第二話 青の女王と白の皇子
翌朝、太師宅から自宅に戻った星刻が起きて居間に出ると、そこにはゼロや黒の騎士団員を案内してきたルチアが自分のために薬を調合してくれていた。
「おはようございます、ルチア殿」
「おはようございます黎軍門大人。お薬が出来ておりましてよ」
ルチアがそう言って薬を差し出すと、彼はそれを受け取って食事を始めた。
「貴女が来て下さってからというもの、身体の様子がとてもいい。
ブリタニア人に、こうも我が国の薬をうまく扱える方がいるとは想像していなかったな・・・感謝する」
「・・・ランファーから受け継いだだけですわ。
本来ならこの技術は、わたくしではなくエディ・・・エトランジュ様が受け継ぐはずでした」
エトランジュの母ランファーは鍼灸師だが、漢方薬などを扱う資格も同時に持っていた。そしてその知識を、“他人の能力を他者に移すギアス”を持つエリザベスを介してルチアに渡したのである。
「伺っている・・・エトランジュ様はもともと王位を継ぐはずではなく、あの方が継ぎたかったのは母君の職であると。
いずれ我が国に留学したくて、そのために中華国語を学んでおられたとか」
「ええ、一度わたくしに能力を渡して、それをあの子が成人した際に譲り渡して欲しいと頼まれたものですの」
まさかまんま能力の譲渡だとは想像すらしていない星刻は、それを『ランファーが亡くなる前に鍼灸や漢方薬に関する知識をルチアに教え、それを成人したエトランジュに教えて欲しい』ということだと解釈した。
「そうか・・・ご自分でお教えしたかっただろうから、ランファー様もさぞ心残りであったろうに」
「・・・ええ」
本来ならば十五歳になった今約束通り渡すはずが、自分が持っている方が何かと有利なはずだと言ってエトランジュの方が拒否してしまった。
確かにその通りだが、他にも理由があると悟ったルチアが探りを入れて事情を知り、彼女が納得するまで預かっておくことにしたのだ。
「それはそうと、エトランジュ様は今日も天子様と?」
「あの方がおられると、天子様もずいぶんとご安心される。
オデュッセウスやシュナイゼルからも引き離しておける、絶好の口実にもなるからな」
初めこそはそんな直接的な物言いは避けていた星刻だが、当のエトランジュがあっさり自分を口実に使ってあの二人から天子様を引き離して下さいと言い切ったので、星刻も少し毒されてきたようだ。
「それは結構ですこと。
天子様の方はそれでよろしいでしょうけれど、肝心のオデュッセウスやシュナイゼルの動きを攫まなくてはいけないのではなくて?」
「大使館のほうに網を張れないかとも思ったが、難しいな。その辺りを含めて、ゼロの意見も聞きたいものだ」
「お伝えしておきましてよ。あら、もうこんな時間・・・・!
はい、こちらが昼食のお薬で、夕食のお薬ですわ。あと発作用のお薬も新しく造りましたので、絶対手放さないで下さいませね」
夫婦よろしくルチアが薬の入ったケースを星刻に手渡すと、彼はそれを腰に下げている袋に入れた。
中華では独身の男の家に女性を入れることはマイナス評価になるため、実はルチアは表向きは星刻の婚約者として堂々と彼の家に住み込んでいる。
一人女性がいると使用人やメイドを複数雇ってもおかしく思われないので、職がなく困っている者を雇い入れたりしてほんの少しでも人助けをしていた。
そしてそんな彼女達も星刻に感謝し、街の様子の情報を仕入れたりこっそりと反大宦官達のグループと連絡を取ったりして貢献していた。
こういう小ずるい策動に星刻はまるで思い至らない堅物なので、その方面でもルチアは彼をサポートしている。
星刻はルチアにゼロとの会合についていくつか確認した後、朱禁城に出仕した。
朱禁城に着いた星刻は、まず天子の住む宮に入って天子に膝をついて挨拶するのが日課である。
「おはようございます天子様。ご機嫌麗しく、何よりにございます」
「星刻!おはよう!」
身なりを整えた天子が、女官から離れて彼の元に走り寄る。
「太師父が今日もエディと一緒に授業をしてくれるんですって。
休憩時間に折り紙を教えてくれるって言ってくれたから、とても楽しみなの!」
「それはよろしゅうございましたね、天子様」
「折り鶴を千羽折ると、願いが叶うっておまじないが日本ではあるそうなの。だから星刻も協力してくれる?」
「もちろんですとも天子様。では私もやり方をエトランジュ女王陛下から教わるといたしましょう」
「ありがとう星刻!」
周囲に同学年の少女がいない天子は、生まれて初めて出来た友人が毎日のように朱禁城に来てくれるので非常に明るくなった。
エトランジュも天子に向いた物語を語ったり遊びを教えてくれたりするので、ここのところ天子の住む宮からは楽しげな声が響いている。
星刻が朝議に出る天子を朝廷まで送っていくと、大宦官達が出迎えた。
「おはようございます天子様。本日もご機嫌麗しゅう」
ほほほ、と気持ちの悪い笑みを浮かべる大宦官に、天子は先ほどまでの笑みが嘘のように消えた。
「おはよう、趙 皓」
「今宵はオデュッセウス殿下との会食を予定しております。
あの方もいろいろと天子様にお気を使って下さっておいでなのですから、ご無礼のなきように」
「そんなの、私は聞いていないわ」
「政は我らにお任せを。いつもそうしてきたではありませぬか」
天子の泣きそうな顔など無視して、強引に婚儀を進める意図が見えた星刻は思いきり連中の顔を殴り倒したい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて天子に言った。
「天子様、朝議のお時間に遅れてしまいます。どうぞお急ぎを」
「・・・ええ、解ったわ」
天子が大宦官の横を通り過ぎて謁見の間に入っていくと、大宦官は星刻に向かって厭味ったらしく言った。
「分をわきまえよ星刻。しょせんお前は武官、我らに逆らうなど考えるでないぞ?」
「ブリタニアと縁を結べられれば、この中華連邦の未来も安泰というもの・・・ほほほほ」
(お前達の未来が安泰の間違いだろうが・・・!この豚どもがっ・・・・!)
