第二十九話 ゼロ包囲網
ブリタニア植民地が一気に二つも解放されたと言うニュースは、世界中にあっという間に広まった。
植民地にいるブリタニア人はそれが誤報ではないと解ると顔を青ざめさせ、次はどこになるのかと怯えて本国に戻るべきかと考えだし、行動の早い者は本国行きの便を手配している。
ブリタニアと敵対関係にある国はざまあみろといわんばかりに幾度もそのニュースを報道し、EU連邦や超合集国を称賛している。
中には同盟を申し込んでくる国も現れ出し、ブリタニア包囲網がゆっくりと形成されつつあった。
ブリタニアに衝撃が冷めやらぬ中、EU戦線でEU軍と当たっていたナイトオブラウンズのナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムは、通信室で皇帝であるシャルルと話していた。
「シャルル、エリアが二つも解放されたんですって?
しかもブリタニアにとって地理的にも厄介な場所じゃないの」
「うむ・・・しかも中華政府に張り込ませていたギアス嚮団員からの報告では、ルルーシュはギアス嚮団の存在を匂わせて黒の騎士団が介入で出来るように準備を整えているそうだ。
このままではあそこもまずいことになる」
アーニャに憑依していたマリアンヌは、どこまでも自分達の邪魔ばかりする息子を切り捨てることにした。
「今、ルルーシュはどこにいるの?エリア14かしら」
「そうだが、すぐにエリア11に戻ったそうだ・・・何をするつもりだマリアンヌ」
「決まっているじゃない、ラウンズ総がかりでルルーシュを捕まえるのよ。
あの子の傍にC.Cもいるんだから、彼女も確保しなきゃ」
「しかしマリアンヌ、お前が行かずとも・・・」
いくらなんでも母と息子を戦わせるのはと躊躇いを見せたシャルルに、マリアンヌは大丈夫と笑った。
「私達の想いを、あの子は今のままでは解ってくれないもの、仕方ないわ。
ルルーシュの身体は大事に保管するから、もし死んじゃってもラグナロクの接続が成れば元通り動けるようにすればいいじゃないの」
私だってそのつもりなんだからと笑うマリアンヌは、複雑そうな表情をしているシャルルを置き去りにして言った。
「出来ればルルーシュは生きたまま捕まえたいし、ルキアーノとかに任せたら確実に殺してしまいそうですもの、私が出るわ。
必ずC.Cを連れて戻って来るから、待っていてちょうだい」
言うだけ言ったマリアンヌは、同時にアーニャの深層意識に潜ってしまった。
途端に赤く眼の縁取らせていたアーニャの意識が戻ると、突然目の前のモニターに映し出されている主君に驚き、慌てて跪く。
「失礼しました、陛下。あの・・・私どのような用件でここに?」
「・・・アールストレイムよ、ただちにエリア11にいるゼロを討伐に向かえ」
「私達ラウンズが、ですか?」
「そうだ」
まだ14歳のアーニャには、荷が重い命令だった。だがナイトオブラウンズにとって、皇帝の命令は絶対である。
しかも自分は記憶がたびたび途切れ、成績は優れていてもそれ故に軍人として入れるわけにはいかないと士官学校で言われていたところに、シャルルの鶴の一声でナイトオブラウンズに迎え入れられたと言う恩がある。
たとえどれほど無理な命令でも、シャルルの命なら従うべきだった。
「解りました。すぐにエリア11に向かいます」
そう答えて通信室から出たアーニャは、携帯にシャルルから受けた命令を打ち込んだ。
そしてそれを同じくEUにいたルキアーノに知らせると、戦争好きの彼は狂喜して承諾した。
「あのゼロを倒せ、か。よしすぐに向かおう、シックス。
ふふふ、久々に手ごたえがありそうな獲物だ、腕が鳴るな」
「本国のラウンズ、ジノも来る・・・本国の防衛にワンとフォーが残る」
「さすがに上もゼロを放置することは出来なくなったようだな。
どうでもいいが、EU戦線はどうするんだ?」
既に戦場に心を躍らせているルキアーノの、とりあえず聞いてみたような質問に、アーニャは淡々と答えた。
「どうでもよくはない・・・でもシュナイゼル殿下にお任せするって、陛下が」
「そうか、なら俺はすぐにヴァルキュリエ隊とともにエリア11に向かう。拠点はどこだ?」
「エリア9・・・私も将軍に引き継ぎしたら行く」
必要事項だけを話し終えたアーニャは、ナイフを弄んで浮かれているルキアーノを尻目に、携帯を弄っていた。
同時刻、黒の騎士団本部の一室では、無事に戻って来たカレンが扇や藤堂達に事の次第を報告していた。
「・・・というわけで、エカルテリアは無事解放!
