アルカディアが男だとの反響が多くて、ちょっとびっくりしました(汗)。
ので、挿話の前に解り辛すぎる伏線をこそっとお伝えさせて頂きます・・・さりげなさを装いすぎた結果がこれです。
この辺りのさじ加減も難しいと悟りました。
こじつけにすら見えるかもしれませんね・・・本当に申し訳ございませんでした(汗)。
それでは挿話の前に、伏線をば。
①「コルセット?何に使うんです」(第九話より)
この後アルカディアに怒鳴られたわけですが、ルルーシュはキョウトのアジトに潜入する時アルカディアに触れており、露出の高い服装をした彼の姿や肌の質感などからその時に彼が男であることに気付いています。
女装するために既にウエストを細くしていることも知っていたのでこの発言でした。それでも足りなかったからコルセットとなったのですが、己の苦労を知らずに言われたのでキレたのです。
②アルカディアはぶつぶつと言いながら前開きのコルセットを外し、ぽいっと後部の荷物入れに放り投げる。(第十話より)
コルセットを外すためには上半身裸になる必要があります。しかもその後服を着た描写はないので、当然そのままです。
いくら外から中が見えない車とはいえ、また身内とはいえ男性のクライスがいる中で女性が車の中ですることではありません。
③やめろおおと嫌がりすらするクライス(第十四話)
クライスとアルカディアに付き合い疑惑が浮上した際の彼の態度。単純に男であるアルフォンスとそんな疑惑を持たれて嫌がっただけでした。
④男女逆転祭を阻止したがるアルフォンス(第二十話)
彼が女装すればアルカディアになるので、カツラや化粧である程度はごまかせますがそれでもバレる可能性が出るのを防ぐためです。
⑤ポンティキュラス王族の名前
これが一番大きな伏線です。
これまで出てきた女性キャラ:エトランジュ、エリザベス(アルフォンスとエドワーディンの母)、エドワーディン(アルフォンスの姉)、エマ(エトランジュ達の祖母)の頭文字がE。
男性キャラ:アドリス、アイン(マグヌスファミリア宰相)、アーバイン(インド軍区使者)、そしてアルフォンスの頭文字がA。
王族達は女性はファーストネームがE,ミドルネームがA、男性はその逆という慣例があります。アルカディアだけが“A”というのが伏線のつもりでした。
彼が女装するようになった理由は挿話でお知らせする予定です。
それではカレンの挿話です、どうかお楽しみくださいませ。
挿話 親の心、子知らず ~反抗のカレン~
私の一番古い記憶は、小さな台所と小さな部屋が二つあるだけのアパートで笑い合う母と兄の姿だった。
母と兄に抱き上げられ、いつも共に過ごしていた幸せな記憶。
『どうして私の髪はお母さんやお兄ちゃんと同じ色じゃないの?』
初めて持った疑問に、母は困った顔をした。
兄は私の髪を撫でて、大きくなったら教えてやると言ってくれた。
小学校に入学してから、私の父が外国人だということを知った。
当時ブリタニアと日本との関係は悪化していたから、私はいつもいじめられていたけれど、兄はお前はお前だからと頭を撫でてくれたし、兄の友人の扇さんも庇ってくれたから、私はそれで充分だった。
母が経営している小さな喫茶店は、私がいるせいだろう、客は少なかった。
そんな苦しい家計を遣り繰りして母がたまに買ってきてくれるプレゼントが大好きだった。
だから私はたくさん勉強していい会社に就職して、母に楽をさせてやるのだ。
そう決意して、私はいつも勉強に励んでクラスで一番、学年で一番の成績を維持し続けた。
けれどあの悪夢が日本を覆い尽くした時、母はただ呆然とした顔で私と兄に『大丈夫だからね』と言いながらも、収容所で震えていたのを覚えている。
それからしばらくしてやって来たのは、私の父親だというシュタットフェルト伯爵だった。
私達三人を収容所から連れ出したあの男は、場違いなホテルに私達を連れて行くと母を連れて別室へと入っていった。
そして後日、私を実子として連れて行くと告げられた私は、大きな声で叫んだ。
「あんたなんか父親じゃない!」
その時のあの男の顔は・・・私は見ていなかった。
いずれ日本を解放した後、己と母の生活を成り立たせるためにも勉学は欠かせない。
だからカレンは暇を見てはいつものようにテキストを揃えて勉強していた。
アッシュフォードでも成績はトップクラスのカレンだが、専門職の方がなにかと強いと思い、いずれは専門的な分野を選んでそこを集中的にと考えていた。
と、そこへ内線が鳴ったのでカレンが受話器を取ると、ゼロことルルーシュから呼び出しがあった。
「カレン、話があるんだが、部屋まで来てくれないか?」
「解りました、ゼロ。すぐに向かいます」
カレンはゼロの呼び出しと聞いて足取り軽く部屋を出た。
(また何か大きな作戦かな。ああでもあいつのことだからスザク関連・・・だったらやだな)
