第十三話 ゼロ・レスキュー
藤堂と卜部はエトランジュから変装キットを受け取った後、すぐにそれで変装してトウキョウ租界へと向かっていた。
ジークフリードの服を着た藤堂は髪の色を少し茶色に染め、人造皮膚で少し人相を変えている。
卜部も同様で、すれ違う程度なら二人が指名手配されている藤堂と卜部だとは解らないだろう。
「マジに俺らとは解らないくらいになりましたね中佐。
例の篠崎って協力員とは確か租界内で待ち合わせでしたね」
「ああ、車のナンバーを教えているから、すぐに政庁近くのファーストフード店横の駐車場で会おうとのことだ」
なるべく目立たない場所でと手配したエトランジュに、卜部は頷いた。
二人がトウキョウ租界とゲットーを隔てる壁の近くから地下へ下りると、そこから租界を目指す。
いったん入ってしまえば偽の身分証明書があるから比較的自由に動けるが、特区の件があってもまだ封鎖が完全に解けたわけではないのだ。
地下を通り抜けて地上に上がると、そこはブリタニア人協力者が所有する土地だった。
表向きは普通の建設会社の倉庫となっており、日本人従業員がいるので大きな荷物を持って出入りしていても怪しまれないようになっている。
幸い誰もいなかったので二人はそのまま外に出ると、その事務所にあったワゴン車に乗り込んだ。
「A-4649・・・これだな。では行きましょう」
卜部が運転席に座り、藤堂が助手席に乗り込むとすぐに車は動き出した。
日本人は租界での車の運転に制限があるのだが、仕事ならば当然許可がある。特区の件で建設会社は今の時期忙しいから特に怪しまれないだろうという“エトランジュ”の配慮で、既に話は通してくれてあった。
二人は細かい打ち合わせをしながら車を走らせ、ファーストフード店の駐車場に車を止めてから卜部が目くらましを兼ねた腹ごしらえにと商品を買った。
藤堂はこういうファーストフードは苦手なのだが贅沢は言えないと腹に収め、卜部はホットケーキにメープルシロップをかけて食べていた。
傍から見たら建設会社の日本人搬送員が駐車場でファーストフードを食べている光景で、何せ店内で食べるとブリタニア人からの視線が突き刺さるので、珍しいものではない。
と、そこへコンコンと窓を叩く音がしたので外を見ると、短い髪をした穏やかそうな顔をした日本人の女性が立っていた。
そこにはメグロから合流したのだろう、クライスの姿も見える。
慎重に窓を開けると、彼女は黒の騎士団のマークと日の丸が記されたペンダントを見せる。
「篠崎 咲世子と申します。藤堂中佐と卜部少尉ですね。お会い出来て光栄です」
「貴女が・・・どうぞ、入って下さい」
「失礼します」
「俺もエディ・・・もとい、エトランジュ様の指示で来ました。
こいつでゼロやエトランジュ様からの指示を伝えさせて貰いますんでよろしくお願いします」
クライスが何やら小さな機械を見せながら挨拶すると、藤堂は頷いた。
クライスと少し大きめのバッグを手にした咲世子が後部座席に乗り込むと、咲世子はさっそく言った。
「では政庁に向かって下さい。私はすぐに着替えますので」
「あ、はあ・・・その、頼みます」
億面もなく男三人の後ろで着替えると言い出した咲世子に内心狼狽した三人だが、咲世子はさっさと後部座席と運転席を隔てるカーテンを引いた。
クライスは懸命に自ら目隠しをして、亡き妻に向かって何やらぶつぶつ呟いている。
「俺は何も見ていない、俺は何も見てないから!エドー」
スペースがないので後部座席に残るしかなかった少年に、代わってやるべきだったか、だがそれでは咲世子が気にするのではと非常に微妙な悩みに溜息を吐く。
この車は後部座席にスモークが貼られているから外からは見えないとはいえ、何とも度胸のあることである。
走っている車の中で着替えられるのか、本当にゼロそっくりに化けられるのかと疑っていたが、しばらくしてそっとカーテンを開けた咲世子に二人は驚愕した。
「うわあ!誰だあんた?!」
「私です。咲世子ですよ卜部少尉」
「・・・なるほど、確かにルルーシュ皇子だな」
