挿話 弟妹喧嘩のススメ ~嫉妬のロロ~
日本解放戦が前倒しで行われると決まった黒の騎士団では、にわかに動きが慌ただしくなっていた。
物資を充実させ、スムーズに日本以外の植民地にも独立の動きが出来るようにするために各基地にある工場はフル稼働であり、出来た物資を様々なルートで各地に輸送。
さらに超合衆国創立に向けて中華にも早くなる旨をエトランジュが天子に知らせたことから、中華もそれに合わせて蓬莱島の整備を進めることになった。
さらにナイトメアの整備チームもそれに向けて余念がなく、紅蓮はフロートシステムが取り付けられた紅蓮可翔式となった。
他にも試作型だった斬月、暁も完成した。
カレンもたまにマオを使って尾行や監視をごまかして基地に来て貰って調整をして貰ったり、戦争時の一般市民の避難先の確保などやることは山積しており、ルルーシュやエトランジュを始めとする騎士団上層部は午前様が日常と化している。
時が嵐のように過ぎたある日、以前よりルルーシュからの要望でガウェインの改造を行っていたラクシャータが、新生ゼロ専用ナイトメアのお披露目を行った。
漆黒の機体に金を入れて若干指揮官らしい外観にデザインを変更した程度で、それ以外は見た目はさして変わっていないがシステムを大幅に改良したという。
「これがゼロの新しいナイトメアフレーム?」
「そう、複座式はちょっと使い勝手が悪いから単座式にして、ドルイドシステムと操縦を同時に行えるようにした“蜃気楼”だよ」
ラクシャータはガウェインを解体してさらに単座式に改造してバージョンアップを加えたナイトメアを誇らしげに見上げて説明した。
フロートシステムはむろん、水中航行も可能な空・陸・海すべてで活躍が可能であるばかりか、プリズム状に凝固させた特殊な液体金属を追うように高威力のビームを発射することで、広範囲にビームを乱反射させ長距離かつ広範囲の標的を一度に殲滅する兵器・拡散構造相転移砲が搭載されている。
「しかもそれだけじゃないわよ~。
特筆すべきはすーぐに狙われて機体を壊されちゃうゼロのために考案したドルイドシステムを応用した防御システム絶対守護領域。
世界最高峰の防御力を誇るから、これで駄目ならゼロ、二度とナイトメアに乗らない方がいいと思うわ~」
何度も貴重なナイトメアを壊して戻ってくるゼロに、ラクシャータも思うところがあったようだ。
ゼロ仮面をつけて自らの新たな機体を見上げるルルーシュは反論出来ず、ラクシャータから渡された説明書に視線を移した。
その横で同じ説明書を見ていたアルカディアが、あまりに複雑すぎるシステムに説明書ごとさじを投げた。
「こんなの無理、私には動かせないわ。ほとんど頭の中でシステムを構築するようなもんじゃないの」
アルカディアのイリスアーゲート・ソローの方にシステムを一部だけ使えるように改造されたから、蜃気楼ほどではないが防御システムと範囲を広げてあるので蜃気楼を一度動かしてみて出来るだけのシステムを移していこうかなと考えていたが、無理のようだ。
情報解析や絶対守護領域の展開範囲計算、拡散構造相転移砲の反射角計算などは手動制御であるという一文で諦めたアルカディアに、ルルーシュは少し難しいが出来なくはないなと、説明書を脳裏に転写している。
「システムは理解した。後は実践だな」
「早っ!でも、これで主なナイトメアのバージョンアップは終わったわね。
後で演習をするから、日程を組まなきゃ。クライスのほうにも説明書渡しておかないと」
「大規模ではブリタニアに目を付けられるから、少しずつグループに分かれてやろう。
他国ではどうなっている?」
藤堂達もそれぞれに手渡された機体の説明書を見ていたが、ルルーシュに尋ねられて藤堂が答えた。
「中華でもインドでかねてより造っていた特製のナイトメアフレーム神虎が完成したと聞いた。
国境を超える医師団が中華入りして以降は、落ち着きを取り戻しつつあるそうだ。
星刻殿も体調が回復し、ナイトメアを操縦出来る時間が常人と変わらなくなってきたと喜んでいた」
日本解放後にあるブリタニアとの戦争に備えているという報告に、地固めが出来たとルルーシュはさらに準備を整えねばと、思案を巡らす。
(準備はある程度整ったな。後はブリタニアが暴発するタイミングだが)
日本特区でブリタニア人の特権が横行し、悪事を働いている者がいると宣伝した後、それを暴発させる下地は既に出来上がっている。
後はきっかけを発動させれば計画通りだが、ブリタニアの動きをもう少し掴んでからの方がいいのでもう少し待つことにした。
(・・・・出来れば来年の正月は皇歴ではなく、西暦で迎えたいものだったがな。
都合のいいことに他エリアで特区をという動きがあるし、利用出来そうだ)
ルルーシュは余裕は大事だが呑気にしているわけにも行かないので今年中に決起をするべきか、考えを巡らせた。
後で桐原とも話し合って時期を決めることにしたルルーシュは、開戦のきっかけをいつでも作動させるために動くことにした。
日本解放まで、あと少しだ。失敗は許されない。
ルルーシュはそう気を引き締めると、新しい己の機体性能を確かめるべく蜃気楼に乗り込むのだった。
黒の騎士団イバラギ基地医務局のリハビリルームでは、ナナリーが懸命に歩くリハビリを行っていた。
努力の成果か予想よりはるかに早く、ナナリーの足は動くようになっている。
「凄いわナナリーちゃん、ひと月足らずで50メートルも歩けるようになるなんて・・・神経装置の精巧さもあるでしょうけど、やっぱり頑張ってると違うわね」
療法士の感心したように褒められたナナリーは嬉しそうに微笑んだが、それでもまだまだだと己を叱咤して首を横に振った。
「でもまだ歩くだけじゃ駄目なんです。走ったり飛んだり、ナイトメアに乗れるくらいにならなくては・・・!」
「そんな焦らなくても大丈夫よ、今は戦闘もなくて落ち着いているんだから。
お兄さんだって、無理するなって言ってたじゃないの。頑張るのはいいけど、無茶すれば逆効果だからね?」
「はい、解ってます」
そうは言うナナリーだが、頑固なところがある彼女は暇を見つけてはこうしてリハビリルームにやって来る。
ブリタニア人の少女ということで遠巻きに見ていた騎士団員や協力員だが、一生懸命頑張りいずれはナイトメアに乗って黒の騎士団に協力したいという少女に影響を受けたのか、戦争で傷を負った団員達も頑張る気になったようである。
と、そこへ仕事が一段落ついたルルーシュがロロを伴ってリハビリルームへやって来た。
みんなへの差し入れだろう、クッキーが大量に入った袋を持っている。
「ナナリー、リハビリ頑張っているようだな。少し休まないか?
