第二十話 合縁奇縁の特区、生々流転の旅立ち
特区開催記念式典まで残り五日となり、黒の騎士団の中から特区へ入る予定の幹部達はそれぞれ準備に余念がなかった。
コーネリアがとうとう目を覚ましたことを知った黒の騎士団は騒然となったが、『今更彼女に何も出来はしない。こんな時のためにカレンをユーフェミアの傍にやったのだから動きはすぐに解る』との言葉にさすがゼロと安堵していた。
ディートハルトは嬉々として日本経済特区フジに入り、特区に関する全ての情報を集めては解析し、あるいは操作をして来たる日に向けて備えている。
「えっと、扇副司令は協力者として協力して下さっているブリタニア人と日本人のハーフの方と一緒にご夫婦として特区潜入ですか。
ブリタニアの目を欺くには理想的ですね」
「おお、何かあいつすっげえ仲がいいみたいでよ、タコさんウインナーが入った手作り弁当とかうまそうに食ってたっす」
玉城が羨ましそうにエトランジュにそう報告すると、実に微笑ましい出来事に笑みを浮かべる。
「こうして人種を超えて手を取り合えるのは、素晴らしいことです。
扇さんには経済特区に設立予定の小学校の教師の職をお願いしたのですけれど」
「それも凄い喜んでた。あいつ、日本が解放されたら昔みたいに教師をするのが夢だったから」
玉城は友人の夢が一時的にせよ叶えられる特区に、玉城はそれなりに肯定的だった。
ただ彼はうかつな行動や言動が多いため、特区参加者から外されたという経緯があるので黒の騎士団の後方基地で待機予定である。
「特区参加者の大部分が、既に各地に入場し始めているようです。
後は特区をうまく成功させるだけ」
そして、その後特区を失敗させる。
みんなで努力を積み重ねているものを、壊す予定で造り上げる。
何とも笑えないにもほどがある茶番劇に、エトランジュは小さく首を横に振る。
「けどよ、成功したら日本人はブリタニアに取り込まれるってことにならないかって意見もあるんすけど」
「いいえ、そうはならないとゼロがおっしゃっておりました。
これはあくまでもユーフェミア個人の融和政策に近いですから」
「ふ~ん、そんなもんかねえ。ま、ゼロの言うことは間違いねえ、任せるよ」
玉城が機嫌よくエトランジュの前から歩き去ると、エトランジュは小さく溜息をついて中華総領事館経由で届けられた天子からの手紙に視線を落とす。
(式典が終われば、次は中華・・・一刻の猶予もならない)
天子からの手紙には、太保が病に倒れてブリタニアとの婚姻政策を推し進める動きが強くなってきたこと、アルフォンスとの婚約でそれを断る手段を使うことを考えていることなどが書かれている。
近日中に、アルフォンスを中華に連れて行った方がいいかもしれない。
それからゼロにも引き合わせて、天子の信頼を得るようにしておこう。
エトランジュはそう考えると、中華行きの準備をすべく天子からの手紙を持ってゼロの私室へと向かうのだった。
「NACと繋がっているブリタニアの内通者じゃが、うまく証拠を隠滅させて我らとの関係を隠し通せることに成功した。おぬしの言ったとおりじゃな」
桐原の言葉にルルーシュは満足げに頷いた。
「奴らにはまだ利用価値があります、桐原公。それをネタに特区への協力をさせ、さらに利益を与えて飼いならしておいて頂きたい」
かねてからNACから賄賂を受け取り、キョウトが日本に散らばっているレジスタンスを援助していることを隠してきた政府高官達をマークしていた動きは、ルルーシュも把握していた。
使える駒は確保しておく主義のルルーシュはさっそく手を打ち、彼らを保護するために策を弄していたのだ。
「コーネリアは特区に加担する訳にも、かといって失敗させるわけにもいかない。
特区に奴らを入れておけば、おいそれと連中を糾弾するわけにはいきませんからね」
「なるほど、特区は公然と日本人や日本人よりのブリタニア人を保護出来るというわけじゃな。つくづくおぬしを選んで正解だったわ」
桐原の満足げな言葉に、ルルーシュはさらに言った。
「あとは特区を成功させ、物資を出来るだけ生産して頂きたい。日本解放の戦争時に、それらを大いに役に立たせますのでね。
さらに現在ブリタニアと交戦中の国々にも提供したいので」
「あい解った。して、おぬしはその間どうするのじゃ?
中華へ参る予定だと聞いておるが」
「はい、中華の天子様との婚姻をやめさせなくてはなりませんからね。エトランジュ様と共に、中華へ行く予定です
何しろシュナイゼルが相手ですから、私が直接指揮を取らねば」
黒の騎士団とは常時連絡を取り合えるようにしてあるので、異常があればすぐに指示するというルルーシュに、桐原は頷いた。
「準備が整い次第、出発いたします。メンバーは私、C.C、エトランジュ様、アルカディア様、ジークフリード将軍、マオの五名です。
クライスにはここに居残って頂く」
何故クライスだけ残すのかと桐原は首を傾げたが、おそらくEUとの連絡役として一人残していったのだろうと納得する。
もちろん事実はクライスはエトランジュとギアスで繋がっているため、彼が生きた通信機として残って貰うだけだったりするのだが。
ついでにナナリーの護衛も依頼してある。
「ナナリーのほうも、既に知人にお願いしておりますので心配ありません。
では、特区の方はよろしくお願いいたします」
「承知した。では、またいずれ・・・」
桐原の画像が通信機から消えると、既に中華へ渡る準備がされているトランクを見つめた。
天子にも協力を依頼して、蓬莱島経由で中華へ密航する準備は万全だ。
天子の婚姻を潰し、その後マグヌスファミリアのギアス能力者を集めてギアス嚮団なるものを潰せれば、後顧の憂いはなくなる。
ルルーシュは順調に進んでいるこの状況に満足した。
同時刻、ユーフェミアは次兄シュナイゼルから通信を受けていた。
「聞いたよユフィ。雇用政策の一環で、イレヴンに職を与えるための特区を造るんだってね」
「はい、シュナイゼル兄様。もう既に入場して下さっている方々の中には、仕事をして下さっている方もいるんですって」
「それはいいことだね。私から少し提案があるんだが、黒の騎士団にも参加を呼びかけてみてはどうだい?
