第四十三話 アルフォンスの仮面
エーギル基地が破壊された翌日、日本に戻ったルルーシュはまず黒の騎士団本部に待機していたユーフェミアと今後について話し合った。
その横にはルルーシュに言われてユーフェミアと同行したニーナがおり、何故自分が連れてこられたのだろうとおどおどしている。
「時間が惜しいから話だけ先に言わせて貰うぞ、ユフィ、ニーナ。
エーギル基地を破壊したのは、ウラン原理による爆弾だ。
ニーナがエネルギー炉として考えていた理論を、シュナイゼルはよりにもよって例のダモクレス計画に使うべく大量破壊兵器として開発したんだ」
その言葉を聞いたニーナは、ウラン理論をアルフォンスに見せた時に爆弾として使われたら恐ろしいことになると言われたことを思い出し、蒼白になった。
「そ、そんな・・・本当にあれを兵器として使ったの?!
確かにあれなら・・・基地を一つ消すくらいは出来るかも・・・」
ガタガタと震えながらそう言ったニーナに、ユーフェミアも同じ顔色になりながらも尋ねた。
「そのウラン理論は貴方も考えていたようだけど、対抗策がありますか?」
「・・・ウランは水につかると活動が鈍るのですが、それには大量の水素が必要です。
海だったなら爆弾を海中に沈めるなどすれば何とかなるかもしれませんが・・・」
「ああ、君がそれをアルフォンスに伝えてくれたおかげで、彼がとっさに海に避難しろと指示したから大きく被害を減らせた。感謝しているよ」
アルフォンスのお陰で被害が減ったとはそういうことか、とユーフェミアは納得し、ニーナも己が呼ばれた理由をようやく理解した。
「ルルーシュ、私を呼んだのはその爆弾をどうにかするための方法を・・・?」
「そうだ。例のウラン理論をエネルギー炉として利用した場合、その暴走を止めるシステムがあっただろう?それを至急使えるレベルまで完成させて欲しい」
それ以外に道はない、と真剣なまなざしで言うルルーシュに、ニーナは首を横に振った。
「そんな、急に言われても・・・!あれは一応は出来たけど、貴方も知っての通り十九秒ですべての演算を手動で打ち込んでコンマ四秒でそれをぶつけないといけないレベルなのよ!
それをいきなり使えるレベルまで完成させろと言われても、一日二日じゃとても間に合わないわ!」
「もちろん時間を出来る限り稼ぐ。既に何発かはダモクレスに配備している可能性が高いから、どうしてもこの爆弾の対抗策は必要なんだ。
あちらの思惑はどうであれ必ず一ヶ月は稼いでみせるし、既にエトランジュが各専門分野の科学者を世界各国から召集している。直に日本にやって来るはずだ」
「でも・・・でも・・・私なんかが・・・!」
失敗が許されない大仕事のリーダーに突然抜擢されたニーナは脅えたが、青い顔色のユーフェミアをちらりと横目て見てやがて小さく頷いた。
「・・・解ったわ・・・なんとかやってみる。
ユーフェミア様、私頑張りますから、そんな顔をなさらないで下さい!」
ユーフェミアが困ったことがあれば自分に出来ることがあれば何でもすると誓った身だ。
これは自分にしか出来ないことなのだからと、ニーナは無理やり自身を納得させて叫ぶように言った。
「ありがとう、ニーナ。貴女には本当に迷惑ばかりでごめんなさい。
でも貴女の研究の邪魔はさせないし、最大限の援助だけはさせて頂きます」
ユーフェミアはあの恐ろしい爆弾を防げる希望が自分のすぐ身近にいたことに安堵し、ニーナの手を取ってぎゅっと握りしめる。
「ルルーシュ、至急ニーナ達が研究に勤しめる研究施設の配備を行いましょう。
研究費用や研究設備なども早く・・・!」
「ああ、神楽耶が工業特区阪神の研究設備を既に徴収して、黒の騎士団の科学者チームを向かわせたそうだ。他にも大学の教授などが参加するとのことだ。
エトランジュからは世界各国の科学者をチャーター機で送るから、成田空港で迎える準備を頼まれた」
世界レベルで動いているプロジェクトにニーナは震えたが今さら否とも言えず、ルルーシュに言われるがままユーフェミアとルルーシュと別れてVTOLで阪神へと向かうのだった。
黒の騎士団本部では予想だにしていない事態に皆驚き慌て、ゼロの対処法に心当たりがあるとの言葉に縋るしかないとの意見は一致したものの、落ち着きなくしている者が大半だった。
神楽耶や桐原もシュナイゼルのリアクションを待ちつつも、超合集国連合の足並みを乱すまいと出来る限り調整を始め、国民達がむやみに脅えないようにと心を砕いている。
エトランジュも現在日本に戻るべく全速力でチャーター機を飛ばし、その中でもギアスでアルフォンスに語りかけてやっと連絡がついていた。
すぐさまエトランジュは一族やルルーシュに報告し、全員の間にリンクを開く。
