第三十四話 コード狩り
ナナリーと別れたルルーシュ達は、特別に手配したチャーター機でゼロ番隊とともに中華の地へと降りていた。
チャーター機の中で扇がヴィレッタと通じていることが明らかになり、捕縛したとの報告がきた。
二人が潜伏していたホテルの支配人がシュナイゼルの手の者で、今マオがスパイ網を壊滅させるべく思考を読んで処置にかかっているとのことなので、日本はこれで安心出来そうだ。
ゼロの衣装をまとったルルーシュがジェレミアとともに密に太師の邸宅へとやって来ると、太師はジェレミアを見て大きく溜息を吐く。
「・・・ブリタニアとは何と恐ろしい国か。まさかここまで非道な行為を行うとは思いもせなんだわ。
天子様との婚姻を阻止出来たことに、心底安堵したわい・・・」
「お察しいたします。そしてこのジェレミアからこの施設の位置を知ることが出来ました。
証拠隠滅を図られる前に、一刻も早く捜査に踏み込ませて頂きたい」
「うむ、天子様にも報告して、既に御裁可を頂いてある。
砂漠地帯にあるとのことで少々間者を動かしたが、誰一人として帰って来なんだ・・・。
この中華でこのような恐ろしい実験を行うとは、とうてい許せるものではない。
合衆国中華の要請を出すゆえ、徹底的に捜査をお願いしたい」
まさか外道な実験を行うだけ行って、中華に罪を押し付けるべく強引な婚姻併合を謀ったのではあるまいかと、太師は怒り心頭である。
秘密裏に話を通した二十名ほどの合衆国中華の黒の騎士団員達も、憎々しげな顔を隠そうともせずゼロに敬礼した。
「我ら百名、ゼロの指揮下に入ります!」
「頼りにしている。では一つだけお願いしたい。
“ギアス嚮団に関する終了宣言があるまで、私の命令に従って貰いたい”」
「・・・はい、我々は貴方に従います」
中華の騎士団員達が目を赤く縁取らせて了承する。
これでギアス嚮団戦で混乱することなく事を処理できる。
「最後はギアスに関することだけ忘れさせて、終了宣言を出せばいい。
あの連中には外側を固めさせて、ゼロ番隊と俺達とで内部に突入する」
「解りました、お任せ下さい」
頼もしいジェレミアの台詞に笑みを浮かべたルルーシュは、ゼロ番隊と中華の騎士団員を引き連れて一路ギアス嚮団本拠地へとトレーラーを走らせた。
同時刻、イギリスにあるマグヌスファミリアのコミュニティでは王族達が一室に集まっていた。
「ゼロから連絡が来たぞ。ギアス嚮団の場所に向かっているそうだ。
・・・いよいよ我々の出番だが、準備は出来ているな?」
アインの台詞に一同が緊張した面持ちで頷くと、エリザベスが爪を噛みながら言った。
「アルがあのふざけた計画の推進者の女に全身打撲の目に遭わせられたのよ!
既にギアスで消したそうだけど・・・あの一族は許せないわ兄さん。早く行きましょうよ、ね?」
シャルルの侵攻命令により娘は地下室暮らしを余儀なくされ、自ら日本にやって来たマリアンヌのせいで息子は全身打撲。
その発端となった全ての人間の意識を一つにするという計画を何が何でもぶち壊してやると、エリザベスは激怒していた。
「わ、解ったから落ち着けリジー。お前にはE.E達を連れて行く役目があるんだぞ。
冷静に行動して貰わんことには困る」
「・・・そうね、その通りだわ。E.E達を運ぶ例の車は夫に運転して貰うつもりよ。
もう中に移動してるから、すぐにでも出発出来るわ」
妹の怒気を何とか収めたアインは、一族達に言った。
「これはギアスを受け継いできた我々にしか出来ないことだ。
幸いようやくこの歴史を終わらせられる可能性も出てきた以上、全力でことに当たるべきだ。
急ぎ、ストーンヘンジに向けて出発する」
現在ギアス能力者は二十八名。
うち戦闘に向いた能力者は十名もいないが、やりようによっては何とかなると充分に打ち合わせをしてある。
全員が緊張した面持ちで部屋を出ると、一斉に移動すれば怪しまれるので以前からの指示に従ってそれぞれのルートでストーンヘンジへと向かった。
残っているのは予知能力を妻に渡したため、今は普通の人間になったアインだけである。
いつEUからの連絡があるか解らないという事情もあり、彼だけは残らなくてはならなかったのだ。
「頼んだぞ、みんな・・・!
