第十六話 アッシュフォードの少女達
ルルーシュが強奪したガウェインは、そのまま黒の騎士団の基地へ移動し、無事に帰還することが出来た。
シュナイゼルのミサイルから逃れた後の経緯を、スザクとユーフェミアの部分を隠して説明し、試作機とはいえ高性能のナイトメアを手に入れたことに歓喜の声が上がる。
「さすがゼロ!うまいことやったもんだな」
「いきなり地面が下がった、ねえ・・・妙なこともあるもんだ」
玉城は何も考えずに拍手し、扇が首を傾げるとカレンも頷く。
「シュナイゼルがいたことから、何かの実験をしていたのかもしれないってゼロが言ってたわ。
こんなナイトメアまで持って来てたんだから、たぶんそうじゃない?」
「なるほどねえ・・・ラクシャータが大張りきりで解析と改造に取りかかるって言ってたから、相当なんだろうな」
遺跡についてのことはカレンには言わない方向で話をまとめたルルーシュとマグヌスファミリアの一行は、そうカレンをごまかしていた。
「そういえば、そのゼロは?ラクシャータにあのナイトメアを渡した後、姿が見えないんだけど」
「ああ、当分こっちで騎士団の方に専念するからって、引っ越しの準備をするんだって。
私もスザクに正体がバレたから、もう租界には戻れないわね」
父親と話す機会をと言われたが、この状況ではもう無理だ。心残りだが仕方がない。
扇はぽんとカレンの頭を叩いて慰めると、カレンはまだ居場所があることに笑みを浮かべた。
「扇さん・・・大丈夫、ここが私の帰る場所だから」
「そうか、まあ何かあったらいつでも相談に乗るからな」
「ありがとう!じゃあ、私はエトランジュ様に呼ばれてるので、行ってきますね」
カレンがマグヌスファミリア一行に与えられている部屋をノックして入室すると、エトランジュとアルカディアがカジュアルな服を着て待っていた。
「あの、私達は今からゼロの引っ越しのお手伝いをしに租界に参ります。
既にあの方はアッシュフォードに戻って、事情の説明をしているそうなので」
「そうですか。で、ナナリーちゃんはどこに?」
「現在、ブリタニアの主義者の方とハーフなどの方が主に集まっているメグロゲットーです。
あそこならナナリー様がおられても目立たないとの判断で」
ブリタニア人の主義者やハーフの人々は現在ゲットーの一部を独占し、そこで暮らしている。
ほんの百名足らずだが、一見それらは日本人から弾き出されたハーフやその親達のグループに見えるため、今まで見過ごされていた。
今までは全くその通りだったが、エトランジュやゼロの説得により黒の騎士団に組み入れられ、ブリタニア主義者の受け入れに重要な役割を果たしている。
黒の騎士団の台頭以降幾度となく監査の手が入って来たが表向きは全く非がないため、遠くから監視される程度に留まっていた。
というより、こちらに目を向けておいてほかで活動しているのだろうと思わせる囮でもあり、それに引っかかったブリタニアは割と放置気味のようですらある。
「そう言えばブリタニア人と日本人の夫婦と子供が、けっこういましたね。親がいない子供が集まる施設もあったような?」
「ええ、公的にはほとんど援助がない施設ですが、裕福な日本人や有志の主義者の方による出資で何とか運営出来ている孤児院です」
表向きには不具合を持った娘を親が捨て、それに反発した兄ともども来たというお涙物語とともにメグロに来るらしいという説明に、あながち間違ってないなとカレンは溜息を吐く。
「以前からその施設の改修にゼロが関わっていたのは、こういう事態を想定してのようですね。
家を借りようかとも考えたそうなのですが、ゼロとして動いている間一人には出来ないとの判断です」
「なるほど、施設なら誰かしらいるし騎士団員を護衛につけられますもんね。
それで、ナナリーちゃんにゼロの正体は?」
エトランジュが首を横に振ると、カレンはやっぱりと頷いた。
「いずれはお話しした方がいいと言ったのですが、どうもまだそんなおつもりはないそうです」
「相変わらず過保護な・・・ま、あんな過去があったんじゃ無理もないけど。私もたまに顔出そうかな」
「ぜひ、そうしてあげて下さい。
それでですね、申し訳ないのですがカレンさんにナナリー様の服や日用品を買ってきて頂きたいのです。私、租界の店には詳しくなくて・・・」
「ああ、そういうことですか、解りました」
カレンが了承すると、エトランジュはルルーシュから預かっていたカードを手渡す。
「これ、ゼロから預かってきたカードです。じゃあ、私どもはナナリー様を迎えにアッシュフォードに向かうので」
「あ、途中まで一緒に行きましょうエトランジュ様。租界も結構広いですから」
「ありがとうございます!では、お言葉に甘えて」
エトランジュ、アルカディア、カレンの三人なら、租界を歩き回っていても不自然ではない。
アルカディアは車を運転出来るので、二人を乗せて租界へと車を飛ばすのだった。
一方、夜半のアッシュフォード学園のクラブハウスでは、ルルーシュがミレイに箱庭を出ることを伝えていた。
寝耳に水だとミレイは驚愕したが、スザクがユーフェミアに己の生存をバラしてしまい、彼女が考えなしに政庁の電話で自分に電話をかけてきたと伝えると驚きつつも納得する。
「スザクですか・・・貴方のご親友だと伺っていましたから安心していたのですが、こんなことをしでかすとは」
「あいつに悪気はないんだ、考えもないがな。
そういうわけで、ユフィには口止めをしておいたがいずれボロを出す可能性が高い以上、ここは危険だ。
みんなには親戚が俺達を引き取ることになったから、本国に戻ると伝えてくれ」
「承知いたしました、ルルーシュ様。力及ばず、申し訳ございません」
生徒会長のミレイではなく、ヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘としてルルーシュに相対する彼女は深々と頭を下げる。
「アッシュフォードのせいではない、気にするな。あいつが騎士になってからは、想定していたことだ。
・・・これまでのアッシュフォードの忠義に、礼を言う」
「とんでもございません!僅かな間でも、貴方様の箱庭の番人のお役目を賜ったことは光栄に思っております」
ミレイは悔しかった。自分の初恋の相手にして、我が家が忠誠を捧げた皇子殿下を守るという己に課した役目がこんな形で終わるとは、想像していなかった。
せめて彼が高等部を卒業するまではと、ミレイはわざと単位を取らず彼とともに過ごし彼が楽しく暮らせるようにと考えて生きていたというのに、余計なことをしてくれたものである。
「ユフィには万一俺の生存が本国にバレても、咎めがないように言い含めてある。
後は、任せたぞ・・・ミレイ・アッシュフォード」
「イエス、ユア ハイネス。して、今後はどちらへ?」
「それは言えないな・・・お前達に迷惑がかかる」
「迷惑なことなど、何もございませんルルーシュ様。我が主君は皇帝にあらず、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア唯一人です。
そうでなければ何年も、貴方様をここに匿うなど致しません!」
