第二十一話 決断のユフィ
VTOLを飛ばして特区に戻ったユーフェミアが見たものは、先ほどの映像に対する抗議を行っている日本人や、それを止めようとしているブリタニア人だった。
シュタットフェルトが懸命に事実確認を行っている、しばらく待つようにとの声が繰り返し聞こえてくるが、ごまかしかとの怒声もあってなかなか収まらない。
屋上から特区庁内に入ったユーフェミアは怯えた表情のニーナに出迎えられ、さっそく過激派のテロリストの仕業であり、今姉がそれを捕えていることを伝えなくてはと焦るが、その前に日本人達が暴動を起こさないようルルーシュにも協力して貰おうと、カレンとアルフォンスを探した。
「カレンさんやエドワードさんがどこかご存知ですか、ニーナ?」
「それが、続けて特区を爆破するとの犯行声明が先ほど出たそうでその対応に・・・!」
「何ですって!!でも先ほどのそれとは犯人が違うはず・・・!」
ルルーシュを捕らえるために機密情報局が暴走したのではなかったのかとユーフェミアが青ざめると、ニーナも負けず青い顔で言った。
「さっきの襲撃事件の犯人は捕まったんですか?なら、便乗犯かもしれません・・・こういうことには便乗犯が出るものだって、ロイド伯爵が言ってましたから・・・」
「便乗犯・・・」
この騒ぎはこのためかと、ユーフェミアは頭が痛くなった。
しかしそれどころではないと自身を叱咤して、顔を上げる。
「総督閣下は犯人を公表すると先ほど私がしっかり約束して頂きましたから、それを伝えてこんな暴挙は二度と起こさないと証明しなくてはなりません。
ダールトン、貴方はただちに特区内の警備網を構築して下さい。不審人物および不審な物を見かけたら知らせるように、また入退場者の身分証明書の提示を徹底するようにするのです!」
「イエス、ユア ハイネス!すぐに手配いたします。
枢木少佐、護衛隊とともにユーフェミア様を頼むぞ」
「イエス、マイ ロード!」
スザクが力強く頷くと、ダールトンは急いで警備司令室へと向かっていく。
「・・・これで治まるといいのだけれど。お姉様も早く犯人の公表を行ってくれさえすれば・・・」
それまでは何としてもここにいて、皆の怒気と不安を鎮めなくてはとユーフェミアが外に出ると、一同は空を見上げて声を上げている。
「なんだ、あのナイトメア!もしかしてテロリストか?!」
「俺達を殺しに来たのか?!」
とたんに上がる悲鳴に騒ぎ出した群衆の視線の先には、紺色を基調とした卜部が操縦する青い暁直参仕様の後ろに、ガウェインを改造して生まれ変わった漆黒のナイトメア・蜃気楼がゆっくりと飛んでくるのが見えた。
「ち、違う、あれは黒の騎士団のエンブレムだ!黒の騎士団だ!」
「俺達を助けに来てくれたんだ、きっとそうだ!!」
大きく掲げられた黒の騎士団の旗に、群衆達は歓呼する。
「黒の騎士団・・・こんなに早く・・・」
ユーフェミアが呆然としていると、特区により手前で空中停止したナイトメアから声が響き渡る。
「日本人の諸君、私はゼロだ!今回の件および特区を破壊するとの犯行声明を聞いて、急ぎ君達を助けに来た!!」
「犯行声明を出したのはお前だろ・・・まあ本当の便乗犯の声明もあったがな」
C.Cが可聴音ぎりぎりで呟いたが、ルルーシュはもちろんスル―した
「日本人の諸君、および特区に協力しているブリタニア人の諸君、現在は無事のようでなによりだ!」
「ゼロ、ゼロがいるならここは安心だわ」
「だけどブリタニア人がゼロがここにいるのを許してくれるのかよ?」
ざわめく民衆にダールトンがゼロを捕らえるべきかとコーネリアに指示を仰ごうとしたが、操作された通信でルルーシュから指示があるまで動くなと命じられ、その動きを止めた。
「日本人の諸君、私は悲しい・・・私は日本特区成立から、陰ながら見守って来た。
それは日本人とブリアニア人が手を取り合い、人種の垣根を越えてここまで発展してきた!何と素晴らしいことかと思い、私は戦いなくして変化が出来るものと信じたほどだ」
「ゼロ・・・」
「しかし、私は今悟った。ブリタニアは根本的な面で変わっていないと!
振りかざされる強者の悪意、間違ったまま垂れ流される悲劇と喜劇・・・そう、ブリタニアのみならず、世界は何一つ変わっていないということをだ!!」
そうかもしれない、とユーフェミアは思った。
結局のところ特区は対症療法でしかなく、皇帝の一言で儚く消えてしまうものであることを彼女は今痛感していたからだ。
「私は皆の意志を尊重するからこそ、特区内にあった悪事についても匿名で報告する程度しか出来なかったが、ブリタニア人の特権を笠に着た振る舞いは多々見受けられた。
特区では公然と日本人にうっぷんをぶつけられないからと、ゲットーで何もしていない者に暴行を加える者すらいた」
特区の外で行われていた現実に、ユーフェミアはガタガタと震え出した。
スザクがそれをそっと支えていると、さらにルルーシュの演説が聞こえてくる。
「だからこそ、私は復活せねばならなかった。
強き者が弱き者を虐げ続ける限り、私は抗い続ける!
私は戦う!間違った力を行使するすべての者達と!
故に、私はここに、“合衆国日本”の建国を宣言する!
だがそれは、かつての日本の復活を意味しない。歴史の針を戻す愚を、私は犯さない!
我らがこれから創る新しい日本は、あらゆる人種、歴史、主義を受け入れる広さと、強者が弱者を虐げない矜持を持つ国家だ!
人種も主義も宗教も問わぬ国民たる資格はただ一つ・・・『正義』を行うことだ!!」
突然の宣言に、群衆達は静まり返った。
日本を取り戻すことは、全ての日本人の悲願だった。
ささやかな箱庭を得られたものの、その脆さが露呈された今ここもいつまで続くのだろうかと不安と恐れが走る。
「だが、我が国家は自由の国だ!たとえ合衆国日本に協力しないと言う理由で君達を拒むことはない!
この特区は至らぬ点はあったとはいえ、それでも日本とブリタニアを繋ぐ大きな橋となってくれたのは事実だ!
