ルルーシュに挨拶をしたアドリスは、そのまま病み衰えてはいたがはっきりと実に楽しげな笑みを保ったまま、シャルルに向き直った。
その背後にはマグヌスファミリアの王族達が銃やナイフを構え、自分達に寄り添っている猟犬をけしかけるタイミングを計っている。
「貴方のふざけた所業は一族と息子さんからよく伺っています。
そのことに対して特に言いたいことはありません、面倒ですから。
ですからこちらの用件だけを済ませたいと思います」
ぼろぼろの身体でありながらも実に楽しそうに笑いながら、アドリスはシャルルに向かって言った。
「さっさとそのコードを私に渡して死んでくれませんか。
貴方、邪魔なんですよ。よくもまあここまで不幸の種をばら撒いて育てたものだと悪い意味で感心しているくらいです。
全くそのふざけた計画のために家族が、特に私の娘が、いいですか私の可愛い娘がやらなくてもいいことをする羽目になって可哀想で可哀想で・・・」
「お前、変わってないな・・・少しは丸くなったと思ったが」
アドリスの次兄アーバインが呆れた顔で弟に呟くと、アドリスはやだなあ兄さんと手を弱々しく振った。
「娘があれだけの目に遭っているのを見ていたら、丸くなるどころか余計に尖りますよ。
いきなり女王に即位させられて意図せず人殺す羽目になって、とどめに訳の分からない計画を喋る某宰相と話し合わせられてどれだけ傷ついたかと思うとね」
「・・・すまないな、私達がもう少しあの子についてやるべきだったと反省している」
「ああ、別に兄さん達を責めているわけじゃないですよ、ムカついているのは目の前にいる頭と脳の中身が見事に回っているブリタニアンロールです」
「知ってるよ。だが、エディ達の大丈夫だという言葉に甘えていたのは事実だからな」
C.Cは毒舌全開で喋るエトランジュの父親に、正直かなり驚いていた。
娘が穏やかでまかり間違っても他人を傷つけるような言葉を口にしない性格な上、人付き合いを良好にする秘訣を授けてごくまっとうな教育をしていた父親がまさかここまでの毒舌家だとは思わなかったのだ。
「おいルルーシュ、お前はエトランジュの父親が生きていることを知っていたのか」
「ああ、俺がコーネリア姉上のところで捕まっていた時にな。
彼が達成人になるために、ずっとエトランジュの中にいた」
「・・・そういうことか」
C.Cはそれだけで事情を悟った。
アドリスのギアス能力はマリアンヌと同様に他人の心に入り込むもので、マグヌスファミリアが侵略される前後に暴走状態になることが予知能力で解っていた。
だから娘の中に入り込み、ずっと見守っていた。そして時には表に現われてフォローを行い、事態がうまく進むように手配して来たのだろう。
「少しは頼れと言ってな、エトランジュが眠った時にいろいろ相談に乗って貰ったよ。
あの時藤堂達に助けて貰う算段をしたのもあの方だからな」
「娘の友人ですからね、困った時に知恵を出すくらいはしますよ。
というかあの状態ではそれしか出来なかったのでね、申し訳なかったです」
「いいえ、貴方のアドバイスはどれももっともなものですし、以前に調べ上げていたというEUの連中の弱みなんかも教えて下さったおかげで同盟締結もすんなりいきました」
「ルルーシュ皇子もなかなかしたたかに根回しをしていましたしね。
いやあ娘にはとても出来ないことですから、本当に助かりましたよ」
ははははと笑い合うアドリスとルルーシュを、シャルルは内心で複雑な気分を抱きながら見つめていた。
見知らぬ男を息子が頼ったことによる嫉妬心か、追い詰められたことによる焦燥感か、シャルルには解らない。
だが疑問に思う間もなくアドリスは姉のエリザベスに車椅子を押され、ゆっくりとシャルルに手を伸ばした。
「アーバイン兄さん、あの男を取り押さえて下さい。この身体ではちょっと無理なので」
「ああ、任せろ・・・やれ!」
アドリスの兄妹達が猟犬を仕掛けてシャルルの足止めを行うと、アドリスの兄妹はもちろん、その子供達がいっせいにシャルルを取り押さえにかかる。
「やめろ!!このコードがなければわしの、兄さんの計画が・・・!!」
「知ったことじゃありませんよ」
怯み叫ぶシャルルは息子に視線を向けたが、ルルーシュは冷ややかな目で自分を見るばかりで助けるそぶりはなく、C.Cも同じ感情のない目で事の経緯を見守っている。
大柄なシャルルがアドリスを振り切ろうと腕を回した瞬間、アーバインが思い切りシャルルの腕にナイフを突き刺した。
「がはっ!」
「余計なことをすると痛い目を見ますよ?