全くブリタニアったらあんな酷いことして・・・うさぎ狩りって何よそれ!
ナナリーちゃんくらいの年の子もいたのよ、サイテー!!」
エカルテリア人が閉じ込められている場所を回って解放戦を始める旨を知らせて回っている間、カレンは露骨なセクハラに耐えていたことを思い出して苦々しそうに言った。
「まあ・・・なんっつーかその、解んなくもないっていうかー」
「何か言った?南さん」
「ほんと男の考えることなんて最低なのかも」
よっぽど腹の立つ思いをしたらしいカレンに据わった目で睨みつけられ、井上に冷ややかな目で見つめられた南は口を貝のように閉ざしてそれ以上何も言わなかった。というか、これ以上言えば確実にカレンの鉄拳の制裁が来る。
南の発言にうっかり頷いた男が数名いたことから、『これだからブリタニアは~』から『これだから男は~』、と範囲が広がったため、扇が何とか話題を変えようと努力した。
「ま、まあまあ、これで黒の騎士団もかなり有利になったんだし、エカルテリア人も収容所から解放されたんだから、よしとしようじゃないか。
エカルテリア人のレジスタンスも、EU軍か黒の騎士団に参加してくれると嬉しいんだが、どうだった?」
「今のところはエカルテリアの治安を維持するために精一杯だから、どちらにも参加出来ないかもしれないって言ってたわ。
エカルテリアで勝手な理由で殺された人達もいるみたいだし、その調査もしなきゃいけないから」
「そうか、大変だな・・・」
「うん、身元不明の人もいるかもしれないし・・・その中にエトランジュ様のお父様が見つかるといいんだけど」
いきなり出てきたエトランジュの父親という台詞に皆首を傾げたので、代表して扇がカレンに尋ねた。
「どうしてエトランジュ様の父親がエカルテリアにいるんだ?
確かマグヌスファミリアが侵略された時に行方不明になったって聞いてるけど」
「もしかしたらどこか別の国に流れ着いたのかもってお考えになって、あちこちの植民地に行くたびにアドリス様がいらっしゃらないかと探して尋ねて回ってたそうよ。
マグヌスファミリアはたまに他国から漂着する人がいたから、逆もあるんじゃないかって希望を持ってらしたみたい」
本当のところを言えばエトランジュは海を漂ってどこかに流れ着いたと思ったのではなく、遺跡を通じて逃げることに成功したのではないかという、はるかに生還率の高い希望に賭けていた。
もしそうなら島にある遺跡からだとそこから動けなくなるので、大陸にある遺跡から逃げたのではと思い、その遺跡がある国を中心に探していた。
彼女が各国の言語を学んで植民地を回っていたのは、父親を捜すと言う私情もあったのだ。もっとも、それを最優先にすることはしなかったので、誰もそれを咎めることはしなかったのだが。
実際はあり得ないと誰もが思ったが、父親が行方不明で、もしかしたらどこかで記憶喪失などになっているのではないかと普通に考えるなら儚いにもほどがある希望を持っていると言うエトランジュに、事情を知らない騎士団員は同情した。
十代の少女にはとても重すぎる現実だ、エカルテリアのレジスタンスも別にそれを最優先にしてくれと言われたわけでもないので、エカルテリアの解放に力を尽くしてゼロを連れて来てくれたエトランジュへのささやかな礼のつもりだろう。
辛い現実を見据え続けている彼女に、もしかしたら父親はまだどこかで生きているかもしれないという小さな希望が入った箱を持たせてやりたい気持ちは解る。
「そっか・・・実際にどこかで保護されていればいいんだがな・・・」
「日本は遠すぎるから、俺達には頼まなかったんだろう。
お前達、エトランジュ様の前で無神経なことは言うなよ?」
藤堂の釘刺しに一同が口が軽い特定の男達・・・とりわけ玉城に視線を突き刺すと、言わねえよ!!と反論した玉城だが、誰も信用しなかった。
「だって玉城、アッシュフォードで日本人の教師を募集してるって話をした時、扇さんにぜひやれって勧めてたじゃないの。
それだけならいいけど、事務総長は俺に任せれば大丈夫なんて言ったせいで扇さん不安な顔で今回はやめておくって諦めちゃったんだからね!」
「俺のせいかよ!」
玉城は仲良くなったミレイからアッシュフォード学園で日本人の教師を募集しているので誰かいい人がいないかと言われた時、真っ先に扇を推薦した。
