第十六話 連鎖する絆
カツシカの黒の騎士団本部のトレーラーに戻って来たルルーシュ達は、真っ先に最愛の妹の元へやって来た。
「ナナリー!!」
「ああ、お兄様、ご無事でよかった!!」
ナナリーは涙を浮かべながら、駆け寄って来た兄に抱きついた。
ナナリーは仙波から無事に政庁から出てきたと聞いてはいたがその声を聞くまではどうしても安心出来ず、じっとエトランジュの部屋で待っていた。
頼みにしていたエトランジュもおらず、不安で寝ることも出来なかったのだ。
「あの・・・事情はだいたいエトランジュ様から伺いました。
戻ってきたら、話して下さるように言って下さると・・・」
「・・・ああ、もう隠せないからな。すまない、お前に心配を掛けたくなくて」
ルルーシュは申し訳なさそうに謝罪すると、ナナリーは首を横に振った。
「いいえ、私も悪いのですお兄様。
スザクさんを助けて欲しいなんて、それがどれほど大変なことか知りもせず気軽に言ってしまったから・・・」
「スザクを助けたかったのは俺も同じだ。お前に言われたからじゃないから、気にするな」
「はい、お兄様。でも、仙波中尉から伺ったのですがエトランジュ様がまだお戻りではないとか・・・」
「ああ、俺も気にしていたから、至急対処をしなくてはと」
「ですから、そちらを先になさって下さい。
私達のためにどれほどの苦労をかけてしまったことでしょう。皆様も心配なさっておいでですし・・・」
優先順位があると言うナナリーに、ルルーシュは感激した。
(ここまで考える子になって・・・!やはり自分でいろいろするほうが成長するものなんだな)
ルルーシュはナナリーの言葉に頷くと、どうしていいのか解らず途方に暮れているロロを見て言った。
「この子はロロと言ってな、ブリタニアの特殊機関の子で暗殺を仕事にさせられていた子なんだ。
心臓に負担がかかっているのに、無理やりさせていたんだぞあの男は・・・!」
「まあ、酷いことを!!・・・おいくつくらいなんですか?」
ナナリーが己の父親が恐ろしい所業をしたと聞いても疑問の声を上げることなく、ロロに憐れみの視線を向けるとルルーシュは優しく告げた。
「お前と同じ、十四歳だそうだ。今後は俺の弟として共に暮らそうと思っている。
縁は切ったとはいえ親のせいだし、俺について来てくれた以上どこにも行き先がないんだ・・・責任を取って俺が面倒をみるべきだからな」
「え・・・?」
ナナリーは急な話に表情を凍らせたが、確かに兄の言っていることが正論なのでナナリーは何も言えずに黙りこくる。
「もうあの一族と縁を切りつくすためにも、新しい家族を迎えるのは悪い話じゃないと思う。
ナナリーも弟妹が欲しいと言っていただろう?」
ルルーシュとしては優しいナナリーが嫌がるはずがない、むしろ弟妹が欲しいと言っていたのだから喜ぶと思っての台詞だが、七年前と今では事情が違う。
そのロロは弟にしてくれると聞いてどぎまぎしており、顔が赤くなっていることをクライスから指摘されているのがナナリーの耳に入った。
「でも、私達はあの方をあんな目に遭わせた親の子ですし・・・」
「それもそうだな・・・エトランジュ様の家に預けるという手もなくはないが」
ギアスを持っている子供なのでうかつな家に預けるわけにはいかない以上、選択肢は二つしかない。
よってルルーシュは、ロロに選ばせることにした。
「ロロ、しばらくの間は俺達と行動を共にして貰う。
俺達とエトランジュ様達と暮らしてみて、どちらがいいか選んでほしい」
「僕が・・・選んでいいんですか?」
自分が選ぶという行為など滅多にしたことがないロロが驚くと、一同はそれが妥当だなと頷き合う。
「君もいろいろ気にするだろうが、少ない選択肢とはいえ選ぶ権利はある。
何かあったらフォローするから、何でも言うといい」
藤堂がそう言うと、千葉もロロの頭を撫でて言い聞かせた。
「もうあんな危ない真似をしなくていいんだ。
黒の騎士団には十五歳以下は戦闘に参加させてはならないって規則があるし、十五歳になっても戦闘を強制するのは禁止されてるのだから」
「千葉の言うとおりだ。今日はもう遅いし混乱しているだろうから、こちらに来なさい。
エトランジュ様達の部屋はナナリー皇女に提供したから、俺達の部屋を貸そう」
「そうですね、中佐。どうせ今日は徹夜決定です」
千葉がロロの手を取ろうとするが、ロロは警戒してさっと手を引っ込めてしまった。
そしてちらちらとルルーシュの方に視線をやったので、一同は苦笑を浮かべた。
「ずいぶん懐かれたようだな、ゼロ。ご指名だ」
「そうか・・・まあ無理もないか。すまないがナナリー、ロロを休ませてくるよ」
「えっ・・・はい、解りました」
「エトランジュ様の件が片付いたら、お前には全て話す。
今日はもう遅いから、お前も寝たほうがいい・・・今日は無理のようだからな」
時計は既に十一時を回っている。いつも早めに寝ているナナリーとしては、夜更かししている方だった。
ルルーシュはナナリーにキスしてからロロの方に足を向けると、彼の手を取って歩き出す。
その前後にロロはナナリーを見つめ、自分でも解らない鋭い感情を込めた。
目が見えなくともナナリーも何となく己も抱いているようなよく解らないそれを受け止めると、兄に手を引かれて部屋を出るロロを見送るのだった。
時間は少し遡る。
ルルーシュからの依頼を果たすため、エトランジュはジークフリードと共にアッシュフォード学園へと向かった。
