第六話 束ねられた想いの力
翌朝目が覚めた天子は、すでに起きていたエトランジュに笑顔であいさつした。
「おはよう、エディ!」
「おはようございます天子様。今日の朝食はゼロお手製のホットケーキだそうですよ」
「ホットケーキ?私初めて食べるわ。でも、ゼロお手製って・・・」
首を傾げる天子だが、そういえばゼロは黒の騎士団が関わっている孤児院の子供達に食事を作ることもあると言っていたっけと思いだす。
「甘くて温かい食べ物です。きっと天子様もお気に召しますよ」
「甘くて温かい食べ物・・・!楽しみだわ」
笑い合う二人の部屋のドアがノックされると、さっそく来たとエトランジュがドアを開けた。
「おはようございます、ゼロ」
「おはようございます、天子様、エトランジュ様。
昨日のお詫びと言ってはなんですが、朝食を作らせて頂きました。ぜひ召し上がって頂きたい」
ワゴンにほかほかと湯気の立ち上るホットケーキを乗せて入室したルルーシュに、天子は目を輝かせた。
「あったかい・・・!美味しそう」
天子は温かくて甘い料理と聞いているので嬉しそうにナイフとフォークを手に取り、エトランジュを真似てゆっくりとホットケーキを切り分けて美味しそうに食べた。
「甘い・・・美味しい!」
こんな美味しい食べ物は初めて、と笑みを浮かべてホットケーキを食べる天子に、昨日のお詫びとしては最良だったなとエトランジュのアドバイスは正解だとルルーシュは思った。
(いくら非常時とはいえ、怯えさせてしまったのならもっともなことだからな)
「それはよかった。昨日は本当に申し訳ないと思っていたので、これからも時間を見ては作らせて頂きますよ。
ああ、朱禁城のコックにもレシピを渡しておきましょう」
「本当?!ありがとうゼロ」
「よかったですね、天子様」
ほのぼのとしたやり取りをしながらホットケーキを完食した天子が、ミルクティーを飲みながら尋ねた。
「今日はお外で戦いがあるのでしょう?どれくらいで終わるのかしら」
「すでに仕込みは完了しておりますが、数時間はかかるでしょう。
連中も自分達が優勢とならなければ口が軽くなりませんからね」
「星刻が勝っているように見せかけるの?」
「そうです。そして本当の敵であるラウンズを倒すのが目的なのですよ」
アルフォンスが入手してくれたEU戦のラウンズの機体データ、昨日のナイトオブトゥエルブのモニカの機体であるユーウェインのデータを分析し、そのデータを元に倒す策があるのだ。
「あちらには私の仲間のルチア先生がいますから、常時連絡を取れます。
現在はこの近くの街にいらっしゃって、ラウンズも同行したとか」
表向きにはブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから大宦官から依頼されたという名目だが、明らかにシュナイゼルの意図が働いている。
エトランジュの報告に、天子が不安そうに言った。
「ラウンズって、ブリタニアでも強い人達だって聞いてるけど・・・」
「大丈夫です天子様。既に勝つための策をゼロが考えて、いろんな罠などを仕掛けてありますから」
綺麗事だけで物事は動かないと聞いていた天子は、エトランジュの物騒な単語に何も言わなかった。
そしていつも自分に優しい言葉をかけてくれるエトランジュが自分よりもずっと世の中の黒い部分を見続け、それ故に黒い手段を知り使うこともいとわなくなっていることを知った。
(大人になるって、こういうことなのかしらお祖父様。
でも、やるって決めたのだから、私も目をそらしちゃ駄目なんだ)
天子は命令に重みを持たせるためにと、祭祀を執り行った上で持ち出したこの天帝八十八陵に奉納されていた先代皇帝の玉爾を押して作成した詔を見つめた。
「敵部隊捕捉!黎 星刻率いるナイトメア部隊、ラウンズの機体が一体です!」
通信士の報告に、天子と別れて司令部に来たルルーシュは来たかと画面を見つめた。
シュナイゼルが乗るアヴァロンだけは太師達が何とか拒否出来たが、代わりにラウンズ二名を派遣することに同意させられたのである。
「藤堂、作戦通りお前は星刻のナイトメアと交戦しろ。
一番隊と二番隊はAパターン、三番隊と四番隊はCパターンに沿って動け」
「承知した。なるべく早く大宦官との会話をして欲しいものだな」
「劣勢を装わないと無理だな。お前には不本意なことだろうが、よろしく頼んだぞ」
わざと不利なように振る舞えという作戦に、奇跡の藤堂が劣勢だからこそ効果があるのだというルルーシュの説明に、朝比奈が複雑そうな顔をした。
「そりゃ確かに俺らが劣勢じゃあインパクトないだろうしさあ・・・でも藤堂さんが負けそうってのが何か嫌だな」
「もう決まったことを愚痴るなよ朝比奈。こっちのほうが効率的なんだから諦めろって」
卜部がナイトメアの最終調整のモニターを眺めながら諫めると、朝比奈は解ってると溜息をつく。
「よし、月下の準備は完璧だな。イリスアーゲートとの連携で、ラウンズをやれればいいんだが・・・」
「データ解析は出来てるけど、枢木と違ってもろにパターン通りの行動をしてくるほど単純じゃなさそうね。
でも所詮は人間、徹底的に追い詰めて焦りを誘ってやればいいのよ」
何のためにせっせと罠を仕掛けたりデータ解析をしたりして来たのかと言いながら現れたアルカディアに、卜部と朝比奈が敬礼する。