そう思うとゲンナリするが、断るわけにもいかない。
カレンがゼロの私室のドアをノックすると、中から操作されてドアが開く。
「急な呼び出し、すまないなカレン。まあ座ってくれ」
仮面をつけたルルーシュに促されて椅子に座ると、ドアが閉まってロックされる。
それを確認したルルーシュは、既に正体が知られているので仮面を外してテーブルへと置く。
「どうしたのよいきなり・・・何かあった?」
「実はアッシュフォードで密偵をしてくれている咲世子さんから報告があってね。
何でも君の正体、スザクやユフィは上に報告していないようで君のことは騒ぎになっていないらしい」
「へ?何でまた?」
てっきり既に大騒動、シュタットフェルトも取り潰し騒ぎにでもなっているかと思っていたのに、意外な事態にカレンは首を傾げた。
「神根島での礼のつもりかもしれないな。
あいつららしいといえばそうだが、君が租界で活動出来るようなったことはありがたい。
そこで君に重要な頼みがあるんだが」
「重要な頼みって、何よ?」
「実は、ユフィにある政策を与えたんだが、それにシュタットフェルト伯爵家に協力させたい。
つまり、君にそれを主導して欲しいんだ」
いきなりな言葉にカレンが眉をひそめると、ルルーシュが日本特区計画と題されたファイルを見せて説明した。
「これは俺が神根島でユフィに与えた策だ。
表向きは日本人に対する雇用政策、戸籍作りの一環、総生産を上げる場とし、その実は日本人の保護区にする」
ホッカイドウ、オオサカ、ハンシン、フジにそれぞれの日本特区を造らせて日本人に職と住居を与え、物資を公然と生産出来るようにする。
さらに黒の騎士団の後方基地の隠れ蓑、物流操作などのメリットにもなると言うルルーシュに、さすがゼロと感嘆した。
「なるほど、だいたいは理解したわ。
そのためにブリタニア人側の協力者として、シュタットフェルトを使いたいのね?」
「そう言うことだ。勝手なことをしてすまないが、伯爵家にはユフィから話をするよう既に言ってある。皇族からの依頼だ、伯爵は断れまい。
だから君に頼みたいんだが・・・引き受けてくれないか?」
「う~、確かにシュタットフェルトの家名が役に立ついい機会だけど、こういうの好きじゃないのよね。
表向きでもなんでも、ブリタニア人が上に立つんだから・・・ま、仕方ないか」
渋々だが仕方ないと言いたげにカレンが引き受けると、ルルーシュがさらに追い打ちをかけるようなことを告げた。
「そうだな、どうせ失敗する特区だから、そう張り詰めなくてもいいぞ」
「失敗するって、どうしてよ。何で失敗するものわざわざ造るわけ?」
不思議そうにそう尋ねるカレンに、ルルーシュは説明する。
「ユフィは戦いを望んでいない。あのまま放っておいたら、どんな手段を使ってでも戦争をやめさせようとするだろう。
それこそ特区を作り、日本人を保護するとか言いだしかねない。そして我々黒の騎士団に参加しようと誘うだろうよ」
ゼロである自分が異母兄ルルーシュだと知っているならなおさらだというルルーシュに、カレンはそれのどこがまずいのかと首を傾げる。
「まんまそれを言いだすと、まずブリタニア人が反発するのでその協力が得られないから特区が酷く限定的なものになる。
そうすれば何十万人かの日本人だけが特区に入ることになり、それ以外は放置される。特区の日本人とそれ以外の日本人との間に差が生まれ、反発し合うことになりかねない」
「確かに・・・今でも名誉ブリタニア人の日本人と、そうじゃない日本人とでいろいろあるしね」
「そして黒の騎士団に参加を呼びかければ、融和政策に反対した黒の騎士団は平和の敵とレッテルを貼られ、かといって参加すれば武力を取り上げられることになる。
そうなれば黒の騎士団は終わりだ。もっとも最悪な終わり方だな」
「・・・悪意なしにそこまでやっちゃうかもしれないあたり、あのお姫様最悪だわ」
考えのない善意に権力が絡むと最悪だと、カレンは知った。
幸いそうなる前にルルーシュがならばと黒の騎士団のメリットになる形で特区を作らせたのだと悟ったが、あえて失敗するままにしたのは何故だろう。
「だから俺がある程度大枠を考えてやらせた。
ある程度物資を作らせ、利益をあげさせれば特区は成功したといえるが、ブリタニア人がそれをよく思うはずがない、必ず邪魔をして来る。
特区に税金をかけるなどもしてくるだろうな・・・そうなったら当然」
「自然に特区は失敗するわね。特区の意味がないもの」
「だから、その辺りを見計らって不満を爆発させる事件を起こし、失敗させる。
それを持って、日本解放戦のきっかけとするんだ」
開戦理由は戦争する際、必ず必要なものだ。
ブリタニアでさえ言いがかりとはいえ形式的にでも作ろうとし、幼いルルーシュとナナリーを犠牲にしたように。
「その時特区で作った物資が大活躍する。そのためにも必要なんだ。
