挿話 極秘査問会 ~糾弾の扇~
藤堂達によりスパイ隠匿容疑で逮捕された扇は、全ての権限を凍結された上で黒の騎士団本部の一室に軟禁された。
千草ことヴィレッタは本来ならば留置所に送られる身であったが妊娠中であることとゼロの正体を知っているため、千葉の見張りのもとでとりあえず別室に閉じ込めることになった。
マオが調べ上げたブリタニアスパイ網の摘発のために情報を回さざるを得なくなったため、扇逮捕の報が黒の騎士団幹部に知れ渡ってしまい、人望が高かったがゆえに彼が何故、と黒の騎士団の初期メンバー達が事情説明を求めに藤堂達の元に詰め寄った。
「どういうことですか藤堂中佐!あの扇に限って、まさか・・・」
吉田が信じられないと全身で語りながら代表して問いかけると、傍にいたカレンが青ざめた顔で扇がヴィレッタ・ヌゥに騙されていたのだと告げるとなまじ真面目なだけにあり得そうだと、皆同情的に納得した。
「きっと色仕掛けで扇さんをたぶらかしたのよ!
扇さんは真面目な人だし、ブリタニア人でも差別しない人だったからつけ込まれただけ・・・!」
「あー、あいつ女に免疫なさそうだったからなあ。
手作り弁当にころっと参っちまったんだろ。でもあの女の正体を知ったからにゃ、じきに熱も冷めるだろ。
だからもうちょいしたら出してやってくれよ、な?」
玉城がことの重大さを知らずに呑気にそう頼むが、ゼロの正体を安易に言いふらされては困る以上、簡単に出してしまう訳にはいかない。
さらにスパイ隠匿という罪を犯すだけならまだしも、職権を超えてシュナイゼルと密約を交わしたというとんでもない行為をしでかしてくれたせいで、扇に対する信頼は低下の一途を辿っていた。
「桐原公はこの件についてたいそうご立腹でな、事情をつまびらかにした後処分を検討するそうだ。
査問会をすぐにでも開くとのことだから、その後星刻総司令やゼロと相談の上処分が下ることだろう」
「査問会って、そんなおおげさな・・・」
女に騙されたのは確かに不用心だったかもしれないが、女スパイは捕まったのだから厳しくせずともと杉山が呟くと、藤堂は首を横に振った。
「知らなかったとはいえ情報漏えいは重い罪だ。
それにシュナイゼルと勝手に密約を結ぼうとしたという事実もある以上、最低でも事務総長の地位の剥奪は免れまい」
「嘘だろ、扇がそんなことをするはずがねえ!」
玉城が怒鳴るが、カレンがおずおずと同意した。
「・・・それも本当なの。ゼロを引き渡せばシュナイゼルは二度と日本に侵攻しないっていう密約を交わしたって。
それで日本は安全になるからって・・・連行される途中で、扇さん言ってた」
「嘘・・・扇さん・・・!」
井上が思わず口を手のひらで覆うと、彼女は藤堂に向かって言った。
「その査問会に、私達も出席させて下さい!
何が事実か、扇さんの本意がどこにあったのかちゃんと確かめたいんです」
「・・・井上事務官、それは・・・」
ゼロの正体がバレてはまずいと藤堂は眉を寄せるが、彼女の要求は至極もっともなものだったのでむげに拒否は出来ない。
「・・・解った、桐原公にお尋ねしておこう。
とにかく今のところは扇の逮捕はまだ公表していないから、口外しないで貰いたい。
今桐原公に話を通すから、しばらく待っていてくれ」
「解りました。みんなもそれでいいわね?」
「あ、ああ、解った。扇・・・どうしちまったんだ?」
カレンのあの様子から察するに、彼女が嘘を言っているとは思えない。
玉城達は顔を見合せて、藤堂が桐原に連絡をするために足早に立ち去って行くのを見送った後、重い沈黙の中藤堂の返事を待ち続けた。
その頃事の次第を聞いた桐原と神楽耶は、額を抑えて話し合っていた。
その場にはエトランジュとルチアもおり、二人の話を黙って聞いている。
「少々大々的な捜査になってしまったせいで、玉城達の耳に入ってしまったのがまずかったですわね。
あの者達は仲がいいので、隠すわけもいかないでしょうし・・・」
「藤堂からの連絡で、井上達から査問会に出席させて貰いたいという要望があったとのことです。
スパイの隠匿だけなら不問にしてもよかったのじゃが・・・ゼロの正体を知った上にゼロが悪い、ゼロをシュナイゼルに渡せば日本は安全だなどと言うようではとてもあの地位を任せるわけにはいきませぬ・・・」
完全に籠絡されている扇の処遇に頭を痛めた二人に、何事かを考えていたエトランジュが口を開いた。
「あの、それでは皆様を査問会に出席させてはいかがでしょうか。
ただし条件としてゼロの正体を知っても口外しないことを誓約させるのです」
あの扇の様子を見れば彼の事務総長解任には納得するはずだというエトランジュに、それではルルーシュがまずいと二人は反対した。
「万が一ゼロの正体が大勢に知れ渡るようなことになればこれまでの苦労が水の泡ですわエトランジュ様。
特に玉城などはうっかり話してしまいかねませんもの」
「ええ、ですからその懸念のない方に出て頂くのです。
そうですね、井上事務官や吉田工業長などはいかがでしょう?
