第二十話 事実と真実の境界にて
「・・・何ですか、これは?!
いえ、それは後です。とにかく急いでメグロに向かいなさい!至急脱出して来た方々の保護を行います!」
「しかしユーフェミア様、危険です!」
「あの方々には守る者が誰一人いないのですよ!!わたくしについている護衛部隊は何のためにいるのです!
向かわないと言うのなら、歩いてでも私は行きますからね」
「イ、イエス、ユア ハイネス!!」
運転手は走っているにも関わらずドアを開けかねない様子のユーフェミアを見て、予定通りメグロへ車を走らせた。
その横ではスザクがユーフェミアの手をそっと握り、安心させようとすると同時にそんな無謀な行為を止めにかかっている。
ダールトンも不敬を咎めるよりも彼女の安全を優先するため、見なかったことにした。
車が停車するや座席から飛び出したユーフェミアが見たのは、怯えて震えるブリタニア人と日本人達の恐怖に染まりきった瞳だった。
(・・・もしかしてこの件をもみ消すために口封じで殺されると怯えているのかしら)
ブリタニア人がテロを起こしたなど外聞の悪いことは明るみに出したくないことだとユーフェミアは内心でそう考えると、しっかりした口調で言った。
「皆様、ご心配はありません。ユーフェミア・リ・ブリタニアが皆様をこれより特区のほうで保護を致します。
その前に何があったか、今一度確認させて頂きたいのですが・・・」
ユーフェミアが安心させるように穏やかな口調で尋ねると、目の縁を赤く光らせた中年のブリタニア人の作業員がおそるおそる証言した。
「わ、私達は工事現場で視察団の方々に危険がないようにと、ライトの設置と確認をしていたのです。
そうしたらいきなり仲間が撃ち殺されて、私達は慌てて逃げて隠れていたのですが」
隙を見て工事現場から逃げて助けを求めたのだと言う男性に、ユーフェミアはめまいがした。
「それで、その後の様子はどうなっているのです?」
「ナイトメアが突入してからは、静かです。
あの、他に連絡が取れない仲間達がいるのですが、ユーフェミア様が既に保護して下さっているのでしょうか?」
「連絡が取れない方がいる、ですって?・・・護衛部隊の皆さん、今から工事現場に入ります。
もしかしたら逃げ遅れた方がまだ中に隠れていらっしゃるのかもしれません」
ユーフェミアが工事現場を見上げて言うと、ダールトンが猛反対した。
「なりませぬユーフェミア様!所属不明のナイトメアがいるのですぞ!
我々が向かいますゆえ、どうか枢木少佐とともにお待ち下さい」
「私も行くに決まっているでしょう!また都合のいいお話ばかり聞かされるのはうんざりですわ。
私が直接何があったか確かめます!!」
「ユーフェミア様!!」
「自分も反対ですユーフェミア様!ここは僕が代わりに見て参りますから!」
ダールトンとスザクも意地でも危険な場所に向かわせられないと言い合っていると、一人の記者が進み出て提案した。
「ならばユーフェミア副総督閣下、私がカメラを持って皆様と同行させて頂く・・・というのはいかがでしょう?