没落した今、その地位を向上するためにとうに皇帝に突き出しているというミレイに、そうだな、とルルーシュは笑った。
「助力が必要な時は、いつでもお声をおかけ下さい。私はその日を、心待ちにしております」
自分が守ると決めた皇子が、自分の手を必要としない地へと旅立って行く。
それはとても悔しくて悲しかったが、現状では己が出来ることなど何もないのだ。
「ナナリー様には、なんと?」
「ユフィに生存がバレてしまった。本国にばれるのも時間の問題だから、知人の元に移るとだけ説明してある。
幸い租界外でも、ブリタニア人がいてもおかしくない場所があるからな。
あと、咲世子さんにもうまく言って出来ればこのまま雇ってほしい」
「もちろんです、私付きのメイドとしてこのままこちらに」
首にしてうっかり別の邸宅でルルーシュに関することを話されては困る。彼女には二人の詳しい素性を教えていないのだから軽々しく口出さないかもしれないが、念には念を入れておくべきだろう
「いろいろと世話になったな・・・では、俺は行く」
「はい、行ってらっしゃいませルルーシュ様。いずれまた、この学園へお帰りになられる日を・・・お待ち申しあげております」
床に跪いて臣下の礼を取るミレイに、ルルーシュは苦笑する。
「もうやめて下さい会長。俺がまたこの学園に戻るとしたら、それは皇子ではなくルルーシュ・ランペルージとしてです。
この数年間、本当に楽しかったですよ」
「・・・・!うん、私もとても楽しかったわ。頑張ってね、ルルちゃん」
涙を浮かべるミレイはそう言って立ち上がると、ルルーシュは自室で既にクラブハウスを出るばかりとなっているナナリーに言葉を贈るべく部屋を出る。
そしてルルーシュは自室を出て、彼らにだけは嘘ではあるがアッシュフォード学園を退学する理由を言ってある生徒会メンバーが集まっている生徒会室へと足を運ぶ。
そこにはミレイから事情を聞いて呆然としている親友であるリヴァル、何を言っていいのか解らなそうにしているニーナ、そして泣きそうな顔のシャーリーがいた。
「おい、会長から聞いたぞ!親戚が引き取ることになったって、ここ全寮制なんだし引っ越さなくてもいいじゃん別に!」
「リヴァル、家のことなんだから無理言っちゃダメよ・・・私だって寂しくなるけど」
やんわりとリヴァルを窘めるニーナだが、それでも出来ることならそうして貰えたらと思っているのが見て取れる。
「すまない・・・本国の病院でナナリーを診てくれるっていうから、断りきれなかったんだ。手紙くらいはたまに出すから」
「・・・そっか、そういうことなら仕方ないな。本国の方が有名な病院が多いし」
ナナリーのためなら仕方ないとリヴァルは説得を諦めると、ルルーシュの肩をバンと叩いた。
「絶対、連絡寄越せよ?!送別会してやれなくて、悪かったな」
「急だから仕方ないさ。これが送別会だろう、リヴァル」
笑みを浮かべるルルーシュに、リヴァルはじんわりと涙を浮かべる。
「ううー、お前とこれから賭けチェスで荒らし回れなくなるのかよ~!」
「卒業したら、またこっちに来るよ。その時は、また」
「賭けチェスって・・・それはだめなんじゃ・・・」
二ーナが肩をすくめて止めるが、二人とも聞かなかったことにした。
「ルル・・・ほんとに行っちゃうの?」
突然の退学理由は嘘で、本当は本格的に黒の騎士団のゼロとして動くつもりなのだと悟ったシャーリーの顔は、見ていて気の毒なほど青い。
ルルーシュは小さく笑みを浮かべて、彼女に言った。
「ああ、いろいろと心配だろうけど仕方ないさ。そうだシャーリー、君に渡したいものがあるんだ。来てくれないか」
そっとシャーリーを生徒会室から連れ出すルルーシュに、リヴァルはおお、と野次馬根性で後を追おうとしたが、二ーナに止められて断念した。
ルルーシュは綺麗に私物がなくなった自室にシャーリーを引き入れると、さっそくに切り出した。
「こんな形で君から離れるつもりはなかった。まだヴィレッタ・ヌゥの件が片付いていないというのに、本当にすまない」
「ううん、そんなことはいいの。これだけ時間が経っても何もないってことは、たぶんあの人・・・死んじゃったと思うし」
自分が銃で撃った女軍人を思い浮かべて身体を震わせるシャーリーの手を取ったルルーシュは、その手のひらにメモを握らせた。
「君のせいじゃない、いいんだ。たぶんそうだろうと俺も思うが、念には念を入れて君には俺の連絡先を教えておく。
ただし、どうしても緊急の用事の時だけ使ってくれ。俺の反逆がバレた時、頻繁に連絡歴が残っていたら君まで芋づる式に捕まりかねない」
「ルルーシュ・・・解ったわ。危ないことはしないで・・・って、無理か」
反逆する時点ですでに危ない。シャーリーはあまりにも無理な要求をすぐに取り消したが、ルルーシュは笑って応じた。
「心配してくれるのは嬉しいよ、ありがとうシャーリー。
いろいろ迷惑をかけた・・・許してくれ」
「そんな、いいのルル。それより、どうしていきなりここから出るの?」
これまでずっとここにいてゼロをしていたのに、何かあったのかと首を傾げるシャーリーに、ルルーシュは一部だけ事実を明かした。
「・・・俺はとある理由で、生存が本国にバレてはいけないんだよ。それをスザクの奴が、俺の幼馴染と偶然知り合ってうっかり生存をバラしたからな」
「生存がバレてはいけないって、どういう意味?」
「それだけは言えない・・・だから俺はブリタニアを壊さなくてはならない。
俺が俺として・・・ルルーシュ・ランペルージとして生きるために」
そう言えばあの時かかってきた電話に、ルルーシュはたいそう慌てていた。彼には深い秘密があるのだろうが、自分には話すつもりはないらしい。
自分を巻き込むまいとする優しさからだと解っていても、シャーリーにはそれが辛かった。
「ルル、私も・・・私も連れてって!私も頑張ってルルの役に!」
「だめだ、シャーリー!バカなことを言うな!!」
カレンもそこにいるのなら、自分も連れて行って欲しいと言うシャーリーに、ルルーシュは思わず怒鳴った。
「君には、君を大事にしてくれるご両親がいるのだろう?悲しませるようなことをしてはいけない」
「でも、カレンだって!」
「・・・彼女のことを安易にバラしたくはないが、仕方ない。
カレンは日本人とのハーフなんだよ実は。父親違いの兄がブリタニアに殺されて、その兄の志を受け継ぐべく、騎士団に入ったんだ」
「そっか、カレンがハーフ・・・言われてみれば、思い当たる節ある」
どこか国営放送のテレビ番組を見る目つきが鋭かったり、スザクに対してやたら憎々しげな眼差しを向けているなと感じてはいたが、そう言う理由だったのかと納得する。
「俺なんかを想ってくれて、本当にありがとう。だが、もういいんだ・・・君を巻き込みたくない」
「ルルーシュ・・・でも」
「シャーリー、俺は君が傷つくのを見たくないんだ・・・だからカレンと一緒に、必ず戻ってくるよ」
カレンと一緒にという部分が少々複雑だったが、彼が無事にここに帰ってくれるならそれだけでいいとシャーリーはルルーシュを抱きしめる。