ゼロの正体のみ黙って頂いて、それ以外のことは話してもいいという条件を出せば応じて頂けるのではないでしょうか」
エトランジュの折衷案に、確かに扇グループの中では非常に落ち着いた思考をする二人だと神楽耶は考えた。
「・・・ここで黒の騎士団幹部に亀裂を入れるのは得策ではありませんわ桐原。
代表者2名だけとして、査問会を開きましょう。星刻総司令閣下は信頼がおける方ですから、あの方にも参加して頂くのです」
「やむを得ませんな。では査問会の準備を行いましょう」
幸い今どこも忙しいから、このメンバーだけで行うことに文句は出ないはずだ。
こうして話が整うと、幹部用会議室の一室にて査問会が行われることとなった。
一時間後会議室に集まったのは、査問される扇と彼が匿っていた女スパイのヴィレッタ、そして二人を連行して来たカレン。
査問会責任者の桐原と神楽耶、そして黒の騎士団CEOが不在のため代理として出席した星刻、扇を捕らえた藤堂と四聖剣の面々、最後にエトランジュとクライスとルチアである。
ちなみにマオはこの部屋から300メートルほど離れた休憩室で紅茶を飲みながら、皆の心の声を聞いていた。
万が一にも扇の言葉に揺り動かされてはいないか、確かめるためである。
罪人の如く手錠をかけられた己と最愛の妻の姿に扇は青くなったが、ここで皆を説得すれば解ってくれると根拠のない展望を抱いていた。
「ではこれより、扇 要の査問会を行う。
扇よ、まず尋ねるがお前はあのブリタニア軍人であるヴィレッタ・ヌゥを何故妻と偽ってまでかくまったのか?」
桐原の重々しい問いに、扇は予想していたのでよどみなく答えた。
「ゲットーを歩いていたら、千草が銃で撃たれて倒れてたんです。
初め普通に救助に駆け寄ったんですけど、ゼロ正体を知っていそうな台詞を呻いていたから下手に警察や病院に連れて行けなくて・・・」
本人としてはやむなくヴィレッタを保護したのだと言ったつもりだろうが、その時点で井上と吉田が目を丸くした。
「・・・あの、私達そんな話全然聞いていませんけど」
「あの時は騎士団は動き始めたばかりだったから、余計な心配をかけたくなかったんだ。
だから黙っていた・・・すまない」
殊勝に謝る扇に井上が何が言いたげだったがいったん引き下がると、扇はさらに言葉を重ねた。
「ゼロの正体を知られていたら事だから、目を覚ましたら事情を聞くつもりだったんです。
でも千草は記憶喪失になっていて・・・それを装ってるんじゃないかって疑ったことはもちろんあります。
ですから家にカメラを仕掛けて、行動は逐一チェックしていました」
そして彼女は一切不審な行動は取っていなかったと胸を張る扇に、一同は開いた口が塞がらなかった。
「それは盗撮だろう扇!相手が男ならまだしも、捕虜とはいえ女性にそのような真似をして恥ずかしくなかったのか?!」
怒鳴りつける星刻に全ての人間が同意し、嫌悪の表情で扇を見つめた。
確かにその時点でのヴィレッタは捕虜なのだから、監視するのは当然ではある。
だがそれをするなら黒の騎士団に報告すべきであるし、家の中にいたのなら当然彼女は着替えやシャワーなどで裸になることは解りきっている以上、女性にチェックを任せるべきではないだろうか。
現に女性のブリタニア軍人が収容されている施設の監視員は三分の二を女性が占めているし、刑務所などでも風呂場や脱衣所の監視は女性が務めるのは常識である。
「扇、やるならせめて井上に話して協力を仰ぐくらいはすべきだろう。
だいたいゼロの正体を知っているかもしれない女だと解っていたのなら、ゼロはむろん藤堂中佐や桐原公には必ず報告すべきことだ。何故それを怠ったんだ?」
井上がこんな人とは思わなかったと顔に書いている横で吉田が尋ねると、扇は口ごもりながらも答えた。
「記憶喪失になった彼女を突き出しても、意味がないだろう?
それにさっきも言ったが黒の騎士団は多忙な時期だったから、余計な心配をかけさせたくなかったんだ」
「それが演技だったらどうするつもりだったのですか扇!
現にその女は見事に貴方を欺き、黒の騎士団に対して亀裂を招こうとしたのです。
小学校の教師だった貴方が、ほうれんそうの意味をよもや知らぬわけではないでしょう?」
ほうれんそうとは報告・連絡・相談という、組織における基本中の基本を覚えやすく略したものである。
もちろんこれらは黒の騎士団内でも奨励されている。
「ですから、みんなに心配をかけたくなかったんです。それだけで他意は・・・」
「ならそこで彼女が無実だと思ったのなら、何故その後病院や警察に届けなかったのです?家族が心配しているとは思わなかったのですか?」
「それは・・・その、彼女は記憶喪失でもブリタニアの軍人だったわけで・・・」
だからそれなら何故報告しなかったのかと聞いているのに、扇は同じことを繰り返すばかりで一向に話は進まなかった。
それではどう考えても、そのヴィレッタに色仕掛けで既に籠絡されていたのだとしか思えない。
「・・・ヴィレッタ・ヌゥを拾った経緯は解った。
で、お前はそハーフだと偽ってまで内縁の妻として傍に置き、夢だった教師になれたのにその女のいいなりになって黒の騎士団に留まったんだな?」
吉田が額を抑えながら問いかけると、扇は心外だと言わんばかりに叫んだ。
「千草は戦っている仲間を置いていくのは無責任だと俺を諌めてくれたんだ!邪推はよしてくれ!!」
「・・・・」
扇があの時点で黒の騎士団を辞して教師になっていたとしても、それまで責任を果たしていた彼を無責任だなどと誰も責めなかっただろう。
現に日本解放後は黒の騎士団を辞め、それぞれの道へ戻っていった者達も多くいる。
正直なところいくら副司令の任にあったとしても所詮は素人、世界各国から軍人が集められて再編される黒の騎士団に扇は是が非でも必要な人材ではない。
扇が教師に戻りたがっていたことは周知の事実だったし、玉城にしてもその方がいいと思ったからこそアッシュフォードからの話を持ってきたのだ。
彼自身たいそう乗り気だったから、ヴィレッタの言がなければアッシュフォード学園の教師になっていた可能性は極めて高かったはずである。
「その時は記憶喪失のままでも、いずれ戻ったらどうするつもりだったのだ?」
桐原の問いに扇は口をもごもごさせたが、やがて小さな声で答えた。
「戻ったら、その時に改めて報告しようと思っていました」
「ブリタニアの軍人だったその女の記憶が戻っていたら、その前にお前が殺されていたと思うがな」
星刻の予想にその場の誰もが同意すると、千草はそんなことはしないと否定した。
「千草はそんなことをする女じゃない!千草のことを何も知らないくせに・・・」
「解っておらぬのはお主じゃ扇!その女は千草などという女ではない。ブリタニアの女軍人、純血派のヴィレッタ・ヌゥじゃ。
例のアッシュフォードで起きた事件でも、その場におりながらお主を言いくるめて逃げたことを忘れたか?!」
「違います桐原公!彼女はその場にいただけだと・・・!」
「事ここに至ってもそんな言い訳を信じるんですか扇さん!
