第三話 闇夜の密談
月灯りなどない新月の夜、星刻が婚約者と偽って同居しているルチアを伴い太師宅へと訪れた。
名目は最近身体の具合が悪い太師の見舞いである。後見人なのだから具合が悪いのならば頻繁に訪れるのは当然だと言わんばかりに、堂々としたものだ。
「ゼロはまだ来ていないようですね、エトランジュ様」
「はい、黎軍門大人。アル従兄様が迎えに行ったようなので、もうすぐ来られるかと思います」
昼間の出来事で消耗したのか、ぐったりと椅子に座りルチアが作った薬湯を飲むエトランジュに星刻は痛ましげな視線を送る。
「昼間の件、天子様から伺っております。
思い切ったことをなさったと、太師様がおっしゃっておられましたが・・・」
「あのような人を馬鹿にした取引に、応じられません。
しかもその自覚すらないのですよ、本当に恐ろしい・・・!」
ルルーシュからブリタニア皇族としてはあれでも譲歩したつもりだろうと言われたエトランジュは、あまりの感性の違いに唖然とした。
「伯父様達も、それでいいとおっしゃっておりました。
こうなった以上、私の祖国が戻るのはブリタニアの崩壊を持ってしかあり得なくなってしまいましたが、悔いはありません」
「お察し致します。こちらもブリタニアに天子様をやるなど言語道断!
是非とも力を貸して頂きたい」
星刻の台詞にエトランジュが頷くと、アルフォンスのギアスで姿を隠して太師宅を訪れたルルーシュとアルフォンスがギアスを解いて登場した。
「もちろんだ黎 星刻殿!あのような欲にまみれた取引に幼き皇帝を利用するなど、正義に背く行いだ」
「ゼロ!いったいどうやって入って来た?!」
驚き大声を上げた星刻に、ルチアが慌てて彼の上着を引っ張って止めた。
「お静かに!外にいる大宦官の手の者に気づかれてここに踏み込む口実を作るおつもりですの?」
「ルチア殿・・・失礼」
「僕ですよ黎軍門大人。ちょっとトリックを駆使して、太師宅に入って来たんです。
外にいる監視の連中には気づかれてません」
ルルーシュの隣でそう言いながら現れたアルフォンスに、確かに外を監視している連中は全く騒いだ様子がないので、どうやったかは解らないがうまくやったようだと納得する。
「さすがはアルフォンス様、大学で科学を学んでおられただけはありましてよ」
極秘とはいえ会議の場であるので、ルチアは敬称をつけてアルフォンスを呼ぶ。
「メンバーはこれで全員揃いましたね。では、太師様のお部屋へ参りましょう」
椅子から立ち上がって太師の部屋へと歩き出したエトランジュの後ろに全員がついて行くと、そこにはベッドを起こして横たわる太師の姿があった。
「申し訳ありませぬな、ゼロ・・・このような見苦しい姿での会談になり、お詫び申し上げる」
「何をおっしゃいます、お身体のことはエトランジュ様から伺っております。
ご無理をなさらず、ご自愛を。今回の件が成功し大宦官を粛清した暁には、貴方に官吏達の統制を取って頂かなくては天子様がお困りになります」
「ゼロの言う通りです太師様。お気になさらず、楽になさって下さい」
中華連邦の情勢を把握しているゼロを感心しつつ、星刻は太師に歩み寄りながらルルーシュに申し出た。
「なるべく早く終わらせて貰いたい。
太師様のお身体に負担がかかってしまうからな」
「もちろん、私もいつまでも長居をするわけにはいかないからな。では、まだるっこしいことはやめて、結論から言わせて貰おう。
我ら黒の騎士団と中華連邦、そしてブリタニアに虐げられているすべての国々との間で同盟を組ませて頂きたい」
「黒の騎士団だけではなく、他の国々ともだと?!」
ルルーシュの思いもしなかった申し出に星刻が驚くと、既にエトランジュから大まかな話を聞いていた太師が言った。
