第四話 キョウト会談
キョウトから招待状が来た夜、エトランジュからギアスの定時連絡でルルーシュがそう言うと、エトランジュが尋ねた。
《キョウト六家・・・ですか?それはどのようなものですか》
《一言で言えば、日本のレジスタンスをまとめている・・・日本国の内閣のようなものですよ》
ブリタニアの支配を認めないレジスタンスからすれば、自分達は日本国軍でありそれを指揮して資金援助を受けているから、そう例えるのもあながち間違いではない。
《なるほど・・・それで、私にその方々と会えと?》
《貴女の本当の目的は私ですが、ブリタニアの脅威にさらされている国と同盟関係を結んでいくこともそうであるはず。
それは私としても望むところなので、ぜひ貴女にその役目をして頂きたい》
怪しい仮面の男よりも、小国でありまだ幼いといってもいいが素性が解っている女王の方がやりやすい役目だ。
《確かにその通りですね・・・国同士の連携も大事なものですから》
実はEUとしても対ブリタニア戦線を築くために各国と連絡を取りたいところなのだが、その余裕もない上に安心して他国と同盟を組める状況ではないため、なかなかうまくいっていないのだ。
その点現在エリア支配を受けている国なら対ブリタニア感情が燃え盛っているだろうし、こちらがある程度援助をすることで同盟のきっかけになるかもしれない。
《解りました・・・では、いつお会いすればよろしいでしょう?》
《実は今日招待状が届いたのですが、明日にということなのです。急な話で申し訳ないのですが》
《明日ですか?別にいいですよ》
特に予定もない・・・というかずっとゼロの連絡待ちだったので、彼女達は山で山菜を採ったり野兎などを捕まえ、廃墟の中で寝起きしているというサバイバル生活を行っていた。
《では明日、シンジュクゲットーへ来て頂きたい。場所はキノクニヤという大型書店跡がありますので、そこで・・・》
細かい場所を伝えると、エトランジュはそれを反復して了承した。
《くれぐれもブリタニア軍に気取られぬよう、慎重にシンジュクまで来て頂けますか?》
《もちろんです・・・では、明日によろしくお願いいたしますね・・・おやすみなさいませ》
エトランジュからの通信が切れると、ルルーシュはパソコン内に映るキョウト六家を司る重鎮達、その中の一人の項目に目をとめた。
(EUとの外交特使をしていた宗像か。この男となら、エトランジュ女王と連携が取れる可能性がある。
明日は二つの会談が行われる日だ・・・慎重にいかねば)
ルルーシュは横に置いてあったチェスの黒のクイーンを手に取り、自らの黒のビジョップの駒の横へと置く音が響いた。
「ご連絡感謝いたします、エトランジュ様」
シンジュクの廃墟と化していた大型書店で待っていたマグヌスファミリアの面々を迎えに来たルルーシュが会釈すると、まだ残っていた本を発掘して読んでいたエトランジュは慌てて立ちあがった。
「こんなに早く日本の方と会談出来る機会を下さるとは、思っていませんでした」
「貴女のナリタでの行動のお陰で、我が黒の騎士団の名声が堕ちずにすみましたのでね」
友人の父親の命と、友人の心も・・・そして友情も。
先日学園へ戻ったルルーシュは、シャーリーから父親がナリタ連山で土砂崩れに巻き込まれそうになったが、寸でのところで避難したために助かったことを知った。
詳しく話を聞いたところ、エトランジュが説得した際彼女の言葉を信じてくれた地質学者と言うのが、なんとそのシャーリーの父親だったのだ。
これから先数多くの死者を己が出すことになるとは重々理解していたつもりだったが、いきなり友人を巻き込みかけてしまったルルーシュは、内心酷く悩んだ。
だが今更引き返すことなど出来ない。しかし、より深い策を練り上げてせめて無関係の人間を巻き込むことを避ける程度のことはしてみせると、ルルーシュは誓った。
「改めて、御礼を言わせて頂きたい・・・ありがとうございます」
「・・・?いいえ、どうしたしまして」
改めて言われるほどのことだったろうか、とエトランジュは首を傾げたが、あえてそれを問いただすことはしなかった。
