挿話 伝わる想い、伝わらなかった想い
黒の騎士団イバラキ基地、通信ルーム。
そこにいるのはルルーシュ、ナナリー、ロロ、藤堂、千葉、エトランジュだった。
今室内はツンドラ地帯と化しており、冷たい空気が身体に痛い。
そしてその発生源となった少女の名前を呟く少年のうつろな声が、それに拍車をかけていた。
「ナナリーが、ナナリーが・・・ナナリーがもっともなことだがナナリーがあんな・・・」
壊れかけのCDプレイヤーのように同じ名詞を繰り返すルルーシュを皆気の毒そうに見やるも、ナナリーの発言は言いたくもなると非常に共感出来るものだったため、どうしたものかと顔を見合わせている。
話は一週間前にさかのぼる。
「あの・・・皆さん。出来たらでいいんですけど・・・お願いがあるんです。
私、コーネリアお姉様とお話がしたいのですが・・・いけませんか?」
ブリタニアと戦うことは仕方ないかもしれないが、コーネリアの考えを聞きたいしどういうつもりでサイタマの人達を殺したのかも知りたいと言うナナリーに、一同は驚き困惑した。
その時は逆探知の恐れなどもあるので難しいと言われ、改めて考えるということでお開きとなった。
自分一人のわがままだからとナナリーはそれ以上口にすることはなかったが、二日後に回復したエトランジュに呼び出されたナナリーが兄に連れられて彼女の部屋へと赴くと、そこにはロロ、C.C、エトランジュ、アルカディアがいた。
「エトランジュ様、もう起き上がってもよろしいのですか?よかった・・・」
「はい、一度はとても辛かったんですけど、夢の中で河のほとりにいた私に、タチカワでお会いした螺髪の方と長い髪に茨の冠をなさっていた方から『早く戻って!まだやることがあるからまだここに来てはいけない』と言われて目を覚ましたら、綺麗に熱が引いていたんです」
もしかしたらあの方々が治して下さったのかもしれませんねと笑うエトランジュに、何故かそれは非常にまずいような、もしくはものすごい幸運のような気がしたが明確な理由が解らなかったので、誰も口に出さなかった。
そしてエトランジュは一転して、真剣な表情でナナリーに言った。
「急にお呼び立てして申し訳ありません。
先ほど皆さんとお話しした結果、ナナリー様にも知って頂こうということになりましたので」
「何を、ですか?」
「藤堂達にも話していない、俺達の秘密だ。
・・・ロロが家族になる以上、お前にも隠しておくわけにはいかないと思ったし、それにもしかしたらお前の眼が治る可能性があるから・・・話すことにした」
ロロと自分の目に関することという一見繋がりがまるでない事柄についてと兄から言われたナナリーは混乱したが、一同の真剣な雰囲気にぎゅっと車椅子の上で手を握りしめる。
「話したいことととは、何ですか?」
「ギアス、だ。人ならぬ王の力・・・それについてだ」
ますます訳が分からなくなったナナリーだが、エトランジュにそっと手を繋がれて落ち着きを取り戻した。
「ゆっくり、ゆっくりでいいのでどうかお聞き下さい。
質問があればすぐに伺いますから」
「は、はい・・・そのギアスとは・・・?」
ナナリーに改めて尋ねられたルルーシュは、丁寧にゆっくりと説明した。
ギアスとは王の力と呼ばれ、解りやすい表現をするなら超能力のことだ。
コードと呼ばれるものを宿した人間から与えられ、契約を結ぶとその者はそれぞれに違う力を与えられ人とは違う存在になる。
そしてそのコード所持者がC.Cであり、彼女と契約を交わして手に入れたのが絶対遵守の王の力なのだと、ルルーシュは告げた。
「俺のギアスはたった一度だけ、相手に命令をすることが出来る。
それこそ死ね、誰かを殺せ、というような非道な命令でも、相手にそれを遵守させる力だ」
「そんな・・・ご冗談でしょうお兄様」
どこかの映画やCDシアターのようなお話、とナナリーは思った。
彼女はルルーシュは中華に行っている間なぜかクライスがテレビより映画やCDシアターを上映したがったので、その手のものにはそこそこ詳しくなっていたのだ。
その理由はもちろん、実兄による幼女誘拐のシーンをナナリーから遮断しようという配慮のためである。
「だが事実だ。そしてそのギアスは俺だけではない・・・この場にいる全員が、ギアスを持っている」
「え・・・」
ナナリーが驚きを隠せずに言うと、エトランジュが肯定した。
「私どもの一族は、代々コードを所有しているのです。
コードを受け継ぐためにはギアスを育てる必要があるので、ギアスを持つことが義務ですから」
エトランジュが自分達の正体がブリタニアに侵略されたエリア16のマグヌスファミリアの王族だと告げると、ナナリーは驚きを隠せなかった。
「そんな・・・!ブリタニア皇族は、貴女の一族を侵略したのに・・・!