「超合集国構想・・・先に拝読させて貰ったが、よく出来ておる。
簡単に言えばEUのような連合を組み、ブリタニアに対抗しようということじゃな」
「それは、確かにそれが一番効率的だが・・・可能なのか?」
「出来る!貴殿らの協力があれば、実現する可能性はかなり高いからな」
星刻の疑わしげな声に、ルルーシュは自信を持って言い切った。
そしてルチアが皆に超合集国構想と書かれた資料を配ると、星刻もさっそく目を通して熟読する。
「我が中華連邦の蓬莱島に本部を造り、反ブリタニア国家および亡命政権などの国々を中心として連合国家を造り、相互に助け合う・・・それはいいが、この国家としての軍事力を放棄するとはどういうことだ」
「見ての通りだ。超合集国は各国が固有の武力を放棄し、その上で加盟して貰う」
「・・・そして黒の騎士団にその戦力を組み込み、一つの軍隊とする、か」
各国家が武力を永久に放棄する代わりに、人員・資金提供を条件にどの国家にも属さない黒の騎士団と契約し、黒の騎士団が安全保障を担う。
これは烏合の衆と化する各国家の軍隊の連携不足の問題を解消し、また武力を一つにまとめることでブリタニア戦後各国が争わぬようにするためでもあるという。
「中華にとっても大宦官どものせいとはいえインドや他の地域で紛争していた背景がある以上、悪い話ではないはずだ。
何しろ殆どの国に超合集国に加盟して貰うつもりなのだから、ブリタニアという敵国もある以上中華に矛先が向くことはない。
今中華と揉めているインドにも独立を認めて貰いたいのだが、その場合結局は超合集国という同じ枠に入るのだから、無駄な争いを回避して同じ結果を得られるだろう」
「なるほど。では本部を蓬莱島にしたのはどういうつもりだ。
黒の騎士団発祥の地である日本に置いた方がいいのではないのか?」
「日本は島国だ、交通に向いているとは言えない。
その点蓬莱島は大陸にあるから便利だし、輸送などについても有利だからな」
島国では防衛に便利な時代もあったが今は航空機も発達しているので、いざという時簡単に孤立してしまうという欠点がある。
それを思うと大陸にあり、人口の多い中華に本部を置く方が何かと安心出来るのである。
「我ら黒の騎士団はあくまでも超合集国の依頼を受けて安全保障を請け負うという形になる。
つまり黒の騎士団本部をいずれ解放する日本に置き、超合集国本部を蓬莱島に置くというのがベストだと考える」
「そうなれば中華は本部建設のための工事を行い国民達に職を与えることが出来るし、周囲の国々の者が集い来るので国際都市として発展することが可能になる。
出費はそれなりにあるが、充分それを補って余りある利益は見込めそうじゃのう」
ルルーシュの計画に老いたとはいえかつては要職にあった太師はすぐに理解した。
「大宦官どもの資産を差し押さえれば、蓬莱島工事の費用はむろん当面の国民達の生活についてもめどが立つとの試算もある。
何よりブリタニアのみを相手にして今後の天子様を守る壁が出来るよい策じゃとわしは考えておるが・・・皆はどうか?」
「理屈は解りますし、そうなれば平和のためにも大変良い策でしょう。
しかし、そのためには各国を守る武力となる黒の騎士団の実力を示さなくてはなりません。コーネリアに苦杯を呑ませただけでは、とても信用はされないでしょう」
星刻の言はもっともなものだった。
ブリタニアの恐怖から解放出来るという確固たる実績がなければ、黒の騎士団がブリタニアから解放した後の国々を超合集国に組み入れて保護し、守っていくという宣伝が使えないのだ。
「もっともな意見だ。ゆえに私はここに宣言する!一年以内に、日本を解放してみせると!
