第二十六話 海上の交差点
超合集国連合本部の所在地である蓬莱島。
そこにEU連邦からの使者であるフランス大使と副大使であるエトランジュが飛行機から降り立った時、一斉に拍手とフラッシュが沸き起こった。
中華語以外はたどたどしさがあったが日本語やインド語で懸命に己の決意表明を述べるエトランジュの姿を見た日本人は基地や施設でいろいろ世話をしてくれた少女がまさか女王だったとはと驚き、それゆえに人気が高く亡命してコミニュティで不自由な暮らしをしているマグヌスファミリアの国民を助けようと物資まで送ってくれた。
大したことはしていないのにとエトランジュは恐縮したが、ナリタでアルカディアに助けられた騎士団員などは大したことないとはとんでもない、命の恩人ですとマグヌスファミリアへの物資を届ける役目を引き受けてくれたりもした。
つつがなく同盟の書に印が押され、これでEU連邦と超合集国連合という世界二大世界連合といっていい組織が手を結んだのである。
「これでひと段落つきましたね神楽耶様、天子様、エトランジュ様。
今後は忙しさが加速しますが、よろしくお願いいたします」
ゼロの扮装をしたルルーシュが同盟調印後の懇談会を外して控室でぐったりしていた三人に声をかけると、神楽耶は先ほどの疲労はどこへやら、にっこりと笑みを浮かべた。
「まあ、これからやっとブリタニアと戦おうというのですから当然ですわゼロ様。
ゼロ様こそお疲れではないのですか?」
「いえ、私の方は信頼している仲間と仕事を分担しておりますのでご安心下さい。
しかし神楽耶様や天子様、エトランジュ様は誰も代わりが出来ない重要なお仕事です。くれぐれも大事になさって下さい」
彼女達の役目は同盟の象徴として対ブリタニアを呼びかけ、また互いの絆を強調することにある。
もともと彼女達の仲は非常にいいので三人でマスコミの前に出たり合衆国日本や合衆国中華で演説するだけでも、充分な効果を発揮していた。
大したことではない行為だが、大事なことなのだ。
「次はどこの植民地を解放するかで既に水面下で話し合いが行われておりましたわゼロ様。
やはり資源関係か、それとも農作物が豊富な国か、地理的に有利なところかと、意見はなかなか一致しないようです」
「そうでしょうね。幸いエトランジュ様の自国は後でと言ったことが効いて、それぞれ自分の国の有利な面を懸命に探してくれています。
いくつかのエリアを解放した後は、まっすぐ首都ペンドラゴンを目指して全エリア解放と言うほうが無駄がなくていいので」
ルルーシュはそう言うと、三人の横に置いてある綺麗にラッピングされた品々に目を移した。
「ところでそれはいったいなんですか?神楽耶様やエトランジュ様への贈り物が多いようですが」
天子へと名前が書かれた物もあるが、大半は神楽耶やエトランジュへと書かれたメッセージカードがついているプレゼントばかりだ。
二人は大きく溜息をつくと、エトランジュが答えた。
「超合集国連合の皆様から・・・取り分け王族の皇子の方や貴族の方からです。
EUからもいらっしゃっている方もいるので、そこからも・・・」
「政略結婚の申し込みですか・・・日本では十六歳から親権者の許可があれば婚姻可能でしたね。
あと一年とはいえ、婚約程度なら何の問題もありませんからね」
どうせ日本のサクラダイトとゼロの後見が目当てだろうが、当初から予想していたことなので神楽耶はその点に関しては怒っていない。
ただゼロを夫にと一途に想い続けているため、彼さえよければ合衆国日本を共に支えていってほしいと望んでいた。
「エトランジュ様は既に婚姻可能ですから、一番多かったですわね。
ご自身で世界を回り、こうして黒の騎士団や合衆国日本との間に大きくパイプを作られたせいでしょうか、その行動に感動された殿方も多かったようです」
ほんの一年前までは想像していなかったことだが、現在エトランジュは空前のモテ期に入っていた。
もともと嫌われにくい性格の上に成果を上げて外交能力の高いことが証明された彼女は、公私ともに王室や皇室に組み込みたいと望まれるようになったのだ。
現在必死で彼女が女王だから嫁にはやれない、もう少し落ち着いてから考えたいとアインが応戦しているが、いつまで持つやら解らない。
(あの裏切り者がブリタニア軍などに入っていなければよかったのに)
スザクの母は神楽耶の母の妹だ。つまり皇室にこそ入っていなくとも皇家の血を引く男性なのだから、EUの同盟の象徴であるエトランジュと婚姻を結べばもっと強固な物に出来ていたのに、つくづく馬鹿な行動を取ってくれたものである。
マグヌスファミリアは農耕国家だから、適材適所であの馬鹿力をおおいに活用出来るだろうからさぞ歓迎されただろう。
京都六家の他の男子は既に妻子を持っているし、皇直系の血を引く男子はいなかった。
「今はまだどんな方々か存じませんが、いつかは誰かをお選びさせて頂くことになるでしょう。
皆様平和を望んでのことです。選ばせて頂けるだけでも幸せです」
「そうですわね。でもエトランジュ様、ゼロ様との件はどうなっているのですか?」
初めに来た時はゼロとの結婚も視野にあったはずだと尋ねる神楽耶に、エトランジュはああ、と笑みを浮かべた。
「超合集国連合がEUに乗っ取られるかもと邪推される恐れがあるので、それはもうないと思います。
やっと順調に結ばれた同盟ですから、危ない橋を渡りたくはありませんので」
「ああ、それもそうですわね。ではゼロ様、ぜひこの神楽耶を妻にして下さいな」
「お、お戯れを・・・!私の事情をご存じでしょう」
八割が本気の申し出にルルーシュは一瞬後ずさったが、神楽耶はそれには構わずに言葉を重ねる。
「貴方は素顔を見せられない身の上ですもの、ならばそれを補う者が要ると思いますが?