閣下はテレビ局の車内のモニターで真偽の確認を行うのがよろしいかと」
「ああ、それだったら中に入らなくてもいいから安心だな・・・ユーフェミア様、そう致しましょう!」
中に入られるよりマシだとスザクが賛成するも、ユーフェミアは都合のいいところだけ見せられるのではないかと首を縦に振らない。
今までブリタニアのいい面ばかりを告げられていた彼女は、ブリタニアの報道機関そのものを疑うようになっていたからだ。
「私はゼロが現れた時、ありのままを放映しております。報道に携わる者としての誇りは誰よりも持っている自信がございますが。
事実を伝えることこそジャーナリストの仕事ですから、どうか私に内部に入る御許可を頂きたい」
「 ゼロの?ああ、あれは貴方が報道なさっていたのですか?」
「指示したのはディートハルト・リートで責任を取ったのも彼ですが、カメラを回し続けたのは私で彼が特区局に入ったと知って私も異動を希望した次第です」
「・・・それならばお願いいたします。どんなことでも、ありのままをお伝えして下さい。
その件で貴方を処罰することはないとわたくしが保証致します」
「イエス、ユア ハイネス。では準備をして参りますので、少々お待ち下さいませ」
あらかじめ準備をしていた記者は、ユーフェミアを車内に案内した。
「機材が多く狭苦しくて申し訳ないのですが、何とぞご了承ください。
こちらのモニターに私のカメラからの映像が送られて参りますので」
「構いません。では、よろしくお願いいたします」
ゼロが初めて登場した時、放送を切るように命じたのにそれを無視してエリアに流したテレビ局の人間がいることはユーフェミアも聞いていた。
その彼の下で働いていると言うならば今回のことも信用していいだろうと判断したユーフェミアがモニターを食い入るように見つめ始めたので、記者はカメラを構えて車から降りた。
一方、ダールトンは記者の案を認めたはいいが、暗にまずい映像を撮らないように言い含めるつもりだったのだが彼が受け入れるとは思えず苦虫を噛み潰した。
「・・・あまり過激な映像は控えて貰いたいものだが」
「しかしユーフェミア副総督閣下はありのままを伝えるようにとおっしゃった。
ジャーナリストとしては感極まるご命令、私は喜んで従うつもりです」
きっぱりと言い放った記者にいざとなったらカメラを壊すかと内心で考えながら、スザクと残った護衛部隊にユーフェミアを放送車から降ろさないように言い含めた後、銃を構えた部隊の半分を連れて工事現場へと入った。
(これは、血の匂い・・・確実に死者がいるな)
だが人の気配はしないのですべて死んでいるのではと嫌な予感に身を浸らせながら歩いていると、懐中電灯の先に浮かび上がったのは数人の死体だった。
「こ、これは・・・!いったい・・・」
「・・・先ほど逃げてきた者達の証言は、どうやら事実だったようですな」
記者の呟きに何人かの顔に見覚えのあったダールトンは彼らが自分が送り込んだスパイだと気付いたが、擬態とはいえ主義者の活動をさせていたため、巻き込まれただけかそれとも何かの策かと判断がつきかねている。
一方、その映像を見て卒倒してもおかしくないほど血の気が引いたユーフェミアはそのうちの何人かの顔に彼女も見覚えがあった。
「あれはゲットーに物資を送ってくれていたというミスター・グエンではないですか!
特区に協力して下さった方も・・・!ああ、何ということ・・・!」
みんなで力を合わせてブリタニア人と日本人が仲良く暮らせるようにと心を砕いてくれていたのに、どうして今もの言わぬ身体になって血の海に横たわっているのだろう。
「そんな・・・酷い・・・!」
既に先ほどの件は、日本中に報道されている。
今さら誤報だったと言うのは無理があり、証言者の顔も名前も知れ渡っているのだ。
(かといって隠し続ければ日本人の方々は当然のこと、特区に協力してくれている方だって過激な主義者のテロの対象になると恐れて協力してくれる方が減るかも・・・)
隠すにせよ、事実を知らせるにせよ今後の特区は確実に暗礁に乗り上げると考えたユーフェミアは戦慄した。
しかも特区を考えているエリアに報道されていたのもまずい。
事実コラリーやクレマンが担当しているエリアでは特区反対派がそれ見たことかと言わんばかりに、特区凍結を言い出して計画書をゴミ箱に放り込んでいた。
一方、先発隊として送り込んでいた兵士から無線での連絡が聞こえてくる。
「ダールトン将軍、視察団の護衛に当たっていた名誉ブリタニア人の兵士達も皆射殺されていることを確認しました。
さらに登録されていないサザーランドを発見しましたが、操縦者および乗員は自害したようです」
「自害だと?いったいなぜ・・・」
「解りません。ですが、他に生存者はおりません。現状ではこれ以上の現場解析は不可能です」
「・・・解った、引き上げるぞ。
ユーフェミア様も、よろしいですな?」
「はい。貴方がたが戻り次第、特区に向かいます。
お姉様にも伺いたいことがありますので」
ダールトンの問いに了承したユーフェミアが中継車から降りると、何が起こったのかと話し合っていたクレマンとコラリーは彼女の青白い顔から中の様子が酷いものだと予想がついたため、特区は絶望的だと額を押さえた。
「ユーフェミア様・・・!」
「・・・せっかく協力して下さったのに、申し訳ありません」
ユーフェミアが深々と頭を下げると、二人はユーフェミア様のせいではありませんと慰めるが、今後どうすればいいのかなど二人にも解らず立ち尽くすばかりだ。
やがて工事現場から出てきたダールトンは現場に入らないことを命じた後、ユーフェミアが視察団および保護した証言者となった者達とともに特区へと車を走らせた。
そして残された中継車の中では、現場に同行した記者が先ほどの映像をディートハルトへと送信している。
報告を聞いたディートハルトは、カメラをうっとりと見つめて興奮した声で呟いた。
「特区にダメージを与えることなく決起させるとは、さすがゼロ!