貴方がしてきたことよりはるかにましな痛みだと思うので、大したことはないと思いますが」
アドリスはエリザベスに車椅子を押して貰いながら、コードによりゆっくりと塞がっていく傷跡を見て、間違いなくコードを持っていることを確認した。
そして情け容赦なく猟犬に足を噛みつかれ、痛みを与えられているシャルルに向かって手を伸ばす。
今この場に、シャルルに味方はいない。
ビスマルクはペンドラゴンで兄の監視と軍の再編を任せているし、妻のマリアンヌは日本で囚われの身である。
他にラグナレクの接続計画の味方はいなかったため、彼は一人でギアス嚮団の移転を行わなくてはならなかったのだ。
「やめろ・・・やめろおおお!!」
「そう言った人達に、貴方はどう答えてきたんでしょうね?」
それが返答だといわんばかりに両目に鳥を羽ばたかせたアドリスはシャルルの右手を汚らしいものでも触れるかのように手に取り、コードを奪い取った。
「あ・・・あああ・・・・!!」
アドリスの左手の甲にはコード所持者が誰かをごまかすためのコードの文様の刺青が、そして右手の手のひらにも同じ文様が刻まれているのを見て、アドリスは嬉しそうに微笑んだ。
「長かった・・・ここまで来るのに三年近く。ようやく・・・」
「アドリス・・・」
「これでエディのところに帰ることが出来る・・・長かった・・・!」
心を他の人間に宿すギアスは、暴走するとその人間から出られなくなる。
そのため自身の身体は植物人間状態になるせいで、普通はエドワーディンのようにコードを受け継いで止める。
しかしブリタニア側のコードを奪い取る必要性があった上に他に暴走状態になっている者がいないため、アドリスはギアスを使い続けねばならなかった。
ギアスの対象に愛娘を選んだのは、いくつかの理由がある。
エトランジュが得るギアス、“人の感覚を繋ぐギアス”を自由に使えるというのが最大の理由だった。
このギアスの主な利用法は、思考を繋ぐことによる連絡だ。身体を借りている人間の意識がない間のみとはいえ、これがあれば何かあればすぐにアドリスに報告が行えて指示が貰える。
エトランジュ以外の者にギアスを使う場合、エトランジュを経由する以上すべてが彼女にバレてしまうという事情もあった。
さらにエトランジュが持っている語学能力も、非常にありがたいものだった。
エトランジュが王位についた最大の理由は、アドリスが彼女の中にいるからだったのである。
エトランジュは会議などの時、話を聞いてはいるが理解はしていない。
そこでジークフリードのギアスを使う。
彼のギアス能力は“自身の記憶を相手に送る”ギアスである。
人の記憶と言うのは個人差があるが、大概の場合たとえば通りすがりの人間の会話を耳に入れた覚えはあっても、内容をはっきり憶えているという人間は少ないだろう。
だが不必要な情報として埋もれているだけで、脳裏にはちゃんと記憶されているのである。
ジークフリードをエトランジュの護衛に据えることで、エトランジュに起こったこと全てを記録させていた。
お飾りであろうとも、一国の女王に入る情報はそれなりに重要だ。
たとえ他国の言語を使って喋っているところを聞いているジークフリードには意味不明な会話でも後でアドリスが翻訳したり、会議で揉めている様子も誰がどのような会話をしていて何を企んでいるかも解析していた。
それが可能だと判断したアドリスは、最後のギアスの使用先として娘を選んだ。
何よりも娘が心配で心配で、目を放したくなかったから。
父親として、王としてアドリスが選んだ最善の方法は、エトランジュに過酷な運命を強いてしまった。
「本当ならお飾りの女王で会議に出るくらいでいいかな、と思っていたんですよ。
でもエディがルーマニアでやむを得ず人を殺してしまってから、自分がやると言いだして・・・ムカつくったらなかったです」
皮肉な成長を遂げた娘を、アドリスは複雑な思いで見守っていた。
それと同時に王としてアドリスが下した結論は、それをブリタニアを倒すための計画に組み込むというものだった。
娘の安全を確保するために以前からの友人に表向きはアインからとして援護を頼み、レジスタンスに入っていた者と繋がりが取れるようにもした。
エトランジュの安全を確実に確保した上で、アドリスはブリタニアの包囲網を築くための策に娘を組み込んだ。
確実に世界各国の詳しい情報が手に入るという事情と、そうしなければブリタニアは止められないという現実がアドリスに使いたくない手段を選ばせた。
そしてエトランジュは期待通りにブリタニア植民地のレジスタンスに繋ぎを取り、ギアスを持っているゼロことルルーシュとの同盟を結ぶことに成功した。
さらにEUと新たに出来上がった超合集国連合との同盟の成立に大きく貢献するほどになったのは、アドリスとしても予想外だったけれど。
華々しい成果を上げた娘だが、笑顔の裏でエトランジュが怯えて泣いていたのをアドリスは知っている。
アルフォンスに一度怒鳴られてから、弱音を一切言わなくなった娘が書いていた日記。
その日記には、決して表に出さなかった彼女の不安や恐怖が綴られていた。
自分や亡き妻に宛てた手紙の形式で書かれた日記に、アドリスは妻が死んで以来流すことのなかった涙を流した。
死者にしか泣き縋る者のない娘の、届くことのない手紙。
『みんな大変だから、お父様が聞いて下さい』
苦労は若いうちにやれと言うが、限度がある。
娘の苦労は明らかに、限度の限界を超えていた。
本当ならその場で抱き締めてやりたかった。
もう大丈夫だ、怖いことはしなくていいと言ってやりたかった。
過酷なことをさせた情けない父親でも、エトランジュはずっと待っていてくれている。
だから早く戻って、このみっともない姿手でも抱き締めてよくやったと褒めてやりたい。
もう大丈夫だからお父様に任せなさいと言ってやりたい。
だがその前に、どうしてもやらなければならないことがある。
「貴様・・・人類が一つになり平和が訪れると言うのに、何ということをしてくれたのだ!
