第三十三話 無自覚な裏切り
ジェレミアと共に黒の騎士団本部に戻ったルルーシュは、まず藤堂達の元に彼を連れてきた。
「・・・話はだいたい聞いた。以前からゼロ・・・ルルーシュ君に従ってくれていたとな。
地位を失う危険を犯してスザク君をルルーシュ君に引き渡してくれたというのに、あの馬鹿弟子が台無しにして申し訳ない」
例のオレンジ事件はルルーシュの指示で行われたと説明を受けた藤堂は、特に矛盾のない話だったのでそれをあっさり信じてジェレミアに謝罪した。
「・・・いや、こちらもクロヴィス殿下殺害犯をごまかすために枢木に罪をかぶせようとしたのは事実だ。詫びるのはこちらの方だ」
「・・・そうか」
「シンジュク虐殺も、部下を止めることが出来なかった。
ルルーシュ様をずっとお守りしてくれたとお伺いしている。
謝罪と感謝をいくらしても足りない・・・」
ギアスのことは隠せと言われている以上自身の過去を少々歪めなくてはならなかったジェレミアは、心苦しさを感じながら頭を下げた。
純血派のリーダーと聞いていたので不審の眼はあったが、オレンジ事件でゼロに協力していた過去があるし、何より彼が人とは異なる身体に改造されたのを見てブリタニアを裏切ることに皆納得した。
「前から聞いていた実験施設か・・・本当だったんだな」
卜部が機械を埋め込まれたジェレミアの身体を見て唖然と呟くと、ルルーシュが言った。
「ジェレミアがこちら側についたことはまだ知られていないだろうが、それも時間の問題だ。
気づかれないうちに中華へと赴いて、奴らを潰そうと思う」
「ああ、俺も賛成だ。ロロ君のような子供が大勢いると聞いている。
証拠隠滅のために皆殺しでもしかねないから、急いだ方がいい。
軍備再編は俺達に任せてくれ。それとヴィレッタ・ヌゥだったな、彼女が入り込んでいるという騎士団員の行方も至急探し出そう」
藤堂の言葉に四聖剣も頷くと、ハニートラップを仕掛けてくるとはと千葉などは眉をしかめている。
「全くそんなものに引っかかるなんて・・・!
幹部と言っていたそうだが、それは間違いないのか?」
「その幹部はアッシュフォードの理事長の令嬢と知り合いになれたと言っていた。
今回の生徒会のスケジュールも、そこから探ったと」
ジェレミアがヴィレッタの台詞を思い返しながら報告すると、一同の頭に真っ先に浮かび上がったのは玉城だった。
彼はいったん仲間と認識した相手には口が軽いし、ブリタニア人にもいい奴がいると解ってからはもともとのフレンドリーさを発揮して友好を調子よく深めていたからである。
さらに金銭にもだらしないところがあり、調子のいいことをべらべら喋る前科があったので、真っ先に容疑者になるのは無理もない。
「確か玉城がブリタニアの学校の生徒会長と知り合いになって、男女逆転祭りと花魁祭りをやるとかなんとか言っていたな。
まずあいつから問い詰めよう」
「・・・会長、いつの間に!玉城もいらん企画に賛成するな!」
千葉の案にルルーシュが頭を抱え込むと、そのブリタニア人学校がアッシュフォードだということは確定したため、玉城への疑いはさらに増した。
「スパイは危険だ、可及的速やかに排除しなくてはならん。卜部、すぐに玉城をここに連れて来てくれ」
「承知!」
藤堂に命じられた卜部が部屋を出ていくと、藤堂は今は仕事に忙殺されているから逃れられるが、いずれは必ず行われるであろう祭りを阻止する策を考えているルルーシュに向かって言った。
「ルルーシュ君、スパイを見つけるのは俺達に任せて、君はすぐに中華に向かってくれ。
次々にスパイを送られてしまえば、今ヴィレッタなる女を捕えても元の木阿弥だからな」
「解った、それから密入国ルートを潰すことも合わせて頼む。
偽造パスポートで第三国を経由してくる奴らもいるだろうが、出来る限り対処しておかねば」
「承知した」
「ブリタニア軍が攻めてきたせいで予定が遅れたが、今日中に発つつもりだ。
藤堂の言うとおり爆破などで証拠隠滅をされる恐れがあるから、もうこれ以上は延ばせないからな」
幸いジェレミアがかなり的を絞ってくれているし、ミレイからも知り合いの日本人の名前を教えて貰えれば判明するのは容易いはずだ。
(問題はそのヴィレッタが籠絡した幹部にどこまでゼロについて喋っているかだな。
桐原と藤堂に頼んで直々に取り調べて貰うとしよう)
「桐原公にもフォローを依頼しておくので、その幹部が判明したらお前達で取り調べてくれ。
ゼロの正体がドミノ式にばれてしまうのはまずい」
「そうじゃな、スパイがそのヴィレッタなる女の他にいれば互いに幹部同士に疑心暗鬼が芽生えてくるし、ブリタニア人にもまた厳しい目が向けられよう。
ここは桐原公にも話を通して動いて頂いたほうがいいやもしれませんな、中佐」
この大事な時期に迂闊な行動は出来ないと言う仙波に、藤堂はもっともだと頷いた。
(確かに、ヴィレッタ以外にもスパイがいたら、これはまずいな。
あの女を中心に既にスパイ網を敷かれている可能性を思えば、あの女を捕まえるだけでは収まらない)
ルルーシュはそう考えを巡らせると、マオを日本に置いて行くことにした。
ギアス嚮団戦で多大な力を発揮する彼を失うのは痛いが、今日本で騒ぎを起こされるのもまずいのである。
「ではエトランジュ様にもこの件についてのフォローを頼んでおくので、何かあったら知らせて差し上げてくれ。
アルカディアは入院しているがクライスやジークフリード将軍は健在だから、何かと力になってくれるだろう」
ルルーシュはそう伝えると、ジェレミアを連れてエトランジュの部屋に向かって事情を告げた。
既にエトランジュのギアスを通じて話をしてあったので、エトランジュはジェレミアに同情し、アルカディアも何とか元の身体に戻れないか考えてみると言ってくれた。
エトランジュの部屋に何故かエトランジュはいなかったが、クライスと既に中華行きの準備をしていたマオがいた。
万が一にもこの密に連絡を取り合わねばならない時期にギアス解除という事態は意地でも避けなくてはならなかったので、念のためエトランジュを既に退避させていたのだという。
エトランジュがいない理由を語ったマオにルルーシュが日本残留を頼むと、てっきり中華に行くのは確定と思っていた彼は首を傾げた。
「構わないけど、ギアス嚮団のほうはいいの?僕ほど便利なギアスはそうはないと思うけど」
「確かに戦力低下はまずい。だが場所は解っているし、ロロに聞いたところお前と同じ力を持ったギアス能力者はいないとのことだ。
なるべく一気にカタをつけるつもりだし、黄昏の間を制圧したら神根島からお前を呼ぶことも可能だからな。
それにジェレミアがいるから、お前の抜けた穴を充分に埋めてくれる」
「あ、そういえば皇帝がギアス能力者を刺客に差し向けたんだっけ?