イレヴンの支持を集める彼らが特区に参加してくれればもっと人は集まるし、イレヴンに不当な振舞いをしようとするブリタニア人の牽制にもなるんじゃないかな」
シュナイゼルのにこやかな耳触りのいい台詞に、ユーフェミアは小さく首を横に振った。
「わたくしもそう思って提案してみたのですが、テロリストの認定を受けている騎士団を公に認めるわけにはいかない、そんなことをすればわたくしがテロを容認していると取られかねないからやめるようにと、秘書から反対されました。
それに、式根島で言われたように何もしていないうちから要求ばかりするようなことを二度もすれば、ゼロはもうブリタニア人を信じてはくれないと思います」
シュナイゼルは特区を言い出した時にそう提案してあっさり却下されたと聞き、ユーフェミアらしいと納得しながらも黒の騎士団から武力を奪う機会を失ったことを知った。
「でも、特区が成功してブリタニア人と日本人が仲良く共存しているのを見れば、きっとゼロも武装を解いて特区に参加してくれますわ。
今まで力で抑えつけてばかりで、何もしなかったのがいけなかったのです。信用がないのは仕方のないことです」
(ふむ・・・彼女なりに考えているようだね。だが)
確かにユーフェミアらしい政策だが、経済計画や予算計画、さらには周囲を動かす根回しなどを見ると、これまでの彼女の能力からすれば飛びぬけているものが多い。
一見すればユーフェミアが主導しているように見えるのだが、あまりにも的確過ぎるのだ。
(まるでユフィの性格を熟知した者が、彼女を動かすために策を与えたような・・・)
だがゼロは式根島で思い切りユーフェミアを罵倒しており、また彼女を人質にしたのはマグヌスファミリア・・・コーネリアが滅ぼした国の女王だ。
そんな彼らがユーフェミアのために策を与えたとは考えにくいし、そもそも日本に来るまで公に活動をしていなかった彼女の性格がどんなものかなど知るはずもない。
よって式根島でゼロが語ったユーフェミアの人物像が彼らにとっての彼女の姿であると、普通はそう考えるだろう。
それでもシュナイゼルは引っかかるものを感じたが、珍しく明確な答えが出なかった。
「シュナイゼル兄様も、どうか特区のためにいいお考えがあったら聞かせて下さいな。
お姉様は特区は理想論に過ぎないとおっしゃるばかりですの」
「コーネリアらしいね。まあ、君の思うとおりにしてみるといいよ。
争いばかりで解決するのは悲しいことだからね・・・いずれ機を見て参加を呼びかけるといい」
今はユーフェミアの言うとおりタイミングが悪いが、ある程度特区が利益を上げた頃を見計らって参加を呼びかければ、それで彼らから武力を取り上げられる。
ゼロの出頭と引き換えて黒の騎士団を免罪すると言えば、彼のいない騎士団など烏合の衆だ、どうとでも料理出来る。
融和政策を打ち出したブリタニアに、黒の騎士団は当分攻撃して来ないだろう。その間に中華をブリタニアの手に治めておく。
シュナイゼルはそう決意すると、ユーフェミアとの通信を切った。
シュナイゼルとの通信が終わったユーフェミアは、私室でスザクに怒ったように訴えた。
「お姉様はひどい、勝手なことをしたとお怒りになられるばかり。
成功したらナンバーズがその富を使ってテロを行うかもしれないって、悪い面をおっしゃってばかりだわ。
ルルーシュがそんなことさせたりしないのに」
「それは仕方ないよユフィ。総督閣下はゼロがルルーシュであることを知らないんだから。
特区を成功させて黒の騎士団が何もしてこなかったのを見れば、きっと解って下さるよ。結果はきちんと認めて下さる方なんだから、ね?」
そう慰めるスザクにユーフェミアはそうね、と気を取り直してルルーシュからの手紙を見る。
それには特区に参加は出来ないが、カレンを通して手紙くらいは送らせて貰う、頑張ってほしいと励ましの言葉が書かれている。
「騎士団に参加して欲しかったけど、私の立場が悪くなるって気を使ってくれて・・・でも、私の立場が悪くなると特区が立ち行かなくなりますものね。
ブリタニア人の面子をある程度立てて、日本人の生活をよくしなくては」
本当に怖い綱渡りだとユーフェミアは怯えたこともあったが、これを成功させなければいつまでもブリタニア人と日本人は争ったままだ。
ユーフェミアはクローゼットから記念式典のためのドレスを取り出し、身体に当ててくるりと回転する。
「ねえスザク、素敵でしょう?これを着て私は式典に出るの。日本人の方は喜んでくれるかしら」
「ああ、綺麗だよユフィ。日本人のみんなも、これを見れば君を信じてくれる」
スザクは今から式典が待ちきれないとばかりに笑う主に、早く仲良く暮らせる特区に行きたいと、胸を膨らませるのだった。
そしてあっという間に時間は流れ、日本特区開催記念式典の日が訪れた。
農業特区ホッカイドウ、工業特区ハンシン、オオサカ、そして経済特区フジに同時に行われ、ユーフェミアが参加するのは経済特区フジだった。
全世界に生中継される式典に、ニーナも学校を休んで参加していた。
彼女は昨夜準備のためにシュタットフェルト邸に泊まらせて貰い、カレンとエドワードとして変装したアルカディアと合流し、一番大きなリムジンに乗り込んだ。
「カレンさんもニーナさんも、今日はまたひときわ綺麗ですね」
アルカディアの言葉にカレンは朝からメイド達に囲まれて着飾らされたとうんざりした表情で、二―ナはこんな豪華なドレスなんて似合わないと思い、小さくなっている。
「そうだ、カレンさんから伺ったのですが、何やら見て欲しいものがあるとか」
「え、あ、そうなんです。
ロイド伯爵に見て貰おうと思ったのですけど、連絡先をうっかり聞き忘れて・・・エドワードさんも科学に詳しいって聞いたから、ぜひご意見を伺いたくて」
ニーナが鞄からCDロムを取り出すと、アルカディアは持参していたノートパソコンを立ち上げてCDロムのファイルを開く。
「へえ、新しいエネルギー源に関すること、かな・・・ウランについて、か」
さすがに大学で科学を学んでいたアルカディアは、ある程度の概要を理解出来た。
だが読み進めていくうちにその表情が険しいものになっていくことに気付いて、ニーナが恐る恐る尋ねる。
