第三話 ギアス国家
「コードとギアスを、代々受け継ぐ王族だと・・・?そんなものが、本当に?」
C.Cはこの身体からコードを捨て去るため、様々な国を放浪してきたが、そんな国があったとはついぞ知らなかった。
「どういうことか、話してくれ。貴女の一族とコードとギアスについて、知っていることをすべてだ」
「解りました」
ルルーシュの問いにエトランジュは軽く頷くと、知っていることを話し始めた。
マグヌスファミリア王国は、2千年以上も前に建国された、小さな島にある王国。
そしてその王家であるポンティキュラス家が持つ異能、その源であるコードを宿した人間から与えられたそれを用い、国を治めてきた。
しかし、そのコードの持ち主にはある呪いが存在した。
そう、不老不死という心臓を刺されようと、生きたまま炎の中に放り込まれようと、決して死なず老いもしない身体になるという呪いが。
「初めこそは同一人物がずっとコードを保持していたそうなのですが、ある日その生に疲れ果てた保持者がコードを他の王族に譲りました。
さらにその保持者が・・・というのが繰り返され、いつしかそれが慣習になっていったのです」
王族達のうちから数人、ギアス能力者を作り出す。
そしてそのギアス能力者のうちの誰かがコードを受け継げるほどギアスの力を増した時、コードをその人間に移す。
これを繰り返すことで、彼らはたった一人が長い間呪いに蝕まれることを避けていたのだ。
マグヌスファミリアでは、15歳から成人と見なされる。
そして王族の直系・・・現王の兄弟、子供、ポンティキュラス家から出ていない兄弟の子供が成人になるとギアスを与えられる。
さらにコード所持者が40歳から50歳辺りの時に、ギアスの力が一定の力になり、なおかつある程度年齢を重ねた者の中から一人を選んでコードを継承する。
若いうちからコードを受け継いでしまうといつまでも変わらない姿に国民が怪しむが、ある程度年齢を重ねた人間だと十年や二十年同じ姿でもさして気にされないからだ。
「なるほど…その手があったか」
かつて己が所属していたギアス嚮団も、もしかしたらこのような目的で創られたものなのかもしれないな、とC.Cは思った。
お飾りとはいえ嚮主として過ごしていた自分でも、彼らの設立理念は知らなかった。
ただコード保持者を嚮主として崇め奉っていた集団だったが、己のコードを譲渡する人間を生み出すためだったというのもあり得る気がした。
「コードが何なのか、どこから来たものなのかは私達にも解りません。
ただ、ギアスを使い国を治めることこそがポンティキュラス家の使命であると、長年信じられて過ごしていました・・・EUへの加盟要請が来るまでは」
50年ほど前、エトランジュの曾祖父が王位に着いたばかりの頃、EUからの使者がやって来てマグヌスファミリアにEUに加盟するようにとの要請があった。
人口二千人程度、さらには国民の殆どが農民で王族自ら鍬を持つのが当然の貧乏小国に何故そんな要請が来たかと言うと、当時EUが排他的経済水域・・・平たくいえば海の所有権を広げるため、イギリス西方の海のど真ん中に位置するマグヌスファミリアが欲しかったのである。
ちなみに排他的経済水域の国際法では、自国の沿岸から200海里(約370km<1海里=1852m>)であり、その範囲内であれば水産資源および鉱物資源などの非生物資源の探査、開発に関する権利を得ることが可能だ。
EUに加盟するための加盟金や分担金がないとはじめは断ったのだが、そんなことは先刻承知の彼らは“マグヌスファミリアに遠洋漁業、交易の補助機関を設立、および維持するための資金を提供する。
マグヌスファミリアはその施設の管理を行い、EUが支払った金額の8割をEUへ分担金として納める”という取引を申し出た。
早い話が、“実質的にEUが自分で自分に分担金を納めるし施設の建設と維持費を支払うから、代わりに遠洋漁業と交易の手助けをして欲しい”ということだ。
それでも断ろうとしたのだが、鎖国は国際社会としてどうなのか、もうそろそろ文明を受け入れてもいいのではないかという説得から始まり、しまいに武力による制圧まで示唆されては、軍隊どころか警察すらないマグヌスファミリアは受け入れるしかない。
ただ、そうなると重大な問題がある。そう、コードとギアスだ。
