第二十八話 策謀の先回り
超合集国連合本部がある合衆国中華の蓬莱島。
その中心部にある大きなビルのなかで、今一つの採決が声高らかに告げられた。
「・・・投票の結果、超合集国およびEU連邦連合軍は、エリア8ことファイリパ国、エリア14ことEU連邦加盟国家エカルテリア共和国の解放をここに決議する」
合衆国日本代表であり、超合集国連合議長である桐原の声が蓬莱島の超合集国連合の大会議室に重々しく響き渡ると、拍手が響き渡った。
ファイリパ国は中華とも近く他の植民地エリアを解放するのに重要な地域であり、エカルテリアはレアメタルが豊富な国だ。
エカルテリア亡命政府とファイリパ亡命政府の者達は、涙を流さんばかりに喜んでいる。
「黒の騎士団はこの決議に従い、速やかに奪回予定地へ赴こう。
すぐに作戦会議に入る。エカルテリアとファイリパ亡命政府の方々は、安んじて吉報をお待ち下さい」
ルルーシュがモニター画面でそう宣言して姿を消すと、議員達もそれぞれの仕事のために散っていく。
シュナイゼルの策はEUに黒の騎士団を中途半端に介入させ、物資を消費させると言うものだ。
だが既に補給ルートを潰してあるし、裏切り者にはEUに到着後にギアスをかける。
エカルテリアを占領し総督をしている第四皇子、ジェラール・ゼ・ブリタニアがナンバーズ殲滅計画を立てていることもあり、放ってはおけない。
現在全国から日本に集まった黒の騎士団幹部の姿の中には、星刻の姿もある。
天子から離れるのに難色を示した彼だが、天子に世界が平和になるためだからと言われ、香凛と洪 古に天子を託して他の中華の兵士達と共に赴任したのである。
東京にある黒の騎士団本部の会議室では超合集国決議を伝え、ルルーシュが言った。
「ファイリパのほうは星刻、お前に任せる。私はEU軍に同行し、エカルテリアに向かうつもりだ」
「EU連邦ならEU軍に策を渡すぐらいにしたらどうだ?何もお前自身が行く必要などないと思うが」
縄張りを気にするのが軍だぞ、という星刻に、ルルーシュは説明する。
「EUでシュナイゼルが策動していることが明らかになった。
幸いある程度手は打てたが、他に何をしでかしているか解らないからな。
それにエカルテリアの総督の第四皇子ジェラールが再び上がった独立運動に怒り、ナンバーズ殲滅計画を立てたとの情報がある」
「黒の騎士団を向かわせるより、ゼロ一人が行く方がいいと言う訳か」
「エトランジュ様はエカルテリアのレジスタンス組織ともつながりがあるからな。それを使って内部からEU軍と呼応する予定だ。
彼らとは面識もあるから、スムーズに話が進むだろう」
「了解した。ファイリパは私に任せて貰おう。
中華とも近いから、ブリタニアの支配下にあることを目障りに思っていたところだ」
「頼もしいな、星刻。作戦概要は考えてあるが、運用はお前に任せる。
日本の守備に回る者と同行する者とに分かれるが、他に誰が行く?」
「俺は日本を守るぜ!日本にはサクラダイトがあるからまたブリタニアが来た日にゃあ、ゼロがいないんじゃ俺が何とかするしかないからな!」
玉城の世迷い事に賛同したわけではないが、別に来てほしいわけでもなかったので誰も深く突っ込まなかったので、玉城の残留はあっさり決定した。
「だが確かにゼロの不在をついて日本を再侵略に来るかも知れん、警戒を怠るわけにはいかんな。
俺と四聖剣のうち二人を日本に残して、後の二人をファイリパに向かわせよう」
藤堂が四聖剣に視線を向けると、千葉は藤堂が残るならと残留を申し出、朝比奈も藤堂さんがいるところが僕の居場所ですからと言い募ったので、仙波と卜部がファイリパ戦に参加することになった。
「では伊予を旗艦として用意が整い次第ファイリパに出撃する。
神虎の初陣だ、腕が鳴る。エトランジュ様が派遣して下さった医者のお陰で、私の病もかなりよくなったからな」
もう半年放置したままでは2年持たなかっただろうと言う医者に、本当にぎりぎりのタイミングだったのだと星刻は安堵したものだ。
