挿話 優しい世界を踏みしめ ~開眼のナナリー~
十一月初頭、黒の騎士団後方支部の病院の一室で、ベッドに横たわったナナリーの手をルルーシュがしっかりと握りしめて真剣な顔で言った。
「ナナリー、いよいよ手術だ。
もうすぐ麻酔をかけに麻酔科医とラクシャータが来る」
「・・・はい。私、頑張ります」
足の手術だが神経装置を埋め込むのに時間がかかるため、全身麻酔で行う。
三日ほどは経過を見て、その結果でリハビリを始めることになっていた。
ナナリーは手術が怖かったが皆の助力でここまで来た以上弱音を吐くまいと、ベッドの上で施設の子から贈られてきた千羽鶴を撫でてその時を待っていた。
「手術のために食事は抜いているから、お腹が空いているだろう?
許可が出たら許されている食材の範囲内で、お前の好きな物を作るからな」
「ありがとうございますお兄様。ラクシャータ先生は医療サイバネティックスの 第一人者だとアルカディア様がおっしゃっていましたから、安心です」
妹の手を握り締めて励ますルルーシュに、ナナリーは笑みを浮かべた。
「足が治って、日本解放が成ってマグヌスファミリアの方が自由に来れるようになったら、ギアスでお前の眼が治るか確かめてみようとエトランジュ様がおっしゃっていたぞ。
あの男の馬鹿な所業がお前を苦しめていたが、光明が見えてきたな」
ナナリーが一人でいる時は不安そうにしていたことを知っていたルルーシュは、怯えはあっても頑張ろうとしている姿を見て必ず目も治してやると心に決めた。
と、そこへアルカディアの笑い声が、室内に響き渡る。
後ろにはさすがにいつも吹かしているキセルを手にしていないラクシャータと、白衣を着た麻酔科医がいた。
「陣中見舞いに来たんだけど、元気そうで良かったわ。
エディも来たがってたんだけど、ちょっと用事で外せなくてね」
「エトランジュ様もお忙しい方ですから、お気になさらずに。
エトランジュ様も各国の話し合いや調整で大変だと伺っていましたのに、折りを見てはギアスで視覚を繋げて、文字とか教えて下さるんです。
七年前のことでうろ覚えでしたから・・・・」
ナナリーはごく幼い頃から兄や兄の家庭教師について早い段階で読み書きを教わっており、七歳にしては比較的多くの単語を覚えていた。
しかし光を失って以降は文字を覚えて書くよりも点字の方が主流になっていたため、今ではせいぜいアルファベッドと名前と日常単語くらいしか記憶にない。
「可愛いイラストなんかも見せて下さったり、日本語も教えてくれるって・・・早くエトランジュ様にお願いしなくても自分で見れるようになりたいです」
「日本語、ねえ・・・ハードル高いと思うわよ?
何せエディですら未だに格闘してるくらいだからね」
言語のエキスパートなエトランジュでも、日本語は実に難しい。
何しろ漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字と覚える文字が大量にあるだけでも大変なのに、漢字とひらがなの組み合わせ、敬語や謙譲語の使い分けなど日本に来た当初に少々覚えるだけでもアルカディアは泣きたくなったものだ。
「中華語が出来るんだから、漢字は楽だったんじゃないの~?」
ラクシャータが尋ねるとアルカディアは小さく溜息をついて否定した。
「逆にそれが曲者で・・・あっちは簡略化されてる漢字を使ってたり、果ては日本と意味合いが違う漢字があったりで、混乱したことも多かったみたい」
たとえば“手紙”は日本では相手に送る便りのことだが、中華語では“トイレットペーパー”になるし、“暗算”は日本では頭の中で計算することを指すが、これが中華語だと“騙し討ち”や“陰謀をたくらむ”といった意味になる。
漢字は中華から入って来たと聞いていたエトランジュは、間違えて使ってしまうことが今でも多い。
「そういえば『ゼロは暗算が得意なテロリストだと、ブリタニアの人達が噂していました』とエトランジュ様が藤堂達に言ってたことがあったな・・」