わたくしなら貴方と婚姻を結べば、万が一の時にはお役にたてると存じますが、わたくしではご不満ですか?」
神楽耶は日本解放戦後、桐原からゼロの正体について聞いていた。
幼い頃に会った“鬼”がゼロだと知った彼女は驚き、彼がブリタニアの皇子でありながらも反旗を掲げた理由を聞いてそれならば当然だと怒りの声を上げた。
ちなみにゼロの正体は神楽耶に話しただけで終わっており、扇や南といった黒の騎士団の古参メンバーには言っていない。
それは秘密というものはごく少数で守られるべきで、『あの者達は変に仲間意識がある、ここには仲間しかいないからと安易に口にされては困る』という桐原の判断に従ったのである。
「滅相もありません神楽耶様。私ごときからすれば天空に輝く月を手にするに等しいほどの方だ。
しかしまだ戦いはスタートラインを出たばかりですよ」
「まあ、ゼロ様は常に勝利を重ねてこられた方。ブリタニアを打倒できるとわたくしは信じておりますわ。ねえ、エトランジュ様」
神楽耶のうきうきした声にエトランジュがもちろんですと微笑んで同意すると、ルルーシュは当然そのつもりだと内心で言い放ったが、そこまで信じている神楽耶に尋ねた。
「勝てると思うのですか?この戦い」
「ええ!私は勝利の女神ですから!」
「それは頼もしい。しかしながらゼロとは記号、世界に平和が成れば必要とされなくなる存在です。
記号が女神と結婚するなどおこがましい。どうか貴女は貴女にふさわしい男性と幸せになって頂きたい。
政略だけではなく真実貴女を心から想う男性と」
過去に皇の家の出だというだけで高慢に日を過ごしていた少女に、ルルーシュはそう告げた。
「それに私にも仮面の下の素顔では大事な存在が既に二人います。
貴女を一番に思えぬ不実な男をお許しください。では、失礼いたします」
優雅に一礼したルルーシュが部屋を出ると、神楽耶と天子は顔を見合せた。
「ゼロ様、二人の方とお付き合いをされているのかしら?」
「さすがはゼロ様、モテていらっしゃいますのね!」
こう聞いただけでは二股宣言ともとれる発言に天子が首をかしげ、神楽耶は成人男性の甲斐性で浮気はOKという持論からむしろ感心していた。
エトランジュは大事な存在がナナリーとロロだと知っているため、彼もまた恋愛を排除している姿に己を重ねたが心から彼を愛している女性達を知っているため、いずれは彼も誰かを選ぶのだろうと思った。
(私は・・・誰を選ぶのだろう。出来れば私とずっと一緒にいてくれると言ってくれる方がいいけれど)
ささやかな望みを心の中で呟いたエトランジュは、豪華だとは解るが価値がいまいち解らないプレゼントの山を眺め、どうしようとギアスでアルフォンス達に相談するのだった。
翌日、超合集国連合の安全保障を請け負う黒の騎士団本部が置かれている合衆国日本の東京基地では、敵対国である神聖ブリタニア帝国から一本の通信が入っていた。
相手は帝国宰相であるシュナイゼル・エル・ブリタニアで、内容は日本国内にいるブリタニア人の引き渡しを求めるものだった。
予想していたルルーシュはユーフェミアを伴って桐原とともに通信室へ入室すると、いつもの穏やかな笑みを浮かべている次兄にユーフェミアは我知らず小さく息を呑んだ。
「久しぶりだねユフィ・・・いや、ユーフェミア皇帝と呼ぶべきかな?」
「・・・はい、シュナイゼル宰相。
わたくしは既にそちらの皇籍を捨てた身、わたくしのことは合衆国ブリタニアの皇帝としての扱いで結構です」
もはや家族ではないというけじめをつけたユーフェミアに、ほんの数ヶ月見ないうちにコーネリアの陰で理想を語りそれが叶えられないと嘆くだけの彼女が随分と成長したものだと、シュナイゼルは少し驚いた。
「そうか・・・悲しいことだが、それが君の選んだ道だというなら仕方ないね。
さっそくだが合衆国日本の総理大臣である桐原首相に、我がブリタニアの民を本国に帰すことを要請したい」
「ではそちらに捕えられた超合集国連合加盟国の兵士や民、およびEU連邦の兵士達との捕虜交換という形式でよろしいか?」
実際反抗的なブリタニア人を日本に置きたくはないのでシュナイゼルの申し出を受けたいのだが、一方的な要求を呑むのは政治の上ではあまり良い手とはいえないため、桐原は条件を持ち出した。
だが仮にも正義を標榜している以上、国の都合で所属する国を変えねばならないという行為を強要するのはよろしくないため、こういう形にしようと既に決議がされていた。