お前とて妻が死に、戦争で国民が死んだのであろう!ラグナレクの接続が成ればその者達とも会えると言うのに、愚かな!」
「私、貴方が嫌いなんですよシャルル皇帝。
何で嫌いな人間を理解しなくてはならないんです?」
馬鹿はお前だ、と顔に書きながら冷やかにそう返したアドリスは、もう一度繰り返した。
「貴方が嫌いなんです。だから一つになるなんて私にとっては拷問でしかあり得ません。
ああ、失礼間違えました。“貴方に家族や大切な人を殺された人達すべて”貴方が嫌いなので、貴方を理解するのは苦痛でしかないんです」
マグヌスファミリアの一同が一斉に頷いて同意すると、アドリスはシャルルを指さした。
「でも貴方は理解して欲しいんですよね?世界各地で人を殺し、人体実験に使って差別し虐げた世界を造ったことを理解しろと。
死んでもまた会えるから?ああ、でも身体がない人はどうなるんです?人体実験で身体がろくに動かなくなってしまった人とか、既に火葬にされて身体がない人は?
貴方が殺したバトレーとかいう人は砂漠で干からびていますけど、そんな身体で戻っても悲惨なだけでしょうね。
死者とも解り合えるとかほざいたそうですが、死んでいる人は普通に身体があって美味しいものを食べて絵を描いたり出来る人とは明らかに不平等だと思うんですが、その辺りどうなさるおつもりでしょう?」
「・・・・」
矢継ぎ早に問いかけられたシャルルは、返答に窮した。
それはマリアンヌは身体を修復し大事に保管していたため、既に肉体がない人間や不具合を負ってしまった人間について全く考えていなかったからだ。
「だいたい死者とまた会えると言いますけど、妻を除いて理不尽な死に方をした家族の死因は貴方なのに、その私達に向かってよくもまあ偉そうに死者とも会える計画をやろうとしたなんて言えますね。
自分のためでしょう?嘘は嫌いと言っておきながら、何他人のためだなんて取り繕っているんですか。いつ全世界の人間が貴方に頼んだんですそんなこと」
「・・・貴様は言われたことしかしないのか」
「限度ってものがあるでしょう。自分に反対する者全てを排除して理解し合いたいと言っても首を傾げるだけです。
ちなみに私は貴方を理解する気なんて砂粒ほどもないですよ?」
確かにシャルルの言うとおり、言われたことしかやらないというのは一般的に良くない行為だろう。
だがその状況をよしとする場合など多々あることで、今回のシャルルの計画はいい迷惑以外の何ものでもなかった。
「でもまあ、貴方の言っていることはほぼ正しいですよ。
人間は不平等ですし、仮面をかぶって嘘をつきます。
他者を陥れることもしますし、争うことで文明が進化して来た歴史がありますからね」
「そうだ!それをなくし真に平等な世界を創り、そして優しい世界を・・・!」
シャルルは言っていることが正しいと認められた部分だけを抜き取ってそう叫ぶが、アドリスは笑みを崩さないままそれを無視して言った。
「その世界を見事に発展させたのはどこの誰です。
人間が皆平等ならここまで文化は発展しなかったし、嘘がなければ知らなくていい事実を知って苦しむ人もたくさんいることでしょう。
争いがなくても普通に文化に貢献して来た人も数多くいますし、貴方が無理やり身体に不具合を負わせたナナリー皇女などは視覚がない分他の感覚が鋭敏で、それを生かしてピアノなども綺麗に弾いています。
貴方はいつぞや不平等が進化を生むと言っていたような気がするのですが、気のせいでしたか?」
平等を声高に叫ぶ本当の意味は、最低限度の生活を営みたいということだとシャルルは知らない。
世の中には雨露をしのぐ家もなく、一日一食、それも薄いおかゆで暮らしている人間が多くいる。ブリアニアが侵略した国や以前の中華などが、まさにそうだ。
その一方で食べきれないほどの料理をテーブルいっぱいに並べ、食べなかったものは捨てるという道楽貴族や皇族のような人間がいる。
それが普通に3DKくらいの家でスーパーで買い求めた食材で毎日三食が食べられる人間が大多数で、高級レストランで豪華なフルコースをちゃんと食べる人間が少数の国なら、その声は途端に低くなる。
明らかな不平等でも、限度さえ守っていればそれでいいということではないだろうか。
どういうわけかその限度という線引きがヒエラルキーの上にいる人間ほど、恐ろしくゆるくなっていく。
そしてシャルルはその限度や節度というものが、全く解っていなかった。
一面が悪くとも一面ではいい結果があるというのに、一が悪ければすべてが悪い・・・その思考が凝り固まっているのだ。
「おかしいですね、貴方は嘘が嫌いだと言っていたし、事実言っていることとやっていることが全く同じなのに、人が人を理解すべきだと言う。
差別を促進しておきながら理解も何もないと思うのですが」
「それは方便だ!この計画を推し進めるための・・・」
「みんなそう思って嘘をついたと思いますけどね。何かを成すための方便だと。
その必要がなかったら、誰も嘘なんてつきませんから」
アドリスの台詞を聞いた瞬間、シャルルの動きが止まった。
人は確かに嘘を吐く。
では何故嘘を吐くのか?
