第十三話 絡まり合うルール
ミサイルの爆風を受けて海を漂い砂浜に流れ着いたスザクは、目を覚ました後まず周囲を見渡した。
どうやら式根島付近の島だと当たりをつけると、通信機もないのでその場で救助を待つことにし、まずは水場を探すべく歩き出す。
果実があちこちに生り、兎が走っていくのが見えて、水場さえ見つければ当分はここで過ごせそうだと考えながら辺りを見渡すと、滝の音が聞こえてそこに足を向ける。
案の定小さな滝が見えてほっと一息つくと、そこにいたのは裸体の女性だった。 燃えるような赤い髪をした女性は自分の気配を感じたのかさっと振り向き、相手を見て驚愕した顔で叫んだ。
「お前・・・!スザクっ!!」
「わぁ!ちょっと!!」
雰囲気が全く違ったのでカレンと思わなかったスザクは、相手が誰か解らず反射的に眼を覆った。
それをチャンスと取ったカレンは、脱ぎ捨てて乾かしていた黒の騎士団の制服に駆け寄り、中からいつも持ち歩いているナイフを手に取る。
「黒の騎士団の・・・!君は、黒の騎士団員か?!」
「死ね、枢木 スザク!!」
カレンは渾身の力を込めて襲いかかるが、海で体力を奪われていたこともあり、あっという間にスザクに組み伏せられてしまった。
「日本人じゃ、ないね・・・ブリタニア人かい?」
「私は日本人だ!!ブリタニア人なんかじゃない!!」
裸体のまま地面に組み伏せられたカレンが吠えるが、スザクは相手をまじまじと見つめ・・・そして眉をよせて尋ねた。
「まさか、君は・・・カレン・シュタットフェルトかい?」
「そんな名前で呼ぶな!私は紅月 カレン!そしてゼロの親衛隊隊長だ!!」
誇らしげにそう名乗ったカレンに今度はスザクのほうが驚愕したが、やがて苦渋に満ちた顔で言った。
「そうか・・・カレン、君を拘束する。容疑はブリタニアへの反逆罪だ」
スザクはそう宣告してカレンの腕を後ろ手に回そうとした刹那、背後から笑い声とともに銃声が轟き渡った。
「くすくす、それは困るわねえ枢木 スザク。カレンさんを放しなさいな」
「あ・・・アルカディア様!」
スザクの背後から現れたのは青いステージ衣装をまとったアルカディアと、銃をスザクに向けているクライスだった。
先ほどの射撃は威嚇だったのか、近くの岩に当って弾が地面に兆弾している。
「君達も・・・黒の騎士団か」
「いいえ、正式な団員じゃないわ。世界中にいくつもあるブリタニアレジスタンスのグループの一員よ。
今は黒の騎士団に協力して、代わりにゼロの知略を借りているの」
そういえば目の前の二人は黒の騎士団の制服ではなく、青を基調とした服を着ている。
「・・・君達も、拘束させて貰う」
「それも困るわねえ枢木。でも、そうね・・・あんたと私達じゃ、正直勝てそうにないわ」
あっさり自分達の方が弱いと認めた相手にスザクは眉をひそめたが、カレンを後ろ手にして拘束し、二人に向き直る。
だがアルカディアは余裕の笑みを浮かべて、ポケットからあるものを取り出してスザクに見せびらかした。
「ねえ枢木、これ、なーんだ?」
「・・・それは、ユフィの?!」
目を見開いてスザクが凝視したものは、ユーフェミアが身につけていたチョーカーだった。
高級なシルク生地があちこちちぎれていたが、頑丈な革のそれと中央についているピンク色の花は、いつも彼女が身につけていたものに違いなかった。
「君達・・・まさか、ユフィを?!」
「あら、主君をずいぶんと親しく呼ぶのね。ま、それは私達も同じだけど・・・仲がいい事はこっちにとっても好都合ね」
アルカディアはクスクスとバカにしたように笑うと、今度はデジカメを取り出してとりあえずの手当てをして寝かせていたユーフェミアの画像をスザクに見せてやる。
「ほら、大事なお姫様は私達が回収して看病してあげたわよ。今頃目を覚ましているんじゃないかしらね」
「っ・・・!彼女は、今どこに?」
「大事な人質よ、言うわけがないでしょう。とりあえず、カレンさんをこっちに渡しなさいな」
「・・・ユーフェミア様と交換だ」
スザクがカレンを強く引きよせながら要求するも、こういう交渉術はアルカディアの方がはるかに長けている。
彼女はわざとらしく首を横に振ると、通信機を取り出した。
「あら、別にいいのよそれでも。私達はそのままユーフェミア皇女を人質にして、包囲網を突破するだけだから」
「仲間を見捨てるんだね。それが黒の騎士団のやり口か!」
「ブリタニアも貴方を巻き込んで相手を殺そうとしていたじゃないの。
ブリタニアはよくて私達は批難するなんて、さすがブリタニアの軍人、ご立派ねえ」
ぱちぱち、と拍手をして褒めたたえるアルカディアに、スザクがぎり、と唇を噛む。
「いいのよ、ブリタニアの軍人だものねえ。ブリタニアは何をしてもいいって考えなのはとっくに知ってるから、気にしていないわよ」
「違う!!」
「どう違うの?説明してくれない?」
アルカディアが溜息をついて尋ねると、スザクはどう答えようと思案を巡らす。
その一瞬の隙をついてクライスが銃をスザクの足元に発砲し、彼が驚いた隙にカレンは身をよじってスザクの手から逃れると一目散にアルカディアの方へ走りだす。
「待て、カレン!!」
「待つわけないでしょ、バーカ!」
カレンがアルカディアに抱きとめられると、アルカディアが低い声で通信機に向かって言った。
「カレンさん保護に成功!同時に枢木 スザクと交戦中。
レジーナ、私達に何かあった場合、即座にユーフェミア皇女に傷つけてしまいなさい!」
「な・・・!卑怯だぞ!」
「あー、私何が何でも生きないといけない理由があるから。
別にいいじゃない生きていれば・・・ちょっとぐらい傷つこうが、生きてるんだから」
アルカディアはいっそ清々しい笑みを浮かべると、スザクに向かって外道な選択肢を突きつけた。
「さて、選びなさい枢木。一つはそのまま私達を拘束し、引き換えにユーフェミア皇女に一生消えない傷をつけて人質交換に臨むか。
二つ目はあんたが拘束されて後日無傷の主君ともども解放されるか・・・どうする?」
「信用出来るか!」
まことにもっともな返答に、アルカディアが教えてやる。
「ユーフェミア皇女を殺すわけにはいかないのよねー。殺しちゃうとコーネリアが退場状態の今、他から有能な総督が来るから」
「・・・・」
「無能なお人形がトップの方が、こちらも何かとやりやすいの。
覚えておくといいわ、弱いことが時として身を守るってこと・・・残念な意味で」
「ユフィは無能なんかじゃない!!」
スザクが目を吊り上げて否定するが、アルカディアははいはい、と手をヒラヒラさせてそれを無視する。
「ま、そういうわけなんで生かしたまま適当に痛めつける手段を取ることになるの。
そうなっちゃうと主君を守れなかった馬鹿な騎士を、ブリタニアが許すかしらね?