ブリタニア本国に送られているナンバーズはブリタニア本国で名誉ブリタニア人として登録されているが、実態は危険な鉱山地域や建設現場での労働という、いわば奴隷としての扱いだ。
中にはカレンの母親のように相思相愛だが形式的にメイドとして扱い、実態は夫婦として暮らしている者もいるが、それはごく少数だろう。
日本だけでも数百人が連れ去られており、超合集国連合やEU連邦の捕虜を合わせると、帰国希望のブリタニア人と数的には釣り合っている。
というのもブリタニアは弱肉強食の国是から捕虜にする前に殺してしまう傾向が強いので、基本的に捕虜にするのは公開処刑のための幹部といった連中だけなのだ。
「なるほど、解りました。我がブリタニアの民には代えられない、早急に彼らをそちらにお返ししましょう。
しかしながら不幸な事故や病気などで死亡した者達は残念ながら諦めて頂きたい」
来たか、とルルーシュと桐原はここからが交渉のしどころだと気を引き締め、ルルーシュが言った。
「こちらも日本で既に家庭を持ち本国に戻りたくないというブリタニア人や合衆国ブリタニアに共感し合衆国ブリタニアの国民となることを望んだブリタニア人がいます。
その方々については合衆国ブリタニア人としてこちらでの居住を続けて頂くが、よろしいですね?」
既にミレイからゼロがルルーシュとは言わなかったが黒の騎士団に参加していると知らされたアッシュフォードは合衆国ブリタニアへの参加を表明しており、枢木 スザクの入学を認めた功績があるので日本人達から好意的に見られている。
ロイドや他の主義者達も続々それに続いていることから、“事故”や“病気”で戻ってこないよりはるかにもっともな理由であった。
「いいでしょう、それでは公海上にて受け渡しを行いましょう。
私が使者としてそちらの国民をお返しし、我が国民達を迎えに上がらせて頂きたい」
「了解した。では詳しい日時を決めましょう。
我が黒の騎士団の母艦である伊予にて、お待ち申し上げる」
こうして通信が打ち切られると、ルルーシュはユーフェミアと桐原に向かって言った。
「まずは本国に戻ることを希望するブリタニア人を、戦艦に乗せて公海上まで運ぶ。
最後は無駄飯食いのブリタニア兵を厳重に監視の上で同じく移送する」
捕虜と言うのは返せばまた自分達の元へ襲いかかって来るが、だからと言って国際条約により安易に殺すことは出来ないため、扱いが非常に厄介だった。
ギアスキャンセラーとやらで無効化されるかもしれないが、一応ギアスをかけて支配下に置いて手駒にしてある。
二人が頷いて準備をすべく部屋を出ると、ルルーシュは仮面の下であの考えの読めない次兄の顔を思い浮かべ、必ず勝つと誓って策を巡らすのだった。
捕虜交換が行われる日、大平洋の公海上で黒の騎士団の母艦である伊予にゼロが蜃気楼に乗ってやって来た。
その横には親衛隊長であるカレンが操る紅蓮可翔式が、守るように立っている。
先に本国に戻ることを希望した九千人弱のブリタニア人をユーフェミアが連れてきており、彼らは今伊予の周りにいる数隻の船に分かれて乗艦していた。
日本に残ることを希望したブリタニア人は三千人ほどで、彼らは主義者だったり家族が日本にいる者だったり、ダールトンのようにユーフェミアを守るためだったりとそれぞれだ。
ルルーシュはミレイとカレン以外のアッシュフォード生徒会の面々に戻るように言ったが、ニーナはユーフェミアについていくと宣言して居残り、リヴァルは彼の家はそこそこいい家ではあるのだが日本に資産を移しており、本国に戻っても暮らしていけないという親の判断で同じく残留することになった。
弱者救済などしてくれないのがブリタニアなので、本国で路頭に迷うよりマシということらしい。
シャーリーの父母はブリタニア本国の実家で世話になるのでシャーリーを連れて帰ろうとしたが頑固に娘が拒否したため、根負けした父母は今回は見送ることにした。
黒の騎士団の幹部の友人が書類不備ということにしてくれるとのことなので、もしもブリタニアが勝利してエリア11に戻ってもさほど咎められることがないようにしてくれたのが救いである。
蜃気楼からルルーシュが降りて来ると、ユーフェミアがスザクとダールトンとともに出迎えた。
「本日もご機嫌麗しく、ユーフェミア皇帝陛下」
「お待ちしておりましたわ、ゼロ!!
