第十四話 枢木 スザクに願う
「あー、いたいたレジーナ!!」
砂浜近くでパラソルを差し、簡易椅子に座って話していたエトランジュとユーフェミアはアルカディアの声を聞いて視線を向ける。
「あ、アルカディア従姉様!カレンさんも無事のようで良かったです。
お怪我はありませんでしたか?」
日本語でカレンを気遣うエトランジュに、ユーフェミアは目を丸くした。
「日本語・・・話せるんですかレジーナ様」
「ええ、日常会話程度なら」
ブリタニア植民地の言語ならある程度話せるというエトランジュに、仮面をかぶったルルーシュが言った。
「相手の言語を理解するということは、相手と会話をしたいと態度で表明したことになるからな。
事実彼女は日本語を話し、礼儀作法も学んで相対することで日本人から警戒されることなく、話を聞いて貰うことに成功していた」
「そう・・・ですか。そうですよね」
ユーフェミアが落ち込んだように肩を落としたのを見て内心で溜息をついたルルーシュは、カレンに視線を移す。
「無事でよかった、カレン。無理をさせてしまってすまなかったな」
「いえ、こちらこそこいつから助けられなくて申し訳ありません!親衛隊隊長でありながら、失態でした!」
頭を下げて謝罪するカレンに、ルルーシュは気にするなと声をかけながらアルカディアの背後で酷い表情をしているスザクを見やる。
「・・・ゼロ」
「ずいぶんと手酷く論破されたようだな、枢木 スザク」
「論破っていうか・・・根本的なことがもう解ってなかったわ。会話にならない会話って、ほんとしんどいのよね」
もうこいつ何とかさせてくれという心の声が、アルカディアとクライスからギアスを使わずとも聞こえてきた。
「ただバカなだけなら放置してもいいけど、こいつは白兜のパイロットよ?
いい機会だからこのまま海に放り込みましょう」
アルカディアの案は至極もっともなもので、彼が自らの親友でなかったら即座にそうしろと命を下していたであろう。
ルルーシュはエトランジュのギアスでアルカディアの聴覚を繋いで貰っており、スザクの過去を聞いていた。
まさか自分達兄妹を助けるために父親を殺していたとは想像もしておらず、ルルーシュの心はまたしても揺れたのだ。
(聞かなければ・・・捨て駒にされてもいいと言い切ったあいつを見捨てられたものを・・・)
アルカディアもルルーシュの葛藤を悟っていたが、それでもこの男の戦闘能力はあまりにも危険過ぎる。
彼女の提案が正しいと思いつつも、ルルーシュはそれを口に出せずにいる。
その様子に溜息をついたアルカディアは、クライスに命じた。
「じゃ、私達が勝手にやるわね。こっちの独断で・・・クラ、そいつに重石つけて崖から放り出して」
「アルカディア様・・・!」
「恨み事はブリタニアとの戦争が終わった後に聞きます。いいでしょう?」
自分が勝手に手を下したのだから、自分のせいじゃないという言い訳を与えようとしたある意味残酷な優しさに、ルルーシュはゆっくり瞑目し・・・そしてとうとう決断した。
気を利かせてリンクを開いてくれていたエトランジュに礼を言い、アルカディアに語りかける。
《スザクに・・・ギアスをかけます。ですから、今回は助命してやって頂きたい》
《え・・・でもこいつを今さら支配下に置いたって、この男の居場所は騎士団にはないと思うわよ?》
すでにスザクの心証は底なしに悪く、むしろ今寝返れば何と己の信条がない人間かと日本人とブリタニア人双方から疎まれるだけであろう。
そしてそんな人間を迎え入れたとして、ゼロの信頼が危うくなる可能性が高い。ただでさえ失敗が許されない彼に、こんな下らぬ失点を与えたくはない。
《そういうギアスではありません。ですが、こいつが二度と迷惑をかけないようにするギアスを》
《それでももし、こいつに迷惑かけられたら?》
《私が彼を・・・殺します》
責任は取ると言うルルーシュに根負けして、アルカディアはクライスに合図をすると彼も溜息をつく。
「もうちょっと待とうか・・・何かまだユーフェミア皇女を探索中のブリタニア兵がいるから、もしかしたらこいつがうっかり助けられるかもしれないわ」
ルルーシュはほっと安堵すると、もはやスザクに正体がバレたカレン、ユーフェミアに正体がバレてナナリーともども箱庭から出ざるを得なくなった状況を考え、とうとう覚悟を完全に決めることにした。
「カレン、一つだけ聞きたいことがある」
スザクではなくカレンに向かって問いかけてきたことに驚いたが、カレンは背筋をピンと伸ばして聞く姿勢を取る。
「はい、何でしょうかゼロ!」
「私の正体が何であっても、私に従いていくと言ったな・・・あれに偽りはないか?」
日本解放戦線を救助に向かう間際、ナリタ攻防戦でシャーリーの父親が危うく巻き込まれそうになったことに罪悪感のあったカレンがゼロの元に行った際、彼女はそう確かに誓った。
カレンはもしかしたら自分に正体を明かしてくれるつもりだろうかと期待したが、同時に知ることに勇気がいることを悟って即答を躊躇った。
ふと周囲を見渡してみるとユーフェミアは目を丸くしているし、エトランジュ達は半ば妥当な判断だというように口を挟まず静観している。
「あの・・・エトランジュ様達はもしかしてゼロの正体を」
「救助した際、仮面を取りましたから。それに、お世話になっている方からもいろいろと」
あっさり認めたエトランジュに、カレンは親衛隊長よりも先に知っていた彼女に嫉妬心を覚えた。
しかし彼女が探ったわけではなく単に流れで知っただけとの言葉に、それなら仕方ないと納得する。
「カレンさんに申し上げます。ゼロの正体は現時点では極秘にしなければならないものなのです。
日本解放と言う実績を挙げた後ならある程度の方々にバレても大丈夫ですが、今のままでは黒の騎士団の存続に繋がりかねないものなのです。
・・・それでも、知る勇気がおありですか?」
日本語だったのでユーフェミアには解らなかったが、スザクには理解出来た。
そこまで重大なゼロの正体を、まさかこの場で明かすつもりなのだろうかとスザクは不思議に思ったが、以前から己に見え隠れしていた“ゼロの正体”の固有名詞が脳裏をよぎって喉を鳴らす。
「・・・私はこいつに黒の騎士団員だとバレました。すぐにシュタットフェルト家から出て、そっちに向かわなければならないでしょう」
「その通りだ。だから、君と私はいっそう似た関係になる。
だからこそ問いたい・・・私をリーダーだと認め、従いて来てくれるか?」
カレンの言葉にゼロが改めて問いかけると、カレンは覚悟を決めた。
そうだ、中身が誰であろうと、ゼロがブリタニアを憎みここまで日本人を率いていてくれたのは事実だ。
多くの人間をまとめ上げ、自分達の窮地を幾度となく救い日本解放の光明を射してくれたのは、ゼロだ。
さらに同じようにブリタニアを憎んでいるエトランジュも、彼の正体を知ってなお変わらぬ協力をしてくれている以上、何をためらうというのか。
「はい、ゼロ。私は貴方に従い、これからも従いていくことを誓います」
カレンの宣誓に、ルルーシュは心底から安堵した。
嘘をつかなくても己を受け入れてくれる人間がいるということが、これほど心安らぐものだったとは想像していなかった。
その意味ではシャーリーもそうだが彼女は危険に巻き込むわけにもいかず、側にいて貰う訳にはいかない。
だがカレンは自分と同じ目的を持ち、ゆえに共に道を歩める戦友であり得るのだ。
「信じていいな?」
「はい!あの・・・でも、無理なら今のままでも」
恐る恐るそう言うカレンに、ルルーシュは仮面に手をかけた。シュンと音を立てて仮面を外すと、中から現れたのは見知った少年のそれ。
「別に構わない・・・そう、俺と君とは似た関係になるんだからな」
「ルルルル・・・・ルルーシュ!!!」
口をあんぐりと開けて驚愕するカレンに、スザクはやはりという得心と信じられないという驚愕が合わさった顔で立ち尽くす。
「ちょ・・・あんた、ルルーシュ??影武者とかじゃなくて?!」
「正真正銘、俺がゼロだ。全く、初めに疑われた時は肝を冷やしたぞカレン」
ゼロじゃないかと疑われてあれこれとごまかしていたことを思い返したルルーシュが溜息をつくと、先ほどの従順さはどこへやら、カレンは彼の襟を掴み上げる。
「何で?!社会は変えられないとかほざいていたじゃないあんた!」
「ああ、あのままでは変えられないのは事実だったからな。行動したからと言って全てが思うとおりに動くわけじゃない・・・意味は、解るだろう?」
ルルーシュがちらっと考えなしの行動で日本人の生活を悪化させ、その信用を失墜させたユーフェミアに視線を送るとカレンは正論だと認めて手を放す。
「そう、そうね・・・あんたが現れなかったら、こうはうまくいかなかったから、それはいいわ。
でも、どうして私にも今まで黙ってたの?!親衛隊長にしてくれたのに!!」
今の今まで信じてくれていなかったのかと涙目になったカレンに、ルルーシュは答えた。
「ついさっき、レジーナ様が言っていただろう。俺の正体は黒の騎士団の存続を揺るがしかねないものだと・・・。
だが、あのご老公の言うとおり俺はまぎれもないブリタニアの敵だ・・・そうだな、ユフィ、スザク」
とうとう正体を晒したルルーシュに茫然としていたユーフェミアが我に返って頷くが、スザクは何も言えずただ立ち尽くしている。
「どうした、スザク?俺はあの日お前に向かって言ったはずだぞ。
『俺はブリタニアをぶっ壊す』と・・・忘れたのか?」
「ああ・・・確かに言っていたよルルーシュ」
信じたくはなかった。
けれど、心のどこかでゼロの正体は彼ではないかと知っていたスザクは、その答えが正しかったことを認めたくはないというように首を横に振り続ける。
「でも、だからといって君がっ・・・!異母とはいえ兄を!!」
「ああ、クロヴィスは俺が殺した。ああしなければシンジュクの日本人はもっと殺されていたし、俺自身も危なかったからな。
お前はそれより、ルールの方が大事だという訳か」
「違う!!」
「そうとしか聞こえないぞスザク。なら聞こうか・・・あの時クロヴィスを殺さなくても俺やシンジュクゲットーの住民が助かる方法を」
鋭い視線で問い詰められて、スザクは口ごもる。
そこへさすがのエトランジュも眉をひそめながら口を挟んだ。
「あの、枢木少佐。貴方の言っていることはですね、こういうことなのです。
たとえば貴方がオキナワ旅行の計画を立てたとします。そこへ同行者から『暑いところは嫌だ、別の所がいい』と言われました。
そして貴方が『じゃあどこがいい?』と尋ねると『君が責任者なんだから君が考えて』と返されました。
そんなことを言われたら、どう思います?」
「うわー、物凄い解りやすいたとえ」
これで解らなかったらもう本気で崖から落とそうとカレンが内心で考えていると、スザクはさすがに理解したらしく、彼は首を横に振る。
「私から見て、貴方は貴方の視線でしか物事を見ていないように感じられます。
それは人には多かれ少なかれあることですが、貴方の場合人それぞれ考えがあるということを全く理解していないとしか思えないのです」
「でも・・・ルールは・・・」
まだ言うか、とクライスは呆れたが、アルカディアはもはや完全にスル―している。
なのでまたしてもエトランジュが解り易く説明してやった。
「私達はバスケットボールで試合がしたい、ブリタニアはサッカーがしたい。
しかし競技場がひとつしかないのでどっちかしか出来ない・・・それで喧嘩になったといえばご理解頂けますか?