君がブリタニア人として参加し、上の方にいてくれれば何かと助かる」
「解ったわ、やってみる。私経済とかその辺りまだ詳しくないから、いろいろ指示してくれれば大丈夫だと思う」
「それは任せておけ。では頼むぞ」
「了解」
カレンはそう了承してゼロの私室を出ると、シュタットフェルト家の名が役に立つと喜ぶべきか、それともあの今まで忌避してきた父親と向き合わねばならない事態に溜息を吐くべきか悩んだが、これは自分にしか出来ないことだ。
「よし・・・頑張れカレン!」
己の両頬を叩いて気合いを入れたカレンは、トウキョウ租界に戻るために着替えるべく、自分の私室へと向かうのだった。
久々に戻ったトウキョウ租界のシュタットフェルト邸。
(ここは嫌い。あんなに大きいのに冷たくて、私と母さんを閉じ込めた檻みたいだもの)
カレンは使いもしない部屋が多く並べられ、使用人達が大勢いるのに母親以外誰も自分を思う者などいないこの家が嫌だった。
この日本が占領される以前に暮らしていた小さいアパートの方が、どれほどよかったことか。
いつも兄と母と一緒、美味しい温かいご飯に母に抱き締められて眠る狭い部屋が、カレンは好きだった。
大きく溜息をつきながらインターフォンを押すと、警備を担当している男が悲鳴じみた声で確認が来た。
「カ、カレンお嬢様?!」
「そうよ、すぐに開けてちょうだい」
「は、はい!おい、お嬢様が戻って来られたぞ。旦那様にお知らせしろ!」
門が開く音と同時にそう怒鳴る警備員の声に、カレンは父親が帰って来たことを知って再度大きく溜息を吐く。
無駄に広いホールに出ると、そこには唖然とした顔で立っているこの七年数えるほどしか目にしたことのない父親が立っていた。
「カ、カレンか。本当に・・・」
「そうですカレンです。ちょっと用事でしばらく家を出てただけですから」
いつものように冷たい口調でそう応じたカレンに、シュタットフェルトは娘の手をつかんで歩きだした。。
「ちょ、何するのよいきなり!」
「いいから来い!唐突に家に戻ってこなくなったと聞いて、どれほど心配したと思っている!!」
「え・・・しんぱい?」
この人何言ってんのとカレンは目を丸くしたが、シュタットフェルトはそれに構わず娘を己の書斎に引きずっていくと、カレンを何度も見つめて五体満足であることを確認し、彼はよかったと呟いてからソファに座り込んだ。
「怪我なんかはしてないようだな。
・・・百合子のことは聞いた。何でもリフレインをやって、黒の騎士団に摘発されたそうだな」
「ええ・・・それがどうしたの?」
今さらだというカレンに、シュタットフェルトが怒鳴りつけた。
「どうしたとは私の台詞だ!どうして私に報告しなかったんだ?!」
「え・・・」
「てっきりここで百合子と何とかやっていると思っていたのに、お前は不登校、朝帰りにゲットーに出入り・・・いや、ナオト君に会いに行っていただけだろうから、これはいいが・・・百合子が正妻や他の使用人に虐待されていたことも、どうして伝えなかったんだお前は!
百合子が自分から私に言うような性格ではないことは、お前がよく知っているだろう?!」
カレンは父親から怒鳴られたことにも驚いたが、その内容が理解出来なくて大きく眼を見開いた。
(何よこれ・・・朝帰りやゲットーに行ってお兄ちゃんに会うのはいいけど、お母さんが苛められていたことを言わなかったのが悪いって)
「・・・貴方に言っても解決しないって思ったから」
母のことはどうでもよかったんじゃ、と小さな声で呟いたカレンに、シュタットフェルトは自分と同じ赤い髪を搔き毟る彼をまじまじと見つめる。
「そうか・・・そう思われていたのなら仕方ないな。
そんなわけないだろう。仮にも子供まで作ったんだぞ。百合子のことは大事に決まっている」
シュタットフェルトの台詞に、カレンはぎっと父を睨みつけた。
「だったら!どうして母さんを放って本国なんているのよ!
ましてあの人と一緒にするなんて、どうかしてるわ!」
妻妾同居なんて考えるだに恐ろしいとは思わなかったのかと問い詰める娘に、シュタットフェルトはああ、そうだなと認めて頷いた。
「私だってそんなことをしたくはなかった。
だが百合子がお前と離れたくないと泣いて訴えるから・・・お前付きのメイドとして雇い入れることにしたんだ」
「母さんが・・・そう、そうなの」
『カレン・・・傍にいるからね』
リフレインが見せる偽りの夢の中での母の台詞を思い返して、カレンは納得した。
「お前を引き取った後は、租界で前のように小さな喫茶店をさせるつもりだったんだ。
そうしたらお前もそこに行けば百合子やナオト君にも会えるし、一番無難な方法だったんだが・・・カレンもお母さんと一緒がいいと泣くから」
「・・・確かに言ったけど!でも・・・だったら私達なんて放っておけば・・・」
「自分の娘を放っておくなんて出来るか!