ブリタニア兵の移送はいかがでしたか?」
ユーフェミアが尋ねると、後ろからゆっくりと来る少数のブリタニアの捕虜兵を乗せた移送用の船を指した。
ブリタニアの基地にあった捕虜を運ぶための船で、自分達がまさかそれに乗せられる日が来るとは思わなかった彼らは皆一様に苦々しい顔をしていたと、ルルーシュは楽しそうに言った。
「その船ごとブリタニアに引き渡します。
捕虜交換の兵の受け取りに関してはエトランジュ様にお任せすることにしました」
「ええ、先にいらっしゃったエトランジュ様とお話して、今は代表の方とお話しなさっている頃だと思いますわ」
秘書の名目でいるマオがシュナイゼルに取り込まれている兵を発見出来ると、ルルーシュは仮面の下で笑みを浮かべた。
だがその間際に、シュナイゼルとエトランジュが交わした会話を聞いていたルルーシュは彼の策略を止めるために彼にギアスをかける隙を見つけねばと、すぐに表情を改めた。
そしてユーフェミアとともに、シュナイゼルと会うべく大会議室へと足を向けるのだった。
一時間ほど前にエトランジュが先に伊予に訪れた際、彼女は秘書として連れてきたマオとアルフォンス、そして護衛のクライスとジークフリードと共にシュナイゼルと会っていた。
近くには帝国宰相を前にして緊張するブリタニアの捕虜の代表の男がおり、手錠をされながらも深々と頭を下げている。
捕虜代表を引き連れたシュナイゼルに挨拶したエトランジュに、彼は穏やかに笑いながら話しかけた。
「中華以来ですねエトランジュ女王。EUとは我々とのよきお付き合いを望んでいたのですが、残念です」
「・・・・」
「マグヌスファミリアの国土を返還し、貴女ともと思っていたのですが・・・」
何の反応も返さないエトランジュにシュナイゼルは言葉をかけるが、エトランジュはそれどころではなかった。
《・・・何こいつ。訳解んない思考し過ぎててどうしたらいいか解んない》
心理誘導を得意とするマオが得意のギアスで心を読んだ第一声に、エトランジュは眉をひそめた。
マオが読んだ彼の心は、羅列すれば本当に意味不明だったからである。
シュナイゼルは帝国宰相として父皇帝たるシャルルの望むとおり、世界各国で侵略を行いブリタニアのために政務を行っている。
もちろんそれは国是主義の元であり、見事に成果を上げておりそれは己で自覚していた。
しかしその一方で、彼は『皆が平和を望んでいるのなら』と平和を実現させようともしているのである。
しかも自分が望んでいるからではなく、“皆が望んでいるから”でありそこに自身の希望などかけらもない。
ただ望まれたからという理由だけで、それを成し遂げようとしているのだ。
シュナイゼルは自身の望みがない分、所属している組織が望むことを実現させようとする。
よってブリタニアが望む形の平和・・・すなわちブリタニアの、ブリタニアによる、ブリタニアのための平和・・・つまりブリタニアに刃向う者達を殲滅させることがそれに繋がると考えているのだろう。
刃向う者が誰一人いなくなれば確かにそれは実現するのだから、方法としては間違っていない。
なるべく力技を使わないようにしているのは、ブリタニア人の犠牲者が出ないにこしたことはないという考えからだった。
しかしそれがブリタニア人以外の視点から見ると、実に迷惑な物でしかあり得ない。
《なんかそのための大きな要塞を建設してるみたいだね。
戦争をする国にミサイルかなんか撃ちこんで力ずくでやめさせるつもりらしいけど》
《だったらまず自国の軍と宮殿壊せよ。それならそんな物騒なもん開発させなくても出来るだろうに、頭のキレるバカだろこいつ。
何でブリタニアの皇族は揃いも揃って極端なことしかしないわけ?》
アルフォンスの最もな言葉に、もともとシュナイゼルに対抗する能力のないエトランジュは、すぐにルルーシュに相談した。
《・・・だそうなんですが、どうしましょう?》
《まだ建設途中のダモクレス要塞か・・・解った、何とか手を打ってみよう。マオ、あいつがこれからやろうとしている策略だけ読んで報告しろ。
この男にのみ集中してくれ》
《了解・・・おっと、さっそく何人か息のかかった人間を送り込もうとしてるね。
自分で会ったりはしてないけど、うまく誘導してる奴が二十人くらいいる》
《連中の名前は解っているな。では後で俺がギアスをかけて対処しておく》
《あとEUにも前に捕まえ損ねた裏切り者やその候補がいるっぽいね。そっちも教えとくよ》
こうして帝国の頭脳と称されるシュナイゼルから、エトランジュ達は情報と策略を奪いまくった。
なかなか調べられなかった帝国の内情をシュナイゼルはよく把握しており、それはエトランジュがすぐに疲労してしまうほどの情報量だと思ったマオはそれを後で伝えることにした。
「では捕虜代表の方を先に交換させて頂きます。
こちらはブリタニア軍捕虜代表の大佐の方です」
大佐は再度深々と頭を下げると、シュナイゼルは笑みを浮かべて彼の労をねぎらった。
「今回の件はコーネリアの不徳によるものだよバール大佐。
捕虜になったことを責めるがことき愚行は私がさせないから、安心したまえ」
「皇恩に感謝いたします。我が誇り高きブリタニア軍一同、これまで以上の労を持ってお仕えさせて頂きます!」
