
「ニーナが阪神に向かった後でね、ユーフェミア様がスザク君を通じて頼みたいことがあるってご連絡を下さったの。
私黒の騎士団の企画課にいるから、すぐにお会いしてお話を伺ったの。ニーナが大変な仕事をすることになって重圧に悩んでいるようだから、支えてあげて欲しいって」
「ユーフェミア様・・・」
「本当ならついていてあげたいっておっしゃってたけど、あの方も他にやることが山積みだから出来なくて申し訳ないって・・・。
ニーナとは親友だと聞いているからぜひお願いしたいとおっしゃられたの。
私もちろんすぐに了承して、ルルちゃんが根回しして一カ月出張ってことにして貰えたわ。
駄目もとでシャーリー達もついて来て貰っていいですかってお願いしたら、エトランジュ様があっさりOKしてくれたの」
『大変な責任を課せられた方の辛さはよく存じております。その時、私も家族や友人が大きな支えとなってここまで来ました。
柱はたくさんあるに越したことはありません。アッシュフォードの皆様は私もよく存じておりますから、ぜひ支えになって差し上げて下さい』
エトランジュの許可証はかなりの効力があるので、彼女は神楽耶を通じて三人の入場許可証を発行した。
仕事の手伝いは出来なくても、信頼する人間が傍にいると言うだけでどれほどの励みになることか。
家族や友人の存在がどれほど大きな心の柱になるかを知っていたエトランジュは、ユーフェミアからニーナの様子を聞いて他人事には思えなかったのである。
ラクシャータやロイド、セシルも四六時中彼女の傍にいるわけにはいかない以上、ミレイ達は彼女の精神安定に大きく寄与するはずなのだ。
「でも、この理論が完成するまでここから出ちゃいけないんだよ?みんな学校とかどうするの?」
「そりゃあね、いろいろ評価に響くこともあるけど、そんなの後でどうとでも挽回できるっしょ?」
「リヴァルの言う通りだよ。勉強はいつでも出来るけど、友達が困ってるのにそれを助けるのは今しか出来ないんだから。
とりあえず父さんには友達助けに行って来るから安心して、ってメール送っといた」
連絡はまめにして来いと返信が来たので、シャーリーは悪いと思ったがルルーシュに自身の携帯を預けて代わりにメールを送るように依頼してある。
リヴァルも同様で、まあバレたら謝るかなと気楽に考えている。
「ごめんね、私が弱虫なばかりに・・・みんなに迷惑かけちゃった」
却って落ち込んだニーナは力なさげにポテトをかじると、ミレイはそんなことはないと否定した。
「何言ってんの!こんな状況じゃ、萎縮しないほうがおかしいわよ。
・・・あんな怖いもの、どうして造る気になったんだろうね」
「大丈夫だよ、こっちにはル・・・ゼロもいるし、世界の国々からいっぱい協力してくれる人がいるんだから!」
わいわいと努めて明るく笑うアッシュフォード生徒会の面々を見て、ニーナは弱々しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、みんな・・・でも、私どうしたらいいのか解らなくて。
・・・あのウラン暴走防止システムはまだ机上の空論だし、あれ以上をすぐにやれって言われても出来そうにないの」
あれだけ有名な研究者達が集まったのだから、後は彼らだけで完成出来るのではないか、自分など必要ないのではとニーナは思う。
「専門でなくても一日あれば理解出来るって人もいたくらいだもん、やっぱり私なんかがいても役に立たないわ。
それに、私怖いの。その防止システムがまた別の兵器になったりするんじゃないかって・・・!