「それはよかった。星刻殿、仙波と卜部をお願いする。
仙波、卜部、ブリタニアに虐げられた国を助けることこそ、日本が他国から受けた恩を返すことだ。日本の名を汚さぬよう、くれぐれも頼んだぞ」
「「承知!!」」
仙波と卜部が敬礼すると、星刻は日本が誇る四聖剣の力をお借りすると言って、二人とともに会議室を出て行った。
「藤堂、私が考えられる限りのブリタニアが日本に再侵攻した時のブリタニアの侵攻経路だ。
今のところ来るとは思えないが、念のため目を通しておいてくれ」
「相変わらず根回しのいいことだ・・・なるほど、解った。日本は俺達が死守する。
後は俺達が警戒網を構築しておくから、ゼロはEUに専念してくれ」
藤堂はルルーシュが差し出した書類にざっと目を通しながら安心させるように言うと、ルルーシュは頼むと言い残してエトランジュ達と打ち合わせをするべく、彼女達の部屋へと向かった。
「しっかり警戒網の敷き方も書いてくれてあるな。
紅月も置いていくのか・・・父親のこともあるから、妥当だな。これで問題なさそうだから、この方法でブリタニアの再侵攻に備えるとしよう」
「紅月がまた怒りそうですよね、自分を置いていくのが許せないって」
カレンが明らかにルルーシュに対して特別な感情を抱いていることに気づいていた千葉が苦笑すると、朝比奈もだろうなあと幾度も頷いた。
「ゼロ、あの様子だと絶対気付いてないよね。
日本に残れと言って、今頃ふざけるなと怒鳴られてる頃だよきっと」
「だがいくら紅月がゼロの親衛隊長でも、今やブリタニアでも顔が知れている彼女が同行するのはまずいからな。
職務に熱心なのはいいが、時と場合と言うものがある」
「・・・中佐?」
何やら角度のずれた藤堂の台詞に、二人はこの上司がカレンの想いに気づいていないことを知った。
彼自身も呆れるほど秋波に疎いことを身をもって知っていた千葉は、自分に向けられた好意にさえ気づかない想い人が、他人に向けられた想いに気づくはずがないかと肩をすくめる。
「違いますよ中佐。紅月はゼロが好きなんです、ラブの意味で。
だから自分を置いていくのかと怒るって話です」
朝比奈が説明すると、藤堂は確か二人は同じ学校の生徒会で一緒だったなと思いだし、なるほどと納得した。
「そういうことか・・・だが公私混同もよくない。
朝比奈、千葉、お前達が俺を慕ってくれるのが嬉しいが、だからと言って作戦にそれを持ちこむのはやめろ。
日本が解放されたとはいえ、ブリタニアの脅威から世界を救うまでは気は抜けん」
「は、はい中佐。以後気をつけます」
千葉は素直に背筋を伸ばして謝罪したが、朝比奈もそれに倣いつつ内心は藤堂以外の人間の命令に従うのは嫌だったので残ったという理由が強い。
政治的な動きが出来ない藤堂ではなくゼロがCEOに着任したのはいいとしても、総司令には藤堂がなるものと思っていただけに、朝比奈はそれが不満だった。
ただ藤堂はそれをもっともだと受けいれたので、口にはしていない。
「だが、若いとはいいものだな。
俺たちの世代は士官学校を卒業してから世界で戦争が起こっていたからそれどころではなかったが・・・」
「戦争が終わったら、中佐も、その・・・あの・・・」
千葉が顔を赤くしながら口ごもると、朝比奈が助け船を出した。
「藤堂中佐もいいお嫁さんを探せばいいじゃないですか。きっと引く手あまたですって」
「俺か?こんな面白みのない男がいいと言う女性がいれば、それもいいかもしれんな」
「そんな、中佐は素敵な人です!私だったら・・・・!」
思わずそう叫んだ千葉は驚いた表情の上官の顔を見つめ、慌てて回れ右をした。
「し、失礼しました!私、暁の整備に行ってきます!」
そう言うやダッシュで会議室を走り出た部下を見送りながら、藤堂は首を傾げている。
その様子を朝比奈は横目で見やりながら、ゼロと藤堂どちらが鈍いのだろうかとどうでもいいことを考えるのだった。
三日後、今はエリア14と呼ばれているエカルテリア共和国に、ルルーシュとC.Cとアルフォンス、そしてカレンが降り立った。