せっかく掴んだ騎士の座、お互いにバカバカしい理由で失いたくないでしょう?」
そうなったら白兜を操縦するパイロットがいなくなるので、こっちとしてもメリットはある。
「くっ・・・好きにしろ!この外道が」
「ブリタニアに言われても痛くもかゆくもないわね・・・クラ、拘束して」
アルカディアの指示にクライスが銃を突き付けたまま、スザクの元に歩み寄る。
「いっそ、殺っちまわないのかよ?」
「ゼロの指示待ちかしら。戦闘時にこいつを見捨てる発言してたから、もしかしたらそろそろOKが出るかもね」
クライスはスザクをナイトメア用牽引ロープで作った縄で後ろ手に拘束して座らせている間、アルカディアは持って来ていたケープを視線を逸らしながら彼女の身体にかけてやる。
「目のやり場に困るから、とりあえずこれ羽織って。制服はまだ乾いてないんでしょ?」
「ありがとうございます、アルカディア様」
「いいのよ、気にしないで。そうそうカレンさん、ゼロも既に救助済みだから安心していいわよ」
「本当ですか?!よかった・・・!」
気がかりだったゼロの安否を知らされて、カレンは安堵のあまり涙をこぼす。
「・・・ユフィはゼロの元にいるんだな」
「そうだけど、あんたはともかくあの皇女様は生かした方が何かと便利だからちゃんと手当したわよ?
いくらあの皇女がコーネリアの妹だからって、それだけで殺すほど私達も理性失ってないつもり」
冷たい口調でそう言い放つアルカディアは、水筒からスポーツ飲料を出してカレンに手渡す。
「はい、とりあえずこれ飲んで」
「ありがとうございます。頂きますね」
カレンは先ほどのやりとりで喉が渇いていたのでそれを受け取り、一気に飲み干す。
冷えてほの甘いスポーツ飲料が、体の疲れを流していく。
「いろいろとお世話をおかけしたようで、申し訳ありません」
「仲間だからいいのよ、こっちもいろいろとお世話になってるしね。
ちょっと休んで体力を回復してから、ゼロと合流しましょう」
「いえ、私はゼロの親衛隊長ですから!すぐにでも」
「だって、貴女の制服まだ乾いてないんでしょ?そのケープだけで彼の前に出るつもり?」
思わず立ち上がりかけたカレンはその指摘に顔を真っ赤にして、再び地面に座り込む。
背後ではスザクとクライスが、半裸のカレンから目を逸らしているのが視界の端に見えた。
「・・・この暑さじゃすぐに乾くから、待ちなさい」
「はい・・・そうします」
カレンはゼロが救護済みと聞いて焦る必要はないと知り、大人しく制服を乾かしてから合流することにした。
カレンが喉を潤している間、アルカディアはギアスでエトランジュと会話する。
《カレンさんを保護することに成功したわ。制服が濡れてたから、乾かしてからそっちに合流するわね》
《了解しました。あ、ユーフェミア皇女が目を覚ましたので、ちょっと言いたいことがあったのでいろいろと》
《どうせ身にならないと思うわよ?
ああいう中途半端に高い教育と権力を持った連中って、ピントのずれた考えしかしないから》
ユーフェミアは自分が何とかしなくてはという考えはあっても“下の人間の立場に立って考える”という発想がないので、自分ではそのつもりでも視界に入るのは視野が広くても高い塔から見える景色だけだ。
《ま、それでも言わないよりかはマシでしょう。で、スザクの捕縛に成功したんだけど・・・殺していい?》
《あの、今はゼロ、ユーフェミア皇女とお話しているんです。これが最後の異母兄妹の語らいになるからと。
この島から脱出出来たら、ナナリー様ともどもこちらに来るそうです》
《最後の・・・そう、ゼロも覚悟決めたのね。そういうことなら、終わったら連絡ちょうだい》
妹と共に、アッシュフォードの箱庭から出る。
それはすなわち、本格的なブリタニアとの戦いに身を投じるということである。
ユーフェミア皇女とルルーシュとはそれなりに仲が良かったと本人から聞いていたから、彼女にはそれなりの思い入れがあるのだろう。
これから先コーネリアもなく自分と戦うことになる妹に、最後の言葉を。
(家族、ね・・・ま、家族と殺し合わなきゃいけない彼にも、同情するし)
家族と仲良く暮らしてきた自分達とは、何という差だろう。
事情が違うだけで仲が良かった異母妹と殺し合わなければならない運命。
それでも彼はその道を行くと決めたし、それによる利益を享受するのは自分達だ。
なら、その程度のわがままくらいは聞いてやりたい。
(こいつにも愛想が尽きたらしいしね・・・大事なものが次々にその手から零れ落ちていくゼロも、気の毒だわ)
現在起こっている事態すら正確に把握していない目の前の男を見つめて、アルカディアは小さく溜息をつく。
「まったく、これだからブリタニアは・・・」
「ですよね!迷惑ばっかりかけるんだから!」
カレンがアルカディアの呆れた様子に同調すると、スザクが怒鳴る。
「それは君達がテロなんかするからだろ!」
「そーね。私はブリタニア嫌いだから、滅んでしまえと思ってるからね。で?」
「で?・・・って」
今更何言ってんの、と表情で語るアルカディアに、スザクは言葉を詰まらせる。
