第十八話 盲目の愛情
「今日は学園祭ですねお兄様。私も参加したかったですけど・・・」
「そうだねナナリー。でも、代わりにここでも小さいけどお祭りがあるんだから、楽しもうじゃないか」
二人が住んでいるメグロゲットーの施設では、ルルーシュが学園祭を楽しみにしていたナナリーのために立案した夏祭りが開かれていた。
ただ人が大挙すればブリタニアに目をつけられるため、こぢんまりとした小さなものだったが金魚すくいやボールすくいといった定番の店が施設内で開かれ、浴衣などを来た子供達がリハビリルームを彩っている。
「そういえばスザクさんの神社でもやっていましたね。ふふ、わたあめがおいしいです」
「私も好きですよ、これ。ふわふわして甘いです。こんにちは、ナナリー様」
わたあめを美味しそうに食べるナナリーの背後からそう声をかけて来たのは、エトランジュだった。
つい先ほどまで中華連邦と話していたのだが、それを終えて夏祭りに誘われてやって来たのである。
「まあ、エトランジュ様、こんにちは。
わたあめの他にも、何かお持ちになっていらっしゃるようですけど」
「ええ、ベビーカステラです。一口サイズのカステラですが、よろしければどうぞ召し上がって下さいな」
エトランジュが紙袋からベビーカステラを取り出してナナリーに握らせると、出来たての甘い匂いが食欲を刺激する。
「ありがとうございます!あ、本当に食べやすくて美味しいです」
目が見えないナナリーでも手軽に食べられるベビーカステラに、ナナリーは笑顔を浮かべた。
「日本のお祭りは楽しいですね。
クライスなんて金魚すくいに夢中で、ついさっき玉城さんと競って負けたと落ち込んでおりました」
「なんだ、あいつも来ていたのか。あまり騒ぐなと、エトランジュ様から釘を刺しておいて頂けませんか?」
玉城をよく知るルルーシュの要請に、エトランジュは苦笑いを浮かべながら頷く。
「ナナリー様も行きませんか?
車椅子の方でも出来るように、高めのテーブルに置かれた水槽のある金魚すくいやボールすくいもあるんですよ」
「本当ですか?ぜひ行きたいです」
ナナリーが嬉しそうに頷くと、金魚すくいのコーナーではクライスと玉城が再戦しているのが見えた。
「大人げないやつ・・・」
呆れたようにルルーシュが呟くと、クライスが再び負けたらしい。悔しそうに唸っていた。
「ちっくしょー!また負けた!」
「へっへ~ん、俺はガキの頃からこれが得意だったからな」
得意と言うだけあって、玉城はクライスの数倍の戦果をあげていた。
「だらしないわねえクラ。魚釣りなら得意なのに」
アルカディアがたこ焼きを食べながら言うと、クライスはポイを手にして叫んだ。
「こんな薄い紙で魚をすくうなんて器用な真似、出来るのは日本人くらいなもんだ!」
「あー、まあ一理あるわねえ。紙で箱やら人形やら鶴を作るなんて、大したものだとびっくりしたし」
「ふっふっふ、日本人の凄さ思い知ったか!」
威張る玉城に、子供達が自分にもコツを教えてくれと群がってくる。
ナナリーもおそるおそる彼に近づいて、お願いした。
「あの、玉城・・・さんですか?私にも教えて頂きたいのですが」
「あん?ブリキ・・・いや、ブリタニア人の女の子か。
・・・もしかして、カレンが言ってた親父が酷いこと言って放り出したって子か?」
「え、いえ、そういうわけでは」
ナナリーがやんわりと否定するが、涙もろい玉城は何も言うなとばかりに幾度も頷き、ポイを手にして彼女の手に握らせた。
「いいんだ、悪いこと聞いちまってすまねえな。
目が見えないんだろうから、手を取ってコツを教えてやるよ」
別にロリコンではない彼はお椀を借りて金魚を一匹中に入れ、ナナリーの手を取ってポイを操作してひょいと別の器に移し替える。
「大体こんな感じだな。それ貸すから、練習してみろ」
「ありがとうございます!でも、いいんですか私だけ・・・」
「いいっていいって!祭りなんだから楽しまなくちゃな」
周囲もそうだそうだと同意して、紙ではなく大きめのスプーンをナナリーに渡して練習が出来るようにしてやる。
他にも目が見えない子供にも同じようにしてやり、みんなで金魚すくいの練習を始めた。
だがなかなか難しく、ナナリーが落ち込みかけるとルルーシュがポイを手にして言った。
「任せろナナリー、俺が取ってやる」
ルルーシュがそう言って金魚が泳ぐ水槽にポイを入れるが、すぐに水に濡れて破けてしまう。
「くっ・・・だがもう一度!」
・・・これが数度繰り返された後、玉城がルルーシュの肩を慰めるように叩いた。
「諦めろ、な?人間向き不向きがあるんだ。
それにこれは金魚が欲しくてやるんじゃなくて、すくう過程を楽しむもんなんだぜ?あんたがやってどうすんだよ」
玉城の言葉に周囲が同意すると、ルルーシュはうぐぐぐと悔しそうに唸った。