どうして私に優しくして下さったのです・・・?」
「それは貴女のせいではありません。それにルルーシュ様からお世話になっている身ですから、そのことはどうぞお忘れ下さい。
私は確かにブリタニア皇族は嫌いですが、それは私の一族を滅ぼしたからでそれに関与していない貴女まで憎むほど愚かではないつもりです」
「そうですか・・・その、ありがとうございます」
「気を使わせてしまうのであまり言いたくなかったのですが・・・ナナリー様が気にやまれることではないのです。
苦情は貴女の父と異母姉にさせて頂きますので、お気になさらず」
エトランジュはそれだけ言って、話を元に戻した。
「話を続けさせて頂きますね。
そしてそのコードはブリタニアにもありました。そのコードは現在、ブリタニア皇帝シャルルの兄が持っています」
「そう、そしてそれがすべての始まりだった」
ルルーシュがそこでコードを持つ者が不老不死であること、そのコードにはギアスを与える以外に様々な不思議な力があることを告げると、シャルルの計画を話した。
ラグナロクの接続という、全ての人間の意識を一つに統合して嘘のない世界を創るという計画を。
「そんなことが・・・出来るのですか?」
「・・・先ほど長年コードを研究していたマグヌスファミリアの方から“理論上は可能”という返答が来た」
エトランジュが回復してすぐにリンクを繋ぎ直して開き、ギアス嚮団員からも多少の情報を得ていたマオと情報を整理した一同は早速この件について話し合ったところ、マグヌスファミリアの研究チームはアカーシャの剣に関しては知っていた。
ただそれはコードを破壊する物ではないかという見解の元、その動かし方を調べて確認したいと考えていたそうで、思考エレベーターなどに関しては『そんな代物考えたことがないから解らない』という最もな返事が来たのである。
ルルーシュが忌々しそうに答えると、ロロを引き寄せて彼の頭を撫でた。
「そのためにギアスを使った実験を、繰り返していたらしい。ロロもその犠牲者だ。
おぞましいことに、実験でギアスを与えて使えると判断したらその力を使って暗殺をさせていたんだぞ!
平和のためというのが聞いて呆れる行為だ」
「あ・・・ブリタニアの特殊機関って・・・そうなのですか?」
「そうだ。世界各地から孤児やナンバーズを集めてはそうさせていたらしい。
死者も出ている・・・死者ともまた会えるから問題ないと、そんな理由で連中は世界各地で侵略し、住んでいる者達を殺し、使役し、搾取した挙句、使えると思った者はこうして実験にかけるんだ。
そんな行為の果てに得るものが、平和なはずがない!!」
常ならぬ兄の怒気に押されたナナリーがエトランジュを手を思わず握ると、エトランジュが手を撫でてくれたので、ナナリーはおずおずと口を開いた。
「私も同感です。あの方、私達を捨てたんでしょう?死んでいるのだ、いい取引材料だと言ったと・・・」
「どこからそれを聞いた、ナナリー?!」
父のあのおぞましい発言は、ナナリーには言っていない。
エトランジュ達も驚いて目を瞬きしていると、ナナリーがポケットから取り出したものを見て眉根を寄せた。
「それ、音声日記よね?それがどうしたの?」
アルカディアの言葉にナナリーがそっと唇を寄せて声を吹き込んだ。
音声日記の再生方法は、再生したい部分の冒頭をボタンを押しながら呟くことで、聞きたい個所から再生される。
通常は『三月一日晴れ』というような言葉で日記を聞くための機能である。
『見つかるかもしれませんね』という言葉で再生された部分に、一同は仰天した。
『見つかるかもしれませんね。私達もあの方には本当に同情しておりますので』
『そう言えばさっきナナリー皇女の前では言いたくなさそうでしたな。何があったんです?』
『あの方が母君のマリアンヌ様をテロで喪ったことはご存じかと思います。
そして父であるシャルル皇帝が何の捜査もせず放置したのでシャルル皇帝に諫言なさったそうなのですが、ルルーシュ様に対して“死んでおる。お前は、生まれた時から死んでおるのだ。身に纏ったその服は誰が与えた?家も食事も、命すらも!全て儂が与えた物”と言い放ったと・・・』
「エトランジュ様・・・?」
知られたくない過去をバラしたのかとルルーシュが思わずエトランジュを睨みつけたが、言った記憶のない本人は首を横に振っている。
「確かに私の声ですが・・・私、どうして・・・?!」
(そうか、あれはエトランジュの・・・!それで藤堂達はあっさり俺の味方についてくれたんだな)
エトランジュ達があまりこちらの事情を詮索して来なかったので本当にブリタニアが植民地を解放して祖国が戻ればそれでよしと思っていたのだというのは間違いで、どうやらある程度は探りを入れて亡命した貴族達からでも聞いたのだろう。
エトランジュはそれを知らないことにするつもりだったようだが、藤堂達を味方にするために話すというのはいかにもあの人が考えそうなことだ、とルルーシュは事情を悟ったので彼女に苦情を言う訳にはいかないと、ナナリーに厳しい口調で言った。
「・・・録音したのか、ナナリー。それはいけないことだぞ」
「解っています。でも、私どうしても知りたくて・・・皆様私に優しくしてくれるし、ブリタニアが悪いと言うばかりで・・・思いついてしまったんです」
こっそりこれを作動させたままみんなの前に隠し置いておけば少しは事情が解るかもしれないと思った時、ナナリーはつい実行に移してしまった。
そして彼女はとうとう知ってしまったのだ。父の暴言を、異母姉の所業を、そして皆が自分達兄妹に同情する理由を。
「ナナリー・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい!でも私、知らないことが怖くなって!!