純血派の女なんかの言葉をどうしてここまで・・・!」
井上が泣きそうな声で訴え、吉田がその背をさすって慰めた。
扇の横で兄の親友である扇の行為にカレンも呆然として立ち尽くし、心の中で兄にどうすればいいのかと尋ねていたが、もちろん答えなどなかった。
純血派という言葉は、日本では赤く血塗られたものとして呼ばれるものだった。
過去ブリタニア人のみを支配者階級に位置づけ、日本人を虫けらのごとく扱い殺戮した忌むべきブリタニアの人種差別の象徴として。
ジェレミアのことはまだ黒の騎士団内に知れ渡っていないが、中華から戻ればさぞ彼も白眼視の嵐に呑まれることだろう。
オレンジ事件とアッシュフォードの件があるから少々マシかもしれないが、元部下がしでかしてくれたことが公になるとそれも台無しになりかねない。
カレンから聞く限り、“千草”は確かに大人しく守ってやりたくなるような大和撫子だったようだが、ヴィレッタ・ヌゥは違うのだと、彼は全く解っていない。
それはすなわち、今この場に存在するヴィレッタを否定するものであることに、扇はむろん張本人も気付いていなかった。
「・・・全くよく解らん理屈だが、ヴィレッタ・ヌゥを隠匿した経緯は解った。
それでは次の質問じゃが、何故ブリタニア宰相シュナイゼルとホテルで密談しておったのじゃ?」
桐原が二番目の質問を慎重に投げかけると、扇はシュナイゼルと話すつもりであのホテルにいたわけではないと慌てて主張した。
「ち、千草が福引で宿泊券が当たったからと誘われただけで、ちょうど彼女の妊娠が解ったこともあってお祝いに行ったらシュナイゼルが通信画面にいて・・・」
最愛の妻は敵国の宰相と通じていると判明しているのにヴィレッタを信じている扇の思考がますます解らなくなった桐原は、もう充分だと判断してゼロの正体を暴露される前に話を切り上げることにした。
その意図を視線で察した神楽耶は、軽く頷いて呆れた声で言った。
「・・・もう結構です。貴方がいかに愚かな思考の持ち主だったか、よく解りました。
ゼロ様は聡明な方ですが、あの方も時には間違うこともありましょう」
「信賞必罰と申します神楽耶様。日本解放までは彼もそれなりの功績があった以上、地位を与えるのはむしろ当然かと存じます。
しかし罪を犯せば罰を受けるのもまた道理。間違いは正せばすみましょう」
星刻の組織に亀裂が入る寸前で捕まえることが出来たのは幸運だと前向きに考えた発言に、吉田と井上もさすがに庇う言葉が見つからない。
「扇・・・お前少し頭を冷やせ。敵の宰相と話しているような女を何で今も信じてるんだ?」
「敵の宰相・・・シュナイゼル、そうシュナイゼルだ!!」
扇がはっとして顔を上げると、大きな声で叫んだ。
「シュナイゼルが教えてくれたんだ!ゼロはブリタニアの末の皇子だと!
あいつは俺達を騙して皇帝になるための駒として扱っていたんだよ!!」
しまった、と桐原と神楽耶が扇を睨みつけ、扇と吉田と井上の三名は目を見開いて驚いた。
「ゼロが、ブリタニアの皇子だと・・・?」
それは事実かと星刻が桐原と神楽耶に視線を移し、ついでエトランジュに向けると彼女はゆっくり頷いた。
「実はそうなのです、星刻総司令。
でも皇帝になろうとしているのではありません。あの方ほど気の毒な皇族は他にいませんから」
エトランジュがルルーシュがゼロになった経緯をシャルルの暴言とともに説明すると、星刻はむろん吉田と井上の顔にも嫌悪の表情が広がった。
「確かに日本が占領される前に日本に留学に来た皇子と皇女がいたわ。それがゼロだったなんて・・・・!