子供に無駄な苦労をさせたい親などいるはずないだろう!!」
そう怒鳴りつけられたカレンはびくっと身を竦ませたが、怒鳴った方も同じだったらしい。
怒鳴ったことを小さな声で謝罪され、ただただ驚いてシュタットフェルトを見つめた。
「・・・私も驚いたよ・・・私はたまに百合子と電話で話していたんだが、その時はカレンと仲良くやっているから心配しないでいいと言うから安心していた。
使用人達から聞いたぞ、お前は百合子とあまり話したりしていなかったそうだな」
カレンは母親のあまりのプライドのない態度に反発し、母がどんな目に遭っているかをしっかり知っていながらも何もしなかった己に、父を責める資格はないと悟ったらしい。
それに、母とたまにでも話をしていたと聞いては自分よりよほど母を大事にしていると、カレンは複雑な気分で認めた。
「それは・・・反省してる。母さんがいつもヘラヘラ笑って何もしなかったから、それにムカついて」
「それが一番だと思っていたんだろうな。正妻のこともある。
百合子は昔から他人のことばかりで、自分のことは顧みなかったから」
シュタットフェルトはそう独語すると、書斎に置いてあった小さな冷蔵庫からワインを取り出し、忌々しそうにグラスに注いで一息に飲み干す。
「・・・百合子のほうは刑務所に働きかけて、特別待遇にするようにした。
刑期も折を見て短くするようにするから、もうしばらく待ってくれ。
それで、お前はどうして長いこと家を空けたんだ?ナオト君になにかあったのか」
シュタットフェルトから伝わってくる母への愛情に戸惑いながらも、カレンは父の質問に答えた。
「お兄ちゃんが・・・あのシンジュクの事変に巻き込まれて以来行方不明なの。
だからお兄ちゃんの友達とかに協力して貰って、探してた」
まさか私は黒の騎士団幹部ですとは言えず、そう嘘をついたカレンだが、シュタットフェルトは信じたらしい。驚いたような顔で納得した。
「何?!そうか、それでか。百合子には・・・?」
「言った・・・多分、それ以降もっとリフレインに依存するようになっちゃったんだと思う」
「そうか・・・言わんわけにもいかんからな。
まさかお前も百合子がリフレインをやっていたなんて知らなかっただろう」
「知ってたら言わなかったわよ!」
己の自分勝手な思い込みで母を追いつめて薬物依存に走った母に、さらに追い打ちをかけるような真似をしてしまったとカレンは後悔しない日はなかった。
もっと母をよく見るべきだった。
自分はいつだって自分のことばかりで、他人を見ようとしなかった。
「そうだな、悪かった・・・ナオト君のほうはまさか私が表だって探すわけにもいかんが、何とかして探してみよう。
だからもう無理をせず、学校に行くんだ・・・いいな。
全く百合子があんなことになって・・・お前までと思うと気が気じゃなかった」
普通に娘を思う父親の台詞を吐くシュタットフェルトに、カレンは驚愕した。
『たぶんですけど、単純に貴女の将来を思って引き取ったんだと思いますよ?
クォーターでもエリア民の血が混じっているという理由で希望先に就職出来なかった方もいるくらいで・・・』
エトランジュの台詞が脳裏に響き渡ったカレンは、この機会にどうして自分を引き取ったのか尋ねることにした。
カレンは不味そうに年代物のワインを飲み干す父親の手からワイングラスを奪うと、シュタットフェルトに質問する。
「ねえ、聞かせて。なんで私を引き取ったの?
ブリタニアの貴族は子供がいないなら、他にたくさん子供がいる貴族から養子として引き取るって聞いたんだけど」
「お前は私の子だ、当然だろう・・・確かにお前を生まれて十年も放っておいたのは事実だから、怒るのは無理ないが」
シュタットフェルトは娘の怒りを買っていることは重々承知していた。
だからカレンに睨まれることを甘受していたのだが、彼も人間なのでそんな娘の冷たい視線に耐えきれず、彼女を避けていたのだ。
己で己の首を絞める行為だと気付いていたが、百合子の『いつかはあの子も解ってくれるから』との言葉に甘えて招いたのがこの事態である。
「お前ももう十七歳、か。月日が経つのは早いものだな」
そう前置きして、シュタットフェルトは百合子との出会いを話し出した。
「このエリア11が日本と呼ばれていた十八年前になるかな、私がシュタットフェルト伯爵家が経営する貿易会社の社長としてここに来たのは・・・。
当時新たなるエネルギー源として注目を集めていたサクラダイトの商談のためだった」
商談は滞りなく終わり、ついでに日本各地を観光しようとぶらりと回っていたら小腹がすいたのでどこか食べる場所はないかと探したところ、小さな喫茶店を見つけた。
他に見つからなかったのでシュタットフェルトが入ると、そこにいたのは店主だという女性と小さな男の子だった。
「それが当時夫を亡くして数年経った百合子だった。
亡夫が遺した喫茶店を一人で切り盛りしていてね、私一人しか客がいないこともあって、カウンターでいろいろ話をしたのがきっかけだった」
大学時代英語学科だったという百合子が話しかけてくるのに楽しくなったシュタットフェルトは、この時から彼女に夢中になった。いわゆる一目ぼれというやつだ。
以後まめにサクラダイトの商談にかこつけては日本に来るようになったシュタットフェルトに百合子も心を動かされ、やがて二人は付き合うようになった。
当時ブリタニアは覇権主義を推し進め、世界各地を侵略して支配していたから、ブリタニア人は世界各地で嫌われていた。