アインは自室でギアスの暴走に苦しむ妻の手を握りながら、ただひたすら祈った。
すべての家族が無事にここに戻ってくると、彼は信じたかった。
予め知ることが出来ないということがこれほど恐ろしいとは、ギアスを持っていた時は想像しなかったが、これも力に慣れてきたことの証左だろう。
過ぎた力は身を滅ぼすのは、これまで多くの一族がギアスの暴走で苦しんできた姿を見てよく承知していたというのに、目の前で妻が自分の身代わりで苦しんでいると言うのに、それでも知りたいと望んでしまう。
「・・・やはりギアスは滅ぼしてしまうべきだ。
もう少しこらえてくれ・・・ゼロが来てくれたらその暴走を止めて貰えるはずだ。
何も出来ない無力な私を許してくれ・・・」
アインは最愛の妻にそう謝罪しながら、子供達が、兄妹が、甥と姪が戦いに赴いた黄昏の間へとただ祈りを捧げていた。
それから一時間後、ルルーシュ達はギアス嚮団を素早く包囲していた。
「いいか、ここから出てくる者があれば、麻酔弾を撃って眠らせて捕えろ。
先行部隊として私とジェレミア、とロロが向かう。
この二人はこの施設の犠牲者で、内部構造を知っているからな」
手早く騎士団員達に最終指示を出し終えたルルーシュは、パソコンを立ち上げた。
ジェレミアから聞いていた定時連絡の回線に繋いで研究員が出ると、ジェレミアに応対させてV.Vを誘き寄せる。
だが何故かV.Vは現われず、ジェレミアは苛立ったように言った。
「どうした、嚮主はいないのか?」
「今から嚮団の拠点をブリタニアに移すと、嚮主様がおっしゃられたのだ。
そのための準備に追われているので、おいでになれない」
既に逃げる準備を整えていたかと、ルルーシュとジェレミアは眉をひそめた。
(やはり急いで襲撃を決めたのは正解だったな。おそらくヴィレッタが報告したのだろう)
事情を知っている藤堂達では大々的に捜査が出来ず、千葉と朝比奈は無実だった玉城を問い詰めていたし、藤堂は扇に的を絞ったものの裏を取るための時間があったから、充分にその時間はあった。
「急ぐぞジェレミア」
「はい、ルルーシュ様」
『イエス、ユア ハイネス』と呼ばれることをルルーシュが拒否したため、ジェレミアがそう答えるとルルーシュはゼロの仮面をかぶり直して叫んだ。
「・・・現在地を割り出すことに成功した。
黒の騎士団、全軍突撃!非戦闘員を捕縛し、私の元に連行せよ!!」
「「「了解!!!」」」
トレーラーからナイトメア用ポリスが次々に降りて、一斉にギアス嚮団内部に突入した。
余りの電撃的な速さでの奇襲に研究員達は驚いたが、嚮主たるV.Vがいない彼らはどうすることも出来ず、ただ逃げ惑うばかりである。
一部は抵抗を始めたが多勢に無勢であり、睡眠ガスを流されてたちまち無力化されて捕縛されていく。
さらに打ち合わせ通りロロは子供達を集めに行き、ジェレミアはゼロ番隊を率いて自分と同じ実験体が集まっているエリアへと飛んで行った。
「武器を捨てて投降しろ!私はC.C、前嚮主のC.Cだ!!
悪いようにはしない、大人しく私の所に来てくれ!」
突然の騒ぎに怯えていた者達だが、C.Cを憶えていた嚮団員数名がその声に導かれて恐る恐るやって来た。
「C.C様!お帰りなさい!!」
「帰って来て下さったのですね。あの、この騒ぎは・・?」
「・・・大丈夫だ、お前達が大人しくしてくれればすぐに治まる。
もうお前達は怖いことややりたくないことを強制されることはない。
放っておいてすまなかったな」
C.Cの謝罪に嚮団員達はほっとした笑みを浮かべた。
「もう実験に使われなくてもいいのですか?」
「ああ、大丈夫。これが終わったらお前達は自由だ。
今から私が再度嚮主となる。
それからもう一人、別のコード所持者が副嚮主になってくれるそうだ」
自由、という言葉の意味がよく解らなかった彼らだが、それでも以前は自分達の面倒を優しく見てくれたC.Cが嚮主となるのなら、自分達に否やはなかった。
「はい、C.C様!僕達、C.C様についていきます」
「ありがとう。では早速で悪いが、バトレーと言う男を知っているか?」
「あ、はい。ギアスを授かったわけでもないのに何故かここにいた男ですよね?