他にいるかもしれないから、確かに僕まで抜けるわけにはいかないよね・・・アルも入院しちゃって動ける状況じゃないし」
ルルーシュの説明に納得したマオは、スパイ網を一網打尽にしたらすぐに神根島の移籍前に待機することにした。
そうすれば黄昏の間さえ抑えればいつでもルルーシュ達の元に行くことが可能なので、たとえば隠れて逃げ伸びているギアス嚮団員を発見したり、何らかの細工でルルーシュのギアスから逃れている人間に対して企みを聞きだすことが出来る。
「よし、その時は俺のイリスアゲート・フィーリウスで送ってってやるよ。
俺のギアスも役に立つかもだしな」
(内心はエドに会いたいだけのくせに)
クライスが偉そうに申し出たが、その場にいた全員には本音が聞こえた。
このギアス嚮団が壊滅し、V.Vと黄昏の間を抑えればもはや妻エドワーディンが隠れ住む必要はなくなる。
生きていた言い訳を考えさえすれば元通り夫婦で暮らせるのだから、クライスが張り切るのも無理はない。
「じゃー、僕はその間黒の騎士団本部のアルの部屋に泊まらせて貰うよ。
エディの秘書の肩書があるから、騎士団内の怪しい連中を片っ端から調べる」
「ああ、頼んだぞマオ。では俺はロロを迎えに行って、中華に行く。行くぞ、C.C」
チーズ君を抱き締めたC.Cがエトランジュのベッドから起き上がると、マオが心配そうに言った。
「気をつけてね、C.C。ほんとは僕もついて行きたいけど・・・」
「・・・大丈夫だ、私はC.Cだからな。
お前はエトランジュについて、しっかりここを守ってくれ」
以前ならほんの少しでも自分が離れると泣きわめいていたマオが、しっかり感情を制御して自分を送り出すようになったことにC.Cは感動していた。
「じゃあ、行ってくる。これを預けておくから、頼んだぞマオ」
C.Cはお気に入りのチーズ君のぬいぐるみをマオに手渡すと、マオはぱあっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「うん!行ってらっしゃいC.C!!」
C.Cが満足げな笑みを浮かべてルルーシュとともにエトランジュの部屋を退室すると、ルルーシュは続いて自分の家へと向かった。
ランぺルージ家がある場所は本部に程近い黒の騎士団員用のマンションで、ドアを開けると旅支度を整えたロロと咲世子とともにキャリーを玄関に置いていたナナリーが出迎えた。
「お帰りなさいませお兄様!お出かけの準備はすでに出来ております。
あら、あちらの男性はどちら様ですか?」
「ああ、ありがとうナナリー。実は今日あったことなんだが・・・」
ルルーシュが今日起こった出来事をかいつまんで話すと、ナナリーは背後でナナリーの姿を目の当たりにして滂沱の涙を流すジェレミアに視線を移した。
「おお、ナナリー様・・・ジェレミアと申します。
七年前に母君はむろん、兄君ともどもお守り出来なかった不心得者をお許し下さい」
「まあ、ジェレミア辺境伯、そう謝らないで下さいな。悪いのは全てあのシャルル皇帝なのですわ。
そんなお身体にされてしまって・・・!許せません。
私がナイトメアに乗れるほど回復出来ていたらお兄様と一緒に参りたいくらいですが、残念ながらお許しが出ませんでしたの。
どうかお兄様とロロをお願いいたしますね」
「はっ、この身に代えましても必ずお守りいたします」
ジェレミアの手を取って兄のことを頼むナナリーにジェレミアはますます感激する。
「会長達の件はさっき話したと思うが、お前も狙われているかもしれない。
咲世子、すぐにナナリーを黒の騎士団本部に連れて行ってほしいんだが」
「承知いたしました。片時もナナリー様から離れずにお守りいたしますので、ご安心ください」
集中リハビリと神経接続用ナイトメアのモデルとしてと言う名目で、数日間泊まりこむという話をラクシャータ達には話してある。
ロイドもこのナイトメアには興味を示し、閃光のマリアンヌの娘であるナナリーが示した驚異的なリハビリ速度に感嘆して是非会いたいと言っていた。
「じゃあ行ってくるよ。ロロ、お前には少々辛いことになるかもしれないが・・・」
「大丈夫だよ兄さん、うまく治めてくれるって兄さんが約束してくれたもの」
内心別にギアス嚮団員の仲間に対して特に思い入れがあったわけではないロロとしては、兄に傀儡にされようが殺されようが、別段構うことではなかった。
むしろ死なずに済んで兄の庇護が得られるのだから、感謝すべきだとすら思っている。
「ああ、それは任せろ。では行くぞ」
既に外には月が出ているが、翌朝すぐに作戦を展開するためにも急がなくてはならない。
ルルーシュがロロとジェレミアとC.Cを伴って家を出ると、ナナリーも咲世子とともに数日分の荷物を整えて黒の騎士団へと向かうのだった。
ルルーシュが中華へと旅立ってから三十分後、ナナリーを自室に招き入れたエトランジュは慌ただしく言った。
「すみませんナナリー様、本当でしたらいろいろとお話をしたいところなのですが、至急ヴィレッタ・ヌゥと他にもスパイがいないかの確認をしなければならないので、しばらくここにいて頂けませんか?」
「ああ、先ほどお兄様から伺いましたが、まだ見つかっていないのですか?」
「ええ、せめてヴィレッタだけでも捕縛しなければ不安ですから・・・。
私の部屋は警戒を厳重に敷いて頂いておりますから、ここなら誰も近づけませんので」
エトランジュはEU連邦から超合集国連合から訪れた副大使であり、黒の騎士団との連絡や意見調整などの任務を負っているため、黒の騎士団本部に部屋を貸与されていた。
賓客用の部屋は大きなエトランジュの寝室とメイド用のツインベッドがある部屋、そしてリビングとバス・トイレがあるロイヤルスイートのような仕様になっている。
今回ナナリー達が借りることになっているのはそのツインベッドがある部屋で、咲世子が荷物を片づけていた。
「既に桐原公や神楽耶様、藤堂幕僚長に話を通してありますから、何か起こった場合はその方々にご連絡をお願いいたします」
「解りました。どうかお気をつけて下さいね」
エトランジュはナナリーに見送られて部屋を出ると、ジークフリードとクライスを連れて小会議室の一室へと向かった。
今そこには藤堂に呼び出された玉城が尋問を受けており、朝比奈と千葉が彼を問い詰めているところである。
「だから、知らねえってそんな女!
俺が何でブリタニアの女と暮らさなきゃなんねえんだよ!!」
不本意だと言いたげに怒鳴る玉城に、千葉が尋ねた。
「では聞くが、アッシュフォードの生徒会長と仲がいいのは本当か?」
「あ、ああ、まあな。日本解放戦の後特区で会って、今度男女逆転祭りでオイランのかっこさせたい奴がいるとかで話が合ってよ・・・あ、別に俺ロリコンじゃねーかんな!