そんな酷いことを言われて日本に送られて、父親から殺されかけたなんて・・・怒って当然じゃない」
「なるほどね、特区の件とかオレンジ事件の真相もゼロがブリタニアの皇子だってことに気づいて従ったと考えりゃ、納得だ。
しっかし、ブリタニア皇族のえげつなさは知ってたつもりだったが、ここまでとは思わなかった」
さらにエトランジュがルルーシュは七年前から藤堂らとは顔見知りであり、弱者である妹が安らかに暮らせる優しい世界を創るためにゼロになったのであり皇帝の座に興味などないと語ると星刻は頷いた。
「そうだろうな、ゼロとして世界を統一しても、ルルーシュとして名乗りを上げればブリタニアの皇位継承の争いに巻き込んだのかと結局また元通りになることは目に見えている。
全てが終わればゼロは消えると言っていたが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが現れれば関連性に気づく者は出るし彼の正体を知っている桐原公や藤堂などが黙っていない」
「私が黙っていたのは、ささやかで平穏な暮らしを望むあの方の望みを叶えて差し上げたかったからなのです。あの方々には戸籍もなく、頼るべき大人すらおらず暮らしておいででした。
星刻総司令、吉田さんと井上さん、ゼロに・・・ルルーシュ皇子を哀れと思って下さるのなら、このことは黙っていて頂けませんか?」
秘密は守ってくれると信じたからこそこの査問会に呼んだのだと悟った三人は、それぞれ難しい顔をして考え込んだ。
そこへ藤堂も三人に向かって頭を下げる。
「頼む、ゼロは本来なら紅月と同じ十七歳の少年なんだ。
その少年がどんな思いでゼロとなり、ここまでの成果を上げるためにどれほどの犠牲を払ったか、大人として理解してやって貰えないだろうか」
「・・・解った、私もその件に関しては口をつぐむことを約束しよう」
ゼロの正体を知った星刻だが、確かに彼はこれまで世界のために動き、ブリタニアに多大な被害を与えてきた実績がある。
まだ天子と変わらぬ年齢のうちから損得勘定でしか付き合えぬ大人に囲まれてきたという少年と、利用することしか考えない大宦官に囲まれていた天子の姿が重なった。
わずか十七歳の少年が中華を一変させた策を当然のように考えつき実行してのけた。
彼には確かに生まれ持った才能があったのだろうが、それを短期間に磨かねばならないほどの過酷な状況にあったのだと、彼自身時間を惜しんで己の能力を高めてきたからよく理解していたのだ。
それにこれまでひた隠しにして来たことを、いくら不都合が少ないからとはいえ他人が口にして暴露するというのは少々まずい。
いつの世も邪推する者はいるものだし、ブリタニアにつけ込む隙をわざわざ与える必要もない。
それにエトランジュにまで頼まれてしまっては、黙っている方がメリットがある以上星刻は沈黙の誓いを立てることに否やはなかった。
「ゼロの正体がブリタニアの皇子であることは合衆国ブリタニアが超合集国に加盟しているしこれまでの功績、さらにその過去があるからバレてもさほど不利でもあるまい。
だが本人が普通に暮らしていきたいと望むなら、黙っているとしよう。
彼には天子様や中華の件で、大きな借りがある。少しばかり返させて頂こう」
「感謝いたしますわ星刻総司令。もしゼロの正体が暴露されても、私があの方と結婚すれば問題は解決いたします。
日本が受けた恩義を返すためにも口さがない者達を何が何でも黙らせてみせますとも」
何より愛する人のためです、と強い決意表明をした神楽耶に、吉田と井上は頷き合う。
「私達も黙っています、神楽耶様。その方が一番いいと思いますし・・・」
「俺も井上に同感です。これ以上ややこしい事態になるのは避けたいですし、彼がいなきゃシンジュクで俺達は終わってた。
恩返しっていうのもおかしいけど・・・」
三人が揃ってゼロの正体について沈黙することを誓うと、それを聞いていた扇は思った。
(やっぱり、シュナイゼルの言ったとおりだ!
ゼロの正体がブリタニアの皇子だと知ってもみんなああも簡単にゼロの言うことに従うなんて、あいつはやはり人を操る能力を持っているんだ!)
七年前に日本に来た皇子と皇女の件は扇も知っていたが、彼らが殺されたと言いがかりをつけられてあの侵略が起こった。
つまり原因は彼らにあるはずなのに、桐原と藤堂が協力的なのがその証拠だ。
「目を覚ましてくれみんな!ゼロはブリタニアの皇子ってだけじゃない、他人を操る能力、ギアスを持っている男なんだぞ!!」
「・・・・・」
突然何を言い出すのか、と吉田と井上が頭痛を感じ始め、星刻は眉をしかめて扇を見つめ、藤堂はまだ言うかと睨みつけた。
そして桐原と神楽耶は先に藤堂やカレンからゼロの正体を扇が知っただけではなく、何やら他者を操る力を持っていると吹き込まれたという報告を聞いてはいたが、実際に聞くと駄目だこいつという感想しか思い浮かばなかった。
「俺達がゼロの言うがままに動いたのも、そのせいなんだ!
玉城だってあの時はあれほど疑っていたのに、今や親友だと言ってる。おかしいだろう?
俺もギアスをかけられて、ゼロをリーダーにと言い出したに決まってる!」
「・・・ならば何ゆえ今、ゼロを追い落とすような真似をしているのじゃおぬしは」
ゼロに従うように操られているとすれば、今現在の行動の理由は何なのだと桐原が冷やかに問いかけると、一同は確かにと頷いた。
特に藤堂や四聖剣などは、コーネリアに捕まった際ルルーシュが苦労に苦労を重ねていたことを知っている。
ギアスなる力があったのなら何も自分達に助力を頼む必要などなく、自力で脱出するくらい容易かろう。
「もしそんな力があったら、何も黒の騎士団なんていりませんよね?
私達を手駒にして戦うより、ブリタニア人にギアスをかけるほうがずっと効率的で確実だと思うんですけど・・・」
井上の言葉はもっともで、ブリタニア皇帝の座を狙うのならあらゆる権利が制限されているナンバーズだった日本人よりブリタニア人を操る方が、どう考えても確実で手っ取り早い手段だ。
ゼロが日本人ならブリタニアの要人に会うことは困難だがそれだって他者を操れるのならどうとでもなるし、おまけにルルーシュはゼロであり死亡を装われたとはいえブリタニアの皇子なのだから、総督に会うくらい簡単なはずだ。
少なくとも自分だったらそうすると誰もが思ったので、それをしない理由を考えるとすると一つしか思い浮かばない。
その理由を、吉田が代表して言った。
「他人を操る力なんて持ってないと思うぞ、俺・・・」
「そうですよ扇さん!だいたい白兜にさんざん邪魔されたでしょ?