知りたいと思ってしまって・・・本当にごめんなさい」
ひたすら謝罪するナナリーに、大きく溜息をついたアルカディアが仲裁に入った。
「解った、解ったわよ。確かに何も知らされなかったナナリーちゃんの不安も解るし、こっちにも非があるから、今回の件はなかったことにするわ。
でも誰かに聞かれたらまずいから、その部分は即刻消しなさい。いいわね?」
「はい・・・ありがとうございます」
アルカディアはナナリーの手から音声日記を借り受けると、削除ボタンを操作してその場面を抹消する。
そしてエトランジュのほうにちらりと視線をやると、彼女は勝手にルルーシュの過去を話してしまった罪悪感と覚えのない会話に混乱している。
(藤堂中佐達の方に口止めしたって聞いてるけど、まさかこんな伏兵があったなんて・・・何とかごかまさないと)
「気にすることないわよエディ。あの日はあんた意識もろくにない状態だったし、憶えてなくて無理ないわ」
「そうですね、それにあの場では説明しなくてはならなかったのも当然ですし、ギアスが不安定だったのですからお気になさらず」
ルルーシュも同調したのでエトランジュはまだ何か引っかかるものがあったが、話はまだ続くのだからと納得することにした。
「ありがとうございます・・・ルルーシュ様、勝手にお話しして申し訳ありませんでした。今後は気をつけますね」
「・・・ええ、結果的には良かったのですからむしろ感謝します」
ルルーシュはそれで話を戻そうと、ナナリーにさらなる事実を告げた。
「そして、その計画にはシャルルとその兄と・・・母さんが関わっていたんだ。
さらに母さんを殺したのは・・・・その兄だ」
「え・・・仲間割れですか?」
普通誰でもそう考える、と一同は思ったが、母が殺された理由を聞いてナナリーは首を傾げた。
「・・・あのー、言っていることがよく解らないのですが」
「そうだろうな。俺も本当に理解出来ないから」
伯父が父を母に取られたと思い込んで母を殺したと言われても、ナナリーにはよく解らない。
「だって、ご兄弟ではありませんか。
それにその時点でお父様にはたくさん后妃がおられたし、どうして今更?」
「どうも母さんとあの男は計画を通じて仲が良かったらしい。
それが原因で計画を中止するかもしれないと思ったそうだが、本人から聞いたわけではないので俺もよく解らない」
兄の疲れたような声に、確かに意味不明過ぎるのだろう。
全員が訳が分からないと全身で語っているので、自分だけではなかったのかとナナリーは少し安心した。
「それで・・・ここからが大事な話だ。よく聞いてくれ。
あの日、お前は母さんと一緒にいて母さんがお前を守って死に、お前は足を撃たれたということだが・・・実際は違うんだ」
「・・・え?ならどうして」
「お前はあの現場に居合わせてなどいなかった。自室で寝ていたところをV.V・・・あの男の兄だ・・・に連れ出されて足を撃たれ、既にこと切れていた母さんの腕に押し込まれた。
・・・それが真相なんだよ」
その証拠にナナリーの足は綺麗に等間隔で撃たれており乱戦の痕がなかったと告げると、ナナリーは真っ青になった。
「で、でも私の眼は精神的なもので!!」
「それも違う。これには続きがあるんだ。
C.Cもまた当時のあの男の協力者だったんだが、たまたま真相を知った彼女の証言もあって真相を知ったあいつは、お前の元に行ってあいつもまたギアスを使ったんだよ」
母マリアンヌの件はさすがに言えないと、ルルーシュはあえてぼかして真相を告げる。
それこそが記憶操作のギアスであり、彼女はそこに居合わせたというぼんやりとした記憶と、目が見えないという記憶を植え付けられたと言われたナナリーは、本当は見えているという目を思って泣きだすように言った。
「どうしてそんなことを・・・私は何も覚えておりませんのに」
「俺もまったく意味不明なんだが、V.Vはお前を目撃者に仕立て上げるつもりであんなことをした。
だから次はお前が狙われるかもしれないと思ったので、目が見えていないほどのショックで何も覚えていないとV.Vにアピールするためにした処置だと・・・」
もはや何が何だか解らないと一同は疲れたが、ルルーシュはとにかく事情説明だけでも終わらせようと、シャルルがV.Vから守るために自分達を日本にやったと告げた。
そして自分達に興味がないと思わせるためにあの暴言を言ったらしいと告げると、やはり父は自分達を愛しているのではとナナリーは思った。
しかし兄はそう思っていない様子で、苦々しい口調で言った。
「だが先の計画のためには日本にある遺跡が必要なので、俺達を見捨てて日本に侵攻した。
俺達をブリタニアから遠ざけるだけなら、侵攻の予定がない国か最後に侵略する国で充分だ。だが奴はそうしなかった・・・何故か解るか?」
言われてみれば兄の言う通りである。
自分達を守るためと言うなら、何もすぐに侵略する予定の国になど行かせなくてもいいではないか。
ナナリーは解らないと首を横に振ると、話しているうちに感情が高ぶっていたルルーシュは言った。
「ラグナレクの接続が成れば、死者とも会話が出来るようになるのだから死んでも構わなかったそうだ!
俺達が、その他の人間達が死ぬ時に、搾取されている時にどれほどの恐怖と痛みを感じるかなど、考えてすらいなかったんだよあの男は!!」
はあ、はあ、と荒く息をつくルルーシュにナナリーは怯えたが、それが事実であるなら兄の怒りは当然だった。
孤児院で親がいないと泣く子供や悲嘆に暮れてブリタニアを呪う者、足をなくして不自由を抱えて生きようとしている人達を、ナナリーは知っている。
「嘘のない世界は素晴らしいかもしれませんが、でもこれはいくら何でも・・・」
「そう、奴にとっては俺達はしょせん道具だった。
兄上と姉上は侵略とその侵略先を治める道具、そして俺達は大事にされてはいただろうが侵略のきっかけとするための道具。
どう言い繕ってもその事実は消えない」
「お兄様・・・」
「だから俺は、あの男の計画ごとブリタニアをぶっ壊す。
あんな歪に歪んだ国など、滅んだ方が世界のためだ」
そして何より、自分達兄妹の幸福のためだと言う兄に、ナナリーは途方もない話についていけずただ唖然とするばかりだ。
