第十一話 零れ落ちる秘密
一方、ユーフェミアは自室をルルーシュに提供したので客室の一つにスザクと共に行くと、彼女らしくもなく怒りを露わにして叫んだ。
「皇帝陛下はいったい、何をお考えになっているの!!
あんな非道な命を平然とお姉様とルルーシュにお下しになるなんて!!」
「ユフィ、落ち着いて!説得は失敗したけど、そう気を落とさないで・・・・」
「気を落とす、ですって・・・?」
スザクが懸命に窘めるが、ユーフェミアはスザクの言葉に動きを止めた。
「冗談ではありませんわスザク!私は怒っているんです!!」
「ユ、ユフィ・・・!」
「陛下ときたら、いったい人を何だと思っているんですか?!
あの方のご意向次第、好きな時に捨てたり拾ったり出来る“物”だとでも?!」
そんな扱いをするようだから、ルルーシュはブリタニアを壊すと言い出したのだと改めて感じたユーフェミアは、それに加担する姉に対しても怒りを禁じえなかった。
立場的に仕方がないのだとは解るが、それでもナナリーからルルーシュを奪うに等しい行為だと思うとどうしても納得がいかない。
「可哀想なナナリー!マリアンヌ様を奪われてルルーシュまで!!
・・・そうですわ、まだそうなると決まったわけではありません。すぐにルルーシュをここから脱出させれば」
「でも・・・そううまくいかないみたいだね」
外には護衛と称したコーネリアが派遣した見張りがいる。どうしたものかと考えるが、幸い自分には味方がいた。
誰に聞かれるとも解らないので、ユーフェミアは深呼吸を数度した後電話を取って逆に堂々と特区にいるカレンに連絡した。
「カレンさん?私です、ユーフェミアです」
「ユーフェミア皇女!!・・・殿下。パーティーが終わってすぐに政庁に行かれましたから驚きました。
あの、ご用事はどうなりましたか?」
盗聴の危険があるかもしれないからと、暗にそう尋ねるカレンにユーフェミアもそれに倣って答えた。
「まだ終わっていません。ちょっとどうすればいいのかまだ考えているところですの」
「そうですか・・・」
特区に留めておけさえすれば脱出させるのも容易だったのに、と歯噛みするカレンは、先ほどのアルカディアからの指示に従ってユーフェミアに言った。
「そうだ、ユーフェミア様への献上品を数点、政庁の方にお届けに上がらなくてはいけないんです。
エドワードさんと一緒にそちらに伺うので、よろしければ彼にご相談なさってはいかがですか?・・・私も公私ともによく相談に乗って頂いていますから」
いろいろと気転の効く人ですからというカレンに、部外者に相談出来ることではと思ったがカレンの含みの入った声音にはっとなった。
(そうか、あの人も黒の騎士団の人なのね!もしかしたらルルーシュのことを知ってるのかも・・・)
カレンがその人をこちらに、と言うからには何かあるのだと考えたユーフェミアは、幾度も頷いた。
「そうでしたわね、頂いたこたつや他の品物をこちらに運ぶ手筈でしたものね。
相談するのはご遠慮させて頂きますが、今日明日は政庁が立て込みそうですので、今のうちにお願いいたします」
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
カレンが臣下のほうから電話を切るのは非礼に当たるのだがそれを忘れて通話を切ると、ユーフェミアは一人では対処が出来ないので仲間が来るまで待つことにした。
今日と明日は政庁が立て込みそう、とユーフェミアが言ったのはでまかせだったのだが、実は本当にそうだった。
というのもルルーシュの記憶を改ざんするため、極秘で皇帝が来て数日滞在するからである。
この嘘から出た真が功を奏し、カレンが『ユーフェミア様へ献上されたお品の一部を、本日中に政庁へお送りするように命じられた』と告げるとすぐに政庁へ入る許可が下りた。
「いつ皇帝陛下がいらっしゃるか解らないけど、本国から来るにしても早くても明後日以降になるはずですわ。
それまでにルルーシュを政庁から脱出させなくては・・・」
ただでさえルルーシュは姉と話す気がなくなるほど見切りをつけている。
姉が言っていたように、人間叱られるうちが花だというのがしみじみと実感出来た。
自分勝手な行動は混乱を招くだけだと嫌というほど学習していたユーフェミアは、とにかくエドワードと合流するのを待つことにした。
・・・時が流れるのを遅く感じながら。
姉を部屋から追い出したルルーシュは、手駒にしたダールトンがギアス嚮団員によって部屋から出されたため、一人部屋の中にいた。