そのパイロットがスザクで、アッシュフォードで一緒にいた時ブリタニア軍人をやめろって命令すればそれで済んだのに、結局神根島でアルカディア様に締め上げられるまで邪魔してくれて・・・!」
あの時スザクを精神的にボコボコにしたのはアルカディアだ。
ようやっと己の間違いに気付いたスザクは親友に出来れば戦ってほしくないと消極的に言われ、やっとそれを呑んでいたのをカレンは見ている。
ギアスなる能力を隠したいからあまり使わなかったと考えても、ルルーシュのやり方はあまりにも非効率過ぎたので誰も信用しなかった。
あの頭の切れるゼロが、自分達でさえ簡単に思いついた方法に気づかないのはあり得ないと考えたからである。
ルルーシュは結果がすべてだと考えるタイプにしては割と手段を選ぶ方だったので、きちんと手順を踏んでブリタニアと戦っていた。
それはギアスという異能を道具と考え、この件に関しては経過主義を選択していた結果がここで善の方向に作用したと言えよう。
と、そこへエトランジュがおそるおそる口を開いた。
「あの、ギアスという名前なのですが、私聞いたことがあるんです。
今ゼロが中華へ調査に乗り出しているブリタニアの秘密組織の名前が、ギアス嚮団というものなのですが・・・」
「何だと!それは本当ですかエトランジュ様」
ゼロから極秘に話を聞かされ、太師からもどうやら事実であり大宦官が賄賂を贈られて物資を流していた形跡も見つかったと報告を受けていた星刻は激怒していたため、呻くように言った。
「まさかシュナイゼルは、ギアスなるものをゼロが持っていると思わせてその組織がしていた罪を彼に着せるつもりで、扇にあのようなことを吹き込んだのではあるまいな」
黒の騎士団の初期メンバーであり、事務総長の発言はそれなりに強力だ。
荒唐無稽な話でも、ある程度の地位と人気を持つ人間が口にすれば信じる者が出てくるものである。
「確かに、あり得るかもしれませんわね。
それに中華に存在する以上中華の組織だと言い張って無関係を装えますから、それが目的でわざわざ中華に建設したのでは?」
敵国に近かった中華に危険を冒して秘密組織を建設する理由としては充分な神楽耶の推測に、星刻は怒りのあまり唇を噛んだ。
「どこまで我らを侮辱すれば気が済むのだブリタニア!!
だが、中華にある組織は中華のものだと考えるのが普通と言えば普通・・・!
超合集国内部に亀裂が入る恐れが・・・」
万が一にも中華の組織でそれをブリタニアに着せるつもりかと邪推されてしまえばそれだけでも大ダメージになるし、大宦官が援助していたという事実はいくら彼らが既に大部分が処刑になって処分済みとはいえ、気づかなかったと言うだけで非難は免れない。
「しかし放置するわけにもいかぬ以上、こちらもブリタニアの組織だと証明すべく努力するしかありますまい」
「・・・桐原公のおっしゃるとおりだ。
太師様も動いていることだし、これは厳然たる事実なのだから証明するのは容易のはず」
桐原にたしなめられて怒気を収めた星刻は、手始めに足もとに発生したボヤを完全に消し止めることにした。
「では扇の職は今日を持って罷免する。後任には副事務長を充て、副事務長の人選を至急行うとしよう。
だが罷免理由をどうするかが問題だ。扇が仕出かしたことが公になれば、当然他の連中も事情を知りたいと考える。
ゼロの正体を暴露されても困るし、あのような幼稚な思考をした人間が仮にも黒の騎士団の事務総長だったなどと知られるのは・・・」
罷免は当然としても、何事も形式は整えなくてはならない以上、後始末が問題だった。
まさか敵国の宰相の言を鵜呑みにして真面目に超能力の存在を信じた挙句、自分が所属する組織のリーダーを追い落とそうとした男が黒の騎士団の事務総長だったなど、出来ることならなかったことにしたい事実である。
「幸い日本防衛戦とブリタニア進攻準備で皆多忙。超合集国連合議長の私と、黒の騎士団総司令である星刻殿、そしてゼロの連名で処断出来ましょう。
扇の逮捕は既に一部では知られている以上、隠すことは出来ませぬ」
桐原が少々強引だがそれしかないと提案すると、エトランジュも控えめに賛同した。
「解りました。では私も査問会で扇さんの発言を聞いたと証言しましょう。
そのギアスなるものをゼロが持っていたという発言も公にして構わないと思います。どうせ誰も信じないと思いますし・・・」
「おお、それは助かります。黒の騎士団のイメージダウンは避けられませぬが、やむを得ぬ。自らの手で恥を消したという形に持っていくしかありませんでな。
扇 要、本日をもって黒の騎士団事務総長を解任する。また、ブリタニアとの戦争が終わるまで、黒の騎士団員との接触を禁ずる。
それまで留置所で己の所業を反省するがよい」
こうして満場一致で扇の罷免が決定し桐原が処分を言い渡すと、扇の顔が真っ青になった。
「ま、待ってくれみんな!ブリタニアと戦う必要なんてないんだ。
シュナイゼルは言ったんだ、ゼロさえ引き渡せば日本にもう侵攻して来ないと!!」
日本のためにゼロを引き渡すつもりだったのであり、私情からではないと訴える扇に、常は穏やかな桐原もとうとう語気を荒げた。
「おぬしはどこまでうつけ者か!おぬしに敵国宰相と交渉する権限などないわ!