俺のタイプはこう、ボンキュッボンの大人の魅力ある女ってぇーか」
玉城は必死で否定すると、朝比奈が日本解放戦後に押収したブリタニア軍の軍人ファイルから得たヴィレッタの写真を見てぼつりと呟いた。
「この女、データを見る限りその大人の魅力ある女って条件に当てはまるな」
「だから違うって!!だいたい俺一人暮らしだぜ、女囲ったらすぐにバレるっての!」
確かに玉城が女と暮らし始めたという話は聞いていない。
黒の騎士団幹部という肩書で女性と遊び歩いているという話があるくらいである。
「言われてみれば日本解放前の玉城のブリタニア嫌いは有名だから、逆にブリタニア人の女といれば目立つ。
そんな話を聞いたことがあるか、朝比奈?」
「いや、ないね。玉城の部屋は独身者用の部屋だし、人の出入りが激しいからこっそりかくまうのは難しいと思うよ」
別の部屋を借りればその限りではないだろうが、彼は遊び好きであちこちで飲み歩いていることを考えると、その資金があるとは思えない。
一方、その会話を会議室の外で聞いていたマオは、ギアスで玉城の言い分が事実であることを確認し、新たに容疑者を探す必要性が出てきたことに面倒そうに溜息をついていた。
(騎士団本部内では今のところ怪しい奴はいないしなあ・・・今不在の奴を当たらなきゃ)
そこへエトランジュ達がやってくるのを見たマオが玉城は白であることを報告すると、エトランジュはよかったような残念なような複雑な表情をし、ともかく無実の罪で追求されている玉城を解放しようと会議室のドアをノックした。
「お話し中にすみません、エトランジュです。入ってもよろしいですか?」
「ああ、エトランジュ様、どうぞお入りください」
千葉がドアを開けてエトランジュ達を会議室に入れると、玉城はすがるようにエトランジュに向かって言った。
「エトランジュ様、こいつらに何とか言ってやって下さいよ~。
俺女スパイなんか匿っていませんって、ホントなんです!」
「ええ、実はそれをお話しに来たんです。
申し訳ないと思ったのですが玉城さんの周囲のお部屋にいる方々やお友達の騎士団員の方に話を伺ったところ、玉城さんはブリタニア人女性およびハーフの女性とのお付き合いはないとのことです。
あと、お給料もほとんど外食やお買い物にお使いになっていると判明しました」
「ほーら見ろ!俺は無実だ!!」
玉城が証明された無実に小躍りすると、エトランジュは深々と頭を下げた。
「勝手にカードの残高などを調べてしまって申し訳ありません。
後でなんとでもお詫びを・・・」
「いいんですいいんです、俺別に調べられて困るようなことしてねーもん。
あーよかった、マジで怖かったよ」
以前やってしまった使い込みの前科もあって厳しい追及をされていた玉城だが、無実が判明するのなら己のカードの履歴を勝手に調べられるくらいどうということはない。
それにエトランジュのことだからあとあと自分に厳しい目が向けられることのないように慎重に話を聞いてくれたはずなので、玉城としてはむしろエトランジュが調べてくれてよかったと思っていた。
実際はマオが心の声を聞いて調べただけなので、玉城はいったい何をしたと白眼視される心配はない。
ただ念のためルルーシュの命令で玉城の預金残高や出金の動きを無断で調べたのは確かなので、後でお詫びにワインでも贈ろうと思っていた。
「本当に申し訳ありませんでした。
実はもろもろの事情でアッシュフォードの生徒会長を知っている騎士団員が怪しいのですが、お心当たりはありませんか?」
にこやかにエトランジュが尋ねると、安心して気が緩んでいる玉城は後ろめたいことがなく、また扇を全面的に信頼しているからこそあっさり答えた。
「一人だけ知ってますけど、でもこいつは違うだろ。だって扇だし」
「扇事務総長、ですか?」
「ああ、俺一度アッシュフォードに教師の口利きしたことがあるんす。
だいたいあの真面目な奴が女スパイに騙されるなんてあり得ませんよ。
それにあいつ今事実婚ってやつで奥さんがいるんすよ?それはもうアツアツの新婚カップルで・・・」
玉城がいかに扇が結婚したブリタニア人のハーフの奥さんを愛していて、彼女が扇に毎日手作りのお弁当を作ったりしていたかを語ると、その時期がちょうどシャーリーがヴィレッタを撃った事件の後だったことに気づいたジークフリードが眉を寄せた。
「そうですか、解りました。妙な疑いをかけてしまって申し訳ありません。
では私達はスパイを探しに参りますので、今日はどうかお休み下さいな。
これは疑いをかけてしまったお詫びですので、ぜひどうぞ」
ゼロの正体を知らない者にヴィレッタ探しにこれ以上関わらせまいとしたエトランジュは、ルチアのアドバイス通りお詫びにとEUのワインを玉城に手渡した。
「あ、いいんですか?ありがとうございます!じゃあ俺はこれでー」
ワインを片手にうきうきと声を弾ませて会議室を出て行った玉城は、妙な疑いをかけられたがそれはすぐに晴れた上に高価なワインを貰えてラッキーと持ち前のボジティヴシンキングを発揮し、鼻歌を歌いながら家へと帰って行く。
「・・・あの能天気さが羨ましいね」
それを見送った朝比奈がぽつりと呟くと一同は内心で同意だったが口には出さず、再び重要な議題を話し合い始めた。
「で、扇が怪しいわけだけど、どう見ますか?」
「・・・スパイが狙うのは得てして真面目な男だと聞いたことがあります。
初めは籠絡するのが大変ですが、一度信頼してしまえば安心して近づくことが出来るからだそうですが・・・」
朝比奈の問いかけにジークフリードが答えると、千葉も同意した。
「ああ、そういえば私も聞きましたね。
それに事実婚の妻がブリタニア人のハーフ・・・あのヴィレッタと言う女がそう自分を偽っていたとすれば、扇は優しい性格なだけに入りこむのは容易いかもしれません」
「確か扇事務総長の奥方のお名前は千草、とおっしゃいましたね。
その方にお会いしたことはありますか?」
エトランジュが尋ねると、扇グループとの付き合いはそこそこだった朝比奈と千葉は首を横に振った。
「玉城達が日本が解放された後身内だけでも祝おうと提案してましたけど今忙しいからって断られていたし、家に行こうとしたら奥さんが具合悪くなったとか話してるのを見ましたね」
口にするうちに千草なる扇の妻の行動に怪しさを感じ始めた朝比奈は、エトランジュ達に向かっていった。
「エトランジュ様、とりあえず藤堂中佐に玉城は白だとお伝えし、扇について報告しましょう」
「そうですね、お願いします」
エトランジュに促された朝比奈が藤堂に連絡すると、とんでもない事実が判明した。
「了解。あ、藤堂中佐ですか、朝比奈です。
実はですねえ・・・え、そちらでも扇が浮上して来たんですか?」