黒の騎士団の中核を握っていたし、元教師だという説明にミレイも乗り気だったので扇に話を通したのだが、扇は迷った末に断った。
「いや、それは違うぞカレン。別にそれは玉城のせいじゃない。
俺だって教師に戻りたい気持ちはあったが、これまでみんなと頑張って来たんだから正念場のこの時に俺だけ辞めるのは無責任だと、千草に叱られてな」
恥ずかしそうに告白する扇に、カレンはさすが扇さんと尊敬のまなざしを向けた。
「千草の言うとおり、この大事な時に俺が真っ先に抜けるのは無責任だよ。
だから玉城やアッシュフォード学園にはすまないが、断らせて貰った」
千草ことヴィレッタは、扇が黒の騎士団をやめて一教師になればスパイ活動が出来なくなるため、もっともらしい理屈を並べ立てて黒の騎士団に残るよう説得したに過ぎなかった。
しかもアッシュフォード学園と言えばゼロであるルルーシュが通っていた学園であり、自分を撃った少女が在学しているのだ。万が一扇から自分の存在がバレでもしたら、己の身が危ういと言う打算もあった。
扇はそんなヴィレッタの思惑に気づかず、むしろ自身の妻を自慢するかのように得意げであった。
「ほーら見ろ!扇ぃ、お前いい嫁さん貰ったよな!うんうん、お前は昔から真面目な奴だったから」
玉城は自分のせいではないと聞いて扇を褒めたが、扇はきっぱりと言った。
「でも戦争が終わって教師に戻ったとしても、後任にお前を指名することは絶対にないからな?」
「酷ぇな!俺の何が不満だってんだよ!」
「使い込みの前科持ちに事務を任せる奴がいるか!」
ごもっとも、と玉城以外の全員が納得する理由を返した扇に、カレンが言った。
「そういえば扇さんの奥さん、まだ一度もここに顔出してませんよね?
結婚式は無理でも身内でお祝いくらいはしたいから、連れて来たら?」
「それがな、どうも気後れするからって、千草が来たがらないんだ。
今は本部近くの黒の騎士団員用の家にいるけど、外に出たがらなくてな」
ヴィレッタは黒の騎士団本部を探りたいのは山々なのだが、ルルーシュとうっかり顔を合わせて捕まることを恐れているため、家からあまり出なかった。
それが功を奏して、マオも彼女に気づかず安全に過ごせているのだが、もちろんそんなことは彼女は知らない。
「でも家にこもりっきりじゃ悪いから、たまには気分転換にって言っておいて下さいね」
「そうだな、カレンの言うとおりだ。機会を見てみんなにも紹介するから、もう少し待っていてくれ」
扇のデレデレした声に、先に春が来たと一部の男性のやっかみを買いながらも祝福された彼が仕事を終えて足取り軽く我が家へと戻ると、最愛の妻が手料理をテーブルの上に並べて待っていた。
「お帰りなさい、要さん」
「ただいま、千草。ああ、お腹がすいていたところなんだ、ありがとう」
扇はうきうきと鞄を置いてテーブルにつくと、さっそく食事を始めた。
「今日は早かったんですね、要さん」
「ああ、ゼロがエカルテリアから戻って来たからな。
それ関係の書類は明日回って来るから、早く帰れたんだ。でも明日は多分夜遅くに戻って来ると思うから、先に寝ていてくれ」
「解りました。それにしてもこんな短期間にいくつも植民地を解放するなんて、驚きました」
「ああ、さすがはゼロだな。エトランジュ様が各植民地のレジスタンスグループとも知り合いだったお陰で、あっちとも呼応出来たし・・・」
何も知らずに情報を喋る扇に、ヴィレッタはそれを心のメモに書いていた。
(マグヌスファミリアの女王が植民地を回っていたのはテレビで見たが、各エリアのテロリストとも友好を深めていたのか。
その過程で黒の騎士団とも知り合ったと言うところか・・・)
「もうすぐブリタニア本国に進攻するという話もあるし、戦いはあと少しで終わるさ。
そうなったら俺も元の教師に戻って、穏やかに君と暮らしていきたいんだ」
扇の照れたような声で語られた未来図に、ヴィレッタは顔を赤くしながらも心の中では必死にそれを軽蔑していた。
(冗談ではない、私がイレヴンなどと生涯を共にするなど・・・!誇り高きブリタニアの騎士候が、ナンバーズなどにほだされるなどあってはならないんだ!)
