挿話 父親と娘と恋心
ナリタから戻ったルルーシュが生徒会室に入ると、シャーリーが大きく溜息を吐きながミレイに今日の生徒会は休ませてほしいと頼んでいるところに遭遇した。
滅多にないシャーリーの休暇願いに、ミレイは心配そうにその理由を尋ねた。
「どうしたのよシャーリー。どこか具合でも悪いの?」
「違う違う、そんなんじゃないの。実は単身赴任をしてたお父さんが、急きょトウキョウに戻ってくることになってね」
「あらあら、また急に戻ってくることになったのねえ?」
「うん、実はちょっと怖い話なんだけどね・・・お父さん地質学者で、ナリタ連山で仕事してたのよ」
サクラダイトの鉱脈がフジ以外にもないかどうかを、エリア11を巡って調べるのがシャーリーの父親の仕事だった。
だが黒の騎士団によりナリタ連山は土砂で埋もれてしまい、とても調査どころではなくなったため、また別の調査対象の山が決まるまで待機ということになったのだそうだ。
「ナリタ、連山・・・」
ルルーシュが内心青ざめた表情で呟いた。
生徒会のメンバーは黒の騎士団によるテロに巻き込まれそうになったシャーリーの父親を案じてのことだと思ったが、もちろん違う。
己が起こした土砂崩れの場所に、よもや友人の父親がいるとは思いもしなかったのだ。
「ああ、大丈夫よルル。お父さん周辺の人達とすぐに避難したから、全然元気」
シャーリーの言葉に、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。
これから死者が大勢出る戦争に発展していくことは、承知の上だった。
だが、何の関係もない一般人、しかも知人の友人まで巻き込むことになるなど、今の今まで思い当たらなかったのである。
幸い今回は無事だったようだが、もし本格的に日本解放戦争となったら当然最後の舞台はここ、トウキョウ租界だ。
(せめて己の箱庭に住む者達くらいは巻き込まないようにしなくてはならない・・・ナナリーのためにも)
「・・・それはよかったなシャーリー。あの土砂崩れは相当なものだったと聞いていたが、どのあたりに住んでいたんだ?」
事実、ルルーシュの想定範囲外にまで土砂が及んでおり、エトランジュ達の機転がなければ大きな失点となるところだったのだ。
シャーリーが父親が借りていたナリタ連山にある借家の住所を答えると、もろにその場所であったことを知り、内心で冷や汗を流す。
(エトランジュ女王達には、個人的にも感謝だな・・・)
よもやゼロの知人がいると知っての行為ではないだろうが、公私ともに大きな借りを作ったなとルルーシュは思った。
「それでね、お父さんの私物もみんな土に埋もれちゃって・・・仕事柄単身赴任ばっかだから、家にそんな服も置いてなくて・・・それで今から買い物に付き合えって言われちゃったの」
「そういうことなら、仕方ないわね。単身赴任ばかりなら、この辺りの事もよく知らないだろうし・・・」
ミレイが許可を出すと、シャーリーはありがとうございます、と頭を下げた。
と、そこへミレイがルルーシュに向かってニヤリと笑いかけて肩を叩く。
「そうだルルちゃん。シャーリーとお父さんの買い物、貴方も手伝ってあげてよ」
「俺が?どうしてですか」
「だって、お父さんの服って当たり前に男性用でしょ?