記憶にあるルルーシュの姿を大きくすれば、目の前の少年になると藤堂は驚きつつも納得した。
アッシュフォードの制服を身にまとった彼女を見て、藤堂は感嘆の声を上げる。
「体型まで本当の男のようだな・・・これなら騙されることだろう」
「自信はございます。私、ずっとルルーシュ様とナナリー様のお世話を担当しておりましたから」
咲世子がアッシュフォードで働いていた経緯について語ると、二人は頼もしい味方がいたものだと喜んだ。
「桐原公には我が篠崎家の者がお仕えしていたこともございますし、私も日本がこのままブリタニアに恭順することに耐えられません。
ルルーシュ様はブリタニアを嫌っていたことくらいは存じておりましたから、あの方がゼロなら従いていくことに何のためらいもありませんでしたので」
「なるほど・・・解った、貴女の手腕を信じよう。政庁まであとどれくらいだ卜部」
「十五分もあれば着きますけど・・・」
「検問が政庁周辺に張られるってエトランジュ様から連絡あったし、政庁にはこれ以上車で近づけそうにないっすね。
いったんそこの駐車場に止めて、徒歩で行きましょう」
ようやく着替え終わったのかとクライスが目を覆っていた腕を放しながらの提案に一同が賛同すると、ワゴン車を駐車場に止めてから詳細な作戦の打ち合わせを始めた。
「政庁内にいるアルの報告だと、現在ゼロは上層階のユーフェミア皇女の部屋に監禁されてます。
けど味方が一人出来たので部屋にいないと思わせ、騒ぎになったのを見計らって咲世子さんに姿を現して貰い、隙が出来たところでアル達が政庁から本当に脱出させるって感じですかねえ」
「政庁から出た後、逆にルルーシュ様には普通のブリタニア人に変装して貰い、逃走するということですね?」
「そうっす。同時にゲットー内で朝比奈少尉達が騒ぎを起こして貰えれば・・・」
咲世子が了解したと頷くと、藤堂はそのタイミングをどう図るかと考え込んだ。
「こちらとゼロとでうまく行動のタイミングを合わせなくてはならないが、大丈夫なのだろうか?」
「ええ、用意が整い次第連絡が来ますからそこは大丈夫です。
租界にはサザーランドを隠してある拠点があるんで、万が一の時はそこまで逃げれば・・・」
「うむ、そこからは俺と卜部の出番だな。任せてくれ」
「じゃあ、出発の前にすいません咲世子さん、一つだけ教えて貰ってもいいですかね?」
クライスがどうしても突っ込みたかったのだが空気を読んで今まで黙っていたことを口にした。
「なんでしょうかクライスさん」
「あんた、何で学生服着てるんですか。いや、ゼロが学生だってのは知ってますけど、それじゃ明らかに見つけてくれと言わんばかりに怪しいでしょーが!」
実は卜部もそれを言いたかったのだがタイミングを推し量れず困っていたので、クライスの突っ込みに内心拍手を送っていた。
「見つかりやすくというご命令でしたので、自然でよろしいかと思ったのですが・・・」
「いや、これから逃げようって人が制服着てたらまずいでしょう?!どっから手に入れたってなりますから怪しまれます。すぐ着替えて下さい。
ないってんなら今の俺の服なら大丈夫でしょうから、交換しましょう」
「なるほど、ではお願いします」
咲世子は見つかりやすくかつ学生のルルーシュならと思って用意したのだがまずかったようだと反省し、先にクライスが服を脱いだ服を着直した。
そしてクライスがアッシュフォードの制服を身にまとうべく、彼は咲世子が降りたワゴン車の中で着替え始めるのだった。
ルルーシュはエトランジュから藤堂達にゼロの正体を話したこと、同時に味方になってくれたことを聞いて身体をわずかに揺らした。
《では早めに日本解放を行って、実績を作らなければな。でなくばこれまでの信用が水の泡になりかねない》
《藤堂中佐は貴方の正体を知って、少しは頼って欲しかったと仰っておいででしたよ。
卜部少尉だって、貴方に頼られるのは悪い気分ではないと・・・》
意外なことを告げられたルルーシュが目を見開くと、エトランジュが笑った。
《ナナリー皇女も心配しておいでです。
この件がお済みになりましたら、各々がたから叱られるくらいは覚悟なさって下さいね、ルルーシュ皇子》