それは嘘というものがあるからだとシャルルとV.Vとマリアンヌは考えたから、嘘そのものをなくそうと企んだ。
だがその必要がなかったら、果たして人は嘘をつくのか。
兄の暴走がなかったら、確かに自分はルルーシュに対してあのような暴言を吐くことはなかったように。
「貴方がただけがそうだとでも思っていたんですか?世の中の大多数の人間は、そう思って嘘をつくんですよ。
嘘をここまで嫌がるからにはさんざん嘘をつかれたんでしょうけど、賭けてもいい、王位についてこの国を平和に導くのは自分だけだとか、生活していくために仕方なかったとかそんな思いでやったことでしょうね。私もそうです」
アドリスやマグヌスファミリアの王族とて、好んで嘘をつきたくはなかった。
ましてや大事に思っている家族になら、なおさらだ。
アドリスが行方不明と偽ったのは、実は彼の指示ではなかった。
アドリスが生きていると知れば、エトランジュは地下室で死んだように横たわり点滴だけで生きながらえている父からずっと離れずに傍にいただろう。
そうすれば確かに娘の安全と安息は得られるだろうが、彼女はあの暗い地下室の中で時間が止まり、いつまでも成長しない。
それにこの身体では暴走途中で死ぬ危険が高く、コードを受け継いで何とか生きながらえてもコードを消せばそう長くない命であることも目に見えていた。
だから死んだと伝えて娘の前に姿を現さないつもりだったのに、父を恋しがって泣くエトランジュを見かねた兄達は娘に行方不明だと伝えた。
『いつか必ず戻って来るから、気をしっかり持つように』
コードがなくなっても延命する方法がないかを兄弟達は必死で調べながら、そう嘘をついた。
父はどこかで生きているのではないかと、レジスタンス組織に渡りをつけている合間を縫って探すエトランジュ。
その彼女が治めるコミュニティに当の父親がいることを隠しながら、いつか会わせてやるのだと必死で慰め合い、ある意味で一番残酷な嘘をついた。
「バレたくはない嘘を、私はたくさんつきました。娘にかっこいいところだけを見せたいから、好きでついたわけでもない国王の仕事だって頑張ってやりましたよ。
娘から駄目親父なんて言われた日には、首でもくくりたくなりますから」
エトランジュを確保され、娘と遊びたければ仕事をやれと脅されたこともある。
性格が悪い上にやる気はなくとも、群を抜いた能力とそこそこの責任感、そして余りあるほどの家族への愛情があると理解していたからこそ、一族達はアドリスを王に選んだ。
「私は家族にさえ理解されていれば、別に他から理解されなくても構いません。
貴方はその逆のようですけど、いいじゃありませんか既に貴方を慕う人が大勢いるのですから、その人達のために動けば貴方を心から称えてくれますよ」
「・・・わしを慕う人間だと?」
計画をぼろぼろにけなされ、嘘の有効性を説かれたシャルルが首を上げるとアドリスはにっこりと頷いた。
「ええ、差別を肯定し他国を侵略して奪い、支配することを望む人達です。
貴方が方便で実行して来た弱肉強食の国是を推進する人達は、みんな貴方を求めているではありませんか。
貴方の命令に忠実に従い、数多くの人間を殺し物資を奪い、ブリタニアを豊かにして来た方々です。
嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。それ以外に味方なんていらっしゃいませんから」
アドリスの言葉に、シャルルは目を見開いた。
真に平等で優しい世界を創るために国是を作っただけで、真にそんな社会を望んでいたわけではないのにその社会を認める者だけが自分の味方だなどと、信じたくなかった。
「違う・・・わしが望んだのは・・・!」
「そんなわずかな味方でも気に入らないんですか?貴方を信じて戦ってくれているのに、随分と薄情なことです。
少ない味方を理解するよりも、ラグナレクの接続がしたいんですか?そんなことをしなくても貴方を取り巻く人間関係は大半が憎悪で出来ていると思いますよ。
いやそんなはずはないとおっしゃるなら、今から引っ立てられる国際裁判所や超合集国連合議会で計画に協力するよう呼びかけてみたらいかがです?