「・・・だとよろしいのですが。では、私は仕事がありますので、失礼します」
手をぎりぎりと音が鳴るほど握りしめて屈辱に耐えながら、星刻は軍務の前に気晴らしするべく、鍛錬場へと向かい複数の訓練用の案山子を真っ二つにしたのだった。
天子にとってはただ玉座に座っているだけの朝議が終わると、彼女は宮に戻り太師について勉強をしていた。
午前の授業は教養の時間で、行儀作法や詩などを学ぶものだったのでエトランジュも参加出来る。
「はい、結構ですお二方。やはりご学友がおられますと違いますなあ」
一人で授業をするのとは段違いの進み具合に、太師は満足そうに教本を閉じた。
比較対象や自分とは違う思考をする人間が傍にいることで、新たな発見をする。学びには友人が隣にいるべきなのだと、太師はつくづく実感した。
「お疲れ様でした。さあさあ、昼食を摂られた後は算術と経済についてお話しましょう。
昼食が出来るまで、まだしばらくかかるようです。あずま屋でお待ち頂くというのはいかがですかな、天子様」
太師の提案に天子は頷き、エトランジュの手を引っ張ってあずま屋まで連れて行く。
「こっちよ、エディ。あそこの池には、お魚がいるの!」
「あら、それは楽しみです」
二人があずま屋の池の近くに並んで立つと、池の上に蓮の花が浮かんでいるのが見えた。そしてその間を、魚がすいすいと泳いでいる。
「蓮葉 何ぞ田田たる 魚は戯る 蓮葉の間に 魚は戯る 蓮葉の東に・・・」
先ほど習った詩を見事な発音で歌いだしたエトランジュに、天子も笑顔で唱和する。
女官達もそんな微笑ましい様子をそっと見守っていると、いきなり現れた人影に声を上げた。
「な、何者です?!ご来客など聞いておりませんよ、お下がりなさい!」
女官の金切り声にエトランジュと天子が歌を止めて振り向くと、そこにいた人物を見て息を呑んだ。
「これは失礼を・・・実は大宦官の趙 皓殿にご案内して頂きまして」
柔和な笑みを浮かべて驚き慌てる女官の頬を染めたのは、淡い金髪の青年・・・シュナイゼル・エル・ブリタニアだった。
いきなりの登場に驚いたエトランジュは、慌ててルルーシュの間にリンクを開く。
《ルルーシュ様、ルルーシュ様!シュナイゼルが天子様のところに現れました。
どうすればよろしいでしょうか?》
《何?!天子様に甘言を吹き込むつもりか・・・いや、もしかしたら貴女にもということも考えられます》
相手の出方をまず見て欲しいとルルーシュが指示を出すと、エトランジュは天子を抱き寄せて天子の耳元で中華語で囁いた。
「天子様、落ち着いて下さいな。まずはシュナイゼルの用件を聞いてみましょう」
「解ったわ。でも、怖い・・・!」
ぎゅっとエトランジュにしがみつく天子の手を撫でながら、エトランジュはシュナイゼルを案内してきた大宦官・趙 皓に尋ねた。
「あの、趙太監。天子様に急なご用事でもお出来になったのでしょうか?」
太監とは宦官に対する呼称のことだ。
趙 皓はほほと笑みを浮かべると少し遅れてやってきたオデュッセウスに視線を向けながら言った。
「実は予定を変更して、お昼の会食をということになりまして・・・」
「そうですか。天子様とご一緒したかったのですが、残念です」
真に残念なのは自分にそれを掣肘出来る力がないことなのだが、予想に反して趙 皓が言った。
「いえいえ、是非にエトランジュ陛下もご一緒にとオデュッセウス殿下とシュナイゼル殿下のおおせです。
貴女様もお席へご案内させて頂きますぞ」
意外な展開にエトランジュは驚いたが、シュナイゼルは笑みを浮かべてエトランジュに言った。
「初めまして、エトランジュ女王陛下。シュナイゼル・エル・ブリタニアです。
先約がおありだと伺いましたので、私達の都合で天子様にキャンセルして頂くのも勝手だと思いましたので、ならばご一緒にと考えた次第です。
貴女も我々にいろいろと思うところがおありでしょうが、これを機にお話しをしたいのですよ。応じて頂ければ幸いです」
にこやかに耳触りのよい台詞を並べ立てるシュナイゼルに、エトランジュは思い切り眉をひそめた。
「せっかくの可愛らしいお顔がだいなしですよ、エトランジュ女王陛下。
天子様も怯えてしまわれます、どうか先ほどのように素晴しい笑顔を浮かべて私に見せて頂けませんか?」
「・・・・」
褒め言葉をこれほど気持ちが悪いと感じたのは生まれて初めてだと、エトランジュは思った。
確かに天子が怯えてしまうと思ったので笑顔を浮かべようとしたが、天子が袖を引っ張って顔を横に振った。
無理をしなくていいという意味だろう。天子もエトランジュがシュナイゼルに嫌悪を感じた理由がすぐに解ったので、当然の反応だと思ったのである。