「来襲したラウンズは二名、後の一名は洛陽に残ったシュナイゼル達の護衛にあたるらしいわね。
来るのはナイトオブフォーのドロテア・エルンストと、藤堂中佐がフロートシステムを壊したナイトオブトゥエルプのモニカ・クルシェフスキーだそうよ」
「相手に不足はありませんよ。なあ朝比奈?」
「同感だ。日本の意地と誇りにかけて、遅れはとりません」
卜部と朝比奈が戦意を燃え上がらせると、アルカディアはさすが軍人と笑みを浮かべた。
「頼もしい言葉ね。防御は私に任せてね。私と組むのは卜部少尉よね?」
「そうです。朝比奈と組むのはジークフリード将軍でしたね」
「イリスアーゲート・ソローと一緒に開発して貰った、イリスアーゲート・パターで出るわ。
ジーク将軍はシステム操作が苦手なんで単純に防御装甲を厚くして、あと小型のミサイルなんかも積んであるからソローより攻撃的な仕様になってるけどね」
イリスアーゲートシリーズは攻撃力こそ低いが、基本的に戦闘補助に特化したナイトメアだ。
祖国が建国された時から資源に乏しく北方の厳しい環境で何事も互いに協力し合ってきた自分達にふさわしい。
「さあ、行きましょうか。ブリタニアに私達の誇りと意地を見せてやりましょう!」
「「承知!!」」
その叫びを聞いて、騎士団内に打倒ブリタニアを叫ぶ声が響き渡る。
それを背後に背負いながら、アルカディア、朝比奈、卜部は自身が乗るナイトメアへと乗り込んでいった。
「あれが黒の騎士団の移動型基地か」
フロートシステムを破壊されただけで戦闘能力はなお健在だったユーウェインを搬送して天帝八十八陵に参戦したモニカは、雪辱に燃えていた。
「フロートシステムなどなくとも、必ず討ちとってやるわ」
「油断は禁物だモニカ。あちらのナイトメアのフロートシステムは無事なんだから」
「解ってる!」
ドロテアの忠言にラウンズの誇りに掛けて負けないと、モニカはユーウェインを発進させて陣頭へと立った。
大宦官からの要請、またブリタニア皇子の婚約者が誘拐されたのだから奪回に動くのは当然という名目のもと、ラウンズ二名が参戦したのである。
「これは中華連邦内のこと、ラウンズのお二人には我らに任せて後方にいて頂きたいのだが・・・」
たとえ感情がこもっていなくても不審を伴いにくい台詞をルチアが考えてくれたので、棒読みに近い言葉だったが星刻の台詞は国の面子を気にする武官のものとして受け入れられた。
「我らブリタニアと中華連邦とは、今回の婚姻で和平が成るのですよ。
婚姻をあのように壊されたまま黙っていては、ブリタニアの国威にも関わること」
「ドロテアの言う通りです。どうぞ我らに天子様救出をお手伝いさせて下さい」
「それは頼もしい」
適当にやり取りしたらそれでいいと言われていた星刻は、天子がいる天帝八十八陵に視線を定めた。
「これより天子様を救出する!一番隊、二番隊は前へ!」
(私の部隊を有利に中央突破をさせ、大宦官らが私もろとも天子様と黒の騎士団を葬ろうとしたところでゼロと大宦官らに本音を話させる。
本当の敵であるラウンズは、連中に任せる手はずだ)
星刻がそう内心で確認すると、飛鳥から自分と対戦する斬月が飛び出して来た。
「藤堂 鏡志郎、まかり通る!!」
「貴様が藤堂か!天子様を返して貰うぞ!!」
それだけを叫んだ星刻は中華のナイトメアフレーム鋼髏を改良した自身のナイトメア鳳凰を操り、言葉だけで実際の演習を全くしていない斬り合いを始めた。
しかし互いに機体の情報を提供しているため、壊されるとまずい箇所を避けることは留意している。
藤堂がナイトメア戦闘用刀をかざして斬りかかれば、星刻は中国刀でそれを止める。
(さすがは奇跡の藤堂と異名を取るだけはある!演技とはいえこちらも手を抜けないな)
(病を持つとは到底思えん技量だ!本気で掛かられてはスザク君にも引けを取らない。
これで彼に見合うナイトメアなら、余裕などなかっただろうな)
お互いの技量に舌を巻きつつ、二人は他者が入り込めぬ戦いをしている。
一方、本当の敵であるラウンズと対戦すべく飛鳥を飛び立った卜部とアルカディア、朝比奈とジークフリードは打ち合わせ通り二手に分かれて戦いを開始した。
「四聖剣が一人、卜部 巧雪が相手だ、ラウンズ!」
「黒の騎士団協力者のアルカディアよ。ブリタニアへの恨み、ここで少しでも晴らさせて貰う!!」
卜部とアルカディアがそれぞれ名乗ると、卜部が上空からモニカのユーウェインにハンドガンを連射し、アルカディアがモニカが応戦して撃ち放ったスラッシュハーケンを無効化する。
「あの時と同じ・・・芸のない奴ら!!」
「何度も使われるのは効果があるからよ。その程度のことも知らないの?」
悔しかったら突破してみろとアルカディアが挑発すると、さすがにラウンズなだけあはあり、フロートシステムが使えないにも関わらず的確に卜部とアルカディアを狙って攻撃してくる。
「速い!!卜部少尉、左翼から攻撃して!!」
「任せろ!!」
アルカディアが必死でキーボードを叩いて輻射障壁を発生させて攻撃を無効化している間に、卜部が既に割だしてあるユーウェインのエナジーフィラーに向けて集中的に攻撃する。
(狡猾な!奴らはナイトメアを動かせないようにする戦術をする気だ!!)