カレンは絶対同行する、藤堂や朝比奈と千葉がいるなら充分のはずで、ブリタニア人に見える自分がいれば随分と作戦が楽になるはずだ、何で親衛隊長の私を置いていくのかと延々怒鳴られ首を絞められた。
その様子を呆れて見守るだけで止めなかったアルフォンスにフォローして欲しかったが、そこまで暇じゃないと言われ諦めた。
実際人手が欲しいのは確かだったので、作戦に文句を言わずに従うのならという条件で同行を許可した。
ちなみにシュタットフェルトは危険なことを娘がまた、と反対したがすぐに諦念の境地に達してしまい、元エリア14の副総督秘書をしていたクレマンからエリア14の主な施設の図面を借りて娘に手渡していた。
一度中華に寄りそこから車での密入国だが、既にエトランジュが話を通してくれたレジスタンスの手引きによりスムーズに入国が完了した。
「ゼロ、待ちかねていたぞ!とうとうエカルテリアが解放されるのだな」
「ああ、我々は内部からEU軍に呼応する。
諸事情あって短期でことを終わらせなくてはならないから、失敗は許されない」
「解っている、俺達は全面的にゼロの指示に従おう」
何しろ日本解放を成し遂げた実績を持つゼロだ。
エトランジュの要請で来たという建前も整えてくれてあるから、面倒なことにもなるまい。
レジスタンスリーダーがエトランジュからの激励の手紙や送られた支援物資を大事そうに確かめながら、現状をゼロに説明した。
「ここ最近、俺達エカルテリア人に対する弾圧が酷くなったんだ。
レジスタンスでもないのに何百人も収容所に連れて行かれてる・・・ゼロ、早く彼らを助けだしてやってくれ」
「やはりか・・・だが心配するな。私達が調べたところ、収容所では扱いこそ酷いがまだ殺害されるまでには至っていない。
ただ収容所の警備を固めて、君達レジスタンスが助けに来るのを待ち構えているんだ」
「エサにするつもりか・・・!許せない!」
「明日、行動に移すぞ。作戦を聞き次第、すぐに動いてくれ」
「解った!ブリタニアめ、次は俺達の番だ!いつまでも虐げられたままでいると思うなよ!!」
レジスタンスリーダーの決意を秘めた声に、他のレジスタンス達も大きく拳を突き上げた。
エカルテリアの租界に建つシャンバラ・タワーと呼ばれるビルでは、今日も今日とて退廃的な催しが行われていた。
バニーガールの衣装を着せられた女性が手錠をつけられて追われ、社会見学と称して連れて来られた年端の行かぬ少女達が抱き合って震えている。
彼女達の耳には同族同士で殴り合わせ、それを賭けの対象にして楽しんでいるブリタニア人達の声が、絶え間なく響き渡っていた。
(これが進化した人間の在り方か。制御しない欲望をもつ人間など、原始の動物と変らないな)
金髪のカツラをつけて若干変装したルルーシュはそう考えながら、つまらなそうに手にしていた黒のビジョップを相手の白のキングの前に突きつけた。
対戦相手はこのエリア14の総督にしてブリタニアの第四皇子、ジェラール・ゼ・ブリタニアである。
仮面をつけて一応ここにいるのはお忍びの誰かということになっているが、彼の正体はここでは公然の秘密であった。
「チェックメイト、ですね」
「ま、まさかそんな・・・!!」
敗北にあえぐジェラールを楽しんでいると、C.Cが脳裏で囁いた。
《お前、こんなに早く勝っていいのか?時間稼ぎにならないじゃないか》
《そのつもりだったが、こいつが弱いのが悪い。こうなったら、もう一戦やるか》
「偶然、ということもありますよ。もう一度いかがですか?」
「そ、そうだな。手加減し過ぎたようだ。ではもう一度・・・」
ごまかすようにして笑うジェラールの背後で、バニーガールの衣装をまとった紅い髪の少女が、トレイにシャンパンを乗せてやって来た。
「あの、お飲み物をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。頂くよ」
二つあるうちの一つのグラスを手にしたルルーシュがバニーガールの少女、カレンに視線を送ると、彼女は頷いた。