世界が変わる・・・ゼロという一人の男によって!!」
自分が間近でその記録を撮り続ける、その幸運。
ディートハルトは狂喜しながら受け取った映像を確認すると、笑い声をあげながら機材を操作するのだった。
政庁では機密情報局の勝手な行動に怒り狂ったコーネリアが情報局に抗議していた。
「いったいどういうつもりだ!私に図らず行動するなど、総督たる私を何と心得ている!!」
「申し訳ありませんコーネリア総督閣下。しかし、いかなる強引な手段を使ってでもC.Cを捕らえよとのご命令でして」
皇帝の命令という帝国における最高の免罪符を出されたコーネリアは唇を噛んだが、それでも彼らを糾弾することは可能だった。
「そもそもどうしてあそこにC.Cがいるなどということになったのだ?!」
「それは、ピザが大量注文されたことに端を発しまして」
「ピザ?何だそれは」
聞き慣れない料理の名前にコーネリアは眉をひそめたが、ギルフォードの説明を聞いてさらに情報局に詳しいことを聞くと以下のようなことが解った。
ルルーシュがアッシュフォードにいた当時、シンジュク事変以降頻繁にピザを大量注文していることが判明した。
パーティーなどが行われている時ならともかく、ルルーシュ個人がそういうことをするはずがなく、ピザの配達員にC.Cの写真を見せて聞き込みをしたところ彼女が注文主だという証言を得られたのだと言う。
代金もルルーシュのクレジットカードから支払われていたことも確認済みだ。
そしてその情報を元にトウキョウ租界内でピザを大量に頼む者を中心に調べてみたところ、マグヌスファミリアの女王が買っている様子が防犯カメラに映っていたのだそうだ。
「・・・つまり、C.Cはピザとやらが好物だというわけか。それで?」
「そこで各ピザ屋にも網を張っていたところ、この近隣に大量注文されたとの情報が入ったので至急人員を確認に向かわせました。
すると対象が生餌・・・いえ、ルルーシュ皇子と共にいることを確認しました。
対象を確認した場合、いかなる手段を使ってでも迅速に捕獲せよとのご命令ゆえ、捕獲部隊を向かわせた次第です」
「生餌・・・」
「孤児院の者達と会い、ナナリー皇女の様子を伝えておりまして・・・今回報道陣がいるから無理な手段はとらないから大丈夫だと油断していたので、好機と考えたのですが」
ルルーシュがどう扱われているかを知ったコーネリアはダン、と大きな音を立てて机を叩いた。
「貴様は馬鹿か!明らかに誘われているではないか!!まんまと乗せられおって、この愚か者どもが!」
コーネリアは一連のこの騒動が全てルルーシュの手のひらの上で行われていることだとすぐに看破した。
ピザという解りやすい材料を放置しておいたのも、姿を現したのもそのためだ。
報道陣がいるからこそ油断しているように見せかけ、この状況を造ったのだ。
「これでゼロは公然とブリタニアを攻撃出来る・・・ルルーシュはこれを待っていたのか・・・!」
ルルーシュは正体がバレた以上、迅速に日本解放をしたがることは解っていた。
だからコーネリアは決起の理由を与えないために日本特区を保護し、今回の医療特区の事業も認めてきたと言うのに、機密情報局の皇帝の命令という名の暴走がそれを台無しにしてしまった。
しかも彼らは己の失策を認めず、とんでもない提案をして来たのだ。
「黒の騎士団が決起すると言うなら好都合ではありませんか。
我々が鎮圧し、ゼロを捕らえてC.Cを捕獲すればすむことです」
「・・・この、度し難い馬鹿どもが・・・!」
C.Cを捕まえるだけが任務の機密情報局は、エリア11の治安や政治を任されている自分やユーフェミアのその後についてまるで考えていなかった。
たとえそれが成功したとしてもこの件でブリタニア人の協力者の脱退が相次ぎ、特区は失敗に向かう。
それを防ぐためには過激な国是主義者の仕業とされている以上適当なブリタニア人に罪をかぶせて処分するしかない。、
そもそも最初の報道で襲って来たのはブリタニア人とはっきり証言されてしまっている。