「それにな千草、俺の仲間がぜひ一度君に会わせろとうるさいんだ。
もし時間が合ったら連れて帰ることがあるかもしれないから、すまないが適当に相手をしてやってくれ」
「それはいいですけど、食事の準備をしないといけないので連絡してきて下さいね」
「解った、いろいろ悪いな」
万が一自分の顔を知っている者が来たら終わりなので、風邪でも装って家に入れまいとしたヴィレッタは、内心でこれでよしと安堵する。
(何とかシュナイゼル殿下か、ナイトオブスリーのヴァインベルグ卿に連絡を取ってご指示を仰がないと・・・)
一人では限界があるのだ、せめて誰か仲間が欲しい。
ヴィレッタはそう願いながら、扇の好物ばかりが並べられたテーブルで己もいつの間にかうまくなった箸使いで、食事をするのだった。
中華連邦改め合衆国中華にあるギアス嚮団本拠地では、顔の半分を妙な仮面で覆った男が入れられたカプセルの前で、V.Vがバトレーと話していた。
「やっと完成したよ、ギアスキャンセラー。
中華に潜り込ませてた嚮団員からゼロがこっちに攻撃を仕掛ける気配がありそうだっていう報告があったから、焦ったよ」
自白能力を持つギアス嚮団員に探らせていたら、案の定太師の部下がブリタニアが極秘で秘密施設を建てたようなので近々ゼロと調査に乗り出すという情報を手に入れたV.Vは、大急ぎでジェレミアの調整を急がせた。
幸い日本での実験結果が良好だったから格段に改造のスピードは上がり、一年も経たずに八割は完成した。
「しかしV.V様、彼のギアスキャンセラーは半径が短く、半径百メートルほどにしか効果がありません。
また、連続使用は可能ですが、過ぎれば肉体に負担がかかってしまいます」
バトレーがまだ使うのはやめるべきではと提言するが、V.Vは時間がないとそれを無視した。
「ここが危ないんだから、ゼロをさっさと始末しなきゃいけないんだよ。
あいつのギアスは凶悪だし、マグヌスファミリアの連中のギアスも侮れたものじゃないからね。
それにそいつ以外にもギアスキャンセラーの適合体が二体出てきて調整に入ってるし、一ヶ月もあればジェレミアのレベルまでにはなるんだろ?」
「はい、エリア5とエリア14の者です。現在これまでの実験結果をもとに調整しておりますので・・・」
「じゃあこいつがゼロと相討ちになっても代わりがあるからいいや。
早いところゼロを始末しなくちゃ」
シャルルがナイトオブラウンズを動かして抹殺にかかっているが、既に軍が何度も敗北している以上、V.Vは自分が何とかしてやらなくてはと考え、勝手に動くことにした。
弟はルルーシュを捕獲してC.Cを釣ろうとしていたが、もはやそれどころではない。
「そういうわけだから、カプセルを開けちゃってよ。
以前はなんか訳解んない様子だったけど、もうまともに受け答えは出来るんだろ?」
「はい・・・かしこまりました」
得体のしれない少年が自分の上司だと言われて戸惑っていたが、皇帝であるシャルルすら呼び捨てにする彼が恐ろしくて、バトレーは唯々諾々と従うしか道はなかった。
ごぽりと紅い液体が波打ってカプセルから排出されると、カプセルが割り開かれて中からゆっくりとジェレミアが出て床に倒れ伏した。
「やあジェレミア、気分はどう?」
「・・・何者だ・・・貴公は・・・バトレー将軍だな」
初めこそ目の焦点がブレていたジェレミアだが、見知った顔を認めると同時に頭が徐々に冴えてきたらしい。
バトレーは己が人体実験と改造を繰り返した男を直視出来ずに視線をそらすと、V.Vはそれには構わずに言った。
「僕はV.V、君に力を与えた者だよ。ねえジェレミア、君はゼロが憎くないかい?」
「ゼロ!!私に屈辱を味あわせるだけではなく、クロヴィス殿下を殺した憎きブリタニアの敵だ・・・!」
「だろう?だからさ、君に頼みがあるんだ。エリア11に行って、ゼロを殺してほしい。
神根島はなんか向こうで変な物で封鎖されたけど、密航ルートは確保出来たから」
君の望みだろう?と笑うV.Vに、ジェレミアは笑みを浮かべた。
「よろしいでしょう、ゼロを倒すためだと言うのならば喜んで向かおう。
このジェレミア・ゴッドバルド、ご期待には全力で!!」
ゼロ・・・それは己の主君を殺した男の名前だった。
その仇を討ってくれるのならジェレミアを喜んで送り出すべきだったが、バトレーはギアス嚮団で様々な事実を知るにつれてそれは正しいことなのかと疑念を抱くようになっていた。
(いや、ゼロは最初の主君であるクロヴィス殿下を殺した男だ!