《・・・天子様の顔を潰したくはありませんので、会食に応じるしかありません。
どうかこのままお話を聞いて頂きたいのですが》
《当然です。うかつにあの男と話さないようにして下さい。
シュナイゼルは会話を誘導するのが得意な男ですからね》
《解りました》
「承知いたしました。では、参りましょうか天子様」
ギアスでルルーシュと会話をすると、世界に散らばる一族達との間にもリンクを開きながら天子と手を繋いでエトランジュは歩き出した。
《ブリタニア帝国宰相シュナイゼルと会食に臨みます。どのような対応をすればいいか、教えて下さいね》
《ついさっき、こっちも連絡来たところ。あの野郎、僕を副官に足止めさせるつもりらしいね。
隣室で聞いてるから、何かあったらすぐジーク将軍と駆け込むから安心して》
アルフォンスが科挙組と話していると、先ほどエトランジュと天子がオデュッセウスとシュナイゼルと会食することになったと一方的に知らされ、その間隣室で私とお食事しませんかとしゃあしゃあと誘ってきたカノンを睨みつけていたところだった。
《大丈夫、心配しないで。エディには僕らがついてるんだから》
《はい、アル従兄様。では、行って参ります》
震えながらも気丈に会食場へと向かうエトランジュに、一族達もエールを送る。
《お前ならブチ切れて怒鳴るなどということはないから安心だ。
話を聞いて対応は私達が考えるからな。無理はするな》
《頑張って!怖がらなくていいからね!》
一族達の声援に落ち着きを取り戻したエトランジュが会場に入ると、既に数人の女官が控えて食卓の準備が整っていた。
「あったかい料理・・・」
普段は毒殺防止のために冷えたテーブルを囲むのが常の天子の声に、エトランジュが囁いた。
「よかったですね、天子様。そうだ、今度は私が温かいお料理を作ってさしあげましょうか?」
「エディはお料理もするの?すごいわ!」
キラキラと目を輝かせる天子に、エトランジュも笑みを浮かべる。
「ええ、お母様から中華の料理も習ったことがあるので・・・餃子とか、肉まんじゅうとか・・・杏仁豆腐は冷たいけれど甘くて好きです」
ブリタニア陣営を無視して楽しげに中華語で交わされる会話に、大宦官がごほんと咳払いをして止めた。
「さあ天子様、他の皆様もお待ちですよ。お席をお勧めして差し上げなくては」
「あ、はい・・・皆さま、どうぞお座り下さいな」
天子の言葉にレディーファーストでとエトランジュが先に席につき、オデュッセウスとシュナイゼルが着席する。
そして天子が最後に座ると、会食が始まった。
《さすがにこのような場で毒など仕込まないでしょう。その点は安心してもいいと思います》
ルルーシュの言葉に皆が同意すると、エトランジュもナイフとフォークを手に取った。
高級そうな肉に切れ目を入れ、キャビアやトリュフなどの高級食材を見ると今城外にいる人達がこの一口だけにかかる値段で一食分は賄えるだろうと思うと、エトランジュは罪悪感すら覚えた。
(そう言う問題ではないことも解っているのですが、なんだか・・・)
(エトランジュは人としてまともな感性の持ち主だからな。
目の前にいる連中は、そんなことすら頭に入っていない)
物の値段はもちろんのこと、外の様子すら知らない天子は仕方ないが、餓死者すら出ていることを知りながら平然と血税で高価な食事をしている大宦官やブリタニア皇族のほうがおかしいのだ。
エトランジュの心の声を聞き取ったルルーシュがそう思いながら会話に耳を傾けていると、エトランジュと天子には加わる気すら起こらない会話が繰り広げられていた。
「我がブリタニアと中華との間で深い縁が結ばれれば、両国には平和が訪れます」
「そうですともオデュッセウス殿下。平和が何よりですからなあ・・・ほほほほ」
自分達だけが平和でありさえすればいいとばかりの会話に、せっかくの温かな料理もおいしく感じない天子がエトランジュに視線を送ると、エトランジュは小さく首を横に振って無視するように言い聞かせる。
会食が終わりテーブルにジャスミンティーが運ばれて来ると、シュナイゼルがにこやかな笑みでさっさと席を辞そうと立ち上がりかけたエトランジュをさりげなく呼びとめた。
「そうお急ぎにならず、もうしばらくお時間を頂けませんか、エトランジュ女王陛下。
実は私は貴女に、大事なお話があるのです。聞いては頂けませんか?」
「大事な、話ですか?」
あからさまに警戒の目を向けてくるエトランジュに、シュナイゼルは悲しげな表情を浮かべて頷いた。
「二年半前、我がブリタニアが誤解により貴国に攻め込んだことを、さぞお恨みのことと思います」
「・・・誤解?」