その手の店にシャーリーが詳しい訳ないんだから、ここは同性であるルルちゃんのほうが適正じゃないの」
悪戯っぽい笑みなミレイのもう一つの真意はむろん、カレンとルルーシュが付き合っているのではとやきもきしているとシャーリーを慰めるためだったりするのだが。
ルルーシュは黒の騎士団との二重生活の中、少しでも負担になるような事は正直避けたかった。
しかし、確かエトランジュが“たまたまいた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたおかげで住民の避難が成功した”と言っていたのを思い出し、まさかと思ったので了承することにした。
「解りました。シャーリー、君もそれでいいか?」
「え、え、いいの?!」
「ああ、別に構わないぞ。俺の分の仕事は会長がやってくれるそうだし」
「えー、どうしてそうなるのよー?!」
その言葉にミレイは不満そうに叫んだが、言いだしっぺは会長だというルルーシュの言葉に頬を膨らませる。
「ある程度まででいいですよ。差し迫ったものもないようだし・・・じゃあ、行こうかシャーリー」
「う、うん!じゃあ私着替えて来るから、正門前で待っててね」
まさかルルーシュと買い物できるなんて、とシャーリーは顔を上気させ、有頂天に生徒会室から走って行く。
「久々に父親と会えるからって、そんなはしゃがなくてもいいのにな」
「あー、いや、そういうわけじゃないから、ルルーシュ」
鈍い友人の天然発言に、ニーナはシャーリーに何度目か解らない同情をしたのだった。
30分後、ルルーシュとシャーリーが正門前に来ると、既に彼女の父親がそこで待っていた。
「あ、お父さん!早かったね」
「ナリタ周辺住民が一時的にトウキョウ租界に避難することになってね。そのための臨時便が出たから、それに乗って来たんだよ」
ナリタの適当な店で買い求めたというラフな服装でやって来たシャーリーの父親は、娘の顔を見て頬を緩めた。
「今日は部活はいいのかい、シャーリー?」
「部活はないけど、生徒会があって・・・でも、会長が快く休みをくれたから」
「そうか、それは悪いことをしたな。後でケーキでも買って、皆さんに差し入れてあげなさい」
「そうだね・・・そうそう、今日私達の買い物に付き合ってくれるって、うちの生徒会の副会長のルルーシュが来てくれたの」
シャーリーがそう言って父娘の再会をどこか遠いものを見るように見ていたルルーシュを手招きすると、ルルーシュが二人に歩み寄って手を差し出して自己紹介する。
「ルルーシュ・ランぺルージといいます。シャーリーには、いつもお世話になっています」
「いやいや、娘の方こそ世話になって・・・シャーリーの父です。娘からは君の事は常々聞いているよ」
娘がたまにする電話で世間話のように聞かされていた少年が、娘の意中の人物だと彼はすぐに悟った。
こうも毎回同じ人物、しかも異性の話をされれば、どんなに鈍い人間でも解ろうというものだ。
気づかないのは当の想い人のみである。
「あのね、お父さんの服男性用だから私よく解らないだろうって、ルルが来てくれることになったの」
シャーリーが嬉しそうに言うと、これではむしろ自分がお邪魔虫だとフェネットはいたたまれない気分になった。
今からでも自分抜きで若い二人だけで・・・と言いたかったが、主目的は己の買い物なので、今更断るわけにもいかない。
普通の父親なら娘のボーイフレンドを見極めようとするものかもしれないが、フェネットは娘を信頼していたのでそこまでしようとは思っていなかったのだ。
「そうか、忙しい中すまないねルルーシュ君。では、今日はよろしくお願いするよ」
「ええ、俺でよろしければいくつか行きつけの店を紹介します」
「君のような年代の子が行く店か・・・もうおじさんの私では似合わないかもしれないな」
「とんでもないですよフェネットさん。もう高校生の御令嬢がいるとは思えないほど、若々しくていらっしゃいます」
天然タラシと言われるルルーシュの弁舌は、別に女性にだけ発揮されるものではなかったらしい。
フェネットはいやいや、と否定しながらもまんざらではなさそうだ。
三人が歩き出すと、ルルーシュはまず自分が愛用しているデパートを案内することにした。そこなら年代別の服装はむろん、下着や日常品が一気に選べて配送もして貰えるからだ。
シブヤにあるデパートにフェネット父娘を連れて行くと、まず日常に使う服、下着、日常品などを次々に選んでいく。