皆さんの分も作って来たので、ぜひどうぞ」
「ああ、いつもありがとう、ご相伴にあずからせて貰うよ。誰か、コーヒーかなにか淹れてくれ。
ナナリーちゃんやロロ君にはジュースのほうがいいか?」
リハビリをしていた者達が嬉しそうに集まってブレイクタイムに入ると、ルルーシュはナナリーを車椅子に座らせてかいがいしく世話を焼く。
「お仕事は終わったのですか、お兄様」
「今日の仕事は終わったよ。ロロが手伝ってくれたからな、早く済んだんだ」
ルルーシュがロロを見ながら言うと、ナナリーはぴくりと手を震わせた。
「ロロのお陰でお前達とおやつの時間が取れるし、本当に助かっているよ。
最近は忙しいから家事もしてくれるんだ。ロロには感謝だな」
「そんな・・・僕は兄さんの役に立てれば嬉しいから」
はにかむように笑うロロにルルーシュは可愛いとばかりに、髪をくしゃくしゃと撫でた。
「だが無理はしなくていいからな、ロロ。
そういえば勉強で解らないところがあると言っていたな、後で教えてやるよ」
「いいの?仕事忙しいのに・・・」
ロロが心配そうにおずおずと言うと、ルルーシュは問題ないと笑った。
「お前のお陰で余裕が出来たからな。勉強は大事だぞ、ロロ。
お前がいつか独り立ちする時のためにも、しっかりしておかなくてはな」
ルルーシュのその言葉に今度はロロがぴくりと身体を震わせたが、ルルーシュは気付かなかった。
そして目が見えるようになったとはいえいつもの癖でナナリーにクッキーを渡したり、膝かけをかけ直したりとこまめに世話を焼く。
「その年で仕事の手伝いが出来るなんて、出来た坊主だなあ。
ナナリーちゃんも頑張ってるし、お兄さんとしちゃ鼻が高いだろ」
「ええ、自慢の妹と弟ですよ」
「ルルーシュ君もその年齢で弟さんと妹さんを支えて、えらいもんだ。
自慢のお兄さんを持って、二人は幸せだなあ」
リハビリ中の騎士団員の男の台詞に、ナナリーとロロは笑って頷いた。
「ええ、お兄様がいて私はとても幸せです。ですから、私も早くお兄様のお手伝いが出来るようになりたいです」
「僕も・・・もっと兄さんの役に立ちたいな」
何ていい子達なんだ、と涙ぐむ者達の中に、ルルーシュもいた。
(こんなにしっかりするようになって、やはりナナリーに思い切って手術を受けさせてよかった。
ロロも自分の主張をはっきり言うようになったし、アルカディアの言うとおり他者と積極的に関わらせて自分で動けるようにさせたのはよかったな)
感動しているルルーシュは、ナナリーがロロが手にしている書類が入った袋を凝視し、ルルーシュがほとんど習性と化しているナナリーの世話を焼いているのを鋭く見ていたことに気づかない。
と、そこへピンポンパンポーンという音とともに、放送が室内に響き渡った。
「お呼び出しをお伝えします。アラン・スペイサー様、アラン・スペイサー様、至急第三倉庫までお越し下さい。繰り返します・・・」
アラン・スペイサーとはルルーシュの偽名だ。
頻繁にルルーシュ・ランペルージの名前を使うと目立ち過ぎるため、複数の名前と暗号を使い分けているのである。
(アラン・スペイサーの名で第三倉庫はギアスがらみの話だから、エトランジュの部屋だな。ナナリーのギアスが解けた件について、何か解ったのか?)
ナナリーのギアスが解けたことを知ったルルーシュは驚喜し、エトランジュ達も祝福してくれたのだが、その後アルフォンスは何の前触れもなくギアスが解けたことを疑問に思った。
ルルーシュ救出作戦の際、突然ギアスが解けたという出来事があったこともあり、至急ナナリーに対して簡易的な検査を行っていたのである。
「すまないナナリー、ロロ、ちょっと買い忘れを思い出した。買い物に出かけて来るから、ここで待っていてくれ。
遅くならないとは思うが、もし急な仕事が入るかもしれないから、その時は食堂で夕食を取ってから先に寝ていろ」
「はい、お兄様。行ってらっしゃいませ」
「僕も手伝おうか、兄さん」
ロロが申し出るがもうすぐ夕方にになるため、ルルーシュは首を横に振る。
「お前には宿題があるだろう、ロロ。勉学優先だ。じゃあ、行ってくるよ」
ルルーシュはぽんぽんとロロの頭を叩いてから、急ぎ足でリハビリルームを走り去った。
「最近忙しいねえお兄さんは・・・騎士団の人達もみんな夜遅くまで頑張ってるようだし、何かあるのかねえ?」
カンが鋭いというべきか、コーヒーを淹れていた中年女性が呟いた。
「新しいナイトメアが開発されたって聞いたことがあるわ。
それで古い機体を二つばかり改造して、リハビリ用に貸してくれるんですって」
ナナリーの手術が成功したから、と語る療法士に、おお、と周囲の者達は盛り上がった。
「何でもナナリーちゃんの足、神経装置を使って治ったでしょう?
それと接続して動くナイトメアの実験も兼ねてってことらしいんだけど・・・ナナリーちゃんの経過次第で使わせてくれるそうよ」
「俺、次ナナリーちゃんと同じ手術受けるんだよ!右足だけだけどな・・・俺も負けてられないな」
「ナナリーちゃん頑張ってるもの、きっとすぐに乗りこなせるようになるわ。楽しみね」
うんうん、と皆が頷きナナリーを励ましている横で、ロロは一人ぽつんと座っていた。
呼び出されたルルーシュはエトランジュの部屋に向かうと、そこにはエトランジュとアルカディアとC.Cとマオが難しい顔をして立っていた。
「ナナリーの件で、何か解ったのですか?」
「それが全然・・・血液検査と脳波検査だけじゃ、やっぱり駄目ね。
マグヌスファミリアのギアス研究所で調べないと詳しいことは解らないわ」
予想していたけどね、とアルカディアが溜息をつくと、ルルーシュも柳眉をひそめた。
「エディがかけたギアスも解けてるのよ。記憶の方はうろ覚えみたいね。
これは完全に予想なんだけど、ナナリーちゃんにかけたギアスは全部解除されてるんじゃないかしら?