それに今日本は日本一国だけでブリタニアと戦っているのではない、超合集国連合としてブリタニアと戦っているのだ。
その日本だけに侵攻しないと約束したところで、他国はどうなるというのじゃ!!」
「そ、それは・・・でも日本は平和に・・・」
「これまで他国から受けてきた恩を捨てても、日本のみの平和を求めるか。
お主にゼロを任せたのは性根を見抜けなんだわしの不明。吉田、井上、そやつを連行せよ。
厳重に監禁し、誰にも会わせるでないぞ」
「・・・はい、みんなには私達から言っておきます。
カレンも辛いでしょうけど、お願いね」
井上が扇の醜態にただ唖然としていたカレンに向けて頼むと、こくりと頷いた。
「解りました。行きましょう扇さん」
「カ、カレン・・・!俺を裏切るのか?」
兄の親友の自分よりもゼロを信じるのかと喘ぐ扇に、カレンは叫んだ。
「裏切ったのは扇さんじゃない!!敵国の宰相と勝手に密約を結ぶなんて、裏切り以外のなんだと言うの?!」
事の経緯を全て聞いたカレンは、もともとの潔癖さもあって悲しみつつも怒って涙を流した。
「扇さんはあの女にたぶらかされて、正常な判断が出来なくなっているだけなの!
少し落ち着いて考えたら、冷静になれると思う。だから、行きましょう」
年下の少女にここまで言われた扇はカレンもギアスにかかっているのだと扇は信じ込んだ。
兄のナオトが亡くなって以降、兄代わりになっていた自分を信じないのは異常なのだから間違いない。
誰一人味方のいない状況に陥った扇は、己の不明さからだとどうしても認めることが出来ない。
だからそれはギアスのせいでありその存在を教えてくれたシュナイゼルが正しいのだと、ゼロがブリタニアの皇子であることに拒否を示していながらブリタニアの第二皇子を信じるという矛盾を自ら抱いた。
客観的に見るとカレンはまだ扇を良く見ている方なのだが、最愛の妻を侮辱すること自体が扇には酷い行為であるため、カレンの発言が操られた末の裏切りにしか見えないのである。
「くそっ、ゼロめ・・・卑怯な・・・!
エトランジュ様、目を覚まして下さい!」
「扇さん・・・どうして自分がゼロを信じたのはギアスによるものだと思ったのですか?
ご自分の意志でブリタニアと戦うとお決めになったのではないのですか?」
エトランジュが尋ねると、扇は押し黙った。
実のところ、扇はブリタニアと戦うことを自ら選んだわけではない。
ただ親友だったナオトが酷い扱いを受ける母を助けたいと言い、抵抗活動を始めたのを見て助けようと思っただけである。
要は流されただけ、と言ってもいい。
それが抵抗活動が長引き、ナオトが死んで自分に期待の目がいくようになった重圧に耐えきれず、圧倒的な能力とカリスマを持つゼロを見てそれに縋った。
ゼロのお陰で彼は自身で認めていた器でないリーダーの重圧から解放され、とんとん拍子に何もかもうまくいったことから、彼はそれが己の判断ゆえだと勘違いした面もあったのだろう。
その意味で扇は人を見る目があったわけだが、奥底では平穏を望んでいた彼は特区と日本解放後の最愛の妻との穏やかな暮らしを持続させることを考えるあまり目先のことに囚われたのが、彼の最大の失敗だった。
「ここにいる方々は、全てご自分の意志で己の行動を決めていたはずです。
皆様、一度でもこれまで自分の意志ではない行動をしたことがおありですか?」
「・・・いいえ、俺がゼロに味方すると決めたのは間違いなく俺の意志です。
七年前枢木首相によりあのような扱いを受けているのを知っていながらも何もしなかったことを、後悔していた。
あれは・・・首相としてという以前に大人として恥ずべき行いだったのに、俺は多少の面倒を見るだけだったので」
「あのような扱い、って?」
井上が尋ねると、藤堂は枢木 ゲンブが日本にやって来たルルーシュとナナリーをこともあろうに土蔵に住まわせていたことを話すと、日本の恥だと吉田も呆れた。
「・・・それじゃあの二人が殺されたと報道しなくても戦争はどの道始まっていたと思いますね。
ほんとに戦争を止める気だったのかなあ枢木首相」
カンの鋭い吉田の発言に、それに関してゲンブに諫言するだけだった桐原もそんな扱いをした男の息子を親友と呼び、さらに日本解放のために手を貸してくれたルルーシュを助けたのは間違いなく己の意志だと内心で呟いた。
「土蔵、ですか・・・全く当時の大人ときたら、ブリタニアもそうですが日本も何を考えていたのやら。
それは今でも一部で続いているようですわね。不愉快です、早くその痴れ者を連れ出しなさい!」
神楽耶が口元を押さえながら命じると、吉田と井上が一礼し、扇の両腕を取った。
そしてヴィレッタを憎々しげな顔で、カレンがその腕をつかむ。
「ゼロ番隊の方にうまく話は通しておきましたから、あとはあの方々にお任せ頂くのはよろしいかと思います」
「解りました。では失礼させて頂きます」
吉田が一礼して井上とカレンとともに扇とヴィレッタを連行すると、あまりといえばあまりな扇の醜態に一同は揃って肩をすくめ、エトランジュが熱いポットから急須にお湯を注いでお茶を淹れた。
「あの、よろしければお飲みになりませんか?」
急須から緑色の緑茶の匂いを立ち昇らせて勧めるエトランジュに、一同は礼を言って湯呑を手に取った。
先ほどからささくれ立った気分を落ち着かせた一同はしばらく無言だったが、やがて星刻が口を開いた。
「ギアスなど、荒唐無稽だ。私もゼロを怪しんだことはあったが、口にしたことは必ず守ってくれた男だ。
幾度か意見が衝突したこともある・・・そんな男が他者を操る力を持っているなど、あり得ぬ話だ」
むしろゼロの正体を知ったからこそブリタニア人が多く協力してくれたのだと納得すらした星刻は、中華にも矛先が向けられるような秘密組織を作ったブリタニアに改めて憎悪の炎を燃やしている。
「全くですわ。きっとギアス嚮団なるものがゼロ様のものだと喧伝するために扇に吹き込んだに違いありません。
噂とは恐ろしいものですから、何とかしてギアス嚮団がブリタニアの組織だと証明しておかなくては・・・」
「おっしゃるとおりです神楽耶様。ゼロの捜査結果が届き次第、話し合いましょう」
神楽耶と星刻と桐原が話し合っているのを見ながら、エトランジュは内心でほっと安堵していた。
と、そこへずっと黙っていたルチアが言った。
「お話は終わったようですし、そろそろエトランジュ様をお部屋にお返ししてよろしいですか?