私はこの特区を捨てられないという君達の気持ちも解る。ゆえにこの特区を守ることも、君達の重要な使命であると考える」
「さすがはゼロだ!特区は何としても俺達が守るぜ!!」
「俺達の特区を潰そうとした連中を倒せ!」
「ゼロ!ゼロ!ゼロ!」
経済特区中に響き渡るゼロコールを、呆然とユーフェミアとスザクが聞いているとユーフェミアの携帯電話が鳴り響いた。
「どなたかしら・・・はい、ユーフェミアです」
「ユフィ、連絡が遅れてすまなかったな」
「ル、ルルーシュ!!」
思わず蜃気楼を凝視したユーフェミアは、慌てたように言った。
「驚きましたわ、いきなり独立するなんて・・・!私、暴動を押さえて貰おうと思ってルルーシュに連絡したくて、カレンさんを探しているのですが」
「そうか、それはすまなかったが、こうなった以上俺も立ち上がらざるを得ない。
神根島でも言ったが、この特区はブリタニアと日本との間のバランスが崩れ去ると終わってしまう脆いものだったんだ。
君のせいじゃないんだ、気に病むことはない」
「お姉様と・・・戦うのね」
ユーフェミアはもう止められないと解ってはいたが、いざ彼が戦いの狼煙を上げるのを見て震えが走った。
「もう俺も姉上も覚悟を決めたさユフィ。大丈夫だ、君は必ず守る。
だから君は今から政庁に戻って、本国で全てが終わるのを待つんだ」
「・・・・え?」
突然告げられた自身の道にユーフェミアが目を見開くと、ルルーシュは優しい口調で懇々と説明した。
「万が一俺が負けてたら、君にはわずかなりでもいい、ナンバーズを守る箱庭を造って維持して欲しいんだ。
そのためのノウハウを君はもう持っているし、姉上も協力すると約束して頂いた」
「・・・で、でもルルーシュは勝つつもりなんでしょう?!貴方らしくもない!!」
「もちろん俺が勝ちブリタニアのペンドラゴンを落とした暁には、君を皇帝に立ててブリタニアを復興し他国との交渉に当たって貰いたいと思っている。
そのためにはどうなるにせよ君の安全が必要なんだ。君なら皇帝になってもブリタニア人の反感は最小限に抑えられるし、ナンバーズを守った君なら他国の者も必要以上に警戒心は抱かない」
ユーフェミアはその説明に納得はしたが、だからと言って頷けるほど単純なものではなかった。
(・・・まさか、始めからルルーシュは私を皇帝にするつもりで・・・?)
「それと、俺に対する人質にするためにアッシュフォードの生徒会の友人達を使うつもりだったことも判明した。
何人かはこちらで始末をつけたが、全員は無理だったからな・・・だから特区で保護して貰ったんだ。招待状の件には感謝している」
「そんなことまで・・・!それでカレンさんとエドワードさんが急に特区に呼んでくれと言い出したのね」
今生徒会の仕事のめどがついたようだからと言い繕っていたが、実際は人質に取られそうになったことに気付いたルルーシュが二人を通じて頼んだというのが事実のようだった。
「今までありがとう。勝手なことを言っているのは重々承知だが、それでも頼む・・・コーネリアを討っても、恨むのは俺だけにして欲しい」
「ルルーシュ!!待って!!」
ツーツーという音が携帯から響き渡ると、傍にいたニーナはルルーシュの声こそ聞こえなかったがユーフェミアの台詞からルルーシュが黒の騎士団に入ったのだろうと予想した。
「ユーフェミア様、ルルーシュは騎士団にいるのですか?何てことを・・・!」
「私達のせいなのです・・・ルルーシュをゼロにしたのは、ほかならぬ私達ブリタニア皇族なのです・・・」
「・・・え?」
思わず呟いたユーフェミアの言葉に、今になってルルーシュがゼロだと知ったニーナはますます混乱した。
「そんな・・・ルルーシュがゼロ・・・・?」
ユーフェミアが唖然とするニーナを置いてフラフラと特区庁内に引き返すと、廊下からブリタニア人の貴族達が急いで特区から逃げようとしているのが見えた。
「早くヘリを飛ばして、特区から離れろ!!いつここがテロに遭うか、知れたものではない!」
「やはりこんなものに投資するのではなかったな。
シュタットフェルトの辺境伯叙任があったからもしやと思ったが、これで特区も終わりだ」
日本人達を見捨てて自分だけ安全地帯に逃げようとする貴族達を、ユーフェミアはもはや何の感慨もなく見送った。
「そんなことはないよ、ユフィ。ほら、シュタットフェルト辺境伯が止めてくれてる」
スザクがユーフェミアを励まそうと懸命に逃げるブリタニア人協力者を引きとめているシュタットフェルトと会議室に居残っているブリタニア人を指すが、わずかに十人程度だった。
残っている者達も工業特区、農業特区にいる者達に指示を飛ばすが、中には通じないと嘆く声が聞こえてくる。
中には同じく戻って来ていたコラリーやクレマンおり、二人とも額を押さえていた。
「ユ、ユーフェミア副総督閣下・・・!申し訳ありません、ただちにあの者達を呼び戻して・・・」
ユーフェミアの姿に気付いたシュタットフェルトが頭を下げて言ったが、ユーフェミアは首をゆっくり横に振った。
「その必要はありません。こんな事態になった以上、彼らが戻ってくることはないでしょう」
窓の外ではゼロコールが鳴り響き、合衆国日本と叫ぶ声がこだましている。
日本人がここを出て行くのも、そう遠いことではないだろう。
資金力を持つブリタニア人が減れば、それだけ特区の継続が難しくなるのだから。
(何てこと・・・私の特区特区が・・・崩れていく・・・)
ユーフェミアは会議室に集まってただ立ち竦むわずかに残った特区の官僚達を前にして、小さな声で尋ねた。
「・・・貴方がたは行かないのですか?」
「・・・私はこの特区を成功させると誓った身です。特区の危機だからこそ逃げるわけには参りません」
未だ刑務所にいる百合子のためにも、特区は何としても成功させると娘とも約束したシュタットフェルトがはっきりとした声で告げると、他の者達も頷いた。
(医療特区の構想も出来上がり、カレンに継承するべくここまできたのに、こんなことで台無しにしてたまるか!!)