何千万もの人間がその報道を見ていたのだから、口封じなど出来るはずがないのだ。
だが幸い、無実の者を人柱に立てる必要はなかった。
「ギルフォード、機密情報局の人間を数名選んで来い。陛下には私から言っておく」
「イエス、ユア ハイネス」
馬鹿げたミスをした者達の処分代わりとすれば角も立つまいと言うコーネリアの命令にギルフォードが頷いて出ようとした刹那、緊急連絡が入った。
「コ、コーネリア総督閣下!!大変です・・・先の事件の映像が流出しております!」
「な、何だと?!いったい誰が・・・」
ギルフォードが慌ててモニターのスイッチを入れると、日本人、ブリタニア人が撃たれて死亡している工事現場の凄惨な映像が流れている。
うち数名の顔に見覚えのあったギルフォードは、驚いた顔で報告した。
「あの者達は、確かダールトン将軍がスパイとして送った者です・・・」
「・・・そういうことか!ルルーシュは邪魔者を一掃すると同時に決起の生贄にするつもりで!」
どこまでも抜け目のない末弟の策略を知ったコーネリアは、この事態をどう妹に説明するかと頭を抱えた。
ルルーシュの策だったとユーフェミアに説明したところで信じて貰えるかがまず怪しい上に、ブリタニア側がしょせん犠牲者がナンバーズと主義者だからと構わず襲いかかった事実が消えるわけではない。
妹とて好んでルルーシュや自分との間に不和を招きたいわけではなく、穏やかな形で和解させようと努力しており、ルルーシュとナナリーがメグロにいたことを正直に報告してくれた。
その気持ちを汲んで、彼らを特区に組み込みきちんと保護すると約束したのはほかでもない自分なのだ。
(それを壊しておいてルルーシュの策だったなどと言えば、いくら事実でもユフィが素直に聞き入れるはずがない!!
また他人のせいにする気ですかと咎められるだけだ・・・!)
「姫様・・・」
ルルーシュの隙のなさ過ぎる先手に、コーネリアがもはや末弟と戦う道から逃れられないことを悟った。だがそれでも、この場は取り繕っておかねばならない。
「・・・急いでくれギル・・・情報局の連中に責任を取らせろ。それでもだめなら・・・私はルルーシュと戦うしかない・・・」
「は、かしこまりました。機密情報局の方々、至急責任を取る方を数名選んで頂きたい。よろしいな?」
「そんな・・・我らは陛下のご命令で・・・!」
情報局の者達は理不尽だと憤るが、ギルフォードはそんな彼らの泣き言を切って捨てた。
「陛下のご命令を果たせなかったのはそちらだ。
成功したならともかく、失敗した挙句エリア11の治安を悪化させる要因を造った責任を取るのが筋であろう」
ギルフォードはそれだけを告げると彼らとの通信を一方的に切った。
そしてコーネリアの親衛隊数名に連中を連行するように指示を送る。
「ユフィは特区に戻ろうとしているようだが、政庁に来るように言わなくてはな。
あそこも危険だ・・・イレヴンが騒いでユフィを責めるに決まっている」
コーネリアは気が重そうにユーフェミアの携帯電話に連絡を入れると、怒りをにじませた妹の声が、VTOLのプロペラの音と共に耳に入って来た。
「お姉様・・・これはいったいどういうことです?!」
「今確認を取った。これは機密情報局の暴走だ。今ギルフォードに命じて連中を逮捕する手配を終えたところだ。
どうもC.Cがいると勘違いをしていたようだが、だからといってこの所業を捨ておくわけにはいかぬゆえ、テロリストとして処断する」
「陛下直轄の機関の・・・?ルルーシュを捕まえるためだけに、こんな恐ろしいことをしでかしたと言うのですか!!」
案の定激怒した妹を、コーネリアは懸命になだめにかかった。
「連中は過激派のテロリストとして処断する。死刑、終身刑にすればこの騒動は納まるだろう。
綺麗にこの騒ぎが収束するまで、お前は政庁にいるんだ。今戻れば今回の件についての説明を求められるからな」
「説明をするのは当たり前でしょうお姉様!この特区のためにどれほど協力してくれた方々がいると思っておいでなのですか!