記憶の方は七年前のことだし、寝ている間に亡くなったマリアンヌ妃の腕に押し込まれたというなら憶えてなくて当然というか恐怖のあまり本当に忘れていると考えればつじつまは合うわ」
「なるほど納得ですが、では何故解けたと思いますか?」
「その件でC.Cが思い当たる節があるそうよ」
ルルーシュがエトランジュのベッドの上で寝ころびながら、チーズ君を抱き寄せているC.Cに視線をやると、彼女は小さく息を吐いて言った。
「・・・お前達はマリアンヌとシャルルによって遺伝子操作をされていると言ったら、信じるか?」
「・・・なるほどそういうことか」
ルルーシュがその説明だけで特に疑うこともなく納得すると、どこまでも家族運のないルルーシュにエトランジュとアルカディアとマオが同情を凝縮したような視線を送った。
「お前は頭脳を、ナナリーは身体能力を上げたと聞いている。
二人目の時はいろいろやってみようかと言っていたから、お前以上に何かしていた可能性があるんだ」
「それでナナリーちゃん、あんなに早くリハビリが進んでるのね。
おかしいと思ったのよ、手術終了後に少しの距離とはいえいきなり歩き出すんだもの」
アルカディアが頭痛をこらえるかのように額を押さえると、エトランジュも嫌悪をこらえて口に手を当てている。
「前向きに考えよう、これでナナリーは目が見えるようになったとな。
もっともあの二人がバカなことをしなければ、そんな苦労もなかったんだが」
「・・・ルル、もう何も言わない方がいいと思うよ。聞いてるこっちが痛い」
マオは前向きにと言っている本人が内心で怒りが渦巻いていると、ギアスを使わずともその表情から解った。
もちろん他の二人も同じで、エトランジュなどは何を言ったらいいものかとおろおろしている。
「小さいとはいえギアスを研究している場所があるなら、ナナリーを向かわせて詳しく調べて頂きたい。
日本解放後に折を見てナナリーをやりたいのだが、構わないでしょうか?」
「ギアスに向き不向きの遺伝子があるとかで遺伝子学も調べてたから、少しは解るかもしれないわね。
エディ、その旨をアンヘル叔父さんに伝えといて」
「解りました、すぐにお伝えしておきます」
アンヘルはアドリスのすぐ下の弟で、ギアス研究を行っている。
現在ポンティキュラス家は成人になってギアスを得ると、研究に協力していた。
エトランジュ達もマグヌスファミリアのコミニュティにいる間は、その実験や研究に協力している。
「・・・とりあえずナナリーちゃんに不具合が出ないように気をつけておかないとね」
「そうですね。検査結果が出るまではとナナリー様にギアスはかけていないのですが、どうしますか?」
エトランジュがルルーシュにそう尋ねると、ルルーシュは少し考えた後にかけて欲しいと頼むことにした。
「いつ切れるか不安定かもしれませんが、万能な連絡法があるのは安心しますのでナナリーには再度かけておいて下さい」
「承知しました。では今夜にでもかけ直しておきましょう」
エトランジュの返事を聞きながら、ルルーシュは両親の所業にだんだん何も思わなくなっている覚めた心を感じながら、両親の道具としかされなかったナナリーを哀れんだ。
(ナナリーもロロも、あんなことのためにいいように扱われて・・・もうギアスなど使わせたくはない。
エトランジュのギアス以外、もうあの二人をギアスに関わらせるのはやめさせよう)
もうあの二人は普通の人生を穏やかに生きて、幸せになるべきだ。
ささやかで平凡な生活こそ、愛する妹と弟にとって最良の人生のはずなのだから。
相手の意見を聞くことなくそうやって相手の道を決めてしまうと言うのは、ルルーシュの悪い癖だ。
ルルーシュはナナリーとロロが兄にばかり負担をかけてしまっていることを申し訳ないと思っていることも知らず、ただ二人を自立させて平穏な道を歩ませることばかりを考えていた。
夜の七時を過ぎてもルルーシュが戻って来なかったので、ナナリーとロロは久々に二人きりで食事をすることになった。
アルカディアが伝えてくれたところによると、蜃気楼の絶対守護領域の実験データに不備があったそうで、至急取り直さなくてはならなくなったという。
そのアルカディアは二人を食堂に送り届けた後テイクアウトするために食堂に夜食を注文し、多忙なのかノートパソコンを開いてキーボードを必死で叩きながら夕飯の出来上がりを待っている。
近くでは藤堂と千葉が、サバの塩焼き定食を食べながら聞かれても構わない程度の範囲で話をしていた。
「今日はハンバーグですねロロ。きのこが入ってて美味しそう」
「そうだねナナリー。きのこ入りのハンバーグなんて、僕初めて見た」
二人はランぺルージ家の弟妹という設定でいるため、二人はルルーシュに言われたこともあり互いに呼び捨てで呼び合っていた。
初めはぎこちなかったが次第に慣れており、今ではごく普通に呼び合えている。
ただ会話がなかなか長続きせず、おいしいですね、そうだねという台詞が繰り返されており、普通の家族の会話には見えなかった。
食事が終わると何とかこの微妙な雰囲気を払拭しようと、ナナリーが笑って言った。
「きのこのハンバーグはとても美味しかったですね。今度お兄様にお願いして、一緒に作ってみようかしら」
「でも、兄さんは忙しいよ。仕事が終わってからの方がいいんじゃないかな」
本当はナナリーに兄を取られたくないロロの言葉に、ナナリーは何となくその意図に気付いてしまった。だが口には出せず、ぐっとこらえる。
「僕が手伝わせて貰う量も増えてきたくらいだから、本当に大変だと思うよ」
「そう、そうね・・・今日だって急な呼び出しがあったものね」
意図はどうあれロロの言は正論だったため、ナナリーはそれを受け入れざるを得なかった。
そしていつも仕事で一緒のロロが羨ましくてならず、テーブルの下でぎゅっと拳を握っている。
「いいですねロロは・・・お仕事でお兄様をお手伝い出来て。私も早くお兄様のお手伝いが出来るようになりたいです。
私ずっとお兄様に守られてばかりでしたから・・・二人でやればもっと早くお仕事が終わりますものね」
ナナリーが羨ましくてたまらないとばかりに告げた台詞に、ロロは小さな声で呟いた。
「・・・じゃないか」
「え?何か言いましたか?」
「出来なくったっていいじゃないか!僕の仕事を取らないで!」
「ロ、ロロ?」
いきなり怒鳴られたナナリーは目を丸くすると、見ていたアルカディアはあーあ、とばかりにパソコン画面から顔を上げた。
「ナナリーはいつも兄さんと一緒にいるんだから、仕事の時ぐらい僕と一緒にいさせてくれてもいいじゃないか!