それなのに自分に想いを寄せてくれる百合子にシュタットフェルトはますます夢中になり、やがて彼女は妊娠した。
「その知らせを聞いた時は嬉しかったよ。絶対産め、結婚しようとプロポーズした。
はにかみながらも百合子が頷いてくれた時は、天にも昇る心地だった・・・。
私は次男だから跡取りは兄だ、別に問題ないと思っていたが、私の両親は貴族ですらないブリタニア人どころか、他国の人間を妻に迎えるなんて許さないと反対した。
そんな親に反発して家を飛び出した私は、百合子とナオト君と共に小さなマンションで暮らすようになったんだ」
「え・・・?」
「籍を入れるのは妨害されたから駄目だったが、事実婚だった。思えばあの時が一番幸福だったな。
私は株で収入を得る傍ら、百合子の喫茶店を手伝った。ああ、喫茶店の宣伝のためのホームページを作ったりもしたな。
私は卵を割ったことすらなかったから、いつも彼女の迷惑にしかならなかったが」
意外だった。まさか伯爵家育ちの父が家を出てまで母と自分を選んだことがあったなんて、想像すらしていなかったから。
「百合子と籍を入れられないままお前が生まれたが、父親の欄にははっきり私の名前を入れたよ。
これからは四人家族でやっていこうと一年くらい経った頃だな・・・私の父と兄が死んだと報告が来たのは」
ある日自分が住んでいたマンションに来たシュタットフェルト家からの使いの報告に、さすがに本国に戻ったシュタットフェルトは父と兄が乗った飛行機がテロに遭い、死亡したことを知った。
あれだけ世界各国で侵略していれば当然の出来事だったが、残るシュタットフェルトの子供は自分だけという事態に彼は指を噛んだ。
意地でも後を継げと怒鳴る母に、さもないと日本に圧力をかけてやると脅しまでかけられたシュタットフェルトは屈服した。せざるを得なかったのだ。
ちょっと日本の政財界の者に賄賂を贈れば、百合子のように何の後ろ見もない小さな喫茶店などあっという間に潰される。
それにまだ幼い子供を二人抱えて働き口などそう見つからないし、シュタットフェルトが株で稼ごうにもあっという間に持ち株などを調べられてその価値をなくさせるくらい、伯爵家には容易いことだ。
嫌々実家に戻ることを承知したシュタットフェルトだが、代わりに百合子達には手を出さないこと、毎月日本円にして五十万の仕送りを認めること、何かあれば自分がカレンを引き取ることに同意すると約束させた。
そして一度日本に戻った彼は百合子に事情を説明し、幾度も謝ったが彼女はある程度予測出来ていたのだろう、気にしないでと寂しそうに笑った。
こうしてブリタニアに戻った彼は、本来なら兄と結婚するはずだった女性と結婚した。それがシュタットフェルト夫人である。
子爵家の令嬢だった彼女は政略結婚で兄に嫁ぐはずだったのだがその兄が亡くなったせいで、シュタットフェルトとは面識すらなかったが覆せなかったのだ。
シュタットフェルトはしっかり自分には既に想い人がいて既に娘までいることを正直に伝えたが、政略だしもともと彼と結婚するはずじゃなかったから仕方ないと、夫人は若干不機嫌そうではあったが自分が男児を産めば問題ないと考えたのだろう、気にしないと当時は認めた。
だが自分の中では妻は百合子と考えていたシュタットフェルトは余り夫人に構わなかった上、彼女は子供が出来にくい体質であると判明して以降は百合子に仕送りをしたり電話をかけたり、カレンにせっせとプレゼントを贈る彼に苛立つようになった。
第三者の視点から見るとこれは大層難しい問題であろう。
客観的に見ればシュタットフェルトは政略とはいえ結婚した女性に子供の存在を正直に告げ、出来る限り父親としての務めを果たそうとした誠実な人物だ。
そして妻に対してもそれなりに礼儀を払い、後ろめたさもあったので好き放題に買い物したり旅行に行ったりする彼女を咎めることもしなかった。
だが夫人から見ればいくら政略絡みとはいえ結婚した正式な妻である自分を放って愛人にばかり構い、その娘に会うために本国から離れる不誠実な男に見えたに違いない。
ましてや彼女はブリタニア貴族だ、いずれナンバーズになるかもしれない人種のためにそこまでする彼が理解出来なかったのかもしれない。
「もしかして、たまにお母さんが持ってきたプレゼントって」
「私から贈った物だと思う。会おうとはしたんだが、私も滅多に日本には行けなかったし、せめてそれくらいはと・・・」
「・・・・」
そういえば兄のナオトは、シュタットフェルトのことを母とカレンのことを金で解決しようとした冷血漢だと言っていた。
彼からしたらいきなり母とカレンを捨てて伯爵家に戻り、金だけ送って放置したように見えたのだろう。
高価なぬいぐるみやおもちゃなども、ブリタニア人の血を引いているという理由で苛められているカレンに、物さえ与えれば満足するとでも思ったのかと怒ったに違いない。
「でも、毎月五十万も送ったのなら働かなくても大丈夫なくらいのお金じゃない。
どうしてお母さんは小さなアパートを借りていつも頑張って働いていたのよ」
だからカレンは父を養育費も送ってこない冷血漢だと信じて疑っていなかったのだが、むしろ遊んで暮らせるだけのお金を送っていたことを知って疑問に思った。
「・・・それも今後悔するべきか、微妙な話なのだが。
百合子は私の父と兄があんな亡くなり方をしたので、私もいつそうなるか解らないと不安だったんだろう、貯蓄していたらしい。