「い、いつかきっとルルーシュ様も金魚をすくえますよ。ナナリー様も頑張って練習すればいいではありませんか。
どちらが先にすくうか、競争するというのはいかがでしょう?」
エトランジュの提案に兄妹の意志は無視して賛成の拍手が起こり、兄と妹の対決が決定された。
それでもナナリーには新鮮な出来事だったらしい、改めて練習が開始された三十分後、子供達から感嘆の声が上がった。
「ナナリーちゃんすごーい、もうコツを覚えちゃった」
「俺まだ一匹もすくえてないぜ。けっこー難しいなこれ」
すぐにコツを覚えたナナリーは、ゆっくりだが紙のポイでも金魚をすくえるようになっていた。
一方のルルーシュは、無駄に力が入り過ぎている上に無駄に考えを巡らせるせいで二匹すくえればいい方という有様である。
「はい、この勝負ナナリーちゃんの勝ちー!おめでとー」
ぱちぱちとナナリーを褒めたたえる拍手が鳴り響くと、ルルーシュは落ち込んだがすぐに立ち直ってナナリーの頭を撫でた。
「さすがナナリーだな、よく頑張った。俺の負けだよナナリー」
「お兄様・・・でも金魚すくいに勝っても、お兄様のお役になんて」
幼い頃は自分の方が体力があり、兄にかけっこで勝ったことがあるが既に遠い過去のことだった。
母が暗殺された事件以降、自分は常に兄の庇護のもとで生きてきたから兄に劣ると劣等感を抱いていた。
今回も、金魚すくいで勝ったからと言って、と自分を貶める言葉が響き渡る。
と、そこへアルカディアがたこ焼きの箱を潰しながら言った。
「何言ってんの、どうでもいいことが後で力になったりすることがあるんだから、素直に喜びなさいって」
「でも・・・」
「どんな小さいことでもね、出来ることがあるっていうのは恥になることじゃないわ。
出来ることをたくさん学んで増やして、それをどう実生活に役に立てるかを考えるのが大事なの。
あんた目が見えない、足が使えないってことで卑屈になってるみたいだけど、意外とやろうと思えば出来るのよ。
日本だって耳が聞こえなくて話せない女の人が、ナンバーワンホステスになったって有名なんだから」
そう言ってアルカディアが視線を向けた先は、手が使えない者が足の指を操作して金魚やボールをすくったり、耳が聞こえず話せない者が周囲の合図でダンスをしている光景だった。
目が見えないナナリーにそういう人間もいると説明してやると、ナナリーはそれでも尻込みした様子だった。
「でも、私いつもお兄様の手を煩わせてばかりで」
「そんなことはないよナナリー。俺がお前を邪魔に思ったことは一度もないんだ。
大丈夫、何の心配もいらない。俺が傍にいるよ」
兄妹がしっかりと手を握ってそう語りかける姿はまことに美しく、玉城などは涙を流して感動している。
「いい兄ちゃんを持ってよかったな!何か困ったことがあったら、俺だっていつでも頼っていいんだからな!」
調子よくそう叫ぶ玉城に、近くにいた少女が言った。
「じゃあおじちゃん、私にも金魚のすくい方教えて?」
「おじ・・・ちゃん・・・俺、おじちゃん?」
がーんと背後に岩が降りてきたかのような顔で尋ねる玉城に、少女は笑顔で頷いた。
「うん、おじちゃんだよね?」
きっぱり断定された玉城は、怒鳴るわけにもいかず落ち込んだ。
それでもいくらでも頼れと言った手前、玉城は心で泣きながら子供達に金魚すくいのコツをレクチャーするのだった。
楽しい時間はあっという間に終わり、既に片付けの時間帯になった。
笑顔で協力して片付ける彼らの顔は、いつも気を張り詰めている日常のいい気分転換になった祭りに晴れやかになっている。
先にナナリーを自室に帰して片づけをして終わったところに、ルルーシュはゴミ捨てから戻ってきたジークフリードに声をかけられた。
「申し訳ないが、ちょっとよろしいかなルルーシュ君。ちょっと話があるんだが」
「はい、解りました。では、あちらの部屋で」
騎士団絡みのことだろうかとルルーシュは考えながら、二人で施設の一室に入った。
「どうなさいましたか、ジークフリード将軍」
「・・・こういう家庭のことには口を挟みたくはありませんし、貴殿の事情も知っていますから言いづらかったのですが、私も親ですのでね、忠告しておこうと思いましてな」
「家庭のこと?俺が、何かナナリーにまずいことをしているとでも?」
不愉快そうに眉根をひそめたルルーシュに、ジークフリードは頷いた。
「はっきりと申し上げましょう。貴方のなさっていることは、一種の虐待ですルルーシュ殿」
「な!!俺がナナリーを虐待しているだと!失礼ですよ将軍!!」
激昂して叫ぶルルーシュに、ジークフリードは落ち着き払って頷いた。
「確かに世間的にはそうは見えませんし、貴方もお若いのでまだ解らないでしょう。
ですが、私から見るとそうなのですよ・・・“過保護”という虐待です」
「過保護・・・」
その単語にふさわしいことは自覚していたのか、今にもジークフリードに掴みかからんばかりだったルルーシュの動きが止まった。