「向こうは他国が嫌いで侵略しているので、私達はそんなブリタニアが嫌いです。だから戦争しています。以上・・・何か言うことあるの?」
「それは間違っている!ルールに従わなければ、いい結果は得られない!!」
「国際法にははっきりきっぱり、侵略に対する抵抗権が認められてるわ。
私の国だってそれとは別だけど同じことが明記されてる・・・民衆に害を及ぼす者の排除を認めるってね」
ルール的には問題ないと言うアルカディアに、スザクは違うと首を横に振る。
「ええ、ブリタニアの法律からすれば間違ってるわね、知ってるけど・・・でも私達、ブリタニア人じゃないから」
「そう言う意味じゃない!!中から変えていくことこそが大事だと言っているんだ!」
「私達が?ナンバーズの私達が、ルールにのっとって中から変えるべきだと?」
アルカディアが正気を疑うような眼差しで問いかけると、スザクは至極真面目にそうだ、と頷いた。
「・・・あんたってさあ、子供の頃新しい遊びを覚える時ルールの説明も聞かずに『説明なんかより、まずはやってみよーぜ!』って言うタイプだったでしょ」
いきなりな台詞だが、過去の己を言い当てられてスザクはどうして解ったのかと驚いた。
「現在を見りゃ、そいつの過去はある程度解るわよ・・・あんたほど解りやすいのも珍しいけどね」
「っつ・・・それが、どうしたっていうんだ?」
「どうしたもこうしたも、ルールルールって言う割に根本的なルールを把握してない状態でそれを変えようって・・・おかしいと思わないの?」
あんたバカだろと横にいたクライスが呟き、カレンも同じ表情である。
「根本的なルール?」
「ブリタニアの国是は純粋なブリタニア人とナンバーズを区別してて、公職につけるのも物凄い限られてるの。そこまでは解る?」
まったく解っていないスザクに、大仰に溜息をつきながらもアルカディアは説明してやる。
「それでね、ブリタニアの法律にはっきり書いてあるのよ。“ナンバーズは国是に対して刃向かってはならない。また、ブリタニア法律の変更を求めることをしてはならない”ってね」
「つまり、ルール上俺達ナンバーズは“ルールを変更してはならない”ってわけだ」
だから力ずくでブリタニアを潰そうとしているのだというアルカディアとクライスに、スザクは目を見開いた。
「・・・ナンバーズに許されないなら、それを否定するブリタニア人に協力して貰えば!」
ユフィのように皇族にだって国是を否定しナンバーズを救う意志のあるブリタニア人がいると叫ぶスザクに、カレンが言い返す。
「ゲットーを封鎖したあのお姫様ね!おかげで今日本人は散々な目に遭ってるわよ!」
「な、なんだって・・・?」
「あのさあ、あのゲットーの状態で仕事があると思う?」
説明するのもめんどくさいと顔に書きながらも、水筒からスポーツ飲料を飲みながらアルカディアが問うと、スザクは首を横に振る。
「租界で日雇いで何とか食べていける日本人がほとんどなのにその仕事も奪われるし、食糧は制限されてさあ・・・その食糧だってタダで配られるものじゃないから、それすら買えない人でゲットーはいっぱいになりましたー」
さらりと告げられた内容に、スザクは真っ青になった。
だがそれはもとはといえばコーネリアを襲ったテロリストが悪いのだと言い募ろうとするも、アルカディアは空になった水筒をスザクに投げて口を閉じさせる。
「いいのよ、言わなくて。『コーネリア総督を襲ったテロリストに通じているスパイを探すためだから、悪いのはテロリストだ』でしょ?」
「そのとおりだ・・・」
「うん、そうね。ブリタニア人は弱肉強食が国是、だからたとえとばっちりを食ってもそれに耐えきれない方が悪いんだものね。
貴方はある日、見知らぬ人間に殴られました。そして殴った人はこう言いました。
『俺はお前の友人に殴られたんだ。だからお前を殴ったらそいつが来ると思ったから殴った。お前の友人が来るまで殴らせろ。そして恨むならそいつを恨め』
・・・そう言われても、ナンバーズだから仕方ないのよ」
だから何の対策もしていないのでしょう、と笑うアルカディアに、スザクは知らなかっただけだと否定する。
「政務を司る者が、知らなかった・・・ね。あの無能なお姫様らしいわ」
「ユフィは無能じゃ!」
「ええそうね。ブリタニア人からしたらナンバーズは治める民じゃないもの。
目に入れるべき存在じゃないわけだから、ブリタニア人の利益を守るために日本人を見殺しにしただけでしょうから、無能じゃないわねえ」
弱肉強食を掲げ、ナンバーズを差別するのが当然のブリタニア人でありその頂点に立つ皇族だからルール上間違っていないというアルカディアに、スザクは何故そうもユーフェミアを悪意の対象に取るのか解らなかった。
ユーフェミアは優しく温厚な性格であり、いつも日本人の生活を憂えている皇族だというのに、どうしてそれを解ろうとしないのか。
「ユフィは、僕達の生活を変えようとしてくれて僕を騎士に取り立ててくれたんだ!
その彼女を悪く言うのは許さない!!」
「悪化してるって今ついさっき言ったでしょうが!!何聞いてたのよあんた!!」
カレンが怒鳴るとアルカディアはだけは冷静に言った。
「だから、自分に従わないナンバーズはどうでもいいってことでしょう?