《アル従姉様、よかった!生きているとエド従姉様から聞いていましたが、話が出来ないと聞いていましたから心配で・・・!》
今はどこにおられるのですか、どなたかに助けに行って頂きますと安堵の涙を流しながら尋ねるエトランジュに、アルカディアは実に言いづらそうに答えた。
《ごめん、エディ。冷静に聞いてね・・・私、シュナイゼルに捕まった》
《・・・え?》
《何だと?!よりによってあいつに?!》
安心したのも束の間、予想だにしなかった言葉にエトランジュは眼を見開き、ルルーシュは舌打ちした。
《海中に逃げ込んだ後、そこに潜伏していたブリタニアの潜水艦とばったり・・・イリスアゲートは単体で戦える機体じゃないから、あっさりね。
脱出装置を働かせて逃げようとはしたけど、だめだった》
自嘲気味にそう報告するアルカディアに、チャーター機に座っていたエトランジュは目まいがして座席の背もたれに倒れこむ。
《今、運搬用のナイトメアでシュナイゼルのダモクレスに連行されてるところよ。
私わりとブリタニアに対してえげつないことしてきたから、まあロクな目に遭わないと思う。
でも何とかこの機会を利用してあの野郎やダモクレスに関して調べられるだけのことは調べて知らせるから、ゼロと連携して最大限その情報を使いなさい》
自分が捕まったことすらチャンスに変えようとするアルカディアに、エトランジュは震えながら言った。
《そ、それはもちろんですが、でも・・・》
《・・・私達は戦争をしているの。これまでアクシデントが多くあっても何とか味方をあまり失わずに来たとはいえ、それは運があってのこと。
だから私が人質にされても、『人質?どこに?』ぐらいの気持ちで対応するのよ、いいわね?》
それが一番いい手段だと理性では理解したエトランジュだが、どうしても頷くことが出来ない。
《アル従兄様・・・》
《私も無駄死にするつもりはないわ。やっとここまで来たのよ、私情でみんなの努力を台無しにするのは許さない。
例の爆弾についても、出来るだけのことは調べるから》
《・・・解りました。申し訳ないがよろしくお願いする。
こちらも出来る限り貴方の救出に手を尽くすことを約束しよう》
ルルーシュが数多く借りのあるアルカディアをこんな形で失いたくはないので救出の策を考えると言うと、アルカディアは冷たい口調で言った。
《あんたともあろう人間が、優先順位間違えてんじゃないわよ。
ダモクレス計画の頓挫とラグナロク計画の首謀者の抹殺があんたの最優先事項でしょう。
間抜けにも捕まった捕虜の救出なんか、最後らへんに位置する順位でしょうに》
《アルカディア、だが・・・》
《あんたのそういうところは嫌いじゃないわ。でも絶対失敗が許されない以上、余計なことはしなくていいの。
こっちもやることやったらシュナイゼルが持った余計なカードを消しとくから、存分にやっといてね・・・エディをよろしく頼むわね》
自分がお願いするのはそれだけだ、ときっぱり言い切ったアルカディアに、ルルーシュはアルカディアの台詞の意味を瞬時に悟りしばらく考え・・・そしてそれを了承した。
《解った、必ずダモクレスを攻略し、ラグナレクの接続計画の首謀者を抹殺することを優先する。
だが貴方も生きることを諦めず、くれぐれも人質にならないための自害など考えないで頂きたい。エトランジュの心を守るためだ》
アルカディアはルルーシュの言葉に瞠目し、バカなことをと言い返そうとしたが、他の一族もアルカディアが自害するつもりであることを知り、それに同調して口々に言った。
《ゼロの言うとおりだ、お前ならやりかねん!いいか、絶対にそんなバカなことをするんじゃないぞ!》
《アルは目的のためなら自分を犠牲にするのだっていとわないから・・・!お願いだからそれだけはやめて!いいわね!》
アインと母エリザベスの声に読まれてたか、とアルカディアは溜息をつく。
《アル従兄様・・・私もやめてほしいです。私、絶対従兄様が人質にされても目的は忘れず、ちゃんと理不尽な要求ははねつけますから・・・》
きちんとやるから安易に死を選ばないでと訴えるエトランジュに、アルカディアは前髪を掻き揚げた。
「これだからエディは・・・」
《アル従兄様?あの、怒ってらっしゃいますか?》
《怒ってないわよ、全然。ただ、ちょっとやる気出ただけ》
《やる気、ですか?》
何だかよく解らないが、アルカディアは自害の道を選ぶのを思いとどまってくれたようだとエトランジュは安心した。
《けっこうなことしまくったから、いい扱い受けそうにないけどまあいいか。
エディが言うなら仕方ないから、ぎりぎりまで粘ることにする。
・・・あ、今からダモクレス内に入るみたい。エディは一度リンクを切りなさい、アッシュフォードの時みたいにまた倒れるわけにはいかないでしょう?