カレンは残ったグラスをジェラールに勧めると、先にルルーシュに勧めたことは気に入らなかったがしょせん礼儀知らずのナンバーズのすることであり、目の前の少年に雪辱を晴らすことに目がいっていたので無言でグラスを手にして一気に煽った。
(準備は整ったようだな。こんなところでくだらぬ遊戯にかまけているから、こんなことになる)
「もう一戦といきたいところですが、もう一つゲームをしませんかジェラール閣下。
というよりも、既に始まっていたゲームですが」
「何?どういう意味だ」
ここでジェラールの名は出さないことは暗黙の掟だったが、新顔なので知らないのだろうから教えてやるかと、ジェラールの騎士がルルーシュに近寄ったその瞬間、カレンがその騎士の腕を手にして、思い切り背負い投げを食らわせた。
「うわああ!!」
「ブリタニアの犬が、彼に触るな!!」
「き、貴様!ナンバーズ風情が何を!」
慌ててSPがカレン達に銃を向けるが、その瞬間その場にいたエカルテリア人の従業員が一斉に動き始め、手近にあった重い灰皿や花瓶などをつかみ、次々に投げ始めた。
狙いが定まらない中でジェラールに当たるのを恐れた彼らは発砲することが出来ず、ルルーシュは持ち込んだ検知機に引っかからない銃で彼らを撃っていく。
「な、何だお前達!!」
「反乱に決まっているだろう、ジェラール」
その言葉とともに現れたのは、エリア11こと日本を解放しブリタニア最大の敵となって久しいゼロだった。
ちなみに中身はC.Cである。
「き、貴様はゼロ!どこから入って来た?!」
「そんなこと気にしてる暇はないんじゃない?」
カレンはそう言いながら騎士の頭を殴りつけて昏倒させると、素早い動きでジェラールを引き寄せて騎士が持っていた銃を突き付けた。
「き、貴様・・・!反旗を翻したユーフェミアの・・・!」
「確かにそうだけど、私の名前はカレン・紅月・シュタットフェルト!ゼロの親衛隊長が本業なの。
私を知っていた割に素顔をさらして歩き回ってたのに、全然気がつかなかったのね」
呆れかえったカレンの声に重なって、アルカディアの放送が流れてきた。
「えー、シャングリラ・タワーの皆さんにお知らせします。このシャングリラはエカルテリアレジスタンス組織が制圧しました。
現在最上階のカジノで、ゼロがジェラール皇子殿下とともに武闘派の可愛いバニーちゃんと戯れております。
エカルテリア人の皆さん、事前にお話しした通り、これよりエカルテリア解放戦を開始致します。
なお、この場にいたブリタニア人の皆さんには大変運が悪いことと思いますが、諦めて捕まって下さい。潔く抵抗をやめれば、軟禁で済みます」
シャングリラ・タワーの最上階はカジノであり、その下層階はショッピングモールである。その放送に我先にとブリタニア人が逃げ惑うが、カジノだけは入退場が厳格だったため、それが仇となってここにいたブリタニア人達は逃げることが出来なかった。
エカルテリア人の従業員の逃亡を防ぐために、出入り口が少なかったことも災いした。
「け、警備員達は何をしている!!フォーティーンどもを取り押さえろ!!」
「彼らなら既に寝ていますー。よって今動いているのは、客のブリタニア人だけです」
赤く眼を光らせた警備員達のいる管制室で、アルカディアが笑顔で教えてやった。
よって既に潜入していたアルカディアとカレンの手により手錠の鍵を手渡されていた彼らは自由の身となり、着飾って遊びに来たブリタニア人達に襲いかかっていた。
「よくも今までさんざん、好き勝手してくれたな・・・」
下の格闘技場で戦わされていた兄弟がロープを使って這い上がって来ると、兄はバキバキと手を慣らし、弟は隅で震える少女達を保護しにかかった。
「大丈夫か、お前達!もう怖くないからな。こいつら全員、俺達がされたように殺してやる!!」
ひい、と怯える声のブリタニア人達を一瞥して、ゼロに扮したC.Cが言った。
「逃げ場のない場所で虐げられる者達の気持ちが、少しは解ったか?