さすがに男の買い物は早く、それはすぐに終わったのだがついでにシャーリーも服が欲しいと言い出したため、付き合い料の名目で買って貰えることになったシャーリーは目を輝かせてレディースフロアに飛んで行った。
「まったく、女の子というのは・・・もうすでにたくさん持っているというのに」
喫茶店で溜息をつくフェネットに、ルルーシュは笑いながらフォローする。
「シャーリーもお年頃だから仕方ないですよ。成長期ですからすぐに服も合わなくなるし」
「それもそうだが、それだけじゃない気もするよ」
「と、言いますと?」
きょとんとした顔で聞き返すルルーシュを見て、フェネットは娘が恋焦がれているこの少年が半端なく鈍いことを知った。
横に好きな男の子がいたら自分をもっと魅せたいと思うのは当然のことで、それ故に服や化粧品などが欲しくなるものだというくらい、自分でも知っている。
(これは手強そうだ・・・頑張れシャーリー)
内心でそうエールを送るフェネットは、シャーリーに手渡したコンサートのチケットのことを思い出した。
友達を誘うと言っていたが、あの声音からおそらくボーイフレンドの方だろうと予想していたので今後の展開を楽しみにすることにした。
「いや、何でもないよ・・・それより、当分はトウキョウ租界にいることになるので家族サービスでもしようと思っているんだが・・・シャーリーが喜びそうな場所とかは知らないかな?」
今日のお礼と称して誘って、自分は急に仕事が入ったことにしてキャンセルしようと娘のためにささやかな計画を瞬時に立てたフェネットの問いに、ルルーシュはすぐに答えた。
「シャーリーは水泳部ですから、そうですね・・・クロヴィスランドのプールなどいかがですか。
大型のスライダーなどもありますから、家族にも人気だそうですよ」
「なるほど。いや、いつも放っておいてばかりなので、娘の喜ぶものなどあまり見当がつかなくてね」
「放っているなどとんでもない!放っておくというのはですね、子供に対して何もしないことをいうんです。
俺はフェネットさんはシャーリーを大事に思い、育てていると思いますよ」
やけに語調の鋭いルルーシュに、フェネットはもしかして彼は親とうまくいっていないのではないだろうかと思った。
「その、失礼だが君のご両親は?」
「・・・母が事故で亡くなった後、俺達に何も手を差し伸べなかったあのクソ親父は本国でふんぞり返っています。母の遺産で何とか暮らしているんですよ」
「養育費も送ってこないのかい?・・・君のお父さんは」
「そんな単語があの男にあるとは思えませんね」
戦争を起こすつもりで戦場となる国に目と足が不自由な妹と共に送り込み、助けのHの字も寄越さなかったあの父親に、ルルーシュは何も期待していない。
再会したが最後、自分は容赦なくあの男の心臓に銃弾をお見舞いするであろう。
「だから、貴方のように子供を大事にしてくれる父親が羨ましい。貴方のような人が父親だったらと、いつも思っています」
せめてナナリーだけでも、フェネットのような人の元に生まれていればよかったのに。
「そうか・・・まあ、これも縁だ。何かあったら、相談くらいには乗るよ」
「ありがとうございます・・・すみません、初対面の人にこんな話を」
「振ったのは私の方だから、気にしないでくれ・・・ああ、ナリタのニュースをやってるね」
無理やり話題変換を試みたフェネットが、喫茶店に置かれていたテレビのニュースを見やって言った。
「ナリタ連山の被害は甚大でありましたが、幸い政庁からの避難誘導に従った市民が多く死者は出ませんでした。
なお、この土砂崩れは黒の騎士団が人為的に引き起こしたものであるとの見解が・・・」
「やっぱり、黒の騎士団が原因か・・・避難するよう呼びかけて正解だったな」
フェネットがぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュが目を光らせた。
「貴方はこの土砂崩れを知っていたんですか?」
「ああ、実は私達が住む地域にまで土砂崩れは来ないと読んでいたから、安心していたんだけどね・・・ここは危ないとわざわざ忠告してくれた女の子がいたんだよ」
(エトランジュ女王か・・・まさかとは思ったが、シャーリーの父親と会っていたのか)
今回シャーリーの父親と会う事にして正解だったらしい。
しかし、なぜルルーシュはエトランジュの言葉を信じたのか不思議に思い、尋ねてみた。
「なぜテロリストの言葉なんかを信じたんです?普通あそこまで土砂が来るなんてあり得ないでしょうに」