大丈夫、エドとは常時連絡取りあうわ》
《そうだな、コードを通じてのほうが負担が少ない。
エドの合図で再びエディがリンクを開けばいい》
アルカディアの案にアインが賛成すると、エトランジュはアルカディアが心配だったが確かに必要もないのにリンクを開き、肝心な時に己が倒れて連絡がつかなくなるのはまずいと、それを了承した。
《アル従兄様・・・必ず生きてお帰り下さい。私、待ってますから》
《エディにそう言われたら、叶えないわけにはいかないなあ》
クスクスと笑うアルフォンスに、エトランジュはどう返せばいいのか解らず困惑した。
《じゃ、ちょっとはた迷惑な建造物のチェックに行ってくるとしますか。
そっちは任せるから、またあとで!》
明るい口調でそう言ったアルフォンスに、エトランジュも努めて明るく言った。
《はい、私もあの爆弾を阻止するために科学者の方々に出来るだけ集まって頂き、協力を依頼してみます。
幸いブリタニア植民地を回った時や、超合集国との同盟が成立した時にも科学者の方と何名か知り合えましたし・・・》
専門がどうとかそこまではエトランジュは知らないが、とにかく自分が出来ることは何でもすると言うエトランジュに、それでいいとアルフォンスは言った。
《僕の大学の物理学の教授に話を通すんだ。イタリアの最高大学の教授と知り合いだったはずだ。アドレスは・・・》
科学者関係の人脈なら豊富にあるアルフォンスが、何故こんな時に捕まってしまったのかとエトランジュは大きくため息をついた。
物理や科学の知識を持ち、こんな時にこそ大きな力を発揮するアルフォンスではなく、どうせならお飾りでしかない自分が捕まっていればよかったものを。
知る限りの情報を伝えてリンクを切ったアルフォンスを思い、エトランジュひたすら他人にお願いするだけしか出来ない自分を情けなく感じ、座席に大きく身体を預けた。
ペンドラゴン上空に浮かぶ天空要塞ダモクレス。
そこの主に命じられて入城したナイトメアは、連行してきたアルフォンスをまず牢に移送した。
そして同時に運んできたコクピットを技術室に引き渡すと、科学者達はさっそく解析に取り掛かる。
「あの青い虫の機体は?」
「脱出装置を作動させた場所と漂着した場所が離れていたせいで、手に入らなかったそうだ。
出来れば本体も回収したかったが、海中に避難した黒の騎士団のナイトメア部隊がいたから、無理は出来なかった」
珍しいナイトメアだから残念だと技術者達は囁き合い、それでも機体の情報くらいは解析出来そうだとイリスアゲート・ソローのコクピットのシステムを自分達のコンピューターに接続する。
「よし、これでプログラムを・・・って、うわあああ!」
イリスアゲート・ソローのデータを調べるべく立ち上げたプログラムに突然エラーが出たかと思うと、モニターに現れたデフォルメされたアルカディアとロイド伯爵のアバターが笑顔で告げた。
[ざーんねんでした、貴方達、引っかかっちゃったの!]
[このプログラムを不正な手段で開いた人は、即座に閉じないと不幸になります。悪しからず~]
猛烈な勢いで感染を始めたコンピューターウイルスからダモクレスのプログラムを守るべく、右往左往しながらも技術者達は強制的に接続をシャットアウトした。
「何という悪辣なシステムだ!正規の手段でプログラムを作動させなければ、自動的にウイルスが発生する仕組みになっている!」
「捕まった場合の対処もしてあるとは・・・迂闊だったな。
幸いウイルスは解析プログラムだけに感染したようだが・・・念のため他に感染していないか調べろ」
舌打ちしながら技術者達は後始末に奔走し、先ほどの騒ぎをシュナイゼルに報告するとロイドやアルフォンスがやりそうなことだといつもの涼しい笑みを浮かべた。
「戦術同様抜け目のないことだね。この様子ではコクピットの情報はおそらく全て削除されているはずだ。
復元出来るかどうか、やって貰えないかな?」
「はっ、殿下のおっしゃるとおり、あの青い虫のコクピットの中にある情報やプログラムはウイルス感染を除いてすべて消えておりました。
ただ一つだけ残っているものがありましたが、それは大したものではないので」
「それは私が判断しよう。何が残っていたのかな?」
どれほど小さなものでも、あえて残したプログラムとはなにかとシュナイゼルが尋ねると、技術者は汗を拭きながら答えた。
「ただの家族写真ですシュナイゼル殿下。
ナイトメアパイロットは写真を持ち込めないので、代わりに写真を取り込んでモニターに映す者がいるので、あちらも同じことをしたものと・・・」
そう言いながら技術者がコクピットに残されていた写真を数枚、シュナイゼルのパソコンに転送した。
シュナイゼルはなるほどと納得しながら送られてきた写真を見た。
確かにマグヌスファミリアで結婚式をしている写真や学芸会の様子などの写真が五枚、何の変哲もない家族写真である。
シュナイゼルは五枚の写真をしばらく見つめ、ある共通点を見つけて呟いた。
「悪辣な策を使うが、彼もまだまだうまく仮面を使いこなせていないようだね」
どうやら技術者はその共通点には全く気づかなったらしい。いや、気が付いたとしても別に気にすることでもないと思っていることだろう。
その五枚の写真に必ず同じ人物が映っているとしても、それが彼の家族の一員なら普通は誰も気にとめない。
「捕えたアルフォンス王子は丁重に扱ってくれたまえ。だが彼にどんなにささいな情報を伝えることは許さない。
例の準備が終わるまで彼の世話をする人間以外誰も入れず、何を聞かれても答えないよう、監視役に徹底させるように」
「イエス、ユア ハイネス」
技術者や軍の者達が敬礼してその命令を下に伝えるべく退出すると、補佐官のカノン・マルディーニが紅茶が注がれたカップを差し出した。