「せめて、たまには無事だってテレビとかに出てくれると嬉しいな。駄目?」
「シャーリー・・・解った、努力してみるよ」
いろいろ心配と迷惑をかけているシャーリーの頼みなら断れない。
どのみち黒の騎士団をアピールするためにも、己の存在を誇示するつもりだから問題はあるまい。
「では、そろそろ行く。迎えが来る時間だ」
名残惜しげにルルーシュから離れたシャーリーは、重い足取りでルルーシュの部屋を出ると、そこには咲世子に連れられたナナリーがいた。
「お兄様、リヴァルさんはミレイさんや二ーナさんと一緒に外にお行きになられました。
・・・もう、出なくてはいけないのですね」
「ああ、そうだよナナリー。でも、何もかも片付いたらまた戻って来られるさ」
「はい、お兄様。私はお兄様と一緒なら、それで・・・」
シャーリーは何があってもルルーシュと共にいられるナナリーが、羨ましかった。
けれど愛する人の一番の椅子には常に彼女がいるから、せめて二番目にと思っていたけれど、彼はどうもその二番目を作る余裕がないと、彼がゼロであると知った時にぼんやりと感じ取った。
彼の助けになりたいけれど、確かに自分には大事なものがたくさんある。
複雑な心境と状況にシャーリーが溜息をついた刹那、ルルーシュの携帯が鳴り響いた。五回のコール音が切れると、ルルーシュはエトランジュ達が来たことを知った。
「迎えが来たようだ・・・シャーリー、みんなによろしく言っておいてくれ。
それから、くれぐれも無茶な行為は慎んでくれよ」
「うん・・・ルル。外まで送るね」
「・・・ああ」
シャーリーにはゼロだとバレているし、彼女なら信用出来るからと学園の外に出ると、そこにはエトランジュとアルカディアがいた。
「あ、ルルーシュ様。お迎えに上がりました」
「ああ、お手数をおかけして申し訳ないですね、エトランジュ様。
ナナリー、こちらの方は今度から住む場所でお世話になるエトランジュ様だ」
「いいえ、私達も何かとお世話になっていますから、お気になさらず。
初めましてナナリー様。私はエトランジュと申します。今後ともよろしくお願いいたしますね」
優しそうな声音の少女の声に、ナナリーは安心したように微笑み、彼女と握手を交わす。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ナナリーです。
後ろの方は、私達のお世話をして下さっていた咲世子さん」
「あら、そうです・・・か・・・」
咲世子と視線が合ったエトランジュの言葉尻がだんたんと小さくなったのでナナリーが首を傾げると、エトランジュは恐る恐る尋ねた。
「あのー、もしかしてこの間ディートハルトさんとお会いしていた篠崎 咲世子さんでしょうか?」
「やっぱり・・・あの時の方」
咲世子が考えが読めない顔で肯定したのでルルーシュが何故に互いに面識があるのかと驚くと、エトランジュはギアスで説明する。
《あの方、この前黒の騎士団の地下協力員になられた咲世子さんですよ。
確かに貴族のお屋敷でメイドをしていると伺っておりましたが、まさかゼロのお世話をしていたとは露と思わず報告しておりませんでした・・・》
《・・・世界は狭いな》
ディートハルトは外交・報道・情報の総責任者であり、そのための部下を持つ権限を与えていた。
スパイを防ぐためにマオを連れたエトランジュが名誉ブリタニア人やブリタニア人の思考調査を担当しているのだが、先日ディートハルトが迎え入れたという数人の名誉ブリタニア人の面接時に彼女がいたのである。
エトランジュの人をまとめる才能はルルーシュも認めていたので、いちいち報告は無用と指示していたのが仇になったようだ。
まさか知人、しかもメイドの咲世子が黒の騎士団入りをするとは、まったくの想定外だったのである。
《まだ調査をマオさんにはして貰っていない方なので、知りませんでした。申し訳ございません》
エトランジュが黒の騎士団の賓客であると、咲世子はもちろん知っている。
そしてそんな彼女が己をわざわざ迎えに来たとなると、下手なごまかしは逆効果である。
ルルーシュは予想外のイレギュラーに頭を抱え込んだ。咲世子には既にギアスを使っている以上、人力でどうにかしなくてはならない。
《・・・貴女の見識を伺おう。咲世子さんは信用出来るか?》
《何でも代々要人のボディーガードをしていた家系の方で、日本解放は悲願であると。
何より地下協力員になってまだ日が浅い方なので、私がどうと言えるほどでは・・・むしろそれは、貴方ご自身にお尋ねするべきではないでしょうか》
咲世子と長い付き合いなのは自分なのだから確かにその通りであるが、今すぐに結論を出す必要はないと思ったエトランジュがすぐに手を打ってくれた。
「咲世子さん、事情は後でお話するので、この場は」
ひそひそと日本語でそう言うエトランジュに、咲世子はちらっとシャーリーに視線を送って頷いた。
「まぁ、日本語がお話出来るんですねエトランジュ様」
「え、ええ、その縁で実は先日知り合いになりまして」
「奇遇ですね。ねえ、お兄様」
無邪気に笑うナナリーに、そうだねとルルーシュはにこやかに応じる。
ナナリーは枢木家に世話になっていた当時から外に出ていないので、日本語を話せていなかったのが幸いである。日本語だと解っても理解は出来なかったようだ。
そして続けて世界は狭いと実感することになったのは、エトランジュであった。
彼女はさっきからエトランジュを凝視しているのでアルカディアが軽く睨んでいたのだが、悪意からではなさそうなので反応に困っている。
「・・・あの、エトランジュ・・・様?」
ルルーシュが様付けして呼んでいるのでそれに倣って呼びかけるシャーリーに、エトランジュは笑顔で応じる。
「何でしょうか?」
「私シャーリー・フェネットといって、ルルの同級生なんですが」
「・・・フェネット?」
初めてゼロとコンタクトを取ったあのナリタ連山で、土砂崩れを知らせに行った時己の言葉を信じてくれた地質学者が、確かそんな名字だったはずだ。
「もしかして、ナリタ連山の時の・・・?」
「やっぱり!私あの時の地質学者の娘です。父を助けて下さったそうで、ありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げたシャーリーに、まさかここであの時の地質学者の娘に会えるとは想像していなかったエトランジュは驚いた。
そういえばルルーシュはマオに気を取られて、シャーリーがナリタ連山でエトランジュを信じてくれたフェネットの娘だということを話すのを忘れていた。
つまりエトランジュは、シャーリーをマオが迷惑をかけてしまったルルーシュの同級生の少女と認識していたのである。
「父からあの土砂崩れを教えてくれたのは、私より年下の金髪の女の子だって聞いていたから・・・お礼を言いたかったんです。
本当にありがとうございました!」
「いいえ、こちらこそ私の言葉を信じて下さって、ありがとうございます。
そうですか、あの時の・・・もし信じて貰えなかったら、大変なことになるところでした」
「父も半信半疑だったそうなんですが、念のために避難していて良かったと言ってました。あの、貴女はルルの?」