「ルルーシュ様、ナナリー様も混乱されております。今回はこの辺りになさったほうが・・・」
ナナリーを抱き寄せながらそう提案するエトランジュに一同は頷くと、興奮を収めたルルーシュが謝罪する。
「・・・すまない、つい感情が昂ぶってしまった。
お前には納得しないこともあるだろうが、俺はブリタニアは滅ぼす。これはもうお前の頼みでも覆すことは出来ない」
さすがにここまで黒の騎士団やマグヌスファミリアに迷惑をかけてしまったのだ。協力すると約束してくれた者達を裏切るわけにはいかないという兄に、ナナリーは頷いた。
「それは解ります・・・私も覚悟はしていたつもりです。
私はお兄様を信じますわ。ええ、お兄様は私に隠し事をするとはおっしゃいましたが、こんな嘘をつく方ではありませんもの」
「ナナリー・・・」
ルルーシュがほっと安堵の息をつくと、今回は話が長くなったのでお開きにしようというエトランジュの提案に皆が頷いたため、ルルーシュはナナリーとロロを伴って部屋へと戻った。
「あの、お兄様・・・ロロさんもギアスを持っているのですか?」
「ああ、他者の体感時間を少しの間止めるというギアスだそうだ。
ただその代わりギアスを使っている間は心臓が止まるので、使い続ければ死に至る」
そしてギアスは使い続ければ暴走する。
それなのに使わせていたということがどういうことか、ナナリーもさすがに理解してロロを気の毒に思った。
「そんな、酷い・・・!お父様達はいったい、どうしてそんな非道なことが出来るのでしょう」
「さあな・・・自分達の目的が達するのなら、手段はどうでもいいと思っていたとしか俺には見えない。
俺も結果主義だが、それでも手段は選べる範囲で選んでいるんだがな」
ルルーシュは事あるごとに『大事なのは結果だ』と言うが、現実はある程度手段を選ぶ必要があるものだというのに、シャルルは選べたはずの手段を見事に無視している。
「お前にこのことを話したのは、いつまでも隠すわけにはいかないと思ったことと、ギアスを使えばもしかしたらお前の眼が戻るかもしれないという提案があったからなんだ」
ギアスのことを話すのならラグナレクの計画とともに話した方があとあと混乱しないのでは、というアルカディアの提案を吟味した結果、母マリアンヌの件を除いて話した。
ひた隠しにしていたシャルルのあの暴言を知っていたということは計算外だが、結果的には正解だったかもしれないと、ルルーシュは内心で溜息をつく。
「ギアスは基本的に早い者勝ちだそうだが、種類や相性によっては後から打ち消すことが可能な場合があるらしい。
マグヌスファミリアの王族が皆ギアスを持っているというのは聞いただろう?あの男がかけたお前のギアスを打ち消すことが出来たらお前の目が戻るのではと、エトランジュ様が申し出てくれてな」
「本当ですか?治るんですか、私の目・・・」
「まだ解らないが、もしかしたらキャンセル出来る可能性もある。希望は持っていいと思う」
実際ブリタニア側にギアスキャンセラーなるものが出来たのは身を持って実感している。
逆にこちらが手に入れられれば、せめてナナリーだけでも解除してやりたいとルルーシュは考えていた。
(それなら、私にそのギアスを与えたら治るっていうのは駄目なのでしょうか・・・)
でも、場合によってはロロのように大きなデメリットがあると先ほど兄は言っていた。
なら兄は絶対に許してくれないだろうと、ナナリーは口に出さなかった。
「解りました。私、皆様にお任せして自分に出来ることを精一杯していきたいと思います」
「ああ、ありがとうナナリー。今日はいろんなことを話してすまなかった」
「はい、お兄様。そうだ、そろそろお風呂のお時間でしょう?
ロロさんをお待たせしてはいけませんから、どうぞ行ってらっしゃいませ」
基地には大浴場しかなく、個人風呂は一部の幹部の部屋だけである。
ゼロにはもちろんあるものの、現在の彼らの身分はブリタニア人協力者でラクシャータの手術を受ける妹のために滞在しているというものなので、使用出来ないのだ。
「ああ、もうそんな時間だったか。ロロ、行こうか」
「うん、兄さん。でも大勢でお風呂に入るの、ちょっと苦手だな・・・」
「俺もだが、慣れれば楽しいぞ。風呂からあがったら、今日は何を飲もうか」
「兄さんと一緒のがいい・・・だめ?」
入浴セットを持って楽しそうに話している兄とロロを見送ったナナリーは、自室を出てエトランジュの部屋へと向かった。
途中黒の騎士団員の女性に送って貰って彼女の部屋に行くと、エトランジュが出迎えてくれた。
「あらナナリー様。先ほどお戻りになったばかりですのに、どうなさったのですか?」
「すみません・・・その、どうしてもご相談に乗って頂きたいことがあって・・・。
ギアスとブリタニアのしていたことについて・・・エトランジュ様なら公平に話をして下さると思ったから。」
「え、私ですか?でも私は貴女の御一族から酷い目に遭わされているのです。
公平とはとても言えない悪口のオンパレードになると思いますけれど・・・」
指名を受けたエトランジュは驚いたが、ナナリーは首を横に振った。
「エトランジュ様は決して、コーネリアお姉様やお父様の所業を一言もおっしゃいませんでした。
ですから、悪口ではあってもとても公平なのではないかと思うのです」
父と異母姉のしたことは貴女とは無関係だからと、何も言わなかった。
けれど必要なことは話した方がいいと、兄にも説得してくれた人なら相談に乗ってくれるのではないかと言うナナリーに、エトランジュはそこまで期待されても困るのだが、むげにも出来ず彼女を部屋に招き入れた。
「私でよろしければお話しましょう。
ですが先も申し上げたように、基本的にブリタニア皇族に厳しい見方になると思いますが、それでもよろしいですか?」
「はい・・・あの、ギアスですけど、エトランジュ様もお持ちなんですよね?」
さっそく整理しながら話そうと、まずはそのことを尋ねたナナリーにエトランジュは頷いた。
そして自分のギアスの内容を教えると、彼女の手を握りしめる。
「少し、試してみますか?