娘だってそうやって味方を増やしたんですから、声高に宣伝すればいいじゃないですか」
クスクスクスと実に楽しそうに笑うアドリスと何一つ言い返せずにいるシャルルを無表情に見つめていたルルーシュが呟いた。
「計画の本質を反対しているアドリス様がよく理解していて、やりたがっている本人が全く気付いていないとはな」
「ルルーシュ・・・」
「自身で答えを出しておきながら、自身で否定する。言葉と行動が異なる人間を、誰も理解などしやしない。
お前は世界のためで自分が正しいと言いながら、何故堂々とやらなかったんだ?」
「反対する者の邪魔が入らぬようにするためだ」
「ほう、それで味方がわずかにビスマルクとV.Vと母さんだけか。
俺でさえ反逆を始めてから一年足らずでこれほど多くの味方を得たと言うのに、何十年もその計画を進めてきたお前がそれだけとはどういうことだろうな?」
何十年もの月がなが流れて得た味方が三人だけということは、それだけ賛同者が少なかったか、もしくはもとから誰にも計画の存在を明らかにしていないと言うことだ。
それもそのはずで、彼は自身に反対する者をことごとく処断して来た。
そんな人間に間違いを指摘する者などおらず、自身が理解をする価値のない存在だと見捨てられたことにも気づかなかった。
そう、アドリスが家族や友人以外の理解などどうでもいいと考えていたように、シャルルやV.V、そしてマリアンヌもまた自分を理解する者だけが欲しかったのだから、それ以外の人間の考えなどどうでもよかったのだ。
ただアドリス達はどうでもいいと考えつつも現状に満足していたからこそ多くを望まず必要以上に外国との接点を避け、影響を極力排除していた。
ブリタニアとは真逆の意味で、マグヌスファミリアは自分達さえよければそれでよかった。
けれど他者に迷惑をかけないように配慮をして来たから、もともとの国力の小ささもあってそれは認められてきたのである。
「お前達は結局、自分達に優しい世界が欲しいだけなんだ。
それを望むのは悪いとは言わない、誰しも自分に優しい世界が欲しいものだからな。
だがな、そのために他人を不幸にしたからには、報いを受けるべきだ。
お前が他者を傷つけ殺し、大事な物を踏みつけ破壊して来たことは何があろうと変わらない。そんな行為を認めれば、過去に起きた侵略や殺戮を肯定することだ。
お前達の決定的な間違いはな、自分の幸福が他人の幸福だと勘違いしたことだ!」
「違う、わしは世界のために・・・!」
「みんなのためと言えば殺人や人体実験をしていいという言い訳が通用するなら、この世界に警察も裁判所もいりません。
貴方みたいに自覚なしにそういう考えを持っている人間が権力を持つと、ほぼ例外なく戦争になるんですよね。
そして恐ろしいことにその建前が本音になってしまうと、もう自分では止められなくなるんです。知らなかったのですか?人間の仮面はいずれ皮膚になるんですよ」
自国を富ませるため、隣国に侵略されないため、そんな理由で戦争は世界各地で常に起こって来た。
初めはそれだけで済ませるはずが手段が目的化してしまい、何のためにしているのかを見失い、暴走を続けるのだ。
「仮面が、皮膚になる・・・?」
「そうですよ、貴方の周りにも大勢いるでしょう?
初めは命惜しさから貴方の言葉に従って虐殺して来た人物が、間違っていると知りながらそれをすることに耐えられず、知らず知らずに染まってそれが正しいことだと自ら信じるようになるんです。
たとえば貴方の三番目の娘さん、貴方のおっしゃる国是を正しいと公言し、何もしていないサイタマの皆さんを見事に殺してのけました」
親孝行の娘さんに成長して幸せですね、と皮肉たっぷりなアドリスの台詞に、ルルーシュは吐き捨てるように言った。
「まさかお前は、コーネリア姉上が元からあのような虐殺を肯定する人間だったと言うつもりではないだろうな?」
「・・・それは」
シャルルは完全に父親失格の男だが、それでも子供達を少しくらいは見ていた。
まだ士官学校を出たばかりのコーネリアは、妹を思いやり他人にも優しく、宮廷内で弱い立場にあったルルーシュやナナリーを何かにつけて庇っていた。
その彼女が弱い立場で武器を持たない人間を殺戮するまでになったのは、シャルルがさせたことによる侵略戦争が大きく関係していることは、間違いない。
「うちの子だっていずれブリタニア人を殺すことが正しいと信じるようになるのではと怯えている段階ですが、このままだと確実にそうなるでしょう。
実際その手で何人も殺してきていますし、おたくの次男が馬鹿な計画を語ってくれたせいでどんな手段を使ってでも早く何とかしなければと思いつめていますからね」
今エトランジュは自室でがたがた震えて引きこもっていると告げるアドリスは、大きく溜息をついた。
事情を聞いたユーフェミアがすみませんごめんなさい、必ず止めますからとドアの前で必死に謝っていたのが気の毒でならない。家族や親戚は選べないのだから。
「エディだって何の罪もないユーフェミア皇帝に謝罪されたら、よけい気が重くなる。
かといってユーフェミア皇帝からすれば恐ろしいことをしでかしてくれた父親や異母兄の所業に何も出来ない以上、ひたすら謝りたくなる気持ちも解るのでしたいようにさせていますけど・・・そろそろ止めないと、しまいにみんな発狂します」
「・・・ご迷惑をおかけして申し訳ない」
ルルーシュが軽くアドリスに向かって頭を下げると、彼は小さく手を振った。
「貴方が謝ることはないでしょう、ユーフェミア皇帝もね。貴方がたには本当によくやって頂いています」
「シュナイゼルの計画のほうも全力で止めなくてはなりませんからね。
むしろあれのほうが現実的な分始末に悪い」
苦々しげな息子の台詞に、それだとばかりにシャルルが言った。
「わしを拒めばその先にあるのはあやつの、シュナイゼルの世界だぞ!?
