挿話 ガールズ ラバー
アッシュフォード学園生徒会改め黒の騎士団アッシュフォード支部は、エドワードことアルフォンスのマンションに集まり会議を行っていた。
名目は進級するための勉強会である。今回はカレンも参加していた。
実際会議の後にはアルフォンスが彼らに勉強を教えることもあるので、あながち嘘ではない。
常は男の姿でこのマンションにいるアルフォンスだが、今日はデパートで女性用の服を買いに行っていたために女装している。
シャーリーもアッシュフォード学園から出るルルーシュをエトランジュと共に迎えにきた女性が男だと知って仰天したが、ノリのよいミレイなどには大ウケされていた。
今回の議題は最長でも3、4ヶ月後には日本解放戦を始めるので、本国に戻れるなら戻った方がいいというルルーシュの伝言についてである。
「却下。私は残るってルルちゃんに伝えて下さい」
「帰ろうと思えば出来なくはないけどね・・・俺もやだ」
主君を残して撤退しろとは何の冗談だとミレイが即座に拒否すると、戻れなくはないリヴァルも友人と好きな人を残して去るつもりはないと首を横に振った。
「私も残る!ルルは普通のブリタニア人には何もしないもの、安心出来るから」
シャーリーも絶対残ると断固拒否したため、全員居残ることが即座に決定した。
「そう言うだろうと思ってたわ。
まあいいわ、学園には手を出さないように指示すれば済むから、Xデーの時は学生を外に出さないようにしておいてくれたらOK」
「ありがとうございます。何とか手を打っておきますね」
しかしまだ学生の自分達にして貰うことはない、と告げられた一同はがっかりしたが、実際下手に動くと迷惑になるだけだったために諦めるしかない。
「本当にこのエリア11・・・いえ、日本を解放するんですね」
「そうして貰わないと困るんだけどね。
日本を解放してゼロにはブリタニア皇族を打倒出来る力があるのだと世界に示して貰わないとだから」
あえてブリタニアとは言わないあたりアルカディアの配慮が垣間見えたミレイ達は、この人達ならブリタニア人というだけで仕返しに走ったりはしないだろうと安心する。
「ロイド伯爵の件については、放置して欲しいそうよ。
いろいろ調べたところそこそこ有力な貴族だし、シュナイゼルのお気に入りって情報もあったから、警戒してる」
実際はお気に入りというよりロイドは好き勝手振舞っているが、そこが逆にシュナイゼルには付き合いやすかったというだけなのだが、傍から見たら“好き勝手振舞っても許容ししているほどのお気に入り”に見えてしまうのは当然である。
「日本解放戦後にまだ日本にいたら改めて会って、それから決めるつもりらしいわ。
ま、うかつに探りを入れて失敗したらミレイさんが困るだろうから、放置が無難よ」
「解りました。それにしてもルルちゃん、その後どうするつもりなのかしら・・・ゼロの正体は隠したままにするつもりなの?」
ミレイがカレンに尋ねると、黒の騎士団達は協議の結果そうすることに決定したと告げた。
「もうブリタニアには戻らないつもりみたい。
先日皇帝にナナリーともども絶縁宣言してたから」
ナナリーがとうとうキレて『いい加減にしろこのだめ親父』とすら罵ったと聞いた一同は唖然とした。
「ナナリーが、マジで?冗談なしだよ?」
「リヴァルが言うのも解るわ、私だって凍りついたもの!でも本当なの!」
アルフォンスの傍で聞いていた自分でさえ耳を疑ったが事実だ、というカレンに、ナナリーもいろいろ貯めこんでいたのだろうと肩を竦める。
「普通の家ならよく聞くけど、皇帝陛下だよな・・・うわあ・・・」
「ルルーシュ皇子も一瞬壊れたけど・・・うちのエディのアドバイスどおり短く苦情をまとめたらああなったみたい」
アルカディアが余計なアドバイスをしたかと落ち込む従妹を思い返して溜息をつくと、確かに短くまとめられた苦情だと皆納得した。
ただし、急だったとはいえ実に乱暴なまとめ方だったが。
「そういえばエトランジュ様はもうお元気ですか?あの時凄い熱がありましたけど」
シャーリーが心配そうに尋ねると、アルカディアは笑って頷いた。
「もうとっくに回復してる。脳を酷使したから、身体が悲鳴あげちゃっただけだから」
「そうですか、よかった・・・あの、あの方はいったい誰なんですか?