・・・うーん、昨日通信室に向かったのは見たけど、それ以降は知らないです」
ギアス嚮団で通信室を使えるのはごく一部の者だけで、鍵を持っていなければ入ることすら出来ないため、中で何をしていたかは知らないと言う。
C.Cはありがとうと礼を言うと、背後にいたルルーシュに向かって報告する。
彼は捕縛して連行されたギアス嚮団員に自分に従えとギアスをかけている作業に勤しんでいたが、彼女の報告はしっかりと聞いていた。
「昨日か・・・まだここにいるかもしれないな」
「ああ、探せば見つかる可能性が高い。
それにしても、お前随分と懐かれていたんだな・・・マオもそうだったが」
いつものんべんだらりと日々を過ごしている魔女が大勢の子供達を世話していたという事実に驚いていると、C.Cはぽつりと呟いた。
「私は出来ないんじゃない、やらないだけだ。
これでもお前と同じレベルの家事能力はあるさ・・・出来なければ殴られたから」
最後の方は小さいものだったが、ルルーシュにはしっかり聞こえていた。
「・・・そうか。ではこいつらの面倒はお前に任せる。
今からバトレーを・・・すまない、日本からの連絡だ」
ルルーシュがエトランジュのギアスで何やらやりとりしていると、よほど驚く報告があったのか突然目を見開いた。
「・・・それは本当ですか?!」
思わず大声を上げたルルーシュに嚮団員達は驚いたが、すぐにギアスによるものだと気付いたのですぐに元の表情に戻った。
《・・・そうか、解りました。ええ、それで結構です。
後は桐原と藤堂に・・・ご迷惑をおかけして申し訳ない。
では、後ほどお会い致しましょう》
「おい、エトランジュからの報告か?」
「・・・ああ、達成人が今生まれたそうだ。とにかくV.Vを捕えて日本に戻るぞ。
バトレーを確保し、ギアス嚮団員を保護して引き上げる。
V.Vはブリタニアにいるというなら、黄昏の間からブリタニアへ行ってギアス嚮団全員で確保する」
見た目は子供なだけならギアスが効かなくても対処が可能だというルルーシュに、なるほどとC.Cは納得した。
ギアスを二十名ほどにかけ終えたルルーシュは、エトランジュのギアスを通じてマグヌスファミリアの面々に連絡した。
《今、突入作戦を開始しましたマグヌスファミリアの方々。
そちらも至急、黄昏の間を抑えて頂きたい》
《任せて下さいゼロ。みんな、行きますよ!》
エリザベスがそう促すと同時に、ストーンヘンジの黄昏の間へと続く扉が開かれる。
「よし、俺達は手早くギアス嚮団をこの手に収めなくてはな。
それにしても、この騒ぎの中やたら静かだな。どうなっているんだ?」
「そ、それが・・・V.V様が昨夜からどこかに行って、代わりに新しい嚮主様だって方がつい一時間くらい前に来て・・・副嚮主はその人じゃないんですか?」
「何だと?そいつは誰だ?」
V.Vの代わりに嚮主になったということは、彼のコードを奪った者がいるということだ。
それには達成人になっている必要があるのだが、C.Cが知る限りそれが可能なのは彼の兄であるシャルルだけだ。
「変な髪形をしたおじいさんでした。くるくるーって髪を巻いてて・・・」
「あの男が?どういうことだ」
ルルーシュが舌打ちしつつ首を傾げるが、事情を知らない少年は解りませんと言うばかりだ。
「貴重な情報をありがとう。ああ、ロロ達も来たか」
「兄さん、連れてきたよ!」
兄に褒めて貰おうとロロが知っている限りのギアス嚮団員を連れてやって来ると、ルルーシュはよくやったと弟を褒め称えた。
「21人か、よくやったぞロロ。この子供達はお前に任せる。
俺は至急探さなくてはならない奴が二人いるからな」
ルルーシュはロロが連れてきた嚮団員に自分に従えとギアスをかけると、ロロは真剣な顔で報告した。
「そのことなんだけど兄さん、さっきこの子達が教えてくれたんだけど、通信室で壮年の男が殺されたんだって。
例の外から来た男で多分容姿からしてバトレーだと思うんだけど・・・」
「何?殺したのは誰か解るか?」