私にはそうとしか見えない」
そう言う意味じゃない、と唸るように言うスザクに、アルカディアははっきりと告げてやった。
「あんたはブリタニア人だもの、だからあんたの言ってることは間違ってないの。
ブリタニア人の主張としては全くルールに沿った意見だから、あんたは間違ってないわよ?」
「ブリタニア人としては、間違って・・・ない?」
スザクは間違ってないと言われて安堵の息を吐きかけ・・・そして真の意味に気付いてハッと顔を上げた。
「ブリタニア人として・・・じゃあ、他以外からは」
「間違ってるとしか言いようがないわね。
他国侵略して他国人を殺して支配してるんだから、正しいと思う訳ないでしょう」
「・・・・」
「それを肯定してるから、ルールに従うべきだって言ってるんでしょ?普通間違ってると思うルールに従う人なんていないからね」
「違う・・・肯定してなんかいない・・・!」
「ついさっき説明したでしょう?ナンバーズは国是を変えてはいけないの。
ルールに従ったらそもそもルールの改変が出来ないんだから、肯定するしかないじゃないの」
同じこと何度も言わせるな、とアルカディアは呆れを通り越して無感動に言う。
「ユフィなら・・・やってくれる!そう約束してくれたんだ!」
「そこまで言うなら、こっちもはっきり教えておくわね。
あんたの言うその方法は確かに一番いい方法なの。“国是を否定する皇族が皇帝になって、植民地を解放して戦争をやめる”っていうのはね」
あっさりスザクの主張に利があることを認めたアルカディアに、カレンの方が驚いた。
「え・・・でも、貴女達はそんなこと一言も」
「実現性が低すぎたんで、言わなかっただけよ。ただ、実現すれば一番いい方法なのは確かなだけ」
そう前置きしてアルカディアが説明する。
まず、国是を否定し植民地を解放することにより、ナンバーズがいなくなる。
当然それまで疲弊してきた祖国を立て直すことに追われるが、同時に戦争をする理由も余裕もなくなるため、一時的にせよ戦争は収まるだろう。
あとはゼロなりエトランジュなりがその間に『ブリタニアは反省したのだから追い詰めるようなことはやめて、賠償金を出させてそれを復興資金にしよう』などと訴えていければ、とりあえず一息つける。
ただし、ブリタニア以外という副詞がつくが。
「別に殺し合いをしなくても日本も私達の国も戻って来るから、植民地にされた私達にとっては一番いい方法なの。
でも、ブリタニアは思い切り嵐に見舞われるわね。自分達に非があると認めることになるから賠償金を支払わないといけなくなるし、復興資金や技術の援助も行わないとだめね」
「・・・・」
「18カ国ある国々に対する賠償となったら、相当な額よ。それこそ皇族、貴族からも大量の税金を取らないと追いつかないでしょうね。
これまで特権に浴していた皇族貴族、反発して反乱でも起こすでしょうし。
そして国力が低下したら、当然それまでやられていた恨みとばかりに攻めてくる国が現れないとも限らないし」
そんな明らかに損が多いと解りきっていることをする人間が、はたしてどれほどいることか。
ゆえにむしろブリタニアを滅ぼして、0から始める方が効率がいいと考えたのがゼロである。
互いに最初から始めましょうという状態なら、賠償金だのそれが分配される順番だのという理由で植民地同士が揉めることもあるまい。
「それでもやってくれると言ってくれるならいいけど、ユーフェミア皇女じゃ無理ね。彼女にはその能力がない」
「ユフィは確かに力不足だけど、ナンバーズを思いやってくれる優しい人なんだ!
苦労が多くても、彼女は・・・彼女はそれでも頑張るって・・・!」
ユーフェミアを馬鹿にされたと激昂するスザクに、アルカディアは持参していた飴玉をカレンに手渡しながら淡々と言った。
「あんたにとって優しい人なのは解った。私は“能力がない”と言ったんだけど、解らなかった?」
「“能力がない?”どういう意味だ」
「全くその通りの意味よ。ゲットーの様子も知らない、日本人を憐れみながら何の対策も取らない、姉に逆らうこともしない・・・そんな彼女が、どうやってまず皇帝になるの?」
彼女が皇帝になる様子がまったく想像出来ないというアルカディアに、スザクは押し黙る。
「国是を否定するために皇帝になるなんて言ったら、ナンバーズの支持は得られてもブリタニア人の反発を買うわね。
そして国のトップに立つにはどこの国でもそうだけど・・・“その国に住む民の支持”が必要不可欠なのよ」
つまり、ユーフェミアが皇帝になるのに必要なのはナンバーズではなくブリタニア人の支持だ。
「ね、ユーフェミア皇女じゃ無理でしょう。
それでもナンバーズの生活をある程度よくしておいて、その裏でブリタニア人の支持を集めたりしてその上で皇帝になり、植民地解放をしていくというのが一番だけど・・・今さら無理無理」
ゲットー封鎖でもう信用ないからあのお姫様、とあっさり宣告したアルカディアは、スザクに冷たい声音で尋ねた。
「あんたのやりたいことは解った。
あんたはルールを変えるためにルールを変える権限を持ったブリタニア人のために働いて、日本を解放したかったのね?」
「・・・そうだ」
「だったら、どうしてユーフェミア皇女の騎士になったの?
彼女、どう考えても皇帝になれそうもない皇族じゃないの」
国是は皇帝しか変えてはならない。それがブリタニアのルールである。
まさかその程度のことすら知らなかったと言うつもりかと視線で問うアルカディアに、スザクはようやく気付いた。
そう、国是は皇帝しか変えてはならない。つまり、彼がルールにのっとってブリタニアを変えようとする場合、自分が仕えている主を皇帝に据えるしか道はないのだ。
「あんたが所属してる特派・・・もともとシュナイゼルの組織なんですってね?
帝国宰相のシュナイゼルの騎士になるというのならまだ解るけど、いくら主義者の思想を持っているからってお飾りと評判の皇女の騎士になってどうする気よ」
「・・・・」
「せっかくシュナイゼルという有望な皇族の組織にいるんだから、それこそ努力して彼と渡りをつけるようにすればいいのに・・・.
どうせあんたのことだから、白兜でテロを潰してあっちからのアプローチを待つだけで、自分からシュナイゼルにアピールするなんてしなかったんでしょ」
事実を言い当てられて、スザクは口ごもる。
「それでたまたまユーフェミア皇女が現われて、あんたの思想に共感してくれて、騎士になってと言われたから承諾したわけだ?」
「・・・そうだ」
「行き当たりばったりにもほどがあるわね。
だからあんたのルールに従って中を変えるって思想に誰も賛同しなかったのよ・・・何その運頼みの策」
ばっさりそう言い捨てられて、スザクは自分の考えのなさにある程度気づいた。
言われてみれば自分の栄達はユーフェミアあってのものであり、その彼女が来た理由は前総督であるクロヴィスがゼロによって殺されたからだ。
逆に言えばゼロがいなければ彼女と出会うことはなく、自分はただのブリタニアの一兵卒のままだっただろう。
「で、でも、それでもユーフェミア皇女はブリタニアを変えてくれると!力不足かもしれないけど、それがルールなんだ!