驚いた朝比奈の台詞に一同が視線を集めると、ちょうど今こちらに向かっているとのことなので彼の到着を待つことにした。
数分後に会議室に入室したのは藤堂と卜部、カレンとルチアの四名だった。
よりにもよって扇がヴィレッタをかくまっている疑惑が濃厚だと知らされたカレンの顔は青く、エトランジュは藤堂に経緯を尋ねた。
「・・・あの、どうして扇さんが浮上したのですか?」
「会長に聞いたんです。今回の弁論大会について話した人はいませんかって・・・。
そしたら・・・扇さんに話したって聞いて・・・」
藤堂ではなくカレンがそう答えると、言われてみればジェレミアが抱えていた女に見覚えがあるとカレンは語った。
あの時はただの他人の空似だと思っていたが、ヴィレッタがアッシュフォードから逃げた時扇が傍にいたし、自分以外の団員と会ったことがないという彼女の行動の不審さにようやく思い至ったのだという。
「ニーナも学園の騒動は聞いてて、ルルーシュ絡みのことだから調べてくれたの。
軍人のデータベースの写真と合致した写真がないか確かめてたら・・・扇さんの奥さんの写真が出てきたって・・・」
専門ではないとはいえ、ニーナも科学者の卵である。
ヴィレッタ・ヌゥがルルーシュに魔の手を伸ばしているとルルーシュの正体を知る者すべてに知らせが回っていたため、ユーフェミアの異母兄であり自分の友人でもある彼のため、ニーナはブリタニア軍のデータベースの写真を取り込み、彼女の潜伏先を探すことにした。
シャーリーがヴィレッタを撃ったことは知らなかったニーナだが、ブリタニア人が安心して潜伏出来る先となるとやはり特区だろうと考えた。
そして彼女が特区住民データベースとブリタニア軍のデータベース写真とを照合したところ、そこから“扇 千草”が出て来たのだそうだ。
「その千草の写真とヴィレッタ、アッシュフォード学園の監視カメラ映像を比べてみたら、同一人物との鑑定結果が出たそうです」
「なるほど、解った。ではその千草という女を拘禁して調べた方がよさそうだな」
千葉が真面目な男だから解る気もしないでもないがうかうかとスパイに引っかかるとはと、表情で語りながら提案すると、カレンは必死で扇を庇った。
「お、扇さんは優しい人なんです!きっとその女が扇さんをたぶらかして、情報を聞いていたに違いないんです!!」
「落ち着きなさいな、ミス・カレン。そんなことは解っていますが、情報漏えいは組織においてもっとも禁忌とされる行為の一つですのよ?
ほんのちょっとした情報の差が戦局を分けると、ゼロも言っていたではありませんの。
特にシュナイゼルとも繋がっている危険性の高いのがヴィレッタです。
可及的速やかに捕らえなくては、加担したという誤解を受けて扇事務総長も共犯と見なされても文句が言えなくなりましてよ」
ルチアが淡々とそう告げると、カレンはきっと目を釣り上げた。
「すぐにその女を捕まえに行きましょう!!あの女の正体を知れば、扇さんだって目を覚まします。
いい人なんですから、これから先もっと優しくて家事が出来る女性が見つかります!」
そういう問題ではないのだがカレンは二番目の兄とも慕う扇に妙な土をつけたヴィレッタを憎み、すぐに扇の家に向かうべきだと主張した。
エトランジュも確かにこれ以上放置しておくべきではないとルルーシュに確認すべく、リンクを開く。
《失礼いたしますルルーシュ様。ヴィレッタ・ヌゥが入り込んでいる先が解りました。
どうやら扇事務総長のようです。今彼は本部にはいませんが、これから家に向かって捕縛するべきだとのことですが・・・》
《扇、だと?・・・そういえばハーフの妻がいると言っていたな、そういうことか。
・・・解りました。そちらにお任せします。彼がどのあたりまでヴィレッタに吹き込まれているか、確認をよろしくお願いします》
《承知いたしました。ではことが済み次第またご連絡いたします》
エトランジュはリンクを切ると、藤堂に向かって言った。
「では扇さんの家に向かいましょう。今扇さんはご在宅でしょうか?」
「たぶんそうだと思います。じゃあ、私が案内しますので」
カレンがそう言って会議室を出ると、藤堂が桐原に連絡し、扇とヴィレッタを連行する命令を受けたことを告げた。
大義名分が整った一同はいったん藤堂と四聖剣、マグヌスファミリア組とカレンとに分かれ、一路扇宅へと目指すのだった。
一方その頃、既にスパイ隠匿の疑惑が確定しているとは知らぬ扇は豪華なホテルの客室で食事をしていた。
もちろん最愛の妻である千草ことヴィレッタがおり、彼女を心底から愛おしそうに見つめながら扇が言った。
「ほら、このフルーツうまいぞ千草。しっかり食べて栄養を取るんだぞ?
もうお前一人の身体じゃないんだから」
うきうきしながら自分を気遣う扇に、ヴィレッタはあいまいな笑みを浮かべた。
ジェレミアに突然気絶させられた彼女だが、何とか捕まる寸前に逃げ伸びて扇に角間って貰えたはいいが、いずれ自分にいきつくことは確定である。
扇がアッシュフォードにいる間に作戦失敗を報告したヴィレッタは、今度はシュナイゼルから命を受けて今ここにいたのである。
ふらふらしていた様子のヴィレッタを見て心配した扇は強引に喫茶店で休ませていた彼女を病院に連れて行くと、おめでただと言われて扇は舞い上がっていた。
実際妊娠の心当たりがあったヴィレッタは呆然となったが、もはや黒の騎士団に戻れない彼女は自分達に捜査の手が伸びぬ間にと、扇をシュナイゼルが手配したこのホテルに誘い入れたのである。
「くじ引きでこのホテルの宿泊券が当たったのは、タイミングが良かったですね」
「そうだな。千草はほんと運がいいよな」
このホテルはブリタニアに本社を置く有名な高級ホテルで、今は合衆国ブリタニアに参加したブリタニア人が経営を引き継いでいる。
いくら日本が解放されたからといってもこのランクのホテルがくじ引きで客を集めるなどあり得ないのだが、千草が言うのならと疑問にも思わず、日本円で一泊二十万はしそうな客室を満喫していた。
豪華な食事を満喫し、夜景が見える風呂を堪能した扇が浴室から出ると、ヴィレッタが誰かと喋っている声が聞こえた。
「はい、はい、解りました」
「千草、どうしたんだ?誰かいるのか?」
扇がベルボーイか何かかと考えながら部屋に入ると、テレビに映っている人物を見て驚愕した。
「シュ、シュナイゼル?!」
「お初にお目にかかる、黒の騎士団の扇事務総長」
このホテルのテレビは通信ケーブルを繋げると、通信スクリーンとして使用が可能だった。
いつものロイヤルスマイルを浮かべてそう挨拶したシュナイゼルにぱくぱくと口を開けていると、シュナイゼルは優しげな口調で言った。
「急な面談になる形で申し訳ないのだが、少し私の話を聞いて頂けませんか?