経済特区日本から戻るブリタニア人の父娘を装い、一路普通の車で目的のアッシュフォード学園に到着すると車を手近な駐車場に止め、アッシュフォード学園へ徒歩で向かった。
平日の夜のせいかしんと静まり返っている。敷地が広いのでよく解らないが、寮の方に皆集まっているのだろう。
「この時間帯ならば皆もう寮にいるはずだからクラブハウスには誰もいないとのことです。
ゼロ用の秘密の通路があるので、こちらへ」
ルルーシュがブリタニアに見つかった時そこから逃げるための逃走路がアッシュフォード学園にあった。
それはまだルルーシュがアッシュフォード学園にいた時ゼロとして動くために学園を抜ける際に大いに活用されており、今回のように本来の目的とは違う使われ方しかされない通路である。
ルルーシュから聞いていたパスワードを入力してその通路に入りアッシュフォード学園内部に侵入すると、エトランジュが苦痛をこらえるかのように額を押さえた。
「大丈夫ですか、エトランジュ様。お辛そうですが・・・」
「あんまり大丈夫ではありませんが、私がリンクを開き続けなくては・・・何とか頑張ります」
さすがに虚勢を張っても無駄だと思うほど、エトランジュの疲労は限界にあったらしい。
先ほどは青いほどだったが一転して赤くなった顔で気力で歩こうとするエトランジュを横抱きにしたジークフリードは、早足で歩き出す。
寮の方は明かりが灯っており賑やかそうだが、クラブハウスはそこから離れているので誰にも見つかることなく室内に入ることに成功した。
本当に誰もいないことを確認した二人は、足跡を残さないよう注意しながら二階にあるルルーシュの部屋に入った。
家具だけ置かれた殺風景な部屋だが、毎日咲世子が掃除しているのですぐにでも住めそうな部屋だった。
「北側の壁のベッド下・・・ここだな」
ジークフリードが一度エトランジュをルルーシュのベッドサイドに座らせると、ルルーシュから聞いていたゼロの仮面と衣装を隠していた隠し収納に駆け寄った。
収納庫は非常に凝った造りで、触ったり叩いたりした程度ではそこに収納スペースがあるとは全く解らない。
神になることを目標とした男を描いた日本の漫画の主人公を見習って造ったそうで、開くには少々面倒な手順を踏まなくてはならない。
ジークフリードが慎重に収納を開くと、そこにはクーラーボックスくらいなら入れられそうなスペースがある。
そこに緩衝材に包んだ黒の騎士団に通じる携帯電話をそっと入れた。
ラクシャータら黒の騎士団に所属する科学者が開発した物で、盗聴防止システムがついている特別製である。
「エトランジュ様のギアスがあるとはいえ、今回のような事件を思えば藤堂中佐達とも連絡が取れた方がいいかもしれませんし、いいアイデアです」
「そう・・・です・・・ね」
エトランジュの傍から見ていて熱があると一目で解るほどの赤い顔に、ジークフリードは早々に帰って休ませるべきだと判断した。
「早くゼロが脱出すればよろしいのですが・・・とにかく本部に戻りましょう」
ジークフリードが収納を閉じ終えようとした刹那、隠した携帯電話がゆっくりと揺れた。
「そういえば・・・電源を切るのを忘れていました・・・」
何て単純なミスを、と慌ててベッドから立ち上がって携帯の電源を切ろうと走り寄ったエトランジュは、限界に達した身体では不可能で大きく転倒した。
「エトランジュ様!!」
慌ててジークフリードがエトランジュに駆け寄ると、エトランジュは大きく呼吸をして呻いている。
「はぁ・・・はぁ・・・!すみません・・・!」
「何をおっしゃって・・・とにかくすぐに戻りましょう」
ジークフリードは改めて携帯の電源を切ったが、エトランジュに気を取られていた彼は着信履歴を見るということをしなかった。
エトランジュならそれを指摘しただろうが、あいにく彼女は熱に浮かされてリンクを開くのが精いっぱいという有様だったので、ジークフリードのミスにすら気付いていない。
ジークフリードはエトランジュを横抱きにしてルルーシュの部屋を出ようとした刹那、人の気配を感じてルルーシュの部屋へ戻り、鍵をかけた。
「・・・・?どう・・・かなさい・・・ましたか?」
「しっ、下に誰かいるようです」
「・・・え?」
「おそらく生徒会の誰かが忘れ物を取りに来たという程度でしょうが・・・彼らが去るまで待ちましょう」
小声でそう言い聞かせたジークフリードは熱で潤んだ目で頷いた主君に大丈夫ですからと言い聞かせた。
(シャーリーさん、ならもしかしたら見なかったことにしてくれ・・・るかも・・・)
それ以外ならルルーシュに連絡して事態を打開する方法を聞かなくては、とエトランジュはルルーシュに報告しようとした。
《ルルーシュ様、ルルーシュ様・・・ちょっとよろしいですか?》
エトランジュが朦朧とした頭で呼びかけるが、何の返答もない。
《あれ・・・ルルーシュ・・・様?》
もしかしてギアスが止まったのかと不安になり、試しにジークフリードとリンクを開いてみた。
《・・・ジークフリード将軍・・・聞こえますか?》
《はい、エトランジュ様。ですが、目の前にいるのに何故?》
無駄にギアスを使っている余裕はないはずだと眉をひそめて返事を返してきたジークフリードに、エトランジュは声で答えた。
「・・・ルルーシュ様に何度も話しかけたのですが・・・返事がきません」
「なんですと?何故?」
「解りませんが・・・これでは下手なことが・・・出来ません・・・下にどなたがいるか解りませんが・・・やり過ごすのがよろしいか・・・と・・・」