「ナナリーの状態はご存知でしょう。あれくらいは当然です!」
「だからといって、出来ることをやらせないというのは明らかにやり過ぎです。
いつも貴方が傍にいて何もかもしてあげていては、彼女はいつまでも何も出来ないままでしょう」
先ほどの金魚すくいでも、目が見えないナナリーが自分で取れずに落ち込んだ時ルルーシュが取ろうとしたのがいい例だ。
出来ないのなら出来るように教えるという発想が、ルルーシュには欠けている。
しかし傍から見れば妹を大切にしている兄の行為にしか見えないため、玉城のように称賛する人間の方が多い。
ゆえにこれまで、それを指摘する者がいなかったのだ。
「中華連邦の先代皇帝を見舞った時、アドリス様がおっしゃっておいででした。
『親がいなくなっても、子供が一人で立ち歩いていける力だけは必ず受け継がせるべき財産である』と。
ナナリー殿はどうです、貴方がいなくなっても生きていける方ですか?」
「それは・・・!だから俺がブリタニアを壊して、ナナリーと共に暮らせていける世界を創ればそれで!!」
「落ち着かれよ、ルルーシュ殿。貴方はナナリー殿だけを見て、他の人間が目に入っておられない。
ナナリー殿のように目が見えず足も動かない方もいますが、その者達は着替えも出来ますし周囲の協力があればある程度の仕事もこなせています。
貴方がナナリー殿を愛しているのが問題なのではありません。ナナリー殿から学ぶ機会を奪っているのが問題なのです」
ナナリーには危ないから、大変だからと言って彼女に何もさせていないことは、施設に入ってから見ていたからよく知っている。
ナナリーとて人間である。あれもしたいこれもしたいと欲求はあるのだが、兄から危ないからいけないと言われると途端に諦めてしまっていた。
それは兄が自分のためにどれほど苦労しているか知っているため、彼に対して引け目を感じているからだ。ゆえに兄を困らせることを避けてしまう。
結果としてナナリーはますます兄なしでは生きていけないようになるというわけである。。
「実は心理学を学んでいた方が現在この施設でカウンセラーをしているのですが、貴方がた兄妹のことを“共依存”という関係に当てはまるのではないかと言っておりました。
貴方は妹には自分が付いていなければとと言いながら、本当は貴方自身がナナリー殿を必要としているのはないですか?」
「共、依存・・・」
ジークフリードのさらなる指摘に、ルルーシュは七年前に日本に送られてきた時から、目も見えず足も動かせない妹のために生きてきた。
もしも彼女がいなければ、自分はおそらく自暴自棄になっていたと自分でも思う。
・・・自分はナナリーを自分が生きる目的にしたのだろうか。
ルルーシュは最愛の妹を生きる道具にしたという面から目をそらすように、首を横に振る。
「俺は、俺は・・・でもナナリーは!」
「その人いわく、直接的な物言いはカウンセリングには向いてないそうなのですが、貴方はあまりに頭がよろしいのでね、こういうやり方になってしまって申し訳ない。
しかし、私の目から見ても貴方はあまりにもナナリー殿を大事にし過ぎて、結果として彼女を駄目にしていると思います。
己の足で立ち生きようとする人間が持つ強さを、貴方はよくご存知なのではないですか?」
噛んで含めるようにそう問いかけてくるジークフリードに、ルルーシュはゲットーでどれほど虐げられようとも逆境を跳ね返すべく立ちあがった黒の騎士団の仲間達を思い浮かべた。
人は平等ではない、というあの忌々しい父親の言うとおり、人にはそれぞれ欠点や劣っている面が存在する。
だがそれをものともせず生きてきた人間の強さを、自分は確かに目にして来た。
「エトランジュ様がナナリー殿はユーフェミア皇女と似ていると仰っておいででしたが、私も同感です。
いいですかルルーシュ殿・・・愛するだけが愛情ではないのですよ」
「ユフィと、ナナリーが似ている・・・だと?」
今でこそある程度考えのある行動を取るようになったようだが、自分の考えを根拠もなく正しいと信じ、善意の迷惑をかけてきたあのユーフェミアとナナリーとを混同されて、ルルーシュはジークフリードを睨みつける。
「エトランジュ様がおっしゃるには、コーネリアがユーフェミア皇女の行動を逐一監視し、また抑制していたせいで考える力が欠けているように見えたとのことです。
そのくせ自分が失敗しても、姉なり姉の部下なりが後始末をしてくれていたので、失敗しても大丈夫という安易な考えを持ったのではないかというのがアルカディア様の分析でした」
「それは正しいだろうが・・・それとナナリーは」
「行動の幅を広げたいとナナリー殿がお考えになっても、貴方がそれを危ないからと止めておいでですし・・・“鞭を惜しめば子供を駄目にする”というではありませんか」
「う・・・」
