第三十一話 閃光のマリアンヌ
マリアンヌに一撃を与えられたランスロットだが、幸い致命傷ではなく腕もまだ十分に動くし今のところ異常は見られない。
さすがスザクというべきか、重要な個所を避けることには成功したようだ。
「・・・ただのラウンズじゃないね、ゼロ」
「ああ、油断するな。全力でやれ」
「解った」
メーザーバイブレーションソードを構え直し、蜃気楼を守るようにして立つランスロットに、マリアンヌは笑った。
「ゼロはやらせない!!」
(確かルルーシュの親友だった子よね?仲がいいこと)
七年前日本に子供達を避難させた時もC.Cを介して見ていたが、この二人は仲良く遊んでいた。
ブリタニアにいる時よりも楽しそうな息子の様子に、これでよかったのだとマリアンヌは思ったものだ。
だけど優しい世界を創るためには、どうしてもC.Cが必要なのだ。
死者とも解り合える素晴らしい計画を実現するために、既に数多くの犠牲を出している。今更引くわけにはいかなかった。
「大丈夫よルルーシュ、私が貴方をV.Vから守ってあげるから。
黒の騎士団なんて危ないことはやめて、大人しくC.Cを連れて私のところへいらっしゃいな」
言葉だけ聞けば子供を想う母の台詞だが、これまで彼女が子供達に強いた運命は、その真逆を行く行為だった。
C.Cはそれをルルーシュには伝えず、彼女もまた暁でモルドレッドにスラッシュハーケンを浴びせてスザクを援護する。
蜃気楼もハドロンショットを撃ち、何とかモルドレッドの動きを止めようと奮闘している。
さすがにランスロットと蜃気楼の近距離攻撃と遠距離攻撃に阻まれて、モルドレッドは距離を取ってランスロットのメーザーバイブレーションソードを、右腕のナイトメア用シールドで防いだ。
「メーザーバイブレーションソードでヒビも入らないなんて、かなりの重量の盾ですよあれ!」
「電磁波を流して、威力を相殺してるんだ。
でも、あのモルドレッドはエネルギーの消費量が以前のランスロットよりもはるかに激しいはずだから、長期戦に持ち込むしか」
セシルの驚愕にロイドが珍しく消極的な戦法を提案するが、ラクシャータがキセルを揺らしながらそれを粉砕する言葉を呟いた。
「それまでゼロ達が保てばいいけどね~。
絶対守護領域なら耐えられるだろうけど、白兜と暁がどうなるやらちょっと予想出来ないね」
先ほどの流体サクラダイトの爆弾は最初に予測出来たし、爆発するまでのタイムラグもあってすぐに蜃気楼の近くに避難が可能だったが、あのモルドレッドの反応速度は異常の一言に尽きる。
その会話を司令室で聞いていたエトランジュ、神楽耶、ユーフェミアの三名の顔から、血の気が引いた。
「・・・星刻総司令にもご出陣願うべきでしょうか?」
「でもそれでは総指揮を執る者がいなくなってしまいますわエトランジュ様。
むしろナイトオブスリーと戦っているカレンさんとアルカディア様に来て頂く方が」
エトランジュの提案に神楽耶がカレン達が戦っている様子を映しているモニターに視線を移すと、既に同じことを考えたアルカディアがさっさとカタをつけるべく、カレンとともにトリスタンを追いつめていた。
「変形型ナイトメア、か。でもそんな暇与えなきゃ済む話!
