第二話 ファーストコンタクト
「よし、周辺住民の避難完了!あとはこれを手土産に、ゼロに接触するだけ・・・なんだけど」
エトランジュから避難誘導成功との連絡を受けたアルカディアは、ブリタニア軍を避けて駆け降りてくる黒の騎士団の面々を見て軽く両手をあげた。
(皆さん混乱してて、どうにも話を聞いてくれそうにないわね・・・となると)
とりあえずこの面々を助けて、麓に降りてからのほうがよさそうだ。
そう判断したアルカディアは、羽織っていたマントをはためかせて叫んだ。
「私はブリタニア反抗組織、“青い橋”のメンバーよ!
これより黒の騎士団に味方します!」
最初は英語で、そして繰り返しては日本語での叫びに、黒の騎士団が反応する。
「日本語?!味方なのか?!」
「そう、私は味方。青い星がついてる場所がある。
そこに罠仕掛けたから、行ってはいけない」
燃えるような赤い髪に、白い肌、片言の日本語。
明らかに日本人ではないその容貌に、黒の騎士団員はいまいち信用していないようだったが、アルカディアはそれを見て言った。
「証拠見せる。私はブリタニア軍を殺す」
そう告げると、案の定突進して来たブリタニア軍のナイトメア部隊を見て、ひらりと木の上へロープを使って舞い上がる。
「こんにちは、ブリタニア軍の皆さん!地獄へようこそ!」
奇麗なブリタニアの発音の英語ではあったが、あまりに挑発的な台詞にブリタニア軍は激昂した。
「ふざけるな、女ぁ!」
ナイトメアで撃ち殺そうとしたが、既にアルカディアの姿はない。
それどころかナイトメア同士が突然ぶつかり合いを始め、身動きが取れなくなっていく。
「な、なんだこれはぁ?!」
「強力電磁波のお味はいかが?」
いつのまにか別の場所へ移動していたアルカディアの手には、スイッチが握られている。
実はこの辺りに事前に仕掛けておいたのは、西にS波、東にN波が発生する機械で、その中に鉄の塊などがあるとそれらは磁石と同じ役目を果たすようになるという代物である。
もっともナイトメアほど大きな鉄の塊を磁石に変える強力な電波を、それに見合わぬ機械で無理やり発生させているため、実は発生しても3分ももたない。
(だが、それで充分!)
時計をちらっと見たアルカディアは、ゼロの作戦始動が始まる時間が近いことを知っていた。
「騎士団の皆さん、すぐ逃げる。あと3分で、ここ埋まる」
「え?そうなの?」
「走れば間に合う。ゼロはそう調節してるはず。私も逃げる。ゼロに話、ある」
危ないところを助けて貰った騎士団は、アルカディアを信用することにしたらしい。
共に走り出した騎士団員が見たものは、確かに青い星マークが描かれた場所でブリタニアの軍人が呻き、あるいは息が絶えて転がっている光景であった。
「この辺りは大丈夫。たぶん罠にかかってるのがほとんど」
そしてしばらく走ってゼロが指定した場所の近くまで来ると、アルカディアは急停止した。
「もうすぐ、土砂崩れ来る。怪我しない、止まる。敵来ない」
複雑な日本語を喋ることにイライラしたが、アルカディアはこれで形勢が決まったと機嫌がよかった。
(うまくすれば、これであのコーネリアがこの世から消えるんだもの。
この手で殺したかったけど、まあ仕方ないわ)
我が故郷であるマグヌスファミリアを蹂躙した、あの憎きブリタニアの魔女。
この目で死ぬのを拝めることができるなら、それでよしとすべきだろう。
だが土砂崩れが起こったその時、アルカディアは一転して不機嫌になり、思わず口に出してしまった。
「は?コーネリアが生き残るって何それ」
明らかに日本語ではないが、英語でもないその言葉は、マグヌスファミリアの母国語・ラテン語であった。
何を言っているかは解らないが、表情で何か意表を突く出来事が起こったのだと解った騎士団員は、おそるおそる言った。
「あ、あんたが土砂崩れ起こるって言ったんじゃないか。どんぴしゃのタイミングで・・・」
英語の方が通じているであろう彼女のために、英語でそう言った騎士団員の目前では凄まじいスピードで土砂が流れ、ブリタニア軍はまるで急流の中を下る魚の群れのようだ。
「すっげえ読みだよ、あんた。ありがとな」
きっと予想外の量の土砂崩れに驚いているのだと思い込んだ騎士団員は、これでブリタニア軍も終わりだと笑う。
しかし、アルカディアは忌々しそうに髪をかき上げて吐き捨てた。
「コーネリア、生き残る。ゼロ、取り逃がす」