あのウランだってね、あんな爆弾に使われるかもなんてアルフォンスさんが指摘するまで私全然気づかなったの。
危険性に気付いて研究をやめた人のほうが正しかったんだわ・・・!」
自分が爆弾として生み出したわけではないとはいえ、同じウラン理論を考えた者としてあの悪夢の兵器の登場は背筋に悪寒が走った。
その防止策として考えたその理論とて、それを悪用する者が現れぬと誰が断言できると言うのか。
それを思うと何かを研究する気がどうしても起こらず、ユーフェミアに依頼されたのだから頑張らなくてはと思いつつも、ニーナは脅えていたのである。
「ニーナ・・・そうだね、そう考えたら怖いよね、やっぱり」
ニーナの苦悩の原因を知ったシャーリーは納得したが、かといってやめていいとは言えず、さりとて頑張れとも言えずに黙りこくった。
「あの爆弾だけはどうにかしなきゃ、世界は消えてしまうのも解ってる。
でも、でも・・・どうしようミレイちゃん!!助けて・・・!!」
わああ、と泣いてミレイに縋りついたニーナを、ミレイは優しく抱きしめた。
「ニーナったら、相変わらずのネガティブなんだから。
落ち着いて考えようよ、これって逆に考えたらすっごくいい機会じゃない」
「え・・・どういうこと?」
眼鏡を涙で濡らしながら顔を上げたニーナに、ミレイは優しげな笑みを浮かべて言った。
「あの危ない理論って考えた人が他にもいたんでしょ?敵味方問わず。
開発されたのが今という最悪な時期だっただけで、いずれはやっぱり出たんじゃないかなあ、あの爆弾。
それはこの戦争が終わった後かもしれないし、百年先だったかもしれないけど」
科学の世界において、同時期に別々の人間が同じことを考える、ということは割とよくあることである。
たとえば今や世界になくてはならない電話、あの制作者の名前は誰もが知っているが、彼が特許を申請した二時間後に別の人間が特許を出しにやってきたという話があるほどである。
科学者である以上アルフォンスもその話を知っており、だからこそ安全策を考えるべきだと忠告してくれたのだとニーナも解っている。
「でも、その防止システムを考えた上で爆弾造るってことはまずないよね。無効化されたらザルもいいところの兵器なんだもの。
それに、アルフォンスさんが爆弾として使う奴が出ることを危惧したってことは・・・ほかならぬあの人自身が“爆弾として使える”って考えたことになるわ」
「あ・・・!
あの論文を見せたあの日、アルフォンスは真剣な顔でそれを見つめていた。
その後危険性を指摘してくれたわけだが、言われてみればその通りなのである。
「でも、アルフォンスさんは逆にそれを防止する方法をって・・・」
「そこがシュナイゼル殿下とアルフォンスさんの違いよね。
考えても実行には移さなかった。考えてもやばいと思ったら手を出さないのが普通だもんね。
安全なエネルギーとして利用するために防止策を考えるように言ったんじゃないかな?
後で馬鹿なことを考える人が出ても、止めやすいようにするためもあったんでしょうね・・・で、その馬鹿が出ちゃったのが最悪に運が悪いこの戦乱の時代だった」
戦乱の時代だからこそ生み出されたのかもしれないが、アルフォンスは素晴らしい理論を馬鹿なことに使う馬鹿がいることを知っていたのだ。
現に彼自身、その手で幾多の兵器を造り続けているのだから。
もしかしたら、追い詰められた時その禁断の果実に手を伸ばさない自信がなかったのかもしれない。
「だけどニーナが同じ理論を考えて、たまたまアルフォンスさんが見て危険に気付いて指摘したから、拙くても暴走防止論が出来上がってた。
ニーナがアルフォンスさんにその危険を指摘されなかったら、そもそもその理論自体なかったわけだから、科学者を一斉召集してもなかなか話が進まなかったと思うの。
これって凄いことだと思わない?ある程度骨組みが造られてた中で家を建てるのと一から建てるのとじゃ、全然違うんだもの」
「確かに!リフォームのほうがすぐ終わるもんな。
それにさ、さっきちらっと通りかかった科学者が言ってたんだよ、こんなにたくさんの科学者が集まるなんてのは世界でも初めてだって。
だってEU、超合集国連合の国々といったら百カ国以上あって、その国々のトップの科学者が集まってるんだもんな」
リヴァルの言葉に、周囲の科学者の顔を見渡したニーナはそうかもしれないと思った。
こんなに多くの国が集まり繋がったからこそ、多くの知識が集まったこともまた強運。
もしもそうではなかったから、みんなが争ってその兵器を造り、互いに向け合うことで緊張状態を保つような歪んだ使用防止策が使われたのかもしれない、とも彼らは言っていたのだという。
「そのとおりだよニーナ君。こんなにたくさんの科学者が集合できる環境下があるっていうのは、凄く運がいいんだ。
無駄にするのはもったいないよ~」
「ロイド博士・・・いたんですか?」
突然響き渡ったのんきな声に、ロイドはいつもの飄々とした声で言った。
「いたもなにも、ここはカフェテリアだよ~。離れた席で静かに話してたんだろうけど、みーんな聞こえてた」
はっとニーナが見渡すと、腹ごしらえをしていた科学者や給仕の者達が何だかいたたまれない表情でこちらをちらちらと見ている。
「あ、あ、あの、あの・・・」