「キョウトの方とお会いして頂く前に、実はお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「私はキョウトにすら、素顔を明かしたくはありません。そのために少し策を弄しますので、貴方がたも協力して頂きたいのですよ」
「・・・内容次第です」
エトランジュの返答にルルーシュは協力内容を告げると、エトランジュ達は相談の末了承した。
「そういうことでしたら、別に構いませんけど・・・それでよろしいのですか?」
「私の読み通りなら、これでうまくいくはずです・・・貴女も他の幹部と共に赴いて、ブリタニアのスパイと疑われるのは心外でしょう?」
「確かに・・・ではその作戦で参りましょう」
ルルーシュと共にマグヌスファミリアの一行はシンジュク近くを歩くと、まずキョウトが寄越した車を見つけてルルーシュだけが歩み寄り、他のメンバーは息をひそめて壁の方へと姿を隠す。
そしてルルーシュがギアスを使い運転手から目的地を聞きだすと、さらに替え玉のC.Cに率いられた黒の騎士団幹部が車に乗り込み走り去るのを見てエトランジュ達も動き出した。
ルルーシュが用意した車に大急ぎで乗り込むと、彼とともに目的地へと先回りする。
「ここが、キョウト六家のアジト・・・」
日本を象徴する美しき霊峰・富士山。
だが今やその神秘さは醜いコンクリートに浸食され、地表がむき出しになってブリタニアに搾取され続ける日本を腹立しいほどに表現していた。
「私達の虹の山も・・・何らかの資源があったのならこのような姿になっていたのでしょうか」
マグヌスファミリアにも、富士山ほどではないがそれなりに大きい山がある。
何らの資源も眠っていないが代わりに緑豊かな自然に彩られ、春には花が咲き乱れ、夏には冷たい泉が湧き、秋には美味な山菜が実り、冬には白い雪に覆われる。
国の中心にあるその山の麓には湖があり、そのほとりにポンティキュラス王族が住む城が建てられていた。
「その地下に遺跡があって私達が管理していたのですが・・・ブリタニアにその遺跡を渡さないためと、うまくすればコーネリアが倒せるかもしれないという打算の元、土砂崩れで城を埋めて湖の水を引き入れて水没させてしまいました」
マグヌスファミリアは農作物以外に何もない国なので、虹の山にもEUの地質学者が研究していったが“巨費を投じて採掘すべきものなし”と評価し、がっかりした顔で帰って行った。
「日本人が聞いたら気を悪くするだろうけど・・・これ見たら何も持ってなくてよかったと思うんだよな」
クライスが富士山を見上げて、正直な感想を言った。
「気持ちは解るが、くれぐれも日本人の前で口にしないように。では、これより中へと侵入する」
ルルーシュが自分のギアスを使って侵入を試みようとしたが、それをアルカディアが止めた。
「待って、こういう時は私のギアスの方がいいわ」
アルカディアのギアスは“自分と自分に接触している人間が認知されなくなるギアス”であり、潜入活動に大変便利な能力である。
ただ持続時間と人数は反比例しており、五人だと三十分ももたない。
「ただこのギアス、機械相手には通じないのよねえ」
要するに見張りはスル―出来ても、監視カメラや自動改札機はごまかせない。
一昔前ならともかく監視カメラが氾濫しているこの時代ザルもいいところの能力だが、アルカディアはきちんと弱点を克服していた。
「ハッキングしてカメラの画像変えちゃえばいいのよ」
「なるほど・・・貴女もプログラミングが得意のようですが、時間がないので私がします」
暗に自分の方がパソコン能力があると断言されてアルカディアはムッとしたが、ルルーシュは持っていたノートパソコンでどこをどうしたものか、あっという間に監視カメラの画像は現在の状況をエンドレスで流し続けるものに変更してしまう。
「はやっ」
「では行きましょうか」
「私もけっこうなプログラミング能力持ってるんだけどなあ」
アルカディアはマグヌスファミリアが占領される前からEUに留学しており、機械工学を学んでいた。
奨学金で大学に推薦入学出来るほどの頭脳を持っているのだが、それでもゼロには劣るのかと彼の頭脳に感心する。
「あとでそのスムーズなハッキング法、教えてね。じゃ、行くわよ」
