第三十六話 父の帰還
ルルーシュがギアス嚮団を制圧して、一夜が明けた。
合衆国日本の東京府にある黒の騎士団本部の上層階。
そこにあるエトランジュの部屋で病院から無理やり出てきたアルフォンスに縋りついて部屋の主が泣き伏していた。
いたたまれなくなったナナリーと咲世子には、謝り通しだったユーフェミアとともに別室に移動して貰った。
今頃は姉妹で、縁を切ったとはいえそれでも己の家族の所業について頭を痛めていることだろう。
「アル従兄様、私・・・!どうしても怖くてブリタニア皇族とお話なんて出来ないんです。
いったいどうすればあんな考えになるのか解らなくて・・・!」
「うん、それはみんなそう思ってるから大丈夫。
あの計画についてはゼロと連携して潰すし、騎士団の人達も協力すると言っているから心配しないでいいよ」
「でもギアスのことをシュナイゼルは知っているんです・・・うまく騙されて扇事務総長のように言いくるめられる人が出たら困ります。
やっぱり私が話すしかないんですよね・・・」
そこそこの判断力と分析力を身につけていたエトランジュの言葉に、さすがに否定出来ずアルフォンスは大きく溜息を吐く。
「一人で話さなくてもいいよ、僕が傍にいてあげる。
科学者としての仕事はラクシャータさんやアスプルンドが助けてくれるって言ってくれたから時間あるし」
「従兄様・・・」
「あの頭の切れるバカの相手は僕に任せていればいいよ。
僕も一応王族だから、同席の資格はあるから」
懸命にそう慰めるアルフォンスが泣き疲れたエトランジュを再びベッドに寝かしつけると、彼女の中から父親であるアドリスが出ていったために相談することも出来ず、また首尾よくコードを奪えたのかも解らず爪を噛んだ。
(アドリス叔父さん、うまくいったのかな・・・首尾よくいけばマグヌスファミリアに戻って、エドと一緒に何とか隠れ住んでいたってことで話を進めるはず)
残念だが、もうしばらく二人はコミュニティの地下で暮らして貰うしかない。
エトランジュはそうとは知らずに自国は最後でと言ってしまったのだから、仕方なかった。
と、そこへ足音が響き渡って来た。慌てたようにドアが開かれ、クライスが飛び込んできた。
「クラ、もう少し静かに来れないの?」
「悪い、エディは寝てたか。それより早く伝えたいことがあるんだ。
計画は成功だ。何かよく解らねえけど、ブリタニア皇帝にコードが移っていたらしい。
ギアス嚮団の拠点をブリタニアに移している途中でゼロ達が踏み込んで、そこにアドリス様達が行ってコードを奪い取ったってことだ」
「ブリタニア皇帝にコードが?どうしてだろ・・・まあどうでもいいか、コードさえ奪ってしまえたならそれでいい。
で、あのブリタニアンロールはどうしたの?」
「生きたままふんじばって連行しようとしたらしいんだけど、異変を察知したラウンズのナイトオブワンが来て、エヴァを人質に取られちまったそうだ。
人質交換をしたからエヴァは無事だけど、それでみすみす逃がすハメになったって、今キレたお義母さんから連絡が来た」
憎々しげに報告するクライスに、アルカディアはさもあらんと納得した。
「じゃあ後は早くブリタニアを滅ぼしてマグヌスファミリアを解放するだけだね」
アルフォンスは、せめてコミュニティでアドリスに会わせてあげようと考えていると、クライスが興奮した口調で続けた。
「で、こっからなんだがよく聞けよ・・・アドリス様が今、日本に向かってるんだ」
「・・・え?どういうこと?」
さすがに予想しなかった報告にアルフォンスが目を見開くと、クライスは再度繰り返した。
「日本の遺跡に、制圧した黄昏の間を通って来るって。
いずれはアドリス様とエドはブリタニアの実験施設であるギアス嚮団に捕まっていたということにして、ゼロに救出されたっていうストーリーで堂々表で生活出来るようにもするってさ」
「それはまた・・・たいそうな嘘をでっち上げるんだね。何でまた?」
「その方がギアス嚮団が中華の施設ではなくブリタニアの施設だっていう信憑性が強まるし、エドやアドリス様が隠れ住む必要なんかないだろってことで」
「なるほどね・・・さすがアドリス叔父さん、えげつないこと考えるなあ」
嘘か真実か、客観的に判断すると言うのは難しい。
中華で発見された以上中華の施設だと考えるのが妥当で、いくら中華が広大だといえど他国のブリタニアが秘密基地など建設出来るわけがないと考えるのが普通だろう。
つまり、ブリタニアに罪を着せようとしていると見られる可能性が高いのだ。
現在追いつめられているブリタニアも不利な状況をはねのけるべくしらを切ることは明白である以上、中華の疑いを晴らす必要があった。
「アドリス叔父さんがマグヌスファミリアで最後まで残っていたのは事実だし、コーネリアとの通信記録も残っている以上隠すことは出来ない。
占領されたマグヌスファミリアにいるはずの叔父さんが何故中華にいるのかという当然の疑問の答えになるってわけだね」
アルフォンスは了解すると、クライスは溜息をつきながら続けた。