アルカディアがトリビアを披露すると、ルルーシュは確かに得意だが何故に暗算が得意なことが噂になるのだろうとみんなで首を傾げたことを思い出した。
「よし、俺に任せろ。ちゃんと基礎からしっかり教えてやるからな」
「ありがとうございます、お兄様。あの・・・・もう時間なのですね」
「そうよ~、でも大丈夫。絶対成功させたげるから・・・お兄さんは外に出てね」
ラクシャータに促されたルルーシュは、最後に妹に言葉をかけた。
「ナナリー、頑張れ。待ってるからな」
「大丈夫ですわお兄様。私、戦争に行くわけではないのですから。
お兄様こそ手術の間しっかりお仕事をなさって下さい」
逆に仕事を頑張れと言われたルルーシュは強くなった妹に、ルルーシュはこれなら大丈夫だと部屋を出て行った。
麻酔科医が準備を行っている音が響くと、ナナリーはベッドに改めて横になりながらラクシャータの質問に答えていく。
「気分は大丈夫なのね?今どんな感じ?」
「・・・とても、胸がいっぱいです。私、全然怖くないんです」
みんなが大丈夫、頑張れと言ってくれたから。
自分の眼は精神的なものではなく、ギアスによるものと聞いた時はもう治らないのかと思ったけれど、エトランジュがギアス能力者を当たってくれると言ってくれた。
「みんな、優しい人達・・・私、歩けるようになったらみんなから受けた優しさを返しに行きたいんです」
「そう、その様子なら乗り越えられるよ。じゃ、そろそろ麻酔かけるからね」
麻酔科医が失礼する、と言ってナナリーの腕に点滴針を刺した。ちくりとした痛みが腕に広がったがすぐに納まり、後はゆっくり眠るのを待つだけだ。
「眠くなったらすぐに寝ちゃいなよ?我慢はだめ。
あんたくらいの年だとたまーにいるんだよね、麻酔かけられたらどこまで我慢出来るかとか考えて試そうとする子」
「ふふっ・・・私すぐ寝ちゃいますよ」
緊張をほぐそうと笑い話をしてくれるラクシャータの心配りを嬉しく思いながら、ゆっくりとナナリーの意識が薄れて行くと同時に英語でも日本語でもない発音の歌が、ナナリーの脳裏に静かに響き渡る。
歌詞は解らないけれど、優しい綺麗な歌声。
(ああ、何て綺麗な・・・うた・・・)
幼き頃に過ごしたアリエスの宮殿で、兄が自分のケーキに乗っていたイチゴを食べさせてくれた光景がはっきりと思い浮かぶ。
それを最後に、ナナリーの意識は途切れた。
麻酔により眠ったナナリーは気道確保をされた後、ストレッチャーで手術室に移された。
手術室の前まで妹を見送ったルルーシュは、手術室に向かうラクシャータに必死で念を押している。
「ナナリーを頼んだぞ!いや、ラクシャータ・・・先生はもちろん信頼しているが、そう言う問題ではないと言うか、そう、信頼と不安はセットではない!」
「解った、解ったから落ち着いたら?
そりゃ手術ともなりゃ、信頼しているからと言って手術する子の心配しないってほうがおかしいのは解ってるから」
ナナリーの前では彼女に不安が伝播しないようにと立派な兄の仮面を被っていたが、いざ妹が手術室に入った途端にこれかいとアルカディアはラクシャータからルルーシュを引っぺがし、ピザをパクつきながら様子を見にきたC.Cに彼を任せることにした。
「ちょっと、このシスコンの面倒よろしく。
私はこれからナイトメア整備に行くから。待つのもいいけど、落ち着いてね」
「解った、このシスコン坊やは私に任せろ。全く予想通りの行動をする男だな」
妹さんはこっちに任せなよ、とラクシャータが言い残してさっさと手術準備室に入っていくと、C.Cは手術室の上のランプが灯ったのを見て始まったようだなとルルーシュの横に腰を下ろした。
アルカディアもナイトメア整備のために、その場を歩き去っていく。
「お前、ナナリーから仕事をしっかりしろと言われてるだろ。待っていても何の生産性もないぞ?