ギアスをかけたダールトンには小声で“アルフォンスの命に従え”と命じてあるので、アルフォンスが彼を手駒に出来るだろう。
目にはしっかり鍵付きの眼帯を付けられたが、それ以外は拘束されていない。
目の見えない妹の苦労を知るべく、何度か自ら目を覆って生活をしていたことがあるので、ある程度の間取りを把握していたルルーシュはトイレに行くくらいなら多少の不自由はあったが何とかなった。
そしてルルーシュは今、静かに怒りの焔を燃やしていた。
《C.C、それは本当なんだな?》
《ああ、それがアリエス宮襲撃事件の真相と、シャルルの計画の全容だ》
共犯者からすべて聞かされて怒鳴るのも忘れるほどの内容に、ルルーシュはいっそ笑みを浮かべた。
《・・・お前を信じよう、C.C。そうか、本当に母さんが警備を引き揚げろと命じたのか・・・》
ルルーシュは母マリアンヌを殺したのは自分を誘拐したコード所持者と聞かされ、そもそもあの魔女と両親はある計画を成就させるための同志だったと知らされた。
その計画とは“ラグナレクの接続”と呼ばれ、思考エレベーターという物を構築して人類すべての意識を共有するというものだった。
解りやすく言えば、エトランジュのギアスを世界規模でやるというのが、イメージしやすいだろう。
嘘のない世界を望んだシャルルとその兄であるV.Vとマリアンヌに、死を望むC.Cはその計画に同調した。
当時マオにコードを譲渡するということが出来なかったC.Cは、マオにその辛い運命を背負わせる必要がないならとギアス嚮団のお飾りの嚮主に納まり、計画に協力してきた。
《あの日、V.Vはマリアンヌに話があると言ってアリエス宮に行った。
V.Vの姿を見られては困るから、マリアンヌは警備を引き揚げさせたんだ》
そしてV.Vはマリアンヌを殺した。
理由は仲間割れでもなんでもなく、マリアンヌによって愛する弟が変わってしまったと思ったV.Vの嫉妬心だった。
《嫉妬・・・?!そんなもので、あのV.Vは母さんを・・・?》
《・・・ああ。そしてナナリーを目撃者に仕立て上げて、足を撃った》
《そんな必要がどこにある?!目撃者などいない方が好都合だろうが!!》
《・・・今度はマリアンヌの子供に弟が奪われると思ったんだろう。
シャルルが折りを見て次はお前達を殺すつもりだったのかもしれないと言っていたし》
そして真相を知ったシャルルは兄を糾弾することもなく、兄の犯行を秘匿した。
だが子供達を兄の手から守るつもりで、自分達に興味がないのだと思わせるために酷い言葉を投げかけて日本に送った。ブリタニアに置くのはあまりにも危険だと判断したからである。
《兄の方をどうこうしようという気はなかったのか・・・?》
《ああ、枢木 スザクと同じ思考だな。居心地のいい関係を維持したくて、楽な方を選んだんだ》
ルルーシュは父親の愛情と呼ぶにはあまりにも嫌悪感しかしないそれに、背筋を震わせた。
そしてさらにナナリーがV.Vを覚えていてはまずいからと記憶を忘れさせ、目撃していないことを強調するために視力を奪った。
ナナリーは目が見えていないのではなくそう思い込まされているのだと聞いたルルーシュは、とうとう笑い出した。
人間怒りが臨界点を超えると、笑いがこみあげてくるものらしい。
「そんな・・・そんな理由でナナリーが・・・・はっはっは!!!!」
何ともバカバカしい理由で己が、そして最愛の妹が不幸のどん底に突き落とされたのだと知ったルルーシュは笑うしかないと自嘲しながら、スザクが敵だったと知った時のようにひたすら笑い続けた。
自分達を守るつもりで送ったと言いながらその国を滅ぼして奪い、ゼロとして生死をかけて戦いだしても捨ておき、そして今またそのラグナレクの接続とやらの計画に必要なC.Cを手に入れるために自分を使おうとする。
子供を守るためと言いながら、子供を追いつめ利用する。
嘘が醜いと言いながら、自分は平気な顔で他者を不幸にする嘘をつく。
皆が幸福になれる世界を創るためと言いながら、不幸な人間を生産する。
言っていることとやっていることがあまりにも違い過ぎるその所業に、ルルーシュは父を何が何でも殺すしかないと考えた。
そんな気持ちの悪い計画になど、死んでも加担したくなかった。
《・・・シャルル達は死んでもまたラグナレクの接続が成れば死者とも繋がれると考えているんだ。
だからお前達が死んでもまた会えるからと・・》
《だからなんだ?!生きているうちに死者を悼むことがおかしいと?!