善意と悪意は所詮一枚のカードの裏表、それでも貴様らは・・・!」
「・・・ちょっと待って下さい、貴方知ってたんですか?シュナイゼルのダモクレス計画を」
ずっと笑みを浮かべていたアドリスの顔から笑顔が消えたのを見たシャルルは、重々しく頷いた。
「あれが極秘に何やら建設しているという情報は、前々から聞いておった。
兄さんに頼んでギアス嚮団員を借り受け、内偵を進めさせておったからな。
あの計画は実現させてはならぬゆえ、ラグナレクの接続で人類の意識を一つにして争いを無くせば、あのような計画も・・・」
シュナイゼルの計画を止めるためと言えば少しは理解をしてくれるかと思ったシャルルだが、突き刺さって来たのは冷たい視線だった。
何故この男は、何をするにもいきなり究極の手段を使おうとするのだろう。
「・・・お前、もうホント死ねよ」
「ギャグで言ってるんじゃないわよね?」
「ギャグならそれはそれでムカつくぞ」
マグヌスファミリアの一族からの絶対零度の声に、息子であるルルーシュも疲れたように尋ねた。
「・・・一応確認するが、シュナイゼルを止めなくてはならないと思ったんだな?」
「そうだ、大量破壊兵器を使用し世界を管理するなどあってはならぬ」
お前が言うなと誰もが思ったが口にするのも面倒だったので、見事にそれはシャルル以外の人間の心にだけに響き渡る。
「だったらどうしてそんな最悪な計画を立てた人間に宰相という地位を与え、あまつさえそのまま国政を任せ続けたんだ?!
普通に宰相を解任しダモクレスを解体させれば済む話だろう?!」
それこそ最悪シュナイゼルを殺せば済む話だというのに、いったい何を考えているんだと怒鳴るルルーシュに、シャルルは淡々と答えた。
「あれでなくてはブリタニアの国政を任せることは難しかった。
わしがラグナレクの接続を推し進めるためにも、国政を任せる者がいなくてはならん」
「・・・クックック・・・あはははは!!そうか、よく解った。子供を道具としか思っていなかったと自ら認めたか!!
さすがに嘘は嫌いだと言っているだけはあるな、あはははは!!」
要は子供をうまく使いたいがために黙認していたと言うことではないか。
そうやって放置しておきながら、その計画は間違っているとほざくとはシャルルの言動や行動は全く意味不明過ぎて手に負えない。
哄笑するルルーシュが気の毒でならず、誰も何も言えなかった。
シャルルやマリアンヌは、一度として自分の非を認めなかった。
認めればこれまでの自分を否定することに繋がるから、どれほど間違っていると言われその根拠を示されても受け入れることが出来ないのだ。
だがアドリスは知っていた。
以前にコーネリアに連絡を取ったナナリーが怒っていた本当の理由は、自分達のためだと言いながらあれだけの仕打ちをしておいて、自身を正当化するだけで一言も謝らなかったからだということを。
しかし親切にそれを教えてやるつもりなどないアドリスは、淡々と言った。
「ムカつく奴の不幸はワインの味というのが私の持論ですが、酒が悪いと悪酔いするのでこの辺にしておきましょう。
私は可及的速やかに娘の元に帰って、これまでのことを許して貰えるまで謝るという大事な仕事があります」
やむを得なかったとはいえ、アドリスが娘の身体や能力を無断で使っていたのは事実なのだ。
どのような理由があろうとも、やってしまったからには謝罪しなくてはならない。
「さて、ここで私の用件は終わったわけですが、どうしますかルルーシュ皇子。
この男の首を取って、ブリタニアに揺さぶりをかけます?」
コードのないシャルルに用はないとばかりにアドリスが彼から離れながらルルーシュに問いかけると、軍備の再編成の真っ最中に揺さぶるというのは少々まずい。