実を言いますと目が見えないナナリー様のお役にたてるかと思って、後で申し上げるつもりだったのですが」
「・・・はい、お願いします」
ナナリーは少し怯えたがエトランジュの温かな手に肩の力を抜くと、全身が抱き締められているかのような安堵感に包まれた。
《聞こえますか、ナナリー様。エトランジュです》
「・・・・!!ほ、本当に・・・・?」
《これだけでは解り辛いでしょうから、次は視覚を繋げてみましょう。
ルルーシュ様のお姿です・・・母君に似ておられるとのことですから、すぐにお解りになると思います》
ナナリーは確かに目を閉じているのだが、脳裏に入り込んで来たのは母より身長の高い短く切り揃えられた黒髪の兄の姿だった。
「あ・・・お兄様・・・・!」
エトランジュの記憶にあるルルーシュの姿を脳裏に直接送られたナナリーは、涙を流して喜んだ。
「ああ、お母様によく似ておられるとミレイさんがおっしゃっておいででした。
お兄様・・・!ずっとずっと、お姿を拝見したかった!」
七年前から一度も目にしたことのない兄だが、自分には解る。
「本当に、ギアスはあるのですね・・・信じますわ」
百聞は一見にしかずというが、まさにそのとおりであった。
「ありがとうございます、エトランジュ様。
これで私、たまにでもお兄様のお姿が拝見出来るのですね」
「ええ、いつでもどうぞ」
ささやかな望みが叶ったナナリーは涙が出るほど喜んだが、話はそれだけではなかった。
「・・・ギアスが実在するということは、あのラグナレクの接続というのも事実なのですか?」
「正直理論上は可能という答えで、実際はどうかは私も解らないんです。
誰も考えたことがないそうですから、断言出来ません」
しかしそのためにコードが必要なので、それを持っているC.Cが狙われている。
実際にその計画を成功させてしまう訳にはいかないので、断固としてシャルル皇帝をどうにかしなくてはならないのだという説明に、ナナリーはもともと外道な行為をしている父に関してはそのとおりだと納得した。
「あの、私嘘のない世界は素晴らしいと思うのですが、その計画に皆さんが反対の理由を教えて頂けませんか?」
聞くだけではエトランジュのギアスと同じものなのではないかというナナリーは、狭い世界で生きてきたが故にまだいまいち理解出来ない。
だが説明上手なエトランジュが少し考えた末に口を開いた。
「・・・シャルル皇帝が創ろうとしているのは、皆の意識が一つになる世界だからです。
どんな世界になるか正直想像しがたいので説明し辛いのですが、思ったことが互いに解るようになるということは、実際は苦痛でしかないのですよ」
「どういうことですか?」
「極端なほうが解りやすいので、説明させて頂きます。
私がナナリー様に素晴らしい絵を見つけたのでどうぞとプレゼントしたとしましょう。もちろんそれはナナリー様はご覧になることは出来ませんね。
ナナリー様はそれでも私にお礼をおっしゃって下さると思いますが、内心では『これはちょっと・・・』くらいに感じてしまうのが当然でしょう」
「・・・それがエトランジュ様にも伝わってしまう、ということですか」
何だか互いに嫌な気分になるだけだ、とナナリーは思った。
さらにエトランジュは日本の小説で読んだという、互いの考えが解る薬を飲んだ国民達の話をしてくれた。
初めは互いのことが理解出来たと喜んでいたけれども、少しずつの不満も露呈されてしまうので次第に皆離れ離れになっていき、緩やかな滅びを迎えていこうとしていたのだと。
さらにマオのことも話した。
相手の心が全て聞こえてしまう青年がどのような道を辿り、そして病んでいったのかということを。
先日、リンクを繋ぎ直しラグナレクの接続について話し合ったマオは泣きながらそれは嫌だと訴えた。
『嫌だよC.C!せっかく誰の本音も聞こえなくなったのに、また戻るのは嫌だ!!
死んでも逃げられないなんて、そんなのは嫌だ・・・嫌だよ・・・・何でもするから、そんなことはさせないで!!』
怯えたように訴える養い子に、C.Cはだからこうやって話し合っているのだからと諭して落ち着かせていたことも、エトランジュは見ていた。
さすがにそれはプライバシーだったのでそこまでは話さなかったが。
「嘘、というのは時には必要なものです。
一番解りやすいのは余命がわずかしかないという方に事実を告げるか、それとも嘘を吐くか・・・という状況でしょうか」
「・・・お兄様が私に、スザクさんのお家で住むことになったのが綺麗なお家ではなく、土蔵だったという嘘のように、ですか?」
「そんなことがあったのですか・・・ええ、それも必要な嘘ですね」
何を考えていたのだろうか枢木首相、と内心でさすがに呆れたエトランジュだが、それを口にすることなく続ける。
「嘘や建前というのは薬のようなものです。
それで争いがおこることは確かにございますが、逆に回避されたことも多々あります。
使用上の注意と用法を守ってお使い下さい・・・それだけのことではないでしょうか。
聞く限りシャルル皇帝はそれを理解していないとしか・・・」
嘘に限ったことではなく、だいたいの物事は加減が大事なだけで必要なものだと言うエトランジュに、ナナリーはなるほどと納得した。
「とてもよく解りました。そうです、必要な嘘ってありますものね。
それに、いくら死んでも会えるからと言っても、亡くなった方は美味しいものを食べられなかったり、大事な方と抱き締めたりすることも出来ないはずです・・・ですよね、エトランジュ様?」
「たぶんそういうことになるとは思うのですが、実現された例がないのでなんとも言えませんね。
ですが正直、デメリットの方が圧倒的にある計画だと私は思います」
しかもそこまでに至る過程があまりに酷く、実現されようものならシャルル達は一斉に消えろと言われるのではないだろうか。
「すべての人間に自分を理解してほしい、という望み自体は解らないでもないですが、確かにラグナレクの接続でもなければそれは無理でしょう。
でも、“せめて自分の大事な人だけでも自分を理解してほしい”というなら現状で充分可能です。
こうやって向かい合って話し合えれば、それでいいのですから」
ナナリーも自分はこう思っている、この計画のどこがおかしいのか解らないので教えて欲しいけれど兄には尋ね辛いという考えを話してくれたからこそ、自分はそれが理解出来たと言うエトランジュに、ナナリーはそのとおりだと幾度も頷く。
「伝える方法はたくさんありますものね。
そういえばお父様、どうしてあの酷いお言葉が自分の本心ではないと教えて下さらなかったのでしょう?