アルカディアは羽織っていたケープを脱ぎ捨てて露出の高い服装になると、左目にギアスの紋様が浮かび上がらせる。
素肌で触れないと効果がないと言われ、ルルーシュも年頃の女性の肌に触るのには少々躊躇したが仕方ないので彼女の右肩に手を置くと、他の面々も慣れているのでエトランジュが右手、クライスが左手、ジークフリードが左肩に手を触れる。
傍から見たら実に珍妙な光景だったが、堂々と見張りの前に姿を現したにも関わらず何の反応もない。
「なるほど・・・これは便利なギアスですね」
「日本に着いた時も、この能力が大活躍よ」
神根島には研究員や見張りが大勢いたが、監視カメラなどのハイテク機器で見張っていなかったため、アルカディア達は遺跡に到着するなりギアスを発動すると背後から次々に彼らを襲って殺害し、その後彼らが所有する小型艇を強奪し、持参したイリスアーゲートを結びつけて日本本州にこっそり上陸した。
「声なんかも全然認知されないから大丈夫だけど、絶対手を離さないでね」
「了解した・・・目的地は警備用ナイトメアが置かれている場所です」
ルルーシュは己のギアスで見張りからその場所を聞き出して案内させると、二人の操縦手を操って二体の警備用ナイトメアを奪い取った。
「エトランジュ様はアルカディア王女とジークフリード将軍とでギアスでこっそり隠れていて下さい。合図があればギアスを解除し、姿を現して頂きたい」
「それじゃ、俺はそのナイトメアであんたが撃たれないよう念のために援護すればいいってことだな?」
「そうして頂ければありがたいですが、一番に守るのはエトランジュ様ですよ。万が一銃撃戦になって彼女達に銃弾が当たりでもしたら、まずいですからね」
生身の人間から3人が見えなくなるという事は、逆に言えば知らずに彼女達に向けて銃弾が発射されてしまうかもしれないということだ。
ジークフリード父子は納得し、クライスは嬉々としてナイトメアに乗り込んでいく。
(準備はこれで整った。後は会談がうまくいけば・・・)
エトランジュが国同士の連携を取るよう説得出来れば、自分がかねてから考えていた“超合集国”の構想が実現しやすくなる。
もし出来ないようなら、説得方法を彼女のギアスを通じて教えてやればいいのだ。
ルルーシュはそう計算し、己もナイトメアへと乗り込んだ。
「ぬるいな。それにやり方も考え方も古い。だから、貴方がたは勝てないのだ!」
C.Cが偽者のゼロであり、キョウト六家の正体を知っていると知るや、ルルーシュが素早く桐原の頭にナイトメアの銃を突きつけた。
「何か、正義の味方っていうか悪のリーダーみたいに見えるのよねー、こうして見ると」
失礼だがもっともな感想を抱きながら、謁見の場にいたアルカディアはただ黙ってその様子を見ているエトランジュを見やって語りかける。
「だからこそ、彼が必要なのではないですか。あれだけ冷徹かつ的確に結果を出すことが、私達に出来るのですか」
「うん、無理。あんな悪辣なこと、戦争したことない私達には考え付かないもの」
ぬるい、とルルーシュは六家を束ねる桐原に言ったが、自分達はぬるいどころの騒ぎではない。
何しろ彼らの国は殺人事件が十年に一度起こるか否か、というほどお気楽な国だったのだ。そんな彼らにいっそ笑いたくなるほど人を殺さなくてはならない戦場でどうすればいいのかなど、到底解らなかったのだ。
「その通り・・・私は日本人ではない!」
その言葉に大げさに納得しつつも驚く黒の騎士団の幹部達に、本当に日本人だと思っていたのかとむしろ彼女達は驚いた。
ちょっと想像すれば、仮面を隠している理由が真っ先にそれだということくらい解りそうなものだけど、とアルカディアは呆れた。
ルルーシュと桐原の対峙は、さらに続く。
「日本人ならざるおぬしがなぜ戦う?何を望んでおる?」
「ブリタニアの崩壊を・・・」
「そのような事、出来るというのか?おぬしに・・・」
「出来る。なぜならば、私にはそれを成さねばならぬ理由があるからだ」
そしてルルーシュが仮面をおもむろに外したのが、背後からでも見えた。
「ふふ、貴方が相手でよかった・・・」
驚きにかっと見開く桐原の目。
(桐原公は、ゼロを知っていた?ということは、彼は日本以外の国の要人ってところかしら?)