「かしこまりました。しかしゼロと連絡が取れなくなったのはおかしいですな。
後で皆様に相談することにして、アルフォンス様にお知らせだけしておいたほうが」
この事態になって、ジークフリードは連絡手段をエトランジュのギアスに頼りきりにしていたことを後悔した。
今の今まで相手がリンクを切らない限り連絡が取れなくなるという事態にならなかった上、携帯などで連絡するよりよほど確実で安全だったのでそれ以外の必要がなかったせいだ。
エトランジュは頷くと、さっそくアルフォンスに連絡する。
《アル・・・にーさま・・・》
《エディ、どうしたの?あ、もしかしてアッシュフォードの用事が終わった?》
《いいえ・・・実はさっきからルルーシュ様と連絡が取れなくて・・・》
《へ!?何で!?》
《解りません・・・今・・・どんな状況ですか・・・?》
エトランジュ達がルルーシュと連絡が取れたのは、ルルーシュ達がシンジュクからチヨダに向かう地下道に入ったことを確認したのが最後だった。
少しは一息つけるかなと安堵していたところに飛び込んできた凶報に、アルフォンスは額を押さえた。
《たぶん今頃チヨダに着いた頃だと思って、ちょうど連絡して貰おうと思ってた矢先だよ・・・。
この状況でゼロがリンクを切ったとは考えにくいから、何か起こったと考えるべきだけど・・・!》
伯父からの予知通り、本当に救出に失敗したのだろうかと最悪の事態が一同の脳裏を掠める。
《・・・とりあえずこっちも何とかしてゼロの状況を調べてみる。で、そっちはどう?》
アルフォンスに尋ねられたエトランジュが途切れ途切れに事態を伝えようとした刹那、階段を昇る音が響いてきた。
(まずい、こちらに来るぞ。足音からして一つ・・・しかも急ぎ足だ)
ジークフリードはとっさにエトランジュを抱えると、空になっていたクローゼットの中に押し込んだ。
「ジークフリード・・・将軍?」
「ひとまずここに御隠れ下さい。私ならともかく、貴女をブリタニアに渡すわけにはいきません」
(幸い生徒会は一階で二階はゼロ達の生活居住区だと聞いているから、ここに来ることはないと思っていたが・・・)
このクラブハウスは一階が生徒会室とリビング、バスルーム、ナナリーの部屋になっており、二階はルルーシュの部屋と空き部屋がいくつかある。
基本的に生徒会メンバーと咲世子くらいしか出入りがないそうだが、現在夜は咲世子くらいしかいないがその彼女がいないので、警備員が巡回に来たことは充分考えられた。
もしそうならアッシュフォードから脱出しなければ今度は自分達が不法侵入者として警察に突き出されても仕方ない。
この場合はエトランジュだけでも助けて、自分だけ捕まるしかないとジークフリードは肚を決めた。
そして、アッシュフォードのルルーシュの部屋のドアが開かれた。
身構えているジークフリードの前に現れたのは、携帯を握りしめたシャーリーだった。
見知らぬ壮年の男に睨まれた彼女は、当然のごとく驚いた。
「だ、誰貴方・・・!誰か!!」
女性一人ならと、ジークフリードが悪いと思いながらも口を押さえようと彼女を拘束した。
「すまないが、少し黙っていて欲しい。君に恨みはないが、私達はここから出たいだけなんだ」
「むー、む・・・!」
(た、助けて・・・ルル・・・!)
温厚な声音とは裏腹に自身の口を塞がれて腕で拘束されたシャーリーは、涙を流しながら恋した少年に助けを求めた。
と、そこへクローゼットからエトランジュが呻きながら這い出てきた。
「ま、待って下さい・・・その人は大丈夫ですから・・・!」
「エトランジュ様!出てはなりません!」
「?!」
(あの子・・・ルルを迎えに来たエトランジュ様?!)
「その方は・・・ルルーシュ様の味方・・・です・・・」
「何ですと?」
「ゼロの正体も知ってますから・・・放して差し上げて下さい・・・」
「・・・承知しました。手荒な真似をして申し訳ない」
ジークフリードが謝罪しながら手を放すと、シャーリーはげほげほと呻いて深呼吸する。
「げほっ・・・あの・・・何かあったんですか?エトランジュ様達だけで、ルルはいないみたいですけど」
「はい・・・少し頼まれごとをしたのでこちらに・・・」
「よかったら私がしますよ。早くここから帰った方がいいです。
・・・今、アッシュフォードはちょっとおかしなことになってて」
シャーリーはエトランジュに駆け寄ると、恐怖と困惑を顔に滲ませて言った。
「ついさっき、アッシュフォードの全生徒に外出禁止令が出たんです・・・何でも皇族の極秘視察があるって」
「・・・それは、本当ですか?」
「はい・・・もしかしたらルルを・・・ゼロを探しに来たのかと思って、それでルルに知らせようと思ったんだけど繋がらなくて・・・。
不安になったらつい、ここに足が向いちゃったんです」
(もしかして・・・ついさっきの電話ってシャーリーさんが・・・)
極秘の電話にかけたのが誰かと今更疑問に思ったエトランジュは、どうしてこんな時に限ってリンクが繋がらないのかと焦った。
《アル・・・ねえさま・・・どうすればいいですか・・・》
エトランジュがアルフォンスに相談しようとリンクを開いた刹那、エトランジュに限界が来た。
半日以上もギアスを使ってかけた負担が、とうとう来てしまったのである。
「うう・・・ああああ!!!」
頭を押さえて呻くエトランジュに、シャーリーは慌てて彼女の口をふさいだ。
「少しこらえて下さい!もうすぐ生徒会のメンバーが来ちゃうんです!!