「ええ、黒の騎士団の協力者です。ブリタニア人ではありませんが」
他のエリアの者だと答えるエトランジュに、シャーリーは自国がいかに他国から恨みを買っているかつくづく実感した。
「シャーリーさん、以前にマオさんがたいそうご迷惑をおかけしたそうで、申し訳ありません。
彼に代わりまして、お詫び申し上げます」
深々と頭を下げて謝罪するエトランジュに、マオと言う男が彼女の知り合いと知ってシャーリーはさらに驚いた。
「あの、マオって人と貴女は・・・」
「母方の縁戚です。ちょっといろいろ過去にあったので、行動がその・・・他人の迷惑を顧みるものではなかったのですが今は落ち着いているので、貴女に二度とあのようなことはしないと誓ってお約束いたします。
よろしければこれ・・・彼からのお手紙なのですが読んでやって頂けませんか?」
マオが迷惑をかけたシャーリーがルルーシュのガールフレンドと知っていたエトランジュは、これが最後の機会かもしれないからとマオを説得してお詫びの手紙を書くように促していた。
ルルーシュに頼んで届けて貰おうと思っていたのだが、本人に渡せてよかったとエトランジュはシャーリーに白い封筒に入れられた手紙を渡す。
己をあのように恐ろしい行動へと誘導した男からの手紙とあってシャーリーは恐る恐る受け取ったが、カンパニュラの花が封筒裏に印刷されているのを見て封を開ける。
「この花・・・確か花言葉が“後悔”って意味ですよね」
己の行為を後悔しているという意味だろうか、とシャーリーがゆっくりと手紙を読むと、子供っぽい文調だがしっかりとした字でお詫びの文が綴られていた。
『シャーリーへ
この前はあんなことをしてごめんなさい。ルルが僕の大事な人と仲良くしているのが気に入らなくて、巻き込んでしまいました。
エディやルルからたくさん叱られたし、自分がやられて嫌なことや、相手が困ることをするのはよくないと言われてとても反省しました。
二度とあんなことはしないので、許して下さい。
本当にごめんなさい』
「本当は直接謝罪に赴くべきなのでしょうが、やってしまったことがことなので、手紙にした方がいいだろうと思いまして・・・」
「いえ・・・これで充分です。反省しているならこれ以上怒る気にはなれないですから、許すって伝えて下さい」
「そうですか。許して下さって、ありがとうございます」
エトランジュがマオに代わって礼を言うと、シャーリーはその手紙を見て嫉妬がいかに醜いか、改めて感じていた。
ルルーシュが自分の傍からいなくなるのに、カレンは彼の傍にいる。さらに目の前にいるのも女の子で、シャーリーは気が気でなかった。
もしかしたら誰かがルルーシュの心を射止めてしまうのではないか、そうなるくらいなら自分もと、相手のことを考えない自分が嫌いになった。
そのマオという男性も、そうだったのではないだろうか。
自分以外の誰かと好きな人が一緒にいるのを見たくなくて、感情的にあんな行動をとってしまったのだと、今なら理解出来る。
ついさきほど、自分は彼と形は違うけれど同じことをしようとしていた。
ルルーシュが自分に負い目があるのをいい事に、無理難題を言って困らせてしまった。
シャーリーは本当は大声で、自分も連れて行って欲しいと叫びたい。
けれど、それは彼を困らせる行為でしかなかった。
(相手が困ることをするのはよくない、か・・・)
「彼に、伝えて下さい。相手のことを考えない行為をしてはいけませんよって」
「はい、必ず」
それは、自分自身にも向けられた言葉。
相手を愛しているのなら、相手のことを考えて、そしてそのためになることをしなくてはいけない。
シャーリーは手紙を読んである決意を固めると、ルルーシュのほうを振り向いた。
「私、頑張ってここでルルの帰りを待ってる。でも卒業したら、ルルを追いかけるから!」
「・・・え?」
いきなりの黒の騎士団入り宣言に、ルルーシュはまたしてものイレギュラーに呆けた顔をする。
「卒業するまでは、私ルルを待ってる。でも卒業したらきっと、ルルの場所に行くから!!」
どこに行っても、何があっても。
ゼロをしていても、反逆を終えてどこかに姿を消したとしても、必ず行く。
シャーリーはそう宣言すると、びしっとルルーシュを指さした。
「駄目って言っても聞かないからね!これは、私が決めたことなんだから」
好きな人のために戦うことは悪いことかと言うシャーリーに、ルルーシュは返答に窮して呻き声を上げる。
「だからルル・・・ちょっとのお別れだよ。頑張ってね」
ぎゅっとルルーシュに抱きついてそう願うシャーリーに、王道のラブストーリーを見せられている面々は反応に困って顔を見合わせている。
ただナナリーだけは少々ふくれっ面になっているのが、エトランジュには見えた。
「ルルーシュ様、そろそろお時間です。車を外に止めたままでは、いつ検問に遭うか」
「あ、ああそうだな。シャーリー、そこまで言うからには俺からは何も言えない。
だが・・・無理はしないでくれ。それから・・・ありがとう」
ルルーシュはシャーリーから離れてナナリーの車椅子を動かすと、一同に向かって言った。
「じゃあ、行こうか。俺達の新たな家へ」
「はい、お兄様・・・あら?」
耳の良いナナリーがいち早く捉えた空気を切るような音はやがて一同にも聞こえ、やがて心地よい破裂音が空へ響き渡った。
「銃声・・・じゃない、花火だわ!」
アルカディアの言葉通り、空には美しい火の花が夜空に華麗に咲き誇っている。
いくら夏の代名詞の花火とはいえ、祭りでもないのにと首を傾げると次々に花火が打ち上げられていく。
「屋上から・・・会長達だわ!」
シャーリーが指さした校舎の屋上には、確かに見慣れた人影が花火を打ち上げていくのが見える。
「会長・・・リヴァル・・・ニーナ・・・」
「みんなの、送別の代わりなんだね」
「ああ・・・綺麗だ」
漆黒の闇に打ち上げられる、別れの花。
ルルーシュの脳裏に、ここに入学してからの出来事が走馬灯のように駆け巡る。
「・・・必ず戻ってくるよ、必ず。それまで、待っていて欲しいとみんなに伝えてくれ」
「うん・・・ルルーシュ、行ってらっしゃい」
シャーリーが手を振るのを背後に、ルルーシュはナナリーの車椅子を押して歩きだす。
その背後にエトランジュとアルカディア、そしてナナリーの荷物を持っている咲世子が付き従う。
「待ってる・・・でも、そういつまでも待たないんだから」
シャーリーはそう呟くと、彼らの姿が視界から消えたのを見送ってから、彼女の決意を実行に移すべく学園寮の自室へと走って戻っていったのだった。
「お兄様、私達はこれからどこへ行くのですか」
「メグロにあるブリタニア人の租界外の居住区域のある場所だよ。
知人がそこで働いているから、俺もそこで職を貰えてね」
ナナリーの問いにそう答えるルルーシュに、やはりまだ事情は話していないのかとアルカディアは少し呆れた。
しかし彼の事情を知るとむげに注意する気にもなれず、どうしたものかと溜息を吐く。
「障がい者の子もいる施設だから、リハビリ施設もあるのよ。ナナリーちゃんにはいい場所かもしれないわね」