これは誤解などではなく明確な意図で自国に攻め込んだことをよく知っているエトランジュの呆れを含んだ声だったのだが、エトランジュは何も知らされていないと読んでいたシュナイゼルはそれに気づかなかった。
「・・・どのような誤解だとおっしゃるのでしょう?」
「貴国が税金を取っていないのは通貨がなかったこと、王族にしか口座を持てないことを知らず、租税回避地として富を流しこんでいると判断したことです」
「・・・あの、百条もない法律書を読むことすらせず我がマグヌスファミリアに攻め入ったと、そういうことでしょうか?」
エトランジュが引きつった顔でそう尋ね返すと、シュナイゼルは内心でそれくらいの応答は出来るのかと少し感心した。
「誠に申し訳ないことに、部下達が植民地を増やすために故意に報告を上げてこなかったようなのです。
私達も多忙の身なので部下を信用していたのですが、まさか通貨がない国があり王族しか口座が持てないなどという法律があるとは考えもしておりませんでしたので」
確かにそんな国は世界広しといえどマグヌスファミリアだけだろう。
だからといってTVできちんとそんな法律があると報道していたのにそれを綺麗に無視したのはどこの誰だと、マグヌスファミリアの一同は憤る。
「テレビの弁明も見苦しい言い訳だと、担当のコーネリア総督が報告して参りましたもので・・・」
《それが見苦しい言い訳だっての!気づけよこの野郎》
アルフォンスがカノンとの会話を適当に聞き流しながら、不機嫌そうに肉にフォークを突き刺した。
「・・・そうですか。でもマグヌスファミリアは未だブリタニアに占領されたままですが」
なるべく無表情になりながらエトランジュが言うと、シュナイゼルはその言葉を待っていたとばかりに笑顔で宣言した。
「ええ、ですから貴女に内密にですがマグヌスファミリア国土をお返ししたいと思い、こうしてお話をさせて頂いている所存です。
EUを通じるのが筋でしょうが、残念ながら一部の加盟国と交戦中なので難しく・・・ゆえに中立の中華でならお話しさせて頂けると考えたのですよ」
《しまった!その手があったか》
ルルーシュはシュナイゼルの意図にすぐさま気付いて、座っていたベッドから立ち上がる。
マグヌスファミリア国土を返還すれば、エトランジュ達は反ブリタニア活動を行う理由がない。
そうなればポンティキュラス一族が組織し援助してきた各国のレジスタンスの連携は崩れ、ゼロとの間にあるEUとの縁も切れてなくなってしまう。
他のレジスタンスはともかく、ゼロとEUとの繋がりは断ち切っておかねばならないと考えても不思議ではない。
また、彼が研究してきた遺跡の中で彼女達が何らかの関係があると気づいたことも考えられた。
(マグヌスファミリアの遺跡は水没しているから、ブリタニアにとって既に利用価値のない国だ・・・くそ、やられた・・・!》
常々祖国を取り戻して平和に暮らすのが夢だと言っていた彼女達が、この申し出を断る可能性は低いと考えたルルーシュだが、意外にもエトランジュを含んだポンティキュラス一族は静かである。
《ルルーシュ様、この申し出を受け入れたら皆様困りますよね?》
《え、ええ、それはもちろんですが・・・しかし、貴方がたは祖国を取り戻したいとおっしゃっていたではありませんか》
《今更こんな申し出をするのは裏があることくらい、私にだって解ります。
ただ意図が読めないので、ゼロのお考えを聞かせて頂けませんか?》
エトランジュもバカではない、二年以上も経って法律書を読んでこちらの誤解でしたなどと言うのは何か裏があると考えるのは、至って当然のことである。
ルルーシュがシュナイゼルの意図を話すと、アインやアーバインなど政治的知識のある者もそのとおりだと同調した。
《EUとの間にいさかいの種として撒くことも出来るだろうな。おまけに各国のレジスタンスの連絡役は、現在のところ私達だけだし》
《つまり、私達を利用して反ブリタニア同盟を壊そうとしているということですか?》
《そのとおりですが・・・》
それでも戦争をしなくてすむのではとルルーシュが言おうとした刹那、エトランジュが言った。
《では断りましょう、こんな申し出。せっかくこれまで私達に協力して下さった方々に、大変失礼なお話です》
《よし、よく言ったエディ!そうなったらブリタニア以外に友好国がなくなる。
そうなればマグヌスファミリアは実質はブリタニアの属国だ、大して変わらん》
《その程度の陰謀に気づかない私達じゃありませんよ、ゼロ。ただ、どうやって断るかが問題ですが》
アインとエリザベスの他にも、一族総出の却下案にルルーシュは驚いた。
常々戦争は嫌だ、早く終わらせたいと言っているエトランジュが断ろうと言い出したことにも意外だが、満場一致で断れとなるとは思わなかったのだ。