それを持って超合集国日本の成立とする!」
自信をみなぎらせてそう宣告したルルーシュに、事情を知っているマグヌスファミリア以外の一同は一年以内という短さに驚いた。
「一年、だと・・・そんな簡単に・・・」
「既に手配は終えてある。
今も着々と準備は進んでいるのだが、ブリタニアに貴国の力を得られては非常に困るので、先に話して協力を仰ぐことにしたまで」
確かに青写真を語られるだけよりはゼロが日本を解放したのちに超合集国を設立すると宣言したほうが、星刻もその実力を信頼して参加を前向きに考えたことだろう。
だが予想外に早くブリタニアが中華連邦を取り込むべく政略結婚を画策したため、計画を前倒しにして動かざるを得なくなったのだ。
「ふっ、星刻よ、貴殿もまた奇跡が必要か。
ならば私が見せよう、この中華が変わりゆく奇跡を!
まずはブリタニアと天子様との政略結婚・・・それを破壊してご覧にいれよう」
星刻がゼロの実力を目の当たりにしたことがない上、素顔を晒さぬ相手に懐疑的になるのは仕方がない。
ならば黒の騎士団の初期メンバーの時のように、奇跡を起こしてやる。
自信たっぷりにそう宣告するルルーシュに、星刻はそこまで言い切るからにはやってみろと言いかけた刹那、ずっと話を聞いていたエトランジュがおずおずと口を開いた。
「ですがゼロ、中華を貴方を含む黒の騎士団が介入して革命が成功すれば、天子様はどうなります。
結局後ろにいるのがゼロに変わっただけのただのお飾りと侮られてしまいます」
「!!」
エトランジュの指摘を受けて、星刻はその危険性に気付いた。
そう、ブリタニアとの政略結婚を潰すだけではなくそのまま中華をゼロの主導で改革してしまえば、天子はただの中華の象徴の操り人形と周囲に受け取られてしまう。
天子に忠誠を誓う者はいることはいるが、それは彼女がいずれ国をよくしてくれると信じているからこそだ。
しかし彼女が成長するよりも先にゼロがそれを成し遂げてしまえばどうなるか、火を見るより明らかである。
今ゼロは中華を改革する奇跡を見せてやると断言した。
それが成れば実質中華はゼロの支配下に入ることになる。
超合集国の構想を見れば人口比率によって投票率を決めるとあるので、ブリタニアを除いては世界一の人口を誇る中華の協力が是が非でも得たいのだと星刻も解っている。
「むろん私とてむやみに介入して中華の反発を招きたくなどないが、我々が信用ならないというならこの手しかございませんエトランジュ様。
中華の国力をブリタニアに渡すことは何としても止めなくてはならないのは、貴女もよくご存じのはずです」
ルルーシュの気は進まないが仕方ないと言う言葉に、エトランジュがならばと双方に向かって提案する。
「ならば利害が一致している天子様とオデュッセウスとの婚儀を壊す計画だけは協力して行うというのはいかがでしょう。
黎軍門大人にとっても、ゼロの真価を推し量れるよい機会なのでは?」
エトランジュの折衷案に星刻はそれならばと提案を受け入れることにした。
ルルーシュも異存はないと同意を受けて、天子の政略結婚に関することのみは互いに協力して行うことが決定する。
「確かに、エトランジュ様のおっしゃるとおりだ。ゼロの手腕、ぜひともこの目で拝見したい。
その盟約、我が名をもって結ばせて頂こう」
星刻は中華連邦の今後についてある程度の展望があり、その中でもインドなどの中華が現在介入している地域についても今後の立て直しのために必要だと考えていた。
ゆえにゼロがインドの独立を求め、さらに一年以内に日本を解放するという大言壮語に逆に不審を抱いたのだ。
しかしエトランジュが指摘したとおり、万が一にも自分達が介入しないままにゼロだけが大宦官を粛清して中華を改革すれば、最悪天子はそのまま体よく放逐されてしまう可能性がある。