「そうだな・・・“あり得ないからこそ信じた”ってところかな?」
フェネットがそう言うと、買い物を終えたらしいシャーリーが背後から声をかけた。
「なあに、それ?よく解らないけど」
機嫌良く紙袋を荷物入れに置いたシャーリーは、顔を赤くしながらもさりげなさを装ってルルーシュの横へと座った。
「ナリタの話?私も聞きたいな」
自分だけ置き去りにされるのが悔しくて、シャーリーが話に加わるとフェネットはそんな娘に苦笑を浮かべながらも答えてやる。
「いや、私達に避難するよう呼びかけたのは、何世代前のだって言いたくなるほどの古いナイトメアに乗った女の子でね・・・しかもお前より年下のようだったよ」
「そんな古い機体に乗せた女の子まで参加しているの?黒の騎士団って」
子供を戦わせるなんてひどい、とシャーリーは怒ったが、フェネットはまぁまぁ、とたしなめて続けた。
「その子は特に弁舌を弄したわけではなくて、ただこの辺りまで土砂が来ると計算結果が出たから避難してくれと訴えただけだった。
他の人は何を馬鹿なと思ったみたいだけど、私は本当にそんな計算が出たから忠告に来たんじゃないかと思ったんだよ」
黒の騎士団は、テロリストだ。テロリストに何でもないことのために人員を割く余裕があるとは思えない。
なら今回の件も何らかの意味があるはずだと、フェネットは考えたのだ。
本当に黒の騎士団が行う作戦で、大規模な土砂崩れが起こるかもしれないと。
「実際、滅多な事じゃあそこまでの土砂崩れは起こらない。それこそ相当なダメージを相当な兵器を使って与えない限りあり得ないことだ。
けど、昔のエリア11のコミックにあったな・・・・“あり得ないなんてことはあり得ない”と」
あの少女の台詞を聞いた時、フェネットは本当にそんな兵器を黒の騎士団が作ったのではないかと思った。
フェネットは人種差別を妄信してはおらず、虐げられれば人間反発するものだということを知っていた。
だからこそ恨みをバネにそんな恐ろしい兵器を作ったのかもしれない・・・もともと日本人は器用で高い技術力を持った国だったではないか。
黒の騎士団は正義の味方を謳っているからこそこうして忠告する人間を差し向けたのだと考えたフェネットは、少女を信じることにした。
何も起こらなかったとしたらそれでよし。ただ自分は心配性だというレッテルが貼られて終わりである。
だから少女の台詞に合わせて住民達を避難させたのだが、それは見事に正解だったわけだ。
「お陰で住民からは感謝されたし、軍からもお褒めの言葉を貰えたよ。人間誰からのものであれ、忠告は聞いておくものだね」
「それは・・・よかったですね」
「まあ、こうして臨時の休みが貰えて娘ともしかしたら義理の息子になるかもしれない子とゆっくりできるんだから、大きな声では言えないが黒の騎士団に感謝してもいいかもしれないね」
フェネットが後半は小さな声で言うとルルーシュは目を見開き、シャーリーはリンゴのように真っ赤になって父親の肩を叩いた。
「ちょっと、お父さん!ルルとはそんな仲じゃないんだってば!!」
「そうなのかい?私はてっきり・・・」
「ル、ルルだって困ってるじゃない!もー、まったく・・・」
照れ隠しに乱暴にフォークを動かしてケーキを食べるシャーリーに、ルルーシュは天然で残酷な言葉を言ってしまった。
「そうですよフェネットさん。俺みたいな男がシャーリーと付き合うだなんて・・・」
ガシャン、と音を立てて、シャーリーの手からフォークが落ちた。
自分はこんなにも彼のことが好きなのに、彼にとってはそんな対象ではないのだろうかとシャーリーは不安になる。
「知っての通り、俺には目と足の不自由な妹がいて、親もいない。
先行きがいろいろと不安なので恋愛どころじゃないですし、そんな男が大事な娘さんを幸福に出来る自信はありませんよ」
軽くそう笑いながら優雅な手つきでコーヒーを飲むルルーシュに、シャーリーは恋愛どころじゃないという言葉にホッとなるべきなのか、それとも悲しむべきなのか迷った。
(恋愛どころじゃないってことは、カレンもその対象じゃないってことで・・・でも、それならそれで私はルルにそういう対象に見られることはなくて・・・)
「そうか、妹さん思いだなルルーシュ君は・・・私としてはそういう子が娘の婿になって欲しいものだけどね」
「フェネットさんも冗談がお上手だ」
はははと笑い合う父と恋焦がれる少年に、シャーリーはもう顔を赤くするしかなかった。