学資保険や生命保険をかけたり、貯金に回したりしていたそうだ」
「母さんらしいわ。それがどうして後悔・・・・まさか!」
「そのまさかだ・・・半分はナオト君に渡したらしいが、残ったその貯金がリフレインの購入資金になったんだ」
頭を押さえて苦悩するシュタットフェルトに、カレンはガタガタと震えた。
どうして雀の涙程度の給料しか貰ってないはずの母が大量にリフレインを買えたのかと疑問だったのだが、思わぬところからその理由を知ってヘタヘタと座り込む。
「馬鹿よ、母さん!何やってるのよ、本当に!」
「・・・それで七年前だ。あの当時は本当に安心していた。
ブリタニア皇族が二人留学することになったから、日本は侵略対象にはならないと思っていたからな。
だがその皇族が殺されたと発表されて、これはまずいと思った私はすぐに百合子に連絡して、今の貯金全てをブリタニアポンドに変えるよう指示した。
お前には不愉快だろうが、日本が占領されるのも遠くないと思ったからな。それですぐに日本に渡り、収容所にいるお前達を引き取った」
「憶えてるわ。いきなり何の事情も聞かないままホテルに連れていかれて、今日からシュタットフェルトの子として暮せって言われたの」
「それが一番だと、私も百合子も思った。ナンバーズがろくな生活しか出来ないことは、よく知っている。
名誉ブリタニア人になったところで、そう変わるわけじゃない・・・せめてお前だけでもまともな生活をさせてやりたいと百合子は泣いて訴えたが、そんなことは当たり前だ、頼むことじゃない。
お前さえブリタニア人として暮せられれば、形式的に名誉ブリタニア人として百合子とナオト君を置けると考えた」
シュタットフェルト夫人はその話に嫌な顔をしたが、このまま子供すら作れない女とシュタットフェルトの一族に睨まれる方が嫌だったのだろう、仕方なく了承した。
こうして公式にはカレンをシュタットフェルト夫妻の間の娘として迎え入れた彼はトウキョウ租界に豪華な邸宅を建て、エリア11と名付けられた日本の利益を得るべく精力的に動き、この日本でもトップクラスの名家として君臨することに成功した。
後はシュタットフェルト伯爵家の階位を上げ、エリア11で副総督くらいならなれる程度の家柄に上がりさえすれば、たとえカレンの素性がバレても権力で口封じが出来る。
そのためにもシュタットフェルトは本国でも精力的に働き、辺境伯になれるまでもう少しのところで使用人頭から『カレンお嬢様がもう長い間お戻りになっていないのですが』と聞き、慌ててすっ飛んできた。
百合子はリフレインを使った容疑で逮捕されて懲役二十年、娘はずっと学校を休んでいた上に家に滅多に戻らない日々があった上に行方不明という気絶したくなるほどの事態に、シュタットフェルトは唖然とした。
カレンを探せと怒鳴る夫を冷たく見つめるシュタットフェルト夫人と、名誉ブリタニア人の使用人から百合子が夫人に虐待されていた、自分達も彼女に命令されていろいろやらされていたと密告を受けて原因はそれかと心配で気が気でなかったところに、カレンが戻ってきたという訳である。
「こんなことになるなら、やはり最初から喫茶店を与えて穏やかに過ごさせるべきだった。
・・・百合子のことだ、自分さえ我慢すればいいと思っていたんだろう」
そしてそんな母を見てブリタニアは悪だと思ったナオトが、レジスタンス活動を行うようになった。
それに釣られる形で本当のシュタットフェルトの思いなど気づかず、父を冷血漢の外道だと信じたカレンは、そんな父親に縋る母を軽蔑した。
そしてそんな娘の視線に耐えきれず、過去に戻れるリフレインを使うようになり、それにのめり込んだ百合子は子供達のために貯めていた貯金を使ってまで依存するようになったのだ。
「・・・気づかなかった私が悪いし、お前を放っておいたのも悪い。
当分はここにいて百合子やナオト君の件をどうにかするから、しばらく待ってくれ。
もしかしたら彼が見つけられるかもしれない仕事も出来たことだしな・・・」
「お兄ちゃんが見つかるかもしれない仕事って・・・?」
「何でもこのエリア11で、日本人に職を与えるための特区が造られるらしい。
そのためにシュタットフェルト伯爵家の力を借りたいと、ユーフェミア副総督から直々の申し出があった」
すでに話が出ており、また父が兄のためにもと考えていることを知ったカレンは、初めて父親に願った。
ルルーシュに言われたから嫌々ではなく、心からの言葉で。
「だったら私も手伝う!一緒にやらせて!」
「カレン・・・・だがお前はまだ学生で」
「そんなの後でやればいい!休学届出せばいいし、家庭教師について勉強もするから、手伝わせて!!お願い!」
初めて娘に願われたシュタットフェルトは、やはり母娘だな、行動がそっくりだと内心で大きく溜息をついて了承した。
「解った、好きにしなさい。アッシュフォード学園には私から休学させる旨を伝えておこう。
ただし、頼むからこれ以上心配をかけるなよ」
「本当?!解った・・・気をつける」
たぶん無理だけど、と心の中でそう付け足しながらも答えたカレンに、シュタットフェルトは言った。
「詳しい概要が出来たら知らせるから、それまでは家でおとなしくしていろ。
ああ、夫人にはあまり構わなくていい・・・気にするな」
「う、うん・・・でもお兄ちゃんを探してくれてる人達にだけ会いに行ってもいい?