アルフォンス・・・あ、今はアルカディアさんだっけ・・・も」
他エリアの人間だと聞いていたが、ルルーシュからすら様付けして呼ばれ、黒の騎士団でも重要な地位・・・しかもルルーシュの傍近くにいる少女がシャーリーはむろん、ミレイとリヴァルも気になっているようだ。
既にブリタニア上層部では周知の事実なので別に隠すことでもないかと、アルカディアはあっさり答えた。
「好きに呼んでいいわよ、ややこしいからね。
エディはEU加盟国の一つ、マグヌスファミリア王国の女王よ。
ブリタニアじゃエリア16と呼ばれてるわね」
「あ・・・確かコーネリア殿下が攻めた国ですよね?
余りに辺鄙な所にあるから、何に使われてるかは知りませんけど」
ミレイが記憶を探りながら言うと、アルカディアはそう、と紅茶を飲む。
マグヌスファミリアは国土が狭く、とても植民地に使えるものではない。
かといって研究所や工場を作ろうにも材料や食料の輸送費や人件費などがとてつもなくかかってしまうため、公然と処罰出来ない者達の左遷先として使われている。
「総督や副総督も、文字どおり島流しで送られてるから実質政治犯収容所とか言われてるそうだけど、お陰であんまりいじくられなくてよかったと前向きに考えてる」
「そ、そうですか・・・私達と変わらない年齢の方なのに」
シャーリーは本当ならニーナのようにブリタニア人というだけで罵られても仕方ないのに、絶縁したとはいえブリタニア皇族であるルルーシュを受け入れ、親族が迷惑をかけた時はすみませんでしたと頭を下げた少女を思い返して俯いた。
「まー、エディもいろいろあって相当人間出来てるからねえ。
とりあえず日本解放が成ったら、あの子も忙しくなるし」
EUと超合衆国との間に立って同盟を組むかそれとも超合衆国に入るかの調整、各国に散らばるレジスタンスへの連絡に中華にあるギアス嚮団の調査の根回しなど、やることは山積みである。
「そういえばエトランジュ様、ゼロ・・・ルルーシュとの結婚の話もあったんですよね?
あれどうなってるんですか?」
忙しいというのはそのことだろうか、とカレンがおそるおそる尋ねると、結婚の二文字にシャーリーはぴくりと身体を震わせた。
「ユーフェミア皇女が言ってたんです。
コーネリアはエトランジュ様とルルーシュが結婚して事実を暴露して、ルルーシュをブリタニア皇帝に立てられることを恐れているって」
「ああ、あれね。こっちも提案したんだけど、却下されたわ。
どうもブリタニアに戻る気がないみたいで」
代わりにユーフェミアをブリタニア代表にするという案があるので、現在はその方向で話がまとまっているが、彼女が死亡した場合はそのプランに移行する可能性があるけど、と笑うアルカディアに、政略結婚でもあの二人ならお似合いかもしれないとシャーリーとカレンは思った。
(アッシュフォード学園に迎えに来たり、ルルもナナリーを任せてるくらいだから信頼してるみたいだし。
私が口を出す権利なんてないわ。でも・・・)
(そうよね、もともとゼロと結婚するつもりもあったとエトランジュ様はおっしゃってたし、一番いい方法よね。
ブリタニア人全員が迫害されることになったら、いくらゼロの親衛隊長の私がいてもお父さんだって・・・エトランジュ様は植民地の人達からも信頼が厚いんだし)
頭では納得しているのだが、二人が顔を俯かせているとアルカディアがクッキーをつまみながら意外なことを口にした。
「ま、あの二人合いそうにないから個人的にはやめてほしい婚姻なんだけどね。
ゼロはエディのタイプじゃないし、あの子には幸せになって欲しいから人生のパートナーを選ぶ権利くらいはあげたいもの」
「「・・・え?」」
見事な連携プレイを取っているあの二人の相性が合いそうにないということにカレンは驚き、女性に優しいルルーシュがタイプではないというエトランジュにシャーリーは困惑した。
二人が顔を上げてアルカディアを見つめると、その反応は予想していたらしく頬を掻きながら説明した。