「期待しているよ。ではこちらから・・・エトランジュ女王陛下、名誉ブリタニア人として本国で勤務していた日本人の代表だ。
そしてEU軍兵士の捕虜代表は国ごとに分けたが、三人だけ案内させて貰った」
EUの中からエリア支配されている者達を帰すことは、今回ブリタニア側は認めなかった。
理由は“ブリタニアの植民地の彼らはブリタニアの者として扱うのが妥当”というものだった。
《きっちり外交カードの予備として取っておくつもりらしいよ。
日本だけ優遇されていると思わせて内部分裂を起こさせる狙いもあるみたいだから、フォローしておいたほうがいいね》
マオの案にエトランジュは頷くと、緊張している捕虜代表にそれぞれの言語で挨拶した。
「私はEU連邦所属国家のマグヌスファミリアの女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します。
このたびは無事にブリタニアよりご帰還されたことを、心より嬉しく思います」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
敵国に捕らわれ、連行されて言いように使われていた者達は少しイントネーションに違和感があったが久方ぶりに聞く母国語に安堵し、エトランジュの元へとやって来た。
つつがなく互いの代表の交換を終えたエトランジュは、シュナイゼルに礼を言った。
「皆様をここまで連れてきて下さってありがとうございます。
後は調印式ですが、大会議室でゼロと神楽耶様とユーフェミア皇帝がお待ちですので、よろしくお願いいたしますね」
「貴女はご出席なさらないのですか?」
「ええ、代表の方々と細かい打ち合わせを任せて頂いておりますから」
「それは残念です。では失礼」
捕虜代表を引きつれて艦内に入ろうと歩き出したエトランジュの後ろ姿を、シュナイゼルは見送っていた。
エトランジュが各国の捕虜代表が先に集まっていた部屋に案内すると、みな一斉に敬礼した。
敬礼をしていないのはナンバーズとしてブリタニア本国に連れ去られていた日本人代表である。
「改めて御意を得ますエトランジュ女王陛下!このたびは再び祖国の地を踏む機会を賜り、ありがとうございます!」
「いいえ、こちらこそ奮戦したのに捕虜としてこれまで耐えてこられた皆様に感謝しております。
さあ皆様、どうかお座り下さいな」
エトランジュが席を進めると皆は礼を言って椅子に座る。
最後にエトランジュが上座に座り、左にアルフォンス、右にマオが座った。そして背後にはクライスとジークフリードが立つ。
「こちらこそ二度と家族や友人に会えぬものと覚悟していた我々を助けて頂き、感謝の言葉もありません。
軍に戻った暁には、これまで以上に粉骨砕身する所存でおります」
EU捕虜代表の男が熱を帯びた口調にイギリスやフランスなどの軍人も頷いた。
「それは心強いことです。ですがどうか無理をなさらないで下さいね。
ではお戻りになった際の生活についてのご説明ですが・・・」
エトランジュが各国代表と話している間、マオはせっせとギアスで彼らを探っていた。
《フランス代表のヤツはブリタニア人から何か吹き込まれてるねー》
《それってシュナイゼルから?》
《違うよ、アル。でもシュナイゼルの息がかかった奴の可能性が高いんじゃないかな?》
こうしてシュナイゼルの策動があるらしき者達の選別を終えると、後でルルーシュによってギアスをかけることになった。
「・・・ということです。いったん日本で数日間滞在して頂き、その後にご帰国という形になりますが、よろしいですか?」
「結構です。日本がまさか真っ先に解放されるとはと驚きました。
今から訪れるのが楽しみでなりません」
「日本人の皆様はとても礼儀正しく優しい方々です。
今回皆様が戻られると聞いて、出来る限りもてなそうと出迎えの準備をして下さっているので、楽しみにして下さいね」
「ああ、私は学生時代に占領される前の日本に訪れたことがあります。
雄大な富士山が今も記憶に残っている。帰国する前にもう一度見てみたいものだ」
半分が醜く地表をむき出しにされコンクリートに覆われているとは知らぬ男に、エトランジュは何も言えなかった。
今富士山を復活させようと、林業や植樹を営んでいる者が集まって奮闘している。
必ず以前のように美しい姿を取り戻して見せると、誓い合っていた。
「・・・捕虜交換のサインが終わったら、ゼロと神楽耶様にご挨拶に参ります。
もう少し掛かるようですので、どうかお茶でもお召し上がり下さいな」
エトランジュがそう言ってそれぞれの国で作られた紅茶やコーヒー、緑茶などの飲み物を差し出すと、祖国の味を噛み締めた一同は戻ってきたという実感がやっと得られたのか、心からほっとした笑みを浮かべたのだった。
伊予の大会議室では、神聖ブリタニア帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニアとその副官カノン・マルディーニ、護衛としてナイトオブラウンズのドロテア・エルンストがゼロことルルーシュと対峙していた。
ルルーシュの右には超合集国連合の代表として神楽耶が、左横には緊張した表情のユーフェミアが座っており、膝の上でぎゅっと手を握り締めている。
そしてカレンが彼らの背後に立っていた。
「中華以来ですね、シュナイゼル宰相」