銃で撃たれ、人体実験に使われ、何も解らないまま殺されていった者達の痛みはどうでもいいのか?!ふざけるな!!》
ルルーシュは父親の理解不能な思考に、額を押さえた。
そんな計画のために自国の繁栄のためだと信じて世界各地で侵略を行い、血を流して恨みを買っているコーネリアなどいい面の皮である。
エトランジュ達が聞けば絶句を通り越してそうですか、じゃあもう早いところ殺しましょうとあっさり言いだす光景が目に見えるようだ。
《・・・そういうわけだから、V.Vには捕まるなよ。
あいつは本当に、何をしでかすか解らないんだ》
《解った、真相を教えてくれて感謝する。この件が済んだら、そのラグナレクの接続とやらも含めてマグヌスファミリアとも相談しなくてはな》
ギアスとコードについては彼らの方がよく知っている。
C.Cもそうだなと同意すると、ルルーシュはここから脱出すべく思案を巡らし始めた。
《お前は切り札の一つだ、勝手に動くなよ》
《お前は私の大事な契約者だ。守ってやるって言っただろ・・・囚われの皇子様?》
C.Cがそう皮肉を言った刹那、ふとドアが開かれて一人の少年が入って来た。
年はナナリーと同じくらいで、髪の色もよく似ている。
「あの・・・失礼します」
一見大人しそうに見える少年の声に聞き覚えのあったルルーシュは、すぐに彼が日本特区ですれ違った少年だと思いだした。
「・・・お前は、日本特区の駐車場で会った子供か?」
「そうです。憶えててくれたんだ・・・」
大した出来事じゃなかったから忘れられたと思っていたロロが驚くと、ルルーシュはああ、と頷いた。
「ああ、印象に残っていたからな。
それにあの時、俺がうっかりしてお前にあげたお菓子の中に妹へのプレゼントを混ぜてしまったから」
「・・・妹」
ロロはぽつんと呟いた。
やっぱり家族へ贈るプレゼントだったんだと納得はしたが、何とも言えない気持ちに戸惑っていた。
「あの変わった形の鳥のストラップですよね。これ・・・お返しします」
ポケットから取り出したピンク色の折り鶴のストラップをおずおずと差し出したロロに、ルルーシュは驚きながらも首を横に振った。
「いいんだ、それはお前が持っていてくれ。妹には別のものを用意したから」
「・・・いいんですか?僕が持っていても」
驚いて目を見開いたロロの目に喜色が浮かんでいるのを感じ取ったルルーシュは、優しく微笑みかける。
「ああ、大事にしてくれるならそれでいい。わざわざ返しに来てくれたんだな。
あの男にはもったいないほどいい子だ」
気配から割と近くにいると思ったルルーシュがロロに向けて手を浮かせると、すれ違った時のロロの身長を思い出しながら頭の位置まで上げ、頭を撫でた。
「・・・・!」
敵と解ったのに初めて会った時のように優しくしてくれるルルーシュにロロが戸惑っていると、ルルーシュが尋ねた。
「お前、いくつだ?俺の妹と同じ、14,5歳の声のように聞こえたが・・・」
「じ、十四歳です」
「そうか・・・あの男、こんな子供にこんなふざけた真似をさせるとは」
舌打ちして怒るルルーシュに、他人の自分が仕事をしていることが気に入らないと怒っているので首を傾げた。
「僕が仕事をしているからって貴方に関係ないのに、何で怒るんですか?」
「お前には解らないだろうが、普通はお前の年でこんな暗い仕事をするというのはふざけたこと以外の何ものでもないんだ。
だがお前が悪いわけじゃないからな。最悪なのは子供を使うあの男だ!」
実の子ですら道具扱いする男だ、この少年だってどんな扱いをしているか、容易に想像がつく。
「絶対許さんぞ・・・必ずこの世から消し去ってやる。
・・・お前の他にもいるのか?こんな仕事をしている子供が」
「はい・・・たくさんいます」
C.Cから聞いたギアス嚮団の内容を聞いてはいたが、子供まで使ってくる非道さにルルーシュはこれだからブリタニアは、と舌打ちした。
「そうか・・・もうここには来るんじゃないぞ。お前が咎められてしまうからな」
ここに来るのは禁じられているだろうと言われたロロは、眼帯を外ずなと命じられているだけですからと答えながら、自分を気にかけた発言にどうしていいか解らずに途方に暮れた。
ルルーシュとしてはギアスが使えないのでこの少年にどうすることも出来ないし、下手に甘言を弄しても万が一にも全てをV.Vに報告されてしまえばいっそう警備が強化されるだけなので、この少年がどんな思考をするかまだ解らなかったこともありやめておいた。
そして本来年下の子供には甘いルルーシュは、何も解らないまま闇の仕事に従事させられてるロロに同情し、彼を気遣ったのである。
おそらく間違っていると思うことすら知らないだろうロロは、優しくされた経験がなかったと確信した。