こっちも忙しいのよ、さっさと倒すとしましょうか」
いくら戦闘補助タイプのナイトメアとはいえ、それでもそれなりの戦闘が出来るジークフリードとクライスの二人があっさりやられたことに驚いたアルカディアは、早くルルーシュ達を援護しなければと思った。
だがさすがにナイトオブラウンズは手強く、必死でトリスタンのメギドハーケンを無効化しながらカレンをサポートする。
「中華で延々邪魔をして来た青い虫、あれを先に始末しないと・・・!」
「させるか!アルカディア様!!」
いつの間にやらブリタニアから嫌な仇名を付けられていたイリスアゲート・ソローに向かって、トリスタンはメーザーバイブレーションソード・ハーケンタイプを構えた。
だがその隙を突いて、カレンは小型ミサイルを撃ち放つ。
トリスタンはそれを避けることには成功したが、今度はアルカディアの有線電撃アームを右腕に絡め取られて高圧電流を流されてしまう。
「うあっ、しまった・・・!」
ジノはそれを引きちぎろうとして思い切りトリスタンの右腕を引っ張ると、アルカディアはにやりと笑ってするっと電撃アームを外した。
一方が力を入れている時に突然他方が力を抜くと、反作用によりトリスタンは無様に空中でよろめいてしまった。
古典的な策にやられたジノが完全に態勢を崩したその隙を逃さなかったカレンが、トリスタンのメーザーバイブレーションソードを海へ叩き落とす。
これでジノは遠距離戦で戦うしかなくなり、紅蓮の繰り出すその猛攻を、持ち前の機動力で何とかかわした。
トリスタンは超高機動が得意なナイトメアだが、カレンの紅蓮可翔式もスピードはそれについていくくらいのことは可能だ。
おまけにアルカディアがスラッシュハーケンや有線電撃アームを飛ばして妨害してくるので、接近戦用の武器を落とされたジノは防戦一方である。
苛烈な猛攻を繰り出してくる紅蓮と、血も涙も容赦もないイリスアゲート・ソローの追撃をかわし続けるだけでも相当な技量だ。
(攻撃どころじゃない・・・!私も早くアーニャを助けに行ってやりたいが・・・!)
今自分がここで退却すれば、あのナイトメアがゼロに加勢するだろう。
何故か急激な強さを発揮していたアーニャだが、それでもさすがにエースクラスのナイトメア三体は厳しいはずだ。
しかし何とかしようにもメギドハリケーンやハドロンスピアーを使っても、どうせ何かと邪魔をしてくるイリスアゲート・ソローに無効化されることが目に見えている。
「・・・私もラウンズだ、意地を見せるとしよう」
勝利はもはや諦めるしかないが、せめてアーニャの加勢に入るナイトメアを少しでも減らしてやろう。
そう覚悟を決めたジノは、自慢の機動力を最大限に上げると紅蓮に向かって突進した。
一番戦闘能力の高い紅蓮もろとも自爆しようと最大限のスピードで突っ込んできたトリスタンに、紅蓮は避けきれなかった。
「しまった!!」
「カレンさん!!」
とっさにイリスアゲート・ソローがスラッシュハーケンをぶつけ、トリスタンの速度を落としたことが幸いした。
もろに体当たりを食らったカレンだが、それでも紅蓮の腕を動かしてトリスタンの方をつかむことに成功したのである。
「さすがアルカディア様!!貰ったあっ!!」
その言葉を聞いたジノは己の敗北を認め、脱出装置を動かした。
「やるなあカレン・シュタットフェルト・・・!
好みのタイプと心中するなら悪くないけど、さすがに無駄死にはしたくないから、再戦を楽しみにするか」
爆発するトリスタンから飛んでいくコクピットはいったん無視して、カレンはそのままトリスタンを輻射波動で破壊する。
「ざまあみろ、ラウンズ!!」
「さすがカレンさん!次はモルドレッドよ。
ゼロ、すぐに援護に行くから!!」
ジノが入っているコクピットをブリタニアのサザーランドが確保して母艦へ運んで行くのが見えたが、それに構っている場合ではない。
カレンとアルカディアがルルーシュ達に視線を向けると、ランスロットはモルドレッドの攻撃を防ぎ、さらに遠距離のハドロン砲を蜃気楼の絶対守護領域で無効化することが精いっぱいな状態だった。
C.Cも既にナイトメア用大型レイピアに腕と胴体を貫かれ、撤退を余儀なくされている。