お付きの人、早くここから出て下さい。そしてさっきのことを、ルルに・・・」
「わ、解った、そうさせて頂こう。先ほどのお詫びはいずれ必ずさせて頂きたい。
さあエトランジュ様、用事は済んだのですから戻りましょう」
「さっきの外出禁止令の説明があったから、今日の生徒会の仕事が押してるんです。
出迎えの準備のために根回しもしなくちゃいけなくなったから、急きょ集まることになって」
もともと現在の生徒会メンバーは三人しかおらず、ミレイとシャーリーは放課後講義を受けているためまともに動いているのはリヴァル一人である。
しかもその彼は無能とは言わないが有能とも言えないため、どうしても仕事がたまりがちなのだ。
「・・・秘密の通路を使って来たので、そちからから帰らせて頂く。
詳しいことはいずれゼロから話があると思うので、少し待っていて貰えないだろうか?」
「解りました。下まで送ります」
シャーリーはタオルケットをルルーシュのベッドから勝手に取ってゴメンと謝りながら取ると、エトランジュをそれでくるんだ。
ジークフリードが礼を言いながら主君を横抱きにすると、シャーリーはまだ誰も来ていないことを確認してそっと下に降りる。
そしてキッチンから使い捨ての熱さましのジェルシートを持って来ると、エトランジュの額に貼り付けた。
「凄い熱・・・きっと38度くらいはあるんじゃないかな・・・早くお医者様に診て貰って下さいね」
「あり・・・がとうございます・・・何から何まで迷惑を・・・・あうっ!」
「喋らないで!さ、出ますよ」
シャーリーがクラブハウスのドアを開けた瞬間、左右から棒が振り下ろされた。
「きゃあっ!!」
「シャーリーを放せ!!」
「大丈夫、シャーリー?!」
間一髪でシャーリーがクラブハウスの室内に身をかわしたので突然の攻撃は彼女には当たらなかったが、彼女は攻撃してきた二人・・・ミレイとリヴァルに向かって叫んだ。
「い、いきなり何するんですか二人とも!!」
「何って、クラブハウスに来たらあんたが叫んでたから、誰かに襲われたのかと思って、こうして武器になりそうな物を持って中に入ろうとしてたところだけど・・・」
どうやらシャーリーが二階に上がってルルーシュの部屋に入った時には、既に二人はクラブハウスの一階にいたようだった。
考えてみれば皆寮に住んでいるのだから、ほぼ同時刻にクラブハウスに来ることになるのは必然だったのである。
シャーリーの悲鳴を聞きつけた二人はすぐにでもシャーリーの元へ行こうとしたが相手が強盗などならまずいと判断し、まず生徒会の電話で警備員を呼んだ。
その後ルルーシュの部屋から複数の人間が出る気配がしたため、慌てて掃除用具からモップを取り出して扉近くで待ち構えていたという訳である。
「あ・・・あの、それはその、こっちの勘違いで・・・」
「・・・ってか、その二人誰?」
リヴァルがまじまじと見知らぬ壮年の男が呆然とした顔で、大事そうにタオルケットにくるまれた少女を抱きかかえているのを見つめた。
「えっと、その・・・私のその遠い親戚みたいな?」
「何で疑問形?来るなんて聞いてないし何でクラブハウスに夜にいるのかとかもう突っ込みどころが満載ですけど・・・」
嘘が苦手なシャーリーに、リヴァルが穏やかながらに容赦なく突っ込んだ。
「・・・とにかく、この人達はシャーリーの知り合いなのね?」
「はい。不審者ではないですよ!ルルの知り合いだし!!」
そう言えばこの場は見逃してくれるかもと思ったシャーリーがとっさに叫ぶと、ミレイの眉がぴくりと跳ね上がった。
「ルルちゃんの・・・?ふーん、そうなの」
容姿や態度から明らかに父娘などではなさそうな様子の組み合わせの男女に、ミレイはもしかして黒の騎士団員ではないかと考えた。
もしそうならば彼らは主君の仲間であるのだから、庇護しなくてはならないとミレイは思った。
「解ったわ。リヴァル、警備員に悲鳴はシャーリーがネズミを見て驚いただけだったって伝えてちょうだい」
「え、それでいいんですか?」
「いいのいいの。とにかくちょっと中に入って話をさせて貰えないかな?
今軍人が何人か来てるから、ここでするのはまずいと思うの」
「なんですと?」
ジークフリードが驚くと、ミレイはますます己の推測の正しさを感じてリヴァルを急かした。
「連絡が済んだら。氷嚢と冷たいスポーツドリンクでも持ってきて。
その女の子凄く具合悪そうだもの、ちょっと休んだ方がいいと思うの。
私は事情を聴いてそれから判断するから」
「りょーかいしましたっと。うわー、顔真っ赤!いっそ今夜泊ってけば?」
「いえ・・・その・・・ご迷惑をおかけしては・・・」
エトランジュが呻きながら断ろうとするが、ミレイはクラブハウスのドアを開け直して中に誘った。
「とにかく、話を聞かせてちょうだい。一階のナナちゃんの部屋がいいわ。
リヴァルは早く警備員に連絡を」
「おっと、そうだった。じゃ、また後で」
リヴァルが慌てて生徒会室に走っていくと、ミレイに先導されてナナリーの部屋まで来た後、ナナリーが使っていたベッドにエトランジュを寝かせた。
(さて、どう切り出そうかな・・・私の予想通りならルルちゃんのことを出せばいいんだけど、シャーリーがどこまで知っているかでこの場で話せる内容が限られてくるし・・・)
シャーリーがこの二人をただのルルーシュの知り合いだと思っているならルルーシュがゼロであるという前提の会話は出来ないし、この二人がルルーシュがゼロだと知っているかも解らない。
(っていうか、私がゼロの正体を知っていることルルちゃんにも言ってないんだから、この二人がゼロのことを知ってても暗にほのめかしたようになんてしても通じないわよね)
本当にどうしようとミレイは考えた末、何とかルルーシュと連絡が取れないものかと望みを託して言ってみた。
「最近ルルちゃんと連絡が取れないんだけど、貴方達なら連絡先知ってるかな?