実は先に申し上げるが、君が千草と呼んでいる奥方はヴィレッタ・ヌゥといって我がブリタニア軍の騎士候なのだが、先日記憶を取り戻しまして、私に助けを求めてきたのです」
「・・・え?」
ヴィレッタを拾ったあの日、彼女が記憶喪失であったことを今更に思い出した扇が呆けた声を出すと、こわごわと彼女に視線を向ける。
「ゼロの正体と、彼に思うように使われている彼が気の毒だと言って・・・とにかく座って話を聞いて頂きたい」
口調こそ穏やかだが否を許さぬ声に促され、バスローブ姿で彼は言われるがまま通信スクリーンの前に置かれているソファに腰を下ろした。
「ゼロの正体って・・・何だ?」
「結論から言いましょう。ゼロの正体は我が神聖ブリタニア帝国の第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
私がかつてもっとも愛し、恐れた弟です」
「な、なんだって?!どういうことだ?!」
扇が混乱すると、初めてゼロの正体を知らされたヴィレッタも息を呑んだ。
(ブリタニアの皇子がゼロだと?まさかそんな・・・だからジェレミア卿はゼロについたのか!!)
ようやくジェレミアの行動に得心がいったヴィレッタは、ならば黒の騎士団についてもこの戦いは皇位継承戦というブリタニアでも認められた戦いになるのだから、黒の騎士団に協力すればよかったかもと若干後悔し始めていた。
だが既に彼女はシュナイゼルの命令で扇をこちらに引き込み、ゼロを窮地に追いやってしまっているのだからもはや不可能である。
「な、何故ブリタニアの皇子がゼロに?」
「・・・彼は母が庶民上がりの皇妃で、ほとんどの兄弟からは邪魔者扱いされていましたから。
おそらく私達を見返して皇帝になろうとしているのかもしれませんね。この国は実力さえ示せば兄弟殺しさえ賞賛され、皇帝になることが出来ます。
その駒に使えぬとされているナンバーズ上がりを使ったとなれば、なおさらです」
ブリタニア人の犠牲者を出さずナンバーズのみを駒にして戦ったのならブリタニアでは称賛の的だというシュナイゼルに、扇は自分達は使い勝手のいい駒だったのかと憤りを覚えた。
それを表情から見て取ったシュナイゼルは、さらにたたみかけた。
「自分もブリタニア人だからこそ合衆国ブリタニアを造り、そこからさらに戦火を広げていこうとしている・・・悲しいことだと思いませんか?
日本解放が成ったというのに世界を巻き込んでブリタニア本国侵攻を企み、ゼロとして世界を征服しようとしているのです」
確かにゼロが日本に残ったブリタニア人を保護し、ブリタニアに進攻しようとしているのは事実だ。
しかしそれは再奪還をされないためという説明があったと言い募る扇に、シュナイゼルは悲しげな顔で言った。
「実は扇事務総長、信じられない話かもしれないが聞いて貰いたい。
彼には恐ろしい力がある・・・ギアスと呼ばれる、人を操る能力が」
「・・・は?」
扇はどこの映画の話だとすっとんきょうな声で呟くと、ヴィレッタが言った。
「驚くのは解るが、シュナイゼル殿下のおっしゃっていることは本当だ。
ギアスと呼ばれていたのは今知ったが、私も彼に初めて会った後記憶をなくし、気が付けばサザーランドはなかった。
あの後ゼロが私のサザーランドを使っていたから、恐らくあの時に・・・」
自分はその時彼の正体がブリタニアの皇子だったとは知らないし、みすみすサザーランドを奪われたのだと訴えるヴィレッタに、扇は半信半疑になる。
「そもそもご自分でもおかしいと思われませんでしたか?国籍も顔も不明な仮面の男に、やすやすと従ってしまう自分や仲間に。
普通ならばあり得ない状況だと思うのですが」
「それは・・・だが彼は奇跡を」
「彼がブリタニアの皇子だからこその奇跡です。
現にこちらでは日本でブリタニア兵の原因不明の自殺者が相次いでいました。
シンジュクゲットーで自殺したとみられるブリタニア兵に、日本解放戦でブリタニア人の襲撃があったとされるメグロでも同じように自殺した者がいたようです。
コーネリアを殺したゼロに従っているダールトンも・・・おそらくは」
「あ・・・!」
コーネリアに忠実だったダールトンは、確かに今ゼロの言うなりに行動している。
「エトランジュ女王もそうです。
いつ頃からゼロに協力したのかは知りませんが、ああも熱心に協力するなどブリタニア皇族に滅ぼされたという経緯がある以上、普通は考えられないでしょう?」
扇はここで他者を操る異能をゼロが持っており、そのゼロがブリタニアの皇子だということを信じた。
確かにシュナイゼルはここで嘘は一つもついていない。
だが同時に話をよく聞けばおかしい理論を述べていることに、扇はまったく気づいていなかった。
まずルルーシュがブリタニアの皇子であるのなら何故日本にいたかという根本的な疑問であり、彼が皇位を望んでいる“かもしれない”と言っただけで真実そうだとは断言していない。
さらにブリタニア皇族に故郷を滅ぼされたエトランジュがブリタニア皇子であるルルーシュに熱心に協力するはずがないというのも理屈は確かに合っているが、その彼女がゼロの正体に気づいていないのであれば話は別だ。
実際は知っていたわけだが、その場合でも彼女は何度も『悪いのは国是主義を掲げるブリタニア皇族』と明言しているのだから、国是主義を否定し植民地解放を成し遂げたルルーシュやそれに共感したユーフェミアを嫌うことなどないのである。
そして最後に言えば、『彼がブリタニア人だからこそゼロとして起こせた奇跡』という言葉とこれは明らかに矛盾している。
言い換えればゼロがブリタニアの皇子であれば、別にギアスなどなくても反逆可能だったという事実をシュナイゼルが認めたも同然だ。
奇跡が紛い物で、ブリタニアの皇子であると言う種がありさらにギアスによるものだと簡単に誘導された扇に、シュナイゼルは更なる不信を招く言葉をささやいた。
「もしかしたら私も操られているかも知れないと思うと、とても恐ろしい・・・捕虜交換の時にうかつにも会っていましたからね。
部下が従わなくなる事態ほど上に立つ者にとって困ることがないと、そう考えれば・・・」
「も、もしかして俺達にも?!確かにゼロをはじめは疑っていた玉城だって、今や親友呼ばわりしてるし・・・」
そもそもゼロをリーダーにと言いだしたのは己であることを綺麗に忘れ、扇は己の中に芽吹いた疑惑の種を育てていた。
「ヴィレッタから聞きましたが、貴方は器ではない副司令を押し付けられて悩んでいたそうですね。それだってもしかしたら彼の命令と言う可能性がある。
それに、自分が操られているかもしれないという恐怖から彼女を救ってやるおつもりはありませんか?」
「・・・千草」
「扇・・・」
シュナイゼルの誘導が巧みなのか、それとも扇の頭がその程度なのか不明だが、敵国の宰相の言葉のみで事態を判断した扇を見たシュナイゼルは、笑顔の裏で弟は人を操る能力を持っていても味方には使っていないことを確信していた。