仕事がなくなったら僕、どうすればいいのさ?!」
「わ、私はお兄様のお役に立ちたいんです!それなのにどうしてそんな酷いことを言うの、ロロ?!」
突如始まった兄妹喧嘩に、周囲にいた者達は驚いた。
普段仲が良いと評判だっただけに、何があったのかと顔を見合わせている。
藤堂と千葉もすぐに気付いて、慌てて仲裁に入った。
「落ち着きなさい二人とも。ルルーシュ君はどうした?」
「ルルーシュならさっき急な仕事で飛んでったわ。
・・・そろそろかなとは思ってたんだけど」
やれやれとばかりにアルカディアが立ち上がると、二人を手招きした。
「ここで喧嘩したらみんなの迷惑になるわ。私の部屋を貸すから、そこで思う存分やりなさい」
「アルカディア殿、子供が喧嘩をしたなら止めるべきだ。それをけしかけるのはどうかと思うが」
藤堂が苦言を呈すると、アルカディアはひらひらと手を振った。
「世の中やらせた方がいい喧嘩ってのがあるのよ。
前々からお互いに言いたいことがある様子だったし、この際言わせた方がいいわ」
「それは一理あるかも知れんが、彼は・・・」
ロロが幼い頃から暗殺をさせられており、倫理観に難があることを知っていた藤堂がちらっとロロに視線をやると、アルカディアはロロに言い聞かせた。
「喧嘩は止めないけど手を出しちゃダメよロロ君。
あんたくらいの年の男の子は自分の力が思ってるより強いってことが解らなくて、相手に大ケガさせてしまうことが多いから」
なるほどうまい言い方だ、と藤堂が感心したが、それでも不安だ。
「エトランジュ様をお呼びしてはどうか?仲裁上手のあの方なら、この場を治めて下さると思うが・・・」
「この場は確かに治まるけど、その後また同じことになるわ。
こういった喧嘩の仲裁はあの子に向かない。もう少しあの二人が大人だったら、適任だったでしょうけどね」
それはどういう意味だろうか、と藤堂が首を傾げている間に、ロロは彼女の忠告に納得したのかアルカディアの後ろについていく。
「じゃー二人ともこっちにいらっしゃい。皆さんお騒がせしましたー」
アルカディアがナナリーの車椅子を押して食堂を出ると、藤堂と千葉は顔を見合せて食事を中断し、ルルーシュに知らせるべく食堂を出ていくのだった。
アルカディアが二人を連れて来たのは、アルカディアの部屋だった。
標準的なホテルのシングルルームより広い程度でベッドが置かれており、アルカディアは机の上にノートパソコンを開いて言った。
「じゃ、二人とも言いたいことあるなら言っちゃいなさい。
このままお互い不満を溜めてたままじゃ、ろくなことにならないわ」
アルカディアはそう言うと、まずナナリーに向かって言った。
「ロロ君はね、ナナリーちゃんがお仕事をするようになったら、自分はお払い箱になるんじゃないかって怯えてるの。
だから仕事を取るなって言っただけなの、解る?」
「そんな!私だってお兄様のお役に立ちたいんです。
どうして私が諦めなくてはいけないのですか?!」
ようやく兄の助けになれる力を得たと喜んだのに、どうしていきなり現れたロロに取られなくてはならないのかとナナリーは反論した。
「いつまでもお兄様のお世話になるだけなんて、私嫌です!
確かにロロは私の父があんなことをしたせいでお気の毒だとは思いますけど・・・でも、それとこれとは別です!」
「いいじゃないか、それでも!ナナリーは血の繋がった妹なんだから、ずっと一緒にいられるじゃないか!!
でも僕は違うんだ!頑張らなかったら、僕は捨てられるかも知れないのに!」
ロロの怯えたような声に、ナナリーもそれと同じくらいに怯えた声音で静かに言った。
「血の繋がり?そんなものが何の役に立つんですか、ロロさん」
「ナナリー?何の役に立つって、君はそれで兄さんの傍にいたじゃないか」
拗ねたように言うロロに、ナナリーは唇を震わせた。
「そうですね、傍にいただけです。そして役に立ったわけじゃないんです。
・・・妹というだけで私はお兄様のお荷物になっただけなんです・・・七年もの間、ずっとずっと!!」
バン、と車椅子の手すりを叩いたナナリーは、指先がしびれるのも構わずに続けた。
「私とお兄様がいた施設では、私のように身体に不自由を負ったせいで親に捨てられた子だっていたんです。
知っていましたかロロ・・・私の足を治すのに、普通のブリタニア人の平均年収の二倍お金がかかるんです。
お兄様は賭けチェスで危険な橋を渡って、それを用立てて下さったのです・・・それを危ないからやめろと馬鹿なことを言った私を助けるために、です」
「それだけ愛されてたってことを自慢するの?」
自分の知らぬ兄との過去を話されたロロは不愉快そうに、ナナリーを睨みつける。
「苦労しなくても愛されるなら、それでいいだろ!僕は動かないと兄さんから・・・!」
「お兄様はロロを愛してらっしゃいます!だってそうでしょう?誰だって自分の助けになる人間がいたら、好きになるに決まっているじゃありませんか!!
何の役にも立たない人間とどちらかいいかなんて、考えなくても解ります!!」
現にロロは兄の傍にいて一緒に寝たり風呂に入ったり、食べさせ合いっこまでしているのをナナリーは知っている。
そしてそれは兄にとって最大の愛情表現であることも、彼女はよく知っていた。
「私、お兄様のことをよく知っているつもりです。だからお兄様が何を言えば喜ぶか、どうすれば褒めて下さるか、解ってました。
だから私、その通りのことをずっと七年の間してきただけです。車椅子の上で笑っているだけでお兄様は喜んで下さるのですから、ロロと違って何の苦労もいりませんでした!」
だからナナリーは兄の言葉にだけ迎合し、兄の言葉を鵜呑みにし、疑問があっても口にすることをしなかった。
そのうちそれがもはや呼吸するのも同じになるほどになっていき、いつしかナナリーは兄から受ける恩恵を当然のものとして受け入れ、自分で動かなくても何もかもが満たされるという現状をおかしいと思わなくなっていた。
それどころかこのままでいれば兄の愛情を独占出来る、だから目も足も治らなくても構わないという醜い考えすらあった。
漏れ聞こえてくる兄の苦労を口にすれば兄が悲しむからと聞かなかったことにしてそれを本当に忘れ去り、兄に惹かれて兄の関心を引くために自分の周りに集まってくる同級生達の世話を受けることすらも、ナナリーは自分のためではないと知りながらも気づかないふりを続けてきたのだ。
「ロロが羨ましい。解ってます、今まで私が何もしてこなかっただけだと!でも、血の繋がりだけの家族関係なんて成り立たないんです!
それはクロヴィス兄様を殺し、コーネリア姉様を狙い、最後には父を殺そうとしているお兄様自身が証明なさったことですから・・・!
父はバカバカしい理由で私を捨てました。お兄様は絶対にそんなことはしないと解っています。でも、不安なんです・・・」
いつも独占していた兄との時間がロロのに割かれていくうち、初めは仕方ないと思っていたナナリーも、ロロが仕事を手伝ってくれた、ロロが買い物をしてくれた、と嬉しそうに口にするたび、本当は兄も楽になりたかったのではないかと思った。
時折朝目覚めたら、一緒のベッドで寝ていることすらある。
自分は女の子だからと、最近は眠るまで手を握ってくれるだけになったのに。
「ロロは男の子ですもの、大人になってもお兄様のお傍について、お仕事を手伝ったりすることが出来ますわ。
私はこれから文字を覚えて、基礎的なお勉強から先に始めないといけないんです・・・お兄様はいつもロロのことばかり。
解ってるんです、お兄様が頑張ってるロロを大事に思っていることは・・・」
「嘘だ!だって兄さんは僕にはナナリーのことばかり話すんだから・・・リバビリを頑張ってて偉いって、あの子には心配をかけてしまったって!
俺に何かあったら、助けてやってくれとまで・・・!」
ロロはナナリーが羨ましかった。
仕事が終わればナナリーの元に行き、リハビリの進行具合を聞いて彼女の手を握って眠る。
自分にもして欲しくて、ロロはナナリーが眠った後わざと兄を呼んでベッドにもぐりこむこともあった。
ルルーシュはナナリーは女の子だから一緒にお風呂に入れないから、お前と一緒に入れて楽しいと言われたこともある。
ナナリーの代わりに可愛がられているだけではないかと、何度も思ったことだろう。
だけど仕事だけは別だ。ナナリーはまだその段階になっていないのだから、ルルーシュの手伝いというテリトリーだけは奪われたくなかった。
「いつも兄さんに大事にされてるんだから、僕の役目まで奪わないでよ!」
「いつまでもお荷物では、お兄様の枷になるだけです!