少しお疲れのご様子ですので、お休みして頂きたいのですが」
「おお、遅くまでお引き留めして申し訳ありませぬ。
こたびは扇がご迷惑をおかけしお詫び申し上げます」
桐原が謝罪するとエトランジュは大丈夫ですと笑った。
「うまくことが済んで、私としても安心しました。
秘密を抱え込ませることになってしまい、星刻総司令や吉田さんや井上さんにも申し訳ないと・・・」
「いえ、むしろ話して下さったことに感謝いたします。ゼロの正体は私一人の胸にしまっておきますので、ご安心を」
天子に話すには重い秘密だし、太師に話したところであまり意味はないものだから、星刻は二度とゼロの正体を口にしないことにした。
それに後はブリタニアを倒すだけなのだから、平穏な暮らしをと望む彼の気持ちも解らないではない以上、記号としてのゼロの役目を終えたのなら消えると公言した彼に借りを返したかったのだ。
エトランジュは再度一同に礼を言うと、ルチアとともに会議室を出て自室へと戻りながら、ギアスで話を始めた。
《これでゼロの正体が公になることは阻止出来ました。扇事務総長・・・いえ元総長もうまく面会不可の軟禁状態に出来ましたし》
結果は上々、と満足げな台詞に対し、ルチアが淡々とした声で尋ねた。
《けれどよろしいの?ギアスの名前が知れ渡ってしまいましたが》
《いいんですよ、シュナイゼルがギアスを持っていると他の誰かに言ったところで、それは超能力ではなくギアス嚮団のことだと錯覚させることが出来ます。
ギアス嚮団の捜査が万が一本格的なものになっても、ギアスはこの嚮団を指すと思われるだけでもギアスの真実の隠れ蓑になりますからね》
人間というものはいったん○○と言えば××と答えが出ていると、他に意味があるとはなかなか思い浮かばないものである。
よって先に『ギアス嚮団と呼ばれるブリタニアの組織が発見された』と報道すれば、これ以降ギアスとは超能力ではなくブリタニアの秘密組織だと認識されることになるのである。
《相変わらず抜け目がありませんわね、アドリス》
《こういう面倒事は私の得意とするところですからね》
エトランジュの顔でにやりと笑う彼女の父親に、ルチアは嫌な顔をした。
《誰が見ているとも解りませんから、そのようなあくどい笑みはおやめなさい。エディが気の毒でしてよ》
《確かに》
あっさり認めたアドリスが再びもとの表情に戻ると、ルチアはこれで日本のゴタゴタはカタがついたと判断した。
扇を捕らえた後、ギアスという単語が知られてしまったことに狼狽したエトランジュは、ゼロの正体を暴露されることを止めなくてはならないのにシュナイゼルとのやりとりですっかり竦んでしまっていた。
アイン達はギアス嚮団の方にかかりきりで相談など出来そうもないこともあり、震えるエトランジュを見かねたルチアは、睡眠薬をエトランジュに飲ませて悪知恵の働くアドリスを出して事態を収拾することにしたのだ。
事の経緯を聞いたアドリスは扇がゼロに不信を持たせる発言をしてもすぐにゼロ側に戻すために査問会に出席していたのだが、扇が見事に自爆したので彼がしたのはギアスという単語の本来の意味を隠蔽して変えただけだった。
《念のためゼロへの信頼を固めておくようにはしましたが、ギアスの乱用を避けてくれたおかげでみんなギアスなんてなかったと思ってくれたようです》
《力は無駄遣いすべきではないといういい見本ですわね。
ですがこんな大々的にやってしまってよろしいんですの?エディに知られたら・・・》
後でこの査問会のことをエトランジュに話されたらどうするのかと言うルチアに、アドリスは言った。
《・・・私はもう達成人になりましたから、うまくいけばV.Vからコードを奪うことが出来ます。
おそらく、今回でこの子の身体を借りるのが最後になるでしょう》
《何ですって?!それは本当ですの》
アドリスが頷くと、今後について話した。
《成功したらエディにはこれまでのことを全て話すことが出来ます。
あの子とのことですから許してくれるでしょうが・・・》
娘の身体を使ってプライバシーを侵害したと言うのは年頃の娘にとって最もやられたくない行為である以上、普通はそれこそ最低な駄目親父と言われても仕方のない所業だった。
だがエトランジュは状況をきちんと解ってくれるから何も言わないだろうと予想出来るだけに、一面では安心するが一面では娘が哀れで仕方なかった。
《ギアス嚮団を制圧すれば、おそらくブリタニアはこの組織は中華にあるのだから無関係だと主張するでしょう。
ですがそこへ私とエドが見つかったとなれば、どうなると思います?》
マグヌスファミリアの前国王アドリスは、三年前に行方不明となっている。
その理由は最後まで国に残り国民の脱出に力を尽くしたからであり、国土を包囲したコーネリアにきつい台詞をお見舞いした事実がある以上、彼がそこから逃げられるはずがないのだ。
そんな彼が遠い中華で見つかったとなれば、ブリタニアに捕えられてそこに送られたと考えるのが妥当で、当然ブリタニアが関係していると判断されるだろう。
当初の予定通りマグヌスファミリアで隠れ住んでいたと装うより早く娘に出会うことが出来るので、一石二鳥だ。
嘘には嘘をぶつけましょうと笑うアドリスは、娘に堂々と会いたいがためにそうなってくれとすら思っている。
エトランジュの部屋の前まで来たアドリスは、自分の役目は終わったので引っ込むことにした。
《では私はそろそろ引っ込んで元の身体に戻ります。目を覚ましたら事の次第を説明してあげて下さい。
無事コードを奪ったと言う朗報をお届けすべく努力しますので》
《了解しました。当分エディは体調を崩したことにしておきましょう。
何がなんでもコードを奪って来なさいな》
《言われるまでもありませんよ。では、また後で》
エトランジュの青い瞳にあった紅いふちが消えると、ルチアは彼女を抱き止めた。
「もうすぐ戻ってくるそうですわよ、エディ。
面倒事は全てあの男に任せて、もうゆっくりお休み出来ます。よかったですわね。
これでランファーも安心することでしょう。頑張りましたわね」
優しい口調で眠るエトランジュに言い聞かせながら、ルチアは彼女を休ませるべく、エトランジュの部屋のドアを開いた。
一方、黒の騎士団本部の地下にある留置所の一室では、扇がなおもカレン達に向けて無駄な説得を続けていた。
ヴィレッタは扇から離れた牢の一室に閉じ込められたが妊婦であることを考慮し、拘束衣は免除された。
扇が入れられた牢は留置所の中でも最も奥まった場所にあり、以前はラウンズのアーニャが閉じ込められていた場所である。
ルルーシュのギアスがかけられているゼロ番隊の騎士団員が監視しているから、扇が何を叫ぼうとも外部に漏れることはない。
「吉田、井上、カレン、俺を信じてくれないのか?!」
「扇さん落ち着いて!貴方の言っていることは支離滅裂過ぎて、信じる信じない以前の問題なのよ!