「断わっておくけど、別にエディのタイプがおかしいってわけでもなければ内心で二人が互いに嫌い合ってるわけでもないわよ。
仕事上のパートナーとしては相性抜群だけど、夫婦としては合わないってだけだから」
「ちょっとよく解んないんですけど・・・どういう意味ですか?」
代表してリヴァルが?マークを飛ばしながら尋ねると、アルカディアは答えた。
「んー、みんなの年じゃピンと来ないのも無理ないわね。
仕事上でのベストパートナーが私的な面でもそうかと言われると、そうじゃないケースってのがわりとあるのよ。
ゼロとエディはその典型ね」
そう前置きしてアルカディアが解説したところによると、ルルーシュは大きく広く物事を見ることに長けているが、エトランジュは狭く小さく物事を見ることしか出来ない。
例えば中華連邦事変の際、ルルーシュは星刻がゼロを信用し切れなかったためにゼロが直接指揮して中華を変えると言い出した時、長期的な目で見ればそれしかないと言うルルーシュにそれでは天子が困ると言い出したことが挙げられるだろう。
国情ではなく身近な友人をまず気にする辺りが、彼女の目線が最初にどこに向くのかを如実に物語っている。
ただエトランジュはそれではまずいというくらいは理解しているので、互いに折り合いをつけられるように出来るだけの案を出すし、ルルーシュも無駄なトラブルが避けられるのならとその頭脳でその案が実現出来るように根回しをしているのだ。
だから能力はないが人付き合いが得意なエトランジュに、周囲の関係を調整し辛いが能力が高いルルーシュはまさに割れ鍋に綴じ蓋なのだ。
ではこれが私的な面だとどうなるかというと、先も言ったがルルーシュとエトランジュでは視点が違う。
ルルーシュは今までの人生から常に先々を考えて行動し、ワーカーホリックなところがあるので平和になってものんびりせずに次は弟妹をいい学校に行かせるためにとかで、起業するくらいはしそうである。
もしくは賠償金などの支払いに苦しむであろうブリタニア人、植民地にされた人々のためとかで、ゼロを降りても精力的に動くことも大いにあり得る。
なるほど確かに、と全員が納得したところで、アルカディアは続けてエトランジュについて語った。
「実はあの子、頑張る時は頑張るんだけど、基本的に必要なことしかやらないのよ。
いや、別に怠けるのが好きなんじゃなくて、仕事も日々生活を営めるだけでいいとか、無理してたくさん稼がなくてもいいんじゃないかって考えるタイプでね」
勉強でも合格点を取れればそれでいいと考えるタイプと言えば、解りやすい。
だから無理をしているルルーシュに対し、時間や労力が足りないなら誰かに手伝って貰えればいいと言っていたわけで、負けず嫌いで常に動き続けるルルーシュとは正直馬が合いそうにないというのがアルカディアの分析である。
つまりエトランジュは、家族が幸福に暮らしていければそれでいいという以上のことを考えないのだ。彼女が女王として不向きだと言われるゆえんである。
ブリタニアとの戦争以前からその傾向はあったが、次々に家族が死に不自由を強いられているこの状況が長引くにつれてもっと酷くなった。
ゆえに逆に早く戦争を終わらせなくてはという意識が働き、ブリタニア皇族でも戦争に反対しているなら仲間に引き入れて助け合おうと考えたり、自分が危ない目に遭おうともそのために動いているのだから何とも皮肉である。
実際エトランジュはルルーシュに対し、個人的に優しくて信頼出来る人だとは言ったが政略云々以外でしか結婚を口にしたことがないので、男性として見ていないのがありありと解る。
恋愛どころではないせいもあるだろうが、精力的に動き続ける人というのは一生付き合っていかなくてはならない伴侶としてはエトランジュのタイプではなく、落ち着きと包容力がある年上の男性がタイプなのだ。
「仕事なら視点が違うと長所や欠点がそれぞれから解るようになるからむしろメリットなんだけど、私生活となるとそうはいかないでしょ?