私がお手伝いを出来るようになる頃には、ロロはもっとすごいことが出来るようになっているはずでしょう!
少しくらい私に譲って下さってもいいではありませんか!」
「嫌だよ、これは僕のだ!絶対渡さないからね!」
「この・・・泥棒猫!」
「泥棒猫・・・?え、それ何?」
聞きなれない罵倒の声にロロが眉をひそめると、この言い争いの中でも平気な顔でキーボードを叩いていたアルカディアが淡々と教えてくれた。
「泥棒猫って言うのは好きな人を奪った女性に対して言う言葉よナナリーちゃん。
まあ言いたいことは解るけど」
ロロもその説明でナナリーが自分を兄を奪った泥棒だと言いたかったことを理解し、ナナリーを睨みつける。
「・・・だって、兄さんが言ったんだもん・・・お前は俺の弟だって・・・!
愛してるって言ってくれたのは兄さんだけなんだから・・・兄さんのために頑張ることの何が悪いんだよ!」
「私だって頑張りたいのに、どうして貴方だけその機会を持っていくのですか?!」
涙を滲ませたナナリーとロロの叫びに、アルカディアがパンパンと手を叩いた。
「はい、二人ともその辺でやめなさい。どっちも正しいことを言い合っても、結論なんて出ないから」
「どっちも正しいって、どういうことですかアルカディアさん」
どちらかが正しいではなく、どちらも正しいと言いだしたアルカディアにナナリーが問いかけると、アルカディアは答えた。
「どちらも正しいのよ。お互い聞いてて解らなかった?貴女達のお兄さん、殆ど似たような行動を取ってるのよ。
ナナリーちゃんにはロロがいて嬉しい、ロロ君にはナナリーがいて嬉しいと言って、相手が喜ぶことをしてあげてる。違う?」
「だって、僕にはナナリーと同じことをしてくれなくて!!」
「当たり前でしょ、ロロ君とナナリーちゃんは違うんだから。
解りやすい話、藤堂中佐に化粧品をあげる人がいると思う?千葉少尉に髭剃り渡す人がいるかしら?」
「・・・・」
解りやすくはあったがシュールなたとえに、二人は沈黙した。
「ルルーシュはちょっと無神経なところはあったかもしれないけど、貴方達にナナリーちゃんやロロ君の話をした意図は解る。
貴方達に仲良くなって欲しかっただけなのよ。二人とも事情は違うけど特殊な環境にあったから、折りに話すことで解って貰おうとしただけで」
それが互いに嫉妬心を生むことになるとは、おそらくルルーシュには解らなかったのだろう。彼は異母の兄や姉がいるとはいえマリアンヌの長子であり、しかも年齢の離れた次兄クロヴィスにチェスで連勝するほど優秀だったと聞いている。
庶民出の皇妃の息子、と皇族貴族の中ではあまりいい扱いではなかったそうなので、出自以外で彼のことを口にすると身分の高い皇妃達は皆あからさまに不愉快になったとユーフェミアが言っていた。
つまり同じ年代の異母兄弟でルルーシュに敵う皇子皇女はいなかったわけで、かといって彼に勝る兄弟がかなり年が離れている以上、それと比べている時点でルルーシュの優秀さを示す行為にしかならない。
体力勝負を挑んでいればその限りではなかっただろうが、あのマリアンヌの子だから勝ち目なしと風聞を気にして避けていたのかもしれないとはルチアの言である。
「だからきっと、比べられたことがなかったんでしょうね。ルルーシュだって貴方達二人を比べてるつもりはないわ。
ただ貴方達の笑顔が見たかっただけで、望むものがそれぞれ違うものだったってことよ」
ナナリーはリハビリを頑張っているから、美味しいものを差し入れしよう。
少しずついろんなことが出来るようになって来たから、それに合わせて環境を整えてやらなくては。
ロロは愛されることに慣れていないし社会常識も解ってないようだから、いろんなことを教えよう。
いずれロロはナナリーよりも早く社会に出ることになるだろうから、困らないようにいろんなことをさせて経験を積ませよう。
二人にとって一番ためになることを客観的に見ても実行していると言うアルカディアに、二人は頭では解っているが納得出来ないと頬を膨らませた。
「お風呂だって、前はお兄様は一緒に入ってくれたのに今は全然・・・ロロは大浴場でお兄様と入れるのに」
「・・・そりゃ女風呂に入ったらいくら女性に人気の高いルルーシュでも捕まるからね。その逆はルルーシュが死んでも認めないだろうし。
使ってる医療ルームのお風呂は看護師がいるからゼロだって入れないわよ」
現在ナナリーはボランティアの女性と一緒に、大浴場で入浴することが多くなっている。
浴場の前で分かれて入浴し、ロビーで待ち合わせて部屋に戻ると言うのがパターンになっていた。
その前は医療ルームに付属している風呂に看護師がおり、そこで入浴していた。
はじめ妹の世話は自分が、と申し出たのだが、この看護師はこれまで妹の世話を何もかもしていたと聞いて逆に同情し、年頃の女の子は男性に世話をされることを気にするものだから任せて下さいと、親切心でルルーシュを追い払ってしまった。
実際アルカディアやエトランジュ、C.Cも“普通は”そうだと答えたため、ならばナナリーも気にしてはいたが気を使って言えなかったのかと反省し、今に至っている。
普通より仲の良すぎる兄妹の感覚の差が生んだ悲喜劇である。
「兄さんはナナリーを頼むとか、ナナリーの好物ばかり作るし・・・!」
「そりゃ君が何がいいと聞いても何でもいいと答えるからでしょう。
『兄さんの作るのは何でもおいしい』と言ってくれるから作りがいがあると、それはもう嬉しそうに言ってたわよ」
何でもいいのならナナリーがリクエストしたものを作っただけのことで、ロロがリクエストしたのならルルーシュはそれを作っただろう。
ここでも兄におねだりする事に慣れているナナリーとロロの差があったのだ。
「・・・二人が不安になるのは解るわ。ナナリーちゃんは血が繋がってるけど、それだけしかない。
ロロはルルーシュの役に立ってるけど、血の繋がりがない。
どちらも危ういものだって思ってるんでしょうね。でもよく考えて?
ルルーシュはあんなバカ皇帝みたいに身勝手な理由で貴方達を捨てる人かしら?」
「いいえ、違います」
「兄さんはそんな人じゃないと思う・・・」
「解ってるじゃないの。でも貴方達は不安でルルーシュの役に立ちたいと言っている。
どうしてだかも解るわよ、私自身身に覚えがあるからね」
クスクスと笑うアルカディアにえ、と二人が俯かせていた顔を上げると、アルカディアははっきりと言った。
「ルルーシュの関心を自分に向けたいんでしょ?