一般国民にすら秘匿している秘密を、世界にバレるわけにはいかない。
折しも当時は本格的な戦争時代に突入してこそいなかったものの火種はあちこちに転がっており、そんな状態で機械に頼らずとも様々な能力が得られるギアスの存在が知られれば、マグヌスファミリアは各国から狙われてしまう。
いくらギアスがあり国民全員に与えようとも、たった二千人・・・それも戦える人間に限定すれば千人超える程度のそれで、勝てるわけがないのだ。
何としてでも隠し通さねばならないと判断したポンティキュラス家は、決断した。
“コードとギアスの歴史を終わらせよう”と。
世界の情勢を見れば、抱え込むには重すぎる秘密だ。一族はその研究のために必死になった。
そのためにはまず、コードを消すことが必須になる。ギアスは与えなければそれでいいが、コードはそうはいかない。
コードがこれまでバレなかったのは、壮年の人間にコードを渡して隠ぺいしていたからで、それをするにはギアスを与えなければならない。
そしてギアスを与えなければいつまでも同じ姿で永遠を生き続けなければならない上に、人口二千人の狭い国では国民が互いに顔見知りと言ってもいいくらいだ。国民に紛れて何百年も暮らすなどということが出来ない。
「そこで私達EUから得たわずかな資金を使い、国に残った記録を手がかりに、コードを消すための研究を秘密裏に行いました。
ある者は留学して機械文明を習得し、ある者は自ら実験体となり、ある者は世界を放浪し点在する遺跡を調査してコードについて研究してきたのです」
海のはずれにある孤島だというのを利用して鎖国してきたマグヌスファミリアだが、実は一つだけ世界と繋がっていた場所がある。
「それがマグヌスファミリアの城の地下に隠されている遺跡でした。
私達はそれを“橋の扉”と呼んでいます」
「“橋の扉”とは?」
「解りやすく言えば、ワープ装置ですね。世界にはこの遺跡と同じものが十いくつかありまして、その遺跡を繋いでいる扉なのですよ」
「ワープ、だと・・・そんなことが出来るのか?」
そんな代物が世界各国にあるならとうに公開されていそうなものだが、とルルーシュは疑ったが、それを肯定したのはC.Cだった。
「コード所持者とギアス関係者だけが開けることが出来る扉だ。
ちなみに私も、それを使って日本に来た」
「なるほど・・・ということは、日本にもその遺跡はあるのか」
「神根島、と呼ばれている小さな無人島にあります。
日本がどういう扱いをしていたかは知りませんが、今はブリタニアが直轄管理しているみたいですね」
マグヌスファミリアの面々もそれを使って来日したのだが、見張りや研究員がいて到着した際はかなり苦労したため、うんざりした表情だ。
しかし、“ブリタニアが直轄管理している”という言葉に、ルルーシュは眉根を寄せた。
「小さな島を直轄管理・・・その遺跡が目的か?」
「遺跡しか目立ったものないですから、そうでしょうね。
というか、マグヌスファミリアを侵略したのもその遺跡が目当てだと思われます。ブリタニアのほとんどの侵略地に、遺跡があることを確認しましたから」
それが事実なら、何が目的で手に入れたのだろうか。
戦争に利用するつもりならとうにそうしているだろうが、これまでの戦争の様子を見る限り軍隊や物資の輸送というような手を使っているようには見えない。
そもそもあんな海の孤島にあるワープ装置を手に入れたからと言って、何の得になるというのか。
「それは知りませんが、二年半前にブリタニアから言いがかりを付けられた時、ブリタニアの狙いは十中八九そうだろうということで意見は一致しました。
ブリタニアの侵略のせいで遺跡の研究が出来なくなっていたので、彼らの狙いがすぐに解ったんですよ」
何せ自分達が研究している遺跡がある国を、次々に占領しては直轄地としていたのだ。
占領する価値などまるでない自国との共通点と言えば、それしかない。
「それは重要な情報だな・・・そして貴方達は宣戦布告を受けて、国民全員でマグヌスファミリアの地から脱出したということか」
宣戦布告からわずか2日で占領が完了したことを知っているルルーシュが言うと、エトランジュは首を振って否定した。
「少し違いますね・・・私の伯父の一人が持っているギアスがいわゆる“予知能力”なので、ブリタニアが攻めてくることを早くから知っていたため、宣戦布告の前から少しずつ脱出準備をしていました」