「え・・・でも、まだ戦闘は始まって」
今土石流が流れている真っ最中で、コーネリアの本陣とゼロがぶつかり合うには余りに早すぎる。
「・・・仕方ない。戦ってない私、文句言えない。
ゼロいる隊、降りてきたら、私、会わせて。
私の名前はアルカディア、マグヌスファミリア王国の使い」
困惑する騎士団員の問いかけを無視して、アルカディアはそう要求する。
「マグヌスファミリアって、聞いたことあるような・・・」
「ブリタニアがエリア16にした、私の国。私は今の女王の従姉」
その説明に、騎士団員の一人がはっとなった。
確かに二年半ほど前、コーネリアが総指揮を執って攻め滅ぼしたのは、そんな小国だったはずだ。
「私達、仲間集めてブリタニア滅ぼしたい。ゼロ、その力になる。
だから、その相談、したい」
片言の日本語で真摯に訴えかけるその言葉に、騎士団員は頷いた。
「英語でいいよ、アルカディアさん。改めて言うよ。助けてくれてありがとう」
英語でそう礼を言う団員に、アルカディアも笑みを浮かべた。
「こちらもお礼を言うわ。“アリガトウ”」
日本語での礼の言葉に、騎士団員の一人が小さく涙を流した。
エリア11と呼ばれるようになってから、日本語など日本人からしか聞いたことがなかったから。
まだ日本が日本であった頃は、祖国が誇る文化、アニメや漫画などが最盛期であり、EUやオーストラリアからの日本語を学ぶために訪れた留学生もたくさんいた。
あれから七年も過ぎた今、日本語など忘れられていると思っていたけれど、こうして話していてくれる外国人がいる。
それが、とても嬉しい。
「すぐ、ゼロの元に案内する。
あ、でも本隊に着く前には武器とかは預けて、身体検査を受けて貰いたいんだけど・・・」
規則だし、完全に信頼したわけじゃないから・・・と気まずげに言った騎士団員に、アルカディアはあっさり了承した。
「それは当然だから気にしないわ。そうしなかったら騎士団はバカと思われるだけ」
「ひどいなー」
笑い合う騎士団員とアルカディアだが、彼女の脳裏は別のことが占めていた。
(ち、コーネリアとその妹は無事・・・解放戦線は全滅に近い、か。
・・・解ったわよ、とりあえずゼロと話つけるから、そっちも私を追って来てね)
そう心の中で語るアルカディアの瞳は、赤く縁取られていた。
「くそ、コーネリアを取り逃がした!」
そう悔しそうに叫ぶ黒の騎士団幹部・玉城を、扇がたしなめる。
「そう言うな、ブリタニア軍に打撃を与えられただけでも満足すべきだ・・・解放戦線の件は、残念だったが」
黒の騎士団の合流ポイントで、ゼロ達が集まって何やら話をしている。
辛くも生き残った騎士団員達は、生き残った安堵感に身を浸す者、コーネリアを逃したことに憤る者、仲間を亡くして嘆く者など様々にいた。
と、そこへ新たに生き延びて合流して来た団員達を見て、扇が嬉しそうに声をかける。
「ああ、まだ仲間がいたのか。よく生き延びてくれた」
「扇さん!実は、ゼロに会いたいという人を連れて来たんですけど」
アルカディアを連れてきた騎士団員がそう報告すると、扇は不審そうに眉をひそめた。
それを見た団員は、慌てて言い添える。
「俺達をブリタニア軍から助けてくれたんです。
その、マグヌスファミリア王国の使者だって言ってて、ゼロの力を借りたいと」
「マグヌスファミリア?・・・二年半くらい前にブリタニアに占領された、EUの国か」
「そうなのか?そんな国、俺初めて聞いたけど」
玉城が笑うと、扇はそうだろうなと思った。何しろ教師をしていた時代でさえ、自分も知らなかったほどの小さな国なのだ。
エリア16にさえならなければ、恐らく知る機会すらなかっただろう。
「その国の女王の従姉だそうです。
武器も全部提出して貰いましたし、身体検査でも・・・その、危ない物は持ってませんでした。
今はここから離れた場所で、別の仲間と一緒に待って貰ってます」
騎士団員の報告に、扇はそれが本当ならその使者を粗略に扱うべきではないと思った。
だが、それが事実であるか否かは自分では判断が出来ない。
「ゼロに報告してくるから、その使者の方にはもう少し待って貰うよう言ってくれ」
「はい・・・あ、それから使者の人は手紙を渡して欲しいとのことです。
俺達が渡した紙とペンでその場で書いて貰いましたから、変なものも仕込んでないはずです」