「ドロテア、気をつけて!連中はエナジーフィラーを狙ってくる。
壊されたらすぐにやられる!」
「仮にも騎士を名乗っておきながら、卑怯な戦術を・・・!!簡単にやられぬ!」
同僚の忠告を受けたドロテアは、朝比奈とジークフリードと相対した。
「四聖剣が一人、朝比奈 省吾だ!」
「ジークフリードだ。主の命によりお前を倒す」
低い声でそれだけを告げたジークフリードは、イリアスアーゲート・パターに搭載されている小型ミサイルをいきなりドロテアが操縦するベティウェアへ撃った。
だがそれは難なく避けられてしまい、ドロテアはまっしぐらにジークフリードに向かって斬りかかって来た。
「これくらい、避けられる!!」
「残念、それオトリだから」
朝比奈が廻転刃刀でジークフリードの陰から飛び出すと、ベティウェアの腕にヒビを入れる。
「これくらい、どうということはないっ!」
「あと二回ってところかな。無駄に装甲が厚いね」
フロートシステムを搭載しているナイトメアは、上空の気圧に耐えるために装甲を厚くしてある。
フロートシステムを搭載しているナイトメアはまだ少ないとはいえ、その辺りも考慮して武器の攻撃力を高めなくてはとその様子を見ていたラクシャータは思った。
ジークフリードが撃ったミサイルは、飛鳥からわずかに離れた場所に着弾したが爆発しない。
「不発弾か・・・黒の騎士団は大した武器を搭載していないと見える」
「だがまだ武器はある!」
ジークフリードは腕からワイヤーを飛び出させ、ベティウェアに有線電撃アームを繰り出した。
それを腕で絡め取ってちぎり取ろうとしたドロテアだが、高圧電流を流されて動きが止まる。
「そんな仕掛けが!!」
「スキありっ!!」
朝比奈がナイトメア戦闘用刀をベティウェアのヒビの入った腕に振り下ろすと、ドロテアは避けきれずに腕の機能が一部破壊されてしまった。
「おのれ!!」
ドロテアは槍で月下を打ち払うと、体勢が悪かったせいで腰の部分に当たってしまう。
「朝比奈少尉!」
「うん、大した傷じゃない!」
朝比奈は強がるが、動きが明らかに悪い。
ジークフリードはそんな朝比奈をフォローをすべく、スタンガンを乱射する。
「とにかく時間を稼ぐほうに専念しましょう。例の作戦はアルカディア様にお任せするのです」
「うーん、残念だけどそのほうがよさそうだね。承知!!」
朝比奈は悔しそうにジークフリードの提案を了承すると、戦闘能力を奪うべく傷を負わせた腕に向かって集中的に攻撃をし出す。
人体を模して造られたナイトメアは、弱点も同じである。すなわち、腕をなくせばバランスが取り辛くなるのだ。
それを狙ってかとドロテアはすぐに悟り、朝比奈のフォローをすべくジークフリードが飛ばす有線電撃アームをよけながら朝比奈に立ち向かうのだった。
それぞれの戦いをモニターで観戦しているルルーシュは、思っていたより戦局がこちらの優位に進んでいることに眉根を寄せた。
「アルカディアとジークフリード将軍のサポート能力を甘く見ていたな。
いくら倒すべき相手とはいえ、早くカタをつけられてはメインの作戦が行いづらくなる」
「エディがギアスで伯父さんの予知を常時知らせてるもんだから、相手の行動が把握出来てるせいみたいだよ」
マオが現在自室でギアスを使って情報のやり取りをしているエトランジュの状況を伝えると、ルルーシュがなるほどと納得した。
だからと言って今さら劣勢を装うのもわざとらしい。
疑われるだけならまだしも、そこから本当に逆転されては目も当てられない結果になる。
「仕方ない、少し早いが作戦を開始する。距離を取られたし、戦況から朝比奈達では難しいな。
マオ、卜部達に変更だとエトランジュ様に言って連絡して頂いてくれ。
既に条件はクリアされたからな・・・皆、準備をしろ!」
「はいっ!!」
モニタールームにいた一部の騎士団員が緊張した面持ちで叫ぶと、準備を始めた。
エトランジュから作戦変更と開始の報を聞いたアルカディアは、モニカに対してにやりと笑みを浮かべた。
「卜部さん、少し早いけど作戦開始よ。
あいつは飛べないけど遠距離攻撃の飛距離が長いナイトメアだし」
「え、俺らになったの?!朝比奈達じゃ・・・」
「戦局がこっちに有利過ぎたのよ。だからフロートシステムが壊されて劣勢の彼女にやらせてインパクトを与えようってこと」
「そういうことか、さすがゼロだな。承知した」
納得した卜部は方向転換すると、ガクンと月下を揺らして地面に降りた。
「フロートシステムのエナジーが切れた・・・」
「私が援護するわ!」
オープンチャンネルでのやり取りではなかったが、モニカは事情を相手のエナジー切れだと解釈した。
「フロートシステムのエナジーが切れたみたいね。たかがテロリストのナイトメア、その程度か」