自分の行動を改めて指摘されたルルーシュは、ナナリーの身体状況を思えば仕方ないという自分と、ジークフリードの意見が正しいと言う自分とに挟まれて頭を抱えた。
「誤解なさらないで頂きたいのは、愛情を与えるなと申しているのではありませんし、鞭でナナリー殿を鍛えろというのでもありません。
ましてやナナリー殿を生きる理由にしてはいけないわけでもありません。
ただ愛情の与え過ぎはよくない、やれることはやらせて自分で出来ることを増やしていくようにするべきだと言っているのです。
相手に何かをしてあげるというのは確かに解りやすい愛情の与え方ですが、過ぎればそれは人を腐らせる毒になる」
ジークフリードはそう言って、庭に置かれてあった自転車を指した。
「自転車に乗れるようになるには、何度も転んで練習しなくてはなりません。
エトランジュ様も幾度となく転んで傷を作りましたが、それでも乗れるようになりました。
アドリス様も転んで傷を作るエトランジュ様に薬を塗ることはしましたが、決してやめろとは言いませんでしたよ」
自転車に乗ろうと頑張る娘を応援し、傷だらけになって帰って来た彼女を励まし、また練習に向かう娘を送り出した。
その後『エディがケガした・・・早く乗れるようにならないものでしょうか』と仕事を放り投げてこっそり物陰で見守っていたことを思い出す。
「一度乗れるようになってしまえば、後は割と応用が出来るようになってしまうものです。
そこに至るまでが見ているほうも心配なほど大変ですが、必要なことではありませんか?」
「心配するのはいいが、俺がナナリーのために何もかもしてやるのはよくないと?」
「そうです。これは共依存について書かれた本だそうですが」
そう言ってジークフリードが差し出したのは、日本語の本だった。心理学の本のようだ。
“共依存について”と書かれてある。
「勝手ながらシンジュクの本屋から持って来た本だそうです。
先ほど申し上げたカウンセラーの方が、日本語が解るなら読んでみるように勧めて欲しいとのことで」
何でもそのカウンセラーは早くに父を失い母親の手で育てられたそうなのだが、その母親もマルチに引っかかって作ってしまった借金を苦に自殺したらしい。
その時母は大学生だった自分に何の相談もしてくれなかった、自分一人で何もかも背負う人だったと寂しそうに言っていたのが印象的だった。
「過度に妹御を大事にされる貴方を見て、おせっかいかもしれないとも言っておりましたが、私もカウンセラーに同感です。
貴方もぜひ、カウンセリングを受けてみるのもいいかと思います」
ルルーシュはジークフリードから手渡された本をめくり、最初の項目を見つめた。
「共依存というのは自分のことより他人の世話に夢中になり、他人がとるべき責任を自分がとってしまい、他人をコントロールしようとする行動を指す・・・」
さらにページをめくってみると、自分の行動に当てはまる項目が多いことに目を見開く。
「いきなりで混乱されておられるでしょうが、他人から見るとそう見えるとだけ今回はご記憶しておくといいでしょう。
最近少し騎士団の方も落ち着いているので、いい機会かと思っただけですので」
ジークフリードが頭を下げると、ルルーシュは震える声で言った。
「・・・忠告は受け取っておきます。ですが、俺は」
「それは貴方のご家庭のこと、我々が口を出す権利はありません。ですが、心配くらいはさせて貰えませんかな?」
困ったような笑みでそう言うジークフリードに、ルルーシュも少し笑みを浮かべた。
「打算のない心配を大人からされるのは久々だったので、新鮮でしたよ。
・・・少し、俺も考えてみます」
ルルーシュはそれだけ答えると、ナナリーの元へ戻るべく部屋を出る。
その背後に、ジークフリードは声をかけた。
「一度ナナリー殿と話し合って、結論を出してみてはいかがでしょうか。
ナナリー殿も愚かな方ではない、おそらく解って下さるでしょう」
「・・・なるほど、そういうことですか」
それなりの付き合いになっているルルーシュは、今頃この件についてエトランジュやアルカディアがナナリーに話していることを悟った。
おそらく彼らは仲が良過ぎる自分達を心配し、こうして別々に話を通して現在の状況を悟らせ、改めて二人で話し合わせようとしたのだろう。
おせっかいには違いないが、ルルーシュには不愉快に感じなかった。
それは彼女達が、ああしろこうしろと指示するのではなく最終的に自分達で結論を出すようにしてくれたからだろう。
ルルーシュがナナリーの元へ戻ろうとすると、予想通りリハビリルームにナナリーの車椅子を押して戻ってきたエトランジュとアルカディアが目に入った。
ナナリーは少々蒼い顔で、だが何かを考えている様子で車椅子に座っている。
「ナナリー」
「・・・お兄様」
二人はしばらく沈黙した後、ナナリーが意を決して口を開いた。