その仇を取るためなのだ、ブリタニア貴族たるもの皇族に忠誠を尽くすのが務め・・・)
ジェレミアも辺境伯という地位にいた以上、それは身にしみているはずだ。
だからそのための力を与えた自分は感謝されこそすれ、恨まれることなどないはずなのだ。
バトレーは無理やり己をそう納得させながらも、機械が埋め込まれて人とは異なる身体になり果てた男から視線をそらし続けていた。
無事に日本に帰国したルルーシュは、まずはゼロとして超合集国議会から労いと祝いの言葉を受け取った後、マスコミからのインタビューを受けた。
さらにエトランジュがEUの代表としてエカルテリアの解放にゼロが協力して頂いたことに感謝すると、EUの面子を損なわない範囲で礼を述べた。
ひと通りの儀式を終えた後、ルルーシュはC.Cとロロを連れてゼロの私室で今後の展開について話した。
「ファイリパも解放成功か・・・少し早かったな。
まあシュナイゼルが細かいところまで各エリアを把握していてくれたからどこが手薄か、どんな総督がいるか把握出来ていたから当然の結果だが」
エカルテリアを手中に収めたことで、ブリタニアはEUに対する侵略を続けようにもそこからの補給が途絶えることになる。
エトランジュもマオからの報告でシュナイゼルと繋がっていた者達の背任の証拠をつかむことに成功したという吉報もあり、ブリタニアのEU戦線はますます困難になることだろう。
「ふはははは、物資に困るのはブリタニアの方というわけだ!
今回のMVPはマオだな。前から欲しいと言っていたフランス製の油絵セットでもプレゼントするとしよう」
「ああ、それなら既にエトランジュがマオにやっていたぞ。
何でも彼女に贈られた物らしいんだが、自分が使うよりいいと言ってな」
贈り主から了承を取ってからマオに渡したようだと言うC.Cに、彼女らしいとルルーシュは苦笑した、
「EUを潰すには補給が続かない。だが超合集国連合を潰すにはブリタニア一国では手に余るだろうよ」
何しろ中華がEU戦線の近くに立ちはだかっており、補給線を妨害している。
ゆえにEU内からの補給を受けなくてはならないのだが、次々にその要点を落とされてはブリタニアとしてはたまったものではないだろう。
捨て駒の名誉ブリタニア人部隊も、この状況ではむしろ裏切ってEUや超合集国に走る可能性が高く、使うに使えない。
「後は軍備を整えて、ブリタニア本国を目指す。
黒の騎士団に応戦するために本国に軍を戻す可能性が高いからEU連邦軍だけでも渡り合えるし、ともすればヨーロッパ内の植民地を放棄することもあり得るからな」
「なるほど・・・だがその前にギアス嚮団を何とかするべきだな。さすがにここまで来たら、V.Vも黙ってはいまい。
根回しは済んでいるのか、ルルーシュ」
C.Cがピザを食べながら尋ねると、ルルーシュはそうだなと考え込んだ。
遺跡同士を繋げている黄昏の間とやらはシャルル達が抑えているため、日本の遺跡の扉前に頑丈なコンテナを積み上げて封鎖し、たとえそこから日本に来ても遺跡の外には出られないようにしてある。
さらにコンテナが爆破されればすぐにこちらに解るようにもしてあった。
「ギアスキャンセラーとやらがどこまで完成しているかは解らないが、確かにそろそろ奴らをどうにかするほうが後顧の憂いがなくていい。
イギリスの遺跡からマグヌスファミリアが向かい、中華連邦のギアス嚮団本部にはギアスをかけたゼロ番隊が包囲していく形にするか」
既に星刻と太師に話をつけてあるとはいえ、中華の領土内のことなので星刻も同行したいと言い出す可能性が高い。
だがギアス絡みのことなのでそう言った意味で部外者の彼を巻き込みたくはないので、既にギアスを使ってしまっている星刻ではなく別の武官を派遣して貰い、ギアスをかけてギアスに関することを忘れて貰うようにするべきだろう。