アルカディアは顎に手を当てて考え込むが、答えは出ない。
「おぬし・・・」
「お久しぶりです。桐原公」
「やはり、8年前にあの家で人身御供として預かった・・・」
「はい、当時は何かと世話になりまして」
「相手がわしでなければ人質にするつもりだったのかな?」
「まさか・・・私には、ただお願いすることしか出来ません」
「8年前の種が花を咲かすか・・・」
その会話はエトランジュ達には聞こえなかったが、桐原は豪快に笑いだした。
思ってもみなかった懐かしい邂逅。これからの展開に対する期待が、桐原を満たす。
桐原は久しぶりに、腹の底から笑った。
「扇よ、この者は偽りなきブリタニアの敵。素顔をさらせぬ訳も得心がいった。
わしが保証しよう・・・ゼロについて行け」
声高らかにそう命じる桐原に、エトランジュは選んだ相手がゼロでよかったと、心から安堵した。
「情報の隠蔽や拠点探しなどは、わしらも協力する」
破格の待遇に、幹部達から感動と事情が解らない困惑とが入り混じった声が上がる。
殺される一歩手前の状況から、 この破格の厚遇に驚いているのだろう。
「ありがとうございます」
ゼロについて行けば、力と勝利、そして京都の支援も受けられる。
扇はそう判断し、ゼロに関して詮索するのをやめることにした。ここに至り、ゼロは黒の騎士団において盤石の基礎を築いたことになる。
「感謝します。桐原公」
「行くか、修羅の道を・・・」
「それが我が運命ならば」
ルルーシュはそう言い放つと、再び仮面を装着して桐原に言った。
「実はもう一人、会って頂きたい人物がいるのですが」
「ほう?もしやお主の宝物かな」
桐原の言う“宝物”はもちろんナナリーのことを指していたのだが、ルルーシュは苦笑することで否定して言った。
「ブリタニアに対する包囲を完成させるために、うってつけの方です。
貴方がたにとっての、宝物となるかもしれませんね」
そう言ってルルーシュが合図を送ると、アルカディアはギアスを解除して柱の陰から出てきたふりをしてエトランジュと共に登場した。
「な、こいつらも日本人じゃないぞ?!」
騎士団幹部達はむろん警備の者達も驚愕して思わず銃を向けるが、一機のナイトメアが二人の前に立ちはだかって攻撃を阻止しにかかった。
「やめい!その方々は、どちらかな?」
桐原が周囲の者を制して問いかけると、エトランジュは膝を折って三つ指をつき、深々と頭を下げて日本語であいさつした。
「初めまして、日本の六家の方。
私はEU連邦加盟国マグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」
「マグヌスファミリア・・・今のエリア16ですな」
「はい。対ブリタニア戦線を作り上げたく、日本の方と話をさせて頂きたいのですが・・・よろしいですか?」
日本語で語られたその言葉に警備の者達も何となく攻撃することをためらったのか、銃口が下げられていく。
「ふむ・・・日本語がお上手ですな」
老獪にも一度話題を逸らした桐原の言葉に、ジークフリードが誇らしそうに言った。
「実はエトランジュ様は一年ほど前から、日本語のみならずブリタニアに支配された国々の言語を学んでおいでなのです。
いずれブリタニアに対抗するためにはその国の協力がいる、そのためにはこちらから歩み寄らなければならないからと」
世界共通語は英語で、ブリタニアもそれを公用語として使っている。
だがEUは英語の他にもその国独自の公用語を用いている国もあるし、日本のように英語が公用語ではない国も存在する。
エトランジュはブリタニアに支配された国のレジスタンスを味方につけるためにはどうすればいいだろうと考え、それにはまず説得しなくてはならないと思った。