貴方がブリタニアのルールでゲームがしたいのなら、私達と敵対するしかないのですよ。
つまり、『説得はもう無理』なのです」
本物のスポーツなら交替でやろうという折衷案も可能だが、国だとなるとそうはいかない。
いや、それでも世界には数多くの形態を持つ国がある。平穏なら自分に合った国の戸籍を得てその国民になることが可能だが、戦乱のこの世では不可能なのだ。
「ルールを守るということ自体は素晴らしいお考えです。
私自身祖国のルールを破ることはしたくないので共感出来ますが、“変えたいルールに従う”というのが理解出来ません。
どうして自分に合ったルールを持つ組織に行こうとなさらなかったんですか?」
脚力に自信がある者がサッカーをするように、腕力が強いのならばバスケットボールを選ぶように、なぜ自分に合った場所に行こうとしなかったのかというエトランジュに、スザクは首を横に振った。
「ここは日本だ!日本を守るためには、日本を支配しているブリタニアにいて変えるしかないと思ったんだ!」
「違うな、間違っているぞスザク!ここは日本じゃない!」
ルルーシュがそう否定すると、カレンが噛みついた。
「何ですって?!ここは日本よ!あんた、やっぱりブリタニアね!酷い・・・」
「あの、カレンさんそう言う意味で言ったわけじゃないですよゼロ。
お話は最後まで伺った方がよろしいかと・・・」
いち早く真意を悟ったエトランジュがおずおずとカレンをたしなめると、カレンはえ、と思いつつルルーシュに視線を戻す。
「ここは“日本人が住んでいるエリア11”だスザク。だからブリタニアの法がまかり通っている。
そして確かに日本の法律では国を変えたい場合、“上に行って法律を変える”ことが許されているが、ブリタニアはそうではない。
もともと上に行ける人間が限られているからな・・・ナンバーズなら言わずもがなだ」
親友への最後の説教とばかりに、ルルーシュは説明する。
「お前が一番、日本を引きずっているんだよスザク。
日本が敗戦したのは自分のせいだと思い込んで、日本のルールでブリタニアを変えようとしているだけだ。
だが、それは無理なんだよスザク。もう、ここは日本じゃない。
それを悟ったからこそ、それを奪い返すために日本人がこうして立ち上がったんじゃないか。
“日本列島に日本人が住んでいるエリア11”であることを理解したからこそ、ブリタニアを滅ぼして改めて日本国家を創ろうとしている」
そしてそれはエトランジュ達のマグヌスファミリアも同じこと。
彼女達はブリタニアの身内同士ですら争えというルールに反発し、それを守りたくなくて国民全員で亡命した。
今、あそこはマグヌスファミリアではない。ただのほんの少しのブリタニア人が住むエリア16だ。
「実はアルカディア様が持っていた通信機で、お前の事情は聞かせて貰った。
お前が枢木首相を殺していたとはな・・・」
「え・・・スザクが?」
スザクの過去を聞いて思わず口に手を当てて驚くユーフェミアに、、スザクは震えた声で叫ぶ。
「ルルーシュ・・・俺は!」
「いいんだ、過ぎたことだしお前の考えも解る。それに、アルカディア様が言っていただろう?
ある意味であの行為は正しかったのだと・・・解らなくてもいい、ただそういう側面もあったとだけ心の隅に留めておけ」
スザクに理解させるという行為は非常に難しいと悟ったルルーシュは、そう告げる。
「俺がこのまま、ブリタニアを壊すことに変わりはない。
まず手始めに日本を解放し、各地の植民地を解放しつつその力を吸収し、最終的にあの男を殺してブリタニアを滅ぼす」
「やめろルルーシュ!!そんなことをしたって、後悔するだけだ!!」
父殺しを堂々と表明したルルーシュに、スザクは大きな声で止めた。
あの時、もっと冷静に父を止めていればよかった。あんな方法を使わなくても、親子なのだからきっと。
後悔しなかった日はないと訴えるスザクに、ルルーシュはもう手遅れだと自嘲の笑みを浮かべる。
「俺はすでに異母兄クロヴィスを殺している。その日から修羅の道を行くと決めた。
そうでなければ、いくら虐殺者だとしても仲がそれなりに良かった兄を殺しはしないさ・・・コーネリア姉上もな」
「それは間違っているルルーシュ!家族で殺し合うなんておかしいじゃないか!」
「あの男は子供を捨てた。子供を捨てた男が、父親たる資格などない。
だからお前とは事情が違う・・・いい加減人それぞれの事情があると悟れ。
お前の視野は狭すぎる。だからお前の言葉を誰も聞こうとはしないんだ」
自分が父親を殺した時は後悔した、だから君もそうなるというのは善意からの言葉でも、なら殺さなければどうなるかという考えがまるでない。
事実父親から殺されかけた自分はどうなのかと問いかけるルルーシュに、スザクはユーフェミアを見つめて叫んだ。
「ユフィ・・・ユフィ、君だってそう思うだろう?コーネリア殿下だって、ルルーシュを気にかけてくれていたって言ってたじゃないか。
ナナリーと揃って、皇族に戻るという考えはないのかい?」
「ないな。俺はもともと継承権を剥奪された身だ・・・今更あの男の庇護に入ったからと言って、また別の国に見捨てる予定の人質として出されるだけだ。
ナナリーはもっと悲惨だな・・・変態趣味の高官にでも褒賞代わりに与えかねない」
どういう経緯で自分達が日本に来たか忘れたのかと言うルルーシュに、スザクはユーフェミアを見た。
そんなことをしない父親だと言い切れる自信がないどころか、あり得るとすら思ったらしく、俯いている。
「コーネリアだって、ユフィが巻き添えを食らうかもしれないとなったら見捨てるに決まっている・・・七年前のようにだ。
だから戻れない。お前のルールを守るという自己満足のために、ナナリーともども犠牲になるつもりはない」
二人のやりとりを聞いていたカレンは、小声で恐る恐るエトランジュに尋ねた。
「あの・・・もしかしてルルーシュって・・・皇族ですか?」
「はい。現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの末の皇子ですよあの方」
あっさり認めたエトランジュに、カレンはやりとりの内容に納得しつつも驚愕の叫びをあげた。
「ちょ、ブリタニア皇族が反逆って・・・何があったのルルーシュ?!」
「ああ、日本を植民地にしたがったあの男が、当時母を殺されて後ろ盾がなく、俺と巻き添えを食らって両足が使えなくなり目も見えなくなった妹ナナリーともども日本に送られてな。
そして俺達が日本人によって殺されたと言いふらし、それを口実に攻めて来たんだよあいつは」
もちろん生きていたら困るから刺客まで寄越して来たという壮絶な過去に、カレンはあんぐりと口を開ける。
「そういえば、ブリタニア皇族が留学しに来たって・・。
でも、父親が子供殺そうとしたって・・・その前に母親殺されて傷心のあんたらを?
あの状態のナナリーちゃんを、死なせるつもりで日本へ?」
どこの世界に歩くことが出来ず、目も見えない少女を留学させる親がいるというのか。
今の年齢からならまだ解らなくもないが、七年前ならナナリーはまだ七歳のはずだ・・・日本でいうなら、小学一年生である。
車椅子で盲目の少女を思い浮かべたカレンが絶句し、ようやくルルーシュの行動の理由が見えて納得した。
「そりゃ怒るわ・・・でもブリタニア人ってだけならまだしも皇族だって知れたら日本人が従いてこないから、正体を隠していたのね?」
「そんなところだな。俺は母に似過ぎているから、見る者が見ればすぐに正体が知れる。
ある程度成果を上げてからなら、事情を知っている藤堂がいるからバレても構わないだろうが・・・今はまだ無理だ」
「あ、藤堂さんは知ってたんだ・・・もしかして、あの人も?」
固有名詞は出さずに桐原のことを言うカレンに、ルルーシュは頷く。
「藤堂は俺の正体こそ知らないが、知ったらオレの行動に納得してくれるだろうよ。
だが、それでも結果を出さないと俺を庇う奴に迷惑がかかるからな」
燃えるような夕焼けの中己の決意を叫んだあの日、藤堂もまたその場にいたのだ。
もしかしたら、ある程度はゼロの正体に当たりをつけているかもしれない。
「解った、そういうことなら私も絶対口外しないわ。それにしても、これだからブリタニアは!!」
子供を殺そうとする父親が皇帝な国なんぞ滅んでしまえと怒り狂うカレンに、スザクとユーフェミアは言い返すことが出来ず沈黙する。
まともに考えれば怒らない方がおかしいのだから当然だ。
「お前に聞く・・・これでもなお、俺が間違っていると言うつもりか?」
「・・・君の知略があれば、中から変えていける方法もあるはずだ」
他人任せなのは解るが、ルルーシュの頭の良さを知っているスザクの提案にルルーシュはあっさり頷いた。
「ないこともない・・・が、それは時間がかかり過ぎる。あらゆる手間もかかる。効率的とはいえないな」
「だったら!」
「お前、アルカディア様の言っていたことを理解しているか?