私がここで見ていてやるから、仕事したらどうだ」
「解っている!手術時間は約四時間、ただでさえ前倒しになった日本解放戦の準備のためには無駄に出来ない」
藤堂達は今日がナナリーの手術の日だと知っているから何も言って来ないが、好意に甘えるわけにはいかない。
ルルーシュは手術室前のソファから立ち上がると、再度手術室の灯りを見上げた。
「ナナリー・・・待ってるからな。
無事に回復したら、お前の大好きなイチゴのケーキでお祝いをしよう」
ルルーシュはそう言い残して足早に自室に戻ると、ロロがベッドに座ってじっと折り鶴の形をしたストラップを見つめていた。
「あ、兄さん。ナナリーの様子を見てなくていいの?」
「ああ、ナナリーからも仕事しろと釘を刺されたからな。C.Cが代わりに見てくれるそうだ」
「そ、そう・・・」
「俺は今から仕事に行くが、お前も手伝ってくれないか?
仕事と言っても、お茶やお菓子を出したりするだけの簡単なものだが」
ゼロバレして以降、ルルーシュは藤堂達の前では割と仮面を外すようになった。
会議の間でもそうなのだが、会議が長引くと気を利かせた団員がノックをしてからとはいえお茶を持ってきてくれるので、どうせならゼロの正体を知っている者に任せる方がより安心である。
「うん、僕やるよ。兄さんが作ったお茶菓子でいいんだよね?」
「ああ、お前も上手に紅茶や緑茶を淹れられるようになったからな。では行こうか」
ルルーシュは一度自室からゼロ変身セットを持って幹部達のエリア近くまで移動すると、トイレでゼロスーツに着替え、着ていた服をロロに持たせてロロと共にやって来た。
「待たせたな。さっそくだが作戦会議に入る」
「おう、待ちくたびれたぜゼロ」
へっへーんとさっさと席に座ってのんきな声をかけてきた玉城を軽く無視したルルーシュが席に着くと、先に入室していたエトランジュと藤堂と四聖剣、特区から出てきたディートハルトは頭を下げて、同じように座った。
ロロは申し訳程度におじぎをした後、兄の隣に無表情で腰掛ける。
ナナリーの手術が今日だと聞いていた藤堂達は自分達だけでやろうと思っていたが、先ほどエトランジュから待つのは時間の無駄なので会議に出ると聞いてなるべく早く済ませようと打ち合わせ済みである。
「日本解放戦まであとわずかだ。出来れば十二月・・・遅くとも一月には始めたい。
予定では四月に決起するつもりだったが、予想外に特区がうまく行き過ぎた上に中華やEUではブリタニアの動きが活発になって来たからな」
表向きにはそう取り繕って日本解放を推し進めるルルーシュの言葉に皆頷いて同意すると、ディートハルトが報告した、
「工業特区ハンシン・オオサカではそれに向けて乾電池などの増産を行っております。
ですがエナジーフィラーの六割は現在交戦中のEU方面へ提供するようにコーネリアから指示が出たようで、ユーフェミアも従わざるを得ず幾度かに分けて供出するようなのですが・・・」
もちろんそれは綺麗に“特区日本の製品がブリタニアに認められ、エリア外に輸出することになりました”と取り繕って報道された。
日本のための製品がブリタニアの侵略のために使われるとあっては、日本人はさぞ不愉快に感じていることだろう。
「コーネリアめ、特区の利益を削る策に出始めたな。
エネルギー源関係のことは、どれほど些細なことでも逐一報告しろ。」
「承知いたしました」
ディートハルトの報告では、コーネリアは特区法を新たに改正して、特区の利益をブリタニアに戻そうとし始めている。
彼女に命じたのはあくまでも日本人対する死刑や虐殺をやめろということだったので、それ以外の行動は自由に取れる。
特区がルルーシュとナナリーを保護するためにユーフェミアが造ったものとはいえ、日本人に余計な利益を与えることを彼女は恐れていた。
日本人の背後にゼロであるルルーシュがおり、彼がこれ以上ブリタニアに打撃を与えて庇いきれなくなることを防ぎたい彼女は、特区にルルーシュがいたので何がしかの関与をしているのではないかと的を射た推測をした結果の行動である。
ただいったん利益をブリタニアに戻した後はそれを使ってゲットー整備をするからと妹に言い聞かせたようで、妹に嘘は言わないコーネリアはしっかりと政庁が行う事業だと宣伝してゲットー整備を行うと発表していた。