仮にも正義の味方を自称している以上、孤児としてどこぞへ放り出すなどということはしないかもしれないが、それでも天子は身分がなくなればただの身寄りのない孤児も同然である。
(今後を考えれば、天子様が中華を治める皇帝として国民に認めさせて統治して頂くほうがいいに決まっている。
そのためにもむやみに紛争を続けるよりは、単純にブリタニア一国だけを同盟国全てで相手に出来る超合集国のほうがいい)
だがそれはあくまでもゼロの手腕がどこまで出来るかにかかっている。
星刻の表情からそんな彼の思惑を読み取ったルルーシュは、さっそくに星刻に切り出した。
「その盟約、確かに結ばせて貰った。ではさっそく、協議に入らせて頂こう」
監視の網がかかっている自分達には、そう頻繁に密談が出来ない。
数少ない機会の間に、出来るだけ完全な計画を練って連携を取っておかなくてはならないのだ。
「既に計画は私が考えてある。大まかにだが説明させて貰う」
ルルーシュがそう前置きしてブリタニアとの政略結婚を潰しつつ大宦官を粛清する計画を語ると、星刻と太師は大胆な計画に目を見開く。
「天子様を婚儀の式でゼロが連れ出し、その後立て篭もった地にてブリタニアと中華と交戦して劣勢に見せかける。
その隙に大宦官どもとの通信を国民に流し、彼らの悪虐ぶりを見せつけることで民衆達に決起を促す、だと・・・!」
「そうだ、人は自分が勝利を確信すると、どうしても気が緩んでしまうものだからな・・・そこで会話を誘導して本音を喋らせる。
それを国民達に流せば確実にそうなると、私は見ている」
「確かに、そうなるじゃろうのう・・・ただでさえ不満がくすぶり火種は充分過ぎるほど国内のあちこちに転がっておる」
太師が呻くように言うと星刻も納得したが、天子を誘拐するというゼロをじろりと睨みつける。
「だが、この計画では私はお前達と交戦するために朱禁城に残らなくてはならない。
その間、天子様をお前達に預けろと?」
「そうなるな。
貴殿が指揮しなくても我が軍と適当な加減で戦闘を行えると言うのなら、貴殿が黒の騎士団が立てこもる場所へ来て貰っても構わないと言えばそうなのだが・・・」
「私の天子様への忠誠は連中もよく知っている。細工が目立つという訳か・・・」
実はこの計画、星刻の協力がなくても実行可能なようになっている。
ただその場合交戦した際にこちらの被害が大きくなる可能性があるため、出来れば彼の協力が欲しかった。
こうして協力を得られた以上その面での心配はなくなったが、星刻が天子が誘拐されたというのに一向に姿を見せなければ真っ先に彼がゼロに協力していると考えられるのは明白だ。
「この計画は、貴殿が我らと組んでいることが大宦官やブリタニアに悟られないことがもっとも重要な要素だ。
バレれば貴殿が天子誘拐の共犯として奴らに処断される格好の材料になるからな。そうなれば貴殿の腹心が軍を指揮していても、すぐに指揮権を剥奪されるのは目に見えている」
理屈は解るが、だからと言って天子を自分の目の届かぬところにやるのはと難色を示す星刻に、アルフォンスが提案した。
「何も黎軍門大人自らが来られなくても、貴方の信頼なさる方をこちらに送ってくれればいいんじゃないですか?たとえばあの女性士官の方とか」
「周 香凛、ですか?確かに彼女なら天子様をお任せ出来るが・・・」
逆を考えたアルフォンスの案に、星刻は考え込む。
「どうせ戦闘はこっちとの打ち合わせの上行う台本劇のようなもの、それなりの人数を天子様の護衛に当ててもさして不都合はないと思いますね」
「ふむ・・・それならば、こんな案はどうじゃな?」
何か考え込んでいた太師がその計画に便乗する形で天子の君主としての威光を高める策を提案すると、ルルーシュと星刻は驚いた。
「・・・なるほど、伊達にお歳を召して修羅場をくぐってはおられませんね太師殿」
「出来るだけ天子様には実績を作って差し上げておきたいでな。
あまり綺麗なやり口とは言えんが、政権を科挙組に円滑に移すにも効果的じゃからのう。