拡散構造相転移砲を使えば倒せるが、ランスロットを避けさせればその隙を狙ってモルドレッドが蜃気楼に突っ込んでくるのでスザクごと撃つしかなく、ルルーシュはそれに踏み切れなかったのだ。
「ゼロ!!」
「カレン!!良く来てくれたな」
「申し訳ありませんゼロ、手間取りました!」
紅蓮可翔式が猛然とモルドレッドに輻射波動砲弾を食らわせるも、ハドロン砲で相殺されてしまった。
さらにランスロットが逆方向からメーザーバイブレーションソードで斬りかかると、モルドレッドはやはりナイトメア用大型レイピアで受け止める。
「動きがデタラメすぎる・・・!」
「ふふ、貴方達とても素直なんですもの、動きがすごく読みやすいの。
あの青いナイトメアの子も相手の反応を把握してから攻撃するタイプみたいだから、なかなか自分から仕掛けてこれないのねえ」
いくら動きが素直とはいえ、スザクもカレンも凡人では追いつけない速度で動いている。
それを読むだけならまだしも、それに即座に反応して対処するなどまず不可能だ。
その不可能を軽々とやってのけるマリアンヌは、確かにかつては軍人として貴族将校からすら尊敬されるにふさわしい技量の持ち主だった。
「・・・エネルギー切れを待つ方がいいかもしれないわね」
「駄目だ、それまで紅蓮のエナジーが保たない。ランスロットもだ」
アルカディアの提案を、ルルーシュは苦々しい口調で却下した。
紅蓮は猛スピードで第三次防衛ラインまで来た上に、トリスタンとの戦いでかなりのエネルギーを消費している。
ランスロットも稼働時間を延ばしてあるとはいえそれでも限度があり、同じくパーシヴァル戦でもあっという間に片をつけた上に、モルドレッドともやり合っている真っ最中だ。
「・・・ゲフィオンディスターバーは使えるか?」
「無理ね、あの反応速度じゃ装置を破壊されるのがオチだわ」
アルカディアが嘆息すると、やはりかとルルーシュは舌打ちした。
中華戦でユーウェインを破壊するのに大いに活躍したゲフィオンディスターバーは、その後小型に改良された。
イリスアゲート・ソローに搭載されたそれは、三つの装置をそれぞれ目的の敵ナイトメアの三方に配置し、磁場による干渉をサクラダイトに与えるというものだ。
劣化版ドルイドシステムで敵ナイトメアの動きを解析し、ゲフィオンディスターバー装置をラジコンのように配置操作すれば可能だったはずだが、マリアンヌが操るモルドレッド相手に成功させる自信などない。
「だが、動きを止めなくては勝てそうにないな。
この手は使いたくなかったが、仕方ない」
ルルーシュはちらっと海上に視線を走らせると、手早く全員に指示を出した。
「お前とカレンとで、モルドレッドを抑えつけろ。
カレン、スザク、絶対にタイミングを外すなよ・・・でなくば、死ぬぞ」
ルルーシュが厳しい口調で命じると、カレンとスザクは頷いた。
「ゼロの言うとおりにしていれば間違いないわ。スザク、失敗しないでよ?」
「解ってる!」
蜃気楼が動きを変えたのを視界に捉えたマリアンヌは、散構造相転移砲の狙いが自分に向けられていることに気づいて、息子の意図に困ったように笑った。
蜃気楼の攻撃をよければランスロットと紅蓮の同時攻撃を受け、かといって二人の攻撃をよければ蜃気楼の攻撃が浴びせられる。
単純だが基本を押さえた戦略だ。
(お友達ごと私を撃つつもりかしら、あの子・・・でも、それは出来ないわよ)
マリアンヌは蜃気楼から発射された高出力のビームを避けようと、なんとぎりぎりでモルドレッドから離れた紅蓮とランスロットのほうに急接近した。
マリアンヌを狙った拡散構造相転移砲が背中を過ぎ去っていくのを見て、彼女はころころと笑った。
「やっぱりね・・・あの子がお友達を撃てるはずがないもの」
何だかんだで情に甘いルルーシュのことだ、確実に二人を巻き込まない範囲で撃って来ると予想した彼女は、そう言った意味では息子を理解していた。
現にルルーシュは、針の穴を縫うように正確に自分だけを葬る範囲を見事に絞っていた。
だが次の瞬間、マリアンヌは笑みを消して目を見開いた。
スザクがランスロットから伸びたワイヤーを、急接近するのを待っていたモルドレッドの胴体にくるりと巻き、その端を紅蓮が両手で持って動きを止めたのだ。
「よし、ナイトオブシックスを捕まえた!!」
スザクがそう叫ぶと、ルルーシュはさらに指示した。