いちおう貴方達のことを確認したいから」
「・・・知ってはいますが、今はちょっと」
ギアスという万能連絡法があったが突然切られてしまっているために出来ないエトランジュの答えに、警戒されていると勘違いをしたミレイはやはり教えてくれないかと溜息をつく。
「あの、会長・・・実は私携帯の番号を聞いてたんですけど、全然繋がらないんです。
もしかしたら繋がるかもしれないから、電話してきてもいいですか?」
ミレイならいきなり二人を通報して突き出すということをしないと思ったシャーリーはとにかくこの二人のことも早急に報告しなくて張らないために慌てたような申し出に、ミレイは仮にも臣下の自分には言わなかったのにシャーリーにだけ教えていたということに驚いた。
「・・・まさか」
「会長?どうしたんですか怖い顔をして」
「ねえシャーリー、真面目に答えて。貴方、ルルちゃんが何をしてるか知ってたの?」
「!!!」
嘘が苦手なシャーリーが驚愕した顔で思わず後ずさりをすると、ミレイはやはりと確信した。
(あー、それで中華でゼロが天子を誘拐した時に同じ反応したのか。その時に気付くべきだったかな)
全く自分と同じ反応をした上、まめに中華に関するニュースを見ていたなと同じような行動をしていたことを見落としていたと、ミレイは前髪をかき上げた。
「落ち着いてよ、シャーリー。私だってある事情で知ってたから」
「・・・え?」
「後で話すわ、とにかくこっちよ。
こちらのお二人は、黒の騎士団の人達なのね?」
「・・・はい」
「よかった・・・待ってた」
ミレイは心底から安堵した表情で呟くと、リヴァルが戻ってくる前にと単刀直入に尋ねた。
「ゼロの正体も、ご存じ?」
「・・・・」
シャーリーの沈黙こそが答えだった。
せめて知らないとすら言えないあたり、皆混乱しているのがありありと解る。
エトランジュは頭痛と熱で朦朧としてその程度のことすら思いつかないありさまで、ジークフリードも勝手なことを言えない立場にあるので黙るしかなかったのである。
せめてリンクが開けていたならともかく、彼女はギアスを使おうとすれば猛烈な頭痛が襲いかかってくるため、繋がる端から切れてしまうのである。
「私も知ったんです。それで黒の騎士団に参加しようと決めてゼロ・・・ルルーシュ様にお仕えすべく連絡を取りたかったので」
「「・・・え?」」
エトランジュとシャーリーの声が重なると、ミレイは唇に人差し指を当てた。
「そろそろリヴァルが戻って参りますので、彼を帰した後に詳しい経緯をお話しします。
まさかこんなことになるとは、思ってもみませんでした」
ミレイはまさか身近な所にルルーシュに繋がっていた人物がいたことに驚き喜び、さらにルルーシュと近い繋がりを持つ人物が自らが守る箱庭に訪れた幸運に感謝した。
と、そこへ中の凍りついた空気を動かすように、リヴァルの呑気な声が響き渡る。
「会長―、氷嚢とジュース持って来ました。スポーツドリンクが切れてたんもんで」
リヴァルがジュースをテーブルに置くと、シャーリーが氷嚢を手にしてエトランジュのジェルシートを剥がし、額に乗せた。
先ほど貼ったばかりなのに、剝したそれはほんのりと熱さを持っている。
「ああ、ありがとうリヴァル。悪いんだけど、今日の生徒会は明日にするわ。
この人達と話があるから、今夜はもう戻ってくれない?」
せっかく来て貰ったのに悪いけど、と両手を合わせて頼んできたミレイに、リヴァルはシャーリーに視線を移す。
「でも、シャーリーは残るんでしょ?何で俺だけ?」
「どうしてここに二人がいたかとか、聞きたくてね。お願い」
一見いつもの調子でお願いするミレイだが、伊達に片恋をしている相手なだけにリヴァルは何か事情が出来たことを敏感に察した。
シャーリーの方も同じようで、どうしようと苦悩している様子が見て取れる。二人が共通してのことといえば、たった一人しか思い当たらない。
「・・・ルルーシュの奴に、何かあったんですね。俺もあいつの親友なんです、俺も力になりますよ」
「・・・ありがとう、リヴァル。
でも、今回ばかりはいいの・・・お願い、何も聞かないで」
ルルーシュがしていることは祖国に対する反逆なのだ。リヴァルが話すとは思ってすらいないが、万が一彼が知っていたのに黙っていたということがバレでもしたら、彼も共犯とみなされかねない。
「会長!!俺に友達を見捨てろって言うんですか?!」
「そういう問題じゃないの、聞いたらもう戻れなくなる!!
これ以上私を困らせないで!」
言い争う二人を見かねたシャーリーが、おずおずと口を挟んだ。
「もういっそ、お互いに情報開示したほうがいいんじゃないですか?