・・・あの方には、少しずつ政治の闇の部分や汚れた手段も知って頂かねばならぬ」
軽く咳き込みながら重々しく語られた太師の言葉に、星刻は覚悟を決めた。
「いいだろう、至急人選を行いそちらに私の信頼が置ける者を送ろう。
香凛をはじめとする二十人ほどになるが、構わないな?」
「むろんだ、むしろ協力者が大勢いるのはありがたい」
香凛は喪中と称して長期休暇を取らせ、他の者達は出張や左遷という形で離れて貰えばごまかせるだろう。
大枠の計画が決まると、すぐに細々とした打ち合わせに入った。
エトランジュとアルフォンス、ルチアを介しての連絡手段などの相談を終えると、既に三時間が経過していた。
「決行は天子様とオデュッセウスの婚儀の日だ。
朱禁城への突入経路はこちらで自力で確保しておく」
「それはいいが、どうするつもりだ?」
早い段階から星刻を介入させるとそれだけ彼がゼロと関係していると悟られると言うゼロに星刻は納得しつつも、あの警備が厳重な朱禁城にどのようにして侵入するつもりか疑問に思った。
「警備を担当している武官の韓弦と大宦官の弱みを握ってある。
利用するだけしてこちらで処分しておくが、構わないな?」
もちろんギアスを使って警備隊を操り突入経路を確保する予定だが、それを口にするわけにはいかないのでそう取り繕う。
もともと警備担当の韓弦は大宦官の元で軍の予算を横領をしてはその金で酒池肉林に明け暮れている男だったので、星刻はむしろやってくれとばかりに承諾した。
こうして話がまとまると、まず先に星刻達が帰宅しその後でルルーシュ達が引き揚げることになった。
太師とエトランジュに一礼して部屋を出た星刻とルチアの後をルルーシュが追って来たので、廊下で星刻はまだ何かあるのかと振り向いた。
「どうかしたか、ゼロ?」
「天子様を私達が連れ去る際、貴殿が無反応だったりもしくは大げさな演技などをされては困るので、少し釘を刺そうと思ってな」
ルチアも星刻に演技力は期待出来そうにないと考えていたので非常にもっともだと思いはしたが、だからと言って天子付き武官の星刻を婚儀の警備に向かわせないわけにもいかない。
「た、確かに私は演技は苦手だが・・・」
「ゆえに私が、その演技の秘訣を授けておこう」
ルルーシュはそう言うと仮面の左目部分をスライドさせて赤く羽ばたく翼が刻まれた瞳を露にすると、星刻に命じた。
「貴殿は作戦開始から私の作戦終了の合図があるまで、今宵の密約を忘れろ」
「・・・ああ、そうしよう」
その命令が耳に届いた星刻が赤く眼を縁取らせて聞き入れたことを伝えると呆然とした顔になったが、すぐに我に返った。
「・・・う、私は何を・・・?」
「お疲れのようだな、星刻殿。お身体のこともあるというのに、お引き留めして申し訳なかった」
「あ、ああ、そのようだな。何の話をしていたのだったか?」
「婚儀の間だけ今宵の密約を忘れたつもりで振舞って欲しいと言いに来ただけだ」
「ああ、解った。少々自信がないが、やってみるとしよう。では、失礼する」
星刻がルチアと共に太師宅を出たのを見送ったルルーシュは、うまくギアスをかけられたことを確認して仮面の下で条件がクリアされたことに満足の笑みを浮かべた。
《ルルーシュ様のおっしゃった通りになりましたね。
これでお互いに信頼関係が出来れば、超合集国連合もスムーズに行くかもしれません》
ギアスでうまくいったことに安堵の声で語りかけてきたエトランジュに、ルルーシュも頷く。
《ブリタニアと戦える国家連合とEUとの間で同盟が成れば、これほど強力な反ブリタニア包囲網もありませんからね。
万が一EUが親ブリタニアに傾いても、マグヌスファミリアは超合集国が保護いたしますのでご安心を》
実はエトランジュ達が超合集国創立に積極的に協力したのも、そのことを危惧したが故だった。