ナナリーちゃんは突然現れたロロ君にお兄さんを取られたと思ったし、ロロ君はナナリーちゃんにいずれお兄さんが戻っていくと思ってる・・・違う?」
「「・・・・」」
沈黙こそが正解だと告げていた。
「でもそれは間違いよ。ついさっきも言ったけど、二人の接し方に違いがあったのは貴方達が違う人間だからで別に愛情の増減があったわけじゃないわ。
もし二人ともに全く同じ態度を取っていたら、そりゃルルーシュの方がおかしいわよ」
むしろ自立させようと頑張っているルルーシュは成長したとすら言えるだろう。
以前のルルーシュならロロにすら何もかもを提供して、仕事のしの字も覚えさせることなく溺愛したであろう。
「全く貴方達三人とも、似た者兄妹ね。
ルルーシュはナナリーちゃん達が自立していくのを嬉しいと言いながら寂しがってたんだから」
ルルーシュも、あのバカ皇帝に捨てられてから自分の存在価値を見出したかったのだろうと、アルカディアにも想像はついた。
誰だってありがとう、貴方のお陰です、貴方を愛していると言われれば嬉しいように、ルルーシュもまた愛されたかっただけなのだ。
「・・・僕は普通じゃないんです。兄さん以外のところで生きていく自信なんてない!
だから兄さんに認められて愛されていればそれでいいんです」
ここに来てからずっと、ロロは周囲の人間と感覚が違うことにすぐに気付いた。
ギアス嚮団では誰かが突然いなくなることなど日常茶飯事だったが、黒の騎士団や基地内では誰かが死ぬとみんなで集まって葬式を行い、涙を流して見送る。
推理ドラマを見ていてさえ、推理を楽しむだけで犯人の動機を揃ってそんなくだらない理由で人殺すなよ、と呆れる者達の傍らで、ロロは自分にとっては何ら意味のない殺しを続けていたために何故そう言うのかすら解らなかった。
「今度のことだって、アルカディアさんはバカバカしいって思ってるんでしょう?
ナナリーもそうだから我慢しろって言うんですか?」
「私そんなこと言った覚えはないわよ?話は最後まで聞こうか。
ブリタニア人の悪い癖よ」
ぴしゃりと叱りつけたアルカディアだがそれでも笑みは崩さなかった。
「言ったでしょ、身に覚えがあるって。たぶん大概の兄妹ならそうでしょうね。
リハビリルームでも兄弟がいる人がいるでしょうから聞いてみなさい。『お父さんやお母さんの愛情を自分一人に向けたくて、兄妹に嫉妬したことがありますか』って。
賭けてもいいわ、ほぼ全員がイエスと答えるはずよ」
「・・・え?」
驚いたように目を見開くナナリーとロロに、アルカディアは自身の経験を語った。
自分には双子の姉がおり、幼くして病気になったこと、そして地下にこもるようになり、親はそんな姉を憐れんで頻繁に世話をしていたのだと。
「エドとはそりゃあ仲がよかったんだけど、それでも嫉妬したものよ?
でもエドはエドで外で勉強してマグヌスファミリアで一番の成績を維持し続けて将来を期待された私が羨ましかったと言ってたけどね。
誰だってそうよ、みんな他人が持ってるものは綺麗に見えるの。さっき言い合いして解ったでしょ?」
ナナリーは世話を焼かれる己を恥じていたがロロはそれが羨ましいと言い、ロロは兄の役に立つことでしか愛されるすべがない(と思い込んでいる)のに、ナナリーは兄の役に立って感謝されているのが羨ましいと言う。
「だって兄さんは僕がしている仕事なんか片手間に出来てるくらい凄いんだ。もっと頑張らないと・・・!」
つまり、ロロの考えはこういうことだった。
今ルルーシュがしている仕事を百と考えると、ロロが手伝っている仕事はそのうちの20ほどでしかない。
ナナリーが成長すれば少しずつその割合が増えていくことになり、ロロの負担が10や5とだんだん減っていくのではないかと思っているのだ。
「だから今している仕事だって早くこなさなきゃいけないんだ。
ナナリーに任せてたら兄さんみたいになれないじゃないか」
「貴方、ルルーシュに追いつくつもりだったの?」
驚いたように尋ねるアルカディアにロロが当然のように頷くと、アルカディアは手を何度も横に振って制止した。
「貴方のお兄さんはゼロだということを差し引いても、普通じゃないのよ。
きっとロロ君、さっさと仕事を終わらせてるルルーシュを見てあれが普通だと思ったんでしょうけど、参考にはしてもいいけど模倣するべきものじゃないわ。
だから兄さんみたいになれないのがおかしい、ナナリーちゃんも文字とか覚えたらあっという間に追いつくんじゃないかなんてあり得ないわよ」
天才と比較して自分は出来ないと嘆くことほどバカバカしい行為はないというアルカディアに、己の不安の理由を見事に当てられたロロは驚きつつも少しほっとした。
そしてナナリーは、子供の頃自分の方が体力が優れていたことを思い出した。
そう、兄妹といえども、外見でさえ自分は兄と余り似ていないのだ。
優秀な兄を持つナナリーはそれすらも劣等感を刺激されていたのだが、そもそも兄と比べることが十六歳で大学に入学した人間ですら凡人になると言われては、確かに諦めるしかないだろう。
「でもルルーシュだって出来ないことはある。だからこうして黒の騎士団を創って、ゼロとしてみんなの協力を取り付けたわ。
ルルーシュがロロに仕事や勉強を教えたのは、自分が出来ることや得意なことが何かを見つけさせる・・・言わば自分探しの旅をさせてるだけよ。自分の負担も減って一石二鳥、さすが無駄のない策を考えるわね」
そしてそれはナナリーも同じことで、文字を覚え身体が自由に動くようになったら次は彼女の番だというアルカディアに、ナナリーとロロは顔を見合せた。
「貴方達はまだ子供なんだから、ついていくことなんて考えずに甘えていればいいのよ。
仕事の邪魔をするほどだと困るけど、自分が出来る範囲のことをしていけば自然と出来ることは増えていくもの。
今は非常時だから、自分がやらなきゃ、頑張らなきゃって考えてる子が多いから、必死になる気持ちは解るけどね」
エトランジュも十二歳で王位につき、その年齢に似合わぬ苦労を重ねてきた。
それを見た彼女の同級生や従兄妹達もそれに釣られるように積極的に学び、仕事をするようになっていたから。
それを考えると、目の前の自分達が普通じゃないと言うナナリーとロロのどこがおかしいのかと、アルカディアは思う。
育ってきた環境が普通じゃないだけで、この二人はどこにでもいるただの兄妹だ。
「少しくらい肩の力を抜いて、甘えてもいいのよ。
貴方達は自分の愚痴を口に出せば喧嘩になるって解ってたから言わなかったんでしょ?それが理解出来ているというのはいいことよ。
でもそれもいつか限界が来るわ。だから今回思う存分言い合えと言ったの。
ケンカのやり方を知らないまま大人になると、大人になった時かえってトラブルのもとになるからね」
