第二十七話 嵐への備え
シュナイゼルにゼロの正体がバレたとは全く気付いていないルルーシュ達は、無事に帰還して来た捕虜やナンバーズを日本まで送り届け、日本人達は家族や友人達の元へ返し、捕虜達はEUが手配したホテルへ案内した。
シュナイゼルの息がかかっている者達には既に全てギアスをかけて支配下に置いてあり、改めてEUへ返す手筈である。
シュナイゼルにギアスがかけられなかったことに関しても連日ギアスで相談しているが、今のところ先にシュナイゼルに何らかのギアスがかけられていたのではないかという説が有力である。
基本的にギアスは早いもの勝ちのため、シュナイゼルにギアスをかけるのは諦めたほうがよさそうだということで話がまとまりつつあった。
ようやくひと段落ついたルルーシュがようやくナナリーとロロと久しぶりに過ごせると癒しを求めて部屋に帰ると、何故かそこにはミレイ、シャーリー、リヴァルがいた。
「会長、シャーリー、リヴァル!どうしたんだこんなところで」
「やっほールルちゃん!玉城って人に頼んで、ここに入れて貰ったの。
ナナリーちゃんが手術したのは聞いてたけど、もうこんなに歩けるなんて凄いわね」
「皆さんのおかげです、ミレイさん。お兄様、お仕事はもう終わったのですか?」
ナナリーが自分で淹れた紅茶を差し出しながら兄に尋ねると、ルルーシュは半日だけ休暇が取れたと嬉しそうに笑った。
「次はエリア解放のための会議があるから、また忙しくなりそうなんだ。
だから明日の午前中はゆっくりしたいと思ってるよ。午後からはモニターで会議に出るが・・・。
会議が終わればすぐにまた戦いに行かなくてはならないんだ。すまないな留守番ばかりさせてしまって」
「仕方ありませんわ、皆さんいろいろとご多忙ですもの。
私もほんの少しでも皆さんの役に立ちたくて、貸して頂いたナイトメアで荷物の運搬をお手伝いさせて頂いておりますけど」
ロロはルルーシュの秘書として仕事に同行することもあるが、ナナリーはリハビリがあるのでなかなか兄を手伝うことが出来ない。
しかし微力なりと力になろうと頑張っている彼女に玉城などは感涙し、友人だと聞いているからとミレイ達を案内して来たようだ。
「そっか、ルルちゃんも大変なのね。
これじゃ日本解放記念の男女逆転祭、ルルちゃんにオイランして貰う計画はまだお預けかー」
「永遠にお預けして貰って結構ですよ会長。全くそんなの誰も賛成しませんよ」
「アルカディアさんは協力するって約束してくれたわよ?」
あの人なら確かに面白がってやりそうだと、ルルーシュは思った。
もともとお祭り好きな日本人がノリそうなので、断固阻止しなくてはとルルーシュは人知れず決意を固めたが、ミレイに押し切られそうな予感しかしない。
「アッシュフォードは明後日から平常授業が始まるわ。半数以上が本国に帰っちゃったから、寂しくなるけど。
日本人の人達を受け入れる準備をするために、日本人の教師を募集してるところなの」
「そうか・・・俺も全てが終わったら戻りたいですね。
ああ、アッシュフォードを監視していた連中はすべてこちらで処置をした。学園はもう安全だから、心配しないでくれ」
監視していた教師や機密情報局は日本奪還後に本拠地を強襲し、すべて殺害して二度と彼らに手を出せない場所へと追いやった。
アッシュフォードに返された時からそうだろうと思ってはいたが、その処置がどんなものか予測がついたミレイ達は息を呑んだが何も言わなかった。
そしてシャーリーがその雰囲気を打ち消すように、明るい声で言った、
「もちろん、私達はいつまでも待ってるよルル。
でも、なるべく早く帰ってきて欲しいな」
「そうだな、待たせるのも悪いからな。鋭意努力するとしよう。
次はいくつかのエリアを解放して、それからブリタニア本国、最終的には首都ペンドラゴンだ。
ようやくあの男に長年の借りを返すことが出来る」
クックック、と楽しそうに黒い笑みを浮かべるルルーシュに、よっぽど嫌っていたんだなと友人の暗黒面を垣間見たリヴァルはちょっと引いた。
「が、頑張れよルルーシュ。でも無理すんなよ?」
「ああ、大丈夫だ。それより明日は休みとはいえ、こんな時間までいていいのか?」
「うん、実はアルカディアさん達のお部屋を借りることが出来たの!
エトランジュ様が手配してくれたのよ」
シャーリーが嬉しそうに答えると、ルルーシュはそれならゆっくりしていけるなと安心した。
日本解放が終わり特区からアッシュフォードに戻った時、エトランジュとは携帯の番号を交換していた。
そのためミレイ達が到着したことをエトランジュに知らせたところ、ルルーシュが明日半休であることを知っていた彼女が明日お休みなら泊っていかれてはどうですかと、アルカディアと隣室のクライスとジークフリードの部屋を貸してくれたのだという。
一人部屋のアルカディアの部屋にはリヴァルが、クライスとジークフリードの部屋は二つベッドがあるのでミレイとシャーリーが入ることになっていた。
「ああ、今彼女達はEUの捕虜達を帰す手続きで、黒の騎士団本部に詰めているからな。
夕食はもう食べたのか?」
「うん、食堂で食べさせて貰った。おでんおいしかったから、また食べてみたいわ。
ナナちゃんも気に入ったらしくて、お店で出せそうなくらい美味しいのを今度作ってみるって。
デザートのお饅頭もあんまり甘くなくて美味しかった」
一個だけなのが残念なくらい、と残念そうなミレイに、ルルーシュは苦笑した。
「ならロロにプリンを頼まれて作ってありますから、夜食に食べますか?」
「ルルのプリンおいしいから、私食べたい!