シュナイゼルはそれを手に取ると、カノンに向かって言った。
「たかが写真とはいえ、家族を自ら消すことが出来なかったようだね。
見られてもどうということはないと思ったのだろうけど」
普通ならほとんどのナイトメアパイロットがしていることだから誰も気にすることはないだろうが、それでも彼のような立場にある者が己の内心を悟られるような物を残すのはまだ甘い。
「だが、あれほど頭の切れる彼を確保出来たのは幸運だ。今推し進めている策を邪魔されずにすむし、どんな能力かは解らないが、彼のギアスも使われずにすむ。
もっとも、一番警戒すべきルルーシュがいるから油断は禁物だがね」
「マグヌスファミリアの王族達のギアス・・・殿下はある程度目星がついておいでのご様子ですが」
「おそらく、エトランジュ女王が持っているのはテレパシー能力だろう。
だから天子を交えた会談を行った時私の申し出に本気で驚き、ルルーシュから対応法を聞いたと考えればつじつまが合う。
あっという間にEUにも会談の内容が伝わっていたようだから、マグヌスファミリア王族全体で情報をやり取りしているはずだ」
「なるほど、納得ですわね。だからアルフォンス王子に情報を与えるなとお命じになったのですね」
エトランジュが一人としか交信できないと仮定しても、アルフォンスと繋がっていないという保証がないのだから、どんなささいなことでも情報を彼に与えるわけにはいかない。
エトランジュはしっかりルルーシュと連絡がとれる立場にあるのだから、アルフォンスが彼女を通じてすべてを伝えればあの優秀な末弟がどんな手を打ってくるか解らないのだ。
「さらに言えばEUで次々に私の息がかかった者が消されているのを見ると、自白能力か心を読みとる能力者がいると考えている」
EUに繋がりを持っていた者達の逮捕が相次ぐと言う現象が起こったのは、ちょうどエリア11が解放されてエトランジュがEUに戻った後だ。
その時新しい秘書として任命された中華出身だと言う彼女の母方の縁戚が現れており、日本人とブリタニア人との交換が行われた時にもその男はエトランジュに同行していた。
その後さらに自分が手配した策がことごとく潰され、シュナイゼルは別の手を打つはめになっている。
扇との密談に踏み込んだ時も悔しげな表情でモニターを睨んでいた彼がエトランジュの横にいたのを、シュナイゼルは見ていた。
「確信はないが、十中八九彼女の秘書がそうだと私は思っている。
だから極秘だったコーネリアのイシカワへの出撃が漏れ、ああも簡単に襲撃されたんだろう」
「だとすればあちらには相手に命令を遵守させることが出来るギアス、仲間達全員の思考をつなぐギアス、相手の心を読むか考えていることを全て話させるギアスを持っていることになりますわね。
・・・普通ならまず勝ちようがない布陣ですが」
自分なら早々に白旗を上げてしまいそうだと笑うカノンに、シュナイゼルは不敵に笑った。
「だがあれほど強力な力を得てもここまで手間がかかっているところをみると、それさえも万能ではないということだろう。
それにギアスをかけるとすれば、能力者と対象者との距離がある程度詰まっていなければならないようだ。つまりはじかに接しさえしなければそれで十分」
さらに言えば、捕虜交換の時ゼロとして現れたルルーシュと会った時、ルルーシュは自分を支配しようとしたのだろう、誘いという名の命令をした。
だがそれが不発に終わったところを見ると防ぐ手段はあるのだとシュナイゼルは思い、何故防げたのかと考えた。
そしてあの時ルルーシュが自分と視線を合わせたことと己が最近使い始めたコンタクトに思い至って調べたところ、普通のコンタクトとは違う成分が使われていたことが判明したのである。
(おそらくあれは父上の差し金だろう。私まで黒の騎士団に寝返られては困ると考えたようだ。
あれの量産を始めて私の部下達につければ、ギアスは防げる)
シュナイゼルはギアスについてはまだ中途半端な知識であり、目を合わせなくても使えるギアスがあることまでは思い至っていなかった。
それでもルルーシュのギアスが目を合わせる必要があり、それを防ぐ手立てがあることに気付いた彼はさすがといえよう。
「ダモクレスにまだ二発しかフレイヤが配備されていないと気付かれる前に、フレイヤの量産とダモクレスへの配備を急ぎたまえ。
私は時間を稼ぐためと、ダモクレス計画の完成のために超合集国連合とEUに会談を申し込むとしよう」
「配備は急ピッチで推し進めております。現在三弾目のフレイヤの配備を進め、同時にダモクレス内の製造工場の完成もあと三ヶ月を予定しております」
「三ヶ月、か・・・ゼロを葬れたらよかったが、生きているとなると難しいね。
その間に黒の騎士団と一戦交えることも想定しておこう」
ギアスに対する対策と、フレイヤの完成。
それさえ成れば自分の思い描く平和が実現する。
と、そこへ一人の軍人がドアをノックする音が響き渡った。
「失礼いたします、シュナイゼル殿下。ご報告が」
「ああ、入ってくれたまえ」
入室の許可を得て入ってきた軍人が敬礼すると、すぐに報告した。
「先ほどアルフォンス・エリック・ポンティキュラスを収容した牢に、オデュッセウス殿下が面会に入りました。
シュナイゼル殿下のご命令をお伝えする前でしたので、監視役が入れてしまったようで・・・」
このダモクレスの主は事実上はシュナイゼルだが形式的にはオデュッセウスがそうであり、神聖ブリタニア帝国の第一皇子である。
彼に命じられたのなら下っ端の監視役が従わないわけにはいかなかったのである。
「兄上が、アルフォンス王子の元へ?・・・解った、すぐに向かおう」
シュナイゼルは小さく眉をひそめると、部下に先ほど命じた準備を迅速に進めるように命じ、カノンを伴って自分の部屋を足早に出た。