(なるほど、相変わらず詰めが甘いね。無能な者ほど操って支配下におけばいいものを)
ジノからゼロの正体を聞いたシュナイゼルがエリア11から本国に送られていた膨大な資料を洗った結果、その中からシンジュク殲滅戦でブリタニア兵の自殺者がいたこと、メグロでも同じことがあったことを知った。
さらにギアス嚮団にいたバトレーが、つい数時間前に恐る恐る連絡して来たのだ。
ギアス嚮団とギアスの存在について語っていた彼だが、秘密を外部に漏らしたことをすぐに悟られてしまい、『ギアスという人知を超えた能力者が大勢おります。そしてゼロもそうだと・・・』と告げた瞬間、通信は切れた。
実際ジェレミアを父に言われるがまま中華に搬送したこともあるシュナイゼルは自分に忠実だったバトレーの言うことを戯言とは思わず、ヴィレッタに探りを入れてみたところ彼女はそれに食いついた。
『お恥ずかしいことながらシュナイゼル殿下、私はその少年を見た後記憶が途切れて、気が付けばサザーランドを奪われました。
ジェレミア卿も同様で“全力で自分達を見逃せ”とゼロから言われたことすら覚えていないと仰っておいででした』
二人が別々の行動を取っていることから、人知を超えた力とは“他者に命令をきかせる能力”だと推察したシュナイゼルは状況証拠を組み立て、ゼロがルルーシュであることを組み合わせれば黒の騎士団内部に亀裂を入れることが出来ると読んだ。
正直言うほど簡単ではないと思っていたし、成功すれば儲けもの程度だったはずが簡単に成功したことに内心拍子抜けしたほどである。
扇はこわごわとヴィレッタと見つめると、いつもおどおどしていた記憶喪失時のヴィレッタの姿が重なり、彼女は自分が守らねばと己を奮い立たせた。
「それで、俺にどうしろと?」
「ルルーシュを・・・ゼロを引き渡して貰いたい。
彼は危険だ・・・私は彼ほど優秀な男を知りません。まだ十歳だと言うのに、私とチェスでいい勝負をしていた・・・負けたことこそありませんが、いずれはと思ったものです」
「じゅ、十歳でブリタニア宰相と・・・?!解った。だが条件がある」
「聞きましょう」
てっきりヴィレッタの身の保証や自分に関するものだと思っていたシュナイゼルだが、扇の返事はその斜め上を行っていた。
「日本に二度と侵攻しないと約束しろ!!信じた仲間を裏切るんだ。
せめて日本をブリタニアの侵攻から守らなければ、俺は自分を許せない・・・!」
「・・・いいでしょう。私は二度と日本の地を侵さないと約束しましょう」
シュナイゼルがきっぱりと断言すると、それに安堵している男を見て内心で呆れかえっていた。
エトランジュはまず敵の言葉など信じられないと言って申し出自体を拒否し、“シュナイゼル”が約束してもそれが“ブリタニア帝国”との条約には成り得ないことを看破したと言うのに、いったいこの差はなんなのか。
もし彼女が相手であれば、真偽を確認してからにすると言ってその場での返事は避けていたであろうし、実際扇にそうされればシュナイゼルは困るのでヴィレッタに命じて始末する予定であった。
そもそも自分にブリタニア宰相との交渉に当たれるほどの職にないことすら解っていない男を、末弟は何故重用しているのだろう。
だが敵の無能は味方の幸福である。
シュナイゼルがにこやかに細かい計画を扇に吹き込もうとした刹那、乱暴にドアが叩かれた。
「ここを開けろ、扇!!そこにいるのは解っているぞ!!」
卜部の声に扇がびくりと身体を震わせると、おそらくホテルから押収したマスターキーを使ったのだろう、ドアが開けられて藤堂を先頭に卜部、朝比奈、千葉が険しい顔をしながら入室して来た。
藤堂はリビングで目を見開いて驚く扇とその横にいた女に視線を止め、手にしていた写真と見比べて彼女がヴィレッタであることを確認した。
「・・・やはり扇、お前がこの女をかくまっていたのか。
どういう経緯かは知らんが、敵のスパイとともにこんなところで何をしていたんだ?
敵国の宰相と通信スクリーン越しとはいえ話をしていたようだが」
冷やかな声で追求する藤堂に、扇は慌てて弁明した。
確かに分に合わぬ高級ホテルのスイートで女スパイと敵国の宰相とともに話しているという光景は、扇が裏切ったと見られても仕方ないものであった。
「ち、違うぞ藤堂中佐!千草は俺を思って、ゼロの正体を教えてくれたんだ!!
シュナイゼルから聞いたぞ、ゼロはブリタニアの皇子だと!!」
満を持してそう言い放った扇だが、既に知っていた藤堂達はシュナイゼルに聞かされたのかと別の意味で目を見開いた。
それを勘違いした扇は、得々としてシュナイゼルから聞いた話を語り出した。
「あいつはブリタニアの皇子で、皇位継承の戦いに勝つためにナンバーズである俺達を駒に仕立て上げていたんだ!!
そして本来ならしなくてもいい戦いをしてブリタニアを手中に収め、世界を征服するつもりなんだよ!!」
「おい扇さんよ、どうしてそうなるのか俺にはさっぱりなんだけど」
扇の熱弁を呆れた口調で遮った卜部に、扇は舌打ちした。
「だってそうだろう?!日本は解放されたと言うのに、ブリタニアがまた再奪還を行うと言う理由でブリタニアに攻め入ろうとしているじゃないか!!」
「現につい先日ブリタニア軍が来ただろうが。あんた大丈夫か?」
それに関する書類の山に囲まれたはずだろうに何を言っているんだ、と言う卜部に、扇は聞いてくれと真剣な顔で言った。
「ゼロは恐ろしい超能力を持っている。ギアスというそうで、他人を自分の命令通りに動かす力だそうだ」
シュナイゼルが止める間もなくそう告げた扇に、藤堂達は思った。
(((・・・駄目だこいつ・・・早く何とかしないと)))
卜部などは後任の事務総長の選出をゼロと星刻に相談しなくてはと呆れ、扇の肩をつかんだ。
「何で敵国の宰相の言うことを素直に聞いてんだお前は。
そのギアスってもんがあるとしたら、持ってるのはシュナイゼルとしか思えないけどな俺としちゃ・・・話は本部で聞いてやるから、とにかく戻るぞ。
千葉、ヴィレッタ・ヌゥを拘束しろ」
「解った」
銃を構えた千葉は銃を隠し持っていることを警戒しつつ彼女に近づくと、彼女の両手に手錠をかけた。
「ヴィレッタ・ヌゥ、スパイ容疑で逮捕する。
シュナイゼルとの繋がりがあったことはこの部屋を見れば一目瞭然、言い逃れは効かない」
「扇・・・!」
愛しい妻に縋られた扇は、懸命になおも言い募った。
「ま、待ってくれ千葉!聞いていなかったのか、ゼロは・・・!」
「そんなことはすでに・・・」
「皆様、お静まり下さいな!」
知っていると藤堂が口を開こうとした刹那、慌てて外で見張っていたエトランジュが飛び込んで止めた。
「エトランジュ様・・・どうされましたか」
「とにかく、ここは扇事務総長とヴィレッタ・ヌゥを本部に連行するのが先です」