マグヌスファミリアでは兄弟や従兄妹が多い分、普段は仲が良いといえど喧嘩はそれなりの頻度で起こっていた。
玩具の取り合いや人気のある兄姉・従兄姉の取り合い、何をやって遊ぶか、約束を破っただの、兄弟喧嘩の理由は他国と大差ない。
アルカディアが二人の口論にも動じず涼しげにキーボードを叩いていたのも、あれくらい弟妹や従兄妹達の喧嘩に比べたら大人しいものだったからである。
大家族出身者なら身に覚えがあるだろうが、彼女はそう言った意味で聴覚が麻痺していた。
「ちゃんと話は聞いてるし、互いに会話のキャッチボールが出来てるし・・・初めての喧嘩にしては上出来上出来。
七年前なんか兄妹が多い分互いに派閥作って言い合いするし、相手の言い分聞かずに怒鳴るし、物は投げるし酷くなると取っ組み合いになるし・・・」
どこか遠い目で語るアルカディアに、自分達の口論が醜いものだと思っていた二人は後で叱られるのではと恐々としていたが、どうやら“まだマシなケンカ”の部類に入ると知って顔を見合わせている。
「私なんか従兄妹の中でも上の方にいるから、しょっちゅう止めに駆り出されてねえ・・・上の従兄二人は勉強を理由に逃げるし、エドは地下から出られないし。
すぐ下の弟は喧嘩っぱやいから止めるどころか煽りにかかる始末で・・・エディは喧嘩を嫌うから、あの子と一緒によく止めたものよ」
どうやらマグヌスファミリアのトラブルシューターの的確さは、子供の頃から培われたものらしい。
いつも家族仲がいいと聞いていただけに、喧嘩した時の凄まじい様相に二人は驚いている。
「でも、みんな仲がいいってエトランジュ様はおっしゃってました」
「仲直りと言う言葉が世の中にはある。
子供のうちは喧嘩して仲直りというループが繰り返されて、大人になったら喧嘩にならないよう調整しているだけよ」
そういえばアッシュフォードにいた頃、同級生が兄や姉と喧嘩した、と愚痴っていることがあった。
しかし喧嘩をしても翌日には一緒に買い物に出たり食事をしたりしていたので、そんなものなのだろうかと思う。
「喧嘩するほど仲がいいってことですか?」
「そんなところね・・・だからこういう喧嘩は大いに結構。ただ手を出す喧嘩だけは絶対にダメ。
幼児のうちは多少の取っ組み合いをしても頭を打つとかそういうのにだけ大人が注意してればいいけど、十代半ばになると話は別よ。
さっきロロ君には言ったけど、自分で思っているより男の子は特に力が強くなってくる年頃だし、ナナリーちゃんは長年足が使えなかったせいか普通の女の子より腕力がそこそこあるからね。
軽く突き飛ばしたつもりが思い切り体を飛ばして頭を打ったなんて話もあるから」
「それは怖いです・・・解りました」
「僕も・・・手は出しません」
二人が改めて手を出さない喧嘩をしようと肝に銘じていると、アルカディアはさて、と席を立った。
「これでつまらない説教はおしまい!ちょっとはすっきりしたかしら」
「そうですね、胸が楽になった気がします。
私自分がお兄様に大事にされてるから、それをお返しすることばかり考えてました。
そうですよね・・・ロロだってお兄様に受けたものを返したいですよね」
「僕は・・・兄さんから愛されていればそれで・・・」
ナナリーの代わりだと思いこんでいたロロだが、ナナリーとは違うからこそ愛し方が違っていただけという説明に納得した。
普通は大人になったら保護者から巣立っていくものだからそのための力を与えようとしただけで、本当は弟妹離れをされて寂しいけれどそれをこらえていたのだとも。
だから髪を撫でたりキスをしたりという過剰なスキンシップになっているんだろうなと、アルカディアは呆れた様子で教えてくれた。
それにちょっと嬉しくなったロロとナナリーだが、初めての喧嘩に兄に知られたらどうしようと、顔を見合せた。
「でも、喧嘩なんかしちゃって兄さん怒ってないかなあ?」
「そうですね、ロロ。あの、お兄様には今回の件は内緒にして貰えませんか?」
もう嫉妬なんかで喧嘩しませんから、と別に示し合わせたわけでもないのに同時に言い出した二人に、アルカディアは内心で笑いながらいいわよと了承した。
実際は藤堂がルルーシュに報告しており、慌てて飛んでこようとした彼をエトランジュのギアスで止めてことの経緯を聞いていたりするのだが、それは言わぬが花である。
「その程度で怒ったりはしないと思うけど、貴方達が言うなら二人だけの秘密にしなさい。
今度また言いたいことがあるなら、喧嘩場所を提供してあげるわ」
「ありがとうございます!ほら、ロロもお礼を言って」
「ありがとうございます、アルカディアさん」
ナナリーに指示されて若干不愉快そうではあったが、御礼はきちんとするようにと兄から言われていたロロは頭を下げた。
と、そこへドアがノックされる音がしたので三人がドアに視線を集めると、エトランジュの声がしてドアが開いた。
「アルカディア従姉様、厨房の方からお夜食の準備が整ったのに従姉様が来ないと連絡があったのですが」
「ああ、そうだったわね。今行くわ」
アルカディアがエトランジュに目くばせすると、エトランジュは頷いたのを見て部屋から出ていく。
ナナリーとロロは仲裁してくれていた人物が急にいなくなったのでどうしていいか解らずまごまごしていると、エトランジュが言った。
「あの、ごめんなさい。実はずっと外で聞いておりまして・・・」
立ち聞きしていたというのは嘘で実際はギアスで聞いていたのだが、エトランジュの言葉に大きな声で言い争っていたのだから無理はないとナナリーは顔を真っ赤にさせた。
「あの、怒ってるわけじゃないですし、誰も他には聞いてないので安心して下さいな。
さしでがましいと思ったのですが、いい方法を思いついたので参考になればと思うのですが」
いつも的確なアドバイスをしてくれるエトランジュの案と聞いて、ナナリーは期待の眼差しで彼女を見つめた。
「ロロさんはルルーシュ様のお仕事を、ナナリー様は家事のほうを担当するというのはいかがでしょう?
ナナリー様の足がもっと動くようになれば、掃除や洗濯などリハビリにもいい作業が出来るようになるでしょう。
家事はやってみれば解るのですが、けっこう重労働なのです。ルルーシュ様もお仕事の後にお掃除や洗濯などをしていますが、三人分となると大変だと思いますから、まずはそうですね・・・お皿洗いから始めればよろしいかと」
手分けをして物事に当たるのは当然ではないかと言うエトランジュの案に、言われてみれば黒の騎士団のほうで兄の役に立とうとしていたナナリーとロロには盲点であった。
特にナナリーは女の子なのだから家事は憶えておいて損はないはずで、兄のように美味しいお菓子を作ってみたいと思っていたこともあったナナリーはさすがはエトランジュ様と目を輝かせる。
「そうです、そうすればよかったのですわ!