《こんな裏事情を知ったらそりゃ断われってなるよゼロ。いいからとっととうまく断る策考えてよ!そっちだって困るんだろ》
アルフォンスの言は最もだったので、ルルーシュはすぐにエトランジュに策を授けた。
「せっかくのお話ですが、お断りさせて頂きます」
「即答ですね。後見人の方々に諮らなくてもよろしいのですか?」
まさかこの場でいきなり断られるとは想像していなかったシュナイゼルが内心で驚きながら尋ねると、エトランジュはそうですと肯定する。
「聞かずとも答えは解っておりますので、時間の無駄です。
今私達がその約定に応じれば、せっかく築きあげた各国の信頼を失ってしまいますので」
「それはそうかもしれませんが、我がブリタニアも十分な補償や今後のよきお付き合いをさせて頂く所存です。
マグヌスファミリア、中華連邦、ブリタニアと長く平和にお暮らしになるつもりはありませんか?」
「無理です。ブリタニアを信じる理由がございませんから」
穏やかにそう言い聞かせるシュナイゼルに、エトランジュが誰もが納得する理由を告げた。
「貴方がたは私達の家族を93人も殺したのですよ。誤解でしたで済む範疇ではありません」
「家族?王族の方々はほとんどが亡命なさったと伺ったのですが」
「我がマグヌスファミリアには、国民という単語はありません。
家族と呼び習わしていて、他国で言う家族は直系と呼んでいるのです」
マグヌスファミリアの国民達は、互いを家族と呼ぶ。そして直系とはその本人から父・母以上の祖先を、さらに兄弟、伯父や伯母、従兄妹までを直系と区別している。
つまり王族とは、国王の直系を指しているのだ。
(そういえばコーネリアを襲撃した時も、93人の家族を奪われたと言っていたな。
あれはそう言う意味だったのか)
シュナイゼルはエトランジュ達がコーネリアを襲撃した時の記録を思い返すと、さらに甘言を囁いた。
「そうですか、それは素晴らしい習慣ですね。
もちろん亡くなられた方のご遺族に対する補償もいたしますし、今後一切マグヌスファミリアに攻撃しないと帝国宰相である私が約束いたします」
「・・・・貴方がですか?ブリタニアがではなく?」
「・・・!」
う、シュナイゼルが“私は攻撃しない”と言ったところでそれは彼自身の口約束だ。
いくら彼が帝国宰相の地位にあっても、それは皇帝の命令でたやすく覆されてしまうものであることを見抜かれて、シュナイゼルは意外に耳敏いとエトランジュに対する認識を改めた。
《ふん、やはりな。やつの考えそうなことだ》
もちろんこれはルルーシュの入れ知恵である。
現在のエトランジュはまさにルルーシュの腹話術の人形であり、説明は後でするので今は自分の言うとおりに話して欲しいと言われ、忠実に実行に移していた。
「こういうことを中立国である中華連邦で申し上げたくはないのですが、お許し頂けますか、天子様?」
後で政治に巻き込まれたと言われないためにもそう前置いたエトランジュに、天子は頷いて了承する。
「構いません。ここでお話しすることになっているのですから・・・そうでしょう?」
後ろにいた大宦官に確認するとお膳立てをした手前否とは言えない彼らは、仕方なく頷いた。
「現在、私達は反ブリタニア活動をしています。他にもそんな方々と一緒に活動しているので、私達だけが利益を得るわけにはいきません。
それはマグヌスファミリアの信用を失うことになります」
「それは、ゼロのことですね?」
シュナイゼルが確認すると、エトランジュに的を絞ったのは神根島で自分と共に落ちてきた彼女を見たからかとルルーシュは納得した。
ゼロの単語を聞いて大宦官がざわめき出したが、既に一緒に行動しているところを見られている以上否定は出来ない。
「そうです。あの方にはずいぶんとお世話になっておりますので」
「顔も明かさぬテロリストを、随分と信頼なさっておいでですね。
彼は無位無官の身だ、貴女を利用しようとしているとはお考えにならないのですか?
恐ろしいことにまだ十五歳の貴女を、平然と戦場に立たせた男ですよ」
ゼロに対する不信感を植え付けようとするシュナイゼルだが、エトランジュはその台詞にあからさまに不愉快な顔になった。
《自分はいいとでも考えているように聞こえるのですが・・・》
エトランジュにしては毒を含んだ台詞に、ルルーシュが自分は何をしてもいいというのがブリタニア皇族ですからと答えると非常に納得した。
「ゼロにはゼロの思惑があることは知っていますし、私達には私達の思惑がありますので特に気にしていません」
そもそも互いにないものを補い合おうという形で組まれた同盟である。
悪い言い方をすれば互いに利用しているのだから今更だ。
「過去の遺恨があるのは解りますが、どうか私達を信用して頂けませんか?