「この件が収まれば、日本人も戻って参ります。犯人を捕らえて処罰して頂ければ・・・!」
「日本人はともかく、独立宣言までしたゼロが引くとは思えませんな」
クレマンが冷静に告げると、ユーフェミアは思った。
(確かにルルーシュがおいそれと引くはずがないわ。
自分を捕らえるために手段を選ばない組織がいると知った以上、むしろ時間がないとすら思うはず・・・)
「・・・皆さんに伺いたいことがあります。慰めの言葉はいりません、正直にお答え頂ければ幸いです」
「イエス、ユア ハイネス」
会議室に残ったわずかな官僚達とシュタットフェルトが真剣な眼差しで問いかけてきたユーフェミアを見つめると、彼女は静かに尋ねた。
「この騒動が収まったとしても、特区がこれまで通り正常に続くことが可能だと思いますか?」
「・・・残念ながら、難しいでしょうな。まず特区に協力していたブリタニア人の脱退、新規に協力する者も尻ごみするでしょう。
この特区を各エリアに広げる案も、今頃凍結されているころです」
各エリアに報道していたことが仇になり、もはやそれは叶わない夢に終わってしまったと言うクレマンに、シュタットフェルトは規模を縮小してならと言い募るが、結局のところ小さな箱庭を続けるのが精いっぱいだと言うのも同じであった。
「今までと同じ、というのは無理のようですわね。
わたくしも全くその方法が見当たらなくて・・・」
「ユーフェミア殿下・・・」
泣きそうな顔で己の力不足を悔しがるユーフェミアだったが、滲んできた涙を振り払って言った。
「・・・たった一つだけなら、日本人とブリタニア人が暮らせる国を造ることが出来ます。
ですが、それはとても重大な決断が必要です・・・それでも、信じてついて来て下さいますか?」
ユーフェミアから語られた提案に、一同に衝撃が走った。
「そんな・・・しかしそれは・・・!」
「強制はいたしません。ですが、私は行きます」
もう箱庭だけではどうにもならないと言うユーフェミアが部屋を出た時、背後から声がした。
「お待ち下さい、ユーフェミア皇女殿下」
その声に呼び止められたユーフェミアは、ゆっくりと振り向いた。
「ゼロ、ゼロ!!ブリタニアを倒せ!!」
「国是を掲げるブリタニア人がいる限り、俺達に安住の地はない!!」
打倒ブリタニアを叫ぶ日本人達を前に残ったブリタニア人は怖気づいていたが、しっかりした足取りで特区庁のバルコニーに姿を現したユーフェミアを見て驚いた。
「ユーフェミア皇女だ・・・!とっくに政庁に戻ったと思ったのに」
我先にと逃げ出したブリタニア人達がいることを既に知っていた日本人がざわめきだすと、蜃気楼の中でユーフェミアを特区から脱出させようとまさにダールトンに命じようとしていたルルーシュは眉をひそめた。
「ユフィ・・・!まだそんなところにいたのか?」
彼女の背後にはスザクと他エリアから来たと言う主義者の官僚のクレマンとコラリー、そしてシュタットフェルトがいる。
ユーフェミアはゆっくりと深呼吸をすると、静かに透き通った声で言った。
「皆様、今回の痛ましい事件についてご説明させて頂きます。
今回のテロは国是主義のブリタニア人によるものであり、犯人を捕らえるべく既に動いているとの報告がありました」
予想通りの内容に特に疑問の声は上がらなかった。
むしろ日本人に濡れ衣を着せないだけマシだという、以前が以前なだけにレベルの低い評価をされている。
「しかし、便乗犯による犯行声明があり、また続くかもしれないと言う皆様の御懸念はごもっともです。
現在ブリタニア人の中で協力して下さっていた六割の方が特区から離れてしまわれましたから、残念ながら特区の継続は難しいと言わざるを得ない状況です」
実質特区はおしまいだという宣告に、日本人はこうなったらやはりゼロに日本を解放して貰うしかないのではないかと囁き合う。
「じゃあ、もう安心して暮らせる場所なんてないってことじゃないか!」
「ユーフェミア皇女には残念なことだけど・・・もう日本を解放するしか・・・」
ユーフェミアは自分を罵る声が聞こえてくるものと覚悟していたが、同情する声の方が多かったことに驚いた。
ほとんどのブリタニア人が逃げた中で、居残って事情説明を行ったことで逆に評価が上がったのだ。
「しかし、私は諦めません。
日本人とブリタニア人の間には大きな確執があるのは重々承知の上です。
特区では無理だと、この事件で大きく思い知りました。
ですが、私は見たいのです。ゼロの言うように、人種、国家、宗教・・・何者であろうとも区別せず手を取り合う世界・・・!
この小さな特区内だけで実現させるのではなく、日本で、ブリタニアで、そして世界に広がる平和を私は見てみたい」
「ユーフェミア様・・・」
力強い声で語られたが、それは理想論だ。
口だけで実現出来るほど甘いものなら、誰も苦労などしていないとしょせん姫様育ちの政治家か、と落胆の声すら上がった時、ユーフェミアは蜃気楼を見上げて続けた。
「よって、私は決めました。皆さんとともに国是主義を掲げるブリタニアを倒すことを!!
我が父の所業には以前から言いたいことが多々ございましたが、間違っていることを間違っていると言えない以上、他に方策なしとよく解りました」
「え・・・?今何て?」
通信室で特区のシステムを手中に収めていたアルフォンスが驚いた声でモニターを凝視すると、蜃気楼内で聞いていたルルーシュも目を剥いた。
「日本人を名乗る皆さん、お願いがあります。
人種、国家を問わぬその国に、私達も協力させて頂けないでしょうか?