でもつい食べ過ぎちゃうのよね・・・気をつけないと」
水泳をやめてからこっち、ウエストがちょっぴり増したことに危機を覚えていたシャーリーは、最近朝と夜に十分間のヨガをして対策を始めている。
「その前に・・・ロロ、この人達はアッシュフォード学園の俺の友人達で、ミレイ会長とリヴァルとシャーリーだ。
お前もいずれ通うことになるから、挨拶しろ」
「う、うん・・・僕、ロロといいます。よろしくお願いします」
ルルーシュの腕にしがみつきながら挨拶したロロに、初めからロロのことを聞いていた一同は明るく挨拶を返した。
「初めまして、私は生徒会長のミレイ・アッシュフォードよ!」
「お前の兄さんの悪友の、リヴァル・カルデモンドだ、よろしくな、ロロ」
「私はシャーリー・フェネット。貴方がロロね、事情は聞いてるわ、大変だったね。
でもルルと一緒ならもう大丈夫だから、これからは楽しく暮らそうね」
次々に握手をされたり頭を撫でられたりしたロロはますます兄の腕にしがみついたが、ルルーシュはこいつは人見知りが激しいからと笑った。
「こらこら、この程度で尻ごみしてたら会長達とは付き合えないぞ?
特に会長は、俺ですら振り回す何しろパワフルな人だからな。
じゃあ俺はプリンを取ってきますので、ロロを頼みます」
そう言って弟を置いて冷蔵庫に向かった兄に、ロロはどうしようとミレイ達に視線を移した。
「あの・・・」
「いやー、これで男手が増えて俺も助かるよ。
何せルルーシュは重い物全然持たないからさー。スザクがいた時は力仕事ほとんど押し付けてたもんなあいつ」
「ルルちゃんは頭脳労働専門だからねー。よしロロが来た暁には歓迎会を開くから、楽しみにしててね!」
自分の過去を知っていると言っていたのにも関わらず、楽しそうに迎える準備をしてくれる一同にロロは驚いたが、ナナリーに頷かれてロロは小さな声で言った。
「ありがとうございます・・・楽しみにしてます」
「後で服のサイズ教えてね!制服作るから」
ぐりぐりとロロがいじられていると、ルルーシュがトレイにプリンを乗せて戻って来た。
「持って来たぞ、お待ちかねのプリンだ。多く作っておいて良かったな」
ルルーシュが冷蔵庫からプリンを取り出して戻って来ると、皆目を輝かせた。
狭い部屋に六人が座るのはきつかったが、何とか席をについてスプーンを手に取った。
「いただきまーす!ううーん、おいしー」
久々の味に一同が舌鼓を打つと、ミレイがルルーシュの両端に座っているナナリーとロロに向かって行った。
「ねえナナリーにロロ・・・よかったらでいいんだけど、貴方達だけでも学校に戻ってくるつもりはない?
ナナリーちゃんの足のリハビリがここでしか出来ないようなら、今回は諦めるけど」
既に学園を監視している者がいないのなら、というミレイの提案にルルーシュは考え込むが、ナナリーとロロはきっぱり拒否をした。
「リハビリのこともそうですが、また私が狙われないとも限らないのでここにいます。
また皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれませんから」
「僕も・・・兄さんと一緒にいたい・・・」
自分の意見をはっきりと言うようになった弟妹にルルーシュは喜び、お前達が言うならそうしようとあっさり受け入れた。
実際ナナリーの言うとおりであり、ギアス嚮団がどんな手段で潜り込むか解らない以上、既に防衛線を巡らせてあるこの基地から二人を出したくなかったのだ。
「そう、寂しいけれど仕方ないわね。
でもいつまでも待ってるから、必ず帰って来てちょうだい」
「ありがとうございます、ミレイさん。
私、お兄様とロロと一緒に必ずアッシュフォードに戻りますからもう少しだけ待っていて下さいね」
「んー、でも私の方が先に卒業しちゃうかも。
サボってた分必死で取り返してたら、4月には卒業出来そうなくらいになっちゃってた☆」
ミレイは計画的にサボって単位を取らなかっただけで、基本的に成績はいい方だ。
おまけに理事長特権を使ったため、あっという間に追い抜いてしまったのである。
ちなみに日本では三月が卒業式、四月が入学式だがブリタニアでは七月で卒業、九月で入学というパターンが多い。
よってちょっと早めに卒業出来るということになる。
「うっそ、会長いつの間に?!私だって飛び級制度使ってますけど、それでもあと半年以上かかるのに・・・」
シャーリーの会長ずるーい、という抗議に、ミレイはまあまあとなだめた。
ただでさえ日本解放戦の間彼女はアッシュフォードに戻ることが出来ず、講義を受けることが出来なかった。
もっとも日本解放戦中は全寮制の学校とはいえ授業が自粛されたので、結局は同じことだったのだが。
「そう急がなくてもいいだろう、シャーリー。
俺達が戻った時にいるのがリヴァルだけというのも寂しいから、学園で待っていて欲しいと思う」
「ル、ルル・・・!」
顔を真っ赤にするシャーリーに、リヴァルがお、やっと進展したかと二人を凝視する。
「それに会長、早く卒業してどうするんです?今日本はブリタニア人には少々厳しい状況ですよ。
大学に進学するほうがいいと思いますが」
「あら大丈夫よルルちゃん。私黒の騎士団に進路希望するから!