実はこれは演技なのだが、もともとブリタニア人以外を格下とみなしているのがブリタニア貴族である。
あっさりとそう信じた彼女は、これで条件は互角とばかりに卜部に襲いかかる。
「くっ・・・!」
「卜部少尉!!ちっ、ここは退きましょう!代わりにC.Cさんが出てくれる!」
「四聖剣の俺が退くとは情けない!」
「無駄死にするのも情けないわよ!さっさと退却してちょうだい、邪魔なだけよ!!」
演技とはいえ酷い物言いだ、と卜部は思ったが、アルカディアはそんな心情など知らずにチャフスモークを放って目くらましを行った。
「逃げる気か?!」
「明日に向けての転進よ!」
物は言いよう、という素晴らしい格言の元そう言い放ったアルカディアは、卜部を飛鳥まで誘導する。
それを追いすがるユーウェンは、それを阻止しようとした黒の騎士団の量産型ナイトメアを薙ぎ払っていく。
「雑魚は邪魔だ、どけえっ!!」
「うわああ!!ちっくしょおおーー!!」
ナイトメア部隊を率いていた玉城の叫びが聞こえたが、脱出装置が働いているから大丈夫だと判断したアルカディアはそのまま卜部の退却を援護していく。
一方、作戦開始かと星刻はすぐに理解し、全軍に向かって伝達した。
「ラウンズの一人が道を開いた!その後を追え!天子様を救出するのだ!!」
「応!」
星刻の部隊が飛鳥に向かって中央突破すべく進軍を開始すると、騎士団の陣形が少しずつ崩れていく。
モニカが飛鳥まで残り500メートルのところまで来た瞬間、彼女の命運は決まった。
「来た来た、ラウンズの女の人だよ!これで心が読み放題だ!」
飛鳥にいたマオがギアスでモニカに狙いを定めると、さっそく心を読んでそれをエトランジュがアルカディアに伝達する。
「ふふ・・・私も月下で出る」
養い子の活躍にいつもの彼女らしくもなく頬を緩ませたC.Cに、ルルーシュが言った。
「C.C・・・不利になったら脱出しろよ」
「ふっ・・・その前に手を打っておけ」
C.Cはそう笑うと、マオを見た。
「こいつがいるんだ、負けはない。頼んだぞ、マオ」
「うん!任せてよC.C。でも、ルルの言うとおり気をつけてね」
「大丈夫だ、私はC.Cだからな」
C.Cはそう笑いかけると、司令室を出た。
飛鳥の近くまで来たモニカは、中に入ろうとする卜部の月下にスラッシュハリケーンを浴びせかけた。
「うわあああ!!」
卜部はその攻撃をもろに食らい、脱出装置を働かせる。
噴射されたコクピットを既に手配した救護用ナイトメアが運んで行くと、卜部を迎えるために開いていたハッチに向かってモニカがさらにミサイルを撃ち放つ。
だがその行動をマオが読んでいたため、ミサイルの軌道を変える演算を終えたアルカディアがチャフスモークを噴射すると同時に起動キーを押して別方向へとミサイルを誘導した。
「ちっ・・・!」
モニカは舌打ちしたが、それは彼女にとって思わぬ効果を発揮した。
「飛鳥の司令部にミサイルが!!」
「な、何だってえええ!!?」
飛んできた通信に騎士団員達がざわめき出し、藤堂や朝比奈の動きも一瞬だが止まる。
「司令部・・・ゼロも?」
「ゼロ、ゼロは?!」
ざわめき出す騎士団員に、藤堂が喝を入れた。
「落ち着け、彼は健在だ!目の前の敵を打ち払え!さもないとあるのは敗北だ!!」
「は、はいっ!!」
だがその乱れを逃すほどラウンズは甘くはない。
(これはいい機会だ、このまま天子誘拐犯としてゼロを葬り天子を救出すれば、円満に中華を我がブリタニアの植民地に出来る)
曲がりなりにも天子なのだ、可愛らしい人形として皇宮に飾っておけばいい。
その身分でオデュッセウスの妃として安泰に暮らしていくのが、あの子供にはお似合いだ。
そう考えたモニカは飛鳥の上に飛び立つと、出迎えたのはC.Cが乗る月下とアルカディアが乗るイリスアーゲート・ソローだった。
「ようこそ飛鳥へ・・・・」
「そして、さようならだな」
飛鳥周囲にいる黒の騎士団員は、星刻の部隊と一進一退を繰り返している。
よって援護など当てにならないとモニカは舌打ちしたが、朝比奈とジークフリードを圧しているドロテアがゆっくりこちらに向かっているのをレーダーで確認した彼女は、まずは飛鳥を破壊するべく動き出した。
「この艦ごと壊せば済む話!ユーウェインが壊れても、ゼロとなら悪くはない代償だ!!」
「そうか、勝てるといいな?」
この飛鳥は自分達の土俵であり、マオという心が読める強力な援護員がいるのだ。
C.Cはエトランジュとギアスで繋がってはいないがコードによってマオと繋がっているため、自由に会話が可能なのである。
「そうか、奴は司令部を壊す気か。ふふ、大丈夫だマオ。お前のお陰で負けなどあり得ないからな」
C.Cの言葉通り、先手先手を知るC.Cとアルカディアの連係プレイによってモニカは徐々に後退を強いられていく。
(何故だ?!なぜ攻撃が当たらない?!)