《・・・解りました》
ルルーシュは周囲から受ける糾弾よりもナナリーがどんなに傷ついているかのほうが重大だったが、エトランジュの迂闊さを責めることはしなかった。
こんな状況なのだし、責任を取ってフォローをしてくれたのだ。さらに言えばそもそもの原因は己なのだから、文句を言う権利はなかった。
それに、先ほどの彼女の様子からどうしても違和感がぬぐえない。正直、彼女ではない誰かと話している気がしてならないのである。
《・・・解りました。こちらにいる嚮団員をこちらに引き込めそうですので、咲世子さんが政庁に着き次第作戦をお願いします》
《了解です。藤堂中佐と卜部少尉が変装キットで租界に向かっておりますので、彼らと脱出してください。
あと、ナナリー皇女は仙波中尉の護衛がありますので、ご安心を》
そう説明したエトランジュはそれから、と声のトーンを変えて重要な報告をした。
《先ほど、アイン・・・伯父様から予知がきました。
なので念のため私とジーク将軍とで手を打っておきたいのですが》
エトランジュが告げた予知の内容に、ルルーシュは目を見開く。
《それは、本当ですか?!》
《はい・・・でもこうしておけばその予知が実現しても、すぐに元通りになると思いますので》
詳しい予知ではないので詳細は解らないとはいえ、聞かされた予知の内容に焦ったルルーシュだが、エトランジュが少し笑った。
《貴方の救出が失敗しても、こうしておけばいいんです。あのですね・・・》
流れるように語られる予備の策に、ルルーシュはやっと確信した。
《先ほどマオさんがギルフォードの心を読んだところ、最初の捜索地はスミダゲットーのようです。
クライスは必要ないでしょうから、彼を政庁の方に呼び戻して私の代わりをさせましょう。私達は今アッシュフォードに向かっておりますので、先手を打っておこうかと思いまして》
《なるほど、そういうことですか。それはいい保険ですね。そちらのほうもぜひ、よろしくお願いいたします。
では最後に一つ、お伺いさせて頂きたい・・・貴方はいったい、何者ですか?》
先ほどから自分の意見をほとんど問うことのなかったエトランジュに、ルルーシュは、やっと彼女が彼女ではない誰かだという確信が持てた。
“エトランジュ”はやはり気づかれたか、と頬をかりかりと掻いてから、彼女らしからぬ口調で返事が返ってくる。
《カンが鋭いですね。どうして解ったんですか?》
《まず、呼び方。エトランジュ様は俺やナナリーを皇子や皇女と肩書では呼ばず、“様”と呼びます。
ジークフリード将軍も同じで、略称で呼んだりもしませんよ》
《なるほど、つい癖で肩書でお呼びしたのがまずかったですね。以後は気をつけるとしましょう》
《さらにクライスに『私の代わりをさせる』ではなく、彼女なら『して貰う』とおっしゃると思います。
もっと言うなら、彼女はそのプランを立てたなら手配をする前に俺の方に報告確認するはずです。少し性急でしたね》
確かに、と指摘を受けた“エトランジュ”は、降参したように認めた。
《私が出ていられる時間が少ないので、こっちで先に手配してしまったのですよ。
ご明察通り、私はエトランジュではありません。ある事情で身体に乗り移らせて貰っているこの子の・・・》
“エトランジュ”の正体を聞いたルルーシュは、目を見開いて驚いた。
《そんな、しかし貴方は!!・・・そうか、そういうことか!!》
ルルーシュはこれまで得たギアスとコードの情報を組み立て、大方の推理を組み立てた。
それを聞いた“エトランジュ”はおおむね正解です、とそれを認めた。
自分のギアスは相手に憑依するギアスであり、相手が意識を失っていなければ自分が表に出ることは出来ない。
代わりに乗り移った人間の能力を使うことが可能なので、負担を避けるための制約なのだという。
一度に二人分の意識を一つの身体で抱え込むのは大変な負担だから、相手が意識を失っている間だけという説にルルーシュは納得する。
そういえば神根島でも、ガウェインで脱出する際エトランジュは兆弾によって転倒した際頭を打っていた。