あ、コネ入団なんてせずちゃんと正規のルートで入るわ」
ルルーシュを通して入るつもりはないというミレイにルルーシュは呆然としたが、彼女は意に介さなかった。
「我が黒の騎士団アッシュフォード支部としては、やっぱり本部で働きたいと思ったからね!目指せ出世!」
「会長・・・確かにブリタニア人の団員はいるが、それは日本が解放される前からの者達だ。今から入る者はあまり信用されないかもしれませんよ」
いくら学生とはいえ、日本が有利になってから入るとなると信用されづらいものだというルルーシュに、ミレイは大丈夫と親指を立てた。、
「ここに案内してくれたミスター玉城が、私が入団した暁には“男女逆転祭りオイランバージョン”を提案するって言ったら、『面白い企画立ててくれるのか!よし学校を早く卒業して来いよ!』って言ってくれたから!」
「玉城・・・!余計なことを・・・!」
どこぞかに左遷するかとルルーシュが半ば本気で考えていると、考えてみればエトランジュがあれこれ便宜を図っていたしアッシュフォードでの件も藤堂達に話していたので、自分以外にもコネと信用が彼女達にはある。
(しかし、信用のあるブリタニア人が多くいてくれるのは確かにありがたい。
ルチア女史が連れてきた亡命したブリタニア人だけでは、心もとないからな。
“平和を創る世代”としてのアピールにもなる。ミレイは言い出したら聞かない以上、うまく持って行くようにする方がいいかもしれない)
ルルーシュが考え込んでいると、シャーリーがぽんとルルーシュの肩を叩いた。
「でもよかった、ルルが元気にやってくれてて。
ブリタニア人が恨まれてるのは知ってたから、ゼロであることを隠してるならあまりいい待遇じゃないのかもって思ってたから」
「そうなんだよなー、カワグチ湖でもえらい目に遭ったからさ。
けどナナリーの手術もしてくれて、リハビリまで手伝ってくれてたから、正直驚いたんだ。
・・・やっぱり俺らブリタニア人の態度が悪かったのが気に入らなかったんだな」
日本人がどんな待遇にあったのかを見て見ぬふりをしていた自覚のあるリヴァルの言葉に、ミレイとシャーリーが俯いた。
自分達の同族がやっていたことを無視して、自分達がされたことばかりを声高に言い続けていたことも、日本人にとってはさぞ不愉快だっただろう。
ユーフェミアの『相手の立場になって考えることを忘れてはなりません』という言葉が、深く胸に突き刺さる。
「そうね・・・戦争は戦場だけで終わるものじゃないものね。
これは私達の戦いでもあると思うの。だから、出来ることは何でもしたいと思ってる。
だから早く社会に出て、悪い差別習慣を無くす活動に従事したいの」
「シャーリー・・・解ったよ。勉強で解らないことがあったら、メールで送って来るといい。すぐに教えるよ」
そう言ってルルーシュがパソコンのメールアドレスをメモしてシャーリーに手渡すと、彼女は嬉しそうに受け取った。
「ありがとう!ルル頭いいし教え方も上手だから助かるわ!」
もちろんそれだけではないことも含めてシャーリーが喜んでいると、シャーリーばかりずるーい、とミレイが今度は半分冗談で膨れている。
「あまりこっちに来る事は勧められませんので、連絡はメールでお願いします。
俺も忙しいので返信は少々遅れるかもしれませんが」
「いいよ、ルルの負担にならないように私もなるべく自分で頑張るから!無理しないでね」
ルルーシュは何だかんだでやると決めたら全力でやることを知っているシャーリーは念押しするとともに、フォローをするためにも早く卒業したいと強く思った。
と、そこへナナリーが時計を見て、慌てたように兄に言った。
「お兄様、九時からのエトランジュ様の特別番組が始まりますわ。
テレビをつけてもよろしいですか?」
「あ、ああ、いいよナナリー」
ナナリーがリモコンを操作して部屋に置いてある小さなテレビをつけると、ちょうど“EU連邦と超合集国の架け橋”と題された番組が始まったところだった。
エトランジュの来歴が五割増しで美化されて紹介され、彼女がナリタ連山戦から陰に日向に黒の騎士団に協力し、空いている時間があれば孤児達の面倒を見ていた素晴らしい女王だと賞賛している。
「エトランジュって珍しい名前だと思ってたら、フランス語で異邦人って意味だったのか。
ポンティキュラスはラテン語で小さな橋、か・・・名は体を表すって言う珍しい例だよな」
リヴァルが感心したように言うと、皆頷いた。
「ああ、エトランジュ様の母君は中華とイタリアのハーフだからな。
こんな時代だからこそいろんな国と繋がって欲しいと言う意味を込めてつけてくれたと、伺ったことがある」
語学に堪能で世界を回り各国のレジスタンスとも懇意にしている、今回も世界平和を第一に自分の国の奪還は最後に、と自ら宣言した平和を望む聖女だと過剰な賞賛に、エトランジュは困ったように笑みを浮かべていた。
続けてマグヌスファミリアのコミニュティの様子が流れると、これまた驚いたことに大多数がエトランジュの血縁者だった。
エディの祖母の兄の孫です、曽祖父の姉のひ孫です、私の父もそうでーすと王族の血縁者のバーゲンセール状態である。
中には数代前の王族の血縁者もおり、国民はみんなどこかで王族と縁があるという説明に、国の規模からすれば納得だが驚きを隠せない。
「へー、ジークフリードさんもエトランジュ様の曾お祖父さんの弟さんの息子さんだったのか。