「そういうこと。それに、ギアスの名前が外に漏れちまった以上、カムフラージュする必要性が出てきたからって」
「・・・ああ、扇さんね。あれはまずいことになったからね」
扇とヴィレッタが捕まった時、扇はルルーシュがギアスなる力を持って他者を操っていたのだと主張し、藤堂達を呆れさせていた。
しかしそれは藤堂達がゼロの正体を知っていたからこそであり、そうでない人間からすればブリタニア人が不自然にゼロに協力しているように見えている場合が多い。
オレンジ事件のジェレミアなどは、その代表例と言えるだろう。
「実際ギアスによるものな分、やばいからね。つまりギアスはブリタニア側の実験施設の名前だってことにするんだ?」
「ああ、木を隠すなら森の中ってことだろうな。
コードとギアスだけは、何が何でも隠さなきゃやばい」
もしこのままギアスなる能力があると疑う者が現われて調べられでもしたら、まずいことになる。
人間は集団になると途端に思考能力が落ちる生き物だから、多少の証拠を揃えられてゼロは他者を操る力を持っていると言われればもともとゼロには後ろ暗いものがある以上、不信を持って排斥されかねないのである。
「本当のことだからなおさら起こり得る事態だからね。
解った、じゃあ今からエディを連れて神根島に向かうよ」
堂々と会えるのならもはや障害はない。
アドリスの姿は悲惨なものだが、会わせない理由がなくなったのならすぐにでも会わせてやりたかった。
「エディ、エディ、起きて!」
「・・・アル従兄様?どうかなさいましたか?」
眠りかけていたトランジュが目を覚ますと、彼女の手をそっと握りながらアルフォンスは言った。
「喜んで、エディ。アドリス叔父さん、帰ってくるよ。
今日本の遺跡にいるんだ。もうすぐ会えるんだよ」
「・・・え?」
一瞬で眠気が吹き飛んだエトランジュが、目を大きく見開いて尋ねた。
「それ・・・本当なのですか従兄様?!」
「本当だよ、嘘じゃない。だから行こう」
アルフォンスの言葉にエトランジュは目を潤ませ、涙をこぼした。
そして全ての思考が見事に吹き飛び、ただ父に会いたいという思いばかりが頭を占める。
「わ、私今から神根島に向かいます!早くお父様にお会いしたいです!」
慌ててベッドから飛び降りようとしたエトランジュをアルフォンスは押しとどめると、改めてベッドのふちに座らせた。
「待って、エディ。こうなった経緯を先に教えておかないといけないんだ」
「あ・・・すみませんアル従兄様。私、嬉しくてつい・・・!」
きちんと座り直して謝ったエトランジュに、アルフォンスは立ち上がると、エトランジュの前に膝を折って土下座した。
「ア、アル従兄様?!何を・・・!」
「ごめん、エディ。今まで黙っていたことは悪いと思っていたけど、でもどうしても言えなかったんだ。
殴っても罵ってもいい、だけど・・・!」
「おやめ下さいアル従兄様!従兄様がそこまでなさるからには深い事情がおありだったのでしょう。
どうかお話ししてくださいな。それから決めます」
エトランジュに促されたアルフォンスは小さく頷くと、これまでのことを包み隠さず話した。
コードの所持者がエドワーディンであること、達成人を作るために暴走状態になったアドリスが危険を顧みず他者の身体の中に入るギアスを使用していたこと。
そしてそのギアスを使っていたのはほかならぬエトランジュであること、そして最後に、アドリスは行方不明などではなく、コニミュティの地下にいたことを。
「そ、そんな・・・!ではお父様はずっと・・・私とともにいらっしゃったのですか?」
「・・・エディが寝ている間に、あれこれ指示をしてくれていたんだ。
ゼロが誘拐された時、君は長い間寝てたって反省していただろ?あれは実は叔父さんが出ていたからなんだ。
藤堂中佐にゼロの過去を話したのも、アドリス叔父さんなんだよ」
「・・・そうですか。それで合点がいきました。
もしかして、扇事務総長の査問会に出席して下さったのも?」
実は扇が捕まってすぐ、藤堂や四聖剣とカレン、そして玉城や杉山、南や井上や吉田も参加した査問会が行われた。
その時エトランジュも出席していたらしいのだがその時の記憶が全くなく、ゼロの正体を公にせずに済んだ上に玉城達の口止めをうまくしてくれて助かったと先ほど見舞いに訪れた桐原に言われて困惑していたのである。
「ああ、そうだ。君の振りをして、アドリス叔父さんがやった。ただ余裕がなくて、君を無理やり寝かせてカタをつけて、それから君の中から出ていったんだ。
ギアスという単語をごまかす必要もあったから、どうしても・・・」
「私には無理だったと思います。お話しして下さって、ありがとうございます」
エトランジュは怒った様子もなく頭を下げると、一つだけ尋ねた。
「あの、お父様が生きていると言うことをお話出来なかったのは、やはり私が至らなかったからでしょうか?」
「違う、そんなことはない!
アドリス叔父さんは最初、死んだと伝えるように言ってたんだ。コードなしでは長く生きられない身体になる、コードを消すのが最終目的である以上、いずれ死ぬ身だから君に迷惑をかけたくないって・・・!