「お兄様、あの・・・二人きりでお話があるのですが」
「・・・ああ、俺もだ」
ルルーシュがナナリーの車椅子を動かそうと背後に回ると、それに交代するようにエトランジュがナナリーの前に来て彼女の手を握った。
「大丈夫です、ナナリー様。ルルーシュ様は解って下さいます。
ご兄妹なのですから、言いたいことは言ってもいいと思います」
「エトランジュ様・・・はい!」
勇気を貰ったように微笑むナナリーに、ルルーシュはやはりかと納得しながらも二人でナナリーの部屋へと戻った。
引き戸のドアが閉められると、ナナリーがまず口を開いた。
「あの、お兄様。私、その・・・ずっとお兄様に言いたかったことがあるのです」
「・・・自分で出来ることを増やしたい、か?」
先回りしてそう問いかけてきたルルーシュに、ナナリーはこくんと頷いて肯定する。
「私、今までお兄様にご迷惑をかけてはいけないと思ってお兄様のお世話になるばかりでした。
お兄様にお任せすれば何もかもうまくいっていたから、それが一番なのだとそう思って・・・」
ルルーシュは先見の明に優れ知能も高く、さらに家事能力も突出して優れている。
平和な時代であれば、一生遊んで暮らせる財産を築く程度のことは確実に可能であろう。
ゆえに彼に任せれば何もかもうまくいくという判断は、ある意味残念なことに事実なのだ。
「エトランジュ様もそれは間違いないと肯定しておいでだったのですが、だからといって私が何もしないままなのはよくない、と・・・。
エトランジュ様の仕事場でお兄様がお手伝いなさっているそうですが、お兄様の指示は的確でその指示に従うことに疑問はないそうです。
でも、従うだけで何も手伝わないわけにはいかない、って・・・」
正確にはルルーシュの仕事をエトランジュが手伝っているのだが、対外的にはそう取り繕っている。
エトランジュ達はルルーシュの指示に的確に従い、何かあれば即座に報告を行い、また今回のように忠告や疑問があればこのようにすぐに言ってくれる。
単純な能力値はそれなりでも、そういった意味では実に得難い人材であった。
「お前の身体では、手伝うのは無理だ。
だから俺がと思っていたんだが、ついさっき言われたよ・・・それではナナリーはいつまでも何も出来ないままだと」
「私、前からずっとお兄様のお役に立ちたいと思っていたんです。でも、お兄様にご心配をおかけしたくなくて、ずっと黙っていたんです」
「ナナリー・・・」
兄に頼めば、兄は嫌な顔一つすることなく何でもしてくれていた。
自分で何かをすれば兄は心配そうな声で危ないからやめるように言うから、それが正しいのだと信じて疑わなかった。
けれど、施設にいる友人達を見るうち、自分も一人で着替えたり出歩いたりしてみたいと強く思うようになった。
けれど兄に心配をかけてしまうからしてはいけないと思っていた。
「前からその、エトランジュ様に相談していたんです。
私もいろんなことをしてみたいのですが、お兄様が許して下さるでしょうかって・・・」
「以前から?なぜ俺に言わなかったんだ、ナナリー」
少し咎める口調でそう尋ねるルルーシュに、ナナリーはびくりと肩を震わせながらも答えた。
「失敗したらお兄様にご迷惑をおかけすると思って、どうすればいいだろうかって相談したんです。
そうしたら、エトランジュ様が『迷惑くらいかけてもいいと思います。別に悪いことをしようと言う類の迷惑ではないのですから、特に気に病むことはないと思いますよ』っておっしゃって下さったのです」
エトランジュいわく、自分で自分のことをするために学ぶのだから、自分が少しくらい痛い目を見るのは仕方ない、ただそれを見てルルーシュが心配するのも解るから、出来るだけ怪我などしないように手配すると言ってくれたのだ。
『私のお父様も、私には結構その・・・甘いところのある方なのですが、それでも泳いだり乗馬の練習をするのを止めることはなさいませんでした。
それを乗り越えなくては出来るようにならないと、ご存じだったからだと思います。
健常者でも、障がいをお持ちの方でも、何かをするためには努力が必要であることには変わりないと思います。他人ではなく、他ならぬ自分自身が自ら動く努力が』
「ここにいる人達はいろんな障害を抱えておいでですけれど、誰かの力を借りていろんなことがお出来になります。
エトランジュ様が『人に頼り続けるのはよくないですけれど、力を借りるのはいいと思います。でも、借りたものは返さなくてはなりません。
今は皆さんの力を借りていろんなことを学んで、後でお返しすればいいと思います』って・・・。
私、その、迷惑をたくさんかけてしまうかもしれないけれど、やりたいことがたくさんあるんです、お兄様」
人は生きているだけで大なり小なり迷惑をかけているものだから、迷惑をかけてもいい、ただ心配をかけるのはよくないからその加減が大事なだけだと聞いて、ナナリーは少し肩の力が抜けるのを感じた。