牢に移送されたアルフォンスは、今頃自分とロイドが作ったウイルスに翻弄されているであろう技術者達の狼狽ぶりを想像して暇を潰していた。
(目隠しをされた状態でここまで連行されたのでダモクレス内部の様子は解らなかったな。思いっきり警戒されてる)
食事が出来る程度に腕が使えるようにはしてあるが、きっちり手錠はされている。
おまけに監視カメラが三台、スケルトンタイプの扉、銃を持った監視が二人と、始終自分を見張るシステムに囲まれていた。
(おまけにここは空飛ぶ要塞。逃げるのは無理・・・。
情報だけでもぶん捕りたいけど、ギアスで姿を消して逃げられても監視カメラで追跡されたらアウト)
向こうはギアスについても知っているから、ある程度の対処も考えていることだろう。
何この詰みゲー、と苦々しく思っていると、スケルトンタイプの扉の外に思いもよらぬ人物が現れた。
「その、初めてお目にかかる、アルフォンス王子・・・」
「・・・オデュッセウス・・皇子?何でこんなところに?」
思い切り眉をひそめて警戒するアルフォンスに、オデュッセウスはさもあらんと大きくため息をついた。
「エトランジュ女王の従兄王子が連行されたと聞いて・・・この件について、今さら何を言っても言い訳にしかならないことは解っている。
シュナイゼルがまさかあんなことをするとは、私は思わなかったんだ。ただ父上を排除して、この戦争を終わらせると・・・!」
「あのバカ皇帝のことだけ話して、ゼロも排除って部分だけは隠されていたってこと?ほんと今さらな言い訳だよね。
解っててわざわざ言いに来て、人の神経逆撫でしに来たの?言葉だけの行動は何の意味もないんだけど」
絶対零度の声音でアルフォンスが言うと、オデュッセウスはうなだれた。
「・・・シュナイゼルがあんな形の平和を成し遂げようとしているのを止めたいんだが・・・ここには僕の仲間は誰もいなくてね。
ほんの少数の側近がいるが、それも今は体よくダモクレスの一室に軟禁されているんだ。僕自身の自由も、かなり制限されているよ。おそらく今回が最後の自由行動になるはずだ」
オデュッセウスはそう自嘲すると、これまで起こった出来事を包み隠さずアルフォンスに全て話した。
父シャルルを排除し、自分が即位して超合集国連合とEUとの間に和平条約を結ぶつもりでクーデターに加担したこと。
そのシャルルはシュナイゼルが捕える前に逃走したこと、そして自分がシュナイゼルの本当の計画を知ったのはエーギル基地が消滅した後だったことだ。
「僕は全ての後始末を終えたら、ユフィに皇位を譲って父上の監視を兼ねて離宮で暮らすつもりだった。
彼女の補佐にはシュナイゼルをつけて、責任を僕と父上がかぶればと・・・」
戦争が終われば責任を引き受ける者がいる以上、皇帝と皇太子が責任を取るというのはもっともな話である。
ユーフェミアは為政者としての性質は誰もが認めるほどの成長を遂げたが、それでも経験や知識はまだまだ不足しているから、それを補う補佐役が必要なのも確かだった。
一番有能なシュナイゼルに傷をつけず、国是主義者の皇族や皇太子たる自分が責任を取る形で政治の場から退場させるのを己の最後の仕事にするはずだったと語るオデュッセウスに、嘘の色は見られなかった。
「シュナイゼルがまともな思考回路をしていたなら、確かにそれがベストだったかもね」
で、それが出来なくなったから愚痴を聞いてほしいとでも?」
今さらそんな理想で終わった構想をを語られても、牢の中にいて何も出来ない自分にどうしろというのか。
言いたいことが山ほどあるのはこっちだ、とアルフォンスはオデュッセウスを睨むように吐き捨てた。
「ああ、すまないつい愚痴めいたことを・・・話して楽になりたいだけなのは解っているんだ。
僕はこれまで状況を判断するだけで、何もしなかった。何かをしたつもりでいたかっただけなのも解っている。
だが貴方が不機嫌になるのは承知の上で、聞きたいことがあるんだ。
・・・ユフィはどうしている?コーネリアのこともあの子は覚悟の上だったとは思うが、超合集国でどんな様子か気になって」
長兄としてそれなりに弟妹のことを気にかけていたオデュッセウスは、こんな事態になって超合集国連合での立場がさぞ危うくなっているであろう妹を案じていた。
有形無形の冷たい扱いを受けているかもしれないと思うと、正しいことをしようとしている三番目の異母妹が哀れでならない。
「・・・日本解放後はエディや神楽耶天皇、天子様ともうまくやってるよ。
日本人からの支持も強いし、親や姉のやらかした責任被るなんてバカなことはアドリス叔父さんだってさせてないから、別にそっちが思っているほどひどい扱いじゃない。
代わりにナンバーズを酷使して無駄に大きな建設物造った国是主義の皇女とかに怒りの矛先が向かいまくってる。
今は訳の解らない計画を立てて大量破壊兵器を造った皇子のほうにも向けてるんじゃないかな。
首謀者がシュナイゼルでも、オデュッセウス皇子が加担してるのなら同類扱いされる可能性大だけど、ユーフェミア皇帝には同情こそすれ恨む理由はないね」
夜遅くまで政務に励み、投書箱の中身を暇さえあれば読み、ブリタニア人の立場を出来る限りよくしようと努力を重ねている。
それなのによりによって大量破壊兵器を用いてブリタニア基地ごと黒の騎士団を葬るなどということをしでかされ、ブリタニア人のほうにもさぞ動揺が広がっていることだろう。
今頃ルチアのところに胃薬でも貰いに行っているかもしれない。
そんな彼女にどれだけ迷惑かければ気がすむんだお前らは、とアルフォンスは吐き捨てた。
もっともですと返すしかない言葉をずけずけ浴びせかけられ、完全に疲れ切った顔で額を抑えたオデュッセウスは、アルフォンスに向かって言った。