初めて会った時も、アルフォンスが愛情を受けて育っていない子供は優しくされると戸惑うことが多く、逆らえない人間の言うことを諾々として従うと言っていた。
と、そこへロロが恐る恐る言った。
「・・・僕は、貴方の弟になるんだそうです。
C.Cを釣るための囮になる貴方の監視役として、弟として貴方の傍にいるようにと命令がありました」
「何だと・・・そういうことか」
ルルーシュはなるほどうまい手だと納得したが、ギアス嚮団員である以上この少年もギアス能力者のはずである。
どんなギアス能力を持っているか知らないが、監視役としてはうってつけだろう。
「俺には妹はいるが弟はいないから、どんな生活になるか解らない。それでもいいなら」
「・・・僕には兄もいませんし弟もいないので、よく解らないです。
V.V様は兄弟が一番素晴らしい関係だと言っていました」
「V.V・・・あの男の双子の兄だな」
C.Cから聞いていたルルーシュが言うと、そこまでは知らなかったらしくロロは何も言わなかった。
「お前、名前は何という?」
「ロロ、と言います」
「ロロ、か。確かどこかの言語で太陽を意味する単語だと、いつぞや聞いたことがあるな」
ルルーシュはそう言うと、ロロに言った。
「もしお前と兄弟になったら記憶が消されているのでいい兄になれるかは解らないが、その時はよろしくと言っておこう。
お前は少なくとも手違いで手渡された物を返しに来ることを考え付くくらいのことは出来るいい子だから、いい生活が出来そうだ」
「・・・怒らないんですか?」
「怒っているのはお前に命令を出した世界で一番はた迷惑な双子にであって、お前じゃない。
お前はただ言われたことをするしか出来ないように育てられた被害者だ。被害者に怒りを感じるなど、そんな理不尽があるものか」
これまでの自分の生活が理不尽だと言われたロロはいまいちピンと来なかったが、ルルーシュはそんな反応をしていることに雰囲気で察し、首を横に振った。
「お前には解らないか・・・こういうことは普通を知らなければ実感出来ないものだろうから、無理はない」
V.Vとやらは人体実験などにもギアス嚮団の子供を使っているそうだから、この少年もいつその対象になるのかとさぞ怖かっただろう。
もしかしたらそれも嚮団のためで、それが己の役目なのだと洗脳教育を施されている可能性もある。
生かしておいても害悪にしかならないなとルルーシュが考えていると、どうしていいのかと途方に暮れた様子のロロにルルーシュは優しく言った。
「すまないが、水差しの水がないので汲んで来てくれないか?水道の水よりもキッチンからのほうが嬉しいんだが」
「え、あ、はい・・・解りました」
「ありがとう。よろしく頼む」
ルルーシュに再度頭を撫でられたロロは水差しを手に取ると、ちらちらと何度もルルーシュを振り返りながら部屋を出る。
それを見送ったルルーシュは立ったその程度のことに戸惑うロロに同情しながらも、彼をここから出せばギアス嚮団について聞けるかもしれないと考えを巡らせた。
情で動くが理を取る理論を考えるのがルルーシュという男である。
(あのロロという子供を取り込みめば、脱出の確率が高まるな。
成功した暁にはあの子を孤児院に連れて行ってC.Cに預けるとしよう)
ギアス嚮団の者はコード所持者を嚮主と崇めているとC.Cが言っていたし、七年前まで嚮主だった彼女の言うことなら聞くかもしれない。
また、マグヌスファミリアならギアス能力者も普通にいるのだから、ロロにとっても悪い環境ではないだろう。
ルルーシュはロロをこちら側に引き込むために説得すべく、彼のこれまでの思考と行動から有効なものを選び始めた。
ドアの外には水差しと折り鶴のストラップを手にしたロロが顔を赤くして立っていることに、彼は知らなかった。
政庁へ入る許可が得られるや否や、カレンは絶対に短気を起こさないと宣誓した上でアルフォンスとともに政庁へ向かっていた。
本当に政庁へ送る品々に隠れて、考えられる限りの武器を用意してみたが心もとないなと溜息をつく。
「前と違ってマジでやばいから、短気はマジでやめてね。損気どころじゃないから」
「解ってますよ。ルルーシュ、ゼロ・・・今助けに行くから!!」
政庁を目指して走る車の後部座席には、使用人に扮したマオがいた。
(政庁は広いから、中心までは聞こえないなあ・・・ここからじゃある程度しか解んないや。
やっぱり中まで入らないと・・・)
よりにもよってC.Cをダイレクトで狙われていると知らされたマオは、その餌にされかねないルルーシュを救出すべく久々に本気を出してギアスを発動させていた。
何とか政庁近くまで来れたはいいが、そろそろ周囲の喫茶店やレストランが閉まるし周辺の警備を強化するよう命令が出たのでさらに五百メートル以内にいるのが難しくなるだろう。これが最後のチャンスだった。