エトランジュもルルーシュをはじめとしてたくさんの人々の力を借りている。
故に少しずつでも自分の出来ることで返していこうとしているのを、ルルーシュは知っていた。
「皆さんに迷惑をかけるかもしれないですけど、出来ることをたくさん増やして少しでもお兄様のお役に立ちたいんです。
怪我もたくさんするかもしれないですし、弱音を吐くこともあると思います。
でも、でも・・・やってみたいんです。いけませんか?」
「・・・ナナリー」
自分が黒の騎士団にいない間、一人にしておけないと思ってこの施設に入居した時、ナナリーと同じ障がいを持った者達と一緒に過ごすことは彼女にもいいことだと思っていたが、まさかここまで考えていたとは本当に気づかなかった。
ナナリーは障がいを持った人間は誰かの力がなければ何も出来ないと思い込んでいたが、努力次第でそれを克服し決して無力なのではないことを知り、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
ただそこに至るまでの過程が長く辛い道のりであることも知って、尻ごみすると同時に兄に心配をかけてはいけないと考えて口に出せなかったのだ。
けれど、エトランジュも友人達も言ったのだ。
『辛かったり怖かったらいつでも言ってくれていいんですよ、ちゃんと聞きますから』
『たくさん愚痴を言ったら、また一緒に頑張ろう。困った時は助け合わなきゃ』
その言葉だけで、気が楽になった。それなら、頑張ってみようか。
歩けない足でも車椅子があるし、自分の目が見えないのは神経が悪いのではなく精神的なものなのだから、もしかしたらいつか見えるようになるかもしれないという希望だってある。
「だから、お兄様・・・私、やってみたいんです。出来るところまで、行けるところまで・・・だめ、ですか?」
「駄目なはずないだろう、ナナリー。そうか、お前がそこまで考えているなら、やってみるといい。
俺も、出来る限り協力しよう」
大事な妹の願いだ、出来る限りは叶えてやりたい。
それに、冷静に考えればナナリーの言葉は至極もっともなものだ。
自分がしている反逆で、自分が死ぬ可能性だってあるのだから。
ジークフリードの言うとおり、自分がいなくなっても生きていける力を与えることこそ保護者の最大の務めだと、ルルーシュは認めた。
そして認めたのなら即座に行動に移すのがルルーシュである。
(明日にでも、リハビリルームの設備を増強して理学療法士、作業療法士などの資格を持つ者を探して雇い入れよう)
ナナリーが自分がいなくなっても大丈夫なように、という未来図は、確かにルルーシュの心にぽっかりと穴をあけたような気分にさせた。
だが、ナナリーは自分から離れていくために頑張るのではない。
自分の役に立つために頑張りたいと言ってくれたのだから、それは喜びこそすれ悲しむことではないはずだ。
(それから、リハビリを補助するための知識を仕入れておかなくては・・・咲世子さんに頼んで、その手の本をこちらに送って貰おう。
出来れば彼女にはナナリーについて貰いたいが、まだそれは無理だからな)
咲世子にはアッシュフォードで別れた後、結局自分の正体がゼロであることを話した。
それについて咲世子は納得して絶対に口外しないことと、改めてルルーシュに忠誠を誓うと言ってくれたのだ。
すぐにメグロに行くと言ってくれたのだが、トウキョウ租界に公然といられる咲世子は貴重な存在であり、アッシュフォードの動向を見張ったり租界で物資を仕入れることも出来るので非常に悩んだが、彼女には未だにアッシュフォード学園のクラブハウスにいて貰っている。
ただルルーシュも知らないことだが、既にロイドからルルーシュがゼロであることを聞かされているミレイが咲世子が黒の騎士団員であることを知らず、咲世子もまたミレイがルルーシュがゼロだと知っていることを知らないという、非常に残念な展開になっていたりする。
ゆえにルルーシュとスザクが学園を退学したため、ピザ作りのガニメデを操作するためにロイドがやって来たことを咲世子から聞いても、『ロイド?ああ、会長の婚約者の伯爵だな。そうか』の一言で終わっていた。
ルルーシュがもう遅いから眠るように促すと、ナナリーははい、と頷きながら嬉しそうに言った。
「それでですね、お兄様。エトランジュ様がこんなものを下さったんです」
ナナリーが差し出したのは、少し大きめのボイスレコーダーだった。
再生・録音・消去ボタンの上には点字シールが貼られ、目が見えないナナリーでも操作出来る仕様になっていた。
「これで毎日の記録をつけると、やる気が出るってアドバイスして下さったんです。
目が見えない人でもつけられる、音声日記というものだそうです」
「なるほど・・・いいものを貰ってよかったな、ナナリー」