ルルーシュは話を聞かせてくれたという嚮団員に尋ねると、彼らはすぐに答えた。
「事情は知りませんが、殺したのは新しい嚮主だという男の人です。
V.V様の弟で、よく出入りしていたから・・・」
死体の始末を命じられて砂漠に捨ててきたという嚮団員にバトレーの写真を見せて確認すると、彼らは殺されたのはその男ですと認めたのでルルーシュは眉をひそめた。
「・・・殺したのがシャルルだとすると、連絡先は限られてくるな。おそらく」
「ああ、間違いなくシュナイゼルだな。あいつがあのタイミングでギアスを知ったのも頷ける。
ギアスキャンセラーはもうほぼ完成しているのだから、情報を漏らすような奴は用無しと言うことか」
「それで、すぐにブリタニアのほうに移転するから準備をするように言われて、みんなそれにかかりきりになっていて・・・だからみんな来ないんだと思います」
「なるほど・・・教えてくれて助かったよ。ロロ、ここは任せたぞ。
俺達は至急あの男を捕えに行く」
ルルーシュがC.Cとともに走って行くと、ロロはさっそく兄に言われたとおりに兄手作りのお菓子を配り、これからのことについて嚮団員達に説明を行うのだった。
黄昏の間ではマググヌスファミリアに使われまいと、V.Vが派遣したギアス能力者が数人、常に見張りについていた。
彼らのギアスは相手を眠らせたり感覚を操作するものであったりという、行動を阻害するタイプのギアスである。
嚮主から絶対に誰も通すなと命令されている彼らが黄昏の扉を見張っていると、ゆっくりと扉が開いていく。
「黄昏の扉が開いた!V.V様や新嚮主様からは使用する旨は聞かされていないな」
「ああ。ではギアスを・・・う、うわあ!!」
「なんだこれは?!」
ギアス嚮団員が悲鳴を上げるのも無理はない。
何しろまだ人が出てくるのは難しい扉の隙間から飛び出して来たのは人間ではなく犬の群れで、大きく吠え猛りながらギアス嚮団員の腕や足に噛みついてきたのだ。
「私達の国は農耕国家で、家畜もたくさん飼ってるの。
牧羊犬はもちろん、荷物運びとかそういう使役犬もいるからみんな犬の扱いには慣れているのよね」
そう言いながら完全に開け放たれた扉から馬に乗って突撃して来たのは、エヴァンセリンだった。
他にも数人の人間が馬に乗って黄昏の間に乱入し、そこら中を馬でギアス嚮団員を追い回すと、皆それから逃げることに精いっぱいでギアスどころではない。
その隙を突いてマグヌスファミリアのギアス能力者がギアス嚮団員を眠らせたり、動きを麻痺させたりして動きを止め、縄でぐるぐると縛っていく。
「暴走してるならともかく、そうでないならギアスは集中しないと使えないのよね。
まさかこんな手段で来るとは誰も思わなかっただろうなあ」
ぽりぽりと頭を掻きながらエヴァンセリンが呟くと、他の家族達もうんうんと頷いた。
そう、ギアスは集中しなければ使えない。
視覚型は相手の目を凝視する必要があるし、聴覚型は味方にだけ作用する形で声を発する必要がある。
ましてや今回のように敵味方が混戦している状況ではなおさら集中力が必要だ。
範囲型に至ってはどの程度まで広げるかなどの思考を必要とするケースが多いので、犬に追いかけられて馬に追い回されている彼らにそんな余裕などあるはずがない。
黄昏の間にナイトメアは無理でも武器を携帯して入ることは可能だったから、ギアス嚮団員も銃は持っているし防弾チョッキなどの対策はしてあった。
そもそもギアスで先手を取ればいいとの考えもあり、彼らは相手を確認した瞬間にギアスを発動する準備も万端に整えていた。
だがまさか馬に乗って襲ってくるなど予想の外にあったし、まして犬をけしかけてくるなど論外であった。
ギアスは人間にしか効かないことは知っていたが、それを逆手にとって扱い慣れている犬を群れで襲わせ、突撃のスピードを速めるべく馬に乗るとは誰も想像していなかった。
おまけに耳栓で聴覚をシャットアウトしているマグヌスファミリアの王族だが、エトランジュのギアスにより情報をやり取りしているので不都合はない。