もしそうなった場合マグヌスファミリア国民やポンティキュラス王族はEUからブリタニアに引き渡される可能性が高いので、そうなる前に新たな避難先として超合集国があればいいと考えたのである。
《中華ならば二千人くらいならすぐに保護が可能です。
百万人でも大丈夫なほどの国土がありますからね・・・最悪の事態は常に考慮しておかなくては》
《シュナイゼルがEUであれこれ動いているようですので、あり得ないと言いきれないのが恐ろしいですけどね》
《婚儀は一週間後です。それまでに朱禁城への突入経路を確保しておかなくてはなりませんので、ご協力をお願いいたします》
《ああ、C.Cのアイデアだったっけ?別にいいよ》
アルフォンスは楽しげに承諾したが、ルルーシュはあまり気が進まなそうである。
《全く、あいつの策はろくなものがないが・・・あまりことを荒立てずに済むならそれに越したことはないから仕方ない》
《じゃ、時期を見計らってやるとしますか。衣装とかは用意してあるから、近くにとってあるホテルに集合ね》
《了解しました。では》
ギアスで打ち合わせを終えたルルーシュは太師の部屋に戻り辞去する旨を伝えると、彼は咳き込みながら言った。
「星刻は悪気はないがまだまだ先走る所があるので、どうかその辺りを指導してやって貰いたい」
「ああいう男は嫌いではありません。
彼とはよいお付き合いをしていきたいと思っておりますので、太師様もぜひに彼とともにご協力頂ければと存じます」
太師が頷くとルルーシュは太師に一礼し、アルフォンスを伴って退室した。
(これでこの件が成れば、天子様をお守りして中華をブリタニア以外からの国と干戈を交えさせずに済む。
超合集国連合で中華の立場を上にするためにも、まだまだわしは生きねばならぬ)
科挙組は純粋に国を思ってはいるが年若く理想ばかり高い者が多い。それは自分もその年代の時はそうであったから気持ちは理解出来るのだが、その分融通が効かないところがあるのだ。
ゆえに彼らが現実を知り成長し天子を的確にサポート出来る力を身につけるまで、自分が彼らを教導していかねばならない。
(そのためにも、手段は選べぬ。エトランジュ様も思惑あってのこととはいえここまで協力して下さったのじゃから、わしも覚悟を決めてことに臨もうぞ)
太師は力強く寝台から立ち上がると机の引き出しを開けてルチアから手渡された薬を見つめ、いつでも飲めるようにと大事そうにピルケースに納めるのだった。
天子の婚儀の前日、ルルーシュ達は朱禁城への突入経路を確保すべくC.Cの作戦に従って行動を開始していた。
朱禁城の守備部隊の長である韓弦に昨日のうちに旅芸人として渡りをつけた一行は、血税を使って天子の婚儀の前祝いと称した宴に招かれることに成功したのだ。
久々にアルカディアに変装したアルフォンスはステージ衣装を纏って手品を披露し、C.Cも美しく踊って酒に酔った武官や大宦官をしたたかに惑わせて油断を誘う。
「美しい」
「何と妖艶な舞いよ、特に緑の髪の方」
「いやいや、私は赤い髪の見事な奇術もさることながら、美しさも素晴らしいと思いますな」
好き勝手に好色な視線をぶつけられてアルカディアは内心気分が悪かったが、任務だと言い聞かせて一流とはいえないまでもそれなりに本格的な手品や大学時代に友人から教わったダンスを披露していた。
一方、そんな視線に慣れっこの上にどうすれば男が鼻の下を伸ばすかをよく熟知しているC.Cは、頃合を見計らってアルカディアに目配せした。
「前座はこれで終了ですわ、韓弦様。お楽しみ頂けましたでしょうか?」
「眼福眼福、見事な舞と奇術であったぞ、二人とも」
ほろ酔い気分で機嫌よく手を叩く韓弦に、アルカディアは鳥肌が立つのをこらえて妖艶に笑みを浮かべる。
「光栄でございますわ、韓弦様」
「しがない旅芸人に過ぎない私達が、まさか首都洛陽の守備隊長様の前で踊らせて頂けるなんて」