これが出来ないからと言ってやらせないのではなく出来るようにするということか、とルルーシュは学んだ。
「はい!私、今日から早速使ってみようと思って」
「ああ、せっかく貰ったんだから有効活用しないと失礼だからな。明日お礼を言いに行こう」
ルルーシュがいつものようにナナリーの服を着替えさせようと手を伸ばすと、ナナリーがおずおずと言った。
「あの、私今日から一人で着替えようと思うんです。いけませんか?」
「ナナリー・・・ああ、解ったよ。やってごらん」
思い立ったが吉日とばかりにさっそくやろうとするナナリーに、ルルーシュは笑みを浮かべた。
ランぺルージ兄妹が兄離れと妹離れの第一歩を踏み出した同時刻、政庁で副官のカノンからの連絡を受けたシュナイゼルは、その報告を聞いてやはりねと呟いた。
「シュナイゼル殿下のおっしゃられた通り、マグヌスファミリアのエトランジュ女王は昨年中華を訪れております。
また、それ以前にも天子との親交があったとのことですわ」
「それ以前から?二人に何か接点でもあったのかい?」
「先帝の代に前国王アドリスが訪れたことをきっかけに、文通をしていたとか。
また、最近までエトランジュ女王の伯母であるエリザベスが末息子と共に滞在していたようです。
キュウシュウ戦役後に、彼女はEUに戻ったとのことですが」
現在天子と兄であるオデュッセウスとの婚儀をまとめるため、繋がりを持っている大宦官を通じて調べてみたところ、エトランジュの影を見つけた。
キュウシュウ戦役後から中華ではこの作戦に失敗した責を問われた大宦官のうち二名が失脚し、海外派兵を中止する動きが強まっている。
同時に外国より先に自国をどうにかすべきであるとの意見が徐々に力を増しており、大宦官達には非常に面白くない事態になっていた。
「・・・やられたね。ゼロは初めから中華に貸しを作るつもりで、将軍達を捕まえたようだ」
「そのようですわね。ゼロ、EU、中華・・・どれにもメリットがあります」
ゼロは中華に貸しを作れ、中華は長期戦争を止めることが出来、EUは中華の勢力拡大を阻止出来た。
いずれ日本を解放すれば、中華とEUとの間に同盟を築こうとする意図があるのは明白である。
そのためにも、他国によい印象を与えておく必要があるのだろう。
見事に他人の影に隠れて活動を続けてきたマグヌスファミリアに、シュナイゼルはその長であるエトランジュをどう処理すべきか考えた。
一番手っ取り早いのは暗殺だが、エリア11内にいる可能性が高いとはいえどこに潜伏しているか解らない上、殺しても別の王が即位して同じことをすればいたちごっこで意味がない。
あの国自体が僻地にあり長く鎖国していたせいか、世界的にもポンティキュラス王家は特殊な一族だ。
王位継承権に順番はなく王が健在なうちに時代の王を協議の上選んで譲位する制度があり、また他国ではあり得ないことに家系図を遡ると国民が絶対にどこかで王族と縁戚関係を結んでいるほど王家と国民の絆が強かった。
と言うのもマグヌスファミリアは二千人強程度の人口しかおらず医療制度が発達していないせいで平均寿命が五十代と短いため、人口を維持するために多産が奨励されている。
現女王は母親が早く病死したせいで一人っ子だが、前国王アドリスも十五人兄弟でありその兄弟もそれぞれ三人以上の子供を儲けていた。
ただ血が濃くなるのを避けるために、直系同士の婚姻は禁じられている。
従兄妹までの婚姻は禁止しているので、鎖国している状態で王族以外となると、貴族制度がないマグヌスファミリアは自然国内の誰かと婚姻を結ぶことになる。
ゆえにマグヌスファミリア・・・大きな家族という国名にふさわしく、系図を見ると王族を中心として全ての国民が血縁関係に当たるのだ。
例外は外国から嫁入りした前王妃ランファーのような者くらいであろう。
「つまり、極論を言えば国民全員が王位継承権を持っているわけだ。
形だけ王族の養子として迎えて即位させても、彼らとしては問題にすらならないのだろうね」
「おそらく、そうでしょうね。ただ、一つ気になることが」
そう言ってカノンが取り出したのは、EUに提出されていたマグヌスファミリアの法律書である。
その中の王位継承に関する項目には、“王族の中から成人した者を選んで譲位すること”とはっきり記されている。
「・・・今の女王が即位したのは、確か十三歳になるかならないかではなかったかな?」
マグヌスファミリアの成人年齢は十五歳だ、ちょうど今のエトランジュの年齢である。
しかも前国王アドリスの兄弟の他に、既に成人した彼らの子供もいるはずだ。
「はい、その通りです。
普通なら王が亡くなったからその一人娘が即位というのはごく自然な成り行きですが、マグヌスファミリアに限ってはそうではありません」
これはいったいどういうことだろう。本来なら王になるはずのないエトランジュが、どうして法を無視して即位したのか。