そのためギアス嚮団の聴覚型のギアスを防ぐことに成功している上に自分達は使いたい放題、さらに視覚型ギアス能力者以外の者は皆特製コンタクトレンズをしているのでそちらの対策も完璧だ。
先に集中力を必要とする範囲型のギアスさえどうにかしてしまえば、後はこちらだけ一方的にギアスを使うことが出来るのだ。
逃げ惑うギアス嚮団員をギアスや麻酔銃などで戦闘能力を奪い終えたマグヌスファミリアの王族達は、このまま黄昏の間に留まってV.Vの逃げ道を塞ぐ手筈である。
だがV.Vはいないようだが別の嚮主になった男がいるとのことなので、彼だけは何としてでも確保しなくてはならない。
「よし、この黄昏の間を制圧に成功!後はギアス嚮団内部のほうに助けに行ければいいんだけど、大丈夫かな」
エヴァンセリンが安全が確保された後E.E達を連れてくることになっていたため、まだストーンヘンジにいるエリザベスに向かって告げると、彼女の顔色は青かった。
「どうしたのリジー伯母さん。何かまずいことがあったの?」
「・・・いいえ、その逆よ。朗報よ聞きなさい。達成人が今生まれたわ」
「それ、本当?!やったね伯母さん!じゃあ新嚮主って奴のコードを奪えるわね。
捕まえて連行してうっかり他の人に見られたら面倒だからよかったわ」
アインの妻に移された暴走ギアスがやっと収まったのだと思ったエヴァンセリンが小躍りすると、エリザベスは厳しい顔で命じた。
「今ゼロにもそのことは伝えたわ。
今から私とE.Eと達成人の三人で今から外に出て、嚮主を捕まえに行きましょう。
捕縛組と残留組に分かれるから、残留組は私達が外に出たら絶対誰も出入りさせては駄目よ。いいわね?」
「え、うん、解ったけど・・・外はどうなってるのかなあ?何だか怖い・・・」
「大丈夫よ、しっかりなさい!入っていらっしゃいな、二人とも」
エリザベスが招き入れたE.Eと“達成人”の姿を見た瞬間、不安一色だった一族達の顔が凍りついた。
「・・・エド従姉さん・・・!それに、何で・・・が!!」
息を飲む一族達の前で、二人は説明に困ったように微笑んだ。
一方、ギアス嚮団の新嚮主となったシャルルはブリタニアにギアス嚮団を移転すべく、急な準備を推し進めていた。
突然の嚮主交替だが長いギアス嚮団の歴史ではよくある話で、前嚮主のV.Vの弟で頻繁に出入りしていたこともあり、誰も疑うことなくあっさりと受け入れられた。
しかしまさかつい先日にジェレミアが暗殺に向かったと判明した翌日に息子が総攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったシャルルは、やむなくここを破壊することにした。
淡々と無感情に実験施設を中心に嚮団内部に爆薬を仕掛けていく嚮団員らを眺めながら、シャルルは黄昏の間を目指していた。
(さすがはルルーシュ、行動が速い。
ギアス嚮団までもが取り込まれてしまえば黄昏の間を抑えられ、思考エレベーターをも破壊されてしまいかねぬ)
シャルルは一足先にブリタニアに戻るべく黄昏の間に足を向けながら、先日の出来事を思い返した。
先日、ヴィレッタからルルーシュの友人を誘拐する計画に失敗したとの報を受けたシャルルは、同時にジェレミア・ゴッドバルドがルルーシュ側についたことを知った。
シュナイゼルから送らせたギアスキャンセラーの適合体がほぼ完成に近づいていたことは知っていたが、何故日本にいるのかと驚いたシャルルがギアス嚮団に訪れて研究員に尋ねたところ、兄がゼロを暗殺するために送り込んだと知らされた。
自分に無断でルルーシュに手を出さない、勝手な行動はしないと約束したのに、それを破った兄はまた嘘をついた。
一度までなら許したが二度までも約束を破られたシャルルは静かに怒りながら、呼び出しに意気揚々とやって来た兄に尋ねた。
『兄さん、ルルーシュに刺客を送ったと言うのは本当ですか?』
『うん、とっくに日本に着いてるはずだから、そろそろ連絡が来てもいい頃だと思う。
神根島の遺跡は重要だから、もう一度奪い返して・・・シャルル?』