「あの、何かおかしな点がありました?」
「いや、見事な論文だよ。このまま学会に出しても通じるくらいだ」
お世辞ではなくはっきりとそう言ったアルカディアに二ーナは嬉しそうだったが、アルカディアは首を横に振りながら言った。
「だが、それはまだしないほうがいい。これは危険だ」
「どうして?このエネルギー源を使える方法さえ確立出来たら、ユーフェミア様だって特区のエネルギー源に使えるって喜んで下さるかと思ったのに」
現在もっとも効率的なエネルギー源としてはサクラダイトが有名だが、それを日本人に使わせるわけにはいかないと、主に使用を許されているのは電力である。
電力は確かにソーラーシステムなどで安定して得られるがいまいち火力が弱く、ユーフェミアは特区成功のためにももっと効率よく使えるエネルギー源がないかと科学者の卵であるニーナに相談していたのだ。
「解りやすく言うと、これは確かに強力なんだけど、その分暴走したらまずいことになる代物だからだよ。
たとえばこれをエネルギー源の発生装置として使ったとしよう。万が一これが何らかのシステムエラーでも起こして暴走したら、どうなると思う?」
ニーナはその指摘を聞いてすぐに理解し、顔を青ざめさせた。
「あ・・・周囲の建物とかが綺麗に消えてしまうわ!気づかなかった・・・」
ニーナの答えを聞いてカレンもシュタットフェルトも絶句し、慌てて二ーナを止めにかかる。
「ちょ、何その物騒な機械!やめよう怖いわよそれ!」
「暴走したら特区失敗どころじゃない・・・それはちょっと」
ニーナはもっともだと納得してしゅんと落ち込んだが、だからといってこの理論が使えない代物なわけではない。
アルカディアは少し考え込んだ後、二ーナに向かって提案する。
「だったら、この暴走が起こっても大丈夫なシステムを作って、それと同時に発表すればいい。
暴走が起こってもすぐに止められるシステムとか・・・そうすれば安全性のアピールになるし、悪用する者に対する牽制にもなる」
「悪用って・・・これは新たなエネルギー源としてのもので」
「どんなものでも悪用すれば怖いことになる。包丁だってただ料理をするために材料を切る道具なのに、それで殺人事件が多数起きているのは知っているだろう?
人間は良くも悪くも考える生き物だ、己の悪意のために使用法を考えることもある」
アルカディアはそう諭すと、彼女にならいいかと思い本当に恐れていることを話す。
「それに、これを爆弾に転用されたらどうなる?ナイトメアなんか目じゃないぞ。
ブリタニア軍なら、たぶんこれに目をつけるだろうね・・・そして君をユーフェミア様の元から連れ出すだろう。
たとえば宰相閣下辺りから引き抜くとか言われたら、ユーフェミア様だって逆らえないし、君もその命令に従って開発をしなくてはならなくなる。
君だって平和を望むユーフェミア様の意に逆らって、爆弾開発なんてしたくないだろう?」
「・・・・!嫌よ、私!ユーフェミア様のお傍から離れて恐ろしいものを作るなんて!!」
大いにあり得る展開にニーナが頭を何度も横に振って否定すると、アルカディアの言うとおりまずはウラン理論の暴走を止める方法を考えることを決めた。
「ありがとうございます、エドワードさん。
新しい理論を作ってユーフェミア様にお褒めて頂くことばかり考えて、他に目がいってなかった」
「科学者にはありがちなことだから、気にしなくていいよ。
でも今後は新しい理論を考えたら、その危険性も合わせて気にした方がいい」
「そうします・・・頑張らなくちゃ」
ブリタニア軍に悪夢のような兵器が生み出される危険性を回避出来たことに、カレンとアルカディアがほっと安堵の息を吐く。
(よかった!マジでよかったよここに来て!生きた心地しなかった・・・)
あの理論を見て始めは凄いと思っていたが、シャレにならないエネルギー放出量に本気で血の気が引いた。
彼女の動向から目を離すなと視線でカレンに訴えたアルカディアに、カレンは二度頷いて了承した。
微妙な雰囲気の中特区に入場した一行は、今度は緊張した面持ちでスザクとダールトンを従えたユーフェミアの前に目通りした。
「ユーフェミア様!やっとですね!」
「ニーナ!来てくれたのねありがとう」
何故かまだ着替えていないユーフェミアにニーナは首を傾げたが、当の本人は気にすることなくカレン達を出迎えた。
「あの、私来月中には学校を卒業出来そうなんです。これでその・・・ユーフェミア様のお役に立てられるって」
顔を紅潮させてそう言うニーナに、ユーフェミアは驚きながらも嬉しそうに彼女の手を取った。
「まあ、無理をしなくて良かったのに。でも嬉しいわ、ありがとう」
「ニーナも卒業するのか。生徒会も大変そうだね」
スザクが少し驚いたように言うと、ニーナもうん、と少々申し訳なさそうに頷いた。
何しろカレンが休学届を出したので、残る生徒会メンバーはミレイ、リヴァル、シャーリーの三名だけとなるのだ。
その上シャーリーが早期単位取得制度を使って放課後講義に出ているため、仕事は多忙を極めているそうだ。
「ミレイちゃんもいい加減単位を取れって理事長から叱られたらしくて、お祭りもやってないのよ。
いつもは疲れるとか思ってたけど、なくなると寂しいものね」
ニーナの溜息にユーフェミアが尋ねた。
「お祭りってなあに?学園祭のことじゃないみたいだけど」
「あ、はいユーフェミア様。会長が突発で開催するお祭りなんです。
この前はアーサーを学園で飼うことになった時、歓迎会と称した猫祭りが行われて・・・」
「猫祭り?」
「ええ、全員が猫の格好をして騒ぐってお祭りで。前は男女逆転祭りだったな」
面白そうにスザクが語る祭りの内容に、ユーフェミアが思いついたように手を叩く。
「まあ、それは面白そうだわ。そんなお祭りなら、みんな楽しめそう」
「ユーフェミア皇女殿下、そのような庶民の祭りなど真似をすべきではありませんぞ」
ダールトンが慌てて叱りつけると、ユーフェミアは頬を膨らませる。
「まぁまぁ、いいじゃないんですかそんなのも~。
だいたい男女逆転祭ですか?あれなら四六時中カノン伯爵がやってますしぃ~」