「よくやったぞ!そのまま伊予に運び込め!」
「「了解!!」」
マリアンヌは懸命にそれを振りほどこうとしたが、ランスロットと紅蓮も必死でぎりぎりとモルドレッドを絞めつけた。
おまけにアルカディアもさらに有線電撃アームを巻きつけて、三人がかりで漁師のごとくモルドレッドを引っ張っている。
「くっ・・・やるわね坊やとお嬢ちゃん・・・!」
ふと見れば伊予の甲板には複数のナイトメアが、二人を援護しようとしているのか何やら動いているのが見えた。
「早く脱出しないと、またわらわら来そうで厄介だわ」
かなり乱暴な脱出になるが仕方ないと、マリアンヌはハドロン砲を下に向けて撃ち放った。
「きゃああっ!!」
突然その爆発力で上昇を試みたモルドレッドに耐えきれず、イリスアゲート・ソローは有線電撃アームを外してしまった。
思い切り引っ張っていたのでトリスタンのように今度はイリスアゲート・ソローが反作用を食らってしまい、伊予の甲板に墜落してしまった。
「だったらこっちも!!」
カレンとスザクも驚いたがそれでもワイヤーは放さず、ランスロットはヴァリスを撃ち放ち、紅蓮も輻射波動砲弾を上空で撃って推進力を作り、無理やり伊予に向けてモルドレッドもろとも下降していく。
伊予の甲板に墜落した三体のナイトメアは、程度の差こそあれどかなりの損傷を受けていた。
「無茶するわねー、この子達。でも、大したものだわ」
モルドレッドはフロートシステムを破壊され、ナイトメア用大型レイピアも見事に壊されたがまだハドロン砲は生きている。
(この艦ごと全てのナイトメアを破壊して、その後私を捕まえようとこっちに来た騎士団の子の身体に乗り移るしかないわね)
マリアンヌのギアスは“人の心を渡るギアス”であり、目を合わせた人間に憑依することが出来る。
アーニャから他の人間に乗り移らなかったのは若い身体の方が鍛えやすいし、身分や環境的にもナイトオブラウンズになれる彼女の環境が好都合だったからだ。
(アーニャにはお世話になったけど、私が出たことに気づけばルルーシュも殺そうとはしないでしょう。
C.Cが気づきそうだし、大丈夫よね)
騎士団員に乗り移ることに成功したら適当なナイトメアを強奪して、ブリタニアに戻ろう。
そう計画を立てたマリアンヌは、出来ればあの紅蓮とかいうナイトメアに乗っていた女の子がいいわねなどと勝手な願望を抱きながらハドロン砲を発射させようとボタンを押した瞬間、突然モルドレッドが停止した。
「え・・・何よこれ」
「ゲフィオンディスターバー・・・ナイトメアを止める装置だ」
上空から聞こえたその説明は、蜃気楼からだった。
そんなものがあったことを初めて知ったマリアンヌは驚いた。実際何をしようともモルドレッドが動かないところを見ると、どうやら事実のようだ。
ふとモニターで周囲を見渡してみると、自分の周囲にある三つの機械が電磁波を放っている。
以前は効果範囲が広すぎてイリスアゲート・ソローが防壁を作らなくては敵味方問わずに動きが止められるが、これは範囲を絞り込むことが可能だ。
よって装置の外にいる黒の騎士団のナイトメアには、何の影響もないのである。
「ナイトオブシックスに告ぐ!ハッチを開けて投降せよ!
繰り返す、お前はもう完全に包囲されている。我が黒の騎士団に投降せよ!!」
「・・・仕方ないわねえ」
伊予を破壊出来ないのは残念だが、ここは誰かに乗り移って退却するしかなさそうだ。
そう判断したマリアンヌがハッチを開けると、たった一人で複数のエースクラスのナイトメアを追いつめたパイロットが十代の少女であることに驚きざわめく声が広がった。
「マジかよ・・・あんな女の子に四聖剣の卜部さんや千葉さんが・・・?」
「紅蓮と白兜、蜃気楼とだってやり合ってたぞ?信じられない」
そんな中、先に退却していたはずのC.Cが無表情で現れた。
(C.C・・・どうして彼女が来たのかしら)
一般にゼロの愛人と言われている少女がスタスタとモルドレッドに近づくのを見て止めようとした者もいたが、C.Cはそれを無視してマリアンヌの前にやって来た。
それと前後して蜃気楼が伊予の甲板に降り、中からゼロの衣装を身にまとったルルーシュが出てくるのが見えた。
《残念だったなマリアンヌ。
お前の正体に早く気付いたお陰で、アルカディアが来たんだから》