先ほどとは見違えるような動きに加え、滑らかな動きで自分の攻撃を無効化してくるアルカディアにモニカは焦りを隠せなかった。
「マオ、超チート!後で何でもお願い聞いてあげるわ!」
大好きなC.Cとそれなりに好意を持っているアルカディアに褒められたマオは、張り切ってモニカの情報を知るなり全て流していく。
「くっ・・・こうなったらいっそここから離れて、ドロテアと合流するしか・・・」
マオから五百メートル以上離れられたら有利に戦えなくなると判断したアルカディアは、キーボードを操作した。
「ゲフィオンディスターバー、オン!」
その台詞と同時に飛鳥に仕掛けられていたゲフィオンディスターバーを作動させる磁場発生装置が作動し、ユーウェインを取り囲む。
「え・・・ユーウェインが、停止した?!」
突然の事態に驚き慌てたモニカが唖然としながら操縦桿を動かすが、ユーウェインはもはや何の反応も示さない。
ラクシャータが開発したゲフィオンディスターバーは、サクラダイトに磁場による干渉を与えることでその活動を停止させるフィールドを発生させる装置である。
実用化には成功しており実験も行っていたが、敵味方問わずに停止させてしまうという欠点があった。
そこでどうしたかと言うとイリスアーゲート・ソローによる輻射障壁発生装置を使い、一部にだけその効果を受け付けないようにしたのである。
「戦場で使うには、難しいかー。こんな特殊な事態じゃないと駄目ね~。
まだまだ改良の余地が必要か~」
データ入力を行えるイリスアーゲート・ソロー及びガウェインがいないと安心して使えないが、それでも味方が動けるというのは大きな強みである。
アルカディアが送って来たデータに、ラクシャータはホクホクした笑みを浮かべた。
「貴様ら・・・なぜ攻撃して来ない?!」
どういう訳か全く攻撃して来ないアルカディアとC.Cを訝しんだモニカだが、ジャミングされて通信機も使えない彼女はどうすることも出来なかった。
「ざぁんねんでした・・・貴女、利用されちゃったの!!」
どこかで聞いたような台詞だな、とC.Cは内心で遠い目をしながら、アルカディアが実に嬉しそうな声でモニカに告げるのを見た。
「なんだと・・・?」
「こっちが不利になるように見えないと困るから、貴女にここまで来て貰ったの。
司令部を壊してくれてありがとうね、これ試作艦だから壊れても別に構わなかった。
これで私達が不利だと、印象付けることが出来る」
外では徐々に黒の騎士団が圧されており、藤堂もまた一部機体を破壊されるなどの演技を続けている。
どういうことかとモニカが呻く。その答えは、司令室にあった。
同時刻飛鳥の司令室では、自身の上半身を血にまみれさせたゼロが大宦官と通信をしていた。
横では黒の騎士団員の制服に白いエプロンを着て右腕に赤い十字架の腕章をはめた看護師らしき黒髪の少女と、非常に美しい顔立ちをした少女が手当てをしている。
「どうしよう、血が止まらない!ゼロ・・・!」
「落ち着いて!ほら、輸血の準備をするのよ!急いで!」
「はい!」
ニヤニヤした笑みを浮かべた大宦官達は、降伏を申し入れたルルーシュに対して否の答えを返している。
「天子を見殺しにする気か!」
ルルーシュの怒声に、大宦官は得々として言った。
そう、自分達の死刑執行署にサインをする行為だとも知らずに得意げに。
「天子などただのシステム」
「代わりなど幾らでもいる」
「安い見返りだったよ」
「領土の割譲と不平等条約がか?」
「我々はブリタニアの貴族となる」
この下種が、とルルーシュな内心で吐き捨てながらさらに会話を誘導する。
「残された人民はどうなる!?」
「君は道を歩くとき蟻を踏まないよう気をつけて歩くかね?」
「尻を拭いた紙は捨てるだろう?それと同じだよ」
「主や民など幾らでもわいてくる、虫の様にな・・・」
しっかりその放送は中華連邦中のみならず、EUにまで届いていた。
中華連邦の国力をブリタニアに譲渡するのを阻止したのは黒の騎士団だと宣伝し、大宦官の逃げ道を防ぎ、とどめにブリタニアがこのような外道と組んだ悪であると知らしめるためだ。
イタリアに留学していたアルフォンスは、動画にとって出来るだけ配信するように学友達に依頼してあるという徹底ぶりである。
「腐っている!何が貴族か!ノーブル・オブリゲーションも知らぬ官僚が!」
ノーブル・オブリゲーションとは、高貴なる義務といって身分の高い者が国民のために行う義務を指す。
コーネリアもその義務の元世界各地を侵略し、もってブリタニアに貢献しているわけだが、これは侵略される側にとっては極めて迷惑な義務の果たし方である。
「つまりお前達はこの中華連邦の国民に、ブリタニアの奴隷になれということか!」
「そのとおり・・・ほっほっほ。我らの奴隷からブリタニアの奴隷になるだけのこと。
今と何が変わるわけでもない・・・ほほほほ」
この瞬間、民衆の怒りは頂点に達した。
これほど飢えに苦しみ、重税を課された上に他国の奴隷になれと言う大宦官どもを滅ぼせと、民衆達が怒鳴り立ちあがる。
そしてその聞くに堪えぬ本音をじっと座って聞いていた天子は、涙を流した。
「こんな・・・こんな人達の言うことを今まで聞いていたなんて・・・!」
「天子様・・・」
「私、何て馬鹿だったんだろう・・・!こんな私が、天子なんて・・・皇帝なんて・・・!お祖父様・・・!」
玉爾を握りしめて泣く天子に、ギアスを一時止めたエトランジュが多大な情報をやり取りして少しフラフラする頭を叱咤して言った。
「それは仕方ありません。聞いていなかったなら貴女は殺されて別の代わりが立てられただけです。
それに、今は違うでしょう?貴女には信じると決めた方々がおられます。皆様、貴女の命令を待っているのですよ」
「・・・私の、命令」
「そうです、中華連邦の皇帝であらせられる貴女の命令をです。
もはや引き返す道はございません。可及的速やかに混乱を治めるためにも・・・」
そうだ、自分はやると決めたのだ。
いつまでも震えて怯えていたら、外で戦っている星刻や洛陽にいる官吏達はどうなるのか。
天子は椅子から立ち上がると、大きく呼吸をして言った。
「・・・通信回路を開いてください」
「はい!」
黒の騎士団のオペレーターが中華連邦内に仕掛けられたラインに通じる通信回路を天子の前に開くと、天子の正装を纏った天子が中華連邦内のテレビ画面に映し出された。
「今の言葉、どういうことですか?」
「ほ、これはこれは天子様。いや、前と申し上げた方がよろしいですかな?」
「聞かれた以上、もう私どもの人形ではいてくれそうにありませんものなあ」
天子の代わりなどいくらでも用意出来ると嘲笑う大宦官達は、あっさりと天子を殺すことを決定した。
それにびくっと肩を震わせた天子だが、勇気を出して詰問する。
「この中華を売り払い、ブリタニアに渡すというのはまことなのですね?」
「そのとおりと申し上げましたよ。ほほ、子供が政に口出しなど・・・」
「この中華の人達を他国の奴隷にするなんて、私は認めない。中華は中華の人達のものよ、ブリタニアのものじゃないわ。
ましてや貴方達のものでもない・・・!それなのに、どうしてそんなことが言えるの?!」
涙目でそう叫ぶ天子は、大きく息を吸って大きな声で命じた。
自らの意志で、震えながらもはっきりと。中華に住む者達全てに届けと願いを込めて。
「私は天子として宣言します。我が中華連邦は、ブリタニアには屈しません!