でも、僕達はそんなことは認めない。絶対元の身体に戻してやろうって決めて、だから・・・行方不明だって・・・」
「・・・そうですか。よかった」
エトランジュは小さく笑みを浮かべてそう呟くと、アルフォンスの前に膝をついた。
「それならいいんです。みんなにとって一番いい方法なら、私に怒る権利はありません。
お父様や私のことを想って下さったのですね。ありがとうございます」
理路整然と説明を受けたエトランジュは、アルフォンスやアイン達が下した判断が正しいことを理解した。
他に方法が自分にだって思いつかないし、何よりも父は死んだと言われれば自分は絶望して今のように引きこもっていたかもしれないのだ。
いつか会えるという希望を与えてくれたのだから、自分にどうしてそれを怒る権利があろうか。
「エディ・・・!」
「みんな私のためにして下さったことです。お父様が死んだなんて聞いてたら、私女王なんてとてもやらなかったでしょうし・・・これでよかったんだと思います」
エトランジュはアルフォンスの手を取って立ち上がると、アルフォンスをベッドに座らせて自分も腰かけた。
「あの、それでお父様は達成人に?」
「ああ、そのことなんだけど、実は・・・」
アドリスが無事とはいえないが達成人になりシャルルのコードを奪うことに成功したが、シャルルには逃げられた上にシュナイゼル経由で扇から伝えられたギアスというものをごまかすために考えたアドリスの策を話すと、エトランジュはあっさり頷いた。
「解りました、私もそう合わせることにします」
マグヌスファミリアの前国王と従姉を誘拐して人体実験にかけたという無実の罪をブリタニアに着せる策をあっさり受け入れたエトランジュにアルフォンスは驚いたが、全く同様の心境だったために何も言わなかった。
ただ従妹を抱き締めて、黙っていたことを再度謝罪するとエトランジュは小さく笑ってくれた。
それだけでアルフォンスは充分だった。
クライスとルチアに連れられたエトランジュは、初期に使っていたイリスアゲートで移動用コンテナに入って運ばれて神根島へとやって来た。
待ち切れないエトランジュが走って遺跡の扉前にやって来ると、そこにはゼロの衣装をまとったルルーシュと、その横で彼と話をしている車椅子の男がいた。
白さが目立った金髪といっそう白くなった肌をして一気に病み衰えていたが、間違いなく彼は自分の父親だった。
「お父様!!」
ラテン語で呼びかけると、父は弱々しい笑みを浮かべて言った。
「エディ・・・」
「・・・お、お父様・・・本当にお父様なんですね・・・!」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしたエトランジュは、すっかり変わってしまった父の姿を嘆きながらも生きていたことに安堵し、自分でも解らない感情に身を任せていた。
父にもう一度会えたら、言いたいことがたくさんあった。
最初に何を言おうか、以前のように膝の上で頭を撫でて貰おうかと、何度も考えた。
「私・・・・私・・・!」
ここに来る途中でも言いたいことがあり過ぎて解らなかった。
そして悩んだ末に彼女から出たのは、いつも父が帰って来た時に言っていた言葉だった。
船から降りてきた父を出迎えるための、あの言葉を。
「お帰りなさいませ、お父様・・・・!
お帰りをお待ちしておりました!!」
『いつか必ず帰って来るから、、みんなで待っていて下さいね』
破るつもりの約束だったと、アルフォンスから聞いた。
でもやっぱり父は自分と交わした約束を、必ず守ってくれるのだ。
今までも、これからも、ずっとずっと。
それだけは何があっても変わらない。
「エディ・・・ただ今戻りましたよ」
アドリスが弱々しく手を娘に向かって伸ばしながら、いつも返していた言葉を告げるとエトランジュは父に向かって抱きついた。
「お父様・・・良かったです生きていて下さって・・・!
私、もうお父様は・・・帰ってこないかもって」
「生きていますよ、エディ。正直嘘をついて戻るまいと思っていたんですけどね、根性出して生きて会ってやれと発破をかけられてしまいました。
もうどこにも行きませんよ。何があっても傍にいます」
約束です、とエトランジュの頭を撫でるアドリスに、エトランジュはほっとした笑みを浮かべた。
「それより本当に申し訳なかったですね。勝手にエディの身体を借りてしまって・・・それが一番いい方法でしたから」
「はい、アル従兄様から伺いました。私のギアスを使うためにも、そうするしかなかったと」
エトランジュのギアスを使う場合、情報は必ず彼女を通さねばならないため、アドリスが生きていることを彼女も知ることになる。
それもあって、アドリスは娘にギアスを使わざるを得なかったのだ。
「私、怒っていませんよ。だってお父様は私のためにして下さったのですもの。
だからご自分をお責めにならないで下さいな」
「・・・ありがとう、エディ」
内心で複雑な気分を抱きがら、アドリスは小さく笑みを浮かべて娘に礼を言った。
通常この年頃の娘なら、プライバシーを侵害されて身体を勝手に借りられると知らされればサイテーな変態親父だと罵って当然なのだが、そんなことは些事とばかりに気にも留めない娘が哀れだったのだ。
自分がやっておいてなんだが、事実客観的に見ても最善の手段であるだけになおさらだ。
「エディには本当に苦労をかけましたね。