しかも息子さんがアルカディアさんのお姉さんと結婚してんのな」
「・・・それだけにコーネリア殿下とシャルル皇帝陛下への恨みも凄まじいことになってるね・・・無理ないけど」
画面の中に映るコーネリアを倒した黒の騎士団に感謝する、俺達だけではどうにもならなかったと涙するマグヌスファミリアの国民達に、シャーリーは家族を思う心にブリタニア人も日本人もマグヌスファミリア人も変わりなどないと思った。
シャーリーが経済特区に行った後に始まった日本解放戦に、父が驚いて慌てて電話をかけてきたことを思い出す。
続けて亡命してきたブリタニア人数名が、画面に映し出された。
「ブリタニア人も何人か住んでるみたいだけど、全然肩身狭そうじゃないよね。
初めはそうだったかもしれないけど、一生懸命頑張って信用を積み上げてったんだろうなー」
「みたいね。今度から日本人の人も入学してくるかもしれないんだから、私達も見習わないといけないわね」
「うん、お父さん仕事がなくなっちゃったけど理事長先生が用務員として雇ってくれたから、お父さんにも協力して貰うわ」
シャーリーの父のフェネットは地質学者としてブリタニアの命令で日本の地質を調査していたが日本解放に伴って職を失ったため、それを聞いたミレイが祖父に頼み込んで雇って貰ったのである。
何故かよくトラブルに巻き込まれる娘の傍での職が決まったフェネットは、嬉々として職員用宿舎に引っ越してきたという。
番組内では二千人では余りある物資にマグヌスファミリアは喜びつつも、余ったものは各国のレジスタンスに送らせて頂いてもよろしいですかとエトランジュが尋ねている。
これから戦火は激しさを増すだろう。
しかしそれはこれまで自国が何をしているかを知りながら、無関心に日々を過ごしていた自分達へのツケなのだ。
じきに来るであろう大きな嵐。
それが通り過ぎれば晴れ間が来ることを祈って、彼らは数少ない平穏な時を楽しむのだった。
既に日付が変わって随分経つと言うのに、エトランジュとアルカディアは会議室で仕事に没頭していた。
同じくユーフェミアも、横でダールトンとともにブリタニア人自治区の運営に関する書類を作成し、彼らからの要望書に目を通している。
テーブルの上には、栄養ドリンクの空き瓶が人数の倍転がっていた。
「エトランジュ様、こちらマグヌスファミリアから合衆国ブリタニアへ移住希望のブリタニア人の生活についての書類です。
これでよろしければサインを頂きたいのですが」
「ありがとうございます。あの方々もやっと理想のブリタニアで暮らすことが出来ると喜んでおりましたので、よろしくお願いいたしますね」
やはり生まれ故郷で暮らしたいと望むのは人として当然ですから、とエトランジュは書類を受け取り、ギアスでアインやルルーシュに確認してからサインする。
「これで捕虜交換と合衆国ブリタニアについては一通り終わったわね。
後はEUに書類を送って、許可貰ってからこっち来て貰いましょう」
「また書類かよ・・・お前ら大変だな」
日本解放後からこっち、過密スケジュールで動いているエトランジュとアルカディアにクライスは同情した。
文官としてルチアとエリザベスの両名も参戦しているが、多忙なことに変わりはない。
「ん、ブリタニアに通じてた国の処分が決定したみたいね。
裏切りに関与してた議員がクビで戦争が終わるまでの不定期禁固刑か・・・代わりに反ブリタニア派がEU議会に参加だってさ」
パソコンから送られてきた報告にエトランジュが安堵の息を吐いた。
「ではラストニアをはじめとする国は、EUを脱退しないのですね?」
「いや、ラストニアだけは脱退するつもりみたいね。
ただ国内でそれに関するデモが起こってるから、ブリタニアに味方出来るかどうかまだ解らないわ」
「そうですか、残念です」
「とりあえずシュナイゼルの策謀を潰して回るのが先よ。
あの野郎次から次へとえげつないこと考えやがって・・・!」
実に抜け目のない策を湧き出る泉の如く考えられて、アルカディア達はそれを潰すべく必死に動き回っている。
幸いマオが全て読み切ってくれたものの、シュナイゼルにバレればまた別の策を考えられそうなので、そうなる前に水泡に帰してしまいたいのである。
「イギリス情報部の少佐に電話かけないと・・・時差を考えてもまだ大丈夫ね」
何故か二十歳になるまで直接会わない方がいいと紹介してくれたイギリスに嫁いだ叔母が言うので、アルカディアはモニターで少佐と喋ったことはまだない。
どうしても会って話したいのなら自分が代わりに行く、顔立ちのいい可愛い甥を毒牙から守らねばというのはどういう意味か、怖くなったので聞いていない。
「さーて、そろそろ寝るとしますか。
あーでもまだ電話が・・・あと三十分脳を稼働させなきゃ・・・」
ちょっと顔を洗って目を冷まして来ると言うアルカディアに、ユーフェミアが心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?すみませんいろいろとお世話をおかけして」
「平気平気、最近激務続きで体重が減りまくっててねー、ゼロ衣装着る時コルセットつけてたんだけど、ゆるくなってたから栄養ドリンク飲んでもカロリー気にしなくてよくなったのよ助かるわ。
明日も蓬莱島まで飛んで日帰りでとんぼ返り、仕事ってホントいいダイエットになるわね、あはははははは」
(((目が笑ってない・・・・!)))