だがブリタニア皇帝を捕らえればここが確実にブリタニアの施設だという証拠になるので、ここは生きたまま確保して状況次第で始末するのが一番いいだろう。
「状況が刻一刻と変化するので、とりあえず生きたまま連行しましょう。
黄昏の間はそのまま占拠していて下さい。人体実験の証拠はギアスに関係性のない物だけを公表するべく、資料の選別をするよう指示してあります」
「手際がいいですね。ではそうしましょう。兄さん達」
「了解した。誰かロープを寄越せ、絶対ほどかれないように縛るぞ」
「アーバイン兄さん、頑丈なワイヤー持って来たわよ。手錠もね」
エリザベスがてきぱきとシャルルを捕縛するための道具を取り出した瞬間、黄昏の扉が開いた。
「な、誰も開けちゃダメだって!!」
エリザベスが叫ぶと同時に扉の隙間から現れたのは、エヴァンセリンを取り押さえたビスマルクだった。
「ご無事でいらっしゃいますか、陛下!」
「ビスマルク・・・!」
「ご、ごめんなさい伯父さん伯母さん・・・!」
怯えたような表情で謝罪するエヴァンセリンに、アーバインは青ざめた。
「エヴァ!!貴様・・・!」
アドリス達がやられたと舌打ちすると、エトランジュのギアスを使えないアドリスは内密に指示を出すことが出来ずに考えを巡らせた。
(今あの子は精神安定剤を投与されて眠っているから、あの子に連絡することは出来ない。
コードを奪ったからと安心していじめていたのがまずかったな)
呑気にシャルルが傷つくと解っている言葉を投げつけて遊ぶんじゃなかったと反省したアドリスは、常は封印しているという左目が解放されているのを見て彼もギアス能力者であり、暴走していると予想した。
アドリスは悟られないよう、堂々とラテン語で指示をするべく唇を開けた刹那、ビスマルクが言った。
「私は確かにラテン語など解らん。だが、お前の指示は見えているぞ。
猟犬どもを仕掛けると見せかけて、隠している毒蛇を襲わせるつもりだろう」
「・・・そういえば貴方のギアスは予知能力でしたね」
「やはりC.Cから聞いていたか。数こそ劣るがしょせん悪知恵だけが武器の素人の集団。歴戦をくぐり抜けた私に勝てまい」
C.Cはビスマルクのギアスの内容をルルーシュに教えており、それはもちろんマグヌスファミリアの全員にも伝わっている。
交渉事は苦手な方だが、それでもそれなりに場数を踏んでいる彼は、己の予知を見せつけることによる人質交換を試みたのである。
ビスマルクの言うとおり、ここにいるのは素人に毛が生えた程度の戦闘能力しかない者達ばかりだ。
さらに言えば戦闘向きのギアスを持つ者も少なく、その場で未来が見える予知という強力なギアスを前に勝つ自信などない。
「こういうことは私の本意ではないが、忠誠を誓った我が主君のため・・・この娘を引き渡そう。代わりに・・・」
「この男を渡せ、か・・・いいだろう、エヴァンセリン嬢とは到底釣り合わない男だ。
せっかく捕えて頂いたのに申し訳ないのですが、よろしいですか?」
見知らぬ他人の娘以下の価値と評されたシャルルがルルーシュを見つめるが、息子が確認を取ったのは自分をさんざん貶めた男だった。
アドリスはあっさり頷いて了承した。
「いえ、ビスマルクを失念していたのはこちらの不手際ですから構いません。
エヴァ、貴女が油断していたわけではありませんからそう自分を責める必要はありませんよ。
さあ、交渉成立です。うちの姪を放しなさい」
「・・・よかろう」
自身の目に映る予知から無事に主君が解放されると解っていたビスマルクがエヴァンセリンを解放すると、忌々しげにマグヌスファミリアの面々がシャルルをビスマルクのほうへと力強く押し出した。
「陛下、ご無事ですか!」
「・・・ルルーシュ、お前はそれでいいのか?