《・・・神根島の時ガウェインに乗っていたのは、貴方ですか》
ルルーシュの質問に是の答えを返した“エトランジュ”が改めて説明したところによると、エトランジュが眠ったり意識を失っている間のみ自分の意識が出て来られる。
そのためそれまでの出来事は一族からの報告を受けなくては全く解らないのだそうだ。
よってルルーシュがマオを通じて連絡を取ってくれと言われた時は、“エトランジュ”が事態を把握するために一族達と話していたせいで不可能だったのである。
《詳しいことはまた後日。私ももっと手を貸してあげたいんですが、このザマでは無理なので。
そろそろこの子も目が覚めますし・・・でも正体がバレたので、今後は気兼ねなく貴方と話せます》
夜にでもまた話そうと言う“エトランジュ”に、頭の切れるこの人物がこの一連の指揮を執っているとルルーシュは悟った。
《藤堂達を味方にしたのも、貴方ですか?》
《ええ、エトランジュは信用がありますし、この子から言われれば断れないでしょう。
・・・貴方ももう少し肩の力を抜いて、頼られればいいのに》
くすりと笑う“エトランジュ”に、ルルーシュはふっと自嘲して言った。
《それは俺のジャンルではありませんので、エトランジュ様にお任せしますよ。
ではそちらの件を頼みます》
《了解しました。ああ、このことはエトランジュには言わないで下さい。
その予知が外れるよう、こちらも尽力しますので》
アインの予知は外せることが出来る。
事実ギアス嚮団にマグヌスファミリアのコミュティを襲われた時も、エトランジュが殺されるという予知をルーマニアへ視察へ行かせることによって回避しており、他にも先手を打つことで最悪の事態を回避したことがあると聞いている。
さらに悪い予知が当たりそうな時はこうして予防線を張っておくことで、被害を減らすことくらいは可能なのだ。
《鍵付きの目隠しをされていると聞いたので、とりあえずアルに言って貴方の食事に鍵を外せそうなピンを混ぜるように言ってありますので、成功したら何とか頑張って外して下さい・・・・幸運を祈ります》
《もちろんです。いろいろとありがとうございます・・・では、詳しいことはまた後で》
ルルーシュとの交信を切った“エトランジュ”は、ルチアから貰っていた滋養強壮の薬を手早く魔法瓶に入れて持参したお湯で溶かして飲み干した。
勝手に自分が身体を使っているので体の疲れが取れないのは実に申し訳ないと思うのだが、今回はやむを得ない。
これを飲んだから体の疲れも少しは取れるし、目も覚ますだろう。
自分が手を貸してあげられるのはこれまでだが、政庁に行かせるよりはアッシュフォードでの作業に従事させる方がこの子には合っているし安全だ。
「ジークさん、後は頼みますね」
ジークフリードが頷くと、“エトランジュ”は身体をシートに預けて目を閉じた。
その数分後、はっとエトランジュが瞼を開き、ゆっくりと体を起こす。
「あ、あれ・・・ここは」
「お目を覚まされましたか、エトランジュ様。ここは騎士団から借り受けた車の中です」
「え・・・他の皆様はどちらへ?どうなっているのですか?!」
「落ち着かれて下さいエトランジュ様。無事に藤堂中佐のご協力が取り付けられました。
ギルフォードのナナリー皇女捜索隊はスミダに行くようなのでメグロは安心と判断したので、クライスが政庁に向かっています」
すっかりトレーラー内で眠りこんでしまったと思い込んでいるエトランジュは少し狼狽していたが、ジークフリードの説明を受けて徐々に落ち着いていく。
「クライスも政庁に?では私達も向かっているのですか?」
「いいえ、私達はアッシュフォード学園に向かうのです。
万が一この作戦が失敗に終わった場合のことも、考えなくてはなりませんから」
「え・・・それはどういう意味ですか?」
「アイン様からこの救出作戦が失敗するとの予知が出ました。
よって先回りしてこちらから連絡用の携帯などを隠して欲しいと頼まれたのですよ」
頼まれたと言うからにはルルーシュからの指示なのだろうが、全く憶えのない話にエトランジュは目を白黒させているとジークフリードは笑顔で言った。