先ほどニーナから日本人の方はむろん、ブリタニア人の方からも過激な国是主義のブリタニア人が特区でテロなど起こさないだろうかと心配する声が上がって騒ぎになっているとの報告がありました。
シュタットフェルト辺境伯が何とか対応して下さっているようですが、辺境伯も何も知らない以上限界がありますから私は戻ります」
「ユフィ、だが危険が・・・!!」
「命をかけるからこそ統治する価値があるとおっしゃったのはお姉様です!
ここで私が動かなければ、どのみち特区は終わりです!」
自身の言葉を逆手に取られて反論を封じられたコーネリアは、特区が妹を急激に成長させてしまい皇族の義務を全うするとの意識を高めてしまった結果、彼女が自分が作った箱庭から出てしまうことになったのは本当に皮肉としか言いようがなかった。
「・・・解った。お前の好きにするがいい。ダールトン、枢木・・・何が起ころうともユフィを守れ。・・・いいな」
力なく携帯の通話を切ったコーネリアは、これから先のエリア11と自分とユーフェミアがどうなるか予想がつかず、額を押さえて溜息を吐く。
解ってはいた。政治家としてユーフェミアの取った行動は間違いなく正しい。
自分が出来ることと出来ないことの区別をつけて自分の精一杯を務め、治める民のために責任を果たしに行ったのだから。
と、そこへコーネリアの通信機に何者かが連絡して来たという報告が、飛び込んで来た。
「コーネリア総督閣下、経済特区日本の通信機から連絡です。
発信者名は“アリエス”とありますが・・・」
「アリエス・・・だと?繋げ!!」
コーネリアが椅子から立ち上がる勢いで命じると、ただちに通信が繋がって十月に父との会談で聞いたきりの末弟の声が響き立った。
「お久しぶりですねコーネリア総督閣下」
「ルルーシュ・・・いったいどういうつもりか、と問うのは今更なんだろうな」
疲れ切った異母姉の声に、ルルーシュはそうですねと口調だけはそっけなく答えた。
家族と責務の間に挟まれて身動きが取れないコーネリアを憐れむことはたやすいが、もはやそんな段階はとうに過ぎ去っている。
「これから日本を返して頂きます。その前に、ユフィについてお話ししておこうと思いましてね」
「ユフィ、だと?特区を造らせて成功させた後は、用済みだと思っていたのだがな」
「・・・ユフィには感謝していますよ。俺達にとってはまさに救世主ですからね。
ですからご安心ください、俺達が勝てばユフィは必ず保護します。そしてブリタニア帝国を倒した後は、彼女に皇帝となって貰いますので」
ユーフェミアを皇帝に、と言い出したルルーシュに、てっきり彼が皇帝になるものと思っていたコーネリアは驚いた。
「お前が皇帝になるのではないのか?!」
「ブリタニア人の反感と世界の反感を抑えるためにも、彼女が適任です。
ブリタニア皇族として生まれ育ちながらも、ナンバーズを奴隷扱いせずに共に歩もうとした主義者が皇帝になるという事実は他国の人間と、他国を虐げてきたことで今度は自分達がその立場になると怯えるだろうブリタニア人に安心感を与えますから」
「・・・特区はその実績作りの一環か。つくづく恐ろしい人間に成長したものだお前は」
末弟と末妹もブリタニア人なのだ。安心して暮らせるようにするには、戦後のブリタニアの居場所をも視野に入れて戦っていたのだとコーネリアは知った。
「俺は大枠を考えただけで、成功させたのはユフィの力によるところが大きいですよ。
まさか他のエリアからも特区をと言われるほどになるとは、俺も予想外でしたからね」
他エリアでも特区を造るためにメグロの医療特区を報道するようだという報告があった翌日に、ならば利用させて貰おうとあくどい笑みを浮かべたことなどなかったことにするかのように、ルルーシュは苦笑する。
「そうか・・・喜ぶべきか悲しむべきか、悩むところだな」