僕の考えが足りなかったことは認めるよ・・・けど、その強運を無駄にするわけにはいかないんだ!!」
「どうぞ、お好きにやってちょうだい。別に止めないわよその件に関してはいっこうに」
止める理由はまったくない。
成功すれば犠牲者が出ることなく植民地の解放が成り、失敗したらしたで目の前の男が主とともにあの世に旅立つだけの話である。
ただこの主従は角度のずれた考えと行為により迷惑を振り撒いているから、うんざりしているのだ。
「でも、協力する気もないわ・・・さっきも言ったけど、実現性が限りなく低すぎるのよ。
専制君主国家を変える場合、方法は大きく分けて二つ・・・トップを変えるか、国そのものを別形態に変えるかなの」
繰り返すが、前者の場合それに伴うデメリットがブリタニアからすれば大き過ぎる。
ユーフェミアにその志があっても、それを制御し得る力がなければ結局場を混乱させるだけで、よけい始末に負えなくなるのだ。
「だが、それがルールだ!ルールを守らなければ、いい結果は出ない!」
「はぁ?・・・あんたいくつになったの・・・」
小学生の理論を語りだしたスザクに、三人からこいつもう駄目だという視線が突き刺さる。
「大人の世界は結果あってなんぼよ?よく言うでしょ、一人殺せば殺人犯、一万人を殺せば英雄って」
「極論ばかり持ち出して・・・!」
「でも、それが事実よ。あんたみたいな脳みそ容量が小さいやつには、極論しか解らないでしょう。だいたい極論を先に言ってるのはあんたのほうだし。
そもそも、ブリタニアだってそのルールよ?結果良ければすべてよしってのは」
アルカディアはそう言うと、スザクを指さす。
「よく思い出してごらんなさい。あんた、学校に行ってるんですってね?お友達はいい人かしら」
「ああ・・・名誉ブリタニア人の僕でも、生徒会に入れてくれた・・・一番の親友も、ブリタニア人だ。
カレンだってそうだと思ってたけど・・・黒の騎士団員とはみじんも思わなかったよ」
ルルーシュの笑顔を思い出して笑うスザクに、カレンはスザクを睨みつけながらも確かに生徒会のメンバーはいい人達だと言い添える。
「会長は悪ふざけが激しいけど、日本人にも偏見がないしリヴァルやシャーリーだって。
・・・ルルーシュは社会は変えられないとか斜なことばっかり言うヤなやつだけど。でも、それがどうしたしたんですか?」
「ではその人達、日本人の境遇に同情はしても変えようとする人達かしら?」
「・・・いいえ、残念ながら」
カレンが少々辛そうな表情で否定する。
ミレイは没落したとはいえそれでも元は名門貴族の家系だし、リヴァルもそこそこの家の出身者だ。
シャーリーはごく普通のブリタニア人で、国是を否定するといった思想家でもない。
二ーナに至っては日本人に乱暴されかけたトラウマから、むしろ国是よりに近い考えを持っている。
「でしょうね。そしてほとんどのブリタニア人はそうなのよ。
ナンバーズを気の毒に思いつつも、適当な施しをしてそれで終わりって言うね・・・それが悪いとは思わない。人として当たり前だとすら思ってる」
奇しくもエトランジュがユーフェミアに言ったとおり、人にはそれぞれ自分の一番が存在する。
自分の家族を破滅に追いやりかねない行為より、自分達の豊かな生活を支えているナンバーズを憐れみ、ささやかな施しをして心の安定を図る方を選んだからと言って責めるつもりはないのだ。
「そしてもう一つ・・・シャルル皇帝の支持率は、他国侵略して大量殺人をしているにも関わらず、ブリタニア国内では決して悪くないわ。どうしてだと思う?」
「・・・それは彼が、ブリタニアの皇帝だからだ」
スザクの答えは、カレンも同じだったらしい。しかし違ったらしく、アルカディアは指で×を作った。
「シャルル皇帝はね、ブリタニア国民に限っては、実にいい政治を行っているからよ。
皇族、貴族に特権を与えてはいるけどそれ以下の国民を豊かに生活させ、数多くの領土を作って繁栄させているもの。
ただし、経過は言いがかりをつけて他国を侵略し、他国の民を奴隷にしてだけど」
それでも結果は結果だ。
弱者を切り捨て、強者のみを栄えさせるというのは、善悪理非を無視すれば確かにもっとも効率がいい方法なのである。
弱者となる側からしたら最悪の悪政でも、強者からはまことに最高の善政なのだ。
そして平民は皇族・貴族からしたら弱者でも、ナンバーズに対しては強者になることが出来る。
さながら鶏がストレス発散のために下の地位の鶏を苛め、その鶏がさらに下の鶏をいじめるように。
まさしくブリタニアが言行一致で実現した、弱肉強食の世界。
己がいつ弱者になるかという不安が常に付きまとうし、いつ誰に切り捨てられるか戦々恐々としなくてはならない。
そんな社会を厭い否定するのが、主義者達だ。
「一度楽を覚えたら、もうそこから抜け出すのは難しいわ。
あんただって、今さら電気なしの生活に耐えられる?車や電車なしで、遠距離を移動する気になるかしら」
ナンバーズに苦労を押し付け甘い蜜を吸うことに慣れたブリタニア人達・・・それは日を追うごとに増えていく。
事実スザクも、ただ生まれだけでナンバーズに暴行を加えるブリタニア人を見たことがある。
「そいつらにとっては、ナンバーズは生きた道具にすぎないの。私達はもの言う車や電車や電気・・・だから人格を無視した法律が存在する」
「・・・・」
「解った?世の中は結果なの。たとえ何があろうと、最終的に結果を出した者こそが支持される。
たとえばユーフェミア皇女が皇帝になるために父シャルルを殺し、兄弟を殺し、その末に私達ナンバーズを解放したとしても、私達は彼女を支持して快哉を叫ぶわ」
ブリタニア皇族が不幸になろうが、自分達には関係ないのだ。
もっとも理想的なアルカディアのもしもの未来図を、スザクは否定した。
「ユフィはそんなことはしない!!」
「・・・ちょっと待て。お前、マジで何がしたいの?」
ずっと空気と化していたクライスが、アルカディアがもうやだこいつと表情で語っているため、代わりに口を出す。
「あんた、ユーフェミア皇女をトップに据えたいんだろ?なのに皇帝や兄弟殺さないって、何だそれ」
「親兄弟を殺すなんて、許されることじゃない!」
確かにもっともな意見なのだが、ブリタニアのルールに限っては例外である。
なぜならブリタニアの国是は弱肉強食・・・奪い合い競い合うのが鉄則なのだから。
「はっきりあのブリタニアンロールが巻き舌で『皇位を望む者は奪い合って競い合え』って言ってるけど?」
それとも俺の空耳か、と尋ねるクライスに、スザクは今度こそ顔色をなくした。
「あ・・・あ・・・俺は、ユフィに・・・」
「あーうん、皇帝になってくれって言うことイコール親兄弟を殺せってことになるわなあ」
クライスの宣告に、スザクは首を何度も横に振る。
「皇族全員を説得するってんなら別だけど・・・無理だろそれ」
説得が可能なら、そもそも今現在ここまでの泥沼になっていない。
「う、うあ・・・うああああ!!!!!」
頭を抱え込もうとするが、拘束されているため叶わないスザクは砂浜を転がって絶叫する。
「俺、俺はユフィに・・・俺と同じことを!!!うわあああ!!!」
「はぁ?」
三人は顔を見合わせるが、スザクは耳に入らずただ叫ぶ。
あの戦争時に徹底抗戦を唱え、そして親友を殺そうとした父を止めるために、自分は父の血で両手を染めた。
その結果日本は敗北し、日本は名を、誇りを、そして番号を与えられた。
あれは自分がルールを破ったからだ。もっと父を理性的に止めていれば、あんなことにはならなかった。
「ユフィ!ごめん・・・そんなつもりじゃ!!」
「・・・じゃあどうする気だよお前!マジで考えなしの野郎だなおい!」
とうとうキレたクライスがスザクの胸倉をつかむと、頬を殴って砂浜に飛ばした。
「てめえの事情なんぞどうでもいいんだよこっちは!