徹底してるな、と扇は思ったが、とにかく報告しようと扇はその手紙を受け取り、急ぎ足でゼロの元へと走って行った。
ルルーシュはコーネリアを取り逃したことに内心苛立っていたが、それをおくびにも出さずにコーネリアと善戦したカレンを労っていた。
「よくやったカレン。
コーネリアを逃がしたことは残念だったが、輻射波動をうまく使い、見事作戦を成功させてくれた・・・感謝する」
「いえ、ゼロ。私こそコーネリアを倒せず、申し訳ありません」
あの白兜さえ来なければ、と二人が歯噛みしていると、扇が急ぎ足でやって来た。
「どうしたの扇さん?そんなに急いで」
「ああ、ゼロにカレン。
実はついさっき、騎士団員を助けてくれたというマグヌスファミリア王国の使者と名乗る人物が来たそうなんだが・・・」
扇の報告に、ルルーシュは仮面の下で柳眉をひそめた。
(マグヌスファミリア・・・今のエリア16だな。総人口の少なさが功を奏し、国民全員での亡命に成功したという)
「マグヌスファミリア王国?聞いたことないですけど・・・どんな国なんですか」
カレンの問いに、ルルーシュはうむ、と咳払いをしてから教えてやる。
EU連邦の加盟国であり、人口二千人を少し超えた程度の小国。
イギリスよりはるか西に存在し、面積はオキナワのイゼナ島より少し大きい程度で、40年ほど前まで鎖国しており、EU連邦の加盟要請を受けてそれと同時に開国。
二年半前にコーネリア率いるブリタニア軍により、一度の交戦の後占領。
しかしその交戦の隙を突いて、国民全員がEUへ脱出することに成功。
その際に当時の国王・アドリスが行方不明になり、その一年後に死亡したものとみなされたため、その一人娘であるエトランジュ王女が女王として即位したはずだ。
「詳しいんですね、ゼロ」
「ブリタニアの回線をハッキングすれば、ブリタニアが統制している事件でもEUのニュースなどで見られるからな」
ブリタニアでは、ブリタニアの不利になる情報を遮断するため、海外のホームページを閲覧する際には許可が必要となる。
ルルーシュほどの情報処理能力があれば、プログラムを改ざんして外国のホームページを閲覧するくらいは、たやすいものだ。
「それで、その使者から預かった手紙があるんだが・・・何でも騎士団員が手渡した紙とペンで書いたものらしい」
「ここまで疑われないようにと念を入れられると、かえって疑いたくなるがな」
根がひねくれているルルーシュらしい意見であるが、それでも扇が手渡した手紙を受け取って封を開く。
英語の文で書かれたその内容を見て、ルルーシュは目を見開いた。
「こ、これは・・・?!」
“私はマグヌスファミリアの女王・エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスの従姉、アルカディア・エリー・ポンティキュラスと言います。
会ってお話したいことがあるので、ぜひ今ナリタに来ているエトランジュとともに、貴方と会いたいです
今は私一人ですが、貴方と会う時には女王本人とその護衛が合流しています”
文章自体は、とりたてて不審なものではない。
だがその手紙には、手書きである紋様が描かれていた。
自分と、その共犯者である自分達しか知らないはずの、鳥が羽ばたいているかのようなマーク・・・ギアスの紋様が。
一方、監視の騎士団員ととりとめのない世間話をしながらゼロとの面会許可を待っていたアルカディアは、背後から聞こえてきた声に笑みを浮かべた。
「いたいた、アルカディア従姉様!」
「早かったわね、エトランジュ」
嬉しそうな声で彼らの元へ走り寄って来たのは、エトランジュとジークフリードだった。
クライスは隠してきたイリスアーゲートの見張りをするため、ここには来ていない。
「な・・・どうやってここが解ったんだ?!」
騎士団員が驚愕して問いかけると、アルカディアはごめんなさい、と小さく謝る。
「実は、こっそり知らせてたの。ゼロと会うには、やっぱり女王本人と会わせたくて」
「そういや、合流するって手紙に書いてたな・・・」
「はじめまして、こんにちは。エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスと申します」
アルカディアと異なり、発音こそ違和感があるがそれでもはっきりした日本語だった。
十代とは言え女王だという少女にぺこりと頭を下げられて、権威に弱い日本人は首を横に振って挨拶を返す。