説得するには言葉が通じなければ話にならない。だからエトランジュは、まずそれぞれの言葉を覚えることから始めたのだ。
「英語が通じるのだからそれでもいいのではと進言したのですが、やはり祖国の言葉で話された方が喜ぶだろうと。
私も逆の立場なら、ラテン語で説得された方がやはり嬉しいものですからな」
誇らしげに言うジークフリードに、幹部達は嬉しそうに頷いた。
久しぶりに外国の人間から聞く祖国の言葉・・・奪われた自分達の国名、誇り、尊厳・・・そしてそれらを象徴する言語。
忘れずにいてくれた人がいることが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
かつて教師をしていた扇としては、涙がにじみ出るほど嬉しい。
「ありがとうございます・・・」
「泣くなよ扇―!俺も泣きたくなっちまうじゃねえか!」
釣られたのか素なのかは不明だが、玉城まで鼻をすする。
「感動しているさなか申し訳ないが、さっそく本題に入らせて頂きたい。
先に伺ったところによれば、マグヌスファミリア王国の方々は“対ブリタニア戦線”を構築すべく、我らと手を組みたいとのことでしたが」
無愛想に感動を壊したゼロの発言に、玉城が空気嫁と怒鳴ったが、カレンが彼の足を蹴飛ばして沈黙させた。
それを視界の端にちらりと捉えたエトランジュは顔を引きつらせたが、こほんと咳払いをして頷く。
さすがに長文は無理なのか、英語で失礼しますと前置きして語った。
「・・・ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、現在EUはブリタニア軍と小競り合いを繰り返しております。
我がマグヌスファミリアを含め既にEUの三ヵ国が植民地化されており、ブリタニアに対して早急に手を打たねばならない状況なのです」
「それと日本を助けることが、どう繋がると?」
桐原の問いに、エトランジュははっきりと彼の目を見据えて答える。
「ブリタニアのエネルギー源の一つであるサクラダイトの供給地を断ちたいというのがまず一点ですね。これだけでもブリタニアにとっては相当な痛手になりますから」
妥当な理由に一同が納得すると、エトランジュは続ける。
「さらに申し上げますとEUだけで植民地を解放した場合、その立て直しに追われてブリタニアと戦えるだけの力が維持し辛くなるのです。
ただでさえ戦力が圧迫されており、戦線を維持するのが精いっぱいなのが現状ですので」
そこでエトランジュが考えたのが、一言で言い表すなら“EUだけで無理なら他の国と助け合えばいいじゃない”だった。
ブリタニアの植民地を次々に開放してその力を吸収し、かつ他の国と連携してブリタニアを囲い込めばいいのではないかという彼女の提案は、はじめは子供の絵空事と却下された。
ところがEUを取りまとめる評議員の数人が、その案に補足をつける形で賛成した。
このまま植民地を解放することに成功したとしても、ブリタニアは国威を失墜させるのを防ぐために再びまた戦端を開くだろう。
そうなったらいたちごっこであり、消耗戦もいいところである。ならばその元であるブリタニアを滅ぼすしかないが、どう考えてもEUだけでは不可能だ。
EUも決して一枚岩ではない。ブリタニアと和解という名の降伏をすべきだという国もあるし、ブリタニアと親交の深い国もある。
小国同士が集まって生まれたEUだが、このような場面では互いの利益や損失のみが先走って話し合いが進まなかったのだ。
このままではその隙をブリタニアに突かれてしまうと考えた評議員は、他の国と同盟を組んで万一EU連邦から抜ける国が出てもブリタニアと戦える力を維持していくほうがいいと判断した。