補償や貴方がたを必ずお守りするとブリタニアの名を持って約束いたしましょう」
はっきりとブリタニア帝国の名前で再度申し出るシュナイゼルに、エトランジュはこの人は駄目だと思った。
何故信用出来ないのか、まったく解っていないのが不思議でならない。
ルルーシュにどうして信用しないのか説明してもいいかと尋ねると、はっきりと言ってやって下さいと了承されてエトランジュは言った。
「どうして私がブリタニアを信用しないのか、はっきりと申し上げましょう。
私はこれまでブリタニアの植民地を回って参りました。
その中でブリタニア人ではないという理由で酷い扱いをしている方々を大勢見て参りました。
貴方のご家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたとしたら、貴方はその人達を信用出来ますか?」
当然と言えば当然である。誰が自国民以外は劣等人種であると公言している皇帝が支配する国を信用するのだろう。
自分達の身の安全さえ図れればいいという大宦官のような者ならともかく、普通の人間はまず信用などする気すら起こらない。
そしてエトランジュは至極まともな判断のもと、ブリタニアを信用する気がなかったのである。
「それに、ゼロは私達の仲間であることをご存じの上で貴方はゼロに利用されていると思わないのですかなどとおっしゃいましたね。
貴方はご自分の仲間を悪く言われたら、愉快な気分になりますか?」
シュナイゼルはあまりに単純な言葉を投げかけられて、かえって反応に困った。
是と言えば己の感性を疑われて信用を失い、否と答えてもだったら私が怒っている理由がお解りですねと返るだろう。
「悪口を言ったつもりはなかったのです。ただ、貴女が心配になっただけですよ。
その若さで危険な仕事をしているとは気の毒だと・・・」
「そうですか。ではその原因はどこにおありだとお考えですか?」
「・・・これは手厳しい」
元はと言えば世界中で侵略戦争をしているブリタニアのせいである。
そして彼女の国を滅ぼし、国土から追いやるよう命令したのは目の前の男の父親で、それを忠実に実行に移して幾多の家族の命を奪ったのは彼の異母妹なのだ。
ユーフェミアですら、エトランジュは実のところさほど信用していない。性格的には一度会った際にブリタニア皇族にしてはまともな人だとは思ったが、それだけである。
もしルルーシュが彼女に策を与えたと知っていなければ、また一度も会わずにいたならば特区ですらナンバーズに対して裏があるという目で見ていたであろう。
今回、誘導の定石としては間違っていなかった。
エトランジュを一人だけ連れ出して事実上軟禁し、相手をおだて上げて周囲を貶め、自分は味方だとアピールして相手が望んでいるものを目の前に吊り下げる。
これまでのエトランジュから考えるに、常に他人の言葉で動いている彼女がこの場で返答しない可能性が最も高いとシュナイゼルは読んでいた。
是という返事が返ってくればよし、『私としてはいい話だと思いますが、いったんは周囲に諮ってみます』という返答を取り付けた後、彼女の後見人達に会ってさらにこの案を承諾させることになるだろうと考えていた。
だが予想に反して今この場で否の返事を返してきたことに、顔にこそ出さなかったがシュナイゼルは本当に驚いていた。
形式上は彼女が王であり、成人した今決定権を持っているのだ。ゆえにその言葉はすでに決定事項として受け取らなくてはならない。
もしその意見を無視すればマグヌスファミリアを軽んじていると取られ、今後の交渉が難しくなる。
シュナイゼルが考えを巡らせていると、エトランジュが言った。
「ブリタニア皇族の方は、ご質問に答えては下さらないのですね。
先ほど私は貴方に三つの質問をしましたが、貴方は一つも答えて下さらなかった」
『自分の家族を酷い目に合わせて平然としている人達がいたらその人達を信用出来るのか、自分の仲間を悪く言われたら愉快な気分になるのか、自分が危険な仕事をしている原因は何だと思うか』という質問に対し、シュナイゼルはその話題を変えるばかりで明確な答えを返していない。
「ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位になり、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?
理解をして欲しいとおっしゃるのなら、どうか貴方の答えを聞かせて頂けませんか」
いきなりな言葉にシュナイゼルが虚を突かれたような顔になったが、すぐに元の何を考えているか解らない笑みを浮かべる。
理由はその質問はどう答えようともブリタニアの不利になることだったため、意図的に答えなかったのである。
ただエトランジュにはそんな意図は全くなく、単純に疑問に思ったから尋ねたに過ぎなかった。
シュナイゼルは生まれてから今日に至るまで皇族として暮らし、常に上に立つ者として生きてきた。
彼は自分と異なる意見の持ち主でも、その卓越した頭脳と弁舌で己の思い通りに事を運んできていたが、その中で“一般階級の人間”は一人もいなかった。
それは幾多の一般の人間を動かすよりも一人の権力者を動かす方が効率的だったからで、当然その相手は地位を持ちそれなりに能力のある人物が大半である。
よく一般の人々がどうしてあんな判断をするのかと権力者の行動を疑問に思うことがあるが、シュナイゼルはそんな彼らの感覚を理解し、また地位を持っているが故の自尊心をうまく突いて会話を誘導し、思い通りにしてきたのだ。
しかし、今目の前にいるエトランジュは王族という身分に生まれたが育ちとしては一般人のそれと大差はない。
生まれてすぐに従兄姉達と遊び、数年後には従弟妹達の面倒を見、両親から教育を受けて学校で勉強をして農作業などの手伝いをして過ごしていた。
時折外国からの観光客がエトランジュが王女だと知り仰天するほど、実に一般市民と変わらない生活をして来たのである。
事実現在でも、黒の騎士団の後援基地をエトランジュがたまに訪れているが、彼女のことは実によく働く外国のお嬢さんという認識が一般的で、よもや小国といえど女王だなどと思ってすらいないだろう。
そしてエトランジュ自身そんな自分の評価をよく知っているため、自分の判断で動くということをしない。
地位に酔い自分の力を過信しがちになる人間が多い中である意味一番の賢者といえるかもしれないが、それでも彼女は上に立つ者としての能力はさほど持っていなかったのは事実である。
シュナイゼルの誤算はギアスは仕方ないにしても、エトランジュが変にプライドを持たない人間だと洞察出来なかったことと、敵とみなした人間の言葉を鵜呑みにするわけがないという一般人の感覚を理解していなかったことだろう。
エトランジュはさして深い知識と能力を持たなかったからこそシュナイゼルを敵としてしか見ることが出来ず、ゆえにその言葉をまったく信じなかった。