小型化したゲフィオンディスターバーは、まだイリスアゲート・ソローにしか実装されていない。
以前の大型は伊予にも設置されてはいたが、それは皮肉にも紅蓮とランスロット、モルドレットの三体が落ちてきた時に破壊されてしまっていた。
イリスアゲート・ソローの足は大破してもはや立つことすら出来なかったが、ドルイドシステムは無事だったのでゲフィオンディスターバーをモルドレッドの周囲に配備したのである。
アルカディア達はあくまでも所属しているのはEUなので、ブリタニア軍が来たから即出陣というのは外交上あまりよくなかったため、本来ならジークフリードもクライスも出る予定ではなかった。
今回はアルカディア達が協力を申し出てそれをゼロが受け入れたという形にしており、実際かなり苦戦したのだから後で英断だと褒められることだろう。
アルカディアはただルルーシュの母親を生きたまま確保出来る方がいいだろうとそんな気持ちで出陣したに過ぎず、正直なところ卜部と千葉に続いてジークフリードとクライスがやられるまではこれだけの面子でいけば即勝てるとすら思っていた。
もしユーフェミアとダールトンの会話をエトランジュが聞いていなければ、そしてマリアンヌのギアスのことをC.Cから聞いていなければ、恐らくアルカディアが来ることはなかった。
《他の誰かに乗り移るつもりだろうが、私が相手ではそれも出来ない。諦めろマリアンヌ》
《あら、気づかれちゃったの?困ったわね》
マリアンヌは大きく溜息をつくと、C.Cを説得にかかった。
《ねえお願いC.C、私と一緒にブリタニアに戻りましょう。
あの計画はもう少しで成るの。それには貴女のコードが必要なのよ》
《断わる、と言ったはずだ。お前は本当に人の話を聞かないな。
・・・だからお前は、誰にも理解されないんだ。いや、理解などしたくないと思われるが正しいか》
息子でさえ理解を拒絶したことを理不尽に感じているお前には解らないだろう、と憐れむC.Cは、彼女に尋ねた。
《なあマリアンヌ、ルルーシュも私もマグヌスファミリアも、お前に対してある理解をした。それが何か解るか?》
《私達はただ嘘のない世界を創りたい、それだけよ?》
それさえ理解していればいいのだと言わんばかりのマリアンヌに、C.Cは首を横に振った。
《C.C、貴女は嘘が正しいとでも言うの?!》
《・・・そう言うのを極論と言うんだ。
私はお前達の嘘は嫌いだ。だが、ルルーシュの嘘は好きだ》
誰かを傷つけるための嘘ではなく。守るための優しい嘘。
おそらくシャルルとマリアンヌは自分の嘘がそうだと信じ込んでいるだろうが、現実に不幸になった人間からすればただの戯言に過ぎない。
《ルルーシュもナナリーもマオもエトランジュ達も、そんな世界は悪夢だそうだ。
アルカディアは『付き合いきれるか、バカバカしい』と言っていたぞ。
それが私達を代表した本音だ・・・お前達が大好きな、嘘偽りのない本音だよ》
自分を不幸にした人間を理解するのは、被害者にとっては耐えがたい苦痛でしかない。
愛する者達が理不尽に死んでいく原因となった者がいくら自分には理由があった、正しいのだと叫んだところで、何故それを理解しなければならないと言うのか。
被害者にそれに値する非があったというならともかく、ただ穏やかに暮らしていた自分達が一体何をしたと言うのだろう。
つまりマリアンヌは、相手が何故怒っているか全く理解していなかった。
理解し合うべきだと言いながら、全く他人を理解しようとはしなかった。
それはいずれラグナレクの接続が成れば理解出来るという考えがあり、それが逆に相手の理解を得る努力を怠らせ、また相手を理解する努力を放棄させる結果になったのだ。
「お前には何を言っても通じない・・・それがルルーシュがお前にした理解だよ」
コードではなく声でそう告げたC.Cにマリアンヌが眉をひそめた瞬間、目の前に現れたのはゼロの衣装をまとい仮面をつけ、そして左目を露出された息子の姿だった。
その近くには忌々しげに顔を歪ませて目を閉じている金髪の女性・・・正確には男性だが・・・が、同じく目を閉じた壮年の男性に支えられて立っている。
「・・・・!!」
「だからこそ貴女には、『アーニャの心から立ち去れ』という言葉をお贈りしましょう」