その特区に参加してくれるかもしれないし、このこと伝えたいから」
「そういうことなら構わんが、連絡だけはしてこい。最近テロ防止のために租界とゲットーの管理が厳しいからな」
カレンは頷くと、書斎を出ようと入口に足を向けた。
ドアを開け、外に出ようとしてドアを閉める前、彼女は小さな声で言った。
「お兄ちゃんとお母さんのこと、ありがとう。
それから・・・心配掛けて・・・ごめんなさい」
早口でそう謝ったカレンは、ドアを凄まじい速さで閉めてまっしぐらに自分の部屋へと戻っていく。
娘の言葉を聞いたシュタットフェルトは、グラスに乱暴にワインを継いで一気飲みをすると、書斎の引き出しから一枚の写真を取り出してじっと見つめた。
カレンが生まれて四人で撮った記念写真。
幸せそうに笑うそれは、誰が見ても幸福な家族そのものだった。
「どうしてこんなことになったんだろうな、なあ、百合子・・・」
最善の道を選んで進んできたつもりだったのに、どうして今バラバラになってしまったのだろう。
あの時、彼女に出会わなければよかったのだろうか。
『いらっしゃいませ・・・あら、ブリタニアの方ですか?ならベーコン目玉焼きとホットサンドイッチのセットなどいかがでしょう』
初めて出会った日の百合子の姿を思い返して、彼は泣いた。
翌日、カレンは黒の騎士団本部へと来ていた。
そしてどうだったかと尋ねてくる扇達に昨夜の出来事を伝えると、反応が実にさまざまだった。
「そいつは親父が悪いぜ!金だけ渡しておしまいってのはどうよ?」
「事情があったにせよ、娘に説明しないというのもな~。せめてナオトにだけでも話せばよかったのに」
玉城と扇が憤ると、藤堂と四聖剣の仙波が疑問の声を上げる。
「そうはいうが、大人の事情を子供に話したくないという気持ちは解る。
それに、当時の状況を見れば最良の手段だったのは確かだと思うが」
「同感ですな。なんだかんだ言っても、金は身近かつ確実な力になるもの。
リフレインなどと言う形になってしまったのは残念じゃが、母上殿の手に貯金を残したままだったのも伯爵の思いやりだったのではないかな?」
見事に年齢層に分かれた意見に、ルルーシュが肯定したのは後者の意見だった。
「玉城の言うとおり話さなかったのはまずいと思うが、子供には理解し辛いだろうからもう少し成長した後でと考えたのだろう。
それに何もせずに放っておいたわけじゃない、彼なりの誠意はあったんだ。何もせず放置しっぱなしの父親より、よほど尊敬出来る」
自分にお前は生きていないと暴言を吐かれて妹共々放り出されたルルーシュから見れば、何と羨ましい父親かと言いたくなる。
「悪いのはそんな状況にしたブリタニアだ。
連中が他国に攻め入ったりしなければ、何もブリタニア人ではないからと結婚を反対されるようなこともなく、普通に家族で暮らせていたはずだからな。
父親の真意を知ったんだ、後はゆっくり溝を埋めていけばいい」
「そうは思うんですけど、どうしたらいいか分からなくて・・・」
親とどう接したらいいか解らないと言うカレンに、これはそうあっさりアドバイスが出ない問題なので皆が腕を組んで唸る。
「とにかく、家でちょこちょこ話してみるとか!」
「一緒に旅行に行くとか!」
「ごはん作ってみるとか!」
口々に無難ではあるが実行するのが気恥ずかしそうな提案に、カレンはどうしようと悩みだす。
ルルーシュももっとも苦手な相談ごとに、ため息をついた。
私事にまつわる相談にはエトランジュの方が適任なのだが、彼女は生まれ落ちたその日から父親から溺愛されており、今更父親と仲良くするにはどうしたらいいかと尋ねられても困るだけだろう。
(それに、今現在父親が行方不明だ。そんな彼女にしていい相談じゃない)
「こういうことは他人がどうこう言える問題ではないからな・・・難しいものだ」
「ですよね・・・私、頑張ってみます。どのみち特区のためにもあの人は避けて通れないし・・・」
カレンはそう言うと、特区設立のために当分ここに来られないと告げた。
「なるべく早く成立させるようにするから、ちょっとだけ待って下さい」
「解った、だが無理はするなよ」
「はい、ゼロ!」
皆から公私に渡って大変なカレンに心配そうな視線を浴びせられながら会議室出、それから自室で着替えてから租界の邸宅へと戻った。
邸宅に戻ると使用人が数名入れ替えられており、解雇された者が母を苛めていた者であることに気づいたカレンがそっと父の書斎に行くと、彼は小さな声でお帰りと言った。
「ただいま・・・あの・・・使用人だけど」
「その方がいいと思ったからな。正妻は不愉快そうだったが、もうお前は気にするな。
百合子が出所したら、特区に店を与える。お前もそこで暮らせばいい」
まただ。