このままじゃ、もうどっちみち今までどおりって訳にはいかないと思います」
ずっと隠してた私が言うのもなんですけど、と言うシャーリーに、リヴァルも同調する。
「そうですよ会長!俺、絶対何があったか言いません。
俺はあいつの友達なんだ!いつも助けて貰ってばっかだったんだから、少しくらい何かさせてくれたっていいじゃないですか!」
ミレイはもっともだと思いはしたが、事が事なだけにすぐには決断出来ず悩んだ。
そこへエトランジュが、呻きながら言った。
「・・・私・・・あなた方のことよく存じませんが・・・皆様は・・・ルルーシュ様のお味方ですか・・・?」
「もちろんだ!俺はリヴァルっていって、ここに入学して以来の付き合いだ」
「・・・解りました。私からは言えませんが・・・あの方にお話しするようにお伝えしましょう・・・それはお約束・・・します・・・」
エトランジュは必ずルルーシュにリヴァルのことは伝えるのでこの場は引き上げて欲しいと言ったが、リヴァルはナナリーと違って彼女のことを全く知らないため、本当に伝えてくれるのかと疑ったので残念ながら通じなかった。
いっこうに進まない会話にエトランジュもどうすればいいのか途方に暮れるが、もはや悩んでいる時間はないとミレイは腹を決めた。
「もう、解ったわよリヴァル!!でも、絶対誰にも言わないことと余計なことはしないこと・・それだけは約束してちょうだい。
でないと私・・・冗談でなく貴方を・・・」
さすがにそれ以上は口にしなかったが、リヴァルはごくりと唾を飲み込みながらも頷いた。
「わ、解りました会長。あの、それで・・・何があったんです?」
リヴァルがようやく話を進めようと尋ねると、まずミレイが言った。
「いい、大声出さないでよく聞いてちょうだい。
・・・ルルーシュはゼロなの」
「・・・へ?ゼロって、あのゼロ?」
「他にいないでしょ。現在ブリタニアに絶賛反逆中のゼロ」
シャーリーは既に知っていたのか驚きもしておらず、またいきなりクラブハウスなどにいた二人も同様だったので知らなかったのは自分だけだったリヴァルは口をパクパクとさせる。
「なな、何でルルーシュがゼロに?シャーリーは知ってたのか?」
「正体はちょっとアクシデントがあって偶然知ったけど、ゼロになった理由は聞いてないの。
それだけは言えないって言われたから・・・」
「それは私が知ってるわ。実はね・・・」
ミレイが七年前にあった出来事を搔い摘んで話すと、シャーリーとリヴァルはあまりの壮絶なルルーシュの過去に驚き憤慨する。
「何それ、酷い!!それが父親のすることなの?!」
「信じられねぇ・・・!どおりであいつ、父親のことは絶対言わなかったはずだよ」
あまり自分の父親と反りが合わないリヴァルが父親について愚痴ると、『俺に父親などいない』と言ったきり何も言わなかった彼に何かあったのかなーと思ってはいたが、想像以上に酷かった。
「貴族内じゃけっこう有名な話なんだけど・・・そちらのお二人も知ってたみたいね」
シャルルはルルーシュに興味がないと思わせるために大勢の貴族達の前であのやり取りをしたため、実はブリタニア貴族の間ではかなりの語り草になっていた。
「・・・はい。こちらも元ブリタニア貴族の方から・・・伺ったので・・・」
(元ブリタニア貴族ってことは、何人か貴族の人がルルちゃんについてるみたいね。
そっちからこの子に情報がいったみたい)
同情などされたくないというルルーシュの性格を把握していたミレイの予想は、半分以上正解だった。
白人であり正確なブリタニア英語を話すエトランジュが非常に礼儀正しく品があるので、もしかしたら彼女も元貴族なのかもしれないとも思ったが、それは間違いである。
「そりゃ反逆くらいしたくなるよな!・・・ってことは、待てよ・・・ゼロがルルーシュってことは・・・」
リヴァルは中華連邦で幼い幼女皇帝に銃を突きつけて誘拐したゼロを思い返し、そう言えばこの二人の反応がやたら呆然としていたものだったので、この時点で知っていたんだなと思って納得する。
「解った、俺絶対に言わない。信じてくれって、ルルーシュに伝えて貰ってもいいですかね?」
「承知・・・しました・・・それで・・・ミレイ・・・さんはどこで・・・?」
「そう、どうしても伝えたかったんだけどどうしようと思ってたんです。
実は、こんなことが・・・・!」
ミレイがスザクに学園を退学させる手続きをして貰うために政庁に行った時、ロイドとのやり取りを説明するとエトランジュは熱で浮かされ半分閉じられていた目を開いた。
「ロイド・・・白兜の・・・製作者と聞いたような・・・」
「はい、ラクシャータ女史から聞いておりますね。確かシュナイゼルの後援貴族の一人だったと思いますが」
ジークフリードも眉根を寄せると、確かにこれは至急ルルーシュに伝えなくてはと思った。
「ありがとう・・・ございます・・・ルルーシュ様に必ずお伝えさせて頂きます。
貴重な情報、に・・・感謝します」
「いいえ、私こそ伝えてくれて嬉しいくらいです。
・・・シャーリーはどうして知ったの?」
「えっと・・・エトランジュ様・・・あ、この方の名前ね・・・の知り合いの方から偶然聞いちゃったの。
それで・・・ブリタニアの軍人がルルの正体に気づいたから・・・私、その・・・その人を撃ったの」
シャーリーはブルブルと身体を震わせながら、自分が銃でその軍人を撃ったのだと告げると、二人は息を呑む。
「ルルを連れて行かないでって思ったら、身体が動いてた。
ルルは忘れろって言ってくれたけど、その人の生死がまだ解らなかったから、ルルが探ってくれたけど・・・結局解んなかったから、多分もう・・・死んでるだろうって」
「そっか、シャーリーはルルーシュ様を守ってくれたのね。ありがとう」
震えるシャーリーを抱き締めてミレイが礼を言うと、ずっと以前からルルーシュを守っていた箱庭の番人であるミレイに、シャーリーは泣きたくなった。
自分よりもずっと長くルルーシュの傍にいて同じ相手を想う者として、それでも嫉妬の情など見せないミレイが眩しかったから。
(・・・私がルルを殺そうとしたなんて、言えなかったし。
会長もルルが好きなのに・・・格が違うなあ)
皇族や貴族はたくさんの側室や妾を持つのが珍しくないからあまり気にしないものなのかもしれないが、それでも凄いとシャーリーは思う。
そしてそのミレイは最後に、エトランジュに視線を向けた。
「だいたいの事情はこれで解ったわ。それで、エトランジュ・・・様はどのような用件でこちらに?」
事態は把握出来たので彼女達が来た理由をミレイが尋ねると、うなされている主君に代わってジークフリードがある程度ぼかして答えた。
「実はアクシデントが起こりまして、ゼロがこちらに強制的に戻されそうな状況になりましてな。
まだ油断は出来ませんが、何とか窮地は脱したようですが・・・。
その場合の連絡手段として電話を隠して欲しいと言われましたので・・・」
「はあ?何それ・・・あ、皇族が視察に来るってのはそれ絡み?!」
「おそらくは・・・詳しいことはよく私どもも知らないのですが」
実際まさか既にシャルルが手を打っているなど思ってもみなかったので、ジークフリードもはっきりとよく解らない。
エトランジュも自分で判断できる能力など元からない上にこの状態なので、こう提案するしかなかった。
「とにかく・・・ここを早く出てルルーシュ様に・・・ご指示を仰いだ方が・・・」
「それが一番ですが、今軍人が来ているとか・・・いつまでもいるわけには参りませんし、いつ誰に見つかるか・・・」
途方に暮れる二人に、シャーリーが思いついたように言った。
「そうだ、カレンがいるじゃない!カレンとなら連絡出来るから、私電話してみる!