全ては結果ありきなんだよスザク・・・そして結果を上げるのに時間がかかっていたら、傍から見たらそれは失敗しているようにしか見えないんだ。
そして時間がかかればかかるほど、お前の言う上に行って変える方法が使えなくなるんだよ」
いまいち解っていなさそうな親友に、ルルーシュはどうして時間をかけるとまずいのかからまず説明してやることにする。
「よく聞けスザク。今、日本人の子供の学力は低い。教育どころではないからな」
そこまではスザクも知っているために深く頷くと、ルルーシュははっきりと解り易く一言で言った。
「この状態で、上に行ける日本人がどれだけいると思う?言ってみろ」
「・・・あ!」
権限の強い役職に就くには、当たり前の話だが学力が必須条件である。
そしていわゆる学力格差が広がっている今、そもそも就職することが目標のナンバーズが政庁になど就職出来るはずがないのだ。
そしてそれはこのまま武力で日本を解放しても同じことだ。
さっさと日本を解放しある程度の知力を持った人間が可及的速やかに立て直しを図らなければ、日本と言う国が立ち行かないのである。
「主義者達を上の役職に就かせることくらいは出来るが、それでは単に奴隷の平和を作るだけだ。
お前は日本人を、穏健な世の中の奴隷にしたいのか?」
「違う・・・そんなことをしたいわけじゃない!」
「だから時間はかけられない。武力解放の方が、日本にとっていい方法なんだよスザク。
今からお前の言うルールでやろうとしたら、まず教育制度を整えてそれから日本人がある程度の学力を備えるのにかかる時間が約十年、さらにそこから上の役職に就かせるまで十年前後。
それだけあったら、ブリタニアを滅ぼせるぞ俺は」
通常戦争とは、いくら長引いても十年経たずに終わる例が多い。
自信たっぷりに言い切るルルーシュに、スザクはそれでも犠牲はないと言い募るがエトランジュがきっぱりと断言した。
「犠牲は出ますよ枢木少佐。戦場のようにはっきりとした形ではありませんが、死人が出ます」
「どうして解る!」
「貴方は“どうして”と考えることを身につけた方がいいです。
どうしてナンバーズがブリタニア人との婚姻や就職、租界への立ち入りを制限されたりしていると思います?」
エトランジュの問いかけに、ユーフェミアが答えた。
「それは、日本人に富を与えるとテロを起こすと考えたからです」
「正解です。では何故ナンバーズが富を得て、テロを起こすと考えているのでしょうか?」
「ブリタニア人が、不当に各国を占領したからです」
「正解です。つまりブリタニア人は“仕返しされても仕方のない立場”にいるということを、彼ら自身知っているということです」
ユーフェミアはその説に納得したが、スザクはそれが意味する事が解らなかったらしい。それを見てとったルルーシュが教えてやる。
「つまり、連中は仕返しを恐れているんだよスザク。だからナンバーズに税をかけたりして富と教育の機会を奪い、自分達と張り合えないように仕向けているんだ。
そんな奴らがナンバーズが重要な役職につき国を変えるようになると理解したら、全力で阻止しにかかるだろうな・・・それこそ暗殺などの手段を取っても」
だが、それでもブリタニアのルールは許してくれる。
ナンバーズが殴られても蹴られても何もしなかった理由は、ブリタニア人を傷つければ何があろうとも処罰されるからだ。
逆に言えば、暗殺されようとも適当な捜査で終わってしまえばもうどうにもならないのである。
「僕は仕返しなどしない!」
「貴方はそうでも、他の方々は違うでしょうね。やられたらやり返したくなるのは人の常です。
私自身目的半分、復讐半分でコーネリアを襲撃したのですから」
どこまでも自分ならを繰り返すスザクに呆れたエトランジュの告白に、スザクが睨みつける。
「君が、コーネリア殿下を?!」
「ああ、俺が策を考え、この方が指揮を執ってコーネリアに重傷を負わせたんだ」
既にユーフェミアは知っていたのか驚きもしていないのを見て、スザクはルルーシュとエトランジュを交互に見つめる。
「いい加減にして下さい枢木少佐。貴方はどうして自分が自分がと言うのに、他の方の事情はお聞きにならないのですか!
ルルーシュ様はすでに、貴方の事情は理解して下さっています。
だから何度も同じことを繰り返して説明して、無理だと教えているのですよ!」
「家族で殺し合うのはおかしくないと言うのかい?!」
「それを仕掛けたのはどちらが先です!ルルーシュ様が何もしていないご家族を殺す方だとでも思っておいでなのですか?!」
「それは・・・でも!」
エトランジュに怒鳴られるようでは相当だとアルカディアは思ったが、既に文句を言う気力すらないので彼女に任せることにした。
「間違っているのはシャルル皇帝だと貴方が思っているのなら、本人に向かって文句を言うのが筋でしょう。
だいたい家族で競い合え奪い合えと言っているのは誰ですか?!
私だって目の前に来たらいくらでも言いますが、話を聞く意思のない相手に文句を言っても無駄だと解っているから、こうしてやりたくもない戦争をしているんです!
日本のことわざにあるでしょう、“馬の耳に祈りの言葉”と!」
「馬の耳に念仏ですエトランジュ様」
日本語だったのでユーフェミアは首を傾げたが、ルルーシュが正確な言葉と意味を告げるとなるほどと一つ知識を増やしていた。
「どうして間違っているルールを実行している本人に向かって文句を言わず、やりたくもないことを強いられている私達に向かって言うんです?!
私から見たら、貴方は単純に楽な方を選んでいるとしか思えません」
「楽だなんて、そんな決めつけるな!」
「楽な方だろう・・・」
エトランジュがどう説明しようと考えているのを見かねたルルーシュが、やれやれと言った様子で助け船を出した。
「今どき子供でも知っているぞ。法律を変える権限があるのは政治家なんだ、軍人じゃない。
なのに、どうしてお前は軍人になったんだ?」
「・・・え?何でって」
「確かにブリタニアは軍人がある程度政治に干渉出来るが、それでも表向きには政治の筆頭でもある総督の許可という形で最終決定が為されているんだぞ?
まともなルールに沿うなら、お前は政治家を目指すべきだろう」
クロヴィスは総督ではあったが、軍人ではない。
他のエリアも似たようなもので、コーネリアのように軍人であり総督であるほうが珍しいのだ。
「だが、お前はどう考えても政治家になれないな。
お前の成績は知っているから、政庁登用試験にたとえブリタニア人であっても受からないだろう」
「・・・・」
「自分の能力を生かす形でといえば聞こえはいいが、それでも殺人者とならざるを得ない軍人を選んだ。
お前は結局、自分で考えることから逃げたんだよ。軍人は言われた通りのことを実行に移せばいい、いわば歯車だ。
お前には確かに向いているが、ルールを変えるという目的からすれば大きく外れている職業だな」
ルールの通りに動けばいい軍人が、ルールを変える権限などない。
高級軍人ならともかく、先も言ったが仕返しを恐れるブリタニア人は有能であればあるほどナンバーズを上に据えることはしない。
だが無能なら無能で下の階級のままなので、結局は同じことなのである。
「解っただろうスザク。お前のルールは通じないんだよ・・・だからお前と共に行くことは出来ない。ユフィ、君ともだ」
「ルルーシュ・・・そんなこと言わないで!私、努力するから!今からでも、日本人の生活をよくすれば!」
ユーフェミアが叫ぶが、ルルーシュはゆっくりと首を横に振って否定した。
「もうそんな時間はないんだよユフィ。国を立て直すという時間が必要な今、占領から七年と言うのはもうギリギリだ。
それに植民地は日本だけじゃない、18ヵ国もあるんだ。君はそれらを、完璧に解放出来る自信があるのか?」
「・・・・」
「君が成長するのを待ち、スザクの事情を考えてやる義理も義務も余裕も日本人やレジーナ様達には全くない。
これは俺が個人的に最後にしてやれる、最後の義務と義理だ」
「ルルーシュ・・・!」
「それに、君だってコーネリア姉上は捨てられないだろう?どっちも得たいというのは解るが、俺にはそのための方法を考える余裕はない。
俺もナナリーが幸せになるのが最優先だ、こればかりは譲る気もない」
自分をあてにするなと言う冷たい言葉に、ユーフェミアは泣きそうな顔になる。
「でも、でも・・・私は戦いたくなんてない・・・!お姉様は何とか説得してみるから、お願い!」
「それってさ、ナイトメア牽引用ロープを針の穴に通すようなもんだと思うわよ?」
ユーフェミアなら思考能力はあると判断したアルカディアが言うと、ユーフェミアは押し黙った。
「ゼロの正体を言えば、まああんたの言うとおりルルーシュ皇子が大事ならゼロと戦うのはやめようとするかもしれない。
けど、十中八九彼らを皇族復帰させようとするでしょうね・・・ゼロの正体を隠したままで。それしか方法ないから」
「・・・それは」
「当然正体を知っている可能性のある黒の騎士団・・・全滅させるわねあの女。サイタマで目的のためなら人命なんぞどうとも思わないのは証明されてるし。
しかもあの女はあんたが一番大事なわけだから、いざとなればルルーシュ皇子や妹姫を見捨てる可能性があるってルルーシュ皇子は言ってる。
そうはならないと言うなら、その根拠を示さないと納得しないわよ」
コーネリアはルルーシュの生母であるマリアンヌを敬愛しており、その暗殺についても調べている、生きていたら自分が後見人になれるのにと言っていたことを告げると、ルルーシュは不機嫌そうな表情になった。
「なら、どうして七年前に日本を占領された時に俺達を捜さなかった?死体がなかったのだから生きているかもとは思わなかったんだな。
ああ、そういえば日本に送られた後も手紙も寄越さなかったな・・・俺が手紙を送ったのに」
「それは・・・陛下に止められたからやめろとお姉様が」
「やはりな。つまり姉上にとってはあの男の命令の方が俺達より大事というわけだ。
俺が反旗を翻したゼロだと万一にもあの男にバレたら、お前と自分のために躊躇うことなく引き渡したとしても、おかしくはないな」
信じるに値しないと言い放ったルルーシュに、ユーフェミアはどうしたら信じてくれるのかと途方に暮れる。
「どうして君はそう自分を中心に考えるんだルルーシュ!仕方ないだろうコーネリア殿下はユフィが大事なんだから!」
「だったらどうして俺が俺とナナリーを大事にしたらいけないんだ!