「アルフォンス王子、貴方の身の安全は僕の地位が続く限り保証する。
貴方がEUに送還されるよう、全力を尽くさせて頂こう。
だから頼む・・・ユーフェミアを守ってほしい。悪夢のような兵器を生み出したブリタニアの希望は、あの子だけなんだ。
シュナイゼルはあの子を傀儡にして合衆国ブリタニアを操り、ひいては超合集国連合を支配するつもりでいるんだよ。だからそうならないように手を打ってほしい。
ユフィまで同類だと思われたら、ブリタニアは終わりだ」
「・・・想像はついたけど、やっぱりか。EUのほうだって何らかの形で支配の手を伸ばすつもりなんだろうけど」
「ああ、その件だが、シュナイゼルはその・・・エトランジュ女王と結婚して彼女をダモクレスに迎えるつもりらしい。
世界でもっとも平和を望んでいる穏健派と名高い彼女を抑えれば、シュナイゼルが平和を望んでいるというアピールになるからと・・・」
「はあ?今何てった?!」
予想だにしていなかったシュナイゼルの策にアルフォンスは眼を見開き、スケルトンのドアに近寄ってオデュッセウスに詰め寄った。
「エディを、あのシュナイゼルに?!脳の配線の位置が狂ってるあの男のところにやれと?!」
それこそフレイヤ並みの悪夢だとばかりに激怒したアルフォンスに、オデュッセウスはたじたじになりながらも首を横に振った。
「ぼ、僕はもちろん反対だが、シュナイゼルは僕の言葉なんか聞く耳を持っていない。
これが一番早い平和の実現方法だと言うばかりなんだ。
シュナイゼルのことだから、EUのほうにもその根回しを始めていると思う」
あの野郎、と指を噛みながら憤るアルフォンスにオデュッセウスが声をかけられずにいると、背後から聞きなれた穏健な声が響き渡る。
「兄上、あまり出歩かれては困ります。まして捕虜とはいえ敵の王子に安易に情報を与えるのはよくありません」
「シュ、シュナイゼル・・・」
「・・・さっきの話、マジで言ってんの?」
いつもの優雅な笑みを浮かべている男の顔にそれこそマシンガンでも撃ちこんでやりたい衝動を答えながら、低い声音でアルフォンスが尋ねた。
「聞かれたからには仕方ない。本当だよアルフォンス王子。
エトランジュ女王は平和主義、反国是主義とはいえ自国を滅ぼしたコーネリアの妹であるユーフェミアが起こした国を援護し、平和主義のブリタニア人とも付き合い、世界各国を回って協力を呼びかけたとして世界でも評価が高い。
極端なことを言えば、彼女を擁した陣営が平和を象徴すると言ってもいい」
「・・・・だったら何でお飾りといえ皇帝のオデュッセウス皇子じゃなくてあんたなわけ?」
「兄上には当初のとおり、天子様と婚姻を結ぶのがベストだと考えたからさ。
こうも短期間に相手を変えるのは、いくら政略とはいえ心象的によくないしね」
つまり超合集国連合最大の人口を誇る中華を抑えるために天子を、EUを抑えるためにエトランジュを、そして異母妹たるユーフェミアを抑えて合衆国ブリタニアを通して超合集国を支配するつもりかとアルフォンスは歯ぎしりした。
「私もむやみにフレイヤを落として、世界を混乱に陥れたいわけではないんだよアルフォンス王子。
ぜひ彼女達の協力を得て、穏健に世界を立て直していきたいと思っている」
「自国の軍隊ごと相手の軍を消滅させるような兵器を造った時点で、穏健の域超えてるって解ってる?
あのバカブリタニアンロールだけ排除して、もう戦争やめますと言えばそれで済んだんだ。
そりゃお前が油断ならないから警戒はするだろうけど、オデュッセウス皇子をアピールして会談を申し込むなりしてたら、こっちだってわざわざ攻め込む必要なんてなかったよ」
警戒するのは避けられないが、それこそ時間をかけて信用を積み上げるということがどうして出来なかったのかとアルフォンスは呆れた。
「鶏を裂くに牛刀を用いるってことわざの意味教えてやろうか?」
「突然変異の鶏がいて牛レベルに大きくて頑丈に出来ていたら、牛刀を用いることもあるだろうね。
そのやり方でも平和は成るかもしれないが、それでは時間がかかりすぎる。
速やかに戦闘を中止し、その根源となっている者達を排除し、世界の立て直しを図るべきだ。
今戦乱の時代のこの世界をまとめるには、知識や能力だけでは足りない。平和の象徴が必要なんだよ」
シュナイゼルの理論は、確かに一理も二理もある。それはアルフォンスにも理解出来た。
事実もはや長引く戦争に疲れ果てた世界を救うには、速やかに全ての戦いを終わらせることだとは、全ての国が一致した意見だった。
だから国是主義のブリタニアを悪の象徴として倒し、合衆国ブリタニアを平和主義のブリタニア人の国と印象付けて共に新たな平和を創ろうとした。
ブリタニア人とて他国に負けるくらいならと国民すべてが死を選ぶほど愚かではない以上、自分達が必要以上に虐げられることはないと理解すれば、反発が少ないだろう。
「ブリタニアが侵略戦争を行わないと証明するために、エーギル基地も軍隊ごと消滅させた。
ラウンズもほぼ壊滅状態で軍の規模もかなり減った以上、ブリタニアは国防が精いっぱい。これ以上の侵略行為は行えない」
「・・・・」
「人間にはそれぞれ適した役割というものがある。
平和を望み多くを望まないエトランジュ女王は人民の安堵させる能力に長けてはいるが、惜しむらくは政治的能力がまだ若くて不足している。
フレイヤで戦争を止めた後は私と彼女でこのダモクレスから平和を主導していく」
「・・・フレイヤってのが例の兵器の名前?」
「そうだよ、北欧神話で豊穣の女神の名前だ。
アルフォンス王子、君が彼女を愛しているのは知っている。
だが君も王族として生まれた以上、私情を優先するわけにはいかないことは解っているはずだ」
(・・・・!!)