もともと医療サイバネティクスの第一人者だったというラクシャータも余裕を見てはその施設に訪れて子供達を診ているので、彼女にはそれほど悪い環境ではないだろう。
ワゴンに車椅子ごとナナリーを乗せると、咲世子がトランクにナナリーの私物を入れて出発の準備はすぐに整った。
「咲世子さん、詳しい事情は後日こちらから連絡いたしますので・・・」
イレギュラーに弱いルルーシュは、改めて冷静になって考えることにしたらしい。時間がとれる余裕があったのは不幸中の幸いであった。
「解りました。アッシュフォードのご許可さえ頂ければ、私もそちらに参ってもよろしいのですが」
エトランジュ達が知っている場所であるなら、すなわち黒の騎士団が関わっている場所である。黒の騎士団の協力員である咲世子がそこに行くのをためらう理由はなかった。
「そう、ですね・・・考えておきます。では、失礼します」
ルルーシュの合図で運転席のアルカディアが車を発進させると、咲世子はそれを見送りながら考えた。
スザクがクロヴィス暗殺の犯人という濡れ衣を着せられてゼロに救出された事件以降のルルーシュの行動、そしてエトランジュの態度とを合わせて、彼がゼロなのではないかと疑った。
どんな理由かまではさすがに予想もつかないが、ルルーシュがブリタニアの貴族を極端と言ってもいいほど嫌っている節があったのは、彼女も知っていた。
まずはいつでも出られるように、怪しまれない程度に荷物をまとめておこう。
それから直接の上司であるディートハルトには、今夜のことは黙っておいた方がいいだろう。
(あの方がゼロなら、私の選択は間違って・・・いいえ、正しかった。でもまだ結論を出すのは早計、エトランジュ様からの連絡を待つことにしましょう)
咲世子はそう結論を出すと、クラブハウスへと戻っていった。
突発的に思いつきで起こす祭りに使うため、いつも余分に置いておいた花火を打ち上げ尽くしたアッシュフォード学園生徒会メンバーの面々は、空になった花火の残骸を見詰めて静まり返った。
「行っちまいましたねー、ルルーシュの奴」
「ええ・・・行ってしまったわ」
アッシュフォードの箱庭から、遠い世界へと。
「あーあ、花火切れちゃった。当分お祭りはなしね」
「そんな、会長!花火なんてまた買えばー」
リヴァルがこういう時こそ祭りを開いてぱあーっと、と提案するが、ミレイはそれを却下する。
「もうすぐ学園祭があるし、有能なルルちゃんがいなくなったから無理無理。
それに、単位取り損ねたのもあるから、いい加減そろそろ本腰入れないとね」
もともとルルーシュの卒業に合わせるつもりだったから計画的にサボって単位を取らなかったのだが、もうそんなことは言っていられない。
迅速に単位を取って学園を卒業し、主君の元へ行かなくてはならない。
「ミレイちゃん・・・」
「いいの、二ーナ。さあさあ皆の衆!まずはここの片づけをして、それからみんなにルルーシュの退学を告げないとね」
「暴動・・・起こりそうな予感が」
ルルーシュのファンは膨大におり、突然彼が退学したと告げれば一斉に生徒会に押し掛けてきそうである。
リヴァルの不吉な予想は一同には容易に想像出来たのか、明日はクラブハウスを封鎖しようと視線を交わし、満場一致で決まった。
「ま、ルルちゃんだから仕方ないわ。後でこのツケは取り立てるとしましょう」
一同は苦笑して頷くと、花火の残骸をゴミ袋に詰め終え、それを手にして校舎内へと足を進める。
ミレイはアッシュフォードにとって本来の役割を終えた学園を屋上から見下ろし、一筋の涙をこぼした。
その夜、シャーリーはある書類に名前を書いていた。
“早期単位取得願”と書かれたそれは、テストで一定の点数を取ることで単位を取得し、卒業単位を取り終えたときに卒業出来る制度・・・解りやすく言えば、飛び級をして卒業する制度の利用願いである。
それには放課後に行われる講義への出席日数、科目ごとに八割以上の点数の取得、学業態度など厳しい制限があるため、利用する生徒は非常に少ない。
本来ならルルーシュもそれを利用して卒業してもよかったのだが、ナナリーがいるためあえて使用しなかったのだ。
「お父さんに頼んで、保護者承諾のサイン貰わなきゃ。それから・・・」
シャーリーが次に手にしたのは、“退部届”だった。
これから卒業に向けて全神経を注ぐのだから、生徒会だけで手いっぱいだ。もう水泳は出来ない。
けれど、それでいい。好きな人の元へ行くためなら、比べるほどのものではなかった。
シャーリーはルルーシュとナナリーと三人でお茶会をした時に撮った写真を大事そうに見つめ、彼から貰ったメモの番号をしっかり眺めて暗記する。
憶えやすいようにしてくれたのだろうか、シャーリーの誕生日とナナリーの誕生日を合わせた番号にしてあった。
万が一誰かに見つかってその番号にかけられないようにと、未練はあったが意を決して破いてゴミ箱へと捨てる。
「待っててルル。私、すぐに追いつくから」
シャーリーはそう呟くと、父に連絡すべく携帯を手に取った。
翌朝、ミレイは怒りを胸に押し隠して政庁へと赴き、受付で名前と身分を告げて枢木 スザクとの面談を申し入れた。
その横にはもしかしたらユーフェミアに会えるかもと言う淡い希望を抱いた二―ナが、おどおどしながら周囲を見渡している。
受付の女性は初めてのスザクに対する面会希望者に驚きながらも連絡を入れると、すぐに許可が下りたので訪問者用IDをミレイと二―ナに手渡す。
ミレイは初めて入る政庁を見る余裕もなく、職員に案内されて上層階の応接室に通された。
「枢木少佐は間もなく参りますので、こちらで少々お待ち下さいませ」
「はい、よろしくお願いいたします」
出された上質の豆で淹れられたコーヒーを飲み、立ち上る芳香に気分を落ち着かせようと努力している所にノックが聞こえてきた。
「会長、僕です、枢木です」
そう名乗って自動ドアが開いて入室して来たのは、自らの主が箱庭から去る原因を作った男であった。
思い切り憎悪の視線をこめて睨みつけてやると、スザクは思わず後ずさる。
「あの、会長?」
「うん、久しぶりねスザク君。ちょっといろいろいろいろ話があってきたの。とにかく座って話そうか」
明らかに穏やかな話ではない口調に、スザクは彼女がここまで怒る理由に心当たりがあったので、ミレイの前に後ろめたさを感じながらも腰をおろす。
これほど怒っているミレイを見るのはニーナも初めてで、目を白黒させていた。
「私が怒っている理由、知ってるかなスザク君?」
「はい・・・あの・・・」
「解ってるならいいのよ、余計なこと言わないで。イライラするから」
ここは政庁だが、いつどこで誰の目と耳があるか解らない。
万が一にもルルーシュのことが耳に入ってしまったら、秘匿していた皇子をみすみす逃がしたアッシュフォード家はおしまいである。
「ま、それはそれとしてもうどうしようもないから何も言わないけどね。
今日はこれに記入して貰いたくて来たの」
ミレイが無表情で差し出したのは、“退学届”と書かれた書類だった。
「会長・・・」
「もうスザク君も騎士になって、いろいろと忙しいでしょう?