「ケッ、俺達日本人から奪った金をさも自分のモノ見て―に扱って恩を売ろうとするなんざ、最悪だよな」
玉城の言に、四聖剣らが同調するように頷いた。
特区にルルーシュの影響が多少なりとあることを看破し、黒の騎士団に物資が流れる危険があることに気付いたコーネリアは確かに優秀だった。
彼女としては日本人のために出来るだけ生活基盤を整え、ブリタニアにこれ以上刃向かう意欲をなくさせようとしているのだろう。
そして末弟にもう日本人に何もしないから反逆をやめて、大人しく自分の元に戻ってきて欲しいのだと言うメッセージだろうと、ルルーシュは考えた。
(以前のコーネリアなら、租界整備や軍事費に充てようとしただろうな。
ナンバーズのためにナンバーズから搾取したものを使うというのは、ブリタニア皇族からすれば“ナンバーズに甘い考え”だからな・・・)
日本人から搾取したものを日本人のために使おうとする辺り、コーネリアはこれまでの日本人に対する恨みが仕向けられたものと知ってさすがに思うところはあったようだと、ルルーシュはその点に関しては異母姉を評価してはいる。
しかしコーネリアはすでに日本人から目の敵にされており、今さら何をしようともコーネリアのすることだからと悪意の目で見られてしまうという悪循環に嵌ってしまっていた。
(特区の事業とする方が反発がなくスムーズに進められて、特区成功の要素になってユフィの評価を上げることが出来たのに。
自分の評価を気にするから、このように無理なやり方になる)
「ならば後は決起のタイミングを計るだけ、ということだな。
それはこちらで折を見て報せるが、いつでも動けるようにはしておけ・・・以上だ」
ルルーシュがそう締めくくると、ロロに指示してお茶を淹れさせた。
兄に指示されたロロは嬉しそうに頷くと、お茶とお茶菓子を準備する。
出された緑茶と和菓子に舌鼓を打った後、ディートハルトは特区に戻り、玉城もじきに日本解放が成ると知ってうきうきしながら退室する。
藤堂と卜部が細かい打ち合わせをしていると、ルルーシュが話しかけてきた。
「話しているところ申し訳ないが、いいか?」
「ああ、ゼロ・・・いいのか?彼女の傍にいてやらなくても」
「手術室の前にいても、意味はないからな。あの子も仕事をして下さいと言ってくれたし」
「そうか・・・成功するさ、ラクシャータが担当医なんだから」
「ああ、ありがとう。実はナイトメアの件なんだが」
ルルーシュは中華でデータが集まったので予定より早く斬月と暁が完成しそうだと告げると、四聖剣は嬉しそうに笑った。
「マジか?よし、これで日本解放戦に向けて大活躍出来るぜ。
中華じゃ作戦とはいえちょっと情けなかったからな」
「新型、早く試し撃ちしたいね。卜部、その時は演習付き合ってくれよ」
「おう、朝比奈には負けねえ」
ルルーシュはナイトメアの演習について説明しながらも、時折時計を見ていることに藤堂は気付いた。
「ゼロ、会議も済んだことだしもう戻ってはどうだ?」
「・・・彼女も頑張っている。私も彼女の想いに応えるためにも、時間を無駄にするわけにはいかない」
ルルーシュは呟くように答えると、テーブルの片づけをしていたロロが戻って来たのを見て彼を呼び寄せた。
「ロロ、お前にはこれから書類の区分けと整理の方法を覚えて貰いたいんだ。
俺の部屋にある書類をお前に任せたいんだが・・・いいだろうか?」
「う、うん!僕でいいなら覚えるよ。教えてくれるの?」
「ありがとう、もちろん教えさせて貰うさ。では部屋に戻るか」
ルルーシュがロロの手を引いてランペルージ家と表札が下がっている部屋に戻ると、パソコンを開いてロロをその前に座らせた。
「パスワードを入力して、そこをクリックして・・・」
ルルーシュは表向きは黒の騎士団の雑務担当をしていることになっているため、そちらの仕事も片手間にしている。
ロロに憶えて貰えば助かるし、彼が一人立ちする時には大いに役に立つだろうと言う一石二鳥な策だった。
「・・・これをここに入れれば、この数値になる。
簿記は簡単だからすぐに出来るさ」
ちなみにルルーシュ基準で簡単だと言われても凡人ではとても首肯出来ない場合が多いので、すぐに憶えられないと頭が悪いのかとロロは焦った。