リハビリと言えば訓練所ばかりに通うだけではありませんものね」
ルルーシュがリハビリで疲れているからと家事をしていることに疑問をもたなったナナリーは、やはり自分は甘えてばかりで考えていないと反省した。
「ロロさんは仕事を覚える方に専念なさればよろしいでしょう。ルルーシュ様のお仕事は多いですもの、学ぶことも多いはずです。
出来ることを増やしていけば、ルルーシュ様も喜んで手伝ってほしいとおっしゃることでしょう」
今は20の仕事しか出来なくても、30、40と増やしていけばその分時間が空き、家族で過ごせるはずだと言うエトランジュに、ロロは頷いた。
「家族風呂と申しまして、数人の家族で入れる貸し切りのお風呂があるんです。
日本人の方はお風呂が大好きなので人気なのですが、申し込めば一時間半だけ水入らずの時間が過ごせますよ」
通常年頃になれば兄妹といえど一緒には入らないものだが、兄が一番なナナリーはそんなものがあるのかと喜び、ロロは兄がナナリーと二人きりは嫌だが自分も入れるのならと承諾した。
「では申込用紙を置いておきますので、希望日時をルルーシュ様とも相談のうえ記入して提出して下さいね」
喧嘩はしたほうがいいこともあるとアルカディアは言うが、エトランジュはどうも苦手なので何とか収めようといろいろ考えていたようだ。
こうしてある程度折り合いをつけたところで家族風呂の申込用紙を手にした二人は、今回の件は兄には内緒という秘密とともに、自分達の部屋へと向かうのだった。
その頃、アルカディアの部屋の横にあるジークフリード父子の部屋では、エトランジュのギアスを通じて聞いていた二人の会話に落ち込んでいた。
近くには焼きおにぎりを頬張りながら、クライスが椅子に座って面白そうにことを見守っている。
少しぶつかった方がいい、こじれないようにするからとアルカディアに言われたがついこちらに足が向いてしまい、クライスに俺らの部屋にいろと強制的に放り込まれたのである。
《秘密って二人の絆が強くなるきっかけなんだから、絶対に知られてると悟られないでよ?あんたに嫌われたくないが故なんだから》
《解っている!それくらいでナナリーとロロを嫌いになどなるか》
《解ってんならいいけど・・・家事がしたいとナナリーちゃんが言ってきたら、快く了承してあげなさいよ?》
アルカディアは実家での習慣からついつい兄弟喧嘩のトラブルを見過ごせずに口を出してしまった。何せこの手のことにルルーシュは全く不得手なので、二人の仲が余計にこじれる可能性が高い。
ルルーシュも普通を知らない己としては彼女のお節介をありがたく思っており、丸く収まったことに心底安堵している。
今後二人の喧嘩について報告はするが知らないふりをするようにとの指示に、ルルーシュは自分が原因のようだから妥当だと理解したものの、やはり落ち込んでしまった。
「まあ落ちつけよ、喧嘩したってこじれさえしなきゃ仲直りするさ。
血縁がないとはいえ兄妹なんだから、あの二人もいつか協力して何かすることだって出てくるだろーし」
クライスがそう慰めると、ルルーシュは目を見張るほどに成長をしているナナリーとルルーシュを思い浮かべて、苦悩しながらも頷いた。
そしてそのクライスの予言は的中した。
しかも割と早い時期で。
後日、ナナリーが家事をしたいと言い出したのでルルーシュは打ち合わせ通りそれを受け入れ、彼女に家事の仕方を教えた。
初めは一人で危ないからと兄が手伝っていたが兄を手伝うための家事が兄を煩わせてはいけないと必死になって覚え、後片付けや材料の下ごしらえくらいなら出来るようになっていた。
療法士の女性も教えてくれるので順調に行っているとナナリーが満足していたある日のこと、その女性が兄に向って誘いをかけているのをロロと一緒に目撃した。
「あの、基地で今度映画の上映をするそうなんです。
ペアチケットが二組福引で当たったので、ナナリーちゃんとロロ君を誘って一緒に行きませんか?」
二人で誘うと断られるというのはこれまで玉砕した女性達を見て学んでいたらしく、ルルーシュの宝物ごと誘うという実に的確な作戦であった。
案の定ナナリーとロロも楽しめそうだと思ったルルーシュは、それならぜひと受け入れてしまった。
「いいですね、お誘いありがたく思います」
「上映会の後はグッズも売られているそうなんですよ。
ルルーシュさんはちょっと興味がないと思いますが、ナナリーちゃんやロロ君なら喜びそうな物で・・・二人が買い物している間はぜひお茶でも」
療法士をしているだけあってルルーシュが弟妹を自立させようとしていたことを知っていた女性の誘いに、ルルーシュは悪くないなと考えている。
それを見てとった二人は、そっと視線を交わした。
無言のうちに、共犯者の誓いが成立した。
「・・・本日はありがとうございました」
「ええ、こちらこそありがとうございます。ロロとナナリーもすごく喜んでいました」
ルルーシュが満足そうに礼を言うと、ロロとナナリーも満面の笑みを浮かべてそれに倣った。
「本当に楽しかったです!ねえ、ロロ」
「うん、そうだね。三人でお揃いのペンダントも買って貰ったし」
ぎゅっと兄の両脇を占領した弟妹の嬉しそうな声に、ルルーシュの顔も緩みっぱなしである。
療法士の女性は弟妹付きデートを映画ではなく、その後の喫茶店で距離を詰めるプランだった。
ナナリー、ルルーシュ、自分、ロロ、自分の順で席に座ろうと思っていたのに、この兄妹は自然にナナリー、ルルーシュ、ロロ、自分の順に座ったのである。
端がナナリーなのは彼女がまだ車椅子で移動することがあるので当然だったが、さっさと自分をお先にどうぞと奥に座らせ、弟妹は兄の両脇に陣取った。
しかも兄にポップコーンをあーんと食べさせたり、アクションシーンなどになるとぎゅっと二人して兄に抱きつくなど自分が取りつく島など微塵もなかった。
しかしお目当ては二人きりの喫茶店だと燃えていたのに、お揃いのグッズが欲しいとねだりだし、喧嘩をしていたことを知っていたルルーシュは二人が仲良くなってくれたと大喜びでそれに付き合ったのでお流れになったのである。
「ありがとうございます先生。また四人でぜひ来たいですね」
「そうだねナナリー。四人でね」
言外に兄と二人きりは阻止してやると言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
(ナナリーちゃんとロロ君結婚出来るのかと言ってた人がいたけど、ルルーシュさんのほうが難しい気がして来たわ)
呑気にお前達は先生が好きなんだなと見当違いに笑っているルルーシュが、どことなく気の毒になった女性だった。
それからルルーシュは、ナナリーとロロがこっそりと二人で話しているのを時折見かけるようになった。
何をしているかは不明だが、自分には秘密にしているようなので寂しさを感じたもののかつてナナリーに内緒でスザクとのサインや秘密基地を造っていた過去を思い出し、子供とは秘密を持ってしかるべきだと考えて遠くから見守ることにした。
ナナリーとロロが最近仲がいいようだ、やはり口を出さないようにしてよかったとアルカディアに報告するルルーシュにアルカディアは何も言わなかったが、クライスに一言愚痴っていた。
「何てめんどくさい一族なのかしらブリタニアは・・・」
ルルーシュがいいなら何も言うことはないとアルカディアは疲れた顔で溜息をつき、来るべき日本解放に向けてPC画面に視線を移してキーボードを叩くのだった。