代わりには到底なり得ませんが、ほら、コードはちゃんと奪いました」
エトランジュが払った代価にはまだ及ばないが、このために苦労させたのだからとアドリスが右手の手のひらにあるコードの紋様を見せるとエトランジュは目を見開いた。
「それが、ブリタニアのコードなのですね。お父様、やりましたね!」
「そのためにこれだけ苦労しましたが・・・目的が達成できたのだからまずはよしとしましょう。
後はギアス嚮団から押収したデータでアカーシャの剣の動かし方を知って、コードを二つとも消してしまえば・・・」
そうすれば厄介な隠し事はなくなり、シャルル達が熱望しているはた迷惑な計画も自動的に潰える。
後は戦争を終わらせ、そして自分の身体を何とかして元通りは無理としても、せめてエトランジュが本当の意味で独り立ち出来るまで延命させるだけだ。
「今C.Cがギアス嚮団員に資料を渡すように命じているところです。
じきに来るでしょうから、それでコードを消してしまいましょう。
既にギアス嚮団の件は公表してあります。アドリス様とエドワーディン王女が発見されたと言う報道も、じきに行われる手筈です」
ルルーシュはそうなればこれでギアス嚮団がブリタニアの施設であることが証明され、ブリタニアの打撃になると機嫌よく笑った。
「アドリス様以外の実験体となっていた者達は医者にかかることになるでしょうが、そのための基金を創設することも既に桐原達から内諾を得ています」
コードの所有者の身体は時間が宿した時のままで止まってしまうため、どれほど最高の医療を受けようともアドリスは地下室で植物状態になっていた身体から回復することは出来ない。
それ以上悪くなることはない代わり、手術をしようが薬を飲もうが、再び病み衰えた身体へと戻ってしまうのだ。
幾多の人間が夢見る不老不死は、状況によってはまさに生き地獄以外の何物でもなかった。
「その意味でも、コードは早急に破壊しなくてはなりません。
幸いアカーシャの剣はコードを破壊するためのものだという確認は取れたので、動かし方さえ解れば可能になります」
アドリスの台詞にルルーシュも最高の医師団を用意すると告げると、父は助かるのだと安堵の息を吐いた。
だがふと気付いたことがあったので、おずおずと尋ねた。
「よかった・・・あの、ところでお父様・・・お父様とエド従姉様だけですか?
他にマグヌスファミリアに残った方々は・・・?」
ぴくっとアドリスが娘の頭を撫でていた手を止めると、覚悟を決めたように言った。
「・・・三年前私はアイン兄さんの予知で既に準備をしていました。コニミュティを造り、援助が受けられるようにし、国民達を数回に分けて避難させました。
本来なら九十三人の家族も私達も脱出出来ていたはずでしたが、あまりに速い避難に気づいたシャルルが早くコーネリアに侵攻命令を出したため、出来なかったのです」
未来は変えることが出来るというのは、既にエトランジュ達も知っていた。
エトランジュがコミュニティでブリタニアの刺客に殺されると言う予知を回避するため、ルーマニアに視察に出され、結果自身が人を殺すことになったように。
今回もまた、未来を変えたがために起こったことだったのだ。
「もはや船では逃げられないと悟った私は、皆を集めて王族だけの秘密を告げました。
遺跡を通って脱出するため、ギアスを与える必要があったからです。みんな驚きましたが、それしか方法がないならと受け入れてくれました」
しかしギアスには適性がある。ギアスを与えたのに顕現しなかった者が多く、九十三人のうちギアスがすぐに使えたのは五十名足らずだった。
「しかもお国柄なんでしょうか、戦闘向きのギアスの人はそのうち十名ほどだったんです。
ギアスの訓練なんてする間もなかったですから、黄昏の間を通る時にギアス嚮団員に大多数が殺されました。
・・・私とエドを守り、ストーンヘンジの遺跡に行かせるために」
ルルーシュも自分がどんなギアスを与えられたかはすぐに理解したが、持続時間や回数などは実験を行わなくては解らなかった。
ギアスを与えられて間もない素人の集団が、ギアスを扱い慣れているギアス嚮団員と勝負になるはずがない。
そして無事にストーンヘンジまで辿り着けたのは、アドリスとエドワーディンの他にたったの八人だけだった。
「・・・その八人の方々は、どうやって助かったのかという追及を受けてやぶへびになりかねなかったので、こっそりと裏で活躍して頂いていました。
それでもギアスに慣れてもやっぱり諜報とか素人ですから、死んだり大けがした人が続出して今は四人だけです。
その人達も、私達と同じように偽装してマグヌスファミリアに戻す予定です」
「・・・そうですか、解りました。四人でも、生きていて下さったことに感謝します。
みんなが堂々と暮らせるようになるのなら、私どんな嘘でもつくつもりです」
もうブリタニアのやることなすことに付き合うのに疲れ果てたエトランジュは、ブリタニアにマグヌスファミリア国民誘拐の罪を着せることに何のためらいもなくなっていた。
罪悪感よりもひたすら家族と普通に暮らしたいという願いの方が、強くなっていったのだろう。
やっと待ち望んでいた父が戻って来たのだから、それ以外のことに目を向けたくなくなるのも無理はなかった。
「お父様・・・!私、私・・・!怖かったんです!
みんなみんな死んでしまって、怪我をして、戻ってこない人もいて!