カレンは伯爵家の娘だし、ここの関係者なんだから迎えに来ても不思議に思われないかも・・・」
「え・・・カレンもルルーシュのこと知ってるのかよ?!」
知らぬ間に自分の所属する生徒会がルルーシュを中心にして何とも混沌極まる関係を築いていたことを知ったリヴァルは、もはや乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
「全然何も知らなかったのって、俺だけかよ・・・」
ルルーシュひでえ、と落ち込むリヴァルに、ミレイが慰めにかかる。
「落ち込まないの!ルルちゃんは昔からああなのよ、大事な人にほど何も言わないの。
ぜーんぶ自分で抱え込んじゃってさ、愚痴も不満も口に出さない。
・・・私だってそうよ、ロイド伯爵に言われるまで、ルルちゃんがゼロだなんて考えたこともなかった。反逆する理由があるって知ってたのにね」
「会長・・・・」
「私達を巻き込みたくなかったから、ルルちゃんは私達に何も言わず出て行ったの。
大事にされてたことを誇って、今私達が何をすべきか考えた方がいいと思う」
「・・・そうっすね。とりあえず、あんたらはルルーシュの仲間なんだろ?
この二人をアッシュフォードから脱出させようぜ」
「何でカレンが黒の騎士団にいるのかとかは後にしましょう。
これより我がアッシュフォード学園生徒会は、黒の騎士団アッシュフォード支部になります!!支部長はもちろん、我らが生徒会副会長のルルーシュ・ランペルージ!!ハイ決定!」
「異議なーし!」
「賛成!!」
本人の承諾を得ないままに、ルルーシュは自分が創立した組織の支部の支部長にさせられてしまった。
(あれ・・・支部とか後援組織を造る時はゼロの認可が必要じゃ・・・いいのでしょうか・・・)
急な展開にエトランジュとジークフリードは反応に困っている。
「では最初の活動は黒の組織の一員であるエトランジュ様と・・・すみません貴方の名前は?」
「ジークフリードといいますが」
「エトランジュ様とジークフリードさんの脱出です!
秘密の通路って、万が一ブリタニアにルルちゃん達の生存がバレた時のための脱出路ですか?」
ミレイの問いにジークフリードが頷くと、そこを通るのは悪くないとミレイは思った。
(あそこの隠し通路はまだバレてないはずだし、出口もここから離れた先だもの。
ブリタニア軍人も十人くらいしか来てないし、今のうちに・・・)
「私、今からカレンに電話して事情を説明するわ。ちょっと待ってて」
ミレイが携帯を取り出すと、カレンに電話をかけた。
「お願い・・・繋がって・・・!」
祈るようにコール音を聞くミレイに、カレンの声が響き渡った。
「会長、どうしたんですかこんな遅くに・・・」
「カレン!よかった・・・・!」
ほっと安堵の息をついたミレイだが、突然ルルーシュやエトランジュと連絡が取れなくなったとアルフォンスから聞いたカレンはそれどころではなかったため、特区に向かう車の中で内心こんな時にと八つ当たりしながら電話を切ろうとする。
「すみません、今ちょっと忙しいんです。用事なら後にして貰っても・・・」
「ま、待ってカレン!今、その・・・一人?」
「・・・いいえ、ユーフェミア様とお話ししているところです。携帯の電源切り忘れてて・・・ですから」
「じゃ、じゃあ一言だけ!エトランジュ様はこっちで保護したから、後でまた連絡してくれない?」
「!!!エトランジュ様がどうして会長の所にいるんですか?!」
仰天したカレンの叫びに、運転席にいたアルフォンスも思わず振り返った。
「エディがどうしたって?!」
「アル、前見て前!!」
助手席にいたマオの悲鳴じみた注意にアルフォンスが再び前方に視線を戻すと、もう急な展開が続く厄日にカレンは頭痛がして来た。
「エトランジュ様がどうしたんですか?」
「ちょっと高熱で倒れちゃって、今ナナちゃんの部屋で看病してるところ。
こっちも諸事情でルルちゃんがやってることに気づいて、それで概要はその人から聞いたの。今から二人を送るから、詳しいことは聞いて貰ってもいい?」
ユーフェミアがいると聞いて手早く、かつ漏れ聞こえても無難な言い方で告げるミレイに、カレンは頷いた。
「解りました。必ずお伝えします。こっちもちょっとどうなったか解らなくて混乱してるので・・・」
さっさと本部に行ってルルーシュが無事に脱出出来たか確かめたいのだが、現在この車こそアルフォンスが運転しているので中にいる者は皆味方だが、外にはユーフェミアを護衛する部隊の車が前後左右に七台もいるため、こっそり向かうことなど到底出来そうにない。
実はC.Cとマオはコードを通じて会話が出来るため、ルルーシュが戻って来たなら彼女から連絡が来るだろうとアルフォンスは思っているのでもう少し待とうと考えているのだが、エトランジュの様子がまるで解らず心配で仕方なかったのだ。
「アルカディア様、エトランジュ様は無事です。
高熱を出して倒れたそうで、ミレイ会長に保護されてて、何か会長もゼロの正体知ってたって・・・」