初めにそうおっしゃっていたら、お兄様もあそこまでお怒りにならなかったのでは?」
「そうですね・・・きっとその方法に思い当たらなかったのではと」
「もしくは計画が成ったら自然に解るからどうでもいい、と思っていたか、ですか?」
エトランジュがものすごく言い辛そうに予想していることをナナリーが先取りすると、エトランジュは少し悩んだ後に小さな声で多分、と呟いた。
彼女の様子から察するに、自分ですら思い当たったことをエトランジュが解らないはずがないから、後者の方が正解だと思ったがあえて言わなかったのだろうとナナリーは思った。
V.Vのことは言えないまでも、『先ほどの暴言は擬態だ。自分が庇ったらお前達が逆にさらに狙われる可能性が高いから、そうするしかなかった。迎えに行くまで待っていてほしい』と手紙でも、以前は父の仲間だったというC.Cに伝言をするなりしていれば、ルルーシュもあそこまで態度を硬化させることはなかったはずだ。
日本侵攻の時も、『アッシュフォードに庇護を頼んであるから自分が迎えに来るまで待って欲しい』という言葉があったなら、何かが変わっていたのかもしれない。
「私、よく解りました。そうですよね、みんながみんな同じなわけではありませんもの。
お父様は馬鹿です・・・自分のお言葉を言わなければ、理解なんてして貰えるはずがないのに」
ナナリーは光を失ってからずっと、周囲に溶け込むために周囲の言葉に迎合して生きてきた。
だから自分の意見を極力言わないように、小さなわがままを兄に叶えて貰う形で過ごしていたが、孤児院ではそうではなかった。
自分の意見はしっかり言わなければ、誰も理解してくれないのだ。
そして誰もが自分の言葉を形にしても誰も怒らなかったから、ナナリーは自分を殺さなくてもよくなった。
兄も自分のしたいようにしてくれていいと言ってくれたから。
「・・・私、ブリタニアに戻りたくありません。
お兄様と暮らしていければ、他に望むことなんてありません」
「はい、それはもっともなことと思います。
ルルーシュ様もきっと、そうおっしゃることでしょう」
「もうブリタニアに戻らないと、コーネリアお姉様にお伝えしたいのです。
それでも私達をブリタニアに戻すおつもりなら、それはただの横暴だと」
あんな恐ろしい所になど戻りたくないと伝えたいというナナリーに、自分の意見はきちんと伝えるべきと言った手前もあるし、彼女の望みはもっともだとエトランジュは思った。
「・・・解りました。ナナリー様のお望みは正当なものです。
私からも皆様にかけあってみましょう」
わずかな時間くらいなら何とかなるかもしれないし、そもそも自分達の言葉だけで事態を把握させるのはナナリーにとってとても不公平だ。
「ありがとうございます。あの、ご無理ばかり申し上げて申し訳ございません。
本当にご迷惑ばかりで・・・」
「いいんですよ、来週は貴女のお誕生日ですもの。それに私はあくまで伝えるだけですから、大したことではありません。
そう、バースデープレゼント代わりとお考え下さいな」
「・・・エトランジュ様」
これくらいどうということはないのだ、という意味を込めての言葉に、ナナリーは何度もはい、と頷く。
「でも、先に注意しておきますね。
逆探知の恐れがあると思うので短く済ませること。なるべく解りやすく短い台詞で相手に伝わるようにすればいいと思います」
「短く解りやすく、ですか?」
「私達が使っている敬語文は迂遠な言い回しなども多いので、無駄に長くなるケースがありますからね。
ですから多少は砕けたもの言いを使用しても大丈夫だと思います」
自分達だって家庭内では結構な毒舌ぶりを発揮しているんです、とエトランジュはころころと楽しそうに笑った。
家族だから大丈夫だろう、という安易なこのアドバイスを、根が素直なナナリーはなるほどもっともだと受け取った。
それから数日後、エトランジュがナナリーの誕生日プレゼントとして是非にと掛け合った結果、ルルーシュもナナリーの気持ちは当然なのでわだかまりをなくすためにもとカレンにも協力を依頼し、アルカディアも仕方ないと言いながらも協力してくれた。
アルカディアがその場にいると思わせるために適当な相槌を入れたボイスレコーダーを千葉に託し、一度消した音声日記の声を復元させた音声日記をナナリーに持たせて今回の電話会談と相成ったわけである。
そして “多少砕けたもの言い”をしたナナリーは、すっきりした顔で受話器を置いた後凍りついている面々・・・取り分け明後日の方向を向いて呟き続ける兄の袖を引っ張った。
「お兄様、あの方がいると思ったら・・・その・・・解りやすくあれなら伝わるかと思いまして」
妹の声が耳に飛び込んだルルーシュは、この出来事をよい方に解釈して我に返った。
「・・・そう、そうだなナナリー!!あの男にはあれくらいでなければ伝わらないだろうからな。
よくやったぞナナリー!」
「どこで憶えたんです?そんな言葉」
千葉が少し眉をひそめて手にしたアルカディアの声が入ったボイスレコーダーを鞄にしまいながら尋ねると、ナナリーはすぐに答えた。
「孤児院の皆様がたまにお使いでしたので・・・そんなに酷かったですか?」
「・・・正当な苦情ではありましたので今回は当然ではありますが、あまり使わないほうがいいと思いますね」
「千葉、ナナリーはあの男に当然の苦情を言っただけで、いつもなあんな言葉を考えもしない子なんだ。
ああでも言わないとどうせ伝わらないからなブリタニアには!」
ルルーシュが懸命に妹のフォローをしていると、ナナリーがにこやかに言った。
「相手に的確に伝えることが大事、とエトランジュ様が教えて下さいましたから。
特に今回は危ない橋を渡ることになるから、なるべく短い言葉を使うようにと言われておりましたので」
エトランジュは乱暴に言えと言ったわけではないのだが、確かにそのアドバイスをナナリーは忠実に実行に移していた・・・と言えなくはない。
言葉とは実に難しいものである。
演説やメッセージなどこちらから一方的に伝えるだけならあらかじめいろいろ丁寧な文体などを考えてくれただろうが、会話ならカンペなど作れるはずもない。