マリアンヌはその言葉を聞きながら、蜃気楼の足下にいる“ゼロ”を見た。
隙間なくマントでびっちりと身体を覆い隠した彼は、よく見れば息子と身長が違っている。
「ゼ、ゼロ?!いつの間に二人に?!ってかいきなりなんであんなところに?!」
驚く騎士団員達の声が甲板に溢れかえる中、マリアンヌがわずかに残った己の意志で呟いた。
「・・・馬鹿な子。私の想いを理解してくれないなんて、酷い子ね」
せっかく自分が軍人を辞めてまで産んで育て、傍に置きたかったのにV.Vから守るために遠くへ送って守ったのに、ついに理解してくれなかった。
だがそれは人間の業なのだ、それを解き放つことこそが正しいのだから、いずれシャルルがラグナレクの接続を成功させれば、必ず解ってくれる。
マリアンヌはそう信じながらルルーシュを見上げて笑みを浮かべ、目を赤く縁取らせて抗えぬその絶対遵守の命令に従った。
「・・・そうね、アーニャから出ていかなきゃ」
他人の心に憑依するタイプのギアスは、暴走しない限り自分で解除が可能である。
エドワーディンとエトランジュの中にいる人物からそう聞いていたルルーシュは、マリアンヌがアーニャの身体を乗っ取っている時にアーニャから出ていく命令をかければいいと考えた。
まずカレンとスザクに命じてモルドレッドを伊予まで運ばせ、ゲフィオンディスターバーで動きを止める。
あいにく墜落する形で伊予の甲板に運び込んだために伊予に搭載していた装置は破壊されてしまったが、アルカディアがイリスアゲート・ソローに搭載していた小型装置をすぐに飛ばしてくれた。
装置がうまく作動したことを確認した彼女はイリスアゲート・ソローから出ると、自分のギアスで姿を消して甲板の入口に向かった。
そこには既に救助されていたクライスが、エトランジュのギアスを通じて指示されたとおりゼロの衣装に着替えて待機していた。
そして今度はその後蜃気楼から出た本物のゼロ、すなわちルルーシュのところへ行き、クライスは彼と入れ替わったのである。
C.Cがマリアンヌと喋っていたのは、その時間稼ぎのためだったのだ。
マリアンヌが恐れているのはギアスで処置をされてしまうことだから、自分やマグヌスファミリアのメンバーが来ればアーニャの中に逃げられてしまう恐れがあった。
この状況ではマリアンヌがアーニャの中に引っこんででも監禁されておしまいだったから、出来た作戦だ。
マリアンヌの身体はシュナイゼルが運び出したらしいが、死体に戻ることは出来ないとC.Cが本人から聞いていた。
よってアーニャから出て行った時点で、マリアンヌは心身ともに死んだことになる。
「・・・マリアンヌの気配が消えた。もう、この身体にあいつはいない」
C.Cが念のためアーニャに触れて確認して報告すると、ルルーシュはぐったりしているアーニャを見つめた。
「・・・そうか。では彼女を牢へ」
今回何もしていないアーニャだが、それでもナイトオブラウンズだ。
しかもマリアンヌの仕業とはいえ、黒の騎士団に多大な被害を与えた恐ろしい相手という認識が黒の騎士団に広がっている。
身勝手な都合で両親に振り回された彼女には同情するし、申し訳ないとも思うが、今は庇うに庇えない。手厚く牢に軟禁するのが、精一杯だった。
「あの恐ろしい能力を持つラウンズが何をしでかすか解らないので、少々小細工をさせて貰ったまでだ。
アーニャ・アールストレイムは気絶しているから、今のうちに捕えて牢に閉じ込めろ」
あっけに取られている騎士団員にそう説明したルルーシュを見て、やっと片がついたと安心したアルカディアがその場に倒れ込みかけたのでジークフリードが慌てて支えた。
「どうしました、アルカディア様?!」
「落下の衝撃で全身打撲みたいなのよねこれでも・・・!
すっごい身体が痛いからもーだめ、後は・・・よろしく・・・」
「す、すぐに医務室へお連れします!クライス、後は頼むぞ」
全身に走る激痛に耐えてギアスを使い移動していたアルカディアだが、限界が来たらしい。
運び込まれた担架にアルカディアを乗せたジークフリードは、急いで医務室へ走っていく。
「おう、任せろ親父!なあ、まだ雑魚連中がいるみたいだぞゼロ」
「・・・ああ、そうだな。全軍に告ぐ!ナイトオブラウンズはすべて我々が撃破した!