自分が嘘をついているという自覚すらない兄を見限ったシャルルは、静かに兄に手を向け、兄からコードを奪い取った。
突然の弟の行為に唖然としたV.Vは、何が起こったのか解らない顔で自分を見上げた。
『な、何をするんだシャルル!!もうすぐ計画が成るのに、いきなりどうして・・・?!』
『兄さんは二度も約束を破った。勝手な行動はしないと言ったのに』
『それは・・・!でもあのままじゃシャルルはルルーシュに・・・・!』
兄心からしたことなのだと必死に言い募るV.Vだが、自分を見る弟の目はどこまでも冷ややかだった。
『シャ、シャルル・・・!』
『“嘘はつかない”・・・私達の唯一にして絶対の約束事を、兄さんは二度も破った。
計画は私とマリアンヌとで果たします。もう少しだけなので、兄さんはここでお待ち下さい』
『・・・え?どういうい・・・・!』
『V.V様、どうぞこちらへ。お部屋にご案内させて頂きます』
何故ここでマリアンヌの名前が出てくるのかと尋ねる間もなく、V.Vはビスマルクによって取り押さえられた。
『シャルル、どういうつもり?!ねえ、シャルル、シャルルったら!!』
初めて怯えるような声音で自分を呼ぶ兄を無視して、シャルルはビスマルクに命じて兄を自分の私室に軟禁した。
コードもギアスもないV.Vはただの子供だから、これで兄は何も出来ないだろう。
こうして兄をようやく止めたシャルルは、ルルーシュの手が及ばない間にとギアス嚮団をブリタニアに移すことにした。
幸い中華連邦が超合集国連合に加盟すると同時に移転先は準備してあったので、機材や実験体や嚮団員を移動させるだけだったのだが息子の方が早かった。
「コード所持者に従うのが嚮団だ。C.Cを抑えて後は黄昏の間を占拠しておるマグヌスファミリアの連中を始末すればよい。
コードが二つ揃えば計画はあと一ヶ月もすれば可能に・・・」
「残念だがその計画はお流れだ」
まさに黄昏の間に続くドアを開けようとした刹那、傲岸不遜な声が響き渡るとシャルルはその声の方角へと振り向むいた。
薄暗い廊下から現れたのは黒の衣装に身を包み仮面を取った息子と、自分達を裏切った魔女だった。
「ルルーシュ・・・」
「ギアス嚮団は全て俺とC.Cが掌握した。
以前のC.Cはよほど人望があったらしいな、俺がギアスを使うまでもなくこちらについてくれた連中も多かったから楽だった」
今頃各所に仕掛けられた爆弾を解除している頃だと笑う息子に、シャルルは目を見開いた。
「・・・ギアスキャンセラーの者はどうした?」
「ああ、二人ほど適合体とやらがいたな。お前は馬鹿か?
人体改造を施した相手の言うことを素直に聞く奴がいるはずないだろう。
特にエリア14、つまりエカルテリアの男は、自国が解放されたことを教えるとあっさりこちらについてくれたぞ。
残る一人は自我が不安定状態だから説得は無理だったが、逆に言えばお前達の命令を聞くこともない」
未完成とは聞いていたが、一度くらいはギアスを無効化出来ると聞いていた。
だからルルーシュのギアスを無効化させている間に他のギアス能力者に捕縛を命じていた。
だがギアスキャンセラーを使う以前の問題だったことにシャルルは思い至らなかったのは、ギアスキャンセラーを機能としてしか見ていなかったからだろう。
それを宿しているのが人間であり、その人間が何故ここにいるのかもシャルルは知らなかった。
「・・・・」
「ギアスキャンセラーが相手では、お前お得意の記憶操作による洗脳も出来ないからな。
自分の力で言うことを聞かせるしかないわけだが、ギアス頼みのお前達では不可能だろうよ」
ジェレミアはゼロに恨みがあると考えたからこそ簡単に解放したのだろうが、占領した国の人間に人体実験を施して使うとすればギアス以外の手段で洗脳するか、人質を取るかしなくては命令を聞かせることは出来ないだろう。
と、そこへジェレミアが急ぎ足でやって来ると、ルルーシュに向かって報告した。
「ルルーシュ様、ギアス嚮団員の処置は全て終了いたしました!