だいたいルールって、何で俺達がてめえの決めたルール守んなきゃいけねえんだ言ってみろ!」
「うう・・・!それは・・・」
「日本のためを考えるのは解るよ!てめえは元日本人だからな。
けどブリタニアの占領地は日本だけじゃねえんだ!俺らの国だって、他の国だってブリタニアのせいでどんな目に遭わされてるのか考えたことあんのかよ?!」
「日本以外の、占領地・・・」
日本のことだけで精いっぱいで、他の国も苦しんでいるなど深く考えたこともなくて。
ああ、でもブリタニアの占領地は18だ。日本は11番目の占領地なだけだった。
数をつけられて支配された祖国は、その一つにすぎないのだ・・・。
「そんな考える余裕・・・なかった・・・」
「そらそうだ、そんなバカじゃ無理ねえわな!
こっちだっていっぱいいっぱいで、てめえのお姫様が優しい夢を見る善人で、理想で動いて結局悪い結果を産んでるのを微笑ましく見守ってる余裕なんざねえんだよ。
いいか、俺達がやってんのは戦争だ!正々堂々のスポーツマンシップなんぞドブに捨てる軍人なんだよ俺達は!」
そう言ってクライスはスザクのパイロットスーツにつけられていた軍人の証であるエンブレムを引きちぎり、潰す勢いで握りしめる。
「戦争時の軍人が真っ先にやるのは殺人だ!普通なら間違ってる以外の何ものでもねえことをやるのが俺達なんだよ!
それなのに間違ってることはするなだあ?・・・ふざけんじゃねえぞてめえ!」
「・・・殺人・・・殺人が、仕事・・・」
「その通りだよ!てめえだって黒の騎士団員何人殺してきたよ?
ああ、確かにブリタニアのルールじゃ間違ってねえよ。倫理観は思いっきり無視してるけどな!」
スザクはランスロットを駆り、ブリタニアに刃向う黒の騎士団のナイトメアを幾度となく破壊してきた。
その中で脱出装置で逃げた者もいるが、それをする間もなく絶命した者も多くいた。
それに対して苦渋の表情をしながらも、それがルールだからと言い聞かせてブリタニアの上官からの賛辞を受けて間違っていないのだと思い込んだ。
「・・・それは戦場だから仕方ない!戦場の外で殺すのはルール違反だ。
皇宮で陰謀をめぐらすなんて・・・!がはっ!!」
自己弁護の言い訳を叫ぶスザクに、とうとう静かにブチ切れたアルカディアが歩み寄った。そして片足を上げて、彼の頭を踏みつける。
「ふーん、戦場の外で殺人は何があってもいけないと?」
「そうだ・・・そんなことをしたって、絶対にいい結果は得られない」
「絶対ね?言いきったわね。じゃあ、こんな話をしてあげようか。
一年ちょっと前くらいかなあ・・・うちのリーダーがある日、ブリタニアから侵攻されてたEUの国に、陣中見舞いに行ったことがあってね」
アルカディアはそう話しだすと、スザクの頭をぎりぎりと踏む。
ブリタニアと交戦中のルーマニアへのEU評議会の使者として、マグヌスファミリア亡命政府の長であるエトランジュが選ばれた。
理由はブリタニアに占領された悲劇の幼き女王が悪の枢軸たるブリタニアと戦っている軍を見舞うという、一種の戦意高揚を狙ったものだった。
そんな思惑を背後に負ってやって来たエトランジュは、覚えたてのルーマニア語で拙くも一生懸命にねぎらいと感謝の言葉をかけ、初めこそ子供の相手かとうんざりしていた者もそれなりに感じるものがあったのか、邪険にされることなく一週間ほど滞在していた。
エトランジュの役目はただ見舞うだけではなく、軍が保護した戦災孤児となった十数名の子供達を連れて戻ることだった。
まさに子供のお守りに子供を使ったわけだが、エトランジュは自分にも出来る仕事に張り切り、生来の温厚な性格もあってすぐに子供達と打ち解けた。
軍の隅にあった倉庫を改造して設けられた子供達の部屋で、エトランジュは一週間、子供達と過ごした。
戦争で心の傷を負った子供もいたが、彼女に懐いて楽しそうに笑う子もいた。
一歩外に出れば戦場だとは思えないほど、そこは小さな箱庭の楽園のように見えた。
だが、その箱庭はある日突然に終わりを告げる。
その日は、雨だった。
倉庫を改造しただけとはいえクーラーが設置され、外に出なくても快適に遊べる。
だから室内で遊んでいたのだが、クーラーの調子が悪くなったのでアルカディアは修理の道具を借りにクライスを連れて倉庫を出た。
道具を借りてさあ戻ろうとした刹那、スピーカーから緊急放送が流れた。
『捕虜となったブリタニア兵が脱走!至急捕縛せよ!』
その放送に嫌な予感がした二人は、すぐに倉庫に戻ると中から悲鳴と泣き声がしてきた。
脱走したブリタニア兵の怒号も聞こえてきて、ブリタニア兵が中にいた子供達を人質にしているのだとすぐに解った。
敵襲だの粉砕せよだのというような物騒な言葉は子供達を怯えさせるとの判断からスピーカーは置かれておらず、すぐにアルカディア達が戻ってくると思って倉庫に鍵をかけていなかったことが災いしたのだ。
ルーマニア軍人が慌てて倉庫を包囲するも、うかつな突入は出来ない。
何しろ中にはEUの使者であるエトランジュがいるのだ、彼女を死なせるわけにはいかない。
だが睨み合いが始まって十分ほどが経過した頃、何人かの子供達が泣きながら飛び出してきた。
『エディ様が・・・エディ様があああ!!』
もはや一刻の猶予もないと判断したアルカディアとクライスが慌てて中に飛び込みその光景を見つめ・・・そして我が目を疑った。
そこにいたのは、うつ伏せに倒れるブリタニアの軍服を着た男。
そしてその上に馬乗りになり手にした何かでゴンゴンと鈍い音を立てて頭部を殴っている、見慣れた小柄な人影があった。
何があったか、明白だった。
恐らく一瞬の隙を突いてエトランジュが男を手にした物で殴りつけ、男が昏倒したことに気づかず何度も何度も無我夢中で殴っているのだ。
アルカディアは恐る恐る従妹に近づいて手首をつかんでやめさせ、震える声で言った。
『もういい・・・やめようエディ』
『アル・・・さま・・・?』
『もう、死んでる』
事実を告げたその時、エトランジュは確かにホッとしたような微笑みを浮かべ・・・その数瞬後、大きな叫びが倉庫に響き渡った。
その手から落ちた男の血で赤黒く染まった、男の子用のブリキのロボット人形が床に転がり鈍い音を立てた。
「・・・思いっきり正当防衛じゃないですか」
カレンがまさかそんな形でエトランジュが人を殺していたとは想像もしていなかったらしく、唖然としつつもそう言った。
エトランジュは農耕国家であるマグヌスファミリアの人間である。
王族といえど野良仕事を手伝うことなどしょっちゅうだし、乗馬もするので実は見た目とは裏腹に同年代の少女と比べるとはるかに腕力がある。
おおかた脱走したブリタニア兵も女子供ばかりと侮って油断し、拘束もしていなかったので思いもよらぬ反撃をくらったというところだろう。
しかしいくら腕力があっても格闘家でもない彼女があの状況では殺すしかない。
検死の結果一度殴りつけた後はまだ生きていたようなので、それを見て怯え生存本能が働いたエトランジュは、ずっと相手の頭を殴り続けていたのだ。
いくら軍人でも、それなりの腕力でブリキの塊の人形で頭部を殴り続けられれば死に至る。
「戦場の外での殺人です。うちのリーダーが悪いのね?