時間が経てば経つほど不利になると改めて確認した一同は、決死の覚悟で政庁に到着すると、緊張しながら入っていく。
「失礼します、ユーフェミア様への献上品を政庁にお届けに参りました、カレン・シュタットフェルトです」
「はい、承っております。27階へどうぞ」
焦りを押し隠してIDカードを受け取っているカレンの傍らに立つマオを見て職員は眉根を寄せたが、使用人だろうと当たりをつけて詮索しなかった。
そして当の本人はさっそくギアスでまずはコーネリアの思考を読む。
《よし、ギアスでコーネリアの心は読めたよ。
わー、相手を思いやっているようにみせかけた身勝手な思考だねえこれ》
いっそ感心しながらマオが言うと、既に知っていたアルフォンスは頬を指で掻きながら無感動に尋ねた。
《今さらだから言わなくていい。で、何するつもりなのあの女》
《とりあえず皇帝が来たらルルーシュに記憶改ざんの手術と考えてる・・・を受けさせて、ナナリーを先に保護という名の確保をするつもりみたい。
先んじて今ギルフォードが信頼出来る人間だけでゲットー捜索に出る準備してるね》
《マジ?ち、ナナリーちゃんを保護しとけばルルーシュがまた反旗を翻しても牽制になるからね。考えたな》
ナナリーはルルーシュの弱点だ。
それをいいように解釈して手に入れようとするコーネリアにブリタニアらしい独善さを感じたアルフォンスは、リンクを開いていたエトランジュのギアスを通じてルルーシュに尋ねる。
《どうする?とりあえずナナリーちゃんをゲットーから・・・》
《次から次へと余計なことを・・・!そんなに俺の怒りを買いたいか》
低い声音のルルーシュにやっぱり人質に取るとしか受け取らないよなと納得していると、さらにマオは嫌な状況を告げた。
《やばいよ、ここにはもう、あの時ルルを誘拐したギアス嚮団の連中が釈放されて警戒に当たってる・・・。
ルルを軟禁してるフロア全体に、三人とV.Vとかってやつと》
《・・・マジで?》
《例の他人を眠らせるギアス能力者と、一人は目的の人物を感知するギアスで、もう一人は他人の体感時間を止めるギアス・・・》
心を読めるだけのマオと自分と味方を認知出来なくするギアスではどうにもならない布陣だった。
情報といっても自分達の情報はユーフェミアの特区協力者とその使用人という情報なので気にされていないようだったが、ルルーシュがいるフロアはすでに封鎖されているので近づく者は全て殺せという命令が出ていると聞いて二人は引き攣った。
《特に他人の体感時間を止める男の子の範囲は結構あるね。
ぴたっと止まってる間に自分だけスタスタと動いてざっくり殺るのがスタンスみたい》
接近戦が得意なアルフォンスと、心を読んで相手の動揺を誘うマオでは相性の悪い相手だった。
何しろこのロロという少年は任務を第一と考えており、命令遂行というたったひとつのコマンドで動いているので姿を現した時点で殺される。
ただ弱点としてはその間心臓に負担がかかるので数分しか使えないものだそうだが、人を一撃で殺すだけなら充分な時間なので、もう少し人がいなければ対処し難い。
《でもこの男の子、ルルのこと気にしてるね。優しくされたことなかったから、何か凄い戸惑ってるよ。
・・・けど兄弟になったら楽しいのかなとか思ってるね》
マオからの情報にやはりと納得したルルーシュは、ロロを取り込むための条件は充分だと考えてにやりと笑みを浮かべた。
だがそこへ何故か長引いていた入庁手続きを終えたカレンが、少々蒼い顔で報告した。
二人は嫌な予感しかしなかった。
「搬入しようとした荷物なんだけど、何であろうとも政庁に入れるなって指示が出たみたいです。どうしよう・・・」
《あ、ルルがコーネリアの前で『既に俺を救出するために動いている仲間がいるから』って言ったから、警戒しまくってるね》
《本気で逃げる気あんの、ゼロ?!》
アルフォンスがルルーシュに対して怒鳴ると、ルルーシュはユーフェミアを安心させるために発した何気ない台詞がこの状況を生み出したことを知り、目を泳がせる。
どうにかしようと道具を用意していたのにそれすら封殺された状況の悪さを知った二人が額を抑えていると、ルルーシュはここまで警戒しているのもコードを継承しギアス能力者であるマグヌスファミリアと自分との繋がりがバレたせいだと分析していた。
神根島でシュナイゼルと会ったことがまさかここまで尾を引くとはとルルーシュは唸ったが、三人は職員に促されてエレベーターに重い足取りで乗り込んだ。
《ど、どうするんだよこれ・・・動きようがないよ!!》
《ユーフェミア皇女が協力してくれるのなら、まだ芽はあるかも》
《・・・あー、駄目だこれ。彼女のほうにもかっちり監視がついてる》