私頑張ろうと思いましたけど、何にも出来なくて!」
「そんなことはありませんよ。貴女がこの世界を繋いだ同盟の完成に大きな役割を果たしたのは事実です。
本当によく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ、怖いことは後は私がしますから」
泣く娘に父が慰めると、エトランジュはアドリスの膝に泣き伏した。
「私は事態が落ち着き次第、国王補佐の地位につきます。
ずっと傍にいますからね。貴女をいじめたどこぞの宰相皇子とは、私がきちんと話をします」
毒には毒がお似合いだと、アドリスはにっこりと微笑んだ。
娘を泣かせたあの男などに、愛娘は二度と近づけさせないと彼は燃えている。
(あの鉄面皮の笑顔をどう崩してくれましょうか・・・手ごわいでしょうが娘を安心させるためにもやらなくては)
「貴方の得意分野でしょうアドリス。名誉挽回の機会でしてよ」
ずっと黙って見ていたルチアが淡々と励ますと、解っているとばかりにアドリスは笑った。
あの男より自分の方が凄いのだと娘に見せてやれば、安心してくれるはずだ。
ただエトランジュに引かれないようにするためにも、娘には退席していて貰うべきかと考えていたアドリスに、エトランジュは言った。
「お父様が補佐して下さるのなら嬉しいです。
フランス大使の方も、お父様は経験豊富な外交官だったとお話して下さいました」
「そうですか、照れますね。彼とは学生時代の友人でしたからね」
大学時代にイギリス留学していた者同士、昔はつるんでいたのだと笑うアドリスだが、次の娘の台詞に凍りついた。
「はい、私がイギリスに亡命して来た時も駆けつけて下さって、『アドリスは図太くて何が何でも目的を果たす奴だから、大丈夫』と励まして下さったんです。
大学時代に寮の門限破りの方法をいくつも考え着いたとか、教授の弱みを握ったりしていたこととか教えて下さって・・・」
こんなに悪知恵の働く奴だから戻ってくるに決まっていると励ましながら、エトランジュがブリタニア植民地を回っている時もいろいろ援助をしてくれたのだと語る娘に、アドリスは想像の中でフランス大使の首を締めあげていた。
(・・・今度会ったら私も彼の家族にあることないこと吹き込んで差し上げましょう)
娘の前では理想的ないい父親でいたいと厳重に口止めしていたのに、何という裏切りをしてくれたのかと、アドリスを内心で頭を抱えた。
おそるおそるエトランジュに視線を移すと、娘はくすっと笑っていた。
「他の皆様も、よくおいで下さってはお父様のお話をして下さって・・・だから私、安心しました」
「・・・え?」
てっきり猫を被っていたなんてずるいと怒られると思っていたアドリスに、エトランジュは安心した理由を告げた。
「だって、あんまり学生時代のお話をお母様絡みのことでしかお話して下さらなかったですし、お父様のご友人ともお話ししたことがなかったものですから。
でもたくさんの方が私に会いに来て励まして下さったということは、お父様はとても慕われていたんだなって・・・悪口っぽいことも聞きましたけど、でもお父様が行方不明だと聞いて慌てて来て下さるくらいですから、本気じゃないのは解っていましたし」
人は言葉よりその行動で真意を測る。
アドリスの奴は悪知恵が働くから、あいつにはいろいろやられたと言いつつもどこか懐かしそうだった彼らは、母親がいないまま残された娘はどうしているのかという心配をして駆けつけてくれたのだ。
本当に嫌いだったのなら、どれほどエトランジュがいい子であったとしても嫌いな男の娘の元になど来ないはずだし、援助などもってのほかだろう。
「皆様、お父様を心配しておいででした。
だから、早く皆様にお会いして差し上げて欲しいと思います」
「・・・ええ、そうするとしましょう。
お礼をしなくてはいけませんしね」
かなり恨まれていた自覚のあるアドリスは、悪友達が娘にそんなことをしていたとは全く知らなかった。
手紙日記にはなかったから、おそらくそれは彼女が日記をつけ始める前の出来事だったのだろう。
アドリスが悪友達の友情をしみじみと感じていると、遺跡の扉が開いてC.Cとエドワーディンとジェレミアがやって来た。
「エド!!」
「クライス!!会いたかった!!」
身体をすっぽりと覆うフード付きマントを翻してエドワーディンがクライスに駆け寄ると、クライスは妻の身体を抱きとめて号泣した。
「やっと会えたな・・・!よかった・・・!」
「クラ・・・ごめんね心配かけて。
でも、これからは会えるから。ただ・・・ずっとってわけにはいかないみたいで」
涙でぐしょぐしょの夫に向かって申し訳な下げに言うエドワーディンに、クライスはえ、と顔を上げてルルーシュとアドリスも眉をひそめた。
「・・・どうしたのです?アカーシャの剣はコードを消すためのものではないと?」
「違う、アドリス。アカーシャの剣は今動かせないんだ」
アドリスの質問にC.Cが無表情で答えると、一同は目を見開いた。
「どういうことです?ラグナレクの接続とやらはアカーシャの剣を動かして行うものだと聞いています。
あとはコードを手に入れるだけだということは、動かし方は判明しているはずでしょう?」
「そのとおりだが、それに関する資料はもともとシャルル達で独占しているものだったそうだ。資料もあったが、全てV.Vに渡したと聞いた。