ぐるぐる回る思考をしている娘に、青春してるなと感慨に耽るフェネットだった。
今日の休暇の礼にと生徒会への差し入れを買った一行は、デパートを出たところで父親は家に帰ると言って別れた。
いや、父親がおせっかいにも“以前渡したチケットのコンサート、彼を誘うつもりなんだろう?うまくやりなさい”などと囁いてきたので、さっさと帰ろうとばかりにシャーリーが強引にルルーシュを引っ張ったという方が正しいだろう。
フェネットは娘の恋がうまくいくように祈りながら、わざとらしくハンカチを振ってそんな二人を見送っていた。
「まったくもー、お父さんってば」
ぷりぷり怒りながら学園への道を歩くシャーリーに、ルルーシュはいつになく真剣に言った。
「君のことを大事にしてくれる、いいお父さんじゃないか・・・そう怒ってやるな」
「だってさ、ルルにだって余計なことばっかり・・・」
「今回のことだって、一歩間違ったらお父さんは土砂崩れに巻き込まれていたかもしれないじゃないか・・・そう思うと生きて戻れたことに安心して、気が緩んでいるのかもしれないし」
もしエトランジュ達が来なかったら、十中八九そうなっていただろう。
今頃シャーリーの元に父親の訃報が届いていたかもしれないと思うと、ルルーシュの背中に冷たいものが走る。
自分が行く道は悪鬼羅刹が跋扈する戦場であり、数多くの犠牲が出ると解っていたはずだ。
そのために犠牲になる者が多く出ることも、身内を殺されて泣き崩れる者が大勢出てくることになることも、全て理解していたはずだ。
(幸い、運良く今回は回避できたが・・・これを教訓にして、もっとシミュレーションの幅を広げておかなくては)
覚悟は出来ていても、だからといってむざむざ手を打たないほど自分は馬鹿ではない。
ルルーシュはそう決意すると、不意に足を止めた。
「どうしたの、ルル?急に止まって」
「ああ、携帯のバッテリーが壊れかけているから、そろそろ買い換えようと思っていたのを思い出してね。ついでに今から行ってこようと思って」
「それなら、私も・・・」
慌ててついていこうとするシャーリーだが、ルルーシュは彼女の手にあるケーキが入った箱を指して言った。
「シャーリーはそれを生徒会のみんなに届けてやってくれ。夏場だし、早く食べたほうがいいからな」
「そ、それもそうだね。じゃ、また後で」
(わあん、コンサートのこと言うきっかけなかった!!)
シャーリーが内心でそう叫びながら学園に向かって走り去ると、ルルーシュは携帯電話のショップを通り過ぎてシンジュクゲットーの方へと足を進めた。
その日の夜、フェネットは自宅でナリタ連山で会った黒の騎士団の協力者と名乗ったナイトメアに乗った少女について、改めて尋問を受けていた。
フェネットは避難した後にも言ったようにその少女から避難するよう言われて念のためにそうしただけ、ナイトメアも旧型でケープを羽織った十代の少女としか言えないと答えると、ヴィレッタ・ヌゥと名乗ったその女性軍人は深く頷いて軽くメモを取った。
「フェネットさんに黒の騎士団に通じているなどという疑惑はありません。
こうして幾度もお尋ねしたのも、また新たに思い出したことがないか確認させて頂いているだけのことですので」
「それならいいのですが」
余計な疑いをかけられて連行されたりすれば、娘にも累が及んでしまう。フェネットは疑いはないようだが、面倒なことだと内心で大きく肩を竦めた。
ヴィレッタとしても本当に形式的に聞きに来ただけなので、長居するつもりはなかったらしい。さっさと辞去する旨を伝えると、ふと飾ってあった写真に目を止めた。
「・・・この写真、お子さんの写真ですか?」
「ええ、娘と娘が所属している生徒会のメンバーの写真です。以前娘が送って来たもので・・・」
単身赴任中にシャーリーが送って来た生徒会メンバーの集合写真を、避難する時に持って来たのだと答えるフェネットは、その写真の真ん中にいる黒髪の少年を凝視しているヴィレッタに眉をひそめた。
「あの、そちらの少年がなにか?」
「いえ、ちょっと見かけたことがある気がしただけですが、気のせいでした・・・夜分遅くに、失礼しました」
ヴィレッタはそれだけ答えると、再度礼をしてフェネット家を辞した。
(あの少年は、あの時のテロの現場にいた・・・アッシュフォード学園、か)
これは調べてみる価値があると内心で呟くと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。