学園にも来るのが難しそうだし、こっちのほうがいいかと思って」
穏やかに言い繕っているが、本音はルルーシュの生存をユーフェミアに暴露してしまい、彼が箱庭から逃げだす原因になったスザクを追い出そうというものであることは明白である。
スザクはあまりにも考えが浅すぎて知らずに敵を作り、またアッシュフォードに彼の失態を探る輩が現われたりするかもしれない。
ミレイはまた主君が戻る日のためにも、美しく安全なままの箱庭を維持しなくてはならないと考えたのである。
「本当に残念だわ・・・うちの副会長が突然辞めて、スザク君もってことになるのは寂しいけど仕方ないもの」
まだスザクがイエスと言っていないのにも関わらず、ミレイはもうそれが確定事項であるかのように言った。
「ルルーシュが・・・そうか・・・」
既にルルーシュがアッシュフォードを出たことを知ったスザクは、応接テーブルに置かれていたペンを手にして退学届に記入していく。
「僕の保護者は、上司のロイド伯爵なんです。会長の婚約者の・・・今日サインを貰ってから、アッシュフォードに郵送します」
「そうしてちょうだい・・・それからスザク君」
「はい」
「もう、二度と来ないで。全部全部、貴方のせいなんだから!!」
話していくうちに感情が高ぶったミレイが思わず叫ぶと、二ーナが小さく悲鳴を上げて彼女から距離を取る。
「ミ、ミレイちゃんどうしたの?ルルーシュが退学するって言った日から、変だよ」
「ご、ごめん二ーナ。ちょっとね」
ミレイは大きく深呼吸をすると、スザクの顔など見たくないとばかりにソファから立ち上がった。
「・・・用件はそれだけ。じゃ、さようなら」
そう言い捨ててさっさと応接室から出たミレイに、何があったのかと驚くニーナもスザクをちらっと見ておそるおそる尋ねた。
「どうしたの、スザク君・・・会長があんなに怒ること、したの?」
「うん、ちょっと考えなしにバカなことしちゃってね。会長はもう、僕を許さないと思う。
こんな形で辞めるのは不本意だけど、自業自得だから・・・みんなにはすまないって伝えておいて下さい」
ニーナは何が何だか解らないと途方に暮れたが、理由を話してくれる気がないと雰囲気で察し、リヴァル達には伝えておくねと答えておずおずと立ち上がって応接室を出る。
「全部僕のせい、か・・・」
ただあの時落ち込むユーフェミアを励ましたくて、彼女なら他の皇族にもバラさないし仲が良かったと聞いていたから大丈夫だと安易に考え、学友を失い、学園を失い、そして親友を失った。
もう迷惑をかけるわけにはいかない以上、学園を辞めるというのは悪い選択ではないだろう。
これでもう、妬みを買う立場の自分のアラ探しのために、あの孤高の皇子を守る箱庭の学園を探られることはない。
「ロイドさんに、サイン貰いに行かなくちゃ」
せっかく入学させて貰ったアッシュフォード学園だが、もう仕方ない。
スザクも応接室を出てロイドのいる特派に向かおうとすると、そこには驚いた表情のミレイと二ーナ、そしてへらへらといつもの笑みを浮かべているロイドがいた。
「あれ、ロイドさん!どうしたんですかこんなところで」
「いやあ、僕の婚約者が来たのにどうしてかスザク君に用事って言うからね~」
ヤキモチ焼いちゃった、と明らかにウソだと誰もが解る台詞を口にしたロイドに、ミレイは乾いた笑みで応じた。
「そんな、浮気じゃないですよロイド伯爵。
ただスザク君、今後も学校に通うのは難しいんじゃないかって思って、退学を勧めに来ただけです」
「退学~?通信学科のある学校に転校じゃなく~?」
「・・・騎士様じゃ、勉強なんてしてる余裕ないでしょ。スザク君あんまり成績良くないですし」
何気に酷いことを言いながらごまかすミレイに、ロイドはふーん、といつものように考えが読めない顔で笑う。
「で、スザク君もそれでいいと思ったの~?」
「え、ええ・・・せっかくの好意で入れて貰った学園ですが、ユーフェミア様の護衛が最優先ですので」
「うんうん、君そう言ってランスロットにも乗りたくないって言ったもんね先日~。
ユーフェミア皇女殿下の傍から離れたくないって」
スザクは神根島から戻った後、ルルーシュとの打ち合わせ通りにシュナイゼルにこう報告していた。
シュナイゼルのミサイルを受けた後神根島に漂流し、助けを待つべく水場を探していたら黒の騎士団の幹部を発見したので拘束した後、一晩を明かして再び救助を求めようとしていたところにユーフェミアを捕えていたゼロと黒の騎士団員と鉢合わせしたので人質交換を申し出てユーフェミアを奪還したところに、いきなり地面が落ちてシュナイゼルらの元に来たのだと。
ひと通りの筋は通っているし、ユーフェミア自身もそうだと答えたためにそれ以上の追及はなかったがスザクはその後こう言ったのだ。
『ユーフェミア皇女殿下がまさかこんなことになっているとは、想像もしておりませんでした。
やはり自分が離れたのがよくなかったのでしょう・・・主君に心配をかけるなど騎士失格です』
『そんな、スザク!あれはわたくしが勝手にしたことなのですから、貴方のせいでは・・・そんなことを言わないで下さい!』