また自分の言い分も聞かずに一方的に己の進路を決める父親に、カレンは怒りを爆発させた。
「何で勝手に決めるのよ!いつだってそうよ、私がどうしたいかなんて聞かずに勝手に決めてばかり。
あんたにとって私は何なの?!」
「私の娘に決まっている!カレン・・・私はそれが一番だと思って」
「そんなの私が決める!私の人生なんだから、どう生きるかは私が選ぶわ!」
カレンはそう怒鳴ると、ルルーシュから受け取った特区計画書を父親の机の前に投げた。
「これ、特区賛成者の友人と一緒に考えたの。各地の視察に行くんでしょ?私もついてくから」
「え?だがな・・・」
「行くの、行かないの?!それとも私と一緒は嫌?!」
睨むように尋ねる娘に首を横に振って否定したシュタットフェルトが手配しておくと言ったので、カレンはじゃあ準備するからと言い捨てて部屋を出て行く。
勢いに任せて父親と二人で出掛けることに成功したカレンは部屋に戻ると、ドアを閉めてズルズルと床に座り込む。
「な、なんで一緒に視察に行くだけなのに・・・ああ、もう!」
カレンはクッションを壁に投げつけて、訳の解らない感情をぶつけるのだった。
そしてシュタットフェルトと視察に出る前日、カレンは母の面会に来ていた。
特別待遇と言うだけあって個室で、無理な労働などをさせられることなく暮らせているからと聞いたが、母の言うことなので信用せず己の目で確かめようと、嫌ではあったが他に方法がないので特権を使って母の部屋での面会を実現させた。
「カレン・・・どうしたの?ここに来たらいけないと」
「うん、ごめんお母さん。ちょっと知らせたいことがあって」
「知らせたいこと?」
青白い顔をしながらも自分が持ってきた不器用そうに切られた林檎を美味しそうに食べながら尋ねる母に、カレンは嬉しそうに言った。
「あのね、もうすぐ日本人に職を与えるための特区が作られるんだけど、それをシュタットフェルトが主に推し進めることになったの。
私もそういう特区ならぜひ協力したくて・・・その、あの・・・お、お父さんと一緒にやろうと思って」
本人には面と向かって言えなかった単語だが、母になら言えたらしい。
百合子がポカンとした顔で林檎を落としたのを見てカレンが慌ててそれを拾い上げると、百合子がおずおずと尋ねる。
「カレン、今なんて・・・?」
「あの人から聞いた。私が何でシュタットフェルトの家に預けられたかとか、お母さんにお金送ってたとか、いろいろ」
「そう・・・駄目なお母さんね、私。貴方達のためにと貯めてたお金であんなこと・・・」
泣きだした母にカレンはまたしてもつい怒鳴ってしまった。
「お母さんのせいじゃないって言ったじゃない!どうしてそうすぐに謝るの?!」
カレンは一度怒鳴るとまたやってしまったと反省し、母に謝る。
「ごめん、また私・・・お母さんのせいじゃないよ、私も何も言わなかったのが悪かったの」
「カレン・・・・」
「だ、だから一度また話し合おうと思ってね、その・・・だから・・・」
「いいことだわ、カレン。そうなの、頑張ってね」
母に頭を撫でられたカレンは、遠い昔テストで百点を取って褒められた日のことを思い出した。
『まあ、この前も百点だったのに凄いわ。お母さんの自慢の子よ、カレン』
「お母さん・・・だからね、私ね・・・」
「ええ、いいのよカレン。お母さんはお前が幸せならそれでいいの。
無理をしないで好きなようにやればいいの」
穏やかな笑みを浮かべて自分の手を取る母に、カレンはうん、と涙を浮かべながら笑った。
カレンがドアを開けて部屋を出ようとすると、百合子が小さく手を振りながら言った。
「カレン、頑張ってね・・・私達の娘」
「お母さん・・・うん、私頑張るから!」
カレンはそう言いながら部屋を出てドアを閉じると、百合子は途端にベッドにうずくまって胸を押さえる。
「はあ、はあ・・・カレン・・・・!」
リフレインの禁断症状だった。
胸が苦しい、早くあの幸せな夢が見たいと悲鳴を上げる身体に、百合子はよろよろと手を伸ばして写真を手に取った。
シュタットフェルトも持っていた四人で撮った写真を見つめ、禁断症状を抑えるための薬を手にする。
この薬もシュタットフェルトが寄越したものだ。効果が効果なだけにとても高価なもので一般の者の手に入る代物ではなかったが、彼はすまないと何度も謝り自分に渡してくれた。
早くこんな薬などなくても暮らせる身体に戻りたい。
娘は過去にではなく、未来に向かって進もうとしているのだ。それなのに母親が過去の幻影にばかりすがってどうするのか。
百合子は薬を一粒だけ手にして飲み込むと、気を紛らわせるために歌を歌いながら編み物を始めた。
「からす、なぜ鳴くの~♪からすは山に~、可愛いからすの、子があるからよ~・・・♪」