「・・・貴女の懸念に気付かず、プレッシャーをかけてしまい申し訳ない。
この研究が終われば、我々も科学技術が悪用されないための機関を造るよう、上に申し入れるつもりだ。
しかし同時に厳しいことを言うようだが、そのためにも今脅威となっているウラン爆弾を止めなくてはならない。
そのために力を貸して貰えないだろうか」
そう申し出た科学者に数名が同調すると、ニーナは正論だと思いつつもまだ震えて頷けない。
そこへミレイが言った。
「やるだけやってみない、ニーナ。このまま何もやらなかったら、絶対後悔するわよ。
どうせならやらずに後悔より、やって後悔のほうがいいじゃない。
赤信号を渡るのはみんな一緒でも怖いだろうけど、黄色信号をみんなで走って渡っちゃおう?」
黄色信号が長く続くようにルルーシュ達が頑張っている間に、信号を青にする。
私達も行くからと言ってくれた友人達の優しさに、ニーナは泣きたくなるほど嬉しかった。
崇拝するユーフェミアが傍にいてくれることは叶わず、心細さに震えていたら自分の女神はこんなにも勇気をくれる仲間を呼んでくれた。
「ニーナのプレッシャーもここに来て改めて凄いって思った。
俺ら傍にいて飯の準備とかしか出来ないけどよ、それでも何かしたいんだ。
ニーナはこんなにも世界の力になれるけど、俺には何にも出来ないって解ってる。だから、何かが出来るならやりたい。
だから、遠慮なく使ってくれよ、な?」
雑用は得意なんだぜ、と胸を張るリヴァルに、ミレイは彼の背中をパンと叩いた。
「それでこそ我がアッシュフォード生徒会の一員!頼りにしてるわよ!」
「任しといてください!それにここ、二十四時間いつでも食えて、マッサージ師とかも常駐、そいでもって温泉まであるんだってな!
こんな快適な環境で研究出来るってのもそうはないんじゃね?」
「そうなんだよね~、それもあってみんなこんな緊張状態じゃなかったら天国だって言ってるんだよ。
ここまで手厚い研究協力なんてどこもしてくんないからね~」
リヴァルの言葉にロイドが深く同意する。
研究が成るまでの軟禁に近くても、彼らもまたささやかでもそれが力になるのならと、こうして居てくれている。
(こんなにたくさんの人達が集まって協力してくれるのはとても幸運・・・そうかもしれない。
私一人だったから、こんな軟弱な理論しか出来なかったわけだし・・・)
「あの、私ウランについてまとめた論文がもう一つあるんですけど・・・見て貰ってもいいですか?」
おそるおそる申し出たニーナに、科学者達はもちろんだと了承した。
「今日はしっかり食べて、明日から本格的な研究に入ろうか~。
時間勝負とはいえ身体が資本、無茶しちゃ意味ないし」
ロイドが間延びした口調ながらももっともなことを言うと、スタッフ達が口々に言った。
「私、マッサージ師をしています!肩や腰がこったりしたら、すぐに駆けつけます!」
「僕は寿司職人です!これでも全国寿司コンクールで優勝したことがあります!」
「俺はフレンチシェフだ。BGMをご消耗なら、得意なロックを披露する。
うっ屈した気分を吹き飛ばすには、うってつけだろ」
「健康管理のために派遣された医師です。お身体に何かあれば、すぐにご相談を」
三十七歳で医師になったという珍しい経歴を持った医者が、穏やかに笑いかけると、ヨーロッパ人らしき男がラテン語で叫んでいた。
「私が設計した風呂で疲れを取ってくれ!」
工業特区阪神の研究所内にある風呂のデザインを考えた男で、特区の大浴場建築技師の“先輩”らしい。
突然消えたり現れたりする不思議な人だともっぱらの噂だが、仕事熱心で実に素晴らしい浴場を考案してくれる。
「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く!!」
「未来に従う奴に光はない!!」
科学者達も気分が高揚して叫びだし、カフェテリアは一気に盛り上がった。
その光景を初めは驚いて見つめていたニーナだが、やがてゆっくりと笑顔になっていく。
「・・・みなさん、ありがとうございます。
私、もう怖がりません。皆さんと一緒に、あのウランの爆弾に立ち向かいます」
ニーナはまだ少し震えた声ではあったがまっすぐに前を見てそう宣言すると、ミレイに向かって言った。
「ミレイちゃん、私頑張るから・・・だから、研究が終わるまで傍にいてくれる?」
横にいて弱気になった自分を叱咤してくれるだけでいいから、と懇願するように言うニーナに、ミレイはあったり前でしょと胸を叩いた。
「そのために来たんだから、当然!よーし、まずは腹ごしらえね。
リヴァル、今ニーナが食べてるのはもう冷たくなってるから私達で食べよう。ニーナ、何が食べたい?」
「えっと、グラタン、かな。あと、ルルーシュのプリンも食べたい」
「よし、俺が取って来るよ。ついでに飲み物も」
リヴァルが笑顔でカフェテリアのキッチンに注文に行くと、ニーナは椅子に改めて腰掛け直した。
(そうよ、ミレイちゃんの言う通り、もう前向きに考えて進むしかないんだ。
こんなにたくさんの人達がいてくれるんだもの、それは確かに運がいいことだわ)
一人ではなく、みんなで進む。
かつて学園にいて生徒会にいたときだって、そうやって何事も行ってきたことをどうして忘れていたのだろう。
(だけどあの爆弾を止めなきゃ、みんな死んじゃう!