「どど、どういたしまして。俺は黒の騎士団に所属してるしがない団員っす!」
「しがない・・・?知らない言葉ですね」
どうやら細かい日本語は解らないらしい。困惑した様子のエトランジュに、団員が教えてやる
「“しがない”っていうのは、“つまらない”とか“どうでもいい”みたいな感じの意味っす」
「そう言う意味ですか・・・そんなことはないです。貴方は私達をゼロの元へ案内してくれたのですから」
そうエトランジュが言った刹那、扇達へ報せに行った団員に連れられて、なんとゼロが現れた。背後には、緑色の髪の女が付き従っている。
まさかいきなりゼロが来ると思っていなかった騎士団員は驚愕したが、当のマグヌスファミリアの面々は冷静である。
「ゼ、ゼロ?!どうしていきなり」
「まだ団員達が本拠地へ撤退出来ていないのでな。
そんな中に敵か味方か解らない者を連れて来られては困るので、私が直接来た」
「ゼロ・・・」
エトランジュは己を落ち着かせるように小さく息を吸うと、全身黒ずくめの怪しい仮面をかぶった、クラウスいわく“悪役みたい”と称された男の前にゆっくりと歩み寄る。
「初めまして、ゼロ。
私はマグヌスファミリア王国の現女王、エトランジュ・アイリス・ポンティキュラスです。
私達と同盟を組んで、ブリタニアを打倒するべく力をお貸し頂きたいのですが」
英語でそう語ったエトランジュが、握手を求めるようにケープの間から右手を差し出した。
その白い手の甲を見たルルーシュは、息を呑む。
(なぜ、C.Cと同じ模様がこの女の手にもあるんだ?!)
自分の共犯者である謎の女、C.Cのほうへ振り向くと、滅多に感情を表に出さないC.Cも眉をひそめたようだった。
「お前も・・・そう、なのか?」
「そう・・・と申しますと?」
「コード・・・と言えば解るか?」
「!!」
ルルーシュには理解できなかったが、マグヌスファミリアの面々には意味が通じたらしい。
エトランジュは小さく首を横に振って否定した。
「いいえ、違います。でも、私の一族に貴女と同じ方がいます」
「そう、か・・・他にもいたのか」
どこか納得したようにC.Cは呟くと、ルルーシュに言った。
「おい、こいつらはお前と同じのようだぞルルーシュ。話ぐらいは聞いておいた方がいいと思うが」
「・・・そのようだな」
ルルーシュは自分達しか知りえない紋様、C.Cとの会話で、下手にこの場から逃がすわけにはいかないと判断した。
マグヌスファミリアの面々の方に振り向き、会談を了承する言葉を紡ぎながら、左目を露わにする。
「いいでしょう、真偽を確かめるためにも、お話を伺わせて頂く・・・ただし、決して私に嘘を言わないで頂きたい」
赤い鳥が羽ばたき、絶対遵守の命令が下る。
青い瞳が赤く縁取られたエトランジュが言った。
「はい、貴方に嘘は言いません」
「よろしい・・・ではさっそくですが、貴女の仲間はこれだけですか?」
「いいえ、他に一人いて、今はここに来るのに使ったナイトメアの見張りをしています」
素直にそう答えるエトランジュに、さらにルルーシュは尋ねた。
「貴女は私達に危害を加えるつもりがありますか?」
「いいえ、ありません。私達はゼロの力を借りたくて、ここに来ましたから」
「それなら結構・・・話を伺いましょう」
ギアスにより彼女達に害意がないことを確認したルルーシュは、詳しい話を聞くことにした。
しかし、ギアスについて聞かれると困るため、団員達を追い払っておかねばならない。
「お前達は扇と合流し、そのまま本拠地へと向かえ。私達は後から向かう」
「しかし、一人で大丈夫なんですか、ゼロ」
「心配ない。彼女達は我々に危害を加えるつもりはない」
そんなあっさり信じるのか、と騎士団員は思ったが、ゼロがそう言うなら大丈夫なのだろう、と納得し、命じられるままに扇達の元へと歩き去っていく。
それを見送ったルルーシュは、一番気になることを真っ先に尋ねた。
「お前達は、何者だ?なぜこのマークのことを知っている?」
アルカディアが寄越した手紙を開き、中に描かれたギアスの紋様を指すと、エトランジュが赤く眼を光らせたまま答えた。
「我がポンティキュラス家は、マグヌスファミリア王国が建国された時よりギアスの源であるコードを、王位と共に代々受け継いできた一族です」
「な、なんだと!?」
「そしてそのマークは、コードを受け継ぐべき者だけに伝えられてきました。
私達は、ギアス能力者なのです」