「そうだね、ゼロ。あの時は敵ながら見事な手腕だったよ」
シュナイゼルがいつもの何を考えているか解らない笑みを浮かべると、ルルーシュは必ずこの交渉戦を勝利してみせると仮面の下で決意した。
「ではどうぞお座り下さいませシュナイゼル閣下。さっそくですが本題に入らせて頂きます」
神楽耶が席を進めるとシュナイゼルのみが席につき、カノンとドロテアは彼の背後に立った。
「こちらで調べた限りではそちらに連れ去られた日本人は189名、EUの捕虜は五千人前後とありますが、今回戻ってきた日本人は78人、捕虜の方々は三千人とはどういうことですか?」
余りにも少なすぎると言う神楽耶に、シュナイゼルは実に残念だと言わんばかりの顔で言った。
「111人の日本人は残念ながら事故死や病死であることが判明しています。
ご存じのように我がブリタニアは弱肉強食の国是ですからね、名誉ブリタニア人に対する医療保障は整っておりませんので仕方ありません。
また捕虜のほうも同様に処刑されています」
「そうですか・・・」
ブリタニアの国是からすれば誰もが納得する理由だが、神楽耶はブリタニアで無残に扱われ死んでいった日本人達の無念を思い、悔しさに涙がにじむのを懸命にこらえた。
既に知れ渡っている国是通りの扱いをしたと告げる方が、人体実験に使いましたというよりブリタニアのすることだからと逆に世論の反発は少ない。
(本当に事故や病気で亡くなった者はいるだろうが、大半はどんなものだか想像がつく。
自国民ですら人体実験に使っているくらいだからな)
ジェレミアが既にまともな思考が出来なくなるほどの身体にされていることを知っていたルルーシュだが、それは言わずにこう切り返した。
「なるほど、さすがはブリタニア人さえよければいいと主張する国だ。
ブリタニアが覇権を握れば皆ろくな治療を受けられないということが判明しましたね」
「まあゼロ様、ブリタニア人ではない人間が地球上の大多数を占めるのですから恐ろしいことですわ」
「今さらですよ神楽耶様。ではシュナイゼル宰相、そちらからのご質問はおありですか?」
「合衆国ブリタニアに参加するブリタニア人がニ千人弱というのは、間違いないのかな?」
「ええ、ユーフェミア皇帝の方針に賛成してくれたブリタニア人が多くいました。
ダールトンは方針と言うより亡きコーネリアの忘れ形見を守るというのが目的のようですが、彼女の護衛に限ってのみの行動を条件に釈放しました」
「それは結構なことだ。ゼロは随分とユフィに対して便宜を図ってくれているようで、兄としては安心したよ」
その言葉にびくりと反応したユーフェミアに、やはり彼女はゼロについて知っているという確信を、シュナイゼルはまた一つ高めた。
神根島でゼロやユーフェミア、エトランジュ達を見た時、彼は見知った顔であるユーフェミアやエトランジュに気を取られ、ゼロには目を向けていなかった。
ただエトランジュの『ゼロ、早く仮面を!!』という叫びがあり、あの時仮面は外されていたと予想出来る。
ロイドからは黒髪しか見えなかったと報告を受けた時、日本人には黒髪が圧倒的に多いために気にしていなかったが、ブリタニア人となると逆に珍しい髪の色になる。
(特区を成功させればゼロが協力してくれると確信していたし、彼女に裏から積極的に協力していたのは間違いない。
式根島でユフィにあれだけの暴言を吐いていたにも関わらず、ユフィがゼロを信じた理由、コーネリアがあれだけ憔悴していた理由、何よりゼロが仮面をしている理由を結びつける黒髪の人物が、一人だけいる)
しかしいくら予想の濃度が濃くとも、核心がつかめなくては意味がない。
その隙を探り出そうとしていたが、会話の間ルルーシュは全く尻尾を出さなかった。
つつがなく書類にシュナイゼルがサインし、神楽耶が同様に署名する。
調印の書類を挟んでの思考の読み合いだが、マオと彼と思考を繋げているエトランジュを擁しているルルーシュが圧倒的に有利であった。
「私は最近マグヌスファミリアにいたんだが、驚いたよ。
百五十年ほど前の突然行方不明になった悲劇の彫刻家の作品がいくつも飾られていたり、古い弦楽器も見かけてね。
そういえばホームズの初版本もあったと、あの地を任せていた総督が宝とは意外な所にあるものだと感心していた」
言外に含まれた貧乏国家のマグヌスファミリアが何故それだけの物を持っていたのかという言葉を聞いて、ルルーシュはあらかじめマオから聞いていたのですぐさま応じた。
「・・・漂流者として流れ着いた者を保護したことが何回かあると聞いたことがありますから、その彫刻家がそうだったのかもしれませんね。
それにアドリス王には友人が多く、珍しい物を結婚祝いや出産祝いに頂いたが亡命する時に置いてきてしまったので申し訳ないとおっしゃっておいででしたが、なるほどそれは心残りな品々ばかりだ」
マグヌスファミリアは遺跡を通じて外の人間を連れてきたり、牛や羊などを売って生活物資や楽器や本などを手に入れていたと聞いている。
しかし芸術品の詳しい価値など彼らは知らないので、怪しまれることなど想像せずにかさばるという理由で置いてきたのだろう。
「なるほど・・・無事に調印と引き渡しがすんだところで、私はこれで失礼させて頂くよ」
(よし、これでチェックメイトだ!シュナイゼル、お前の負けだ!)