私達はこれまでのブリタニアを捨てて、新しい国を創りたいのです。
それに賛同して下さる方々は、私の元に集まって頂けませんか?反逆です!!」
真剣な顔でそう訴えるユーフェミアに、一部から歓呼の声が上がる。
背後のクレマンが、力強く彼女の背後で叫んだ。
「私はユーフェミア様を支持する!!オールハイル・ユーフェミア!!」
「オールハイル・ユーフェミア!!」
オールハイル・ユーフェミアの合唱が、残ったブリタニア人とスザクから響き渡る。
突然のイレギュラーに茫然としながら、ルルーシュはその光景を見降ろしていた。
「ほ、ほああああ!!」
「なんだ、これは!!」
ルルーシュが意味不明な悲鳴を上げ、コーネリアがはるか政庁で末弟と同時に悲鳴を上げた。
ゼロの独立宣言を発信するためにカメラを流しっぱなしにしていたせいで、この光景は日本全土に放映されている。
コーネリアもルルーシュの独立宣言までは比較的冷静に聞き入っていたが、いきなりの妹の反逆宣言に驚愕した。
ルルーシュの策略かと考えたが、その割には蜃気楼の動きが停止したまま何の動きもない上にそもそもわざわざ妹を返すとぬか喜びさせる必要性が全くないことに気付いたコーネリアは妹の独断かと額を押さえた。
「そんな・・・ユフィは私と戦うつもりなのか・・・?」
「いえ、姫様、そんなことがあろうはずがありません。
きっとユーフェミア様は姫様を説得して共にブリタニアを倒そうとなさるおつもりなのではないかと・・・」
ユーフェミアの性格を思えばそちらのほうが正しいだろうと、ギルフォードの推測に力なく頷いた。
「ユフィだけならともかく、私が受け入れられるほど甘くはない・・・黒の騎士団はイレヴンが主体の上、マグヌスファミリアの連中がいるんだぞ。
国民の仇とばかりに手段を選ばず私を殺そうとしたことを忘れたわけではあるまい」
神根島でも話をしたと言っていたが、コーネリアは許さないと明言されたと聞いているコーネリアは妹の考えが解らず混乱した。
「特区の通信室はどうした!!」
「通じません・・・完全にシステムを掌握されました。
明らかに内部に協力者がいるとしか」
「早まったことを!ここまで堂々と反逆宣言をされたら、私でも庇いきれない・・・!」
特区の失敗が確定したことを知って自棄になったかとコーネリアは頭を押さえた。
こうなったら皇位継承権を返上させ、どこかの離宮で一生を送らせるしか妹を助ける道はない。
もちろんそれは自分も同じだが、一軍人としてブリタニアに貢献し続ければ姉妹で暮らすくらいは何とかなるはずだ。
「許せ・・・ルルーシュ」
自分の力が及ばなくなることを詫びながら、コーネリアは命じた。
「副総督ユーフェミア・リ・ブリタニアの権限は、今この時を持って凍結する!
これより全軍を上げて黒の騎士団の討伐に向かう!!」
腹をくくったコーネリアはそう命じながら、マントを翻して総督室を出て行った。
同時刻、経済特区ではユーフェミアが黒の騎士団および合衆国日本に参加すると宣言したことで、ユーフェミアを喜び迎え入れる日本人の声に囲まれたルルーシュが頭を抱えていた。
《どうするの?これ・・・僕聞いてないけど》
《俺も聞いていない・・・!だがああ言った以上、ユフィを受け入れざるを得ないことは解っているんだが・・・何の相談もなくこんなことを・・・》
アルフォンスの途方に暮れた声に、同じようにルルーシュも悩んだが結局この場は彼女を支持すると表明するしか道はないことは解っていた。
工業特区日本のハンシンを担当している井上からユーフェミアが味方になってくれるのなら受け入れるべきだとの声が響いているとの報告があり、農業特区ホッカイドウでも南から同じくとの連絡が来た。
《私がいる基地でも、ユーフェミア皇女なら信じられるとの声が多いです。
ゼロも受け入れるはずだとの問い合わせがすでに・・・。
私自身もユーフェミア皇女だけなら構わないと思うのですが、コーネリアはどうなさるおつもりです?それによって対応が変わりますが》
コーネリアまで受け入れろと言うのであればさすがに拒否反応があると言うエトランジュに、それは彼女だけではなく日本人も同じなのは明白であるため、ルルーシュはユーフェミアの真意を聞くのが先決だと考えた。
「仕方ない・・・全く成長したと思ったのに、ユフィも早まったことを・・・」
図らずもコーネリアと同じ言葉を呟きながら、ルルーシュは蜃気楼のオープンチャンネルを開いた。
「ユーフェミア皇女・・・いや、ユーフェミア、身分を捨て、我々と同じ土俵に立ち、世界をも変えようとするその気高き精神を私は尊敬し支持する!
もちろん私は貴女の手を取り、共に世界を変えていくことを誓おう!!」
「ゼロ!!貴方ならそう言ってくれると信じていました」
「これよりこの特区を、合衆国日本の最初の領土とする!!
急ぎ新たなるブリタニアのために、協力して頂きたい!!」
ルルーシュが蜃気楼をゆっくりと近づけながら叫ぶと、特区内から歓呼の声が相次いだ。
「よっしゃ任せろ!!おい、物資をこれから作りまくるぞ!輸送ルートを構築しろ!!」
「ゼロとユーフェミア皇女が組んだ!!ブリタニアを倒せば合衆国日本と新しいブリタニアのもと平和になる!」
一方、ナイトメア格納庫では、怒涛の展開に混乱している研究員を尻目に機嫌よさげに笑っているロイドがランスロットを見上げて嬉しそうに言った。
「うーん、これでランスロットもまた出番が来る、かな?
メンテ怠らずにここに置いといた甲斐があったよ~」
「ロ、ロイドさんもしかしてユーフェミア様についていくおつもりなんですか?」
驚いたように尋ねるセシルに、ロイドは当然~、といつものように呑気な口調で肯定した。
「え~、ランスロットの出番が来るんなら、別にどこでだっていいんだよ~。
それにやっと会いたい人にも会えそうだし、こんなチャンス棒に振るなんて馬鹿なことしたくないし~」
自他共に認める筋金入りのナイトメアバカのロイドの言に、セシルは肩をすくめた。
「スザク君も当然ユーフェミア様についていくでしょうし、確かに放ってはおけませんね。
解りました、私も残りましょう。しかし貴方はシュナイゼル殿下の後見人でしょう?