間延びした声でそうユーフェミアを擁護したのは、ロイドだった。
この特区にゼロが関与しているなら黒の騎士団員がいるかもしれないと踏んだ彼は、こうしてやって来たのである。
「カノン伯爵って?」
「シュナイゼル殿下の副官~。彼、しょっちゅう女装してるんですよね」
スザクの問いにそうロイドが答えると、ユーフェミアは驚いた。
「え、あの方女性じゃなかったんですか?てっきりわたくしはずっと・・・」
「いや、カノンって男性名でしょう?あ~、でも女性名だっけ日本じゃ」
小学校に通っていた時代、同級生に花音という名前の少女がいたことを思い出したスザクに、ユーフェミアはそれならとダールトンに訴える。
「ほら、シュナイゼル兄様の副官の伯爵の方だってなさってるんですって。
こんな気楽な祭りなら、きっと皆様楽しんでくれますのに」
「・・・・・」
ダールトンは伯爵であり皇族の副官でありながら女装などという行為を公然としているカノンに、苦情を入れようと決意した。
だが味方は思わぬところから現れた。
「でもユーフェミア殿下、女装って若いうちは似合う人が多いからいいですけど、大人になるにつれて似合う人って言うのは少ないですよ。
いや失礼を承知で言いますけど、ぶっちゃけダールトン閣下とかだと・・・」
アルカディアの言葉によく言ってくれたとばかりにダールトンも同調する。
一瞬己の女装姿を脳裏に浮かべてしまい、顔が引きつっている。
「そ、そうですなユーフェミア様。中には抵抗を示す者もいるでしょうし」
「大丈夫です、自由参加にしますから。後で計画書を立てましょう」
ユーフェミアの中では既に開催は決定されたらしい。余計なことを言ったスザクとロイドを睨みつけたダールトンに、アルカディアが囁く。
「こっちで適当に理由をつけてやめるように申し上げましょう。どうせ特区が成功してからになるので、時間はあります」
「うむ、よろしく頼む」
ダールトンはコーネリアと絶賛姉妹喧嘩中のユーフェミアの扱いに、たいそう苦労していた。
ユーフェミアの気持ちもコーネリアの気持ちも解るだけに、間に立たされる彼の胃は最近悲鳴を上げている。
そんな側近の苦労など知らず、ユーフェミアはこんな仮装祭りならルルーシュもこっそり参加出来るのではないかと淡い期待を抱いていた。
「ユーフェミア皇女殿下、そろそろ記念式典開催の刻限です。お支度を」
秘書に言われてユーフェミアが一礼して部屋に走り去っていくと、一同も用意されているVIP席へと案内されていく。
そのVIP席にはキョウト六家の面々も座っており、神楽耶などはこの特区が失敗すると知っていることからどこかつまらなそうな顔をしていた。
しばらく雑談などをして時間を潰していると、とうとうユーフェミアによる特区開催宣言の時刻になった。
「いよいよね・・・ユーフェミア様・・・」
ニ―ナが壇上に食い入るように見つめていると、ブリタニアの皇族カラーである白いドレスをまとったユーフェミアが現れ、壇上へと立つ。
「あれは・・・ユーフェミア皇女・・・」
彼女の姿を見て一部の人間は、そのドレスが何を意図しているものかを悟った。
真っ白なドレスに白いハイヒールを履いた彼女の胸元には赤いバラが飾られ、そのシンプルな姿が日本の国旗を表したものだと気づいたのだ。
ブリタニア人にもそれに気づいた者がいたが、それを口にするわけにはいかず黙っている。
「日本人の皆さん、本日は日本特区開催記念式典に参加して下さって、ありがとうございます!」
「に、日本人と・・・皇女殿下が・・・!」
ユーフェミアのいきなりな台詞に、この展開を予想していたダールトンは大きく溜息を吐く。
「これからわたくし達は共に手を取り合い、この日本を、エリア11を発展させていきましょう!
争いばかりではお互いに傷つけ合うだけです。これから先相互の認識の違いや過去の確執など、様々な困難があることと思います。
しかし、それでもその先に共存し繁栄の道があるとわたくしは信じます」
あの神根島で、ルルーシュは言った。
ナナリーは優しい世界でありますようにと願ったと。その願いを叶えてやりたいとも言った。
自分も同じくするその願い、異母姉として叶えてやりたい。
(だから、わたくしは・・・!)
「ただ今を持って、経済特区、農業特区、工業特区日本の開催をここに宣言いたします!!
どうかこの特区が、優しい世界の先駆けとなりますように!!」
その言葉に、日本人達が一斉に立ち上がって拍手する。
「オールハイル・ユーフェミア!日本万歳!」
「ありがとうございますユーフェミア様!」
ユーフェミアはゲットー封鎖を行ったことで不信を持たれていたが、もともと日本人は浪花節に弱い。
そしてユーフェミアが日本の国旗を模した服装で現れたことも手伝って、一気に彼女に対して期待する感情が高まったようだ。
ユーフェミアによる特区設立宣言が何事もなく終わると、続いてブリタニア人代表であるシュタットフェルト、さらに日本人代表であるキョウトによる祝辞が述べられ、セレモニーは滞りなく進んでいく。
(さて、そろそろ時間だわ。行かなくては)
アルカディアはカレンに目配せをして席を離れ、今回の作戦のために足早に歩き去った。
日本人達がユーフェミア万歳を叫ぶ中、当の本人は自分に相談することなくあのような格好で式典に臨んだことを通信でコーネリアから叱責されていた。
「お前はブリタニア皇族だぞ。何故あのような・・・!」
「だってお姉様、白は皇族の色だしちょうどいいと思って・・・日本人の皆さんだって、喜んで下さいましたわ」
「あまりナンバーズを甘やかすんじゃない!奴らを調子に乗らせるとロクなことにならん」
「ほう、ではこの特区、貴女は成功させるつもりがないということかな、コーネリア総督」
いきなり背後から現れた声に、ユーフェミアもスザクも驚いて後ろを振り向くと、そこにはゼロがいた。
「る・・・ゼロ?!」
「ゼロだと?!貴様・・・!」
コーネリアがダールトンがいない今スザクにすぐに取り押えるように命じようと口を開くと、その前にゼロが嘲るように言った。
「いいのかな、コーネリア。今この場で騒ぎを起こせば、特区はそれだけで失敗するぞ?」