だからギアス嚮団員のうちアカーシャの剣について研究していた者達に憶えている限りのことを聞いてみたところ、神根島の遺跡にある装置を手順を踏んで動かして、そうして初めてアカーシャの剣を動かせる仕組みになっているらしいんだ」
「確かに神根島の遺跡には、妙なものが多いな。
最初に作られた遺跡だという情報もあったし・・・やり方が解らない以上、うかつに動かすのは危険だ」
ルルーシュが冷静に周囲を見渡しながら分析すると、アドリスも思い当たる節があったのか髪をかき上げた。
「確かに遺跡には、扉以外にもいろんな装置があります。
どれがアカーシャの剣の装置かは解りませんし、そもそも一見装置とは解らない造りになっていますからね」
「・・・アドリス、先にリジーから伺いましたけど、貴方シャルル皇帝にいろいろ苦情を言っていたそうですわね。
さっさとここに連れて来ればよろしかったのではなくて?」
「・・・・」
ルチアの冷めた指摘に、アドリスはぐうの音も出ずに黙りこんだ。
確かに己のうっぷんを晴らすために延々嫌がらせの言葉を吐き連ねなどせず、無言でこの場に連れて来てマオに心を読んで貰えていれば、いろんな手間が省けていた上にシャルルの身柄も確保出来ていたはずである。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
発覚したアドリス痛恨のミスに、重苦しい空気が周囲を支配して彼から視線をそらした。
冷淡に事実を指摘したルチアだけが、無表情にアドリスを見つめている。
「・・・あ、あのお父様のおっしゃりたいことも解りますし、その」
何とかして父を庇おうとするエトランジュに、アドリスは乾いた笑みを漏らした。
「いいんです、事実ですから。申し訳ないことをしてしまいました」
「いえ、別にそれは構わないんですが・・・予定外でしたが問題はないでしょう。
アドリス様とエドワーディン様の主治医を操って、不老不死の件はごまかせばなんとかなります。
ではアドリス様とエドワーディン王女は私とともに中華へ戻りましょう。
後はこちらに合わせて頂きたいのですが」
ルルーシュが過去は変えられないとばかりに未来に向けて話をすると、一同は頷いた。
また父と離れ離れになるのかとエトランジュの顔が曇ると、アドリスは娘の髪を撫でながら言った。
「ああ、それからアイン兄さんの予知ギアスの暴走はルルーシュ皇子が止めてくれました。
ただそのせいで予知が完全に出来なくなりましたが、仕方ありません。暴走した時点で予想出来ていたことですしね」
もともと使用不可能になっていたギアスである以上、既に今さらだ。
それ以前に義姉が回復する方が重要だと言うアドリスに、エトランジュも頷いた。
「今度は堂々と会えますよ。約束です」
「・・・はい!では日本の黒の騎士団本部でお待ちしております」
エトランジュが晴れやかな笑顔でそう応じると、後ろを幾度も振り返りながら歩き出す。
「クラ、私ももうすぐそっちに行くわ。その時は・・・」
「解ってる。待ってるからな」
クライスとエドワーディンが熱く抱き合いキスを交わすと、名残を振り切って別れた。
「・・・行きましょう。私は暗い地下室はもうまっぴら!
みんなと一緒に、外の世界を歩きたい」
病に侵され陽の元での暮らしを諦めたエドワーディンだが、それでも夜になれば仲間とともに月明かりの下で笑い合うことが出来た。
だがそれすらも困難となり、双子の弟が死と隣り合わせに暮らしている様子を見ているだけであることに疲れていた。
いや、自分だけではない。
エトランジュもアルフォンスもクライスもジークフリードも。
そしてルルーシュもナナリーも、さらには黒の騎士団幹部の面々もだ。
早く全ての戦いを終わらせて戻るのだ。
大事な愛する家族の元へ。
その決意を胸に秘めてルルーシュ達と中華に戻ったエドワーディンは、アドリスとともに中華の太師のもとへと姿を現すのだった。
その日、黒の騎士団基地および超合集国連合加盟国は大騒ぎになった。
何せ合衆国中華にて発見されたブリタニアの人体実験施設が明らかとなり、暗殺や何も知らぬ子供を使って暗殺や諜報をさせていたという報道が世界各国を駆け巡ったのである。
「聞いたか、おい!」
「ああ、中華で見つかったっていうブリタニアの秘密組織だろ?
でも中華でそんなの作れるもんか?」
「それが、ゼロが突入して調べてみたら、エトランジュ様の父君が見つかったそうなんだ。
アルフォンス王子のお姉さんも一緒にってことだし、今本人かどうか確認が行われてるそうなんだが・・・」
黒の騎士団本部でも、ニュースを見ていた玉城と南が大きく溜息をついていた。
「ほんとにギアス嚮団ってのがブリタニアにあったんだな」
「そうだな南。扇の奴、ころっと騙されちまってよ・・・」
「ブリタニアの女がみんなスパイって思ってるわけじゃあねえけど・・・警戒しちまうんだよな、やっぱり」
さすがに扇のように引っかからないと断言出来ない悲しき男の習性を持つ玉城に、南も頷いた。
と、そこへナナリーが義足で募金箱を手にギアス嚮団の犠牲者の治療のための寄付金を呼びかけながら歩いて行くのを見て、南が呟いた。
「・・・あの子くらいなら信用出来るよな?」
「そりゃまあそうだけど、お前手ぇ出すなよ?扇に続いて黒の騎士団の恥になったら、閉じ込められるだけじゃすまねえかんな」
ロリコンの気はない玉城がカレンの友人だからタダじゃすまないと忠告すると、南はごくりと唾を飲み込んだ。
「そ、そんなつもりじゃない!妙な誤解をするな!