ゼロの信用を得るのは難しいと思いますけれど」
「あー、うん、そうだろうけどまあその辺は頑張ると言うことで~。
とりあえずスザク君に連絡して、ランスロットのキーを渡そうか」
黒の騎士団も反逆の準備を整えてはいるだろうが、それでも戦力としては不利なのだ。
ランスロットはラウンズの機体に匹敵する能力を備えているのだから、スザクが出撃する機会が多くなるはずだと言うロイドにセシルはさっそくスザクに連絡する。
スザクはユーフェミアの騎士になり神根島から戻った後は彼女の計らいで携帯電話を与えられていた。しかしブリタニア人、日本人双方に気を遣い、滅多に使用しなかったが。
「あ、スザク君?私よセシルだけど」
「セシルさん・・・すみません勝手に決めて・・・。
でも僕はユーフェミア様についていくと決めました。お世話になったことには大変感謝していますが、でも・・・」
「それはいいのよ、私もロイドさんと一緒にここに残るから。
だからスザク君、後で預かっていたランスロットのキーを渡しに行くわ」
思ってもみなかったセシルの残留発言に、スザクは驚いた。
「でも、ロイドさんはシュナイゼル殿下の後見人でしょう?!いいんですか?」
「いーのいーの、どうせあの人には他に山ほどいるし~。
それより僕はランスロットのデータを集めて強化したいわけ~。それでもってガウェインだってラクシャータよりもっともっと強くしたいんだから~」
「え・・・そんな理由で残るんですか?!」
ナイトメア馬鹿も極まったロイドらしいと言えばらしいが、それでもランスロットがあるというのはこれから先の戦いに大いにプラスになると考えたスザクは、嬉しそうに礼を言った。
「ありがとうございますセシルさん、ロイドさん。
ランスロットは無駄にしません・・・本当にありがとうございます」
「うんうん、代わりに思いっきり活躍してよ~。ラクシャータのやつよりね」
ランスロットが活躍出来てガウェインの兵器を強化出来るかもというロイドからすれば渡りに舟、一石二鳥という状況に、ロイドは小躍りしている。
そしてその上空では通信室を手中に収めたアルフォンスによって誘導された蜃気楼が、ゆっくりと他のナイトメアと共に降りてくのが視界に入った。
「ゼロ!ゼロだ!!」
「ユーフェミア様とゼロがいれば、平和な世界になるに違いない!!」
民衆の歓呼を背に蜃気楼から降りたルルーシュは、仮面の下で苦々しい顔をしながらも明るい未来を印象付けるためにマントを翻した。
「確かに互いに遺恨はあるが、いつまでも憎しみの連鎖を続けることは互いの首を絞めるだけだ!!
ユーフェミアは過去の過ちを悔い改め、またブリタニアの悪事を止めるために自ら我々と同じ道に降りてくれた!
ブリタニアの国是主義を否定するブリタニア人よ、彼女の元に集い共に他者を傷つけぬ別の道を造り、共に歩もう!!
我ら黒の騎士団および合衆国日本人は、その手を取ることを拒まない!!」
「うおおおお!ゼロ!ユーフェミア皇女!そのとおりだ!!」
「戦争を終わらせて、平和に暮らそう!!」
熱狂的な歓呼の中ルルーシュがユーフェミアを伴って特区庁に入り他の者達に手早く指示を出すと、通信室にユーフェミアとスザクのみを連れて入るや彼は仮面を乱暴に外して叫んだ。
「いったいどういうつもりだ、ユフィ!!」
「どういうつもりもなにも、見ての通りですルルーシュ。私も合衆国日本に参加します」
「君には皇帝になって貰うから、安全地帯にいろと言ったはずだぞ!
何でいきなり相談もなしに決めたんだ君は?!」
「先に勝手に私の将来を決めたのはルルーシュではありませんか!!」
まことにもっともな反論にルルーシュがぐっと押し黙ると、ユーフェミアはルルーシュを見据えて言った。
「どうせ貴方が負けたら、私一人で特区を再建して運営していくのは不可能です。
いえ、他にも協力して下さる方々がいますが、それでも根本的な解決にはならずルルーシュがいた時以上の綱渡りの運営になるのは目に見えています。
ならば始めから合衆国日本に参加して、ブリタニア人の安全を少しでも確保しておくほうが得策だと考えたのです」
皇族が一人合衆国日本に参加していれば、ルルーシュがブリタニアを倒した時もっとスムーズに話が進むはずだと言うユーフェミアに、ルルーシュは髪をかきむしった。
「・・・もっともだ。だが、その役目は君がいなくても出来たんだぞ?
正直嫌がられたんだが、何とか説得して表舞台に立って貰う予定だったんだ」
そう言ってルルーシュが通信室のパネルを操作すると、繋がったのは特区にあるカレンの家だった。
そこには今、ルチアがミレイ達を連れて彼らを保護するためにいてくれている。
「くると思いましてよゼロ。いったい何事ですの?わたくしがブリタニア人代表としてまとめると聞いていたのですが」
淡々とモニターの中から無感動に尋ねてきたルチアに、ユーフェミアがこの人は誰かと視線で問いかけると、ルルーシュが紹介する。
「この方はルチア・ステッラ。本名はイザベル・バテ。
血の紋章事件で粛清されたバテ公爵の娘だ・・・・聞いたことがあるか?」
「ええ・・・確かバテ公爵の奥方は、陛下の異母姉君だった・・・!!」
バテ公爵家は当時のブリタニアでも屈指の名門の貴族で、その最後の当主には前皇帝・・・つまりシャルルの父、ルルーシュ達の祖父が在位していた時に第二皇女が降嫁していた。
つまりイザベル(ルチア)は、ルルーシュ達にとって父方の従姉に当たるのだ。
既に皇籍を外れていたとはいえ母親はれっきとした皇女で、亡命した後はブリタニアに属することもなく、マグヌスファミリアで穏やかに暮らしていた。
だがそれすらもブリタニアに奪われたのでその後は対ブリタニアのために動いていたという事実を利用し、渋る彼女を説得してユーフェミアに皇帝について貰うまでのつなぎに表舞台に立って貰うことになっていたのだ。
「ブリタニア人が従うのにためらいがないほどの身分と血統を持ち、その活動は反ブリタニアに関することをしているブリタニア人は、彼女しかいなかったからな。