「へ?それは聞いてないな。何があったの?」
「さあ・・・だから詳しいことは二人からって・・・どうします?」
カレンの困惑に、アルフォンスもならばそうしてくれとしか言えない状況だとすぐに気付いた、
「・・・解った、頼むと伝えてほしい」
「解りました、よろしくお願いします。後日、お礼に伺いますね」
「うん、お土産期待してるわよ!じゃ、おやすみー」
裏に含みを持たせた別れのあいさつの後、通話は切れた。
「・・・ったく、どんな友人関係築いてんのゼロ」
「ですよね・・・あとで問い詰めないと」
カレンがボキボキと指を鳴らすと、ずっと黙ってやり取りを聞いていたユーフェミアとスザクが呟いた。
「何か、別の意味でピンチだねルルーシュ・・・」
「ええ・・・でも、羨ましいわ」
「え?」
「だって、そうでしょう?ルルーシュがゼロであっても、ブリタニアの皇子でなくても、助けてくれる人達がこんなにいるんですもの。
そして何でも言いたいことを言ってくれて、間違ったことをしたならまっすぐに叱ってくれる人達がいる」
ユーフェミア自分だったならきっとこうはいかないだろうと、寂しげに自嘲する。
「私がブリタニアの皇女でなくなったら、きっと私など誰も見向きもしないのでしょうね。
特区だって成立してここまで来たのも、私がブリタニア皇女でありお姉様の妹だったからという面が大きかったことは、やってみてよく解りましたから」
自分の誕生日パーティーの準備の時、皆が真っ先に気にしたのは姉の意向だった。
姉が黙認してくれたからこそあのままスムーズに事は進められたが、もしも姉が難色を示せば日本文化のお祭りエリアは実現しなかったかもしれない。
学生時代からそうだった。自分の母が高位の貴族出身であり、軍で絶大な支持を誇る姉の威光があったからこそ、自分は特別扱いされていた。
誰も自分など見てはいない、父と母と姉を見ていたのだから。
「ユフィ・・・僕は味方だよ。何があっても、僕が君を守るから」
「スザク・・・」
「僕は確かにブリタニア皇女で国を変える力がある人だと思っていたから君の騎士になると思ったけど、それだけじゃない。
僕達のことを憂えて、何とかしようとしてくれた君を守りたいと思ったんだ。
特区の人達だって、初めは君を恨んでた人もいたかもしれないけれど、今日はみんな楽しそうに君の誕生日を祝ってくれたじゃないか」
ユーフェミアはぽろぽろと涙を流しながら、スザクを見つめた。
「正しい行動をすれば、自然に人は評価してくれるんだって思ったよ。
これまでの僕は間違っていたから僕は否定されたんだって、今になってやっと実感出来た。
だから、そんな風に言わないでほしい・・・特区は確かにルルーシュの助力があったけど、間違いなく君の力も大きかったからこそ成功したんだ」
「ああ、それは僕も同感だね。黒の騎士団でも、ユーフェミア皇女個人の評判は上がってる。
何せコーネリアのしたことがアレだったものだから、“妹を見習え”とか言われてるよ」
アルフォンスが教えると、ユーフェミアは何とも複雑な気分になった。
「・・・私を見習えと言われたのは、初めてのような気がします」
「評価なんて、人によって異なるよ。数ヶ月前の枢木はブリタニアに評価されたし、日本人からはウザクと罵られてた。
国是主義者からすれば愚かな夢見がちの皇女でも、ナンバーズや主義者からはユーフェミア皇女は自分達の守護女神ってことだね」
ユーフェミアはその言葉を嬉しく思ったが、それでもルルーシュと姉とのやりとりで一つ気付いたことがあった。
(ルルーシュはここから逃げたらまた反旗を翻すと言っていたわ。つまりもうお姉様とルルーシュが戦うことは避けられない)
コーネリアもルルーシュを連れ戻すために黒の騎士団を壊滅しようと考えるのではないか。
駒さえなくなればルルーシュも諦めるだろうと考えていそうで、そうなれば騎士団の主体が日本人なのだからまた元の木阿弥になってしまうかもしれない。
(何としてでも、それだけは止めなくては・・・せっかく築いた信頼を、落とすわけには参りません)
と、そこへ助手席に座っていたマオが赤信号で止まったアルフォンスの耳に何やら囁きかけると、アルフォンスはほっとした息を吐く。
C.Cがコードを通じて、ルルーシュが戻ったことを知らせたのだ。
「朗報だよ。ルルーシュは無事に黒の騎士団本部に到着。多少の怪我はしてるけど、それだけだってさ」
「やった!じゃあ後はエトランジュ様だけ?」
カレンが安堵すると、アルフォンスは報告を続ける。
「そっちもマオが今連絡したから、二人を迎えに騎士団の協力者が出るってさ。
後はエトランジュからの話を聞いて、この後始末をつければOKかな。
結構カオスなことになってるから、とりあえず改めて現状整理しないと・・・もう何が何だか解らない・・・」
「同感です・・・エトランジュ様の無事が確認出来たら、とりあえず今日はもう寝たい・・・」
ずっと神経を張り詰めどおしだったカレンの台詞に、一同は内心で深く頷いたのだった。