ほら、俗に同じ趣味を持っていると円満夫婦になるっていうじゃない」
「何となく意味は解りますけど、でもルルーシュとエトランジュ様は家族を大事にしてるから、気が合うと思ってました」
「カレンさんの言うことも解るけど、全力疾走するタイプのゼロとローペースタイプのエディじゃ合わない。
特にエディは合わせられる範囲は相手に合わせようとするから、能力差があり過ぎて限界がくる。
『俺について来い!』なゼロだけど、ついていく人のペースあんまり気にする方じゃないでしょうゼロは」
後ろでペースについていけず途方に暮れている者を見れば、仕方ない俺が全てやるからそこで休んでいろと言うのがルルーシュだろう。
そしてエトランジュは、して貰い続けることに罪悪感を感じるタイプである。
現在うまくいっているのは、ゼロという特殊性をエトランジュがカバー出来ているからこそだ。
ゆえに政略だからと打算的な理由があれば互いに譲り合ってうまくいくかもしれないが、今は友人としての関係を保つのが互いにとってベストである、と締めくくったアルカディアに、ミレイが尋ねた。
「じゃあルルーシュに合うのってどんなタイプの女の子だと思います?アルカディアさん的に」
ぴくっと肩を震わせたシャーリーが視界に入ったので、アルカディアは少し考え込むと口を開いた。
「んー、まず包容力があるってのが第一かな。
落ち込んでたりしたら叱咤出来るような、厳しいところと優しいところがあるお姉さん的な要素を持っている人」
C.Cはどちらの要素を持っており、ルルーシュが弱音を吐けるごく少ない人間である。
しかし彼女の存在は軽々しく口に出来ない上に、ルルーシュに恋をしている少女達をやきもきさせかねないので沈黙を保った。
「ゼロは甘え方が下手だから、甘やかし上手な人が合うと思う。
しょっちゅう気を張り詰めてるから、適当にガス抜き出来る人とかも」
「会長みたいなお祭り騒ぎとか、そんな感じっすか?」
「ああ、男女逆転祭とか猫祭りの話は聞いたわ。
苦々しそうな顔してたけどまんざらでもないっぽかったから、それなりに楽しんではいたみたいね」
ミレイは楽しんでくれていたという評価を聞いて内心でほっとすると、全てが終わったらまたやろうと決意した。
「日本人はお祭り大好きだから、日本が解放出来たらぜひプロデュースしてみたらどう?
私も嫌いじゃないから協力するわよ」
「ありがとうございます!ふふ、男女逆転祭キモノバージョンなんてどうでしょう?
オイランとかそんなのルルちゃんに着て貰うの」
どこから仕入れた知識か、ミレイがノリノリで提案するとアルカディアも面白そうだと乗り気である。
「ああ、一度だけ見たことあるわね。何キロもあるそうだからすぐにヘタれそうだけど楽しそうだから見てみたいわ。
ぜひ日本とブリタニアの平和のコラボレーションとかでやって貰いましょう」
自身の預かり知らぬところでルルーシュは平和のためと称して派手な重苦しい着物を着せられることが決定しているとは知らず、黒の騎士団基地で悪寒を走らせながらくしゃみをしていた。
「少々引っ張り回せるくらいのほうが、ゼロにとってはいいかもね。
どう見ても押しに弱いタイプだから、ナナリーちゃんの件だけ寛大に受け止めて押しまくれば落とせる可能性は大なんじゃないかしら?」
いずれナナリーだって誰か別に好きな人が出来るだろうし、妹離れも徐々に出来つつあるから、高い能力を持ち家事もこなすルルーシュは客観的に見てもお買い得な物件だろう。
ただ最大のデメリットが現在世界の三分の一を占める大国相手に戦争を吹っかけている天下のゼロなので、将来がどうなるか不明という非常に不安極まるものだが。
「とりあえず彼は今現状をどうにかすることに精いっぱいで恋愛なんて考えてないから、無理に迫らない方がいいわね。
今自分が離れてるからもしかしたら他の子がゲットするかもって思ってるかもしれないけど、その心配は現状ないと言えるから」
一番相性がいいと思っていたエトランジュが実はそうではないという説明もあったので、ミレイ達は頷いたが、理屈では本当には納得しないのが恋である。
そう言われても不安ですと表情で物語っているシャーリーを見て、アルカディアはちょっとした手助けをすることにした。
「ま、手紙くらいなら届けるわよ?
日本解放はまだ3ヶ月くらい先になりそうだから、十二月のゼロに何か贈ってみたらどうかしら」
「そうだ、十二月五日にはルルの誕生日だもんね。いいんですか?」
「構わないわよ、それくらい。今からならいい手作りの物も作れるだろうし」
「いろいろあったし、届けられそうにないからって諦めてたんです。ありがとうございます!」
何にしようかな、と一転して顔を少し赤くしながら好きな人に贈るためのプレゼントを考え始めたシャーリーに、青春してるなとアルカディアは微笑ましく見守った。
「私も何か贈ろうかな~。何がいいと思います?」
「バースデーなら俺も贈らなきゃな。被らないようにしないと」
ミレイとリヴァルも、学園に帰る前にデパートか雑貨店に寄ろうかと話し合う。
(私も何か贈った方がいい、かな?