ペンドラゴンを陥落した後は彼女が君を皇帝に推薦し、エトランジュ様達が賛成して俺もと言うプランだったんだが」
「もうそれは使えなくてよ、ゼロ。
民衆はユーフェミア皇女を支持しているのですから、わたくしがいくら反ブリタニア陣営をまとめていたとはいえそれはあくまで水面下でのこと・・・インパクトの面では薄れます」
眼鏡を上げて指摘するルチアに言われなくても解っていたルルーシュは大きく溜息をつく。
ルチアは自分が帝位につくために動いていると勘違いされないため、極力目立たないように行動していた。
成果は全てマグヌスファミリアのものとすることで自身の主君はエトランジュであり、彼女の元から離れるつもりはないとアピールして来たのだ。
それを戦後のブリタニア人のため、平和のためと説得され、ルルーシュが皇帝になってエトランジュが皇妃になるなどという事態になるよりマシだと判断し、渋々了承した。
「・・・こうなった以上は仕方ない、君には合衆国ブリタニアの皇帝になって貰う」
「合衆国ブリタニア?何ですかそれは」
「世界をまとめる超合集国連合に入るブリタニアのことだ」
簡潔にそう答えたルルーシュが超合集国について語ると、ユーフェミアは目を輝かせた。
「素晴らしいわルルーシュ!世界が一つに繋がるなんて、なんて素敵な連合かしら」
「君ならそう言ってくれると思っていた。だが、ユフィ・・・現状では諦めて貰わなくてはならないものがある」
ルルーシュはユーフェミアが出来るだけ傷つかないために、彼女を日本解放戦に巻き込みたくなかったが、もはや腹をくくって貰うしかない。
だからルルーシュは、残酷な現実を告げた。
「コーネリアの命は諦めて貰う。君はこれから彼女の命を奪いに動く組織に身を置くことになる・・・解っていたか?」
ルルーシュの宣告にユーフェミアは目を見開いたが、ユーフェミアはおずおずと言った。
「解っていました。ですから私が黒の騎士団のために働けば、お姉様のお命だけは助けて頂くようお願い出来るかと・・・」
そこそこ現実を見てはいたが、残念ながらまだ甘いユーフェミアに通信室で黙って聞いていたアルフォンスが大きく溜息をついた。
「ユーフェミア皇女には気の毒だけど、はっきり言おうか。それは無理」
「・・・同感だ」
アルフォンスのみならずルルーシュにまでばっさりと即答で切って捨てられたユーフェミアは、目を見開いた。
スザクは何も即答できっぱり拒否しなくてもと思ったが、理由も聞かずに何故駄目なんだと怒鳴ればアルフォンスから刺されそうだったので、彼に冷静に尋ねてみた。
「どうして駄目なのか、聞いてもいいかい?」
「大した理由じゃないわよ、コーネリアを助けてもデメリットこそあってもメリットがないだけで」
アルフォンスが何故かアルカディアの時のように女性言葉を使ってそう前置きして説明したのは、そもそもなぜエトランジュ達がブリタニア皇族を国是主義者とそうではない者とに区別しているか、ということだった。
それは何のことはない、全てが終わった時不必要な恨みを買わないためという自分達の保身が理由だった。
関係のない者にまで殺害の対象に選んでいたら、主義者までブリタニア人であると言う理由で迫害されるのならと手を組んでくれない可能性がぐんと高くなるし、関係ないのに殺されたと恨みの連鎖が続くことになる。
そして恨みがどれほど醜悪で恐ろしいものか、自分達は身をもって知っているのだ。
「憎しみを持って動く人間がどんなものか、鏡の前に立てば嫌でも解るわ。
だから貴女になにもしなかったの。後で私達がいらない恨みを買わないためにね」
今更悔悟したと言っても、黒の騎士団に追いつめられて保身に走ったと思われるのがオチだ。
コーネリア本人がどうであろうと、人は憎悪を向けた以上歪んだ視線で相手を見るものである上、アルカディアはコーネリアがルルーシュ皇子がゼロだと知った後の行動を見ているため、まったく信用するつもりがなかった。
何よりあの女は家族の仇なのだから公私ともに受け入れることはないというアルカディアに、それがマグヌスファミリアと日本人の本音なのだろうとユーフェミアは悟った。
さらに言えば、ユーフェミアは日本人のために動いてきたという実績を造っており、ルルーシュも日本解放のため、ブリタニアを滅ぼすためという活動と実績をしてきたからこそブリタニア皇族でも受け入れられた。
「“姉は人殺しだけど妹がいい人でお願いされたから仕方ない”ということにならないのよ残念ながら。
貴女が姉を助けたくて頑張って来た面があるのは解るけど、それで受け入れられるなら無関係に巻き込まれたサイタマの人達と訳の解らない言いがかりをつけられて侵攻されたマグヌスファミリアの家族、何より受け入れてもらうためにこれまで血の吐くような努力をして来たルルーシュ皇子の立場はどうなるの?」
「・・・・・」
「黒の騎士団が勝てば、十中八九あの女は殺される。そうなる前に自害するかもしれないけど、どっちみち死ぬことに変わりはない。
だいたいあの女は強すぎる。生かしておくとまた仲間を殺されると言う恐怖があるの。
ユーフェミア皇女には気の毒だけど、悪いとは思わない」
「やったら、やり返される・・・お姉様のしたことが返ってくる」
「そういうこと。そして今度は私達が、ユーフェミア皇女やコーネリアの部下から殺されるという恐怖と戦うことになるわけね。
本当、戦争なんて不毛な限りだわ」
自嘲するアルカディアに、先に手を出したのは姉なのだから恨む権利はないとユーフェミアは言ったが、情は理を凌駕するものだと言うアルカディアにうなだれた。
強いことが逆に恐れを呼び、殺意を招くことになるとは何という皮肉だろう。
逆に自分は何の力も持たず、ゼロの傀儡になると内心で思われているからこそ受け入れてくれた一面もあるのだと、ユーフェミアは知った。
「それに確かに命だけなら助けられなくもないけど、コーネリアからしたら屈辱なんじゃないかしら?