未だ日本人の支持が強いゼロを特区内で追いつめれば、この特区がゼロをおびき寄せるものだと勘違いされる可能性があると言うゼロに、おそらくはそう情報操作をするつもりだと悟ったコーネリアは歯噛みしつつも捕縛を断念する。
「貴様・・・何の用だ?!」
「大した理由ではありません。ただ今回の日本特区開催のお祝いを申し上げに参っただけです」
ゼロの答えにユーフェミアは嬉しそうに微笑み、では貴方も参加してくれるのかと期待の眼差しを向ける。
「いいえ、残念ながらそれはまだ無理です。
しかも総督閣下があのような心積もりと知っては、なおさら我々が参加する訳には参りませんね」
「くっ・・・!」
「ですがユーフェミア皇女、貴女が真実日本人を思い、この特区が成功したと知った暁には、この日本で反ブリタニア活動を行う必要はありません。
潔くブリタニアに出頭しましょう」
「なんだと・・・それは本気か?」
いきなりの出頭発言に、ゼロは不敵に頷いて肯定した。
「もちろん、タダで私がここに足を踏み入れるつもりはありません。黒の騎士団の日本人達の免罪と引き換えです。
特区が成功すれば、日本とブリタニアは争う必要がありませんからね。平和のためなら、喜んで私は出頭しましょう」
「ゼロ・・・・!でもそれは」
ユーフェミアの言葉を止めたのは、コーネリアだった。
言質を捉えた彼女はニヤリと笑みを浮かべ、ゼロに確認する。
「その言葉、忘れるなよゼロ。
必ずや貴様をこの場に出頭させて、そのふざけた仮面の下を衆目に晒してやる」
「どうぞ、ご自由に。それともうひとつ・・・我々黒の騎士団は、融和政策を打ち出したユーフェミア皇女に対し攻撃を加えないことをお約束しましょう。
黒の騎士団は不当な暴力を振るう者全ての敵ですが、平和を望みそのために粉骨砕身する者の味方でもありますのでね」
「何を言うか!このエリア11で不当に暴れ回るテロリストが!!」
「先にこの日本で不当に暴れ回ったのはブリタニアだ。
貴方がたにその自覚はないのは知っていますので反論はけっこう」
ルルーシュはそう吐き捨ててコーネリアの口を止めると、ルルーシュとコーネリアの間でおろおろしているユーフェミアに向き直る。
「このたびは特区を無事開催出来、まことにおめでとうございます。
しかしこれから先多々苦労がおありかと存じますが、まずは貴女のお手並みを拝見させて頂くこととしましょう」
貴女の手を取るのはそれを見てからというルルーシュに、ユーフェミアは頷いた。
「もちろんですわゼロ。わたくしは戦うことなくみんなで仲良く暮らしたいのです。
お姉様も貴方も、戦いで傷つくのを見るのはもうたくさん!」
「ユフィ・・・」
自分が重傷を負ったと聞いて、この妹もたいそう傷ついたのだろうとコーネリアは大きく溜息をついた。
いきなり自分と言う支えを一時的にせよなくし、ギルフォードやダールトンがいるとはいえさぞ怯えたことだろう。
(聞けば式根島でも、枢木が離れたために黒の騎士団の襲撃に遭った上に人質にされたというからな・・・私が不甲斐無かったばかりに、ユフィに余計な心配をかけてしまった)
ダールトンが言うには、シュナイゼルに言われてユーフェミアから離れたスザクがシュナイゼルの策の囮にされてしまい、ユーフェミアはそれを庇おうとして飛び出しあの騒ぎになったという。
以降スザクはランスロットのデヴァイサーと学園を辞めて護衛についたと聞いた時は、確かに彼は騎士として褒めるべき行動であると、コーネリアは認めた。
戦いのために自分の大事な人が傷つくのを見るのが耐えられないと言う妹からすれば、融和政策でテロが収まる方がいいと考えたのかもしれないが、せめて自分が回復するのを待ってくれればと思わずにはいられない。
しかし、今ゼロは確かにユーフェミアに手を出さないと確約した。彼の常日頃の主張と行動を鑑みれば、それを違えない可能性は高いだろう。
今現在ゼロと手を組んでいるらしきマグヌスファミリアの連中も、彼に止められて自分への復讐のためにユーフェミアをどうこうすることは出来ないかもしれない。
(そう考えれば、特区はユフィを守る壁ともなる・・・特区に私が手を出すのは控えて、ユフィに主導させる方が・・・)
テレビを見る限り、イレヴンはユーフェミアに好意的だ。
そうなればシュナイゼルいわく反ブリタニア同盟を作るために来たと思われるマグヌスファミリアの女王も、イレヴンの心証を悪くする行為をおいそれとはすまい。
「ユフィ!いや、ユーフェミア副総督」
「はい、総督閣下」
「お前は当分特区にのみ専念しろ。まだまだ始まったばかりだ、何事もダールトンや執政官に図り、イレヴンの言い分のみを聞くようなことは避けるように。
ゆめゆめ気を緩めず、精進するようにな」
「お姉・・・いいえ、コーネリア総督閣下!ありがとうございます」
特区をわずかなりと認めてくれたとユーフェミアは嬉しそうに頷くと、コーネリアはダールトンからの意見書を思い出して特区を成功させるためにいくつかの手を打つことを決めた。
(特区を成功させた暁には、特区に対して徴税率を上げれば奴らに余計な富を与えずに済む。
また、特区の中でのみ使える振興券などの発行を行ってそれを買わせることで、特区の外に富が流れるのを防ぐ手もある、か)
コーネリアはこの意見をもっともだと考え、満足していた。
だが、彼女はその案は今通信機の向こうにいるゼロからのものであり、その法案を可決したが最後、その特区を失敗させる要素に化けるということに気付いていない。
ルルーシュはそんな異母姉の考えを見抜いてにやりと仮面の下で笑みを浮かべると、ユーフェミアに向かって言った。
「残念ながら人間は、厚遇されるとつけ上がるものです。日本人を庇う貴女の姿勢は素晴らしいですが、それを変に勘違いする者もいるでしょう。
くれぐれもそのバランスを間違えないように」
「そう、そうね・・・気をつけます」
素直にゼロの言葉を聞くユーフェミアに、コーネリアは不愉快な気分になった。
愛しい妹に何を偉そうにと言いたいが、ゼロの言っていることが正しいだけに却って腹が立つのだ。