ユーフェミアの言葉にスザクは意を決したように、宣言したのだ。
『ロイドさん、二度とこんなことにならないよう、自分はユーフェミア様の護衛に専念したいと思います。
主君を守ることを第一に考えるのが騎士だと、ダールトン将軍もおっしゃっていましたし』
そう言ってランスロットの起動キーをロイドの手に返却したスザクに、最高のパーツがなんでええええ!とロイドが悲鳴を上げたのは記憶に新しい。
「じゃ、仕方ないね。保護者のサインどこ?あ、ここね」
スザクから退学届の書類を受け取ったロイドは、さらさらと己のサインを書いて印を押すとミレイに手渡す。
「ん~、これでスザク君をネタにアッシュフォードの高等部に入るのは無理になっちゃったね~。
大学部に間借りした時、大学部以外には入るなって太い釘刺されたし」
「やだなあロイドさん。高等部になんて用はないでしょ」
スザクが笑ってそう言うと、ロイドは一瞬だけ二ーナに視線を送るとすぐにミレイに戻し、飄々とした口調で言った。
「うん、なかったんだけどね~、実は出来たんだよ。アッシュフォードの宝物を確認したくてね」
その台詞を聞いた瞬間、ミレイの表情が凍りつく。
「な、何のことでしょうロイド伯爵。あ、もしかしてガニメデやイオのことですか?」
「うん、それそれ。それを毎年巨大ピザ作りで使ってるんだったね、副会長さんが」
口調こそ何気ないが、意味はスザクとミレイには充分に通じた。二―ナだけが有名なアッシュフォードの学園祭の行事に、にこやかに応じる。
「そうなんです、ルルーシュがいつも操縦して・・・でも今年はどうするの?」
何も知らない二ーナが無邪気にそう尋ねると、ロイドは幾度か納得したように頷いた。
「何だったら、僕が操縦しようか~?ピザくらいならなんとか作れる程度には操縦できるよ」
「ロイド伯爵!そんな、伯爵にそんなことをして頂く訳には・・・」
「まあまあそう言わずにさ~、ゆっくり話し合おうよ、二人きりで~。
君もその方がいいだろうし~」
「っつ・・・解りました」
ルルーシュの名前が出てしまった以上、もうごまかすことは出来ない。
ユーフェミア様に会えるかもしれないから一緒に連れて行って欲しいと必死に食い下がって来た二ーナを連れてくるんじゃなかったと、ミレイは後悔した。
「じゃー、僕ちょっと婚約者殿とラボで愛を確かめて来るから」
「似合わない台詞ですよロイドさん・・・」
スザクはどうしたものかと考えるも、余計なことはするな言うなオーラを発しているミレイに気圧されて口を噤むしかなかった。
ロイドはあはは~と何を考えているか解らない顔でラボに案内すると、お茶を運んできたセシルににこやかに言った。
「セシル君~、ちょっと彼女と貴族の会話をしなくちゃいけないから、当分こっち来ないで貰えるかなあ~」
滅多にない、というより初めての台詞にセシルは目を丸くしたが、ミレイが真剣な表情で座っているのを見て頷いて退出していく。
「大丈夫~、彼女もなんだかんだで一線は弁えてるから」
「・・・で、貴方はどこまでご存じなんですか」
直球でそう尋ねてきたミレイに、なかなか頭のいい子だがまだ若いな~とロイドは苦笑する。
「うん、まあはっきり答えるとアッシュフォードにルルーシュ様がお隠れになっていたってことだね。
君はあの方をお守りする役目を持っていた・・・違うかなあ~?」
「その通りです。それを、あのスザク君が台無しに・・・!」
「あー、彼がうっかりした行動で生存がバレるかもしれない事態引き起こしたから、あの方はどっか行っちゃったと。
もう余計なことして欲しくないから、学園から追い出したわけだ~?」
なるほどなるほど、とロイドは幾度も頷くと、ミレイが鋭い目で睨みつける。
「どうしてあの方のご生存を知ったのです?貴方はいったい・・・」
「おめでと~、僕もあの方をお探ししてたんだよミス・ミレイ」
「・・・は?」
呆気に取られたミレイがそう聞き返すと、ロイドはははは~と笑みを浮かべる。
「ちょおっとある場所であの方をお見かけしてねえ~。あの方は母君に瓜二つだから、すぐに解ったよ」
「・・・・」
ミレイは眉をひそめてロイドを伺うが、さすがに飄々と貴族社会を自由奔放に生き抜いてなお伯爵の地位を失わずにいるだけあり、ミレイごときではとても真意を推し量れない。
「閃光の忘れ形見なら、僕もお会いしたいんだよね。
あのガウェインをたった一度プログラム見ただけでさらっと操縦したほどの方ならなおさら~」
「・・・ロイドさん、はっきりおっしゃって下さい。あの方をどこでお見かけしたのですか?」
「うん、試作機のガウェインを奪って逃走したところをね、偶然ちょっと見えちゃったんだよね~・・・仮面の素顔」
「仮面・・・まさか!」
ミレイは口を手に当ててそれ以上の声を発するのを止めたが、ロイドは『大正解~』などと言って手を叩いている。
「あ・・・そういえば・・・」
ミレイはスザクがゼロによって救出されて以降、彼らしからぬ行動が目立っていたことに気がついた。
特に、ナリタ連山・・・ナナリーを放って数日間の旅行など、彼にはあり得ないのにと不思議に思っていた。
今思えば確かに、ゼロが現れた期日彼はいったいどこにいたのか?