アルカディアはエトランジュのフォロー、情報処理、ナイトメア開発と仕事は山のようにあり、ここ最近自由時間などなかった。
一同はうつろに笑うアルカディアから目をそらすと同時に、ルルーシュの代打でゼロを務めていたのがアルカディアであることを知った。
「今日の正午からは会議です、ユーフェミア様。
しっかり質疑応答をするためにも、今宵はお休みになった方が・・・」
ダールトンの言葉にアルカディアもそうね、と同意した。
「エディ、あんたもいろいろ大変なんだから、休める時はしっかり休みなさい。
じゃあユーフェミア皇帝、蓬莱島に行く時間は九時だから間違えないでね。おやすみなさい」
「はい、解っています。おやすみなさいませエトランジュ様、アルカディアさん」
エトランジュもおやすみなさいませと挨拶を返してから、マグヌスファミリアの一同は会議室を出て行った。
ユーフェミアもダールトンとともに貸与されている部屋に戻ると、ちょうどドアの前でニーナがいた。
彼女は現在ロイドの元で技術者として働いており、仕事が終わるとウランの理論と暴走を阻止するためのシステム作りに余念がなかった。
(これを完成させれば、サクラダイトに代わるエネルギーが手に入ることになって、ユーフェミア様の評価が上がるはず・・・!早く完成させなきゃ)
「お帰りなさいませユーフェミア様!お疲れ様でした」
「ニーナ、まだ起きてたの?今日は確かルチア・ステッラ女史とお会いしたと聞いているけど、いかがでしたか」
「あ、はい、少し冷たい印象がありましたけど、丁寧にこちらの状況を聞いて下さったり亡命した時のご自分の経験を話して下さる方でした。
シュタットフェルト辺境伯とも連携して、生活環境がいきなり変わったブリタニア人のフォローをして下さっています。
個人的にもいろいろ相談に乗って下さって・・・ユーフェミア様のお従姉の方なだけあって、優しい人でした」
もともと隠していることではなかったため、エトランジュが有名になると同時にルチアの出自はそこそこ知れ渡っていた。
中には公爵家出身だとは知っていたが皇族に連なる人間だとは聞いていないと不審を示す者がいたが、EUの貴族達の名門貴族なら珍しくもない話という一言で口を閉じ、エトランジュの昔からの母の親友なのですと言われてそれ以上何も言わなかった。
「従姉といっても、正直実感はないわね。
お姉様とも面識はなかったとおっしゃっておりましたから、皇族とはあまり付き合いがなかったようです」
「私は二度ほどパーティーでお会いしたことがありますが、あちらは全く憶えておいでではありませんでしたな」
ダールトンが苦笑すると、そういえばダールトンとルチアは同世代なので、同じ名門貴族同士であることを思えば知り合いでもおかしくはなかった。
「ブリタニアを追われて家族を殺されてさぞ恨んでおいででしょうに、いろいろと協力して下さって感謝しております。
いずれ改めてお礼に伺わなくてはなりませんわね」
「それが、その・・・ルチアさんはマグヌスファミリアを侵攻したことについては怒っているが、それ以外のことはどうでもいいって・・・」
「え?それはどういう意味かしら?」
「あまりいい扱いをご実家で受けていなかったらしくて、家族が死刑になったと聞いた時もあんまり気にならなかったそうです。
それより亡命した後いろいろと助けてくれたエトランジュ様の母君の方に恩がある、エトランジュ様はルチアさんにとって主君であると同時に大事な方の娘だから、誰であろうと危害を加えるなら許さないっておっしゃってました」
だから血の紋章事件についての謝罪はしなくていいと伝えるように頼まれたと言うニーナに、何があったかは知らないがルルーシュと同様ブリタニアでろくな思い出がない様子のルチアを思い、自国の業の深さを改めて見た気がした。
「そう・・・ブリタニアでのことはあまり聞かない方がよさそうね。
明日は会議があるから、今日はもう寝るからニーナももうお休みなさい。
ルチアさんのことをいろいろ教えてくれてありがとう」
「いえ、大したことでは・・・ユーフェミア様もあまりご無理をなさらずに、お休み下さいませ」
ユーフェミアに微笑みかけられたニーナは顔を真っ赤にしながら、ぼうっとした様子で慌てて自室へと入っていく。
「どうしたのかしらニーナ・・・顔が赤かったけど」
きょとんとした顔で首を傾げながらも、緊張感が解けたユーフェミアは襲ってくる眠気に負けて、自室へと入って眠りの園へと向かう準備を始めるのだった。
ブリタニア本国へと戻る途中、帝国宰相シュナイゼルの旗艦アヴァロンでは、捕虜の代表だったバール大佐がシュナイゼルに呼び出されていた。
ひと通りブリタニア本国に戻った後の彼らの扱いについて説明した後、シュナイゼルは彼に尋ねた。
「ゼロやエトランジュ女王から、何か言われたことはなかったかな?」
「いいえ、特にありません。二人とも普通にブリタニアへ帰すことについての説明だけで、他のブリタニア兵のその・・・苦情にも反応を示さずじまいでした」
「そうか・・・他に気づいたことはどんなささいなことでもいい、気になったことを言ってくれたまえ」
「そうですね・・・あのエトランジュという女王ですが、ブリタニア人の何人かと仲がよさそうでした。
特派のロイド伯爵などは、何故か彼女を救世主と呼んでましたね」
「ロイドが?」
「ええ、打ち合わせで牢から出された時にロイド伯爵とすれ違ったんですが、その時連れの助手だと言う女性に何やら紙の束を手渡したのを見てそれはもう喜んでたんです。
ユーフェミア皇女殿下の騎士も、心底から安心したような顔をしていましたが・・・何でも料理のレシピだと言ってました」