だが誇り高きエカルテリア人よ、無益な復讐はやめよ!今エカルテリアを解放すべく、EU軍が向かっている。
今頃防衛線を突破している頃だ。レジスタンス組織もそれに呼応している、もう少しの辛抱だ」
「だがゼロ、俺達はこいつらにどんな目に遭わされたか!ブリタニア人は悪魔だ、みんな死んでしまえばいいんだ!!」
涙を流して訴える兄弟に、少女の一人が言った。
「でも、私達に優しくしてくれた人もいたよ、おじさん・・・もう怖いのやだ、お家に帰りたい」
「そうだよ、痛いのも怖いのもやだ・・・悪いブリタニア人達はゼロとEUの人達がやっつけてくれるってあの人達が言ってたもん」
「・・・解った。だがこいつらに俺達が納得出来るだけの裁きを与えてくれ、ゼロ!
俺達が今後、この怒りを堪えるに値したと言えるだけの罰を!・・・頼む」
「・・・約束しよう。ではこのままジェラールを人質に取って、政庁を陥落する。
既にこの騒ぎはエカルテリアに住む者全ての知るところとなっているはずだ。今頃最前線はガタガタだろうな」
「貴様ら、ゼロといつの間に・・・」
「友人の友人なら、我が友人も同然、というところだな」
ジェラールの呻くような疑問に、C.Cが答えてやった。
エトランジュが味方を集めようと各植民地を回っていた頃、レジスタンス組織と始めから出会えたわけではない。
地道に一般民との間に友好関係を築き上げて、彼らを探し当てていた。その過程でブリタニアに虐げられている者達との接点があり、さらにそんな彼らにわずかなりと施しを与えているブリタニア人とも繋がりがあったのだ。
せっせとブリタニア植民地を回ってレジスタンスとの友誼を築き上げていたからこそ、ゼロは素早く動くことが出来たのである。
「カ、カラレスがいる!まだ我々が負けたわけではない!!」
「あー、本当だわ。G-1ベースでカラレス副総督自らのお出ましね」
呑気な声でアルカディアが報告すると、完全に閉鎖されているカジノから逃げることが出来ないのではとエカルテリア人達が怯えた。
「心配はない、貴方達は我々が必ず安全な場所へお送りする。そろそろだな」
「あらあら、カラレスが面白いこと言ってるわよ、ジェラール皇子閣下」
「何・・・?」
アルカディアがカジノにあったテレビモニターを遠隔操作すると、エリア14の副総督であるカラレスが、厳かに言った。
「ゼロよ、聞こえているか!我が神聖ブリタニア帝国の第四皇子であらせられるジェラール閣下は、ナンバーズごときの人質となりその名誉を汚されることを好む方ではない!
ブリタニア軍は殿下の名誉とともにブリタニアを守るべく、ブリタニアの国賊たるゼロを討ち果たす!!
シュナイゼル宰相閣下も、殿下の勇気に感服するとおっしゃっておられた。
フォーティーンはすべて皆殺しにして、もって殿下への忠義の証とする!!」
どうやらカラレスは自分の上司であるジェラールが人質に取られたので自分では判断を下すことが出来ず、シュナイゼルに相談したところ見捨てろと命じられてこの行動に出たようだ。
たださすがに無言で襲いかかることは出来ず、後ろめたさからこのような発言に及んだあたり彼の小物ぶりが伺える。
「つまり、ジェラール皇子を見捨てて今から突入しますよってことかー。シュナイゼルも黙認したみたいねこれ」
その台詞がジェラールの耳にうつろに響いた刹那、G-1ベースとは逆方向からニ体のナイトメアが凄まじい勢いで突っ込んできた。
クライスとジークフリードが操る、イリスアゲート・フィーリウスとイリスアゲート・パターである。
撃墜しろと怒鳴るカラレスだが、フロートシステムが搭載されている機体はまだ少なかった上に現在EUの最前線へと投入されていたために数体しかなく、各地で発生した暴動に駆り出されていた。
ナイトメアを移送していたVOTLが全てイリスアゲート・フィーリウスによって撃墜され、それはカラレスがいるG-1ベースへと落下していく。