既に中華連邦でブリタニアが極秘に秘密施設を造り、そこで暗殺者を育成し人体実験をしていると言う報告はしてある。
コーネリアのパソコンからもそれらしき施設の情報があったし、ジェラールのところからも見つかったことにすれば向こうも半信半疑ながらも中華連邦で調査をすることに同意するはずだ。
そう考えたルルーシュは、ロロとC.Cを伴って対ギアス嚮団に向けての作戦を練るべく同じくインタビューを終えたエトランジュの部屋へと訪れた。
ちょうど部屋に戻ったばかりだったエトランジュは、三人に席を勧めてから中華での根回しに成功したと報告した。
「例のギアス嚮団の場所ですが、ロロやC.Cさんからの情報を元に調べてみたところ、砂漠地帯の地下にあるそうです。
太師様にはそれが事実ならば可及的速やかに調査隊を入れて取り押さえるべきだとのお言葉を頂けたのですが、その調査隊はゼロの親衛隊と中華の方々で編成したいとのことです」
「当然だな。だがギアス絡みのことは外部に漏らしたくはないから、この件を忘れるようギアスをかけさせて貰うとしましょう。
明日にでも出発して、カタを済ませたいものです」
「はい、解りました。それからマグヌスファミリアのギアスメンバーは、イギリスのストーンヘンジの遺跡から突入して黄昏の間を抑えます」
「あそこから逃げられては厄介ですからね、そこはお任せ致します。
そうすればラグナロクの接続とやらは出来なくなるでしょう」
ルルーシュはロロに視線を向けると、申し訳なさそうに言った。
「すまないが、道案内をして貰うぞロロ。嚮団内部はお前が地図を書いてくれたが、やはりそれだけでは心もとないからな」
「いいよ、兄さん、僕に任せて。他の子達も兄さん側につくように説得してみるから」
甘えるようにしてルルーシュに抱きつきながら頼もしい台詞を言うロロに、ルルーシュは頼りにしていると髪を撫でてやる。
「では明日出発します。太師様と打ち合わせた後可及的速やかに動きますので、エトランジュ様もしっかり体調管理をしておいて下さい」
何しろギアスを使って、全員とやり取りをしなくてはならないのだ。
真剣な顔で頷くエトランジュは、世界を一つにするなどという世界の迷惑にしかならない計画を阻止する正念場なのだと、ぎゅっと手を握り締めた。
太師から調査の許可を出すと連絡を受けたルルーシュは、さっそく明日にでも中華に向かうことにした。
そしてスケジュールの調整を済ませた後、ギアス絡みのためロロを連れて行くことになるので、留守番をナナリーに頼むべく帰宅する。
「以前お兄様がおっしゃっていた、ロロのような子がたくさんいる場所ですね。
そんな酷いことは許せません、どうか助けて差し上げて下さいな」
「ああ、ようやく中華での調査の許可が降りたからな。
ギアス嚮団の中でももう危険思想が根付いている者は俺のギアスで支配下に置くしかないが、そうではない者はやはり俺のギアスをかけてギアスのことだけ忘れさせてマグヌスファミリアで預かって貰うことになっている」
マグヌスファミリアもギアスを隠蔽したいので、ギアス嚮団員を引き取ることに同意してくれた。
幸か不幸か、マグヌスファミリアは国土攻防戦で93人の国民が亡くなっており、欠員という言い方は酷いが彼らを迎え入れる余裕があったのである。
「なるべく早く戻ってくるつもりだが、それでも一週間はかかるかもしれない。
エトランジュ様や藤堂達の言うことを聞いて、待っていてくれ」
「エトランジュ様はご一緒に行かないのですか?」
「ああ、あの方は予想外に忙しくなられたし、超合集国加盟国の中華でのことだから、いろいろなしがらみで参加出来ない。
代わりにアルカディアとクライスが来てくれる」
アルカディアは侵入に向いたギアス能力者だし、クライスは一時的にせよギアスを忘れて貰うことが出来るギアスを持っている。