まして今回はまさかシャルルが通信機越しとはいえいるとは思わなかったのだから、なおさらである。
よって急きょ考えた“簡潔に短くまとめた苦情”があれになったのだ。
ナナリーが今回だけと言ったのでこの件は終わりになり、ナナリーは一同に頭を下げた。
「ありがとうございます皆さん。私のわがままに付き合って下さって、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。今回限りだし逆探知もされていないようだからな」
アルカディアが何もしていないとはいえ他の情報解析チームも何もしていないようだとシステム解析をしていたルルーシュの報告に、一同は安堵する。
「まさかあの方がいらしたなんて、驚きましたねお兄様」
「そうだな。あれだけのことをして来たんだ、今更後には引けないだろうよ」
あの男がいるならとルルーシュはついでに計画の存在をぼかして暴露し、不和の種をばら撒くなど腹黒い策を仕掛けることが出来たので、むしろいいイレギュラーだった。
すべての内容を聞いていた藤堂と千葉は、生々しすぎるブリタニア皇族の内情に対してこの兄妹に同情するしかなくなっており、何も言わなかった。
ちなみにこの二人は話に出ていた計画云々に関しては、ルルーシュにごまかされたこともあり普通にブリタニアの世界征服計画だと思っている。
「私ももうあの方のことはどうでもいいです。
皆様、早くブリタニアを倒してみんなで幸せになりましょうね」
穏やかな口調だがトゲがあるナナリーの台詞に、父親に愛想が尽きた少女としては当然かとその変化を受け入れた。
「私はお兄様がいればそれで幸せです。
でも、皆様とも仲良く暮らしていければ、もっと幸せなんです」
「ナナリー皇女・・・解った、俺達もそのためには協力を惜しまない」
健気な少女の台詞に藤堂と千葉はあんないい娘を捨てるとは、とシャルルに対して呆れ果てた。
「あんな馬鹿な父親、どうせ碌な末路を迎えませんよ。一人寂しく死ねばいいんです」
さすがにそれは、とエトランジュが千葉をたしなめようとしたが、ナナリーはにこやかに同意した。
「そうですね千葉少尉。あんな駄目な方はきっとそうなりますわ。
ご自分の子供にすら何も言わないような方など、誰も相手になさいませんもの」
早くその日が来るといいですね、と笑うナナリーに、一同はよほど激怒していたようだと好意的に解釈するしかなかった。
「・・・さ、さあ、お電話もお済みになったことですし、ナナリー様のお誕生日をお祝いしましょう。
ルルーシュ様お手製のケーキを私も早く頂きたいですし」
微妙な場の空気を変えようとエトランジュが申し出ると、一斉に皆同調した。
「そうだな、ナナリーの好きなイチゴがたくさん乗せてあるぞ。
よかったら藤堂達も食べていってくれ」
「そうか、せっかくだから俺達もご相伴にあずかるとしよう」
藤堂が了承したので、四聖剣の面々もバースデーパーティーに参加することになった。
少し人数が増えたのでエトランジュの部屋に集まると、ルルーシュが最愛の妹に祝いの言葉を贈った。
「十五歳の誕生日おめでとう、ナナリー」
「ありがとうございますお兄様、エトランジュ様、ジークフリードさん、クライスさん、藤堂さん、仙波さん、朝比奈さん、卜部さん、千葉さん」
今日の出来事は、自分が成長するための第一歩になると、ナナリーは思った。
そう、自分は今日から十五歳になる。だから・・・。
「足が元通りに動けるようになったら、ナイトメアの動かし方を教えて頂いてもよろしいですか?
幼い時にお母様から少し教わりましたけど、カンを取り戻さなくては」
「・・・・え?」
ジュースが入ったグラスを手にしたまま固まる一同に、ナナリーはにこやかに再度お願いした。
「十五歳になったら、戦争に参加してもいいんですよね?」
「いや、間違っているぞナナリー。戦闘に参加してはいけないのは十五歳“以下”だから十五歳も駄目なんだ。
エトランジュ様は十五歳だが、マグヌスファミリアでは大人とみなされているから例外を認められているだけなんだよ」
だからあと一年待つようにという兄に、ナナリーはしゅんとしたがエトランジュが提案した。
「リハビリのためなら、古い機体のナイトメアを一体出すことは出来ませんか?
ナナリー様に限らず、お身体に損傷を負われた騎士団の方のためにもなりますし・・・」
黒の騎士団でも、戦争で身体に不具合を持った者はいる。
ラクシャータもそういった者達のために、神経装置とナイトメアを繋いで動かせるようにするタイプのナイトメアを造る予定だと聞いていた一同は、悪くないアイデアだと賛成した。
「解った、手配しておこう。だがリハビリがある程度進んでからにするように」
「はい、お兄様!皆様もありがとうございます」
十五歳の誕生日に、様々な人達から多くのものを受け取ったナナリーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
その日の夜、C.Cはゼロの私室でチーズ君を抱きながら横になっていると、来たか、と上半身を起こした。
「マリアンヌか・・・・来ると思っていた」
《解っていたのに、何も言わなかったのねC.C。
あの子達に最低な父親だ、駄目親父って言われたことにシャルルが凄く落ち込んじゃってるの》
見かけによらず繊細なのよね、とのろけめいて話すマリアンヌに、そのことは知っていたC.Cは先回りをして断った。
「私にフォローをしろと言うなら、お断りだ。
あいつはもう、お前達に何の期待もしないそうだ」
《ルルーシュは解っていないのよ、全ての人達が一つになって、仮面がなくなりありのままでいられる世界の素晴らしさが。
だから早く計画を遂行して、シャルルの気持ちを解って貰えたらと思うの。
あんなに二人を可愛がって汚名をかぶったシャルルが可哀想じゃない》
「・・・お前、自分が何を言っているのか解っているのか?」
《私、何か間違ったことを言ったかしら?》
まるで解っていないマリアンヌに、C.Cは友人への最後の忠告として教えてやった。
「両親に見捨てられ、敵国に二人ぼっちで送り込まれ、ぞんざいな扱いをされていた子供達は可哀想ではないとでも言う気か?