「なるほど、そういうことか」
マグヌスファミリアに関する資料を一通り読み終えたシュナイゼルは、彼らの狙いをある程度推測出来た。
彼らにはサクラダイトのような突出したものがないせいで、周囲に祖国を奪還するために協力を依頼するにしても交渉のための切り札がない。
そこで反ブリタニア同盟を組むことを考え、説得のためにエトランジュを使者に立てることを思いついた。
父親を殺され、国をブリタニアに滅ぼされた幼い女王がブリタニアを倒すために協力して欲しいと訴えれば、王道のストーリーが出来上がる。
これは全くの事実であるから、植民地にしたエリアのレジスタンスもその境遇に同情して力になる者も出てくるだろう。
それで彼女が死んでも、一種の死んだヒロインが出来上がるだけでマグヌスファミリアとしては彼女の遺志を継ぐ者として新たな王を即位させれば済む。
小国が出来る精一杯のことだが、中華連邦の天子と繋がりを持ち、さらにゼロの協力を取り付けた今、この戦略は大成功を収めたと認めざるを得なかった。
「EUのガンドルフィ外相・・・いえ、元でしたわね。
彼が我々と密通しているのが発覚して免職されて以降、EUの動きが掴みづらくなっていたので気づきませんでしたわ」
EUのガンドルフィ外相はシュナイゼルと繋がり持ち、EUの機密情報を流していたのだがそれがバレて即座に免職され、さらには他のブリタニアに通じていた者数名も同じ運命を辿ったため、EUに対する戦略を考え直している最中だった。
「操り人形をどうにかしても、意味がない。
だがその操り人形が成果を上げているとなると、無視は出来ないね・・・本当に厄介だ」
彼女を殺しても別の傀儡が立てられ、殺さなければこのまま各地に情報をばら撒きつつ連携を取っていくための看板をするだけなのは明白だ。
「一応本人がどのような人物かを調べてみましたのですが、海外に留学経験がないどころか、マグヌスファミリアから亡命するまで一度も出国の経験がないそうです。
聞けば相当父親から溺愛されていたようですが」
エトランジュが六歳の頃に妻が病死したアドリスは、遺されたたった一人の娘をそれはそれは大事にしていた。
EU元首会議の後行われる親睦パーティーにも、定期便があるし娘が待っているからと出席することなくさっさと帰国し、執務室にも妻子の写真を国旗を片づけて大きく貼り付け、娘の『お父様、お仕事頑張って』と吹き込まれたボイスレコーダーをBGMに仕事していたなど親バカも極まっていたと、ガンドルフィは心底から呆れた口調で語った。
そんな親に育てられた娘らしく、亡命してきた頃は父親が帰って来ると信じてその報を受けるためにEU本部のマグヌスファミリアに当てられた執務室でひたすら待つ彼女は、どう見ても甘ったれの小娘にしか見えなかったそうだ。
「せいぜい特筆すべきことは、彼女はEUのほとんどの言語を理解し、父方の祖父が中華連邦人であることから中華語も理解出来るくらいでしょうか」
「ああ、それで天子との文通も出来たのだね。
相手の言語を使って交渉すれば、相手の好感度も上がる。これで女王の肩書があれば、彼女ほど使者にふさわしい人間はないということか」
シュナイゼルも他国との交渉によく海外に赴くため、その効力が高いことは知っていた。
ただ彼にはそこまで労力を使う必要がないため、せいぜい教養として学んでいるという程度である。
「今回の件があるし、中華と彼女との繋がりは無視出来ない。
兄上と天子との婚姻を早め、中華をこちらの手に収めるとしようか」
国内が荒れているとはいえ、それでも強国の中華がゼロの元にいるエトランジュにつくとなると非常にまずい。
しかも科挙組が『天子様はまだ十二歳、法で定められた婚姻可能年齢に達していない!』と今回の政略結婚に反対しており、後見人である太師と太保も同様のせいで遅々として話が進んでいなかった。
正論を武器にされることほど邪魔なものはない。
「エリア11のほうは、当分ダールトン将軍に任せるとしよう。
それからエトランジュ女王を操っているEUのほうにも、楔を打ち込んだほうがよさそうだ」
シュナイゼルは予定を繰り上げて中華へ移ることを決めると、スケジュールの調整をカノンに命じた。
彼が頷いて退出すると、改めてマグヌスファミリアの資料を手に取り、王族が住む城の地下に遺跡発見、だが水没させられたために調査不可能という項目を見つめた。
父であるシャルル皇帝が遺跡を直轄領としていることから、この遺跡もそうなのだろう。
(それに、マグヌスファミリアがコミュニティを築いたのは陛下も気にしていたストーンヘンジ周辺だ。
わざわざ自国の遺跡を水没させているし・・・この遺跡について、彼らが何か知っている可能性は高いな)
殺すよりも、取り込んだ方がいいかもしれない。
シュナイゼルはそう考えると、その策について考えを巡らせた。