残ったブリタニア軍を、全力で叩き潰せ!!」
「「「承知!!」」」
甲板にいたナイトメアの中には、機体を乗り換えた藤堂や四聖剣がいる。彼らは機体性能こそ劣るが負けられぬと、ブリタニア軍の残党を薙ぎ払っていく。
また、蜃気楼がまだ動くことからルルーシュは再び蜃気楼に乗って飛び立った。
ラウンズを倒したと声高に宣伝しながら追撃して来た黒の騎士団に、ブリタニア軍は信じられないと言い合いながらも退却を余儀なくされた。
深追いはしなくていいというゼロの指示が出たので、じきに戦闘は終結することだろう。
一方、その頃伊予の甲板では紅蓮とランスロットのコクピットから、カレンとスザクがよろめきながら出てきた。
「あー、やっと出られた・・・ハッチがなかなか開かないから」
「カレンもかい?僕もだよ」
しばらく落下時の衝撃に耐えていた二人だが、紅蓮のコクピットはスポンサーである父のシュタットフェルトの意向で強化されていたことから彼女に傷はなかった。
しかしスザクのほうはしっかり衝撃時に操縦桿をもろに腕に当てたらしく、左腕に痛みがあった。
「折れてはいないと思うけど、ヒビくらいは入ってるなこりゃ・・・当分ランスロットに乗れそうにないや」
「・・・紅蓮もこのザマじゃあね・・・もうすぐブリタニア本国戦だってのに」
斬月も暁直参仕様も大破している以上、延期は確定である。
無事なのは蜃気楼と今回出撃していない星刻の神虎くらいだろう。
トリスタンは破壊したが、まだ無傷でいるナイトオブラウンズは二人いる。
しかもそのうち一人はブリタニア皇帝の懐刀、ナイトオブワンであるビスマルク・ヴァルトシュタインなのだ。
「イリスアゲートも三体とも大破・・・伊予も何か駄目っぽいし」
四体ものナイトメアが上空から落下して来たせいで、伊予の甲板下にあった機関にエラーが生じたと叫んでいる声が聞こえる。
穴が開かなかっただけでも大したものだが、かなりの重量があるナイトメアが四体連続で落ちてくるとは想定されていなかったのだから無理もない。
この大損害をたった一人で与えたアーニャに騎士団員は怖れおののき、気絶している彼女に拘束衣を着せた上に二重に手錠をつけて連行して行くのが見えた。
十四歳の少女にやり過ぎだとは、誰も言わなかった。
あれだけのナイトメアの動かすには、それこそスザクやカレン以上の身体能力が必要なのだ。目が覚めて暴れられればどうなるか、想像するだに恐ろしかったのだ。
ようやく戦闘終了宣言が蜃気楼から出ると黒の騎士団は勝利に沸き返ったが、マリアンヌと戦ったカレン達は疲れたように座り込んだ。
第二次日本防衛戦と呼ばれたこの戦いの被害は甚大だった。
紅蓮可翔式、ランスロット、イリスアゲート・ソローが大破。
暁直参仕様四体とイリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターは海中に沈み、引き上げが出来ても使い物にはなりそうにない。
斬月は修理にはそこそこかかる程度の中破。
そして現旗艦である伊予は甲板がガタガタになり、推進機関が全損。
ナイトメアパイロットの被害も酷く、ナイトオブラウンズにやられた兵士も少なくない。
情報処理型ナイトメアを操るアルカディアは全治2か月の全身打撲で入院、ランスロットパイロットのスザクの左腕は亀裂骨折で全治一か月と診断された。
あの高度から落下してよくその程度で済んだものだと、ラクシャータは呆れつつ感心していたものだ
藤堂、四聖剣は救出され、大した怪我はなかった。
カレンも娘の無事を祈った父がラクシャータにコクピットの強化を依頼したお陰で、さしたる怪我はなかった。
別の艦が伊予を牽引しながら、黒の騎士団は一路東京へと戻っていく。
甲板で指示を出していたルルーシュがふと海に視線を移すと、赤く夕日が燃えている。
ゆっくりと水平線へと沈んでいくそれに、かつて母と妹と共に過ごした幸せな日々が浮かび上がる。
ルルーシュはそれをほんの少しだけ見つめた後、小さく笑みを浮かべて再び黒の騎士団員に指示を飛ばすのだった。