みんな贈ってるのに私だけってのがおかしいし!ゼロの誕生日は祝いたいし、うん、特別な意味じゃないんだから!!)
誰もそんなことは言っていないのだが内心でそう言い訳しながら、カレンもプレゼントを贈ることを決めていた。
そんな微笑ましい光景に、アルカディアがどこか感心したように言った。
「ブリタニア人って好きな人が出来ると一途なのね。
うちの学校の語学担当の先生もブリタニア人なんだけど、好きになった人を想ってずっと独身を通してるのよ」
「へー、ブリタニア人が先生なんですか。
ああ、それでみんな綺麗なブリタニア英語を話してるんですね」
ミレイが納得するとエトランジュもアルカディアも上流階級の人間しか使わないような単語や発音があるので、おそらくその教師はブリタニア貴族だろうと推測した。
どうりで彼女達はブリタニア人だという理由で差別しないわけである。
「EUに亡命してからずっと世話をしてくれた人を好きになったんだけど、別の人と結婚したから告白せずじまいだったって聞いたわ。
ま、どのみち先生の立場じゃ告白なんて無理だっただろうけど」
「亡命してるブリタニア人じゃ、確かに告白し辛いですよね・・・」
自国のしていることを顧みると、他国の人に告白というのははるかに勇気と覚悟がいるとミレイは思った。
いろんな誤解を受けたり、生理的に拒否反応を示されたりすることだってあるだろうから、当たって砕けろという問題ですらない。
「凄いと思ったのは先生がその人に頼まれたからと、マグヌスファミリアの教師になってくれたことなんだけどね。
実際好きな人が子供作って幸せな結婚生活をしているのを見るのって、ものすごい覚悟がいると思うんだけど」
「確かに・・・凄いなその先生・・・」
リヴァルはちらっとミレイを見つめると、万が一にも彼女が自分以外の人間と結婚して幸福に暮らしている中で、ぜひにアッシュフォード学園の教師にと言われれば大事な学園の教師にと誘われたことに喜ぶだろうが、複雑な気持ちにもなるかもしれないと想像して肩をすくめた。
「でもまあ、その先生も好きな人がいい人と結ばれたならそれでいいと思ったのかも・・・」
自分もルルーシュがミレイの相手なら、潔く諦めて二人を見守れる自信はある。
好きな人の幸せを願うことこそ、本当に相手を好きになるということではないだろうか。
「うーん、あの人がいい人と結婚した・・・って言っていいのかなあ・・・」
ぽつんとラテン語で思わず本音を呟いたアルカディアの顔は悩んでいそうだったので、ミレイ達は顔を見合せた。
「まあ、リヴァル君の言うとおりよね。大事な人には幸せになって貰わなきゃ」
「そうそう、リヴァルいい事言うわね!」
ミレイに褒められたリヴァルはそれほどでもー、と頭を掻きながら照れて喜んでいる。
(青春っていいわねー。エディも早くこういうことに興味を持って貰いたいもんだけど)
己の結婚は政略でするものとの意識がある従妹も、こういうのに囲まれて少しは刺激を受ければいい、とアルカディアは思う。
だが日本解放が成り、EUと出来上がる超合集国との間で同盟なりもしくは加入という事態になれば、中華の天子と縁が深く、各国のレジスタンスとの連絡役を請け負っているエトランジュは政略結婚の相手として申し分ないと、その手の申し込みが増えるだろう。
しかも家族の欲目を引いても、エトランジュは周囲の関係を良いように持っていく才能に長けているので王妃としては非常に適正があるため、なおさらである。
(その辺りも含めて、何とかしないとね。
王位を誰かに譲ってぜひうちの国に、何て言われないように、手を打っておかないと)
マグヌスファミリアでなければ生きていく自信がないと、神根島でエトランジュは言っていた。
政略結婚をしなくてはいけないからと自分達の前では決して言わなかったが、彼女の隠していた本音にやっぱりそうかと納得した。
自転車に鍵をかけ忘れて盗まれそうになったら不用心する方も悪いと言われるような国の方が多いのだから、エトランジュが永久に住むには不向きだろう。