この計画が成ればマリアンヌも戻れるやもしれぬのに」
「母さんはすでに俺のギアスでアーニャの中から出て行ったぞ。
それほど会いたいなら、さっさと死んで人間が生まれて戻るというCの世界とやらに行くんだな」
「な、なんだと・・・!お前は母を・・・!」
既にマリアンヌはこの世にいないと聞かされたシャルルが息子を非難すると、アドリスは冷めた声で言った。
「おや、お兄さんが身体を殺した時は何も言わなかったのに、心を殺した息子さんはしっかり責めるんですね。
そんなにお兄さんが大事なら、お子さんなんて作らなければよかったのに。
ああ、使い勝手のいい道具を作るためですから必要だったんでしたね。解っていたことを言って申し訳ない」
「貴様、陛下の苦悩も知らずに勝手なことを言うな!!」
ビスマルクが叫ぶも、アドリスは全くひるむことなく言った。
「嫌いな人間の苦悩なんか知りませんよ。
むしろ私は嫌いな人間が嫌がることをするのがとても好きなんですが、貴方が嫌いな嘘をつこうとすると貴方を称賛することになるので、どうしても出来なかったのが残念です。
嬉しかったでしょう、こんなにたくさん心からの本音の言葉を聞けたのですから」
清々しい笑みを浮かべたアドリスの何の感情もこもっていない声に、ルルーシュも同じ表情と声で同調する。
「そうですね、あれほどの不幸をばら撒いてまで望んだものだ。
せいぜい堪能してブリタニアへ帰れ。
軍備が整ったら遠慮なくまた会いに行ってやる。その時は自分を理解しなかった俺達や世界が悪いんだと自己正当化し続けるがいいさ。
それがお前にふさわしい人生だ」
「ルルーシュ・・・!」
「これから先、ブリタニアが不利になるにつれて貴方に対する悪口や批判が嫌と言うほど聞けるようになると思います。
それを嘘ととるか本音と取るかは貴方次第ですが、悪口というものは心からの本音の場合が多いですからぜひ喜んで聞いてあげて下さいね」
今ブリタニアと友好を結んでいる国の大半はブリタニアから豊かな物資を受け取り、利益をもたらしているからだ。
それがなくなった時公然と差別国是を掲げる国にどう出るか、ほとんどの人間は想像するまでもなく解っていた。
そしてアドリスはその想像を現実化してやる気満々である。
ビスマルクに支えられ、冷たい真実の声に見送られたシャルルが黄昏の間を通ってブリタニア宮殿の遺跡に戻ると、彼はビスマルクを見つめた。
「陛下、いったいなにがあったのですか?見た限りでは嚮団の移転がルルーシュ様により邪魔をされてしまったようですが」
「・・・コードを奪われた。マグヌスファミリアのアドリス王に」
「何ですと?!生きていたのですかあの男」
「わしもこれで只人だ・・・こうなればビスマルクよ、お前が達成人となり、コードを奪うしか道はない。
これから軍を編成して、黒の騎士団を制圧するのだ」
マグヌスファミリアの連中に取り押さえられる時につけられた傷は治っていたが、その後についた擦り傷などは全く治らなかった。
「イエス、ユア マジェスティ。
しかし陛下、マリアンヌ様は・・・」
「あれがどう思っていたかも、ルルーシュは解っておらぬのだ。
頼むビスマルクよ、ここまで来て諦めるわけには・・・」
初めて見せる主君の弱々しい声を、ビスマルクはこれ以上聞きたくなかった。
あえて力強い声で、シャルルに言った。
「お任せ下さい陛下。必ずや私が達成人となり、マグヌスファミリアからコードを奪ってごらんにいれましょう」
「頼むぞ。まだブリタニアを滅ぼすわけにはゆかぬゆえ、わしは政治のほうに専念するとしよう」
そうだ、自分にはまだギアス持ちのビスマルクという仲間がいる。
彼が達成人となれば、再度コードを奪うことが出来るのだ。
『お前達は自分に優しい世界が欲しいだけ―――』
『嘘が嫌いだと言った貴方の言葉に共感している方々です、大事になさって下さい。それ以外に味方なんていらっしゃいませんから』
愛した妻との間に生まれた息子の冷たい台詞と、自分の計画に必要なコードを強奪した男の楽しそうな台詞が響き渡る。
自分に優しい世界が欲しいだけだと自分を批判していたのに、自国や家族さえよければいいと言っていた男は何故認めるのか。
自分に暴言を吐いたことは責めたのに、アドリスの明らかに相手を傷つけるのが目的の台詞を何故黙って聞いていたのか。
他者と比較し自分が不幸だと考え続けている限り、その答えは永遠に解らないだろう。
自ら嫌いな人間が嫌がることをするのが好きだと言っていたアドリスに、苛立ちながらも教えてやるアルカディアのような優しさなどない。
誰にも理解されないまま死ねという意図で、彼は肝心なことは何も教えてやらなかったのだから。
それに今更改心したところで事態が好転するわけでもなく、どの道シャルルには死んで貰わなくてはならないのだから、無駄なことをするほどアドリスは暇ではない。
そもそもシャルルに改心を望んでもいない。
味方にはどこまでも優しく何でもするけれど、敵にはとことん容赦がないのがアドリスという男だった。
しかもルルーシュとは違って世慣れている上にあらゆる手段を使うことに躊躇いがないため、はるかに性質が悪かった。
だからシャルルは自分に恨みをぶつけるためにあのように事実を歪曲して伝えたのだと思い込み、未だにラグナレクの接続が正しいのだと信じていた。
あのように自分が嫌いな人間は不幸になればいいと臆面もなく言い放つような男こそが間違っているのだ。
だがアドリスがシャルルに向かって言ったことが悪意から出たものであろうと全くの事実であったことを、シャルルは少しずつ思い知ることになるのである。