敵に慈悲をかけられて生き延びるなんて、あの女からしたら死に勝る屈辱と感じて自殺しても私は驚かないわよ」
「・・・・」
「一度歯車が狂っちゃうと、修正するのに大変だからね。
せめて軍人だけ殺して、民間人に被害がないような戦い方をしていたら、ここまで選択肢は狭まらなかった」
本当ならそれを選べたはずなのに、効率を重視した結果その方法を無視して自らの首を絞めた。
ユーフェミアは自力でマイナス評価をプラス評価に押し上げたが、コーネリアは焦りと不安から視野が狭くなっており、自分の説得を姉は聞き入れてくれない。
「先日、うちの縁戚の子があるブリタニア人の女の子に迷惑をかけたことを許してくれてありがとうって、あらためてお礼と謝罪をしたことがあってね・・・。
結構酷いことしたんだけど、人間出来てる子でもういいって言ってくれたわ」
何しろ心理誘導で好きな人を殺させようとしたのだ。
未遂に終わったとはいえ謝罪で許してくれたことにマオはもちろんエトランジュからも礼と謝罪をしたのだが、シャーリーは笑ってこう言った。
『許せないことなんて何もないです。謝ってくれたのだから許さないなんてことはしてはいけないと思うから』
「許せないことなんて、何もない・・・」
「エディはそれを聞いてね、どんな悪人でも許せるものなら許した方がいいのかもしれないって言ってたわ。
だけど、こうも言ったの・・・『それでも反省していない人を許すわけにはいかない』って」
見事なまでの正論である。どこの世界に反省もせずにのうのうとしている人間を許す人間がいるのだろう。
さすがのエトランジュも反省しましたの一言で是とするほど甘くはないので、コーネリアは生き地獄を見る可能性が高く、それを彼女が耐えられるかが問題なのだ。
生きて針のむしろに座っているかのような視線を浴びせられ、屈辱の言葉を投げかけられる生の果てに許しを得るか、死んでブリタニア軍人として名誉の戦死の賞賛を得るかがコーネリアに許された選択肢だった。
自分の見識の甘さを思い知らされたユーフェミアはうなだれた。
「貴女は確かに出来る限りのことをして姉を助けようとしたんだから、力が及ばなかったからと言って自分を責める必要はないと思うわ。
あの女の自業自得の産物なんだから」
「・・・解っています。貴方は本当に、正しいことしかおっしゃって下さらないのですね」
泣きそうな顔で笑ったユーフェミアに、アルカディアはそれが約束だからと目を閉じた、
「約束だから・・・私は事実しか言わない」
エトランジュもユーフェミアも、世界をまっすぐに見つめてきた。
・・・たとえ嫌なものしか見えなくても。
だからアルカディアは、事実を告げてきた。
どれほど残酷であろうとも、前へ進むために。
「・・・解りました。お時間をお取りして、申し訳ありません」
「・・・もういい。とにかく合衆国ブリタニアの法律や規模を近々に作るから、君が集めた主義者達に案を早急に練らせろ。
このタイミングでお前が皇帝に立つと言うのは確かに一番好都合だ」
「解りました。でも、戦争の方は・・・」
「これは日本解放という日本人達が長年待ち望んでいたものだ。
彼らが主導して行えば、各植民地エリアを蜂起させるためにも有効だからな・・・。
君はブリタニア人の保護と合衆国ブリタニアについてのほうに全力を注ぐんだ」
ルルーシュがそう指示すると、ユーフェミアは頷いた。
「スザク、これからエトランジュ様がこちらに合流する。
その後はユーフェミアの護衛はエトランジュ様の護衛部隊に任せて、お前も戦場に出て欲しいんだが」
「構わないよ。幸いロイドさんがランスロットと一緒に残ってくれるって連絡があったし」
スザクの報告にルルーシュがロイドの名前に反応した。
「シュナイゼルの後見人の男だな。ミレイから報告は聞いているが・・・」
「ロイドさんはいい人だよ。君も一度会えば解るさ」
「・・・いいだろう、俺の正体も知っているとのことだし、会うとしよう。
ただし、日本が解放されてからだ。ランスロットをいつでも出せるようにと伝えておけ」
ルルーシュは何とかこの場はうまく収められたことに満足して通信室を出ると、ユーフェミアとスザクも後を追った。
残されたアルカディアは忌々しそうに舌打ちすると、自分以外誰もいない通信室の中で苛立ったように言った。
「正論ほど聞いていて腹が立つものはないわ。
説教なんか他人ごとでも聞いてるだけでイライラする人がほとんどでしょうよ。
追い詰められてりゃなおさらね」
アルカディアはそう言うと、自分の短い金髪のかつらに手をかけて一気に外し、自毛の長い金髪をなびかせて叫んだ。
「だけどね、言ってる方もムカつく説教ってのがあるのよ!!
だからこの件でこれ以上何も言わせるな、コーネリア!!」
その絶叫とともにアルカディアが入れたスイッチとともに、モニターの中から眼を見開いた表情のコーネリアが現れた。
「・・・貴様は、エドワード・・・!もしやと思っていたが、ルルーシュの手の者だったか」
「残念でした、貴女、騙されちゃったの!」
そう言ってアルフォンスが机の下に置いていた赤い髪のカツラをくるくる回すと、初めから全てルルーシュの計算通りであったことを思い知った。
「私はマグヌスファミリア王国現女王、エトランジュの従兄のアルフォンス・エリック・ポンティキュラス。
アルカディアってのはお前の侵攻のせいで城に居残って死亡した僕の姉のミドルネームよ」
「・・・お前は」
「何も言うなって言ってるでしょ。お前の事情なんぞこっちはどうでもいい。
ただユーフェミア皇女とルルーシュ皇子が余りにも気の毒過ぎたから、事情をお前に知らせただけよ」
アルカディアはルルーシュ達が来た時、こっそり政庁に回線を繋げて先ほどのやり取りをコーネリアに聞かせていた。
女性言葉で話していたのは、敵であるアルカディアがいることを知らせるいやがらせのためである。
「こっちの事情をそっちが理解出来たかどうかもどうでもいい。
お前が何を言っても無駄だと思い知らせたかったってのもあるし。
・・・戦争って嫌になるわ、相手を陥れることばかり考えてると、品性が限りなく下がっていくんだから。
国のため、妹のためと繕って非武装国家を攻撃し、一般民を虐殺出来るまでになってたほどだと、その自覚もなかった?」
クスクスクス、と自嘲するように笑うアルカディアに、底知れぬ悪意を向けられたコーネリアは何も言わなかった。
言えなかったのだ。
「そう言う訳だから、これから私達は全力でお前達を殺しに行く。
お前達が私達を戦場に呼んだんだから、不満はないでしょ?こっちも大事なエディを戦場にやったのよ、文句は言わせない。
せいぜい妹を守るためだった、何も知らなかった自分は悪くないと自己正当化して応戦すれば?」
得意でしょ、とアルカディアはそれだけを告げると、一方的に通信を切った。
「姫様・・・」
「・・・あの男の顔、どこかで見たことがあるとは思っていたんだ。
そうか、マグヌスファミリアの人間だったのか」
マグヌスファミリアを占領した時、王族が居住する城はすでに土砂崩れの中に埋もれていたが、国民達が使う城は無傷だったのでそこを押さえた時に目にした写真の中に、アルフォンスがいた。
何百枚もの写真が廊下の壁に貼られ、その中に幸せそうに微笑みながら結婚式らしき祝いの席で花婿と花嫁を祝っていた。
誰もが幸福そうに笑っていた写真の群れの中で。
『・・・戦争って嫌になるわ、相手を陥れることばかり考えてると、品性が限りなく下がっていくんだから』
同じ笑みでも、あの写真とはまったく違う種類の笑みを浮かべて言い放ったあの男は、自分が汚れていくことを自覚していた。
自分にもそんな時代があった。
だから最愛の妹にはそうなってほしくなくて、綺麗な温室の中で綺麗なまま育てた。
だがあの男もそうだったのではないか?