俺の一番はユフィじゃなければならない理由でもあるのか、スザク!!」
「だからさあ、そいつは自分さえよければいいんだってゼロ。
もうそいつの一番はユーフェミア皇女で決まった・・・それだけのことでしょう」
アルカディアの言は言いすぎだが、実際は単に相手が言われてどう感じるかという能力がないだけだとエトランジュは思っている。
どっちみち自分のことしか見えていないことに変わりはないから、指摘しなかったが。
「君は日本開放のために黒の騎士団員に利用されているだけだ!だから君だって正体を隠しているんだろう。
その他の植民地の人だっていうテロリストだって、君を利用したくて家族間で殺し合いにするって事情を無視しているじゃないか!」
「その通りだが、お前には関係のないことだ」
あっさり利用されていることを認めたルルーシュに、スザクは理解不能と言いたげに親友を凝視する。
「この方々は各国のレジスタンスを束ねていてな、ある程度の戦力をお持ちだが残念ながらそれを生かす才幹はなかった。
だから俺が知略を貸し、引き換えにその助力を借りるという取引でここにいるんだ。お互い様というやつだ」
そして黒の騎士団も同じことだと言うルルーシュに、カレンはまだ自分達を信頼してくれていなかったのかと悲しくなった。
しかし、事情を鑑みればそれも無理はなくて、日本解放が成ればみんなもブリタニア人を受け入れる土壌がある以上、彼も正体を明かしてくれるかもしれないと展望を抱く。
「家族間で争うのはあの男のせいで、レジーナ様が仕向けた訳ではないぞスザク。
俺の正体を知らずに単純に力を借りようと思ったゼロがそう言う事情を抱えていたが、目的のためには仕方ないと放っておいているだけだ」
文句があるなら家族間で殺し合いを仕向けている本人に言えというルルーシュに、スザクは黙りこむ。
「断わっておくが、別に姉上がお前を一番に考えて行動することに怒っているわけじゃないからなユフィ。
ただ、俺もナナリーの幸福を考えれば信用出来ない相手と一緒に行動する訳にはいかないというだけの話だ」
「ルルーシュ・・・私は、お姉様も貴方も大切なのよ・・・」
ユーフェミアは小さな声で呟いたが、それ以上は口に出せなかった。
七年前にルルーシュら兄妹を見捨てたという前科がある以上、ユーフェミアとしては何も言えない。
あの時、たった一言でも姉が、自分が何かを言っていたなら・・・ここまで不信を抱かれることはなかったかもしれないのに。
「そうか、だが俺の一番は決まっている。俺はナナリーの幸福のために戦う」
「日本解放のためじゃないんだね」
スザクの低い声音の問いに、そうだとルルーシュはあっさり肯定する。
「レジーナ様も同様に、別に日本解放が最終目的じゃない。
ただブリタニアを滅ぼす=祖国が戻るという方程式のもと、仲間を増やす過程で日本解放に協力してくれているだけだ」
カレンは日本解放が手段に過ぎないと知ってムッとなったが、確かにエトランジュ達が協力している理由がそうなので、彼だけを責めるわけにはいかないとそれを押し殺す。
それに、結果的に日本解放が成るというのなら、責めることもないのだ。
「お前、これだけ言われてまだ気づかないのか。
誰だって自分それぞれの一番大事なものがあって、そのために戦っているんだ!
俺の一番はユフィじゃない、ナナリーだ!そしてお前の一番はユフィ、それだけの話なんだよ」
「俺の一番が、ユフィ・・・?」
今更何を言っているのかとルルーシュは舌打ちすると、スザクの頬を張り倒した。
「お前はあいつの騎士になったんだろう!騎士は常に主君に従い、そのためだけに生きる存在だ。
ルールルールと言うくらいなら、きちんと騎士がどういうものかぐらい把握しろ、この体力バカが!」
だからこそ自分のものではなくなったスザクに、ルルーシュはショックを受けたのだ。
それなのにこの男は、そんなことすら解らずに呑気に騎士が職業の一つだとでもいうように受け止めていたらしい。
「ウザクウザクって言われてる理由・・・よく解ったぜ」
ぽつりと呟いたクライスの台詞に、当人とユーフェミア以外の面々は深く頷く。
ユーフェミアが理由を視線で尋ねて来たので、エトランジュが教えてやった。
「うざったいというのは日本語で鬱陶しいという意味なのですが、それとスザクさんの名前とを組み合わせての仇名です」
意味を知った時は苦笑したが、なるほど的を射た呼称だ。
日本人内でスザクがどれだけ嫌われているのか、この一事だけでも解る。
「日も暮れてまいりましたので、そろそろ話をまとめてもよろしいでしょうか、皆様?」
ふと気づけば既に夕日が地平線に沈もうとしており、辺りは橙色に染まりつつある。
ルルーシュがどうぞ、と促すと、エトランジュは自分なりにまとめた結論を言った。
もっとも、既に結論は出ているものだったが。
「ルルーシュ様はナナリー様と幸福に暮らすために、ブリタニアを滅ぼしたい。そのためには黒の騎士団を率いて、今後とも戦っていくおつもりです。
そしてカレンさん方黒の騎士団は、ゼロの知略を用いて日本解放を行い、その後再奪還をされないためにもブリタニアを滅ぼしたい。
・・・利害一致なので、それでいいですね?」
「はい、レジーナ様。異存はございません」
カレンは全く間違いがなかったので納得し、ルルーシュも頷いて同意する。
「私達もブリタニアを滅ぼさない限り祖国が戻ってこないので、レジスタンスをまとめて反ブリタニア同盟を作っていきたいので貴方がたと共に行動したいのですが、よろしいですか?」
「ええ、もちろんです。カレンもそうだな?」
「はい、ゼロ」
そしていよいよ問題となっている主従に視線をやると、二人はびくっと肩を震わせる。
「貴方がたは私達と戦いたくはない、けれどそれをやめさせる術を持たない。
私達にやめて欲しいと言うしかないけれど、私達には貴方がたの事情を忖度する余裕も義務も義理もありませんのでその要求は却下されます。
結論として、状況は改善されません」
「そんな・・・ルルーシュ!」
「おやめなさい、スザク!もういいのです」
スザクがなおも言い募ろうとするが、ユーフェミアの制止を受けて驚きつつも口を閉じる。
「皆さんの言うとおり、何もしていないのに要求ばかりするのはやめるべきです。
本来なら、私達は敵同士である以上この場で殺されても仕方なかったのにこうして話し合いの場を設けて下さいました。
それだけでも、感謝すべきなのです」
「話し合いで解決するのがいいんだろうけど、ユーフェミア皇女じゃぶっちゃけ無駄な時間で終わるからねえ」
はっきりとそう言いきったアルカディアを、エトランジュがフォローする。
「私としては貴女とお話するのはとても良かったと思います。
少なくとも貴女は相手の話を聞く意志をお持ちで、状況を改善したいという思いもよく解りました」
けれど、ユーフェミアでは決定権がない。
いくら彼女がナンバーズを解放したいと願おうとも、それに否と皇帝に言われればどうするすべもないのだ。
「専制君主国家の皇女である以上、仕方のないことと思います。
ですから結果的には無意味に終わることでも、それでも私は嬉しかったです・・・私の話を聞いて下さったから」
「レジーナ様・・・」
「貴女の姉は都合の悪い話から耳をふさぎましたが、貴女は真っ向から向かい合い受け入れて下さいました。
いろいろと貴女なりのご苦労や思いがおありだったでしょう。
ですが、アルカディア従姉様がおっしゃったように、残念ながら貴女との話し合いは組織的には無意味なのです・・・ですから、余計に残念です。
それでも、私の話を聞いて下さったことに礼を言います・・・ありがとうございました」
ブリタニアを治める資格を持つ皇帝が変わらない限り、何もかもが変わらないというエトランジュに、何かを決意したユーフェミアが尋ねた。
「皇帝陛下が考えを変えたら、戦う必要はないと?」
「無理でしょうね。
これだけの死人が出ている以上、今から侵略をやめて植民地を解放するといったところで、これまで侵略に貢献していた軍人に反発され、今まで殺されてきたナンバーズと呼ばれた方々から恨まれるだけです」
「・・・なら、皇帝が変わった後に国是を変更するなら?」
「時間がかかるでしょうけど、シャルル皇帝が変えるよりははるかにましでしょうね。
・・・貴女にそれが出来ますか?」
「・・・解りません。でも、私はそれを変えたいのです。
私はEUも、中華連邦も、そしてブリタニアも全部なくなって、世界が一つになって平和な世の中を見たいのです」
ユーフェミアがまっすぐエトランジュを見据えて語る夢に、エトランジュは小さく笑みを浮かべた。
「よく世界を一つに・・・などというスローガンを耳にしますが、私はそれがいいとは思えません。
自分が好きな場所を選べないというようにも取れますからね」
「それは、どういう意味ですか?」
「一つということは、他のものがないともいえるからです。
EUはあくまでも小国同士が集まって大国並の影響を持っているということはご存知でしょう。ひとつの国家にはまとまっていないんですよ」
EUでは、それぞれの異なった形態を持つ国が集まっている。
君主国家もあれば完全なる民主主義国家、貴族制度のある国やない国など、本当に様々なのだ。
実はマグヌスファミリアは王族が主体となって政治を行っており、国民達は関与していない。その意味では、ブリタニアに近いといえる。
王族が高度な教育を受けるために海外へ国費で留学する代わり、国のために政治を行う。いわゆる高貴なる義務と言うやつだ。
農耕国家ゆえの貧乏さから効率的に政治を行うためなので、文句が来たことはない。
もともと身分制度自体、そうすることで効率的に政治を行うために生まれたのだ。
そんな貧乏君主国家のマグヌスファミリアだが、そんな国にも移住希望者は来る。
緑豊かでのんびりした国で過ごしたいという者が、移住を望んで来ることは何年かに一人や二人は来るのである。
逆にマグヌスファミリアの機械文明に憧れた娘が、EUのとある国の嫁不足に悩んでいた農村に嫁いだこともある。
EUでは移民を希望し、その国が移民を認めれば犯罪者などでない限りそれが叶えられる。そうEU連邦の法律で決められているのだ。
「自分に合ったものを選べるというのも、よろしいのではないでしょうか?