そう言いながらエトランジュはホテルに備え付けのメモ帳に、日本語で通信スクリーンから見えない位置で何やら書き始めた。
“今ここでゼロの正体を皆さんが知っていると言えば、シュナイゼルは利用しかねません。通信スクリーンということは、この会話も記録が可能なのです”
なるほどと納得した一同はシュナイゼルを憎々しげに睨みつけると、俺と千草は裏切っていないと喚く扇とヴィレッタを部屋から無理やり連れ出しにかかった。
「待ってくれ!千草は今妊娠してるんだ。乱暴に扱わないでくれ!」
「何だと?本当か?」
千葉が確認するとヴィレッタがこくりと頷いたため、千葉は大きく肩をすくめた。
「子供に罪はないとはいえ、さすがにこれは・・・」
「いつまでもここで騒ぐ訳にはいかなくてよ、皆様がた。
早く撤収いたしましょう。わたくしどもはここにあるPCや機材を押収してからそちらに参りますわ」
ルチアがルルーシュが残していったゼロ番隊三名を従えながら入室すると、藤堂達はよろしく頼むと言い残して扇とヴィレッタを引っ立てながら退室していく。
部屋の外でシンジュクで兄を殺した純血派の軍人である女を匿ったと判明した扇を、カレンが呆然とした瞳で見つめていた。
「違うんだカレン!騙したのは千草じゃない、ゼロだ!信じてくれ!!」
「扇さん・・・どうしてそんな女を信じるの?!その女はお兄ちゃんを殺した純血派の女なのに!!」
ジェレミアも純血派といえばそうだが、彼はルルーシュの部下であり実際救出対象がアレだったとはいえゼロの命令に従ってスザクを差し出し、アッシュフォードの生徒会メンバーの誘拐を阻止した功績があるから、何とかカレンも折り合いをつけることが出来た。
しかしヴィレッタは違う。この女はシンジュクで多数の日本人を虐殺した上に兄貴分である扇を籠絡した挙句、アッシュフォードの友人達を誘拐してゼロに揺さぶりをかけようとした女なのだ。
幸いこのフロアに客はいなかったとはいえ誰に聞かれるか解らないと、仕方なく卜部が喚く扇の腹に一撃を決めて黙らせるとそのままずるずると運んで行く。
カレンが涙を拭きながら扇達が泊っていた部屋に入ると、エトランジュがシュナイゼルと話しているのが見えた。
「よくここが解りましたね、エトランジュ女王」
「居場所が解るGPS機能つきの携帯をお持ちでしたから。電源を落としても解る仕様になっているそうです」
なるほどと納得したシュナイゼルは、通信スクリーン越しとはいえシュナイゼルと話していることに緊張しているというより、むしろガタガタと震えているエトランジュがゼロの正体を知りながら協力していたことを悟っていた。
あのタイミングで妨害して来たことと、藤堂達がゼロの正体を口にされてもさして驚かなかったことがそれを証明していた。
「あの子は相談するタイプではなく、一人で抱え込み人を遠ざける子だったのにどうしたものかな?」
「・・・私はゼロの正体を知りませんが、末の弟君であると貴方はそうお考えのようですね」
「そう考えれば説明がつくことが多いですからね」
出来る限りゼロの正体を世に出すまいとしているエトランジュを見て取ったシュナイゼルは、思いがけず現れた彼女にどう語りかけるか考えた。
しかしエトランジュは自分と話すつもりはないのか、さっさと通信を切ろうと指をスイッチにかけ始める。
エトランジュはマオからダモクレス計画を聞いており、自分に逆らう者達を皆殺しにする目的で大量破壊兵器を造ることを知っていたため、一刻も早くここから立ち去りたかったである。
「今回の件は扇事務総長に依頼して、ルルーシュとの対話の機会を得たかっただけなのですが、解っては頂けないのでしょうね」
「・・・普通に会談を申し込むというお考えはなかったと?」
「あの子が素直に応じるとは思えなかったので、少々強引な手段を使ってでもと思ったのです」
もっと言うなら、ギアスにかけられる恐れがある。
自分が既に父から防御策を与えられているとは知らぬシュナイゼルのいかにも悲しげな表情に、マオは思考を読める己といえど本人がその効果範囲内にいないのではどうしようもないため、悔しそうな顔で見つめている。
そして扇から密談の内容を知ったマオがエトランジュのギアスを通じてエトランジュやルルーシュに知らせると、どうやってギアスを知ったのかと一同は驚いた。
《聞きだして欲しいのは山々ですが、彼は中華で俺が貴女に指示したことで警戒しています。
ギアスのことをどこまで知っているかは解りませんが、うかつなことはしないほうがいいでしょう》
《解りました》
「では私はこれで戻りますので失礼いたします」
「お待ち頂きたいエトランジュ女王。私は貴女と話がしたいのです。
一つだけ質問があるので、お答え願いたいのですが」
「残念ですがお断りいたしますわシュナイゼル宰相。
エトランジュ様はお忙しいのです。礼儀知らずな人間と話す時間など一秒たりともありませんの」
眼鏡を直しながらそう吐き捨てたルチアだが、エトランジュは『自分と話がしたい』と言ったシュナイゼルに向き合った。
「解りました、では一つだけお話を伺うことにします。なんですか?」
「私の計画を、貴女はご存じなのですか?」
びくっと大きく肩を震わせたエトランジュの態度が、答えを雄弁に物語っていた。
最近自分が統括するトロモ機関にあちこちから捜査の手が伸びており、そのつど対処していたシュナイゼルはこの計画が漏れていることに気づいていたが、見事に正解だったようである。
「その態度から察するに、貴女は反対のようだ。
しかし誤解なさらないで頂きたいのですが、私のダモクレスは“戦争を行おうとする者全て”を排斥する目的で建造するのです。
貴女は平和を望まれる方ですし、むやみに争いを招く方ではないのでぜひマグヌスファミリアの皆様にはダモクレスにおいで頂きたいと考えているのですが」
バレているならとそう申し出たシュナイゼルに、自分達を巻き込むつもりなのかとエトランジュは目を見開いて驚愕した。
「そ、そう言う問題ではないでしょう?!貴方はいったい何を考えて・・・!!」
自分さえよければいいという問題ではないとエトランジュの怯えきった絶叫に、シュナイゼルはどうしてそこまで嫌がるのか理解出来なかった。
国民全員を安全圏に避難させ、二度と誰も攻め入れない場所で平和に過ごさせてやれば“みんなで仲良くいつまでも”という望みが叶うというのに、何が不満なのだろう。
「争いの中心は悲しいことに我が父シャルル・ジ・ブリタニアです。
遠からず父はその責任を取って頂くことになるでしょう。
私はオデュッセウス兄上に皇帝を継いで頂き、その上でこの平和を成り立たせたい」
つまりエトランジュの家族を殺した実行犯は既に亡く、教唆犯は自分の手で始末するから信じて欲しいと言うシュナイゼルに、エトランジュは疲れたような声音で尋ねた。
「・・・貴方にお伺いいたしますが、貴方はいつ大岩が落ちてくるか解らない崖の下で暮らすことが出来ますか?