「エトランジュ様は少しお眠りのようでリンクを繋ぐのに精一杯のご様子でしたから、憶えておられないのも無理はありません。
私がしっかり憶えて確認しておりますから、ご安心を」
「そうですか、申し訳ありません」
「貴女のギアスは大量の人間を繋げば相当お身体に負担がかかりますから、当然です。
ある程度はこちらで打ち合わせをしておりますから、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。
ではアッシュフォードへ参りましょう」
時計に目を移してみると、随分眠っていたようだとエトランジュはこの大事な時に呑気な、と自らを叱咤した。
頭がまだ少しぼうっとしており、何だか頭にもやがかかっているかのようだ。
「ゼロの部屋にはゼロの仮面を隠すための隠し収納があるので、そこにとのことです。
アッシュフォードに戻されるのなら、そこが一番だとのことです」
なるほどと納得しながら二人がトウキョウ租界に入ると、一路アッシュフォードを目指した。
と、そこへルルーシュから連絡が来た。
《朗報です。俺への食事の中にピンが入れてくれることにアルカディアが成功したようです。これで目隠しが外せます》
《さすがアルカディア従姉様。さすがですね》
自分が夢うつつの間にうまく連携したのだろうと単純に考えたエトランジュは、これで作戦の成功率が大幅に上がると喜んだ。
ちなみにどうやって混ぜたのかと言うと、まずアルフォンスはユーフェミアを通じ、ルルーシュへの夜食を用意させた。
コーネリアも時間が時間だし何も食べていない弟のためならとそれを許可したので、出来上がった頃を見計らってユーフェミアに頼まれて日本のうどんが食べたいと言われたので自分が作りに来たと称して厨房まで行き、パンの中にピンを埋めたのである。
ちなみに念には念を入れて、パンにピンを隠す時だけ自身のギアスを使って姿を隠してある。
少々無理やりな理由作りだったがユーフェミアが日本びいきなのは周知の事実だったので厨房の者達は誰も怪しまなかったし、ルルーシュが監禁されているフロアは厳重に警備されていたが、皇族・貴族専用の厨房までは全くのノーマークだったからこそ出来た技だ。
そのままアルフォンスがルルーシュがいるフロアに行ければもっと良かったのだが、さすがに夜食の許可こそ降りたが入ることは許されなかったのでロロがその夜食を取りに来たせいで無理だった。
だが運良くルルーシュからお腹が空いているからなるべく早く持ってきてくれと言われていた上に基本的に命令がなければ行動に移さないロロがろくに確かめもしなかったため、無事にルルーシュの手元まで届いたというわけだ。
《これでギアスが使えるようになりました。
藤堂達は既に政庁近くにいるようなので、すぐに行動を開始します》
《目隠しは外せそうですか?》
《ロロにわざとスープをこぼして着替えに行くようにいいましたので、その間に外します。
監視カメラは仕掛ける時間がなかったようなのでね》
監視カメラはカメラと画像を繋ぐラインを設置しなくては、リアルタイムで監視することは出来ない。
しかもここは副総督にして皇女であるユーフェミアの防諜システムが完備された部屋なので、設置に時間がかかるのだ。
自分を普通の牢に放り込んでおけばその手間が省けるのだが、弟の信頼を取り戻したいコーネリアが手荒な扱いをすることを許さなかった。
さらに言えば捕えられたゼロを救出する黒の騎士団が真っ先にそこを探しに来るだろうという判断もあったので実は牢には罠と兵を配備してあったのだが、マオがいたためにその作戦はだだ漏れだったりする。
マグヌスファミリアのギアス能力者を警戒してギアスが効かないV.Vがルルーシュの近くにいなくてはならなかったので、あまり快適とはいえない牢のフロアにいたくなかったV.Vはコーネリアに異議を唱えなかったのである。
《監視カメラがあったらあったでアルカディアがどうにかしてくれるからいいんですけど、面倒がなくて結構です。
ロロが戻り次第彼にギアスをかけて、脱出します》