・・・ミレイちゃんが保護者の顔をするのが嫌だって思ったこともあったけど、それは私がこんな弱虫だったからなのね。
困った時にはこうやって助けに来てくれて・・・私ずっと誰かに認めて貰いたかったのに、いざそうなったらこの有様だもの)
ユーフェミアに自分が必要だと言われて誇らしかった。
特区の時も、ルルーシュがヴィレッタに狙われた時に彼女が扇 千草と擬態していると突き止めた時も、みんなに自分のお陰だと言われてどれほど嬉しかったことだろう。
ただ、大事な人にだけ認めて貰えればそれで充分幸せだった。
と、そこへリヴァルがあちち、と小さく呻きながら運んできたグラタンが、美味しそうな湯気を立てて自分の前に置かれた。
「ゆっくりでいいから、しっかり食べなよ?」
「うん、ありがとうシャーリー。・・・頂きます」
ニーナはスプーンを手に取ると、グラタンをすくって口に含む。
ふと見てみれば、頭脳労働とはいえやはり時間との戦いになるので体力を消耗するからだろう、皆資料を見ながらボリュームのある食事をしていた。
「ねえみんな、明日に備えてもう少し例の理論を詰めておきたいの。
夜食にサンドイッチかなにか、持ってきて貰ってもいいかな?」
めったに自分から頼みごとをしないニーナのそれに、ミレイ達は嬉しそうに承諾した。
「オッケー、じゃあ時間を見計らって持って行くわね。
でも根を詰めすぎるのはよくないから、ちゃーんと寝て貰うからね」
「その辺のフォローもするように、ルルから頼まれてるもんね」
「こんなこともあろうかと、睡眠効果のあるアロマオイル買ってきたぞ」
「リヴァル、気が効くわね!ナイスよ!」
ミレイに褒められていやあそれほどでも、と照れるリヴァルを見て、ニーナは声を立てて笑った。
ユーフェミアを崇拝するようになってからは大事に思っていたことさえ忘れかけていたけれど、彼女達は今でも確かに自分の大事な宝物だ。
その大事な人達を守るために、今自分の力が必要とされている。
ためらっている場合ではない。
ミレイの言う通り、黄色信号の間に何とかしなくてはならないのだ。
ニーナは改めてそう決心を固めると、綺麗に平らげたグラタンの器を横に置いてデザートに差し出されたプリンを手に取った。
おまけ
~ラスト・リゾートのギブ&テイク~
ウラン爆弾を止めるため、科学者達を集めるように超合集国連合加盟国に命令が下った。
むろん日本が真っ先にその命令を実行に移し、どこでもドアを開発しようとした研究チームや声を自在に変える蝶ネクタイや時計型の麻酔銃を開発した博士などを呼び寄せた。
だがほとんどが軍とは無縁の研究者で、ルルーシュは研究者リストを見ながらため息をつく。
「爆弾絡みだから軍需会社の協力があるのが望ましいんだが・・・日本には数が少ないな」
八年前の日本軍は防衛に特化した軍だったため、かつては世界でも有数の軍需会社も他の業種に転向したほどだ。
だがそれでもまだ残っているであろうノウハウが必要である。
その会社は社長の代替わりと同時に現在はゲーム・アミューズメント業界に転向し、あっという間に日本のトップクラスに躍り出た。
現在の社長は大層気難しい男だと聞いたため、ルルーシュはゼロとして自ら協力交渉に赴いた。
「この件は他言無用に願いたい。実はかくかくしかじかで、海馬社長の力をお借りしたいのだが」
黒の騎士団CEOであるゼロを前にしても頭一つ下げず、応接室のソファにふんぞり返った海馬コーポレーション社長の海馬 瀬人は傲岸不遜な口調で言った。