その提案自体は実に妥当なものだったのだが、その同盟を組もうとしたところそのイニシアチブを取りたがる国が続出した。
目的は明白で、“ブリタニアを倒した同盟連合の主導国”という看板が欲しかったのだ。
うまくすれば同盟の過程でブリタニアから取り戻した国を自国に取り込めるかもしれない、という思惑もある。
もちろんエリア支配を受けている国も、同盟を持ちかければそれを警戒するだろう。
ブリタニアの支配を抜けてもまた別の国の支配を受けねばならないと思えば、同盟に二の足を踏む可能性は高い。
結局足の引っ張り合いになりそうになったところに眼に止まったのは、EUの最小国家であるマグヌスファミリアだった。
何も持たない国が同盟を主導するなら、EUに組み込まれる恐れもなく同盟を結んでくれるかもしれないと考えた評議員達はEU連邦に所属し、かつブリタニアにエリア支配を受けている国であり、さらに見た目や年齢から警戒されにくいエトランジュに白羽の矢を立てたのである。
彼女の身分なら、少なくともメッセンジャーとしての役割ぐらいは充分可能なのだ。
エトランジュはその申し出を受け入れ、こうしてエリア支配を受けている国々の言語を学んでいたというわけだ。
「なるほど・・・小国であることを武器にして、交渉に赴いたという訳ですな。EUもなかなか面白いことを考える」
弱い事が不利になるとは限らない。
状況次第で弱小国であることを大きな武器に変えた彼らに、桐原は笑った。
つまりはマグヌスファミリアを介して互いに協力し合おうという申し出だが、さすがにこればかりは独断で決められないため、上の階にいる他の六家の面々に事の次第を報告すると、キョウト六家の一人・宗像 唐斎が通信回線で話しかけてきた。
「お初にお目にかかる、エトランジュ女王陛下」
「初めまして。貴方は確か・・・以前はEU諸国に大使として赴任しておいでだった」
「さようです・・・私は宗像と申しまして、日本が占領される以前は主にEU諸国との外交を担当しておりました」
「日本に来る前に、当時の要人の方の資料は拝見しておりました。
余り憶えていないのですが、日本大使の方からお土産の赤いおもちみたいなお菓子を頂いたことがあります」
「・・・確かにご本人のようですな。ええ、私が御父君にお渡ししたものです」
どこか懐かしそうに言う宗像は、国際会議が終わってすぐにパーティーに出ることなく帰国しようとしていたアドリスと偶然会い、話したことがあるのだ。
娘が待っているから早く帰国したいのだと言うアドリスに苦笑し、ならば姫君にどうぞと持参した赤福を渡したことは、あまり知られていない話だ。
それなのにそれを知っているという事は、やはり彼女がエトランジュ本人であることは間違いない。なにより彼女は、父親によく似た容姿をしている。
「はるばる日本へ、ようこそおいで下さいました。このような状況でなければいろいろとご案内したいところですが、ご容赦願いたい」
「いいえ、こちらこそ突然押し掛けてきて申し訳ございません」
深々と再度頭を下げたエトランジュに、宗像は尋ねた。
「それは構いませんが・・・貴方は何故、同盟国に日本をお選びになったのですかな?」
「先にお話しした理由がまず一つですね。それに盛大にブリタニアに抵抗活動を続けている国ですので、説得しやすいと思いましたし」
そう言われて照れたように笑う玉城に、カレンが軽く肩を叩いてやめさせた。
実際はゼロが欲しくてやって来たのだが、それを口にすれば日本の面目が丸潰れなのでエトランジュはそう取り繕う。