「予知能力、だと?そんなギアスがあるのか?!」
ルルーシュは驚いた。
もし事実なら、自分の絶対遵守のギアスに並ぶ強力なギアスではないか。
(ぜひとも手に入れたい力だな・・・“嘘をつくな”ではなく、“私の命令に従え”とギアスをかけてこの女を手中に収めてしまうべきだったか)
最悪なケースでない限り使うまいと自分に戒めている命令内容だが、それだけの価値がある力に思わず誘惑に駆られてしまう。
「はい・・・伯父のギアスは“血族の未来が脳裏に浮かぶギアス”で、自分の血族に関することが予知できるというものです。
ただし自動発動型なので、自分で制御することが出来ないという少々使い勝手が悪いものですが」
エトランジュの伯父が持っているギアスの内容は、自分から見て親・子供・兄弟・兄弟の子供・・・つまり直系のみに発動する。
たが例えば“父親に明日何が起こるか知りたい”と思ったとしてもそれは出来ず、不意に発動して“明日弟が事故に遭う”ということが予知出来る・・・と言った具合にだ。
「なら、血縁外の私の予知は出来ないということかな?」
ルルーシュは確認すると、エトランジュがあっさり頷いたので自分の役に立たないと思い直した。
「そして私のギアス・・・、“人を繋ぐギアス”を使い、迅速に血族にその予知を伝えてその効果を最大限得られるようにしているのです」
「“人を繋ぐギアス”?・・・それはどのようなものだろうか」
「簡単に言えば、“人の感覚を繋ぐ能力”ですね。
たとえば私がアルカディア従姉様にギアスをかけますと、私が見た光景が従姉様の目に映りますし、その逆も出来るようになります。
また、脳の感覚も繋げられますので脳裏に浮かんだ言葉のやりとり・・・いわゆるテレパシーも出来ますし、光景も直接脳に送ることが可能です」
つまり伯父が予知した内容をエトランジュに送り、それをさらに各地に散らばりブリタニア抵抗活動を行っている血族達に伝えているということだ。
使い勝手の悪い予知だが、血族同士を繋ぐこのギアスのお陰でかなりの効果を上げているという。
「ちなみに今度の作戦も、伯父からの予知を元に作戦を立てたんですよ。
まず“コーネリアがナリタ連山で日本解放戦線を壊滅させ、ゼロと交戦したというニュースを姪が見る”ことを予知したので、居場所が解らなかったゼロとここで接触することにしました。
さらにその後の“姪がコーネリア軍を罠を使って迎撃する”予知をそのまま実行、最後に土砂崩れが起こる範囲とタイミングを見ていた予知が来てくれたので、より安全に行動できました。
・・・途中でゼロがコーネリアを取り逃したニュースの予知も来ましたが」
これだけの予知だったため、彼女達はゼロの細かい作戦内容までは把握出来なかった。
ただ黒の騎士団がナリタ連山の頂上に陣を敷いたことと、土砂崩れが起きたという予知を合わせてジークフリードが作戦を察した。
さらにエトランジュが土砂崩れの範囲内にいた住民達が避難出来ていない事に気づいたので、避難誘導をして黒の騎士団が汚名を被らないようにしてやり、それを手土産とすることでゼロと会談しようという作戦になったのだ。
あとはアルカディアが黒の騎士団員と接触し、彼女のナビでエトランジュ達が合流してきたという訳である。
自分達が起こした土砂崩れに住民が巻き込まれるところだったと聞いて、ルルーシュは驚愕した。
「麓の住民が住む地域にまで土砂が流れただと?!それは本当か?!」
「はい・・・勝手とは思ったのですが、黒の騎士団に協力するグループと嘘をついて避難誘導させて頂いたので、皆さん避難して下さったと思うのですが」
運良く居合わせた地質学者が自分達の言葉を信じてくれたので、ジークフリードが割り出した黒の騎士団や日本解放戦線が来ないルートを教えて避難して貰ったと聞いて、ルルーシュは心底から安堵の息を吐いた。
(もし麓の住民が全滅などと言う事になっていたら、今まで築き上げてきた非戦闘民を巻き込まない正義の味方と言うイメージが崩れてしまうところだった・・・。
日本人、ブリタニア人問わず、一般人の支持を失うのは痛いからな)
ルルーシュの目的は、ブリタニアの打倒である。そのためには人種を問わずに仲間を集め、数多くの人間の支持が必要だ。