「フン、ゼロとやら。貴様この俺をたかがゲーム産業の社長だとみくびっているのだろう?」
「とんでもない、海馬コーポレーションの前身は世界でも屈指の軍需産業と聞いていましてね。その点からぜひご意見を伺いたいと思ったまでのこと」
ルルーシュとしては褒めるつもりでそう言ったのだが、海馬はあからさまに不愉快そうな表情になり、しばらく忌々しげに思案したがやがて口を開いた。
「胸糞悪い話を思い出させてくれるな。だが今はそんなことを言っている場合ではないのも確か。
喜べ! 我が社の総力を持って貴様に助力してやろう!!」
やたら上から目線のその態度にルルーシュは内心何だこの男はと少々腹立だしかったが、事を荒立てたくはないし協力を了承したのだからとクールに応じた。
「それは実に頼もしい。事は一刻を争うので、至急工業特区阪神へ赴いて頂きたい」
「よかろう、我が社が誇る優秀な研究者どもを引きつれて行く。
言っておくが、貴様に助力するのはそれが戦争終結への近道だと考えたからだ! 戦争は孤児を生み出し、俺の世界海馬ランド計画の進行すら阻む!」
「ああ、資料で拝見させて頂いた遊園地か。
孤児達が無料で遊べるとか・・・個人的に実に素晴らしい夢のような地だと思っていた。
確か日本国内で新たに造るための土地を探しておいでだとか」
カードゲームのキャラクター達を模したアトラクションで、白い竜のジェットコースターや羊達のメリーゴーランドなど、斬新な発想で子供達の人気を集めていたと聞く。
「・・・過去、クロヴィスが造ったクロヴィスランド。
あれは新宿の悲劇を生みだした総督が造ったと言うので解体が決定されているのだが、その土地に新たな海馬ランドを建てるというのはいかがだろうか?」
この件に関する報酬にそうルルーシュが申し出ると、海馬はふむ、と考え込んだ。
「幸い遊園地としての広さはあるし、アトラクションなども揃っている。
全て解体して一から造るより、そちらのご意向通りにリフォームする方が費用も安く済むし早くオープンがかなうと思うのだが」
自分が殺したとはいえそれなりに仲が良かった兄クロヴィスが遺した物を少しでも留めることが出来るので、せめてもの死者の慰めにもなるだろう。
「なるほどそれはいいアイデアだ。
あの虐殺皇子の痕跡などこの俺が跡形もなく消し飛ばし、我が魂であるブルーアイズ・ホワイトドラゴンで埋め尽くしてやるわ!
フハハハハハハ!!!」
思いがけず自らの夢が早めに再建できそうな話を持ちかけられた海馬は高笑いを響かせた。
ひとしきり笑って満足したのか、一応客である自分を無視してハイテンションになった海馬にどん引きしていたルルーシュに向かって言った。
「この俺の思い描くロード、そのためには今は貴様がさっさとこのつまらん争いを終わらせるのが絶対条件なのだ!
磯野おぉ!!すぐに阪神に向かうぞ!」
「は、はいいぃ、瀬人様!!」
黒服の秘書が携帯でヘリコプターの準備を指示しているのを横目で見ながら、海馬は応接室から歩き去っていく。
「・・・あ、そのゼロ・・・あの方はああいう人ですが悪気はないのです、はい。
社員にエントランスまでお送りさせますので私はこれで」
明らかに苦労していそうな秘書がそう言って社長の後を追うと、白い髪に青い瞳が印象的な女性が現れ、ルルーシュをエントランスまで送ってくれた。
黒の騎士団本部に戻ったルルーシュがその日の出来事をC.Cに話すと、『タイプは違うがお前と似た行動を取る男だな。ぜひ見たかったものだ』と呟かれ、自分はいったいどう見られていたのかと悩むルルーシュの姿があったという。