そんなものであれほど喜ぶことはないから嘘でしょうが、というバールに、確かにナイトメアや科学関係以外の物を渡してロイドが喜ぶなど想像出来ないシュナイゼルは、考え込んだ。
誰でも手に入るような料理のレシピを渡して安心するほど喜ぶはずがない、というのももっともな話だからだ。
しかし、彼の言っていたとおり、本当にエトランジュは料理のレシピをセシルに渡してロイドに感謝されていた。ただ、それだけではない。
エトランジュがセシルにレシピを渡す前日、彼女は卜部とともにナイトメアの研究室にやって来た。
ナイトメア開発に没頭しているアルカディアとラクシャータに、夜食を持って来たのである。
研究室ではロイドとラクシャータが喧々囂々と言い争っており、何とか止めようと同じく夜食を作って来たセシルとばったり会ったのだ。
ロイドは特区事変の後さっさと合衆国ブリタニアに参加表明をしたものの、シュナイゼルの後見貴族ということでなかなか信用されなかった。
その上さんざん黒の騎士団の邪魔をしてくれた白兜ことランスロットの開発者だったのだから、自然見る目は厳しくなる。
ただ幸運なことにスザクがランスロットでナイトオブラウンズのノネットを倒したお陰で多少の不信は払拭出来たし、ラクシャータがこいつは変人だからランスロットが活躍出来ればいいんだろうと実に的確な事実を述べてくれた。
しかしそれでもEUでは悪魔のようだと言われているシュナイゼルの部下というのは不信と恐怖の対象だったため、黒の騎士団技術部を統括するラクシャータの下につけることで落ち着いたのである。
だがさすが空気を読まないことで定評のあるロイドである。
ナイトメア開発で妥協を一切しないうえ、ライバルであるラクシャータと連日遠慮のないバトルを繰り広げていた。
『ランスロットの予算もうちょっと上げてよ~。
もう少しで前から考えてたシステム出来そうだからさ。ランスロットの量産型も問題ないって納得してくれただろ~』
『あー、確かにそれは名前を日本風に変えて作るってことでOKが出たよ。
でも白兜の予算はそれでギリギリなの!ナイトオブラウンズを倒したとはいっても、その前に仕出かしたことのトラウマ残ってる騎士団員がいるんだから諦めな!』
『うう~、そんな~』
『ロイドさん、無理言っちゃ駄目ですよ・・・』
スザクがシミュレーションルームから窘めるが、ロイドは納得しない。
ロイドがライバルが上司になるだけならまだしも、彼女だけきっちり潤沢な資金で思う様ナイトメア開発にいそしんでいるのに自分だけ足止めを食らっている状況に頭を抱えていると、そこへさらに追い打ちがかかった。
『まあまあロイドさん、落ち着いて。ほら、夜食におにぎり作って来ましたよ』
『や、やあ、それはありがたいけどお腹まだすいてないんだよね・・・』
『あら残念・・・スザク君はいかが?』
『こ、このシミュレーションが終わっておなか空いてたら頂きます』
スザクの乾いた声に、うまく逃げたなとロイドは思った。
一見普通のおにぎりだが中身がなんだろうと警戒しているロイドがセシルに視線を移すと、彼女の背後から同じくおにぎりを持参していたエトランジュが視界に入った。
『こんばんは。クリーミー女史。貴女もおにぎりを作って来たんですね。
日本ではお夜食の定番だそうなので、私も作って来たんです』
『あ、エトランジュ女王陛下!こんばんは』
後ろから話しかけられて、セシルは驚いた。
今や時の人となったエトランジュが、しかも一国の女王がおにぎりが入ったタッパーを持ってこんな所に何の用だろうと首を傾げる。
『アル従姉様、お夜食をお持ちしました。ラクシャータさんもぜひどうぞ』
『いつもありがとうね、エトランジュ様。遠慮なく頂くよ』
内心セシルのおにぎりを口にする羽目にならなくてよかったと感謝しながら、ラクシャータはエトランジュが作った鮭や昆布のおにぎりを手にとって海苔を巻く。
いっこうに誰もセシルのおにぎりに手を伸ばさない。
エトランジュ以外の一同は、ラクシャータから先に注意を受けていたからである。
『クルーミー女史、私一つ頂いてもよろしいですか?』
『まあエトランジュ陛下・・・もちろんどうぞ』
何となく雰囲気でそのおにぎりがよくないものだと察していたエトランジュだが、セシルの方に悪気は全くなさそうだったので、エトランジュは意を決しておにぎりを手に取った。さすが中華で冬中夏草やカエルを食べていただけのことはある。
エトランジュが一口おにぎりを口にした瞬間、中からイチゴジャムの甘い味ときつい塩が効かされているご飯の味がエトランジュの舌を侵食した。
『・・・・・!!』
何とか飲み込んだエトランジュだが、その顔色からあまり良くない味だと察しがつく。
慌てて卜部がよろめいたエトランジュを抱き起こすと、魔法瓶の水筒から緑茶を取り出して彼女に飲ませた。
『だ、大丈夫ですかエトランジュ様?ちょ、おにぎりにジャム?!』
『こんな時間に働いていれば時間疲れていると思ったので、甘い物を入れてみたのですが・・・マグヌスファミリアの方には合いませんでしたか?申し訳ありません』
『いえ・・・大丈夫です』
ごくごくと緑茶を飲み干して落ち着いたエトランジュがふと周囲を見てみると、彼女の料理はどうやら恐れられているらしい。
皆一様にセシルのおにぎりは手に取らず、エトランジュのおにぎりを争奪にかかっていた。
幸いセシルが作っているとは思わなかったのできちんと人数分作ってあったが、まるでそれしか食糧ないといわんばかりに顔が必死である。
エトランジュが緑茶で舌に残った味を追い出すと、セシルに尋ねた。
『・・・あの、クルーミー女史。日本料理にご興味がおありですか?』
『ええ、スザク君が特派に来てからはちょくちょく作っていました。
