挿話 エトランジュのギアス
エトランジュが嬉しそうに、そして受け入れて貰えたことに安堵して息をつくと、ルルーシュは釘を刺す。
「しかし、私の正体については詮議無用に願いたい。よろしいかな?」
「構いませんよ」
やけにあっさりエトランジュが承諾したので、かえってルルーシュは首を傾げた。
それを見て、エトランジュは言った。
「貴方が正体を隠しているのは、貴方の正体がバレたらブリタニアが喜ぶか、もしくは反ブリタニア組織がついていくのをためらうような人間だということくらい、私にだって解ります。
だから、貴方の正体を探るなんて真似はしません」
「・・・貴女が聡明な女性であることに感謝する」
「それに、私達が望むのはブリタニアが滅ぶか植民地が解放されて故郷に戻ることです。
そのためにわざわざ不利になるようなことはしたくないですし・・・」
現実的なエトランジュにルルーシュはよく解っていると感心していたのだが、最後の言葉に凍りついた。
「いざとなれば私と結婚でもして貰って、EUの王族の一員になって頂ければ貴方の正体は適当にねつ造出来ますから」
有能な人材を取り込むため、自ら今日初めて会ったばかりの、しかも仮面をつけた素性の知れぬ男との政略結婚も辞さぬというエトランジュに、ルルーシュは引き攣った。
「・・・それはたいそう、気を使って頂けて光栄です」
か細い外見とは裏腹に、なかなか肝が据わっている。
「次に貴方達のギアスについて詳しく話を伺いたいが・・・今日のところはこの辺りにしておきましょう」
いつまでもここにいては、扇やカレンあたりが気にしてここに来るかもしれない。
その時ギアスだの遺跡だのの話を聞かれるのは、ルルーシュとしては不本意だ。
エトランジュ達もそれは同じだったのか、頷いて了承してくれた。
「では、まず連絡方法をどうするかですが」
現時点で考えられる方法を口に出そうとしたルルーシュだが、エトランジュがコードを模した刺青が入った左手を差し出して言った。
「それなら、私のギアスを使えばいいと思います。
私のギアスは“人を繋ぐギアス”、思考のやり取りも出来ますから」
「そういえばそのようなギアスだとおっしゃっていましたね。
こうして手を差し出すということは、相手に触れることで発動するギアスですか?」
「はい、そのとおりです。相手に直接触れてギアスをかけることを、私は“リンクする”と言っておりますが」
「解りやすいですね。では、一度リンクするとずっと感覚は貴女と共有することになるのでしょうか?」
「さすがにそれだと私の負担が大きすぎます。私はたとえていうとサーバーのようなものなので、24時間ずっとというにはちょっと・・・」
機械でもない、生身の人間が多数の人間の感覚をずっとやり取りするには、確かに負担が大きいだろう。
そのため、彼女は必要な時にしかリンクを開かないようにしているそうだ。
「それに、ギアスの解除はかけられた方でも可能です。“ギアスを解除したい”と念じれば、それだけでリンクは切れますから」
つまりはいつでも解除が出来るので、ルルーシュが不都合な場面になればさっさとリンクを切ればいいわけだ。
それを思えば、割と安全なギアスではある。
「では、こちらからの指示がない限り、私とのリンクは開かないようにお願いする。
貴女の件を黒の騎士団の幹部達に伝え、お迎えする準備が整い次第、本部へとお招きさせて頂く」
「了解しました。では、そうですね・・・日本時間で四時間ごとに貴方と思考を繋ぐので、準備が整えばその時に詳細をお伝えして下さいませんか」
「と、申しますと?」
「もっと例えますと、私のギアスは私自身が送受信の携帯電話を持ち、相手に受信専用の携帯電話を渡すみたいな感じ・・・なんです」
「つまり、貴女から私に連絡は出来るが、私から貴女へ電話をかけることは出来ないわけですか・・・それもちょっと使い勝手が悪いですね」
ルルーシュが嘆息するが、エトランジュはそのおかげでブリタニアに通信妨害されることなく確実に情報伝達が可能というメリットがあると、前向きである。
(なるほど、それでエトランジュ女王は四時間ごとに連絡を入れると言ってきたわけだ。
恐らく他の面々とも、何時間かごとに連絡を取り合っているんだろうな)
ちなみに戦闘中は予知能力持ちの伯父と四六時中リンクを開いているため、エトランジュは全く戦闘に参加していない。
伯父から届いた予知を皆に伝え、さらに現在の仲間の状態や作戦を全員に伝えるだけで精いっぱいなのだそうだ。
何十通りもの考えを同時に処理できるルルーシュなら、脳内で予知を分別しつつ仲間の状態を把握し、かつ作戦を展開するという芸当も可能だが、悲しいことにエトランジュは極めて平々凡々な処理能力しか持ち合わせていなかった。
「そういうことなら仕方ありませんね。解りました」
ルルーシュは手袋を取って手を差し出すと、エトランジュは頷いて左手でその手をつないだ。
「エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスが繋ぐ・・・!」
エトランジュの左目に、赤い鳥が羽ばたいた。
次の瞬間、ルルーシュの脳裏にエトランジュの声が響き渡る。
(あのー、ゼロ。聞こえますか?)