もうこれだけ辛く恐ろしい思いをして来たのだから、彼女の治める小さな井戸の国で生涯を暮らしたいという望みくらい、叶えてやってもいいはずだ。
「宅配便する代わりといっちゃなんだけど、日本解放戦が終わったらうちのエディとも仲良くしてやってね。
あの子ずっと働きっぱなしで恋愛オンチだから、ゼロともども矯正してやって欲しいの」
エドワーディンやクライスは、十六歳で結婚したのだ。
結婚祝いの時に目を自分もいつかは好きな人と、と目を輝かせていたあの日を、どうか思い出して欲しい。
「ルルーシュねえ・・・あいつのほうが大変な気がするわ」
自分ですらすぐに解ったシャーリーの好意に気付かないルルーシュの鈍さを知っているカレンが乾いた笑みを浮かべると、アルカディアはとんでもないことを言い出した。
「夜中に部屋に押し掛ければ嫌でも解ってくれると思うけど」
あんまりな究極の手段に全員が紅茶を噴き出すと、咳き込みながらカレンは怒鳴るように言った。
「ちょ、それいくら何でもまずいでしょ?!」
「そう?私の姉はそれでクライスを捕まえたわよ。
あいつも鈍いというか、なかなか煮え切らなかったから」
クライスは鈍かったというより、エドワーディンの病気などを慮って一向にこちらの想いに乗ってこずにうだうだ悩んでいたため、業を煮やしたエドワーディンは夜中に直接グリューネバウム家のクライスの部屋に特攻したという経緯がある。
夜だったのは彼女の日光アレルギーもあるが、もちろんそれだけではないのは明白だ。
「その・・・子供出来ちゃったらどうするんです?」
「あ、そっか。外国じゃあ結婚前に子供出来るのはよくなかったんだっけ」
真っ赤な顔でカレンが恐る恐る言ったので、アルカディアはごめんと手を合わせて謝罪した。
マグヌスファミリアでは結婚前に子供が出来ることはさしておかしいことではない。むしろ新しく家族が生まれてくるからめでたいことだとして、揉めることなく夫婦になれで終わるからだ。
女の方が複数の男性と付き合ったりしていたらその限りではないが、国土の狭いマグヌスファミリアは誰が誰と付き合っているかがすぐに知れ渡るため、誰かが妊娠すれば父親が誰かも女がよほどうまく隠れて関係を持っていない限り解ってしまうせいだ。
十五歳になれば皆半ば強制的に何かの職には就くことになるうえ、人口維持のために出産・子育ては互いに助け合う習慣が根付いている。
そのため『妻子を養っていけるだけの収入は得られるのか?子育てを助けてくれる人がいるのか?』などと言われることもない。
「所変われば・・・ってやつですか。フリーダム過ぎる・・・」
「子供持たないと一人前とはみなされない雰囲気があるから、それはそれで大変なんだけどね。
学校が一つしかないから、十五歳になる頃には結構互いのことを知ってるの。幼馴染で結婚するのが普通だし」
学校は伴侶探しの場でもあるのだというアルカディアに、言われてみれば学校で出会った人と結婚する人もいるよね、とシャーリーはルルーシュを思い浮かべつつも真っ赤になってアルカディアの案を却下した。
「と、とにかくそれは駄目です!もうちょっとゆっくりと・・・」
(・・・C.Cとだって一緒に寝てた時もあったのに、何もなかったくらいだからなあ。
これくらいしてやっと・・・としか思えない)
未だにルルーシュをさくらんぼ坊や呼ばわりしているC.Cを思い浮かべたアルカディアはそう思ったが、純粋なる学生達には言えず黙りこくった。
実に恋とは厄介であり、難しいものである。
特攻しちゃえばー、などとけしかけているミレイに、顔を真っ赤にさせて駄目ですーと叫ぶシャーリーに、紅茶を飲みながら顔を赤くして俯くカレンに、実際女性から迫られたら男としてどうするべきなのかと考え始めたリヴァル。
このカオスを作った当人は若いっていいわねーなどと呑気に笑いながら、いずれ結論が出るだろうと無責任にも放置し、いずれ喉が渇くであろう青春真っ盛りの高校生のために飲み物を入れるべくキッチンへと向かうのだった。