いきなりな台詞にアルフォンスは眼を見開いた。
なぜならそれが、まぎれもない己の本心であったからである。
(な、なんでこいつがそれを?!こいつがギアスを持っているはずはない、だったらなんで・・・!)
アルフォンスがエトランジュを大事に思う心が恋だと自覚したのは、エトランジュがルーマニアで起こった人質籠城事件の後、世界各地を回るようになってからだった。
それ以前からエトランジュのことは家族の中でも一番大事だと思ってはいたけれど、一人の男として彼女を見ていることに気付いたのは本当に突然だった。
きっかけはささいなことだった。
まだ日本に来る前のことで、マグヌスファミリアのコミニュティに遊びに来ていたイタリアの友人がエトランジュに歯の浮くような台詞を吐いていた。
『アルから貴女のお話はよく聞いています。実際に見ると貴女は白百合のようにかわいらしい』
イタリアの男性は女性を褒めるのが国民性といっていいほどに日常茶飯事のことだったから、彼としては特にエトランジュに強く思うことがあったわけではない。
それはアルフォンスも解っていたのだが、非常に不愉快に思って友人をエトランジュから引き離して自室に連行した。
エトランジュが困っているだろうがバカ、と怒るアルフォンスに、彼は笑ってこう言ったのだ。
『そう怒るなよアル。まるで彼女に恋でもしてるみたいだね』。
イタリアでは従兄妹同士でも結婚が認められているから本気でそう言ったのか、いつも不安にさいなまれている自分を和ませようとした冗談だったのかは解らない。
けれどその些細な言葉を、自分は何故か否定することが出来なかったのだ。
一度気付いてしまえば、もう後は坂道を転がり落ちるようにエトランジュのことばかりが脳裏を占めた。
マグヌスファミリアでは直系同士の恋は認められていなかったから、誰にも相談出来ない秘密の恋心。
エトランジュに知られてしまえば困らせるだけなのは明白だったし、どうあがいても自分はエトランジュと結ばれる運命にないのだから墓場まで持ちこもうと決めた。
そしてその恋心を隠すためか、アルフォンスはエトランジュの前では“アルカディア”としての己のほうをあえて演じた。
家族としてエトランジュを見るための、苦肉の策だったのだ。
今日初めて会った人間がそんな自分の個人的な感情を解るはずがない、ハッタリかと内心で考えを巡らせながら、またエトランジュとの間にリンクが開いていないことに安堵しながら探りを入れる。
「そりゃ、エディのことは家族だから愛してるよ。何を今さら」
「そうだね、マグヌスファミリアの王族は皆互いを大事にしている。身内同士で血で血を洗う戦いを繰り広げている我が一族に、ぜひとも見習わせたいほどだ。とくにエトランジュ女王は本当に尊敬している。
だけど仮面をうまく使いこなすのは、上に立つ者としての必要なスキルだ。
エトランジュ女王もそれを理解してか、人前では強く人類を導かんとする女王の仮面をかぶっているようだが、彼女には荷が重すぎる。
このまま黒の騎士団とEU軍が勝てば彼女はそのネームバリューから逃げられず、ずっと政治に関わらなくてはならなくなる。
それから解放してあげたいと君は思わないかい?」
エトランジュの苦労を知っているかのように語るシュナイゼルを見つめながら、アルフォンスは今この場でギアスが得られるとすれば、相手の目を見るだけで相手を殺せる能力が欲しいと心底から願った。
そういえば枢木神社に行ったルチアが、あちこちの木にクロヴィスやコーネリアなどの名前が書かれた藁人形が釘で打ちつけられていたと言っていた。
それを聞いたスザクが引きつった顔でそれは呪いだと言っていたので、案外効くのかもしれない。
(アルフォンス王子は彼女を一人の女性として見ている。
彼が乗っていた機体のコクピット・・・見事にプログラムが削除されていたけど、家族写真だけは残されていた)
あの時プログラムに残されていた写真は五枚ともすべて、エトランジュが映っていた。おそらく彼が撮ったものだろう、アルフォンスだけが映っていなかった。
「・・・だったらお前が死ねばいいと思うよ。
エディはその仮面を被ることは覚悟の上だし、一族全員でそれを手助けするつもりだ。
だいたいエディを利用するつもりなのはお前も一緒だろ」
アルフォンスは“愛している”が家族愛だとシュナイゼルが受け取ったと勘違いし、内心でほっとしながらもそう言いながら睨みつける。
それはブリタニア皇族であるルルーシュとナナリー、そしてユーフェミアが互いに愛していると言い合っているのを見ていたせいで、ブリタニア皇族が家族内でも使う言葉だと認識していたからである。
だからシュナイゼルに己の隠していた恋心を知られてしまったことに気付けなかったのだ。
「それを言われると返す言葉もないね。だが私もすでに行動に移した以上、引くつもりはない。
必ず彼女をダモクレスに呼び寄せて、皆が望む平和を完遂させてみせる」
「ここから出たら、何が何でもお前を殺す。ロクでもない計画ばかり立てやがって、このバカ父子が!」
怒鳴るアルフォンスに、生まれて初めて面と向かって馬鹿と言われたシュナイゼルは内心で眉をひそめた。
「・・・では私達はこれで失礼する。兄上もどうぞお部屋に戻って、お休みしてはいかがでしょうか?」
勧めているという形の弟の命令に、もはや自分の立ち入る隙がなかったオデュッセウスは肩をすくめて頷いた。
「解った・・・そのアルフォンス王子。必要なものがあれば届けさせるが、何かあるかな?」