我が国の国民達を怠け者などと言った人を、義理とはいえ父と呼びたくありません!
中華連邦の民は奴隷などではありません、誇りを持つ人間です!
私は、貴方達に国政を任せません。今を持ってその任を解任します!」
「ほほ、子供が戯言を・・・」
「国を売り自分達だけの安全を図る人達が政治を行うなんて、おかしいもの、間違ってるわ!
私に賛同してくれるのなら、お願い・・・その人達を捕まえて!国民を奴隷扱いした人達を、そしてこれまで悪事を働いてきた大宦官達を捕えて下さい!!」
天子の叫びに、しょせん子供がそこで何を言おうとも無駄なことと笑みを浮かべていた大宦官達だが、ガンと扉を蹴り開けられて突入してきた数十名の兵士達に思わず悲鳴を上げた。
「な、何じゃお前達は!誰も呼んでおらぬぞ、下がれ!」
「天子様の命により、お前達を拘束する!
容疑は売国行為、背任、横領、そして先の太保様の死亡に関する殺人容疑だ!」
逮捕状を掲げて叫んだのは、昨夜に天子に目通りを願った御吏の一人だった。
下っ端役人が何を偉そうにと嘲笑する大宦官達に、御吏がさらに嘲笑する。
「貴様に何の権利がある。天子の命令?そのようなものがどこにある」
「貴様らも聞いていただろう、つい先ほど、中華全土に出された勅命である!
愚か者どもめ、これを見るがいい!」
御吏の一人がテレビをつけると、先ほどの大宦官とゼロとの会話がエンドレスで流れている。
星刻や太師達が手配したテレビ局の者が、ディートハルトが操作するラインを通じて流しているのだ。
途端に真っ青になった大宦官達は、慌てて否定した。
「な、な・・・そ、そんなのは偽物だ!偽造されたものである!」
「私達もその内容を聞いていたのだがな。それが偽造だという証明がなされぬ限り、天子様の勅命が優先である!
この者達を捕らえよ!そして大宦官どもの屋敷を家宅捜索し、証拠を洗いざらい朱禁城へと運ぶのだ!」
「はっ!」
初めは星刻の部下だけだったのだが、大宦官の暴露放送が流されるにつれてどんどん人数は増えていき、外から怒号が聞こえてくる。
「ふざけるな、大宦官!」
「俺達にブリタニアの奴隷になれだと?今回の天子様の婚姻も平和のためなどではなく貢物扱いとは!!」
「天子様の勅命だ!天子様はブリタニアに従わぬとおっしゃられた!
我らの国は我らのものであるともおっしゃった!それに賛同する者は、この国を売り己の安泰を図ろうとする大宦官を捕らえよ!」
「聞こえたであろう?これが中華の声だ・・・貴様らに逃げ場などない!」
朱禁城はむろん、中華連邦中にいる大宦官一派は次々に御吏達によって捕えられていく。
そしてその指揮を執っているのは、太師だった。
老病に冒されているはずの彼がどうして、と皆唖然としたが、太師は飄々とした顔で答えた。
「うむ、あまりのことに倒れてしもうたが、何故かけろりと治ってのう。
夢の中で先帝陛下が天子様を頼むとおっしゃられたのじゃ。きっと陛下があの世からわしをお救い下さったに違いない」
そんな太師の横には彼の従者がそっと化粧道具一式を持って立っており、それが全てを物語っていた。
太保が大宦官らによって毒殺されたと知った時、次のターゲットは間違いなく自分だと読んだ太師はルチアに相談したところ、いいアイデアを教えてくれたのだ。
『連中の手口は少しずつ毒を盛り病死を装うものであるようですわ。
ならばそれを逆手にとって病気の振りをすれば暗殺が失敗したと悟られませんから、次の手段を取ることはないと思いましてよ』
毒を無効にするものや解毒剤の相談に訪れたのだが、思いもかげずそう提案してくれた彼女は化粧道具一式を寄越し、病人に見えるメイクの仕方を伝授してくれた。
「そうですか、先帝陛下が・・・天子様がご心配で、まだまだ太師様が必要だとお考えになられたのでございましょう」
嘘だ、と誰もが解るやりとりだが、誰もそれを指摘しない。
太師は見事な指揮で大宦官達を捕えていき、かつては誰もが恐れたという気迫のこもった声で指示を出す。
「全軍に告ぐ!黒の騎士団に捕えられたという天子様じゃが、それは誤解である!
天子様は大宦官どもの陰謀を事前に察知し、ゼロによって天帝八十八天陵にてかくまわれていただけである!
これ以上騎士団に対する交戦はやめよ!天子様のご意志である!」
その命令が中華全土に伝えられると、大宦官が派遣した中華連邦軍は動きを止めた。
士官達は黒の騎士団と星刻らと戦えと怒鳴るが下の兵士達の一部が命令を拒否し、その人数は放送が流れるにつれて増えていく。
「・・・ということなの。ラウンズのモニカとか言ったっけ?