極端な例ですがユーフェミア皇女、ご自分の一番好きな物が最上級の素材で作られたものだけがあるレストランと、少々味は落ちてもたくさんのメニューがあるレストラン・・・永続的に利用するとしたら、どちらを選びますか?」
「解りやすいですね・・・もちろん、たくさんのメニューがあるレストランです」
「私はそれでいいと思うのです。たくさんのものがあって、それぞれ好きなものや自分に合ったものを選べる世界。
一つに纏まるというのはそれはそれで素晴らしいと思いますが、それぞれがその中核になるために争い出しては本末転倒ではないかと思うので」
現在ブリタニアがやっているのがそれだ、と言うエトランジュに、なるほどそういう考えもあるのかとユーフェミアは目から鱗が落ちた。
もちろんそれはあくまでエトランジュ個人の考えであり、穏便に一つになれるというのならそれはそれで悪いものではない。
「ユーフェミア皇女に一つ、偉そうですがこんな例があったことをお教えしておきましょう。
昔とある国で宗教間の争いが起きていることに心痛めた皇帝がそれを止めるためにその二つの宗教を廃止し、新たな一つの宗教を改めて広めようとしたことがあったのです。
一見いい考えに見えますが、双方からすれば別宗教を押し付けられていることに変わりはないということにその皇帝は気付かず、情勢が悪化する結果になってしまいました」
「・・・ご忠告、ありがとうございます」
自分ならうっかりやってしまいそうな行為だと、ユーフェミアは溜息をついた。
「政治って、大変ですね・・・改めて言われると、怖くなりました」
「大勢の人々がいる以上、大国であればあるほど意見が纏まらなくなるのは仕方ないと思います。
私の国は非常に人口が少なく僻地にあるので、逆に結束力が強くあんまり揉めたりしないんですよね」
実際、マグヌスファミリアでは暴動だの革命だのそんな物騒な事件が起こらなかった。
理由は貧乏ゆえに余裕がないため、王族が食料を独占するだのという行為をしたが最後、他の国民達からあっという間に排斥されることが目に見えているので初めからやらないからである。
王族より国民の方がケタ違いに多い上に王族を守る軍隊がないのだから、当たり前だ。
ゆえに平等に食糧分配という王族最大にして重要な仕事だけは、意地でもきっちり行っていた。
世界史上、国が内部から崩壊した理由の大半が、飢えと貧困によるものだ。フランス革命などその代表である。
“飢えは為政者の最大の敵”というのは、はっきり言って常識中の常識なのだ。
それを知らずにゲットー封鎖などという行為をしてしまったユーフェミアの信用は、地に潜ってしまったという訳だ。
「それと、最後にもう一つだけ・・・私はブリタニア皇族が嫌いです」
はっきりとそう告げたエトランジュに、ユーフェミアは小さく俯いたが続けられた言葉にはっと顔を上げた。
「けれど、ブリタニア人が嫌いなわけではありません。
私達に英語を教えて下さったのは元ブリタニア貴族の方ですし、レジスタンス活動を助けてくれる方やそうと知りながら見て見ぬふりをして下さっているブリタニア人の方が大勢いるからです。
ブリタニア皇族が嫌われているのはその血筋故ではなく、その行為によるものであるということを、忘れないで下さい」
「はっきり言うとね、あんたらはその辺りのことが全く解ってないのよユーフェミア皇女もそこのウザクも」
アルカディアがスザクにはもはや何を言っても無駄と認識したので視界にも入れず、ユーフェミアに向かって手厳しい口調で言った。
「私達がユーフェミア皇女のバカと罵ると、“自分はブリタニア皇族だから、姉が日本人を虐殺したから恨まれている”って思いこんで、自分達が何をしたかなんて考えてもいなかったでしょ」
むしろ自分は善意でしたことだからいい結果が出ているはずだと考え、どうして理解してくれないのかとすら思っていたはずだと言い当てると、ユーフェミアははい、と小さな声で認めた。
スザクもユーフェミアを悪しざまに罵るアルカディアをそんな目で見ていたが、はっきり迷惑を被ったからだと言われると言い返せなかった。
「だけど、確かに虐殺者の身内だからと恨む人はいるけどね、実際は当人がまともなら人はそれほど悪意を向けたりはしないものなの。
むしろコーネリアはああいう女でも、さっきも言ったけど余裕がない今効率を考えて妹は自分達を大事にしてくれるなら彼女を支持していこうとなったでしょうね。
善意が全ていい結果になるとは限らないことを理解せずに、彼らの信頼を失ってしまったってわけ」
「そういえばユフィ、コーネリア姉上が入院してから、どういう形で物事を決裁していたんだ?」
だいたい想像はついていたが、念のためルルーシュが尋ねるとユーフェミアが小さな声で周囲の人間が運んでくる書類を確認し、日本人を弾圧する書類を避けて決裁していたと告げるとやはりなと溜息を吐く。
「戻ったら自分が決裁したもの以外の書類を確認してみるといい。
君が許可を出した書類は確かにブリタニア人が日本人を弾圧しないものばかりだが、総督や副総督の許可がなくてもいい範囲内なら、日本人に対する弾圧が行われているはずだ」
「え・・・あ!」
ユーフェミアは考えが足りないだけで、政治的知識はある。ルルーシュの言葉の意味に気付いて、顔を青ざめさせる。
「どういう意味ですか、ルルーシュ様。ユーフェミア皇女の許可がないなら、それでいいというわけではないようですが」
てっきりゲットーを封鎖しブリタニア人の行き来を封じるという弾圧だけだと思っていたエトランジュに、ユーフェミアが震える声で答えた。
「いくら総督や副総督でも、全ての決裁を行うのはとても無理です。
ある程度は地方長官などに権限を委託していて、トウキョウ租界についてはダールトンがわたくしの裁可がなくてもある程度の政策を整えることが可能なのです」
「たとえば名誉ブリタニア人を左遷する、ある程度の財産を持っている日本人に対する地方増税、テロリストとして捕らえた日本人の処刑は、地方長官程度の権限で施行することが可能なのですよ」
マグヌスファミリアでは国すべてのそれは国王決裁なので、エトランジュは人口が多いとそうなるのかと一つ学んだ。
ちなみに現在、国王代行として伯父にして宰相のアインが政治を処理しているので、エトランジュはまるでやり方を知らなかったりする。
「ああ、そういえばカンサイでは地方税が高収入の日本人にだけ増税されるって聞いたわね。
私達が殺したハーマウ男爵がカンサイブロック長官権限で決めたんだっけ?」
「そうですよアルカディア様。ナンバーズに対する法律適用は、ブリタニア人次第でいかようにも出来ますからね。
総督や副総督なら止めることが可能ですが、決めるだけならある程度権限のあるブリタニア人の自由です」
「私・・・トウキョウ租界近くのゲットーの日本人ばかりに目が行って、他のことが見えてなかった」
ルルーシュが教えてくれなければ、恐らくここを出てからも解らずにいただろう。
「おそらく、君は周囲に“テロリストに対して手荒な行為をするな”などと言っただけで、それ以外の日本人について確たる指示を出さなかったんじゃないか?