あのまま人質になって、みんなを困らせて、子供達が死んでもいいのね?」
「・・・それは・・・」
「あんたが今言ったじゃない。絶対に!いい結果は得られないって」
スザクはどうして極端な話ばかりするのかと首を何度も横に振ると、反論するために自らの過去を話しだす。
「だって・・・僕は・・・父を殺したんだ。父が、徹底抗戦をすると言うからそれを止めるために・・・」
「枢木首相って・・・自殺じゃなかったの?!」
さすがに驚いたアルカディアに、クライスとカレンも顔を見合わせる。
「あんた、当時十歳でしょう。マジで?」
「本当だ・・・父が、当時預かっていたブリタニアの皇子を殺すって言うから・・・どうしても止めたかったんだ・・・」
(ルルーシュ皇子のこと、よね?なるほど、そういうことか)
親友を守りたくて、でもどうしていいか分からず直談判に行った結果、むげに否定されて逆上した、というところだろう。
「ふーん、なるほど。それでどうなったの?」
「周囲がそれを押し隠して、開戦に抗議しての自殺とされて終わったんだ。
そして日本は負けた・・・僕が父を殺したから」
そう静かに唇を噛みしめて懺悔するスザクを、アルカディアはスザクの頭を蹴って否定する。
「あんたが父親を殺したから日本が負けた?そんなわけないでしょ」
「どうしてそう言いきれる!」
「理由なんぞ言い尽くせないほどあるわよ。日本って民主主義国家よね?」
スザクにではなくカレンに向かって問いかけると、カレンは幾度も頷いて肯定する。
「ってことは、首相がいなくなっても副首相や幹事長、いざともなれば象徴とはいえそれでも形式的な国のトップである皇家もいるわけよね?
多少の混乱があっても、『やばい、仕事進められない』なんてことにならない。
まあ俺が次の首相だ!って揉めたのならともかく、戦争の瀬戸際時にそんな呑気なことするバカはまずいないでしょうね。
だいたい普通どこの国でも、トップが入院なんかしてもすぐに代行人が立てられるようになってるわよ?」
「・・・そ、それは・・・」
「ブリタニアが戦争する気満々だったのは全世界が知ってたことだったから、首相が自害して反対したのが事実であっても、開戦はもう確定的だった。
そして戦争するのは首相じゃなくて軍人!藤堂中佐とか片瀬少将なの。
つまり戦争が起こったのはブリタニアのせいで、負けたのはあくまで軍の技量が日本の方が劣っていたってだけで、別に首相のせいじゃないわよ」
戦争作戦の責任はあくまで軍人であり、戦争状態にしてしまった政治的責任が首相にあるというだけである。
「むしろあのお陰でこうしてブリタニアと戦える余裕を持てたとすら考えてたわよ、ゼロ」
「・・・どういう意味だ?」
スザクが目を見開いて尋ねると、アルカディアは説明してやった。
あの時、確かに枢木 ゲンブが自害したことによる混乱はあったがキョウト六家がまとめることで、割とすぐに納まっていた。
そして売国奴の汚名をかぶった桐原が早期に降伏しある程度の資産を六家に留めることに成功し、また使える軍人達を在野に放った。そのため、日本ではテロが絶えなかった。
徹底抗戦を主張する首相がいたら、ここまでスムーズにはいかなかっただろう。
「つまり、頻繁に日本解放のために動けるほどの戦力を残せたってことね。それを狙っての自害かとゼロは考えてたみたいだけど・・・。
そう言った意味では、あんたの枢木首相暗殺は見事に正しかったことになる」
「・・・そんな、俺が父さんを殺したのは、正しかった・・・?」
「子供が父親を殺すのは、確かに間違っているけどね。
でも、その間違いで早期に戦争が終結したと思えば、助かる命も多かったと考えることが可能ね」
どっちみち敗北が確定的だった戦争である。
それなら早いうちに戦争を終わらせ戦力を保持しておいて、日本を解放する方がいいと当時のキョウト六家は考えたのだろうとアルカディアは思う。
それも少々楽観的な策だが、結果として各地の植民地のレジスタンスを団結させ、反ブリタニア同盟を構築しようとするエトランジュ達が現れたのだから、結果論としては正しかったことになるのだ。
今まで自分のしたことが悪だと己を責め続けていたスザクは、思いもよらぬ形で正しいと言われて呆然となった。
もちろん完全に正しいと認められたわけではないが、見方を変えればそうなるとは考えてもみなかったのだ。
「俺は・・・俺は・・・なんで・・・」
「考えなしで動くからだ」
はっきりと原因を告げたクライスに、スザクはうつろな瞳でアルカディアを見上げた。
そしてそのアルカディアは、赤い髪を風に揺らしながら溜息を吐く。
「あんたは当時は子供だったから、仕方ないわ。幼さゆえの行為をあげつらうわけにはいかないし」
だが、経過は既に過ぎ去り、結果が残る。
たとえ子供のしたことでも、それによって起こった出来事は消えない。
さらに、もう自分達は子供ではない。それをこの男にはどうしても教えておく必要がある。
「それに、日本じゃ二十歳が成人だと聞いているけど私達は子供じゃないの。
既にお互いに確たる地位を持ち、世間や目下の者について責任を持たなければならないの。
私達のリーダーはまだ15歳だけど、その地位に就いたのは13歳の時だったわ。幼かったけどその地位の重みだけは解っていたから、怯えて震えてた」
周囲の思惑で己の意志を聞かれることなく、女王の座に就いた幼い従妹。
当時すでに成人していたアルカディアは彼女の即位に反対したが、結局押し切られて反対しきれなかった。
自分はどうすればいいの、と幾度も尋ね、女王だからいろんなことを考えなきゃと拙い案を出して来ていた。
初めこそ哀れに思っていたけど、あまりの奇麗事ばかりのそれに厳しくなる戦況に苛立ち、とうとう怒鳴ってしまったことを思いだす。
「『麗事ばかり言って何の考えも出せない役立たずのくせに』・・・そう怒鳴ってね。
あの子はあの子なりに、責務を果たそうとしてただけなのに」
己に才能がないことを自覚していたからこその行為だった。
ユーフェミア皇女を見るたび、エトランジュはまだ賢かったのだとしみじみ思う。
失敗すれば他人に迷惑がかかると理解していから、まずは聞いてみようと考えただけなのだから。
「いい加減に悟りなさい!私達は形は違えどそれぞれの地位を持ってるの。
地位を持ったということは、もう子供の時代は終わったの。スポーツマンシップにのっとってなんていうのは許されないの!