もう貴女に用はないわ、これまでの侵略に対する罪、貴女の命で償いなさい!」
「黙れ、このテロリストが!!」
まんまとゼロの策に利用されたと知ったモニカは激昂したが、何をどうしようともユーウェインは動かない。
そしてある意味ルルーシュよりはるかに現実主義者の彼女は、これまで各地で侵略しを繰り返してきたラウンズや皇族貴族であるなら、たとえ抵抗出来ない状態であっても殺すことに躊躇いがなかった。
動けない相手なら、戦闘能力の低いイリスアーゲート・ソローでも殺すことが可能である。
「大した力がなくても、人は殺せる。知ってた?」
「な、何をするつもりだ・・・!」
もはやハッチすら開けないユーウェインの中に閉じ込められたモニカは、何の感情もこもっていない相手の声に初めて背筋を凍らせた。
アルカディアはユーウェインのエナジーフィラーと脱出装置を破壊した後、C.Cと協力してユーウェインを飛鳥から放り投げる。
そう、先ほどジークフリード将軍が不発弾を装って着弾させたミサイルの上目がけて。
「ハイスペックな機体はいくらでも作れるけど、それを操れる人間はそう簡単には作れないからね。
人は人がいないと何も出来ないってことは、私達よく知ってるの」
何の資源もなく北方に位置する祖国にあったのは、人だった。
互いに助け合い守り合うことが、自分を助け守ることだったのだから。
「さて、クイズです。この下には私の姉の夫の父親からのプレゼントがあります。
それはいったい何でしょう?」
「・・・・!!」
落下していくユーウェインの中で、ドロテアと交戦していたナイトメアの不発弾を思い出したモニカは己の最期を悟った。
響き渡る轟音が戦場を支配すると同時に、アルカディアが宣言する。
「ナイトオブトゥエルブ、モニカ・クルシェフスキーを討ちとった!!残るは一人っ!!」
「モ、モニカがやられただと・・・貴様ら、どんな汚い手を使った!!」
ドロテアが叫ぶが、アルカディアは無感動に応じた。
「戦場に汚いも何もないわね。あんたら戦争したくてやってるんだから、どんな死に方しようと文句言ってんじゃないわよ」
そう言うとC.Cから受け取ったエナジーフィラーを交換したアルカディアは、ドロテアを討ちとるべくC.Cと共に再び空へと飛んで行く。
「・・・やられたね」
アヴァロン内でドロテアの通信機から内容が耳に届いたシュナイゼルは、全てが最初から仕組まれていたものであることを知った。
中華では大宦官達を取り込んでいるとはいえそれでもまだ自らの影響力が薄かったこともあり、太師と星刻以外に目を向けていなかったことが災いしたのだ。
(黎 星刻が婚儀の席であれほど焦っていたし、太師の容体も悪いと信じ込んだのが失敗だったな)
先の太保が死亡したのも大宦官の暗躍だと知っていたシュナイゼルはその前情報と天子の後見人として邪魔な太師をも殺そうと少しずつ毒を盛っていると聞いていたため、老齢であることもあって太師が重い病だとまったく疑わなかったのである。
(ゼロの策は、この大宦官達の本音を放送しそれによって民衆達の決起を促すものだったか。この分では、EUにも放送されているな)
エトランジュを思い浮かべたシュナイゼルは、中華連邦が完全に敵となったことを認めざるを得なかった。
軍とは士官だけで動くのではない。兵士が動かなくては軍として成り立たないのだ。
そしてその兵士達が大宦官を拒否した以上、戦力としてみなすことは出来ない。
よって動くこちらの戦力は実質ラウンズのみ、しかも一人は既に戦死し残る一名もこのままでは人海戦術によって倒されるだけだろう。
「シュナイゼル殿下、私を援護に向かわせて下さい。ラウンズの実力を、中華とゼロに思い知らせてやりましょう!」
ジノがシュナイゼルの前に跪いて申し出るが既に盤面は悪く、チェックをかけられた状態だ。
だがチェックメイトではないのだ、負けないためにはここは引き分けに持ち込むしか道はなかった。
「いや、素直に負けを認めようヴァインベルグ卿。
君の誇り高さは尊敬するが、あのゼロと星刻、さらに藤堂に四聖剣、さらにあの援護に特化したナイトメアが相手ではラウンズといえども二機では分が悪すぎる。
何より君が到着するより先に、エルンスト卿が包囲されてやられるだろうね。
それに、外から聞こえないかな?あの声が」
耳をすませるまでもなくジノの耳に聞こえて来たのは、ブリタニアを罵る中華連邦の国民達の声だった。
「ふざけやがって、ブリタニアがああ!何が怠け者ばかりの国だあのヘアーロールケーキが!!」
「幼い女の子を強引に嫁がせようとしたロリコン皇子を追い出せ!!」
テレビモニターを見てみると、そこには常日頃の父皇帝・シャルルが声高に他国を非難している演説が流されていた。
はっきりと『富を平等にした中華は怠け者ばかり』と馬鹿にしているとしか聞こえない言葉があり、ただでさえ働きたくとも職のない彼らの怒りに火を付けるには充分過ぎたのである。
さらにルルーシュが派遣した中華語を話せる者や中華に知人がいる者が扇動者として入り込んでいることも大きい。
「くっ・・・解りました」
モニカを二機のナイトメアで葬った奴らなら勝つためにやると悟ったジノは、シュナイゼルに従い撤退準備を始めた。
ジノからシュナイゼルから撤退命令が出たと伝えられたドロテアは悔しそうにしながらも、援軍がないと悟った以上無駄死にするだけなのは重々理解している。
破壊されたモニカのユーウェインに小さく黙祷をした後、自身のベティウェアを反転させ、戦場を離脱した。
「ラウンズが敵を前にして撤退とは!いずれこの辱めを晴らしてやる、ゼロ!!」
「ラウンズが撤退していくぞ、ゼロ!追わなくていいのか?」
卜部の問いにルルーシュは構わんと追撃をやめさせた。
「今は中華の混乱を収束させる方が先だ。データも集まった、再戦した時に倒せばいいことだ」
「承知した」
勝利を確信したルルーシュは、声高に宣言した。
その横には空になった輸血用の血液のパックがあり、全てが演技だったことを雄弁に物語っていた。
ちなみにこの司令部にいた団員のうち数人は元劇団員であり、中でもゼロの手当てをしているふりをしていた二人の少女はかつて日本一の名女優しか演じられないという役を争ったという、すなわち日本で1、2を争う女優達だったりする。
「援軍が来た!数億を超える中華の国民達が今、立ち上がったのだ!