しかもその手荒な行為というのも細かく指示を出していない・・・違うか?」
「はい・・・全くその通りですわ」
租界とゲットーの行き来を制限したとはいえ、“ゲットーへ行く者はブリタニア執政官および大佐以上の許可を得た者のみとする”となっているため、逆に言えばその許可を得られた者は出入り出来る。
その者達は当然スパイの疑いがない信頼できる精鋭達である。その能力を発揮し、黒の騎士団の下部組織や他の弱小テログループをいくつか摘発していたのだ。
逮捕された者は、当然ブリタニア側からすればれっきとして犯罪者だ。そして“現在のブリタニア法律に則って”処理される。
裁判なしの死刑だの投獄だのが行われても、それは裁判官の許可で充分だ。わざわざ副総督の許可などなくても、事後報告で構わないのである。
自分が決裁するから必ず報告せよと言う命令がない限り、必然的にそうなる。彼らは命令に背いたわけではないから、責めるわけにもいかない。
「ユフィ、俺の意見を言わせて貰う。
君は確かに崇高な理想を持ち、それに向かって努力する姿勢を持っていることは素直に尊敬しよう。
だが、やり方が解っていない。何よりまずいのは、君は思いつきで行動しすぎだ」
それは為政者として最悪だとはっきり宣告すると、ユーフェミアは落ち込みながらも頷いた。
「スザクに言って電話をかけさせた時、君は何故俺が君に生存を言わなかったのか、考えなかっただろう?それと同じノリで、今までやって来たと想像がつく。
電話をかけさせて俺の生存を探るまではまだいいが、いきなり俺と話そうとしてきて・・・どれだけ俺が焦ったことか」
「ご、ごめんなさい」
「君がまずやるべきことは、政治のやり方を覚えることだ。
いきなり副総督などという地位を渡した姉上が悪いが、通常は地方長官から始めるくらいがちょうどいいんだぞ」
つい先ほどまで学生だった人物を、自分がいるからと言って権限の強い副総督に据えたコーネリアがそもそも悪いのだ。
どうせ彼女のことだから重要事項は自分一人で決めて、口では厳しく言いながらも本音では妹には自分の傍で穏やかに過ごして貰いさえすればいいとでも考えていたのだろう。
そうでなければ妹に確実な実績を積ませようとするはずだが、コーネリアがつけた補佐であるダールトンが結局全てやってしまっているため、彼女は成長する機会を奪われ続けていたのだ。
「あんたさ、今までの話を聞くに思い付きで何かの提案をするだけで、計画して行動するってことがなかったでしょ」
「・・・はい。解りますか?」
「ええ。そっちの騎士も同類でしょうね」
「・・・・」
アルカディアの呆れかえった台詞にユーフェミアが顔を赤くすると、エトランジュを指さした。
「うちのリーダーも頭あんまりよくないから、まず自分の案は紙に書いてよく考えるの。
それで却下されたらどうして駄目なのか、理解するまで説明を求めてくるわ」
もちろんこのようなやり方では政務は遅れるし、尋ねられる方も説明にうんざりするかもしれない。しかし、それでエトランジュはゆっくりでも学んでいく。
彼女達の年齢では、もともと成功するより失敗を糧に成長するのが当たり前なのだ。ただ状況がそれを許さない以上、失敗のないように行動するには無難な方法なのである。
「あんたはまず、計画を立てて考えることから始めた方がいい。さもないと、全員が迷惑する。
っていうか、あんたらのほうが余裕があるんだから、頼むから計画書を書くくらいのことはしてじっくりとっくり考えて欲しいわ」
政治家の基本だというアルカディアに、ユーフェミアはもっともだと納得してしゅんとなった。
「ただし、あんたがゆっくり学んで成長していると知っていても私達のほうは余裕が全くないから、今後ともブリタニアと戦うことに変わりないわ。
時間は全くないと思った方がいいでしょうね」
「そういうことだ・・・それでも君にはダールトンやギルフォードと言った信頼出来る人間がいるというのは幸運なことだ。
あいつらが国是思想の持ち主でも、君を思っている以上君が成長する機会を奪うような真似はしないだろうよ」
ただし、君がはっきりと成長したいと告げなければ鳥籠の中で鑑賞されるお飾りのままだと言うルルーシュに、ユーフェミアは異母兄をまっすぐに見据えて言った。
「もし間に合わなくても、私はやるべきことはやっていくわルルーシュ。
あの・・・一つだけ貴方に相談したいことがあるの。聞いてくれる?」
「なんだい、ユフィ」
最後の語らいだから何でも聞くというルルーシュに安堵の吐息を吐いたユーフェミアは、笑顔で尋ねた。
「私、貴方にとても迷惑をかけたし、日本人にもとても悪いことをしてしまったわ。
私が出来ることで、みんなの役に立つことはありますか?」
貴方なら信頼出来る。
だから、自分がどうすべきか貴方の意見を聞かせて欲しいというユーフェミアにルルーシュは低い声で言った。
「俺はゼロだぞ?」
「でも、今は私の兄だわ。兄として最後の言葉をくれるって言ってくれた」
ルルーシュはその言葉に大きく眼を見開くと、一本取られたというように観念した。
「いいだろう、俺なりの考えを君に話そう。ただし、それらすべてが正しいとは限らない。
君自身が考え、選んでいくんだ・・・いいな?」
「ええ」
ルルーシュは異母妹の髪を撫でてやると、後ろ手に縛られたまま放置されたスザクの傍に歩み寄る。
「・・・礼を言っておこう。俺とナナリーを守ってくれようとしたんだな。・・・ありがとう」
「ルル-シュ・・・」
「だが、それももう無理だスザク。今度は俺達の代わりというのもおかしいが、ユフィを守ってやってくれ。
敵は黒の騎士団ばかりじゃない、皇宮に巣食う宮廷貴族どもや皇族達もそうだ。
お前ならそこらの刺客程度なら、簡単に排除してくれるだろう」
再会した時華麗な蹴りを披露したスザクを思い出したとからかうように言うと、スザクは親友の儚い笑顔を凝視する。
「明日になれば、俺達は敵同士だ・・・もう、友人ではなくなる。
だから、これが最後の友人としての言葉だ」
ルルーシュはゼロとして相対すればお前を殺すと言いながらも、それでも初めての親友に向かって矛盾した優しくも残酷な言葉を告げる。
「親友としてお前に言う。枢木 スザク、お前は生きろ」
「・・・・!!」
「そして、俺の異母妹を守ってくれ。出来れば、黒の騎士団と戦って欲しくはないがな」
冗談めかした台詞がスザクの耳に入った瞬間、その言葉が絶対遵守の命令となってスザクに流れ込む。
赤く縁取られた目をしたスザクが、紫電の瞳を持った友人にその命令を遵守すると宣誓する。
「解ったよルルーシュ。もう、騎士団と戦うことはしない」
「ありがとう、スザク・・・そして、すまない」
こんな形で決着をつけたくはなかったが、これ以上ゲンブやシャルルといったバカな大人のために振り回されたくはない。
親友と戦いたくないのは、自分も同じなのだ。だが彼が戦う意思を持ち続ければ、確実に彼を殺さなければならなくなる。
親友の命を助けるためとはいえ、こんな手段を取らざるを得ない己に腹が立った。
「俺達は親友だから・・・」
「ああ、そうだねルルーシュ」
スザクは涙を流しながら頷くと、ルルーシュの胸に顔をよせて懇願するように言った。
「俺は・・・俺は生きていてもいいのか?父を殺した俺を、幾多の人命を奪った俺に、君は生きろというのか?!」
「そうだスザク。君は俺達を助けてくれた・・・俺はお前に感謝している。
だからあの日、お前が無実の罪で処刑されるのを見過ごしたくなくて助けに行ったんだ」
反逆の意志は初めからあったが、ナナリーがまだ学生、自分自身も学生なままでゼロをやる予定はクロヴィスを殺した時にはまだなかった。
だがスザクが犯人としてでっち上げられ、彼を助けるためには早めに反逆者デビューを果たさざるを得なかったのである。
お陰で出席日数はやばくなるわ、妹との語らいの時間は減るわ、貯めていた貯金は減るわでいろいろ大変な事態になっていた。
もしあの件がなければ、反逆者ゼロの登場は二年ほど遅れていたであろう。
しかし、そのスザクが処刑されかけた事件の映像でゼロを見つけたマグヌスファミリアとしては、少々複雑な心境であった。
「俺のため・・・ルルーシュ・・・」
「ああ・・・お前に死んで欲しくはなかったんだ。技術部と聞いていたから安心していたのに、まさか白兜のパイロットだなんてチョウフ基地で判明するまで思ってもみなかったよ」
「ごめん・・・心配掛けたくなくてさ・・・」
「もういいんだ、スザク。俺はもう、友達同士で騙し合うことに疲れた」
スザクは人の話を聞く耳はないし、かといって自分のためにその手を血に染めたと知っては、もはやこうするしかなかった。
「お互い命の助け合いをした・・・そういうことにしようスザク。
明日からはもう、親友のルルーシュ・ランぺルージはいない。お前の前に立ちはだかる、ブリタニアに反旗を翻すゼロだ」
そしてスザクはブリタニア皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアを守る騎士だ。ゼロの敵以外の何ものでもないと告げると、スザクはどうしてこうなったのかと自問する。
もしも先にルルーシュがゼロだと明かしてくれていたら?いや、自分はきっとそんなことはやめろと言い続けて彼を窮地に追いやってしまっていた。
自分をよく理解していたからこそ正体を明かさなかったのだと、スザクは今さらに悟って呆然となる。
「だから言ったでしょ、何をしようが結果はもう決まってるって。
あんたのリアクションを見るに、ゼロの正体にうすうす気づいていたけど、今の関係を壊したくなくて黙ってたんでしょ」
「・・・ああ、そうだ」
ゼロの正体がルルーシュなら、ゼロをやめて貰えば彼を捕えずに済むと心のどこかで考えていた。
結局自分はルルーシュに甘えて甘えて、結果彼をここまで追い詰めてしまったのだ。
「覚悟決めなくてもいいから、何もしないで枢木。あんた、本当に邪魔。
あんたの考えは角度がずれ過ぎてて、悪い結果しか生まないから」
脳筋とかもうそれ以前の問題だというアルカディアはそれだけをスザクに要求した後、ユーフェミアに手厳しい言葉を浴びせかける。
「あんたもそうよユーフェミア皇女。あんた自分が持ってたアドバンテージを経緯はどうあれ自分で壊したんだから、ルルーシュ皇子の策を持ってしてもどこまでいけるか解らない。
冗談抜きで自分の命賭けることになるけど、その覚悟を持ってやることね」
相手は黒の騎士団および世界各地のレジスタンス、さらには国是主義のブリタニア人と敵は多いと告げるアルカディアに、はい、とユーフェミアは頷く。
「私は・・・みんなと仲良くしたいです。それが見ることが叶わないなら、それでも構いません」
ブリタニア皇族には貴重な主義者である。
アルカディアとしても無為に殺したくはないし、ブリタニアを滅ぼした後彼女を傀儡のトップとして据えればある程度のブリタニア人の反感を抑えられるという案もある。
エトランジュも考えは同じなのか、スザクだけ殺してユーフェミアのみ生かすのが一番だが、今回は諦めることにした。
「では、今回はルルーシュ様のお顔を立てましょう。
ユーフェミア皇女を捕らえた黒の騎士団から、枢木少佐が同じく捕らえたカレンさんとの人質交換で奪還したのです。
今宵あった出来事は、ただの生き別れになった異母兄妹の語らいであり、親友同士が腹を割って話しただけです。それで、よろしいですか?」
「俺は構わない。もう、二人と話す機会はないだろう・・・感謝しますよレジーナ様」
「ち、レジーナが言うなら仕方ないわね・・・手は打ってくれるようだし」
はっきりスザクにギアスをかけたことを確認していたアルカディアも、その代償ならいいと納得するとスザクとユーフェミアも了承した。
「ありがとうございます皆様。スザクも、いいですね?」
「でも、俺は・・・父親殺しの俺が、貴女に仕える資格は」
震える声音で俯くスザクに、ユーフェミアは微笑みかけた。
「なら、これからわたくしと一緒に償っていけばいいわ。私には貴方が必要なのです・・・私の騎士なのでしょう、スザク。
それとも、日本人を追いつめてしまった私はお嫌いですか?」
「いいえ、そんなことはありません!!ですが!」
「それなら、私の味方になってくれませんか?