そのためエトランジュの護衛を外れて向かうことになったのだが、ここにはジークフリードが残るしEUから派遣されたSP、さらに黒の騎士団の精鋭が揃っている。
ただルーマニアでの手痛い経験から絶対一人では行動するなと言い聞かせたし、本人も言われるまでもないと、常に護衛になる人物と行動を共にしていた。
「ナナリー、お前もまたあの男が何をするか解らないのだから、一人で出歩くのはやめるんだぞ。俺が帰ってくるまでは基地から出てはいけないよ」
「はい、お兄様。ではお兄様とロロの出張の準備を・・・」
始めましょう、と言おうとした刹那、緊急を知らせる着信音が、ルルーシュの携帯に響き渡った。ルルーシュは眉をひそめながら、携帯の通話ボタンを押す。
「私だ、どうした?」
「ゼロ、大変だ!太平洋上にブリタニア軍が来たとの連絡が!!」
吉田の悲鳴じみた報告に、ルルーシュは瞠目した。
「何、このタイミングで?!解った、すぐに行く」
ピッと慌てて通話ボタンを切ったルルーシュは、舌打ちした後に安心させるようにナナリーに言った。
「大丈夫だ、すぐにカタをつけて戻るから、ロロとナナリーは先に休んでいろ」
ルルーシュは顔を見合わせる弟妹にそう指示した後、先ほど出たばかりの黒の騎士団本部へと戻って行った。
「全軍、出撃準備が整いましたラウンズの方々!
いつでもエリア11に向けて出撃が可能です」
オペレーターからの報告に、モルドレッドにいたアーニャ・・・否、マリアンヌは了解、と返してコクピットの中で大きく腕を伸ばした。
(頑張ってるルルーシュには悪いけれど、これも嘘のない世界を創るためなの。
ラグナレクの接続でみんなが私達の想いを理解してくれたら、優しい世界になるんだから)
自分達の想いを理解して欲しいと望むあまり、自分が相手を理解しようとする努力をしていないことに全く気付いていないマリアンヌは、息子にこれ以上邪魔をさせないためという本音をV.Vや他のラウンズ達から守るためという大義名分に覆い隠し、モルドレッドの起動キーを回した。
ブリタニア軍が再び日本に侵攻するのと前後して、合衆国中華から日本に向けて一隻の船が出港した。
日本への輸出品が積まれた船だが裏では密入国業者が関わっており、今一人の男が船内にて潜伏していた。
(ゼロ・・・もしカプセルの中で聞いた通り、あの方がゼロならば・・・)
自分がマリアンヌと彼女が産んだ皇子皇女に忠誠を抱いていたことは、V.Vの前では言わなかった。バトレーとは付き合いが薄かったので、恐らく彼も知らないだろう。
自分に暗殺を命じたくらいだから、ルルーシュに対して悪感情を抱いていることくらい、予想がついたからだ。
とにかく日本に着き次第ゼロに接触し、真偽を確かめなくてはならない。
(まずはマリアンヌ様の後見をしていたアッシュフォードが経営していた学園を探ってみよう。
私としたことがうかつだった・・・マリアンヌ様をお守り出来なかった不忠者として、全く気にかけなかったのだから)
自分も同じ立場でありながら、何とも傲慢なことだと今になってジェレミアは猛省していた。
もしルルーシュが生きていたならアッシュフォードに匿われていた可能性が高く、一度でもアッシュフォードに会ってマリアンヌへの忠誠を語っていたなら、ルルーシュに会わせて貰えていたかも知れないのに。
(日本までは2、3日といったところか・・・その間にゼロの正体を突き止める方法を考え・・・)
ジェレミアが思案を巡らせていると、ドアが開いて船員が報告して来た。
「今黒の騎士団とブリタニア軍が交戦状態に入ったとの情報が来た。
黒の騎士団がブリタニア軍を追い返すまで、日本に入れん」
「何だと?!こんな時に・・・!」
急いで日本に行きたいというのに、こんな時に限って何故、とジェレミアは歯噛みしたが、どうすることも出来ない。
ジェレミアは苛立ちながらも戦闘が終わるのを待つしかないと結論を出し、窓のない粗末な船員用の部屋の固いベッドに身体を横たえた。