「う、うわああああ!!!」
断末魔の悲鳴が、カラレスの口からほとばしる。
G-1ベースから出てくる者はおらず、通信波も傍受出来ないことから、その場にいた者達が全て死んだことは明白であった。
その様子をアルカディアから聞いたルルーシュは、クックックと実に楽しそうに笑った。
「これでブリタニア側はツートップを失ったわけだ。
攻めてくるEU軍に、どこまで持ちこたえられるかな?」
しかも総督たるジェラールがカジノで捕えられ、カラレスは戦死というだけでも最悪なのに、朝からEU軍に侵攻されているのに総督は呑気にカジノにいたなどと知られては、さぞブリタニア軍の士気は下がっていくことだろう。
加えて、エカルテリアにゼロがいると知ってはなおさらである。
「・・・カラレス・・・シュナイゼル兄上がまさか私を・・・・!」
自分が見捨てられたと知って喘ぐジェラールを、ルルーシュは冷ややかな目で見降ろした。
「敗者こそ悪、それがブリタニアだ。今さら何を言っているのやら。
コーネリアが敗北した時、お前もそれを嘲笑ったのではなかったか?」
「・・・・」
「弱肉強食、それがお前が選んだ信念だ。そしてこれが、その結末だ」
もはやカレンが抑えつける必要もないほど力の抜けたジェラールは、淡々と語るその少年を見上げた。
各地でレジスタンスが盛大に反旗を掲げ、既に指揮する者がいないまま時が過ぎゆき、カンの鋭い者は通信機でユーフェミアや既に合衆国ブリタニアに参加していた元副総督秘書のクレマンを頼って降伏を申し出た。
内と外から攻められ、援軍もないことを悟ったジェラールが降服宣言を出したのは、その日の夜のことだった。
一方、ファイリパ共和国では星刻率いる黒の騎士団が順調に勝利を重ね、わずか二日で首都租界まで迫っていた。
新たに開発されたナイトメアフレーム神虎を駆り、星刻は次々にブリタニアのナイトメアを屠っていく。
暁直参仕様に乗る卜部と仙波も、左翼と右翼に分かれて見事な戦いぶりを見せつけていた。
エリア8ことファイリパの総督は皇族ではなかったが典型的なブリタニア貴族であり、ナンバーズごときに負けてはならぬとばかり、軍に檄を飛ばした。
「勇敢なるブリタニア軍兵士よ、我がブリタニアはシャルル皇帝陛下のもと競い合い、世界で最も勇猛な軍となったのだ!!
ましてやあの軍を率いているのは、オデュッセウス皇太子殿下の求婚を断り、あろうことか事実を述べた陛下を誹謗した物の道理が解らぬまま、ゼロの傀儡となり果てた幼き天子の部下である!臣下たるものこの屈辱を晴らし、もって陛下への忠誠を示すべきだ!!」
それを聞いていた星刻は天子を侮辱したことを後悔させてやると怒り狂っており、卜部は他人の恨みを買うことがお家芸といえるブリタニアの期待の裏切らなさに、むしろ感心さえしていた。
「天子様を侮辱した総督はどこだ?!そいつをここに引きずりだせ!」
「いや星刻さんよ、エリア解放をするためなんだからここはちょっと言動に気を使って貰いたいんですけど」
建前は取り繕うものという卜部の諫言に星刻は落ち着きをほんの少し取り戻し、黒の騎士団に向かって叫んだ。
「非道なる差別主義を掲げ人々に苦しみを強いるブリタニアを打倒するべく立ちあがった黒の騎士団よ、我らはゼロが成し遂げた日本解放に続けて、ファイリパの民を助けるべくここまで来た!
この政庁を落とせば勝利は目の前だ!正義は我らにあり!!」
総司令たる星刻の台詞に士気が上がった黒の騎士団の先頭に立った彼は、建前を取り繕うと言う苦手な作業を終えた瞬間にバーサーカー状態で天愕覇王荷電粒子重砲であっという間に政庁を取り囲むナイトメアを一掃し、指揮官用のサザーランドに巨大中国刀で斬りかかる。
完全に戦局は黒の騎士団の優位にあったが、総督は政庁から逃げなかった。
「閣下、ここはもう駄目です!すぐに退避を!!」
「何を言う、皇帝陛下から任された地を捨てて、おめおめと本国に逃げ帰れと言うのか?!