中華の民の方々、このたびはお騒がせしたことをお詫び申し上げる。
だがこうでもしなければ、貴国を救うことは出来なかったのだ。
しかし、中華を変えたのは我々ではない!貴方がた一人一人が悪を許さぬと決起し、行動したからこそだ!
天子様は言われた、中華連邦は中華に住む者達全てのものである、と!黒の騎士団はこれに賛同する!
未来は!貴方がた一人一人のものだ!!」
テレビ画面で、ラジオ放送で伝えられた言葉に、中華の国民からは歓呼の声が上がる。
そこに天子が、決意を秘めた声で続ける。
「中華に住む皆さん、私は中華連邦皇帝、蒋 麗華です。
一番先に謝らせて下さい・・・この人達を止められなかったことは、本当に申し訳ないと思っています」
まだ十二歳の子供だから仕方ない、と大部分の者達は理解していたために彼女に怒りは感じなかった。
だが同時に子供が形式的とはいえ国のトップに立つからではないかとも考えたため、この際彼女には退位して貰って有能な官吏などが代表になればいいのではないかとざわめきだす。
しかし、続けられた言葉に皆思わず息を呑んだ。
「私はこれまで、朱禁城の外に出たことがありませんでした。
本当に何も知らなかった・・・国民の人達がどんな暮らしをして、みんながどれほど苦しんでいるのかも全然知らなかった。
だから、今は太師をはじめとする官吏の方々に政治を任せるしかありません。でも、今からでも知っていきたいと思います・・・いつまでも子供じゃいられないから」
「天子様・・・」
放送をじっと聞き入っていた星刻は、既に戦闘が終了したためにまっしぐらに天子のいる飛鳥にとナイトメアを走らせる。
「私に出来ることは少ないです。だから、国民の皆さんにお願いがあります。
私はみんなで仲良く暮らせる国が見たいです。中華連邦を誰もお腹が空かなくて、笑い合える国にしたいのです。
それに賛成してくれるのなら、どうか私に力を貸してくれませんか?」
お願いします、と頭を下げた天子に、中華の国民達の間に沈黙が降りた。
駄目だったか、とうなだれる天子だが、民衆達から上がったのは歓呼の声だった。
「私は天子様を支持する!天子様、万歳!」
「俺もだ!天子様は俺達を奴隷じゃないとおっしゃって下さった!」
「天子様万歳!中華連邦万歳!」
幼い子供の夢物語だと思いはした。
だが、この地獄のような現実にその夢を叶えたいとその幼い子供が震えながらも立ち上がったのだ。
ならばその夢を自分達も見続けよう。
お腹が空かない、誰もが笑い合って暮らせる国。戦火が起こる前までは確かにこの国にもあった光景を、もう一度自分達の手で再現するのだ。
そのためにも、悪夢を産み出した元凶をこの手で葬らなくてはならない。
中華の民衆は我先にと逃走を始めた大宦官達を捕まえては、星刻や太師が派遣した軍へと引き渡していく。
「国とは領土でも体制でもない、人だよ。民衆の支持を失った大宦官に、中華連邦を代表し我が国に入る資格はない」
そう言い捨てたシュナイゼルはすでに彼らを見捨てアヴァロンでブリタニア本国に向けて出立しており、逃げ場などどこにもなくなったことを知った大宦官の顔は真っ青だった。
その頃、飛鳥で洛陽での出来事の報告を受けた天子は、通信回路から聞こえてくる天子様万歳の声に涙を流した。
「エディ・・・私忘れないわ。私を喜んでくれる人達の声を、絶対忘れない」
「天子様・・・」
「洛陽に戻ります。私はあそこでお仕事しなくちゃ」
「そうですね。さあ天子様、御迎えの方が来られたようですよ」
エトランジュが管制室に星刻の乗るナイトメアを飛鳥へ迎えてくれるように依頼すると、すぐにそのナイトメアが飛鳥へと入って来た。
エトランジュと天子がナイトメア着艦場に急いで向かうと、今まさにハッチが開くところだった。
「天子様!!」
ハッチが完全に開くのも待てずに星刻がナイトメアから飛び出してくると、天子は涙を流しながら星刻へと走り寄る。
「星刻!会いたかった!!」
「よくぞご無事で・・・!先ほどのお言葉、お見事でした。これで中華は変われます」
「ううん、星刻や太師父が頑張ってくれたおかげだもの。ありがとう」
「もったいなきお言葉・・・!この星刻、永続調和の契りを持って天子様をこれからもお守りいたします・・・永久に」
「変なの・・・嬉しいのに、私嬉しいのに・・・」
涙を流す天子に、エトランジュは優しく教えてやった。
「涙は悲しい時にだけ出るものではありません。
とても・・・そう、とても嬉しい時にも出るものなのですよ、天子様」
「そのとおりです、天子様。
さあ、涙を拭いて・・・今度は画面越しではなく、民衆の前へと参りましょう」
星刻が天子の前に手を差し出しながら言うと、天子は目を見開いた。
「朱禁城の外には出ましたが、貴女はまだこの国をご覧になってはおられない。
五年前の約束を、今こそ守らせて頂きます」
「星刻・・・!うん!私は中華連邦を見たい。
そして・・・みんなでこの国をよくするの!!」
エトランジュが女王となりブリタニアと戦うと聞いた日、そんなに恐ろしいことをどうしてするのか、怖くはないのかと思った。
だけど今、その理由がはっきりと解った。
(みんなと一緒だったから、エディは怖くなかったんだ)
完全に怖くなかったわけではないが、それでもみんなと一緒なら大丈夫だと思ったから。
天子は涙を拭くと、まっすぐに顔を上げて星刻の手を取った。
外には光輝く太陽が、これからの中華連邦を照らすように上っていた。