せっかく最強のギアスを持つマオに来て貰ったのにほとんど意味がないと、アルフォンスは泣きたくなった。
《特区内でV.Vから救出した方が楽だったんじゃないの、これ?》
《・・・そうだな。くそ、とんだイレギュラーだ》
マオの苦言は最もだったので、あの時時間を稼いで睡眠ガスを何とか特区内に持ち込ませて救出させるプランを取るべきだったかとルルーシュは後悔したが、後の祭りである。
エレベーターがユーフェミアが軟禁されている部屋のあるフロアに到着すると、ゆっくり歩く案内係にイラつきつつも、部屋の前で護衛と称した見張りに口だけ笑った笑顔で挨拶しながら三人はユーフェミアと合流することに成功した。
案内係をユーフェミアがすぐに追い出すと、腹が立った様子のユーフェミアに頭を下げながらアルフォンスはポケットに忍ばせた盗聴器を発見する機械を操作する。
「久方ぶりにお目にかかりますユーフェミア皇女殿下。
私が入院した折には大層お気にかけて下さったとのことで、恐悦至極に存じます」
何だか思い切り普通に話しかけられたユーフェミアは黒の騎士団の人ではないのかと一瞬焦ったが、盗聴器がないことを確認してやっと素で話し出した。
「よし、盗聴器はないな。監視カメラは女性のところに仕掛けてないだろうし」
そこまで思い至らなかったユーフェミアは口を押さえた。
言ったことを間違っているとは思わないが、明らかに不敬に当たる発言を万が一にも皇帝の耳に入っていたならば処罰は免れない。
「よかった・・・私に処分が下ったら、特区も駄目になるところでした」
「うん、だからうかつなことはしてなかったみたいね。ずいぶん成長したみたいで、ルルーシュ皇子も喜ぶと思うわ」
突如女性言葉で話し出したアルフォンスに、ユーフェミアは驚きを隠せずに目を見開いて瞬きした。
「その口調に声・・・貴方、アルカディアさん?!」
「正解。それ女装で、こっちが素」
唖然としたユーフェミアとスザクに、実はアルカディアが正真正銘の男だと知ったカレンも口をあんぐり開けている。
「うっそ・・・全然気づかなかった・・・」
「女装好きだったから堂に入ってたからね。まあそれはそれとして話を元に戻そう」
アルカディアは再度男性口調に戻すと同時に肝心の目的について語ろうと促すと、彼の性別などよりはるかに重大だと思いだし、幾度も頷く。
「まずこっちが調べた現状を確認ね。先に言っておくけど、どうやって調べたなんて質問は全部終わってからにしてほしい」
マオが心を読んだなどという事実は言えないし、言い訳は後で考えようとアルフォンスがさりげなく話を円滑に進めるために釘をさすと、三人は了承した。
「現在ゼロことルルーシュ皇子が閉じ込められてる部屋は最上階の下の階にあるユーフェミア皇女の部屋で、応接室と私室に分けられてる中の私室。
ドアの前にはコーネリアが手配した見張りが四名、私室前の応接室にはあのブリタニアンロール・・・もといブリタニア皇帝が送り込んだ工作員がいるよ」
普段父がどう呼ばれているかを知ったユーフェミアはコメントする気も起こらず、ひたすらルルーシュが置かれた状況がまずいことに顔を青ざめさせた。
「その陛下の工作員というのは、やはり・・・」
「そう、ゼロを最初に誘拐した連中」
「・・・陛下直轄の機関の人達なのですか?」
「そうらしいね。かなり特殊な訓練を受けてる連中のようだから、一筋縄ではいかない。
だからコーネリアに救出させてこっちで奪回って形にしたんだけど、失敗だったかなあ・・・」
頭をかりかりと掻いて唸るアルフォンスに内心同感だったが、後悔しても仕方ない。
「まずクリアしなければならない条件は部屋から出てフロア、そして脱出。
荷物に紛らせて脱出させようと思ったんだけど、余計な物を持ちこむなって命令により不可能になったよ」
救出される当人の不用意な一言で、とアルフォンスが舌打ちした。
「今夜中にやらないと、もう不可能だ。ここにはどれくらい滞在出来るかな?」
「それが、何でも近日中に皇帝陛下が来るようなのです。
だから私とのお話が済んだらすぐにもカレンさんと一緒に特区に戻るようにとお姉様から言われましたから、そう長くは・・・」
申し訳さげなユーフェミアの答えに、マオが補足した。
《あー、このまま政庁にいたらユーフェミアが七年前のルルみたいに皇帝に直談判でもしかねないと危惧してるねコーネリア》
《なるほどね・・・確かダールトンがゼロの配下になってると聞いたけど》
《だめだ、V.Vがルルーシュの部屋に誰も入れるなって言ったせいで、部屋にはルルしかいない》
V.V自身の思考は読めないが周囲の人間の心は読めるのでそこから判断するに、ダールトンがルルーシュのギアスにかけられていることはコーネリアが皇帝の命に背いてルルーシュが軟禁されている部屋に入ったことを隠しているため、まだ気づかれていないようだった。