ゼロがブリタニアの皇子だったから警戒するのは解らないでもないけど、だからと言ってなんで同じブリタニア皇子のシュナイゼルの言うことの方を信じてあんなことを言い出したのか、私には全く解らないわ」
シュナイゼルが一体日本のために何をしたと言うのか。
そしてそれは日本解放を成し遂げたルルーシュよりも信じるに値するものなのかと問いかける井上に、扇はだからそれはゼロが皇帝になるために利用したのだと繰り返す。
仲間に見捨てられたという状況がかえって扇の思考を混乱させており、自分が認められないのはギアスのせいだと思い込むことで正気を保っている状態であった。
裏切ったのは己であるという事実から目をそらし続けている扇はヴィレッタについて尋ねた。
「千草は・・・千草はどうなるんだ?!彼女のお腹には俺の子がいるんだぞ」
この期に及んでもヴィレッタを気にする扇に三人は呆れ、もはや彼にかけるべき言葉はなかった。
「扇、お前はここで頭を冷やせ。正直、今のお前は見るに堪えない」
吉田の言葉に井上も頷き、カレンが沈黙することで同意すると扇は瞠目した。
「そんな・・・ゼロめ、俺の仲間を操ってまで皇帝になりたいのか・・・!」
「・・・考える時間は山ほどある。自分が何をしたか、もう一度よく考えるんだな。
行くぞ、井上、カレン」
吉田に促されて井上とカレンが牢の前から歩き去ると、扇はその背中に向かって叫んだ。
「待ってくれ、俺を信じてくれ!!
カレン、日本を平和にするにはこれしかなかったんだ!お前を戦いから解放してやることが、ナオトの供養にもなると思って・・・!」
「お兄ちゃんは私を確かに戦いから遠ざけたがっていたけど、そんな平和はお兄ちゃんは望んでない!
仲間を裏切るなんて、お兄ちゃんが許すはずないもの」
カレンの怒声に扇はびくっと震え、口をぱくぱくと開閉する。
そして三人の足音が聞こえなくなると、扇はずるずるよ床に座り込んだ。
「どうして誰も信じてくれないんだ・・・あんなに信じていた仲間なのに・・・」
ヴィレッタを拾った時からの己の行動から間違っていた事実を認められない扇は、ゼロがすべて悪いのだと思い込むしか出来なかった。
必ず面会に来てくれる玉城や杉山、南なら解ってくれると扇は希望を持ったが、吉田と井上からゼロの正体を除いて事の経緯を聞いた玉城達は驚き呆れ、桐原に扇に関わらないよう命じられたこともあって誰も面会になど来なかった。
これがもしゼロの失態が相次ぎ、仲間が大勢死んでいたりした状況だったなら扇の扇動に乗っていたかもしれないが、理路整然と説明を受ければ扇の理屈は明らかにおかしいものばかりだから、とかく身内びいきで単純な玉城達でも冷静に判断が出来たのである。
後日扇の行為が公表されたが黒の騎士団の事務総長である扇は藤堂や星刻に比べて認知度が低く、中華で発見されたギアス嚮団のニュースに埋もれて恐れていたほど大きなものにはならなかった。
敵国宰相に通じた挙句ギアスなる超能力を真面目に信じて自国を陥れようとした男に時間をかけたくないと言う本音の元、桐原や星刻達が査問会を開いてさっさと処分したことについても深く追求されずに済んだ。
そのため、ゼロの正体を隠すことが出来たことにみな安堵する。
ヴィレッタ・ヌゥは本人が堕胎を拒んだので出産後一年は監視の元の養育を認めたが、その後は乳児院へ預けることになった。
戦争が終わり国情が落ち着けば、純血派といえど彼女は上の命令に従っただけの大した地位にない軍人だったのだから、どこかで子供と共に暮らせるようになるだろう。
こうして表向きには綺麗に決着がついたこの騒動だが、黙っていたらせめてもの平穏を得られると理解して大人しくなったヴィレッタとは違い、変わらないのが扇だった。
時折カレンや吉田や井上が様子を見に訪れたが、いつまでもゼロが悪いのだと言い続ける彼の態度を哀れむばかりだった。
いつの日か扇が自分が何をしたかを理解して反省してくれればいいと三人は慰め合い、ブリタニアとの戦いに備えて行われた演習で、ナイトメアの操縦桿を握り締めた。