「ブリタニアのエリア支配が続けば、その支配に慣れてブリタニアに組み込まれていく国がどんどん増えます。
今のうちに数多くの国と同盟を結んでブリタニアを倒し、平和を取り戻したいのです」
「それは一理あるが・・・それが可能だとお思いか?」
「私達に日本語を教えて下さった日本人の方が、こんな言葉を教えて下さいました。
“一人に石を投げられたら二人で石を投げ返せ。二人で石を投げられたのなら四人で石を。
八人に棒で追われたら十六人で追い返し、三十人で中傷されたなら六十人で怒鳴り返せ。
そして千人が敵ならば村全てで立ち向かえ”
というのが、その方の村に伝わる言葉だそうです」
ずいぶん好戦的な言葉だが、意味は通じる。
日本だけで、マグヌスファミリアだけで、そしてEUだけでブリタニアと戦えないなら、同じブリタニアを敵とする国と結束して戦えば勝機はある。
それは決して理想論ではない。それを言うなら、日本だけでブリタニアを倒せると思っている人間こそが理想論だ。
桐原と宗像は、それがよく理解出来た。EUがどれだけの支援を日本にしてくれるのかは不明だが、日本解放後の展開としては他の国と良好な関係に持っていきたいため、エトランジュと言う繋がりは外交カードの札として充分成り立つ。
「他にもエリア支配を受けてレジスタンス活動を続けている方々には他の一族が連絡を取り、協力を取り付けていきます。
日本解放を見れば他のエリア支配の国も一斉に蜂起し、ブリタニアに打撃を与えることが可能でしょう。言い方は悪いですが、こちらにはこちらの思惑があるのです」
「当然ですな。善意だけで日本解放を支援するなど、あり得ぬこと」
あっさり桐原が頷くと、エトランジュは同盟を受け入れて貰えそうだと思い、自分達が持つカードを明かした。
「現在EUにある対ブリタニア組織の一つは、我がマグヌスファミリアが掌握しています。
主にエリア支配を受けて亡命してきた方で構成されているのですが、一部ブリタニアから亡命してきたブリタニア人の方もいらっしゃいます」
「ブリキもいるのかよ・・・信用出来るのか?」
無礼な口調で嫌そうに言い放つ玉城に、エトランジュが厳しい口調で言った。
「ブリタニア人だからといって、全てのブリタニア人が差別主義を標榜しているわけではございません。
ブリタニアにも弱肉強食の国是に反対して弾圧されている方もいますし、また身体や精神に不自由を負い、敗者として蔑まれている方もいるのです。
皇族や貴族から無理を押しつけられて家族を奪われた方も・・・貴方はそういう人達ですらも、ただブリタニア人であるという理由で排斥するのですか?」
それならブリタニアの人種差別と大差ないではありませんか、と怒った口調で言われた玉城は慌てて首を横に振る。
「そういうわけじゃなくて、ただ俺はスパイの可能性を・・・」
「もちろんその可能性がないわけではありませんが、その可能性ばかりを追求して全てのブリタニア人をブリキと呼んで差別するのはやめて下さい。
私達に英語を教えて下さったのもブリタニア人の元貴族の方で、母の親友だった方なのです」
「ほう、ブリタニアの貴族も仲間にいるのですか」
ルルーシュが意外そうに言うと、エトランジュは頷いた。
「ブリタニアの血の紋章事件というのに巻き込まれかけたので、亡命してきたそうです。
ブリタニアがEUに侵攻して来なかったのならこのままEUで呑気に語学教師をやっていたかったのにと、愚痴をこぼしておいででした」
「ああ、あの事件・・・納得です」
現皇帝シャルルを狙って、当時の一部のナイトオブラウンズも加わった大規模な反乱が起きた。その際粛清された皇族貴族は数多くおり、特にただでさえ少なくなっていたシャルルの兄弟は全て処刑されている。