そして、日本でルルーシュとナナリーが安心して暮らせる場所とはどこなのか。そして何故自分に居場所を知らせず立ち去ったのか。
その答えを運んできたロイドを睨みつけて、ミレイは尋ねる。
「・・・ロイド伯爵、それを私にお話ししてどうすると?」
「うん、ぶっちゃけて言うとね、君はどうする?」
「・・・私は真面目に話しているのですが」
「僕もだよ、ミス・アッシュフォード。君はあの方が反逆しても臣下であり続けるのかい?」
ロイドの問いかけに、ミレイは何を今さらと言うように言った。
「私はヴィ家に仕えるアッシュフォードの娘です。主の道を歩くことこそ臣下の務め」
「あっはっは、さすがは地位を奪われても貴族、主君に忠義を尽くすんだ~」
それだけではない感情があることをロイドは感じ取ったが、それは口に出さずロイドはとりあえずね、と前置きして言った。
「僕にもちょっと思惑が出来たから、このことは口外しないよ、約束する。
優秀なパーツ君がデヴァイサーを降りた本当の理由も解っちゃったし~」
あの時、確かに仮面は初めから外されていた。つまりはあの時、スザクとユーフェミアはゼロの正体を知っていたことになる。
ユーフェミアとルルーシュが仲が良かったことはロイドもシュナイゼルとの付き合いで皇宮に出入りしていたから聞き知っていたし、スザクがたまに話す“親友”が彼であるとするならば彼以外に動かせないランスロットのデヴァイサーを降りるには充分過ぎる理由だろう。
とするなら、ランスロットのデータは当分集まらない。それどころか、活躍することなくこのまま白い人形となる可能性すらあるだろう。
ユーフェミアも異母兄と戦うことを良しとしないだろうから、なおさらだ。
それならいっそ黒の騎士団に入って、思う存分研究してみたい。自分が完成するはずだったハドロン砲を完成させたい。
シュナイゼルを後援してはいるが別に忠誠心などないし、自分はただ己が作ったナイトメアが活躍する姿を見てみたいのだ。
(それだったら、まだ劣勢の黒の騎士団に入ったほうがいいデータ取れそうだしー。
あのドルイドシステムをさらっと解読したあの方ともお会いしたいし~)
実にマッドサイエンティストな思惑にうふふ~と不気味な笑みを浮かべるロイドに、ミレイは引きながらも迂闊なことは言えないと立ち上がる。
「その言葉、今は信じるしかないようですね・・・一応言っておきますけど、私を監視しても無駄ですよ。
あの方の行き先は、教えて頂いておりませんので」
「あは、なるほどね~。慎重なことだ・・・もしかしたら、貴女を巻き込みたくなかったかもしれないね~」
おそらくロイドの言うとおりだろう、とミレイは思った。
自分に感謝していると言ってくれたルルーシュなら、父帝に反逆するという大罪に巻き込むようなことは意地でもすまい。
「何とかしてガウェインのデータ欲しいし、ドルイドシステムを軽く動かせるあの方とお話したいし~。
機会があったら僕もあの方の元に行きたいから、その時はよろしく」
どうやらロイドはルルーシュとの繋ぎを取りたくて、ミレイと話したかったらしい。
おそらくロイドはルルーシュがゼロであることをミレイが知っていた可能性があると読んで仮面の素顔と言ったが、彼女が驚いたために彼の正体を暴露したのだろう。
これまでルルーシュをかくまってきたのだから、彼の正体を知っても当の本人が既にいない以上それを今さら報告する訳にもいかないし、その気がないということはルルーシュが何をしようとも従う意志のある者だから問題ないと判断したのである。
「・・・貴方のお話は解りました。ですが、それを決めるのはあの方です」
「うん、そうだろうね~。こっちも事を急に運ぶつもりはないから」
「お話はそれだけでしたら、私はこれで失礼いたします。ああ、ロイド伯爵」
「な~に~?」
ミレイはきっとロイドを睨みつけると、はっきりと言った。
「私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下です。
あの方の不利になる行為は許しません」
「怖いなあ~、婚約者なのに・・・君が卒業したらすぐに結婚して、夫婦であの方の元に行くっていうプランはどうかな~?」
「考えておきます。では、これで」
ミレイは乱暴にドアを開けてロイドの研究室を退出すると、ロイドは自分のパソコンを操作して未完成のままだったガウェインの設計図を見た。
まだ未完成の武器、しかも複雑な操作を必要とするドルイドシステムを理解し動かし軽々と空へと羽ばたかせたルルーシュに、ロイドは背筋に電撃が走った。
そう、誰も動かしきれなかったランスロットを己の身体のように動かしてのけたスザクに匹敵する興奮。
「僕、筋金入りのナイトメアバカだから~。
閃光のマリアンヌ様の御子息であの技量・・・ふふ、お会いしたいな~」
久々に機嫌のよくなったロイドは、傍から見たら実に不気味な笑みを浮かべた。
(ゼロがルルーシュ様、ですって?!言われてみれば納得だわ、どうして気付かなかったのミレイ?!)
自分で自分に憤りながら政庁を出たミレイは、二―ナがまだ中にいることも忘れて帰路を急ぐ。
(まったく、ルルちゃんってば・・・私に何も言わず・・・!ああ、ああいう人だってのは知ってたけど、でも私は!)
アッシュフォード学園は主君を守るための箱庭だった。元来ならこんな小さな場所ではなく、豪華絢爛な皇宮に住む至高の身分にあったはずなのに、彼はここにいた。
アッシュフォードがいつ裏切るのかと常に疑心に駆られていたことは知っていた。
祖父はともかく、両親はルルーシュを爵位と交換するチケットのように考えていたのだ。聡い彼がそんな父母が祖父の後を継ぐと思えば、信用出来ないのは当然だ。
だからミレイは、常にルルーシュのためにだけ行動してきた。
ナナリーと共に暮らせるように寮ではなくクラブハウスを宛がい、彼が楽しい学園生活を楽しめるようにと楽しい祭りを開き。
・・・恋をして心から信じる人が出来ればいいと、生徒会に女の子を中心に誘ってみたりもした。
自分の一番は、恋をしたルルーシュだった。だから彼のためなら、どんなことでもすると決めていた。
自分以外の誰かと結ばれても構わなかった。彼が自分を信じてくれるなら、それで。
あと一年で、ルルーシュもこの箱庭を卒業する。その時には自分と結婚してアッシュフォードを支配しても構わなかったし、他の道を選ぶのならそのために尽力するつもりだった。
それなのに、外から来た異分子の彼の親友によって最悪の終わりを迎えることになるとは、想像もしていなかった。
だが、過去は変えられない。そして自分の生き方も変えられない。
(私はミレイ・アッシュフォード、ヴィ家を守る箱庭の番人。そしてルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの臣下)
主が決めた道を歩くことこそ、臣下の定めにして務め。
早く反逆を終わらせて、何事もなかったかのようにこの箱庭へとご帰還頂く。そのためにも、もうモラトリアムはおしまいだ。
まずは学園を卒業し、祖父から直接跡目を受け継ぐ。
両親は爵位欲しさにヴィ兄妹を守ってきたが、ルルーシュがゼロだと知れば切り捨てるに決まっている。
だからアッシュフォード当主の座を父を飛び越し自分が手にするのだ。
黒の騎士団は日本解放のために動いているだけでルルーシュを守る存在ではないのなら、自分はあの方を守る騎士になる。
理事長特権を駆使して、早く自分を学園を卒業させるよう取り計らうよう祖父に言わなくては。
そしてあの何を考えているか分からない男と政略結婚もしよう、伯爵であるあの男なら、利用価値もあろう。
彼の行動を監視しつつ、ありったけのナイトメアの技術を受け取って、それを手土産にしてもいい。
ミレイはそう決意すると、祖父に会うべく歩調を速めた。