「監視カメラもあるし、それをごまかすことくらいは何とかなるけど・・・人間の目をごまかすのが大変なんだよね・・・」
人間にしか効果のないギアスの弱点は、機械技術である。
そのため機械に強いアルフォンスは画像をごまかしたりプログラムをクラッシュしたりしたうえで、己のギアスで姿を隠して隠密行動をしていた。
だが、今回ギアスが効かないコード所有者自身がいるのでこの手が使えない。
たとえ子飼いの嚮団員が自分を認知出来なくても、V.Vが侵入者の姿を見たとたん周囲を眠らせるギアス能力者に能力を発動させれば、それでいいのだから。
《どうするこれ?無理ゲーな気しかしないんだけど》
《ゼロ、指示を出して欲しい。そっちの言うとおりに出来る限りしてみるから》
作戦を考えるのが仕事とはいえ自身の救出策を尋ねられたルルーシュは、現在の状況を分析して改めて考えた。
(ネックになるのはやはりギアス嚮団員か。特に周囲を眠らせるギアスと体感時間を止めるギアスというのが厄介だな)
前者は範囲が狭いので効果範囲外から撃ち殺すなりすればいいが、問題は後者のギアスだ。
何しろナイトメアに乗っていてさえ発動出来るほど広いので、接近戦になれば確実にやられてしまう。
しかし彼らはその隠密性から、おおっぴらには使えない人材のはずだ。
《隠密・・・そういえば咲世子さんは変装術が得意だったな。
他人そっくりに化けられるから、もし身代わりなどの用があれば言って欲しいと》
《ああ、言ってたね。一度見たけど、瓜二つに化けてた》
声すらそっくりに真似られる咲世子の変装術に、ニンジャ凄い・・・と誰もが声を失うほどだったので、ルルーシュは実に得難い人材だと喜んだものだ。
《彼女に連絡して、俺に化けて政庁近くから逃げたと思わせよう。警備が手薄になったところで、政庁にいる貴方のギアスを使って脱出する。
この部屋にいないように見せかける算段は、今からつけておく》
ロロを思い浮かべたルルーシュは、何とか彼を手なずけてここにいないとV.V達に報告させればいいと考えたのだ。
《なるほどね・・・解った。さっそくエディに言って手配して貰おう》
アルフォンスはエトランジュに作戦内容を伝えると、彼女は了承した。
《すぐに咲世子さんに連絡いたします。おそらく何らかのギアスを使って脱出したと取るでしょうから》
エトランジュが了承すると、お手洗いから私室へと戻り始めた。
トイレと偽って出て来たので気づかれないようにそっとゲーム大会をしている部屋を通り過ぎると、玄関で卜部に遭遇した。
「卜部少尉?どうされたんですかこんな時間に・・・」
「ああ、何かゲーム大会してるってんで、ちょっと顔を出しに来たんです」
卜部はそう言ったが、実際はいつも計画的なエトランジュが唐突にゲーム大会をしようと言いだした上、子供がいる団員ではなくある程度の戦闘能力を持った団員だけが主に呼ばれたと聞いたので何かあったのではと思い、様子を見に来たのである。
「どうしたんですかエトランジュ様・・・顔色が青いですよ」
エトランジュのギアスは感覚や思考を繋ぐものだがエトランジュを経由するため、脳に著しい負担がかかる。
ルルーシュが誘拐されてからほとんど発動していたため、頭痛が彼女を襲っている上事態の悪さも合わせて顔色が非常に悪かった。
「いえ、ちょっと熱中したらその・・・皆さんに心配をかけてはいけないので、部屋でちょっと休んできますね」
それでは、と慌てたように一礼して部屋へと小走りに戻ったエトランジュの後をそっとつけると、曲がり角で車椅子に座った少女とぶつかりかかった。
「おっと、すまねえな。怪我はなかったか?」
「はい、すみません。私、目が見えなくて・・・人の気配はしたんですけど、よけられなくて」
「・・・目が・・・そういえばここはそう言う子達が多かったな。忘れてた俺が悪いんだ。部屋はどこだ?送っていってやるよ」
エトランジュの様子が気になるが、行き先は彼女の自室だ。そう慌てることもないだろうという卜部は、この車椅子の少女がどこかで見たことがあるような気がしたので尋ねてみた。
「・・・あんた、どこかで見覚えがあるような気がするんだが・・・名前聞いてもいいか?」
卜部に尋ねられて正直に答えるかどうか迷ったが、施設の者に聞けばすぐに解ることかと考えたナナリーは正直に答えた。
「ナナリー、と申します」
「ナナリー・・・って・・・あああああああ!?!」
思わず大声を上げた卜部は慌てて己の口を手で覆うと、改めて目の前の少女を凝視した。
(この子、枢木のおっさんの家に預けられてたブリタニアの皇女か?!
確かにあの子も目が見えなくて足が不自由だった・・・何でこんな所にいるんだよ?)