椅子に腰かけ直したコーネリアは、ルルーシュに尋ねた。
「そしてユフィを保護してことが済んだ後、皇帝に立てるということか?」
「いいえ、ユフィは今から政庁に送り返します。
俺が負けるとは思いませんが、万が一・・・・いや、億が一にものことを考えてこちらに関係していると思われては、俺達が敗北した場合の彼女の立場が悪くなりますので」
「ユフィの立場が悪くなれば、ナンバーズを保護する者が誰もいなくなるということか・・・どこまでも抜け目のない奴だ」
まだ日本一国すら解放出来ない以上、保険をかけると同時にユーフェミアを安全地帯に置くという一石二鳥の案に、コーネリアは乗らざるを得なかった。
「解った、ユフィがこちらに戻り次第、こちらで保護する。
・・・私が勝てばユフィを呼び戻し、特区を元通り再建すると約束しよう」
ルルーシュと戦わないと言う選択肢がなくなったコーネリアはせめてもの代償にそう告げると、ルルーシュは彼女がやっと差別主義の枠から少しでも離れてくれたことを嬉しく思った。
だが、罪なき者達を虐殺した後では、それは少し遅すぎた。
自分達が勝利した後にコーネリアが主義を変えたと言えば、それは命惜しさからだとしか受け取られない。
相手から悪く思われている人間は、何をしようとも悪いようにしか受け取られないのが常なのだから。
せめてサイタマであんなことをしなければ日本人もまだ貴女を受け入れる余地が多少なりともあったのに、差別主義にとらわれブリタニア人以外を人と思わなかったその所業が彼女自身の首を絞めたのだ。
「俺もお約束しますよ。全てが終わりユフィを皇帝に立てた後は、俺が彼女を貴女の代わりに守るとね」
「でなくばお前の計画も立ちゆかんからな・・・信じよう。
では後は戦場で会おう、ルルーシュ・・・いや、ゼロ!!」
「すぐにそちらに参りますよ、コーネリア総督。
奪われたものをこの手に取り戻す・・・俺は、ブリタニアをぶっ壊す!」
ルルーシュの宣告とともに通信が切れると、コーネリアは一度顔を手で覆った後に顔を上げた。
「・・・ただちに各租界へ防衛ラインを引け!トウキョウ租界にもいつでも非常事態に備えて動けるよう、軍に指示を出すのだ」
「承知いたしました、すぐに手配いたします」
「それからギルフォード、ユフィが戻ってきたらダールトンをつけて部屋に閉じ込めろ。本国には戻さない」
「本国にお返しするのではないのですか?」
驚いたように尋ねるギルフォードに、コーネリアは首を横に振った。
「戻っても国是に反した特区を造ったというレッテルを貼られて言いように使われるに決まっている!
私がここに赴任した時、何故あの子を連れてきたと思っている?」
ペンドラゴンでは何の益にも立たない皇族はよくて飼殺しだった。
場合によっては利用され、捨てられることも珍しくない。
自分がユーフェミアを守っている間はいいが、いつまでも続かないと判断したからこそエリア11を掃除し、彼女を総督に据えることで中枢から離れさせようとしたのだ。
「“他人から自分がどう見えているかを知らないと、他人に利用されて終わるだけ”、か・・・正しい忠告だったなルルーシュ」
神根島でシュナイゼルのミサイルに飛ばされる間際の通信記録の言葉。
甘言で慰めるのではなく、厳しい忠告をしてくれたからこそ今のユーフェミアがある。
そう言った本人がしっかりその隙に付け込んでユーフェミアを利用したのは事実だろうが、それなりの代価は払ってくれた。
(私が万が一負けても、ルルーシュになら悪いようにはすまい。
マグヌスファミリアの連中も、ルルーシュをリーダーとして仰いでいる以上本音はどうあれ手は出せないはずだ)
どちらに転んでも、最愛の妹だけは守られるはずだ。
そう考えたコーネリアは自分の第一の宝を守るために、矢継ぎ早に指示を
出すのだった。