「・・・じゃあ藁人形と五寸釘って、ある?」
ものすごい低温の声音で妙なものを頼まれたオデュッセウスだが、釘はあるかもしれないがたぶん藁人形はないと答えたので、なら別にないとそっけない返事が返ってきた。
だがアルフォンスは申し訳なさげに立ち去ろうと背を向けたオデュッセウスに向かって先ほどより柔らかい声音で声をかけた。
「オデュッセウス皇子、さっきの『言葉だけじゃ意味がない行動』って言葉、取り消すよ。
たとえ愚痴でもなんでも、貴方がしたことは無意味じゃなかったから」
何かをしたつもりになりたいだけだったと、オデュッセウスは言っていた。
だが何かをしたいという気持ちがあったのも、また事実だ。
ただ愚痴を言い、本来なら伝える事の出来ない極秘情報を言いに来ただけ。普通なら確かに意味のない行為。
だけどそれはアルフォンスはもちろん、マグヌスファミリアにとっては大いに意味がある行動だったのだ。
「・・・え?」
意味が解らないが、アルフォンスは自分に対しては穏やかな声音を向けてきたので思わず振り返った。
「貴方が僕に教えてくれた情報は無駄にしない。僕は貴方に感謝する」
シュナイゼルのとんでもない計画を教えてくれたことは、万の宝石を与えられたに等しい。
早くエドワーディンにこのことを伝え、対処法を協議しよう。
(今からなら何とか間に合う!早くエドワーディンに・・・)
コードを通じてなら、こちらからでもエドワーディンに話しかけることが出来る。
オデュッセウスはそれを言ったきり黙りこくったアルフォンスに小さく頭を下げると、シュナイゼルに急かされる形で牢のドアから歩き去った。
《エド、エド、聞こえる?!至急報告したいことがあるから!》
《・・・アル、どうしたの?そんなに慌てて》
黒の騎士団本部にエトランジュといたエドワーディンがすぐに応じると、エトランジュは何かあったとすぐさま全員の間にリンクを開いた。
《アル従兄様・・・!》
《ああエディもエドの傍にいたのか、よかった!実はシュナイゼルが》
エディと政略結婚をたくらんでいる、と言おうとした刹那、牢のドアが開いて白衣を着た男と兵士が二名、入ってきた。
白衣を着た男の手には注射器が握られており、針の先からは透明な液体がぽたりと流れ落ちるのが見えた。
「・・・あんたら、何の用?」
「何も言うなと言われている。抑えろ」
拘束されているとはいえ、暴れられるのは面倒だという男に指示された兵士達は、淡々とアルフォンスを抑えにかかった。
暴れるアルフォンスだが、抵抗しても無駄だと己で解っていたため、先にこれだけは伝えておかねばとエトランジュ達に伝えた。
《シュナイゼルが、エディとの政略結婚を企んでる!天子様とオデュッセウスとの政略結婚もだ!
絶対それだけは阻止するんだ、どんな手を使っても!!》
《何だと?だがなるほど、あの男の考えそうなことだ。至急その策を防止する方法を協議するとしよう》
ルルーシュがそう言うと、アルフォンスは顔には出さなかったが伝えられてよかったと安堵した。
そのゆるみが身体に出たのだろう、腕を掴まれ固定されたアルフォンスの血管に、注射器の針が刺されてゆっくりと薬液が注入されていく。
「くそっ・・・・!」
《・・・そ、それから・・・僕はたぶんもうリンクを繋げることが出来なくなる・・・。
エディだけは守ってくれ・・・それだけ・・たの・・・む》
《アル従兄様、アル従兄様!!しっかりなさってください!何があったのですか?!》
急速に意識がなくなっていくアルフォンスは、悲鳴じみた声を上げるエトランジュの声を聞きながら縋るように言った。
《アル従兄様!!》
最後にアルフォンスの頭に響き渡ったのは、一番愛した少女の自分の名前を呼ぶ声だった。
シュナイゼルとオデュッセウスがアルフォンスの牢から立ち去ると、オデュッセウスはシュナイゼルに向かってたぶん聞き入れまいと思いながらも再度諫言した。
「シュナイゼル、やはりもう一度考え直してみたらどうだい?エトランジュ女王はよくても、君と彼女がいなくなった後このダモクレス内で争いが起こっては意味がない。
医療設備があるとはいえそれだって永続的なものじゃないし、医者の育成だってだね・・・」
「その心配はありませんよ兄上。私とエトランジュ女王は永遠を生き、平和を永続的なものにしていくのですから」
「永遠を・・・生きる?」
オデュッセウスは意味が解らないと首を傾げるが、シュナイゼルはそれ以上を語らなかった。
(不老不死をもたらすという力。それさえ手に入れれば、私とエトランジュ女王とでこの平和を永続的なものに繋げることが出来る。
そのためにも、ギアスを生み出す力と不老不死の力は必要だ。
アルフォンス王子の処置は済んだし、あとはルルーシュがどう出るかだな)
アルフォンスが持つウラン理論の知識をエトランジュ達に伝えることを防ぐため、シュナイゼルは医師に命じて彼に睡眠薬を定期的に打つことにした。
ルルーシュが目を合わせて声を出すという形でギアスを使ったので、深く眠らせてしまえばギアスは使えないとシュナイゼルは読んだからである。
眠っていてもテレパシーのギアスを使えるというのなら意味がないが、打てる手は打っておくべきなのだ。
シュナイゼルはそう考えながら、早く処置をさせたとはいえオデュッセウスの勝手な行動のせいでこの計画を知ったかもしれないマグヌスファミリアが策を立てる前に、結婚の申し込みを早めることを決めたのだった。