私には貴方が必要なのです。貴方がいなくなったら、ルルーシュもいなくなる今私の味方は貴方だけです。
私と一緒に、頑張ってくれませんか?」
「イエス、ユアハイネス・・・ユフィ、ありがとう」
スザクが涙を流すと、ルルーシュはスザクを縛っているロープをほどこうと手を伸ばす。
「ちょっと待ってろ、今ほどいてやる。そうしたら、夕飯の材料を取りに行って貰うからな。体力バカにはぴったりの役目だろう」
「ひどいなルルーシュ。ここには兎や鳥もいたし、すぐに捕まえてくるよ」
ルルーシュは初めこそ余裕の表情で縄を解こうとしていたが、相当固く結んだらしくてほどけない。
「くっ・・・なんだこれは?!この結び目ならこうすれば計算上ほどけるはずだ!」
「あー、それ漁師の人から教わった結び方で、解き方判んないと無理よ?」
アルカディアがさらっと言うと、エトランジュがすたすたとスザクに歩み寄りロープに手をかけると、力を入れながらもするするとほどいていく。
「はっきりきつく結んだんですねアルカディア従姉様・・・はい、これで大丈夫ですよ」
「・・・どうも、ありがとうございます」
やり方を知っていたとはいえ、それでも年下の少女に簡単に解かれる様を見たルルーシュは、内心プライドが傷ついた。
スザクの手首にはうっ血の痕が生々しく残っており、アルカディアがいかに彼を始末する気満々だったかが伺える。
「・・・とりあえず、今夜の食事を確保しよう。まず穴を掘って兎を捕まえて・・・」
「もう捕まえてしまいましたルルーシュ様。既に血抜きも終わっていますので、食べられますよ」
エトランジュが木陰に吊るされている兎を指すと、ジークフリードが息子に指示する。
「食べられる実などもありますが、この人数では少々厳しいですな。クライス、近くに魚がいる川があっただろう。何匹か捕まえてこい」
「へいへい、めんどーだけど仕方ねえな。アルー、お前も手伝ってくれよ」
「時間ないし、いいわよ。じゃあちょっと行って来るから、カレンさんとジークさん、悪いけどあとはよろしく」
何をよろしくするのかというと、もちろんスザクの監視である。
クライスとアルカディアが川へと消えていくのを見送りながら、カレンが尋ねた。
「ここで一泊する羽目になるって、解ってたんですか?」
「ルルーシュ様の指示を受けて救護のためにここに来た時、万が一に備えて兎とか木の実とか集めてたんです。
私も料理は父や家族から習ってたので、こういうことは得意なので」
電化製品などあまりないマグヌスファミリアでは、かまどによる調理もするし家畜を処理する事も日常茶飯事にある。
ウサギ程度ならエトランジュにも捌けると聞いて、カレンはさすが農耕国家と驚きつつも感心した。
手際よくエトランジュが兎を切り分け、ジークフリードが火を起こすのをただ見ている文明国家育ちの面々は、気まずそうに顔を見合わせた。
「・・・後片付けくらいは、俺達がするか」
「そうだね、ルルーシュ」
「後片付けって、どうするんでしょう?」
「洗い物とか・・・でも、洗剤とかなさそうだし。ってか、皿とかあんの?」
他愛のない会話をしながらも四人はだんだんと口数が減り、何となく夕焼けを見つめた。
あの太陽が再び昇った時・・・再び自分達は敵味方となる。
一番仲が良かった異母兄妹なのに、親友なのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
楽しそうに夕飯の支度を整えているマグヌスファミリアの一行が、とても眩しく見えた。
「私は日記をつけて日々の記録をしてますね。後で見返してみると、いろいろ見落としてたりすることがありますので」
「日記ですか、それはいい考えですね。私もやろうかしら」
ユーフェミアとエトランジュが兎の串焼きと木の実を食べながら談笑している傍ら、ルルーシュが怒鳴っている。
「違うな、間違っているぞスザク!魚は焼けばいいというものではない、きちんと三枚におろして内臓を抜くんだ!」
「君はこういうことにうるさいなルルーシュ。食べられればいいじゃないか」
「こういうところの魚は、寄生虫などの危険もあるんだ!熱処理を完全に行うべきだ!」
「なんだ、焼くだけじゃ駄目なのか」
カレンも木の枝で作った串に魚を刺して丸焼きにしようとしていたのを見て、料理に関しては自分がやらねばと材料を二人から強奪する。
「幸いレジーナ様が海水を乾燥させて作った塩があるから、味付けは出来る。俺に任せろ!」
無駄にオーバーアクションを取りながらも、カレンから借りたナイフで華麗な手さばきで魚を切り分けていくルルーシュに、カレンは何だかムカついた。
「あんた、皇子様のくせになんでそんな料理がうまい訳?」
「日本に人質に出された時、毒殺の恐れがあったから自分で材料を仕入れて作るようにしたんだよ。
ゲンブが俺達を殺そうとしていた事実が明らかになった今、それは正解だったようだな」
そういえば生徒会の差し入れも、時々こいつの手作りだったけと思いだしたカレンに、ルルーシュはさらりと鉛のような答えを言う。
「そ、そう・・・それは大変だったわね」
「・・・・」
その答えが耳に入ってしまったユーフェミアは、何の心配もなく宮廷の最高料理を食べていた己が恥ずかしくなった。
「どうしたユフィ。その実がまずいなら、こっちの甘いやつにするかい?」
「ううん、いいのよルルーシュ。本当に大変だったのね」
「まあ、生きていくためのスキルは一通り身につけられたと思えばいいさ。
ふっ、適量の塩、この火力による焼き加減・・・さらにこの木の実で作ったソース!完璧だ!さあ食べるがいい!」
無駄に完璧主義なルルーシュが焼いた魚は、甘い実で作ったソースが実によく合う絶品であった。
「あ、おいしー!たったこれだけの材料で?!あんたゼロ引退したら料理人でやってけるわよ」
「よく実だけでソースなんて作ったもんねえ。私もお代わりー」
カレンとアルカディアが遠慮なしに食べるのを見て、遠慮したのはユーフェミアとエトランジュ・・・双方の陣営の中では一番身分の高い二人であった。
「・・・人気みたいですから、一匹を半分こしませんか、ユーフェミア皇女」
「そうですね、レジーナ様」
綺麗に半分に分けた木の実ソースがけ焼き魚を、兎の肉とともに食べる。
結局朝食分に回す実以外を綺麗に平らげた面々は、約束通り食料集めをしていなかったルルーシュ達がやり、骨や種などを木の根元などに埋めて処理する。
「次は寝床の準備だけど・・・夏とはいえ夜は冷えるのよね」
温かい洞窟があるにはあるが、そこは遺跡がある場所だ。
カレンやユーフェミア皇女、スザクがいなければそこでとなるが、部外者を連れて行きたくはないし、シュナイゼルらがいつ来るかも解らない。
アルカディアは持参していたサバイバルシートを3枚取り出し、それを寝袋代わりにすることにした。
それを受け取ったエトランジュは、草むらにそれを敷き詰めにジークフリードと共に歩き去っていく。
「三枚しかないから、レジーナとユーフェミア皇女と、カレンさんで。
男の方が体温高いんだから、一晩くらい何とかなるでしょ」
「え、アルカディア様はいいんですか?」
カレンが遠慮すると、クライスがひらひらと手を振る。
「こいつ頑丈だから、平気平気」
「うん、クラの上着強奪するから」
「待てやごるぁ!てめえ保温性の高いケープ持ってんじゃねえか」
アルカディアとクライスが罵り合っているのを、ユーフェミアは少々おろおろしながら言った。
「あの、止めなくていいんですか?」
「ああ、あの二人はいつもあんな感じだから、あれで仲がいいんだろう」
ただのスキンシップだろうと言うルルーシュにほっとするユーフェミアだが、もしかしてというように尋ねた。
「もしかして、お付き合いされてらっしゃるとか?」
その言葉が口から放たれた瞬間、二人の動きが止まった。
「違う!間違ってるユーフェミア皇女!俺は確かに既婚者だが、こいつじゃねえ!」
「そうそう、こいつは私の姉と結婚してんの。つまりは義理の兄」
やめろおおと嫌がりすらするクライスに、ああそれで女王であるエトランジュにタメ口なのかとルルーシュとカレンは納得する。
アルカディアの姉なら当然エトランジュの従姉なわけだから、彼女にとっては義理の従兄でもあるわけだ。
「結婚してたんですかクライスさん?!指輪してなかったから解らなかった・・・」
「外国じゃ既婚者は指輪するらしーけど、うちは農業や漁業するのに邪魔なんでそんな風習ないんだよ」
「なるほどー。じゃあコミュティで帰りを待ってるんですか奥さん」
カレンの何気ない問いに、クライスは小さく笑みを浮かべて答えた。
「国が占領される際、城を湖に沈める装置を動かすために残って・・・そこで死んだよ」
遺跡を鎮める仕掛けは城が建設された当時からあったものだが、それを動かす方法は王族のみが知っていたため、アルカディアの姉であるエドワーディンがその役目を引き受けたのだ。
動かすだけならいいが、ブリタニア軍に包囲されていたせいで逃げることが出来ず、彼女はその後自害した。
クライスが姉にあれほどの殺意で大砲を投げた理由が解ったユーフェミアは、いたたまれない気分になった。
「ま、そんなわけでコーネリアには恨みがありまくりな俺ですが、あんたにそれを向ける気はないので安心して下さい」
「・・・はい」
ごめんなさいと言っても何の価値もないとエトランジュから言われたユーフェミアだが、それでも何度でも頭を下げたい衝動に駆られる。
「あのー、サバイバルシートを草むらに敷いてまいりました。
朝は早く起きた方がいいでしょうから、そろそろ行きませんか?」
先ほどのやり取りは聞こえていなかったエトランジュが戻ってきたが、ユーフェミア皇女が暗い顔をしているのを見て何があったか視線で問うと、アルカディアがクライスを指す。