ロロのギアスの内容と制約をマオから聞いて知っているルルーシュの言葉に、エトランジュが頷く。
ルルーシュからの状況を聞き終えたエトランジュがそれをクライスに報告し、さらにクライスがそれを藤堂達に伝えた。
《私どもはアッシュフォードに向かって例の手を打っておきます。
まだ政庁にいるアル従姉様とマオさんと連携して・・・っ!》
エトランジュはまたしても襲ってきた頭痛に顔をしかめた。
眠ったはずなのに余り体の疲れが取れていないと己の身体のだらしなさに溜息をつきながらも、彼女はリンクを繋ぎ続ける。
《解りました。すぐに脱出しますので、もう少し頑張って頂きたい》
(本当に大変だなエトランジュも。これ以上の負担はさすがにまずい)
こま切れとはいえ、十時間以上ギアスを使わせ続けている。
先ほども本人は眠って休んだと思い込んでいるが実際は彼女の中にいる人物が彼女の身体とギアスを使っていたので休んだとは言えないのだ。
ルルーシュはそっとパンの中からピンを取り出すと、鍵穴に入れてそっと手を動かした。
ルルーシュは手先が器用な方だし、眼帯につけるとなると単純な構造の鍵しかつけられなかったのだろう、何とか外すことに成功した。
鍵が外れたことを確認したルルーシュはコンタクトを外した後、眼帯に外が見える程度の小さな穴を空けると再び眼帯をつけてマオに言った。
《マオ、現在の状況を報告してくれ》
《現在僕達はユーフェミア皇女と一緒に彼女の部屋にいるよ。
皇帝に対してものすごい怒ってて、ルルを脱出させる手助けならいくらでもするって言ってる》
マオの報告にルルーシュは苦笑しながらも、ユーフェミアを簡単に動かすわけにはいかないから自重させてくれと頼んだ。
《例のロロって子が着替えを持ってそっちに戻ってくるよ。
残りの嚮団員は眠らせるギアスの男がユーフェミア皇女の部屋付近に、特定の人物を感知するギアスの男が階段付近にいるよ》
特定の人物を感知するギアスは視覚型で、相手の目を見ることで自分が探している相手かどうかが解るというギアスだった。
ルルーシュを発見したのはV.Vが『この男を探して』とルルーシュの写真を渡されたので、それを探しに特区に出かけたらロロと何やら話していたのが彼だったのだ。
《確かにロロを呼んだあの男と目が合ったな。あの時か・・・》
《今は“ルルーシュを救出する者”を感知するようにしてるね。
視覚型だから僕やアルは例のコンタクトしてるから会っても大丈夫だと思う》
《なるほど、それなら万が一俺がギアスを使って誰かを俺の手駒に変えてもすぐに解るということか》
考えたな、とルルーシュは感心したが、策が解っているなら手は打てる。
《つまり、俺を助けようとしていないならそれには引っかからないんだな?》
《うん。だから俺を助けろと命じてないダールトンには反応しなかった》
《・・・よし、では藤堂達は騒ぎを起こした後、カレン達が乗って来たトラックに向かうように言ってくれ。
俺と藤堂達はそれに乗って政庁を脱出する》
《・・・なるほどね、解った。ルルの考えは読めたから、説明はいいよ》
エディに負担がかかっちゃう、と気遣うマオに、ルルーシュはアルフォンスに説明を依頼した、
《頼んだぞ・・・エトランジュ様、ロロが来たようなので、後でまた》
《解りました。では作戦を開始します》
現在ギアスで繋がっている者全員にそう告げると、皆頷いて了解した。
ノックをしてから入室してきたロロに、ルルーシュは礼を言った。
「さっきはすまなかったな。目隠しされているので、どうも勝手が解らなかったんだ」
「いえ、仕方ないので・・・」
どう対応すればいいのか解っていなさそうなロロに内心で苦笑しながら、ルルーシュは彼にギアスをかけるタイミングを計っている。
マオから彼についての境遇を聞いていたルルーシュは、改めてブリタニアが腐っていると怒りに燃えながら同情していた。
(かわいそうに、あんな小さな頃から殺しを強いられているとは・・・挙句に心臓に負担がかかると解っていながらギアスを使わせるとは、これだからブリタニアは!!)