特区が出来てからはお味噌とか手に入るようになったのでいろいろ挑戦したのですが、ブリタニア人の味覚には合わないのかあまり食べてくれなくて・・・』
残念そうなセシルだが実際は日本食ではなくセシルの料理が口に合わないのだとロイドが必死で目で訴えているのが、エトランジュには解った。
『マヨネーズやケチャップとか、馴染みのある調味料で味付けしてたから大丈夫と思ったんですけど、残念です』
そう語るセシルに悪意は全くない。むしろ善意しか感じられなかった。
しかしそれだけに逃げ道がなかったので、彼女の料理から逃げるのは至難の技であった。
『・・・クルーミー女史、それはよくないと思います。
食べ合わせと申しまして、特定の食材を同時に食べると身体に良くない現象を引き起こすことがあるのをご存知ですか?』
『え、そんなことがあるのですか?知りませんでしたわ』
驚いたセシルに、エトランジュは説明した。
『ウナギと梅干しとか、天ぷらと氷水とか・・・いろいろあるみたいです。
クルーミー女史はオリジナリティ溢れる料理がお好きのようですけど、知らずに作ってもし何か起こったら、今ブリタニア人の方に厳しい目が向けられがちな状況では悪いように見られてしまうかもしれません』
『そ、そうですね・・・では日本料理を作るのは控えた方がいいのかしら』
日本料理が作れなくてもサンドイッチなどにしようかと発言してロイドとラクシャータが戦いていると、エトランジュはにっこりと笑みを浮かべた。
『ですから、レシピどおりに作ったら大丈夫だと思います。
既に安全なレシピを私たくさん頂きましたから、コピーして差し上げましょうか?』
レシピどおりに作れば、少なくとも万人にまずいと言われるものは出来上がらない。
セシルは作る過程でいろんな調味料を試しまくるので、その結果舌と胃に甚大な被害を及ぼす料理へと変貌するのである。
『日本で流行っているサンドイッチとかそういうレシピもありますし、ルチア先生から頂いたものもありますから、特派の皆さんも喜んでくださいますよ。
変わった味を楽しみたいなら、その後各自で調整する形にすればよろしいかと思いますが、皆さんどう思われますか?』
エトランジュはそうロイド達に尋ねることで、ギアスをかけることなく皆の心を一つに繋げた。
『うん、僕賛成!そうだよね、あとで塩コショウとか各自でカスタマイズする形の方が僕もいいと思うな!!』
『ぼ、僕も賛成です!!やっぱりお料理の手順は守らないといけないと思います!』
『あたしもそのほうが嬉しいねー。やっぱ今の時期余計なことしない方がいいし、せっかくの助言なんだからそうしたらどうだい?』
『私も今ブリタニア人がトラブル起こされても困るけど、夜食作ってくれるのはありがたいからその方がいいと思うわ』
さんせーい、エトランジュ様いい事言う、そうしよう、と一斉に皆エトランジュに同調したため、セシルも確かに彼女の言うとおりだと納得した。
『では、ご好意に甘えてそうさせて頂きます』
『解りました、では後日レシピをお送りさせて頂きますね。
レシピのとおりに作れば間違いないので、ぐれぐれも別の食材を入れたりなさらないで下さいね?』
あくまでも食べ合わせに当てはまらないようにするためと言い繕うエトランジュに、セシルはもちろんですと約束した。
この光景にロイドはブリタニアを捨ててここに来たのは正解だった、と内心で嬉し涙を滂沱のごとく流して喜び、エトランジュに感謝した。
ちなみに、この時セシルが作ったおにぎりはすべて卜部の腹へと収まった。
甘党の彼には何故か合ったらしいが、おにぎりは甘くてもいいのかと誤解しかけたセシルを見ておにぎりの具に関して何が好物かアンケートをエトランジュが取ってくれたため、セシルはそれを優先しておにぎりを作ってくれると約束した。
こうしてエトランジュは、特派と技術部を善意の味覚テロから救ったのだった。
後日、その約束通りエトランジュはセシルに大量のレシピを渡したという訳である。
仕事の後ではなくすれ違った際に渡したと言うのは、エトランジュからすれば別に他意はなかったが、これはいわば私的なことなので仕事中にやってはいけないと後で注意を受けていたが、その様子はもちろんバール大佐は見ていない。
あの滅多に他人を気にいることのないロイドが救世主とまで呼ぶとは、とシュナイゼルはますますエトランジュに興味を持った。
まさかレシピどおりに料理を作れとアドバイスしただけでそこまで喜ばれるとは、エトランジュも全く思っていなかったであろう。
そして回り回ってシュナイゼルの興味を引くなどと、想像すらしていないに違いない。
マグヌスファミリアに滞在していた時、城にホームビデオが山ほど置いてあった。
今やDVDや動画カメラなどが主流のこの時代に、今や誰も使っていなさそうな古い型のビデオだった。
長い冬の間皆で集まっては子供達が劇をしたり演奏会をして過ごす彼らは、その光景を録画していた。
その中にエトランジュもいた。
父親の傍で中華語の歌を歌いながら人形に金色の髪飾りをつけ、茜色の帯を締めてやり、唇を撫でて優しく抱き上げていた。
どこにでもいるような平々凡々な少女にしか見えなかったが、今や彼女はゼロとEU連邦の後見を持つゼロに次ぐ反ブリタニアの象徴となった。
となれば、彼女は人を引き付ける何かを持っているのだろう。
あの父に見捨てられてから誰も信じるまいと決めていたような末の弟すら、味方にしてしまえるほどだ。
中華で確実に味方にするべきだったが、マグヌスファミリア国土を返すと言っても何故か彼女は呆れた様子で拒否をした。
テレビ番組でも中華での自分とのやりとりは公表しており、国土返還を蹴ったことについて国民は怒るどころか彼女の判断を支持していたので、これは恐らく自分の言動が彼らにとって不愉快なものだったのだろう。