私を信じてこの地をお任せ下さった皇帝陛下に、どの面下げてお会い出来よう!!」
「しかし、このままでは閣下のお命が!!」
「敗者は悪、それがブリタニアの国是だ!だが私はただでは死なん、連中を道連れにしてくれるわ!!」
モニターでは指揮官が懸命に神虎を押しとどめているが、圧倒的な性能の差で今空中でフーチ型スラッシュハーケンを食らって爆散していた。
「時間稼ぎにもならなかったか・・・やむをえん。
政庁を棺に、あやつらをあの世へと連れて行く」
「お供いたします、総督閣下」
既に主な階層に、強力な爆薬を仕掛けてある。時間が足りずまだ全て設置出来ていないようだが、仕方ない。
仙波に外での指揮を任せてナイトメアから降りた星刻を先頭に次々に侵入してくる黒の騎士団の兵士達を総督室のモニターで見つめていた総督は、彼らが逃げることが不可能な階層まで来た瞬間、総督は手にしていたワイングラスを机に置いて爆破装置のスイッチを押した。
「オールハイル、ブリタニア!!!滅びよ国賊、黒の騎士団!!」
カチッという無機質な音が部屋に響き渡った。
(皇帝陛下・・・お任せ頂いた地をおめおめと黒の騎士団などに渡すことになり、誠に申し訳ございません)
心の中で主君に詫びていた総督だが、何の変化も起こらない。
それに気づいた総督は二度、三度とスイッチを押すが、やはり何も起こらなかった。
「な、何故・・・」
呆然とスイッチを見つめる総督と副総督には、先に政庁内に侵入していた咲世子により爆薬の信管が抜かれていることに気づいていなかった。
総督を捕らえるべくお得意の変装でブリタニア兵に化けて侵入していた彼女は、総督が警備隊に命じて爆薬を各所に仕掛けていることを知り、すぐに狙いに気づいたので手を打ったのである。
処置を終えた彼女は一応事の次第を知らせようと、階段を上がって来る星刻達を見つけて呼び止めた。
「星刻総司令、卜部少尉、こちらです」
「お、あんたは咲世子さんだったな。総督はどうした?」
「総督は最上階の総督室です。実は自爆を図っておりまして、各所に爆薬が仕掛けられております。
信管を抜いて処置はしてありますが、後で爆弾処理班を寄越して下さい」
「なんだと?!それは危ないところだったな。よしそれは俺達がやりましょう。
じゃあ後は総司令に任せるってことでいいですかね?」
卜部の案に、自爆まで思い至らなかった星刻は了承した。
「解った、すぐに総督を捕らえるとしよう。
しかし私もまだまだだな、まさかブリタニアにそこまで骨のある者がいたとは思わなかった」
「やけに誰もいないと思ってたんですけど、そういうことのようですね。仙波中尉、工兵隊をこっちに寄越してくれ」
仙波に連絡する卜部に後を託して、星刻は咲世子の案内で総督室へと向かった。
ドンとドアを蹴り開けて入室した彼らが目にしたものは、銃で口の中を撃ち抜いて自害して果てた総督と副総督の姿だった。
机上に置かれていたパソコンは床に叩きつけられて粉々で、CDロムやUSBも同様に使い物にならなくしてあった。
ブリタニアの国旗と大きく飾られていたシャルルの肖像画の前に跪くようにして死んでいる二人を見て、星刻は素直に彼らを認めた。
「・・・天子様を侮辱したことは許し難いが、見事な最期だ」
「星刻様、それよりも政庁が落ちたことを皆に知らせなくては」
咲世子に言われて星刻は頷くと、兵士達にブリタニアの国旗を燃やし、代わりに黒の騎士団旗と超合集国連合の旗、そしてファイリパの国旗を掲げるように命じた。
「ゼロと超合集国連合に伝えてくれ、ファイリパは解放したと。
エカルテリアも解放に成功したようだし、これで黒の騎士団が寄せ集めの軍隊と言われることもなくなるな」
「はい。後はファイリパ亡命政府とレジスタンス組織の方にお任せして、日本へ凱旋いたしましょう」
天子は今日本で、星刻の帰りを今か今かと待っている。
星刻なら大丈夫だから、信じていると言って送り出してくれた主君に朗報を知らせるべく、星刻は総督室を足早に出るのだった。