それだけで理解したエトランジュは、何事もなかったかのように言った。
「私達三人は、そっちで眠りますね。殿方とアルカディア従姉様は、どうなさいますか?」
「私は見張りも兼ねて、ジークフリード将軍とちょっと離れた場所で寝るわ。
そっちのバカとルルーシュ皇子でどうぞごゆっくりー」
ひらひらと手を振りながら一方的にそう告げると、アルカディアはジークフリードを従えてさっさと立ち去ってしまう。
「じゃあ、私はカレンさんとちょっとお話がありますので・・・いいですか?」
「・・・そうですね、実は私も、いろいろと質問が」
実際はそんなものはないが、カレンもルルーシュの覚悟を見て取って最後なのだからと言い聞かせてエトランジュの言葉尻に乗ると、そそくさと彼女の背後に従って歩き去った。
エトランジュとカレンがあからさまに気を使って三人だけにしてくれたのだと解った三人は、少々気まずい沈黙の後まずルルーシュが口火を切った。
「さて、ユフィ。さっきの約束通り、君に俺が考え得る“日本人とブリタニア人が共存出来る方法”を教える。
ただし、本当に難しい・・・それでも聞くかい?」
「ええ、ルルーシュ。お願いするわ」
ルルーシュが細かいところまで交えたその手段を語ると、ユーフェミアはあまりの綱渡りの方法に唖然とした。
「・・・それじゃないと、駄目?」
「まず君がすべきことは日本人の信用を回復することだが、ブリタニア人の反感を買わないようにするバランス感覚がまず求められる。
コーネリア姉上の意識が戻ったら確実に反対される案だから、君がトップのうちに片を付けるのが一番だが・・・時間が足りなさ過ぎる。
だから一番失敗のない方法は、まずブリタニア人の中からブレインとなる人物を探すことだな」
「主義者の方、ですね」
エトランジュから中間管理職以下になら主義者の政治家がいると聞いていたユーフェミアが答えると、ルルーシュは独り言のように言った。
「たとえば政庁で資料室長をしている男は、以前日本人に対する法の適用がまずいと発言して法務課から飛ばされていたな。
男爵家の二男だし、君が資料を探す手伝いをして欲しいと言えば手伝ってくれるかもしれない」
つまり皇族の手伝いをしてもおかしくない身分な上、とかく情報を遮断されがちな彼女の助けになってくれるというアドバイスに、ユーフェミアは嬉しそうに頷いた。
「あからさまに主義者を周囲に集めると、確実に後からまずい事態になる。
せいぜい3,4人程度にしておいて、後は裏から使う程度にしておくといい」
「解ったわ、気をつける。あのね、その策のことなんだけど・・・下地が出来たら、貴方も協力してくれる?」
「・・・出来たらな。その方が俺も好都合だ」
ルルーシュは一から十までギアスで支配して指示する方が確実だと解ってはいた。
しかし、自分の意志で頑張るという異母妹にそれは出来ず、どうしても失敗してしまいそうならその時にと決めていた。
「戻ったら、すぐにでもやらなくては・・・計画書を立てるところからだけど」
「ちゃんと解っているじゃないか。まあ、頑張れ」
はい、と嬉しそうに笑みを浮かべる主を見て、この策がうまく行ってユーフェミアの地位が確たるものになったら皇族に復帰してくれないだろうかと甘い考えを抱いた。
しかしどう見ても戻る気のない親友に二度も言えば本気で見限られかねず、おそるおそる尋ねる。
「・・・あのさ、ルルーシュ。どうしても、アッシュフォードから出るのか?」
「ああ、お前達が黙っていてくれても、いずれコーネリア姉上にバレるからな」
政庁の電話で連絡してしまった主従は、せめてスザクを学園にやって手紙でも渡せばよかったと今更に悔やんだ。
「気にするな、これで俺も踏ん切りがついた。これからは思う存分、ゼロとして動けると考えることも出来るからな」
凶悪な笑みを浮かべて物騒なことを言うルルーシュに、ユーフェミアとスザクは顔を引きつらせる。
「・・・ナナリーのことは、スザクから聞いたわ。まだ、あのままだって」
「ああ・・・名医に見せれば足は治るかもしれないが、それをするとブリタニアに生存がバレる可能性があるからな」
「そう・・・そうね」
ユーフェミアが押し黙ると、ルルーシュが尋ねた・
「俺からも聞きたいことがある。君は母が殺された事件について、何か知っているか?」
「いいえ、私は何も・・・でも、お姉様がいろいろ調べているみたい。マリアンヌ様は、お姉様の憧れだったから」
「そうか・・・姉上ほどの身分と実力者が調べて不明なままなら、相当な身分の者が関係しているなこれは」
それだけでも手がかりだとルルーシュは考えた。仮にも平民出身とはいえ皇妃を殺されたというのに、何の捜査も行われないというのは明らかにおかしいのだ。
「まあ、いい。ブリタニアを崩壊させた暁には、草の根分けても引きずり出してやる」
母を殺された息子としては、至極当然の決意である。
「君は母の事件について何も調べるなよ・・・確実に君の立場がまずいことになる」
「解ったわ、ルルーシュが教えてくれた策の方で、精一杯だし・・・」
ユーフェミアはそう考えながら、このままいけば遠くない未来ルルーシュとスザクがまた戦うことになるのではないかと危惧した。
自分の護衛と言う名目でランスロットに乗せなくても、シュナイゼルから出撃命令が下れば彼も戦わざるを得ないからだ。
迅速かつ確実に、ルルーシュから教わった策を実行に移そう。
そう決意を秘めたユーフェミアがふと物音がしたので振り向いて見ると、そこにはサバイバルシートが一枚、ぽつんと置かれている。
「・・・レジーナ様」
見えないメッセージを受け取ったユーフェミアは、涙をぬぐいながらそれを手にする。
「あのレジーナっていうリーダー、いい人だね・・・アルカディアって人はすごい毒舌家だけど」
「約束があるからだ」
さんざん言い負かされたトラウマか、スザクが苦手そうに言うとルルーシュが教えてやる。
「どんな辛いことでも、ありのままのみを口に出して嘘を決してつかないと、レジーナ様と約束したんだそうだ。
実際嫌なことの方が多い出来事を口にし続けるというのは本人にも苦痛だろうが、それでも現実を認識しなければ未来はない。
だからいつまでも逃避思考のお前に腹が立ったんだろう」
「そっか・・・そうだよね」
軍人でもないのにその手を汚した従妹が醜い現実を直視して行動しているのに、それを下らぬ考えで否定されれば腹も立とう。
「さあ、そろそろ休もうユフィ。明日のシナリオは解っているな?」
「ええ・・・私は黒の騎士団に捕虜にされたけど、その後スザクがカレンさんと交換で奪還、その後ゼロ達は隠しておいたナイトメアで逃走した・・・でいいのね?」
「そうだ。俺達が持って来ているナイトメアに乗って、仲間と合流する」
幸いマオがC.Cと潜水艦に乗っており、既に黒の騎士団にはゼロとカレンの無事を伝えている。
あとはイリスアーゲートでブリタニアの包囲網を突破し、迎えに来るタイミングを指示すると言ってあるので段取りはついているのだ。
(最もイリスアーゲートだけでは難しいんだがな・・・藤堂か四聖剣の誰かにでも、援護に向かわせるか)
思案を巡らすルルーシュにサバイバルシートの上に寝転がったユーフェミアが、まだ余裕のあるスペースを指して言った。
「ねえ・・・一緒に寝ましょう。ここ空いているもの、ね?」
「いくら兄妹とはいえ、もうそんな年齢じゃないだろ?」
苦笑して窘めるルルーシュだが、これがナナリーなら即座にOKしたであろう。
そしてナナリーでなくても、妹には甘いのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと言う男である。
「でも、最後だし・・・お願い、ね?」
「仕方ないな・・・最後だからな」
ぱあっと顔を輝かせて横に来たルルーシュに抱きつくユーフェミアに、スザクは何だか自分がお邪魔虫のような気がして来た。
そして草むらの上で、ルルーシュのゼロのマントを借りたスザクが掛け布団にしてユーフェミアの横に寝ころび、川の字になる。
満天の夜空を見上げてそれに見入っていると、ユーフェミアがぽつりと呟く。
「星は変わりませんね、あの頃のまま。昔、皆で見上げた星空とあの頃のままでいられたら、どんなに良かったでしょう」
「そうだね、戻れたらどんなにいいだろうね・・・」
スザクもルルーシュとナナリーと、あの幼き日を過ごした土蔵の窓から見上げた夜空を思い出し、拳を握りしめる。
「・・・俺は・・・ユフィ、俺自身が生きるためにも・・・」
「みっともなく足掻いて生きる意味を探し求める・・・だろ?」
ルルーシュの言葉を薄く笑みを浮かべて続けたスザクに、ルルーシュは驚く。
「俺もそうだった・・・それに下らない言い訳ばかりを重ねていたんだな俺は」
「スザク・・・」
「ルルーシュ、君の願いは確かに受け取ったよ。ユフィは何としても俺が守る。
親友からの、頼みだから・・・そして俺が、選んだ人だから」
スザクはそう言うと、ユーフェミアのストロベリーブロンドの頭越しにルルーシュを見据えて言った。
「だから、俺からも言うよ・・・ルルーシュ、君も生きろ」
「スザク・・・お前」
「俺はもう、あれこれ余計なことを考えるのはやめにした。
ろくな結果にしかならないと、こうも言われ続ければさすがにね・・・」
ルルーシュは自嘲するスザクにそうだな、と同意すると、ルルーシュは二人だけで作った合図で『了解した』と答える。
「その願い、確かに受け取ったぞスザク。俺は生きて、ナナリーと共に幸福な未来を掴み取る」
「ああ・・・それがいいと思う。
俺はユフィを守る・・・それにだけ全力を注ぐよ。それが俺が決めた、俺のルールだ」
思いもがけない機会を得て、それぞれの秘めた決意を伝え合う。
それらをただ、星だけが見守っていた。