「では、私はこれで失礼します。特区の成功、私も陰ながらお祈りしております」
しゃあしゃあとそう真摯な口調でそう言ってのけたルルーシュがきざったらしく襟元を直してから部屋から出ていくと、ユーフェミアはがっかりした顔になった。
(ユフィ・・・何故ああもあの男を特区に参加させたがるのだ。
あれは正義の味方を気取っているだけのテロリストだぞ)
いくら平和を望んでいるからとて、ユーフェミアの態度に違和感を覚えたコーネリアだが、今無理に追求すればただでさえ喧嘩中の自分達の溝を深めることになりかねない。
コーネリアは何度目か解らぬ溜息をつくと、再度頑張るようにと告げてから通信機を切るのだった。
それから五分後、スザクはユーフェミアを連れて屋上に来ていた。
そこには既にゼロの衣装を脱ぎ、茶髪のウィッグと青色のカラーコンタクトレンズをつけて変装したルルーシュがいた。
「ルルーシュ!」
「早かったな、スザクにユフィ」
ルルーシュに笑顔で出迎えられて、ユーフェミアは嬉しそうに彼に抱きつく。
「来てくれたのね、嬉しい!ルルーシュったら、急に来るから驚いたわ」
「たまには俺から驚かそうと思ってね。ちょっとカレン達に協力して貰ったんだよ」
ルルーシュは特区開催記念の入場者に紛れ、ギアスを使って会場に入って来ていた。
そしてつい先ほどまでアルカディアと合流して彼女のギアスで姿を消し、日本特区に関わる者や特区を警護するという名目の監視兵などにポンティキュラス王族のギアス能力者のみに施される“左手の甲にコードを模した刺青をした者の指示に従え”とギアスをかけて支配下に置いていた。
こうしておけば特区に出入り出来るアルカディアが彼らに命令出来るし、ルルーシュが直接彼らに命を下す場合はペーパータトゥーを貼れば問題はない。
特区に関わる全ての者が集まっている今が、その作業を行うのにもっとも効率的だったのである。
(ホッカイドウ、オオサカ、ハンシンの特区の者には、既にギアスをかけてある。
これですべての特区が、俺の手の内に入った)
ちなみにアルカディアはエドワード・デュランとしてシステムのプログラミングに関わっており、ルルーシュのパソコンからハッキングや情報閲覧が出来るようにもしてある。
(条件はすべてクリアした。次は中華だな)
「それにしてもスザク、どうしてルルーシュが屋上にいるって解ったの?」
「それは秘密だよユフィ。男同士のね」
スザクが悪戯っぽく口に人差し指を当てると、ユーフェミアは頬を膨らませる。
「まあ、二人だけの秘密なんてずるい!これだから男の人って」
「ナナリーにも内緒なんだよ、ユフィ。
この特区が姉上にも内緒なんだから、これが俺達だけの秘密・・・それでいいだろう?」
姉に対して絶賛反抗期中のユーフェミアはその言葉に嬉しそうに納得し、悪戯っぽく笑った。
「そうね、ルルーシュと私が作った特区だもの。お姉様にも内緒の・・・。
ねえルルーシュ、私はうまく出来たかしら?」
「ああ、とてもよく頑張ったよユフィ。そのドレスも似合ってる」
ルルーシュが素直にそう褒めたたえると、ユーフェミアは白いドレスを翻した。
「日本人のみんなも喜んでくれたし、私を少しでも信用してくれるようになったらと思って・・・これにしてよかった」
「うん、いいアイデアだ。だが、ブリタニア人が余計な邪推をすることもある。
その辺の舵取りが難しいところだが・・・特区内でだけ日本人の呼称を使い、外ではイレヴンと区別して使い分ける方がいいな。
むやみに敵を作るのはよくない」
「そういうのは好きじゃないけど、確かに私の立場が悪くなったらいけないものね。
お姉様に当分特区にだけ専念しろと言われたから、イレヴンなんて呼ばなくてもよさそうなのが救いだわ」
ルルーシュのアドバイスにユーフェミアは素直に頷く。
コーネリアと喧嘩している今、自分好みのアドバイスをしてくれるルルーシュを何かと頼って来るこの状況を彼は最大限に利用していた。
「俺は特区にはたまにしか来られないが、カレンを通して手紙くらいは送るから。
困ったことがあったら、彼女を通して知らせて欲しい」
「ええ、解ったわ。ところでルルーシュ、本気なの?特区が成功したら出頭するって」
心配そうにそう尋ねるユーフェミアに、スザクも不思議そうな顔だ。
「そうそれ、僕も聞こうと思ってたんだ。どうしてあんなことを・・・」
「ああ、それか。確かに出頭するとは言ったが・・・・」
そこでルルーシュは、非常にあくどい笑みを浮かべて言った。
「ブリタニア軍に捕まりに行くとは一言も言っていないからな」
「・・・え?」
二人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたので、ルルーシュが説明してやる。
「出頭とは、“官庁などの呼び出しを受けてその場所に赴くこと”だ。自首ではない。
つまりこの特区に出頭して黒の騎士団員の免罪を宣言させた後で、俺はこの場から速やかに撤退する」
勘違いしている者が多いが、出頭とはあくまで警察などに出向くことを言うのであって、捕まりに行くことではないのだ。
解りやすい例を取ると、『警察に明日出頭するように言われたよ』と言う人がいるが、その人物が犯罪者であるとは限らない。
ただの参考人かもしれないし、落し物が見つかったので引き取りに来るように言われただけかもしれないのだ。
「・・・何その一休さんみたいなとんち」
さすが徒手空拳からここまでの大組織を作り上げただけはあり、何とも悪知恵が働くことである。
親友のいっそ褒めたくなるほどあくどい知恵にスザクは感嘆したが、その彼の本音を知ればもはや言葉は出ないであろう。
(特区は失敗すると解っているからな・・・俺がその約束を果たすことはあり得ないんだよ、コーネリア姉上)
今頃特区を支援するために手を打っているであろう異母姉にそう呟くと、ユーフェミアがおそるおそる尋ねた。
「その後はどうするの?まさか外国に行くつもりじゃ・・・」
「ブリタニアに虐げられているのは、日本だけじゃない。
エトランジュ様達のこともあるのは、君も知っているだろう?」
「・・・ええ。次はEUへ行くのね」