シュナイゼルが立ち上がった時、ルルーシュは仮面の左目の部分をスライドして赤く羽ばたく翼が刻まれた目を露わにすると、シュナイゼルに言った。
「・・・シュナイゼル閣下、我が黒の騎士団に協力しては頂けませんか?」
不自然ではない言い方での命令を告げたルルーシュは、勝利を確信して笑みを浮かべた。
(ブリタニアの頭脳であるシュナイゼルさえこの手に収めれば、後はあの男を始末すればブリタニアなど敵ではない!
シュナイゼルは思考こそ激しく斜め上を行くようだが、手綱を握ってさえいればこれほど使い勝手のいい男もないからな)
「・・・残念だがそれは出来ないなゼロ。
私の手腕を高く買ってくれているというのはありがたいことだけどね」
「・・・な?!」
(バカな、ギアスが効かない?!どういうことだ?!)
ルルーシュが狼狽していると、マオが慌てて心を読む。
《・・・シュナイゼルはギアスについてはまだ把握してないよ。遺跡について不自然なことがあると調べてるくらいで・・・。
おかしいな、何もしてないのに・・・でもやばいよ、ルルが目を見せたことを思い切り不自然に思ってる!!》
いきなり目を見せながら協力しろと言われたら、確かに不思議に思うだろう。
左にいるスザクとユーフェミアはもちろん気付いていたが、ルルーシュとシュナイゼルはチェスを通じて仲が良かったから、正体をちらつかせることで仲間になるよう頼むつもりだと言いくるめてあったため、何も不思議に思ってはいなかった。
「失礼、網膜認証用の装置が動いたようです・・・それは残念です。ではいずれ戦場でお会い致しましょう」
少し苦しい言い訳だったが、今のところは大人しくシュナイゼルを返すしかない。
マオが必死にシュナイゼルの記憶を追跡しているから、そこから探り出すしか方法がなかった。
シュナイゼルが退出すると、ユーフェミアはルルーシュに向かって言った。
「残念でしたわねゼロ。貴方だったらシュナイゼルお兄様もこちらに来て下さるかもと思いましたが」
「そう簡単にはいかなかったようですね。ご期待に添えず申し訳ない」
仮面の下で歯軋りしながらそう返すルルーシュを、神楽耶がフォローする。
「あら、ゼロ様がシュナイゼルになど負けるはずがありませんわ。
ゼロ様の申し出を受けなかったことを、後悔させてやればよろしいのです」
「そうですね。でも早く捕虜の方々を日本に連れて帰らなくてはなりませんわ。
皆長旅で疲れておりますし、帰りを待っている日本人のご家族が首を長くしておりましょう」
ユーフェミアの言葉に神楽耶もその通りだと頷き、先に代表らとともに話をしているエトランジュの部屋に行くべく、スザクにトランクを持たせて大会議室を出るのだった。
大会議室を先に退出したシュナイゼルは、伊予から自身の旗艦アヴァロンに戻り、思いがけず仮面の素顔の一部を見たことに驚きながら考えを巡らしていた。
(あの肌の色から察するに、あれは白人だな。しかもまだ若い・・・やはりゼロはルルーシュの可能性が高い。
後は生存していた証拠さえ上がれば・・・)
「シュナイゼル宰相閣下、エリア11にいたブリタニア国民および捕虜兵士達を、無事こちらに案内してまいりました!
エリア7に寄港した後、兵士達は捕虜用の船から軍艦に移す予定です」
アヴァロンに戻ったシュナイゼルは、先に戻って来ていたナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグの報告に鷹揚に頷いた。
「ご苦労だったねヴァインベルグ卿。では我々も戻るとしよう」
「はい、ただちに帰国します。
それからシュナイゼル宰相閣下、もう一つ報告があるんです。あの、例のオレンジ事件で有名になった純血派のヴィレッタ・ヌゥをご存知ですか?」
「いや、その名前は聞いたことはないな。
エリア11の純血派といえばオレンジ事件で瓦解し、ジェレミア辺境伯が行方不明になって以降は完全に消えたと思っていたのだが」
「そうですか。実はそのヴィレッタ・ヌゥなんですが、実は黒の騎士団の副司令の家に入り込むことに成功し、情報収集をしていたとのことなのです。
しかしその後ゲットーの封鎖や特区などのゴタゴタで租界に戻ることが出来ず、みすみすエリア11をゼロに渡すことになってしまって申し訳ないと言っておりました」
「・・・ほう、黒の騎士団の副司令のところで」
今黒の騎士団CEOとしてゼロが立ち、総司令として合衆国中華の星刻が、統合幕僚長として藤堂がそれぞれ任じられている。
「今は事務総長となった扇 要という男だそうですが・・・その男の妻になったフリをして、ここに乗艦することに成功したとか。
そして興味深いことに、ゼロの正体を突き止めたと言うのです」
ジノの報告に、ドロテアは息を呑んだ。
「二人の皇族を殺したゼロの正体を突き止めた・・・それが事実なら失態を消して余りある大手柄だぞジノ!