ルルーシュはまめに時計を見てナナリーの手術が終わる時間を気にしており、ロロは焦った。
(ナナリーよりも僕の方が兄さんの役に立たなきゃ、兄さんは僕なんて見向きもしなくなるかも・・・)
ナナリーは身体が不自由だからと、ルルーシュはいつもナナリーばかりに気を使っている。
実際は実父が非道にも子供を暗殺業に従事させていたという負い目からロロにも相当な気を使っているのだが、血の繋がりという自分ではとうてい持ち得ぬことが出来ないものを持っているナナリーは兄の傍にずっといることが出来ると羨ましがっていた。
(・・・マグヌスファミリアはいい人達だけど、兄さんの方がいい。
ずっと兄さんの傍にいるためには、僕が役に立つと証明するしかないんだ)
ロロはこれまでの環境が環境だったので、自らの存在を証明するしか愛される方法を知らなかった。
そして皮肉なことに頑張る子供を愛さない人間はいないので、それが正しいことだとロロは改めて信じ込んでしまった。
ロロがルルーシュに褒められるたびに嬉しそうに微笑むので、ルルーシュはナナリーの手術についての不安が払拭されるようでロロをさらに褒めたりしている。
スポンジが水を吸うように憶えていくロロに、ルルーシュは彼にイチゴをフォークに刺して食べさせてやりながら言った。
「これならじきにこの表向きの仕事はお前に任せられそうだ。
もうすぐ日本解放戦で忙しくなるから、助かるよ」
「本当?僕頑張ってやるよ」
ほのぼのとしたやり取りが中断されたのは、内線電話だった。
「はい、ランペルージです・・・あ、ラクシャータ先生。
え、手術が終わった!成功ですか・・・!今行きます」
待ち焦がれていた知らせにルルーシュは慌てて受話器を置くと、ロロに向かって言った。
「ナナリーの手術が成功だそうだ!ああ、これでナナリーも歩くことが出来るんだな。
俺はナナリーの様子を見に行ってくるが、お前も行ってくれるか?」
「・・・ううん、大勢で行ったら邪魔かもしれないし。ここで待ってる」
「そうか、ロロも周りのことを考えられるようになって、いいことだ。
ナナリーが回復したら、みんなでお祝いをしよう。お前の好物もたくさん作るからな」
ルルーシュはそう言ってロロの額にキスをすると、本人からすれば全力疾走だろうが、他人から見れば全力徒歩な速度で部屋を飛び出して行った。
「・・・ナナリー」
ロロはそう呟くと、ルルーシュの机の上に置かれた写真を見つめた。
ロロと撮った写真もあるが、ナナリーとの写真の方が圧倒的に多い。
「・・・僕の方が兄さんの役に立てるんだ。ギアスを使えばもっと・・・」
ロロは暗い顔でそう呟きながら、再びパソコン画面と向き合ってキーボードを叩いた。
画面の数字は兄に教わった通りに、一分の狂いもなくデータが組み上がっていった。
「・・・あら?」
ナナリーがゆっくりと声を出すと、そこは病室だった。
目の前にはラクシャータがいて、目を覚ましたナナリーに気付いてカルテから彼女に視線を移した。
「おや、起きたのかい?気分はどんな感じ?」
「・・・・いえ、まだなんかふわふわして・・・。
夢を、見たんです。何だか悲しい夢を見て・・・」
「夢、ねえ・・・まあ良く聞く話だけど」
「でも・・・悪い気分ではないです」
「そりゃあまたコメントし辛いこと言うねえ。
じゃあ、現実の吉報を教えてあげようか。手術は成功、経過を見てリハビリを始めれば、普通と変わらないように歩いて走れるようになるよ。
あんたのお兄さんもそれはもう喜んで、浮かれてるよ」
ラクシャータの報告にナナリーはゆっくりと笑みを浮かべた。
「まあ、お兄様ったら・・・今大変な時期ですのに」
「それとこれとは別さね。ま、とりあえず今日は寝て、明日から頑張りな。
まだつけたばっかだから、ゆっくり動かせるようにしなきゃね~」
ラクシャータは問題がないことを再度確認すると、あくびをしながら部屋を出た。
ラクシャータを見送ったナナリーは、まだだるい身体を無理やり起こして足を撫でた。
動け、と念じて七年前アリエスの離宮で走り回った日を思い出すと、右足がぴくりと動いた。
(ああ、動くのね私の足!早く動けるようになって、目も見えるようになったら、私もお兄様のお役に立てる!)