「・・・・!!ええ、確かに聞こえますよ」
(今、貴方の思考と私の思考だけが繋がっている状態です。一度、そのリンクを切るよう念じてみて下さいな)
ルルーシュは頷いてそう念じると、とたんに彼女の声が脳裏から聞こえなくなる。
「なるほど・・・かなり便利なものですね。これでこちらから連絡が可能なものなら、もっとよかったのですが」
「上ばかり見ていても、仕方ありませんよゼロ。
今あるものをいかようにして最大限活用するかを考える方が、建設的です」
まったく正論である。
ルルーシュの“絶対遵守”のギアスにしても、“相手の目を見なければ発動出来ない”“一人につき一回”というような制約があり、それさえなければと不満に思ったところで“一度だけならどんな命令も遵守させられる”という効力は確かに凶悪な効果を持つのだから。
(いっそ、C.Cにリンクを繋げさせる方がいいか?万が一にもここから俺の正体がばれるのを防ぐためにも、そのほうが・・・)
いつも自分の傍にいるC.Cなら、いわば電話として最適だ。
そう考えたルルーシュは、C.Cを指して言った。
「では、連絡係としてC.Cを使いたいのですが・・・よろしいかな?」
てっきりあっさり了承して貰えると思ったルルーシュだが、エトランジュは困惑した様子である。
そこへ、ずっと黙っていたアルカディアが教えてやる。
「あのさ、ゼロ。“コード保持者にギアスは効かない”んだけど・・」
「な、なんだと?!そうなのかC.C!!」
初耳だったルルーシュが共犯者に向かって問いかけると、飄々とこの魔女は肯定した。
「ああ、その通りだ。聞かれなかったから教えなかったがな」
「・・・っ!この魔女め」
となれば、エトランジュ達と連絡を取るには自身がギアスをかけられるしかないと、ルルーシュは腹を決めた。
「仕方ありませんね・・・ではもう一度、私とリンクして頂きたい」
ルルーシュの手を再度繋いたエトランジュは、もう一度彼にギアスをかける。
「ありがとうございますエトランジュ様。では、改めて用意が整い次第、定時連絡の時にお伝えする」
「ありがとうございます・・・私達はこのまま、いったんサイタマゲットーの方へ参ります。
もうサイタマにブリタニア軍はいませんから、大丈夫だと思うので」
コーネリアのせいで壊滅状態になったサイタマだが、それだけに潜伏するには持って来いだと思ったのだ。
「なるほど、トウキョウにも近いですしね・・・では、お気をつけて」
「はい・・・では、失礼します」
ぺこりと頭を下げたエトランジュは、仲間とともに立ち去って行ったのだった。
「さてと、そろそろコンタクトを外しますか」
ゼロから遠ざかったのを確認したアルカディアは、大きく息を吐くと両目に指をやり、コンタクトを外した。
一方、ジークフリートは耳から耳栓を取り出し、軽く耳を叩く。
アルカディアのコンタクトは一見普通のカラーコンタクトレンズに見えるが、実はこれをつけると視力が遮断されてしまうというものだ。
何故こんなものをつけているかというと、もちろんゼロへのギアス対策である。
あの通称オレンジ事件の際、全国中継だったこともあってエトランジュ達もその放送を見ていた。
その際、ジェレミアを見たコード保持者がこれがギアス能力者の仕業であると判定した。
ただあいにくと、どのような手段でギアスをかけたかまでは解らない。
これまでの自国にいたギアス能力者は“自動発動型”、“接触型”、“範囲型”、“聴覚型”、“視覚型”に大別されていた。
映像やこれまでのゼロの情報を見る限り、自動発動型ではないしジェレミアには指一本も触れていないから接触型でもない。
その場にいた全員にギアスがかかったわけでもないから、範囲型でもないだろう。
ならば聴覚型か視覚型のどちらかということになる。
エトランジュが信頼を得るためにあえて丸腰で彼の前まで行くと言った時、二人は反対したがそれ以外に彼の信頼を得る方法は思いつかなかったため、アルカディアは視覚を、ジークフリードは聴覚を遮断して万が一自分達に妙なギアスをかけられた時、どちらかが対応出来る様にしておいたのだ。
エトランジュにアルカディアは視覚を繋ぎ、ジークフリードは聴覚を繋いで貰っていたが、二人の身体に直接ギアスがかかることはない。
ゼロが“嘘をつくな”というギアスが発動した時、実はアルカディアだけそれにかかっていなかったのだ。
「ゼロが変なギアスをかけたら、即刻逃げる予定でしたからな」
ジークフリードがペットボトルに偽装した煙幕弾を指しながら言うと、アルカディアが眉をひそめた。
今までの情報から、ゼロのギアスはおそらく“相手に命令を守らせるもの”ではないかと推測していた。
ただどこまで命令が出来るか否かまでは解らなかった。
「私だったら、かたっぱしからブリタニア軍に“死ね”って命令しまくるか、“永久に私に従え”って言うけどね」
情もへったくれもないアルカディアの言葉は、普通ならそれが一番手っ取り早い方法であることは確かなものだった。
それをしないということは、もしかしたら命に関わることや相手を永久に拘束する命令は出来ないというような制限があるのかもしれないと考えていたりする。
後にそれも可能だったがゼロが単に己のポリシーで滅多に使わないようにしていることを知り、驚愕することになるのだが。
一時的な拘束力しか持たないギアスなら、大して恐れることもないと考えてはいたが、念のためきっちり保険だけは掛けていた、マグヌスファミリアの面々であった。
※第三話に盛り込めなかったし、第四話に入れると長すぎてしまうので、とりあえずエトランジュのギアスだけを入れてみました。
主人公なのにギアス能力がこんな扱いって(汗)
読者様・・・文章力が欲しいです・・・