ああやってボランティア活動を行ってるような子って意味で・・・!」
「ああ、けっこううまく歩けるようになってたな。
ラクシャータさすがにいい仕事するぜ。お、兄貴も来たか」
ルルーシュがロロとともにクッキーの入った袋を寄付をしてくれた者達に配っているのを眺めていると、吉田と井上がやって来た。
二人と視線が合ったルルーシュに深々と頭を下げられて二人は少し慌てたが、やがて財布から数枚の札を取り出して募金箱に入れた。
「ありがとうございました。これ、お礼です。よろしかったら召し上がってください」
「あ、ああ、ありがとう。頂くよ」
吉田が礼を言ってクッキーを受け取ると、ちらちらとルルーシュのほうに視線を移しながら玉城達のところに歩いて行く。
「よお、今扇に会ってきた帰りか?」
「玉城、いたのか。ああ、ギアス嚮団のニュースを知らせたんだが、ギアスならゼロの施設だって言い張ってたよ」
吉田の嘆息とともに告げられた報告に、玉城と南も同様に溜息をついた。
自分達も会いに行こうとしたのだが、完全にシュナイゼルの言いなりになっている男を幹部に会わせられないと言われ、かろうじて認められた吉田や井上、藤堂達から様子を聞いた玉城達は最近同じリアクションばかり取っている。
「カレンも落ち込んでるし、いい加減目が覚めてくれればいいんだが。
ギアス嚮団のことを話せば・・・と思ったんだけどな」
吉田が何を言っても頑なに認めようとしない扇には手を焼いているようだ。
「そっか・・・解ってくれるまで説得するしかないもんな。
俺らも許可が降りたら会いに行ってみるさ。
ところで吉田、さっきのナナリーって子の兄貴と知り合いか?」
話題を変えようと南が唐突に尋ねると、井上と吉田は一瞬沈黙した後、否定するのも何だったので井上は頷いた。
「う、うん。顔見知り程度だけど知り合い。
藤堂中佐とは七年前に付き合いがあったとかで」
「へー、藤堂中佐と。それは知らなかったな」
玉城もその話題に乗ると、吉田が言った。
「いろいろ大変だったらしいからな・・・今もだけど」
ゼロという正義の記号を演じていたのは、わずか十八歳になったばかりの少年だった。
正直ゼロがブリタニアの皇子と知って、疑念が生じたのは確かだ。
だが彼が日本解放を成し遂げたのは事実だし、事情を聞けばブリタニアを恨んで当然だった。
さらにあの扇の誰がどう聞いてもおかしい理論に圧倒されて、そんなことは瑣末ごとになり下がっていたのである。
(いくらなんでもゼロが超能力を持っているはないだろう・・・井上だって扇が捕虜とはいえ女性に盗撮行為を行ってたと知って呆然としてたしな)
井上はゼロが扇を信じて副司令の任を任せたのにこんな裏切りをしたことに憤り、ゼロに詫びる意味も込めて正体を黙ることにしたのだと言っていた。
桐原や星刻も黙ると言っている以上、自分達が否とは言い辛いこともあったが、何よりも扇の見苦しさが酷過ぎてゼロがブリタニアの皇子であるというだけで拒絶するのは酷いと思ったのだ。
今日は顔を遠くから見るだけにするつもりだったが、既に事情を聞いていたのか深々と頭を下げられてこちらのほうが恐縮した。
ゼロが戻って来てから少し気まずくて、何を言っていいのか解らなかったから。
言葉はなくとも、黙っているとの約束に対する礼だと、二人はすぐに気がついた。
と、そこで玉城が感心したような口調で言った。
「吉田と井上、けっこう寄付してたな。安月給なのに、大丈夫かあ?」
「別に、少し節約すればあれくらい毎月出せるわよ。玉城もお酒を控えてその分当てたらどう?」
井上が怒ったように言うと、やぶ蛇だったかと玉城は頭を押さえた。
「わーってるよ、俺だってやるってそんくらい。エトランジュ様の父親も見つかったって話だしな。
マツタケとか濡れ衣晴らして貰った恩があるから、今行くところだったんだよ。おら、行くぞ南」
「お、おう」
南と玉城がナナリーの前までくると、ナナリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あら玉城さん、来て下さったのですか?ありがとうございます。
このたびはブリタニアが飛んだことを・・・!」
「い、いやそれはブリタニア皇帝がしたことなんだし、君が気にすることじゃないと思うよ」
若干キャラが変わった南が慰めると、ナナリーに優しいですねと言われて顔を赤くする。
そして財布から大量の札を出して、募金箱に入れるのだった。
ざわざわと世界中が驚きと疑問の声を上げていると、その二日後に中華で発見されたアドリスとエドワーディンが間違いなく本人であるとの報道が流れ、とたんに世界中から一斉に非難の声がブリタニアに集中した。
ブリタニアの非道は知っていたが、ここまでとはと憤慨する黒の騎士団や超合集国連合はむろん、第三国の者達ですら憤っていると、ブリタニア側からの声明が発表された。
「先日公表された中華で発見されたというブリタニアの施設だが、そのような事実はない。
その施設で発見されたアドリス王は偽者であると考える」
さすがにブリタニアも非道な人体実験を行ったという事実を認めることは出来なかったらしい。
いけしゃあしゃあと報道官がそう告げるのをやっぱりこうきたかという冷めた視線で見ていたルルーシュとマグヌスファミリアの一同は、ブリタニアのその言い分を世界が信じるかどうか見てやろうと唇の端を上げた。
そして案の定、ブリタニアのその報道を信じる者は少なかった。
アドリス達が日本の黒の騎士団基地にやって来ると、別人であったらエトランジュががっかりするとの判断があったので、まずアドリスの友人でもあるフランス大使がアドリスに会った。