そこがこのホテルような豪華な家だったとしても、そこで楽しく暮らすことが出来るのですか?」
シュナイゼルは暮らせと言われればいつ大岩が落ちてくるか解らない崖下でも暮らせるが、エトランジュは違うらしい。
「・・・貴方のお考えはよく解りました。やめろと言ってもおやめにはならないのでしょうから、無駄なことは申しません。
私達は全力で止めるまでです」
幸か不幸か、ダモクレス計画をシュナイゼルが認めた証拠になる通信機材を見つめ、ルチアは思った。
(この映像を公開すれば、反ブリタニア国家はもっと増える。
エディはこの話を断ったし、このことで味方が増えるはずですもの)
「私はブリタニア皇族の方々が解らない。何故こうも揃いも揃って極端なことばかりを言い出すのか、本当に解らないのです。
理解しなくてはならないと思い、中華でも貴方の考えを伺いましたが、それをお聞きした今でも解らない。
貴方は何がしたくてあのような形の平和を成し遂げたいのか解りませんが、その手段だけは理解してはいけないんだと思います」
シュナイゼルの言っていることは、非常に効果があるのは解る。
その手段を使えば、確かに世界から戦争は消えるだろう。
だがそれでも人間が争おうと立った一部の人間が動き始め、それによって関係のない者までシュナイゼルの厳罰の巻き込まれたら?
もし何らかのシステムエラーを起こし、殺戮兵器が地上に向けて発射されてしまったら?
それを思うと文字通り自分達の手に届かない場所にあるので対処が出来ず、途方に暮れるしかないだろう。
関係のない人間ですらも大勢巻き込む兵器というだけで、エトランジュはとうてい理解出来なかった。
しかもそのダモクレスに自国をと言われたのだから、なおさらである。
これ以上話せばエトランジュが倒れかねないと判断したルチアが無言で通信スクリーンのスイッチを切り映像を落とすと、ちょうど余りに帰りが遅いことに心配した藤堂と卜部が戻って来た。
「ど、どうしたんですかエトランジュ様。顔色が青いですよ」
「・・・帰りたい」
「は?」
卜部の問いにぽつりとラテン語でそう呟いたエトランジュは、ずるずると床に座り込みながら繰り返した。
「・・・怖い・・・お家に帰りたい」
「エディ、大丈夫だよ。ダモクレス計画がこれで解ったんだから、みんなに協力を呼びかければ止められるよ。
だから泣かないでよ・・・!」
マオが必死でそう慰めると、エトランジュは彼の手を握りながら繰り返した。
「帰りたい・・・」
あんな恐ろしい思考をする者達と、もう関わり合いになりたくない。
だけどあの人達を倒さなくては故郷は戻ってこない上に安心して暮らせない。でも怖い。
「エトランジュ様、しっかりなさって下さい。
大丈夫です、ゼロに言ってあんな計画を阻止するための策を考えて貰いましょう、ね?」
あまりの状況に絶句していたカレンが我に返ってそう慰めるが、エトランジュは頷くばかりで震えている。
幾重にも絡まり合う状況を語りながら帰りたいと訴えるエトランジュを、藤堂と卜部は痛ましげに見つめていた。
「帰りたい、か・・・」
シュナイゼルは隠していた小型の盗聴器でその叫びを聞きながら、シュナイゼルはふむと考え込んだ。
ダモクレスには庭園を造る予定だったがそれを彼女が好んでいたという畑にしようと考えるなど、彼としては彼女に対して破格の扱いをする予定だっただけにそれもお流れかと砂嵐となった通信スクリーンのスイッチを切った。
「あれが望郷、というものだろうか、カノン」
「彼女は家族がいればいいと言っていたとユーフェミア様から伺いましたが、マグヌスファミリアと言う国土も大事なようですわね」
「せっかく彼らにダモクレスで彼らの平和を実現して貰いたかったのだが、ああも怯えられては仕方ない。
他の王族を取り込むしかないね」
何故シュナイゼルがこうもマグヌスファミリアを望むのかというと、彼らは建国以来ニ千年以上に渡り殆ど変わり映えのしない生活を続けていた国だからだった。
ニ千人という人口で必要な時必要な場所で必要な物を生産するというそのスタンスを貫き、平和を成り立たせていたマグヌスファミリアは、変化を望まぬシュナイゼルにとっては理想の国だったのである。
ダモクレス計画が完遂されても、今度はダモクレスの内部で争いが起こっては意味がない。
だからシュナイゼルは仲間内で争いごとを引きこさない民族を住まわせ、永劫にダモクレスを管理させたかった。
正直そんな国などないと思っていたが、ないと思った瞬間に見つかったのだからこれを利用しない手はない。
自分の計画が完璧だと思い込んでいるシュナイゼルは、初歩的なことが全く見えていないことに気づいてなかった。
エトランジュは大したことを言っているわけではないが、それだけに理解は出来る。
対してシュナイゼルは世界規模の平和と壮大な理想を抱いてはいるが、そこまでに至る過程が激しく歪なため、理解などされるはずがないのである。
たとえるならば足し引き算は出来るがピタゴラスの定理が解らないという者と、平面幾何は軽く解けるが足し引き算の答えを間違う者と、いったいどちらを理解する者が多いだろうか。
優秀すぎるが故に見えていないとルルーシュが評していることも知らず、シュナイゼルはカノンに尋ねた。
「ダモクレスの建造は順調かい?」
「ええ、ほぼ完成はしています。ただ使用する大量破壊兵器ですが、それが未完成ですので計画はまだ発動出来ませんわね。
先日召し抱えた科学者の理論の検証が成れば、一番なのですが」
「例のウラン原理だね。実験のための予算を組んで、すぐに完成に向かわせてくれたまえ。
先ほどの通信内容はあちらの装置に残らないようにしてあるとはいえ、万が一と言うこともある。計画を急ごう」
「イエス、ユア ハイネス」
カノンが深々と一礼して立ち去ると、ふと疑問に思った。
何故自分は計画に支障をきたすと言うのに、エトランジュに計画のことを話したのだろう。
いくらマグヌスファミリアを取り込むためとはいえ、このタイミングで話すのは断られてしまえば逆効果だと言うのに。
『ブリタニア皇族の方々が解らない。何故こうも揃いも揃って極端なことばかりを言い出すのか、本当に解らないのです。
理解しなくてはならないと思い、中華でも貴方の考えを伺いましたが、それをお聞きした今でも解らない。
貴方は何がしたくてあのような形の平和を成し遂げたいのか解りませんが、その手段だけは理解してはいけないんだと思います』
「理解してはいけない、か・・・」
貴方の考えを聞かせて欲しいと言ったのはエトランジュなのに、今になって理解したくないと言うのは勝手なものだと、シュナイゼルは笑った。
別にしたいことがないから、相手が望むことを叶えるだけだ。
皆が自分に平和を望むから争いを止めようとしているだけなのに、何故否定するのだろう。
(・・・ああ、だが彼女は私に平和を望んでなどいなかったな。だから否定したのか。
しかしもう少し現実を見て貰いたいものだが・・・いや、いけないな。これは欲だ)
それでもシュナイゼルは何故か不愉快になった気がしたが気のせいだと思い、再び執務を行うべく手元の書類に視線を落とした。