“大事なエディ”と呼ぶ宝を綺麗なままにしておきたくて、自ら汚れていくことを選んだのではないのだろうか。
しかし、マグヌスファミリアの国力ではそれでも叶わず、それだけに自分に対する恨みが深まっていったのだとコーネリアはアルカディアの膨れ上がった憎悪を叩きつけられてやっと悟った。
「八つ当たりをしないだけ、以前の私よりはるかにマシか」
「姫様、そのようにご自分を責めても・・・」
ギルフォードは主君をなだめたが、コーネリアは力なく総督椅子に腰かけた。
『EUも中華連邦もブリタニアもみんななくなって、世界が一つになって仲良く暮らせますように』
『なんてことを言うんだ、ユフィ!ブリタニアもなくなってなどブリタニアの皇女ともあろう者が軽率な!!』
幼いユーフェミアがアリエスの離宮で地球の上でいろんな国の者達が手を繋いで立っている絵を描いてそう夢を語ると、警備をしながら妹達を見ていたコーネリアは慌てて叱りつけた。
だがそれをナナリーを抱きながら聞いていたマリアンヌは、その絵を手にとって嬉しそうに微笑んでユーフェミアを褒めた。
『素敵な夢ね、ユーフェミア皇女。みんなが一つになってお互いを理解し合えるなんて、とても素晴らしいことですものね』
『マリアンヌ様・・・』
『大丈夫よ、陛下や私が必ず実現するから。みんなで仲良く暮らせる世界を、必ず造ってみせるわ』
『お母様、ナナリーもみんなで仲良く暮らしたいです』
少し舌足らずな口調で賛成するナナリーを、マリアンヌはもちろんよと抱き締めた。
七年前の幸せな光景が、コーネリアの戦意を鈍らせる。
自国のため、妹のためと信じていたが、父が己にすら秘匿している計画の存在、V.Vなる者の不可解な言動や行動が、ブリタニアに対する忠誠心が揺らいでいることも大きい。
(マリアンヌ様・・・私はどうすれば・・・)
戦うしかないと解っていた。
だがいったいどこでボタンをかけ間違えたかと考える時間すらない。
「コーネリア様、サッポロ租界が黒の騎士団により陥落しました!
地方長官は既に殺害され、複数の高官が拘束されている模様です。
なお、農業特区ホッカイドウは騎士団に味方する声明を発表しました!」
「ヒョウゴでも現在、コウベ租界が攻められています。
工業特区オオサカおよびハンシンは、黒の騎士団に占拠されました。援護は間に合いません!!」
生まれて初めて迷いを生じさせたコーネリアは、次々にもたらされる凶報に力なく指示を出しながら、心の中でただ泣いた。
事態が二転三転している経済特区日本、その日本人居住区では、扇が束の間の平和が終わったことに大きく溜息をつきながら立ち上がった。
「まさかこんなことになるとは・・・だけどこうなった以上俺も行かないと」
「要さん・・・」
ヴィレッタが心配そうに扇の顔を見つめると、彼の上着を出してやりながら尋ねた。
「黒の騎士団に参加なさるんですか?」
「いや、君に言っていなかったが、俺は黒の騎士団の副司令なんだ。
このまま穏やかに君と・・・とも思ったが、ブリタニアがいる限り君と幸せになることは出来ない」
上着を受け取りながら扇が答えると、ヴィレッタは驚きながらも納得したようだった。
「そうですか・・・あの、私もご一緒させて下さい。一人じゃ不安で・・・」
「千草、だけど戦場は危ないんだ。ここで俺の帰りを待っていて欲しい」
「嫌です!一人で待つくらいなら、私も・・・・!」
震える千草にほだされた扇は、感動してヴィレッタの望むがまま、連れていくことを了承した。
「解った、君がそう言うなら・・・君は料理が上手だし、裏方を手伝ってくれるのなら助かるしみんなも喜ぶ」
「ありがとうございます!私、荷物をまとめてきますね」
ヴィレッタが隣室に姿を消すと、扇は愛する千草が自分のために危険な戦場に来てくれることに困りながらも喜んでいる。
だが彼女がいる部屋では、その千草が先ほどとは違う鋭い目でバッグに服を詰めながら黒い思考に身を浸らせていた。
(あんなうだつの上がらぬ男が騎士団の副司令、か・・・あの男についていけば、騎士団の幹部どもを一掃できるかもしれない。
そうすれば純血派の汚名を晴らせて、私は晴れて軍に戻れる・・・!ゼロの正体がブリタニア人の少年だと知っているし、シュタットフェルトの娘が騎士団員だという手土産もある)
自分があれほど望んで手に入れたいと望んでいた爵位を持ち、辺境伯叙任のパーティーでカレンの傍にいたシャーリーをテレビで見た時、ヴィレッタの記憶は戻っていた。
自分を撃ったゼロの恋人らしき少女が幸福そうに笑っており、さらに扇に会いに来ていたカレンと扇の言動から辺境伯の地位までになりながらブリタニアを裏切っているカレンに憎悪の炎を燃やした。
だがイレヴンとブリタニア人のハーフとして登録されている自分が証拠もなしに特区から出て政庁にまで行ってその情報をもたらしても信用して貰えるかが怪しいと判断したヴィレッタは、チャンスを待つことにした。
その時扇は小学校の当直でいなかったために気づかなかった扇の横で、ヴィレッタは“千草”を演じてひたすら機会を待った。
(人を操り、記憶を失わせる力・・・そう考えれば今までのことも全て辻褄が合う。
おそらく、その後遺症で私は、イレヴンなんかと・・・あの学生、ルルーシュ・ランペルージこそ諸悪の・・・!)
前半は全くその通りだが、他はすべて濡れ衣である。
だがナンバーズである男と恋仲になるなどこれまでの自分のプライドが許さず、扇を愛したのは己自身であることを認めることが出来ない。
『千草・・・』
(私は操られていただけなんだ!!そうでなければ私がイレヴンなどと!!)
扇は自らの傍にいるのが純血派というブリタニア人以外は劣等民族であるという差別主義を掲げる女であることも知らず、荷物をまとめて現れたヴィレッタを待つのだった。