さらにオブラートに包んであるとはいえ仲間の悪口を言われ、何十人もの死者が出た事件を誤解で片付けられ、自分が無関係だと言わんばかりに己が今危険な仕事をしているのが気の毒だと言うのである。
これで怒らない方がどうかしている。
《・・・何も言ってくれませんね。私は今、馬鹿にされているのでしょうか?》
《うん、思いっきりされてるよ。これは怒っていい部類になるね・・・っていうかむしろキレろ》
アルフォンスがどうにかしてこの男を殺せないものかと本気で思案しながらの台詞に、けしかけるな、気持ちは解るけどと一族達が呆れ怒りだす。
《あとでこの男にはエトランジュ様を侮辱した代価を支払って頂くとしましょう。
アイン宰相閣下はこの件をすぐにEUに報告し、断った旨をお知らせして頂きたい》
《了解した。まったくふざけた物言いだ。私達を馬鹿にするにもほどがある》
内密に返還するということは、表向きは適当な理屈で返還することになるとはいえ、たとえ補償するといったところでそれが少ないものであっても公然と抗議が出来なくなる。
どう考えてもマグヌスファミリアに不利な取引を持ちかけられて、よりによって祖国を道具に使われたマグヌスファミリアの一同は怒り狂った。
《エディ、そんな奴の話など真面目に聞く必要はないぞ。適当に切り上げてしまいなさい》
《はい、アイン伯父様》
まさか現在進行形でゼロと相対しているも同然な上にこのやり取りが彼女の一族全てに見聞きされているとは知らないシュナイゼルは、エトランジュの問いには答えず大げさに溜息をつきながら言った。
「貴女とはよいお付き合いが出来ると思っていたのですがご理解頂けず、残念です」
「ここは中立国とはいえ、一歩外を出れば私と貴方は敵国同士なのです。
そんな貴方の言葉を信じるわけにはいかないのは当然だと思います・・・あっさり鵜呑みにして仲間を裏切るような行為をする人間がいるとでもお思いですか?」
同時刻、特区日本でそれぞれ仕事に励む黒の騎士団幹部達と日本海を進む潜水艦の中では、奇跡の二つ名を持つ男とその腹心の女性が同時にクシャミをしていた。
エトランジュの怒りを滲ませた声に、そんな彼女を見るのが初めての天子は驚いた。だが同時に彼女の言い分の方が解りやすいが故に理解していたため、無理もないとも思う。
「私は臣下がいなくても生きていける自信はございますが、仲間がいなくなって生きていける自信はありません。
友達は大事にしなさいと、お母様が教えて下さいました。それに付き合う相手はよく選べと、お父様が常々おっしゃっていたことですから」
痛烈な皮肉を返したエトランジュは、大宦官達に向かって言った。
「失礼ながら、これ以上は誰の益にもならないお時間になると思います。
これ以上はお互いのためも私は席を辞した方がよろしいかと思うのですが、構わないでしょうか?」
既に答えが出た以上、確かに無駄である。
「そうですね、お引き留めして申し訳ありません。
今日のお話はなかったことにしておきましょう・・・お互いのために」
彼女があるがままをレジスタンスや一族、何よりゼロに話せば、仲間のために祖国に戻れるチャンスを自ら破棄したとして、エトランジュの価値を高めるために宣伝するのは明白だったがゆえの口止めだったが、手遅れである。
既にアインがEU本部に報告すべく車を走らせており、各地に散った一族がルルーシュの策を受けて効果的に宣伝すべく動いているのだから。
(それにしても・・・まさかこんな事態になるとは)
シュナイゼルの策動は巧妙だったが、それを打ち破ったのはエトランジュのギアスの力もあったが何よりもエトランジュの行動だった。
虚を突かれたようなシュナイゼルの表情を見たのは、ルルーシュも初めてだった。
いつも澄まして思い通りにして来た圧倒的頭脳の持ち主の次兄が、まさか彼の足元にも及ばぬエトランジュに一撃を与えられるなど、想像すらしていなかった。
エトランジュが深々と一同に頭を下げて応接食堂を出ると、そこにはカノンと不味い食卓を囲んでいたアルフォンスが出迎えた。
「お疲れ様、エディ」
「アル従兄様・・・そちらの男性は?」
疲れた顔で食堂から出て来た従妹を抱き締めたアルフォンスは、造り物の笑顔でカノンを紹介した。
「ああ、シュナイゼル宰相閣下の副官で、カノン・マルディーニ伯爵だそうだよ」
「そうですか。私はエトランジュと申します」
儀礼的によろしくとすら言えないほど消耗したエトランジュに、アルフォンスは出てきた大宦官に言った。
「ちょっとエディの調子がよくないようなので、今日は失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「それはよくないですな。天子様にはわたくしからお話ししておきましょう」
「それでは、失礼させて頂きます」
ジークフリードが自分達と会ったことで緊張の糸が切れたエトランジュを抱き抱えると、三人で部屋を出て行った。
一方、天子も体調不良を訴えて報告を聞いて飛んできた星刻に連れて行かれ、応接食堂で残されたオデュッセウスは初めて交渉に失敗した異母弟にどう声をかけたらいいものかと悩んでいた。
「あ~、シュナイゼル。彼女はまだ子供なんだ、難しい話が理解出来なかったのは仕方ないよ」
「確かにそうでしょうね。理解出来たはずはないのに、彼女はこちらの意図を読んだ」
シュナイゼルは自分が裏でマグヌスファミリアが築いてきたレジスタンス同盟を壊す意図があると彼女が悟っていたことに、その言動から気付いた。
綺麗に押し隠しきれなかったのが彼女の未熟さを示しているが、その割にあっさり気付いたことがどうしても腑に落ちない。
「ゼロが先にこの策を読んで、エトランジュ女王にすぐに否と言えと指示していた可能性が高いですが・・・その割には私がマグヌスファミリアの国土返還を申し出た時本気で驚いていましたし」
(どうもちぐはぐだな彼女の態度は・・・聡明かと思えば外交に不向きな直接的な問いを投げかけて来る)
一般人としては当たり前のやり取りなのかもしれないが、この場で相手を追い詰め過ぎる質問をするのはよい手段とは言えない。
経験不足が滲み出ているのに、自分の策を看破したかのように即座に否の答えを返して来た。
それにもう一つ、シュナイゼルの興味を引いた出来事があったのだ。
(初めてだな、“自分だったらどう思うか”と聞かれたのは・・・)
シュナイゼルは大貴族の母を持ち、また幼い時から発揮されたその才覚から次期皇帝になることを望まれ、またそうなると信じて期待されて育った。
政治的な話ならともかく、身近なところで自分が何を思い、望み、選んでいるかなど尋ねられたことなどなく、彼にとってはそれが既に日常のことであったがために、それが異常だとは考えたこともなかったのだ。
「陛下からも彼女を取り込むことを望まれているし、機を見て交渉を再開します」
『ご自分のことですのに、どうしてお答え頂けないのでしょうか?