ブリタニア人でも主義者と言うブリタニアの覇権主義に異を唱える者はいるし、ブリタニアの特権階級から虐げられている者も存在する。
彼らを味方につけることが出来れば、スパイ活動や資金面、情報戦など内側から攻めることが可能になるのだ。
それを思えば、“ブリタニア人であるという理由でこちらにも危害を加えるから協力しない”と思わせてしまうような、軍人や貴族でもない人間に危害を加える行為など絶対にしてはならないのである。
「・・・そうか、それはお気使い感謝する」
「いいえ、それはいいのですが・・・私達は貴方にお願いがあるのです」
エトランジュの目から赤い光が消えると、彼女は一瞬きょとんとした顔になり周囲を見渡した。
おそらく彼女のギアスで仲間と会話しているのだろう、しばらくしてからエトランジュは頷き、ルルーシュに頭を下げて言った。
「私達はこれまで鎖国してきたため、戦争などしたことのない一族です。
まして女王である私に至っては戦争はもちろん、政治駆け引きの才能のなど皆無。
いくら幾多のギアスがあろうと、予知ができようとも、これではブリタニアに勝つことなど出来ない」
解りやすいたとえをするなら、いくら予知で相手の20手先が読めようとも、ルールを知らなければチェスで勝つことは無理だ。
「ですが、貴方にはその力がおありになる・・・あの寡兵でコーネリアとすら戦える頭脳をお持ちの貴方の力を、お借りしたいのです。
代わりに私達は、こちらの不利になる場合を除いて貴方の指示に従うことをお約束します」
「・・・その交渉のために、貴女が来たと?私にギアスがあると知りながら」
ルルーシュが不審そうに問うと、再びルルーシュがかけた“嘘をつくな”というギアスが発動し、彼女の瞳が赤く染まる。
「このままでは私達はEUに見捨てられるか、EUがブリタニアに攻め滅ぼされるか・・・どちらにしろ滅びの道しか残されていません」
マグヌスファミリアの国民が亡命出来たのは、ひとえにEU諸国の同盟国は交互に助け合うという建前のお陰であり、現在彼らは仮設住居を与えられて得意の農耕を行ったり、工場で働いたりして何とか生活出来てはいる。
しかし、それでももしEUがブリタニアに屈したら、ブリタニアからすれば自国の植民地のナンバーズ“マグヌスファミリア人”の引き渡しを要求するだろう。
遺跡を我がものとするため、もしかしたら二度とあの懐かしき故郷へ帰されない可能性もある。
何が何でもブリタニアを敗北させてすべての植民地を解放させなければ、自分達は二度と故郷の地を踏めない。
それを思えば、王族である自分達が率先して動き、国民のために危険を冒すのはギアスを使う自分達の役目なのだ。
「それに、ゼロ」
「何だろうか?」
「信じて欲しいのなら、まず自分から信じなければ・・・そう、思いませんか?」
「!!」
そう言って微笑むエトランジュに、ルルーシュは思わずマントを握りしめた。
無条件に他人を信じることなど、七年前にやめてしまった。
もちろん彼女とて、まったくの無条件で自分を信じたわけではないだろう。
しかし、ギアスを持っている自分の前に何の対抗策も持たずに現れ、ただ真摯に味方になって欲しい、出来る限りの事はすると訴えてきた。
やり方が拙劣だったところを見ると、本人の言うように戦争や政治駆け引きの才能がないのだろう。
だからこそ直球で相手に言葉をぶつけることしか出来ず、それだけにその思いは相手の心を打つ。
(さらに言えば、才能がないと解っているからこそそれが出来る人間を仲間にしたいと考えたんだろうな。
他力本願といえばそれまでだが、逆に自分に出来ると思い込んで無理をするよりはるかにましな行為だ)
他力本願が悪いとは、ルルーシュは思わない。
すべてを相手に丸投げして文句だけは言うならともかく、出来ないことを出来ないと認め、その代わり自分が出来ることはするというのならむしろ合理的で好感が持てる。
さらに、打倒ブリタニアを掲げる国と同盟を結んで行くという構想は自分も望むところだった。
そのためにも、小国といえど一国の元首である彼女の協力があるのはありがたい。
「・・・いいでしょう。結びましょう、その同盟!」
「ありがとうございます、ゼロ!」
かくて、同盟は結ばれた。
そしてこのギアス同盟が日本を、やがては世界を動かしていくことになるのである。