C.Cも素晴らしいプロポーションを惜しげもなく披露すると、アルカディアも目的が目的なのでコルセットでいつもより美しく体型を整えた身体をさりげなく見せつけるようにして籠絡にかかった。
「天子様とブリタリア王子と結婚と聞き及び、はるばる洛陽まで参った甲斐がありましたわ。
まさかこんなご高名な武官様にお呼び頂けるなんて・・・まるで夢のようです」
実際はこんな肥え太った男に気持ちの悪い視線を投げつけられているアルカディアは悪夢でも見ているようだと思ったが、それをおくびにも出さずに褒めちぎると真に受けた韓弦は得意げに誘った。
「二人ともどうだ?旅芸人などやめて、わしのところに留まるつもりはないか。
根なし生活よりも、はるかに良い暮らしをさせてやろう」
よし来た、とC.Cが目を光らせると、さっそく仕掛けの一言を紡ぐ。
「姉も一緒なら」
「姉、とな?」
「はい、私達の姉でございます。ね、アルカディア?」
「はい、私どもなど足元にも及ばない、優れた踊り手ですわ。
もうまさに立っているだけでもいいと言われるほどの美貌を持っていらして、姉様がいらしたら私どもなんて相手にされないと思うと怖いくらいです」
過剰な美辞麗句を並べたてるアルカディアに、C.Cは視線でよくここまで言えるなと呟いた。
「その通りです。その美しさは恐らく大陸随一」
「その声はまるで魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほどですの」
あながち嘘ではないアルカディアの台詞に、一同はそれならぜひとも見てみたいと欲望に目を光らせた。
「韓弦様もきっと気に入られますわ」
「ほう、それは興味深い」
「実は、連れて来ております。舞いをご披露しても?」
もったいぶったC.Cに惑わされた韓弦は一も二もなく頷いて、凶悪極まりない狼を招き入れてしまった。
「よかろう、楽師ども」
韓弦の指示で楽師達が奏でた音楽に合わせ、長い黒髪のウィッグをつけて平坦な胸をフォローするようにラインを強調した紫色の衣装をまとい装飾をつけたルルーシュが現れた。
堂々と足を進めて現れた美しい踊り子に、中身を知らぬ武官達は色めき立つ。
「おお、これは・・・」
「美しい・・・」
先ほどの娘達の言は大げさだと侮っていたが、なるほどと武官達が囁き合う。
「お姉様、韓弦様に踊りを」
「お姉様の美声を、ぜひお近くで聞かせて差し上げて」
やっとこの苦痛から解放されるとアルカディアはさっさとカタをつけて貰おうと、ルルーシュを韓弦の前まで誘導する。
ルルーシュが韓弦の前までやって来ると、そのまま黙ったルルーシュに韓弦が猫なで声で言った。
「ん?どうした?緊張することはないぞ」
「お初にお目にかかる、洛陽の守備隊長殿」
傲岸不遜な低い声に、目の前の美女が男だと悟った武官達がざわめき出した。
「男だと?バカな」
「しかし、今の声は確かに」
「つまみ出せ」
男など愛でる趣味のない武官達が動き出そうとするが、それを止めたのは意外なことに韓弦だった。
「まあまあ、待て。わしは美しいものが好きだ、性別などという小さなことにはこだわらぬよ」
「げ・・・ちょっと早くその・・・!」
女装は好きだが男に、しかも脂ぎった中年男に言い寄られる趣味などないアルカディアがこっちに目が向く前にと心底から気持ち悪そうにルルーシュにつけられたヴェールを引っ張り早くと急かすが、ルルーシュは余裕たっぷりである。
「両方ともいける口というわけか」
「そちは我が中華連邦の者ではないな。ロシアか、それともタールキオ・・・」
「日本からだ」
ルルーシュの返答に、酔いが覚めたかのように武官達が騒ぎ出した。
「なんと?エリア11ではなく、日本!?」
「黒の騎士団か?」
「何をしに来た?」
明らかに東洋人ではない者達が日本と口にしたことで、どこに所属しているかを考える程度の思考はあったらしい。
さすがに韓弦も危険を感じたのか、息を呑んでルルーシュ達を睨みつける。