ルルーシュ様のおっしゃられた通り、数名は記憶を操作されてギアス嚮団へ忠誠を持つように仕向けられておりましたが、それも私のギアスキャンセラーで解除済みです」
「ご苦労、ジェレミア。後はコードを回収するだけだ。
どうやらあの男が兄からコードを譲渡されたらしい」
正確には強制的に奪い取ったのだが事情を知らないルルーシュがそう答えると、ジェレミアは黄昏の扉の前にいる自国の皇帝に視線を移した。
「陛下、お目をお覚まし下さい!今ならば間に合います。
計画を中止し、恨みと悲しみの連鎖を繰り返すだけの戦争をおやめになるべきです!!」
ジェレミアがこれ以上ルルーシュの心労を増やすまいとシャルルに諫言するが、シャルルはジェレミアごときの説得に耳を貸すような男ではない。
「わしが計画を始める前から、世界は嘘をついて争っていた。
それを止めることこそがわしと兄さん、マリアンヌの願いだったのだ。邪魔はさせぬ」
「そのためにルルーシュ様がどのような思いで日本でお暮らしだったか、お考えにならなかったのですか?!」
「アッシュフォードがエリア11に向かうように仕向けた。
大人しくアッシュフォードの箱庭におればよかったものを、余計なことをするから兄さんにつけ狙われることになるのだ」
「・・・私が何度もルルーシュ殿下方の護衛にと申し出たのに、却下なさっておきながら・・・!
ルルーシュ様はおっしゃっておいででした、アッシュフォードがいつ裏切るか解らなかったと!弱肉強食、貴方がお定めになられたブリタニアの国是です。
陛下ご自身が唱える国是のために、擁立する皇族に芽が出ないと判断した時の貴族の在り方をご存じないとでも?!」
ジェレミアのように何が何でも唯一と決めた皇族に最後まで従う者は、実のところ圧倒的に少ない。
シャルルが台頭する以前はそうでもなかったが、彼の推し進めた弱肉強食の国是により下から上に這い上がった貴族が増えたことと、常に競争を強いられることでモラルの低下が起こったため、そういった意識が薄れてきているせいだ。
それはナイトオブラウンズの一部すら加担した血の紋章事件が、雄弁に物語っている。
「・・・もういいジェレミア、その程度にしておけ。お前が疲れるだけだぞ」
「ルルーシュ様・・・つい熱くなってしまいました。申し訳ありません」
ジェレミアが一礼して引き下がると、ルルーシュはフンと肩をそびやかした。
「これまで何一つ自分からは話し合おうとせず、一方的に捨てて利用するだけしておいて、計画が失敗に終わろうという瀬戸際でようやく話し合いを望むのか?」
ルルーシュがとうにそんな段階は過ぎていると無情に告げると、後ろから黄昏の間の扉が開く音に気づいてシャルルが後ろを振り向いた。
「・・・来たか」
ルルーシュがにやりと笑みを浮かべながら呟くと、ゆっくりと黄昏の扉が開いて中から飛び出して来たのは犬だった。
勢いよく飛び出してきた犬に、シャルルは思わず驚いて飛びのいた。
「い、犬・・・?」
「うちの猟犬ですよ、シャルル・ジ・ブリタニア」
キコキコと何かが回るような音と共に響いた声を発しながら扉をくぐりぬけてきたのは、車椅子に乗った男だった。
既に白さを目立たせた痛みきった金髪の髪を無造作に後ろで束ね、病的なほど白く不健康な肌をさせた彼は若くとも四十代、下手をすれば五十代ほどに見えるのに、実はまだ三十代半ばだとは信じられないほど病み衰えた姿。
「アドリス様・・・動いても大丈夫なのですか?今コード所持者を捕えてそちらに伺おうとしていたところなのですが」
心配そうにルルーシュが問いかけると、アドリスは笑みを浮かべた。
「時間がなさそうなので、私が出向きました。
じかにお会いするのは初めてですねルルーシュ皇子。私はアドリス・エドガー・ポンティキュラス。
マグヌスファミリア現女王、エトランジュの父親です」
そう名乗った男の両の瞳を見て、シャルルは怯んだ。
「貴様・・・・まさか達成人に・・・・!」
シャルルの呻くような問いに、アドリスは答えない。
ただ赤く染まった両目の中で鳥の紋様を浮かび上がらせ、シャルルに侮蔑を込めた視線を突き刺していた。
その顔に、うっすらと笑みを浮かべながら。