お前達のしたことが跳ね返ってきただけだろうが」
《それはV.Vが余計なことをしたからじゃないの。私達だって出来れば手放したくなんてなかったわ》
自分達は悪くない、とあくまで己を正当化するマリアンヌに、C.Cは無感動に言った。
「だったらどうしてV.Vではなく、ルルーシュ達に苦労を強いる?・・・お前達は本当に、自分が可愛いだけなんだな。
私はお前達の計画に協力しない。お前と二度と話すつもりもない」
《そんな、C.C!どうして・・・コードをマグヌスファミリアが引き取ってくれるから?
貴女も自分だけのことを考えるの?》
「それもあるが、お前達の計画は他者を不幸にするだけと理解したからだ。
今お前の周りで幸福そうにしている人間がどれだけいるか、考えたことがあるのか?」
彼女の子供がどんな成長を遂げたか、自分を通して見ていたはずなのにまだ解らないのかと言うC.Cに、マリアンヌはそれでも計画のためだと言い募る。
「そう言うと思っていた。だから私はお前とはもう袂を分かつ。
あれではルルーシュがあまりにも哀れだ・・・私の養い子も、お前達の世界は嫌だといっていたことだしな」
《C.C!!》
「お前達は自分のことばかりで、何もしなかった。だから何もされなくなったんだ。
ルルーシュとナナリーがどんな思いであの台詞を口にしたか、少しくらい考えてみたらどうなんだ?
あれは二人から与えられた最後の機会だ。
その意味が解らないのなら、お前達に自分を理解して欲しいと望む資格はない。
最後の忠告をしておこう。自分がして来たことを、もう一度よく振り返ってみるんだな」
話はそれだけだと告げると、C.Cは強制的にマリアンヌとのギアスによって繋がっているリンクをシャットアウトした。
「あっ、C.C!!切られちゃった。どうしちゃったのかしら彼女があんなに怒るなんて珍しい」
無感動を装ってはいたが、そこそこの付き合いであるC.Cがそれなりに怒りの感情を持っていたことに、マリアンヌは気付いた。
黄昏の間で少女の姿をした妃の説得に失敗したどころか縁すら切られたという報告を聞きながら、シャルルはアカーシャの剣をじっと見つめている。
「シャルル、そう落ち込まないで。計画さえ成れば、あの二人も解ってくれて私達のところに戻ってきてくれるから」
「マリアンヌ・・・」
「あと少しなのよ、シャルル。C.Cが駄目なら、無理やりコードを奪うしかないわね。
貴方はもうコードを奪える達成人になっているのだから、大丈夫のはずよ」
「うむ・・・」
確かにそれしか方法はない。
シャルルは頷きはしたが、息子から『計画ごと壊してやる』と否定され、娘からは『だめ親父』と批判されたダメージは大きく、妻の方を見ようともしない。
やはり父親としては娘からの言葉の方が堪えるのか、ナナリーからの発言はルルーシュのそれを聞いた時より衝撃が激しく、脳裏でエンドレスで響いている。
「あの口ぶりから察するに、事情を知っててあんなことを言うなんて二人とも酷いわ。
貴方は精一杯のことをしてあの子達を守ろうとしただけなのにね」
守り方に問題があったのだと唯一忠告してくれたC.Cの言すら理解出来なかった二人は、まさにだめ親と批判されても仕方なかった。
「あの酷い言葉が最後の機会って、どういう意味かしら?解っているなら教えてくれればいいのに」
それは教えて解るものではなく、自分で気づかなければならないことだからだ。
何故最低の父親だと言われたのか、何故駄目親父だと思われたのかを考えて欲しくてそう告げたのに、この二人には全く伝わらなかった。
彼らは結局、自分で自分の姿を鏡で見ることすらしていない。
シャルルは懐から、生徒会メンバーが映っている写真取り出してじっと見つめた。
先日ルルーシュの痕跡を見つけるために機密情報局の人間をアッシュフォードにやった際に押収した、写真の一枚だった。
末息子と末娘が、楽しそうに仲間と笑い合っている。
幸福そうにしているのに、何故反逆などして自分からその箱庭を飛び出したのか、シャルルには全く解らない。
(計画さえ成れば、全てがうまくいく)
あのきつい決別の言葉に、シャルルは却ってそう考えた。
愛しているからこそ理解して欲しかったから、そのためにはそうするのが一番なのだ。
シャルルは改めて決意すると、マントを翻して歩き出す。
「コーネリアだけには任せておけん。機密情報局を動かす。
ルルーシュの友人知人全てに監視の網をかけよ。ルルーシュかナナリーを確保すれば、C.Cもいずれ出てくるはずだ」
子供達のためと言いながら実際は計画のためであり己のためでしかなく、自分で自分に嘘をついていることすら解っていない彼らを、C.Cはいっそ哀れにすら思っていたことも解らないのだろう。
子供達から与えられた最後の和解の機会を捨てたことも、恐らく彼らは気付くまい。
自分達だけの世界に固執し続けた二人は、それが正しいことだと信じて黄昏の間を出た。
醜い仮面の世界へ、自分達もまた仮面をかぶって。