「この中華連邦には、あの男を倒すための武器が二つある。
一つは戦力、日本一国では、強大なブリタリアと戦うには不足だからな」
「なに?」
中華を支配してブリタニアと対抗する気かとあながち間違いでもない推測を巡らせた韓弦に、C.Cが続ける。
「もう一つは、ギアスのルーツ」
「ああ、今以上に敵を知り、己を知らなければならない。
現在は嚮団なるものが占拠しているという遺跡を、我が手に納めなくてはならないからな」
「何だ?お前達、何を言っている?」
三人にしか解らない会話を交わされて不快そうに怒鳴る韓弦に、手早く済ませるかとルルーシュはアルカディアいわく“魔力を持っているかのようで、殿方はその言葉にメロメロになってどんなお願いでも聞いてしまわれるほど”の声を発した。
「洛陽守備隊長韓弦、大宦官に取り入り権力を貪る、人々に重い通行税を課す、腐れ役人の親玉が!」
ルルーシュ ヴイ ブリタリアが命じる!貴様は豚だ!永遠に言葉を失い、家畜として暮らすがいい!!」
「え?」
アルカディアがこいつ何でこんな命令をしたのかと驚いたが、既に時遅し。
絶対遵守のその命令を聞き入れた韓弦らは床に這いつくばり、ぶうぶうと聞くに堪えない鳴き声を発している。
「貴様らにはそれがお似合いだ」
「ふふ・・・星刻との間に、打ち合わせは済んでいるんだろう?」
C.Cが残された食事を軽く摘みながら尋ねると、ルルーシュが頷く。
「立てこもる天帝八十八陵には、既に香凛士官を始めとする天子の護衛部隊がいる。
後は天子をあそこへ連れて行き、星刻と交戦するだけだ」
星刻の傍にはエトランジュとリンクを繋いだルチアがいる。よって彼女を通じていくらでもリアルタイムで情報と指示のやり取りが可能なのだ。
「それは結構なんだけど・・・こいつらどうする気?」
アルカディアが人の姿をした豚と化した武官達を何とも言えない目で見つめながらルルーシュに問いかけると、ルルーシュはあ、と己の行為のまずさに気がついた。
「天子様の婚儀までもう少し時間あるし、それまでこいつら行方不明にすれば怪しまれるわよ。
きっと他の守備隊長が派遣されるだろうし、殺すにしても死体の始末が面倒よ?」
それなりの地位にいる隊長に連絡が取れなくなったら、代理が来るのは当然である。
しかも現在はエトランジュが中華におり、彼女の背後にはゼロがいることをシュナイゼルも知っている。
彼女との和議が不発に終わったことからゼロが天子とオデュッセウスの婚儀で何か仕掛けてくる可能性があると、警備を強化する指示が出たという情報もある。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
重い沈黙が部屋を支配した。聞こえてくるのは武官達の発する鳴き声だけという異様な光景である。
「何で普通に自分に従えって命じなかったのよ。
永遠に家畜として暮らせって命じちゃった以上、こいつらずっとこのままよね?」
ルルーシュのギアスはたった一度しか相手に命令を与えることは出来ないが、代わりに期間をこちらで指定すればその間は効果が持続出来る。
ゆえにルルーシュが“永遠に”と指定してしまった以上、この命令は永続的に彼らに作用してしまうことになるのだ。
「・・・代理となる副隊長の男にギアスをかけて、中から扉を開けさせよう」
「二度手間だな。ま、お前のうっかりのせいだが」
ルルーシュの策にC.Cが事実を述べると責任を取って自分でするからいいと広間を出て行ってしまった。
「外にいる藤堂達には、もう少し待って貰うことになりそうだな」
日本から呼び寄せた藤堂達は昨日のうちに既に洛陽に入っており、花嫁誘拐作戦に協力して貰うことになっているのだ。
「それはまだ時間の余裕があるからいいとして・・・こいつらどうしよう?」
アルカディアは大きく溜息を吐きながら、未だにぶうぶうと鳴き這い回る武官達を眺めていらぬ思案を巡らせるのだった。