こんなところに置いておけば、いずれ使い捨てにされて死ぬだけだ。
ルルーシュはそっと手を伸ばしてロロを引き寄せると、優しく囁く。
「もう遅いから、そろそろ休んだらどうだ?ユフィには悪いが、そこにベッドがあるだろう?」
「駄目ですよ!そんなことをしたら、僕V.V様に叱られてしまいます」
「そう言うと思ったよ。お前は真面目な子なんだな」
ぽんぽんとロロの頭を叩いてルルーシュが褒めると、ロロは顔を真っ赤にさせた。
「お前は本当にいい子だな。お前なら俺達のところに来てもうまくやっていけそうだ」
「・・・え?」
ルルーシュはそう前置きすると、眼帯に空けた穴からロロに視線を合わせてギアスを発動する。
「お前は俺の合図が出たら『ゼロを追う』と言って政庁の外に止めてあるナンバー1166のトラックに乗り込め」
ルルーシュは眼帯をしているからギアスは使えないと思い込んでいたロロが自身のギアスを発動させるより早く、ルルーシュの命令がロロの耳に入り込む。
「解りました・・・」
ロロはルルーシュは絶対遵守のギアスにより目を少しうつろにさせていたが、やがてはっとなって顔を上げた。
「あれ、僕は・・・?」
「眠くなったんじゃないのか?疲れてるんだろう」
ルルーシュはしゃあしゃあとそうごまかすと、ロロに言った。
(ここから出たらお前のことは俺が責任を持つ。俺がお前にお前の知らない世界を見せよう。
勝手なのは解っているが、許してくれ)
相手の意志を無視して、歪んでいるとはいえ今までいた世界から無理に連れ出すのはただのエゴでしかないと解っている。
だからこそこれからのロロに対する責任を背負うことが、せめてもの償いだとルルーシュは思ったのだ。
《条件はクリアされた。今から三分後に、作戦を開始する》
ルルーシュの指示がエトランジュを通じてユーフェミアの部屋にいるアルフォンスとマオに、藤堂と卜部と咲世子と共にいるクライスに飛ぶと、一同は頷き合う。
「ゼロは無事なんだな」
「何か子供の頃から暗殺者させられてた子供を説得して味方につけたみたいです。
その子も助けたいんで、保護を頼まれたんですけど・・・」
藤堂の確認にクライスがそう報告すると一同はまたかとこめかみを押さえた。
「解った、一人も二人も同じだろう。いったい何を考えているんだブリタニアは・・・」
「俺としちゃ理解したくもないですよ。えっと、俺らが逃走に使うトラックの場所はこっちか」
卜部が最終確認をしていると、クライスが言った。
「そこにそのロロって子供が来るそうです。境遇が境遇だから変わった子供でしょうけど、その辺は大人として流してやって下さい」
「解ってるよ。じゃ、始めるとしますかね」
卜部の合図に咲世子が頷くと、政庁の裏手にいた咲世子が小型の爆弾に火をつけた。
「今、お助けに上がりますルルーシュ様」
響き渡る爆発音。
長い夜が始まる。
その数分前、ロロがよく解らない話に首を傾げていた。
「あの、さっきから何の話をしているんですか?」
「もうすぐ俺を助けに来てくれた仲間達が来る・・・七年前にはいなかった」
突然自分達が殺されたと報道され、自身も殺されかけたあの日、本国からは誰も助けに来てなどくれなかった。
心のどこかで待っていたのに、家族の誰一人として自分の行方すら捜してくれなかった。
だが、今はいた。
頼られるのは悪い気分じゃない、と実の父親すら言ってくれなかった言葉を言ってくれた仲間が。
ルルーシュは軽く眼を閉じ、小さく微笑んでロロに言った。
「俺も後から必ず行くから、先に行け。
・・・俺ですら助けてくれる仲間だから、お前のことも粗略に扱ったりはしないから」
ロロの手をつかんでそう言い聞かせたルルーシュの言葉に、ロロは眼のふちを赤く光らせて頷いた。
「・・・先に行くので、待ってます」
ロロは自分を救出させようとはしていないから特定の人物を感知させるギアス能力者もロロを気に止めることはしないはずだ。
紅く眼のふちを光らせたロロが部屋を出て行くのを見送ると、自身は眼帯を外していったん手のひらに布を巻きつけて浴室に向かい、シャワーヘッドで鏡を割ってその破片を手にして、出るタイミングを推し量る。
マオにフロアにいる監視兵の状況と眠らせるギアス能力者がドアに背を向けて立っていることを確認させたルルーシュは、鏡の破片を手にしてドアを開けると男の心臓を背後から刺した。
「ぐはっ!!な・・・何が・・・」
「ギアスは万能じゃない。残念だったな」
通常ドアの前に立っている見張りは、ドアを目の前にして見張ったりはせず廊下の方を向いているものだ。
そこを逆手に取られた男はロロが普通に出てきたこともあってギアスを発動する間もなく刺されたのだ。
「武器がナイフや銃だけだと思うなよ?作ろうと思えば作れるさ」
血に染まった尖った鏡の破片を手にしたルルーシュはそう吐き捨てると、喉を刺してとどめを刺した。
物音を聞きつけて兵士達が来ると、ルルーシュは赤い鳥の文様を浮かばせた瞳を使って彼らに命じた。
「お前達は俺に従え!」
「イエス、ユアハイネス」
これで駒は揃った。
さあ、今から仲間の元へ戻らなくては。
ルルーシュは現在の状況を仲間達に伝えながら、自身の兵に変えたブリタニア兵を従えて歩きだした。