小国は小国なりのプライドがあったようだ。
エトランジュがゼロの正体を知っているか否かで、彼女への対応は大きく変わる。
あの時エトランジュはルルーシュの前にいたので、ゼロの仮面が外れたことを知って指摘しただけで彼の素顔を知らないのか、それとも知っているのか。
知らなかった場合エトランジュを信じてないからこそ正体を隠している、実態は弱肉強食の国是のもと自分が皇帝になるためにうまく騙して協力させているだけという不信を煽ることが可能である。
だがもし知っていた場合、エトランジュはマグヌスファミリアが“仲間を裏切ることなく”という副詞のもと戻って来ればいいと考えていることになり、ルチアやユーフェミアと同じように、別にゼロがブリタニアの皇子だったところで露ほども気にしてなどいないだろう。
他には特に報告はないというバールを退出させた後、シュナイゼルはカノンに向かって言った、
「ゼロの正体がルルーシュである以上、知っている可能性がある彼女はこちらで確保しなくてはね。
今そのことを暴露されれば、こちらのダメージになる」
「そうですわね、殿下。ところで命じられていたアッシュフォードへの調査ですが、やはりルルーシュ様はそこでかくまわれていたようです。
ですがゼロが式根島基地を破壊した後、ルルーシュ様は妹姫のナナリー様ともども退学なさっておいでですわ」
「クロヴィスを殺してからではなく?ずいぶん長い間そこに留まっていたものだね」
カノンが差し出した書類には、ルルーシュ・ランペルージとナナリー・ランペルージについての資料が載っている。
当たり障りのない経歴だけが載せられたデータベースの資料と、加えて生徒達が開設していたブログなどから、写真は手に入っていた。
さらにカノンは、ブリタニア本国に帰還する者達の中からアッシュフォードに通っていた者を探し出し、彼らからも話を聞いていた。
「さすがはブリタニアの皇族であり母君譲りの美しさというべきでしょうか、なかなかファンが多いようです。
本国に帰還する者からさりげなく情報を集めてみたのですが、女性に大変優しくブリタニア本国に戻ったと聞いた時は悲しかった、でも本国でまた会えるかもと顔を赤らめる女生徒が後を絶ちませんでしたわ」
余り目立たぬようにしていたつもりのルルーシュだが、それはほとんど実を結ばなかったらしい。
「それから、枢木 スザクと親友だったという情報が手に入りました。
生徒会にもルルーシュ様の手引きで入ったとかで・・・」
「ああ、ルルーシュが七年前に日本に送られた時は当時の首相の家にいたからね。
その時あの子と出会ったのだろうが・・・そこからユフィとも繋ぎが取れたのかな?」
シュナイゼルはそう考えたが、それにしては神根島でユーフェミアを遠慮なしに罵倒していたので、そこまでは全く彼女と会っていなかったのだと思い直した。
自分でも同じ立場なら、当時の善意が全ていい結果になると信じていた真っ白な彼女に、おいそれと姿を現わす気にはなれない。
となるとスザクには口止めをしたもののスザクがユーフェミアに話したか、もしくは神根島でルルーシュがいい加減にしろと怒鳴りつけたかのどちらかだろう。
(あれからユーフェミアが変わったことを思えば、おそらく後者だな。
特区も黒の騎士団に有利になる形で作らせたに違いない。なかなか、やる)
短期間に日本解放を成し遂げたルルーシュを、シュナイゼルは素直に認めていた。
だが自分はブリタニアの宰相なのだ。よってその国が望むとおり、国賊であるルルーシュを倒さなくてはならない。
まずEUを潰し、戦力を削る。その策を実行に移すべく動いていたシュナイゼルだが、既に作戦を文字通り読まれていたことにはまだ気づいていなかった。
EUでも既にイギリスがマグヌスファミリアの強力な援護者となっており、その彼らはマオを通じて得た情報の証拠固めに奔走しているので、近いうちに彼の手駒は全滅するだろう。
加えてEU内に築き上げていたブリタニアの補給ルートを潰すべく、EU軍が動いていることも知らなかった。
そうとも知らずシュナイゼルは私室に戻ると皇族服を脱ぎ、入浴をした後侍従を下がらせた。
その後ベッド脇に置いていたコンタクトケースを取り出し、自分の目からコンタクトを外して液体へと漬ける。
(コンタクトは便利だが、手入れが面倒だね。使い捨てタイプのほうが便利なのだが)
最近視力が落ちたのでコンタクトを使い始めたが、使い捨てはやめたほうがいいと皇宮務めの眼科医が頑固に勧めるので、ごく普通のコンタクトを使用している。
そしてシュナイゼルは知らなかった。
彼の眼が自身の父親によって視力が弱まったと言う記憶が埋め込まれており、眼科医が手渡したのはギアスという人ならぬ王の力を遮断する効力を秘めたコンタクトレンズだったということを。
そしてそれが自身が末弟の操り人形にならずにすんだことも、彼は知らない。
自分の元へ引き抜いたクロヴィスの側近であったバトレーだが、ある日突然シャルルに命じられて皇帝直属の機関に転属になった。
ギアスキャンセラーの改造を任せるために、バトレーをV.Vがギアス嚮団へ強引に連れて行ったのである。
殆ど一方的な人事異動命令だが、彼とはその後全く連絡が取れていない。
次期皇帝にもっとも近いとされているこの男は、現皇帝である父親からもっとも重要な情報を知らされていなかった。
ギアスという、ルルーシュとマグヌスファミリアの最大の切り札。
最も厄介な次男までもが黒の騎士団に向かわれては困るとの判断で行った処置だが、幾多の人間を政治の道具として来た自分が父親の道具になっていることに、彼は気付いていなかった。