七年前から藤堂と付き合いのあった卜部は、ちょくちょく彼が当時師範をしていた武術道場にも顔を出していた。
そのため、本格的に話こそしたことはなかったがブリタニアから送られて来た留学生という名目の人質の皇女を見たことが何度かあったのだ。
「ブリタニアの皇女か、あんた・・・確か兄貴がいたと思ったが、はぐれちまったのか?」
「兄をご存知なのですか?兄もここにいるんですけど、今は特区の方に行ってらして・・・帰りを待っているんです」
「あー、なるほどね。何かいろいろあったみたいだけど、詳しいこと聞いていいもんかなあこれ」
エトランジュは知っているのかと、彼女の部屋に赴く口実が出来たと足を向けようとすると、ナナリーが言った。
「先ほどからエトランジュ様の様子がおかしくて・・・何度もお手洗いに行ったり、他の方がおっしゃるには顔色が凄く悪いから大丈夫かと心配なさってるので、私様子を見に行こうと思って」
「そういうことか。俺もちょっと気にかかってるし、一緒に行くか」
ついでにナナリーのことを知っているのか、確認しておこう。
これは黒の騎士団にとってもエトランジュにとっても知っておくべきことなので、まさかこんなところで日本が侵略されるきっかけになったブリタニア皇族の片割れと出会うとはと卜部は驚いていた。
卜部がゆっくりとナナリーの車椅子を押し、彼女の案内でエトランジュの私室の前へと到着する。
重要人物の部屋というのは防音がしっかりしてあると思いがちだが、何かあった時異変がもれにくくなってしまうため、実はそれほどしっかりしたものではない。
しかもここは障がいを持った者のための施設なので、なおさらだった。
そこで大事な話などはしないのでそれでいいと思っていたのだが、焦っているエトランジュはそれに思い当たらず普通に携帯で咲世子と会話をしていた。
「・・・はい、そうなのです。至急、政庁の方に出向いて頂きたくて・・・」
政庁に何の用だろう、と卜部とナナリーが首を傾げていると、ナナリーは集中して聴覚を研ぎ澄ませた。
すると携帯相手の声が、わずかだがはっきりと聞き取れた。
焦っているエトランジュは日本語ではなく英語で会話をしていた。
それが事態を一変させることになるとは、想像すらしないまま。
「事情は解りました。アッシュフォードから外出許可を頂いたら、至急参ります。
ただ準備と併せて一時間はかかってしまいますが・・・」
「なるべく早くお願いします。急で本当に申し訳ありません」
(咲世子さんの声?エトランジュ様は咲世子さんとお知り合いだけど・・・)
名誉ブリタニア人である咲世子を政庁になど、何の用事なのだろうか。しかも外は既に花火が最も美しく咲き誇っている夜だ。
いったい何の話をしているのかとナナリーがじっと聞いていると、エトランジュが言った言葉にナナリーは凍りついた。
「・・・ルルーシュ様が捕まって既に数時間経過しております。
今夜を逃すと脱出させるチャンスがありません」
思わず叫びそうになったナナリーの口を卜部がとっさに塞いだので、エトランジュは部屋の外にナナリーと卜部がいることなど気づかないまま会話を続けている。
(あの様子だと、この兄妹の正体をエトランジュ様はご存じみたいだな。
何かの取引とかにするつもりで、二人を匿ってたってところか)
卜部が単純な推測をしている横では、ナナリーが混乱していた。
(お兄様が捕まった・・・?!え、どうして・・・?)
「・・・既にアルカディア従姉様がカレンさんと一緒に政庁に。
申し訳ないことに、動ける人員が非常に限られているんです。
まさかゼロが捕まったなど、とても騎士団の方々には言えませんので」
「・・・へ?」
「・・・え?」
エトランジュは“ルルーシュが政庁に捕まった”と言い、さらに“ゼロが捕まった”とはっきり言った。
二人が同時に捕まったにしては、文意がおかしい。言葉としては二人が同一人物だという表現が一番しっくりきた。
「まさか・・・ゼロの正体は・・・」
卜部がゼロが仮面をしている理由と桐原が間違いなくブリタニアの敵だと保証したこと、さらに今ブリタニアの皇女がここにいることなどから合わせて、確かにあり得ない話ではないと考えた。
(おいおい、そう考えりゃあ辻褄は合うぞ。
道理でブリタニア人の協力者が多い上に、特区なんてもんを造らせたり出来るわけだ)
卜部が納得していると、ナナリーが顔を青くさせながらエトランジュの部屋に飛び込んだ。
「お兄様がさらわれたって、本当なのですか?!」
「ナナリー様?!」
慌ててエトランジュは携帯を隠すが、ナナリーは構わずに感情のまま叫んだ。
「今の会話、本当なんですかエトランジュ様!!お兄様が誘拐されて・・・ゼロだって・・・!」
エトランジュが絶句していると、ナナリーはエトランジュに近づいてその身体を凄まじい力で掴んで常の穏やかな表情とは違う鋭さを滲ませて再度問い詰めた。
「エトランジュ様、お答え下さい。お兄様はゼロなのですか?!」
ナナリーの鋭い問いにエトランジュは唖然と立ち尽くし、手にしていた携帯が床へと落ちていく。
「エトランジュ様、ナナリー様?!あちらにナナリー様がいらっしゃるのですか?!」
どちらも事実だが、いったいどう答えればいいのだろう。
床に落ちた携帯からの声と近くの少女の声に挟まれ、相次ぐ異常事態にエトランジュはリンクを開くことも思い浮かばず途方に暮れるしかなかった。