ユーフェミアはルルーシュが特区が成功すればさらに遠くに行ってしまうことを知って複雑な気分になったが、ルルーシュは笑って言った。
「心配するな、ちゃんと日本への密航ルートは考えてある。暇を見て来るから、安心してくれ」
「そうなの?たまにでも無事な姿が見られるなら、それでいいわ」
「ああ・・・さて、そろそろ時間だ。俺は行くよ」
ユーフェミアの姿が見えないことに、ダールトン当たりが騒ぎ出す頃だ。
ルルーシュが指を鳴らすと、屋上の出入り口をギアスで姿を消して見張っていたアルカディアが姿を現す。
「あ、あの時の・・・アルカディアさん」
「久しぶりね、ユーフェミア皇女。
今回はいい仕事をしていたようで、まずはお祝いを申し上げるわ・・・エディからもね」
「ありがとうございます。あの、実はエトランジュ様のことをその・・・シュナイゼルお兄様にお話ししてしまって」
申し訳なさそうに謝るユーフェミアに、アルカディアはあっさり気にしていないと言った。
「変に隠してもどうせバレたと思うから、別にいいわよ。
あの時いきなり何でか床が落ちてエディの顔がバレたのは、不可抗力だしね」
誰が遺跡へ行くための装置を動かしたのかは未だに解らないが、あれは事故だ。
そして余計なことを憶えていたシュナイゼルのせいであることは理解しているので、ユーフェミアを咎める気は彼女達にはなかった。
「私達も無理に暴力で解決したいわけじゃないから、こういうのは嫌いじゃないわ。
まあ、せいぜい頑張ってね」
「そうですよね、暴力で解決するのはよくないですもの。私頑張ります」
「じゃ、そろそろ帰るわ。あ、そうそうナナリー皇女からの伝言が」
正確には伝言と言うよりもユーフェミアに向けて応援する言葉を呟いていただけなのだが、それを伝える。
「『ブリタニア人と日本人が一緒に暮らせる場所なんて、ユフィ姉様は凄いです。
大変でしょうけど、頑張ってほしいです』・・・だって」
「ナナリー・・・!ええ、私絶対に特区を成功させてみせるって、伝えて下さい」
涙を浮かべて末の異母妹からの言葉を喜ぶユーフェミアは、特区に体の不自由な者でも過ごせる場所を作れば、ナナリーもいずれはここに、と考えた。
ここは自分が作った特区なのだ、ルルーシュに何かあってもナナリー一人を守れる力くらいはあるはずだ。
「そうだ、カレンから聞いたが、無理はするな。ちゃんと睡眠と栄養のとれた食事をするように。
君が倒れたら、特区は大変なことになる。体調管理も上に立つ者の大事な務めなんだからな。
ナナリーにはちゃんと伝えておく。じゃあ、俺達は帰るよ」
彼らしいお説教を最後にしたルルーシュがアルカディアと共に立ち去ると、ユーフェミアは屋上から楽しそうに笑い合う日本人とブリタニア人を見つめた。
ブリタニア人らしき褐色の肌をした女性がはにかみながら、日本人の男性と寄り添っている姿も見える。
ああ、何て素敵な光景だろう。
人種を超えて手を取り合い笑い合う光景は、こんなにも美しい。
この特区を一刻も早く成功させて、大事な家族をここに呼ぶのだ。
(ずっといつまでもみんなで仲良く暮らすの・・・必ず実現させてみせるわ)
ユーフェミアはそう心に決めると、スザクの手を取って会場へと戻るのだった。
一方、コーネリアからゼロが特区内に現れたと聞いたダールトンは、騒ぎにならない程度に兵を集めた。
ゼロをこの特区内で捕えればイレヴンどもが騒ぐので、特区の外に出た頃を見計らって捕まえろとの指示を受けた彼が特区内をうろついていると、そこへ青いケープをまとった赤髪の女が茶髪の少年と共に歩いている姿が見えた。
「あの青いケープに赤髪・・・ギルフォードが言っていたコーネリア殿下を襲ったテロリストの女か!」
ダールトンが引き連れていた兵とともに走り出すと、アルカディアはげ、と呟き、慌てて走り出した。
「な、なんだいきなり?!」
ルルーシュは驚いたふりをして彼女と無関係を装うと、兵の一人がルルーシュに尋問する。
「あの女は手配中のテロリストだ。
大事な式典の中騒ぎを起こしたくないので極秘に捕まえたいのだが、あの女とどんな関係だ?」
「え、あんな格好してたからてっきりこの特区内のサーカス団の一人かと思って、話しかけただけです。
ケープの下が派手なステージ衣装だったし・・・」
「そういえばサーカス団が招き入れられていたな。念のため姓名を伺いたい」
「アラン・スペイサーといいます。
この特区に協力参加しているエドワード・デュランの従弟にあたる縁で、式典に参加させて頂きました」
ふむふむと兵士がメモを取っていると、ダールトンがエドワードに変装したアルカディアを伴って戻ってきた。
何故か上着を着ていなうえにシャツが濡れているが、事情を知っているのかダールトンと兵士達は何も言わなかった。
「あ、ダールトン将軍。この少年は特区参加協力者の従弟で、あの女にはサーカス団員と勘違いして話しかけたとのことなのですが」
「アランじゃないか、何だどうした?」
「ぬ、エドワード殿の知り合いか?」
エドワードがいかにも不思議そうに問いかけると、ダールトンはエドワードの従弟かと納得して彼を解放するよう手を振って指図する。
「全く、驚くことばかりですよダールトン将軍。
何しろジュースをこぼされたのでちょっと身体を拭おうと男子トイレに入ったらいきなり女が入って来た上に窓から飛び降りるし、アランが何かの疑いかけられているときた」
「ああ、まさかこんなことになるとは私も思わなかったがな。
この様子では逃げられているな・・・全く狡猾な連中だ」
実はゼロも追いかけていた女もすぐ目の前にいるんだけどね、と必死で笑いをこらえているアルカディアは、アランを手招きする。
「では将軍、私は農業特区のシステムエラーが見つかったと報告があったので、ちょっと直してきます。
早くトラブルを処理しておかないと、イレヴンが勝手にやりかねませんのでね」
「全くそのとおりだ。物流システムを勝手にいじられて物資を横領されたりしてはかなわんからな。
アラン君には失礼なことをした」
「いえ、お仕事ですから仕方ありません。誤解は解けたのですからお気になさらず」
「全くすまなかった。他にも騎士団の連中がいるかもしれん、気を抜くな」