何が何でも結果を出す・・・それが大人のルールなのよ!!!」
「大人の、ルール・・・」
「結果よりも経過・・・それが許されるのは、スポーツ選手くらいなもんよ!
でもそんな呑気なことやっていられる余裕があるとでも思うの?」
「・・・いいや、ないと思う」
スザクが小さな声で答えると、アルカディアはじゃあもういいわね、とスザクの顔から足を下ろした。
「あんたの事情はよく解ったけど、それに同情したり甘ったるい思想に協力する余裕はないわ。
あんたは皇帝になる能力のないブリタニア皇女の騎士になって、今後ともそのために戦わなければならない。
それはつまり私達レジスタンスの敵になるということね。だからこれからも私達は敵同士」
「・・・・」
「もう、いいでしょう?あんたはブリタニアのために戦うのがルールだと決めたんだから。
これから先あんたはブリタニアのためにレジスタンスを殺し、他国を侵略するために戦うの」
冷たい宣告に、スザクはもはや何も言えなかった。
確かにその通りの選択をしたのは、まぎれもない自分だった。
ブリタニアのルールを変えるために、ブリタニアのために戦い上の地位に行くということは、そういうことなのだ。
レジスタンスを殺し、侵略戦争に加担する。
日本のために他国を犠牲にするという行為だったということに、スザクはようやっと気がついた。
「もっと言っておこうか。それで日本解放が成ったとしても、他国を犠牲にした以上誰も日本を相手にしてくれないからね。
日本の食料自給率って、いくつだっけ?」
「あ・・・!」
「ブリタニアの属国になれば、飼い犬に餌をやる気分で向こうが援助してくれるかもね。
つまり、名前だけ取り戻して実態は同じというわけよ」
聞けば聞くほど、己の手段は悪い結果ばかりだった。
いい事もあると叫びたいが、その根拠が解らずスザクはただ呆然とする。
「でも、いいのよそれで。あんたは名誉とはいえブリタニア人なんだから。ブリタニアのルールに従うのは正しいことよ」
サッカー選手が足のみを使って、バスケットボール選手が手のみを使ってボールをゴールに入れるのと同じこと。
ブリタニア人がサッカーのルールを、黒の騎士団がバスケットボールのルールを使うだけだとアルカディアは言った。
「ブリタニアのルールに従って、今後も頑張ってね?私達はブリタニア人じゃないから」
思い切り皮肉な形で正しいと言われたスザクは、ただただ砂の上に横たわって青い空を見上げている。
「俺は・・・俺は・・・!でもそれがルールで・・・ルールに従ったらでも」
もはや訳の分からない言葉を呟き続けるスザクを無視して、アルカディアが聴覚を繋げていたエトランジュに語りかける。
《思っていたよりヘビーな過去ねえ。枢木首相、子供の教育に失敗したわね》
《はあ・・・ルルーシュ様といい枢木少佐といい・・・どうしてこうも家族で殺し合うのでしょう》
《戦乱の世だから仕方ない・・・としか言えないわね》
不思議そうなエトランジュに、アルカディアは身も蓋もないことを言う。
《ま、どうでもいいわよもう。あいつの事情を思いやれる余裕がないことに変わりないから》
スザクがレジスタンスの事情や気持ちを考える余裕がなかったように、自分達もスザクの事情や気持ちそ斟酌する余裕などない。いわゆるお互い様というやつだ。
EU戦で捨て駒となるべく送られて来た名誉ブリタニア人が大勢いると知っていても、自分達の国民を守るために殺す。
矛盾に満ち溢れた行為を繰り返す・・・それが戦争なのだ。
《・・・そろそろそっちに向かうけど、それでいい?》
《あ、はい。ではお待ちしております》
アルカディアは思っていたより長い間話していたため、それにより既に乾いていた制服を手にしていたカレンを見た。
「じゃあそろそろゼロと合流しようか。枢木―、あんた自力で歩いてってね」
ユーフェミア皇女と会いたいんでしょともはや何の感情もない声音に促され、スザクはよろよろと立ち上がる。
カレンはスザクの意外な過去を知って動揺していたが、アルカディアの言うとおり既に今後の結果は決まっている以上、何も言えなかった。
今更彼に黒の騎士団に来いとは言えないし、かといって責めることも出来ない。
カレンは制服を手にして木陰に走り去ると、ことさら時間をかけて着替える。
「あの・・・着替え終わりました」
「じゃ、行こうか」
アルカディアがカレンを先導し、スザクの背後に立って追い立てるようにクライスが続く。
今後の脱出作戦や今夜の寝床や食事について語っているアルカディアとカレンを、護送される罪人のような表情をしているスザクはぼんやりとした眼で見つめていた。