しかし、報告がずいぶん遅れたな。最近になって判明したのか?」
「それが、ゼロの正体を突き止めた際それに妨害が入ったらしいんです
その後運良く副司令の家に潜り込めたはいいんですが、ゲットー封鎖を受けて租界に戻れなくなったとか」
自分はゼロを庇った素人の少女に撃たれた挙句、記憶喪失になってイレヴンの家にいましたなどという醜態にもほどがある事実が言えなかったヴィレッタは、そう報告していた。
「そういえばコーネリアが一度マグヌスファミリアに襲われた後、租界を封鎖したと聞いているね。何とも運の悪いことだ」
確かにただでさえ純血派は裏切り者として軍からは忌避されていたのだ、ゼロの正体を突き止めたから戻してくれと言ったところで、信用されたかどうか怪しいものである。
「何とかコーネリア総督に報告しようと政庁に戻るべく手を尽くしたが間に合わなかったと・・・ですからシュナイゼル殿下にお知らせしたいとのことでした。
しかし、私にはにわかに信じがたいのですよ、彼女の言うゼロの正体が」
困惑することしきりでジノが差し出したのは、黒髪で紫色の瞳をした十代の少年の写真だった。
ヴィレッタがルルーシュに疑いを持った際に手に入れた写真を、彼女は手帳に挟んで持っていた。
扇がその手帳と写真を見てはいたがまさかゼロの正体だとは思わず、彼女の家族か何かだろうと気にも留めずにいたおかげである。
「ほう、これはこれは・・・」
その写真は、シュナイゼルの疑念を確信に変えてくれた。
ヴィレッタは実にいい仕事をしてくれたと、シュナイゼルは笑みを浮かべる。
「もし彼が本当にゼロなら・・・かなり厄介なことになりそうだ」
「シュナイゼル殿下はその少年をご存知なのですか?どう見ても彼、ブリタニア人ですけど・・・これはまた大した美少年ですね。
っていうか、これ学生服じゃないですか。まさか学生がゼロなんて・・・まあ私も十代でラウンズになりましたから、おかしいと言える立場ではありませんけど」
ジノの感心するような台詞に、シュナイゼルはちらりと写真を見て眉をしかめているドロテアに視線を送り、そして言った。
「ああ、心当たりがあるよ。こちらでも詳しく調べてみるから、確証がつかめるまでこのことは口外しないでくれたまえ」
ドロテアの世代・・とりわけ女性はこの写真の少年にして自分の末弟であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの母、閃光のマリアンヌを尊敬している者が多い。
もし彼が生きてゼロになっていたとすれば、日本が彼を殺したという情報は虚偽であり、彼がブリタニア皇室に戻らなかったことを見れば彼を殺そうとしていたのが誰か、容易に想像がつく。
(もしそれが暴露されれば、ブリタニアには大ダメージだ。
あちらにはエトランジュ女王がいるから、彼女と結婚すれば大義名分が充分成り立ってしまう)
あまりいい成果がなかったと思っていた調印式だが、最後の最後で切り札を手に入れた。
マオは外から戻って来た捕虜と何よりシュナイゼルに集中していたため、味方に潜んでいた毒に全く気付いていなかった。
暴走していたなら否が応にもヴィレッタの本心が聞こえていたかもしれないが、コントロール出来ていたのが逆に仇になっていたのである。
「ヴィレッタ・ヌゥか・・・彼女にはこのままスパイを続けて貰おう。
いずれ彼女とじかに会ってみたいものだ」
「一応私の携帯の番号を教えてありますが、今のエリア11から繋がるかどうか・・・」
「ふむ、仕方ないね。とりあえず私はこの少年について調べてみよう。
カノン、アッシュフォード学園の記録を至急調べてくれ。この少年についての資料を出来るだけ多く頼む」
「イエス、ユア ハイネス。ただちに行います」
カノンは深々と頭を下げて主君の手からヴィレッタの報告書と受け取ると、さっそく司令室を出て行った。
(ルルーシュ・・・君が生きていたとはね)
子供の頃数多い弟達の中で最も優秀だった彼が、生きていた。
あの時はまだ幼かったけれど、いずれ自分と互角に戦えるのではないかと思えた末の異母弟。
シュナイゼルはわずかに心が沸き立ったが、彼がそれを自覚することはなかった。