貴方にだってご自分のお考えや思いがあるからこそ宰相の地位について、大変なお仕事をなさっておられるのでしょう?』
そうだねと軽く笑って応じる異母兄のよりも深く、先ほどのエトランジュの声がシュナイゼルの脳裏に響き渡った。
自室に戻った天子は、星刻にしがみ付きながら太師に先ほどの出来事を語ると、二人は予想外の取引内容はもちろんのこと、それをあっさり断ったというエトランジュに驚いた。
「それはまた・・・思い切ったことをなさったものですなエトランジュ様も」
「そうなの?私にはよく解らないわ。でも、私ブリタニアの人は怖いって思ったの」
感心したような太師の言葉に天子が怯えた声で応じると、星刻が尋ねた。
「どうして怖いとお思いになったのですか、天子様?」
「だって、あのシュナイゼルって人・・・エディを前にして笑ってた」
外交なのだから当然なのではと星刻は思ったが、天子はそういうことじゃないと首を横に振る。
「エディのお父様が行方不明になって、家族がたくさん亡くなって大変なのはブリタニアのせいなのに、どうして笑って話しかけて来たんだろうって思ったら、怖くなったの。
オデュッセウス殿下は初めてエディに会った時、気まずそうにしてらしたのに・・・」
「なるほど」
シュナイゼルは当時は無位無官だったユーフェミアとは異なって帝国宰相として当然、マグヌスファミリアへの侵略に対して大小ならず責任がある。
それなのに彼は笑顔で話しかけて来たのだ。エトランジュはさぞかし不愉快だっただろうと天子ですら理解出来たのに、シュナイゼルは平然と会話をした挙句自分の提案が受け入れられないとご理解頂けなくて残念ですと言ったのだ。
「ブリタニアにも事情があるのかもしれないけど、あれは何だか違う気がするの・・・それが何なのか、うまく言えないけれど」
「いいえ、それは間違っておりませんとも天子様」
太師の言葉に天子が自分がおかしいのではないと知りほっと安堵の息を吐く。
その様子を見て、やはりブリタニアとの婚儀は壊すべきだとの認識を新たにした星刻は太師と目配せをし、天子の髪を撫でて落ち着かせる。
「天子様、どうか正直にお答え下さい。
ブリタニアとの婚儀をどうお思いですか?」
「・・・私、ブリタニアになんて行きたくない。あの人達は、怖いもの」
「かしこまりました、天子様。そのお言葉で、一切の迷いが断ち切れました・・・感謝いたします」
星刻が床に膝をつくと、太師も同じようにして両手を組んで臣下の礼を取る。
「ご安心下さいませ天子様。必ずや我らが貴女様の御意に叶うようにしてご覧にいれましょう」
「でも、そんなことをしたらブリタニアと戦争に・・・」
「ブリタニアは他国を自国の奴隷とするために各地を侵略しているのです。
他国を軽んじた発言をしているのは、天子様もご覧になられたでしょう?」
大宦官の手によりテレビなど外部の情報が手に入るものを撤去された天子だが、ルルーシュの指示でエトランジュから手渡された小型液晶テレビで天子はブリタニア皇帝が弱肉強食の国是を声高に主張し、中華を怠け者ばかりだとを批判している様を見ている。
そんな恐ろしいことを平然と言える人物が義理の父親になるなど、恐ろしくて仕方なかったのだ。
「我らは貴女様に忠誠を誓った身にございますれば、当然のことにございます。
解らぬことがございましたら、何度でもお尋ね下されませ。何度でも、お解りになるまでお話しいたしますゆえ・・・」
「星刻、太師父・・・解ったわ。貴方達を信じる」
天子の力強い返事に、星刻は必ず天子とブリタニアとの婚儀を壊すと誓った。
その決意を秘めた黒い瞳の先には、外の世界を見せると約束した日の永続調和の契りを交わした小指が立てられ、小さく揺れていた。