興奮したナナリーはラクシャータの助言を忘れてもっとこの感覚を味わいたくなり、両手を使って何とか足をベッドの下に置いた。
久々の感覚に戸惑ったナナリーが思わず目を開けると、ふと懐かしい違和感を覚えた。
「え・・・・え?」
彼女の眼の前にあったのは、壁に飾られた千羽鶴だった。
初めて目にするそれにナナリーは驚き、目を閉じてそこにあるのはみんなから贈られた千羽鶴のはずだと思いだした。
「エトランジュ様がギアスで見せて下さったのと、同じ・・・・」
触れば触感から解るのでもう一度確認するしようと、ナナリーはそれに向かって歩き出した。
だが第一歩目で転倒してしまい痛みに呻くが、それでも彼女は這い進んで千羽鶴を手に取った。
「あ・・・あ・・・・!」
ナナリーは覚えのあるその感触が、千羽鶴だと確信した。
「私、私・・・目が・・・!」
ナナリーは驚喜して周囲を見渡すと、七年前に見たものを探してはその名前を口にする。
「ああ、あれは窓で、これは机・・・!やっと・・・!お兄様!」
ナナリーはベッドサイドにあるナースコールを目指して、まだ動きにくい足をも無理に叱咤して再度這い戻った。
そしてナースコールを押すと、看護師がどうしたか聞く前に叫ぶように報告した。
「私、私目が見えるようになったんです!お兄様にお知らせして下さい!」
「え?目が見えるようになったって・・・」
「とにかくお兄様をお呼びして下さい!お願いします!」
「わ、解りました!」
ナナリーの時ならぬ剣幕に押された看護師は了承して通話を切ると、ラクシャータを経由してその知らせをルルーシュへと伝えた。
「本当に、治ったなんて・・・!お兄様・・・」
ナナリーは兄が来るのを今か今かと待ちわびた。
自分達の部屋からここまでは十五分程度だが、ナナリーには何時間も経ったかのように感じられた。
と、そこへドアをやや乱暴にノックする音がして、入室の許可を得る言葉を叫びながらドアが開け放たれる。
「ナナリー、俺だ!入っていいか?!」
「・・・お兄様!」
ナナリーの薄紫色の瞳に飛び込んで来たのは、ギアスのことを教えてくれた日にエトランジュが見せてくれた兄の姿。
ナナリーはそれを見て涙をこぼしながら、兄に向かって言った。
「やっとお兄様のお顔を目にすることが出来ました。それが私のお兄様のお顔なのですね。
・・・ああ、何てお優しいお顔なのでしょう」
「ナナリー・・・!お前、ギアスを打ち破って・・・!」
「私を支えて下さったお兄様や皆様のおかげです。
優しい世界を私も目にすることが出来るのですね」
そしてその世界を創造する兄の姿を、エトランジュを介してではなく自身の目でこれからずっと見続けることが出来る。
ああ、それは何という幸せなことなのだろう。
ナナリーは涙を流しながら、その幸せを何としてでも守ることを決意し、同じように感涙する兄の顔を見つめ続けた。