すると『娘にいろいろ話してくれたようで、有難うございます』と凶悪な笑みを浮かべて言われたため、『正真正銘のアドリスだ』と確信した。
その後小さな声で『借りにしておきますよ』と言われた時はやはり偽者だろうかと思いはしたけれども。
さらにエドワーディンも両親および弟本人だと断言し、家族の再会を喜び合った。
残るマグヌスファミリアの者達も同様で、こちらは表向きの事情しか知らない家族がゼロに感謝すると号泣する。
そして何よりもエトランジュが間違いなく父親だと認めて喜ぶ以上、いったい誰が別人だと言えようか。
こうして堂々とアドリス達が表舞台で動ける土台が完成したのはいいが、ここで大きな計算違いが発生した。
アドリスは国王補佐として娘を支えていく所存だと発表した時、明らかに身体が病み衰えている彼に補佐とはいえ激務をさせるなどとんでもない、と事情を知る者以外から猛反対を受けた。
もちろんマグヌスファミリアの国民達も同様で、いくら娘が心配でも余計に心配させてしまうから入院すべきだと、娘を理由にされてはアドリスも反論出来ずに怯んだ。
本当に人体実験にかけられていた者達も全て救出・保護されており、今はギアス絡みの者はルルーシュが医者にギアスをかけてギアスのことは表に出さないように処置し、そうではない者達は国境を超える医師団に任せていた。
それでも資金は必要なので基金が設立され、さらに寄付金が世界各国から送られてきた。
「失礼ながらマグヌスファミリアが豊かな国ではないのは存じております。
こちらで費用をお出ししますから、どうか完全に回復するまでお休み頂きたいのです」
己の国で行われていた非道な行為に、しかもそれに親友の父親が犠牲になったと知らされて憤慨した天子がそう訴えると、神楽耶もそのとおりだと同調した。
「下の者を先に、とおっしゃって下さるアドリス様の高潔なご意志には頭が下がる思いですが、皆アドリス様が回復することを望んでおりますわ。
幸い世界各国から優秀なお医者様が協力を申し出て下さいました。エトランジュ様のためにも、ぜひ治療をお受け下さいませ」
エトランジュと言えば、EUと超合集国連合を繋いだ生きた橋として人気の高い女王である。
父親の遺志を継いで世界を回った少女の父がブリタニアに捕まって非道な人体実験にかけられやっと救出されたというニュースに皆同情し、何とか回復をという声が強かった。
合衆国ブリタニアでもむやみにブリタニア人に憎悪をぶつけることはせず、ユーフェミアとも連携してブリタニア人に向けられる厳しい視線を和らげてくれたエトランジュはそれなりに慕われていた。
アッシュフォード生徒会はブリタニア人居住区の街頭に立ち、今こそ恩を返すいい機会だと寄付を呼びかけている。
あまり目立たぬ様にしているブリタニア人夫婦が、少額だが毎日のように寄付金を箱に入れているという話もあるほどだ。
(まずいですね・・・他のギアス持ちの方はともかく、私とエドワーディンだけは絶対に治療を受けるわけにはいきません)
何しろ何をしても元に戻ってしまう不老不死の身体なのだ。せっかくギアスという意味をすりかえることに成功したのだから、意地でも隠し通さねばならない。
先走って自分達は生きていたと報道してしまったことが、ここで負の方向に働いた。
しかもこれは善意からの申し出なので、断りにくい。
今組まれつつある医療チームにルルーシュにギアスをかけて貰うことは容易いが、自分達の治療に進展がないのは確定なので別の医者が呼ばれる可能性が高いし、それまでの医者が無能とバッシングを受けてしまうのも気の毒である。
公私ともにアドリスの回復を願う神楽耶と天子の邪気のない目に見つめられて、アドリスはこほんと咳払いをした。
「・・・そのお心遣いは大変感謝いたしますが、今苦難の道を歩いているエディを助けたいのですよ。
もちろん娘の友人である貴女がたの助けになれればとも思います。治療はお受けさせて頂きますが、どうしてもと言う時だけは動かせて頂きたい」
「しかし・・・!」
「何しろ前代未聞の人体実験の治療ですから、途方もない時間がかかります。
戦争が終わるよりもずっと時間がかかることでしょう。それまで病室にいるなどとても耐えられない。
聞けばシュナイゼルに妙な計画を聞かされたエディは泣いて怯えていたそうではないですか。マグヌスファミリアを巻き込もうとすらしたとあっては、無視はできません」
「・・・そこまでおっしゃるのでしたら、解りました。ただし、ドクターストップがかかった時はお休み頂きますよ?」
とうとう根負けした神楽耶に天子は治療はきちんと受けなくてはとなおも止めるが、アルフォンスが口添えした。
「僕の従兄は医者です。アドリス叔父さん付きとしてこっちに呼びますよ」
「・・・そういうことなら。でも無理はしないでください。エディが心配するもの」
渋々納得した天子に何とか治まったことに安堵したアドリスだが、長く持たないと大きく溜息を吐く。
(早くコードを何とかしないとまずいですね・・・コードさえなくなればギアスも消えるはずですから、人間同士の戦争で終わる)
ギアスはコードから与えられるものだから、コードがなくなれば理論上はギアスもなくなるはずである。
もしそうならV.Vが持っていたコードを己が宿している今、ビスマルクが持っている厄介な予知ギアスも自然に消えることになるのだ。
現状は黒の騎士団とEU連合軍が有利なのだ。たとえ絶対遵守のギアスがなくとも、勝算は十分ある。
何とかエトランジュの傍で動ける状況に持ちこめたことに満足したアドリスは、笑顔で自室で待つ娘の元へと戻るのだった。