「他にもエリア民と国際結婚をしていた方やハーフの方もいます。ブリタニアを憎むブリタニア人は、貴方がたが思っているよりけっこう多いんですよ」
「そう言われれば、納得だよな・・・あんだけしょっちゅう争ってりゃ、離反者も出る」
そういったいわば主義者と呼ばれるブリタニア人は、たいていの場合EUに亡命する。
植民地エリアの国では玉城のように考えて信頼を得ることが困難であり、場合よっては腹いせで殺されてしまう可能性があるからだ。
しかしEUならもともとブリタニアがEUが出来る以前のイギリス人が開祖であるという背景もあり、ブリタニア皇族が留学したり積極的に貿易を行うなど、実はブリタニアが覇権主義を掲げる前はさほど悪い関係ではなかったのだ。
「納得して頂けたのなら、結構です。黒の騎士団は日本人であろうとブリタニア人であろうと差別しないと言っていたのも、貴方がたと手を組みたいと思った理由なのですから」
「わ、悪い・・・以後気をつける」
玉城が軽く両手を上げてすごすごと引き下がると、桐原と宗像は頷き合った。
「では、この件については六家全員で協議し改めてお返事をさせて頂く。
それまでエトランジュ女王陛下には、ごゆるりとこちらで滞在して頂きたい」
「ありがとうございます!申し訳ありませんが、お世話になります」
ぺこりと再度頭を下げたエトランジュに、桐原が苦笑しながらたしなめた。
「貴方の礼儀正しさには感心しますが、国のトップとあろう方がそう簡単に頭を下げるのはよくないですぞ。
国の面子を失わぬためにも、もっと威厳を持って臨みなされ」
「“お願い事をする時と親切にされた時は、きちんとお礼を言いなさい”と、お母様は私に教えて下さいましたので・・・威厳や面子も、礼儀を守ってこそだと。
そしてえっと・・・ごーに行ってはごーに従え・・・でしたでしょうか」
言い慣れぬ日本語のことわざで懸命に説明しようとするエトランジュに、宗像は目を細めた。
「・・・エトランジュ女王陛下のご両親は、とてもよいご教育をされていたようだ。
我が日本の皇族の姫とも、よきお付き合いを願いたいものだ」
桐原と宗像が笑い合う。
その様子を視界に収めながら、ルルーシュは好調な滑り出しに満足した。
あとはEUに返礼の使者を出し、うまくこちらとの連絡網や支援方法などを相談出来れば上々である。
「では、エトランジュ様はこちらに滞在するということでよろしいですね」
《それは構わないのですが、私達はどうすればいいのでしょうか?》
エトランジュがギアスを使って問いかけると、ルルーシュは答えた。
《当面はこのままキョウトの方々と親睦を深めて頂きたい。時期を見て、EUと本格的な連携をしていこうと考えているので》
《了解しました。では定時連絡だけはまめにするということで》
相談がまとまると、マグヌスファミリアの一行は桐原の方へと歩き出す。
ルルーシュは踵を返して仮面をつけ直しながら、桐原に礼を言った。
「感謝します。桐原公」
「なに、こちらとしても思いもかけず外国との連携が取れる方を案内してくれて助かったところだ・・・日本解放は成ったとしても、その後の展望がまだ出ておらなんだのでな」
桐原が肩をすくめて言うと、お察しするとばかりにルルーシュも笑う。
これから、戦争が始まる。
世界を巻き込んだ、大きな大きな戦争。
これまで小さな国しか知らず、ただ楽しく暮らしていただけの自分もそれに参加しなければならない。
(大丈夫、私にだって出来る・・・戦わなければいけないのです。
あの時のように、もう一度やらなければいけないのです)
脳裏に蘇ったのは、怯えて震える幼女と血にまみれた己の手と。
己が殺した、ブリタニア人の姿だった。