「イエス、マイロード」
「ああ、そうだエドワード殿、その格好では何かと不便だ。
侘びと言ってはなんだが、今替えの服を持ってこさせるので、少し待って頂きたい」
「え・・・・」
アルカディアは反射的に断ろうと思ったが、断るのは却っておかしいためにではありがたくと了承してダールトンが無線で服を持ってくるように言いつけているのを、実にありがた迷惑と溜息をつきながら見守っていた。
ルルーシュは騒ぎを聞きつけてここに来るかもしれないユーフェミアと鉢合わせするのを防ぐため、車を回してくるとごまかして立ち去っていく。
アルカディアはダールトンに見つかった後、手近にあった女子トイレに駆け込み一度ダールトンの追跡から逃れ、ギアスを使って姿を消して男子トイレに移動した。
カツラを取りズボンを履きシャツだけ着ると、脱ぎ捨てたステージ衣装はケープに包んでカツラと共に鞄に隠し、タイミングを見計らってダールトンの前に堂々と姿を現したのである。
特区内はテロやスパイを防ぐため、日本人・ブリタニア人問わずに携帯の使用が禁じられている。
外から連絡を取ることを防ぐために、特区内に妨害電波が張り巡らせているのだ。
そのためブリタニア軍人のみに通じる波長を合わせた無線機内で、連絡を取り合っているのである。
しかし外と完全に遮断されているわけではなく、公衆電話で外部と連絡をとることは可能である。
もちろんブリタニアが盗聴可能な仕様になっているが、特に後ろめたいことを考えていない人間は携帯がないよりマシと考えているようだった。
しばらくしてからグラストンナイツの一人がシャツを持ってやって来ると、アルカディアに手渡す。
「サイズが少々合わないかもしれませんが」
「あー、いいですよ別に。じゃ、ありがたく頂きます」
着替えようとトイレに足を向けた彼女に、ダールトンが言った。
「ああ、今からあの女がどうやって逃げたか調べるためにそこのトイレを検証するので、申し訳ないがこちらで着替えて貰えないか?
男なのだから、問題ないだろう?」
「!」
アルカディアは眉をひそめたが、慌てはしなかった。
他のトイレでと言おうかと思ったが、特に意味はないと考えたのでアルカディアはあっさり頷くと、自らシャツに手をかけて脱ぎ捨てる。
アルカディアの上半身は線が細いせいで女性めいていたが、胸は見事にまっ平であり、喉仏もしっかりと見えた。
アルカディア・エリー・ポンティキュラス。
本名はアルフォンス・エリック・ポンティキュラスであり、エリザベス・アンナ・ポンティキュラスの長男である。
ルルーシュが特区にあるサービスカウンターでタクシーを手配してアルカディアの到着を待っていると、彼女・・・いや彼がお待たせと言いながら駆け寄って来た。
二人が会話していると、その会話が聞こえない距離で軍人達が話している。
「なあ、さっきのイレブンとハーフの夫婦見たか?」
「ああ、特区には何組かいるよな。中にはブリタニア人とイレヴンの夫婦もいたぜ、物好きなこった・・・で、そいつらがどうかしたのか?」
「あのハーフだって妻のほう、行方不明になったヴィレッタ・ヌゥのような気がしたんだけど・・・」
自信なさげにそう告げる男に、相手はまさかと一笑に伏す。
「あのナンバーズ・・・特にイレヴン嫌いの純血派の女がイレヴンと?
そんなのあり得ないって。気のせい気のせい」
「ああ、純血派のリーダーのオレンジとかキューエルが心酔してたマリアンヌ妃のお子様方を殺したからってんで、イレヴン嫌ってたんだよな。
・・・じゃあやっぱり他人の空似か」
軍人達がそう納得して歩き去ると、その会話が聞こえなかったルルーシュとアルフォンスも、その軍人とすれ違いながら特区を出るべく歩き出した。
「お帰りなさいませ、ルルーシュ様、アルカディア従姉様」
メグロゲットーに戻った二人を出迎えたエトランジュに、アルフォンスは言った。
「中華に行ったら、その呼び方はやめなよエディ・・・前のようにアル従兄様と呼ぶんだ、いい?」
アルカディアも中華でボロが出ないように、念を入れて今から男性言葉で喋りながら釘を刺すと、エトランジュは真剣な表情で頷く。
「予定を早め、中華へと出立する。
すまないが貴方達が先に中華へと渡り、根回しがすんだところで俺も追って向かいますので」
何しろ特区が無事に動き出したか見守らなくてはならない上、ナナリーにも出張だと告げなくてはならないのだ。
だがあまりに長いと彼女を心配させてしまうので、なるべく遅く日本を出発したいのである。
それに全員で移動すれば目立つというのもあり、先発としてマグヌスファミリア組、後発にルルーシュ、C.C、マオ組に分かれることになっていた。
「では、私どもはお先に中華へと参りますね。それでは、失礼します」
既に準備が完了していたエトランジュとアルフォンス、ジークフリードは家族を装った偽造パスポートを手にして、ナリタ空港へと向かうべく施設を出て行く。
「次は中華、か・・・」
ルルーシュは現在の中華の状況が記された報告書を手にすると、既に長兄オデュッセウス・ウ・ブリタニアと共にシュナイゼルが訪中していると書かれていた。
「今度こそ、お前に勝つ・・・シュナイゼル!」
ルルーシュはそう決意すると、最近目まぐるしいほどの速度で身の回りのことが出来るようになった愛しい妹に出張を告げるべくリハビリルームへと向かうのだった。
「ユーフェミア副総督閣下が開催された特区日本開催式典は、オールハイル・ユーフェミアの歓声が響き渡る中幕を閉じました、
シュタットフェルト伯爵は今後の特区の行方を見守ってほしいとコメントし、ご息女と二人三脚で特区を盛り上げていくとのことです。
続けて次のニュースです。
中華連邦にご訪問中のオデュッセウス皇太子殿下および帝国宰相シュナイゼル殿下は、本日未明中華連邦皇帝、蒋 麗華に正式にオデュッセウス皇太子殿下との婚儀の申し入れを行ったと発表がありました。
中華連邦総領事館からはその件にはノーコメントとの返答があり、今後のブリタニアと中華連邦との関係に期待の声が上がっています・・・」
コードギアス 反逆のルルーシュ R2編へと続く